「貴女には何が見えるの?」
と、夜空を見ていたら彼女がそう聞いてきた。
私はそれに簡単に答えた。
「ただの綺麗な夜空」
あまりに簡潔な答えだったのか呆れたようなため息が聞こえた。
だけど彼女は苦笑して言った。
「そうね。その答えが貴女らしいわ」
それはつまり私が雑な女だということなのだろうか?
そう尋ねると彼女はこう応えた。
「違うわよ。サッパリしている方が貴女らしいってこと」
それはそれであまり変わりないのでは?
いや、私自身は雑とは思っていない。
こう見えて家では掃除洗濯料理とちゃんとこなしている。
更に言えば友人から勧められて栽培などもしている。
明日―――すでに今日なのだが―――収穫する予定と言うことを告げると彼女は本当に驚いたようだった。
「びっくり。貴女ってそんな地道な作業が好きそうに見えないのに」
「それは自分でも驚いているわよ。なんたって労働し終わると楽しいって思えるし」
そう、初めて私は自分自身の意思で物事を行った。
以前はああしろ、こうしろなどの強制されていたお陰で自分の意思で何かをしていなかった。
無論、当時は自分の意思で行っていると思っていたが今振り返ると結局は他人の意思が関与していたことになる。
まぁ今回も堅物な友人が関係はしているがあくまで『してみないか?』だけだし、その場で頷いてはいない。
その後、自分の家の裏側が妙に寂しく感じ日がな一日する事も無いということで友人のところに行き指南を求めた。
その友人は半ば冗談のつもり―――周りから見ればそうは見えないのだが―――で言ったのを本気にしてきたことに驚いたそうだ。
「まさかお前がやると言い出すとは・・・・・いや、言ってみるものだな」
随分と驚かれていたがその表情は何時しか喜びに変わり、嬉々として私に畑仕事が何たるかをみっちりと仕込まれた。
そのお陰で何時も何気なく口にしているものが大変な努力の果てに生まれるものだと知ってそれ以降モノを食べるときは感謝しながら食べるようになった。
いや、あれは軽い洗脳かな、と今更思うが実際やってみてかなりの努力が必要だった。
「随分と様変わりしたと思ったらそうだったのね」
「まぁな」
彼女が顔を横に向ける。
その視線の先には元々荒れた土地だったはずの野菜畑があった。
色々な野菜を植えていくうちにどんどん侵食してゆき、今では自分の家より広大になってしまった。
「更に言えばこれ一人でやったんでしょう?」
そう、始めた頃はこれの4分の1ぐらいの広さで人一人食べるには丁度良いぐらいの収穫量だったのだが他の野菜の栽培方法とか友人から聞くと試したくなり、それが段々広がっていった。
中には友人でも栽培方法が知らなかったあり、それをわざわざ西行寺やマヨヒガ、挙句紅魔館まで足を運び今家には今後試したい野菜等の栽培方法が記載された書物が山積みになっている。
お陰で友人には随分と呆れた顔をさせてしまっている。
「お前、あとどれぐらい広げるつもりだ?」
友人のその問いかけの答えを彼女に言う。
「えええー!?ここの竹林全部ぅ!?」
「まぁあくまで最終的な野望。だけど流石にそこまで実践はしないさ」
友人はあまりのスケールの大きさに気絶してしまい、暫く世話をしなければならなかった。
最も彼女は友人とは違い、ある程度の柔軟性は持っている。だが私の野望の大きさには流石に驚いた。
「そんなことしたら筍が採れなくなるじゃない」
「そこかよ。まぁ私も筍の恩恵は有り難く受け取っているけどな」
「はぁ、あんたってほんと変わったわね」
彼女が呆れ返るのも無理は無い。一昔の私と今の私を比べたらそれこそ別人になったかのように変わった。
今でも友人には言われる。
『お前は何時別人に成り代わったんだ?』
まぁそれは彼女なりに嬉しい変化だと言うのはそれを言うときの表情が如実に語っている。
しかし、と自分でも考える。
「本当に変わったな。私」
「今更気付いたの?」
「ああ、お陰様でな」
「あら、感謝してくれるんだったらこっちにも幾らか教えてくれない?」
「は?」
「いやね、最近こっちも増えてきちゃってさ、打開策として自給自足の生活をすることにしたんだけど」
「栽培方法とか知識がないと?」
まぁあのメンバーを見れば誰も自給自足したことはないだろうし、彼女の従者も知らないだろう。識ってるといえば薬だけだし。
少しだけ考えて私は言った。
「まぁ別に良いけど」
「・・・・・・・・・」
ちょっと待て。何でそこで驚いた顔になる。
「まさか適当に言ったんじゃないだろうな?」
「いや、半分冗談で言ったつもりなんだけど・・・・・」
「・・・・・現実味のある理由を話されると冗談に聞こえないぞ」
「あぁ、いや、まぁ、そうだけど・・・・・けどいいの?」
未だに現実を受け入れていないようだ。
やれやれ、と思いながら体を起こす。真正面から見ると彼女の目はさっきからなのだろう大きく見開きっぱなしだ。思わずチョキで突き刺したいがその欲望を置いといて言う。
「あのな、こっちが断る理由なんて・・・・・・まぁあるけど私自身は別に良いんだけど?」
「え、でも、本当に良いの?本当はこっちが嘘付いてて騙し討ちを狙っているのかもしれないんだよ?」
「・・・・・・・・・・」
いや、その驚いた顔で演技しているように見えるか。多分、彼女の従者でさえこんな演技は出来るかもしれないが現状を考えると演技なんて無理だろう。
これが演技だったらむしろ賞賛を送りたいぐらいだ。
そう言うと彼女は驚から困に変わり、戸惑いを浮かべた顔になり言ってきた。
「本当に良いんだよね?」
こいつ・・・・・・・その表情に沸々と久方ぶりに忘れていた感情が沸き上がり、ヤバイと思ったが私の沸騰点は低かったようで爆発した。
「ああ、もう!良いか!お前が感謝してるならその報酬として野菜の栽培方法その他諸々要求してきて私はそれにオッケーした!それで良いじゃないかー!」
うがー!と立ち上がって突然の変化にびっくりして後ろに引いた彼女を上から怒髪天の勢いでガンガン言う。
私の冷めたところではあちゃーと頭を抱えているがそれでも感情と言う爆発力の方が強く勢いは止まらなかった。
どれぐらい経ったのだろう。
知らぬ間に私自身が肩で息をしていることから察するに時間単位に及んだようにも感じた。
一方、彼女はさっきから変わってないびっくり、と言う言葉が当てはまる表情で硬直していた。
「で、分かった?」
ようやく冷静な部分が戻って何を言っていたのか分からない状態だったが取り敢えずそう言った。
ぼうとしていた彼女はその言葉ようやく我に返ったのかコクン、と一つ頷いた。
よし、と思いながら畑が見渡せる草原に腰を下ろしそのまま仰向けに寝る。
それを見ていた彼女がはぁとやれやれといったため息を吐いて横に並んだ。
「貴女本当に変わったわね。むしろ貴女誰ですか?って言うぐらいに」
「それは最高の褒め言葉だね」
だけど、と私は口に出さずに呟いた。
一番変わったのはアンタだよ。と。
彼女は彼女で変わった。
いや、私的には生まれ変わったといってもいい。
元々彼女は完成された存在と言ってもいいほど非の打ち所が無かった。
そう言った意味では私は彼女の存在を妬んでいた。
だが、彼女は何時からか変わった。多分、過去に彼女が関係した事件を起こしたときからだろう。正確にはあの花が異常に咲き乱れたときだ。
聞く話によると彼女の従者の弟子がそれに係わり、それにわざわざ閻魔が出張って偶然にも会い、説教を食らったことが原因のらしい。
閻魔の説教のせいで随分と沈み栄養失調になり倒れたそうだ。
それに激怒したかどうかは定かではないがあまり表に出ることのない彼女が従者の付き添いを断り単身で閻魔の元へ殴りこみに行ったらしい。
それだけでも十分な変わりようだと思う。
更には閻魔に対して何と説教返しを食らわせたそうだ。思わぬカウンターを食らった閻魔はそれから三日三晩説教合戦を繰り広げ、それを閻魔の部下と彼女の従者が止めに入らなければ永遠と続きそうな勢いだったと私は聞いていた。
それを聞いたとき本当に当人かと思った。
まぁ当人曰く
『永琳が私のことを気にしないでイナバばかり気にしているから元凶を潰しに行っただけ』
それって遠回りに当のイナバ、鈴仙を気にしているようにも聞こえる。とは彼女の名誉のために言わなかった。
その説教合戦が効いたのかどうか分からないがその閻魔は暫く職場放棄しがちになったらしい。
どんな論争を繰り広げたのか分からないが閻魔を参らせるほどのことだから相当なものだろう。多分、並みの妖怪だったら絶対立ち直れない。
むしろ自殺ものだ。物騒だと思うが私はそう断言できる。
ついでに彼女は何を思ったのか沈んでいる鈴仙に説教をかましたそうだ。
なんでも自分の幸福について。
鈴仙が沈んでいるは何となく当人から聞いたことがあるので分かる。
仲間から背を向けて逃げて、自分だけ平穏に暮らしている。
彼女は本当にそれでいいのだろうか。と心の奥底で悩んでいた。それを彼女が一喝した。
『いいイナバ?幸せなんて人生の中で数えるとホンの一握りにしか得られないものよ。私自身はそのホンの一握りを捨てたのよ。アンタなんてまだまだその僅かな一握りを得ている最中だって言うのにたかだか閻魔如きに説教されたぐらいでウジウジするな!そんなんだからアンタは自分の幸せの大きさに気付いていないのよ!』
彼女はそう言い、呆然としてる鈴仙の頬を叩く。
『今、アンタを叩いたのは自分の幸せの大きさを教えるためよ。アンタを叩いてあげれるのは私と永琳だけよ。それがどれだけ幸せなことか知りなさい』
そう言い終わると彼女は鈴仙を抱きしめた。
『泣きたければ泣かないと。でなきゃもっと幸せが分からなくなるよ』
それを聞き終わると鈴仙は大泣きし、ただ謝り続けた。
『ごめなさい・・・・・私は幸せです・・・・』
彼女は鈴仙が泣き止むまで抱き続け、ただ優しく頭を撫で続けた。まるで母親のように。
その光景を竹林の間から見聞きしていた私は心底彼女の変化に驚いた。
昔は、そう、ただ冷徹。そんな風に感じていた。
自分の存在さえあれば良い。そんな風に私は昔の彼女を見ていた。
だがその時の彼女はただ泣き続ける娘を愛おしく見守る母親のように見えた。
そう言えばと思った。
私の母親は私が泣きついたとき、ああしてくれたな。その日の夜、私は久しく見ていなかった母親と遊ぶ夢を見た。
「アンタも変わったよ」
「?なんか言った?」
小さく言ったつもりだったが僅かに聞こえていたようだ。しかし内容までは聞き取れなかったようだ。
「いーや、べっつに~」
「ちょっと、何よそれ。私には言えないこと?」
「当たり前だろう?結局見ているだけでなんも手伝わないアンタには言えないことだよ」
む、と押し黙る。どうせ彼女は鈴仙やてゐ、他のウサギたちが働いているのを見ているだけで手伝うことはしないだろう。
そう言った意味では彼女に対しては良い効き目を持つ言葉だ。
「あ、そう。それって私が何かすれば言ってくれるようにも聞こえるんだけど?」
「おいおい、幾ら聞きたいからって虚勢は止めなって。元お姫様のアンタが肉体労働なんで出来るわけがないだろうが」
「アンタには出来たのに?」
お、ちょっと壷に入ったようだ。根はガンガン飛ばす方で普段の姿は仮の姿だと言うのは長い付き合いである私と永琳にはお見通しだ。
口調が悪くなるのは永琳曰く『煌びやかな生活からの反動』とのことだ。
どちらかと言うと私も同じなのだが。今となっては今更偽る必要は無いのだがどうも彼女は今だお姫様意識があるようで地は隠している。
たまに酒が入ったり、激しい論争のときとか出てくるが。
「そりゃまぁ昔はアンタに復讐するために色々鍛えたからね。だけどアンタはのんびり優雅に日々を過ごしてたもんね~?」
「っ!このっ!」
「おおっと怒らない怒らない。けどまぁアンタはどうせ鍬すら持てないだろうし持てても肩の脱臼がせいぜいでしょうね~」
「言ってくれるじゃないの・・・・・・それって遠まわしに私が虚弱体質に聞こえるんだけど?」
「あれ?そう言ってたのに気付かなかったわけ?いや~お脳まで年喰い過ぎた?いや~ね~何もしないお姫様ってこれだから」
「ちょっとまてや!脳まで言うか普通!?大体アンタも変わりないでしょうが!」
「いやいや。これでもちゃんと栄養素は取ってるし慧音から色々と勉強もしていれば西行寺にて妖夢と手合わせしてるし挙句紅魔館じゃあマナーも学んでる最中よ。アンタとは断然に違うね」
正確にはどれも始めたばかりだが間違っては居ないので一部誇張する。
それで完全に沸騰しと思った私は話題を逸らすことが出来たとにやける。
だが私の思惑と打って変わって彼女は何も言わない。
おや?と思い少し誘おうと思い言葉をかける。
「なに?もしか「いいじゃない。やってやろうじゃないの」」
は?
言い掛けてた言葉が中断され想像以上に冷静な声で彼女が言い放った。
「そこまで言われたら私だって引けないわよ。良いわ。畑仕事は私が全部やる」
「・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
ちょっと待て!こいつは何を言ってる?本当に脳が逝ったのか!?脳死なんですか!?などと私が驚愕の表情を見せていると彼女は威風堂々と言い放った。
「この蓬莱山輝夜の名にかけてやってやるわ。良いわよね?妹紅」
そう言い、彼女はさっさと自宅である永遠亭に帰っていった。
暫く呆けていた私は竹林から聞こえてきた足音で覚醒した。
「姫様が心配で様子を見に来たんだけど・・・・・・・」
月光に照らされ、赤と黒の半々の衣装を身に纏ったかつて月の知識と呼ばれたたった今帰っていったお姫様の従者、八意永琳が現れた。
「今の宣言・・・・・従者としてはどう受け止めればいいと思う?」
流石に思わぬお姫様の宣言に困惑した表情を見せる永琳。
それは私も同じだ。
「いや、まさか私もあんなこと言われるなんて思っても見なかった」
はぁと同時にため息をつき、とんでもないことになったものだと思った。
「で、結局姫様に向かってなんていったの?」
だが従者の復帰は速かった。少しばかり困惑の色が残っているが何時も通りの平静な声で元凶である言葉を尋ねてきた。
「ケッ、誰が言うか」
しかし私としてはそれは口にしたくない言葉だ。
言ってしまえば自分の中にある何かが壊れてしまいそうだったからだ。
暫く永琳はじっとこっちを見ていたが完全に言うつもりが無いことを理解し、全くと苦笑いを浮かべた。
「だけど」
「あ?」
「姫様はお変わりになられた」
「・・・・・・・」
永琳はそう言い、夜空を見上げ・・・・・否、月を見つめた。
私の家と畑のせいで上空から見ると盛大な竹林の中にぽっかりと穴が開いたようにも見えるこの場所は夜になって空を見上げると月が綺麗に見える。
周囲の竹林の頂の間にまるで月がはまっている様にも見えすぐ側に月があるかのように感じる。
彼女もそう感じたのか思わず手を伸ばしていた。
「遠い」
彼女がか細い声で言った。
「私と姫様はあんなにも遠い場所からここへ来た。なんて遠いのだろう」
「・・・・・・・・」
彼女が今何を思っているのか分からない。
ずっと付き従えて来た姫の変化に対してなのかここから見える月との遠さなのか、捨てたはずの故郷への哀愁なのか。
私には分からなかった。
「ねぇ」
どれぐらい手を伸ばしていたのか分からないが何時の間にかこちらを真正面から向き何処か憂いを浮かべた顔で声をかけてきた。
「貴女はどう思う?」
彼女は何がとは問わない。私は何がとは尋ねない。だが答えた。
「私は今のままが良いな」
ただ心からの言葉。
「・・・・・そう」
それに満足したのか笑みを浮かべて彼女は私に言った。
「来るときは姫様をお願いね」
「任せろ。一週間は動けなくさせてやる」
二人でクスクスと笑い、再び空を見上げた。
空には大きな丸い月が輝く夜を照らしていた。
ただ、途中で口調がおかしいと感じる部分が多々あったので誰がしゃべっているのかわかりにくい部分がありました。