館内の窓拭き終了。これにて午前の業務は終了致しました、と。
軽く桟を指でなぞってみる。当然汚れなど付くわけがない。
この私を誰だと思っているのだ。紅魔館メイド長、十六夜咲夜であるぞ・・・っ!
「何をしているの咲夜」
「あら、お嬢様。窓拭きが終わったところですわ」
「いやにニヤニヤしてたじゃない。何かあったの?」
ニヤニヤとは聞こえが宜しくない。せめてニコニコにしてもらえないものか。
そしてふと気付く。お嬢様の服が余所行きだ。
「お出かけですか?」
「えぇ。ちなみに貴女、箒は持ってないの?」
「箒、ですか?納屋にあるとは思いますが・・・ご入用ですか?」
「違うわ・・・気にしないで。ふと思い出しただけよ」
視線を外しながら言う。一体何を思い出したというのだろう?
「お供します」
「別に供が必要な用でもないのだけれど・・・まぁいいわ、付いて来なさい」
お嬢様は短く言うと羽を広げる。私も空へ上がる。
さて、どこへ行くのだろうか。
手持ちのナイフを確認・・・・・・よし、十分だ。
「神社に悪魔やら妖怪やらが出入りするようになったら世も末だと思うのよね」
と巫女は言う。
「安心なさい。私は人間よ?」
「そんな情けかけられてもなぁ」
やっぱり早めに風鈴を探すべきね、と霊夢はぼやいた。
お嬢様は紫とお茶を啜っている。今日は曇りだから日傘はいらない、とのこと。
日が照りだしたら紫の傘でも使うのだろう。一応持ってきてはいるのだが。
「しっかしあんた達も暇ねぇ」
「あら、貴女が言えること?」
「私は真面目に働きたいのよ。でもいつも何かしら邪魔が入るのよねぇ」
昨日は閻魔、一昨日は鬼、その前は魔法使い・・・と指折り数えだした。
先客万来とはこのことか。
というか普通の参拝客は来ないのか。
来たら賽銭などで悩みはしないか。
今度ナイフでも入れておいてあげよう。
「あんた今物騒なこと考えなかった?」
「いいえ。慈愛に満ちた考えよ」
さすが勘だけで生きているだけはある。野生の動物並だ。
あぁ、だから八雲一家とうまくやっていけるのか。
なるほど、万物は流転してちょうどいい場所に収まるものらしい。
「あんた今失礼なこと考えなかった?」
「いいえ、地球に優しい考えよ」
「それはまたエコロジーね」
スッと横にお嬢様が来ていた。
「あら、お話はもう済んだのですか?」
「お話も何も、最近の天気を話してただけよ」
「あんたら、ほんと何しに来たんだ」
藍と橙が戻ってくると紫は帰っていった。
随分と眠たそうだったから、迷い家に着いたら玄関先で寝てしまうに違いない。
空が少し明るくなった。雲が薄くなってきたのだ。
日が射しては面倒だ。社殿の中に入るとしよう。
「あぁそうだ、霊夢」
「何よ?」
「次の宴会はいつだったかしら?」
「三日前にやったばかりでしょ」
「それは次じゃないわ。過去の話。過去なんてどうだっていいんだよ。
そんなのは自分の今までの軌跡。歩いた跡になんて興味はないわ。人間はもっと未来志向じゃないと駄目ね」
「悪魔に人間を諭されるとは思わなかったわね」
霊夢は湯飲みを盆に載せると流しに持っていった。
そのまま夕飯の準備にでも入るのだろうか、戸棚の開閉の音が響く。
「お嬢様、日が射してきましたが、いかが致します?」
あぁ、もうこんなに明るかったのか。
まるで真夏並みじゃないか。
これじゃ上からの日光は防げても、下から照り返してくる光は防げないじゃない。
「夜までここで時間を潰そうかしら」
「分かりました」
「本当、暇なのねぇ。仕事はないの?特に咲夜」
「下のメイド達がやってくれるわ」
「私は特に仕事なんてないし」
「駄目主人に駄目メイドね」
「「駄目巫女が言うな」」
二人は完全にハモっていた。
夜が更けて月が昇る。
今宵の月は少し欠けている。そう、私の名の如く。
偽りの月ではないのだから問題はないが、折角夜空を見上げるのだから満月であってほしいと願うのは傲慢だろうか。
ほんのささやかな願いなのだが。
「珍しい顔が並んでるなー。お前らも飯食いに来たのか?」
「貴女と一緒にしないでほしいものね」
「というか、あんたはまた食いに来たのか」
まぁ月が欠けていようと構わない。
満ちてしまえばそれ以上は望めなくなる。
人は常に未来志向。より上を目指さねば。
そう考えれば望月などという名前よりも、十六夜はずっと素晴らしいものに思えた。
「霊夢ー、醤油切らしてるぜー」
「流しの下にあると思うんだけど・・・なーい?」
「おぉ、あったあった。醤油がない冷奴なんて餡子が入ってない饅頭みんたいなもんだぜ」
「冷奴は喉越しを味わうものだよ」
「へぇ、西洋生まれなのに通ぶるわね」
「何だよ、味がいいに越したことはないだろ」
「あれ?あんた食べないの?」
食卓には三人。私はお嬢様の後ろに控えている。
「使用人が主人と食事を共にするわけにはいかないわ」
「咲夜、今日はいいわ。隣に座りなさい」
「ですがお嬢様」
「命令よ。二度は言わないわ」
仕方なく私はお嬢様の隣に座る。隣の魔理沙とは距離を開けて。
「本当に隣に座るのね」
「十六夜ですから」
「・・・そうね、十六夜だものね」
霊夢と魔理沙は首を傾げている。
でもお嬢様には伝わったようだ。なら問題はない。
さて、食卓を囲んだとはいえ、私はお嬢様のメイド。
不備があれば直して差し上げなければ。
取りあえずは箸の持ち方かしら。そんな持ち方では冷奴は掴めませんよ。
(了)
軽く桟を指でなぞってみる。当然汚れなど付くわけがない。
この私を誰だと思っているのだ。紅魔館メイド長、十六夜咲夜であるぞ・・・っ!
「何をしているの咲夜」
「あら、お嬢様。窓拭きが終わったところですわ」
「いやにニヤニヤしてたじゃない。何かあったの?」
ニヤニヤとは聞こえが宜しくない。せめてニコニコにしてもらえないものか。
そしてふと気付く。お嬢様の服が余所行きだ。
「お出かけですか?」
「えぇ。ちなみに貴女、箒は持ってないの?」
「箒、ですか?納屋にあるとは思いますが・・・ご入用ですか?」
「違うわ・・・気にしないで。ふと思い出しただけよ」
視線を外しながら言う。一体何を思い出したというのだろう?
「お供します」
「別に供が必要な用でもないのだけれど・・・まぁいいわ、付いて来なさい」
お嬢様は短く言うと羽を広げる。私も空へ上がる。
さて、どこへ行くのだろうか。
手持ちのナイフを確認・・・・・・よし、十分だ。
「神社に悪魔やら妖怪やらが出入りするようになったら世も末だと思うのよね」
と巫女は言う。
「安心なさい。私は人間よ?」
「そんな情けかけられてもなぁ」
やっぱり早めに風鈴を探すべきね、と霊夢はぼやいた。
お嬢様は紫とお茶を啜っている。今日は曇りだから日傘はいらない、とのこと。
日が照りだしたら紫の傘でも使うのだろう。一応持ってきてはいるのだが。
「しっかしあんた達も暇ねぇ」
「あら、貴女が言えること?」
「私は真面目に働きたいのよ。でもいつも何かしら邪魔が入るのよねぇ」
昨日は閻魔、一昨日は鬼、その前は魔法使い・・・と指折り数えだした。
先客万来とはこのことか。
というか普通の参拝客は来ないのか。
来たら賽銭などで悩みはしないか。
今度ナイフでも入れておいてあげよう。
「あんた今物騒なこと考えなかった?」
「いいえ。慈愛に満ちた考えよ」
さすが勘だけで生きているだけはある。野生の動物並だ。
あぁ、だから八雲一家とうまくやっていけるのか。
なるほど、万物は流転してちょうどいい場所に収まるものらしい。
「あんた今失礼なこと考えなかった?」
「いいえ、地球に優しい考えよ」
「それはまたエコロジーね」
スッと横にお嬢様が来ていた。
「あら、お話はもう済んだのですか?」
「お話も何も、最近の天気を話してただけよ」
「あんたら、ほんと何しに来たんだ」
藍と橙が戻ってくると紫は帰っていった。
随分と眠たそうだったから、迷い家に着いたら玄関先で寝てしまうに違いない。
空が少し明るくなった。雲が薄くなってきたのだ。
日が射しては面倒だ。社殿の中に入るとしよう。
「あぁそうだ、霊夢」
「何よ?」
「次の宴会はいつだったかしら?」
「三日前にやったばかりでしょ」
「それは次じゃないわ。過去の話。過去なんてどうだっていいんだよ。
そんなのは自分の今までの軌跡。歩いた跡になんて興味はないわ。人間はもっと未来志向じゃないと駄目ね」
「悪魔に人間を諭されるとは思わなかったわね」
霊夢は湯飲みを盆に載せると流しに持っていった。
そのまま夕飯の準備にでも入るのだろうか、戸棚の開閉の音が響く。
「お嬢様、日が射してきましたが、いかが致します?」
あぁ、もうこんなに明るかったのか。
まるで真夏並みじゃないか。
これじゃ上からの日光は防げても、下から照り返してくる光は防げないじゃない。
「夜までここで時間を潰そうかしら」
「分かりました」
「本当、暇なのねぇ。仕事はないの?特に咲夜」
「下のメイド達がやってくれるわ」
「私は特に仕事なんてないし」
「駄目主人に駄目メイドね」
「「駄目巫女が言うな」」
二人は完全にハモっていた。
夜が更けて月が昇る。
今宵の月は少し欠けている。そう、私の名の如く。
偽りの月ではないのだから問題はないが、折角夜空を見上げるのだから満月であってほしいと願うのは傲慢だろうか。
ほんのささやかな願いなのだが。
「珍しい顔が並んでるなー。お前らも飯食いに来たのか?」
「貴女と一緒にしないでほしいものね」
「というか、あんたはまた食いに来たのか」
まぁ月が欠けていようと構わない。
満ちてしまえばそれ以上は望めなくなる。
人は常に未来志向。より上を目指さねば。
そう考えれば望月などという名前よりも、十六夜はずっと素晴らしいものに思えた。
「霊夢ー、醤油切らしてるぜー」
「流しの下にあると思うんだけど・・・なーい?」
「おぉ、あったあった。醤油がない冷奴なんて餡子が入ってない饅頭みんたいなもんだぜ」
「冷奴は喉越しを味わうものだよ」
「へぇ、西洋生まれなのに通ぶるわね」
「何だよ、味がいいに越したことはないだろ」
「あれ?あんた食べないの?」
食卓には三人。私はお嬢様の後ろに控えている。
「使用人が主人と食事を共にするわけにはいかないわ」
「咲夜、今日はいいわ。隣に座りなさい」
「ですがお嬢様」
「命令よ。二度は言わないわ」
仕方なく私はお嬢様の隣に座る。隣の魔理沙とは距離を開けて。
「本当に隣に座るのね」
「十六夜ですから」
「・・・そうね、十六夜だものね」
霊夢と魔理沙は首を傾げている。
でもお嬢様には伝わったようだ。なら問題はない。
さて、食卓を囲んだとはいえ、私はお嬢様のメイド。
不備があれば直して差し上げなければ。
取りあえずは箸の持ち方かしら。そんな持ち方では冷奴は掴めませんよ。
(了)
盛り上がりのない話も好きなので、その上で気になった点なんかを。
その時点での天候は十分に分かるのですが、背景に関してもう少し肉付きをしてみるとか、いいかもしれません。
そんなのを書いてるうちに別の展開、というかやり取りが浮かぶかもしれませんし。
あとレミリアの視点があるので、どうせなら「天気」の話をしていただけではなく、レミリアと紫の会話なんかも書いて欲しかったなぁ、と個人的に。
味出てますね
でも、小川が流れるようなこの緩やかな言葉の回し方、割と好きです。
読みやすいお話でした。