Coolier - 新生・東方創想話

博麗神社で酒が咲く

2006/04/04 09:48:09
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 博麗神社は小高い丘の上にある。
 人里から外れたその丘は人の足で歩いて出向くには少々遠すぎ、里から神社までの道のりが必ずしも安全ではないこともあってあまり足が向く場所ではない。
 しかし、寒さも和らぎ、日が暖かさを増し、水が温むこの季節。
 吉野桜を中心に数種の桜で覆われているその丘の、遠見に花霞に煙る博麗神社が目を楽しませ、野良仕事に追われる人たちが視線を上げた瞬間の、小さな息抜きになる。
 そうしたときに、ふと拍手を打つのだ。
 今年も豊作でありますように、と。


 だからと言って、そこに住まう巫女が風情と余裕のある生活をしているかというと話は別である。
「……はぁ」
 ようよう冬を超え、春になり、草木が萌えるこの季節。外へ食材を求めて飛び出そうとしたところで、空腹のあまりぶっ倒れた霊夢を空から見ていた魔理沙はため息をついた。
「久しぶりに来てみれば……なーにやってるかな」
 とりあえず目を回している霊夢を寝床へ放り込んでおいて、近くで見つけた鴉に声をかけた。こうしておけば、夜には酒と食材と面子が集まって宴会が始まるだろう。このところ誰も彼もが寒さで押し込められていたことだし、さぞ大きな宴会になるだろうと思いながら、魔理沙は炊事場に入る。
「まあ、水で量を増やせば何か作れるだろ」
 納屋を見て切なくなった。
 米びつを見て哀しくなった。
 あ、底になんか書いてある……随分長い間ここに何も入ってないなぁ?
「え、えーと?」
 慌てて調理器具に目を向ける。いや、使った形跡はある。
 じゃあ何を食ってたんだとまな板に目を向ける。
「ああ、何かあるじゃないか。ほら、やっぱり何か食べる物はちゃんとあるんだって。
 そりゃまあ、霊夢だって一応人間なんだから、
 何も食べずに一冬なんてわけないよなー」
 わざわざ口に出して自分を勇気付けながら、恐る恐るそれを覗き込んで――。
 魔理沙は炊事場から走り出ると、箒をつかんで自宅へ向かってかっ飛ばした。
 今日も朝から三杯飯だ。自分の健啖さが良心にぐさぐさと突き刺さる。
 でも、とりあえず。
「木の皮を剥いで食うって、野生動物じゃあるまいしー!」
 絶叫と共にこぼれた涙が、うららかな春の日に虹を作った。


「花より米だ! 酒より肉だ!
 精のつくもの食わせてやってくれ、頼むからー!」
 鴉通信で魔理沙から宴会開催の知らせを伝え聞いた文が、それを載せた文々。新聞を配り始めると同時に、何故か半泣きだった魔理沙があちこちを叫んで回った。なんとなく暗黙の了解で鍋の具材を持ち寄りかかっていた宴会参加者たちだったが、やたら切羽詰った声を聞いて「それじゃあ」と具材を変更する。
 そして持ち寄ってできあがったのは。
「わぁ……」
 魔法の森・博麗神社タイムアタック。
 それまでの記録なんて目じゃないぜ、という記録をたたき出して神社と自宅を往復して戻ってきた魔理沙の手に合った、特大おむすびで人心地ついていた霊夢はそれを見て目を潤ませた。
 紅魔館からメインの牛肉が。
 白玉楼から名脇役こと葱や焼豆腐が。
 永遠亭から外せない白滝や白菜、糸こんにゃくが。
 他にも集まる人妖たちがそれぞれに具材を持ち寄ってできあがったのは、鉄鍋に濃い出汁で肉と野菜と出汁がしみこんだ豆腐がくつくつとゆれる極上のすき焼きだった。
 目を潤ませる霊夢を見て、魔理沙はいいことしたぜと鼻をすする。
「魔理沙……」
 名を呼ばれて振り返った魔理沙の目に飛び込んできたのは、満面の笑みで両手を広げる霊夢。
「あー」
 珍しく真正面から感謝されると、ちょっと照れる。
 でも、くすぐったいが悪い気はしない。
 何かあちらこちらからいろんな感情というか怨念の篭った視線を感じるが無視だ無視。
 霊夢に応じて魔理沙も笑顔で両手を広げた。
 霊夢は笑顔のまま魔理沙に駆け寄って、
「あんた後に肉が控えてるのがわかってんのに、
 米なんて食わせんじゃないわよー!!」
 首ごと魂を刈り取る、閃光のようなラリアットだった。
 轟音。そして静寂が境内を支配する。
 誰も何も言えないその空間を、ホーホケキョとのん気なウグイスが通り過ぎていった。
「さあ、食べるわよー!」
 霊夢は何事もなかったように振り返ると、生卵の入った鉢を片手に箸を鉄鍋に伸ばす。
 見る間に減っていく、肉と肉。
「貧ずれば鈍ずるとは言うけれど、
 飢えると荒むんですね」
 魔理沙の動きをなんとなく把握していた文のしみじみとした呟きに、魔理沙のしくしくという泣き声が重なった。


 まあ、宴会が始まるまでは色々あったものの、とりあえず宴会である。
 最初は珍しいすき焼きが中心の穏やかな宴会であったものの、興が乗ればがんがんと空の酒瓶は量産され、日が落ちるころにはいつもどおりの飲めや騒げのほとんどお祭り騒ぎの大宴会である。魔術や人魂で作られた灯かりが夜空に咲く桜を照らし上げていたが、もはや視線をそちらに向けるものは一人もいない。
「それじゃ、今回もやるわよー!」
「おー!」
 何故か最近は紫が仕入れてきた外界知識の王様ごっこが妙に受けている。
 まあ、宴会だけに限定されるとは言え、普段は絶対に太刀打ちできない相手に命令できるかもしれないのは中々魅力的ではある。そんな下々の考えと、とりあえず場が混乱すりゃいいや、という破滅的なお上の考えが合致した結果でもあった。


「「「おーさまだーれだっ!」」」
「わったしー!
 3番! 9番に屈辱のおしりペンペンー!
 ちょっと多めに10発くらいいっとく?」
「私?
 相手は誰よ?」
「ウドンゲ……」
「え、師匠が9番なんですか」
「まさか、貴方にこんな風にされることになるなんてね……」
「師匠、モノローグ風に語ってみてもダメですよ。
ほら、ひざの上にうつ伏せで横になってくださいね」
「え、ええ……」
「ほら、力を抜いて。もっと抜いて。
 ……もう、力を抜いてって言ってるの、にっ!」
「きゃうっ!?
 ちょっとウドンゲ、あなた……」
「何ですか」
「え゛? ……いえ、ご、ごめんなさ……ひっ!?」
「うふふ。おしりを撫でられながらいつ叩かれるのかわからくて
怯えてる師匠って新鮮で――可愛い」
「れ、れーせんちゃん……」
「ちょっとてゐ、貴方の命令でイナバが妙な方向に目覚めかけてない!?」
「……素敵」
「なんですとー!?」
酔った兎どもが色々と目覚めそうになってみたり、


「「「おーさまだーれだっ!」」」
「お、私か?
 13番! 6番の胸を揉め!」
「えー。あたい? 相手はー?」
「ふ、ふふふふふ。
私ですよ、小町……」
「四季さまー!?」
「さあ、揉みなさい! そして貴方のその大いなる母性と比較してあざ笑うがいいわ!
 あはははははははははははははは!!」
「四季さま、そんな死んだ魚みたいな目で笑わないで!
 あーもう、命令だからとりあえずさっさとやって終わらせて――あう?」
「空振り!? この上空振り!?
 お前には触れる場所すらないと!?」
「いや、今のはちょっと酒で手元が狂っただけですよ。
 ほら、ちゃんと触れるじゃないですか。ちょっと手触り固いけど」
「そっちは背面でそこは肩甲骨です!
 悪意ある間違いより素の勘違いがより相手を傷つけることを……く……う、うわーん!」
「あ、四季さまー!」
 死神が閻魔をマジ泣きさせてみたり、


「「「おーさまだーれだっ!」」」
「ん、私か……
じゃあ、21番と7番でデュエット。曲は任せるよ」
「7番……ああ、私?
 21番は誰? 何歌う?」
「わたしー。
 7番はリグルだったの? それなら面白いデュエットできそうねー」
「うげ、みすちー!?
 私パス! 絶対パス! というか、逃げさせて!!」
「食物連鎖で捕食者・被捕食者の関係でも今日は襲わないわよー」
「ほ、ホント?」
「ホントホント。
 だって、リグルが一緒にやってくれたら、虫たちの伴奏でよさそうじゃない?」
「あ……うん。
 まあ、秋の虫じゃないから、あんまり綺麗な声にはならないかもしれないけど」
「そんなことないよ。
 きっと綺麗だとよ」
「そうかな」
「そうだよ。
 ほら、がんばろ?」
「うん!」
「それでは皆様お待たせしました!
 誰もが私を探して惑う ただ声に誘われ盲して惑う
 今宵も強制的に目を閉じさせて耳を傾けさせる!
 貴方のミスティア・ローレライと!」
「あ、えと……
 虫たちの声を聞け それは命の紡ぐ歌
 舞台ではお初にお目にかかります!
 リグル・ナイトバグです!」
「それでは聞いてください!」





「「ぼえ~~」」





 夜雀と蛍が袋叩きになったりもしたが、実に平穏な宴会であった。



 博麗神社の灯りが減っていた。
 王様ゲームはその後も脱落者を出しつつも続き、気付けば丸い月が頂点を過ぎる時間になっていた。人妖の中でも歳若いものは眠りに落ち、それに付き添って姿を消したものも多かった。
「そろそろお開きかしら?」
 しぶとく続いていた王様ゲームで王になった紫が呟く。
「そうですね。
 命令を聞けるものが何人もいませんし」
 それに応じてその式である藍が頷いた。
 残っている中でしっかりとしているのは神社の主、紅魔館の従者二人、白玉楼のお嬢さま、それに紫自身と藍程度だ。妖夢と橙もその場にはいるものの、二人は酒に潰れてそれぞれ幽々子と藍の膝を枕に寝入ってしまっている。
 霊夢の横には魔理沙が転がっていた。座布団を枕に眠っている彼女の髪を、霊夢の手が柔らかく梳いている。
 普段であれば永遠亭の蓬莱人たちもこの場にいるのだが、今日はさすがに色々と衝撃が大きかったのか早々と退散した。その蓬莱人の涙の依頼でなかったことにした白澤は食中りでダウン。不死鳥娘に付き添われて帰った。
 紅魔館の主は王様ゲームの途中で氷を操る程度の能力を持った妖精に、カキ氷をしこたま食わされて頭痛で不調だ。視線だけで人を殺せそうな顔をして「あ゛~」とか「お゛~」とか唸りながら桜の木を背に座っている。
「それじゃあ、これで最後になるわね。
 ……何がいいかしらね」
 つい、と紫の視線が残っている面々に向けられた。
 あまり酔いを感じられない視線が順に顔を巡っていき、藍を最後に目を閉じて、
「そうね。
 4番。残った人たちに、美味しいものを振舞って頂戴」
 大きく反応したのはやはり幽々子だったが、それ以外は微妙な表情になった。
 過去、一番最初に「美味しいものを食べさせて」を命令したのは霊夢だった。そのとき命令を受けたのは鈴仙。非常に常識的で、戦場の習いか日持ちがよいものを作って見せた。
 これを見ていた幽々子が、後日の宴会で同様の命令を出した。欲張った幽々子は複数のものに命令を出した。
「妖夢も一緒にいただきましょうね~」
 受けた面子はチルノ、リリー、橙。出てきたものは永琳やパチュリー、魔理沙といった稀代の薬師、錬金術師たちを大いに感嘆させたといえば、だいたいご理解いただけるだろうか。実に満足そうだった幽々子と、もう半分死んだような妖夢は未だに語り草である。
 要は、自爆する可能性を孕んだ命令なのだ。
 お互いがお互いの顔に視線を向ける。
 誰だ。


「ああ、4番は私ね」


 その呟きに視線が一斉に向けられ、誰もがほっと胸を撫で下ろした。
 その様子を見て、4番の彼女が苦笑する
「残っているメンバーは
 みんなお料理できる人じゃないのかしら?」
「貴方なら美味しいものを出してもらえるからみんなほっとしたんだと思うわよ。
 賞賛と受け取って頂戴」
「あら、光栄ね」
 霊夢の言葉に唸っているレミリアの傍らにあった銀時計が立ち上がる。
 キッチンを借りるわね、と言い置いて動きかけたが、ふと動きを止めて
「材料はあるの?」
「あるわよ!」
「そ、そう……ごめんなさい」
「みんなが持ってきてくれたお米があるわ!」
「そうね、たくさん集まったわね」
「お米があるわ!」
「それはもうわかったから」
「お米があるわ!」
「……」
「お米があるわ!」
 誰もが巫女からそっと視線をそらせた。
 困った咲夜が視線を彷徨わせていると、ふと紫と目があった。
 何を考えているのやら、にーっこりと笑われる。
 腹は決まった。
 宴会後の境内に目を向ければ、すき焼きに使われた卵が余っているのが目に入った。とりあえずそれを確保していると、
「あ。
 今年はまだ採ってないから、裏山に山菜があると思うわよ」
 思い出したように霊夢が声を上げた。
 それを聞いた咲夜はもう一度視線を紫に向ける。今度は明確な意思を持った視線だった。
 あらかじめ予感していた紫はその視線を自分の視線で受け止める。
 しかし、そこに含まれたものを読みきれず、紫は僅かに戸惑う。
 そんな紫の戸惑いに構わず、同じ視線をその場に残る面々に順に向けていき、藍で僅かな時間だけ止めて、最後にレミリアをはさんで咲夜の反対側に控えていたもう一人の従者に声をかけた。
「美鈴。手伝って」


 紅魔館の従者二人が炊事場に姿を消した後、紫は藍に声をかけた。
「何だと思う?」
「まあ、探りでしょうね」
 己の式の妥当な回答に紫は頷いた。
 咲夜の視線は相手の好みを探る視線だろう。ただ、ああいう形とは言え、挑発して見せた自分に対する、あの視線に込められた感情がわからなかった。
 どうして、あんなにも好意的な視線を向けられたのだろう。
 人を惑わすのはもはや呼吸をするのと変わらない紫だが、人に惑わされるのは慣れていない。
 柳眉を顰めて考え込んでいる間に料理が進んでいるのか、よい匂いがしてきた。
「ああ、やっぱり山菜の入った雑炊ですかね。
 出汁のとり方が上手い人が作ると美味しいですよ、紫さま」
 嬉しげな藍に紫はまた頷いた。
 これほど短時間に山菜取りと調理をやってのける咲夜の手並みに素直な賞賛を覚えつつ、紫はやっぱりすっきりしないものを感じていた。
 それでも、
「できたわよ」
 時間を止めて持ってこられたその雑炊を前に、いつまでも不景気な顔はしていられない。
「山菜入りの雑炊よ。
 ありきたりだけれど、その分がんばって作ったわ」
 小さな土鍋に春の山菜が入った雑炊がたっぷりと入っていた。
 口に入れれば青さを感じさせても臭みにはならない、時間をかけて丁寧に灰汁を抜かれた山菜の味が出汁と共に広がり、ご飯と卵が必要以上に主張しすぎない雑炊に仕上がっている。
 気付けば茶碗によそわれた分をぺろりと平らげていた。
「ゆ~か~りぃ~」
「あ、あら?」
 地獄のそこから響いてくるような声に我に返ると、妖夢を膝枕しているせいで動けない幽々子が物凄い顔で睨んでいた。紫が周りに目を向けてみれば、雑炊の入った土鍋は紫の前だけに置かれていて、咲夜はまた姿を消していた。炊事場からは今度は何かを焼く音がしている。
「私にも食べさせてよ~」
 紫が茶碗によそって雑炊を持っていってやると、一口食べるなり
「ああ、これは紫の雑炊なわけね」
「どうして?」
「貴方、今日はあまり食べずにずっとお酒ばかり飲んでいたでしょう。
 ご飯よりもお出汁が多めなのはそういう理由からじゃないかしらね」
 なるほど、と紫は心の中で頷いた。
 食が進むというよりは、水を求めて食べたということだろう。山菜の青さも酔いを醒ますのにちょうどいい。
 幽々子が食べ終わるのを待って茶碗を受け取ると、紫は席に戻り土鍋を睨みつけた。
 心配りの行き届いた一品であることは間違いない。
 だが、まだ釈然としない。
「お待たせ。
 霊夢と幽々子嬢の分よ」
 今度は強い卵の香りが鼻をくすぐった。
 咲夜が皿を二枚、抱えて持っている。その上には少し白みがかった卵焼きが僅かに震えて乗っていた。
「お肉を用意したときに、調味料一式も持ってきておいて良かったわ。
 まさか、バターなしにこんなものは作れないし」
 咲夜は妖夢の頭を蹴落としかねない幽々子に先に皿を渡しておき、彼女がスプーンを入れるのを見ずに霊夢に手の皿を運んでいく。
「ま、オムライスなのね」
 紫が幽々子の手元を覗き込むと、幽々子の言葉どおり卵の下にご飯が隠れていた。山菜を混ぜてバターで焼いたご飯は先ほどの雑炊と同じ素材でありながら、間違いなく洋食の味だ。ご飯の上に置かれた卵を割れば、半熟のとろけるようなそれが零れ落ちてくる。
「きゃー。
 和食もいいけど、たまには洋食もいいものねー」
 ご飯にそれを絡めて幸せそうに口に運ぶ幽々子。霊夢も似たようなものだ。
 紫はまた心の中で、なるほどと頷いていた。
 幽々子が口にする料理は基本的に妖夢のお手製。霊夢は自炊。共通するのは二人とも普段は和食ということだ。そこに紫に作ったものと同じ雑炊ではあまり変化がない。あえて目先を変えて、洋食を出して見せたのだろう。
 素晴らしいスピードで皿を空けていく二人を、咲夜が茶を淹れながらにこやかに見ていた。
「あら。
 藍には何もないのかしら?」
 咲夜が炊事場に戻っていない。
 それは彼女が調理を行っていないことに他ならない。
 声に潜んだ剣呑な意志を感じたのか咲夜は軽く手を振ると、
「命令を受けた私が作らないのはルール違反のような気もするけど、
 最後の一品は私の料理じゃないのよ」
 そう言って炊事場の戸口に目を向けた。
 紫が釣られてそちらを見ると、いつぞやの宴会で派手に飲ませてやった彼女が大きな椀を手に出てくるところだった。
「お待たせしましたー!
 藍さんの分になります!」
 椀の中のそれは匂いもいいが、それ以上に耳を楽しませる。
 じゅう。
 ぱちぱち。
 それだけで食欲をそそる。
 自分の分を食べ終えていた幽々子や霊夢も思わず目を引かれるそれを、美鈴が笑顔で藍の前に置くと、藍は物も言わずに一口食べて、顔を片手で覆って俯いてしまった。
「ちょっと!?」
 咄嗟に腰を浮かせかけた紫を、藍が空いた手で制止する。
 まさかそんな結果になってしまうと思っていなかった美鈴は戸惑うばかりだ。
「お待ちください、紫さま。
 紫さまが考えていらっしゃるようなことは何もありません。
 ただ、少し待ってやってください」
 紫が藍を見ると、顔を覆った手から見える口元は笑っていた。
 それを確認した紫は腰を下ろしなおす。
「十六夜咲夜。
 聞いたでしょう。貴方も少し待って頂戴」
 瞳を青に戻した咲夜は手にしたナイフをしまうと、レミリアの傍らへ下がった。
「あの……もしかして、舌に火傷でも?
 お水をお持ちしましょうか?」
 美鈴が心配げに藍に話しかける。
 ようやく顔を上げた藍は、首を横に振ってそれを断ると、
「貴方は、南の方の出か?」
 突然の質問に目をまん丸にしていた美鈴だったが、質問の内容が頭まで浸透すると頷いた。
「はい。南の、海の」
「そうか。
 やはり私に合わせてくれたのか。
 ありがとう」
「いえ、そんな」
 周りで聞いているものにはまったく意味不明な会話を続けた後、藍は唐突に紫を振り返った。
「紫さま」
「なに?
 大丈夫だったの?」
「はい、あまりの美味しさに驚いてしまったようで。
 ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「いいのよ」
「ありがとうございます」
 藍はそう礼を言うと紫に向かって、まだ音を出している椀を差し出した。
「彼女のこれを、一緒に食べていただけませんか」
 紫は少なからず驚いた。
 最近の藍が紫に対して何かを頼むということ自体が、稀なのだ。
 藍の差し出すそれを受け取って中を見てみると、焼き焦がした米の固まりに、卵と山菜のあんを絡めた料理だった。米のひとつを口に入れてみる。濃い味のあんと、米のこげた部分の香ばしさが美味しいというよりも、旨い。
「ね、私にも一口くれる?」
 興味をそそられたのか、霊夢も寄ってきた。ちょっと遠くでは幽々子が物凄い無言の圧力をかけてきている。
 動けない藍に変わって紫が幽々子に椀を持っていって食べさせてやっていると、
「懐かしい、味でした」
 藍が唐突に呟いた。
「私は紫さまにお仕えするようになってから家事を覚えました。
 だから私の料理の味は、紫さまがいらっしゃったこの土地のものです」
 訥々と言葉を紡ぐ。
「過去は所詮、過去です。
 私にとって、あまり意味のあるものじゃありませんでした」
 あまり論理的ではない藍の言葉だが、それを指摘するものはいない。
「今日、彼女の料理を口にして久しぶりに思い出しました。
 ……思い出してみると、意外と綺麗なものなんですね」
 藍の目が美鈴を捕らえた。
「ありがとう」


 翌朝のことだ。
「十六夜咲夜」
 博麗神社で一晩明かし、調子を取り戻したレミリアが館に帰ろうとしている。
 身支度を整える彼女を美鈴が手伝っていた。
 咲夜は一人で簡単な片づけをしている。
 昨晩から彼女が一人になるところを伺っていた紫は、その隙を狙ってようやく捕まえた。
「あら、八雲紫。どうかしたかしら」
「ごめんなさい。
 それから、ありがとう」
 紫らしからぬまっすぐな言葉に、咲夜は天を仰いだ。
「……嵐はこないわね」
「ちょっと。あんまりじゃない?」
「冗談よ。
 それにしても、どういう風の吹き回しかしら」
「たまにはいいでしょう。
 最近の私の悩みを解決してくれたんだから」
 藍はよく出来た式だ。
 むしろ、よく出来すぎた式だ。
 あまりにも出来すぎているため、どうねぎらってやればいいのかわからなかったのだ。
「それにしても、よく気がついたわね」
「視線の意味を汲むのが、メイドの仕事よ。
 大したことはしていないわ。
 私の変わりに命令を受けたのが
 美鈴であっても図書館の小悪魔であっても
 一般のメイドたちだったとしても、
 紅魔館のメイドであれば結果にさしたる違いはなかったわ」
 紫はさすがにそれはどうだろうと思ったが、咲夜があまりにも当たり前のように言ったのでそうかもしれないと思い直した。
「そう……ありがとう」
「お礼は、藍さんをもてなす料理を作った美鈴に言ってあげて頂戴。
 それと、お嬢さまにも」
「もちろんよ。
 ……レミリアにも?」
「昨日の宴会に美鈴をつれてくるように言ったのは、お嬢さまだから。
 もしかしたら、最初からご存知だったのかもしれないわね」
「そう……」
 あの小さなお嬢さまが紅魔館と恐ろしい数のメイドを抱えているのには疑問があったのだが、今回のことでその見方に多少修正を加えてもいいかと紫は考えた。
「さて、そろそろお嬢さまも帰られるようだし、
 失礼するわ」
「門番さんにはお礼を持って伺うと言っておいて頂戴」
「ええ、了解しましたわ。
 ……お嬢さまには?」
「まあ、何かの形では、ね」
 咲夜はその言葉を聞くと笑みをひとつ置いて、主の下へ急いだ。
 それを見送った紫はなんとはなしに、自分の式とその式の会話に耳を向けた。


「ね、藍さまなんかうれしそうだね?」
「そうか?
 ……そうかもしれないな」
「なにかいいことあったの?」
「そうだな、いいことあったな」
































「……うぷ」
「白澤、お願いだから戻さないで!」
「くぉら輝夜! ヘンなモン食わせたのはお前だろうが!
 慧音、早く吐いちゃいなよ。
 あんまり無理すると辛いよ?」
「辛いのは私よ!
 今ここで白澤に吐かれたら、
 家に帰ったら桃色喘息なのよ!?」
「知らんよそんなこと。
 ほら、背中さすってあげるから」
「待ちなさい! ほら、お水を飲んで押し戻して!」
「こら。病人に追い討ちかけるようなマネするんじゃないよ」
「それならしばらくここで匿って!
 下働きでもなんでもするから!」
「あー。そんなに必死なのか。仕方ないなぁ」
「いいの!? ありがとう!」
「わー! 抱きつくな抱きつくな!」
「う、も、もう限界……」
「「あ」」
藍さまの出身地を調べるために
Wikiで九尾の狐を調べていたら当たり前に藍さまが載っていて素で噴いたFELEでございます。

どれか一つでも食べたいと思わせれたら私の勝ち。
ラストの慧音先生で萎えた?

……無かったことn(caved!!!!
FELE
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コメント



0.5740簡易評価
1.90削除
なんでだろーなんでだろー
「料理+思い出」で無条件で泣けるのはなんでだろー

俺……飢えてる!?
4.70名前が無い程度の能力削除
いい宴会ですね。
5.70おやつ削除
良いお話ですー
藍様ー……(泣
しかし、最後で吹きましたw
7.60削除
綺麗に終わったナー…と思ったら慧姉ぇが大変なことに(゚Д゚;
後、白澤って上白沢の事かな?
10.90銀の夢削除
お帰りをお待ち申し上げておりました。
久しぶりに見る氏の物語は優しく、癒されます。

従たるものは主に尽くし、そしてその意を汲み取って。
主たるものは従をいたわろうとする。
そんな優しい関係が、大好きです。
17.70CODEX削除
>首ごと魂を刈り取る、閃光ようなラリアット
哀れ魔理沙…
慧音介抱シーンが、なんかリアル。
桃色喘息かよ、是非そのへんも詳しk(蓬莱の玉の枝)
19.90no削除
感動系だけでなく落としもすっかり上手になられて。でも文章の暖かさは変わってない。
相変わらず貴方の文章が私は大好きです。
言いたいことは全部銀の夢氏に言われてしまいましたので、一つだけ。
木の皮・・・戦時中よりも酷いな(泣)。
22.100名前が無い程度の能力削除
うん、何か癒されちゃったです、良い話っ
こまっちゃん&えーきんのシーンが一番萌えました。(ぇ
26.100名前が無い程度の能力削除
蜆の味噌汁の時から感じていましたが、やはりFELEさんの書かれる料理はどれも美味しそうで困ります。
まあ一番美味しいのは文章の端々に見られる咲×美分な訳ですが(ぇ

主従の繋がり、主達の繋がり、従者同士の繋がり、色々ありますが総じて一言。
貴方の書かれる暖色の幻想郷が大好きです。
28.無評価名前が無い程度の能力削除
> 後、白澤って上白沢の事かな?

はくたく、と読みます。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥。ぐぐりましょう。
31.90王様になれない程度の能力削除
>「さあ、揉みなさい! そして貴方のその大いなる母性と比較してあざ笑うがいいわ!
 あはははははははははははははは!!」
ぶははははははははwww いや、笑いましたよここはw

笑える話&いい話をありがとうございました。
32.無評価削除
>はくたく、と読みます。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥。ぐぐりましょう。

あら?これは失礼を( ̄▽ ̄;
もっぺん漢字勉強しなきゃ(苦笑
37.無評価ひきにく削除
良いお話でした。
どんな山菜使ってたのか分からないのですが、大抵のものは灰汁抜きに時間かかる気が(山育ち)

……もしかして咲夜さん時間止めて灰汁抜き!?
38.90ひきにく削除
点数入れ忘れorz
39.70変身D削除
何と言うか『人をもてなす』と言うことはこういうことかな、と感じましたですよ。
何にしても良い話でした&楽しませて頂きました(礼
あと、最初の魔理沙のテンパりっぷりに少し萌えました(w
43.80はむすた削除
触れる場所すらない、に爆笑しました。
とろける卵がとってもおいしそー。
49.60aki削除
霊夢って貧乏なイメージが抜けないキャラだなあ…。
慧音は何を○いたんだろうかと真面目に考えてしまいました。
52.80名前が以下略削除
良いほのぼの話もさることながら
腹が減って仕方ない…
58.90名前が無い程度の能力削除
文中に出てきた料理がどれも美味しそうで・・・・
それと、王様ゲームで笑わせていただきました
食あたりを起こす程の歴史って凄いですねぇw
63.80名前が無い程度の能力削除
>木の皮を剥いで食うって、野生動物じゃあるまいしー!
陸軍に居た頃のサバイバル訓練を思い出しました
木の皮や虫って結構食えるものですよ

それはさておき
こんな宴会も良いものですね
65.80名前が無い程度の能力削除
>ラストの慧音先生で萎えた?

逆に萌えた俺がいますw
70.100駄文を書き連ねる程度の能力削除
霊夢の哀しさに涙して
魔理沙の優しさに心温まり
皆のはじけっぷりに笑って
咲夜の瀟洒な生態に震えました。
なんと四粒も美味しい。多分それ以上美味しい。
見習いたいですが多分無理ですので手放しでありがとうございました!!
87.90菜乃咲削除
宴会はいいなーと
優しいお話をありがとう御座います

カキ氷食べて唸るレミリアが可愛かったりw
92.100名前が無い程度の能力削除
良かった…すっごく良かった…。
ナゴムー
93.100あふぅぁ削除
楽しそうな宴会ですね。王様ゲームおもしろかったw
ああ、食べてみたいなぁ…
101.80名前が無い程度の能力削除
前半、笑いとネタの嵐でテンションを持ち上げておいて、いい感じに落としどころを持ってくる、そんなすいすいと読んでいける流れが好きです。
109.100名前が無い程度の能力削除
物語の展開、複数の展開を繋ぐ手腕は感服の一言。
落ちのコミカルな描写と、諸所の引き込むような描写の織り合いが絶妙でした。
良い作品をありがとう御座います。

先生良いキャラだなぁ。
111.100名前が無い程度の能力削除
雑炊とオムライスが美味しそうだな~。
しかし良い話だ。
129.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さん瀟洒だ。

そして先生www
134.100どっこい!削除
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  ○ヽ、    _ノi`> ヽ. 
  ノ|   くゝ'"´  `    ',
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  ノ ヽ、.ゝ   ヽ _ン  イノ | 
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