白玉楼に春が来た。
と言っても、この話は暦の上では秋が舞台であるし、リリーホワイトが訪れた訳でも無い。
主に、住人の頭の話である。
無断でそのフレーズを使用するとは何たることか、と某巫女から損害賠償の訴えがあったとの噂もあるが、
噂は噂に過ぎないので、放置させて頂きたい。
それはともかく、白玉楼だ。
現在、この春の都の住人は二人。
言うまでもなく、幽々子と咲夜だ。
アリスは何処行ったのさ、との意見が出そうだが、彼女には彼女の使命がある。
そうそう気安く魔法の森を離れる訳には行かなかったのだ。
という訳で、変態の絶対数こそ現状維持となっていたが、その濃度は前日までとは一桁違う。
それを示す出来事が、今まさに起ころうとしてた。
「第一声から申し訳ないのだけれど、ちょこっとダウンさせて貰うわね」
「え?」
ばたん、では余りにも芸が無いし、ドグワッシャア、では凄惨に過ぎる。
言うなれば、ぽてり。
そんなてゐの尻尾が落ちたような音が示したのは、幽々子が倒れたという事実。
生活観溢れる卓袱台に陣取っては茶を啜っていた最中の、突発的な出来事であった。
「ゆ、幽々子!? まだ状況背景すら語っていないのよ!?」
「ウフフフ……意表を突くを通り越して理不尽な展開で御免なさい……でも、もう私は限界なの……」
咲夜は慌てた風を装いつつ、幽々子を抱き起こす。
大方、お腹が空いただの、おっぱいが重くて疲れただのそんな理由に違いないとの判断だ。
もしも後者ならば、率先して手術を慣行して差し上げよう。
無論、麻酔無しで。
「キイイイ! この後に及んでまだ存在感を示すかダブルロケット!
不条理な世に鉄槌を! 立てよ者ども! 今こそ世界を革命する時よ!」
「心配するよりも先に、そっちに切れるだなんて、流石は我が同志ね」
「気にしないで、これはノイズ! ノイズキャンセラーは売れないの!
……って、そうじゃないわ。一体どうしたと言うの?」
「ふ……妖夢分が足りないのよ……」
「妖夢分!?」
寝惚けるのも大概にしろや、との突っ込みは入らない。
盟友たる咲夜には、一瞬にして幽々子の言葉の意味する所が理解できたのだ。
この場合、出来てしまった。というほうが正しいかもしれないが。
「その妖夢分とやらは、当然妖夢自身に含まれるものなのね?」
「ほほほ……当たり前でしょう……ゴッファ!」
喀血の代わりにエクトプラズム放出を行う幽々子を余所に、咲夜は思考を進める。
「(妖夢がここを飛び出して早四日……確かに限界が来てもおかしくは無いけど……)」
問題なのは、何故幽々子のみに限界が来たのかという点だ。
幽々子の言葉を使うなら、咲夜にもレミリア分欠如による被害が出てしかるべきなのだ。
が、現実に咲夜はピンピンしている。色々と。
対象へと注ぎ込む劣情……もとい、愛情の量の差ということか?
否、断じて否である。
たとえ胸囲において永遠の差が付けられようとも、
レミリアへの邪なる思いだけは否定される訳には行かなかった。
「丸秘映像の鑑賞会をしたり、帽子の代わりに妖夢のドロワーズを被ったりと努力はしたのだけど……、
もはや新鮮な妖夢分からは程遠かったわ」
「ああ、ナチュラルすぎて思わずスルーしてしまったけど、そういう事だったのね」
ここで咲夜は唐突に理解した。
自分には、例え異次元の彼方であろうとも見通せた気になれるマジカル咲夜ちゃんアイ(レミリア限定)や、
いかなる音声も聞き漏らさないという事にしてあるマジカル咲夜ちゃんイヤー(レミリア限定)や、
空想具現化に成功したという妄想に浸れるマジカル咲夜ちゃんプレイン(レミリア限定)といった特殊技能がある。
だが、幽々子はそれを持ち合わせていないのだ。
恐らくは、物心付かぬような時分から、同じ屋根の下で暮らしていた事による弊害であろう。
傍にいるのが当たり前であった為に、そうしたスキルを身につける機会が無かったのだ。
咲夜よりも早く限界へと達したのはその為だ。
しかし、彼女の構成要素の主たる領域を占めるであろう妖夢分の欠如はまさに致命的である。
つのだ☆ひろから☆を取ってしまったら何が残るというのだ。
もう一つの重大な要素である額の@も、ドロワーズ着用中につき失われているのだから皮肉なものだ。
「ああ妖夢……猫耳とても似合ってるわ……ここは私も狐耳で式神プレイを堪能しましょう……
尻尾! ふるふると揺れる尻尾が私を狂わせるヴヘァ!」」
「……ちっ」
ついには幻覚すら見始めた幽々子を前に、思わず舌打ちをする咲夜。
妄想自体に問題は無くとも、その後に訪れるであろう反動が幽々子に致命傷を与えるに違いない。
もっともそうなった所で、咲夜には何の実害も無かったりするのだが、それは魂的に許されなかった。
キャプテンの名の下に誓った同志を見捨てるなどあってはならないのだ。
「こうなれば、やるしか無いわね」
事は一刻を争う。
故に、咲夜は決意した。
他ならぬ幽々子の為に動くことを。
「オペレーションシルヴァーチャーム発動よ!」
「二冠馬と作戦に何の関係があるのよ」
「倒れてるくせに突っ込むんじゃないの」
「そうなると、次は私がオペレーションカリズマティックを発動しないと駄目なのね」
「だから、次とか言わないで」
「次が無い? ……まさかオペレーションウォーエンブレム!?」
「いいから寝てなさい!」
割と余裕だった。
「……ん?」
「どうしました?」
「いえ、少し悪寒が走ったような気が……」
「へえ、元気なお母さんなんですね」
「それはオカンです」
もう突っ込みも慣れたものだった。
庭師から侍従長への転職を果たした所で、妖夢がこの役割から逃れられる事は無い。
むしろここに来て、より機会が増えている感があるくらいだ。
その原因は、大半が図書館在住の面々だった。
そして今、妖夢が相対しているのが、ツートップの内の一人、最終天然兵器こと小悪魔である。
彼女の繰り出す無限の如きボケは、突っ込み四段の腕前を持つ妖夢でも御せるものではない。
が、その点にさえ目を瞑れば、紅魔館内で気を遣わずに話が出来る数少ない人材であった。
故に、こうして妖夢は小悪魔と余暇を共にしているのだ。
場所が図書館ではなく、裏庭の畑なのが難点だが。
「お母さんはともかくとして、少しお疲れなんじゃありませんか?」
「そう見えますか?」
「はい。どちらかと言うと、肉体的なものより精神的なものでしょうか」
「……うー」
小悪魔の言は、まさに真実を突いていた。
今だ慣れたとは言い難い中間管理職の任だが、その程度で疲労するほど柔な鍛え方はしていない。
しかし、心の問題ばかりは別である。
先日の美鈴の助言で、仕事上の気苦労こそ薄れたものの、
それを上回ること遥かな難題の誕生により、今や妖夢の胃には完全に穴が開いていた。
気力及び八意印の胃薬で何とか抑えてはいるが、
根本的な問題をどうにかしない限り、妖夢が安息を得る日は訪れぬであろう。
いと哀れなり。
「あのぅ、私で良ければ相談に乗りますよ?」
「いえ、それはちょっと……」
妖夢は思わず口篭る。
『実は、前のご主人様と元侍従長が手を組んで、私とレミリア様を狙っているんです。もちろん性的な意味で』
等とは口が裂けてもドロワーズが破れても言えなかった。
無関係の小悪魔に迷惑を掛ける訳には行かない……等と男気溢れるな理由ならば良かったのだが、
実際のところは、単に身内の恥を晒すようで恥ずかしいだけだった。
勿論、言った所で解決するよりも余計混沌とするに違いない、と思ったのも事実だが。
「……そうですか、仕方ありませんね」
深く追求する気は無かったのか、小悪魔は視線を外すと、ジョウロ片手に畑に向かってすたすたと歩みを進める。
そして、おもむろにスイカへと水を撒き始めた。
『やっ、冷たっ……何これぇ』
……のような誤解を招くのは拙いので漢字へと変換しよう。
萃香ではなく西瓜だ。
「私にはこうして野菜に水をやる事しか出来ません……」
「いや、図書館の仕事しましょうよ」
「ですが、妖夢さん。貴方になら出来る、貴方にしか出来ない事がきっとある筈です」
「それ先週私が言った台詞ですから……って、まさか!?」
ふと、妖夢は周囲を見渡す。
大丈夫、巨大な首などが飛んでくる気配は無い。
どうやら、なし崩しに新世紀ごっこが始まるという最悪の事態は避けられたようだ。
「気持ち悪い……」
「!?!?!?!?」
一足飛びかっ、と内心で叫びつつ、妖夢は声に向けて振り返る。
大丈夫、首を絞める準備は万端だ。
「どうなさいました? パチュリー様」
妖夢が口を開くよりも早く、背後から小悪魔の声が飛んだ。
目視していない筈なのに、こやつニュータイプか。
と言いたい所だが、実際問題、数十年に渡って主従関係を結んでいるのだから、
遠方の呟き程度で存在を認識するのも、さして難しいものでも無いのだろう。
事実、今の声が幽々子のものであったならば、妖夢も振り返る事なく気付いた筈だ。
「(……いけない。過去は振り返るな)」
妖夢は頭に浮かんだ亡霊の存在を、ぶんぶんと振り払う。
今や幽々子は、排除すべき敵以外の何物でも無い。
半人前である自分を厚遇してくれたレミリアの為にも、その点だけは違えてはならなかった。
「どうもこうも無いわ。私に炎天下の元を歩かせるんじゃないわよ」
「はあ、もう日も落ちかけてますし、別にお願いもしてませんけど」
「……焼畑農業……」
「済みません。生意気ぶっこいてごめんなさい。
私はどうなっても構いませんから、この子達だけは……!」
「自身よりも野菜を守るとは、農夫の鑑ね」
「恐れ入ります」
「褒めてないわ。……って、そうじゃない。用があるのは妖夢のほうよ」
「はい?」
「徹夜の成果を見せてあげるわ。ついて来なさい」
「……はあ」
言うや否や、パチュリーは館内に向けて歩みを進める。
無論、妖夢に選択の余地は無い。
内容から察するに、また何かしら骨を折ってくれたものとは思われたが、
それが良き未来と直結しないことを妖夢は知っていた。
「妖夢さん」
「?」
「安心して良いですよ。パチュリー様、貴方のことを気に入ったみたいですから」
「……そうですか」
悲しい事に、素直に喜べなかった。
二人が向かった先は、言わずとも知れた図書館。
そこでは、意外な人物による出迎えがあった。
「レミリア様? お早いお目覚めですね」
「……起こされたのよ。無理やり」
仏頂面と称するに相応しい表情に、思わず妖夢は苦笑する。
成る程、まだ夜にもなっていない時分に呼び出されたのでは、機嫌も悪かろう。
その証拠に、隣に立つ美鈴の顔には、くっきりと爪跡が残されている。
大方、起こす際に暴れられたのだろう。
どうせあと数分もすれば回復するのだろうが。
「さて……貴方達を集めたのは他でもないわ。
知っての通り、現在紅魔館は未曾有の危機に直面しているわ」
「「「……」」」
確かに、こんな事態が過去にあったらそれはそれで大変だ。
「奴等の目的がレミィと妖夢にあるのは明白。
でも、問題なのはそれが直接的な攻撃とは等しくないという点よ。
故に我々は、一瞬たりとも気を抜くことが出来ない……」
「「「……」」」
然り、である。
変態と一言で言うのは簡単だが、その思考回路は到底洞察可能なものではない。
今こうして悠長に会合などを開いている間にも、跳梁跋扈している可能性は否定できないのだ。
「そこで、私は対抗策を考える事にしたわ」
「対抗策?」
「ええ。これさえ上手く行けば、少なからず心理的なプレッシャーからは解放されるはずよ」
「パチュリー様……」
妖夢は心の中で泣いた。
嗚呼、私はこの人の事を誤解していたのだ、と。
確かに言動は奇妙奇天烈極まりないし、蓄えた知識は芸の道の追求にしか活用されないし、
果てには尻尾という名前のバイブを持ってにじり寄るという、明らかにあちら寄りの人物ではあったが、
それでも彼女は二つ名を無視して動いてくれたのだ。
例えそれが、先日の失態を覆い隠す為の方策だとしても、何の問題があろうか。
「そして、徹夜の成果がこれよ」
そう言うと、パチュリーは掌大の丸っこい物体をごとりと置く。
俗に言う水晶玉だ。
「これは?」
「敵は、隠密のスペシャリストである亡霊と、目的の為ならば手段を厭わない完全なメイド。
こいつらを相手取るのにもっとも厄介な点が、感知の難しさよ。
そして、これがそれを補う為のマジックアイテム……名付けて、プリズマティカリゼーションクリスタル!」
「「「長っ!」」」
「まぁ、フルネームが面倒ならプリズマ大先生とでも呼んで頂戴」
「なんでやねん」
ぽすり、とレミリアの逆水平チョップが、密やかに豊かな胸元へと決まる。
流石にここで全開突っ込みを行えば、殺人事件となる事くらいは理解していたようだ。
「そ、それで、そのプリズマ大先生とやらはどういう用途で使われるのですか?」
「言ったでしょう、感知手段を補う為と。
既に術式は完成しているから、後は起動命令を送るだけで始動するわ」
そう言うと、パチュリーはシンプルな文様を宙空へと描く。
こうした何気ない動作を見るにつけ、彼女が魔女なのだと言う事を改めて実感させられる。
もっとも、こんな機会でも無いと実感できない辺りが何か間違っているのだが。
「探知範囲内に変態が侵入すると、色が変わり出すわ。
まず最初は赤く。そして距離が近づくにつれて橙、黄、緑、青、藍……そして最終的に紫へと変色するの。
これは同時に、その侵入者のアブノーマル度合いを示す指標でもあるわ。
だから、多少の変わり者が近づいたくらいでは色は変わらない。
でも、あのクラスの面々ならば、敷地内に入り込んだ段階である程度の反応を示すはずよ」
「……」
何だか聞き覚えのある色が無数に含まれているが、
それが虹の色を指し示している事くらいは分かっていたので、驚きには値しない。
だからプリズマ大先生なのだろう。
が、問題はそこではない。
「ねぇ、パチェ。私の視覚が正常なら、もう紫になっちゃってる気がするんだけど?」
「へ?」
レミリアの言葉通り、既に水晶玉は紫一色に染まっていた。
まるでスキマ妖怪の笑い声が聞こえるような、どぎつい色である。
「まさか、もう侵入しているという事ですか?」
「い、いえ、それは無いわ。
ここまで変化するという事は、半径数メートルの範囲まで接近している筈だもの。
おかしいわね……術式の組み方に問題があったのかしら」
「「「……」」」
動揺するパチュリーに、三対の視線が突き刺さる。
皆は知っていた、水晶玉が変色した理由を。
「……なるほど。無理からぬ事ですね」
「……まったくね」
「パチェ、貴方の魔法は完璧よ」
「え? え? え?」
どうやら自覚は無かったらしい。
一つ、確実に言えるのは、
このプリズマ大先生は、ヴワル魔法図書館に存在する限り、何の役にも立たないであろうという点だ。
「さて、どうしたものかしら。使い方さえ誤らなければ運用は出来そうだけど……」
「美鈴さんに持ってもらうというのはどうでしょうか?」
「え、私?」
「私やレミリア様は移動が頻繁ですし、何よりも観測の基点としては弱い気がします。
かといってここは論外ですので、そうなるとやはり……」
「論外って何ー!?」
嘆きの叫びを上げるパチュリーを余所に、美鈴は瞑目しては思考に浸る。
が、それも一瞬だった。
「……うん。確かに私なら、殆ど門から動かないし、役割的にも合ってるかな。
ということで、これは私が預からせて頂きますが、宜しいですか?」
「そ、そんなもの認められ「ええ、任せたわ中国」
パチュリーの言葉を意図的に遮るレミリアのゴーサイン。
紅魔館において、レミリアの言葉は絶対である。
ここに、紅魔絶対防衛線は確立されたのだ。
「その名前、簡単に突破されそうだからやめませんか」
突っ込むな。
「では、ただちに防衛任務に入ります」
プリズマ大先生片手に、意気揚々と扉へと向かう美鈴。
が、何か思い出したのか、くるりと振り返ると妖夢へと口を開いた。
「あー、そうだ。妖夢ちゃん」
「何でしょう?」
「それ、気に入ったの?」
「……少し」
妖夢のホワイトブリムには、今だ猫耳が装着されたままだった。
「猫、猫か……それもアリなのかなぁ……」
「あ、隊長。どうしたんですそれ? 占い師でも始めるんですか?」
「んー、だったら良かったんだけどねぇ。
残念なことに、これが今後の紅魔館の運命を握るアイテムだったりするのよ」
「??」
訳が分からないといった態の部下を余所に、美鈴はプリズマ大先生を宙に掲げては透かす。
その色合いは、無色透明。
「(この程度では変わらない、か)」
美鈴は、少なからず紅魔館の住人がアブノーマルだという事実を理解している。
それは門番隊の面々も例外ではない。
一日二十回は門柱に向けての頬擦りを欠かさない、文字通りの門フェチや、
何人たりとも背後に立つことを許さないという性癖から、常に壁を背にする役立たずのデュークフェチ。
果ては、幻想郷はいてない協会の会長までおわす始末だ。
勿論、美鈴の事だが。
一体どんな活動をする協会ですかと尋ねれば、はいてない事の素晴らしさを世に伝える為と答えるだろう。
その為に日夜、ストライパーズなる謎の軍団やら、ドロワーズ普及委員会との死闘を繰り広げているのだ。
閑話休題。
ともかく、現実としてプリズマ大先生は反応を示していない。
思いっきり顔を近づけると、辛うじて赤みがかる程度だった。
「(まぁ、自分が健全だと証明されるのは嬉しいけどね……)」
しかし、この色合いが変化したその時こそが、紅魔館が動乱に巻き込まれる瞬間である。
相手が亡霊とやらなら、事前情報が皆無に等しいので覚悟も決められよう。
が、相手が咲夜となると話は別だ。
果たして自分は、あの人間を超越した存在に立ち向かう事が出来るのか?
……否、出来る出来ないではない。
やるしかないのだ。
無論、私情はある。
性癖はともかく、美鈴にとって咲夜が近しい存在であったのは事実だから。
しかし、それは紅魔館を守るという大前提においては、決して絡めてはいけないものなのだ。
だから今、こうして美鈴は門番の任に就いている。
レミリアを、そして妖夢を害悪から守る為に。
「……!」
そう決意した瞬間だった。
プリズマ大先生が、そのお力をついに発揮なされる。
無色だったはずのそれが、次第にはっきりとした赤へと。
そして赤色はたちまち、橙色へと変色を始める。
それは脅威の接近を如実に表す事態であった。
「総員、警戒態勢に入りなさい! 僅かな揺らぎも見逃すんじゃないわよ!」
放たれた凛とした一声に、門番隊一同に緊張が走る。
「(……気配は皆無……まだ遠いの?)」
美鈴は周辺の気の流れを探るが、今だ反応は見られない。
が、現実にプリズマ大先生は、変態が迫り来ることを知らせている。
さては、地中から坑道を掘り進めて侵入か?
海中からのズゴック作戦という可能性もありうる。
はたまた、大気圏外からの降下作戦やもしれない。
等とガンダムっぽい思考を進める最中も、プリズマ大先生は大活躍中。
今やその色は、緑から青へと変わろうとしていた。
「妙ね……」
これだけの変化を見せるのだから、既に目標は視界に入っていて然るべきだ。
しかし、何ら変わった様子は見られない。
遥か遠方で、どこかで見たような青っぽい妖精が、湖を凍らせて遊んでいるくらいだ。
別段それは珍しい光景でもないし、何よりも周辺一体が平穏であることの証明だろう。
そして、ついにプリズマ大先生が藍色へと変色したその時。
「どうした? 侵入者でも現れたのか?」
口調からは想像も付かないソプラノボイスが、門番隊の背後から響いたのだ。
「妖夢ちゃ……じゃない、侍従長殿?」
「……前半部は聞き逃しておいてやろう。で、これは何事だ?」
「い、いえ、プリズマ大先生が反応を見せたもので……」
「なに?」
妖夢はつかつかと歩み寄ると、プリズマ大先生を覗き込む。
美鈴との身長差もあってか、見上げるという表現のほうが正しかったが。
「……確かに過大な反応だな」
「ええ。見ての通り敵対存在は確認出来ませんが、用心に越した事はありません。
侍従長殿はどうか館内へとお戻り下さい」
「分かった。レミリア様をお守りするとしよう」
門番隊一同は、本能的に敬礼を返す。
妖夢がこのモードに入った場合、紅魔館メイド衆は、軍隊へと変貌するのだ。
「妖夢ちゃん、大丈夫ですかね」
「ん?」
「何か、怯えてるように見えました」
「……かもね」
言われるまでもなく美鈴が一番良く理解していた。
仕事場において、妖夢が別人のように変貌するのは毎度の事であったが、
それでも幼さ故か、内心は隠しきれてはいなかったのだ。
「それにしても、この大先生役に立たないわね。
俺は待ってても私は待ってないっての」
意味不明な言動とともに、改めてプリズマ大先生を覗き込む。
紛うことなき無色透明である。
ならば先程の急激な変化は何を示していたのか。
まさか、今の妖夢が誰かの変装によるものだったとでも言うのか。
有り得ない。そんな事が出来るなら、とうに紅魔館は敵の手に落ちている筈だ。
「……んぁ?」
そこに、プリズマ大先生が新たなる変化を見せた。
無色から突然藍に、そこからまた無色になっては、次に緑へと。
赤、藍、黄、橙、黄、緑、青、藍、黄……。
あまりに目まぐるしい変色に、てんかんの症状を起こすメイドもいたとかいなかったとか。
「舐めるなああああああああああああ!!」
憤りもそのままに、プリズマ大先生をオーバーハンドで投擲する美鈴。
が、流石はパチュリー謹製。
ただの水晶製である筈のそれは、何事も無かったかのように壁から跳ね返ると、
ころころと転がって、美鈴の足元まで戻ってきたのだ。
「……」
美鈴は涙を拭いつつ、プリズマ大先生を抱え上げる。
出来の悪い子ほど可愛いとはこの事か。
違うか。
「結局、パチュリー様の魔法を当てにするのが間違いだったって事かし……え!?」
その時、確かに美鈴は見た。
今だかつて無い変色……紫を通り越し、黒にすら映るプリズマ大先生の存在を。
「た、隊長! アレを!」
「……!?」
そして、湖の上をモデルウォークで歩く、メイドの存在を。
「(まさか、真正面から現れるなんて……!)」
どうして生身で水上歩行が可能なのか、等という突っ込みは端から浮かんでいない。
彼女ならば、その程度は鼻歌混じりにこなした所で何ら不思議ではないからだ。
ゆっくりと門に向けて歩み寄る、メイド服姿の女性。
それは、十六夜咲夜に他ならなかった。
「……止まりなさい。許可なくこの門を通ろうとするものは排除します」
理解した上で、あえて美鈴は決まり文句を投げつけた。
「すっかり敵対存在扱いになっちゃったのね。昔を思い出すわ」
「扱いじゃありません。今の貴方は最優先の排除対象へと指定されています。
勿論、レミリア様の命によって、です」
「……そう」
ふっ、と自嘲するかの如き表情を浮かべる咲夜。
それは、少なからず後悔の念が残っている事を示していた。
……と思えたのは一瞬だった。
「流石はお嬢様……放置プレイだけに留まらず新たな道を模索するだなんて……。
でもご安心下さいませ。この咲夜、お嬢様の期待に答えるべく、日々努力を欠かしてはおりませんわ。
ほら、こうして首輪も付けて来たのですよ。さぁレッツ犬プレイ!」
「……」
駄目だこいつ。
それが美鈴の結論だった。
もはや咲夜を救えるのは咲夜自身以外に存在し得ないに違いない。
行き着くところまで行き着いてしまったもののみが辿り着ける境地だ。
とはいえ、はいそうですかと通すという選択肢は有り得なかった。
「ともかく、ここを通る事はまかりなりません。お引取りを」
「あら、排除するんじゃなかったの?」
「……」
出来るものならば、したい。
もはや旧友としての念は、未曾有の変態力の前に掻き消えている。
が、それとは別に、我々でこの際物に勝てるのか? という根本的な問題が立ちふさがっていた。
互いに手の内を存分に知っているからこそ、その明白な実力の差が否定出来なかったのだ。
恐らくは、自分達に出来るのは時間稼ぎのみ。
だからこそ美鈴は、揶揄されようとも、積極的な戦闘を望まなかったのだ。
「ま、良いわ。じゃ言われた通り帰るとしましょう。お嬢様によろしくね」
「へ?」
あろう事か、咲夜はあっさりと美鈴の言を受け入れた。
隙を狙う為の虚言かとも疑いもしたが、
彼女ならばそのような手段を使わずとも、いくらでも隙など作れるだろう。
そして、現に、今来た道……湖の上をすたすたと歩いては遠ざかって行っているではないか。
しかも、その瀟洒なる臀部からは、紛れも無い犬尻尾が伸び、あまつさえ振り振りされているではないか。
プレイの準備が万端だったという証明だ。
「た、隊長。どうします?」
「……臨戦態勢を解除。全員、警戒態勢のシフトに戻りなさい」
美鈴はそれだけを言うと、地面にがくりと膝を着いた。
その脱力感、推測するにも憚れよう。
が、彼女はまだ理解していなかった。
これは、始まりに過ぎなかったのだ、と。
「仮面の忍者月影、ここに推参! さあ時代劇プレイを堪能しましょう!」
「総員戦闘配備っ!!」
「あー、もし。わたしゃ流浪の針師じゃがね。ここな吸血鬼のお嬢さんに是非太いものを一針……」
「総員戦闘配備っ!!」
「ハァイ。愛欲と劣情の限りを詰め込んだニューソングはいかがかな?」
「総員戦闘はいびーーーーっ!!!」
今日も、月が美しかった。
が、それを眺める余裕のあるものが、どれだけいたことだろう。
結局、あれからは一度の戦闘も起こってはいない。
だというのに、美鈴を含めた門番隊一同は、今や疲労の極地にあった。
それもこれも、全ては咲夜と呼ばれていた筈のアレの仕業である。
大人しく引き下がったと思われた咲夜であったが、
それ以来、手を変え品を変えてはありとあらゆる手段で門前へと再登場していた。
どう見てもコスプレ大会としか思えないような稚拙な手段ではある。
が、そうと分かっていながらも、門番隊が気を抜く事は許されなかった。
そんな事をすれば最後、本性を現した咲夜の手により、強行突破は免れない所であったからだ。
故に、彼女達は少しずつ、咲夜という名のプレッシャーに押し潰されていたのだ。
「うー……」
門を背に、だらしなく座り込んでは足を伸ばす美鈴。
もはや精神的にも肉体的にも、規律を保てないまでに疲弊していたのだ。
「レミリア様や妖夢ちゃんは、こんなプレッシャーを毎日受けてたのね……」
改めて上司二人の偉大さに敬服する。
方向性こそ違えども、彼女らが日々を恐怖で過ごしていたのは事実だろう。
気軽に、薬なんぞに頼るなと言ってしまった自分が情けなかった。
このプレッシャーから身を守る為ならば、胃薬などは可愛いもの。
いっそクスリに逃げたところでも不思議ではなかろう。
しかし、この情勢はよろしくない。
咲夜の襲撃は、まるで留まるところを知らない。
既に深夜と呼んで良い時間帯にもかかわらず、その頻度はむしろ増えていた。
これからが本番。とでも言うつもりだろうか。
「(って……まさか、咲夜さんの目的はこれ?)」
直接的な排除ではなく、じわじわと精神的に追い詰めての防衛戦力の無効化。
それは戦略としては理に叶っていた。
咲夜や幽々子が、いかな強力な変態力を有していようが、所詮は多勢に無勢。
個々で行える活動など、たかが知れている筈だ。
ならば、こうして外堀から埋めにかかるという線は、多いに在り得る所だろう。
そして丸裸となった紅魔館に、魔の手が延びる……。
「駄目……それは駄目よ」
自分がここにいるのは、それを防ぐ為ではないのか。
それは美鈴とて分かってはいる。
分かってはいるが、心を奮い立たせる為の何かが、今の彼女には欠けていた。
『逆に考えるんだ』
「え?」
それは幻聴か、はたまた妄想か。
美鈴の元に、ダンディーと称するに相応しい声が届いたのだ。
『私が倒れれば守るものがいなくなる。じゃない。
私が守っている間は二人とも無事だ。と考えるんだ』
「……!」
発想の転換。
それは、美鈴の心を確実に揺るがした。
「(そうよ……こうして咲夜さんが私達に構っている間は、内部に手出しされる事は無いんだから……!)」
美鈴は立ち上がると、気合一閃。大地へと足を張る。
そして、誰とも知らぬ救いの声に向かって礼を述べた。
「ありがとうジョースター卿。私はもう迷いません!」
何故か名前が分かっていたのが謎だが。
「年上趣味だったの? まぁ分からないでもないけど」
「!?」
美鈴は反射的に振り返る。
一面の闇の中に、青白く浮かび上がるように見える人影。
発光塗料を塗布したメイド服です。
では余りにも芸が無いので、漲るオーラが目に映ったということにしておこう。
「中々頑張るわね美鈴。予定ではそろそろ無力化していた頃だったのだけど、当てが外れたわ」
「……咲夜さん」
「でも、もう私には時間が無いの。危険を承知の上で、イかせて貰うわ」
行く。では無い辺りが見事だが、今は突っ込んでいる場合ではない。
しゃきん、という音と共に、何処より取り出される無数のナイフ。
それは、強行突破の宣言に等しかった。
「……では、私も全力でお相手をさせて頂きます」
美鈴は門の前へと立ちふさがるように位置しては構えを取る。
あの日、咲夜が紅魔館を飛び出した瞬間から、こうなる予感はしていた。
が、現実に起こってみると、それほどの感慨は無い。
自分もまた、咲夜がいない日常に慣れつつあったという証拠だろうか。
「良い目ね。でも、浅いわ」
「!?」
一切の予備動作の無い、ゼロからの投擲。
放たれたナイフは、一直線に美鈴目掛けて突撃する。
その数、およそ十二本。
「(この程度なら……!)」
美鈴は、拳に気を送り込むと、はっ、と息を吐いては閃光の如き拳撃でナイフを叩き落す。
目視が可能だった以上は、回避も出来た筈なのだが、あえてそうはしなかった。
これまでの経験から、咲夜との戦闘においては、動きを最小限に止めることが大事だと理解していたからだ。
「もう一つっ!」
続けざまに放たれるナイフ。
先程に倍する量であり、しかも曲線的な動きで、美鈴を取り囲むような軌道を取っている。
「(……違う。これはブラフ!)」
それは確信だった。
美鈴は、迫り来るナイフに目もくれず、じっと咲夜へと視線を注ぐ。
当然、それは狙い違わず美鈴へと直撃……はしなかった。
全てのナイフは、美鈴の身体をぎりぎり掠める程度で通過するに過ぎなかったのだ。
「はあっ!!」
直後に気合一閃、目にも止まらぬ回し蹴りを放つ美鈴。
かしゅん、という音と共に、一本のナイフが地面へと叩き落された。
取り囲むように放たれたナイフ……それは即ち、全てが一定の間隔で放たれたという事だ。
ならば、軌道さえ読み取ることが出来れば、回避は容易。
……と、思い込ませるのが目的だと、美鈴は理解していた。
故にこの、まったくの死角から飛び込んできたナイフにも反応できたのだ。
「……咲夜さん。私を馬鹿にしているんですか?」
「どういう意味かしら」
「能力も使わずに、小手先の技で私を倒せると思っているのなら、それは大きな間違いです」
「……」
「だから、手加減無しで全力で臨んでください」
「まぁ、ね。倒すつもりならばそうしたんだけど」
ほう、と息を突く咲夜。
が、その時、美鈴が目にしていたのは表情ではなかった。
それは、咲夜の手元の懐中時計。
「言ったでしょ? 時間が無いって」
「あ、れ?」
今、自分が何をしていたのかを理解出来ない。
そんな妙な感覚を美鈴は感じていた。
だが、その正体は探るまでもなく理解していた。
『ギャーーーーーース!!』
「!? しまったっ!!」
門の向こう側から響き渡る絶叫。
恐らくは、園内の清掃に当たっていたものの声だろう。
あの時、悠長に口を開いてしまった瞬間に、勝負は決していたのだ。
美鈴の不戦勝という形で。
咲夜にとっては、空白の時間こそが、無限の可能性をもたらす福音なのだから。
「くそっ……!」
美鈴はやるせない気持ちをプリズマ大先生へと叩き込む。
勿論、無傷で跳ね返ってきたが。
「ふぃ~~~~」
紅魔館大浴場。
因幡ならずとも百人入っても大丈夫なその広大な湯船に浸かっているのは、今はただ一人。
侍従長、魂魄妖夢である。
重責を預かる者として、皆よりも先に一風呂浴びる等とは有り得ない。
との良く分からない矜持により、妖夢が一番最後に入浴するのはお決まりとなっていた。
決して、己の身体に自身が持てないから、という理由ではないのだ。
『妖夢ちゃーーーーーん!!』
「わっ!?」
突如、素っ頓狂な大音声。
当然ながら、浴場というものはその密閉性から、音声の類は大きく鳴り響く。
動揺した妖夢は、反射的に立ち上がり、見事に足を滑らせて湯船へと転覆。
水深1メートル以下で溺れるという器用な行為を強制されていた。
「ぷはっ……もう、何なのよ」
緊急時に際して、紅魔館の各所に非常放送設備が整っていたのは知っていた。
が、まさか浴場内にまで設えられていたとは思わなかったのだ。
『ごめんっ! 目標Sの侵入を許したわ!』
「な、何っ!?」
こちらの声は届かないと分かっていたが、それでも驚きの声が止められなかった。
目標S……それは即ち、十六夜咲夜の事だ。
これまでの報告から、幾度と無く侵入を試みていたのは知っていたが、
それは直接的な脅威とは結びつかないだろうというのが妖夢の判断だった。
妖夢はその境遇から、変態の行動というものを、誰よりも良く理解している。
直接的よりも間接的に、生身よりも被写体に、行為よりも言葉に。
傍から見れば非効率的極まりない方向への情熱こそ、彼女等が求めているものなのだ、と。
ぶっちゃけ、直接的な行為に走るような輩であったなら、妖夢は紅魔館などにはいない。
既に堕ちているか、自害しているか、殿中に走っていたかの何れかであろう。
ならば、咲夜の行動はただの陽動に過ぎない。
そう思っていたのだが……。
『方向からして、一直線にレミリア様の元に向かってるわ!
こっちも追ってるけど、追いつきそうにないの! 応援お願い!』
「く……アレは一体、何を考えてるのよ!」
現実として、咲夜は直接的な行動に走ったのだ。
タガの外れた変態は、何を仕出かすか分からない。そう結論付ける他ない。
目的が何であれ、レミリアの身に危険が迫っているのは間違いないのだ。
既にして妖夢に迷いは無かった。
「ここからなら間に合う筈……咲夜、お前の好きにはさせない!」
妖夢は脱衣所まで飛び込むと、バスタオルだけを身体に巻き、
器用にも二振りの刀を隙間に差し込んでは、一気に駆け出した。
時間にして、約二十秒といった所であろうか。
この僅かな猶予こそが、紅魔館のデッドラインであったと言えよう。
しかし、その時間は無駄とはならなかった。
妖夢は、間に合ったのだ。
「そこまでだ! 十六夜咲夜!」
「……ありゃま」
一面の闇へと包まれた中庭の一角。
丁度、真上にレミリアの部屋が存在するその場所で、妖夢は咲夜の姿を捉えるに至った。
正に間一髪という所である。
「随分と露出度を上げたのね。環境の変化によるものかしら?」
「悪いが、お前の戯言に付き合う気は無い。大人しく我が剣の錆となるが良い」
「へぇ……その口調、久し振りに聞くわね。うん、やっぱりそっちの方が好みかしら。
調教する前から従順じゃ面白く無いものね」
「……」
憤るよりも先に、力が抜けた。
これが行き着くところまで行き着いてしまったものの姿か。
卑屈さの欠片も無い辺りが、どこまでも救い難い。
「で、お前は私の部屋に乗り込んで何をするつもりだった?」
「!?」
決して大きくはない。が、それでも全身を貫き通すが如き鮮烈な響きを持った言葉である。
すっと闇から姿を見せたのは、誰あろうレミリア本人だった。
「あら、お嬢様。ご機嫌麗しゅう御座います」
「ぜんぜん麗しくないわ。というか、もうあんたは私の侍従でも何でもないのよ。
気安くお嬢様なんて呼ばないで」
「残念ですわ」
一応、最初の絶縁宣言だった筈なのだが、咲夜にはまったく動揺の様子が見られない。
それどころか、無駄に自信に満ち溢れた態度だった。
「それでは名前でレミリア。では如何でしょう。
ああ、良い響き……逆転プレイもまた乙なものですね」
「……」
レミリアはそっと瞼を押さえる。
彼女もまた、憤るよりも先に、別のものが込み上げてしまったのだろう。
何故私は、こんなにもアレな生命体を自らに仕えさせていただろうか、と。
「あの、レミリア様。どうしましょうか」
「……貴方は下がってなさい。これには私直々にお仕置きを下すわ」
「よ、宜しいのですか?」
「ええ。それがせめてもの情けというものでしょう」
レミリアは妖夢を抑えるように、一歩前に出る。
そして、騒ぎを聞きつけたメイド衆もまた、この場所へと集結しつつあった。
対する咲夜は、ただ一人。そして背には壁。
現在の紅魔館の実情を如実に現す光景である。
「基本に立ち返ってSMですか? 私としては一向に構わないのですが、
少々ギャラリーが多い気がしますわ。
まぁ、羞恥プレイも好みではありますが」
「安心なさい、快楽に変わるような生半可な痛みを与えるつもりは無いわ」
「残念ですわ。まだお嬢様にはこの素晴らしい世界が見えていないのですね」
咲夜は、ほう、とため息を吐くと、さも残念がるように首を振る。
とてもこれから処刑される人間の姿とは思えない。
「永遠に見たくないわよそんなもの。いいからさっさとやられなさい」
「いえ、それよりも先に、私の手品をご覧頂きたいのです」
「は?」
意外な言葉に、思わず聞き返すレミリア。
その隙に、咲夜は指をぱちんと鳴らすと、満面の笑みで言ってのけた。
「これぞ奇術、幻惑ミスディレクションに御座います」
「確保ぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
素っ頓狂な叫び声が紅魔館全域に響き渡った。
メイド衆は、反射的に声の方向へと目を向ける。
が、その中でただ一人。
妖夢だけは、振り向く前から、すべての事態を悟っていた。
「あ、あ、あ、あれは……」
図らずも声が驚愕に震える。
紅魔館のシンボル、時計塔。
その天辺に浮かび上がるシルエットに見覚えが無いはずもない。
紛れもなく、西行寺幽々子その人だ。
が、妖夢が驚いた理由はそれだけではない。
「わ、私のメイド服!!」
幽々子はメイド服を抱きしめる……だけでは飽き足らず、顔に押し付けてはくんかくんかと鼻を鳴らす。
欠如していた妖夢分を、早急に補給しているのだろう。
本人がこうして目の前にいるというのに、あくまでも服に執着する辺りが、実に変態的だ。
「……襲撃そのものが囮だったという事ね」
「くっ……」
どこか達観したような様子のレミリアの言葉に、妖夢は歯噛みする。
現にこうして、紅魔館のすべての戦力が、咲夜一人へと集結させられてしまっているのだ。
それの意味するところは、今日の咲夜の行動すべてが、メイド服奪取の為の物だったという事実に他ならない。
咲夜と幽々子の間に確固たる絆が生まれていたとの証明だろう。
単なるギブアンドテイクという可能性も捨て切れないが。
「そうだ、咲夜は!?」
「え? あ……」
気付いた時にはもう遅かった。
追い詰められていた筈の咲夜の姿は既に無い。
恐らくは、幽々子の叫びに気を取られていた隙に離脱したのだろう。
幻惑ミスディレクションとは良く言ったものだ。
「妖夢ー! 貴方からの贈り物、大切に使わせて貰うわー!
また会いましょうねー!」
「使うなあああああああああああああああああああああああああ!!」
妖夢の魂の叫びも空しく、幽々子とメイド服は、夜空へと消えた。
そして、訪れる静寂。
誰一人として声を発するものはいない。
こいつらアホだ。との失礼な感想を浮かべる輩もいたが、決して表には出なかった。
兎にも角にも、はっきりしているのは、
紅魔館は二人の変態の前に、完全な敗北を喫したという事実だった。
深夜の白玉楼とは、本来荘厳であるべきだろう。
冥界という土地柄もあって、どこか恐ろしさすら感じさせるのが普通なのだ。
が、本日においては、それは正しくなかった。
今の白玉楼を支配するのは、純粋過ぎて反転してしまった愛情の塊だ。
「ああ……この締め付けが堪らないわ……妖夢分の過剰摂取で中毒になっちゃいそう……」
「嗅ぐに飽き足らず、自ら着るとはまさに愛に生きる者の象徴ね。
幽々子、今の貴方は確実に美しいわ!」
どう見てもサイズが合っていないメイド服に身を包んでは、
床を転がり回る亡霊嬢が美しいのかどうかは微妙なラインだ。
そもそも生きてない。
「やーね、そんなに褒めたら出ちゃうじゃないの、色々と」
「色々と、というか鼻血ね」
「濁しなさいな。妄想の余地を残さないのは優雅ではないわよ?」
「私が濁さなくとも、既にあちこちが赤に濁ってるから問題無いわ」
「あら、お上手」
何が上手なのかは知らないが、ともかく幽々子は上機嫌だった。
成仏の危機を犯してまで紅魔館に乗り込んだ甲斐があったというものだろう。
また、咲夜も作戦の完了を経て、僅かながらの満足感に浸っていた。
レミリア分の補給を果たせなかった点に関しては、多少悔やまれる所だが、
それは後日の楽しみに取っておくことにした。
お楽しみは、これからなのだ。
「御機嫌よう、私の可愛い子供達」
そんな中、何事もなかったかのように登場する一人の少女。
幻想郷広しと言えども、この狂気の空間に容易に侵入できる輩はそう多くない。
「「あ、ボス」」
二人は佇まいを改めると、少女……アリスへと向き直る。
「……なんか、登場する度に私の呼び名が変わってる気がするんだけど、気のせい?」
「気のせいに違いありませんわ。
貴方の存在を示すのにボスという言葉以外に相応しいものなどありませんもの」
「ええ、まったくその通り。して、如何致しました、ボス?」
「……ま、良いわ。細かい事を気にするようでは大物とは言えないものね。
それよりも今日は、貴方達に有益な情報を持ってきたのよ」
「情報、ですか?」
「ええ。とびっきりの、ね」
アリスのニヤリという笑みは、更なる波乱を感じさせた。
もっとも、この面々にとっては、ただの本能に身を任せた活動に過ぎないのだろうが。
なんと罪深き罪人たちか、なれば踊り続けるがいい!
変態と狂乱の極みにいたるまで!!ちくしょうっ!面白すぎるわぁっ!!
早くなんとかしないと…
いや、しなくていいか。このままイっちゃってください
変態vs正常の第一ラウンド、変態の圧勝デスか……勝てそうに無いなあ正常側。
……やはり目には目を、しかないんでしょうかね? 次回も楽しみにしてます~
嗚呼……レミリア様まで脱力させるその凄まじさ。そしてその引き金の大本は実は魔理沙を使いにやったパチュリーというのがなんというか……獅子身中の虫状態。というか獅子身中の虫が多い事多い事。
今回もわらわせて頂きました
というかここでプリズマ大先生の御名を見る事があろうとは。
・・・見たい。
でもなんだろう この満たされていく感じ!
にしてもレミリアと相対した変態Sさんの態度にグッときてしまった・・・w
そんな自分は変態の仲間入りorz
不純も100%なら純粋なんだよ、とか昔どこかで聞いたフレーズが思い出されました。
いろいろと超越し、変態補正のかかったオーバースペックな二人に紅魔館は勝てるのかっ!? ていうか立場上ほぼ毎回変態sと相対しなきゃならない美鈴も大概不幸だよなぁ、とか思いますです。
だから、咲夜と幽々子の…これも…えー…その……
…やはり駄目だ。弁護不可能!あの方々狂ってますよ~!!
僕らが変態と思っているものは、全体から見ればほんの一部分なのかもしれない。
・・・幻想郷にたどり着いたこの世の幻想を見てそう思えました。
相変わらず素薔薇しい作品です。大好きです。
ああ、セリフは格好いいのに・・・・
「私は紅魔館侍従長 魂魄妖夢です!!」
もはや手遅れですね・・・・(汗
とりあえず吹いた。