「霊夢ー、いるかー?」
麗らかな春の午後に唐突に無粋な声が響く。
あぁ、折角境内の掃除が終わってお茶でもしようと思っていたのに。
「いないのかー?じゃあお邪魔するぜー」
ドスドスという足音がする。待て、せめてちゃんと靴くらいは脱げ。
はぁ、と短いため息を一つ。
「何でいなかったら入ってくるのよ」
「おぉ、居たのか霊夢。てっきりどこかで油でも売ってるのかと思ったぜ」
「失礼ね。これでも真面目に生きてるわよ」
いつも油を売っているのはそっちだろうに。
「で?」
「で?だけで話が伝わるか。そんなので伝わるのは人の心が読める奴か霊夢くらいだ」
「私だってそれだけなら分からないわよ。でも今のは文脈で分かるでしょ?」
あー、と頬をポリポリとかくと、魔理沙は静かに口を開いた。
「そろそろお茶の時間かと思ってな。ご相伴に預かりに来た」
「来るな」
魔理沙が言い終わるか終わらないかのタイミング。いわゆる即答だ。
全く、本人を前にして堂々と言い切ることができるのはこいつくらいのものだ。
いや、まぁ、他のは遠回しに言ってくるだけでしていることは同じなのだが。
私は立ち上がり、雑巾を魔理沙に渡した。
「せめて雑巾がけくらいやっていきなさい」
「お前巫女だろ。式神の一つくらい持ってないのか」
「いないわよ。紫のとこを見てたら持つ気も起こらないわ」
「数字苦手そうだもんな、お前」
・・・黙ってはたきも手渡す。あんたはそれに等しいくらいの暴言を吐いたんだ。
魔理沙の分は出涸らしでいいか。私は前に頂いた駿河の一番茶でも淹れよう。
まぁ見た目には大して変わらないだろう。
「で、何で増えてるのよ」
「お邪魔してます」
新聞記者が居た。最近何か記事になるようなことしたかしら?
「わざわざお茶まで淹れてもらっちゃってすみません」
「あぁ!それは私の!」
「おい、煎餅はないのか」
「ちょっとは遠慮しなさいよ」
「まぁまぁ、これでもいかがです?」
新聞記者は後ろから団子の包みを取り出していた。
「これで記事になるようなことでもしろって言うのか?真っ平ごめんだぜ」
「購読の勧誘でもしてるの?残念だけど間に合ってるわ」
「何でそう屈折した考え方しかできないんですか」
涼しい風が社の中を抜けていった。
もう初夏と呼べる時期ではあるが、まだまだ幻想郷は過ごしやすい温度を保っている。
どこぞの妖精が遊んでいるのだろうか。まぁ快適な時間を過ごせるのなら文句はないのだが。
そうだ、夏までには風鈴を探しておかなければ。
魔除けの鈴の音。きっと面倒ごとを減らしてくれるに違いない。
「そういやあんたは何の用だったの?」
「いえ、記事のネタになりそうなものを求めて彷徨っていたのですが、神社に見慣れない人を見かけまして」
「魔理沙はよくうちに入り浸ってるわよ」
ん、と団子を飲み込んで魔理沙は頷いた。
って、こいつは一人で何本食べているのか。
魔理沙が文の方を向いた時に残りを避けておいた。
「暇になればお茶しに来てるぜ」
「というかお茶時しか来ないわね」
「そうでしたか。魔法使いなのに外交的なのですね、貴方は」
「魔法使いが内向的なのは大昔の話だ。別に今は魔術を見せたところで誰も何も驚かない。隠匿する必要なんてどこにもない」
「魔法使いじゃなくても色々と外れてるのがたくさんいるしねぇ」
「貴方も他人のことは言えないと思うのですが。単純な力比べなら下手な妖怪より圧倒的に強いですよ」
失礼な。これでも真面目に人間をやっているというのに。
どうして私のところに来るのはこう失礼な輩しかいないのだろうか。
「そういや今日は宴会じゃなかったか?」
「あー、そうだったわね。宴会かぁ・・・」
「あまり乗り気ではありませんね。どうかしたのですか?」
ニコニコしながら訊いてくる極悪新聞記者。分かっているくせに。
だから私は精一杯の皮肉を込めて言ってやる。
「毎度毎度みんな騒ぐだけ騒いで、散らかしたまま帰っちゃうから気が滅入ってるだけよ」
「だから呑み比べで勝てたらお手伝いしますよ?」
これだから天狗は嫌いなんだ。
仮に勝てたとしても、その後あんたは使い物にならないじゃない。
「ほら、萃香に手伝わせればいいじゃないか。あっと言う間だろ?」
「あー、あいつは無理。宴会の後は一人で晩酌ー、とか言ってすぐに消えちゃう」
文字通り消えてしまう。困った奴だ。
居て欲しいときにも、居て欲しくないときにも居ない。
いつ居るかと言えば宴会のときだけだ。
普段何をしているのやら。まぁ九割九分酒を呑んでいるのだろうが。
「ほら、そんな顔してたら折角の酒も不味くなる。さっさと準備しようぜ。見ててやるから」
「見てないで手伝いなさいよ」
尤も今日の準備なんてないに等しい。各自で酒を持ち寄るのだから。
つまみはさっき取っておいた団子が・・・・・・ない。
振り返ると今まさに最後の団子を魔法使いが頬張っていた。
これだから魔法使いも嫌いなんだ。
秘蔵の煎餅を棚から引っ張り出す。
包み越しにも伝わる醤油の匂い、その厚み。
酒の肴にはちと不向きだが、お茶請けにこれほどまでに合うものもあるまい。
「お、やっぱりあるんじゃないか、煎餅」
「あんたは食べるな」
「これは中々の逸品ですね」
「あんたも食べるな」
魔理沙と文は互いに顔を見合わせた。
「全く、これだから巫女は嫌いなんだ」
「えぇ、全く。これだから巫女は」
(了)
深みというか、ヤマとかオチとか欲しいかなと。ちょっと淡々としすぎている印象です。
今後も期待しています。
「もう初夏と呼べる時期」と繋がるのに違和感が。
次回作も期待しています。がんばれ!