「ハイキング?」
「そう、ハイキング」
「紅魔館にはミラクルドリルを搭載済みだったんですか?」
「それはガイキングよ」
「……」
淀みなく返答するレミリアに、妖夢は沈黙を余儀なくされる。
何の事はない、二つ目のボケが浮かばなかっただけだ。
己と小悪魔との格の違いを改めて実感する一幕であったが、
実際そんな事はどうでも良かったので、改めて状況考察へと移る。
まず最初に浮かんだのは、今の会話を含め、全てが夢だという可能性。
確認するために、まずはお約束通りに己の頬を用いて確認を行う。
むぎゅり、と力いっぱい抓る。
「……痛い」
痛覚は正常と見える。
だが、この程度では確信には至らない。
五感があったところで、これが夢ではないと何故断言できようか。
という訳で次に、眼前のレミリアの頬で確かめる事にした。
むぎゅり、と。
「……」
「……」
「……痛くないんですか?」
「……痛いけど?」
「……」
「……」
「……ふむ」
特に嘘を吐く理由は見当たらない。
自己の認識のみでは判断し得なかったものも、他者の存在を経てこうして現実として生まれいずるのだ。
そう、妖夢は結論付けた。
「……あんた、段々行動が咲夜に似てきたわよ」
「!?」
その言葉は、長々とした考察よりも、遥かに説得力があった。
即ち、これは現実だと。
「……ええと、抓ったりして申し訳ありませんでした。
こうでもしないと現実を認識出来なかった己の未熟な心を、大いに恥じ入る所存です。
ですが、そういったものを全てうっちゃった上で言います。正気ですか?
というか、昨晩の出来事もう忘れちゃったんですか? アルツハイマー? 素? 手遅れ?」
「謝るのか、反省するのか、質問するのか、馬鹿にするのか、少しは絞って話しなさい」
「では僭越ながら馬鹿にさせて頂きます。ばーかばーか」
「……」
レミリアはそっと目頭を押さえた。
それは、抓られて痛かったから、等というファンシーな理由ではあるまい。
が、妖夢の方としても、泣かれても困る所だった。
真っ当な神経を持つものなら、今の状況でこうした言葉を返すのは当然だと思ったからだ。
事実、この場には二人のみならず、紅魔館の住人がほぼ全員集められていたのも関わらず、
誰も止めようとはしなかったのである。
とは言え、この構図は余り好ましいものとは言い難い。
二人が展開しているのは、内容はともかくとして、諍いの前兆である事は確か。
すわ内乱勃発か、といった空気が生まれ出す直前、同席していたパチュリーが助け舟を出した。
「レミィ。いくらなんでも途中過程を端折り過ぎたんじゃないかしら」
「……そう?」
「ええ。流石に『これからハイキングに行くわよ』だけでは疑問の余地も残ると思うわ」
「だって、前置きが長すぎるって言うから……」
「それは貴方ではなくて作者の考えることよ」
「作者?」
「気にしてはダメ。ノイズよ」
「そ」
元々気にしてなかったのか、レミリアは僅か一文字にて追求を終結させると、
再び妖夢へと視線を移す。
「んー、じゃあ質問は許可。馬鹿にするのは却下よ」
「はあ、それでは。何故、昨日の今日でハイキングなんですか?」
「別に昨晩の一件は関係無いわ。これはずっと前から決定していたイベントなのよ」
「……どうしてそれを私に伝えて下さらなかったのですか」
「伝えたら反対したでしょう」
「当たり前です。そも、どうしてそこまで拘られるのですか。
今の状況で暢気に外出などしたら、連中の思う壺だというのは、レミリア様が一番良くご存知なのでは?」
連中とは勿論、暫定名『白玉楼変態同盟』の事だ。
つい十二時間ほど前に、紅魔館はここからの襲撃を受け、
多数の人的被害と、妖夢のメイド服&猫耳カチューシャの盗難という多大な損害を受けたのだ。
前者と後者、並べて良い被害でもない気がするが、この話においてはむしろ前者のほうがどうでも良かったりする。
その舌の根も乾かぬ内に、この暴挙。
妖夢が疑問に思うのも無理からぬ事だろう。
「仕方無いじゃないの。フランが楽しみにしてたんだもの」
「フラン?」
聞きなれない単語だった。
言い回しからして、菓子の類いではなく、人名を指しているのだろうが、
生憎として妖夢には心辺りがなかったのだ。
「あれ、言ってなかったかしら」
「初耳です。誰ですか?」
「私の妹よ」
「……」
どう考えても最優先に含まれるであろう重要事項だ。
にも関わらず、新入りとは言え侍従長である自分に伝えられていないとはどういう事なのか。
レミリア様は表向きほど私を信用してはいないのではないか。
……といった考えは、一切浮かばなかった。
主が健忘症気味なのは、新旧問わずに慣れっこだったからだ。
だからか、妖夢は問い詰めるでもなく、淡々と事実の確認だけを行う事にした。
「ええと、フランというのはレミリア様の妹。
で、その方が今日のハイキングを心待ちにしていた。そういう訳ですね?」
「当たり前の事を聞き返すんじゃないの」
「……」
何故か怒られた。
理不尽な叱責を頂くのは、妖夢としても本意ではない。
昨日の余波もあってか、妖夢自身もあまり機嫌がよろしくないのだ。
もし猫尻尾を取り付けていたならば、その尻尾はピンと直立していたことだろう。
「妹様……フランドールは諸般の事情があって、生まれてから殆ど外に出た事が無かったのよ。
でも、それも昨年。とある人間と関わりを持ってから大きく変わったの。
今日の外出は、言うなれば妹様のリハビリのようなものだと思ってくれれば良いわ」
新米主従に生まれかかった亀裂を、またしてもパチュリーの声が食い止める。
どうした知識人、今日は絶好調じゃないか。
という声も上がろうが、単に二日連続の失態で後が無いだけである。
レミリアの友人という後ろ盾があるのみで、実質の居候的存在としては、色々と大変なのだ。
「……レミリア様のお気持ちは分かりました。
それならば私も、積極的とまでは言えませんが、とりあえず反対はしません」
「そう、理解が得られて何よりね」
「それで、目的地は何処なのですか?」
「魔法の森よ」
妖夢はコケた。
「ほんっ……とうに何を考えてるんですか!! そこってあの変態元締めの本拠地じゃないですか!!」
そも、あの怪しげと呼ぶに相応しい森の散策をハイキングと呼んで良いものかも疑問だ。
むしろ軍事演習か集団自殺のほうがしっくり来るだろう。
下手をすれば後者は実現しかねない辺り、洒落になっていない。
「考え過ぎよ。どうせ奴等なら何処に行くとしても、探し当てて来るでしょうしね」
「ですが……」
「それに、ただ漫然と向かう訳じゃないわ。ちゃんと現地のガイドも調達済みよ」
「ガイドって……ああ」
聞くよりも先に思いが至った。
紅魔館と縁が深く、魔法の森の地理に詳しく、
なおかつこのような狂気の沙汰に付き合う……いや、付き合わされる人物など一人しかいない。
「って、元はと言えば魔理沙が今回の元凶じゃないですか」
「だからよ。アレも断れる立場じゃないって理解してたようね」
「……」
要するに脅迫だ。
「フランも魔理沙と一緒が良いって言ってるから……私としても苦渋の選択なのよ」
「……そうですか」
そこまで言われてしまうと、もはや妖夢としても返す言葉が無かった。
面識も無い妹様とやらであるが、その境遇には多いに同情できる。
恐らくは、関わりをもった人間というのも魔理沙の事なのだろう。
となれば、これは絶好の機会に他ならない。
……どう考えても変態同盟にとっても絶好の機会の気がしてならないが、それはそれ。
こうも推し進めるくらいだから、レミリア自身はとうに覚悟を決めている筈。
「(後は私次第……と言ってもね)」
形の上で同意を求めてはいるが、実質的な強制である。
妖夢がこういう状況で強固に反対出来るような性格ではないことは、レミリアも良く理解している筈だからだ。
「幾多の不躾な詰問を行ってしまった件、謝罪致します。
この魂魄妖夢、本日の遠征の成功を、心の底からお祈りする所存です」
「他人事みたいに言うんじゃないの。あんたも来るのよ」
「……やっぱり」
慇懃にスルー作戦、失敗。
もっとも、言う前から無駄だろうとは思っていたが。
「決定ね。
じゃ、いくつかの注意事項を確認しておくわ。しおりは行き渡ったわね?」
『はーい』だの、『うぃっす』だの、『HOOO!』だの、統一感ゼロの返答が、途切れ途切れに飛んで来る。
これがあの世に名高い紅魔館メイド衆の現状か、と言いたいところだが、
昨日の今日でこれでは、やる気を出せと言われても無理があるのだろう。
事実この会合、妙に欠席者が多いのだ。
「まず……というか、これが最重要事項よ。心して聞きなさい」
レミリアの凛とした声に、だらけきっていた面々も、一斉に身を引き締めた。
……ように見えた。
「おやつは五百円まで! 復唱!」
「「「「「おやつは五百円まで!」」」」」
妖夢は再びコケた。
が、そんな事はお構い無し、とばかりにレミリアは大きく頷いて見せると、再度口を開く。
「以上よ、何か質問は?」
三度コケる妖夢。
いくつかって言わんかったかアンタ。やら、
これの何処が最重要事項やねん。やら、
一連の通貨単位ってGILやったやないか。やら、
雲霞の如く突っ込みが浮かび上がるのだが、残念な事に実行は許されなかった。
何故なら、レミリアの発言直後より、期待に満ちた視線の数々が、妖夢へと殺到していたからだ。
「な、何? ……って、まさか」
それが何を示しているのかは、直ぐに理解できた……というか出来てしまった。
だが、実行となると話は別だ。
「(私にアレを発言しろと!?)」
悩む暇は無い。
実行するか、流すか、答えは二つに一つ。
そして、後者を選択するという考えは、妖夢には生まれなかった。
……が、その焦りが悲劇を生む。
「し、質問です」
「何かしら」
「ば、ば、ば」
「馬場?」
「ばっ、バナナはっ、おやつに入るんどすか!!!」
言い切ったその途端に、妖夢の顔が朱に染まり切る。
どもった。
しかも噛んだ。
合わせ技で一本の、致命的な失態である。
どこら辺が致命的なのかは良く分からないが、とにかく妖夢はそう自認したのだ。
「(この馬鹿! 未熟者! 死ね! 死んでしまえ!
基本事項すらこなせないで、何が侍従長だ!!)」
妖夢は心の中で、己を叱責し続ける。
許されるならば、この場で腹を切って果てたいくらいだった。
たかがボケ一つで大袈裟な。と言うなかれ。
大一番で皆の期待に答えられなかったという事実は、それほどまでに妖夢を追い詰めたのだ。
が、神は決して、彼女を見捨てたりはしなかった。
「当然、入るんどすえ」
「!!」
レミリアから当たり前のように返された一声。
それは、今の妖夢にとっては、正に救いの蜘蛛の糸に他ならなかった。
「れ、レミリア様……」
「どないしはりました?」
あの誇り高きレミリアが、あろうことか京言葉を使ってまで窮地を救おうとしてくれたのだ。
これに感じ入らない妖夢ではない。
「い、いえ、何もあらしまへんわ」
あえて何事も無かったかのように、それでいて京言葉で返す。
それが、レミリアの恩に報いる最善の手段であると妖夢は知っていた。
例えレトロスペクティブ京都が与えられずとも、今の彼女達にこそ相応しい言葉なのだ。
「そげんこつ言われても、説得力ば欠けるたい」
「そ、そうじゃろか。ワシにはよう分からんけぇ」
速攻で博多弁やら広島弁やらが入り混じっていたが、それはそれ。
何時の間にやら、歓声と拍手が沸き上がっていたのが、ハッピーエンドを迎えた証拠である。
妖夢とレミリアは、ここにまた一つ、ハードルを乗り越える事に成功したのだ。
嗚呼、麗しきは主従愛なり。
「おめでとう二人とも……素晴らしいアドリブだったわ……」
そしてまた、パチュリーも賛辞と共に万感のスタンディングオベーションを送る。
彼女の芸人魂を揺さぶるに相応しいワンシーンだったのだろう。
自分は行かないからどうでも良い。というものかもしれないが。
そんな感動的なシーンを、群集の外れにて腕組みをして眺める姿があった。
「……これって、現実逃避よねぇ」
美鈴は一人、冷静だった。
「幽々子! 時間よ! 早くイきましょう! もっと強く! 激しく! 私を壊して!」
さて、のっけから飛ばし過ぎのこのお方。
もはや怖い物無しの感もある十六夜咲夜嬢だ。
目は血走るを通り越して紅に変色しており、言動とも相まって大変に問題的だ。
おまけにその格好は、普段のメイド服姿ではなく、迷彩服のフル装備である。
ご丁寧に、フェイスペインティングまで施している始末だ。
「最初から壊れてるじゃないの」
が、対する幽々子の反応は、至って冷静なもの。
この部分が一番美味しいとばかりに、鮭の皮を頬張っては目を細めていた。
倦怠期かと言うとさにあらず、妖夢分に満たされた彼女は、博愛精神の塊なのだ。
「悠長に飯なんざかっ喰らってんじゃないわよ、このバンカーバスター!
何? 日々の食事こそが豊胸の秘訣とでも言いたいわけ!?
許すまじ! 嗚呼許すまじ! 人の夢と書いて儚き願望は何処へ向かうのっ!!」
「強気に見せかけて卑屈そのものね。少しは落ち着きなさいったら」
「シット! こいつ状況理解してねぇっスよ! 参ったねジェーン、ハハハぅぶぁっ」
必殺の完全なる墨染の延髄斬りにより、咲夜の笑い声及び意識は寸断された。
喰らった者は例外なく視界が暗転するという理由からのネーミングである。
跳躍から着地に至るまで、足をまったく開かないのは流石と言えば流石だが、この際それはどうでもいい。
「何か言うことは?」
「す、少し取り乱したようね。失礼したわ」
「宜しい」
既に元のポジションに戻っていた幽々子が、ずず、と茶を啜りつつ頷く。
ショック療法が成功したのか、咲夜も大人しく席に着く。
目はまだ紅かったが。
「まったくもう、気が逸るのは分かるけど、今から急いたところで仕方ないでしょう」
「……分かってるわよ。でも、仕方ないじゃない。
私もお嬢様分が足りなくなってきてるんだから」
どうやら、ヘタれる幽々子とは対照的に、無駄にハイテンションになるのが特徴らしい。
蝋燭の最後の灯火とでも言うべきか。
「ご自慢のまじかる咲夜ちゃん何たらはどうしたの?」
「それが不思議な事に、見えないし聞こえないし感じられないのよ。
誰かが妨害電波でも飛ばしているのかしらね」
「ふむぅ……在り得る話ね」
仮にこの場に第三者が存在したならば、電波は貴方達です。という突っ込みも入ったのだろうが、
常春の都と称される今の白玉楼には、求めるべくもない。
春度が高すぎて、西行妖も開花しつつあるくらいだ。
よくよく考えれば非常事態なのだが、この話にはまったく関係無いので忘れて欲しい。
君と僕との約束だ!
「ま、それは別に問題無いわ。もうすぐ生のお嬢様分が補給出来るんですもの」
「そうなると良いわね」
「他人事みたいに言わないで、今度はそっちが協力する番なのよ?」
「善処するわ」
聞いているのかいないのか、幽々子はとん、と湯飲みを置くと、音も無く立ち上がった。
「貴方を焦らしプレイしても余り楽しくないし、そろそろ行きましょうか」
「待ちなさい。その格好で行くつもりなの?」
幽々子の服装は、普段とまったく変わらぬフリル和服一式……と猫耳カチューシャ。
それが妖夢分の常時補給の為なのか、単に気に入っただけなのかは定かではない。
なお、メイド服に関してはとても表記できない有様となった。とだけ伝えておこう。
片や咲夜はというと、前述した通りの特殊部隊仕様である。
という訳で、二人の見た目のギャップには、恐ろしいものがあった。
「別に服装なんてどうでも良いじゃないの」
「どうでも良くない。幽々子、森林の作戦行動を甘く見ないほうが良いわよ。
貴方と同じような事を言って、無残にも戦死した同僚を、私は山程見ているわ」
「……貴方、いったいどういう職歴を辿ってきたの?」
「企業秘密よ。とにかく、そんな散歩に出かけるようなファッションは却下。
私の予備を貸してあげるから、着替えてきなさい」
「んー、無駄だと思うけど」
幽々子の言は、果たして真実だった。
丈に関しては概ねぴったりだったものの、シャツとジャケットが物理的に収まらなかったのである。
そして、逆切れした咲夜と、半裸の幽々子との間で肉弾戦が展開されたのだが、そこは割愛。
結局は、既に死んでいるから問題無いということで、いつもの格好のまま出発に至ったのだった。
前途は多難。と言いたい所だが、彼女等にとってはもはや日常である。
秋晴れに恵まれた、至上稀に見る最悪の行楽日和。
そんな天候とは裏腹に、紅魔館一向の旅程は順調そのものだった。
もっとも、主のレミリアを筆頭として、この面々は戦闘集団と称しても過言ではない。
そんな連中が群れを成して歩いているのだから、波乱など起きるはずもなかったりする。
分かりやすく言えば、半径三百メートル以内の生物は、すべからく逃亡していたのだ。
実に迷惑な集団だ。
「……普通、絶好の日和って言うんだけどなぁ」
妖夢は心の中で腕組みをしつつ、ごちる。
なぜかと言えば、両手が塞がっているので、物理的に腕組みが出来なかったからだ。
彼女は分身こそ出来るが、サタンクロスではないのだ。
「何か言ったー?」
「いえ、何も」
その塞がった手の内訳の一つ、右手の日傘の下から、覗き込むようにしてくる小さな姿。
ある意味本日の主役のフランドール嬢である。
「言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさい。
また溜め込んで胃痛で倒れても助けないわよ」
そして、左手の日傘の下から、これまた覗き込むようにして声をかけるレミリア。
何の事はない。妖夢は二本の日傘とスカーレット姉妹に挟まれる形で歩いていたのだ。
何故このような珍妙な行進になったのか?
その原因は、出発間際のレミリアの台詞にあった。
『貴方がフランの日傘を持ちなさい。
そうすれば必然的に会話の時間が生まれるでしょ』
言うなれば、箱入りならぬ底入りお嬢様と新米メイド長との交友を深める為の粋な計らいといった所か。
重ねて、自身の日傘も妖夢に持たせることで、上手く間を取り持とうという考えである。
そんなレミリアらしからぬ深謀遠慮に、妖夢は感嘆した……と、同時にため息も吐いていた。
何故かというと、第一に物理的に疲れるから。
歩調もリズムも違う二人に、きっちりと日陰を作りながら歩き続けるのは、決して楽なものではないのだ。
ついでに言うならば、中間に位置する妖夢は、直射日光を浴び続けている。
そして次に、精神的にも疲れる。
殆ど他者との交流が無かったという境遇にも由来するのだろうが、妖夢は元来人見知りする性質である。
いくらか馴染んだとは言え、まだ数える程の日時しか生活を共にしていない主人と、
初対面であるその妹様の間に挟まれて、悠然と立ち回れというのは酷な話だろう。
ただでさえ変態同盟からの奇襲に怯える身だというのに、気苦労は倍率ドンで更に倍。
はらたいらさんとて裸足で逃げ出すに違いない。
「……いえ、大丈夫です。だって、私の胃はまだ動いてるんですから」
「「??」」
悟りの境地に達したかの如き笑顔ではあったが、台詞が三杉くんなので説得力以前の問題だった。
スカーレット姉妹のはてな顔も無理からぬ所だろう。
自分で言っておいて恥ずかしかったのか、妖夢は些か慌てた様子で話を変える。
「わ、私の事なんかどうでもいいですから、妹様のお話を聞かせては頂けませんか?」
「え、私? いいけど、どんな?」
「そうですね……ええと……その……」
そして、妖夢はまたしてもアンダーテイカーと化した。
もう墓穴は多すぎで埋める土が足りない状態である。
「(殆ど何も知らないのに、どんな話を聞けって言うの……)」
現時点で妖夢が得ているフランドールの情報はごく僅か。
曰く、気が触れている。
しかしこれは、こうして話している分には殆ど分からなかった。
時折ピントのずれた発言をすることもあるが、概ね普通。
むしろ理知的なお嬢さんというのが、妖夢の感想だった。
とはいえ、これは話題にはし辛い。
『あんた頭イっちゃってるらしいけど、マジ?』
と発言する程に妖夢はアホの子でもなかった。多分。
曰く、殆ど紅魔館から出た事が無い。
これも同情かつ同上である。
こうして外を歩いている中で取り上げても、楽しい話題ではないだろう。
曰く、魔理沙と何かあったらしい。
「そうだ。魔理沙とは一体どういう……」
「あ、魔理沙だー」
「……ぬ?」
妖夢がやっとの思いで出した言葉は、フランドールの呼び声の前に中断を余儀なくされる。
視線を前方へと送ると、箒片手に偉そうに立っている黒白魔女の姿。
何故偉そうに見えたかというと、直立不動かつ背筋が反っているからなのだが、
程なくして妖夢はその考えを改めるに至った。
「よう、遠路遙々ご苦労さん」
表情こそ普段と変わらないが、首のコルセットが何とも痛々しい。
閃光魔術の極意は、しっかりと魔理沙の身体に浸透していたようだ。
直立不動も何も、その体勢しか取れないと言ったほうが正しいのだろう。
「ご苦労さん、じゃないでしょ。
よくもおめおめと私達の前に顔が出せたものね」
「そう言うなって。私だって反省はしてるし、代償も十分過ぎる程払ったぜ」
「……分かってる。文句の一つくらい言っておきたかっただけよ」
あえて、妖夢はそれ以上の糾弾を止めた。
この一連の騒動の原因が魔理沙なのは事実である。
が、魔理沙も被害者であるというのも、また確かなのだ。
「で、あの変態の元締めは大丈夫なの?」
「どういう意味だ?」
「その、もしかしたらあの時は偶々錯乱していただけで、今は普通だとか」
「……」
魔理沙はどこか遠くを見るような目をすると、へっ、と薄く笑いを浮かべる。
それはどんな言葉よりも雄弁に、状況を物語っていた。
もうだめぽ、と。
「魔理沙、安心なさい。私達は仲魔……いえ、同志よ」
そこで初めて、レミリアが口を挟んだ。
外見年齢は何処へやらといった、慈愛に満ち溢れた表情である。
「同志……? すべての原因を生んじまった私を、同志と呼んでくれるのか?」
「当たり前でしょう。今や幻想郷は変態という名の闇に覆われようとしているわ。
そんな時だからこそ、貴方という希望の光が必要とされているのよ」
「レミリア……」
魔理沙は思わず俯き、声を詰まらせる。
吸血鬼の使って良い言い回しじゃないだろう。とかそういう突っ込みを押し殺しただけかもしれないが、
ここは感極まったということにしておきたい。
「奴等が白玉楼変態同盟なら、私達は紅魔館被害者友の会。
皆、力を一つにして、この境地を乗り切ってみせるわよ!」
「応っ!」
「はいっ!」
レミリア、魔理沙、妖夢の三人は、声を上げると共に、がっしりとスクラムを組んだ。
本当は抱き合いたかったのかもしれないが、
それを実行してしまうと、間にいるフランドールが物理的に潰されるのだ。
「……ねぇ、さっきから何の話なの?」
そこで、ラグビーボール状態のフランドールが、頭上の三人の顔を見上げつつ口を開く。
「ああ、いや、気にするな。こんな話は知らないほうがお前の将来の為だぜ」
「むー、子供扱いしないでよ」
「馬鹿。子供じゃないから言ってるんだ」
「……?」
魔理沙の深い言い回しに、妖夢とレミリアは神妙に頷く。
そう。これ以上被害者が増える事は、あってはならないのだ。
無論、加害者も。
「さ、暗い話はこれまで。魔理沙、案内の方頼んだわよ」
「任せとけ。魔法の森に潜む神秘と恐怖の真髄を見せてやるぜ」
「いや、普通でいいから」
「えー、普通じゃ面白くないよ」
兎にも角にも、こうして紅魔館一向は、魔理沙という案内人を得て、目的地へと突入を開始するのであった。
「……」
そんな面々を、遠方より見つめる影があった。
という言い回しをすれば、ああ変態の誰かなんだな。とミスリードしてくれる物と思われるが、
あえてそんな期待を裏切ってみたいと思う。
「こんな調子で大丈夫なのかなぁ」
影とはまたしても美鈴だった。
門番がのこのことハイキングなんぞに付き合って良いのかという意見に関しては却下する。
彼女にとっては、紅魔館と紅魔館の住人はイコールなのだから、何も問題は無いのだ。
と言うわりには、何人か残してきた人物もいるのだが、それはそれ。
決して展開上の都合では無いのだよワトソン君。
「もしかして私って今回、ずっとこういう役割……?」
無論、これも独り言だ。
全ては、紫に輝きっぱなしのプリズマ大先生が知っている。
紅魔館。
元来より昼夜関係無しに闇に包まれた空間だが、この日においては更に酷い有様だった。
主は不在。その妹君も不在。メイド長も不在。門番長も不在。
まるで川崎球場の消化試合の如き様相である。
『妹様社会復帰企画 魔法の森、弾丸ハイキング』という重大なイベントの前には、
愛甲だろうと園川だろうと平伏ざるを得なかったという事だろう。
が、そんな空間だって、警備及び運営に携わる者は一応存在する。
そして本日、その責任者にあたる人物が誰あろう、動かない大図書館と名高きパチュリー嬢である。
分かりやすく言うなら、お留守番か初芝だ。
さて、何故彼女は同行しなかったのか?
理由は大まかに分けて三つ。
一つ、動かない図書館はただの図書館だ。
「当たり前じゃないですか」
一つ、病弱なこの身に、徒歩の遠征は自殺行為である。
「閃光魔術を繰り出せる力はあるのに、不思議です」
一つ、紅魔館の当主代理を名乗れる貴重な機会故。
「わあ、知識人らしからぬ俗物的な発想ですね」
「……さっきから五月蝿いわね小悪魔。ボケから突っ込みに転向したいの?」
「意味が良く分かりませんけど、お一人で屋上に突っ立っては、延々と独り言を呟かれてるんですから、
気にならない方がおかしいと思います」
小悪魔の言葉通り、今、彼女等がいるのは、紅魔館屋上。
広大な敷地の全貌が見渡せる貴重な場所ではあるが、ここの住人の大半は飛行能力を有しているので、
あまり有効に活用される機会は無い。
せいぜいが密やかなる逢瀬の場所として活用されたり、晴れた日に良く届く電波を受信したりと、その程度である。
今の彼女等がどちらに当てはまるのかと言うと……恐らくは両方だろう。
密やかどころか、四六時中顔を突き合わせている上に、いつだって大量の電波を受信している歴々ではあるが。
「私だって偶には、『人がゴミのようだ!』とか言ってみたくなる日もあるわ」
「毎日同じような事、仰ってるじゃないですか」
「……ざ、戯言はともかく、少し気になる事があってね、ちょっと実験をしていたのよ」
「?」
するとパチュリーは、胸元から拳大程のサイズの丸っこい物体を取り出した。
偽乳などではなく水晶玉である。
彼女には、そのような見得を張る必要は無い、らしい。
「あ、ヨシトミ大先生でしたっけ」
「プリズマ大先生よ」
「そうとも言いますね」
「そうとしか言わないわ」
「あれ……でも、確かそれって、美鈴さんが持っているんじゃありませんでしたっけ?」
「実験、と言ったでしょう。これは改良を加えた第二号。
その名も『真・プリズマティカリゼーションクリスタル ~文々。地獄変~』よ!」
「へえ。何か凄そうな名前ですね」
「……っ!?」
予期せぬ反応に、パチュリーの表情は驚愕に歪んだ。
それどころか、続けざまに膝から崩れ落ちると、酒も入っていない癖に酩酊し、呻きを上げる始末である。
「ぱ、パチュリー様!? 喘息の発作ですか!?」
「違う……違うのよ……私が求めていたものは、そんなありきたりな反応じゃないのよ……。
どうしてこれほどのお膳立てをしたのに突っ込んでくれないの……?」
「え、ええと、やはり意味が良く分からないんですが」
「……ふふ……そう、ね。どこまで行っても貴方は天然素材……。
突っ込み道を歩んでくれる気になったんじゃないか、と夢想した私がアホの子だったのよ……」
「そ、そんな……私はパチュリー様の期待を裏切ってしまったんですね……」
そしてまた、小悪魔もへなへなと倒れこんだ。
己の愚かさを自覚しての脱力……だったら良かったのだが、恐らくは理解していない。
かくして、人気の無い屋上にて地に伏す、哀れな主従が誕生した。
彼女等へと救いの手を差し伸べる者が現れることは決して無いだろう。
何故ならば……。
「……ま、それはそれとして」
「はい」
自分達で勝手に立ち直るからだ。
これを凄いと取るか、どうしようもないと取るかは神のみぞ知る所である。
「神と聞いて2分31秒8で歩いてきました」
「「ラムタラに乗ってお帰り」」
神、カリスマ溢れるライディングフォームで退場。
その後光の差すお姿とアホ毛は、ロンシャンならぬ紅魔館の奇跡として末代まで語り継がれたそうな。
それはともかく、図書館組改め屋上組である。
「さて、この真・プリズマ……長いから略して超先生と呼びましょうか」
「何処から超なんて言葉が出てきたんですか」
「そこは突っ込めるのね。
で、超先生というのは、プリズマ大先生にあった致命的欠陥を改良したものなの」
「致命的欠陥と言うと……変態っぽい人なら見境無しに発動しちゃうってアレですか?」
「その通りよ。私としたことが、紅魔館のアブノーマルの度合いを見誤っていたようね」
「……」
自覚したと見るのか、勘違いしたと見るのか判断に苦しむ所だった。
「その点、これなら多い日も安心。
起動命令にいくつか付け加えるだけで、調査の対象に指向性を持たせる事が出来るようになったのよ」
「……指向性?」
「そうよ。例えば『レミィに対して』と付け加えて起動するとしましょう。
すると、今までとは違って、どんな変態が近くに存在したとしても、
その対象がレミィへと向いてないならば、超先生は反応を示さないわ」
「成る程……」
パチュリーの言が確かとすると、中々に有意義な改良と思われた。
これならば、特定の人物……白玉楼変態同盟の連中を特定することも容易だろう。
彼女等は紛れも無い変態だが、その一途さだけは認めざるを得なかったからだ。
が、一つ。
根本的な疑問が、小悪魔の脳裏には浮かんでいた。
「でも、それと屋上に出る事が何か関係あったんですか?」
「……む、痛い所を突くわね。
実は、改良を加えた反動かしら、受信感度のほうは落ちてしまったみたいなのよ。
今のところ屋内での感知は難しそうね」
「はあ、それで外に出て実験していた、と」
「レミィなり妖夢なりに持っていかせればテストも兼ねた防護策になったんでしょうけど………」
「そうですね……」
今ここにあるという事は、出発に完成が間に合わなかったのだろう。
もっとも小悪魔には、それを責めるような腹積もりは無い。
例え保身だろうと趣味だろうと、あのパチュリーが他人の為に身を粉にして動いているという事実は、
この上なく大きく、そして好ましいと思えたのだ。
「それで、今はどういう条件で実験しているんですか?」
「妖夢よ」
「妖夢さん? 何でまた……」
「聞いた話によると、あの子を狙ってる元ご主人様とやらは、亡霊らしいじゃないの」
「ああ、はい。というか昨晩見ました。一般的な亡霊像とは正反対の存在に見えましたけど」
「でも、そいつが霊体である事には変わり無いでしょう?」
「まあ、そうですね」
「霊体といったら神出鬼没の代名詞のようなもの。
もしも情報が漏れているのなら、あえてハイキングではなく、
留守のこっちに照準を合わせると考えても不思議は無いわ」
「……よく分かりません。わざわざ本人がいない場所を狙ってくるんですか?」
「変態ってのはそういうものよ。私が言うんだから間違いないの」
「!!」
何故か、凄く説得力があった。
「まあ、今のところ反応は皆無と言って良いわ。ただの取り越し苦労だったようね」
「そ、そうですか、良かったです。色々と」
「……?」
そこで、パチュリーの表情に怪訝なものが浮かび初める。
傍目には分からないであろう、ごく僅かな変化であったが、それを見抜けぬような小悪魔ではない。
百年近くに渡っての付き合いは伊達ではないのだ。
「どうかなさいましたか?」
「今、一瞬だけ反応があったような……」
「えっ、まさか例の亡霊嬢さん!?」
「……」
パチュリーは答えない。
即ち、その可能性があるという事だ。
紅魔館在住でありながら、修羅場に慣れていない小悪魔は、途端にパニックに陥る。
「ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、ぱっ」
「落ち着きなさい。私は今のところパパじゃないわ」
「今のところ!?」
「どうしてこんな状況では突っ込めるのよ……」
傍目には冷静に映るパチュリーだが、無論内心は別物である。
現在、紅魔館が動員できる戦力はほぼゼロ。
今ここにいる二人こそが、最初で最後の砦なのだ。
仮に侵入を許し、館内を存分に蹂躙されたところで、誰も責めはしないだろう。
レミリア達も、それを重々承知の上で弾丸ハイキングを慣行した筈だ。
だが、それで良しとするようなパチュリーではない。
今の彼女には紅魔館当主代理(自称)としての責任があるのだ。多分。
「(超先生が不完全である以上、いざとなれば自ら出て行って迎撃する他に術は無いわね)」
「なら言うな。と更に突っ込むのは無粋ですかな」
「「!?」」
パチュリーの決意は、突如として響いた低い声の前にあっさりと塗り潰されたのだった。
それはそうと変態元締めのママン登場(ちょいとだけ)だがこれは次回白玉楼変態同盟の戦力アップを暗示しているのか!?
紅魔館被害者友の会大ピンチか!?
さらに変態増える気配もするわ次回にひっぱるわ…
もうだめぽ
…なんでサムスピ?
妖夢が紅姉妹を両手に花なシーンは一服の清涼剤(何)のようで心和みました。
最後の低い声の人物……やはりあの人なのだろうか(謎 次回も楽しみにしてます~
有難うございました。
つか湖上の孤島に建つ紅魔館に歩いてきたってことは魔界と紅魔館は地続きなのでせうか
でも、元祖がいない…ッ!
元祖変態の八雲藍様の登場はいつなんですか!!!?
HG天孤の降臨を激しく規模(illusion
貴方だけは冷静で事の総てを見続けて下さい。
止められるのは貴方だけです。