これは拙作「レイムマシン(作品集15~16)」で自分が書いた未来の幻想郷の物語です、勝手に出したガジェットには特に深い意味はないと思います。
ようやく冬も終わりかけてきたある晴れた日、博麗の巫女である私、その名も博麗ミカは朝食を済ませ、今日も博麗神社に出かけていく。
「まだゆっくりしていかなくて大丈夫なのか」
「いいの、この仕事好きだし」
「チルノさんに氷のお礼言うの忘れないでね」
この村の神社の巫女はもともと連番制で、妖怪と渡り合える能力を持った人(男の人が勤める場合もある)が順番に神社に通ったり、あるいは直接移り住むことで村を妖怪から守護するのが慣わしだったのだが、なぜかわたしがここ最近ずっと巫女を勤めている。私以上の力を持ったものが村にいないため、とみんなは言うのだが、どうも体よく利用されているような気もする。ときどき妖怪から面白い話を聞かせてもらったりもできるので、むしろ両者の利害が一致しているといえるのかもしれない。なにより私はこの仕事が大好きなのだ。
わたしが着ているのは、両わきの下に反重力発生装置を内蔵した巫女服。これが無いと私たちは空を飛ぶことができない、妖怪たちはこんな機械なしでも自在に空を飛ぶし、また私のご先祖様たちもそうだったという。しかし私は信じることができなかった。時空を越えてやってきた霊夢さん達の姿を見るまでは。
「どうしたら霊夢さん達みたいに飛べるのかな」
私にいろいろ妖怪と渡り合うすべを伝授してくれた(本人も妖怪なのに!)紫に導かれて、遠い過去から霊夢さんと魔理沙さんがやってきたのはつい一週間前のことだった。二人ともエンジンも反重力発生装置もなしに空を飛び、小型電算機もついておらず、ただの紙切れにしか見えないスペルカードから目もくらむような弾幕を展開するさまを見て、昔の人の不思議な力を思い知らされたものだ。私達にも潜在的にあのような力が残っていると紫は言っていたが、それをどうしたら引き出せるのだろう。
「でも、まあいいか。」 今のところ妖怪がちょっかいを出してくる以外は特に問題もないし、あまりつらい修行は正直いやなので、今はあまり考えないことにした。ポケットに超振動お払い棒と若干威力を増やしたスペルカードを入れ、準備は万端だ。
「行ってきまーす」 お父さんとお母さんへの挨拶は忘れずにね。
♯
神社に向けて飛び立つ。田植えが終わったばかりの水田が美しい。
神社に向けて空を飛んでいると、友人の霧雨眞琴(きりさめ・まこと)が空飛ぶ箒にのって森の方面からやってくるのが見えた。
「ミカ、おはよう」
「今朝はずいぶん早いね、研究のほうはどんな調子」
「伝説に関する新しい仮説を思いついたんだ。」
「それも良いけど、村長さんトコの魔力発電機の具合が悪いそうなの、見てあげて」
「よしきた、あとで行ってみるよ」
彼は当代の霧雨の魔法使いで、古来からのおきてに従い、魔法の森で一人で暮らしている。魔法使い兼考古学者兼技術屋みたいな存在で。ときどきこうして人里に下りてきては買い物をしたり、魔力のこめられた機械の修理を請け負っているのだ。少し向こう見ずなところがあるが、私は彼が嫌いではなかった。
一緒に並んで飛ぶ、彼の箒も反重力駆動。飛びながら取りとめも無い話をするのが二人の日課だった。
「それでな、僕らが小さいころ聞かされた物語があるだろ、吸血鬼のお姫様が、陽の光を嫌って霧で空を覆い隠してしまった『たいようをかくしたおひめさま』。 亡霊が春を独り占めして春がこなくなってしまった『さいぎょうのおばけ』。あとなんだっけ・・・。
「月から逃げてきたうさぎをかくまうために夜を長くした『おわらないよる』とかかしら。」
「そうそう、ミカは全部本当の話だと思っているんだったね」
「そうよ、だって霊夢さんたちが全部本当だって言ってたもん」
「僕としては、それぞれ、太陽が隠されて夏なのに涼しかった、冬が長く続いた、夜が明けなかった、と言う話、きっと大規模な火山噴火が背景にあったと思うんだ」
「初めて聞く仮設だなあ」
「噴煙が立ち込めて陽の光がさえぎられ、気温が下がったり、昼でも暗くなるような異常気象が起こった。それが脚色されてこういう伝説になったと、僕はにらんでいるんだ。だから、こんど地面を掘る魔法を覚えて発掘してみようと思ってる。火山灰のたまった層が見つかるはずなんだ」
「でもあの話はきっと事実よ、私のこと、この年にもなっておとぎ話を信じているって馬鹿にするかもしれないけれど」
「おとぎ話は決してただのほら話じゃない、当時の人々の願望とか、世相とか、歴史上の大事件がいろいろアレンジされて今に伝えられているんだ。だから、話の原型になった事象はたしかにあったと思う。でもさすがにミカみたく、字句どおりの事が起こったと信じるのはちょっとなあ」
この点では意見は合わないが、自分の研究分野について語る眞琴の表情はとても生き生きとしている。たとえ望みの結果が出なくても、その努力が彼の糧となりますように、と心の中で軽く祈祷してあげた。
♯
神社に着く、 眞琴にお茶でも飲んでいかないかと誘ったが、いろいろしたい事があるらしく飛んでいった。村人からの頼まれごとや、個人の研究テーマやらで忙しいらしい。
「まったく、少しぐらい神社でのんびりしていても良いのに」
「あの代の博麗からすれば信じがたいセリフね」
アリスがもうすでに神社に上がりこんでいた。彼女も妖怪の一種らしいのだけど、人間に半分混じって暮らしているような存在だった。彼女は霊夢さんと親しかった事もあって、私やその他の博麗によくしてくれている。敵対的な妖怪を懲らしめるときに、何度か助けてもらった事があるの。私はいつものように来客にお茶をふるまうのでした。
「でも、時間はたっぷりあるんだし。ちょっとした休憩所に使う人もいるわよ」
「霊夢なら、『用が無いならとっとと帰る』とか何とか言いそうだけど」
「へえ、そうなんだ」
「ほんと、あのころからすれば幻想郷も変わったわ、妖怪と人間との争いだって、今とは比べ物にならないほどあったし、まさか幻想郷の人たちが外界と正式に交易をするとはね」
私縁側でお茶を飲み、遠くを見つめるアリスの横顔。その目に映るのは、昔の日々だろうか。
「うん、幻想のアイテムと科学のアイテムを物々交換だね」
「そのせいか、幻想の力がどんどん薄くなって、人間も私達も、昔ほど力を持たなくなったような気がする」
それはわたしももうすうす感じていた、過去からやってきた霊夢たちの話からもそう思う。
もともと妖怪や魔法といった存在は、外界の人々の幻想、すなわち、「暗闇の中にはこんな怪物が潜んでいるかもしれない」 「かわいらしい妖精が飛翔していたらいいな」 「こんな奇跡がおこったらな」 というような心が生み出したものだった。
科学が発達し、『合理的な説明』をつけられ、実際には存在しないと見なされるたびに、妖怪や妖精、魔法使いといった存在は次第に消えていってしまう、彼らからしてみれば大量虐殺である。虐殺を逃れ、幻想とされた者たちが最後に見つけた居場所。それが外界と結界でさえぎられたここ幻想郷なのだ。
「霊夢の時代からずっと先、今現在よりは昔だけど」 アリスは続けた
「妖怪たちが闇雲に人間を襲う時代があったの」
「知ってるよ、昔、お爺さんから当時の事をよく聞いた、とても怖かったわ」
「私はそのとき、少なくとも、自分の手の届く範囲で襲われた人間を助けることはあった。手の届かない範囲については、これが人間と妖怪の本来の関係なのではないかと思う事もあった。いくらなんでも、自分と引き換えにすべての人間を救おうとは思わなかった。で、考えたの。何で妖怪たちがめちゃくちゃに人間をおそうようになったのか。ちょっとミカには納得がいかないかもしれないけれどいいかしら」
「もしかして・・・、幻想郷の人間すらも科学を信じるようになったから・・・?」
「おそらくはそう・・・。人間が外界の文物に触れるようになった時期と一致していると思う、科学は自分たちを追い払い、消滅させる脅威、最後の住処まで脅かされるようになった妖怪たちは、がむしゃらな反撃に出た。と言う解釈もありうると思う。人間にしてみればただの狂気の沙汰。でも妖怪たちにとっては最後の居場所を守るための戦い」
「妖怪たちにしてみれば、人間を皆殺しにしてやろうとかじゃなくて、生きるための戦い・・・か」
わたしの心に、幼いころ聞かされた妖怪への恐怖と、彼らもまた死ぬのが怖かったのだ、という哀れさがないまぜになった心情が生まれた。同時に、当然の疑問が生じてくる。
「でも、じゃあなぜ、今はうまく人間と折り合いをつけられた状態なのかしら。今の人間のほうが相当科学に依存しているはず、わたしだって、これがあるし」
と自分の脇に取り付けられた反重力装置を見せる。
「もはや幻想郷にしか私たちを認識できる人間はいなかった。だから幻想郷の人間を仮に絶滅させたとしたら、つまり妖怪を妖怪として認識してくれる人間たちが居なくなったら、やっぱり自分たちは消えてしまう」
「じゃあ八方塞がりじゃない」
「そこで、妖怪たちは必死に考えた末、ある方策を見つけたの」
「つまり、科学がこちらへ流れ込んできた分、こっちも幻想を外界に流し込んで対抗した、かな」
「正解! さすが現代博麗。人前に出て、科学を持った人間を受け入れる分、妖怪も幻想のすばらしさや不思議な魔法を人間に教えたの。ときには、人間が放つつたない魔法や術をわざと防御せず、退治されたふりを演じることで自信をつけさせたり、知識のあるものは科学に幻想の成分をいろいろブレンドしたり、そうやって科学と溶け合うことで新たな生きる道を見つけた」
「それで今に至る、っていうことだね、こっちが科学ボケした分、向こうも幻想ボケすることで釣り合いが取れてるのかも」
「その科学と幻想の折り合いをつける方法は、数学や魔法に長けた者たちの名前をとって『八雲・ノーレッジメソッド』と呼ばれてるわ」
「知らなかった」
自分の世界の成り立ちを改めて知り、人間と妖怪を問わず、先人たちの苦労をしのぶ。つらい時代も、今のやさしい時代へのステップだったのかも知れない。このような話が聞けるから、そしてアリスという大切な友達ができたから、妖怪とかかわりの深いこの仕事に感謝したい、わたしは胸に両手を当てて、感慨にふけっていた。
またひとつ、この場所が好きになったみたい。
♯
「おーい、ミカー」 眞琴の声が聞こえる、科学のほうきに乗る現代の普通の魔法使い。その彼がちょっと焦った表情で境内に降り立った。
「どうしたの霧雨君」
「あっアリスさん、ちわっす。」
「まあお茶でも、という状況じゃなさそうね」
「ミカ、ルーミアさんがちょっと困ったことになってるんだ。ほっとくと泣きながら人間にたたるかも」
「うんわかった。仕事ができちゃった、アリス、後片付けしといて」
「いや僕がやるっす」
「いいの霧雨君、それより早く行きなさい」
飛び出していく二人を暖かく見つめるアリス。彼女たちならどんな困難も乗り越えていけるだろう。
あれから幻想郷は変わった、しかし変わらないものもある。
「ねえ霊夢、魔理沙、見ている?」
日常にちょっとしたドタバタを加えつつ、今日も幻想郷の一日が始まる。
無理して後日談的話を書かなくてもいいのではないかと思いました。
オリキャラに抵触するので嫌いがる人も多いでしょうし。
ちょっともったいないです。
『八雲・ノーレッジメソッド』の理論は面白いと思いました。
でもやはり全体の完成度としてはこの点数に留めさせて頂きたいと思います。
共存出来ないのは、大半の人間がどうしても信じやすい方しか信じられず、
「合理的な説明」が出来る科学の方だけに流れてしまいがちだからではないかと。
理屈の裏付け無しという存在をも認めることが出来る人の中では、科学と幻想は
充分共存出来ると思う。幻想郷はきっと、万が一科学が流れ込んできても、
幻想の存在を見失うようなことはしないんじゃないかなあ、と思うんです。
あくまで、私の中で描いている像ですけども。