幻想郷には雪が降り続いていた。いつかの春とは違う、正真正銘の冬の雪だった。
この季節、森の日照は悲惨を極める。
幻想郷をこの上なく幻想的に染め抜く白い雪も、薄暗い魔法の森では本棚の埃と大差なく、毎朝毎夕その執念深さを見せ付けては森に住む人間や妖怪たちを辟易させた。
やるべきことも見当たらず、今年はアリスもねぐらの外を恨めしげに覗く妖怪の一人になった。
そんなわけでアリスは、カーテンをめくってため息を吐くか、差し迫らない考えごとにため息を吐いて過ごしていた。
実のところ、私は暗闇が好きではないのかもしれない。と、最近アリスはそんなことを考えて過ごしている。
なかなか充実した日々だった。
幻想郷住人の平均余命を考えるよりかは価値があり、自我を持った人形は人形足りえるかという問いへの考察よりも遥かに実入りが期待できたからだ。
考え事をするときや逆に何も考えたくないとき、アリスはよく暗い部屋に篭った。
人形を膝元に置き、明かりを消して念入りにカーテンを閉め、息を殺して目を瞑る。そうしているだけで、アリスの心は平静を取り戻すことができた。暗がりの中では自分の手の輪郭さえ定かではない。嫌いなものも煩わしいことも、そこでは存在感を保つことが出来ないのだ。
アリスはそこまで考えて、首を捻った。
やはり明るいところよりは暗いところの方が落ち着ける。森の生活に不自由は感じないし、単調な景色にはいささか飽き飽きしているが、夜の散歩も嫌いではない。
ならば何故、好きではないかもしれない、などと思うようなことになったのだろう? アリスは思索を続ける。
たとえば、暗闇に身を浸すことで安息を得ることが出来るのは、本能に刻まれた一種の反射なのではないだろうか? 哺乳類が、心音を聞いて母胎にいたころを思い出すような。
つまり、本能から独立している部分、アリス自身とも言い換えることができるような部分が、暗闇を嫌悪するようになったのではないか?
ここまで考えて、アリスはいつも立ち止まる。
嫌悪、とは違う気がした。間違いなく正の感情――好ましい感情ではないのだが。
……戸惑い、だろうか。自分が暗闇の中にいることへの戸惑い。
◆
さて、真っ黒なダルマが冬の冷気を引き連れて寝室に飛び込んできたのは深夜のことで、アリスもその頃には暖かな眠りに落ちていた。
ダルマは窓を突き破り、アリスの鳩尾で跳ねて、そのまま壁に激突し、ようやく止まった。
アリスが一瞬で平穏も睡眠も窓ガラスをも奪われたのに対し、そのダルマ――厳冬仕様の霧雨魔理沙――はというと、マーガトロイド邸の屋根の雪があらかた落ちてしまうような激突であったにもかかわらず、全くの無傷で立ち上がって見せたのだった。
魔理沙は自らの日ごろの行いを誇ったが、実際のところは防寒装備の異常な徹底振りを際立たせたに過ぎなかった。
「ん、……まぁ、さすがに寝てるか」
魔理沙はベッドの中で身じろぎ一つしないアリスを見、その気楽さに笑みをこぼした。今ので起きないのだから、きっと相当疲れているのだろう。
なんだか起こすのも悪い気がしたので、詠唱は出来るだけ小声で済ませた。それから、小さな魔法の光源を頼りに、机上に並べられた書物の一つを手に取った。
冬の森の夜は長い。誰かの起床を待つには少々早すぎる時間だが、それでも気にせず、魔理沙はそっと安楽椅子に腰を落ち着けた。
本音を言えば、アリスが起き出してこなかったことに、魔理沙は少なからず安堵していた。
「アリスめ。こんなレアな本隠してやがったのか」
ようし、朝までに全部読みきってやろう。魔理沙はわざと声を出して言った。起きるなら今すぐ起きてくれた方がよかったし、起きないなら春になるまでずっと眠っていて欲しいくらいだった。
それから魔理沙は帽子を脱ぎ、マフラーを外し、出来る限り深く安楽椅子に腰掛けた。
額に手を当てる。微熱。
ため息をつき、魔理沙は今更ながらの自分の浅はかさを恨んだ。
やっぱり、目を覚ましてくれるなよ、と魔理沙は願った。
◆
ここは怒鳴るべきだろう、とアリスは思った。ここで怒鳴れないようであれば、この家での主導権は永久に奪い返せない気がした。
しかし、アリスは怒鳴れなかった。
腹を強打され、アリスは窓ガラスと一緒に呼吸まで奪われていたのだった。叫ぼうと口を開けても、ただすかすかと呻き声が漏れ出るのみである。
「……おや、さすがに、起きたか」
魔理沙はアリスの様子に気付き、安楽椅子から立ち上がった。そしていまだ苦悶に歪むその顔を見て、魔理沙は笑った。
「なんつーか、お前朝弱かったんだな。酷い顔してるぞ」
アリスは叫ぼうと思った。力の限り。それは、主導権がどうとかより、呼吸より、アリスにとって優先されるべきことであった。
『あんたは一体なんなのよ!!』
毛布を跳ね上げ起き上がり、顔をこれ以上なく紅潮させ、魔理沙を睨みつけながら大きく口を開き、
――刹那、アリスは、アリスを突き動かした激情を見失った。
薄暗闇の中に見えた魔理沙の顔に、ふと、見知らぬ影が映っていた気がした。
「どうせなら、もうちょっと寝ててくれてもよかったんだがなぁ」
そう言ってアリスの顔を覗き込む魔理沙の笑顔は、それはもう惚れ惚れしてしまうほど、尊大で不遜な笑みだった。
アリスは内心頭を抱えた。そうだ。そういえば魔理沙はこういう奴だったんだ。
久しく忘れていた。思い返せば、魔理沙と顔を合わせたのは月見の宴会以来だった。
「……それで、何の用なの?」
一息ついて尋ねると、んあ? と魔理沙は本から顔を上げた。
「あ? じゃないわよ。用があるならさっさと話しなさいって言ってるの」
アリスはいい加減痺れを切らしていた。アリスがベッドから起き出してカーディガンを羽織い、人形たちに窓の修復を指示して、またベッドに腰掛けるまでのあいだ、魔理沙はとうとう一言も口を開かなかった。
「あのね、なにか用事があるから来たんでしょう? まさか」
語気を強め、黙りこくる魔理沙を睨む。安息と平穏と窓ガラスを奪われた憤りはアリス自身の想像以上に根の深い物になっていた。
「用事? ああ、用事。……用事かー。うーん……」
剣幕に気圧されるようにそれだけ言って、魔理沙は額に手をあて、足元でせかせかと働く人形たちに目を落とした。人形たちは白紙の羊皮紙を一箇所に集め、つなぎ合わせている。結構大きい窓だったのだ。
「ちょっと。あんた、本気なの?」
魔理沙は答える代わり、人形たちにちょっかいを出して遊んでいた。
まさか、本当に本気なんだろうか。
その態度にはさすがのアリスもあきれ果て、大きく息を吐いた。吐いた息の白い輪郭が薄暗闇に溶けたのを見届けて、アリスは人形たちにもっと作業を急ぐよう命じた。
「……なんなのよ。一体。あんたは」
「……なんだったかなぁ」
魔理沙は額に手をあて、渋面を作って何事か考えている。
アリスは怒鳴る気にもなれなかった。魔理沙が本気に悩んでいるように見えたのだ。
天井を仰いでいると、魔理沙ははっと顔を上げ、言った。
「そう、そうだ、あれだ。ほら、アリスの顔が見たかったってのはどうだ?」
それから指を一本ぴんと立て、ウィンク混じりの無邪気な笑みを浮かべてみせた。
……およそ魔理沙らしからぬ冗談。
アリスの胸を占めた憤りは疑念に取って代わられた。
怪しい。間違いなく怪しい。
全体の行動自体は間違いなく魔理沙そのものなのだが、細部を取り上げると明らかに不自然だった。
しかし、その意図はさっぱり読めない。行動とは裏腹に、いつもの覇気が感じられないのも引っかかった。
「おお、そうだ!」
アリスがたじろいでいると、魔理沙は突然大きな声を出し立ち上がった。
「危ない危ない。忘れるとこだったぜ」
言いながら、外套のポケットを漁りはじめた。
「ほら、これ。アリスにやるよ」
そう言ってポケットから取り出されたのは、小奇麗な巾着袋だった。アリスはそれを受け取ると、訝しげに魔理沙を見やった。
「それな。私がきのこから作った茶葉なんだが、淹れてくれよ。うまいぜ」
努めて明るくそう言って、再度、ウィンクして見せた。それから、ふいと視線を逸らした。
アリスは直感的に確信する。
こいつ、実験台にするつもりだ。
そこはかとなく異臭を放つ巾着を持ったまま、アリスは黙り込んだ。
冷たい反応を見て、魔理沙はいきなり動揺してみせる。
「いやなに、急に茶が飲みたくなったんだがな、ポットもカップも見つからないんだよ。ほら、お前もそういうことあるだろう? あの部屋からあんな小っこいもん探すなんてどう考えたって無理だし、だいいち持ってたかどうかも分からん。和食派だし。お前以外に頼めそうな奴もいなくてな。霊夢は寝起き冗談が通じんし、この吹雪で湖の上なんか飛んだら洒落にならんことになる」
魔理沙はまくし立て、両手を合わせて頭を下げた。あまり見られないような光景だった。
アリスにはまだ疑問が残った。魔理沙は閻魔様に絞られてからというもの、嘘を吐くのをやめたと聞く。
第一、きのこを飲むだけなら自分で飲めば良いじゃないか。まさか、自分で飲めないようなものを他人に試させる魔理沙ではない。……と思う。
それに、何故こんな雪の中、わざわざ?
「頼むよ、なあ」
魔理沙は遠慮がちにアリスを見上げてくる。いつもの快活さは完全に影を潜めているように見えた。
「……ちょっと待ってなさいよ。いま、人形たちは使えないから。私が淹れてくるわね」
そう答えると、魔理沙は驚いたように一瞬顔を輝かせ、しかしすぐに視線を逸らし、顔を上げないまま詫びた。
アリスはベッドから立ち上がり、魔理沙を残してドアの方へ歩く。
「それから」
アリスはノブに手を掛け、振り向きざまに言った。
「私の本を持ち出そうなんて思わないことね」
唐突な挑発に魔理沙はようやく顔を上げ、力は無いが、いつもの皮肉げな声色で応えてみせた。
「なんだ? レーザーでも出るのか?」
「いいえ」
アリスは薄く笑う。
「本からは出ないわよ」
まぁ、きっと何かあるんだろう。アリスは湯を沸かしながら思った。
嘘も吐き通せば嘘じゃなくなる。と、そういうことを平気で主張できる。魔理沙はそういう奴だ。
正直なところ、アリスにしてみれば魔理沙の事情なんてどうでもいいことだった。
ただ、魔理沙がここまでするほどの研究というものに興味があった。
少しくらい乗ってやってもいいだろう。と思う。内容によっては手伝ってあげてもいいかもしれない。
……なんであれ、魔理沙に頼られるというのは悪い気がしなかった。
ただ、それは魔理沙の話を聞いてからだ。二人で本物の紅茶でも飲みながら。
お気に入りの紅茶を持って部屋に戻り、ベッドで眠息を立てている魔理沙を見つけた。なんだそりゃ、とアリスは思った。
人間とはこうまでふてぶてしくなれるものなんだろうか。他人の家に窓から押し入り人の安眠を妨害し、茶を淹れて貰っている最中に眠りこける。
簡単なようで、なかなか出来ることではない。
アリスはティーカップとポットを載せた木の盆を机の上に置き、窓の具合を確かめた後、人形たちを労った。
上海人形、蓬莱人形、その他それぞれに言葉をかけ、一人ずつ髪を梳いてやった。彼女らはこうされるのが大好きなのだ。櫛が髪に流れるたび、人形たちは嬉しそうに首をすくめた。
アリスもこの反応が好きだった。たとえ自分が付けた自己満足の機能であったにしても、だ。
人形を元の場所に戻し、机の椅子に腰掛けた。魔理沙はさっきから身じろぎもせずに眠っている。
疲れていたんだろうか。
そういえば、魔理沙は秋ごろからやけに熱心に何事か研究していた気がする。紅葉が散る前に魔理沙が消えるなんて、と霊夢が境内を掃きながらぼやいていたのを思い出した。
秋から今までの間ずっと家に篭っていたんだろうか? それほど重要な研究? ……思いつかない。しかも、そうかと思えば結果も見ずに寝てしまうなんて。本当にあの茶葉(菌糸類なのに茶葉?)がそれほど重要なものであるなら、ほったらかしたりしないだろうに。
だが、重要でないなら魔理沙が雪の日に外出したりするか? それもこの夜中に。……考えられない。
とすると、本当に私に会いたかったんだろうか? 吹雪の夜、二人でお気に入りのお茶を楽しみたかった?
いやいや、とアリスは首を振る。あの巾着の悪臭は生物として受け付けられなかった。万一仮に美味だとしても、友人との語らいの夜に向いているとは思えない。
それでは、嫌がらせだろうか。
……説得力はかなり強いが、魔理沙がこれほど手の込んだ嫌がらせをするとは思えない。魔理沙なら石の代わりに魔砲をぶち込んで逃げる。
……結局のところ魔理沙の考えなんて、私がいくら考えても分かりっこないのかもしれない。
そう思うと無性に空しくなった。
眠気も散ってしまったことだし、今度は私が魔理沙の寝起きでも拝んでやろうか。
アリスは安楽椅子に腰掛け、灯りを消し、思索に集中した。
本能ではない、アリス自身の部分が、暗闇の中にいることへ戸惑いを覚えているのではないか。ここでアリスの考えは煮詰まっている。
その戸惑いの正体とはなんなのだろう?
具体的にはこういったものだ。
アリスは窓の外を眺めている。それか人形の髪を梳いていたり、毛布の中で空想に耽っている。部屋に灯りは無く、完全な暗闇がアリスを包んでいる。そんなときふと、アリスは唐突に、自分が暗闇の中にいることに戸惑いを覚える。窓枠の冷たさが奇妙に浮き立って感じられるのだ。まるで過去に記憶した感覚が思い出されているだけのような。
そう思い始めると、風に吹かれた窓枠の軋みも、自分の心臓の鼓動も、みんな出来の悪いレプリカであるかのように感じられはじめる。自分の身体も、家具も、部屋の外の世界も、黒々とした絵の具で塗りつぶされてしまったようで、真実味を失っている気がする。
アリスには分からない。
暗闇に限らず、自分以外の存在がそこに確かに存在するという証明は決して得られないものなのだ。疑い出せば、自分の意識以外の全てを疑うことが出来る。アリスは世界を疑うほど猜疑心旺盛ではない。
にもかかわらず、暗闇の中では、家具から世界に至るまで、全てが疑わしく思えてしまう。
何故?
アリスは思考を止め、ため息を吐いた。結局何も得るものが無い。
紅茶でも飲もうと灯りをつけ立ち上がり、机の椅子に座り直した。紅茶は湯気こそ出しているものの、もうすっかり温くなってしまっていた。
この分なら、魔理沙の巾着の中身でも試してみた方がどれだけ有意義だったか。
まだ、他人の目覚めを待つには早すぎる時間だった。
アリスはカップを下げようと、まずドアを開け、それからお盆を持って部屋を出ようとした。
そのとき、魔理沙がなにやら呻いていることに気付いた。
寝言なのか、下らない悪戯なのか。
アリスはため息を吐き、お盆をまた机の上に置いた。それから静かにベッドに歩み寄り、うつ伏せ気味になった魔理沙の顔を覗き込む。
そこでようやく、魔理沙が本当にうなされていた事に気が付いた。
驚いた。
アリスの常識から言って、うわ言を繰り返すほどの熱に犯されながら空を飛ぶことなんて、人間には不可能だったから。
◆
お茶を淹れにアリスが部屋を出て行った後の話。
アリスがドアを閉めたのを確認すると、魔理沙は大きく息をつき、ベッドに腰を掛けた。
「お前らのご主人って、存外単純だよな」
上着の釦を外しながら、魔理沙は窓に群がる人形たちに話し掛けた。聞いているのかいないのか、人形たちは動きを乱すことも無く、丁寧に木枠のところへ羊皮紙を貼り付けていく。
「ふむ。器用なもんだ」
魔理沙は呟き、気だるげに額に手を当てた。微熱。
「うーん。どうだろうな、こりゃ」
効き目が弱い気がする。それとも効果が出るのが遅いのだろうか? どちらにせよ、改良の余地があるようだ。
もう少し、時間があれば……。
魔理沙はもう一度ポケットを探り、丸薬を取り出した。
それを出来るだけ舌に触れないようにしながら口に含み、嚥下して、ベッドに横たわった。薬の苦味というのはどうも苦手だ。
それからすぐ、睡魔によく似た黒い泥が魔理沙の意識を飲み込んだ。
◆
魔理沙の高熱に気付いてから半刻もしないうちに、アリスは魔理沙の症状が自分の手に負えないものだと思い至った。紅茶を淹れて冷めるほどのあいだで、これほど劇的に症状が進行する病なんて、常識ではとても考えられなかった。
当たり前のことだが、アリスの持つ常識程度の医学知識ではどうにもならず、対症療法にも限界があった。
アリスには魔理沙を救うことは出来ない。
アリスがそれを認めたのは、もう半刻経ったころだった。
アリスは魔理沙の胸に耳を当て、その音をしかと脳裏に刻み、人形も連れずに飛び出した。
急がなければ。急がなければ。アリスはそう唱えながら空を目指した。
誰なら、助けてくれるだろうか。 一体誰なら。
霊夢だろうか。パチュリーだろうか。悪魔だろうか。蓬莱人の薬師だろうか。それとも幸運の兎だろうか? それとも……白玉楼の亡霊だろうか。
背の高い木の梢を抜け、アリスは先を急いだ。急げば急ぐほど、冬の冷気は鋭さを増した。すれ違いざまに容赦なく四肢を切りつけ、次の瞬間には無表情に素通りして行った。
アリスは手足に酷い凍傷を負った。身を守る手立てなどどこにもありはしない。それでも尚速く速く空を駆けた。ただ急き立てられるままに、アリスは駆けた。
深夜の暴風雪のなか、アリスは自分の弱さを呪いながら、決して立ち止まることのないように進み続けた。
そうか、とアリスは思った。
暗闇の中で、私はきっと不安だったのだ。孤立してしまうようで。
濃密な暗闇はいとも容易にアリスから方向感覚を奪った。アリスは既にどちらに向かって飛んでいるのか――本当に水平に飛んでいるのかさえ判断できなくなっていた。
しかしそれは、もうさして重要なことではなくなっていた。どうせ、この吹雪の中では目を開けることも叶わないのだから。
それでもアリスは飛び続けた。そうすることだけが、暗い影を振り払う術だったのだ。
◆
目を覚ますとそこはアリスの部屋だった。
「ふむ」
魔理沙は額に置かれた手ぬぐいをどかし、身体を起こした。
「今回は、やっぱり成功してたみたいだな」
呟き、満足げに頷いた。この分なら二錠目は要らなかったか。
身体の関節をいろいろ動かしてみるが、特に異常は無い。全体的にだるさは多少残っているが、このくらいの後遺症なら問題もあるまい。
魔理沙は満足げに、いたく満足げに頷き、自らの弛まぬ努力に想いを馳せた。
秋口に思いつき、ようやく今日完成にこぎつけたのだ。
「仮病薬なんて、誰も思いつくまいよ」
この薬のミソは、これを使えば仮病も嘘にならないことだった。実際マジで苦しい。
ただ、だからこそ閻魔さまも怒れまい。
しかも私は、この発想力を自分の為に使わない。閻魔さまも言っていた。お金は稼ぐことが既に善行なのだと。
まず、門番には間違いなく売れる。霊夢……は無理だな。病気しても意味ないし。もしかしたら妖夢には売れるかもしれない。あとは藍……か。動物に効くかはまだ試して無いや。
妖怪には、今日是非試してもらいたかったのだが……。
「しかし、これは」
魔理沙は腕を組み、寒風が吹き込む羊皮紙の大穴を眺めた。
「……効き過ぎには要注意だな」
頭を掻き、心の中でアリスに詫びる。
「ちょっと、驚かすくらいのつもりだったんだがなぁ」
そうは言いながら、あのアリスが取り乱すほどの出来栄えなのかと魔理沙は満更でもなかった。
薬の効果が現れず、きのこの粉末でお茶を濁そうとしたことなどもう忘れていた。
アリスのことだから特に心配も無いだろう。
魔理沙はそう思い、ベッドの温もりの中へ潜り込んだ。
この冬でも特に冷え込む夜だった。
しかしその半刻ばかりあと。
魔理沙は箒をむんずと掴み、羊皮紙の大穴から身を乗り出していた。
なんというか、このままだと閻魔さまに怒られる気がしたのだ。なんとなく。
孤立云々のあたりで思い浮かべつつあった評価用コメントが、肩透かし食って完全に行き場を失っておりますですよ。
ならコメントするなって話になりますがw、まあこれがコメントって事で一つ。
嗚呼、裏切られたw
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