Coolier - 新生・東方創想話

人形師の望むコト

2006/03/30 18:35:13
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カランカランッ
「はぁあぁああ……」
香霖堂の鈴が鳴り、一人の少女がため息と共に現れた。綺麗な金髪にカチューシャ、右手に魔道書、隣に小さな人形。
アリス・マーガトロイドである。
肩を落とし、地面を見ながら森の中を歩く彼女は、誰がどう見ても落胆している様にうつったであろう。事実そうであった。
(香霖堂に売っていなかったとすると、後は人里かぁ…)
面倒臭いな…そう思考に付け加えたとき、頭に黒い人間が浮かび上がる。
『お、アリス。盗みは人間として最低だぜ。いや、妖怪としてかね』
にやっと意地悪く笑う少女の顔が浮かぶ。自分の想像とはいえアリスには少々ムカッと来るものがある。
『何よ。あんただって好き勝手盗みまくってるくせに』
『シツレイな。私は「借りている」だけだぜ。主に妖怪からな。妖怪が人間から借りると盗みになるんだぜ』
『よく言う』
自分が思う魔理沙像に呆れる。そして、それがあまり違わない所にもまた呆れた。
『いいわ。偶には自分で探してくるわよ。どこかの空き巣さんとは違うもの』
『ほー、頑張るな。私は人形には興味ないし、ま、精々頑張りたまえ』
そう言い残して魔理沙が消える。
(あーもうホントにむかつくヤツだわ)
魔理沙とアリスは割と犬猿の仲とか言われている。同じ魔法使いにして蒐集家であるため、価値基準や何やらでかち合うことも度々あるのだろう。とはいえ、いつぞやでは月の異変を共に解決しに夜を走ったのだから、完全に仲が悪いともいえない。
いわゆる、微妙な関係である。
(絶対ぎゃふんと言わせて見せるわ)
少女は握りこぶしを作って森を歩いていった。

アリスは家に居た。とりあえず、出発に必要なものを揃えるために。香霖堂に行くのとは違って、探索に近いものだからある程度の準備が必要なのだ。
「あー、スペルどうしようかな。あんまり持って行っても人形が邪魔だし………」
悩むこと数刻。結局アリスは使い慣れている二つの人形を持っていくことにした。
二つの紅く色鮮やかに飾られた人形、名前は上海人形、蓬莱人形。アリスの代名詞といえる二つの人形。コストパフォーマンスの良い上海人形と、出力の高い蓬莱人形は多くの状況に対応できると思えた。
「さぁて、じゃあ行きますか」
家を出る際にアリスは顔の大きさを凌ぐグリモワール…魔道書を掴み、外に出た。
鬱蒼とした、魔法の森の中に。


まだ時刻は昼過ぎというところであった。森の外であれば陽の光が降り注ぎ、妖怪たちを不快な気分にさせたであろう。しかしここは鬱蒼と木が茂る森の中。光こそあれ、妖怪を不快にさせるには至らない。
目的地はまだ遠い。それに、できるなら夜、それも満月が空上がる頃に到着できるのが理想だった。一旦この森を出なくてはならないからだ。昼間に出ても問題無いといえばないが、肌が荒れたり枝毛が増えたりするのはアリスは御免だった。

森を歩くことしばらく。命知らずな妖精やなんやらを相手にしていたため、思ったよりもずいぶんと時間がかかってしまった。最近の妖怪には人間と妖怪の区別がつかないのかしらとアリスは一人不満を漏らす。
上海人形がまた一つ、妖怪の影を落とす。自分を護るように命令してあるので、アリス自身はそれ程気疲れしているわけではなかった。そういうわけなので、ざくざく先に進む。とはいえ、いい加減足が痛い。硬いブーツが原因というよりは、飛ぶことに慣れてしまっているツケだった。
「あーもう、昼間の光はうっとおしいったらないわね」
頬を膨らませて文句を言う。相手は人形なので返答はないが、それでも聞いてもらったような気になるので、幾分かマシである。
(大体人形の瞳の材料集めにこれじゃあ割に合わないわよ。まったく)
等と人形師にあるまじき言葉が頭の中を掠めるが、アリスはあまり気にした様子はなかった。
道中、アリスは文句を言いっぱなしだった。それでも帰ったりしないのは、彼女が人形作りをするためであり、目下研究中の自分の意志を持つ人形を作るための一歩だと考えているからだ。
(自立した人形をつくるんだったら、半端なアイテムじゃあ駄目よね。やっぱり純度の高い霊力、妖力を溜め込んだ石じゃないと。今だってあるにはあるけど、さすがに上海と蓬莱から目をもぐのは気が進まないし……)
上海人形と蓬莱人形はアリスの作品の中ではかなり自慢できるものだった。一応糸無しでも動くし、性能も高い。……故に材料費も割りと莫迦になっていない。魔法使いにはお金がかかるのだ。だからと言っていいのか、魔法使いには割と蒐集家が多い。
アリスも例外ではないので、こうして森の中を歩いている。
目的地まではあとわずか。陽は傾き始め、外界を闊歩する種族の交代も始まる。
人間達から妖怪たちへと。

「あと一刻くらいで森の外かしらね。はあー。やっと空を飛んでいけるわ」
アリスの気が緩んだその時だった。上海人形と蓬莱人形が後方を固める。
「――ッ!」
何の前触れもなく、紅い光弾が降り注いだ。アリスはそれをかわそうとはせず、二つの紅い人形に任せた。
人形は一瞬霊力を集中し、着弾寸前にレーザーを放って光弾を相殺した。
消え切らない妖力が周囲にたちこめ、殺気と敵意が蔓延する。
「ずいぶんな挨拶ね。……私は妖怪だから食べてもしょうがないし、襲う理由も無いんじゃないの?」
アリスはそう言い放つと、薄闇を睨み付けた。その先から押し殺すような笑いの音がにじみ出てくる。
「ありゃ、一発でしとめるつもりだったんだけどね。やるねぇ『妖怪』さん」
「……ああ、分別の付かない部類か……」
アリスは頭を抱えた。相手はそれほど強くは無さそうだが、この手の妖怪はルールに無頓着な奴かうぬぼれな奴に決まっている。面倒な事この上ない。
「んで、面倒だから省略するけど、用は弾幕勝負でいいの?」
「んー、そうなるね」
にかっと無邪気に妖怪が笑う。容姿は森の妖精の服を黒っぽくして、妖怪風味な力を纏わせたような感じで、それも相まって子供っぽく見えなくもない。
「じゃ、行くわよ」
「いつでもどーぞ」
そう言うと同時にアリスは上海を手元に手繰り寄せ、蓬莱を接敵させた。軽くあしらって先に進むつもりだった。
(先手必勝、スペルなんて使わせない。あればだけど!)
「咒詛『蓬莱人形』!!」
アリスがスペルカードを発動させた瞬間、相手もスペルカードを発動させた。
「闇符『ダーカーザン・ダークネス』!!」
言葉と同時に相手から闇が広がる。闇は周囲を包み始め、蓬莱のレーザーは闇の一部を切り裂くが、手ごたえは感じられなかった。
アリスは忌々しげにつぶやいた。
「下級妖怪のくせに無敵スペル?冗談も大概にして欲しいわ」
(これで蓬莱はあと一発ね……道中であんまり無駄遣いするんじゃなかった)
アリスは闇に注意を払った。いつ弾が飛び出してくるかわからないからだ。しかし、弾が出てくる気配はなかった。
「?」
アリスが闇を警戒して蓬莱を引き寄せようと視線を移すのを見計らうように、闇が、弾けた。
「っつぅうー!」
無数の弾幕が散らばってアリスを襲う。幸い弾の密度は高くないが、その分速度があった。意表をついた攻撃でこれほど効果的な弾幕はない。
アリスはとっさに身体をひねり、かろうじてかわした。服が一部焦げて白煙を上げる。
反撃とばかりに上海の攻撃を放つも、すぐに相手は闇に溶けた。それに伴うように、空の斜陽も急速に消え始める。
再び弾を放ちながら妖怪は姿を現し、すぐさま闇に消える。
「……いくらなんでも、不利じゃない」
一点集中ではないアリスの魔法をばら撒いて牽制しつつ、状況を確認していく。敵のスペルの特徴、妖力、状況、自分の残存戦力…。
相手の妖力から見て、スペルは多くないはずだった。ましてや無敵スペルだ。強力なスペルである反面、持っているのはこれ一つだろう。状況は闇を『使う』程度の妖怪と暗い森の中での戦闘。自分の残存戦力は操り人形が二つにスペルは蓬莱が一発、上海が二発。魔道書は今の魔法で打ち止め。道中が呪われた。
「あー、もう、最悪だわ」
実際はそうでもなかった。相手が闇になっている瞬間は攻撃できないようだったし、動きも緩慢だった。つまり、その間の逃走は可能なのだ。近接戦闘が苦手なアリスには幸運だった。距離を少しでも取るために走る、走る走る、走る走る走る!
「待ってよー。追いつけないじゃないのー」
(むしろそっちのほうがありがたいのよ!)
アリスは前方のみを注視して駆ける。それでも被弾しないのは、上海と蓬莱に後方を視認させているからであった。
森の外まで後五十メートルほど。月の光が見え始め、アリスは活路を見出した。
(あと……少しっ!)
疾駆する足に力が入った。弾幕には当たらない。その確信がある。敵は遥か後方で、弾の密度は薄くなっている。
(あと……少しっ!)
必死に歯を食いしばって、気力を振り絞る。木々の合間からの月の光が、アリスの汗を光らせる。そのすぐ横を弾が奔り、アリスは僅かに横に動いてかわした。
それは確かにアリスには当たらなかった。だが、だがそれは、樹木の根を破壊した。
アリスの前方にそれはあった。
「そ……んなっ」
支えを失った木は断末魔を上げるようにアリスの方向へと倒れこんで来る。それを全力疾走しているアリスにかわすことは出来なかった。
土煙がたち、無音の闇に枝が折れる音と少女の悲鳴が木霊した。
「にーがさーない逃がさない♪」
闇が近づく。その闇はやがて形を成すと、木が倒れた場所までやってきた。
土煙が収まり、金髪の少女が身体を起こす。その身体は土に汚れ、切り傷や擦り傷が出来ていた。
「いいわ、相手してあげる。今度は……本気だからね」
本来アリスは本気は出さないことにしている。負けたら後が無いし、出しても面白くないからだ。だけれども、このつけあがった妖怪には灸をすえてやらなければ気が済まない気持ちでいっぱいだった。本来は二色巫女の仕事だろうが、そんなことは気にしない。
アリスの指からはピアノ線に似た細い糸が伸びていた。光を介して無くば決してわからないだろう糸に繋がれた二体の人形。人形の手には剣。だらりと垂れて宙に浮く。
「人形使いの技、みせてあげるから」
アリスは腕を振った。糸は波打ち、命の波動を受け取ったかのように動き出す。
「へえぇー。面白いねぇ!でも、闇に触れられないように人形にも闇は斬れないよ!」
アリスのやることは決まっていた。確かに人形では闇は斬れない。しかし、相手も一瞬だけなら姿を現す。
―それも弾幕と共に。
そこがアリスの狙い。二つあることに意味がある。片方が砕けても、片方で撃墜すればいいだけだ。両方砕かれたら……
(その時はその時ッ!)
闇が砕ける。弾が弾ける。
アリスの人形がコンマ一秒の差をつけて相手へと奔り、弾幕はアリスの頬を掠めた。
左の人形は砕かれた。残った人形が右手を差し出し突撃する。敵に向かって。そしてそれは命中するかに見えた。
が、それは届かなかった。敵眼前で砕かれた。塵となり、人形は生贄となった。
「わったしの、勝ちぃ!」

闇と月光との境界はあと数歩。アリスにはそれがわかっていた。

「あ……れ?」
勝利を確信した少女は、何か違和感を覚えた。
(人形が一つ足りないよ?)
自分を睨む視線は魔法使いと人形一つ。明らかに一つ、足りない。
それに気付くのと同時だった。
「咒符『上海人形』」
「えっ?」
下方から橙色の光が放たれ、黒い妖怪は上空へと弾かれた。満月の下へと。
その瞬間にアリスは森から飛び出した。この瞬間を待っていた。空を埋めるほどの見事な月。闇をかき消すほどの今日の満月をアリスは知っていたのだ。
「さあどうする?」
アリスの前に立ちはだかるように小さな二つの紅い人形。並んで主人を護っている。
「うっ…わぁぁぁぁぁぁあああああ!」
月を背に、スペルを封じられた妖怪はアリスへと真っ直ぐ、燃える星の様に落ちてくる。
「上海!蓬莱!」
二つの人形は小さく揺れると、同時にスペルを発動した。力強い二重の色彩が夜を彩る。
光が妖怪を焼いていく。しかし、それでもこの妖怪はこの光の中を突っ切ってきた。
(落ち……早く落ちなさいよッ!)
「ああぁぁあががが……ッ」
そして遂に、妖怪は初速を殺す事無く上海と蓬莱へと到達した。
その妖怪の腕が二つの人形を砕いた。
「わ………ワたしの…っ…か…カ…」
勝ち。その単語を放つ前に、妖怪の目は見開かれた。
「でぇえーやッ!」
茶色い塊が、妖怪を打ち砕いていた。
「弾幕は、ブレインよ!」
荒い息でアリスは言い放った。最後に妖怪にくれてやったものは、彼女の固い靴底だ。それを知った妖怪は吹き飛ばされたその場所に横たわり、
「そ  っか。ま   まけ  ちゃった」
そういい残して、消えた。力を使い果たしたのだろう。今すぐに復活することは無さそうだった。

妖怪が消えたのを見て、アリスはその場にへたり込んだ。そして、砕かれた二つの人形を手に取る。酷い有様だった。顔は砕け、手が取れてしまっていた。この人形たちが無かったら、私は負けていたな。そう思った。
よろよろと目的地に向かう。森のすぐそばにあるのは幸運だった。目的のものは、光を集めた石。
霊脈にあって、月の光がよく降る場所にある事が不可欠だった。両方とも妖怪には必要なものだから、人形の材料には適しているのだ。
「使えるのはこれだけね……」
ちょうど人形二つ分といった所。小さく光を放つと、その石は眠るように光を失った。
「よし、帰ろうか。上海、蓬莱」
ぼろぼろの二つを抱えて、アリスは月が出ている夜空に飛び上がり、自分の家へと戻っていった。


アリスの指には裁縫針があった。最後の仕上げ。
「できたっ!」
アリスは修復し終わった人形を抱え上げると、子供のように喜び、抱きしめた。
「じゃあ今日はお茶会よ。あいつらも呼ぼうかしらね」
アリスは腕の中の人形をテーブルの上に置くと外に飛び出していった。

机の上には、紅いお人形が二つ。
肩を寄せ合うように座っていた。


出演
霧雨魔理沙…?
そして
アリス・マーガトロイド
    
                  様方


                おしまい

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