Coolier - 新生・東方創想話

守人。

2006/04/09 12:45:34
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 人里に程近い森の中。
 涙と鼻水で汚れた顔をボロボロの服で強く拭いながら、私は森の中を歩いていた。
 思い出すのは一時間程前の事。
 今日は里で収穫祭の準備をする日だった。今年は例年より収穫が多く、久々に祭りとして行う事になったからだ。その中で、私は家々に付ける飾りを作る為、朝から里の子供達と一緒に作業をしていた。
 だが、作業が一段落付いた昼過ぎに、
『お前の作ったのなんか不吉だから使えねぇーよ!』
 突然、私に向かい長の息子が言い出した。
 するとそれは瞬く間に他の子供達に広まって、私の作った飾りは一瞬の内にゴミくずにされた。
 巫山戯るな、と思った。だから私は怒りに任せるままに長の息子へと掴み掛かり、そのにやけた顔を殴りつけた。
 だが、敵は一人じゃない。
 あっという間に四方八方を取り囲まれて、このザマだ。
「……畜生」
 いつもそうだ。
 私が里の外で拾われた捨て子だからという理由で、長の息子は私を虐めてくる。事ある事に私の行いに文句を言い、そして他の子供達もそれに従い私を虐める。
 始めの内は大人達に助けを求めた。だが、無駄だった。相手は長の息子だ。直接叱り付ける事なんて出来ない。もしそんな事をすれば、すぐに里から追い出される事になるだろう。
 そうなればもう、死を宣告されたも同じだ。妖怪が跋扈しているこの世界じゃ、里の他に住める場所なんて無いんだから。
 だから、今日の私は虐められた。
 どうせ明日の私も虐められるのだろう。
「畜生」
 悔しい。でも、どうする事も出来ない。
 このまま成長して、いけ好かない里の男共のどれかと結婚して、子供を生んで、私は死ぬ。
 そう、この幻想郷という場所に生まれた私の未来は、もう決まっているのだ。
「……馬鹿馬鹿しい」
 だが、どうする事も出来ない現実だった。
 と、そんな時だ。
「……夜雀の歌……」
 遠く、森の奥から楽しげな歌が聞こえてきた。
 スローテンポの、まるで森の奥へと誘うかのような優しい歌。 
 大人達は危険だからこの森に入るなと言うが、私はこの森が好きだった。様々な動物が居て、植物があって、当然妖怪も居るこの森が。
 今聞こえてきている歌なんか、特にそうだ。夜目になるから、と皆夜の森に近付きたがらないが、私はたまに聞こえてくるこの歌声が嫌いではなかった。
「……まぁ、下手糞だけど」
 苦笑と共に呟き、少しだけ心から怒りが収まるのを感じる。
 だが、もう夜雀の歌が聞こえてくるような時間になってしまった。仕方が無い。そろそろ里に戻るとしよう。
 そう考え、私は体を里の方へと向け、
「ッ!?」
「……おっと」
 顔面から何かにぶつかった。薄暗くて良く見えなかったが、すぐ後ろに何かが居たらしい。
 聞こえて来た声は男の物で、私は慌てて一歩後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ」
 言って、男が微笑んだ。
 私はもう一度謝り、男の姿をまじまじと見た。人の良さそうな微笑みを持った男の背は高く、髪が少し長い。しかしその顎には無精髭があり、体格もしっかりとしたものだった。
 こんな人、里には居ない。
 一体この人はこんな所で何をしているのだろうか。自分の事は置いておきながら私は考えを巡らせ……しかし、同じように私の事を見ていた男が先に口を開いた。
「おやおや、これは」
「?」
「いや、今日はツイてるようだ」
 男は微笑みから、嬉しさを抑えきれぬ、といった風に笑い、
「――今夜の夕食に、人間の娘を喰えるとは」
「?!」
 男の言葉が頭に響く。そしてそれはある単語を導き出し、私は思わず叫んでいた。
「妖怪?!」
「正解だ」
 答える男の声を聞き終えるよりも早く、私は踵を返した。逃げ切れるとは思わないが、どうにか逃げ出そうとして、
「おっと、逃げるな逃げるな」
 楽しげな男の声と共に、私は左肩を強い力で掴まれていた。
 そのまま地面に引き倒され、
「痛ッ!!」
「すまないね」
 律儀に謝る妖怪を、涙が再び浮かび始めた目でにらみ返す。だが、次の瞬間には強く腕を掴まれ、
「嫌ぁ!!」
「少し細いが……まぁ、顔は良い。どれ、先に――」
 声と共に体が覆いかぶさってくる。逃げる事が出来ないという恐怖に私は強く目を瞑り……しかし、何も起きない。
 助かったのだろうか。
 薄く目を開け、自分がどんな状況にあるのかを確かめる。
 すると、
「――誰だ」
 男が、私ではなく左の方向に視線を向けていた。誰、という事は、誰かが現れたのだろうか。私は助けを求める為に、男と同じ方向へと視線を向け、
「その娘を放しなさい」
 そこに、闇の中でも鮮やかな、白と赤の服を着た少女が立っていた。
 博麗の巫女――私がそう思い至ると同時、私の体を跨ぎながら男が立ち上がり、
「俺はこれから楽しい夕飯なんだ。邪魔をしないでくれるか?」
「五月蝿い。私も早く帰って夕飯にしたいのよ」
「だったらここから立ち去れば良い。そうすればすぐに――」
 しかし、巫女は男を強い視線で睨み、その言葉を遮りながら、
「だから五月蝿い。アンタが消えればそれで良いの」
 言い、お払い棒を手にこちらへとゆっくりと歩き出す。
 だが、男は言葉を止めない。
「何処の誰だか知らないが、そんなに強情ならお前も――」
 その言葉は最後まで続かなかった。
 先程まで数メートル先に居た筈の巫女の体が一瞬にしてこちらへと迫り、男の体を吹き飛ばしたのだ。
 一瞬の出来事に理解が間に合わず、目を白黒させる私をよそに、巫女は平然と告げる。
「博麗の巫女の事ぐらい、覚えておきなさい」
 しかし巫女の視線は厳しいまま、私の右側を睨み続けている。何故、と思った私の耳に、
「は、ハハ! お前が噂に聞く巫女さんか! どうだ、お得意の弾幕ごっこでも――」
「何度も言わせないで」
 言って、巫女は懐から針と思われる物を取り出した。
 指の間に挟んだそれを、巫女は男へと軽く放る。だがそれは一瞬で目にも留まらぬ速さに加速し、男に突き刺さった。
 突然の攻撃に男が叫び声を上げる刹那、再び巫女は一瞬で男へと近付き、お払い棒を振り上げ、
「あと、何か勘違いしてるわね」
 叩き込む。
 瞬間、巫女の服から大量の札が舞い上がり、
「これはただの妖怪退治よ」
 言葉が終わると同時、札は男へと向かい降り注ぐ。本来なら紙であるそれは鋼鉄の硬さでも持っているのか、男の体を無慈悲に切り裂き、
「糞、が……!」
 最後にそんな言葉を残し、男は大量の札から逃げるように夜の森へと消えていった。
 その姿を見送り、巫女は小さく一息。
 そして、呆けたまま地面に横たわる私へと近付き、
「大丈夫?」
「は、はい……」
 それが、私と巫女との出会いだった。



1


 その日、霧雨・魔理沙が里に買い物に来たのは本当に偶然だった。丹を作る為の材料があと少しという所でなくなり、里に買出しに来たのである。
 だから、不意に耳に入ってきた怒鳴り声に近付いたのも偶然で、その声の主が見知った知り合い二人だったというのも偶然だった。
 そして口論を続ける当の二人はこちらに気付いていないのか、相手の事だけを見て言葉を続けていく。
「最近里の周りに出る妖怪の数が増えているんだ。それなのに、何故お前は手を貸してくれない?!」
「ここを勝手に護ってるのはアンタでしょ? それに、私だって最近はこの辺を多く見回るようにはしてるわよ」
「それでは根本的な解決にならないだろうが! 私が言いたいのは――」
「妖怪退治の為に力を貸せって言うんでしょ? でも、里の周りに居る妖怪は昔からこの辺りに住むものばかりよ。里の人間が数人襲われたからって、その生活まで奪えない」
「違う! 今回は今までと規模が違うと言っているだろう! 今まで里の者が襲われる事はあったが、今回はそのやり方が異常なんだ!」
「だからって幻想郷のバランスを崩してまで妖怪退治をしろと?」
「そうじゃない! その原因をだな――」
「いいえ、違わないわ。アンタが言ってるのは――」
「……あー、ちょっと良いか」
 物凄く割り込むのは躊躇われたが、一応勇気を出して割り込んだ
 き、とこちらへと向く上白沢・慧音の強い視線にたじろぎつつも、まぁまぁ落ち着け、と魔理沙は問い掛ける。
「一体、何があったんだ?」
 魔理沙の言葉に博麗・霊夢を一度見、しかし視線をこちらへと戻して慧音は言う。
「最近、里の者が妖怪に襲われる事件が多発しているんだ。今までもその被害はあったが、今回は頻度が違い過ぎていてな」
「違い過ぎる?」
 魔理沙の問い掛けに、慧音は、ああ、と苦い顔で頷き、
「被害があったと言っても、今までは里が襲われる事など滅多に無かった。だが、今は毎日のように誰かが襲われている。更に里の農作物を奪ったり、家屋を破壊するといった行為も頻発しているんだ」
 その言葉に頷き、魔理沙は里を見回した。壊れていたりしている家々が多いとは思っていたが、そんな理由があったとは。
 いつもならば五月蝿い程の子供達の声が聞こえないのも、恐らくは家の中から出ないようにさせているのだろう。
 魔理沙は慧音へと視線を戻し、
「それで?」
「犯人は森に住む妖怪だろうと予想は出来ている。だから私は――」
「私にその妖怪退治を頼もうとしてる訳でしょ?」
 と、霊夢が慧音の言葉に割り込んだ。
 だが、慧音は首を横に振り、霊夢を強い視線で見、
「違う! その原因を調べて欲しいと言っているんだ!」
 対する霊夢の声の温度は低く、
「結局変わらないじゃない。どの道被害を止めるにはその妖怪を退治するしかないんだから」
「そ、それは……」
 霊夢の言葉に、慧音が言いよどむ。
 それに追い討ちを掛けるように、霊夢は言葉を続ける。
「妖怪が人間を襲うのは当たり前の事よ。突然被害が大きくなったからアンタは動揺してるのかもしれないけど、別にこれは普通の事なのよ」
 霊夢の言葉に、慧音は言葉を返す事が出来なかった。
 その姿に霊夢は一息吐き、
「解った? それじゃ、私は帰るから」
 ひらひらと手を振り、霊夢はあっさりとこの場を立ち去った。
 空へと飛んでいくその姿を眺めつつ、しかし咄嗟に引き止められなかった自分を呪う
 なんとも嫌な空気が流れる中、魔理沙は慧音に視線を戻し、
「アイツも悪気がある訳じゃないんだが……」
「……いや、解っている。霊夢が言う事も、私が先走りすぎているという事も」
 そうか、と相槌を打ち……しかし、霊夢が去って行った方を強い視線で見続ける慧音に、
「あー……」
 少し考え、
「何か気になる事があるのか?」
 普段の慧音ならば、里の周りの異変は自分で解決している筈だ。しかしそれを行わない理由があるのだろうか。
 そう考えての問い掛けに、
「……ああ」
 慧音は静かに頷き、
「里の周りに妖怪は多いが、その中でも飛び抜けて強い力を持つ者が居てな。そいつは、己の力を保持していく為に定期的に人間を襲っていた」
 魔理沙へと視線を向けると、更に言葉を続ける。
「そいつは狼が人へと変化した妖怪だった。もう二百年以上を生きているらしく、人間と妖怪の関係があってこその幻想郷、というものを良く解っていた。彼は良く言っていたよ。『俺を殺すのはお前じゃない。里の人間だ』とな」
「……て事は、ソイツを退治してはいないのか」
 魔理沙の言葉に、無言で慧音が頷く。
 そこに葛藤はあっただろう。だが、慧音もこの幻想郷に生きる存在だ。その摂理に逆らってまで、その妖怪を退治する事は出来なかったのだろう 
 視線を森の方へと移し、慧音は続ける。
「だが、そいつはこんな風に里を襲う事は無かった。だから……無為に人間を襲う事をすれば、結果的に自分達の首を絞めるという事を一番解っているだろう彼が、まるで遊んでいるかのように里を襲うとは考えられなくてな」
「だから、霊夢にその原因を調べるように頼もうとした訳か」
「ああ。だが、結果はごらんの通りだ」
 少し視線を下げ、自嘲気味に慧音は言う。
 でも、と魔理沙は疑問を抱き、
「自分で調べに行けば良いだけの話じゃないのか?」
 問い掛けに慧音は首を横に振り、
「それが出来れば一番なんだが、この里の被害に便乗して、里に入ってくる他の獣や妖怪も増えてしまっていてな。その退治もあるから、私が長時間里を離れる訳にはいかないんだ」
「そうなのか……。あー、じゃあ、月の異変の時みたいに、里を見えなくするのは?」
「始めはそれを考えたが……長時間里を隠していれば、お前のように買い物に来た者も里に立ち入れなくなり、同時に、里の中から外への干渉も出来なくなってしまう。更には、里から出た瞬間に里の事が見つからなくなる、という現象が起きる。流石にそれは不味いから、私の力を使う事は出来ないんだ」
「そうか……」
 答えつつ、大変だな、と思う。
 思い……ふと考える。今手元にある材料さえ家に持ち帰れば、後はすぐに丹の製作を終わらせる事が出来る。
 ……そうすれば、私は暇だ。
 だから、
「なんなら、私がその妖怪へ話を聞いてこようか? 里にはたまに買い物に来るし、普段通りであったほうが良いからな」
 その言葉に慧音は顔を上げ、しかし躊躇いがちに、
「……頼めるか?」
「ああ。霊夢の言う事はもっともだが、何も調べないままで居るってのもアレだしな。この材料を家に持ち帰ったら、すぐに調べに……」
 と、その時、
「け、慧音先生!!」
 突然、若い男の声が聞こえて来た。
 慧音と二人、その声の方向へと視線を向けると、そこには慌てた表情の青年がこちらへと走って来ており、
「妖怪が、また妖怪が出たんだ!!」
「何?!」
 青年の言葉に、慧音が声を上げる。だが、魔理沙はその胸元に手に持った袋を押し付けると、
「――先に行ってるぜ」
 言って、青年の脇を通り過ぎながら走り、
「よッ、と」
 加速の付いた状態から箒を飛ばし、ぶら下がる形で空へ。
 帽子を落とさないようにしながら箒に跨り、
「行くぜ」
 加速した。

……

 一瞬で到達した里の外れには、畑の野菜を喰い荒らしている妖怪が二匹居た。
 他に何か獲物は無いのか、と低い唸り声を上げている妖怪達がこちらに気付くと同時、魔理沙は前方に魔方陣を展開し、
「恨むなよ、っと!」
 レーザーを打ち込む。
 咄嗟に妖怪達が逃げようとするが、その先を狙うように加速。直線の光はその退路を塞ぎ、呆気無く妖怪達を吹き飛ばした。
「……」
 箒の加速を緩めながら、吹き飛んだ妖怪達へと視線を送る。
 魔理沙の感覚で言うなら、今吹き飛ばした妖怪達は『ザコ』に分類される。この程度の妖怪は力が弱く、恐らくは大人数人で撃退する事も可能だろう。
 しかし、本来ならばそういった力の弱い妖怪は、ある程度成長し、妖怪としての力が高まるまでは人間をむやみに襲う事は無い筈だ。
 どんな妖怪でも、生まれたその瞬間から強い力を持っている訳ではないのだから。
「……まぁ、紫は違うんだろうが……」
 怪しく微笑む隙間妖怪の事を思い出しつつ、しかし魔理沙は思考を続ける。
 霊夢が言う通り、妖怪が人間を襲うのは普通の事だ。しかし、妖怪として生まれてすぐのモノまでもが里に現れて来ているとなると、何か怪しいというしかない。
 考える。
 もし自分が生まれたての妖怪だとして、まずはどうやって食料を手に入れるか。
 簡単な方法とすれば、森に育つ果物や野菜を喰う方法だ。別に人間を喰わなければ死ぬという訳ではない。
 そして次に、森に迷い込んだ人間を喰うという方法。ミスティアの事もあり、森に出る人間は少ないだろうが、ゼロでは無い。頻度は低くとも喰う事が出来るだろう。
 そう、本来ならばそれで食事は行える。
 だが、それをせず、何故自分達が倒される可能性が高い里にまでやって来るのか。
 例え里が襲われる回数が増えてきているからとはいえ、里には慧音が居るのだ。無謀だとしか言いようが無い。
 となれば、
「……むぅ」
 少々厄介な事になっているのかもしれない。
 と、そう思考に一区切りが付いた所で、
「大丈夫か?!」
 焦りの色を浮かべた慧音がこちらへとやって来るのが見えた。
「……まぁ、面倒臭い事にならなきゃ良いが」
 思わず呟きつつ、魔理沙は慧音の元へと箒を転回させた。


2


 里の外で巫女との出会いを果たした私は、その日から巫女という存在に憧れを抱くようになった。
 様々な妖怪が跋扈するこの幻想郷において、その上を行く力を持った巫女の存在が、私にはとても大きなものに見えたから。
「どうしたら、私もあんな風になれるのだろうか」
 私はいつもその事を考え、日々の生活を送っていた。
 そしてある日、いつものように虐められた私は、ふとある事に気が付いた。
 それは自分の弱さ。
 勝てないからと泣き出し、里の外へと逃げ出してしまう、弱さ。
「……」
 肉体的にも、精神的にも、私は弱い。
 このままでは……虐められて泣いているようでは、いつまで経ってもあの巫女様のようにはなれないだろう。
 ……だから。
 その日から私は、虐められても泣かないように、己を強く持つようにと自分を戒めた。
 更に、少しずつ体を鍛え、同年代の男にも負けない力を手に入れようとトレーニングを始めた。
 
 いつかきっと、巫女と共にこの幻想郷を護れるようになる為に。



3


 次の日。
 一度慧音の元に顔を出した後、魔理沙は人里に程近い森の中に入っていた。
 丹の製作以上に、里に妖怪が現れ出した事が気になってしまったからだ。
 夜の帳が落ち、妖怪が挙って動き出すこの時間。ぼんやりと光る月明かりと手に持った提灯を頼りにしながら、魔理沙は暗い森の中を歩いていく。
「しかし、まだこの辺は明るいんだな」
 昼夜を通して薄暗い魔法の森に住む魔理沙としては、月明かりが入り込むこの森の中は歩き易さを感じた。
「っと、向こうに抜けると紅魔館か……」
 踏み均された道の遠く、うっすらと人工的な灯りが見える。
 あの屋敷のお嬢様はもうお目覚めの時間だろうか。
 と、そんな事を考えながら、魔理沙は歩を道から外し、木々の間へと進めていく。
 道は無く、草花が自然に伸びているそこを奥へと進んで行き……ふと、灯りが見えた。
「……人魂か?」
 ともすれば幽霊でも居るのだろうか。そんな事を考えながら灯りへと近付くと、そこには、
「あれー、いらっしゃい」
「なんだ、お前の屋台か……」
 そこには、『八目鰻』と暖簾の掛かった屋台があった。
 まだ仕込み中なのか、包丁を持つ手を止め、ミスティア・ローレライが驚きを持って言う。
「どうしたの? まだ仕込み中だから、出せるものは無いんだけど……」
「あー、いや、そうじゃないんだ」
 そういえばコイツはこんな商売もしてたな、と思い出しつつ、魔理沙は苦笑を持ち、
「ちょっと調べてる事があってな。それで森を歩いてたら、ここに出たんだよ」
「そうだったんだ。でも、徒歩で調べ物なんて珍しいね。いつもなら、ほら」
 ミスティアは左手で魔理沙の手を指差し、
「その箒で空を飛びながら、なのに」
「ちょっと話を聞きたい奴が居るんだよ。でも、そいつの居場所が良く解らないから、こうやって徒歩でな。この森はそんなに広くないから、箒で飛んでると見える物も見逃す可能性もあるし」
 と、そこまで言って、
「って、そうだそうだ。ちょっと聞きたいんだが、最近里を襲ってる妖怪の事を何か知らないか?」
「里に?」
 言って、ミスティアは少し考え、
「それは解らないけど、最近になって変な事をしている妖怪が現れた、ってのは聞いた事があるよ」
「変な事?」
「なんでも、森の奥に住んでた妖怪達を仕切りたしたんだとか。もし人里を襲ってるとしたらソイツかもしれない」
「本当か?」
 思わぬ所で情報が手に入った。
 少々身を乗り出しながら聞く魔理沙にミスティアは頷き、しかし不思議そうな顔で、
「でも、変なんだよね。この森は紅魔館に近いし、里には慧音さんも居る。迂闊に騒げば退治されるって事ぐらい、すぐに解るのに」
 まぁ、聞いた話だから良く解らないけど、とミスティアは付け加え、なれた手つきで鰻をさばいていく。
 その様子を眺めつつ、
「となると、最近この辺に来た妖怪なのか……?」
 そうなれば、紅魔館の事も慧音の事も知らない、という事に納得はいく。 
 だが、紅魔館の存在はあの紅い霧の事件の時に知れ渡ったし、幻想郷に居る妖怪が知らないという事は無いだろう。
 更にあの事件は、『吸血鬼』という存在の力の強大さを見せしめたようなものだった。今もレミリアを畏怖する者は多くても、立ち向かおうという者は少ない。
 そしてそんな存在が住まう屋敷の近くで騒ぎを起こせばどうなるか、それは火を見るより明らかだろう。
 ……まぁ、実際にレミリアが動く事はないだろうが。
 しかし、『レミリア・スカーレット』という少女を知らない者にとっては、紅魔館ですら畏怖の対象になる筈だ。
 対し、小さな人里を護る慧音の知名度は低いかもしれない。だが、里を襲えば確実に彼女が迎撃に出てくるのだ。嫌でもその姿を覚える事になるだろう。
 となれば、新たにこの幻想郷にやって来た妖怪なのだろうか。しかし、そうだとすれば霊夢が絶対に気付いているハズだ。
「んー……」
 解らない。
 こうなったら、慧音の言っていた狼の妖怪と共に、直接その妖怪にも逢ってみるしかないだろう。
 魔理沙はそうと決めると、
「なぁ、その妖怪ってのはどのあたりに居るんだ?」
「んー、確かこの森の外れとか聞いたかな。山の麓に近いほうみたい。私はそっちにはそうそう行かないから、詳しい場所は解らないんだけど」
「解った。ちょっと行って来る」
 最後に、帰りに寄るぜ、と言い残し、魔理沙は再び森の奥へと歩き出した。

……

 段々と空気が変わり、薄気味悪さを増してきた森の中を魔理沙は一人歩いていく。
 この辺りは幽霊も多いのか、明らかに温度が低い。
 ……嫌な肌寒さだぜ。
 今更幽霊を恐ろしいと思う事は無い。だが、さっさと小町の所に行けば良いのにな、とは思う。
 そう思いながらも魔理沙は周囲の警戒は怠らず、しかし一歩ずつ森の奥へと進んでいく。
 だが、夜であり、更には道が解らない事から、その歩幅は自然ゆっくりなものになっていた。
 そして、ミスティアと別れてから一時間程経った頃。
「……ん?」
 前方に、開けた空間があった。
 疑問符を浮かべつつも、魔理沙は誘いこまれるようにその場所へと歩を進め、
「なんだ、ここ」
 開けた視界の先に現れたのは大きな焼け跡だった。
 恐らくは家でも建っていたのだろ。だが火事でもあったのか、今はもうその面影すら残っていない。
 良く他の木々に燃え移らなかったもんだ、と思いつつ、魔理沙はその焼け跡へと近付き……
「――」
 何か、強い妖気を感じた。
 次の瞬間、
「……おや、お客さんか」
 聞こえてきたのは、男の声。
 声に魔理沙が視線を向ければ、焼け跡の奥に拡がる木々からこちらへと顔を出してきている姿があった。
 しかし、その顔は夜の闇に紛れてしまい、窺い知る事は出来ない。
 ……だが、コイツで当たり、か?
 この程度の妖気を持っているのなら、恐らく慧音が言っていたのはこの男の事なのだろう。
 だが、ミスティアが言っていた妖怪である可能性もある。
 こちらへとある程度の距離を保ったまま近付いて来ようとしないその男に、魔理沙は注意深く、
「ちょっと聞きたい事があるんだが、良いか?」
「ああ。俺に解る事だったら」
 答える声に棘は無い。
 中々友好的そうだ、と魔理沙は思いつつ、
「あー、いや、でも一応聞いとこう」
 箒を手放し、軽く中に浮かせたまま、右手をスカートのポケットに入れ、
「アンタ、何の妖怪だ?」
 問う。
 この場所には慧音が言っていた狼の妖怪か、ミスティアが言っていた妖怪のどちらかが居る筈だ。この男がそのどちらなのかを確認する為の問い掛けに、
「……」
 相手は答えない。
「どうした?」
「……いや、妙な事を聞いてくると思ってね」
 笑いを含んだ声で答えると、相手はこちらへと一歩を踏み出してきた。
 それと同時に、四方の森の中から複数の気配が現れ、
 ……私を襲おうってか。
 か弱い女の子にする事じゃないぜ、と思いつつ、しかし魔理沙は言葉を投げる。
「ちょっとした興味だよ。で、アンタは何の妖怪なんだ?」
「……別に何の妖怪でも無い。俺は生まれた時から妖怪なんでね」
 言って、男が笑う。
 その顔は未だに解らない。だが、その笑い声に答えるかのように、魔理沙の周囲の気配はその量を増していた。恐らく、男はこちらを襲う気はあれど、話を聞くつもりはないのだろう。
 だが、直線的な戦い方をする魔理沙にとって、この状況は少々不味い。
 提灯を持った左手を箒に添えながら、
「そうなのか。それじゃあ、この森に住んでるっていう狼の妖怪は何処に居る? 私の用件はそいつにあるんだが」
「狼の妖怪? ああ、アイツか」
 言って、男が更に一歩を踏み出した。
 そして、うっすらとその顔が魔理沙の視界に入り、
「俺が殺した」
 瞬間、魔理沙は飛んでいた。
 提灯を男へと放り投げ、箒を上へと飛ばす。それと同タイミングで森からは魔理沙に向かい大小様々な妖怪が襲い掛かって来た。
 しかし遅い。
 上空高く舞い上がり、箒に跨る。同時にミニ八卦炉をポケットから出し、
「おや、逃げるのか」
「ッ!」
 同タイミングで空に上がって来たのか、視線の先には先程の男が居た。
 その口元には笑みが浮かび、
「今日の夕飯は久々に女を喰えると思ったんだが」
 言って、男がこちらへと加速する。
 高速で迫るその体を回避しながら、体勢を立て直す為に更に上昇。月を眺めながら反転し、魔理沙は男と向き合った。
 更には下方の妖怪達にも意識を向けながら、
「お前が里を襲った犯人か」
「さぁ、何の事だか」
 男はこちらをからかうように笑い、
「だがもしそうだとして……自力で飛べもしないお嬢さんに何が出来るっていうんだ?」
「お前を倒す事ぐらいなら」
「ハ! 面白い事を言う。――ならやってみせろ!」
 言葉と同時、男が魔理沙へと向かい再び体を飛ばして来た。
 美鈴より遅いな、などと思考の隅で考えながらも、ミニ八卦炉を正面に構える。倒すと断言した以上、一撃目から容赦するつもりは無い。
 腕を振り上げ、こちらの体を砕こうとせん男へと向け、
「マスター――?!」
 だが、詠唱は下方から止められた。
 下に居た妖怪達から、高速の勢いを持った弾幕が放たれたのだ。
 それは意識を前方に向けていた魔理沙に隙を生み出し、攻撃する為の動きは全て回避へと変換された。
 空いた片手で箒を操り、こちらへと迫る男の腕を何とか回避しながら距離を取り、下方から迫る弾幕をぎりぎりのところで回避していく。
 だが、迫る弾幕に途切れが無い訳ではない。
 弾幕の間に器用に体を潜り込ませながら、魔法を発動させる。
「スターダストレヴァリエ!」
 瞬間、箒の軌跡をなぞるように星々が生まれだし、迫る弾幕をその星屑で打ち砕いていく。
 更に魔理沙はその煌きを身に纏いながら、男へと向かい加速した。
 迫る魔理沙に男が目を見開き、しかし、
「上方注意だ」
「?!」
 次の瞬間、右腕に強い衝撃が来た。
 その衝撃により箒の軌道がずれ、魔理沙は男を避けるコースを取ってしまう。
 しかし、痛む腕を押さえながら、魔理沙の視線は、
「上?!」
 恐らくは弾幕を避けている間に上空へと飛んだのだろう。そこには数匹の妖怪が居り、魔理沙へと向かい弾幕を放ってきていた。
 だが、幸いにも傷は深くなく、ミニ八卦炉も手の中にある。
 しかし、一瞬でも意識が逸れてしまったという事実は、決定的な隙を生み出した。
「死ね」
 男の言葉に視線を戻すと同時、いつの間に近付いて来ていたのか、男の右腕が迫っていた。
 その腕で殴られれば、確実にこの細い体は砕けるだろう。
 しかし、魔理沙の心は恐怖に身を縮める前に、一つの単語を浮かばせた。
「?!」
 生まれるは光。
 瞬間、魔理沙を中心にして生まれたレーザーに男は吹っ飛ばされていた。
 当の魔理沙も一瞬何が起こったかを把握出来ず、しかし自分が生きている事を確認し、更に己を護るように回転するレーザーを見、
「努力が身を結んだ瞬間、だな」
 言い、しかし魔理沙は反撃の為に態勢を整えようとし、
「は、人間のくせに妙な術を使う」
 男の声に視線を向ければ、男は上空に居る妖怪の近くへと吹き飛んでいた。
 腹の部位が破れた服を脱ぎ捨てながら、男は魔理沙に言う。
「だが――!」
 言って、男が妖怪の一匹の足を掴んだ。
 そして、喚き散らす妖怪を無視し、その重さを感じないかのように振りかぶり、
「……おいおい、嘘だろ?」
 呟いた魔理沙の正面に、男が妖怪をふり投げた。
「無茶苦茶だぜ!」
 叫び、しかし直線で飛んでくるその妖怪を避ける。
 全く酷い事を、と思った次の瞬間、
「――?!」
 背後からの強い衝撃に、魔理沙は箒から吹き飛ばされていた。
 下方の妖怪達では無い。上空の男ではない。では、一体何処から、と思った思考に答えるように、
「後方注意だ」
 男の、笑みを持った声を聞く。
 男が放った妖怪は、元々魔理沙を後方から攻撃するつもりだったのだろう。つまりは、喚く妖怪の姿に魔理沙は騙されたのだ。
「く、そ!」
 だが、このまま墜落し、男の夕飯になるつもりは無い。
 その強い思いを胸に、魔理沙は痛む体を無理矢理動かし、男へと向け、
「マスタースパークッ!!」
 一撃を、ぶち込んだ。  
    
……

 落ちる。
 男にマスタースパークが当たったのかは解らない。
 だが同時に、追撃があるのかどうかも解らない。
 それでも何とか状況を確認しようとし、開いた瞳に、
「――」
 普段は見慣れぬ紅い屋敷の裏門側と、
「全く、何をやっているのかしらね」
 腰に手を当て、呆れた風に言う吸血鬼の姿があった。


――――――――――――――――――――――――――――


 気を失ったらしい魔理沙を抱きとめると、レミリア・スカーレットは一つ溜め息を吐いた。
 食後の紅茶を飲んでいたら、マスタースパークの光が見え、
 ……魔理沙が落ちてくるんだからねぇ。
 自慢の箒をどうしたのかは解らないが、怪我をしているようだし、
「紅魔館に……ん?」
 つ、と顔を上げれば、こちらへと視線を向ける影がいくつかあった。
 その視線の色は敵対色。
「……私も嘗められたものね」
 溜め息と共に言い、レミリアは魔理沙を中に離した。
 刹那、
「――」
 こちらを見る者達へと加速。
 瞬きの間に近付けば、相手は見た事の無い顔ぶれ。恐らくはまだこの幻想郷の事を良く解っていない妖怪達なのだろう。
 彼等が驚きの表情を浮かべる間も無く、レミリアはその首を跳ね飛ばし、再び戻ると魔理沙を抱きとめる。
 と、
「お嬢様、どうなさいました?!」
 下方から、焦りを持った従者の声が聞こえてきた。
 遅い、という思いと共に、レミリアは三度目の溜め息を吐いた。


4


 体を鍛え始めてから一ヶ月が経とうという頃。
 久々に巫女と再会した私は、巫女から思いもよらない一言を告げられる事となった。
「……多分、貴方は自力で空を飛べるわ」
 空を飛ぶ。
 それは今で挑戦した事が無かった事で、更には考えた事も無かった事だった。
 だが、巫女様に言われた、という事もあり、私はその日から空を飛ぶ練習を始めた。
 何度も何度も失敗を繰り返し、しかし少しずつ私はその力を手に入れていった。
 そしてそれを切っ掛けにして、私の力は飛躍的に伸び始めた。
 自分自身の力に自信を持てるようになった私は、定期的に顔を見せてくれるようになった巫女に、
「あの……私もいつか、巫女様と一緒に幻想郷を護れるようになりたいんです。だから……」
「……解った」
 彼女は微笑み、
「私が、貴女に力の使い方を教えてあげる」
 そうして、私は巫女に様々な事を教えてもらう事になった。
 一つ一つ、巫女のアドバイスを受けながら、空を飛び、弾幕を生み出す方法を知り、スペルカードを創り上げた。
 何も考えず盲目に。
 ただ、彼女の隣に立ちたくて。

……

 だから私は知らなかった。
 人間の身でありながら、自在に空を飛び、弾幕を生み出す事が出来るその理由を。
 この体の中にある、力の源を。

……

 その日、満月の晩。
「……」
 私は始めて、自分が妖怪だったという事を知った。

  

5

 
 次の日。
 空に消えたマスタースパークの光と、帰って来ない魔理沙の姿に不安を高めていた慧音の元に表れたのは、紅魔館のメイド長だった。
「魔理沙から伝言を預かってきたわ」
「伝言?」
 そう聞き返す慧音に頷きながら、十六夜・咲夜は説明を始めた。
 森の奥に居た大量の妖怪達。それを率いていると思われる男。そして、
「魔理沙の具合は大丈夫なのか?」
 思わず出た問い掛けに咲夜は頷き、
「それは大丈夫。二、三日もあれば動けるようになるわ」
「なら良かった……」
 だが、魔理沙に怪我をさせてしまったのは慧音の責任でもある。
「……」
 今更になって考えてみれば、次の満月まであと一週間程。魔理沙に頼まなくとも、自分の力で原因を探る事ぐらいは出来た。
 霊夢の言葉通りだ。頻度高く里が襲われているという事実に動揺し、冷静な判断を失ってしまっていたのだろう。
 魔理沙の怪我が軽傷だったから良いものの、これで重症だった時には……
「私は一体、何をやっているんだ……」
 不甲斐無さに苛立ちが増す。
 そんな慧音の気持ちに気付いているのかいないのか、咲夜が質問を投げ掛けてきた。
「ところで、この里の有様はなんなの?」
「――それは……」
 そして、慧音は咲夜に里で起こっている事を説明していく。
「……それで、魔理沙に調査を頼んだんだ」
「そうだったの。でも、魔理沙が負けるくらいなんだから、相手の妖怪は相当の力を持ってるんでしょうし……これなら霊夢も動くんじゃないかしら?」
「いや、例え相手が力の強い妖怪だからといって、そいつが行っているのは幻想郷の摂理だ。それを無視してまで倒して良い理由にはならないだろう。霊夢ならそう言う筈だ」
 だが、
「里の被害は収まる気配もないし、魔理沙にも怪我をさせてしまった。この責任は取らせないといけない」
「どうやって?」
「……私が直接出向いて、そいつを懲らしめてくる」
「でも、里に守人が居なくなるのは危険じゃないの?」
「魔理沙の伝言から、大まかな居場所は解った。もしそこに居なければ、すぐに里に戻ってくるさ。最悪、次の満月まで耐えれば全てが解る」
「……私は仕事があるから手伝えないわよ?」
「解っているさ」
 あのお嬢様が主だからな、と思いつつも、慧音は里を見回し、
「この連日の事件で、里の皆の意識も少し変わりつつある。もし私が不在の間に妖怪に襲われても、ただ襲われるだけ、という事態にはならない筈だ。……まぁ、そうなる前に戻ってくるつもりではあるがな」
 慧音の言葉に、そう、と咲夜は頷き、
「因みに、いつ頃森に入るつもりなの?」
 咲夜の問いに一瞬考え、しかし慧音はすぐに口を開いた。
「準備が終わり次第、すぐに向かおうと思う。早いに越した事はないからな」 


6


 巫女様は言う。
「騙していた訳ではないんだけどね。貴女が体を鍛え始めたあたりから、妖怪の力が顔を出し始めていたのを感じていたのよ。このまま放っておけば、力の使い方が解らずに混乱し、里に害成す存在になってしまう可能性があった。だから私は、貴女に力の使い方を教えたの。それに、一緒に幻想郷を護りたいって言ってくれた時は、正直嬉しかったから」
 儚く微笑み、しかし、
「だから、私は貴女を退治したくは無い。そうならない為に、今まで一緒に頑張ってきたんだから」
「……」
「……一つ、質問」
 巫女様は言う。
「貴女は今も、私と共に幻想郷を護りたいって言ってくれる?」


……


 そうして私は、人間を護る為に戦う事を決めた。
 元より妖怪には良いイメージが無かった事もあり、私は人里を護る守人となった。
 人妖関係なく、この幻想郷を護る巫女様は、そんな私の考えに苦笑しながらも認めてくれた。
 そしてそんな巫女の紹介もあり、私は里の皆に『守人』としてすんなりと受け入れられた。
 恐らくは畏怖もあっただろう。今まで迫害していた娘が、妖怪のそれと同じ力を持ち、里を無償で護ろうというのだから。
 だが、私はそんな里の皆の気持ちなど考える事は無かった。
 ただ巫女の役に立ちたくて、日々里を護り続けた。

 そんな生活が一ヶ月以上経った頃、初めて私に感謝と謝辞を述べた者が現れた。
 意外な事に、それは長の息子だった。
 彼は今まで私に行ってきた事の全てを詫び、皆の見ている前で土下座までしてみせた。
 そして彼は、里の代表として私に告げた。
 この里を護ってくれ、と。
 現金だな、と正直思った。だが、自然と怒りは湧かなかった。
 この幻想郷では力の無い人間は喰われるだけ、という事を、私自身良く知っていたから。
 だから、私は告げた。
「私は自分の意思でこの里を護る。頼み込むような事じゃ無い」
 この時の私は、自然に微笑む事が出来ていた。
 そしてこれは、私の心のあり方が変わった瞬間だった。

…… 
 
 そして私は、様々な事を学び出した。
 己の能力を生かし、この幻想郷の全てを知っていこうと考えたのだ。
 そしてそれを人々に教え、伝えさせていこうと。
 巫女様には護れない、この幻想郷の『記憶』をも護っていく為に。

 

7


 里の皆に事情を説明し、準備を整え……慧音は森の中を歩いていた。
 空を飛んでいく事も考えたが、森に潜む妖怪の数も多いという魔理沙の伝言から、歩いて行く事を選択していた。相手の場所が解らない上空で攻撃されたら、すぐに反撃する事が出来ないからだ。
 普段子供達と果物を採りに来る事もあり、森の内部は見慣れたもの。だが、やはり焦りがあるのか、自然とその歩くペースは早くなってしまっていた。
「……」
 無言のまま、慧音は森の奥へと進んでいく。

……
 
 普段はあまり立ち寄らない森の奥。そこへ足を踏み入れた慧音が感じたのは、違和感だった。
 何か、不吉な空気に満ちているのだ。
 過去にこの場所にまで入った時には、ここまで禍々しい空気をしてはいなかった。むしろ、今は無き古の時代の空気が残っていた程だ。
「これも全て、魔理沙を襲った妖怪のせいか……」
 嫌になる。古いものが新しいもので変化させれらていく事を否定するつもりは無いが、この空気の変化は受け入れる事が出来なかった。
 それに、
「ここは妹紅が昔住んでいた所でもあるからな……」
 今は竹林の奥に住んでいるが、彼女は昔この辺りに住んでいたらしい。
 妹紅曰く、
「この辺には鬼も居たのよ」
 だからこそ、この場所の空気は古の時代の色を持っていたのだろう。
 しかし、空気は風が入ればすぐに換気される。例えその風がどんなものでも、留まり続けている事は出来ないのだ。
 そんな事を考えながら、慧音は薄暗い森を更に奥へと進んでいく。
 だが、もう夕刻に近い。
 長い月日を生きる木々達は、その手で日光を遮ってしまう。ただでさえ暗い森の中は、その暗さを更に増してきていた。
 そしてそんな森の中は、
「……隠れるには打って付け、か」
 少しずつ、しかし確実に、慧音を取り囲むようにしながら近付いて来ている影があった。
 それは森の奥に進むにつれてその数を増し、距離を詰めて来る。
 予想以上に数が多い。もしこの数が一斉に里へと襲い掛かってきたら、里の人間は一晩で喰い尽くされる事になるだろう。
「だが……!」
 それを行わせる訳にはいかない。思いを声に、慧音は自ら影へと向かい加速した。
 こちらから仕掛けてくるとは思って居なかったのだろうか。一瞬動きが止まる影――妖怪達へと向かい、弾幕を放っていく。
 同時に魔方陣を周囲に展開させ、
「三種の神器――鏡」
 スペルカードを宣言する。
 魔方陣は慧音を取り囲む妖怪達へと向かいながら弾幕を発生させ、更に反転し、四方へと舞いながら妖怪達を切り刻んでいく。
「お前達の親玉は何処だ?!」
 叫びながら、しかし攻撃の手は緩めない。
 広範囲に弾幕をばら撒きながら、慧音は更に森の奥へと突き進んでいく。
 だが、
「?!」
 前方に拡がる木々の数本が、こちらへと向かい折れ倒れて来た。
 軌道を読む為に視線を上げれば、木の先端には妖怪が数匹居り、
 ……重りという訳か……!
 予想の倍以上のスピードで迫る大木二本を、左へと大きく進路を逸らす事で回避し、更に倒れてくる木々に対しては、
「ッ!」
 渾身の力を籠めた拳で無理矢理軌道を逸らした。
 しかし次の瞬間、木々の重りとなっていた妖怪達がこちらへと向かい弾幕を放って来た。
 高速で迫るそれを踊るようにしながら回避。翻るスカートの端が弾幕に引き裂かれるが、今は気にしてもいられない。弾幕の間を縫いながら妖怪へと距離を詰め、その胴体へ拳を打ち込む。
 強い打撃に吹き飛ぶ妖怪の姿を見届ける間も無く、すぐ隣に立つ妖怪へとゼロ距離で弾幕を浴びせ、その後ろに居た妖怪共々森の奥へと吹き飛ばした。
 更に体を加速させる事で追撃を防ぎ、慧音は攻撃を続けていく。
「――ッ!!」
 次々と現れる妖怪に対し、弾幕を放ち、スペルを読み上げ、拳を振るい、蹴りを放つ。
 一匹、また一匹と、慧音は妖怪達を打ち倒していく。
 だが、妖怪達の攻撃は衰えをみせない。確実に数を減らしてはいるものの、その絶対数が多すぎるのだ。
 そしてそれは、少しずつ、しかし確実に慧音の体と心を疲弊させて行く。
「それでも……」
 声と同時に、魔方陣を展開させ、
「それでも私は……!」
 叫びと共に、残り少ないスペルカードを宣言する。
「高天原ッ!!」
 それは天上を意味するスペル。
 だが、木々に防がれた天の上。

 夜に閉ざされたそこに、神の国の姿は見えない。


8


 ある暗い森の中、私は戦っていた。
 敵は未だ多数。しかし味方となる者は誰一人も居ない
 もう森に入ってどの程度経っただろうか。
 連戦続きで力が入らない。
 もう駄目かもしれない、と私が諦めかけたその時、目の前に現れた人影があった。
 それは見覚えのある姿。
 だから私は、その人影の名を呼んだ。
「――」
 そしてその人影、巫女がこちらへと振り返り―― 



9


 ある暗い森の中、慧音は戦っていた。
 敵は未だ多数。しかし味方となる者は誰一人も居ない
 もう森に入ってどの程度経っただろうか。
 連戦続きで力が入らない。
 もう駄目かもしれない、と慧音が諦めかけたその時、目の前に現れた人影があった。
 それは見覚えのある姿。
 だから慧音は、その人影の名を呼んだ。
「――」
 そしてその人影、巫女がこちらへと振り返り―― 

「私は霊夢よ。……それは先代の名前」
 その言葉に慧音が反応するより早く、霊夢が飛んだ。
 一瞬のうちに展開される弾幕は針と札。
 ある種の法則を持って開かれるそれは妖怪達を包み込み、そして、
「――散」
 世界が光に包まれた。

……

「ん……」
 気を失っていたのだろうか。ゆっくりと重い瞼を開くと、何故かそこには見慣れた自宅の天井があった。
 ぼんやりとした頭の中、何かおかしい、という思いがある。
 だが、その思いに思考が行き着く前に、慧音の顔を覗き込んでくる少女の顔があった。
 それは遠い日に居なくなった巫女に似て……しかし、彼女の名は、
「れい、む……」
「起きた? 全く、無茶するわね」
 呆れの色を持って霊夢が言い、そして事の経緯を話し始めた。
「神社に来たレミリアから魔理沙の話を聞いて、流石に何かおかしいかな、って思ってね。一応確認する為に来てみれば、アンタが妖怪に囲まれてるんだもの。ビックリしたわ」
「すまない、迷惑を掛けた……」
 言って、慧音は痛む体を無視して上体を起こした。
「大丈夫?」
「ああ、恐らくな」
 聞いてくる霊夢に答え、布団を剥ぎ、痛む箇所に視線を落とし、
「……これは、お前が手当てをしてくれたのか?」
「応急処置ぐらいだけどね。でも、一応アンタは人間でもあるんだから、後でちゃんと医者に行った方が良いわ」
「……お前には、頭が下がる……」
 言って、包帯の巻かれた体を一通り確認する。切り傷や打身は多いものの、骨折などは無さそうだ。
 そして再び布団を掛けながら、慧音は茶を飲んでいる霊夢へと問い掛けた。
「あの妖怪達はどうなったんだ?」
「私が退治しといたわ。元より、あれは私の仕事になる筈だったみたいだから」
「……どういう事だ?」
 慧音の問いに、霊夢は眉を下げ、
「私は、里の人間が増えてきているから、それに連動して里が襲われる回数が増えているものだと考えてた。でも、実際にはその逆で、森に住む妖怪の数が増えていたの。けど、その妖怪達は妖気もまだ小さい小物ばかりだったから、気付く事が出来なかった」
 そして、と霊夢は続け、
「森に住む妖怪の絶対数が増えたから、今度は食糧不足が起き始めた。その結果、危険を冒してまで里に現れる妖怪が増えていたみたい。でも……」
「でも?」
「ああやって一斉にアンタに襲い掛かって来たって事は、誰かが指示を出してる可能性がある。ソイツを倒さない限り、根本的な解決にはならないでしょうね」
「そう、か」
 霊夢の言葉に、魔理沙の伝言の中にあった『妖怪を率いている男』というのを思い出す。恐らくその男がこの事件の黒幕なのだろう。
 と、そんな慧音の思考を遮るように、
「ごめん、この責任は必ず取るわ」
 茶を置き、頭を下げてから、慧音の視線を受け止めつつ霊夢が言う。
 だが、慧音はそんな霊夢に小さく首を振り、
「……いや、大丈夫だ。その代わり――」
 ある事を、慧音は告げた。


10
 
 
 そして私は――上白沢・慧音は、博麗の血を持つ者と共に妖怪退治に出かけた。
 過去に果たせなかった願いを、叶える為に。


11
 

 痛む体を無視しながら、霊夢と共に夜の森を歩いていく。
 今夜が満月ならば、この体の傷もすぐに癒えただろう。だが、今の自分は人間であり、
「……」
 苦笑が漏れる。
 妖怪の事を快く思っていない事を棚に上げ、こんな時にだけ妖怪の体を求めるのは都合が良すぎるだろう。
 小さく首を振ってその思考を飛ばしていると、霊夢から声が掛かった。
「でも良かったの? 里が襲われる可能性はまだ残っているのに」
「さっきの戦闘で大半の妖怪は退治出来た。なら、このまま一気に黒幕を倒し、今日中に全てを終わらせてしまった方が良いだろう」
「まぁ、そうね。……でも、アンタは本調子じゃないんだから、無茶はしないでよね」
「ああ、解っている」
 頷きを返し、森の奥へと視線を向ける。
 数時間前までここで戦っていた事を思い出しながらいると、前方から歩いてくる影があった。
 その影は夜の闇を気にする事もなくこちらへと姿を現し、
「誰だ、お前等……」
 慧音が持つ提灯の光に照らされたその姿は隻腕。長い髪を後ろに縛り、無精髭を生やし、長身の体は体格が良い。
 そしてそんな妖怪の姿を、慧音は良く覚えていた。
「貴、様……!」
 だが、相手は慧音の事など覚えていないのか、不機嫌そうに顔を歪め、
「なんだ、俺の事を知っているのか? 俺も有名に――」
「アンタを退治しに来てやったわよ」
 男の言葉を遮るように、霊夢の言葉が森に響いた。
 だが、男は笑い、
「この俺を退治だ? 寝言も大概に――」
「そうね」
 次の瞬間、慧音の隣に居た筈の霊夢の姿が消えた。そしてその姿を探す間も無く、数メートル先に居た男の正面に霊夢が現れ、
「寝言は寝て言いなさい」
 いつの間にか構えたお払い棒で、男を吹き飛ばした。
 その一瞬の芸当が過去のものと被り……しかし慧音は提灯を地に置き、足に力を籠めると、吹き飛んだ男へと向かい加速し、
「ッ!」
 痛む体を無視して弾幕を放つ。
 男の妖気は、過去に遭遇した時よりも格段に上がっていた。『彼』を殺したというのも事実なのだろう。
 だが、
「GHQクライシス!」
 今にして思えば、この男の存在があったからこそ、慧音は今、里を護っているのだろう。
 霊夢と共に、戦っているのだろう。
 ……皮肉なものだ。
 自然、口元に笑みが浮かぶ。
 まるで己を嘲笑うかのように。
 と、そんな慧音の攻撃に追撃するように、後方から大量の札が飛んで来た。それは神速の勢いを持って男に迫り、体に突き刺さっていく。
 男は木々に体を打ちつけながら慧音と霊夢の弾幕を受け、しかし、
「利かねぇ利かねぇ!!」
 言葉と共に無理矢理体を止めると、男は地を蹴り、慧音へと向かい加速して来た。
 弾幕を生み出してくるでもない、直線的な攻撃。しかし、
「妖怪が?!」
 夜に閉ざされた森の中、こちらへと襲い掛かってくる影が複数あった。
 そしてそれらは慧音と霊夢へと向かい弾幕をばら撒き、その動きを阻害する。
「何故私達の邪魔をする!?」
 夜を切り裂いて迫る弾幕を回避し、男の拳を痛む両腕でガードしながら、慧音は叫んだ。
 だが、答えは正面、男から来た。
「何故? それは俺が生まれたばかりのコイツ等の管理を始めたからだ」
「管理、だと?」
 間合いを取る為に一歩下がった男を追い、その体へと弾幕を放ちつつ、
「何を考えているんだ、貴様は!」
「最近は妖怪が増えてきたからな。このままじゃすぐに食い物が底を付く。だから、俺がその食料を分担してやったのさ」
 言って、男は慧音の弾幕を避けながら再度拳を振るって来た。それを体を捻るようにしながら回避し、しかし、
「ッ!」
 足に痛みが走り、体勢が崩れた。
 何故、と思い咄嗟に視線を下げれば、妖怪の弾幕の一つが足を掠って行ったのが解った。回避しきったと思っていたが、予想以上に弾の軌道がズレていたらしい。 
 そしてその動きの停止は、決定的な隙を生み出し、
「らぁッ!」
 男の声と共に、豪速のボディブローが叩き込まれた。
 人間には出せぬ力を乗せたその拳は慧音の腹を打ち、しかし突き抜ける打撃は慧音を思い切り吹き飛ばした。
 後方にある木に叩きつけられ、しかし、腹と背の衝撃に息が出来なくなる。
 何とか肺を動かそうとしても、上手く動いてくれず、痛みと苦しみに慧音は木の根に倒れこんだ。
 そしてその様子を楽しむかのように、男の声が落ちてくる。
「それでも足りない分は里にまで行って奪ってたようだがな。躾の足りない奴等だ。……まぁ、里の襲い方を教えたのは俺だがな」
 つまり、全ての根源はこの男にあったという事だ。
 そしてそれを知らぬ魔理沙は妖怪達とこの男に襲われ、怪我をする事になった。恐らく男が隻腕なのは、魔理沙のマスタースパークを受けたからなのだろう。
 だが、そんな傷を受けてまでも慧音達に襲い掛かってくる理由は何なのだろうか。痛みと苦しみの中で慧音はそんな事を思い、だがその答えは男から来た。
「ったく、このまま奴等を管理していけば、俺は何もしなくても生きていけるようになる筈だったのに……お前等のせいで!」
 男の声に怒気が灯る。
 しかし、
「……ハ」
 思わず、苦笑に顔が歪んだ。
 この幻想郷は平和で退屈な場所だ。それは楽園と呼べる程に。
 だが、そんな中でも皆、一生懸命に生きている。一部の妖怪はどうかは知らないが、里の人間達は確実にそうだ。
 そんな中で、ただ食料を得るという、生きて行く為に一番重要で一番大変な事を、男は他人に負担させようとしているのだ。
 ……呆れるな。
 自堕落にも程がある。こんな男のせいで里が……罪の無い人々が襲われ、ただ飢えを凌ぎたかっただけの妖怪が倒される事になったのか。
 そして、
 ……私は、こんな男に喰われそうになったのか。
 怒りが湧き上がり、そして同時に虚しさが高まった。どうして自分がこんな男を相手にしなければならないのか、という思いが、体から力を奪っていく。
 だが、こんな男に負けるような事など認める訳にはいかず、慧音は何とか息を吸い、痛む体を起こそうとし、
「これで最後だ」
 そう、頭上から男の声が聞こえて来た。
 だが、その体が攻撃を行うよりも早く、
「そこまでよ」
 森の中に響く声が来た。
 霞んだ視線を上げれば、そこには巫女が居た。
 気付けば辺りを飛んでいた弾幕も止んでおり……恐らくは彼女が妖怪達を倒したのだろう。
 そして、男が巫女に向かって何かを叫んだ。
 しかし、
「――二重結界」
 その言葉が慧音の耳に届く前に、世界が一変した。
 男を中心にして世界が反転し、二つの陣が展開する。そしてそれは八芒星を描くように動き、次の瞬間、
「――!!」
 結界が閉じると共に、男の姿は消滅した。

……

 再び静寂が訪れた夜の森の中、巫女は地面に横たわる慧音へと近付き、
「大丈夫?」
「は、はい……」
 あの時と同じように、慧音は答えていた。
  

12


 五日後。
 家々を建て直す音と、子供達が遊ぶ音が喧しく響く里の中を魔理沙は歩いていた。
 森に落としてきていた箒をやっとの事で探し出し、一休みする為に立ち寄ったのである。
 と、屋根瓦を並べている家を見上げる慧音の姿が見え、魔理沙は、よう、と声を掛け、
「霊夢から色々聞いたぜ。傷はもう大丈夫なのか?」
 問い掛けにこちらへと視線を向けた慧音は、情けなさそうに苦笑し、
「ああ、大丈夫だ。まだ痛む箇所はあるが、満月の晩が来ればそれもすぐに完治する。そんな事より、お前の方こそ体は大丈夫なのか?」
「この通り、ピンピンしてるぜ」
 言って、笑う。だが、慧音は眉を落とし、
「すまない。見舞いに行ってやる事も出来なくて……」
「良いって。お互い怪我をしてたんだし、気にする事じゃないさ。それに、どうせお前さんの事だから、動けるようになったらすぐに家々の修理を手伝いだしたんだろう?」
 無言で慧音が頷く。その姿に笑みを強め、
「それに、この怪我は私が油断してたのが悪いんだからさ」 
 だが、
「霊夢の話じゃ、そっちも追い込まれたらしいじゃないか」
「ああ、不覚にもな。だが、巫女様にはやはり敵わんな」
 苦笑と共に言う慧音に、そうか、と頷き、しかし、
「巫女……様?」
 聞き返す魔理沙に、慧音は恥ずかしそうに笑い、
「あー、いや、気にするな。昔の癖でな」
「昔……つまり、霊夢の先代さんか?」
 ああ、と頷く慧音に、
「どんな人だったんだ?」
 思わず魔理沙は問い掛けていた。
 霊夢と同年代の魔理沙にとって、先代の巫女についての知識は全く無い。それどころか、今までその存在を考えた事も無かった。
 慧音は魔理沙の言葉に頷くと、
「そうだな、彼女は――」
 そう、ゆっくりと話し始めた。

――――――――――――――――――――――――――――

 今はもう居ない巫女の事を、慧音は魔理沙に話していく。
 一つ一つ、彼女との記憶を思い出しながら、丁寧に。
 そしてふと気付く。
 幻想郷の歴史ではない、自分自身の歴史を他人に語るのは、珍しい事だという事に。
 だが、まだ短い時しか生きていない自分に、そこまでの歴史は無い。
 それでも、その歴史一つ一つは、慧音の中ではとても大切で、掛け替えのないもの達だった。
 そんな自分だけの歴史を、慧音は丁寧に語っていく。



 私の歴史を、語っていく。










end

 

 忘れない。
 ずっと、ずっと。 


 絶対に。
宵闇むつき
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コメント



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3.80翔菜削除
ミスリードを狙ってなのか、それとも自分が鈍かっただけなのか。
それはよくわかりませんが。最初は霊夢の話だろうか、などと思っていました。

慧音に、人間に、妖怪に、そして何より幻想郷に、幸あれ。

4.80世界爺削除
そして、幻想郷の歴史がまた1ページ。

慧音が自分の歴史を語る様にじんわり来ました。
5.80名前が無い程度の能力削除
誤字だと思われる部分があったので↓、
不在の間に妖怪に襲われても、ただ(教わ)れるだけ
10.90MIM.E削除
大きいものが大きく、そして緊張感を損なっていない幻想郷の描かれ方がとても上手いと感じました。
一つ一つの場面でドキドキしたりワクワクしたりと一喜一憂させられました。
16.100a削除
こ~いうの大好き
17.無評価名前が無い程度の能力削除
誤変換に気づいたので報告しておきます。
1 自分自身の力に「自身」を持てるようになった
2 不在の間に妖怪に襲われても、ただ「教わ」れるだけ
22.無評価宵闇むつき削除
誤字を修正しました。
ご指摘、ご感想、ありがとうございます。
36.90名前が無い程度の能力削除
こういう、すっきりまとまってる話が好きです。

8→9への流れには思わずニヤリ。こういう演出も大好きです。
57.90さいぷれ削除
脳内アニメーションが展開された。アニメ化希望!

冗談はさておき、慧音さんサイコーでした。
89.100名前が無い程度の能力削除
これはいい物語
94.90名前が無い程度の能力削除
良い。