桜散る季節(とき)
「さて、そろそろお開きにしますか」
「そうだな~そろそろ朝になるし」
「そうね。いくら宴が楽しいって言っても、塵になるまでやる気は私にはないわ」
「お察ししますお嬢様」
「それもあるけどね」
「あぁ、私達だって眠いんだぜ?」
「まあそういうことにさせておいてもらうわ」
その会話を起に、宴は終わる。
ここは白玉楼。
たった今まで盛大に行われていた花見は終わりを告げられ、さっきまであった熱気もジワジワと冷め始めていた。
ある者は帰ろうとし、ある者はこの場にある屋敷に留まり、またある者は片付けをしようとした。
「じゃあ妖夢、私達も寝ましょうか?」
「ご冗談を幽々子様。私は片付けがありますよ」
「そんなの紅魔のメイドにやらせればいいじゃない?」
「いえ、自分の仕事場なので他人に手伝ってもらうことはあっても任せるわけにはいきません」
「はいはい。じゃ、お休み~」
「お休みなさいませ」
白玉楼の主、西行寺 幽々子は眠るために屋敷の奥へと引っ込んだ。
白玉楼の庭に残ったのは、紅魔のメイド、十六夜 咲夜と幽々子の従者の魂魄 妖夢の2人だけだった。
「すいません、本来は私の仕事なんですが……」
「別に構わないわ。散らかしたのは私達だし」
「と言ってもほとんどは帰った2人なんですけどねぇ」
「そうねぇ」
苦笑しながら、咲夜は袋にゴミを詰める。
紅白と白黒は散らかすだけ散らかして、さっさと帰ってしまった。
紅白は『自分の所では誰も手伝わないのに、何故他人の所では手伝わないといけないんだ!』みたいなことを言っていた。
白黒の方は毎回手伝わない。
「今年の桜も、もうそろそろ終わりですかねぇ」
少し寂しそうに、妖夢は言う。
「そうかもね」
妖夢と一緒に立ち尽くしながら咲夜は桜の木を見た。
春も終わりに差し掛かっている。
桜が散った頃に梅雨がきて、暑い夏がくる。
夏が終われば秋がきて、秋が過ぎれば冬が、冬を越せばまた桜の季節がくる。
そんなところは外の世界も幻想郷も白玉楼も変わらない。
考えれば変と思うかもしれないが、考えなければ別にどうでも良い。
事実、誰もそんなことを考える素振りは見せていない。
「さて、お仕事お仕事」
2人共、我に返って仕事を再開する。
咲夜が大きめのゴミを集め、妖夢は花びらや食べカス等の小さなゴミを箒で掃く。
そして、2人で協力してシートや食器等を片付ける。
「2人でやると早いですね」
「そうね。けどちょっと残念だなぁって思うわ」
「そうですね。片付けは大変ですけど、この騒ぎが来年まで無くなるのかと思うと寂しいようなホッとするような」
「まーあの紅白達をほっといたらこれ以上の騒ぎがいつでも起きそうな気はするけどね」
「同感です」
2人は互いの顔を見合わせて笑った。
「咲夜さんはこれからどうするんですか?」
「お嬢様は今ここのお屋敷の方で休ませてもらってるみたいね。だったら私はお傍でお仕えするのみ。ということで、少しだけ休ませてもらうわ」
「はい、わかりました。お休みなさい」
「あなたは休まないの?」
「私は庭の手入れがありますから」
「大変ね。手伝ってあげたいけど、素人がやっても邪魔になりそうだし……」
「そのお気持ちだけで充分ですよ」
「ごめんなさいね。それじゃあお休み」
「お休みなさい」
妖夢を残し、咲夜も屋敷の中へと引っ込んだ。
「さて、と」
いつもならそろそろ朝食を作る時間ではあるが、今日は必要ない。
最近は宴も多かったから、『いつも』というのは今は間違いであるかもしれない。
取り合えずはいつも朝食の後にしている庭の手入れに取り掛かる。
こちらは本当に『いつものこと』だ。
自分達が今まで花見に使っていた桜の木をもう一度チラッと見た後、妖夢は庭の奥へと入って行った。
白玉楼の庭では自分達の他にも霊がよく花見をしていたりもする。
その後片付けをする者もいれば当然しない者もいる。
その分の片付けも妖夢の仕事の内だ。
春はその片付けから始める事が多いのだが、今日は自分達以外に誰も花見をしていなかったらしい。
ゴミは見当たらない。
それでも、花びらを掃除しないといけないのだが……
妖夢は取り合えず更に奥へと向かった。
一番奥にある木へと。
「やっぱり咲いてないか」
目の前には、満開の桜の木々の中でただ一つだけ花の一つもつけていない大木があった。
西行妖。
何年待とうとも、幻想郷の春を集めようとも決して咲かないこの桜。
いつ咲くかわからないので、庭の手入れを始めるときに最初にこれを見に来るのも妖夢の日課だった。
これだけの大木だから、屋敷からでも咲いてないのは確認できる。
けれど、妖夢は花一つでも咲いてないかと思い、いつも近くで確認することにしている。
「まあいいや」
少しの期待はいつも変わらない現実に打ち壊される。
けれどそれに絶望はしない。
それも、『いつものこと』だから。
「あれ?」
いつものこと、いつものこと。
春になってからの『いつものこと』もあれば、春が終わってからの『いつものこと』もある。
しかし、時には『いつも』から外れたことも稀に起こる。
「幽々子様?」
妖夢が振り向くと、そこに幽々子がいた。
気配など全くなかった。
幽霊に気配なんかあるのか?っと前に白黒に言われたけど、そんなものちゃんとあるに決まってる。
ましてや主の気配。
従者としては間違えたり気付かなかったりすることなどほとんどない。
主の方が気配を消せば有り得るが、幽々子は今までそんなことをしたことがなかった。
だとしたら、何故だろう?
「幽々子様、お休みなったのでは?」
「桜」
「はい?」
ボンヤリとしながら幽々子は呟き、そして妖夢の横を通ってゆっくりと西行妖の下に座り込んだ。
「この庭の桜、明日には全部死ぬわ。と言っても花が散るだけだけど」
「……?」
違和感を感じた。
この主は『いつも』の主ではない。
もう少し言うならば、『さっき見た主』でもないような気がした。
「ねぇ、妖夢」
「は、はい」
「桜は、どうして生きるのかしら?」
「えっ?」
「どうして生きて、どうして死ぬのかしら?」
突然の質問。
妖夢の頭は真っ白だった。
主の姿をした誰かがそこにいて、自分の名を呼び質問をしている。
「えっと、誰かに見てもらうためでしょうか?」
「ハズレ」
無茶苦茶な答えである。
言った後自分でも恥ずかしくなっていた。
「じゃあ、次の世代を残すためでしょうか?」
「それも違う」
「え?」
訳がわからない。
生命は子孫を次代を残すために生き、そして死んでいく。
そんなイメージが妖夢にはあった。
けれど、それも呆気なく否定されてしまった。
「あなたも知ってるでしょう?ここの桜は全てが『桜の木』ではなく、『桜の木の魂』であることを」
「あっ……」
「ここの桜には次の世代なんてない。そして、私達にも……」
幽々子はそう言って、足元にあった桜の花びらを拾い上げた。
「何故生きて死ぬのか、どうして死んだ者が生き続けるのか。あなたにはわかる、妖夢?」
「……………」
言葉に詰まった。
そんなことは判らない。
明らかにからかわれているような気がした。
姿が主ならば心も主なのだろうか?
けれど、やっぱり何か違う。
「判りません。どうしてなんでしょうか?」
「まったく……駄目な子ね」
「……………」
やっぱり本物かもしれない。
「生命は死ぬために生きるの。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「なんですかそれ……」
全く答えになっていない答え。
そんなことを自慢気に言われるためにからかわれたのだろうか?
妖夢はただただ目の前の者に呆れた。
「生きるということはね、自分がそこにいた証を残すことなの。それが結果的に子孫であったり、この花びらであったり、そして私のような幽霊であったりするだけ」
そう言って幽々子はフゥっと桜の花びらを吹いた。
幽々子の吐息で宙に上がり、ヒラヒラと花びらは舞い落ちる。
「じゃあ、死ぬということは何なのですか?」
自然と口が動いた。
幽々子はまだ『生きる』ということしか定義していない。
そこから湧き出た疑問が妖夢を突き動かした。
「終着点にして始まりの位置。それが『死』よ。桜は死ぬことにより、また生き始める。そして、生きることにより死に到達する。その繰り返しよ」
「桜の木が死ぬということはそれ即ち『枯れる』ということのはずです」
「そうね。桜に限らず、植物はそう」
「言ってることが矛盾してますよ、幽々子様」
「けど、それは花の『根源』が死ぬこと。花自体は散ってまた咲くことで生死を繰り返しているのよ」
「……………」
ああ言えばこう言う。
何の話をしているのか、妖夢には段々判らなくなってきた。
「人間や妖怪などの動物で言うならば絶滅。生きた証を残しながら、その姿を消すのよ」
「桜の木は1本だけじゃないんですからそんな簡単に絶滅はしませんよ」
「花の『根源』は『植物本体』であり、それが死ぬということはその花が『絶滅』するということと同じよ。私が触れているのは『桜の花』。あなたが考えているのは『桜の木』よ」
「……………」
何だか腹が立ってきた。
「動物はその種族全てが何かしらの繋がりを持っていて、木々のように分離して己の中にまた命の群を作ったりはしない。だから、元が絶えてしまうから『木が死ぬこと』は『動物の一種が絶滅すること』と同義だと私は思うのよ」
「そうですか」
やっと終わったと思った。
支離滅裂なことを聞かされ、自身の精神も支離滅裂になりそうな気が妖夢にはあった。
「それで、話を戻すけどね。どうして死んだ者は生き続けるのかしら?」
「知りませんよ」
普段なら絶対にとらないような態度を妖夢はとった。
それは相手のことを未だに本当の主だと認められないからだろう。
妖夢の興味はとっくに失せている。
語るなら勝手に語れとでも言いたそうな態度だ。
「死んだ者もまた、生きていた証を残すため、そして死んだ証を残すために生き続けるのよ。そしてまた死ぬの」
また矛盾。
けれど、妖夢にとってはもうどうでも良かった。
無視して西行妖の周りの花びらを掃除し始める。
「ねぇ、妖夢」
「なんですか」
言葉に対して声だけ返し、背を向けながら妖夢は掃除を続ける。
「どうして、私は死んだの?」
「えっ……?」
妖夢の箒が止まる。
どうして幽々子が死んだのか。
そんなのは妖夢が聞きたいくらいである。
しかし、思い返してみればそれを疑問に思ったこともない。
「どうして、私は生きているの?」
たった今それを幽々子自身が言ったはずだ。
「生きていた証を残すため、ではないんですか?」
「それが私にはない」
「記憶……ですか?」
幽々子には生前の記憶が一切ない。
当然、妖夢も幽々子の記憶の内容など知らない。
それだけでなく、骸もない。
ないない尽くしで、あるのは記憶の抜けた幽々子の魂だけ。
魂だけでもあるなら、それを生きていた証としても良い。
しかし、それ単体では幽々子は納得できないのだろう。
全てを知っているのは何処かへ消えてしまった妖夢の祖父くらいだ。
「言い忘れてたことがあるわ。『死』には必ず意味があるの。誰かの命を繋いだり、誰かの喜怒哀楽に影響を及ぼしたり、誰かを変えてしまったり。そう、植物だろうと動物だろうと、必ず『誰か』に作用するの」
「何が言いたいんですか……?」
再びよく判らなくなる。
『死』は誰かに影響する。
人が動物や植物を食べれば人は命を繋ぐ。
妖怪が人を喰えば、人は妖怪の命を繋ぐ。
人や妖怪の死体が出来上がれば植物の命に繋がる。
植物の命は動物に繋がる。
これはただの食物連鎖。
けれど時に、人や妖怪は一見すれば無意味な殺生を行う。
例えば、ある人がある人を陥れたため、報復で殺害する。
そうすれば陥れられた人は気が晴れる反面、殺したという重荷がかかる。
見た目は無意味でも、その『死』は確実に殺した者に何かしらの影響を与えている。
「私の死は何を意味したの?」
西行寺 幽々子という存在の死はどうだろう?
もしかしたら死んだ瞬間、大勢の人が哀しみ嘆いたかもしれない。
しかし、それはあくまで可能性があるだけで、確実ではない。
妖夢の祖父は生前の幽々子が果てた後に今の幽々子が現れることを知っていたらしい。
それでも泣いたかどうかまでは聞いていない。
記憶。
全ては幽々子の生前の記憶がないからなのかもしれない。
というより、何らかの意味はあったものの、幽々子自身がそれを知らず、誰かに認めてほしいだけなのかもしれない。
「妖夢」
「は、はい」
幽々子は妖夢に近づき、そっと手を握った。
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする」
「つっ!?」
何かが見え、そして語られた。
「西行妖が!」
幽々子の手を振り払い、妖夢は西行妖を見上げた。
「咲いて…ない?」
先ほどと全く変わらない。
「どうしたの、妖夢?」
「いえ、その……」
何と言えば良いのだろうか?
妖夢は今、確かに見た。
西行妖が満開であるのを。
確かに聞いた。
誰かが何かを語るのを。
そして、その意味は……
「幽々子様」
「うん?」
振り払った手をもう一度しっかりと握り直し、妖夢は声をかけた。
「私は信じますよ」
「何を?」
「幽々子様の死に意味があったということを。そして、今幽々子様がここにいることにも意味があるということを」
「そう……」
握られた手を、今度は幽々子が離した。
「ありがとね、妖夢」
「いえ、私はそんな……」
「あなたは本当に頼りないわ」
「……………」
「けど、この上ない私の理解者だわ」
「そんなことはありません。師父様の方が」
照れと憤りを半々に感じる妖夢。
そんな妖夢を見ながら、幽々子はそっと妖夢の後ろへ回った。
「ありがとう」
「そんな、お礼を言われるようなこと…は?」
振り向くと、そこには誰もいない。
「あれ?幽々子様?」
呼んでも返事は返ってこなかった。
気配もなければ、桜の花びらを踏みにじった跡もない。
それ以前に、さっきまで本当にそこに幽々子がいたのかすら自分の中でも曖昧だった。
「………掃除しなきゃ」
何だかよく判らない。
ただこれだけは判った。
また、『いつも』に戻ったのだ。
そう、春が終わってからの『いつも』に……
「あっ」
1枚の桜の花びらが妖夢の前を舞った。
その花びらは妖夢の背後から飛んできた。
その背後には、1本の大木しか見えない。
「まさかね」
何度見ても花は咲いていない。
妖夢はまた、『いつも』の時を過ごし始めた。
「幽々子様」
「なぁに?」
夕飯の片付けを終えた後、寝るまでの暇な時間に妖夢は幽々子に声をかけた。
「幽々子様は、その……今の状態よりも生きていた時の方が良かったと思ったことはありますか?」
「ないわよ」
妖夢の質問に、幽々子はあっさりと答えた。
「どうしてですか?」
「どうしてって言われてもねぇ~生前の記憶がないもの。そんなこと言われても今に勝る状況なんて考えれないわよ。ましてや人の身なんてつまんないわ」
「そうですか……そうですよね」
「変な妖夢。あと頼りない」
「……………」
笑おうかと思ったけど妖夢は止めた。
「やーねー、冗談よ冗談」
「別に良いですよ。ほんとに頼りないですし」
「あらあら妖夢。もしかしてほんとに傷心しちゃった?」
「いえ、別に」
傷心よりもどちらかと言うと憤りの方が大きかった。
それと同時に、妖夢の中には疑問が浮かんだ。
そもそも、何故今のような質問をしたのだろうか?
その質問に対する幽々子の答えに妖夢は何処かホッとしていた。
「ところで妖夢、もう桜も散っちゃったわね」
「そうですね」
宣告通り、桜は散ってしまった。
当たり前だが、一気にブワッと散ったわけではない。
1本、また1本と時間を置いて花は散っていったのだ。
「来年までお花見できないわね」
「お花見はできなくても、宴はいつでもできますよ?」
「ただの宴も良いけど、やっぱり私は桜の花を見ながらの宴の方が良いわ」
「私もそう思います」
「じゃあ、幻想郷に残った春を集めてきて」
「それはお断りします」
「ケチ~」
春が終わり、これから夏が来る。
白玉楼にもまた、じめじめとした嫌な雨が降り、そしてその内カンカン照りの猛暑となるだろう。
夏が終わって秋がきて、秋が過ぎて冬が来る。
冬を越せば、まためでたく春の桜の季節がやってくる。
その時が来れば、また『彼女』に会えるだろうか?
春の『いつも』と、春が終わってからの『いつも』の間にあった、『桜散る季節(とき)』にまた……
<了>
まあ、このSSの中での意味とはちょっと違うんですが。
善く生きる為には、善く死ぬことを心がけて生きるのが一番良い。
一つだけ批評をさせて頂くと、前半にやや蛇足が多い気がしました。
花と木の命の違いとか、結局伏線として活ききっていない感じです。
書き方としては輪廻環を暗喩させるものになっているのに、結末の幽々子の言葉は…ですし。
幽々子の有り様についてはそれ以降の伏線がしっかり働いているので、
無理にあの辺の説明を挟む必要はなかった気がしました。
…とまあ何はともあれ、話題の重さの割に爽やかで、読後感の良い作品だったのは間違いないです。
季節にもマッチして、GJでした。
姉妹っぽい感じで話してるところがあって、でもちゃんと主従してるのがとっても好き。
妖夢と幽々子がそう見えるのは、きっと幽々子の性格のせいでしょうねぇ。
逆に妖夢は凝り固まりすぎにも見えますが……
実際は幽々子の性格が軟らかすぎなだけかも?
>反魂さん
ご指摘ありがとうございます。
しかし、誤字脱字の修正ならともかく流石に投稿してからの大規模修正はNGですよね……
今回はお許しください。
書いてた時の自分としては『妖夢が話に興味を無くす』ようにしようと思い、書いてたんだと思います、多分。
実際のところ、半分徹夜に近い状態で書き上げて掲載までに暫く経ってますから自分でもよくわからなくなってしまいました。
未熟者で面目ないです。
今後とも、賞賛はもちろん、指摘や批評・批判もどんどん頂けたら励みになります。
どうぞよろしくお願いします。