はふぅ、と息を吐きながら霊夢は全身の力を抜いた。
手に持っている湯のみにはいつもの出涸らしではなく香霖堂から今日もらって、もとい奪ってきた新しいお茶の葉でいれた物。いつもであればかなりの時間をかけないとある程度満足の出来る味にならないのだけれど今日はそんな心配もいらないのだ。
いや、霊夢にとってはのんびりとできるならどんな時間でも構わないのかも知れないのだけれど。
来ればいつも誰かがいるといわれている、ここ博麗神社も今日は珍しく一人の客も訪れていなかった。とはいっても霊夢にとって見ては誰が居ようと誰がいまいとあまり変わりがない。むしろ、のんびりしたいといつも思っている霊夢にとっては一人で居られる方が嬉しいのかもしれない。
一口お茶を飲み、再びはふぅ、と霊夢は息を吐く。
今の季節は秋と冬の境目。
このぐらいの季節は楽でいいなぁ、と霊夢は思っている。
春は桜があるせいでやれ花見だ宴会だと忙しいし、少し経つと花びらが散って掃除がとても大変になってしまう。夏は夏で雑草が伸び放題。放っておくと神社全体が草で覆われてしまうのである程度まではむしったりしないといけない。勿論月見と称した宴会もあるし。秋になると今度は紅葉をネタにした宴会や、色づいた落ち葉を片付けるので忙殺されてしまう。冬は冬で寒いから縁側でのんびりしているというわけにもいかないし、雪が降れば雪下ろしをしなくてはいけない。放っておいて屋根が抜けたりしたら目も当てられない事になるだろうし。
だから、今ぐらいの季節と季節のスキマが霊夢にとっては大切な時間。
落ち葉の掃除もやっと終わり、葉の無い木々を眺めながら縁側でのんびりと座っているのがこの頃の日課。特に何かしら事件も起きないので何かやらなければいけないことがある訳でも無いし、普通の妖怪が活動するとしてもそれは夜。
つまり、霊夢は暇なのだ。昼間はこうしてのんびりと日がな一日過ごすことが出来るのも何もしなければいけない事が無いから。別に部屋の掃除なんてしなくても何が起きるというわけでは無いのだし。
風が吹いて、霊夢の髪を軽く揺らした。葉の無い木々は音を立てることも風を防ぐ役割も果たす事は無い。冷たい北風が横顔に当たるのを湯飲みを持った左手で遮る。
「もうすぐ雪、かぁ」
はあ、めんどくさい。という意思がありありと表れた表情で溜息をつく。
「雪なんて降らなければ楽でいいのにね。何ていったかしら、あの冬の……」
「レティ・ホワイトロックか?」
「……良く覚えてるわね。一年も前の事なのに」
「いや、それぐらい当たり前だと思うんだが。他人の名前を忘れるのはマナー違反だぜ?」
「人じゃないからいいのよ……はぁ。少し寒いぐらいの方がお茶がおいしくていいわね」
「そうか。じゃあ私にも一杯もらえると嬉しいんだが」
「って、いつからいたのよ?」
心の底からびっくりしたような表情を見せる霊夢に呆れた様子で魔理沙が顔を向ける。
「本気で言ってるのか、それ」
「……うるさいわね」
ふん、と顔を背けながらも律儀にお茶を用意する所が霊夢らしいといえば霊夢らしいのだろうか。
熱いお湯を急須の中に注ぎこみ、少し待ってから湯のみへと移す。霊夢が一度使ったお茶の葉を使っているのは抗議の意思の表れだろうか。只単にいつもの癖でやってしまったと言って見ればそんな気もするのだけれど。
「ほら、これ飲んだらさっさと帰りなさいよ。わたしはのんびりしなくちゃいけないんだから。」
「別に私がここにいてもいなくても霊夢はのんびりしてるじゃないか。というよりも、その言葉の使い方何かおかしくないか?」
「別にどうだっていいじゃないそんなの。意味が伝われば別に」
「まあ、それはそうなんだがな」
そう言って二人で黙ってお茶を飲む。
「それにしても、だ。霊夢って本当に爺臭いよな」
「爺臭いって……私は男じゃないわよ」
「年寄り臭いって所は否定しないんだな?」
「まあ、ねえ」
そう言うと霊夢は急須に入れるためのお湯を再び沸かすために立ち上がった。その後ろから魔理沙が声をかける。
「まあそれは良いとしても」
「何よ?」
「香霖はいつもの事だが災難だよなぁ」
「そう思うなら魔理沙だって取るの止めればいいじゃない」
「私は――――いや、何でもない」
魔理沙が何を言おうとしたのか霊夢には良く分からなかったようで首を軽く傾げながら台所へと向かった。火をおこしてお湯が沸騰させるまでそこで待つ。沸いたところで踵を返し、縁側へと向かうと魔理沙がお茶の葉を急須の中から取り出そうとしている所だった。それを見て霊夢は一瞬走り出そうとしたが、もう手遅れだと思ったのか小さく溜息をつくとゆっくりと歩き始めた。
魔理沙が霊夢からやかんを受け取って急須へとお湯を注ぎ込んでいる間に、霊夢は先と同じように縁側に座り込んだ。もう直ぐ冬だというのにめんどくさがって冬着を出していないお陰で朝や夜はつらいが、柔らかな日差しに当たっている間はそんなことを忘れてしまうぐらいに気持ちが良い。
魔理沙がほら、と手渡してきた湯飲みを受け取り、熱いお茶を一口飲んで小さく息を吐き出す。魔理沙は霊夢の隣に歩いてくると何を言うでもなく横にと座り込んだ。霊夢は魔理沙らしくないと一瞬思ったものの、「別に自分に害があるわけでもないしまあいいか」という事で気が付かないふりをして再びお茶を一口飲んだのだった。
「霊夢、やっぱりここにいたのね」
不意に前から声をかけられ、霊夢は顔を上げた。
声のした方を見てみると、いつのまにか境内の石畳の上にメイド服を着た一人の銀髪の少女が立っているのが見えた。知らない相手というわけでも無いので片手を上げて軽く挨拶をする。
「久しぶりね。今日はレミリアと一緒じゃないの?」
「珍しいな、お前は霊夢がそんなに好きじゃないと思っていたから一人で来る事何て無いと思っていたんだが」
「ま、私にも色々あるのよ」
「色々か。そりゃいいぜ」
その魔理沙の言葉に咲夜は小さく溜息をく。その様子を魔理沙が怪訝そうに眉を顰めて見つめる。
「何だ何だ、張り合いが無いじゃないか。何かあったのか?」
「あなたには関係の無いこと」
「まあ別に何だっていいじゃない魔理沙。で、今日の用事は何なのよ。どうせレミリア関係の話なんでしょ。わざわざ咲夜が私に何か頼みごとをしにくるなんて考えられないんだし」
「今日は違うわよ」
その咲夜の答えに霊夢は数秒小首を傾げて考え込んだ後、再び咲夜の方へと顔を向けた。
「珍しい事もあるのね。魔理沙が言った通りに咲夜は私の事あまり好きじゃないって私も思ってたんだけど」
「わざわざそんなことで嘘なんていわないわよ。今日は霊夢、貴方に用事があって来ただけ」
「ふうん。珍しい事もあるのね」
そう言って霊夢は一口お茶を飲んだ。その様子を見て咲夜が一瞬表情を和らげる。
「何?」
「別に何でもないわ」
「ふうん、変なの。貴方本当に咲夜?」
「……当たり前じゃないの。私じゃなければ誰が時を止められるって言うのよ」
「時を止めるって何の事よ?」
「それはともかく」
「ともかくじゃないわよ」
「そろそろ眠くなってきたんじゃない?」
「え?」
「悪いとは思ったんだけど。お茶の中に睡眠薬を入れさせてもらったわ。別に毒なんて無いから安心していいわよ。」
その言葉を聞いて霊夢が俯きながら黙り込む。魔理沙はというといつの間にか座ったまま舟をこいでいた。手に持っていたはずの湯飲みはいつの間にか咲夜の右手にあった。咲夜も霊夢も初めは何も言わなかったが、突然霊夢が立ち上がったかと思うと、びしっと右手を咲夜に向けて大声で怒鳴りつけた。
「なんでわざわざこんな良い日に私の邪魔をしにくるのよ!」
「まあ、自業自得って所じゃないの」
「自業自得ってなんなのよ。私は何もしてないじゃない!」
「本当にそう思っているの。まあ別にどっちだって構わないわ。私は私のやるべきことをやるだけなんだから」
「私と弾幕って勝てると思っているのかしら?」
「今の貴方じゃ勝てないわよ。というわけで連れて行かせてもらうわね」
「ちょ、ちょっと―――」
と、そこで霊夢の記憶は途切れていた。話している途中で薬の効力に耐え切れずに眠ってしまったらしく、起きたときには霊夢は紅魔館のある一室に寝かされていた。
霊夢が寝ていた場所は洋間だった。具体的に言うと、紅魔館の尖塔の一番上に作られた部屋の中。眼下にある湖には青白い月が映っていた。湖面は穏やかで風が殆ど吹いていないことが一目で分かった。
身を起こした霊夢の肌から布団がずり落ちるとその下から現れたのはいつもと変わらない紅白の巫女服。何をされた様子も無く、一体何のために自分をここに連れてきたのだろうと霊夢は考えるが特に何も思い浮かばない。それよりもせっかくの素晴らしい一日を無為に眠って過ごさせられてしまった事に対する怒りの方が強かった。
さて、この怒りをどこにぶつけようかと辺りを見回して居た時、コンコンとドアが叩かれる音がして霊夢はそちらに顔を向けた。臨戦態勢に入ろうとしたところで符も陰陽玉もお払い棒も無いことに今更ながらに気づき、「はぁ」と小さく溜息を付いた。
「勝手に入ってくればいいじゃないの。」
「ならそうさせてもらうわ。」
がちゃりと音を立てて開いたドアの向こうから出てきたのは霊夢の予想通りの人物。
霊夢を薬を眠らせた張本人で紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。その表情からは何の感情も伺えなかったが、霊夢は何となく嫌な気持ちになった。
「霊夢、調子はどう?」
「最悪の気分よ。なんでわざわざあんな事したのか教えてもらえない?」
「あら、問答無用で襲い掛かってくると思って準備もしていたのに。意外と冷静なのね」
そう言って咲夜がどこからともなくナイフと取り出して霊夢に見せ付けるかのように目の前で二、三回振る。それに気を取られる事無く霊夢は咲夜の目をじっと睨みつけていた。
「あのね、咲夜がどう思ってるのかしらないけど私は巫女なの。符も陰陽玉も針も無い状態で咲夜と一対一でやって勝てる筈無いじゃない。普通の人間なのよ、私は」
「それがあの夜私とお嬢様を二対一で破った『人間』の言う言葉かしら」
「人間ってところにアクセント置かないでよ。で、結局何なの。どうでもいい理由だったら只じゃ置かないわよ」
途端、霊夢の視界が何か布の様な物で覆われる。それを慌ててどけて視界を確保するが、相変わらず咲夜は同じ場所に立っているだけだった。一体これは何なのかと咲夜から視線を外さないようにしてその布の様な物を見てみると、一着の服の様だった。
「これは何なのよ?」
「あら、見て分からないかしら。メイド服でしょう?」
「……なんでそんな物を私に投げつけるのよ」
「霊夢がここで働くからに決まってるじゃない。ああ、心配しないでいいわ。今日一日だけのことだから」
「今日一日って……冗談じゃないわよ。なんだって私がそんなことしなくちゃいけないのよ!」
霊夢が食って掛かるが、その問いに対して咲夜は小さく「香霖堂」と一言返しただけだった。そしてそのまま踵を返すと部屋を出て行ってしまった。
「何なのよ、もう。」
霊夢には咲夜が一体何をしたいのか何をさせたいのか良く分からなかったが、最後に小さく呟いていた一言だけは耳に残っていた。確かに自分はあそこで色々な物を勝手に持ってきているが、ここまでの事をされるような事をした覚えは無かった。
改めて自分が手に持っていたメイド服をベッドの上において広げてみた。フリルがふんだんに使われた紅白の二色に染め上げられた特注と思われるメイド服。
どこが特注なのかというとまずは色だろう。掃除・炊事・図書・門番等の区分けがされている紅魔館のメイド達だったが、紅白等という色に染まったメイド服を着た者はいままでに霊夢は一度も見たことはなかった。勿論霊夢が見ていないだけで存在するのかもしれないのだけれど。
第二に特注だと思われたのはスカートの長さ。誰の趣味なのかは良く分からないのだけれどメイド達の服装は基本的に膝上までしかスカートで覆い隠さない者達が多い。それに比べ目の前に置かれている物は今自分が着ている巫女服の裾と同じぐらいの所まで隠れそうな長さだった。
「わざわざこんな物特注してまで私を働かせる理由って……」
はぁ、と大きく溜息を付いて服の上へと倒れこむ。咲夜はああ言っていたが本当はどうなのかと霊夢は思う。実際問題として咲夜にとって霊夢が紅魔館で働くメリットなんて殆どないだろう。全く何もしらないのだから何をするにしてもわざわざ口出しをしなければいけないのだし、咲夜の仕事量という意味で考えたら逆に増えてしまうだろう。
「ああ、言い忘れたけど。」
突然後ろから聞こえてきた声に慌ててベッドの上から跳ね起きる。
「ど、どこから入ってきたのよ?」
「それを私に言う?」
「……まあいいわ。何なのよ、一体」
「真面目に働かないと何度でも霊夢をここに連れて来ることになっているから覚悟しておいて。そういう約束だからもうどうしようもないわ」
「だから、何でそんなことになってるのよ!」
「ねえ霊夢。それ本気で言ってるの?」
理解出来ないという表情で咲夜が霊夢に尋ねる。
「分からないから聞いてるんじゃないの」
「本当に、店主も災難ね。お嬢様の申し出がなければ永遠に霊夢から物を奪われ続ける生活をする事になるなんて」
「……私は賽銭が入ったら払うって言ってるわよいつも。」
「賽銭が入る当てはあるの?」
「それは、ない、けど……」
「払う当てが無いのは払うつもりが無いのと同じ。だから貴方は売られたのよ、香霖堂の店主に。」
「売られたって―――」
「ああ、安心して。別に身体を売れとか言うわけじゃない。お嬢様は別にそれでもいいとか言っていたけど店主が了解しなかったからね。私は正当な理由が無いのにそんなことをすれば仕えているものの責務として止めるわ。だからお嬢様は一応そんなことを聞いたんでしょうけど。寛大な店主に感謝する事ね」
「だから、私に働けって?」
「そう。理解した?」
「断るわ。」
「そう、でもいいのかしら?」
「何がよ。」
「私はお嬢様の命があれば何度でも行くわよ?」
「…………」
「そこで黙らない。私の言ってる事は至極当たり前の事。お嬢様が霊夢を働かせる権利を買ったのに霊夢が働かなかったら文句を言うに決まってるじゃない。そのぐらい考えてよね」
「…………」
「まあ、のんびりしたいなら働く事ね。私は行くけど好きな方を選べばいいわ。窓に鍵なんてかかってないから割って飛び出したりしないように」
「逃げてもいいって訳?」
「連れ戻されてもいいなら」
「だから、働けって?」
「私はそんな事言ってない」
「だってまた睡眠薬なりなんなりして私を連れ戻しに来るんでしょ?」
「そりゃそうよ。お嬢様がそう言うのなら私に逆らう理由はないんだから」
「咲夜には自分の意思って物がないの?」
眉を顰めて尋ねてくる霊夢を咲夜は片手だけを振りながら笑い飛ばす。
「私はメイド。お嬢様の言う事を聞くのが『仕事』なの。私がお嬢様の命令に従うのはメイドだからよ」
「……ふぅん」
「まあ私にとってはどっちでもいいわ、好きにして。後三十分後に掃除が始まるから仕事をする気があるのなら準備しなさい」
そう言って咲夜はさっさと歩いて行ってしまった。
後に残された霊夢はその後姿をじっと睨んでいたもののその姿が視界から消えるとおおきく溜息をつき、身体をそのまま後ろへと倒しべっどの上で寝転んだ。
「全くもう、何だってのよ……」
要するに咲夜が言いたいのは真面目に働け、という事なのだろう。
けれど、だからといってはいそうですかと頷くわけにも行かない。幻想郷の異変を解決するという事や、人に仇なす妖怪を退治するのは博麗の巫女の仕事だからやっているだけで、別に無償の奉仕がやりたくてやっている訳ではない。
だからといって、この状況で逃げたところで事態は好転しないだろう。
咲夜は何度でも来ると言っていたし、事実レミリアの命令があればすぐにでも自分の所にやってくるのだろう。
勿論咲夜が神社に入れないようにする事は可能だし、時空干渉を結界で強制的に遮断することも出来るのだけれど、それは効率が悪すぎる。
わざわざ札を作り、定期的に張り替え、いつ襲われても良いように力を通わせ、といくつもの事をやらなくてはいけないし、その為には材料等も集めなくてはいけない。要するに、コストと結果が見合わないのだ。
「でも、本当に?」
小さく呟く。
咲夜はああ言っていたけれど、私は自分が何か悪い事をしたとは思えない。
「香霖堂」って言っていたのが気にはなったけれど、霖之助さんはいつの事だったか覚えていないけれど確か賽銭が来るまで支払いを待ってくれると言っていた様な気が……する。多分。
勿論、今逃げる事は容易い。けれど、結果としてそれが安息にならないのであれば意味が無いし、のんびりするなんて夢のまた夢だろう。働き者の巫女の代名詞となってしまうかもしれないじゃないか。
「仕方ない……か」
はぁ、と大きく息を吐き出す。
本当ならば今頃は縁側でのんびりと濃いお茶を飲んでいた頃だろう。
それが何の因果か私はこんな所で働かされようとしている。
「がんばろう…… ぉー」
気合なんて入るはずも無く、再び溜息を付きながら霊夢はゆっくりとメイド服へと着替え始めるのだった。
「あら、似合ってるじゃない」
「そんな事いわれてもうれしくなんて無いわよ。無理やりつれてこられたんだから」
レミリアが意味深な笑みを浮かべているのを横目で見ながら、霊夢は息を吐きながら軽く首を左右に振った。
結局着替えには数分しか時間がかからず、仕事が始まるまでの間どうやって時間をつぶそうかと考えていたところ、レミリアの方から声をかけて来たのだった。
本当の新人メイドであればなんやかんやでしなければいけないことが沢山あるのだろうけれど、霊夢はそもそもここでずっと働くつもりなんて無かったし、そんなことを初めから思いつきもしなかった。
「咲夜からは何も聞いていないのかしら?」
「聞いたわ。聞いたけど」
「理解が出来なかった」
「ま、そんなとこ」
「咲夜はどう考えているのか知らないけど。霊夢は働いた経験なんて無いんじゃないのかしら」
「レミリアはどうなのよ?」
「今はレミリア様、でしょう。今日限りのメイドとは言えそれぐらいの言い付けは守ってもらうわよ」
「はいはい。レミリア様は働いたことがあるのでしょうか?」
「あるわけ無いじゃない。後、はいは一回にしておいたほうが良いわよ、咲夜の前では。多分ナイフが飛んで来るから」
「………当たったら死ぬんじゃないの?」
「ここで働いている者がナイフの一本程度で殺されると思う? その程度の力しか無ければそもそもこの館に入ることすら出来ないわよ」
「ここで働く者も色々と大変なのね」
「さあ。私は働いたことが無いからわからないわ」
「………さいですか」
「ああ、それと」
「何よ?」
「ちゃんとカチューシャは付けること」
「咲夜が持ってきた服の中には入ってなかったわよ」
「そう。ならいいわ」
レミリアが立ち去って部屋で待つこと数分。ベッドの上で足をぶらぶらとさせながらどうでもいいことを考えながら暇をつぶしていた霊夢の前に、音も無く咲夜が現れた
「霊夢、働く気になったの?」
「働く気にはならないわ。でも、働かなければいけないんでしょ?」
「………まあ、いいわ。じゃあまずは門の所へ行きなさい。後、これ」
「なによ?」
「門まで行ってから開けるのよ。じゃあ私はほかの仕事があるから」
霊夢の問いには答えず、咲夜はそれだけ言うとさっと姿を消した。
咲夜が手渡してきたものはカチューシャと棒の様なものが入っていると思われる風呂敷だった。
「まったくもう、何だって言うのよ」
カチューシャを頭に付けるために鏡の方へと顔を向け、そのまま手櫛で髪を整える。
「はあ、めんどくさい………」
まだ昼前だというのに、今日何度目かもわからないため息をつく、霊夢なのであった。
手に持っている湯のみにはいつもの出涸らしではなく香霖堂から今日もらって、もとい奪ってきた新しいお茶の葉でいれた物。いつもであればかなりの時間をかけないとある程度満足の出来る味にならないのだけれど今日はそんな心配もいらないのだ。
いや、霊夢にとってはのんびりとできるならどんな時間でも構わないのかも知れないのだけれど。
来ればいつも誰かがいるといわれている、ここ博麗神社も今日は珍しく一人の客も訪れていなかった。とはいっても霊夢にとって見ては誰が居ようと誰がいまいとあまり変わりがない。むしろ、のんびりしたいといつも思っている霊夢にとっては一人で居られる方が嬉しいのかもしれない。
一口お茶を飲み、再びはふぅ、と霊夢は息を吐く。
今の季節は秋と冬の境目。
このぐらいの季節は楽でいいなぁ、と霊夢は思っている。
春は桜があるせいでやれ花見だ宴会だと忙しいし、少し経つと花びらが散って掃除がとても大変になってしまう。夏は夏で雑草が伸び放題。放っておくと神社全体が草で覆われてしまうのである程度まではむしったりしないといけない。勿論月見と称した宴会もあるし。秋になると今度は紅葉をネタにした宴会や、色づいた落ち葉を片付けるので忙殺されてしまう。冬は冬で寒いから縁側でのんびりしているというわけにもいかないし、雪が降れば雪下ろしをしなくてはいけない。放っておいて屋根が抜けたりしたら目も当てられない事になるだろうし。
だから、今ぐらいの季節と季節のスキマが霊夢にとっては大切な時間。
落ち葉の掃除もやっと終わり、葉の無い木々を眺めながら縁側でのんびりと座っているのがこの頃の日課。特に何かしら事件も起きないので何かやらなければいけないことがある訳でも無いし、普通の妖怪が活動するとしてもそれは夜。
つまり、霊夢は暇なのだ。昼間はこうしてのんびりと日がな一日過ごすことが出来るのも何もしなければいけない事が無いから。別に部屋の掃除なんてしなくても何が起きるというわけでは無いのだし。
風が吹いて、霊夢の髪を軽く揺らした。葉の無い木々は音を立てることも風を防ぐ役割も果たす事は無い。冷たい北風が横顔に当たるのを湯飲みを持った左手で遮る。
「もうすぐ雪、かぁ」
はあ、めんどくさい。という意思がありありと表れた表情で溜息をつく。
「雪なんて降らなければ楽でいいのにね。何ていったかしら、あの冬の……」
「レティ・ホワイトロックか?」
「……良く覚えてるわね。一年も前の事なのに」
「いや、それぐらい当たり前だと思うんだが。他人の名前を忘れるのはマナー違反だぜ?」
「人じゃないからいいのよ……はぁ。少し寒いぐらいの方がお茶がおいしくていいわね」
「そうか。じゃあ私にも一杯もらえると嬉しいんだが」
「って、いつからいたのよ?」
心の底からびっくりしたような表情を見せる霊夢に呆れた様子で魔理沙が顔を向ける。
「本気で言ってるのか、それ」
「……うるさいわね」
ふん、と顔を背けながらも律儀にお茶を用意する所が霊夢らしいといえば霊夢らしいのだろうか。
熱いお湯を急須の中に注ぎこみ、少し待ってから湯のみへと移す。霊夢が一度使ったお茶の葉を使っているのは抗議の意思の表れだろうか。只単にいつもの癖でやってしまったと言って見ればそんな気もするのだけれど。
「ほら、これ飲んだらさっさと帰りなさいよ。わたしはのんびりしなくちゃいけないんだから。」
「別に私がここにいてもいなくても霊夢はのんびりしてるじゃないか。というよりも、その言葉の使い方何かおかしくないか?」
「別にどうだっていいじゃないそんなの。意味が伝われば別に」
「まあ、それはそうなんだがな」
そう言って二人で黙ってお茶を飲む。
「それにしても、だ。霊夢って本当に爺臭いよな」
「爺臭いって……私は男じゃないわよ」
「年寄り臭いって所は否定しないんだな?」
「まあ、ねえ」
そう言うと霊夢は急須に入れるためのお湯を再び沸かすために立ち上がった。その後ろから魔理沙が声をかける。
「まあそれは良いとしても」
「何よ?」
「香霖はいつもの事だが災難だよなぁ」
「そう思うなら魔理沙だって取るの止めればいいじゃない」
「私は――――いや、何でもない」
魔理沙が何を言おうとしたのか霊夢には良く分からなかったようで首を軽く傾げながら台所へと向かった。火をおこしてお湯が沸騰させるまでそこで待つ。沸いたところで踵を返し、縁側へと向かうと魔理沙がお茶の葉を急須の中から取り出そうとしている所だった。それを見て霊夢は一瞬走り出そうとしたが、もう手遅れだと思ったのか小さく溜息をつくとゆっくりと歩き始めた。
魔理沙が霊夢からやかんを受け取って急須へとお湯を注ぎ込んでいる間に、霊夢は先と同じように縁側に座り込んだ。もう直ぐ冬だというのにめんどくさがって冬着を出していないお陰で朝や夜はつらいが、柔らかな日差しに当たっている間はそんなことを忘れてしまうぐらいに気持ちが良い。
魔理沙がほら、と手渡してきた湯飲みを受け取り、熱いお茶を一口飲んで小さく息を吐き出す。魔理沙は霊夢の隣に歩いてくると何を言うでもなく横にと座り込んだ。霊夢は魔理沙らしくないと一瞬思ったものの、「別に自分に害があるわけでもないしまあいいか」という事で気が付かないふりをして再びお茶を一口飲んだのだった。
「霊夢、やっぱりここにいたのね」
不意に前から声をかけられ、霊夢は顔を上げた。
声のした方を見てみると、いつのまにか境内の石畳の上にメイド服を着た一人の銀髪の少女が立っているのが見えた。知らない相手というわけでも無いので片手を上げて軽く挨拶をする。
「久しぶりね。今日はレミリアと一緒じゃないの?」
「珍しいな、お前は霊夢がそんなに好きじゃないと思っていたから一人で来る事何て無いと思っていたんだが」
「ま、私にも色々あるのよ」
「色々か。そりゃいいぜ」
その魔理沙の言葉に咲夜は小さく溜息をく。その様子を魔理沙が怪訝そうに眉を顰めて見つめる。
「何だ何だ、張り合いが無いじゃないか。何かあったのか?」
「あなたには関係の無いこと」
「まあ別に何だっていいじゃない魔理沙。で、今日の用事は何なのよ。どうせレミリア関係の話なんでしょ。わざわざ咲夜が私に何か頼みごとをしにくるなんて考えられないんだし」
「今日は違うわよ」
その咲夜の答えに霊夢は数秒小首を傾げて考え込んだ後、再び咲夜の方へと顔を向けた。
「珍しい事もあるのね。魔理沙が言った通りに咲夜は私の事あまり好きじゃないって私も思ってたんだけど」
「わざわざそんなことで嘘なんていわないわよ。今日は霊夢、貴方に用事があって来ただけ」
「ふうん。珍しい事もあるのね」
そう言って霊夢は一口お茶を飲んだ。その様子を見て咲夜が一瞬表情を和らげる。
「何?」
「別に何でもないわ」
「ふうん、変なの。貴方本当に咲夜?」
「……当たり前じゃないの。私じゃなければ誰が時を止められるって言うのよ」
「時を止めるって何の事よ?」
「それはともかく」
「ともかくじゃないわよ」
「そろそろ眠くなってきたんじゃない?」
「え?」
「悪いとは思ったんだけど。お茶の中に睡眠薬を入れさせてもらったわ。別に毒なんて無いから安心していいわよ。」
その言葉を聞いて霊夢が俯きながら黙り込む。魔理沙はというといつの間にか座ったまま舟をこいでいた。手に持っていたはずの湯飲みはいつの間にか咲夜の右手にあった。咲夜も霊夢も初めは何も言わなかったが、突然霊夢が立ち上がったかと思うと、びしっと右手を咲夜に向けて大声で怒鳴りつけた。
「なんでわざわざこんな良い日に私の邪魔をしにくるのよ!」
「まあ、自業自得って所じゃないの」
「自業自得ってなんなのよ。私は何もしてないじゃない!」
「本当にそう思っているの。まあ別にどっちだって構わないわ。私は私のやるべきことをやるだけなんだから」
「私と弾幕って勝てると思っているのかしら?」
「今の貴方じゃ勝てないわよ。というわけで連れて行かせてもらうわね」
「ちょ、ちょっと―――」
と、そこで霊夢の記憶は途切れていた。話している途中で薬の効力に耐え切れずに眠ってしまったらしく、起きたときには霊夢は紅魔館のある一室に寝かされていた。
霊夢が寝ていた場所は洋間だった。具体的に言うと、紅魔館の尖塔の一番上に作られた部屋の中。眼下にある湖には青白い月が映っていた。湖面は穏やかで風が殆ど吹いていないことが一目で分かった。
身を起こした霊夢の肌から布団がずり落ちるとその下から現れたのはいつもと変わらない紅白の巫女服。何をされた様子も無く、一体何のために自分をここに連れてきたのだろうと霊夢は考えるが特に何も思い浮かばない。それよりもせっかくの素晴らしい一日を無為に眠って過ごさせられてしまった事に対する怒りの方が強かった。
さて、この怒りをどこにぶつけようかと辺りを見回して居た時、コンコンとドアが叩かれる音がして霊夢はそちらに顔を向けた。臨戦態勢に入ろうとしたところで符も陰陽玉もお払い棒も無いことに今更ながらに気づき、「はぁ」と小さく溜息を付いた。
「勝手に入ってくればいいじゃないの。」
「ならそうさせてもらうわ。」
がちゃりと音を立てて開いたドアの向こうから出てきたのは霊夢の予想通りの人物。
霊夢を薬を眠らせた張本人で紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。その表情からは何の感情も伺えなかったが、霊夢は何となく嫌な気持ちになった。
「霊夢、調子はどう?」
「最悪の気分よ。なんでわざわざあんな事したのか教えてもらえない?」
「あら、問答無用で襲い掛かってくると思って準備もしていたのに。意外と冷静なのね」
そう言って咲夜がどこからともなくナイフと取り出して霊夢に見せ付けるかのように目の前で二、三回振る。それに気を取られる事無く霊夢は咲夜の目をじっと睨みつけていた。
「あのね、咲夜がどう思ってるのかしらないけど私は巫女なの。符も陰陽玉も針も無い状態で咲夜と一対一でやって勝てる筈無いじゃない。普通の人間なのよ、私は」
「それがあの夜私とお嬢様を二対一で破った『人間』の言う言葉かしら」
「人間ってところにアクセント置かないでよ。で、結局何なの。どうでもいい理由だったら只じゃ置かないわよ」
途端、霊夢の視界が何か布の様な物で覆われる。それを慌ててどけて視界を確保するが、相変わらず咲夜は同じ場所に立っているだけだった。一体これは何なのかと咲夜から視線を外さないようにしてその布の様な物を見てみると、一着の服の様だった。
「これは何なのよ?」
「あら、見て分からないかしら。メイド服でしょう?」
「……なんでそんな物を私に投げつけるのよ」
「霊夢がここで働くからに決まってるじゃない。ああ、心配しないでいいわ。今日一日だけのことだから」
「今日一日って……冗談じゃないわよ。なんだって私がそんなことしなくちゃいけないのよ!」
霊夢が食って掛かるが、その問いに対して咲夜は小さく「香霖堂」と一言返しただけだった。そしてそのまま踵を返すと部屋を出て行ってしまった。
「何なのよ、もう。」
霊夢には咲夜が一体何をしたいのか何をさせたいのか良く分からなかったが、最後に小さく呟いていた一言だけは耳に残っていた。確かに自分はあそこで色々な物を勝手に持ってきているが、ここまでの事をされるような事をした覚えは無かった。
改めて自分が手に持っていたメイド服をベッドの上において広げてみた。フリルがふんだんに使われた紅白の二色に染め上げられた特注と思われるメイド服。
どこが特注なのかというとまずは色だろう。掃除・炊事・図書・門番等の区分けがされている紅魔館のメイド達だったが、紅白等という色に染まったメイド服を着た者はいままでに霊夢は一度も見たことはなかった。勿論霊夢が見ていないだけで存在するのかもしれないのだけれど。
第二に特注だと思われたのはスカートの長さ。誰の趣味なのかは良く分からないのだけれどメイド達の服装は基本的に膝上までしかスカートで覆い隠さない者達が多い。それに比べ目の前に置かれている物は今自分が着ている巫女服の裾と同じぐらいの所まで隠れそうな長さだった。
「わざわざこんな物特注してまで私を働かせる理由って……」
はぁ、と大きく溜息を付いて服の上へと倒れこむ。咲夜はああ言っていたが本当はどうなのかと霊夢は思う。実際問題として咲夜にとって霊夢が紅魔館で働くメリットなんて殆どないだろう。全く何もしらないのだから何をするにしてもわざわざ口出しをしなければいけないのだし、咲夜の仕事量という意味で考えたら逆に増えてしまうだろう。
「ああ、言い忘れたけど。」
突然後ろから聞こえてきた声に慌ててベッドの上から跳ね起きる。
「ど、どこから入ってきたのよ?」
「それを私に言う?」
「……まあいいわ。何なのよ、一体」
「真面目に働かないと何度でも霊夢をここに連れて来ることになっているから覚悟しておいて。そういう約束だからもうどうしようもないわ」
「だから、何でそんなことになってるのよ!」
「ねえ霊夢。それ本気で言ってるの?」
理解出来ないという表情で咲夜が霊夢に尋ねる。
「分からないから聞いてるんじゃないの」
「本当に、店主も災難ね。お嬢様の申し出がなければ永遠に霊夢から物を奪われ続ける生活をする事になるなんて」
「……私は賽銭が入ったら払うって言ってるわよいつも。」
「賽銭が入る当てはあるの?」
「それは、ない、けど……」
「払う当てが無いのは払うつもりが無いのと同じ。だから貴方は売られたのよ、香霖堂の店主に。」
「売られたって―――」
「ああ、安心して。別に身体を売れとか言うわけじゃない。お嬢様は別にそれでもいいとか言っていたけど店主が了解しなかったからね。私は正当な理由が無いのにそんなことをすれば仕えているものの責務として止めるわ。だからお嬢様は一応そんなことを聞いたんでしょうけど。寛大な店主に感謝する事ね」
「だから、私に働けって?」
「そう。理解した?」
「断るわ。」
「そう、でもいいのかしら?」
「何がよ。」
「私はお嬢様の命があれば何度でも行くわよ?」
「…………」
「そこで黙らない。私の言ってる事は至極当たり前の事。お嬢様が霊夢を働かせる権利を買ったのに霊夢が働かなかったら文句を言うに決まってるじゃない。そのぐらい考えてよね」
「…………」
「まあ、のんびりしたいなら働く事ね。私は行くけど好きな方を選べばいいわ。窓に鍵なんてかかってないから割って飛び出したりしないように」
「逃げてもいいって訳?」
「連れ戻されてもいいなら」
「だから、働けって?」
「私はそんな事言ってない」
「だってまた睡眠薬なりなんなりして私を連れ戻しに来るんでしょ?」
「そりゃそうよ。お嬢様がそう言うのなら私に逆らう理由はないんだから」
「咲夜には自分の意思って物がないの?」
眉を顰めて尋ねてくる霊夢を咲夜は片手だけを振りながら笑い飛ばす。
「私はメイド。お嬢様の言う事を聞くのが『仕事』なの。私がお嬢様の命令に従うのはメイドだからよ」
「……ふぅん」
「まあ私にとってはどっちでもいいわ、好きにして。後三十分後に掃除が始まるから仕事をする気があるのなら準備しなさい」
そう言って咲夜はさっさと歩いて行ってしまった。
後に残された霊夢はその後姿をじっと睨んでいたもののその姿が視界から消えるとおおきく溜息をつき、身体をそのまま後ろへと倒しべっどの上で寝転んだ。
「全くもう、何だってのよ……」
要するに咲夜が言いたいのは真面目に働け、という事なのだろう。
けれど、だからといってはいそうですかと頷くわけにも行かない。幻想郷の異変を解決するという事や、人に仇なす妖怪を退治するのは博麗の巫女の仕事だからやっているだけで、別に無償の奉仕がやりたくてやっている訳ではない。
だからといって、この状況で逃げたところで事態は好転しないだろう。
咲夜は何度でも来ると言っていたし、事実レミリアの命令があればすぐにでも自分の所にやってくるのだろう。
勿論咲夜が神社に入れないようにする事は可能だし、時空干渉を結界で強制的に遮断することも出来るのだけれど、それは効率が悪すぎる。
わざわざ札を作り、定期的に張り替え、いつ襲われても良いように力を通わせ、といくつもの事をやらなくてはいけないし、その為には材料等も集めなくてはいけない。要するに、コストと結果が見合わないのだ。
「でも、本当に?」
小さく呟く。
咲夜はああ言っていたけれど、私は自分が何か悪い事をしたとは思えない。
「香霖堂」って言っていたのが気にはなったけれど、霖之助さんはいつの事だったか覚えていないけれど確か賽銭が来るまで支払いを待ってくれると言っていた様な気が……する。多分。
勿論、今逃げる事は容易い。けれど、結果としてそれが安息にならないのであれば意味が無いし、のんびりするなんて夢のまた夢だろう。働き者の巫女の代名詞となってしまうかもしれないじゃないか。
「仕方ない……か」
はぁ、と大きく息を吐き出す。
本当ならば今頃は縁側でのんびりと濃いお茶を飲んでいた頃だろう。
それが何の因果か私はこんな所で働かされようとしている。
「がんばろう…… ぉー」
気合なんて入るはずも無く、再び溜息を付きながら霊夢はゆっくりとメイド服へと着替え始めるのだった。
「あら、似合ってるじゃない」
「そんな事いわれてもうれしくなんて無いわよ。無理やりつれてこられたんだから」
レミリアが意味深な笑みを浮かべているのを横目で見ながら、霊夢は息を吐きながら軽く首を左右に振った。
結局着替えには数分しか時間がかからず、仕事が始まるまでの間どうやって時間をつぶそうかと考えていたところ、レミリアの方から声をかけて来たのだった。
本当の新人メイドであればなんやかんやでしなければいけないことが沢山あるのだろうけれど、霊夢はそもそもここでずっと働くつもりなんて無かったし、そんなことを初めから思いつきもしなかった。
「咲夜からは何も聞いていないのかしら?」
「聞いたわ。聞いたけど」
「理解が出来なかった」
「ま、そんなとこ」
「咲夜はどう考えているのか知らないけど。霊夢は働いた経験なんて無いんじゃないのかしら」
「レミリアはどうなのよ?」
「今はレミリア様、でしょう。今日限りのメイドとは言えそれぐらいの言い付けは守ってもらうわよ」
「はいはい。レミリア様は働いたことがあるのでしょうか?」
「あるわけ無いじゃない。後、はいは一回にしておいたほうが良いわよ、咲夜の前では。多分ナイフが飛んで来るから」
「………当たったら死ぬんじゃないの?」
「ここで働いている者がナイフの一本程度で殺されると思う? その程度の力しか無ければそもそもこの館に入ることすら出来ないわよ」
「ここで働く者も色々と大変なのね」
「さあ。私は働いたことが無いからわからないわ」
「………さいですか」
「ああ、それと」
「何よ?」
「ちゃんとカチューシャは付けること」
「咲夜が持ってきた服の中には入ってなかったわよ」
「そう。ならいいわ」
レミリアが立ち去って部屋で待つこと数分。ベッドの上で足をぶらぶらとさせながらどうでもいいことを考えながら暇をつぶしていた霊夢の前に、音も無く咲夜が現れた
「霊夢、働く気になったの?」
「働く気にはならないわ。でも、働かなければいけないんでしょ?」
「………まあ、いいわ。じゃあまずは門の所へ行きなさい。後、これ」
「なによ?」
「門まで行ってから開けるのよ。じゃあ私はほかの仕事があるから」
霊夢の問いには答えず、咲夜はそれだけ言うとさっと姿を消した。
咲夜が手渡してきたものはカチューシャと棒の様なものが入っていると思われる風呂敷だった。
「まったくもう、何だって言うのよ」
カチューシャを頭に付けるために鏡の方へと顔を向け、そのまま手櫛で髪を整える。
「はあ、めんどくさい………」
まだ昼前だというのに、今日何度目かもわからないため息をつく、霊夢なのであった。
でもほんとに働く霊夢は見た事無い。どうなるか後編に期待!
1 そういう約束なだから
2 霊夢が目を覚ました時には既に日は落ちていた。
まだ昼前だというのに、今日何度目かもわからない(上と矛盾?)
致命的なミスですね………