空は雲ひとつ無くカラッと青空が無限に広がり太陽は燦々と光を大地に恵み続ける。
そんな『これこそ快晴!』という日なのに、私の心は浮かなかった。
こんないい天気の日には、大抵変な奴が来るということを、経験上わかっているからだ。
「なにが」
「気に入らないのよ」
「だからなにが」
「アレのああいう赤さよ!!」
ほらやっぱり。私は心の中で盛大に溜め息を吐いた。
紅魔館、門前。私の持ち場。
果たして今日も変な奴は来てしまった。白黒とか紅白じゃなく、なんかこう、全体的に青度が高い子供。
青い子供はその青さ故か紅魔館の赤さに憤慨して、私に詰め寄ってきた。
あれ別に私のせいじゃないのなあ。
「ここの湖は青いのに、空も青いのに、それに森や草は緑じゃない!
だのに何だってアレはあんなに赤いのよー!」
子供は地団太を踏んでいる。
「つまり紅魔館を青くしたいの?」
「そうそれ。そうなのよ。青とか緑に囲まれてそびえたつデッカくて青い家ってのがこう、見事にちょーわして、
ぱーへくとなていすとが舌の上でシャッキリポンと踊るわ!」
芸術的なことを言っているつもりでおいしそうなことになってる。
なんか言いたい事はわかるけど。
まあでも無理よね。
「まあでも無理よね」
「何おう」
「無理よムリムリ。ちっさいもんあんた」
「あっ何それ。チルノさん怒りました。ぷちーん。怒りのチルノさんパンチが炸裂する。キャオラァ!」
ボカッ
「あちょぷ! あっちょっ、本気で殴ったわね!」
思わず変な声が出たし。あちょぷって何!
しかし私は不屈の精神で気を取り直し、堂々と青っ子を問い質した。
「それなら、どうやって青くするのか教えて貰おうじゃないの!」
私の問いを受け、青っ子はふふんと得意げに微笑む。
そしてエヘンと胸を張り、私に負けない堂々っぷりで宣言した。
「この家をあたいが支配して、家来に全部青く塗らせるのよ!」
こともあろうに。
そんなことを!
「ばばばばばばばばばばばばばばばっばっばっば」
腹の中で『バカ!』と形成されたはずの言葉が舌の上で滑りに滑って『ば』しか出ない。
けれどそんな言葉なんてどうでもよくて、私は大慌てで青っ子の口を塞いだ。
「んむ! むーむー」
「アホ!」
『アホ』は出た。
暴れる青っ子を必死で押さえつけ、周囲に目を走らせる。
どうやら、聞かれてマズい人はいないようだ。
「ふう……あのね、あんたね。そう簡単にここを支配できるなんて言っちゃいけないよ。
あんたは知らないだろうけどここにはとんでもなく恐ろしくて強い、とにかくとんでもない人らがいるの!
もしさっきのが聞こえてたら……ああああ考えるだけで背筋が凍る! 支配! だなんて!!
いい、よく聞きなさい、この中にいる人は私なんか目じゃないくらい洒落にならない人がいて、ていうかはっきり
言ってバケモノがいるのよッ!!」
「バケモノがどうしたのかしら?」
そういえばこの人はいつの間にか後ろにいても全然おかしくない人だった。
頭にナイフが生えた。
「おお、なんかツノみたい」
「あんたいつまでいるの」
生えるったって刺さってるんだから摘んでグリグリされるととても痛くて困る。
「パーフェクトなんでしょ。だったらもっと建設的なことをさー」
「ん。何。まだそんな昔のこと言ってるの?」
「え? じゃあ何よ」
「あるちめーとよ」
この短時間に何かが極まったらしい。
確かにそっちの方がなんとなく凄そうではあるけどさあ。
「それじゃアルティメットに、世のため人のためになることしなさい」
「そうね! 手始めにこの赤い家を制圧するわ!」
またそれか!!
と心が叫び声をあげた。しかしうんざりしてばかりもいられない。
これは立派な宣戦布告。放っておけばこの青っ子は遠慮なしに侵略を開始するでしょう。
ここは紅魔館門番として、おちびちゃんに教育してあげなければならないようね。
「フ、フフフ……そうするがいいわ。しかし、紅魔館門番の私こと紅美鈴が、それを許すと思わないことね!
ここは正々堂々弾幕で勝負よ! 私の屍を超え」
めこり。
氷の塊が私の額にめり込んだ。
「まだ開始って言ってない!」
「そうだったっけ」
(弾幕)
私は地面に倒れ伏している青っ子を見つめていた。
結局、私が勝利したわけだが。
「ぽへぁ」
顔を上げるや黒い煙を口から吐く。大事には至っていないようだ。
「ほら、どだい無理な話なのよ」
と、助け起こそうとした瞬間、青っ子は弾かれるようにして飛び上がった。
私はというとそれに面食らったんだけど、それにも構わず中空から忌々しげに睨み付けてくる。
「うるさいこのおっぱいおばけが!
見てなよ!
今よりもっとあるちめーとでCOOLになって、あんたなんか見返してやるー!!」
そしてその言葉を最後に、びゅーんと飛び去って行く。
なんだかおかしなのに目を付けられちゃったなあ。
◆
翌日やってきた青っ子は、カエルを連れていた。
特に大きくないのが三匹。
「チルノよ!」
「わかった」
頼みもしないのに名乗りをあげたが正直助かった。いい加減青っ子という呼称もどうかと思ってたから。
「今日のあたいは違うわよ!」
「はいはい」
結果から言うと、また私の勝ちだった。
チルノは悔しさに身を震わせながら、カエル三匹を背中に乗せてびゅんと飛び去っていく。
その後ろ姿を見て、私はため息をついた。
更に翌日。
カエルが四匹になっていた。
◆
初遭遇から一週間ほどした辺りで、私はもうほとほと疲れ果てていた。
最初ノリノリで弾幕を挑んだことを今となっては後悔している。
侵略者を毎回追い払うっていう点では門番冥利に尽きるみたいなところもあるのだけど、チルノのテンションは毎度
毎度尋常のレベルじゃないので相手してると物凄く気力を消費するのだ。
あの分だとまだまだ諦める気は無さそうだし、そしたら私の身が保たない。
だから、別作戦を決行することにした。
「今日も来たわ!」
中空の――率いるカエルが九匹になっている――チルノを見据える。
今日の私は、ちょっと違う。必殺のアイテムがある。懐に手を突っ込む。
「これ何だか、わかる?」
取り出す必殺のアイテムとは、お茶請けのチョコクッキー。
咲夜さんから余り物を貰った奴だ。
対するチルノはというと、宙に浮いたまま目を白黒させてクッキーを凝視している。
「……………! ……? ?」
「クッキーよ。クッキー知らないの?」
「ししし、知ってるわよ! なんかブシュゥーって黒いのが出る奴でしょ!」
知らないなこいつ。
「お菓子よ、お菓子。甘くておいしーよー。ほっぺが落ちるよ」
私がクッキーを摘んで宙に遊ばせると、チルノは好奇心を隠し切れないといった風に視線で追いかける。
しめた。掴みはバッチリだ。
私は内心ほくそ笑み、懐からもう一個別のクッキーを取り出して、おもむろに自分の口に放り込んだ。
「ああ、おいしい! なんて甘いのかしら! こんな甘いものを食べられるなんて、私って幸せ者!」
「んぐぐ……」
「……食べたい?」
「んぐっ!」
落ち着き無くぱたぱた動いていた妖精独特の羽が、ぎくりと停止した。
「冗談じゃない! 何であたいがそんな小さくて茶色で得体の知れなくて茶色いもの食べなくちゃならないのよ!
ちゃんちゃらおかしすぎてお尻で茶が沸くわ!」
かなり無理してるのは私の目からでもよくわかった。
そういう強がりはヨダレ拭いてからにしようねチルノ。
だがそんな口先だけの反抗も予想済み。私は露骨なまでに意地の悪い笑みを浮かべ、手のクッキーを口に近づける。
「あっそ、いらないの。じゃあこの手の中のもう一個も食べちゃおっかなー」
「な!」
「いっただっきまー……」
「あんた何してるのあたいの許可なしにボケー!!」
突如、私の体が後ろに吹き飛んだ。
腹に何かの質量物体がぶち当たってきた感触。質量物体というかこれチルノだ。
そして仰向けに倒れる体。一瞬、きらきら輝くお花畑の中が見えた。あれが世に聞く三途の川?
「それはあたいの! あーたーいーのー! 下っぱが触れるれるらるらー!!」
私の腹に飛び込んできたチルノが右手に飛びつき、手の中のクッキーを奪い取ろうとしてくる。
私の方はというと元よりあげるつもりだったので、特に抵抗せずチルノの思うがままにさせた。
「ゲホッ、ゲホッ! まったく……死ぬかと思ったわ」
クッキーをゲットしたチルノがぴゅんと空中に飛び退く。
腹の辺りをさすりながら起き上がる私になんて目もくれず、チルノは口の中にクッキーを放り込んだ。
さあ、どうだ。
「……」
「…………」
「~~~~~~~っ!!」
「うわ! チ、チルノ!?」
急に空中をバタバタ飛び回り暴れ回るチルノ。もしかしてクッキーって妖精には毒だった!?
……と慌てかけた私は、どうやら違うみたいだということに気付いた。
頬を押さえるチルノの顔は、喜悦に満ちていたから。
「どう? おいしい?」
「悪くないわ!」
こうなったらもうこっちのもの。
私は内心で膝をぱしんと叩きつつ、懐をごそごそやる。
「そう、ならもっとあげようかな……と思ったけどやーめーたー!!」
「えっ!」
懐から取り出したもう一個のクッキーを見て、相手の顔が期待に輝いたところで、一気に叩き落す。
チルノは何か言いたげに両手を伸ばしたポーズで固まっていた。
「だってあんた敵じゃない? 紅魔館を制圧するなんて!」
「あ……」
「そんな奴にこれ以上何かあげるのもねー」
「んぐぐぐぐぐぐぐ…………!」
チルノは拳を強く握り締め、身をぷるぷる震わせ、葛藤している様を全身で表現する。それを眺めながら、行き場を
なくしたクッキーを手の内で弄んでみる。
ややあって、チルノが思い切ったように口を開いた。
「わわ、わかったわよ! 休戦! 休戦協定! しばらくは襲わないでおいてあげるわ!」
「本当?」
「二言は無いわ!」
「よっし」
それならば、とクッキーを投げ渡す。
飛んでいくクッキーにチルノが飛びついた。どっちが投げられているのかわかりやしない。
「~~~~~~~っ」
また空中でじたばたが始まる。まあ、これで毎日の襲撃は無くなったかな。
私は心の中で安心しつつ、もう一個持っていたクッキーをぽりぽり齧った。
◆
「チールノー散るなー命短しー恋せよーチルノー」
あれから結構な日が過ぎた。晴れた日、ヘンな鼻歌が聞こえてくるときはチルノが来るときだ。
気が付けばすっかり懐柔してしまっていた。お菓子パワー恐るべし。
妖精少女にああいったお菓子の味は珍しかったのかも知れない。そういえば妖精って、普段何を食べてるんだろう。
「そういえばあんたいつもは何食べてるの?」
「コポラヘム」
!?
「こ、コポラヘム?」
「コポラヘム。なんかおかしいの?」
「あ……いや、別にそんなことはないけど……コポラヘムね……」
「コポラヘムよ」
コポラヘムって何だ。
今度ヴワル図書館にお邪魔して、調べてみようと思った。
ふと横を見ると当然のようにチルノが座っていた。
更に横を見ると当然のようにカエル達も待機していた
「…………。なんだか、聞くべきことじゃないと思って黙ってたけど……チルノ。
そのカエルは一体何? もう十匹超えてるし」
「家来よ!」
「家来?」
「そう。ここをあたいのものにしたあかつきには、こいつらも置いて色々働かせるの」
ふとカエルだらけになった紅魔館を想像して怖気が走った。
実は私、このカエル達を食い止めるという意味でかなり重要な役を担っているのかも知れない。
「こいつらほどあたいに忠実な家来はいないわ! ほら、『整列』!」
カエルのうち一匹が、気まぐれにぴょこんと跳ねた。
……。
…………。
「まあ、今は反抗期なのよ」
「ソウデスカ」
◆
「ぱぴぷぺぽーぱぴぷぺぽー」
チルノの鼻歌みたいなのが聞こえてくる。
私はその日、ブルーだった。
いやむしろブラックだった。
「あ! おっぱいおばけが焦げてる!」
つまりそういうことだから。
「何なに? イメ検でもしてるわけ?」
「イメチェンよ。いや、今しがた白黒のひどいのが来てさあ」
「あっそいつ知ってる! なんかキヲツケのまま凄い勢いで追っかけてくる奴でしょ!」
そんな都市伝説の怪人みたいな奴、私は知らない。
チルノも自分で言って『?』って感じに首を傾げているので多分思いつき任せに言ったんだろう。
私が自分の煤を払っている間にチルノはちょこまか飛び回り、やがて崩壊した門の上に止まった。
「何これ。あんた門番でしょー」
「あいつ容赦しないのよ」
「ダメね。あたいならもっと上手くやるわよ」
ちょっと悔しくなった。
「じゃあどう上手くやれるってのよ」
チルノはカエル達を見遣る。もはや二十匹を超えていた。
「こいつら全部凍らせて積み上げて、壁を作るの。すごいしょ」
「確かに凄い」
何が凄いって子供ならではの無邪気な残酷さが凄い。
ちっぽけなカエルなど所詮は捨て駒に過ぎぬというわけか。その扱いに私は自分を重ねて悲しくなった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、カエルが二、三匹ぴょんこと跳ねた。
「しかしあたいの家来に手を出すとは、あの白黒ったらいい度胸ね!」
何ィ!?
◆
「あたい実はブルーなのさ」
クッキーをかりかり齧っているチルノが唐突にそう言ったもんだから私は驚いた。
「ブルーなの? そんな雰囲気じゃないけど。いや、青いけど」
「? でね、ブルーなあたいには、実は仲間がいるの」
そっちのブルーか。
「カルノがレッド、ミルノがグリーン、エルノがイエロー。ってとこね」
「へー」
「あとジョルノがゴールド」
「やめて、なんかそれ一人だけ絵柄違いそうでイヤ」
それぞれの色のチルノが並んでカッコよくポーズを決めている様を想像して吹き出しそうになった。
同時にちょっと羨ましくなった。
紅魔館でも出来ないかなあ。
お嬢様がレッドで、咲夜さんがブルーで、妹様がイエローで、パチュリー様がパープ……あれ?
パープルなんて聞いたことない。
「ねえ、パープルってアリなの?」
「ビミョーね」
ビミョーときたか。
「レッドとブルーの間の子供ならいいんじゃない?」
「レッドとブルーの子供……」
お嬢様と咲夜さんの子供……
「ヒィ! 親子揃ってお仕置きはやめて下さいッ!?」
「何言ってんの?」
「は……いやその」
恐ろしい図が頭の中で展開されて一瞬トリップしてしまった。
だってお嬢様と咲夜さんの子供っていうくらいだから成長したらそれはもう凄いお方になるのかもしれないし。
あれ。
そもそもどうやって子供を作るんだろう。
「まあ仲間は今度紹介するわよ」
えっ、ちょっと。
冗談じゃないの?
「いつかここに連れてくるわ!」
それは勘弁して欲しいなあ。
◆
ある日、チルノがどっさり何かを持ってきた。
遠目から驚いてそれを見ていると、バランスを崩して落ちそうになったので、慌てて迎えに行った。
既にもう端っこからぽろぽろ落ちている。どうやら、木の実らしい。さくらんぼみたいに小さいやつだ。
「出迎えご苦労よ!」
「はいはい。で、何で木の実なんて持ってきてるの?」
「知らないの? はーこれだからトーシロは」
私の助けも借りて、門前にどさどさと木の実を置く。
あーあそんなことも知らないのかこいつって奴はもうほんとにまったく、って感じに肩を竦めつつ、チルノは木の実
の山を指して言う。
「おいしいのよ、これ」
「……もしかしてこれがコポラヘム?」
「違うわ。あんたみたいなのがあれ食べたら破裂しちゃう」
!?
ちなみにコポラヘムについてはヴワルのどの本を読んでも載ってなかった。
パチュリー様や司書さんに聞いても首を捻るばかり。もしかしたら妖精語の何かなのかも知れない。いずれにせよ、
もう深く考えてはいけないことだと判断したのだけど。
「それじゃこれはただの木の実か……」
「なにがっかりしてんのよ」
ひょいぱく、と木の実を口に放り込むチルノ。毒があるようには見えない。
私も一つ摘んで食べてみることにした。よく熟れていた。
「……おいしい。これなんて実なの?」
「知らない。でもおいしいから持ってきたのよ」
「ふうん……」
もしかして私と一緒に食べようと思ったんだろうか。
と思ったけど、それを言うと多分チルノはムキになって否定するかもなので、言わなかった。
しばらく二人で並んで座って、ボーッとしながら木の実を食べ続ける。
夕方になる頃には、あんなにあった木の実が、もうすっかりなくなっていた。
実の山があった場所と、落ちていく太陽と、私の顔を見比べて、チルノが立ち上がる。
「そろそろ帰んなきゃ」
「そう? それじゃね」
「明日また来るわ!」
いつものように無駄に勢いよく飛び立つチルノ。
その背中に私は慌てて声をかけた。
「あっ、チルノ!」
「ぁによ!」
「あれおいしかったから、またいつか持ってきて」
チルノは驚いたような顔になり、それから一瞬にへらと笑いかけ、顔をぶるんぶるん振って偉そうな顔を作った。
毎度ながらコロコロ変わる表情だ。これを見るのは最近の私のひそかな楽しみになっている。
「と、当然よ!」
と言ったきり、わき目も振らず、一気に加速して飛んでいった。
◆
「すやすやすやすや」
「……」
「すやすやすやすやすや」
「……」
日は西に傾き、風景をオレンジ色に染め上げている。
チルノは今お昼寝中。
私は膝枕中。
チルノはその日もいつも通り遊びに来て、何が楽しいのか一人で元気に飛び回って、いつの間にか疲れ果て、座っ
て眺めている私の太腿に陣取った。
「すぴー。ぐしゅるぷー」
邪気とか胡散臭さなんて欠片も無く、子供らしさと特有のバカっぽさが同居した寝顔を、私はボケッと眺めている。
……そういえばこいつ、侵略者なのよねえ。
ふとそういったことを思い出す。
理由はどうあれ、今の関係がどうあれ、こいつがもし今後ずっと紅魔館を乗っ取るつもりでいるのなら、それは十分
こちらにとって脅威となり得る。
クッキーなんてもので誤魔化すのも、いつまで保つか。
もしかしたらいつか大きく成長するのかも知れない。自信が無いわけでないが、私ですら止められなくなるほどに。
もしかしたら本当にカエルなんかより凄い子分を何人も従え、大挙して押し寄せてくる日が来るかも知れない。
そういう仮定の上でチルノを見ると、途端に変な気分になる。
本来敵である筈の私に頭を預け、安心しきって寝ている少女の可能性が、途方も無く巨大なものに見える。
考えたくは無いが、考え出すとキリが無い。
「――」
門番としての使命感だとかいったものが、言葉となって私に囁きかける。今のうちに片付けてしまえと言う。
こんな子供に何を気張ってるんだと、馬鹿馬鹿しい気持ちでそれを否定したかった。
不可能だった。
使命感はもはや説得を止め、私の身体を動かし始める。
でも使命感っていったって結局は私のせいなんだ。私の意思なわけだ。
その動作がとても嫌だった。気分が悪くなった。
止めようと思ってるのは確かで、けれど止める事が出来ず、いやに落ち着いた、機械的な動作で、私は。
「あのっ」
驚いた。
振り上げかけた手が空中で行き場を失い、身体から切り離されたように停止する。
咄嗟に向ける視線の先――声の主は、妖精の少女。
見た目の子供っぽさはチルノと同じくらいで、ちょっと背が高くて、緑色の髪をしていて。
「あっ、私、チルノちゃんの友達の妖精です。
あの子、今日はなんだか帰りが遅いから心配になって……」
と、妖精の子は、私の膝枕で寝ているチルノに気付いた。
その子はちょっと驚いた顔で私の顔を見る。
「お姉さんがお世話しててくれたんですか?」
「え、ああ――うん」
「わあ、ありがとうございます!」
少女の顔が輝く。
訳も知らないで。私がたった今やろうとしていたことも知らないで。
でも何故だか私はほっとした。この手を力いっぱい振り下ろさなくて良かった、と思った。
私がチルノを乗せたまま動けないでいるので、少女の方が近付いてくる。
「チルノちゃん? ねー、起きてよー。もう夕方だよ?」
「んむぅう」
少女の声に、チルノはむずがるように呻いた。
そしてうつ伏せになって私の太腿に顔を埋める。どうやら、まだ起きる気はないようだ。
「……もうちょっと、寝かせてあげようか」
「いいんですか?」
「うん」
それなら、と少女は私の隣に座って、門の一部に背を預けた。
「お姉さん、名前はなんて言うんですか?」
「……ん。紅美鈴っていうの。あなたは?」
「私は――。その。私は、妖精ですから」
――?
私が首を傾げたのを見て、少女は笑った。ちょっとだけ寂しそうに。
「妖精はね、みんな同じような存在だから……名前なんて無くても、誰が誰かわかっちゃうんです。
この湖にいるのは大体似た姿でしょ? この湖の妖精たちは、『湖の妖精』ってことで繋がってて。
私はちょっとだけみんなと違うから『大妖精』ってことになってますけど……でも名前はありません」
多分その違いの一つだろう、綺麗なエメラルドグリーンの髪を手で弄りながら、少女は話した。
私はふと、眠るチルノに目を落とす。
この妖精は、自分のことを『チルノ』と言った。少女もチルノを見た。
「でも……こいつには、名前があるんじゃないの?」
「ええ。元々チルノちゃんも、そんな妖精達の一つだったんですけど。
この子、それじゃ納得いかなかったみたいなんです。自分は自分だ――って。
そんな曖昧に自分をわかられてたまるか、って。だから自分はこんな名前なんだって名乗りだしたんです。
それに……知ってました? チルノちゃんはここらの妖精の中でいちばん力があるの。
そのせいかな、みんな恐がっちゃって。この子に近寄る妖精はいなくなっちゃったんですよ」
少女はチルノのひんやりした頭を、優しく一撫でした。
その顔はやけに大人びてて、まるでチルノの母親だかお姉さんみたいに見えた。
私はというと、段々わかりかけてきた。きっとチルノにはこの少女以外の友達がいなかったんだと思う。
チルノのことを名前で呼ぶ子が、この少女以外にいなかったんだ。
「私も他の妖精の子とは違うところがあったから、この子の気持ち、わかってあげられたんです。少しだけど。
だから友達になれたんだと思います。チルノちゃん、いまいち素直じゃないけど、いい子だし……」
言葉を切り、私の方に視線を移す。
少しだけぎくりとした私に気付いたのかそうでないのか、少女はやさしげに微笑んだ。
「きっと嬉しかったんだと思います。お姉さんはチルノちゃんのことを名前で呼んでくれてたんでしょ?
最近はずっとあなたの事ばっかり話してたんですよ」
ああ、そうか。
さっきの気持ちの悪さの正体がわかった。やっぱり私は何だかんだで、こいつを手にかけたくなかったんだ。
こいつは私のことを、友達を見るような目で見てたから。
侵略者とか強気なこと言ってるくせに、目いっぱいの親しみをぶつけてきてたから。
「……だから――」
「んあー」
少女が言葉を続けようとした時、ふと膝から声が上がる。
チルノが目をぐしぐしやりながら起き上がってきた。
「あ、チルノちゃん! 起きた?」
「……起きたー。れ? あれ? 何で大ちゃんがいるの?」
一度ぶるんと頭を振って、よくわからないといった風にチルノ。
そんなチルノを見て少女はくすりと笑った。
「迎えに来たの。もう、遅くまでお世話になりすぎだよー」
「お世話……? あ!」
ここでようやく私の存在に気付いたらしい。枕にしてたくせに。
チルノはしばらくじっと私を凝視した後、立ち上がり、フンと大きくふんぞり返った。
「紹介するわ! こいつはあたいの新しい家来、おっぱい魔人よ! でかいでしょ!」
「誰がおっぱい魔人か!」
家来でもないわ!
そんなやり取りを見て、少女はくすくす笑っている。
子供みたいな無邪気さがありながら、どこか落ち着いていてお上品。チルノもちょっとは見習えと言いたい。
「それじゃチルノちゃん、帰ろっか?」
「ん、そーね」
チルノは「また来るわ!」なんて言って、勢い良く飛び立った。
少女の方はぺこりとお辞儀をして飛んだ。礼儀も出来ている。チルノに爪の垢を煎じて飲めと言いたい。
もはや太陽も水平線の向こうにちょっとだけ顔を出している程度くらいにまで沈み、オレンジ色も随分暗さを交えて、
寂しげに幻想郷を照らしている。
でも今日のその夕焼けは、私には何だか温かいものに見えた。
少女が振り返って、私ににっこり微笑みかけた。その目が告げるさっきの続きを、私はしっかりと受け取った。
――だから、もし良かったら。
――これからも、チルノちゃんと一緒にいてあげて下さい。
うん、と、私は柔らかく頷いた。
◆
今日もとてもよく晴れた日で、早いうちから鼻歌じみたものが聞こえてきた。
その方向を見ると、案の定チルノと大ちゃん(私もそう呼ぶことにした)が飛んでくる。
あ、来たな、なんて思いながら、私は彼女たちにかわいいサイズのバスケットを示してみる。
最近は咲夜さんもあの二人をちょっとしたお客として認めてくれたらしくて、余り物じゃないちゃんとしたお菓子を
くれるようになった。
勿論、「あんたはあまり食べすぎないように」という忠告もオマケについてきたのだけれど。
「来たわ! お菓子はあるんでしょーね!」
「あるよ」
バスケットに入ったおいしそうなお菓子を見て、チルノがまた空中でじたばたし始めた。
私はそれを『喜びの舞い』と名付けることにしたのだけど、まあ、余談。
その横から、大ちゃんが木で作ったカゴを指し示す。中には、いつかの木の実。
「これも集めて持ってきました。チルノちゃん張り切ってたんですよ」
「そういえばそんなこともあったわね!」
さもなんともないことのように言いながら、着地するチルノ。それに大ちゃんも続く。
もうカエルは連れてなかった。彼らは解放されたのだろうか。願わくば、自由なカエルライフを送れていますように。
三人してバスケットを囲み、座り込む。
そういえば、一つだけはっきりさせておきたいことがあった。
「チルノ、あんたさ」
「今度はなによ」
「まだ紅魔館を制圧しようとか考えてる?」
これまでは休戦ということで通っている。
細かいかもしれないけれど、私は紅魔館の門番だ。ここを守る者として、聞いておかなければならない。
チルノは私の言葉を受け、また考え込んだ。
その様を、私と大ちゃんが固唾を呑んで見守る。手にはクッキー。
「…………やめといてあげるわ。お菓子はおいしいし、大ちゃんがあんたのこと気に入ってるしね!」
「それはチルノちゃんもでしょー」
大ちゃんの指摘を受け、うろたえるチルノを見ながら、私の心は急に軽くなった。
この瞬間から二人に対する私は、紅魔館門番の紅美鈴じゃなくなった。
だからただの、友達としての紅美鈴だ。
「……じゃあこれからは、お友達ね」
「ん? なんか言った?」
「別にー」
こんなのもそう悪くない。居心地のいい陽気に照らされながら、私は空を仰いだ。
変な奴が来る日の快晴の空は、チルノの髪の色にとてもよく似た青だった。
GJ!!
このチルノかわいいよチルノ。
ほのぼのとしたお話、楽しませて頂きました(礼
ところでコポラヘムって何?
あと、ジョルノがゴールド→絵柄が違いそう で大笑いw