桜が散り、生命力あふれる若葉が幻想郷を覆い尽くす。
私、博麗ミカがいつものごとく縁側でお茶を飲んでいると、これまたいつものごとく友人の霧雨真琴が飛んでくるのが見える。でもなんとなく、ふらふらしているような飛び方に見える。重力に逆らって飛ぶと言うことは大変なのだ。
「やあミカ、調子はどう」
「あんた、どうしたの、あちこち擦り傷だらけじゃない」
真琴の服はところどころ破れていたり、泥がついている。彼の顔も同様だった。
「ちょっと転げ落ちただけだよ。よそ見しながら飛んでたら、高度が下がっているのに気づかなかったんだ」
そう言いながら、財布からコインを出し、社務所の自動販売機に入れる。しばらくして、がこんという音が境内に響いた。炭酸系の飲料だった。缶を開け、一気に飲み干す。
「あ~飛んだあとのジュースはうまい」 気のせいか、芝居がかった声に聞こえる。
「真琴!!」
「なんだよミカ」
「あんた、箒から転げ落ちたなんてうそでしょ」
「違うよ、ほんとに箒から落ちたんだ」
「何があったの、誰かにいじめられてない?」
「これでもいっぱしの魔法使いだぜ。そんなことあるわけないだろ」
そういう彼の顔は何かを隠しているようだった。私がさらに問い詰めようとすると、じゃあね、といってそそくさと飛び立っていく。
「真琴、いったい何が・・・。」
真琴の後姿はやはり、どこか危なげに感じた。飛び方が妙に不安定だ。彼に何らかの異変が起きているのは間違いないと思った。
あっちは真琴がよく魔法の勉強に行く図書館の方向だ。彼に悟られないように追いかけてみよう。
私は真琴を案じる気持ちと好奇心が7:3ぐらいの気分で後をつける。
♯
飛ぶ前に、左右わきの下の反重力装置のバッテリーを確認する。電気はまだある、前、充電し忘れて飛んだためにヒヤヒヤした事があった。今の幻想郷では、人間が一切の道具を使わずに飛ぶのはほぼ不可能とされている、わけではないが、べつにそれで困ることはないので誰も気にしない。しかし真琴のような人里はなれた場所にすむ者や、わたしのような博麗の巫女にとっては必需品だった。
村の中心にある小さな図書館、外見はわらぶきの富農の家といった趣で、中身は洋風っぽく造られていた。ここには内外のさまざまな本が置かれていて、もちろん魔道書も例外ではない。真琴がそこに入っていくのが見えたので、地上に降り立ち、裏の通用門から中に入る。
「ああミカさんか、今日はどうしたんだい?」 職員の男の人と出会う。
「いきなりすみません。あの、真琴、魔法使いの男の子はどこですか」
「真琴君なら、二階の書庫だけど」
「ありがとうございます」
私は職員にお礼をいい、二階へと急ぐ、会議室で、孤児院を切り盛りしている美鈴先生が子供たちに魔法教室を開いている。一言挨拶したかったが、急いでいるし、それに授業中邪魔するのも悪いのでそのまま通り過ぎる。
二階書庫のドアが見える、もう少しでドアに到達しようというところで、勢い良くドアが開き、真琴が駆け出していく。
「真琴、あなた・・・」
「ミカか、悪いな、急いでいるもんでな」 と言って出口へ走っていく。傍らに本を抱えて。
「お~い、それは貸し出し禁止だぞ」 図書館職員の人が呼び止める。しかし真琴は無視して箒に飛び乗り、廊下を飛び抜け、出口を目指す。
♯
「悪いな、ちゃんと研究が終わったら返すよ」 彼は遠ざかる図書館を振り返ってそう言うと、高度をさらに上げようとする。」
「真琴君、待ちなさい」 図書館から影が飛び出し、見る見るうちに彼に近づいていく。
「げっ、美鈴先生」
彼よりも加速が早い、やっぱり機械のアシスト付の魔法より、純粋な妖力のほうが上なのかと思う。
「勝手にもってっちゃだめでしょ」
「仕方ない、弾幕ごっこといくか」
真琴は片手でスペルカードを取り出す。魔法発動の思念を、指を通じてカードの薄型電算機に流し込むようなイメージを練る。
(スペルカードよ、起動しておくれ)
そう念じると、カードの超薄型電算機が目を覚ます。さらに、放とうとする魔力の姿を強く思い描く。
(カードも身体の延長であるとイメージするんだ)
思念が電算機によって精霊の言葉に翻訳され、カードが光を放ち、魔力が充填されていく。
(撃て)
「恋符・マスタースパーク中級」
太い光の帯が美鈴めがけて放たれる、しかし彼女はすでにお見通しと言うように交わし、真昼の天の川は青空に吸い込まれていった。
「ご先祖様の弾幕はこんなものじゃないわよ、虹符『彩虹の風鈴』」
七色の弾幕の集団が、美鈴を中心に風車のように回転しながら真琴に迫る。
(ここは・・・、風車にあわせてこっちも回りながらかわそう)
真琴は逃げずに、弾幕のない場所に自らの位置をキープしながら美鈴に接近する。しかし、弾幕の中心に行くにつれて風車の回転が早まり、とうとう安全地帯をキープしきれず被弾してしまう。
「いてててて。降参降参」
美鈴は弾幕を止めると、真琴を抱きかかえ、そのまま図書館に連れて行く。
「放せ~」
「うふふ、ご先祖様に比べればまだまだ修行不足ね」
幾星霜をへて再び出現した霧雨の本泥棒。美鈴は不謹慎ながら懐かしいと思った。
♯
「で、どういうことかしら?」
私は美鈴先生や数人の司書に囲まれて椅子に座らされている真琴に質問した。
「別に・・・。ただ貴重な魔道書があったから読みたかったんだ」
「コピーをとれば良いじゃない」 美鈴先生があきれて言った。
「魔力の宿った原本が欲しかったんだ」
「どうして・・・。」
「ミカには関係ないよ」
「いいえ、大有りだよ。今日の真琴、何か変」
「ミカちゃん、真琴君がどうしたの」
「見てのとおり、朝会ったときから服が破けてて、擦り傷だらけだったの。どうしたのかって聞いても教えてくれないし、誰かに脅されてるんじゃないかしら」
「真琴君、私の目を見て、何でこんなことをしたのか正直に言いなさい」 美鈴先生が厳しい目つきだ。
「それは・・・。」
「僕に任せてくれないか」
後ろから声がしてみんなが振り向いた。声の主は、これまた人外だと噂されている、古道具屋の店主にしてときどき図書館長も勤めている霖之助さんという人だった。
「君のご先祖様も、僕の店の本やらマジックアイテムやらを盗んでいくので苦労させられたよ。ちょっと昔を思い出してしまった。やっぱり血は争えないな」
「真琴、あんたって人は、代々泥棒の家系なの?」
「違うよ!」
「そんなに話したくないのなら、話さなくていい」 霖之助さんはこともなげに言う。
「いいんですか」 司書の一人が驚く。
「ただし、一ヶ月ほど、このお札を貼られた状態で暮らしてもらおう」
そういうと、霖之助さんは懐から呪符を取り出し、真琴の額にぺたりと張りつけた。
「こ、これは」
「その呪符を張られたものは、効力が切れるまで・・・・・・、まあ、とても不便な目にあうぞ」
真琴がお札をはがそうとするが、皮膚と一体化してしまったかのようで取ることができない。
「不便ってなんだよ」
「もうそろそろ効果が出てくる」
「ふふっ、アレですね」 美鈴先生が少し笑っている。
「そう、アレだよ」
「アレってなんだよ、美鈴先生、教えてくれよ、もちろん、性的な意味で。あれっ?」
「な、なにいってんのよ、先生に」 一瞬彼が何をいったのか理解できなかった。
「まあ、大胆ね、真琴君」
「知らないよ、口が勝手に動いた、もちろん、性的な意味で」
「バカ!」
「くっ、これが呪符の効果なのか、性的な意味の、って違う。これがお仕置きか、館長、もちろん、性的な意味の」
「やらしいわね真琴」
「やらしいことなんか言うつもりじゃない、ただ、性的な意味で」
「わかったかい、ずっと語尾にその言葉を付けずにはいられなくなる、剥がして欲しければ、なんでこんな事をしたか答えるんだ」
「ミカ、フォローしてくれよ、もちろん、性的な意味で」
語尾にどうしてもその言葉が付いてしまう、ある意味もっとも恐ろしい呪いである。
「知らないわよ」
「さあ、白状するかい」
「はめられた、もちろん、性的な意味で、って違う」
「これで君はあらぬ誤解をされ続けることになるよ」
「わかった、話すよ、もちろん、性的な意味で、ああっ」
「じゃあ、皆の気分を害すといけないからこの辺で」 霖之助さんは呪符を剥がした。なんでもなかったかのように、呪符が真琴の額から分離する。
「それじゃ、聞かせてもらおうか」
♯
彼は、いつも一緒にいる私に対し、弾幕ごっこなどの能力でコンプレックスを感じていたという。
彼は私のような力を欲しいと思った。私自身はそんなに自分がすごいとは思っていなかったんだけど。
私が会った、霊夢さんたち過去からやってきた人間が道具なしで空を飛べたという話を聞いて、彼も自力で空を飛べるようになろうとした。
そうすることで、私へのコンプレックスを消そうと思ったのだ。完全に飛べるようになるまで、誰にも知られたくないと思っていた。
そう真琴は語った。
「で、そうすることで、ミカちゃんを見返す、というよりミカちゃんに力を認めてもらいたかったのね」
「そうです」 彼は少し照れながら言った。
「それで、いろいろ研究した結果、今朝やっと反重力装置なしの箒で飛ぶことはできたんだけど、少し気を抜くと落ちるし、まだまだ改良の余地があると思って...」
「じゃあ朝、反重力装置なしで空を飛んでたの?」
「そうだけど、まだふらふらした飛び方しかできないんだ」
「いやそれ、十分すごいよ、私だってそれ無しで飛ぼうなんて考えもつかなかったし。真琴ったらいつの間にそこまですごい事が出来るようになったんだ」
「でもまだ箒がないと飛べないし」
「真琴君のご先祖様はただの箒を使って空を飛んでいたわ」
「マジですか! 先生」
「真琴、あんた私にも出来ないことをやってのけたのよ」
「そうなのか」
「そうよ、だから下らないコンプレックスなんか持っちゃだめよ」
「ありがとう、ミカ」
(この子、いつか手強い侵入者になるかもね、怖いような、でもちょっと嬉しいような)
なんて美鈴先生が思っていたなんて、私たちには知る由もなかった。
♯
真琴は罰として図書館掃除を命じられた。彼が雑巾に魔法をかけると、雑巾はひとりでに動き出し、床を拭き始める。
私は傍らに座って職員の人にお茶を貰いながら、幾つかの雑巾を魔力で操る真琴とだべる。
「一見楽してるように見えるけど、複数の雑巾の制御で結構カロリー消費するんだよ、慣れないうちは実際に自分で雑巾がけしたのと同じぐらい疲れる」
「いまの効率はどのくらいかしら」
「いまは、だいたい自分で同じだけ掃除した時の70パーセントぐらいかな」
彼は制御に忙しく、こっちを見ないで話す。
「(そんなに高効率でもないんだ) それでね真琴、飛べるまでにどのくらい修行したの?」
「一ヶ月ほど」
「そう、じゃあ私も修行してみようかな」
そういって、わきの下の反重力装置を剥がす、なんだか脇がスースーすると思ったら、剥がしたときに布も破けていた。ちょっと恥ずかしい。
私は椅子から立ち上がり、目を閉じ、呼吸を整える。どうやって修行するのか良く分からないけれど、自分が自然に浮かび上がるイメージを思い浮かべる。
ふわり
(ああ、リラックスしてなんだか本当に浮いてるみたい)
ふと目を開けて、足元を見る。
(浮いてる――――――――ッ)
「み、ミカ」
私が何気なく浮いているのを真琴も呆気にとられて見ていた。口をぽかんと開けて。
「ははは、僕が一ヶ月かかったのを、ミカはたった数秒で...」
「わ、私も出来るなんて思ってなかったのよ」
真琴は明らかに落ち込んでいた。
♯
お昼ごろ、掃除を終えた真琴と私は一緒に空を飛んでいる、反重力装置なしで。
「そんなに落ち込むな、私だって、あんたの知識は大したもんだと思うよ」
「慰めてくれなくてもいいよ」
「そりゃあ、確かに博麗としては私のほうが向いているかもしれないけれど、それはたまたまそういう体質に私が生まれついただけの事。第一、私からすればあんたのような魔法こそ神がかって見えるし、じゃあ、魔法を使えない私は劣っていると言うの? 人として価値が低いと言うの?」
「んなわけないだろ」
「でしょ、そもそもみんな違う特質があるのに、ある能力があるかないかで人の価値を決めるなんて絶対おかしいよ。幻想郷はそうなってしまってはいけない」
真琴は黙ったままだ。
「まだ分からないの。考えても見てよ、私は巫女、真琴は魔法使い、それを同じものさしで計ること自体、おおきな錯誤だよ。100個の林檎と、時速100kmで走る自動車、どっちが立派か、なんて聞かれて答えられる?」
「......」
「だから、もうそんなことにこだわらないで、みんなにあんたのような思考が伝染したら、それこそ幻想郷の脅威だよ、これは真琴を慰めて言ってるんじゃなくて、博麗としての警告よ」
と私はお払い棒をもって軽くおどかしてやる。
「ありがとう、午後にまた用事があるから、じゃこの辺で」 真琴は進路を変更して去っていく。
「疲れるわ、これで元気になってくれるといいんだけどねえ」 私は真琴の後姿を見送りながらつぶやいた。
♯
(ミカ、ミカのような人に出会えてよかったよ)
僕はすこし心が軽くなり、箒を宙返りさせてみた。いい気分だった。
地面に頭をぶつけそうになったけど。
幻想郷の空を、再び腋巫女と黒白の魔法使いが並んで飛ぶ。
その写真は、今年の射命丸賞の最有力候補になった。
一言
アンタイイヨ
チョイ、某白沢とか某蓬莱人の今が大変気になります
良い物をありがとう
今度は他の人?の近況が知りたいね…ほふほふ。
前作もですが、今回は凄く好き。
こんな幻想郷、いいなぁ。
と、誤字なんかを。
> 「真琴君なら、二回の書庫だけど」
二回→二階 ですね。
オリキャラを据える位置も巧いと思いますし、現行のキャラが尊重されているのも嬉しい。
それだけに、まだ語られていないキャラの事が非常に気になります。
次にも期待します!
どっかの牛っぽいのさん
>チョイ、某白沢とか某蓬莱人の今が大変気になります
いろいろ考察、というか妄想中です。
名前がない程度の能力さん
>今度は他の人?の近況が知りたいね
もしネタが思いついたら書いてみようと思います。
翔菜さん
>こんな幻想郷、いいなぁ。
自分のイメージした幻想郷を喜んでくださるとは!
とても励みになります、皆さんありがとうございました。
某蓬莱人やらそとにでた幼女鬼だとかが気になりますねぇ。
まさにジャストミートな作品です。
まだ幻想郷に「幻想」は残って居たんだと感慨深い思いです。
図書館というので某上白沢さんぽいのと鳳凰の人が出てくるかと思いました
が・・・。今後に期待します。
あと、この時代の霧雨も神社に素直にお金を入れないんですね(笑
自分もオリキャラもの書いてますがここまでのものは書けそうにありません
(オリキャラ自体がずいぶん違いますし)
これからも頑張ってください