「ミスティアが食べたい」
西行寺幽々子は、食いしん坊だ。
それが個性であり萌えポイントであり困ったところでもある。
「ついで言うと文ちゃんも食べたいわ」
ある日の昼下がり。
換気をすべく襖障子を開け放った部屋の中から庭に居る妖夢に向かって、幽々子がそんな事を言い放った。
春一番が吹く中、妖夢はと言えばシャコシャコと懸命に愛用の道具の刃を研いでいる。
「はぁ、そうですか」
その妖夢は立ち上がり、ついさっきまで研いでいた刃物を持った手をだらんと下げて力なく返事をするだけであった。
刃の綺麗な側面が太陽の光をこれでもかと言わんばかりに見事に反射し、幽々子の網膜を刺激するがこんな事で目を逸らしてはいけない。
人と話す時は相手の目を見て。主として従者に対してもそう言った礼儀は欠かしてはならないと幽々子は常々思っているのだ。
他の事で礼儀欠かしまくっている気がするが。
「反応が薄いわねよーむ!」
とてて、と縁側へ来た幽々子が強い口調で言った。
よく通る声が澄んだ空気を振るわせ、それが何故か春を感じさせる。
「そりゃまあ、唐突にそんな事を仰られましても、どう反応すればいいやら私にはわかりませんが」
「ダメね妖夢修行不足ね妖夢そんな事だから胸も育たないのよよーむ!」
妙にテンション上がってきた幽々子に対し妖夢は心の中で嘆息し、何となく手に持った刃物を一振るい。
――これじゃあ霊は斬れないか。
別に幽々子を斬ろうとしているわけじゃない、ないったらない。
胸を斬り取って妖夢につけたって意味ないんだからそんな事はしないのだ。
手に持った愛用の刃物と言うのも楼観剣でもなければ白楼剣ですらなく、単なる包丁。
紫に貰った、外の世界で『どんな太い辞書だって簡単に切れる!』を売り文句に販売されていたものらしい。
ちなみに、試してみたが太い辞書どころか普通のサイズの辞書ひとつ切れなかった。当たり前ではあるが。
何であれそんなもので霊など斬れようはずもなく。
――どこかで『人は武器で斬るんじゃない、技で斬るんだ』みたいな話を聞いたような。
でも釣竿で人を斬るのはさすがに無理だと思う。
と、そんな事は今どうだっていい。
「それでどうしたんですか幽々子さま。おやつなら先日紫様から頂いたカ○トリーマ○ムが台所の棚にありますが」
「私がしているのはおやつの話でもなければ晩御飯の話でもないわ妖夢」
「……お風呂上りのデザートですか」
「えぇ、そうよ。それにね、今日のおやつにアレはダメ。だってチョコレートマカダミアだもの。私はバニラが好きなの。ココアもダメよ」
「そんな子供みたいな事言わないで下さい。折角頂いた外のお菓子なんですから」
「ダメなものはダメなの! ついでにヨーグルト味なんてのは認めすらしない! アレは固くする物じゃあないわ! ついでに飲むのも認めない!」
「微妙に殿方を刺激してしまいそうな発言は控えて下さい、割と真剣に」
「『固く』とか『飲む』でそんな事を考えたなんてよーむはえっちね!」
まぁ物の考えようによっては確かに刺激する発言なのだが認めない、と否定しているので特に問題もないだろう。
『ヨーグルトにまみれたゆゆ様の笑顔がハァハァ』とか別にそういうのではない。ないったらない。
そして「食べたい」発言から始まって完全に違う内容の言葉の応酬が行われる晴れの空の下、幽々子は突如達観したかのような顔になり、
「私は、妖夢をそんな子に……!」
顔を伏せ、わなわなと身体を震わせる。
続く言葉はあぁ、なんと悲しき事か、幽々子にとっても。妖夢にとっても。
「そんな子に育てようとした覚えが凄くあります! 本当におめでとうございました!」
とんでもない事実の告白。
後半部分、微妙に何かが違う気がするがそのまんまでは面白みもないだろうからこれでもいいだろう。
「何がおめでたいのかさっぱりですよ!」
妖夢が言うように何がおめでたいのかさっぱりだが。
「妖夢がえっちな子になるのがおめでたいの!」
「なりませんから! なる気もないですから!」
「じゃあゆっこちゃん、よーむの半霊をえっちな子にしちゃう!」
「しないで下さい、絶対に! あとキャラ変わってますから幽々子さま!」
「何よ!? たまにはぶりっ子になったっていいじゃないの!」
「今のぶりっ子のつもりだったんですか!? どう考えても天然エロスっ娘ですよ!」
もうなんか妖夢は半泣き寸前である。
目元が光を反射しているのは多分気のせいではない。
「え……エロスって! 幽々子エロスじゃないもん! えっちだもん!」
「何がどう違うんですか!?」
「音の響きとか与える影響力とかカリスマとか!」
「そんなもの違うも何も元からないじゃないですか!」
そんなもの、とはもちろんカリスマの事である。
従者が主に向かってカリスマがないなどと本当の事でも言うべきではないのだが、この状況。
……言うしか、あるまい。言わずには、いられまい。
基本的には言うべきではなくても、従者だからこそ言わねばならない時があるのだ。
それはさて置き、妖夢は『カリスマがない』と直接口にしたわけではないのだが、言いたい事は幽々子にも伝わったようで。
「か、カリスマがないなんて! 酷いわ妖夢! 酷い! ってゆーかチョベリバ!」
「何ですかチョベリバって! 意味わかんないですよ!」
「紫に教えてもらったの、外の世界で今流行ってるらしいわよ! 幽々子時代の最先端、きゃーかっこいい!」
どう考えても今や死語と化した言葉でしかない。
妖夢も何となく、……紫が幽々子にこんな事を教える理由はわからないにせよ、最先端なんかではない気がムンムンした。
「そんな時代の最先端を走るゆゆちゃんが言い切ってあげる。妖夢、あなたは酷い! チョベリバッ! 血も涙もきっと普通の人の半分くらいしかないわ!」
「そりゃ泣いても涙を流すのは半分ですし怪我しても血を流すのは半分ですが」
「ゆーちゃんへりくつはききたくない!」
「屁理屈なもんですか」
にしてもさっきからゆっこちゃんやらゆゆちゃんやらゆーちゃんやら普通に幽々子って言ったりやらもう何なのかと。
しかし思っても妖夢は言わない。
突っ込んでいる時間が惜しいのだ。
その間に反撃を行わなければ負けてしまうコンマ1秒を争う言葉の戦いなのだから。
せめてチョベリバは多分最先端なんかじゃありませんと突っ込んであげたい衝動が胸の奥からこみ上げて来るが、どうせ聞いてくれやしないのでそれもやめておく。
スルーされる突っ込みは避けるべきだ。
「まったく……私は妖夢をそんな子に育ててしまった覚えはあるわよ! 育てるつもりはなかったけど!」
「なら一々酷いなんて言わないで下さいよ! 幽々子さまのせいなんでしょう!?」
「人のせいにしちゃダメよー。あと多分妖忌のせいだわ、うん」
「ついさっき『私は』って……」
人のせいにしちゃダメと言いつつ、直後に責任転嫁を行った幽々子に対し呆れるように溜息を漏らし、妖夢は顔を伏せる。
鼻水が出たのは泣きそうだからとかではなくきっと寒いからに違いない。
春風が暖かいけれど、寒いからという事にしておく。
「と言うより、妖夢の悪い所は全部妖忌のせいでいい所は全部私のおかげねー」
「子供のいい所は自分の影響だと言い合う夫婦のような台詞ですねまた」
「いいじゃない事実だし! 事実じゃなくても妖忌いないし!」
ぷんぷん、と頬を膨らませながら。
そんな幽々子を見ながら、妖夢は思う。
――お師匠さま、何故私を置いて逝ってしまわれたのですか?
どこかでまだ逝ってないとか言う声が聞こえた気がした、具体的には足元のあたりから。
でも『気がした』なのだから、何か聞こえててもそれは気のせい。
いくら頓悟して行方不明だからって地面の下に潜んでいるはずがないのだ。
それではただの変態ではないか。そもそも心の中を読めるものか。
「それはそうと妖夢、カリスマの件だけどね。時には本音を隠しなさい。
そうじゃなきゃ生きて行けない、いつか痛い目を見るわよ。私はそれを」
沈黙。
「ゆ、幽々子さま?」
いきなり、どうしたというのだろう。
さあ、と風が木々を揺らし、今まで太陽の光に照らされていた幽々子の顔に影がかかった。
まるで何かに恐怖するように目を細めている。
思い出しているのだろう、と妖夢は思う。
生前本音を隠してばかりだったであろう幽々子だから。
「私はそれを…………一昨日の宴会で知ったわ!
ちょっと今日の胸パッドは形が違うわねぇ、って言っただけでみんながカリスマないなんて言ってくる状況を作り出しやがったのよあのメイド!
泣いて掴み掛かったらどこで覚えてきたのかお経なんて唱え始めるし! アブラカタブラアブラカタブラキョニュウチュウゴクアンサツ~って」
「めちゃくちゃ最近ですねまた! それ以前によく考えたら生きて行けないとか言う前に幽々子さま死んでますし! あとそれどう考えてもお経じゃないですから!」
……そもそも幽々子は生前の事を覚えていないのだから、次がれる言葉が何であったにせよ妖夢の考えは外れていたのだが。
「失礼ね妖夢! 私はまだまだ死んでいないわ! 可愛いし強いしカリスマあるしボンキュッボンだし女として生き生きしているわ!」
「そういう意味じゃないですって。っていうかサラリと自己陶酔しないで下さい!」
でも一応カリスマに関してはもう突っ込まない事にしておく妖夢。
これは優しさである。
決して無駄な言い争いを避けるためとかそういうのではない。
優しさなのである。それこそお嫁にしたいほどの。
「自己陶酔なんてしてない! 本当の事を言っただけよ!」
「だからそれを自分で言うのが」
「何よ!? 妖夢のぺったんこ、ちんちくりん、ペチャパイ! プチおっぱいミニ!」
「し、失礼な! それにこれはこれで需要あるんですよ!」
「需要? 需要ねぇ! でもおっきい方が需要あるに決まってるわよね!」
「うううぅぅ!」
幽々子の反論に唸る事しか出来ない妖夢。
……あと小さいのも確かに需要はある事はあるが確実にヤバイ方向でしかない。
ここに来てハァハァ、と両者エロi……ではなく荒い息をし、相手をジッと睨む。
何かをソソる程の紅潮した顔が、風によって冷やされる。
同時に頭の中も冷静にし、しかし共に次の一手を出せない。
「……」
「……」
互いに言葉の争いでは、終わらないような気がした。
ジャリ、と音がして、妖夢の足が少し動いた事を幽々子は察知する。
――来る!
庭に下り立ち、スッ、と身構えた。妖夢は包丁で幽々子は扇子。
普段なら妖夢が刀なのだが、今は違う。
ならばリーチは幽々子に分がある。
弾幕? 否だ、こういう時は己の拳で語れ。武器を使用しているが。
「っ」
「ん」
妖夢の、僅かに息を吐く音を感じ取って、幽々子は左足を半歩前へ出した。
もう退けない。実力行使で黙らせるか黙らされてしまうかしかない。
あまり喧嘩などしたくはないのだが、こうなっては仕方がないと幽々子は思う。
そしてやるからには負けない、とも。
ちなみに仕方ないもクソもどう考えたって発端が幽々子なのだが、そんなのは知った事ではない。
「疾っ!」
「覇っ!」
まず妖夢が動き、それにコンマ一秒遅れて幽々子が動いた。
早い者同士の対戦ならいざ知れず、元よりスピード面では幽々子が不利だ。
それなら、コンマ一秒程度の遅れは気にする必要もない。
気にすれば更なる遅れを招く事にもなりかねないだろう。
しかし攻撃の先手は幽々子。
パンッ、と扇子が開いて水平のまま妖夢の顔へと走る。
ただの紙だからと侮ってはいけない。
その油断が、血を飛沫させる結果に繋がるのだ。
妖夢は紙一重で攻撃を躱すと、包丁を幽々子の脇腹へと走らせた。
霊を斬るようには出来ていないが、打撃を与える程度の事は出来るだろうと。
「その程度でっ!」
幽々子は声と同時、身体を翻してそれを回避する。
「くっ」
妖夢は踏ん張り、幽々子へと左肘を放つ。
一方幽々子はパシッ、と扇子を閉じて、妖夢の首筋を叩くべく腕を振るった。
ここであっさり、それも予期せぬ形で結末を迎える事となる。
幽々子が腕を振るい攻撃しながら、回避も行うべく左足を大きく後ろに下げた瞬間である。
コンッ、と踵が何かに当たる感覚がした。
「あら?」
素で躓いた。
普段基本的に浮いているのに、たまにはと地に足をつけてみればこの様である。
転んでもただでは起きない、とはよく言うが転ばない事に越した事はない。
転んだおかげでいい物を見つけたとしても怪我をしてしまうのは辛いものだ。
だから、
「あら、ららら、ふよよよよ」
今にもどこかに飛び立ちそうなふわふわした声を出しながら、幽々子が粘る。
浮いてしまえばいいようにも思えるが、下手したら回転しながら浮く事になりかねない。
何だか、間抜けにもほどがないかそれは。
「よよよようむ」
「えっと」
妖夢はと言えば、困惑気味。
助けた方が良いのか、いっそ転んでもらうべきなのか。
「かくごー!」
「えー!?」
幽々子が妖夢に向かって倒れてゆく。
そのままドスーン、と、
ぷよよん。
「ん……ん」
ぷよぷよぷるん。
妖夢が、閉じてしまった目を開けながら、手に柔らかい何かがあるのを感じた。
背に感じるのは己の半身の柔らかさ。
だがこう、手の平にあるのはなんというか母性のようなものが溢れるほどに感じられて。
「えっと」
もにゅもにゅ。
何となく、揉んでみたくなった。
なので揉んでみる。
「ふあっ……! よーむ、だいたんね」
「…………」
くいくい。
捻ってみた。
「よ、だめ、ふあっ」
「…………」
ぎゅぎゅう。
絞ってみた。
「ひゃあん!」
「………………ち、」
「ち? 『ち』がどうしたの妖夢? ちくび?」
それは絶対に違う。
状況を認識した瞬間に、現実が見えたのだ。
妖夢の目に映る耐え難い、変える事の出来ないBの大きさの違いという現実が。
幽々子の肩を掴んで立ち上がらせ、自らも立ち上がり、
「……………………ち、」
「だからちくびがどうしたの妖夢」
決め付けるな。
「ちくしょおおおぉぉぉぉおおぉぉぉお!!!!!」
女の子らしからぬ言葉を広大な庭に轟かせ、妖夢は屋敷内へと駆けた。
放り投げられた包丁の綺麗に研いだ刃が、庭石に直撃して欠けるどころか砕け散る。
「幽々子さまの、幽々子さまの」
「わ、わたしっ? 私がどうかしたの? むしろ私が襲われかけてた気がするんだけど!?」
砕け散り宙を舞った金属片が太陽光を反射してキラリと輝く中に、妖夢の涙が混じっている。
その様の、何と美しき事か。
そして、続く妖夢の言葉は幽々子の想像したものとは違っていた。
「幽々子さまのためにとっておいたカン○リーマア○のバニラの最後の1枚食べちゃいますからねー!?」
「な、何ですって!? 待ちなさい妖夢それはダメー! チョベリバーッ!!」
今日も、何だかんだで白玉楼は平和である。
ちなみにこの頃、『鳥類保護及び大食い亡霊撲滅同盟』なるものを結成したミスティアと文が白玉楼を訪れており、妖夢の絶叫により撃ち落されて(?)いた。
後にその2羽が捕らえられ、幽々子の風呂上りにおいしく食されてしまった事をここに記しておく。
もちろん、性的な意味で。
妖夢のちくしょうおおおお!がリアルに想像できる
気にするな妖夢、巨乳が正義じゃない!バランスだ!
や、無さすぎは趣味じゃないけど(未来永劫斬)
脳内では微が霊妖⑨咲・無が魔映鬼蛍。みすちー+文の鳥類は着やせと見た!
…無乳も捨てがt(十王裁判+百万鬼夜行)
……え、というか爺さん土の下?
全く、幽々子様は微エロの達人だな!
もちろん、性的な意味でな!
次は、ぶるんぶるんぶるるん、を頼む
ちょっと緩急が欲しかった所ですが、ストレートに突っ込んでいくネタと会話の速度で気にせず最後まで読んでいけました。
細かく仕込んだネタも面白い。いわゆるベネ。
でも、とりあえず揉むのは危険だと思うんだ。
世界爺さんのおっしゃる通り、もうちょっと波が欲しかったかなぁと思わないでもないかもしれない。
でも、とりあえず揉むのはナイスだと思うんだ。
何これ田宮家の姉