※このSSは東方シリーズのキャラクター、十六夜 咲夜とレミリア・スカーレットによるラブラブなSS……では断じてありません。
むしろ逆とも言えるかもしれませんので、「こんなの咲夜さんじゃない!」「レミリアお嬢様馬鹿にすんなこの雑魚助!」というような方はご覧にならないようお願い申し上げます。
ついでにかなり妄想入ってますのでよろしく。
背徳の従者
夜空。
黒に支配されるその世界の中に、いくつか光が散りばめられている。
その中で、一際大きな光を放つ物体がある。
月。
月である。
その月の光によって紅く彩られる屋敷が、幻想の世界にはあった。
紅魔館。
真っ赤に塗られたその館は、月の光を浴びて昼間以上の紅さを醸し出していた。
その館のある一室に、その紅さが更に際立っている空間があった。
「今宵も月は紅」
薄い布のような服を纏う悪魔が呟いた。
彼女の名前はレミリア・スカーレット。
この紅魔館の主であり、運命を司る紅の悪魔。
彼女の部屋は空間に細工がしてあり、どんな月でも紅く見ることができる。
だから、月が紅いと言えばここでは当然のことなのだ。
「咲夜」
「はい?」
傍でベッドメイクをしている十六夜 咲夜は、レミリアの声に反応して振り向く。
「つまらないわ。何か面白いこと、ないかしら?」
「そうですねぇ。花の一件の後は特に何もございませんね」
「その花の一件というのも、あなた1人が解決したんでしょう?」
「えぇ、まあそうですけど」
「はぁ……退屈。夜というのは私達悪魔や妖怪の力を増幅してくれるのは良いけれど、退屈を凌がせるにはまるで駄目ね」
「と言いますと?」
「早い話が昼間動けるあなた達が羨ましいってことよ」
「そんな……」
「しょうがないと言えばしょうがないけどね。太陽の光は私にとっては毒で、月の光は私の力の源でもある。その方式が、あなた達とは逆なだけよ」
太陽の光は人間や植物達に命の恵みを施す。
反対に月の光は人間達を惑わす。
それが、レミリアのような悪魔になると正反対となる。
月の光により恵みを受け、太陽の光によって死滅する。
月の光も元々は太陽の光ではあるものの、どういうわけか月に当たって反射すると魔性の力を得る。
「スリルが」
「?」
「スリルがないわ。霊夢や魔理沙と初めて出会ったときのような……痺れるような緊張感が欲しいの」
その時を思い出したのか、レミリアはブルリと身体を震わせる。
「確かに、あの時は私もドキドキしました。けれど、私としてはお嬢様が危険に晒されるのは……」
「……………」
やれやれっとでも言いたそうにレミリアは溜め息を吐いた。
咲夜の心配は嬉しい。
しかし、それはいらぬ心配、過保護とも言える。
「じゃあ咲夜、あなたが満たしてくれない?」
「えっ?」
「私と戦って、私を満たしてくれないかしら?」
「そ、そんな……私はお嬢様の従者ですから」
「へぇ……」
思い返してみれば、レミリアは咲夜と一度も戦ったことはない。
そう思うと、興味が沸いてきた。
「咲夜、あなたの本気、見せてもらえないかしら」
「いえ、それは……」
レミリアは乗り気ではあるが、咲夜はどうも乗り気ではない。
こんな状態ならば、スリルある勝負ができるはずがない。
「もういいわ、下がりなさい」
「お嬢様……」
「下がりなさい」
「はい」
レミリアに気圧され、咲夜はドアへと向かう。
「それではお嬢様、何かありましたらお申し付けください」
「ん、わかった」
咲夜が出て行くと、レミリアはベッドに入った。
さっきまで寝ていたのだが、やることがないからまた眠る。
いや、違う。
『これからやる事』ができるので、体力を温存するために寝るのだ。
運命を操る力。
普段レミリアはその力を余り使うことはない。
使えば極端に力を消耗し、数日はその力を使うことはできない。
便利ではあるが扱い難い能力でもあるのだ。
その能力を何かに使い、レミリアは眠りへ落ちて行った。
音がしない。
完全に無音のような気がした。
目を開き、寝返りをうって時計を見る。
しっかりと動いている。
けれど、音がしない。
耳がおかしくなったのだろうか?
そんなことはない。
現に、足音が聞こえているのだから……
「お、お嬢様、大変です!」
無音であった状態が嘘のように、大きな音がしてドアが開いた。
それと同時に、1人のメイドが何か叫びながら飛び込んできた。
何を言っているのだろう?
寝起きの脳ではよくわからない。
ただ、これだけはなんとか理解できた。
「奴が来ました」
雲が月を隠す漆黒の夜。
その者は紅の屋敷に現れた。
黒い服を身に纏い、闇を走る。
「てやぁああああ!」
最初にぶつかったのは門番だった。
しかし、門番が襲いかかろうとした時にはもう終わっていた。
切られた感覚はもちろん、すれ違ったという感覚すらない。
本当に一瞬だった。
「……………」
動かなくなった門番を尻目に侵入者は歩を進める。
門番がいなくなった門など最早そこら辺に立っている木と変わらない。
軽く飛び越え、敷地内に侵入する。
「ここは通しません!」
今度は従者が1人立ちふさがる。
門番とは違い、異形の姿を持つ者。
普通の人間ならば、相手が少女だとしても既に怯えているかもしれない。
しかし、侵入者には怯えた様子も無ければ驚いた様子もない。
ただ、闇を纏った冷酷な眼にその姿を映していた。
「何が……どうなっているの?」
館の主のレミリアは酷く混乱していた。
ここは何処だ?
紅魔館だろうか?
それとも別の世界だろうか?
目の前にいるこの従者は誰だ?
どうして咲夜じゃない?
そして何よりも、この悪寒はなんだ?
「門が突破されました!」
別のメイドが報告しに来た。
どうやら侵入者は門番を破るほどの者らしい。
いくら弱いと色々な奴から言われているとはいえ、あの門番がやられるほどの相手とは誰だろうか?
霊夢だろうか?
それとも魔理沙だろうか?
それとも他の?
いや、霊夢や魔理沙以外に無理に侵入してくる者はいない。
じゃあ、一体誰だ……?
レミリアの身体に緊張感が走る。
求めていたのはこれだろうか?
いや、違う。
こんな恐ろしいものではない。
恐ろしい?
誰が何を恐ろしいと思う?
「お嬢様……?」
「えっ?」
「如何なさいましょう?」
それはレミリア自身が何かをしろというのか、それとも指示を出せと言っているのか。
いまいちわからない。
「排除しなさい。侵入者を。全力で」
「は、はい!」
自然と出た言葉を受け、メイドは部屋から出て行った。
「月が……」
今夜は月が見えない。
そんな些細なことが、レミリアの不安を更に大きくした。
「もう……ダメ」
異形の者はか細い声を断末魔の声とし、果てた。
その身体に外傷は少ない。
ただ、致命的な一撃だけは確実に決められていた。
「………………」
倒れた異形の者に見向きもせず、侵入者は足を館内へと進めた。
扉を蹴破り、広間へと進む。
そこには、何人もの従者がいた。
皆が皆、戦闘態勢である。
ざっと50人はいる。
それに対し、侵入者はたった1人。
これを無謀と言わずして何と言おうか?
けれど、侵入者は引き下がらない。
「かかれーー!」
ある者の声を合図に、ほぼ全員が侵入者に襲いかかる。
誰もが、侵入者の力を推し量ろうとしないまま。
下の階で何か音がする。
金属がぶつかる音。
何かが壊れるような音。
そして、軟らかい肉を裂いたような音・・・
ここからでは聞こえるはずのないような音が、妙に大きく聞こえた。
時計の針の音よりも、もっと大きく。
「落ち着け……落ち着いて整理するのよレミリア。この状況は何?私は何をしたの?」
ベッドに両肘を着きながら頭を抱え、自問自答をする。
「私はそう、力を使った。運命を操るこの力を。誰に?何のために?」
嫌な予感がした。
もしかしたら、自分が使った力のせいなのかもしれない。
もちろん、そうでない可能性も当然ある。
しかし、レミリアには後ろめたいことでもあるのだろう。
自分のせいだっという考えが頭から離れなかった。
「咲夜!咲夜はいないの!?」
確かめたくて叫んだ。
だけど、返事はない。
紅く塗られた壁は声を反射せずに吸収する。
再び、無音の空間が出来上がった。
水の滴る音が広間に響いた。
侵入者の手にある1本の銀色のナイフから。
1滴。
また1滴と、赤い水が滴る。
「随分と盛大にやってくれたわね」
広間の多くの扉の一つを開け、本を持った1人の少女が現れる。
「あなたが噂の妖魔ハンターさん?意外と若いのね」
「100を知る魔女……か。まさかこんな所にいるとはね」
魔女の言葉に対し、初めて侵入者は口を開いた。
妖魔ハンター。
その名の通り、妖(あやかし)や魔を狩る者達。
種族は人間であるのにその力は妖魔に全く劣らない。
人間からも魔性の者からも恐れられる特殊な存在である。
「この屋敷に何の用?」
「紅主(くれないのぬし)を狩りに来た。しかし、どうやら獲物はそれだけではないみたいね」
「そう……素直に帰ってはくれないのね」
「そこに獲物がいるのなら、私は帰らない」
「ならその腕前、試させてもらうわ」
魔女が本を開いた。
ハンターはその数秒を見逃さない。
一気に詰寄り、一撃で決めようとする。
しかし、魔女も馬鹿ではない。
既に罠は仕掛けている。
「ちぃっ」
魔女の数歩手前で水柱が上がった。
その噴出の勢いは凄まじく、当たれば骨ぐらいは軽く折ることができる。
その水柱が上がる数秒前に、ハンターは回避運動をとった。
「隙だらけよ。ハンターさん!」
回避運動をしたハンターの動きを魔女は捉えた。
横っ飛びの状態で素早く口を動かし、炎を放つ。
「隙とは相手に見せるものではなく、己で生むもの」
ハンターは呟いた。
「えっ」
捉えたはずのハンターの姿はない。
虚像。
幻覚から突然目覚めたかのように、ハンターの姿は消えていた。
「う…そ?」
魔女の背中には1本のナイフが突き刺さっていた。
そして、その直線上、魔女のずっと後ろにハンターの姿はあった。
「ミスディレクション。相手の隙を探すこと。それ即ち己が隙を生むことなり」
魔女が倒れた後、ハンターはそれだけ言ってまた歩きだした。
その足は上ではなく、地下へと向いた。
また灯が一つ消えた。
実際には部屋の灯りは一つも消えてはいないが、レミリアは心の何処かでそう感じた。
不安だった。
今にも気が狂いそうだ。
いっそ、気が狂うことができたらどんなに楽であろう?
まだ残る理性がそれを許さない。
「はぁ……ふうっ」
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「そういえば」
ふと、ずっと前にパチュリーと自分の能力について話した時のことを思い出した。
運命を操ることというのは対象となる者のある運命、言い換えるなら1本の線の通る道にある点を創ること。
これが複数人に影響を及ぼすものならば、複数の線が交わる点の個所に別の点を創ることである。
複数に影響を及ぼす運命も、大抵は実現不可能ではなく、何処かに可能性があるからそう難しいことではない。
しかし極稀に、決して交わることがない線がある。
その者達の運命関係だけは平行線。
どこまで行っても決して交わらない。
もし、それをどうしても交わらせたいのならもっと大きな力を要し、片方の運命の在り方から取巻く環境まで、様々なものを変えないとならない。
平行線を無理矢理曲げないといけないのだ。
仮にそうした場合、世界が変わってしまってもおかしくはない。
パチュリーが言っていた事を自分の中で纏めてみた。
あの時は何のことかいまいちよくわからなかった。
しかし、今ではよくわかる。
「まさか、私と咲夜の運命が……?」
最早、否定する気すら起きない。
思えば、咲夜はレミリアに対して忠誠を誓っている。
ほとんどの注文は素直に受け取り、そしてこなす。
その忠誠心は他の従者と比べても異常なほどである。
そんな咲夜に、レミリアは自分と本気で戦えと命じた。
軽い気持ちで言ったことではあったが、咲夜の気持ちを考えてみればできるはずがない注文である。
主に刃を向けることは背徳であり、例えそれができたとしてもやはり後ろめたい気持ちにより、本気など出せるはずがない。
レミリアはそんな咲夜にある運命を付与した。
『自分と本気で戦う運命』を。
それが全てを狂わすキーワードだった。
交わらないレミリアと咲夜の戦いの運命はレミリアの力によって曲げられ、この世界によって実現することになった。
それ自体、予期せぬことではあったが、ここでレミリアは更に重大なことに気付いてしまった。
「力が……使えない?」
レミリアの戦闘力は衰えていない。
しかし、能力としての力が全く発動しない。
力を使いすぎたのが原因だった。
恐らく、今のこの世界を創り出すために全て使ってしまったのだろう。
更に、今夜は満月でない上に雲によって月が見えていない。
戦闘中に回復することも全く望めないだろう。
「……………」
レミリアの目に涙が溜まる。
けれど、すぐにそれは拭われた。
「何とかしなきゃ。何とか」
自分にそう言い聞かせ、レミリアは慎重に部屋から出た。
光が全く差さない屋敷の地下に足音が一つだけ響く。
コツコツ、カツカツと。
上の階から差し込む僅かな光を頼りに、ハンターは1歩、また1歩と進む。
そして、その部屋を見つけた。
「……………」
禍々しいという表現を超える、異常な瘴気がその部屋から漂ってくる。
普通の人間どころか、並の妖怪ですらここに来ただけで心臓麻痺でも起こして死んでしまうかもしれない。
それほど空気は張り詰めていた。
「誰……?お姉様?」
ハンターが扉に手をかけようとした瞬間、中から声が聞こえた。
幼き子供の声。
声だけで判断するなら、ここに閉じ込められているのは人間ともとれる。
しかし、人間はこんな瘴気は出さない。
いや、出せないはずだ。
「血の匂いがする。もしかして、食事の時間?」
「……………」
ハンターは紅主の特徴を思い出した。
紅を色とし、人の血を吸い、そしてとてつもなく大きな力を操る。
ただの勘でしかないが、この先にいるのが紅主だと思った。
「食事をお持ちしました」
相手を油断させるため、ハンターはそう言った。
「そっか。入っていいよ~」
右手でドアノブを掴み、左手でナイフを構えた。
ドアノブを回し、ゆっくりと扉を開く。
今まで通ってきた道とは違い、中から光が漏れ出した。
「今日のご飯は何かな~」
呑気な声が聞こえると同時に、中にいる者の姿が少しだけ見えた。
その瞬間、ハンターはドアノブから右手を離し、すぐさまナイフを左手から右手に持ち替えて投げた。
「いたっ!」
何かが刺さる音、そして中にいる者の声が聞こえ、攻撃が当たったことを知る。
「紅主、貴様も今日で終わりだ」
扉を勢いよく開けてハンターはそう言う。
視線の先には肩にナイフが刺さり、その部分から血を流している1匹の悪魔がいた。
「痛いよ……痛いよ!」
ハンターの姿が見えているのかいないのかはわからないが、悪魔は突如暴れだした。
「痛いよーーーー!」
悪魔が叫ぶ。
同時に、何かが光った。
「くっ」
直感的に、ハンターはドアから出て、更に後ろに飛んだ。
光が弾となり、先ほどまでハンターがいた位置に着弾して小爆発を起こす。
回避行動が功を奏し、ハンターは無傷だ。
「エサのくせに……エサのくせにーーーー!」
悪魔はハンターが人間であることに気付いた。
とはいえ、恐らくは容姿と気の流れで判断しているだけであろう。
取り合えずそんなことはハンターにはどうでも良かった。
「ミスディレクション」
また回避行動をとるハンター。
しかし、移動したのは虚像。
本体は動いてはいなかった。
「もらった!」
悪魔が虚像の方を向いたのを確認すると、ハンターは一気に詰め寄った。
「うるさい!」
けれど、悪魔は騙されない。
「ちっ」
それを素早く判断し、今度は本当に回避行動をとる。
先ほどの魔女のように、考えて動く者に対しては今ので充分だっただろう。
しかし、この悪魔は頭よりも身体で動くタイプである。
直感で本体に気付いたのだろう。
ともかく、これでハンターの手は一手封じられた。
「時空よ、歪め!」
ハンターの一声で、空間に何かしらの異常が生じる。
「消えろー!」
そんなことはお構いなしで悪魔は突撃してくる。
一撃を容易く避け、ハンターは悪魔の懐に潜り込んだ。
「インディスクリミネイト」
呟いた後、思い切り後ろに飛んだ。
「?」
1秒か2秒が経過した。
悪魔の懐から1本ナイフが出現する。
「あっ……」
それを継起に、2本、3本とどんどんナイフが増え始める。
「きゃあああ!」
ナイフが増えることは止まらない。
それも、ただ増えるだけでなく、様々な方向へと散った。
ハンターは少し離れた位置で自分に向かってくるナイフのみを叩き落す。
一方悪魔は距離が近すぎてまともに行動ができず、直撃してしまう。
「うう、エ、エサのくせに」
数十本のナイフが身体に刺さっている状態でなお悪魔は動いた。
「レーヴァティン!」
持っている杖のような物を振り上げ、そこに力を溜めて悪魔は緋色の剣を作った。
「壊れろーーーー!」
思い切り剣を振り上げた悪魔の身体から大量の血が飛び散る。
恐らくは最後の力を振り絞っての攻撃だろう。
「ザ・ワールド」
ハンターの一言で、全てが停止する。
悪魔も、悪魔の身体から流れる血も、風も、光の動きすら止まっていた。
「さようなら、紅主。あなたは私の期待には応えられなかった」
ただそれだけ言って、ハンターは動かない悪魔の脇腹をナイフで切りつけた。
「時は正常に流れ出す」
別の一言で今度は全てが動き出す。
「あ…れ?」
勢いよく突撃していた悪魔が突如バランスを崩す。
数ある傷の中で、さっきまでなかったはずの脇腹の傷から大量の血が流れ出す。
失速し、思い切り地面にぶつかる悪魔。
それによって更に傷が増え、出血も益々激しくなる。
「痛い…よぅ」
大量の血を失い、とうとう悪魔は動かなくなる。
「痛い…よ。お姉様、助けて……」
目に僅かだが涙を浮かべてそう言った後、悪魔はその場に崩れた。
「姉?」
今まで全く驚かなかったハンターの顔に少し驚きの色が映る。
思い返してみれば、最初にドアに近づいた時も確か『お姉様』と言っていた。
「まだ、いるのか」
倒れた悪魔に哀れみの心情すら持たず、ハンターは来た道を引き返す。
「妖気はもう感じない。けど、まだいる。本物の紅主が」
姉という存在。
閉じ込められていた悪魔。
姿異形。
それらのキーワードが、ハンターに真の紅主の存在を示した。
「美鈴、小悪魔、パチェ、多くのメイド達、そしてフラン」
レミリアは庭に立ってボンヤリと呟いた。
「皆、もういない」
何故こうなってしまったのだろうか?
どうしてだろうか?
答えはもう出ている。
けれど、否定はしなくても認めることが怖かった。
軽い気持ちだったとは言え、全て自分がしたことが招いた結果である。
運命を操ったことはもちろんだが、他の者が果てた理由も別にある。
咲夜にフランやパチュリーを倒すほどの力があるかどうかはレミリアも他の者も知らない。
しかし、咲夜には『レミリアと本気で戦う運命』が付与されている。
それは裏を返せば、『レミリアと絶対に戦わなければならないのでそれまでに負けることは有り得ない』ということになる。
レミリアはさっきまで1人、部屋の中に閉じ篭って怯えていた。
それ故、出会うのがどんどん遅れて関係ない者が犠牲になっていったのだ。
「はぁ……私ってダメね」
いっそここから逃げ出してしまおうか?とも思った。
しかし、それはできない。
やらないのではなく、できない。
門を出て数m行ったところに何か結界のような物があり、それが外への脱出を阻んでいる。
それがはたして咲夜が張った物か第三者が張った物か、はたまたレミリアの力が張った物かはわからない。
その結界のような物は門の先だけでなく、屋敷の周りにも上空の一定の高さの位置にも張ってある。
この屋敷は今、幻想郷にありながら幻想郷から隔離されたような状態となっていた。
それでいて月の光は差し込まない。
レミリアにとっては正に万事休すの状態である。
「やるしかないのかな……」
レミリアにはまだ誤算があった。
『本気で戦う』ということはつまり、遊び半分ではない。
『殺し合い』になってしまうのだ。
遊びや弾幕ごっこレベルの内で『本気を出す』ならば『相手が降参したら終わり』ということも有り得る。
しかし、『殺し合い』になるとそうはいかない。
どちらかが『死』を迎えるまで、戦いは終わらない。
情けを見せれば負けてしまう。
そんな世界だ。
レミリアが勝てばレミリアだけが生き残り、咲夜が勝てばこの世界は消える。
「もう、全部遅いのね」
皆は戻ってはこない。
咲夜と過ごした退屈な毎日ももう訪れない。
そういった部分から見ても、レミリアは万事休すであった。
「それなら……」
覚悟は決まった。
深呼吸をして気を落ち着かせた後、レミリアは歩を屋敷へと向けた。
~To be Continued
むしろ逆とも言えるかもしれませんので、「こんなの咲夜さんじゃない!」「レミリアお嬢様馬鹿にすんなこの雑魚助!」というような方はご覧にならないようお願い申し上げます。
ついでにかなり妄想入ってますのでよろしく。
背徳の従者
夜空。
黒に支配されるその世界の中に、いくつか光が散りばめられている。
その中で、一際大きな光を放つ物体がある。
月。
月である。
その月の光によって紅く彩られる屋敷が、幻想の世界にはあった。
紅魔館。
真っ赤に塗られたその館は、月の光を浴びて昼間以上の紅さを醸し出していた。
その館のある一室に、その紅さが更に際立っている空間があった。
「今宵も月は紅」
薄い布のような服を纏う悪魔が呟いた。
彼女の名前はレミリア・スカーレット。
この紅魔館の主であり、運命を司る紅の悪魔。
彼女の部屋は空間に細工がしてあり、どんな月でも紅く見ることができる。
だから、月が紅いと言えばここでは当然のことなのだ。
「咲夜」
「はい?」
傍でベッドメイクをしている十六夜 咲夜は、レミリアの声に反応して振り向く。
「つまらないわ。何か面白いこと、ないかしら?」
「そうですねぇ。花の一件の後は特に何もございませんね」
「その花の一件というのも、あなた1人が解決したんでしょう?」
「えぇ、まあそうですけど」
「はぁ……退屈。夜というのは私達悪魔や妖怪の力を増幅してくれるのは良いけれど、退屈を凌がせるにはまるで駄目ね」
「と言いますと?」
「早い話が昼間動けるあなた達が羨ましいってことよ」
「そんな……」
「しょうがないと言えばしょうがないけどね。太陽の光は私にとっては毒で、月の光は私の力の源でもある。その方式が、あなた達とは逆なだけよ」
太陽の光は人間や植物達に命の恵みを施す。
反対に月の光は人間達を惑わす。
それが、レミリアのような悪魔になると正反対となる。
月の光により恵みを受け、太陽の光によって死滅する。
月の光も元々は太陽の光ではあるものの、どういうわけか月に当たって反射すると魔性の力を得る。
「スリルが」
「?」
「スリルがないわ。霊夢や魔理沙と初めて出会ったときのような……痺れるような緊張感が欲しいの」
その時を思い出したのか、レミリアはブルリと身体を震わせる。
「確かに、あの時は私もドキドキしました。けれど、私としてはお嬢様が危険に晒されるのは……」
「……………」
やれやれっとでも言いたそうにレミリアは溜め息を吐いた。
咲夜の心配は嬉しい。
しかし、それはいらぬ心配、過保護とも言える。
「じゃあ咲夜、あなたが満たしてくれない?」
「えっ?」
「私と戦って、私を満たしてくれないかしら?」
「そ、そんな……私はお嬢様の従者ですから」
「へぇ……」
思い返してみれば、レミリアは咲夜と一度も戦ったことはない。
そう思うと、興味が沸いてきた。
「咲夜、あなたの本気、見せてもらえないかしら」
「いえ、それは……」
レミリアは乗り気ではあるが、咲夜はどうも乗り気ではない。
こんな状態ならば、スリルある勝負ができるはずがない。
「もういいわ、下がりなさい」
「お嬢様……」
「下がりなさい」
「はい」
レミリアに気圧され、咲夜はドアへと向かう。
「それではお嬢様、何かありましたらお申し付けください」
「ん、わかった」
咲夜が出て行くと、レミリアはベッドに入った。
さっきまで寝ていたのだが、やることがないからまた眠る。
いや、違う。
『これからやる事』ができるので、体力を温存するために寝るのだ。
運命を操る力。
普段レミリアはその力を余り使うことはない。
使えば極端に力を消耗し、数日はその力を使うことはできない。
便利ではあるが扱い難い能力でもあるのだ。
その能力を何かに使い、レミリアは眠りへ落ちて行った。
音がしない。
完全に無音のような気がした。
目を開き、寝返りをうって時計を見る。
しっかりと動いている。
けれど、音がしない。
耳がおかしくなったのだろうか?
そんなことはない。
現に、足音が聞こえているのだから……
「お、お嬢様、大変です!」
無音であった状態が嘘のように、大きな音がしてドアが開いた。
それと同時に、1人のメイドが何か叫びながら飛び込んできた。
何を言っているのだろう?
寝起きの脳ではよくわからない。
ただ、これだけはなんとか理解できた。
「奴が来ました」
雲が月を隠す漆黒の夜。
その者は紅の屋敷に現れた。
黒い服を身に纏い、闇を走る。
「てやぁああああ!」
最初にぶつかったのは門番だった。
しかし、門番が襲いかかろうとした時にはもう終わっていた。
切られた感覚はもちろん、すれ違ったという感覚すらない。
本当に一瞬だった。
「……………」
動かなくなった門番を尻目に侵入者は歩を進める。
門番がいなくなった門など最早そこら辺に立っている木と変わらない。
軽く飛び越え、敷地内に侵入する。
「ここは通しません!」
今度は従者が1人立ちふさがる。
門番とは違い、異形の姿を持つ者。
普通の人間ならば、相手が少女だとしても既に怯えているかもしれない。
しかし、侵入者には怯えた様子も無ければ驚いた様子もない。
ただ、闇を纏った冷酷な眼にその姿を映していた。
「何が……どうなっているの?」
館の主のレミリアは酷く混乱していた。
ここは何処だ?
紅魔館だろうか?
それとも別の世界だろうか?
目の前にいるこの従者は誰だ?
どうして咲夜じゃない?
そして何よりも、この悪寒はなんだ?
「門が突破されました!」
別のメイドが報告しに来た。
どうやら侵入者は門番を破るほどの者らしい。
いくら弱いと色々な奴から言われているとはいえ、あの門番がやられるほどの相手とは誰だろうか?
霊夢だろうか?
それとも魔理沙だろうか?
それとも他の?
いや、霊夢や魔理沙以外に無理に侵入してくる者はいない。
じゃあ、一体誰だ……?
レミリアの身体に緊張感が走る。
求めていたのはこれだろうか?
いや、違う。
こんな恐ろしいものではない。
恐ろしい?
誰が何を恐ろしいと思う?
「お嬢様……?」
「えっ?」
「如何なさいましょう?」
それはレミリア自身が何かをしろというのか、それとも指示を出せと言っているのか。
いまいちわからない。
「排除しなさい。侵入者を。全力で」
「は、はい!」
自然と出た言葉を受け、メイドは部屋から出て行った。
「月が……」
今夜は月が見えない。
そんな些細なことが、レミリアの不安を更に大きくした。
「もう……ダメ」
異形の者はか細い声を断末魔の声とし、果てた。
その身体に外傷は少ない。
ただ、致命的な一撃だけは確実に決められていた。
「………………」
倒れた異形の者に見向きもせず、侵入者は足を館内へと進めた。
扉を蹴破り、広間へと進む。
そこには、何人もの従者がいた。
皆が皆、戦闘態勢である。
ざっと50人はいる。
それに対し、侵入者はたった1人。
これを無謀と言わずして何と言おうか?
けれど、侵入者は引き下がらない。
「かかれーー!」
ある者の声を合図に、ほぼ全員が侵入者に襲いかかる。
誰もが、侵入者の力を推し量ろうとしないまま。
下の階で何か音がする。
金属がぶつかる音。
何かが壊れるような音。
そして、軟らかい肉を裂いたような音・・・
ここからでは聞こえるはずのないような音が、妙に大きく聞こえた。
時計の針の音よりも、もっと大きく。
「落ち着け……落ち着いて整理するのよレミリア。この状況は何?私は何をしたの?」
ベッドに両肘を着きながら頭を抱え、自問自答をする。
「私はそう、力を使った。運命を操るこの力を。誰に?何のために?」
嫌な予感がした。
もしかしたら、自分が使った力のせいなのかもしれない。
もちろん、そうでない可能性も当然ある。
しかし、レミリアには後ろめたいことでもあるのだろう。
自分のせいだっという考えが頭から離れなかった。
「咲夜!咲夜はいないの!?」
確かめたくて叫んだ。
だけど、返事はない。
紅く塗られた壁は声を反射せずに吸収する。
再び、無音の空間が出来上がった。
水の滴る音が広間に響いた。
侵入者の手にある1本の銀色のナイフから。
1滴。
また1滴と、赤い水が滴る。
「随分と盛大にやってくれたわね」
広間の多くの扉の一つを開け、本を持った1人の少女が現れる。
「あなたが噂の妖魔ハンターさん?意外と若いのね」
「100を知る魔女……か。まさかこんな所にいるとはね」
魔女の言葉に対し、初めて侵入者は口を開いた。
妖魔ハンター。
その名の通り、妖(あやかし)や魔を狩る者達。
種族は人間であるのにその力は妖魔に全く劣らない。
人間からも魔性の者からも恐れられる特殊な存在である。
「この屋敷に何の用?」
「紅主(くれないのぬし)を狩りに来た。しかし、どうやら獲物はそれだけではないみたいね」
「そう……素直に帰ってはくれないのね」
「そこに獲物がいるのなら、私は帰らない」
「ならその腕前、試させてもらうわ」
魔女が本を開いた。
ハンターはその数秒を見逃さない。
一気に詰寄り、一撃で決めようとする。
しかし、魔女も馬鹿ではない。
既に罠は仕掛けている。
「ちぃっ」
魔女の数歩手前で水柱が上がった。
その噴出の勢いは凄まじく、当たれば骨ぐらいは軽く折ることができる。
その水柱が上がる数秒前に、ハンターは回避運動をとった。
「隙だらけよ。ハンターさん!」
回避運動をしたハンターの動きを魔女は捉えた。
横っ飛びの状態で素早く口を動かし、炎を放つ。
「隙とは相手に見せるものではなく、己で生むもの」
ハンターは呟いた。
「えっ」
捉えたはずのハンターの姿はない。
虚像。
幻覚から突然目覚めたかのように、ハンターの姿は消えていた。
「う…そ?」
魔女の背中には1本のナイフが突き刺さっていた。
そして、その直線上、魔女のずっと後ろにハンターの姿はあった。
「ミスディレクション。相手の隙を探すこと。それ即ち己が隙を生むことなり」
魔女が倒れた後、ハンターはそれだけ言ってまた歩きだした。
その足は上ではなく、地下へと向いた。
また灯が一つ消えた。
実際には部屋の灯りは一つも消えてはいないが、レミリアは心の何処かでそう感じた。
不安だった。
今にも気が狂いそうだ。
いっそ、気が狂うことができたらどんなに楽であろう?
まだ残る理性がそれを許さない。
「はぁ……ふうっ」
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「そういえば」
ふと、ずっと前にパチュリーと自分の能力について話した時のことを思い出した。
運命を操ることというのは対象となる者のある運命、言い換えるなら1本の線の通る道にある点を創ること。
これが複数人に影響を及ぼすものならば、複数の線が交わる点の個所に別の点を創ることである。
複数に影響を及ぼす運命も、大抵は実現不可能ではなく、何処かに可能性があるからそう難しいことではない。
しかし極稀に、決して交わることがない線がある。
その者達の運命関係だけは平行線。
どこまで行っても決して交わらない。
もし、それをどうしても交わらせたいのならもっと大きな力を要し、片方の運命の在り方から取巻く環境まで、様々なものを変えないとならない。
平行線を無理矢理曲げないといけないのだ。
仮にそうした場合、世界が変わってしまってもおかしくはない。
パチュリーが言っていた事を自分の中で纏めてみた。
あの時は何のことかいまいちよくわからなかった。
しかし、今ではよくわかる。
「まさか、私と咲夜の運命が……?」
最早、否定する気すら起きない。
思えば、咲夜はレミリアに対して忠誠を誓っている。
ほとんどの注文は素直に受け取り、そしてこなす。
その忠誠心は他の従者と比べても異常なほどである。
そんな咲夜に、レミリアは自分と本気で戦えと命じた。
軽い気持ちで言ったことではあったが、咲夜の気持ちを考えてみればできるはずがない注文である。
主に刃を向けることは背徳であり、例えそれができたとしてもやはり後ろめたい気持ちにより、本気など出せるはずがない。
レミリアはそんな咲夜にある運命を付与した。
『自分と本気で戦う運命』を。
それが全てを狂わすキーワードだった。
交わらないレミリアと咲夜の戦いの運命はレミリアの力によって曲げられ、この世界によって実現することになった。
それ自体、予期せぬことではあったが、ここでレミリアは更に重大なことに気付いてしまった。
「力が……使えない?」
レミリアの戦闘力は衰えていない。
しかし、能力としての力が全く発動しない。
力を使いすぎたのが原因だった。
恐らく、今のこの世界を創り出すために全て使ってしまったのだろう。
更に、今夜は満月でない上に雲によって月が見えていない。
戦闘中に回復することも全く望めないだろう。
「……………」
レミリアの目に涙が溜まる。
けれど、すぐにそれは拭われた。
「何とかしなきゃ。何とか」
自分にそう言い聞かせ、レミリアは慎重に部屋から出た。
光が全く差さない屋敷の地下に足音が一つだけ響く。
コツコツ、カツカツと。
上の階から差し込む僅かな光を頼りに、ハンターは1歩、また1歩と進む。
そして、その部屋を見つけた。
「……………」
禍々しいという表現を超える、異常な瘴気がその部屋から漂ってくる。
普通の人間どころか、並の妖怪ですらここに来ただけで心臓麻痺でも起こして死んでしまうかもしれない。
それほど空気は張り詰めていた。
「誰……?お姉様?」
ハンターが扉に手をかけようとした瞬間、中から声が聞こえた。
幼き子供の声。
声だけで判断するなら、ここに閉じ込められているのは人間ともとれる。
しかし、人間はこんな瘴気は出さない。
いや、出せないはずだ。
「血の匂いがする。もしかして、食事の時間?」
「……………」
ハンターは紅主の特徴を思い出した。
紅を色とし、人の血を吸い、そしてとてつもなく大きな力を操る。
ただの勘でしかないが、この先にいるのが紅主だと思った。
「食事をお持ちしました」
相手を油断させるため、ハンターはそう言った。
「そっか。入っていいよ~」
右手でドアノブを掴み、左手でナイフを構えた。
ドアノブを回し、ゆっくりと扉を開く。
今まで通ってきた道とは違い、中から光が漏れ出した。
「今日のご飯は何かな~」
呑気な声が聞こえると同時に、中にいる者の姿が少しだけ見えた。
その瞬間、ハンターはドアノブから右手を離し、すぐさまナイフを左手から右手に持ち替えて投げた。
「いたっ!」
何かが刺さる音、そして中にいる者の声が聞こえ、攻撃が当たったことを知る。
「紅主、貴様も今日で終わりだ」
扉を勢いよく開けてハンターはそう言う。
視線の先には肩にナイフが刺さり、その部分から血を流している1匹の悪魔がいた。
「痛いよ……痛いよ!」
ハンターの姿が見えているのかいないのかはわからないが、悪魔は突如暴れだした。
「痛いよーーーー!」
悪魔が叫ぶ。
同時に、何かが光った。
「くっ」
直感的に、ハンターはドアから出て、更に後ろに飛んだ。
光が弾となり、先ほどまでハンターがいた位置に着弾して小爆発を起こす。
回避行動が功を奏し、ハンターは無傷だ。
「エサのくせに……エサのくせにーーーー!」
悪魔はハンターが人間であることに気付いた。
とはいえ、恐らくは容姿と気の流れで判断しているだけであろう。
取り合えずそんなことはハンターにはどうでも良かった。
「ミスディレクション」
また回避行動をとるハンター。
しかし、移動したのは虚像。
本体は動いてはいなかった。
「もらった!」
悪魔が虚像の方を向いたのを確認すると、ハンターは一気に詰め寄った。
「うるさい!」
けれど、悪魔は騙されない。
「ちっ」
それを素早く判断し、今度は本当に回避行動をとる。
先ほどの魔女のように、考えて動く者に対しては今ので充分だっただろう。
しかし、この悪魔は頭よりも身体で動くタイプである。
直感で本体に気付いたのだろう。
ともかく、これでハンターの手は一手封じられた。
「時空よ、歪め!」
ハンターの一声で、空間に何かしらの異常が生じる。
「消えろー!」
そんなことはお構いなしで悪魔は突撃してくる。
一撃を容易く避け、ハンターは悪魔の懐に潜り込んだ。
「インディスクリミネイト」
呟いた後、思い切り後ろに飛んだ。
「?」
1秒か2秒が経過した。
悪魔の懐から1本ナイフが出現する。
「あっ……」
それを継起に、2本、3本とどんどんナイフが増え始める。
「きゃあああ!」
ナイフが増えることは止まらない。
それも、ただ増えるだけでなく、様々な方向へと散った。
ハンターは少し離れた位置で自分に向かってくるナイフのみを叩き落す。
一方悪魔は距離が近すぎてまともに行動ができず、直撃してしまう。
「うう、エ、エサのくせに」
数十本のナイフが身体に刺さっている状態でなお悪魔は動いた。
「レーヴァティン!」
持っている杖のような物を振り上げ、そこに力を溜めて悪魔は緋色の剣を作った。
「壊れろーーーー!」
思い切り剣を振り上げた悪魔の身体から大量の血が飛び散る。
恐らくは最後の力を振り絞っての攻撃だろう。
「ザ・ワールド」
ハンターの一言で、全てが停止する。
悪魔も、悪魔の身体から流れる血も、風も、光の動きすら止まっていた。
「さようなら、紅主。あなたは私の期待には応えられなかった」
ただそれだけ言って、ハンターは動かない悪魔の脇腹をナイフで切りつけた。
「時は正常に流れ出す」
別の一言で今度は全てが動き出す。
「あ…れ?」
勢いよく突撃していた悪魔が突如バランスを崩す。
数ある傷の中で、さっきまでなかったはずの脇腹の傷から大量の血が流れ出す。
失速し、思い切り地面にぶつかる悪魔。
それによって更に傷が増え、出血も益々激しくなる。
「痛い…よぅ」
大量の血を失い、とうとう悪魔は動かなくなる。
「痛い…よ。お姉様、助けて……」
目に僅かだが涙を浮かべてそう言った後、悪魔はその場に崩れた。
「姉?」
今まで全く驚かなかったハンターの顔に少し驚きの色が映る。
思い返してみれば、最初にドアに近づいた時も確か『お姉様』と言っていた。
「まだ、いるのか」
倒れた悪魔に哀れみの心情すら持たず、ハンターは来た道を引き返す。
「妖気はもう感じない。けど、まだいる。本物の紅主が」
姉という存在。
閉じ込められていた悪魔。
姿異形。
それらのキーワードが、ハンターに真の紅主の存在を示した。
「美鈴、小悪魔、パチェ、多くのメイド達、そしてフラン」
レミリアは庭に立ってボンヤリと呟いた。
「皆、もういない」
何故こうなってしまったのだろうか?
どうしてだろうか?
答えはもう出ている。
けれど、否定はしなくても認めることが怖かった。
軽い気持ちだったとは言え、全て自分がしたことが招いた結果である。
運命を操ったことはもちろんだが、他の者が果てた理由も別にある。
咲夜にフランやパチュリーを倒すほどの力があるかどうかはレミリアも他の者も知らない。
しかし、咲夜には『レミリアと本気で戦う運命』が付与されている。
それは裏を返せば、『レミリアと絶対に戦わなければならないのでそれまでに負けることは有り得ない』ということになる。
レミリアはさっきまで1人、部屋の中に閉じ篭って怯えていた。
それ故、出会うのがどんどん遅れて関係ない者が犠牲になっていったのだ。
「はぁ……私ってダメね」
いっそここから逃げ出してしまおうか?とも思った。
しかし、それはできない。
やらないのではなく、できない。
門を出て数m行ったところに何か結界のような物があり、それが外への脱出を阻んでいる。
それがはたして咲夜が張った物か第三者が張った物か、はたまたレミリアの力が張った物かはわからない。
その結界のような物は門の先だけでなく、屋敷の周りにも上空の一定の高さの位置にも張ってある。
この屋敷は今、幻想郷にありながら幻想郷から隔離されたような状態となっていた。
それでいて月の光は差し込まない。
レミリアにとっては正に万事休すの状態である。
「やるしかないのかな……」
レミリアにはまだ誤算があった。
『本気で戦う』ということはつまり、遊び半分ではない。
『殺し合い』になってしまうのだ。
遊びや弾幕ごっこレベルの内で『本気を出す』ならば『相手が降参したら終わり』ということも有り得る。
しかし、『殺し合い』になるとそうはいかない。
どちらかが『死』を迎えるまで、戦いは終わらない。
情けを見せれば負けてしまう。
そんな世界だ。
レミリアが勝てばレミリアだけが生き残り、咲夜が勝てばこの世界は消える。
「もう、全部遅いのね」
皆は戻ってはこない。
咲夜と過ごした退屈な毎日ももう訪れない。
そういった部分から見ても、レミリアは万事休すであった。
「それなら……」
覚悟は決まった。
深呼吸をして気を落ち着かせた後、レミリアは歩を屋敷へと向けた。
~To be Continued
ちょっとした行動がもたらす結果
怖いですね