Coolier - 新生・東方創想話

夢に遊ぶは華胥の国

2006/04/20 11:42:28
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 とある郷の、端の端。そこに彼女は住んでいた。
 見渡す限りの御屋敷に、見上げんばかりの大きな桜。
 そこが彼女のいる世界。そこが彼女の知る世界。

 見果てぬ庭の、隅の隅。そこが彼女の場所だった。
 小さな手の突く綺麗な鞠に、黙って応える無骨な庭砂利。
 それが彼女のやる遊戯。それが彼女の知る遊戯。

 彼女はとっても奇妙な子。
 笑顔も涙も、忘れてるから。

 彼女はいっつも独りの子。
 親しき従者も、愛しき母もいないから。

 独り静かに、独り寂しく、今宵も空を見上げてる。
 大事な鞠と、好きな着物と、朔の夜空を眺めてる。


 こんばんは。


 一人の少女が訪れた。独りの彼女を訪れた。
 小さな手には古びた鞠を。優美な顔には不敵の色を。


 あなたはだぁれ?


 独りの彼女が問い掛けた。一人の少女に問い掛けた。
 小さな手には綺麗な鞠を。可愛い顔には疑問の色を。


 私は紫。そういう貴方のお名前は?


 少女はなんだか楽しそう。
 笑みを浮かべて鞠を蹴る。


 わたしは幽々子。こんなところに、なにしに来たの?


 彼女はなんとも不思議そう。
 首を傾げて鞠を取る。


 ダメよ、幽々子。蹴り返してくれなくちゃ。そういう遊びだもの。


 少女の声は諭すよう。
 ついと指を動かせば、ふわりと鞠が逆戻り。


 蹴鞠なの? 遊び方を知らないわ。


 彼女の声は惑うよう。
 くいと顔を動かせば、ぱさりと髪が揺れ動く。


 蹴ればいいのよ、蹴れば。そして落とさない。細かいことなんて気にしないの。ほら、あなたの鞠は置いときなさいな。


 少女はまた蹴った。鞠はまた浮いた。
 彼女は今度は蹴り返す。鞠は今度は地に落ちる。


 ごめんなさい。失敗しちゃったわ。


 なにやら済まなそう。なにやら悲しそう。
 なぜだか面白そう。なぜだか楽しそう。


 あら? 鞠はまだ落ちてないわよ?


 少女が言えば、鞠は浮く。
 少女が蹴れば、鞠は浮く。


 凄いのね。


 彼女は言った、少女の術へ。
 彼女は蹴った、少女の鞠を。


 児戯よ。


 蹴って、浮いて。
 蹴り返して、浮いて。


 わたしにはできないわ。


 落ちて、浮いて。
 蹴られて、浮いて。


 私だから児戯なのよ。


 ぽん、ぽん。ぽん、ぽん。
 二人の間で鞠が浮く。二つの動作で鞠が浮く。


 おもしろいのね、あなた。


 彼女が言った。
 一人の少女にそう言った。


 変わってるわね、貴方は。


 少女が言った。
 独りの彼女にそう言った。


 そうかしら?


 首を傾げて、髪を揺らして。
 足を動かし、鞠を蹴り上げ。


 そうなのよ。


 指を回して、鞠を浮かばせ。
 足を動かし、鞠を蹴り上げ。


 わからないわ。


 浮かぶ鞠を、蹴り返し。
 落ちた鞠を、浮かばせて。


 私にはわかるわ。


 少女は蹴った、独りの彼女へ。
 彼女は蹴った、一人の少女へ。


 やっぱりおもしろいわ、あなた。


 独りの彼女も、一人の少女も。
 互いに互いを笑い合う。


 貴方は変わってないわね、やっぱり。


 二人で蹴った、古びた鞠を。
 二人で笑った、遊びの相手を。


 意見を変えるのが早いのね。


 また落ちた、鞠が。
 今度は浮かばない、鞠は。


 私だからいいのよ。


 気付けば消えた、一人の少女。
 気付けば一人の、独りの彼女。


 ――――紫?


 見渡せど、見付からない。
 呼び掛けど、返されない。


 こんな日ぐらいは、笑ってなさいな。今夜ばかりは、月も微笑まないもの。


 耳に届いた、少女の声。
 足に当たった、少女の鞠。


 紫?


 小さな声は届いただろうか。
 囁き声は、ちゃんと届いた。


 おやすみなさい、幽々子。次に会う時まで、それは預けておくわ。


 空の舞台は脇役ばかり、今夜は主役はお休み中。
 庭の舞台は主役が一人、相手は今夜はお休みなさい。






 縁の名を持つ一人の少女、大きな桜を眺めてた。
 歌人の名を持つ妖怪桜、花を成さずに立っていた。

 空に浮かんだ月は黒、朔の夜空に月は無い。
 冷たく感じる吹いた風、秋の夜長もじき終わる。

 げしり。少女が一つ、桜を蹴った。
 ぽろり。足が痛くて泣いちゃった。


 こんばんは。


 聞こえた声に、涙を拭う。
 扇を片手に振り向いた。


 こんばんは、幽々子。挨拶って大事よね。


 出会った彼女に、少女は言った。
 笑う彼女は、少女に言った。


 なにをしてるの?


 古びた鞠を、彼女は掲げた。
 綺麗な鞠を、彼女は置いた。


 遊びに来たのよ。ほら、鞠を蹴りなさいな。そういう遊びだもの。


 少女は笑った、扇を翳して。
 彼女も笑った、鞠を蹴りつつ。


 蹴鞠ね?


 蹴られた鞠が、ふわりと舞った。
 蹴り返されて、ぽーんと飛んだ。


 蹴鞠よ。


 彼女の下に、戻った鞠を、再び少女へ蹴り返す。
 宙浮く鞠は、落ちずに少女へ飛んでいく。


 練習したのよ。一月ぐらい。


 言った少女は自慢げに。
 言われた少女は愉快げに。


 あら。その割には上達してないわね。


 扇が振るわれた。
 鞠がぽとりと地に落ちた。


 ずるいわね。


 頬を膨らませ、怒りながら。彼女。
 口元を覆い、笑いながら。少女。


 ちょっとした悪戯よ。


 鞠を浮かせて、少女が蹴った。
 彼女は強く、蹴り返す。


 わたしもやってみたいわ。


 足を動かし、鞠に当て。
 落ちずに鞠は、相手の下へ。


 貴方には無理よ。普通だもの。


 言った少女は当然そう。
 言われた彼女は不思議そう。


 そうなの? 初めて言われたわ、そんなこと。


 気付けば鞠が、落ちていた。
 慌てて持ち上げ、また蹴った。


 そうなのよ。


 少女はにっこり笑ってた。
 彼女はちっとも笑ってない。


 わたしは変わってるわよ? きっと。


 蹴られた鞠は、地に落ちた。
 少女が浮かばせ、蹴り上げる。


 それは凡人の意見よ。私が言うんだもの、間違いないわ。


 彼女は鞠を蹴り返す。
 それはやっぱり、届かない。


 あなたはほんとにおかしな人ね。おかしすぎて、涙が出そうよ。


 古びた鞠が、足に当たる。
 今度は彼女は蹴り返さない。


 やっぱり貴方は普通の人ね。だって笑うんだもの。泣くんだもの。それだけ出来れば十分よ。


 俯いて、地を見て、少女の声を聞く。
 顔を上げ、虚空を見て、彼女は呟く。


 ――――紫?


 小さな声は、闇へと消えた。
 囁く声は、耳に届いた。


 こんな日ぐらいは、泣いてなさいな。今夜ばかりは、月も見ていないもの。


 彼女は声に、押し黙る。
 気付けば手には、少女の扇。


 ――――――――。


 彼女は何も返さない。
 彼女は何も応えない。


 おやすみなさい、幽々子。次に会う時まで、それらは預けておくわ。


 夜空の客席、空席ばかり。劇はただいま準備中。
 劇の役者、欠席ばかり。主役が一人で泣いている。






 彼女は一人で部屋にいた。
 寂しき夜を、彼女は一人で過ごしてる。

 向こうに覗く大きな桜、背中に夜を背負ってる。
 今宵も朔の夜、お空の月はお休み中。

 布団の脇には二つの鞠を、枕元には古雅な扇を置いている。
 これで今夜も寂しくない。一人の夜でも大丈夫。


 おやすみなさい、紫。


 今夜はぐっすり眠れそう。
 少女は聞いていないけど、言いたい事は言えたから。

 布団に抱かれて目を閉じた。
 記憶を抱いて、眠りについた。

 今夜の空は、誰も居ない。開始に備えて休憩中。
 庭の舞台も、誰も居ない。次回の公演、予定は未定。






 少女は部屋で目を覚ます。
 何故だか今夜は起きちゃった。

 窓の向こうは朔の夜、やっぱり月はお休み中。
 それに気付くも、やっぱり少女は休みを選ぶ。

 部屋の中には何も無い。古びた鞠も、古雅な扇も。
 それを理解し、少女は笑う。


 おやすみなさい、幽々子。


 次に会うのは何時だろう。
 冬の終わりを、少女は願う。きっと会いに行けるから。

 疲れた体を布団に任す。
 友を思って、眠りにつこう。

 今夜の空は、騒がしい。舞台の開幕待っている。
 少女は一人、眠りについた。次回の公演、待ちながら。 






 誰も明かさぬ舞台裏、そこにも生まれる物語。
 少女は知らぬ、知らされぬ。夢の中では調べも出来ぬ。

 彼女が過ごす舞台裏、そこにも生まれた物語。
 笑顔も涙もあっただろうか。覚えがあるのは無表情。

 誰も語らぬ物語、それは悲劇であっただろうか。
 主役は彼女と妖怪桜、少女の姿は在りはしない。

 秘められ終わった物語、残ったものは二つだけ。
 主役の彼女、おやすみなさいと最後に言った。






 とある郷の、端の端。そこを少女は訪れる。
 見渡す限りの御屋敷に、見上げんばかりの妖怪桜。
 そこが少女のいく世界。そこが彼女のいる世界。

 見果てぬ庭の、隅の隅。そこを少女は訪れる。
 蹴り上げ続ける古びた鞠に、笑って応える可愛い友人。
 それが少女のやる遊戯。それが彼女とやる遊戯。

 友はとっても普通な子。
 笑うし泣くし、怒りもする。

 友はいっつも一人の子。
 親しき従者も、愛しき母もいないから。

 一人静かに、一人寂しく、きっと空を見上げてる。
 大事な鞠と、好きな着物と、きっと夜空を眺めてる。

 会いに行こう、朔の夜は。妖怪桜も静かにしてる。
 会いに行こう、月の無い夜は。彼女が独りで過ごさぬよう。


 こんばんは?


 飛び出た声は、虚空に消えた。
 返る声も、在りはしない。

 空の舞台は脇役ばかり、今夜も主役はお休み中。
 庭の舞台は主役が一人、相手は永久にお休みなさい。




 荒地の上に、綺麗な鞠が落ちていた。










 ――――――――――……




 ――――――――……




 ――――――……




 ――――……




 ――――――……




 ――――――――……




 ――――――――――……










「お願いします! 紫様!」

 そう言って畳に額を擦り付けるのは、愛しき親友の従者さん。
 彼女の隣には私の可愛い藍がいる。二人してなにやら真剣な顔。

 あらあら。なんだか面白い状況ね?

「ダメよ。貴方に藍はあげないわ」

 せめてあと五十年は待って。式神離れしてみるから。
 あら? そうしたら私、死んじゃったり?
 ……まさかね。けど、やっぱりダメだわ。

「は?」

「紫様、そういう話じゃありません」

 そうだったかしら?
 たしか三日ぐらい前に妖夢が訪ねて来て……昨日だったかしら?
 ああ、三十分ぐらい前だったかも。三分前とかは? ……私は呆けてないわよ?

「う~ん。不思議よね、妖夢」

「はぁ」

「すっかり忘れてしまったわ」

 こけたわね。なんだか鼻が痛そう。
 あたっ。叩かないでよ、藍。……溜息もやめて、虚しくなるわ。

「仕方ないので、もう一度最初から説明します。
 先程、私のところにこの妖夢が訪ねて来ました。珍しいと思いつつ用件を尋ねれば、料理を教えて欲しいとのこと。
 紫様も知っての通り、白玉楼での食事は和食。場所柄というのもありますが、これは妖夢が基本的に和食しか作れないからです。
 別に生きていくだけならこれだけでも――――というか、幽々子殿はそもそも食べなくても大丈夫です。
 が、娯楽の一つとして食事を楽しまれる幽々子殿の為には、やはり新しい料理を覚える必要があるとのこと」

 また今度、眼鏡でも贈ってみようかしら。
 きっと似合うわ。

「――――紫様?」

「ちゃんと聞いてるわよ」

 だからそんな顔をしないの。
 折角の美人が台無しよ。

「つまり、藍に料理を教わりに来たのでしょう? それで、どうして私のところに来るのかしら?」

「私は白玉楼へ赴こうと思いますので、紫様には今日の夕餉の用意をしてもらいます」

 ……あ~、きこえない。ねむいもん。

「ぐぅぐぅ」

 ぽかり。

「……いたいわ」

「なら寝ないでください。料理ぐらい、わけないでしょう?」

 だって、ねぇ? 百年ぶりぐらいじゃない。多分。
 それに面倒臭いわ。言わないけど。

「藍が作ればいいでしょう? もしくは妖夢。五人分くらい、わけないじゃない」

 そんなに見詰めないで、照れるわ。
 あら、無視?

 こほん、と藍は咳を一つ。

「橙にも一度、紫様の料理を食べさせようかと思いまして。
 この間、少し話をしたらどうにも気になってしまったようで――――」

 それで最近は私に付き纏ってたのね。
 何度か起こされた気がするし……やっぱりダメ。

「それじゃあ、皆で白玉楼に行きましょうか。妖夢、藍。夕餉を楽しみにしてるわよ」

 妖夢は訳がわからないといった感じで、藍は溜息。年季の差よね、以心伝心。
 私が立ち上がれば、藍も続いた。次いで妖夢。やっぱり彼女は戸惑ってるみたいだけど。
 スキマって便利よね。

 あ、橙も拾っていかないと。








「今日の晩御飯は何かしら?」

 白玉楼の長い廊下を歩きながら、幽々子。

「食べられるものよ」

 幽々子の隣で浮きながら、私。
 なんだかおかしな状況ね。

 橙は庭で蝶を追い掛けて走り回ってる。……蝶?
 ちらり、と幽々子を。扇で口元を隠して、彼女はにこり。

「猫って案外いけるの。面白い味」

「食べたの?」

「雀は食べてません」

「そう」

 また前を向いて、さっさと進む。こんなものよね、儚い人生。
 橙、後で一緒に遊んであげるから、今は蝶と戯れてなさい。

 ギシギシ、とか。キュッキュッ、とか。
 そういった音を立てずに幽々子は歩く。私は浮かぶ。

「さて、なにをして時間を潰しましょうか?」

「そうねぇ……」

 お茶でも飲んで、は巫女の専売特許だし。
 特にする事もないのよねぇ。寝るのは躊躇われるし。
 やっぱりお話かしら。いつも通りだけど。

 ん? どうしたのかしら?

「幽々子?」

「う~ん。なんとなく、ね」

 なにやら困った表情で彼女が見詰めるのは……あら、懐かしいわね。
 気付けば白玉楼の端の方、昔々に見た事があるような場所。

 やっぱりここも逝ってたのねぇ。集団心中にも程があるわよ?

「そういえば、この部屋には入ったこと無かったのよ」

 今度は好奇心。忙しい子ね。
 まぁそんな事を考えている間に、幽々子は中に入ってるんだけど。
 彼女の後ろに続いて私も部屋へ。そういえば、ここの敷居を越えるのは初めてなのよね。

 ――――……

 ――……

 部屋の内装は、特に変わったところはなかった。
 思った程に広くもなく、調度品も少なくて、なんだか拍子抜け。

「あら?」

 同じように部屋を眺めていた幽々子がぽつり。
 彼女の視線を追っていけば、部屋の隅に辿り着く。
 そこには、見覚えのある鞠がひそやかに置かれていた。

 くす。

「どうかしたの? 幽々子」

「ん~。あんな物、うちにあったんだ。
 なんにせよ、この屋敷にあるんだから私の物よね」

 そう言って幽々子は鞠を手に取った。
 それから振り返って、なんとも曖昧な表情を見せてくれる。
 多分、気付いていないんでしょうけど。

「紫。たまには外で遊びましょうか」

「あら、何をするのかしら?」

「蹴鞠よ」

 ……ほんとに可愛い子。
 年甲斐もなく、心が躍るじゃない。

「遊び方は知ってるの?」

「蹴鞠でしょ? だったら蹴ればいいんじゃないの?」

 首を傾げて幽々子が言った。
 はい、正解。よく出来ました。

 薄く笑みを浮かべれば、そこは親友、了承の意を汲み取ってくれる。

「それじゃ、行きましょうか。ここは何だか寂しいし」

「ええ、行きましょうか」

 そうして私達は部屋を後にする。
 次に来る事は、もう無いかもしれないわね。
 だって寂しいし。




 先程の廊下を逆方向に歩いていると、前方に一つの影が見えた。

 ……橙ね。

 遊び疲れたのか、それとも陽気に誘われたのか、大の字になって眠ってる。

「今日のご飯に猫は出るのかしら?」

 可愛らしく首を傾げながら、割とえげつない幽々子の発言。

 でも、残念ね。

「出ないわよ」

 だって藍だし。

 じゃあいいわ、と幽々子は庭へと下りて行く。
 そうしなさい、と私は後に続きましょう。


 砂利の上で、今度は私も足をつけて互いに向かい合う。
 取った距離は適当で、そもそもルールなんてものはうっちゃってる。
 私達が楽しみながら暇を潰せれば、それでいいじゃない。

「それじゃあ、いきますよ」

 掛け声を発しながら幽々子は蹴った。
 ワンテンポ遅くしている辺り、流石といったところかしら。

 それをきっちり蹴り返す。
 ぽん、という鞠の感触が何とも懐かしい。

「ねえ、幽々子?」

「なあに? 紫」

 返ってきた鞠は、少し右に曲がりつつ。
 器用な真似をするものね。

「妖夢の料理って、美味しいのかしら?」

「あの子は料理上手よ。やっぱり和食が一番だけど、中華も結構いけるわ」

 あら、意外。

 ぽん。

「彼女、中華なんて出来たの?」

「食べたいって言ったら、幾つか覚えてくれたの」

 ぽん。

 今度の鞠は、少し左に曲がりつつ。
 別にダイエットは望んでいないんだけど。

「いい子じゃない。羨ましいわ」

「ご冗談。まだまだ頼りないあの子だもの。早く目を離せるようになってほしいのよね」

 くすくす。
 いい主さんじゃない。

 あら、今度は落ちるの?
 拾うわよ、私は。

「まだ若いんだから、それでいいじゃない」

「そうなんだけどねぇ」

 幽々子は笑って、高く鞠を蹴り上げる。
 それを目で追っていけば、頂点の辺りで、いきなり赤い影が過ぎ去った。
 まぁ、驚かないけど。

 視線を下げれば、幽々子と目が合った。
 お互い笑う。曰く、若いって良いわよねぇ、と。

「橙。貴方も一緒に遊びましょうか」

 はい、と元気の良い返事が返ってきた。
 さあさあ楽しく遊びましょうか。




 今度は皆で三角形に。
 橙は幽々子に、幽々子は私に。そして私は元気な橙に。
 たまには逆に回るけど。

「ねえ、幽々子様!」

 強く飛ぶのは、猫の鞠。
 真っ正直にあの子は蹴る。

「なにかしら? 猫さん」

 癖があるのは、幽霊の鞠。
 のらりくらりと彼女は蹴る。

「今日のご飯はなんだろね?」

 あら、凄い度胸。
 見て見て猫さん、幽霊さんがにっこりよ。

「美味しいものよ。面白い味かもしれないわね」

「なにそれ?」

 疑問を浮かべる幼い橙や。
 知らぬが花よ、妖怪桜? なんか違うわね。

「幽々子。貴方、どうせ残すでしょう?」

 一人分には多いもの。四人分にしてもどうかしら?
 あ、三人分かも。ま、冗談なんでしょうけど。

「腹八分目が一番でしょう? ちゃんと味わわないと」

 妖怪並みに雑食なのに、こんなとこだけ人間臭い。幽霊だけど。

「紫様?」

 わからないのね、可愛い橙。
 それでいいのよ、可愛い橙。
 真実はちょっと惨いもの。

「ほら、橙」

 頑張って、受け取って、式の式。
 もちろん普通に蹴りますよ?

「わっと……」

「ずるいわね、紫」

「ただの消える魔球」

 落とした鞠を慌てて拾い、橙は私に蹴り返す。

 あら危ない。足が痛くなりそうだわ。

「まぁ何であれ、美味しいものに変わりはないわね」

「藍様の料理だもんね!」

 あら、可愛い。
 お姉さん達、思わず笑みが零れそう。

「料理はうちの半人前のもの。けど、美味しいわ」

「妖夢かぁ。ま、楽しみにしてるよ。藍様が一番だけど」

 あらあら、あらあら。
 なんだかとっても素敵な事ね。

 ぷにり。

「膨れなさんな、幽霊さん」

 ぷしゅる。頬を突いたら息が抜ける。
 面白いわね。

「ん?」

「気付いてなかったの? 面白いわね」

「気付いてますよ。表さないだけで。それより、鞠を落としちゃったじゃない」

 おかしな子。
 だって、指を動かせば、ほら。

「落ちてないわよ」

「ずるはいけないわ」

「酷い言い草ね。楽しく遊ぼうと思ってるのに」

 ほら、鞠が落ち込んじゃったでしょう?
 これは中々浮かばないわ。

 ――――……

 ――……

 まぁそろそろ料理も出来るでしょうし、終わりにしましょうか。
 鞠を拾って、屋敷の方へ。幽々子は当然のように付いて来る。

「ほら、橙。貴方も一緒に休みましょう」

 そう言えば、橙は物足りなそうな顔をしながらもこちらにやって来る。
 萎れた尻尾に、へたった耳がアクセント。渋々とぼとぼ歩いてる。
 なるほど。藍が大切にするのもわかるかもしれない。

 ちょっと遊んでみたくなる。

 鞠を放れば、即座に橙は反応してくれた。
 手を伸ばして鞠を掴もうとするけれど……ダメよ、触らせない。
 ピタリと宙で静止した鞠は、綺麗な弧を描いて橙の後ろに着地。

「あっ!」

 跳ねろ、て感じで今度は右へ。
 ん~、流石は猫。条件反射よね。そして素早い。
 宙を地を、ついでに庭木の合間を駆けて行く。ごめんなさいね、妖夢。

 そうして橙が鞠に遊ばれてる間に、私達は腰を下ろす。
 よっこらしょ、とは意地でも言わない。永遠の美少女だもの。

「意地悪ね、紫」

「優しいわよ。遊んであげてるんだから」

 あの子の楽しそうな顔を見なさいな。
 それを見て愉快そうに笑う私を見なさいな。

「それにしても、美味しいご飯は何時頃かしらね? 主さん」

「とっても美味しいご飯はそろそろよ。お客さん」

 ぽんぽん跳ねて、びゅんびゅん飛んで。
 猫と鞠の鬼ごっこ。そのまま鬼と鞠でも可。

「そろそろ陽も沈むわねぇ。こんな風に遊んだのは久し振りよ」

「たまにはいいでしょう? 寝てばかりだと太るじゃない」

「私だから大丈夫」

「…………ふふ」

「…………くす」

 何故だか笑っちゃう。
 こんな日もいいかしらね。

 隣を見れば、幽々子も同じ気持ちみたい。

「今日はまったりといい日だわ。あとは妖夢のご飯が食べれたら満足」

「もう。そんなに気に入ってるのなら、たまには褒めてあげなさい。
 頑張ってるのだから、報いは必要よ」

 なんて事を言っても、幽々子は笑うだけ。
 笑って顔を、庭へと向けた。

 視線の先では、未だに橙が鞠と遊んでる。
 飛んで、跳ねて、ぶつかって。彼女はとっても楽しそう。

 まだまだ半人前の、式の式。

 ――――……

 ――……

「妖夢には、感謝してるわよ。
 頼りない子だけど、ご飯は美味しいし、仕事は一生懸命してるもの。
 それに、いつも私の側で我が侭に付き合ってくれるし。
 とても大切で大好きな、愛しい従者よ」

「それを本人に言えばいいでしょう?」

 幽々子は口元を扇で隠して、楽しそうに笑ってる。
 それを見てると、この子の曲者具合がよくわかる。

「言いません。あの子ったら、きっと泣いて喜ぶもの」

 ほんとに嫌な子よね、幽々子って。
 笑顔でそんな事を言うんだもの。

「意地悪なご主人様ね」

「紫ほどじゃないわよ」

 あらショック。こんなに優しいのに。
 ほら、橙だって暗闇の中をあんなにはしゃぎ回ってるじゃない。

 あらまあ鞠が、クリーンヒット。

 ――――――……

 ――――……

 ――……

「そういえば、晩御飯はまだかしら?」

「……本気で言ってるの? 幽々子」

「そうですけど?」

 首を傾げて、疑問顔の幽霊さん。
 もう。貴方の方がずっと意地悪じゃない。

 見なさいな。

 廊下の角から、白い髪が覗いてるわよ。










 ~おわり~





どうも、【やみ】です。
二作目は幽々子様のお話という事で。
描写を色々と省いてみたので、ちゃんと伝わったのか少し不安だったりします。

しかしこういった話を書いてみると、改めて他の作者さんの凄さを感じますね。いや、SSって大変です。
そしてこの話に付き合ってくださった読者の方々には感謝です。
では、機会がありましたらまたお会いしましょう。


4/23

微修正しました。
まぁ既に投稿したのであまり大きな変更は無しで。

そういえば、前半の文章で出たキーワードに『従者』と『母』が含まれてるのって、案外気付かれてないんでしょうか? いや、友人が気付かなかったようなんで。『おやすみなさい』とタイトルの事とか。
戯言でしたね。まあ今回の作品もそれなりに評価はいただけたようで、作者としては嬉しい限りです。
次の作品はアリスの話ですが、そちらでお会いできる事を願いつつ、失礼させてもらいます。
【やみ】
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コメント



0.970簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
・流石に戸惑われる

躊躇われる?
9.80名前が無い程度の能力削除
定型詩調の序盤の印象が鮮烈でした。
15.無評価名前が無い程度の能力削除
欲を言えば前半の文体のまま貫いて欲しかった。
17.無評価【やみ】削除
う~ん、文体はやはり一貫した方がよかったんでしょうか。
『変化』がテーマだったんで試しに変えてみたんですが……難しいです。
まあ何はともあれ、評価・コメントをくださった皆様、ありがとうございます。

>一人目の名前が無い程度の能力さん

あ~、たしかにそちらの方が意味的に合ってますね。修正しました。
ご指摘、ありがとうございました。
29.100dododo削除
いい・・・