・注意!この作品は…まあ、なんといいますか…パロディと壊れギャグ満載です。
・ちなみにオリジナル必殺技?みたいなものも出てきたりします
・第1部(作品集27)の続きです
・たぶん読むのに結構な体力がいります
・先に謝っときます。このSSに登場したすべてのキャラ及びそれらのファンの皆様、ごめんなさい。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
第一部のあらすじ
突如、幻想郷を襲った謎の満月消失事件。
偽者の月の光の下、混乱に陥る幻想郷を救うため、
お馴染み楽園の素敵な巫女・博麗霊夢は仲間とともに夜空を飛び立つ。
幾多の強敵との戦いを経て異変の犯人が潜む竹林に辿り着いた霊夢達は、全米川下り選手権に出場する。
「ちょっと紫、なんなのよこの全米川下り選手権って!?」
「あら、霊夢。今日もかわいいわね」
「あら、そう?…じゃなくて!わたしら誰一人カヤックなんてしないから!!」
「まあいいじゃない。ジョーク、ジョーク」
「第1部のラストのは誰も気づいてないっぽいし…」
「気づいたとしても、大抵の人はさっぱりでしょうね」
『は~あ さっぱりさっぱり』
「!!な、何今の!?リリーホワイトに見えたんだけど」
「リリーね。ちなみに黒リリーは大混乱ですぞ」
「言ってろ!なんで本編始まる前からこんなパロネタばっかなのよ!」
「いや、このくだりが『このお話はパロディネタ満載ですよ~』って注意書きのかわりになったらなあ、と」
「ぐるぐるねたと聞いてめるぽしに来ました」
「あら、メルラン」
「ガッ!鬱になってお帰り!!」
「無理よ」
「無理ね」
「いいからさっさと本編始めろよ!!」
「はいはい。じゃあメルラン、よろしくね」
「は~い♪」
「出番すらないあんたが何すんのよ?」
「まあまあ」
「わたしがプリズムリバー三姉妹次女、メルラン・プリズムリバーである!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編 第2部 IT’S REQUIEM FOR…―
偽の月光に照らされた竹林の中。
霊夢は傍らを飛ぶ紫に声をかけた。
「う~ん、確かにいきり立った妖怪兎がたくさん襲ってくるけど…他の場所とあまり変わらない気が…」
「そんなことはないはずよ。このまま進んで行けば、いずれ犯人の本拠地が見えるはず」
ここまで、霊夢たち一行は紫の直感を信じてやって来た。
紫曰く、この竹林から不穏な気配がするというのだが…
「おい!お前らもちょっと手伝え!!こいつら意外と手強いぜ」
兎の放つ弾をかわしながら、魔理沙が叫ぶ。
竹林に入ってから、おそらくこの場所に巣があるのだろう、兎の妖怪が頻繁に出現するようになった。
他の場所で見た妖怪や妖精と同様、無条件で霊夢たちを攻撃してくる。
満月に異常が起きているせいで混乱しているのだろう、と霊夢は思った。
「妖夢、ここはいい竹が生えてるわね。物干し竿にしましょう」
「はいはい、これが終わったら取りに来ましょうねー」
冥界のお嬢様とその従者は、相変わらずのやり取りを繰り返している。
「今回こそは目立つわよ!咲夜、邪魔する奴は全部刺しちゃいなさい!!」
「かしこまりました(わたしも結局ライダーの引き立て役に終わった気が…)」
前回全く出番がなかった吸血鬼、そして不完全燃焼のメイド。
「…むにゃ…お母さん…なんで…かりすま…ないの」
「やれやれ、やっと落ち着いたか」
ため息をつく狐の背中で神をも恐れぬ寝言をつぶやくのは、先ほどまで錯乱状態にあったアリスだ。
「シャンハーイ」
「ホーターイ」
相変わらず主の周囲を心配そうに飛ぶ、上海人形と包帯ぐるぐる巻の蓬莱人形。
とにかく少女達は、竹林の中に潜む悪いやつらを退治せんがため、終わらない夜を飛び続ける。
そして、未知の強敵はまたしてもその行く手に立ちふさがる。
ちゃりん
ちゃりん
「あら?何の音かしら…?」
幽々子の声に、一同は立ち止まる。そもそも浮いているので、立つも何もないが。
「またこのパターン?どうせ敵なんでしょ」
「作者もワンパターンよねえ」
そう言いつつ、霊夢と紫も耳をすます。
ちゃりん
ちゃりん
「お、おい、あれ!」
不意に、魔理沙が音の正体に気づいた。
彼女が指差す先にあったもの。
それは――
「7041、7042…っと。ふふ、今日ももうけちゃった♪」
竹林の奥、地面に座り、箱の中の銭を勘定する一匹の妖怪兎。
その箱に書かれた文字は「お賽銭」。
「何…あれ…賽銭箱?」
それは霊夢にとって馴染み深い以上のものだった。
生活の糧、収入源の大黒柱。
と言うわりに、生活を支えるほどの収入が得られることなどないが。
全く、ここにいる奴らも、たまに来た時くらい、お賽銭の一つでも入れてきゃいいのに。
「あれ~?珍しいね、こんなとこで人間に出会うなんて」
賽銭箱の持ち主と思しき兎が、霊夢たちを見上げた。
ウェーブのかかった黒髪に、ふわふわの耳。
まだあどけなさが残る顔に、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ま、よかったね~。わたしに出会ったら竹林では決して迷わないから」
さて、このウサミミ少女は…敵か味方か?
(ま、どうせ敵なんでしょうけど)
霊夢をはじめ、仲間の誰もがこの少女から巨大な妖気を感じ取っていた。
同時に、その笑みの裏に隠された不穏な雰囲気も…。
「でも、やっぱり残念だったね」
ちゃりん、と音を立て、賽銭が箱の中に落ちる。
「あんたらは、無傷じゃこの竹林を出られない。そう…」
風が吹いた。
少女のワンピースの裾が揺れる。
「この因幡てゐに出会っちゃった『幸運』を…今夜ばかりは呪うがいいわ!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE4 伝説の夢の国!!の巻
「おっけー…やっぱし敵ってことね」
霊夢は札を取り出す。
間違いない。この兎は、今回の異変の真犯人と関わっている。
特に根拠はなかった。勘である。
だが、その根拠のない勘が、これまで幻想郷で起こったあらゆる異変を解決に導いてきたのだ。
「今回こそわたしがやるわ。みんな、文句ないわね」
背後の仲間に言葉をかけ、地へ降り立つ。
主人公・博麗霊夢。
ここにきて、やっとツッコミ役以外の出番が回ってきたのであった。
「あらゆる概念から自由な博麗の巫女、ついに登場かしら?」
「最も脆弱な種族に生まれながら、幻想郷最強の弾幕使いと呼ばれる天才です」
そう、この八雲の主従をはじめ、ここにいる誰もが霊夢に敗れた経験を持つ。
「うふふ、今日も凛々しいわ、わたしの霊夢…」
「断じておまえのじゃないぜ」
いろんな意味で霊夢にやられちゃってる者も。
「さて、とりあえず聞きたいんだけど」
てゐ、と名乗った少女の前に立った霊夢。
「何かしら、紅白の人間さん?」
「さっき儲かったとか言ってたわね。その賽銭箱と関係あるのかしら?」
「あら、興味ある?」
「いちおう神社の巫女なんで。つーかこんなとこで賽銭入れる奴なんかいるの?」
やはり、霊夢はてゐの賽銭箱に関心があったようである。
まあ、普段からあれだけ「賽銭入らない~正月のもちが買えない~もにもち~」と嘆いてるだけあって、その関心は並々ならない。
「当然こんなとこにはいないわ。だからこっちから出向くの」
「出向く!?なによそれ!!」
「こっちからもらいに行くのよ。『お賽銭の集金に参りました~』って」
得意げに語るてゐ。
「集金!?てゆーかなんでそれでお金もらえるのよ!!」
「ん~『博麗神社から来ました』って言ったら大抵の人はお賽銭入れてくれるけど」
「なあにぃぃ!?なんであんたがウチの神社の名前勝手に使ってんのよ!!詐欺だろーがそれ!!」
「あ、あんたあそこの巫女さんだったの」
「どうりで最近ただでさえ少ないお賽銭がさらに壊滅的だと思ってたのよ!あんたのせいだったのね!!」
霊夢はもはや怒り心頭だった。
無理もない。
ある意味彼女自身も詐欺行為のカモである。
「失礼ねえ。わたしのお賽銭箱にお金を入れた人には幸運が訪れるのよ?神社の評判も上がるじゃない」
「え、ホント?ご利益効果!?」
「そしてまたわたしにお賽銭を入れる人がぞくぞく…」
「やっぱり殺すー!!」
霊夢は札に加えて針も取り出し、いまにもてゐに掴みかからんばかりの表情をしている。
「その手口で一体どんだけの人からお金を騙し取ってきたのー!!」
「あら、あんたは今までに食べたパンの枚数を覚えているの?」
平然と返すてゐ。
「あ、わたしのセリフ!!」
上空から2人の会話を聞き、憤慨するレミリア。
「いや、厳密にはお前のセリフでもないからな」
「パン!?生まれてこの方そんな贅沢品見たことすらないわー!!」
(そんなに貧しかったの!?)
霊夢の叫びを聞き、なんだか自分が悪いことをしているような気になってきたてゐ。
いや、実際に悪いことしてるからね君。
「あんただけは許さない!この場で兎鍋にして、3日くらいに分けて食べてやるわ!」
懐からタッパーを取り出しながらてゐを見据える。
色んな意味で本気だ。
「わわ、ちょっと待って。ほ、ほら、あんたにも教えたげるから」
「何をよ!?」
「お賽銭が集まる方法」
「何ですと!!?」
驚く霊夢。そんな方法があるならば…知りたいに決まってるじゃないか。
「ね?特別にコツを教えてあげるから、ここは穏便に…」
「…いいわ、話を聞こうじゃない」
「グッド!」
「それで、その方法って何よ?」
霊夢は一応装備は解かないまま、てゐに尋ねる。
「実は、この賽銭箱に秘密があるのよ。ちょっと見て」
てゐは賽銭箱を霊夢に差し出す。
「これに…?一体何が――」
言いながら賽銭箱を覗き込む霊夢。
暗くてよく見えない箱の奥を見ようとしたとき――
きらり
不意に、得体の知れない感覚が彼女を襲った。
「え…?」
なんだ。
なんだ、この感じは。
身体が…身体が、動かない!?
そして、動かない自分の身体がぐるぐる回っている感覚。
え、だって、わたしは地面に足をついていたはず――
あの兎にお賽銭の集め方を聞こうとして、賽銭箱を覗き込んで、それから?
そうだ、何か見たぞ。
あの時、賽銭箱の奥で、何か光っていた。
その光を見て、一瞬くらっとして…そして?
「ふふふ、引っかかった。やっぱ人間、効果絶大ね」
てゐは、ふらふらしながら立っているのがやっと、と言う感じの霊夢を見てにやりと笑った。
「もしもーし。わたしの声、聞こえる?」
「…っ!?」
足元がおぼつかない霊夢。
地面に膝を落とす。
さらに前のめりに倒れそうなところを、どうにか賽銭箱の縁に手をついて身体を支える。
「何が…起こったの…?」
「知りたい?欲に目がくらんで、思いっきり罠にかかった人間さん」
心底楽しそうなてゐの声。
今の霊夢には、どこから響いてくるのかもわからない。
賽銭箱を覗き込んだ途端、箱の奥で何かが光って。
それを目にした途端、身体の力が入らなくなって、さらに平衡感覚も失われた。
(まずい…これは、非常に、まずい…)
「ど どうしたんだ霊夢ー!?」
「急にうずくまっちゃったまま、動かない…?」
心配した仲間達が地面に降り立つ。
「き…来ちゃダメ!!」
彼女達がどこにいるのかは正確にわからなかったが、霊夢はとりあえず大声で制した。
「こいつ…何かある!とりあえず…みんなはその賽銭箱に近づか、ない、で…」
今の霊夢は言葉を発することすら苦しそうだった。
「何言ってんだ霊夢、おまえ立てなくなって…」
「やめといたら?せっかくの仲間の忠告なんだし」
思わず駆け寄ろうとした魔理沙に視線をやるてゐ。
その目が告げる。
お前の仲間の生殺与奪権は、現在こちらにあるぞ、と。
「この野郎!霊夢に何をした!」
「ん~?別に。わたしは賽銭箱を除いてもらっただけよ?」
「嘘をつくな!それだけでこいつが倒れるわけないだろう!!」
「でもこれが事実…よいしょっと」
手足の自由が利かない霊夢を、てゐは軽々と肩に担ぎ上げる。
「!?霊夢をどうする気だ!」
「秘密~」
右肩に霊夢を、左の脇に賽銭箱を抱え、てゐは空に浮かび上がる。
「待て!」
魔理沙たちも慌てて飛び上がり、てゐの後を追う。
偽の月に照らされた竹林の奥、哀れ楽園の素敵な巫女は囚われの身になってしまったのだった。
結論から言えば、てゐに追いつくのはさほど大変なことではなかった。
飛行速度はそれなりのものだったが、大きな賽銭箱と人一人を抱えて飛んでいるのである。
背の高い竹の間を縫って行われた空中鬼ごっこは、さして時間をかけずに終わったのだ。
「さあ、もう逃げられないな。霊夢を返してもらうぜ」
「う~ん、確かにこれは逃げらんないわね」
現在、魔理沙たち7人は、空中でてゐの前後左右を完璧に取り囲んでいた。
霊夢を人質にとられていなければ、すぐにでも飛び掛っているだろう。
そして霊夢本人は、飛んでいる最中ついに意識を失ったのか、ぐったりとして動かない。
「余裕かましても無駄だぜ。今から3秒以内に霊夢を離せ」
「兎ごときがわたしの霊夢を掻っ攫おうなんて、身の程知らずもいいところねえ」
てゐの正面には魔理沙、ちょうど背後にはレミリア。
その他の方向も残りの仲間で完全にふさがれており、てゐに逃げ場はなかった。
「わかったわ。この人間は返すわよ。もちろん、無傷でね」
「当然だぜ」
「ほら、起きなさい、え~と、霊夢?つったかしら」
てゐは霊夢の顔の前で、
ぱちん、
と指を鳴らした。
その音に応えるように、霊夢が瞼を開く。
「ほら、あんたの仲間んとこへ戻りなさい」
霊夢を脇に抱えていたてゐが手を離すと、霊夢は自身の力でふわりと宙に浮かんだ。
「……」
まだ意識が朦朧とするのか、うつむき気味に首をたれている。
とん、とその背中をてゐが押すと、そのまま目の前にいた魔理沙の方へ宙を移動した。
「お、おい霊夢!!」
ふらふらと漂いながら自分のほうへ進んで、いや、「流れて」来た霊夢を、魔理沙は慌てて抱きとめる。
「大丈夫か?あいつになんかされたのか!?」
魔理沙は下から霊夢の顔を覗き込む。
霊夢は未だに頭を垂れたまま、焦点の合わない目で下を見ていた。
「ま…りさ…?」
不意に霊夢の口からこぼれた言葉。
「ああ、そうだ。ご存知、霧雨魔理沙だぜ。よかった…意識が戻ったんだな」
「魔理沙…」
安堵の表情を浮かべる魔理沙。
霊夢は顔を上げると、自分を抱きとめている少女の顔を見つめた。
「ねえ、魔理沙…」
「おう、何だ?」
「…ひとつ、お願いがあるの…」
霊夢は小さく微笑む。
「わたしで良ければなんでも聞くぜ」
「そう…よかった。それじゃ」
「死んでくれない?」
「ああ、そんなことはいつだって…何!?」
その瞬間、魔理沙の背筋を戦慄が走りぬける。
強い殺気。
それを放っているのは――目の前の少女。即ち、霊夢。
「…っ!」
魔理沙は身をかがめ、頭を沈める。
それまで彼女の頭があった辺りを、高速の針が通り過ぎて行く。
「霊夢!?いきなり何するんだ!!」
「殺すのよ…あんたをねぇっ!!」
霊夢は次なる攻撃態勢に移ろうとしている。
とりあえず距離をとる魔理沙。
「どうしたの霊夢!?」
「なんだか…様子がおかしいわ!妖夢!!」
「はい!」
霊夢が突如、味方のはずの魔理沙を攻撃した。
ただならぬ雰囲気を感じ、目を見開く紫と、従者を呼びつける幽々子。
「おやつにしましょう」
「なんでやねん!!」
「やってる場合か亡霊ども!!霊夢の攻撃が来る!!」
レミリアが言うとおり、霊夢の攻撃の矛先は周囲の味方全員に向けられていた。
―霊符 夢想封印 散―
霊夢を中心に、無数の札と陰陽玉が放たれる。
全方向を攻撃する高速弾幕。
「やるわね。相変わらず容赦のない弾幕ですこと」
「わわわちょちょちょっと紫さま!わたしを盾にしないでください!」
「あら、だったらあなたもアリスを盾にしちゃえば?」
「あ、それはいい考え…ではなく!」
「くっ…おい、兎!!やっぱり霊夢になんかしやがったな!!」
弾の嵐をかいくぐりつつ、魔理沙が叫ぶ。
「ふ~ん。今更気づいても遅いよ~」
「何をした!!」
「大したことはしてないわ。『わたし』は、ね」
「どういう意味だ!?」
『ふふふ…それはこういう意味よ!!』
突如、それまでその場にはなかった声が響く。
「な…誰だ!?どこにいる!!」
『ここよ、ここ』
「…ええっ!?魔理沙!あれよ、あれ!!」
咲夜が指差す先、そこに正体不明の声の発生源があった。
「あれって…な、何だとぉ!?」
そこにあったもの。
それは、先ほどからてゐが小脇に抱えていた…
「賽銭箱が…しゃべった!?」
『驚いたかしら?あんたらの相手はてゐだけじゃないのよ!!』
謎の声は賽銭箱の中から響いていた。
声を聞く限り、女性のようである。
「珍しいわね、生きてる賽銭箱なんて」
「そう?物に魂が宿るなんてざらにあることじゃないかしら?」
レミリアは目を丸くするが、幽々子はこともなげに答える。
自身が霊である冥界の住人にとって、非生物に霊が憑くようなことは珍しくも何ともない。
「しかし、あれは付喪神の類ではありませんね」
「でしょうね…となると」
妖夢と幽々子には、あの賽銭箱からは「霊の気配」は感じられない。
あれは間違いなく、生きた「何か」である。
厳密に言うならば、賽銭箱の「中の」何かが。
『てゐ、いい加減外に出るわよ!!』
「オッケー!!狭いトコでおつとめごくろーさん♪」
てゐと「何か」が言葉を交わした直後。
賽銭箱の蓋が、がたり、と動き、外れる。
そして、その中から
ジャーン!
という謎の効果音とともに、1人の少女が飛び出した。
「ぷはー!シャバの空気は気持ちいいー!!」
「鈴仙、お久しぶりー!!」
箱の中から現れた少女は、てゐよりも若干年上に見えた。
ブレザーにネクタイ、という幻想郷ではあまり見かけない服装。
頭上の耳により、彼女もまた妖怪兎であることがわかる。
横にいるてゐのものとは、耳の形が少し、いや、かなり違っていたが。
とにかく、箱の中から響いていた謎の声の正体は、この2匹目のウサミミ少女であった。
「うわ、なんか兎が一匹増えたわよ!」
「ずっとあの箱の中にいたのかしら…?」
「大きさ的に無理があるような気がするぜ」
魔理沙の疑問ももっともである。
そもそもあの賽銭箱は、てゐが小脇に抱えられるほど小さなものだ。
どう考えても、人間と同じ体格・身長を持つ妖怪兎が入れるはずはない。
そして、てゐと、勢いよく箱から出てきた兎――鈴仙と呼ばれたていたか――。
「もー埃っぽくて狭くて大変だったわよー」
「まあまあそう言わずに。おかげで作戦大成功♪」
「途中でばれたらわたし逃げられなかったんだからね。ほんとにヒヤヒヤもんだったんだから」
なんだか勝手に2匹で盛り上がっていた。
「よし!鈴仙、あれやろ、あれ」
「ええ~?」
「いいじゃん、今日のために練習してきたんだし」
「まあ…そうだけど」
「ほらほら、じゃあもっかい入って」
てゐは再び鈴仙を箱の中に押し込める(!?)と、蓋を閉める。
「あんたたち、よく見てなさいよ!!」
箱を手に持ったてゐは、魔理沙たち(ついでに未だ暴れている霊夢も)を箱に注目させる。
「鈴仙、出ておいで~」
ジャーン!
先ほどと同様に蓋が外れ、鈴仙が飛び出す。
「それがどうしたんだよ」
「ふふふ、まあ見てなさい。これは1回だけでは単なるびっくり箱だけど…」
言いながらまたも鈴仙を箱に押し込め、蓋をするてゐ。
「今のアクションを3回続けて行うとっ!」
ジャーン!ジャーン!ジャーン!
「げえっ、鈴仙!!」
「ふふふ、てゐ、真っ二つだぞ~」
「って関羽か~い!!」
ビシッ!とツッコミを入れるてゐ。
「「どうも、ありがとうございました~」」
二匹の兎は丁寧にお辞儀をする。
[観客サイド]
咲(……え、えーと)
レ(笑うところなんじゃない?)
妖(とりあえず拍手だけでもしてあげたほうが…)
魔(でもあんなネタじゃなあ…)
藍(うわ…めっちゃこっち見てるし。思いっきし反応待ってるな、あれ)
幽(だめよみんな。つまらない芸人こそ、甘やかしたら成長しないわ)
紫(でも、このままスルーするのも感じ悪いわねえ…)
[芸人サイド]
て(よっしゃあ!うまくいったわ!)
鈴(うけてるかな?うけてるかな?)
て(そりゃあもう、ウチの兎たちには100%ツボだったんだもの、これくらい…)
鈴(…なんか、みんな微妙に困った顔してるね。やっぱり唐突すぎたんじゃ…)
て(そ、そんなはずは…)
鈴(あっ、ちょっとこっち見た…あ、目そらした)
て(なぜ!?ネタのチョイスから間の取り方まで、5日かけて構想を練った必殺のギャグが…)
鈴(あ、拍手してくれたよ)
て(うわ、このぱらぱらした拍手…どうみても社交辞令です)
鈴(本当にありがとうございました…ううう、みじめだ)
「って、そんなことやってる場合じゃないだろ!」
一番最初に自分達の本来の目的を思い出したのは魔理沙だった。
「おい、そこのウサミミども!霊夢に何をしたんだ!!いいかげんに答えてもらおうか」
鈴仙とてゐのダダすべりな一発芸の間も、霊夢は異様な、そして険悪な雰囲気を放っていた。
もちろん、仲間である魔理沙たちに対してである。
「大したことはしてないわよ。ちょっとおしゃべりしただけ」
両手の指で自分の口を指差すてゐ。
小憎らしいほどに可愛らしい仕草である。
「そしてわたしは、ちょっとにらめっこしただけ」
鈴仙も同様にして、己の赤い両目を指差す。
「おしゃべり?にらめっこ…?わけわかんないこと言うな!そんなもんで霊夢がわたしらに攻撃してくるか!!」
「ところが、『そんなもん』じゃないのよねえ、わたしのおしゃべりは」
「わたしのお目々は」
憤る魔理沙に対し、小ばかにしたような態度で答える兎コンビ。
「どういうことだ!」
「それはね…こういうことよ!」
その瞬間、鈴仙の両目が光を放った。
網膜を超え、脳を貫いて抜けるような強い赤光。
さて、その光をもろに正面から見てしまった魔理沙は。
「え…!?」
突然、強い眩暈を感じ、平衡感覚が一気に無くなった。
同時に、四肢の力が抜け、だらりと下がる。
先ほどの霊夢と同じ状態であった。
(なんだ…これ…どうなって…)
もやのかかった頭でぼんやりと考えながら、魔理沙は地面へまっさかさま――
「馬鹿ねえ。霊夢が言ってたこと、忘れたの?」
――に落ちるところを、時間をとめた咲夜に抱きとめられた。
霊夢が言っていたこと。
それすなわち、てゐの賽銭箱、つまり鈴仙に迂闊に近づくなと言うこと。
「あ…ああ、すまない…」
幸い、魔理沙は霊夢ほど酷い状態にはならなかったようだ。
鈴仙の目から視線を外したことで、眩暈その他の異常も回復しつつある。
「ま、おかげで霊夢が倒れた理由もわかったわ。なんとなくだけど」
咲夜は魔理沙を抱えたまま、鈴仙へ――極力その瞳を見ないように――視線を移す。
「あなたの目、なにか秘密がありそうね。この2人の状態を見る限り…そうね、視覚催眠ってとこかしら?」
「し…知っているのか、咲夜~」
「いや、無理して驚かなくていいわよ…で、どうなの?兎さん」
「ご名答。わたしの目には、通常の兎の何倍もの狂気が宿る。この目が放つ光りを見たら最後、正気じゃいられなくなる」
この言葉の通り、鈴仙はその視線で相手の狂気を操る能力を持つのだった。
彼女の赤い目が放つ光線を直視したものは、己の精神、そして神経に潜む狂気を刺激され、身心ともにその在り様を大きく狂わされる。
その「狂わされ方」の1つとして、咲夜の言った「催眠」という状態もあるのだろう。
実際、今の霊夢と魔理沙の状態にはその言葉が最もよく合う。
「なるほど、それで霊夢を洗脳したってわけね。賽銭箱に入ってたのはそういう理由か」
「まあ、確かにあの巫女は愚かにも賽銭箱を覗き込んでわたしとばっちり目があっちゃったけど…厳密には違うわね」
「そう!そこでわたしの出番ってわけよ」
咲夜と鈴仙の会話に、てゐが割り込んでくる。
「鈴仙は賽銭箱に潜んで、巫女を催眠状態にしただけ」
「だったらなんで霊夢があんなになるのよ?」
「簡単な話。催眠状態の人間に、幻想郷一の詐欺師(自称)たるわたしの話術。と来たらもう答えは一つ」
「暗示をかけたってこと…?」
「あんた、物分りいいわねえ。助かるわ」
つまり、こういうことである。
①霊夢に賽銭箱を覗き込ませ、箱の中の鈴仙の目を至近距離で直視させる。
②鈴仙の能力で強い催眠状態になった霊夢を拘束する。
③霊夢に、てゐが巧みな話術で「魔理沙たちは敵だ」という暗示をかける。
途中、てゐが霊夢を抱えて逃げ出したのは、飛びながら③の暗示をかける時間を稼ぐためである。
「驚いた?これでそこの巫女はあんたらを完全に敵だと認識したわ。そう…」
鈴仙は不敵な微笑みを浮かべる。
「この鈴仙・優曇華院・イナバの赤眼催眠と!」
「この因幡てゐの魔法の弁舌が織り成す!」
「「究極のマインドコントロール戦法!その名も!!」」
二匹の兎は声を合わせ、ポーズ(両足の爪先を外側に向け、背を大きくそらすというもの)を決める。
「「永遠亭奥儀『因幡ウアー・イリュージョン怪~どんなにつよいてきも、のうみそゆさぶってだまくらかせばねがえるよ~』!!」」
蛇足だが、この技紹介の練習に鈴仙とてゐが3週間費やしていたことは言うまでもない。
兎の芸人(人じゃないが)魂、恐るべし。
「な なにーっ!?」
「むう…永遠亭奥儀『因幡ウアー・イリュージョン怪~どんなにつよいてきも、のうみそゆさぶってだまくらかせばねがえるよ~』だと…」
「し 知っているのか藍ー!?」
「てゆーかよくあの1回聞いただけで覚えたわね…」
魔理沙は既にいつものテンションで驚けるほどに回復している。
しかし、呆れる咲夜をよそに口を開いた藍の言葉は、いつもの解説ではなかった。
「いや…わたしもはじめて聞いた。だが、我慢ならんな」
「まあ、あのふざけたネーミングはねえ…」
「違う」
「じゃあ何が我慢ならないのよ」
咲夜の疑問に、藍はよくぞ聞いてくれたとばかりに答える。
「決まってるだろう!奴ら『イリュージョン』と言ったんだぞ!よりにもよってこのわたしを前に『イリュージョン』などと!!」
「「そこかよ」」
思わずユニゾンでツッコミを入れる魔女とメイド。
「おそらくあの箱から出てくる芸をイリュージョンとでも称しているのだろう…だが!」
藍は拳を握り締め、二匹の兎をにらみつける。
「そんなものがイリュージョンとは笑止千万!このわたしがお手本を見せてくれよう」
そう言うが早いか、藍は衣服に手をかける。
「とくと拝むがいい!これぞ真のイリュージョン・式神らしく『スッパテンk」
「「やめい」」
「しゅ~ん…」
イリュージョンの名を汚された怒りも手伝い、いい感じに身体が火照ってきたところをユニゾンツッコミで止められ、
思わずうなだれるお天狐さま。
「それにしても、まずいことになったわねえ…」
代わって、彼女の主が前面に立つ。
見据えるのは、未だ敵意むき出しのままの霊夢。
つーか、この1連のアホなやりとりの間、全く攻撃を仕掛けてこなかった辺り、律儀と言うかなんというか。
「ああ…このままだと…霊夢と戦う羽目になる」
「まいったわね。一応今は味方、ということだし…下手に傷つけたらお嬢様が何と言うか」
そのお嬢様が「今ならどさくさに紛れて霊夢の血を吸っても言い訳効くんじゃないか」とか考えていたのは、また別のお話。
「ここはわたしに任せてもらおうかしら」
先ほどから霊夢の様子を見ていた紫が進み出た。
「あの子をここまで連れてきたのはわたしの責任。このまま置いていくわけにもいかないわ」
「戦うのか?霊夢と…?」
「う~ん、ちょっと手荒になっちゃうかもね。でも心配しなくていいわ」
不安げな魔理沙に向かって、紫はいつもの怪しい微笑みを向ける。
「必ず、霊夢の目を覚ましてあげるから」
ふわり、と夜空を移動し、霊夢の前に出る。
「紫様…相手はおそらく全力状態の霊夢です。お気をつけて」
「頼んだぜ!!」
かくして、次なる戦いのカードが用意された。
「ふん、わたしらの催眠術にはまったら最後、目を覚ますなんて夢のまた夢!」
「やっちゃえ巫女ー!!」
本来ならば(少なくともこの状況では)あり得なかったはずのリベンジマッチ。
境界の上に棲む妖怪と人間の戦いが、今再び幕を開けようとしていた。
「霊夢…わたしがわかる?」
「…ゆかり…」
霊夢は鋭い視線で紫をにらみつける。
そこにはいつもの素敵な巫女の姿はなく、剣呑な雰囲気を放つ1人の修羅がいた。
先ほどまでの攻撃でわかってはいたものの、紫は確かめずにはいられなかった。
(暗示をかけられた…って言ってたわね。一体何を吹き込まれたのかしら?)
「どうして、わたし達を攻撃したの?」
「敵だからよ」
「…どうして、敵だと思ったの?」
その瞬間、霊夢の目がかっと見開かれる。
「あんたは…あんたらは…」
わなわなと身体を震わせた後、霊夢はびしっ!と紫を指差す。
「お賽銭を入れないだろうがぁっ!!!!」
「えー!?」
そんな理由であんな殺す気満々の弾幕をだしてきたのー!?と驚嘆する紫。
「だいたいさあ…あんたらはいつもいつもうちの神社で宴会だなんだって騒ぎまくった挙句、掃除もしねえで帰るし…」
「ま、まあ…悪いとは思ってるわよ。でも霊夢…」
「そのうえ来るたび来るたびビタ一文賽銭箱に入れていきゃしねえ…こっちは生活かかってんのにさあ」
確かに、ここ最近の博麗神社は人妖入り乱れての大宴会が頻繁に行われる。
幻想郷中から集まった者達は好き勝手に酒を呑み、つまみを食い散らかし、バカ騒ぎして帰る。
皆が帰ってから後始末をするのは、1人残された霊夢である。
その後、宴会場を提供した自分への感謝の証に、誰かがお賽銭の一つでも…と思い箱をのぞけば、中には落ち葉の1枚もない。
「あんたらがヒマつぶしに来て勝手に飲んでくお茶もなあ!!貴重な貴重な18年ものの高級品なんだぞぉ!!」
「お、お茶に18年ものなんてあるの?ワインじゃないんだから」
「18年間使い続けた出がらしの高級茶葉だっ!!」
「それはなんかもうお茶とは別の代物ではー!?」
催眠術の効果なのか怒りによるものなのか、口調も荒々しくなっている霊夢は紫に詰め寄る。
「茶葉を買う金すらないのもあんたらのせいだ!」
「言いがかりもいいとこー!?」
普段から霊夢の生活が困窮を極めているのは幻想郷でも有名だが、他者に対しここまで理不尽な怒りをぶつけることはない。
おそらく、これがてゐがかけた暗示の効果なのだろう。
「あんたが貧乏なのは、お賽銭を入れないヤツらのせいだよ」とかなんとか言ったに違いない。
何にしても、本気で怒り狂っている霊夢を相手にしては、さすがの八雲紫も分が悪い。
「ケヒヒ…紫、とりあえずあんたらの身包み剥いで金目のものを全部巻き上げた後に、神社を隅々まで掃除してもらうわ」
「やれやれ、まさに金の亡者ね」
「だぁ~れのせいでこうなってるんですかね~!!とにかく容赦なく行くわよぉ。ケヒ、ケヒヒヒ、ケェーッ!!」
奇声を上げながら、紫に飛び掛る霊夢。
両手には数本の針が握られ、鈍い光を放っている。
「…っ」
紫はすんでのところで霊夢の攻撃をかわす。
真正面から突っ込んでくるだけの単純な攻撃であったが、その恐るべきスピードとプレッシャーに冷や汗が流れる。
(とりあえず、一旦距離をとって…)
霊夢の動きには以前戦ったときよりも動きにキレがあった。
加えて、全身から放たれる強烈な殺気。
戦いで必死になることなど滅多にない紫も、さすがに気を引き締めざるを得ない。
「よく避けたじゃない…でも、いつまで続くかしらねえっ!!」
「くっ…」
間合いが広まったと見るや、霊夢は手に持った針を一斉に紫に向けて放つ。
「ケヒーッ!!全身針治療で更年期障害を治してあげるわよゆかりーっ!!」
「誰が更年期よ!」
紙一重で針を避けつつ、自らも針弾――「妖回針」で応戦する紫。
だが、霊夢の身体を気づかって放たれた針は、本来の威力を発揮できない。
「老いぼれがぁ!あんたのショットが1番生っちょろいわよ!」
「老いぼれって言うなー!!」
霊夢は紫の針弾を軽く見切ると、今度は札も混ぜた攻撃を仕掛けてくる。
高速の針と追尾機能を持つ札が、嵐のごとく紫に殺到する。
「うぐっ…」
「ケ~ッヒッヒ!あの最強妖怪が避けるだけで精一杯なんてね!」
霊夢の言葉通り、防戦一方になっている紫。
その動きは次第に「避ける」から「逃げる」ものへと変わって行く。
(まいったわ…これじゃ霊夢を正気に戻すどころか…身を守るのでやっと…)
ひたすら動き回って、追尾弾を振り切り、針をかわす。
紫には自分から攻撃を仕掛ける余裕などない。
人間の内なる狂気に干渉する赤眼催眠によって精神のタガが外れた霊夢。
その攻撃は、速く、強く、そして終わりが見えなかった。
「KEHHYYYY!食らえ紫ィ!巫女巫女巫女巫女巫女ォォッ!!」
霊夢本人は、なんかいろんな意味で終わっていた。
「紫様ーっ!」
「まいったぜ…あの霊夢は…強すぎる!」
藍が悲痛な叫びを上げ、魔理沙は唇を噛む。
今や紫はただ逃げ回るばかりの状態で、もはやそれを戦闘とは呼べないだろう。
あまりに一方的な展開だった。
「幽々子様、これはもう、紫様の加勢に行くべきでは…」
焦り顔の妖夢が、刀の柄に手をかけながら主の判断を仰ぐ。
「いやいや妖夢。その必要はないわ」
「しかし…」
「いいのよ。あなたたちはまだ、八雲紫の真髄を知らないわ」
仲間全員が霊夢の圧倒的な強さ、そして紫の明らかな劣勢に不安を抱く中、幽々子だけは平然としていた。
それは、夜雀との戦い、その中での幽々子の危機に際して紫が言った言葉と似ていた。
二人の立場がちょうど逆になる形であった。
「それは…どういうことですか?」
「あの子に関しては、絶体絶命の窮地ですら胡散臭いってことかしらねえ」
生前からの紫の親友は、その口元に薄く微笑を浮かべた。
そして、予想以上の霊夢の働きに、手を取り合って喜ぶ兎達。
「やったぁ!あの巫女、完璧にこっちの思惑通りに動いてくれてる!」
「ほんとに、できすぎなくらいね…でも、てゐ」
「なにー?」
「なんか人格まで軽く変わってるけど。どんな暗示をかけたの?」
鈴仙は狂気を操ることができるが、あそこまで「できすぎた」狂い方をさせることは正直難しい。
だからこそ、てゐとのコンビによる催眠戦法は効率が良いといえるのだが…
「えっと『あんたの仲間って金持ち多そうね』と『自分に嘘ついちゃだめだよ』って言っただけ」
「…」
「…」
「なんつーか、苦労してるんだね、あの巫女」
催眠状態の人間にかける暗示。
まことに、思い込みの力と言うのは恐ろしい。
霊夢、悩みは溜め込まないで、誰かに相談しようぜ。
「あ~もうちょこまかと逃げてばっかり!往生際が悪いわねえ~!!」
逃げ回る紫に痺れを切らした霊夢は、攻撃方法を転じる。
「いけっ!博麗座布団!!」
博麗座布団――それは霊夢が通常使用する「ホーミングアミュレット」、つまり札弾の強化版である。
札と同様に、追尾機能を持った攻撃弾であるが、その大きさと攻撃力は札の数倍である。
霊夢の手から放たれた数枚の座布団は、紫の後を追っていく。
「あら霊夢、いまさらそんな物出したところでわたしは捕まらないわよ~」
「どうかしら?」
霊夢はにやりと笑うと、自身の放った座布団――その上に、自ら飛び乗った。
「な なにーっ!!霊夢のヤツ、座布団の上に乗っちまいやがったーっ!!」
「あ、あのまま紫を座布団ごと追いかけていくわー!」
魔理沙と咲夜が驚くのも無理はない。
霊夢は恐るべきバランス感覚で飛行する座布団の上に立ち、針と札を放ちながら紫を追いかけていく。
「なるほど…あれなら自身が標的に高速で接近しつつ、紫を通常弾で攻撃可能ね」
「霊夢の飛行速度の遅さを、座布団ショットのスピードを利用することで補ってるわ」
「あ、あの…みんなで解説してないで、紫様の心配をしてあげてくださいよ…」
腕を組んで厳かに語るレミリアと幽々子は、藍のツッコミにも動じない。
しかし、紫がさらに窮地に追い込まれたのは、紛れもない事実。
「ケヒヒヒヒヒヒ!もぉ~う逃げられないわよぉ~紫ぃ!!観念しやがれっ!!」
「なんの…まだまだ、よ!」
未だに余裕の表情を崩さないが、既に紫の体には札と針による傷がいくつもできている。
正直、霊夢の座布団戦法はかなり功を奏したと言えよう。
「無駄よ無駄!もはやあんたの背後に逃げ場はない…そして地獄の巫女巫女ラッシュで止めを刺す!」
「そんな技持ってたかしら。初耳なんだけど」
霊夢オン座布団に追い掛け回されているうちに、紫は背の高い竹を何本も背負う位置にまで追い詰められたいた。
これ以上は竹が邪魔で逃げられないし、スキマを開くそぶりを見せればすぐに霊夢に気づかれるだろう。
さらに上空へ逃げることも考えたが、これも竹の枝が邪魔していることに気づいた。
まさに、手詰まりであった。
「いくわよ紫!あんたはここで見せ場もないまま再起不能よ!」
「くっ…」
霊夢は距離をつめてくる。
紫は苦し紛れにスキマを開こうとするが、
「遅い!スキマから逃げようって魂胆だろうけど…だめだね」
霊夢の攻撃の手のほうが明らかに速かった。
そして、地獄の巫女巫女ラッシュが始まる。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女!!」
地獄の巫女巫女ラッシュ――それは、握り拳を作り、指の間から針を突出させて相手をひたすら殴る、という極悪技である。
霊夢が「巫女巫女」とヘンな気合いを放っているが、巫女1回につき1発殴っていると思っていただこう。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女生麦生米巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女、」
目の前の敵を、霊夢は殴り続ける。
パンチのスピードと重さは、すべて指の間から突き出た3本の(両手合わせて6本)の針の先に乗ることになる。
たまらぬ貫通力であった。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女」
ちなみに僕(作者)のパソコンでは「みこみこ」と打つと「見込み子」と変換される。
「巫女巫女巫女巫女姉三六角巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女KEHYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女!!」
まさに地獄ともいうべき連打の前に、もはや相手の体は原形をとどめていない。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女!!」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!」
意味不明な断末魔の叫びをあげる紫(だったと思われるもの)。
霊夢はとどめの一撃を放つ。
「巫女ォオオオオオ!!」
全体重を乗せたパンチ。
もろに食らった相手はそのまま猛然たる勢いで吹っ飛び、竹林を抜けて人里まで飛んでいった。
そして、人間達が利用するゴミの集積場に落下した。
「ふう…『身包み剥いで金目のものを全部巻き上げた後に、神社を隅々まで掃除してもらう』だけって言ったけど…スマンありゃウソだった」
あまりにも圧倒的な勝利だった。
紫が立ち上がってくることはまずないだろう。
霊夢はゆっくりと残った者たちの方を振り向く。
その時だった。
攻撃態勢を解き、無防備になった霊夢の身体に、白い縄のようなものが巻きついたのは。
「な、何!?」
縄は霊夢の全身を縛り上げ、完全に動きを封じた。
彼女の体から伸びる縄、その端を持っている者は――
「うそ…どうして」
「あらあら、わたしが死んだとでも思った?」
「ゆ…」
「紫ーっ!!」
そう、霊夢を縄で拘束している本人は、先ほどの巫女巫女ラッシュで燃えるゴミにされたはずの紫だった。
これには霊夢自身だけでなく、紫の敗北を目にして言葉を失っていた魔理沙たちも大いに驚いた。
「ふふ、さすがは紫ね。あんな力任せの攻撃にやられるはずはないわ」
「幽々子様、あれは一体…紫様はどうして…?」
「それは本人の口から聞けるんじゃないかしら~」
ここに至っても、幽々子だけは眉一つ動かすことはなかった。
「なんで…なんであんたが生きてんのよ!さっき間違いなく…」
「間違いなく、何かしら?」
紫の体にはいくつかの傷があるものの、それは巫女巫女ラッシュによるものではない。
それ以前の攻撃により作られたものである。
「わたしは全部のラッシュを叩き込んだはず…手応えもあったのに…」
霊夢はそう言いながら必死で拘束を解こうとするが、縄は緩まない。
「そうね、合計121発+αの攻撃は、間違いなく命中したわ」
「ならどうして…っ」
「そう、全弾命中のクリティカルヒット。間違いなく再起不能のはずよ…あの子は」
「あの子!?」
霊夢の目が驚愕に見開かれる。
「あの子、ですって?それは一体どういう…」
「お、おい咲夜…」
「何よ?」
「どうしてお前が、アリスを背負ってるんだ?」
いつの間にか、咲夜の背中には未だ意識不明のアリスがおぶさっていた。
それは、ついさっきまで藍の背中にあったものである。
「!?な、なんでわたしが?」
「ちょ、ちょっと待て!それじゃ…」
魔理沙の言葉によって、その場の全員が辺りを見回す。
本来、そこにいるはずの者がいなかった。
「『式は道具』とはよく言ったもの…相変わらず恐いわねぇ、紫」
幽々子の一言が全てを語る。
いつの間にか、藍の姿が消え失せていたのであった。
「ま、まさか…あの時、スキマを開いたのは…」
「鋭いじゃない。そうよ霊夢、あなたの漫画にしたら7ページはとるんじゃないかってくらいの攻撃は、全部藍に食らってもらったわ」
紫は霊夢が巫女巫女ラッシュを始める際、とっさにスキマを開いた。
それは逃げるためではなく、離れたところにある「何か」を取り寄せるため。
即ち、霊夢の怒涛の攻撃を防ぐための盾。
変わり身。
身代わり。
「なるほど…それじゃ『ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!』しながら飛んでったのは…」
「もちろん藍。忠実で従順なわたしのかわいい式神よ」
紫は四肢の自由を奪われた相手に、胡散臭い、そしていつにもまして余裕たっぷりの笑みを向けた。
催眠によって精神のタガが外れた霊夢でも、その笑顔に恐怖を感じずにはいられない。
しかし、縄によって拘束された状態では、逃げるという反応すら許されなかった。
「別にこのままでも十分なんだけど…一応、眠っててもらうわね」
「くっ、何を…」
「結界『破幻の1095日』!」
紫の今まで誰も聞いたことのないスペルカード宣言とともに、霊夢を縛る縄から異様なオーラ立ち上る。
「こ、これは!紫、あんた…」
「もがいても無駄。それは魔力だけでなく、縄という物質的な媒介を用いた強力な結界よ」
「どういうことよ…」
「注連縄みたいなものかしら?実体のない呪術的な結界に、物理的にあなたを囲む『物』としての結界を組み合わせてるわ」
霊夢は既にただならぬ雰囲気を感じ、必死で縄を解こうともがくが、縄が余計に身体に食い込むだけであった。
紫は淡々と話を続ける。
「これによって、結界を操れる博麗の巫女にも破れない強固な結界が実現する。そして!」
「!?」
「もちろん、攻撃力も半端じゃない!霊夢、ちょっと苦しいけど我慢してね!」
紫は縄に魔力を込める。
それは彼女の手元から縄を伝い、霊夢の体を縛る部分にも影響を及ぼす。
「うっ…うあああああああああああああ!!」
想像を絶する苦しみに、悲鳴を上げる霊夢。
しかし、それもやがて静かになる。
「まあ、こんなところかしら?」
気を失い、地に落ちようとする霊夢を受け止めると、紫は息をついた。
藍が吹っ飛ばされた瞬間、当然霊夢が紫を倒したと思い込んでガッツポーズしていた兎コンビは、目の前の事態に大慌てしていた。
「わわわ、どうしよう鈴仙!巫女やられちゃったよ!!」
「落ち着きなさい、あの巫女は未だわたしたちのコントロール下にある…強制的に覚醒させる!」
鈴仙は紫の腕の中の霊夢を見る。
「波動で…巫女の脳に直接語りかける!」
「あれって…人間にも効くの!?」
「たぶん、少しなら!」
鈴仙の耳がぴくり、と震えた。
そこから、目に見えない波動が放たれる。
それは霊夢の脳に干渉し、意識を覚醒させる。
「ん…」
霊夢が目を覚ます。
「あら、起きちゃったの?」
紫は少し驚いた顔をする。
「あの結界の呪縛に当てられたら、三日は意識不明になるんだけど…」
「ゆかり…」
霊夢は紫の手を逃れると、ふわり、と宙に浮かんだ。
既に縄は紫の手によって解かれている。
「どう霊夢、目覚めは?」
しかし、紫は少し驚いただけで、再び戦闘態勢に入ることはなかった。
鈴仙の言葉が真実ならば、この状態は紫にとって窮地の再来なのだが…
「やりぃ!さすが鈴仙、巫女が復活したよっ!!」
「本来は向こうの兎にしか使わないんだけど…物は試しね」
鈴仙とてゐは再び勝利を確信する。
「さあ、巫女!そこの年増妖怪をやっちゃいなさい!」
「今度はしくじんなよー!」
二匹の指示に、巫女の身体がゆっくりと反応する。
「紫…やっちゃっていいのかしら」
「ええ。存分にね」
「そうね…思いっきりやるわ」
霊夢は再び針を取り出す。
そして、目の前の紫へと飛びかか――ることはなく、背後を振り返る。
「うっ?」
「さっ?」
その視線の先には、二匹のウサミミ少女。
「あんたら…よくも好き勝手やってくれたわねえ」
「ええ?鈴仙、こ、これはまさか…」
「ととと、解けてる?催眠が…うそぉ!?」
赤眼催眠により意識の深層にかけられた暗示は、気絶したくらいでは解けないはずだ。
それがなぜ――などと考えている余裕は、今の二匹にはなかった。
「あ、あの、ここは穏便に…」
「ほ、ほら、さっき言った賽銭集めのコツとか教えるから…」
「くだらない催眠術とやらで、この博麗霊夢から『自由』を奪ったあんたらの罪…命乞いしたところで」
だ め だ ね
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女オォーッ!!」
「「ぎにィやああ~~~~~~~!!」」
二匹の兎は、二重の意味で目を覚ました霊夢の巫女巫女ラッシュによって、竹林の奥深くへブッ飛ばされた。
「霊夢…もう、催眠術は解けたのか?」
「ええ、お陰様で…みんな、ごめんね。あんな簡単に操られちゃって…」
仲間の元へ戻ってきた霊夢は、攻撃を仕掛けた全員に対して深く頭を下げる。
「何、気にするこたないさ」
「ぐすっ、霊夢…あなたが正気に戻ってくれて、よかった…」
「お嬢様、目薬の瓶が見えてますよ」
霊夢の帰還を喜ぶ仲間達。
そんな彼女達に深い感謝を覚えつつ(しかし抱きついてくるレミリアを手でブロックしつつ)、霊夢は笑った。
それは自由で自然な、いつもの素敵な巫女の笑顔。
先ほどまでの「ケヒヒ」な笑いとは異質なものだった。
「それにしても、どうやって霊夢の目を覚ましたのかしら?ただの結界攻撃で解けるような催眠術じゃなかったでしょう?」
「それはねぇ…霊夢を縛った縄があるでしょう?あれは元々は…」
幽々子の問いに答える紫。
2人の会話が耳に入り、霊夢の顔が曇る。
「うっ…思い出しちゃった…」
「どうした霊夢?」
「それで紫、元々は何なの?あの縄は」
「あれは…」
そこまで言って紫は1度、口をつぐむ。
そして一瞬後に、恐るべきことを口にした。
「あれはわたしの靴下をつなげて作ったものよ!!」
「な なんですってー!?」
「3年間で1度も洗ったことのない、あの靴下の強烈な臭いをかがされて目の覚めない奴なんていないからねぇ!!オホホホ」
結界「破幻の1095日」
洗うことも替えることもなく 身につけ続けた下着が
誰もが生理的に嫌がる臭いを放つようになることは 言うまでもないが
この臭いが神経にもたらす 強烈な刺激に目をつけたのが この特殊な結界である
相手を拘束する縄を作る際 術者は自身が最低3年間身につけ続けた下着を
いくつもつなぎ合わせて縄状にし これを注連縄のような結界とする
全身を 異臭を放つ下着で囲まれた相手は 大抵の場合失神もしくはショック死するが
催眠状態にある場合や 気絶中にこの臭いをかがされれば 一発で正気を取り戻すという
敵を倒す武器にも 味方を覚醒させる気付け薬にもなる 万能の結界である
この気付けの効果から 幻を破る つまり「破幻」の名を冠された
ちなみに これは結界でもなんでもなく ただ臭い下着でびっくりさせてるだけじゃないか
という意見をたまに耳にするが これは正直な話 僕(作者)もそう思うのである
博愛の仏蘭西書院文庫刊 「わたしの足臭おじさん~近所の工事現場にバキュームカーがやって来た!その5~」より
「オホホホじゃないわよ!マジで一瞬お花畑が見えたじゃない!!」
「あら霊夢、だったらあのまま操られたままでよかったの?」
「うぐ、それは…」
結局、霊夢は紫の靴下の臭いで気絶するとともに、そのショックで催眠状態から覚醒したのである。
あの時紫が靴下の縄に魔力を込めたのは、何のことはない、縄がより霊夢の顔に近づくように動かしただけだったのだ。
催眠術が解けるほど臭い靴下って何よ、とか、そもそもそんなものを武器にするのは乙女としてどうよ紫、とか
色々言いたいことはあるが、とにかく霊夢は正気を取り戻し、仲間の元に戻ってきた。
「…とりあえず今回は礼を言っとくわ。操られてる間に、あんたを攻撃しちゃったこともあるしね」
「ふふ、そうそう。よく言えました」
「でもね、紫」
霊夢は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
おそらく先ほどの臭いの記憶が再びフラッシュバックしたのだろう。
「その…たまには、靴下を洗濯したほうがいいわよ」
「そうね、来年の正月にでも」
「すぐしろよ」
靴下を履いたまま寝るのはイクナイ。
万年床で1日12時間睡眠するような人(人じゃないが)は特に。
その頃。
人里の外れにある、ゴミの集積場。
「ゆ…ゆかり、様…幻想郷一硬い盾、御覧に…ゲフッ」
藍、その台詞は微妙にパクリだ。
燃えるゴミは月・水・金 八雲藍 死亡確認
TRY NEXT STAGE→
「それで、さっきの兎どもは結局なんだったんだ?」
「知らないわよ。ただ…」
霊夢たちは、さらに竹林の奥深くへと進んでいた。
先ほどの2匹ほど強力なものはいないが、妖怪兎達の攻撃もさらに激しくなってきている。
「わたしが思うに、あいつらは黒ね」
「黒?ありゃどっちかって言うと白兎って感じじゃなかったか?」
「違うわよ。黒は犯人の黒、今回の異変の真犯人と何か関わりがあるってこと」
霊夢には、確信に近い思いがあった。
ついさっき戦った2匹の兎は、明らかに何らかの意図を持って、攻撃を仕掛けてきた。
それは、異常な夜に混乱した妖精や妖怪たちとは違う、確固たる理由のある行為であった。
そしておそらく、この竹林の中にいる全ての兎が、同様の理由で霊夢たちに戦いを挑んでいる。
その理由が何かは、見当もつかない。
「あら、やっぱりあなたもそう思う?」
咲夜はこの日何本目になるかわからないナイフを敵に放つと、霊夢の言葉に同調する。
「そうね。紫が言った『怪しい気配』ってのが当たってたら、だけど」
「ここの兎達は、『相手を倒す』戦いをしていないものねえ」
「どういう意味だ?」
咲夜の意味深な一言に、魔理沙が疑問符を浮かべる。
「そこいらの妖怪みたく、人間をとって食おうとか、殺してやろうとか言う意志が感じられない。
これはどっちかって言うと…『追い払う』ための攻撃ね」
「よくわかんないぜ」
「あなたがウチの館に来たときの、メイド達の対応を考えてくれればいいわ」
「…なるほど」
最初に出会った蛍の妖怪は、終わらない夜から虫達を救うために、夜を止めるのを力ずくでやめさせようとした。
次に現れた夜雀の怪は、人間がいたからなんとなく襲ってきた。
人里上空で遭遇した半獣は、怪しい妖怪の集団から人間達を守るために戦いを挑んできた。
そして今、四方から襲い掛かる兎の群れは…
「わたしらが竹林の奥へ行こうとするのを、阻むってわけか」
普段から紅魔館に押し入っては、時に図書館の魔導書を好き勝手に持ち出し、時にフランドールとともに屋敷内を暴れまわる魔理沙。
彼女の来訪の度に、門番をはじめとする様々な従者が仕掛けてくる「侵入者撃退」という名目の攻撃(実際にそうなのだが)。
なるほど、今夜の兎達から伝わる雰囲気も、それと同質なものであると言えなくない。
「今は兎鍋を作ってる暇もないのに~」
「ほんとに、うざったいわよねえ」
背後から響く声、そして魔力の満ちる感覚。
いつまでたっても見えない目的地、そして倒しても倒しても出てくる妖怪兎の群れ。
真っ先に痺れを切らしたのは、ワガママお嬢様と、空腹でイライラ気味の亡霊姫――
「わわわ、レミリア、幽々子、ちょっとストップ!!」
「ちょ、待てこの、おいみんな伏せろー!!」
「空中で伏せろってのも変な話ねえ」
「お嬢様、出番がない苦しみはお察ししますが、お外では『うざったい』などと下品な言葉遣いはお控えに…」
「と、とりあえず避けましょう!!」
幽曲 「リポジトリ・オブ・ヒロカワ -神霊-」
獄符 「千本の針の山」
「と、いうわけで…」
竹林の最深部。
そこに、その屋敷はあった。
レミリアと幽々子の無差別攻撃により雑魚を一掃した後、一行はついに異変の犯人の隠れ家に辿り着いたのである。
「ついにここまで来ちゃったってわけね」
「間違いないわ。ここに犯人がいる」
紫は自信満々の言葉とともに、屋敷の門を見つめた。
見た目はごく一般的な日本家屋。
大きさと言う点では全く一般的でない、文句のつけようのない豪邸であったが。
「さて、早速入ろうじゃない」
「なんだよ霊夢、いつになくやる気だな?」
「わたしはさっさと終わらして家に帰りたいだけよ」
門の扉には鍵がかかっていたが、関係ない。門ごと壊して中に入ればいい。
「ま、いいかげん眠くなってきたとこだしな。ふだんならもう明け方じゃないのか?」
「そうねえ…わたしも普段なら寝てる時間ね」
「くすくす、紫はいつでも寝てるでしょうに」
「幽々子様、ご自身の生活も大差ないですよ」
「わたしは眠くならないけど。朝が来ないってのもまた、魅力じゃない?」
「ニッポンの夜明けは近いぜよーっ!アラベスク・オブ・ジャパネスク!これぞ真の革命戦士、ピエール・プテラノドン!!」
「なんで紫は藍じゃなくてこいつ(アリス)を盾にしなかったのかしら…」
「シャンハーイ…」
「ホラーイ…」
竹林の奥、謎の屋敷へ足を踏み入れる少女達。
異変の真相は、すぐそこまで近づいている。
そう。
本当の戦いは、ここから。
長い長い、廊下。
屋敷の入り口からは、その終わりが見えないほどである。
薄暗い通路を挟んで、無数の襖が並ぶ。
しかし、どの部屋からも明かりがもれることさえない。
もちろん、物音も。
そんな静寂の空間に、二つの声が響いた。
「わたしは、ここにいるよ」
「どうして?部屋に戻らないの?」
「うん…だって、あいつらが来るよ。今すぐにでも」
頭の上に人ならぬ耳を持つ、二人の少女。
「じゃあ、わたしも…」
「だめだよ」
決して声を荒げず、しかし強い口調で答えるのは――因幡てゐ。
「さっき外に出たことさえ、鈴仙にとっては危険なのに…今夜は」
「でも…」
「心配しないで」
不安げに顔を曇らせる鈴仙に、てゐは笑みを返す。
「負けないから。ここの兎達も…わたしも」
「……」
有無を言わせない口調と表情。
この状態のてゐには、何を言っても無駄であることを、鈴仙は知っていた。
「…怪我はない?師匠に一度見てもらったら…」
「ないよ。あんな攻撃、蚊に刺されたようなもん」
「そう…でも、絶対に無理はしないで。あなたも、みんなも」
「もちろん。地上の兎の逃げ足は世界一ィィィ!ってね」
いつものようにギャグを飛ばすてゐ。
普段と変わらない悪戯っぽい笑顔に、思わず鈴仙も笑ってしまう。
それは、彼女達が――彼女達の「家族」とともに繰り返してきた日常の姿。
「…っ!?」
「来たか!!」
そんな場面を一瞬でかき消す足音。
やはり、先ほどの集団はここを目指してきた。
「鈴仙、行って!奴らが何者かは知らないけど…ここで食い止める!!」
「てゐ!!」
「いいから速く!」
「そうじゃなくて!!」
鈴仙は廊下を駆け出そうとするてゐを振り向かせる。
そして、自分にできる最高の笑顔を作って、こう言った。
「GOOD LUCK!」
親指を立て、てゐの顔の前に突き出す。
「…バカ!」
てゐは再びきびすを返すと、背後の鈴仙に向け、自分も親指を立ててみせる。
「わたしを誰だと思ってんのさ!!」
その台詞とともに、駆け出す。
同時に、鈴仙もまた、逆方向へ走っていく。
止まってしまった夜。
それでも2匹の兎は、朝の訪れを信じる。
(朝が来るまで――)
(朝が来るまで――)
そう、朝が来るまで。
それまでは、戦うしかない。
「鈴仙は…わたしが守る!」
角を曲がる。
そう、そこには――
「よく来たわね侵入者ども!ここから先は一歩も通さない!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE5 穢き世の美しき檻!!の巻
正面から押し入った屋敷の廊下。
予想通り大挙して攻撃してきた兎達を蹴散らしつつ、霊夢たちは進む。
廊下の突き当たりに差し掛かったところで、行く手をふさぐ一つの影。
「やっぱり関係者だったのね、あんた」
霊夢は目の前に立つ妖怪兎を見ながら言う。
「何の話?」
「とぼけない。満月を隠したのは、ここにいる誰かの仕業…そしてここにいるあんたが、無関係なはずないわよね」
「…ふん、答える義理はないわね。とにかく今夜はお引取り願えるかしら?」
てゐはそこから一歩も動かない、という意志を見せる。
同時に、霊夢たちを先へ進めまいとする意志も。
「そうは行かないぜ。この異常な月が、幻想郷にどんな影響を及ぼしているか、わかってるのか?」
魔理沙はてゐをにらみつける。
相手の事情が何であれ、この状況を見過ごすわけには行かない。
「心配しなくていいわ。朝になったら全て元通りよ」
「今すぐやめてもらえない?この終わらない夜に苦しんでる者たちもいるの」
夜を止めてるのはわたしだけど、と続ける咲夜の脳裏には、虫達を守るために戦う一人の少女の姿。
一刻も早く満月を取り戻し、朝を迎えなければならない。
「無理よ」
「なら、仕方ないな」
博麗神社を飛び立った少女達は、一斉に攻撃態勢を取る。
「力ずくでも、ここから先へ行かせてもらうぜ!」
ここまでくれば、もはや止まっている暇はない。
7対1。これまでのように、正々堂々とタイマンはってる時間はないのだ。
卑怯?そもそもこれまでの戦いがおかしかったのである。
のっけからラストスペル全開×7。これで強行突破。
「面白い!わたしの本当の力、見せてあげるわ!!」
てゐの顔に浮かぶ笑みは、先ほどの竹林よりさらに不敵で――そして、
八雲紫に匹敵するほどに、胡散臭かった。
「みんなーっ、やっちゃってーっ!!」
「神霊 『夢想封い…って、えぇ!?」
「魔砲 『ファイナルスパー、く…?」
「幻葬 『夜霧の幻影殺じn…ちょ、ちょっと!」
「紅魔 『スカーレットデビりゅっ!?」
「人鬼 『未来永劫z…はわっ!?」
「死蝶 『華胥の永み…あら~?」
「境界 『永夜四重けっか…な、何ですって!?」
高らかにラストスペルを宣言しようとした少女達は、不意に視界を暗黒に包まれる。
同時に、耳から頭にかけて響く「ガゴオォン!!」という轟音。
「ななな、何!?何も見えないんだけど!!」
「落ち着け霊夢!とりあえず現状を把握…あれ、なんか踏んだ」
「イタッ!!ちょっと誰よ、わたしの足踏んだの!!」
「咲夜、こんな暗闇でナイフ振り回すのはやめなさい…ひい!顔にかすった!!」
「なんでしょう、この暗闇は…どこかの妖怪が紛れ込みましたか?」
「いやいや妖夢。あれはライダーキックで天の道を行ってるはずよ(詳しくは第1部参照)」
「ふーん…壁かしら、これ…?閉じ込められたってこと?」
突然、謎の暗闇の中に放り込まれ、霊夢たちは混乱する。
ただ1人、紫だけが冷静に状況を判断していた。
「なるほどねえ…結構狭いわ、ここ」
「あら紫、何かわかったの?」
幽々子は姿の見えない親友に向かって問いかける。
「大体だけど…ね。閉じ込められたわ、わたし達」
「閉じ込められた?」
「なんか狭い建物みたいなものの中よ、ここは」
互いの姿が全く確認できない闇の中、声だけでコミュニケーションをとる。
「…わたし達、さっきまで大きなお屋敷の廊下にいた気が…」
「ええ、今もいるわ。床の感触はかわってない…たぶん、この壁と屋根が上から落ちてきたんじゃないかしら?」
「それで閉じ込められちゃったってわけね…」
先ほどの轟音は、この窓のない小屋のようなものが落ちてきた音であろう。
「…あら?」
「どうしたの幽々子?」
「何か上に落ちてきてないかしら?」
幽々子の言うとおり、頭上――おそらく屋根のある辺りから音がしていた。
どん。
どん。
どすん。
どすん。
何か重いものが屋根の上に落ちている音であった。
「何だ…?」
「さあ?」
ようやく落ち着きを取り返した魔理沙達も、見えない頭上を見上げる。
「あっはっは!見事に引っかかってくれちゃったわねえ~」
高笑いするてゐの前には、物置のような小屋が一つ。
もちろんその中には、侵入者が7人まとめて入っている。
この小屋には窓も扉もない。
霊夢たちがスペルカードを発動させようとする瞬間、天井から落ちてきて彼女達を閉じ込めたのだ。
「ほらほらみんな、もっと乗っちゃいなさい~」
『イエッサー!!』
中にいる人間が小屋を動かせないよう、これまた天井裏に隠れていた兎達が次々と屋根に飛び乗り、重しの役割を果たす。
閉じ込められたことに気づいたのか、中からは壁をドンドン、と叩く音がする。
「ふふふ。無駄なことを…その物置小屋は中からは絶対に出れないわよ」
一方小屋の中。
「くそ、やってくれたなあの詐欺兎!最初から戦う気がなかったのか!」
「どうしよっか…これ。出口はないみたいね」
「決まってる!」
魔理沙は手探りで壁に触れると、ミニ八卦炉を取り出す。
「壁に穴を開けて、外に出るだけだ!!みんな下がって――」
「無駄よ」
暗闇の中から、紫の声が響く。
「この小屋の中では魔法は使えないわ」
「なんだって!?」
「わたしもスキマから外に出ようとしたけど…そもそもスキマが開かなかった」
おそらく、この小屋全体が能力封じの結界になっているのだろう。
他の者の能力も、スペルカードはおろか、通常のショットを放つことすらままならない。
そうこうしている間にも、屋根の上に何かが乗る音は続く。
「まずいわね…全員が足止めを食らうなんて…あれ?」
霊夢の脳裏に浮かんだ、一つの疑問。
そもそも自分達は、何人いた?
「咲夜、あなた――」
「何?」
小屋の屋根には、次々に天井から現れた兎が飛び乗っていた。
「さあ、あと何人?奴らが小屋を持ち上げないように、しっかり重しをするのよ~」
「リーダー、因幡漬物石部隊、積載完了しました!!」
小屋の屋根から、一匹の兎が声をかけた。
「ちゃんと99匹乗ったかしら?」
「もちろん!これで完全に敵を閉じ込められます!!」
「よ~し、よくやったわ!」
最後にてゐが屋根に飛び乗り、合計100匹の兎が小屋の屋根に乗っていることになる。
「それじゃみんな、行くわよ!」
『ラジャー!!』
てゐの声に、すべての兎が声をそろえて答える。
物置小屋の屋根の上、100匹の兎達。
てゐは大きく息を吸い込み、高らかな声で叫ぶ。
「やっぱり因幡!!100匹乗っても?」
『ダイジョーブ!!』
規則正しく屋根の上に並んだ兎達が、てゐの後に続ける。
今ここに、脱出不可能の「檻」が完成、侵入者の捕縛に成功した。
能力封じの魔法がかかった小屋で相手を頭上から閉じ込める。
そして、100匹の妖怪兎が屋根に飛び乗り、小屋を下から持ち上げられなくする。
もちろん、100匹分の重量に耐える小屋は、生半可な衝撃では壊れない。
「相手を閉じ込め、戦わずして勝つ!これこそが!」
『永遠亭奥儀 「シンデレラケージ~因幡物置の白兎~」!!』
てゐ率いる、地上の兎部隊。
この屋敷――「永遠亭」というのだが――を守る、鉄壁の守衛部隊である。
作戦の実行、そして台詞の連携(注:『』で囲まれた台詞は、てゐ以外の兎全員が言ってます)も完璧。
「あとは朝までこいつらを閉じ込めとけばいい…鈴仙、もう心配要らないからね…」
「リーダー、こいつらが例の使者なんですか?」
「わからない。ただ、永琳様の術を邪魔しようとする奴らよ。つまり敵」
永琳、とは誰だろう。
てゐの話から判断するに、この永琳という者が満月を隠した真犯人なのだろうか。
「月が沈み始めた…止まっていた時間が、動き始めています!」
「やっぱりこいつらが夜を止めてたのね。これで朝もやってくるってわけか」
能力封じの結界の作用により、咲夜の時間操作も、紫の昼と夜の境界弄りも抑制されていた。
このまま放っておくだけで、歪な月は沈み、やがて朝がやってくるだろう。
「ふふ。これで鈴仙も、わたしに惚れ直すわね…この夜が明けた暁には…」
「まさに暁ですね。でもリーダー、鈴仙様を独り占めしちゃダメですよ」
「なにぃ~?あんたもこの夜に鈴仙をカッコよく守ってフラグ立てようってクチかしら?」
実は、てゐをはじめとする地上の兎達の間では、ファンクラブができるほど鈴仙の人気は高い。
兎達は互いをけん制しあい、常に鈴仙を自分のモノにしようと狙っているのである。
本人の知らない場所で行われる、鈴仙ちゃん争奪戦。
屋敷内での立場が近く、一緒に行動することも多いてゐが、現状では頭一つ抜けている、といったところか。
「甘いわね!ステージ5開始時点の文章を見なさい!既に鈴仙のなかでは『てゐエンド』のフラグが立ってるのよ!」
「…これ、どっちかっつーとリーダーの死亡フラグじゃないですか?」
「そ、そんなことないわよ!現にこうして作戦は成功、敵は手も足も…」
「いえ、やっぱり死亡フラグよ」
「何!?」
不意に、屋根の下から聞きなれない声が響く。
屋根の上の兎達は、ハッとして一斉に床の上に視線を移す。
「あんただけじゃない。ここにいる兎全員の、ね」
そこに立つのは、2体の人形を従えた少女。
青い衣服。
白いケープ。
右手に抱えられた、魔導書。
緩いウェーブのかかった金髪が、肩の辺りで揺れていた。
「歪な月の異変は、あなた達の仕業ってことね…みんなには、借りができちゃったかしら」
七色の人形使い、アリス・マーガトロイド。
一点の曇りもない瞳が、打ち据えるべき敵を捉えていた。
[その頃の物置小屋の中]
霊夢(以下、霊) 「ねえ、アリスってもしかして…」
咲夜(以下、咲)「あ、外に置いてきちゃった」
魔理沙(以下、魔)「なにーっ!!ま、まずくないか、それ!?」
咲 「そうかしら?今のアリスはただの廃人だし、敵もほっとくんじゃない?」
霊 「まあ、意味不明な寝言を発しながら、手足バタバタさせるだけだしねえ」
魔 「ん…そりゃ、そうだけど。もし正気に戻ってたら…」
紫 「だったら尚更、心配ないんじゃない?普段のあの子なら、あの程度の妖怪に遅れはとらないわ」
レミリア(以下、レ)「そうそう。どうでm…問題ないわよ」
魔 「今、どうでもいいって言わなかったか…?」
レ 「気のせい気のせい」
幽々子(以下、幽)「よーむー、暗いわー。オバケが出るわー」
妖夢(以下、妖)「ええ、すでにいますよ。わたしの目の前に。見えませんけど」
さて、懸命な読者諸君はここで疑問を感じるだろう。
一体なぜ、現実から逃げて自分の中に閉じこもったアリスが、まるで何事もなかったかのように復活しているのか?と。
あの、仲間に背負われて電波な寝言を連発していた彼女を現実に引き戻したのは、一体何なのか?
ここで、時間を数分ほどさかのぼるとしよう。
『アリス』
現実世界から逃げ出したアリスの精神は、未だに己の妄想の中を彷徨っていた。
(うふふ…なんて居心地がいいのかしら、ここは…癖になりそう)
そこには、己の心に絶望を与える辛い真実が存在しなかった。
ただ、自分が望むものだけがある世界。
だれも自分を傷つけない。
だれも自分を苦しめない。
あまりにも凄惨な現実が、彼女にこの空間の扉を開かせたのである。
『アリス』
そして、可哀想なアリスはもうここから離れられない。
(もう、あんな光景は見たくない…わたしは、わたしが望むものだけを見ていられるこの世界で…いつまでも…)
そこには家族がいた。
友人がいた。
人形達がいた。
『アリス』
そして、彼女達は皆アリスのことが大好きだった。
だからアリスも、彼女達が大好きだった。
(ここはわたしの世界…一人だけの世界…だけど、誰も言わない。この一瞬が、さもしい一人芝居だなんて、誰も言わない…)
なぜならそれは、彼女達の存在すらが、アリスの一人芝居だから。
一人の女優が、無数の役を演じ続け、作られる空間。
『アリス』
それは、アリスの心の世界。
(なんて、気持ちいい場所)
しかし、そんな世界に――不意に響く、彼女が望まない声。
あるはずのない声。
『アリス』
(誰!?さっきから…)
『アリス…』
(何よ!?ここはわたしの世界…あんた、誰よ!?)
『アリス、目を覚ましてくれ!』
(…!?)
『アリス、幻想郷を救ってほしい…頼む!』
(何なの…あんた、何なのよ…)
正体不明の声。
しかし、アリスには聞き覚えがあった。
あるはずだった。
『アリス…』
(無理よ!わたしはもう…耐えられないの!)
『…アリスの力が、必要なんだ』
(!?)
(いや…)
(いやよ…)
(こんな戦いに巻き込まれたから…蓬莱は!わたしのかわいい人形は!)
アリスの脳裏に蘇る、無残な蓬莱人形の姿。
それは理不尽な犠牲を背負わされた、悲しき玩具。
(蓬莱…一次装甲まで溶かされて…)
『だからこそ…だからこそ!!』
(何を…言って…)
『頼む!!アリス!力を!力を貸してくれ!!』
『わたしの身体を消化してくれやがった亡霊に…大量の小骨を食わせやがった夜雀に!わたしはリベンジしたい!』
(え…)
その瞬間、アリスは気づく。
自分が会話していた、その相手を。
(今までわたしに喋っていたのは、あなたなのね…)
(あなた自身だったのね…蓬莱…)
(わたしと同じ…いえ、わたし以上に…傷ついた、あなたなの……ね…)
気づいたことは、もう一つ。
苦しんでいるのは、自分だけではない。
自分よりも、辛い思いをして…それでも戦い続けてきたモノ達がいる。
なのに…自分は一人で、こんな世界に閉じこもって…。
一番酷いのは、そう、自分自身だ。アリスはそう思った。
あらゆる苦痛から、無念から、絶望から、仲間を放って逃げ出した、アリス・マーガトロイドこそが、最も残酷であったのだ。
(蓬莱…上海…みんな…)
幽々子には、あとで蓬莱に対してきっちりと謝らせる。
でも今は、戦っているであろう彼女と、その仲間達を助けなければいけない。
なぜか。
蓬莱人形の怒りを彼女に伝えるのも…自分の仕事だから。
だから、こんな戦いは一刻も早く終わらせて…幽々子のほっぺたでもつねってやろう。
そのために、自分はこんなところで寝ている場合じゃないと気づいた。
『アリス…行こう、今は…わたし達だけが、希望だ…』
(そう、ね…)
たった一人の世界にひびが入る。
さあ、ろくでもない現実に戻ろうじゃないか。
(わたしは…もう一度だけ…)
崩れていく光景。
都合の良い妄想には、別れを告げて。
(悪夢を…見よう…)
「その小屋の中に、霊夢たちが入ってるってわけね…まとめて閉じ込められるなんて、何と言うか…」
アリスの覚醒の理由は以上である。
某運命の女神様(末っ子)っぽいのは、まあ、あれだ。今更だろう。
では、なぜ小屋の外にいることができたのか?
実は、咲夜はてゐが現れた時点で、戦闘に備え、背負っていたアリスを床に下ろしていた。
そのまま、因幡物置の外に放置されるに至ったのである。
「ふん。なんだ、一人残ってたのね」
「みたいね」
屋根の上からアリスを見下ろすてゐ。
アリスは頭上からの気迫にも全く動じない。
「わたしら百の軍勢を相手に、たった一人で戦うつもり?」
「一人じゃないわ…上海、蓬莱!」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
完全復活した主人の呼びかけに、2体の人形は威勢よく応える。
[その頃の物置小屋の中]
魔 「とにかく、ここから出る方法を考えようぜ」
霊 「う~ん、能力が封じられてるのよね…どうしようかしら」
レ (能力が封じられている…?つまり、今の霊夢は、そこらの無力な人間と同等の力…)
紫 「これは無理じゃないかしら?レミリア、あなたの腕力で壊せる?」
レ 「もちろんよ!魔法が使えなくても、この程度の壁…(そしてこの力があれば、腕ずくで霊夢をテ・ゴ・メ・に!)」
(少女突貫中…)
レ 「だ、だめね。この壁はわたしのパワーでもびくともしないわ(ホントは壊せるけど、このチャンスを逃してなるもんかい!)」
紫 「そう…困ったわね」
幽 「とりあえず、一休みして対策を練らない?みんな疲れてるんじゃないかしら」
レ 「あ、それ名案(ナイス幽々子!さあ霊夢、霊夢はどこ~?)」
咲 「お嬢様、ホントに壊せなかったんですか?」
レ 「ほ、ほんとよ!いやあこの壁いい材質使ってるのねぇ~」
魔 「あー、しかしどうすっかなー」
妖 「あの、わたしの剣で切ってみましょうか?」
幽 「いやいや妖夢。こんな狭い上に目が見えないところで剣を振り回すなんて危ないわ」
妖 「そうですか?」
幽 「そうそう。あなたも一休みしなさい。ほら、座って座って」
霊 「なんかだまされてる気がするけど…ま、いっか」
てゐは現れた敵に向かい、勝ち気な叫びを放つ。
「そんな人形をいくつ用意したところで、何になる!…いいわ、わたしが直々にお相手したげる!」
「ええっ!?リーダー、ここでタイマンはるんですか!?」
部下の兎が驚いた顔でてゐを見つめる。
鈴仙とのコンビによる催眠術や、シンデレラケージなどの「戦わずして勝つ」手段を得意とするてゐ。
詐欺師の名に恥じぬ狡猾なやり口が、多くの作戦を成功させてきた。
彼女を永遠亭の兎達のリーダーたらしめているのは、そんな「策士」としての人間性ならぬ兎性…なのだが、
「まあ、さっきは百の軍勢なんて言っちゃったけど、実際あんたらはここを動くわけにはいかないでしょ?」
「それは…確かに」
「なんだかんだ言って、あの人形使いはそれなりに『できる』やつみたいだし…ここはわたしが」
兎のリーダーは、戦わずして勝つだけではない。
戦っても負けないから、兎のリーダーなのだ!とは、てゐ自身の言葉。
てゐは屋根から飛び降り、アリスの前に立つ。
「リーダー、お気をつけて!」
「言われるまでもない」
幻想郷一の詐欺師に、油断の二文字はない。
目の前の敵は、既に臨戦態勢だ。
「さあ、始めましょうか!」
「生憎だけど、速攻で終わらせてもらうわ…みんなのためにね!」
STAGE5 BOSS BATTLE 1
『七色の人形使い』 アリス・マーガトロイド VS 『地上の兎』 因幡 てゐ
速攻で終わらせる、の言葉通り、先に仕掛けたのはアリスだった。
「行きなさい、上海、蓬莱!」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
二対の人形はてゐの周囲を高速で飛び回り、死角からレーザーを放つ。
アリスの人形が発射する、高威力の貫通レーザー「スペクトルミステリー」。
単体でも強力な武器だが、今回は上海と蓬莱のコンビネーションにより、倍以上の効果を発揮する。
「くっ…こんなもん!」
てゐは交互に発射される2本の光の帯を紙一重でかわしているが、既に防戦一方になりつつある。
「ふふ、初めて使ってみたけど…意外とイケるわね!」
アリスは全精神を集中させ、2体の人形を同時に操る。
レーザーを撃ちまくりながらの人形操作は、魔力を大幅に食うため、通常人形1体で行う。
アリスがよく使用する「弾幕ばら撒き+数でゴリ押し」の戦法とは、正反対のやり方である。
(上海と蓬莱を操る!レーザーの狙いも定める!両方やんなきゃいけないところが…一流魔法使いの辛いところね!)
実際、2体同時のスペクトルミステリーは、アリスの魔力、精神力、体力をかなり削ることになる。
さらに、単体で操っている時よりも、1体あたりの動きの精密性には欠けるのだが…それを考慮してもお釣りが来る攻撃力。
「ダブル…ってのは、なんか魔理沙みたいでイヤね。『ツインスペクトルミステリー』とでも名づけようかしら?」
「知らないわ…よっ!!」
足元を狙って撃たれた上海人形のレーザーを、てゐは上に跳んでかわす。
上空には、至近距離から接近する蓬莱人形。
「邪魔!」
空中で壁を蹴り、てゐは蓬莱に体当たりをかます。
反対側の壁に叩きつけられ、床に落ちる蓬莱。
てゐは着地と同時に今度は床を蹴り、2体の人形から距離をとる。
「やるじゃない」
「そっちも…あれを避けるなんて、大したもんね。でも…」
アリスは上海と蓬莱を呼び戻す。
2人の少女は、7メートルほどの距離を置いて向かい合う。
「…いつまで、避けきれるかしら!?」
再び、人形達がてゐに殺到する。
先ほどよりも、動きにキレがあり、スピードも速い。
「このぉ!兎の反射神経…嘗めるなぁっ!!」
[その頃の物置小屋の中]
幽 「はあー…ここまでずっと急ぎ足で来たから、ホッとするわね~」
妖 (この人、ただここで休みたかっただけなんじゃ…)
紫 「ねえ、みんなお腹空かない?」
霊 「そうねえ…でも、こんな真っ暗じゃ何にも食べられないんじゃ」
紫 「そこで携行食料ですよ」
霊 「携行食糧~?」
(少女配膳中…)
魔 「う~ん、うまいなこれ…お、シャケだな」
幽 「むぐむぐ…わたしのはツナマヨね。これ、紫が作ったの?」
霊 「…携行食糧って、おにぎりじゃない」
紫 「いいじゃない。けっこういけるでしょ?」
霊 「ま、確かにね。手渡しで配れて、こぼれないし…あ、おかかだ」
レ 「ちょっとこれ納豆じゃない!吸血鬼は大豆ダメなのよ」
咲 「お嬢様、わたしの明太子と交換しますか~」
妖 「あの、ここから出る方法は…」
紫 「腹が減っては戦は出来ぬ、よ」
妖 「はあ…(ちなみに妖夢のおにぎりの具は照り焼きチキン)」
「そらっ!そんな一方通行のレーザー…当たらないっての!」
てゐは恐るべき集中力で2体の攻撃を避けながら、反撃のチャンスをうかがう。
しかし、先ほどから狭い空間で必死の回避を繰り返してきたこともあり、その表情には疲労の色が浮かんでいる。
「シャンハーイ!」
「…うぐぅっ!」
上海人形の放ったレーザーが、てゐの肩を掠める。
焼け付くような感触。
「もうバテたのかしら?…わかったわ、楽にしてあげる!!」
アリスはてゐが顔を歪めた瞬間を見逃さず、人形達に指示を出す。
「上海、蓬莱!フォーメーションD!」
事前にそんな名前を考えていたわけではなかったが、なんとなく雰囲気で言ってみる。
そして、人形達はそんなアリスの意思を見事に汲み取る。
「ホラーイ!」
「シャンハーイ!」
人形達はあっという間にてゐを前後に挟み、レーザーを放とうとする。
「食らいなさい!あなたに逃げ場はない!!」
貫通式のレーザーによる挟み撃ち。
(どうする!?)
レーザーの軌道から身体をずらす…この場合、右か左に逃げることだ。
しかし、ここは左右を壁に挟まれた狭い廊下。
人形が少しでもレーザーの発射角度を変えれば――すぐに当たってしまう。
身をかがめるか、上に跳んでかわすか…それも同じ。
避けられない。
仮に避けられても、逃げられない。
(やられる!?…いや!!)
一瞬の判断。
つい最近覚えた術を思い出す。
(間に合うか…間に合えっ!!)
てゐは一瞬で魔力を体内に溜め、放つ。
「二兎追!!」
レーザーが彼女の身体を前後に貫こうとする瞬間。
てゐの周囲を囲むように、人参形の弾幕が発生した。
いや、それは弾幕と呼ぶほどの密度もない、単なる弾の連なり。
「何ですって!?」
しかし、その人参弾は、レーザーを打ち消し、そのまま上海と蓬莱を巻き込んで爆発した。
「ヒデブ!?」
「タワバ!!」
人形達は吹き飛ばされ、床に落ちる。
「上海、蓬莱!」
うろたえるアリス。その隙を突いて、てゐが距離をつめる。
「どう?チャージショットってはじめて見たかしら…っと!!」
「あぐっ!!」
人形操作に気をとられて無防備になったアリスの腹に、前に出る勢いを乗せた拳を叩き込む。
(コルク抜きのイメージで…回転を加える!!)
鳩尾に体重の乗ったコークスクリューパンチがヒットし、勢いよく吹っ飛ばされるアリス。
「はは…こっちも使ったのは初めてよ。ホント、意外とイケるわねぇ」
二兎追。
自分の周囲に人参形の小弾幕を張り巡らせ、至近距離にある敵弾を一掃する技である。
魔力を「溜めて」撃ちだす、スペルカードと通常弾の中間に位置する弾幕「チャージショット」の一つ。
回避不能な弾幕に囲まれた際にその真価を発揮する、起死回生の防御陣であった。
「うっ…ゲホッ、ゲホ…やってくれたじゃない…兎さん…」
「言ったでしょ?兎の反射神経を嘗めるなって」
地に倒れたアリスと、彼女の人形達を見下ろし、てゐは不敵な笑みを浮かべる。
危機を脱するための最善策を瞬時に導く判断力と、それを即座に実行する反応速度。
これが「戦う詐欺師」因幡てゐの真骨頂であった。
[その頃の物置小屋の中]
レ (ああ、霊夢…今すぐあなたを抱きしめたい!でも…なんで)
霊 「んー、お茶がほしいとこだけど…」
魔 「さすがにそれは無理だろ」
レ (なんで!なんで気配が完全に消えてるのよ!声も聞こえてるのに…位置を特定できない!?)
幽 「ふう。ごちそうさま~。流石は紫ね」
紫 「お粗末様。お茶も持ってくればよかったかしら」
咲 「紅茶で良ければ、ポットで持ってきてますわ。もちろん、カップも」
魔 「おお、流石は完全で瀟洒なメイド!GJ!」
霊 「暗いから、こぼさないようにね」
レ (うう~!これじゃ霊夢に抱きついてスリスリできないじゃない!)
幽 「はあ~。にぎやかな宴会もいいけど、たまにはみんなでまったりするのもいいわね~」
妖 「なんかもう、どうでもいいや」
アリスは地面に手をつきながら、てゐを睨みつけた。
「今のパンチは結構効いたわ…もちろん」
「あら?」
「倒れないけどね。わたしも、このコ達も…」
腹を押さえて立ち上がるアリス、上海、蓬莱。
「今までグッスリ寝てたから…気力・体力ともに十分なの」
「シャン…ハーイ」
「ホラーイ…」
負けられない。ただのお荷物になっていた自分を、ここまで連れてきてくれた仲間のためにも。
「ふーん…ま、いいけど。悪いけどもうそのレーザーは無駄よ?二兎追は何発でも撃てるから」
「そうね…そもそもこの戦い方はわたしの性には合わないの。こっからが本番よ」
「はいはい、負け惜しみ」
てゐは、口ぶりと裏腹に余裕のなくなったアリスの表情を見て、自分の優勢を確信する。
間違いなく、さっきの攻撃(必殺パンチ:通称『ロイヤル・イナバ・シード』)は効いている。
「負け惜しみを言うのはあんたの方!このわたしの真髄を見せてあげる!!」
ダメージを隠し、アリスは魔力を集中させる。
そのまま高密度・広範囲な弾幕を展開。
赤、青、緑、3色の弾がアリスを中心に広がっていく。
「ふん!何かと思えばただのばら撒き弾じゃない!気合いで避けてやる!!」
言葉通り、襲い来る弾を避けながら、再びアリスに近づいていくてゐ。
「あんたは接近戦には弱いみたいね!今度こそ、わたしのパンチで壁を突き破ってお帰り!!」
「どこのドイツ人かしらね」
やがて、てゐは通常弾の嵐を抜け、アリスの前に出る。
「どーよ!これがあんたの真髄?」
「ええ…そうよ」
勝利を確信したてゐに向かって、意味ありげな笑みを浮かべるアリス。
彼女の横では2体の人形が、主を守るべく身構えていた。
「はっ、勝負を捨てたか!!とどめくらえ、ロイヤル・イナバ・シーどぼぉっ!?」
必殺ブローを放とうとしたてゐの横っ面に、何かが高速で激突する。
そのままぶっ飛び、壁にぶち当たるてゐ。
「な…なにごと…?」
アリスはそこで立ったまま。
さっきの人形達も、彼女の横に浮いており、何かした様子はない。
「やっぱり、大規模戦闘は人形繰りの醍醐味よね」
「何ですって…?」
「まわりを見てみなさい。”The paradise was already Alice's playground(そこは既に、わたしの遊び場の中…).”」
てゐは周囲を見渡し、己の目を疑った。
(これは…何!?)
[その頃の物置小屋の中]
魔 「紫から始まるー!?」
他全員 『イエーイ!!』
魔 「パチュリー・ノーレッジゲーム!!」
他全員 『イエーイ!!』
注:「パチュリー・ノーレッジゲーム」
まず 複数(できれば五人以上)で車座になって座る
そして 最初の一人は 誰でもいいので 他の一人を 「パチュリー!」と言って指差す
指差された者は 今度はまた別の者を 「ノーレッジ!」と言って指差す
そして 指差された者の 両脇に座っている二人が 両手を挙げ「ぱちぇもえ!」と言うゲーム
シンプルだが スピードを上げるにつれて ミス(指された者が『ぱちぇもえ!』と言ってしまう、両脇のものが反応できないなど)が増え
ミスした者に対しての 罰ゲームなどを設けて行うと かなり白熱する お手軽で楽しいパーティーゲームである
早い話が「せんだみ○おゲーム」であるということは 懸命な読者諸君のお察しの通りである
鬼の縞パン出版刊 「萃まれ!宴会を盛り上げる素敵なゲーム100選・幻想郷編」より
霊 「…てゆーかこれ、真っ暗な場所じゃできなくない?」
魔 「…」
他全員(以下、他) 『…』
魔 「…S!O!S!O!」
他 『エスオーエスオーそ・そ・う!そ・そ・う!』
全 『そ・そ・う!そ・そ・う!』
霊 「え?ちょ、何!?なんでわたしが粗相したことになってんの!」
魔 「罰ゲーム!罰ゲーム!」
他 『罰ゲーム!罰ゲーム!!』
霊 「ちょっと待ってよおおおお!!」
屋敷の廊下を埋め尽くすように浮かんだ、無数の――藁人形。
神社の裏の木なんかに打ち付けて、呪いをかけるあれだ。
それらが、原色の黄色い弾の尾を引きながら、高速で飛び交っている。
人形も弾も、アリスの至近距離を猛スピードで飛びながら、彼女の髪にすら触れることはない。
まさにそこは、七色の人形使いが支配する、呪われた人形の世界。
「呪符 『ストロードールカミカゼ』…あなたは、いつまで逃げられるかしら?」
先ほどと同様、藁人形の群れは一斉にてゐに襲い掛かる。
藁人形達は上海・蓬莱のような細かい動きはできない。
飛び回る軌道上に弾を垂れ流しながら、アリスが定めた目標に向かって直線的に移動するだけである。
しかし、単純な動きゆえに、大量に、そして高速で操ることが可能。
スペクトルミステリーが「威力重視・少数精鋭」のピンポイント攻撃ならば、こちらは質より量の力押しである。
「くそっ!!『二兎追』!!」
襲い来る藁人形を人参弾で撃ち落とすも、すぐに次の人形が突撃してくる。
逃げても逃げても、人形は次々に飛んできた。
疾風のごとき速さで敵をどこまでも追いつめる…まさに、神風である。
「うあああっ!!」
それほど時間をおかず、てゐに人形の突撃が当たり始める。
「ふふふ…どうしたのかしら?そんな遠くじゃ、さっきの必殺パンチも当たらないわよ?」
「シャンハーイ(←アリスの逆転劇を喜ぶ一方、少し自分の存在意義を疑い始めている)」
「ホラーイ(←スペクトルミステリーは所詮ショットだから、自分達もスペカなら負けてないから、と上海を慰めている)」
「リーダー!!」
藁人形の激突をかわせず、次々と攻撃を食らうてゐ。
そんな彼女を見て、屋根の上の兎達は悲痛な叫び声をあげる。
「こうなったら、わたしらも…」
「だめだ!」
てゐは床に這いつくばりながらも、気丈な声で部下を制する。
「あんたらの敵う相手じゃない!」
「しかし、このままじゃリーダーも…」
「わたしは大丈夫!それよりあんたら…自分達の任務を忘れちゃいないか!?」
「!!」
任務。
その言葉を耳にした瞬間、部下達の動きと言葉が止まる。
「あんたらは因幡漬物石部隊、違う?」
「い、いえ…その通りです」
「だったらそこで、うまい漬物を作ってりゃいいのよ」
てゐは立ち上がり、次の攻撃に備えて身構える。
「リーダー…」
部下の兎達は、再び屋根の上に留まった。
そうだ。
今、わたしたちがここにいなければ、小屋が持ち上げられ、敵に逃げられてしまう。
それが意味するものは、ただでさえ強力な目の前の敵に対する加勢。
どうあっても、小屋の中の敵は外に出してはならない。
「よし!みんな、どうあってもこの場を守るよ!」
『おーう!!』
これは、彼女達のリーダー…頼れる詐欺師、因幡てゐが彼女達に託した使命。
作戦が終了するまで、自分達は不動の漬物石であらなければならない。
それすなわち、重力と重量による完全な封印。
(だからリーダー…頑張って!!)
さあ、小屋の中の敵たちよ、存分にあがくがいい!
このシンデレラケージからは、蟻一匹逃がしはしない!
[その頃の物置小屋の中]
幽 「みんな、お漬物は何が一番好きかしら?」
霊 「わたしはカブ漬けかしら。お酒にあうのよねえ」
紫 「そうなの…?今度試してみようかしら」
咲 「わたしはキムチね、やっぱ」
妖 「きむち?」
咲 「あ、知らない?キムチってのは大陸伝来の唐辛子漬けで…」
(少女談義中…)
魔 「おいみんな、なんか忘れてないか?」
霊 「何よ」
魔 「お前のことだぜ。まださっきの罰ゲームやってないだろ?」
咲 「あら、漬物トークに夢中ですっかり忘れてたわ」
霊 「ちっ…このまま流そうと思ってたのに…」
魔 「霊夢、罰ゲームとして何か一発芸をやってもらうぜ」
霊 「一発芸~?」
紫 「あら、面白そうね」
レ 「ふ~ん。霊夢の一発芸ね…興味あるわ」
霊 「そんな、急に言われたって…ん~、まあ、あれかなぁ…」
魔 「ネタはあるみたいだな。よし!それじゃみんな静粛に!!いまから霊夢が超面白い一発芸をやるぜ」
霊 「ちょ、超面白いって…煽んないでよ、魔理沙!!」
魔 「あー?宴会芸の基本だぜ」
霊 「うう…一気にプレッシャーがかかったわよ。まるで頭の上に漬物石が乗ってるような…」
・ちなみにオリジナル必殺技?みたいなものも出てきたりします
・第1部(作品集27)の続きです
・たぶん読むのに結構な体力がいります
・先に謝っときます。このSSに登場したすべてのキャラ及びそれらのファンの皆様、ごめんなさい。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
第一部のあらすじ
突如、幻想郷を襲った謎の満月消失事件。
偽者の月の光の下、混乱に陥る幻想郷を救うため、
お馴染み楽園の素敵な巫女・博麗霊夢は仲間とともに夜空を飛び立つ。
幾多の強敵との戦いを経て異変の犯人が潜む竹林に辿り着いた霊夢達は、全米川下り選手権に出場する。
「ちょっと紫、なんなのよこの全米川下り選手権って!?」
「あら、霊夢。今日もかわいいわね」
「あら、そう?…じゃなくて!わたしら誰一人カヤックなんてしないから!!」
「まあいいじゃない。ジョーク、ジョーク」
「第1部のラストのは誰も気づいてないっぽいし…」
「気づいたとしても、大抵の人はさっぱりでしょうね」
『は~あ さっぱりさっぱり』
「!!な、何今の!?リリーホワイトに見えたんだけど」
「リリーね。ちなみに黒リリーは大混乱ですぞ」
「言ってろ!なんで本編始まる前からこんなパロネタばっかなのよ!」
「いや、このくだりが『このお話はパロディネタ満載ですよ~』って注意書きのかわりになったらなあ、と」
「ぐるぐるねたと聞いてめるぽしに来ました」
「あら、メルラン」
「ガッ!鬱になってお帰り!!」
「無理よ」
「無理ね」
「いいからさっさと本編始めろよ!!」
「はいはい。じゃあメルラン、よろしくね」
「は~い♪」
「出番すらないあんたが何すんのよ?」
「まあまあ」
「わたしがプリズムリバー三姉妹次女、メルラン・プリズムリバーである!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編 第2部 IT’S REQUIEM FOR…―
偽の月光に照らされた竹林の中。
霊夢は傍らを飛ぶ紫に声をかけた。
「う~ん、確かにいきり立った妖怪兎がたくさん襲ってくるけど…他の場所とあまり変わらない気が…」
「そんなことはないはずよ。このまま進んで行けば、いずれ犯人の本拠地が見えるはず」
ここまで、霊夢たち一行は紫の直感を信じてやって来た。
紫曰く、この竹林から不穏な気配がするというのだが…
「おい!お前らもちょっと手伝え!!こいつら意外と手強いぜ」
兎の放つ弾をかわしながら、魔理沙が叫ぶ。
竹林に入ってから、おそらくこの場所に巣があるのだろう、兎の妖怪が頻繁に出現するようになった。
他の場所で見た妖怪や妖精と同様、無条件で霊夢たちを攻撃してくる。
満月に異常が起きているせいで混乱しているのだろう、と霊夢は思った。
「妖夢、ここはいい竹が生えてるわね。物干し竿にしましょう」
「はいはい、これが終わったら取りに来ましょうねー」
冥界のお嬢様とその従者は、相変わらずのやり取りを繰り返している。
「今回こそは目立つわよ!咲夜、邪魔する奴は全部刺しちゃいなさい!!」
「かしこまりました(わたしも結局ライダーの引き立て役に終わった気が…)」
前回全く出番がなかった吸血鬼、そして不完全燃焼のメイド。
「…むにゃ…お母さん…なんで…かりすま…ないの」
「やれやれ、やっと落ち着いたか」
ため息をつく狐の背中で神をも恐れぬ寝言をつぶやくのは、先ほどまで錯乱状態にあったアリスだ。
「シャンハーイ」
「ホーターイ」
相変わらず主の周囲を心配そうに飛ぶ、上海人形と包帯ぐるぐる巻の蓬莱人形。
とにかく少女達は、竹林の中に潜む悪いやつらを退治せんがため、終わらない夜を飛び続ける。
そして、未知の強敵はまたしてもその行く手に立ちふさがる。
ちゃりん
ちゃりん
「あら?何の音かしら…?」
幽々子の声に、一同は立ち止まる。そもそも浮いているので、立つも何もないが。
「またこのパターン?どうせ敵なんでしょ」
「作者もワンパターンよねえ」
そう言いつつ、霊夢と紫も耳をすます。
ちゃりん
ちゃりん
「お、おい、あれ!」
不意に、魔理沙が音の正体に気づいた。
彼女が指差す先にあったもの。
それは――
「7041、7042…っと。ふふ、今日ももうけちゃった♪」
竹林の奥、地面に座り、箱の中の銭を勘定する一匹の妖怪兎。
その箱に書かれた文字は「お賽銭」。
「何…あれ…賽銭箱?」
それは霊夢にとって馴染み深い以上のものだった。
生活の糧、収入源の大黒柱。
と言うわりに、生活を支えるほどの収入が得られることなどないが。
全く、ここにいる奴らも、たまに来た時くらい、お賽銭の一つでも入れてきゃいいのに。
「あれ~?珍しいね、こんなとこで人間に出会うなんて」
賽銭箱の持ち主と思しき兎が、霊夢たちを見上げた。
ウェーブのかかった黒髪に、ふわふわの耳。
まだあどけなさが残る顔に、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ま、よかったね~。わたしに出会ったら竹林では決して迷わないから」
さて、このウサミミ少女は…敵か味方か?
(ま、どうせ敵なんでしょうけど)
霊夢をはじめ、仲間の誰もがこの少女から巨大な妖気を感じ取っていた。
同時に、その笑みの裏に隠された不穏な雰囲気も…。
「でも、やっぱり残念だったね」
ちゃりん、と音を立て、賽銭が箱の中に落ちる。
「あんたらは、無傷じゃこの竹林を出られない。そう…」
風が吹いた。
少女のワンピースの裾が揺れる。
「この因幡てゐに出会っちゃった『幸運』を…今夜ばかりは呪うがいいわ!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE4 伝説の夢の国!!の巻
「おっけー…やっぱし敵ってことね」
霊夢は札を取り出す。
間違いない。この兎は、今回の異変の真犯人と関わっている。
特に根拠はなかった。勘である。
だが、その根拠のない勘が、これまで幻想郷で起こったあらゆる異変を解決に導いてきたのだ。
「今回こそわたしがやるわ。みんな、文句ないわね」
背後の仲間に言葉をかけ、地へ降り立つ。
主人公・博麗霊夢。
ここにきて、やっとツッコミ役以外の出番が回ってきたのであった。
「あらゆる概念から自由な博麗の巫女、ついに登場かしら?」
「最も脆弱な種族に生まれながら、幻想郷最強の弾幕使いと呼ばれる天才です」
そう、この八雲の主従をはじめ、ここにいる誰もが霊夢に敗れた経験を持つ。
「うふふ、今日も凛々しいわ、わたしの霊夢…」
「断じておまえのじゃないぜ」
いろんな意味で霊夢にやられちゃってる者も。
「さて、とりあえず聞きたいんだけど」
てゐ、と名乗った少女の前に立った霊夢。
「何かしら、紅白の人間さん?」
「さっき儲かったとか言ってたわね。その賽銭箱と関係あるのかしら?」
「あら、興味ある?」
「いちおう神社の巫女なんで。つーかこんなとこで賽銭入れる奴なんかいるの?」
やはり、霊夢はてゐの賽銭箱に関心があったようである。
まあ、普段からあれだけ「賽銭入らない~正月のもちが買えない~もにもち~」と嘆いてるだけあって、その関心は並々ならない。
「当然こんなとこにはいないわ。だからこっちから出向くの」
「出向く!?なによそれ!!」
「こっちからもらいに行くのよ。『お賽銭の集金に参りました~』って」
得意げに語るてゐ。
「集金!?てゆーかなんでそれでお金もらえるのよ!!」
「ん~『博麗神社から来ました』って言ったら大抵の人はお賽銭入れてくれるけど」
「なあにぃぃ!?なんであんたがウチの神社の名前勝手に使ってんのよ!!詐欺だろーがそれ!!」
「あ、あんたあそこの巫女さんだったの」
「どうりで最近ただでさえ少ないお賽銭がさらに壊滅的だと思ってたのよ!あんたのせいだったのね!!」
霊夢はもはや怒り心頭だった。
無理もない。
ある意味彼女自身も詐欺行為のカモである。
「失礼ねえ。わたしのお賽銭箱にお金を入れた人には幸運が訪れるのよ?神社の評判も上がるじゃない」
「え、ホント?ご利益効果!?」
「そしてまたわたしにお賽銭を入れる人がぞくぞく…」
「やっぱり殺すー!!」
霊夢は札に加えて針も取り出し、いまにもてゐに掴みかからんばかりの表情をしている。
「その手口で一体どんだけの人からお金を騙し取ってきたのー!!」
「あら、あんたは今までに食べたパンの枚数を覚えているの?」
平然と返すてゐ。
「あ、わたしのセリフ!!」
上空から2人の会話を聞き、憤慨するレミリア。
「いや、厳密にはお前のセリフでもないからな」
「パン!?生まれてこの方そんな贅沢品見たことすらないわー!!」
(そんなに貧しかったの!?)
霊夢の叫びを聞き、なんだか自分が悪いことをしているような気になってきたてゐ。
いや、実際に悪いことしてるからね君。
「あんただけは許さない!この場で兎鍋にして、3日くらいに分けて食べてやるわ!」
懐からタッパーを取り出しながらてゐを見据える。
色んな意味で本気だ。
「わわ、ちょっと待って。ほ、ほら、あんたにも教えたげるから」
「何をよ!?」
「お賽銭が集まる方法」
「何ですと!!?」
驚く霊夢。そんな方法があるならば…知りたいに決まってるじゃないか。
「ね?特別にコツを教えてあげるから、ここは穏便に…」
「…いいわ、話を聞こうじゃない」
「グッド!」
「それで、その方法って何よ?」
霊夢は一応装備は解かないまま、てゐに尋ねる。
「実は、この賽銭箱に秘密があるのよ。ちょっと見て」
てゐは賽銭箱を霊夢に差し出す。
「これに…?一体何が――」
言いながら賽銭箱を覗き込む霊夢。
暗くてよく見えない箱の奥を見ようとしたとき――
きらり
不意に、得体の知れない感覚が彼女を襲った。
「え…?」
なんだ。
なんだ、この感じは。
身体が…身体が、動かない!?
そして、動かない自分の身体がぐるぐる回っている感覚。
え、だって、わたしは地面に足をついていたはず――
あの兎にお賽銭の集め方を聞こうとして、賽銭箱を覗き込んで、それから?
そうだ、何か見たぞ。
あの時、賽銭箱の奥で、何か光っていた。
その光を見て、一瞬くらっとして…そして?
「ふふふ、引っかかった。やっぱ人間、効果絶大ね」
てゐは、ふらふらしながら立っているのがやっと、と言う感じの霊夢を見てにやりと笑った。
「もしもーし。わたしの声、聞こえる?」
「…っ!?」
足元がおぼつかない霊夢。
地面に膝を落とす。
さらに前のめりに倒れそうなところを、どうにか賽銭箱の縁に手をついて身体を支える。
「何が…起こったの…?」
「知りたい?欲に目がくらんで、思いっきり罠にかかった人間さん」
心底楽しそうなてゐの声。
今の霊夢には、どこから響いてくるのかもわからない。
賽銭箱を覗き込んだ途端、箱の奥で何かが光って。
それを目にした途端、身体の力が入らなくなって、さらに平衡感覚も失われた。
(まずい…これは、非常に、まずい…)
「ど どうしたんだ霊夢ー!?」
「急にうずくまっちゃったまま、動かない…?」
心配した仲間達が地面に降り立つ。
「き…来ちゃダメ!!」
彼女達がどこにいるのかは正確にわからなかったが、霊夢はとりあえず大声で制した。
「こいつ…何かある!とりあえず…みんなはその賽銭箱に近づか、ない、で…」
今の霊夢は言葉を発することすら苦しそうだった。
「何言ってんだ霊夢、おまえ立てなくなって…」
「やめといたら?せっかくの仲間の忠告なんだし」
思わず駆け寄ろうとした魔理沙に視線をやるてゐ。
その目が告げる。
お前の仲間の生殺与奪権は、現在こちらにあるぞ、と。
「この野郎!霊夢に何をした!」
「ん~?別に。わたしは賽銭箱を除いてもらっただけよ?」
「嘘をつくな!それだけでこいつが倒れるわけないだろう!!」
「でもこれが事実…よいしょっと」
手足の自由が利かない霊夢を、てゐは軽々と肩に担ぎ上げる。
「!?霊夢をどうする気だ!」
「秘密~」
右肩に霊夢を、左の脇に賽銭箱を抱え、てゐは空に浮かび上がる。
「待て!」
魔理沙たちも慌てて飛び上がり、てゐの後を追う。
偽の月に照らされた竹林の奥、哀れ楽園の素敵な巫女は囚われの身になってしまったのだった。
結論から言えば、てゐに追いつくのはさほど大変なことではなかった。
飛行速度はそれなりのものだったが、大きな賽銭箱と人一人を抱えて飛んでいるのである。
背の高い竹の間を縫って行われた空中鬼ごっこは、さして時間をかけずに終わったのだ。
「さあ、もう逃げられないな。霊夢を返してもらうぜ」
「う~ん、確かにこれは逃げらんないわね」
現在、魔理沙たち7人は、空中でてゐの前後左右を完璧に取り囲んでいた。
霊夢を人質にとられていなければ、すぐにでも飛び掛っているだろう。
そして霊夢本人は、飛んでいる最中ついに意識を失ったのか、ぐったりとして動かない。
「余裕かましても無駄だぜ。今から3秒以内に霊夢を離せ」
「兎ごときがわたしの霊夢を掻っ攫おうなんて、身の程知らずもいいところねえ」
てゐの正面には魔理沙、ちょうど背後にはレミリア。
その他の方向も残りの仲間で完全にふさがれており、てゐに逃げ場はなかった。
「わかったわ。この人間は返すわよ。もちろん、無傷でね」
「当然だぜ」
「ほら、起きなさい、え~と、霊夢?つったかしら」
てゐは霊夢の顔の前で、
ぱちん、
と指を鳴らした。
その音に応えるように、霊夢が瞼を開く。
「ほら、あんたの仲間んとこへ戻りなさい」
霊夢を脇に抱えていたてゐが手を離すと、霊夢は自身の力でふわりと宙に浮かんだ。
「……」
まだ意識が朦朧とするのか、うつむき気味に首をたれている。
とん、とその背中をてゐが押すと、そのまま目の前にいた魔理沙の方へ宙を移動した。
「お、おい霊夢!!」
ふらふらと漂いながら自分のほうへ進んで、いや、「流れて」来た霊夢を、魔理沙は慌てて抱きとめる。
「大丈夫か?あいつになんかされたのか!?」
魔理沙は下から霊夢の顔を覗き込む。
霊夢は未だに頭を垂れたまま、焦点の合わない目で下を見ていた。
「ま…りさ…?」
不意に霊夢の口からこぼれた言葉。
「ああ、そうだ。ご存知、霧雨魔理沙だぜ。よかった…意識が戻ったんだな」
「魔理沙…」
安堵の表情を浮かべる魔理沙。
霊夢は顔を上げると、自分を抱きとめている少女の顔を見つめた。
「ねえ、魔理沙…」
「おう、何だ?」
「…ひとつ、お願いがあるの…」
霊夢は小さく微笑む。
「わたしで良ければなんでも聞くぜ」
「そう…よかった。それじゃ」
「死んでくれない?」
「ああ、そんなことはいつだって…何!?」
その瞬間、魔理沙の背筋を戦慄が走りぬける。
強い殺気。
それを放っているのは――目の前の少女。即ち、霊夢。
「…っ!」
魔理沙は身をかがめ、頭を沈める。
それまで彼女の頭があった辺りを、高速の針が通り過ぎて行く。
「霊夢!?いきなり何するんだ!!」
「殺すのよ…あんたをねぇっ!!」
霊夢は次なる攻撃態勢に移ろうとしている。
とりあえず距離をとる魔理沙。
「どうしたの霊夢!?」
「なんだか…様子がおかしいわ!妖夢!!」
「はい!」
霊夢が突如、味方のはずの魔理沙を攻撃した。
ただならぬ雰囲気を感じ、目を見開く紫と、従者を呼びつける幽々子。
「おやつにしましょう」
「なんでやねん!!」
「やってる場合か亡霊ども!!霊夢の攻撃が来る!!」
レミリアが言うとおり、霊夢の攻撃の矛先は周囲の味方全員に向けられていた。
―霊符 夢想封印 散―
霊夢を中心に、無数の札と陰陽玉が放たれる。
全方向を攻撃する高速弾幕。
「やるわね。相変わらず容赦のない弾幕ですこと」
「わわわちょちょちょっと紫さま!わたしを盾にしないでください!」
「あら、だったらあなたもアリスを盾にしちゃえば?」
「あ、それはいい考え…ではなく!」
「くっ…おい、兎!!やっぱり霊夢になんかしやがったな!!」
弾の嵐をかいくぐりつつ、魔理沙が叫ぶ。
「ふ~ん。今更気づいても遅いよ~」
「何をした!!」
「大したことはしてないわ。『わたし』は、ね」
「どういう意味だ!?」
『ふふふ…それはこういう意味よ!!』
突如、それまでその場にはなかった声が響く。
「な…誰だ!?どこにいる!!」
『ここよ、ここ』
「…ええっ!?魔理沙!あれよ、あれ!!」
咲夜が指差す先、そこに正体不明の声の発生源があった。
「あれって…な、何だとぉ!?」
そこにあったもの。
それは、先ほどからてゐが小脇に抱えていた…
「賽銭箱が…しゃべった!?」
『驚いたかしら?あんたらの相手はてゐだけじゃないのよ!!』
謎の声は賽銭箱の中から響いていた。
声を聞く限り、女性のようである。
「珍しいわね、生きてる賽銭箱なんて」
「そう?物に魂が宿るなんてざらにあることじゃないかしら?」
レミリアは目を丸くするが、幽々子はこともなげに答える。
自身が霊である冥界の住人にとって、非生物に霊が憑くようなことは珍しくも何ともない。
「しかし、あれは付喪神の類ではありませんね」
「でしょうね…となると」
妖夢と幽々子には、あの賽銭箱からは「霊の気配」は感じられない。
あれは間違いなく、生きた「何か」である。
厳密に言うならば、賽銭箱の「中の」何かが。
『てゐ、いい加減外に出るわよ!!』
「オッケー!!狭いトコでおつとめごくろーさん♪」
てゐと「何か」が言葉を交わした直後。
賽銭箱の蓋が、がたり、と動き、外れる。
そして、その中から
ジャーン!
という謎の効果音とともに、1人の少女が飛び出した。
「ぷはー!シャバの空気は気持ちいいー!!」
「鈴仙、お久しぶりー!!」
箱の中から現れた少女は、てゐよりも若干年上に見えた。
ブレザーにネクタイ、という幻想郷ではあまり見かけない服装。
頭上の耳により、彼女もまた妖怪兎であることがわかる。
横にいるてゐのものとは、耳の形が少し、いや、かなり違っていたが。
とにかく、箱の中から響いていた謎の声の正体は、この2匹目のウサミミ少女であった。
「うわ、なんか兎が一匹増えたわよ!」
「ずっとあの箱の中にいたのかしら…?」
「大きさ的に無理があるような気がするぜ」
魔理沙の疑問ももっともである。
そもそもあの賽銭箱は、てゐが小脇に抱えられるほど小さなものだ。
どう考えても、人間と同じ体格・身長を持つ妖怪兎が入れるはずはない。
そして、てゐと、勢いよく箱から出てきた兎――鈴仙と呼ばれたていたか――。
「もー埃っぽくて狭くて大変だったわよー」
「まあまあそう言わずに。おかげで作戦大成功♪」
「途中でばれたらわたし逃げられなかったんだからね。ほんとにヒヤヒヤもんだったんだから」
なんだか勝手に2匹で盛り上がっていた。
「よし!鈴仙、あれやろ、あれ」
「ええ~?」
「いいじゃん、今日のために練習してきたんだし」
「まあ…そうだけど」
「ほらほら、じゃあもっかい入って」
てゐは再び鈴仙を箱の中に押し込める(!?)と、蓋を閉める。
「あんたたち、よく見てなさいよ!!」
箱を手に持ったてゐは、魔理沙たち(ついでに未だ暴れている霊夢も)を箱に注目させる。
「鈴仙、出ておいで~」
ジャーン!
先ほどと同様に蓋が外れ、鈴仙が飛び出す。
「それがどうしたんだよ」
「ふふふ、まあ見てなさい。これは1回だけでは単なるびっくり箱だけど…」
言いながらまたも鈴仙を箱に押し込め、蓋をするてゐ。
「今のアクションを3回続けて行うとっ!」
ジャーン!ジャーン!ジャーン!
「げえっ、鈴仙!!」
「ふふふ、てゐ、真っ二つだぞ~」
「って関羽か~い!!」
ビシッ!とツッコミを入れるてゐ。
「「どうも、ありがとうございました~」」
二匹の兎は丁寧にお辞儀をする。
[観客サイド]
咲(……え、えーと)
レ(笑うところなんじゃない?)
妖(とりあえず拍手だけでもしてあげたほうが…)
魔(でもあんなネタじゃなあ…)
藍(うわ…めっちゃこっち見てるし。思いっきし反応待ってるな、あれ)
幽(だめよみんな。つまらない芸人こそ、甘やかしたら成長しないわ)
紫(でも、このままスルーするのも感じ悪いわねえ…)
[芸人サイド]
て(よっしゃあ!うまくいったわ!)
鈴(うけてるかな?うけてるかな?)
て(そりゃあもう、ウチの兎たちには100%ツボだったんだもの、これくらい…)
鈴(…なんか、みんな微妙に困った顔してるね。やっぱり唐突すぎたんじゃ…)
て(そ、そんなはずは…)
鈴(あっ、ちょっとこっち見た…あ、目そらした)
て(なぜ!?ネタのチョイスから間の取り方まで、5日かけて構想を練った必殺のギャグが…)
鈴(あ、拍手してくれたよ)
て(うわ、このぱらぱらした拍手…どうみても社交辞令です)
鈴(本当にありがとうございました…ううう、みじめだ)
「って、そんなことやってる場合じゃないだろ!」
一番最初に自分達の本来の目的を思い出したのは魔理沙だった。
「おい、そこのウサミミども!霊夢に何をしたんだ!!いいかげんに答えてもらおうか」
鈴仙とてゐのダダすべりな一発芸の間も、霊夢は異様な、そして険悪な雰囲気を放っていた。
もちろん、仲間である魔理沙たちに対してである。
「大したことはしてないわよ。ちょっとおしゃべりしただけ」
両手の指で自分の口を指差すてゐ。
小憎らしいほどに可愛らしい仕草である。
「そしてわたしは、ちょっとにらめっこしただけ」
鈴仙も同様にして、己の赤い両目を指差す。
「おしゃべり?にらめっこ…?わけわかんないこと言うな!そんなもんで霊夢がわたしらに攻撃してくるか!!」
「ところが、『そんなもん』じゃないのよねえ、わたしのおしゃべりは」
「わたしのお目々は」
憤る魔理沙に対し、小ばかにしたような態度で答える兎コンビ。
「どういうことだ!」
「それはね…こういうことよ!」
その瞬間、鈴仙の両目が光を放った。
網膜を超え、脳を貫いて抜けるような強い赤光。
さて、その光をもろに正面から見てしまった魔理沙は。
「え…!?」
突然、強い眩暈を感じ、平衡感覚が一気に無くなった。
同時に、四肢の力が抜け、だらりと下がる。
先ほどの霊夢と同じ状態であった。
(なんだ…これ…どうなって…)
もやのかかった頭でぼんやりと考えながら、魔理沙は地面へまっさかさま――
「馬鹿ねえ。霊夢が言ってたこと、忘れたの?」
――に落ちるところを、時間をとめた咲夜に抱きとめられた。
霊夢が言っていたこと。
それすなわち、てゐの賽銭箱、つまり鈴仙に迂闊に近づくなと言うこと。
「あ…ああ、すまない…」
幸い、魔理沙は霊夢ほど酷い状態にはならなかったようだ。
鈴仙の目から視線を外したことで、眩暈その他の異常も回復しつつある。
「ま、おかげで霊夢が倒れた理由もわかったわ。なんとなくだけど」
咲夜は魔理沙を抱えたまま、鈴仙へ――極力その瞳を見ないように――視線を移す。
「あなたの目、なにか秘密がありそうね。この2人の状態を見る限り…そうね、視覚催眠ってとこかしら?」
「し…知っているのか、咲夜~」
「いや、無理して驚かなくていいわよ…で、どうなの?兎さん」
「ご名答。わたしの目には、通常の兎の何倍もの狂気が宿る。この目が放つ光りを見たら最後、正気じゃいられなくなる」
この言葉の通り、鈴仙はその視線で相手の狂気を操る能力を持つのだった。
彼女の赤い目が放つ光線を直視したものは、己の精神、そして神経に潜む狂気を刺激され、身心ともにその在り様を大きく狂わされる。
その「狂わされ方」の1つとして、咲夜の言った「催眠」という状態もあるのだろう。
実際、今の霊夢と魔理沙の状態にはその言葉が最もよく合う。
「なるほど、それで霊夢を洗脳したってわけね。賽銭箱に入ってたのはそういう理由か」
「まあ、確かにあの巫女は愚かにも賽銭箱を覗き込んでわたしとばっちり目があっちゃったけど…厳密には違うわね」
「そう!そこでわたしの出番ってわけよ」
咲夜と鈴仙の会話に、てゐが割り込んでくる。
「鈴仙は賽銭箱に潜んで、巫女を催眠状態にしただけ」
「だったらなんで霊夢があんなになるのよ?」
「簡単な話。催眠状態の人間に、幻想郷一の詐欺師(自称)たるわたしの話術。と来たらもう答えは一つ」
「暗示をかけたってこと…?」
「あんた、物分りいいわねえ。助かるわ」
つまり、こういうことである。
①霊夢に賽銭箱を覗き込ませ、箱の中の鈴仙の目を至近距離で直視させる。
②鈴仙の能力で強い催眠状態になった霊夢を拘束する。
③霊夢に、てゐが巧みな話術で「魔理沙たちは敵だ」という暗示をかける。
途中、てゐが霊夢を抱えて逃げ出したのは、飛びながら③の暗示をかける時間を稼ぐためである。
「驚いた?これでそこの巫女はあんたらを完全に敵だと認識したわ。そう…」
鈴仙は不敵な微笑みを浮かべる。
「この鈴仙・優曇華院・イナバの赤眼催眠と!」
「この因幡てゐの魔法の弁舌が織り成す!」
「「究極のマインドコントロール戦法!その名も!!」」
二匹の兎は声を合わせ、ポーズ(両足の爪先を外側に向け、背を大きくそらすというもの)を決める。
「「永遠亭奥儀『因幡ウアー・イリュージョン怪~どんなにつよいてきも、のうみそゆさぶってだまくらかせばねがえるよ~』!!」」
蛇足だが、この技紹介の練習に鈴仙とてゐが3週間費やしていたことは言うまでもない。
兎の芸人(人じゃないが)魂、恐るべし。
「な なにーっ!?」
「むう…永遠亭奥儀『因幡ウアー・イリュージョン怪~どんなにつよいてきも、のうみそゆさぶってだまくらかせばねがえるよ~』だと…」
「し 知っているのか藍ー!?」
「てゆーかよくあの1回聞いただけで覚えたわね…」
魔理沙は既にいつものテンションで驚けるほどに回復している。
しかし、呆れる咲夜をよそに口を開いた藍の言葉は、いつもの解説ではなかった。
「いや…わたしもはじめて聞いた。だが、我慢ならんな」
「まあ、あのふざけたネーミングはねえ…」
「違う」
「じゃあ何が我慢ならないのよ」
咲夜の疑問に、藍はよくぞ聞いてくれたとばかりに答える。
「決まってるだろう!奴ら『イリュージョン』と言ったんだぞ!よりにもよってこのわたしを前に『イリュージョン』などと!!」
「「そこかよ」」
思わずユニゾンでツッコミを入れる魔女とメイド。
「おそらくあの箱から出てくる芸をイリュージョンとでも称しているのだろう…だが!」
藍は拳を握り締め、二匹の兎をにらみつける。
「そんなものがイリュージョンとは笑止千万!このわたしがお手本を見せてくれよう」
そう言うが早いか、藍は衣服に手をかける。
「とくと拝むがいい!これぞ真のイリュージョン・式神らしく『スッパテンk」
「「やめい」」
「しゅ~ん…」
イリュージョンの名を汚された怒りも手伝い、いい感じに身体が火照ってきたところをユニゾンツッコミで止められ、
思わずうなだれるお天狐さま。
「それにしても、まずいことになったわねえ…」
代わって、彼女の主が前面に立つ。
見据えるのは、未だ敵意むき出しのままの霊夢。
つーか、この1連のアホなやりとりの間、全く攻撃を仕掛けてこなかった辺り、律儀と言うかなんというか。
「ああ…このままだと…霊夢と戦う羽目になる」
「まいったわね。一応今は味方、ということだし…下手に傷つけたらお嬢様が何と言うか」
そのお嬢様が「今ならどさくさに紛れて霊夢の血を吸っても言い訳効くんじゃないか」とか考えていたのは、また別のお話。
「ここはわたしに任せてもらおうかしら」
先ほどから霊夢の様子を見ていた紫が進み出た。
「あの子をここまで連れてきたのはわたしの責任。このまま置いていくわけにもいかないわ」
「戦うのか?霊夢と…?」
「う~ん、ちょっと手荒になっちゃうかもね。でも心配しなくていいわ」
不安げな魔理沙に向かって、紫はいつもの怪しい微笑みを向ける。
「必ず、霊夢の目を覚ましてあげるから」
ふわり、と夜空を移動し、霊夢の前に出る。
「紫様…相手はおそらく全力状態の霊夢です。お気をつけて」
「頼んだぜ!!」
かくして、次なる戦いのカードが用意された。
「ふん、わたしらの催眠術にはまったら最後、目を覚ますなんて夢のまた夢!」
「やっちゃえ巫女ー!!」
本来ならば(少なくともこの状況では)あり得なかったはずのリベンジマッチ。
境界の上に棲む妖怪と人間の戦いが、今再び幕を開けようとしていた。
「霊夢…わたしがわかる?」
「…ゆかり…」
霊夢は鋭い視線で紫をにらみつける。
そこにはいつもの素敵な巫女の姿はなく、剣呑な雰囲気を放つ1人の修羅がいた。
先ほどまでの攻撃でわかってはいたものの、紫は確かめずにはいられなかった。
(暗示をかけられた…って言ってたわね。一体何を吹き込まれたのかしら?)
「どうして、わたし達を攻撃したの?」
「敵だからよ」
「…どうして、敵だと思ったの?」
その瞬間、霊夢の目がかっと見開かれる。
「あんたは…あんたらは…」
わなわなと身体を震わせた後、霊夢はびしっ!と紫を指差す。
「お賽銭を入れないだろうがぁっ!!!!」
「えー!?」
そんな理由であんな殺す気満々の弾幕をだしてきたのー!?と驚嘆する紫。
「だいたいさあ…あんたらはいつもいつもうちの神社で宴会だなんだって騒ぎまくった挙句、掃除もしねえで帰るし…」
「ま、まあ…悪いとは思ってるわよ。でも霊夢…」
「そのうえ来るたび来るたびビタ一文賽銭箱に入れていきゃしねえ…こっちは生活かかってんのにさあ」
確かに、ここ最近の博麗神社は人妖入り乱れての大宴会が頻繁に行われる。
幻想郷中から集まった者達は好き勝手に酒を呑み、つまみを食い散らかし、バカ騒ぎして帰る。
皆が帰ってから後始末をするのは、1人残された霊夢である。
その後、宴会場を提供した自分への感謝の証に、誰かがお賽銭の一つでも…と思い箱をのぞけば、中には落ち葉の1枚もない。
「あんたらがヒマつぶしに来て勝手に飲んでくお茶もなあ!!貴重な貴重な18年ものの高級品なんだぞぉ!!」
「お、お茶に18年ものなんてあるの?ワインじゃないんだから」
「18年間使い続けた出がらしの高級茶葉だっ!!」
「それはなんかもうお茶とは別の代物ではー!?」
催眠術の効果なのか怒りによるものなのか、口調も荒々しくなっている霊夢は紫に詰め寄る。
「茶葉を買う金すらないのもあんたらのせいだ!」
「言いがかりもいいとこー!?」
普段から霊夢の生活が困窮を極めているのは幻想郷でも有名だが、他者に対しここまで理不尽な怒りをぶつけることはない。
おそらく、これがてゐがかけた暗示の効果なのだろう。
「あんたが貧乏なのは、お賽銭を入れないヤツらのせいだよ」とかなんとか言ったに違いない。
何にしても、本気で怒り狂っている霊夢を相手にしては、さすがの八雲紫も分が悪い。
「ケヒヒ…紫、とりあえずあんたらの身包み剥いで金目のものを全部巻き上げた後に、神社を隅々まで掃除してもらうわ」
「やれやれ、まさに金の亡者ね」
「だぁ~れのせいでこうなってるんですかね~!!とにかく容赦なく行くわよぉ。ケヒ、ケヒヒヒ、ケェーッ!!」
奇声を上げながら、紫に飛び掛る霊夢。
両手には数本の針が握られ、鈍い光を放っている。
「…っ」
紫はすんでのところで霊夢の攻撃をかわす。
真正面から突っ込んでくるだけの単純な攻撃であったが、その恐るべきスピードとプレッシャーに冷や汗が流れる。
(とりあえず、一旦距離をとって…)
霊夢の動きには以前戦ったときよりも動きにキレがあった。
加えて、全身から放たれる強烈な殺気。
戦いで必死になることなど滅多にない紫も、さすがに気を引き締めざるを得ない。
「よく避けたじゃない…でも、いつまで続くかしらねえっ!!」
「くっ…」
間合いが広まったと見るや、霊夢は手に持った針を一斉に紫に向けて放つ。
「ケヒーッ!!全身針治療で更年期障害を治してあげるわよゆかりーっ!!」
「誰が更年期よ!」
紙一重で針を避けつつ、自らも針弾――「妖回針」で応戦する紫。
だが、霊夢の身体を気づかって放たれた針は、本来の威力を発揮できない。
「老いぼれがぁ!あんたのショットが1番生っちょろいわよ!」
「老いぼれって言うなー!!」
霊夢は紫の針弾を軽く見切ると、今度は札も混ぜた攻撃を仕掛けてくる。
高速の針と追尾機能を持つ札が、嵐のごとく紫に殺到する。
「うぐっ…」
「ケ~ッヒッヒ!あの最強妖怪が避けるだけで精一杯なんてね!」
霊夢の言葉通り、防戦一方になっている紫。
その動きは次第に「避ける」から「逃げる」ものへと変わって行く。
(まいったわ…これじゃ霊夢を正気に戻すどころか…身を守るのでやっと…)
ひたすら動き回って、追尾弾を振り切り、針をかわす。
紫には自分から攻撃を仕掛ける余裕などない。
人間の内なる狂気に干渉する赤眼催眠によって精神のタガが外れた霊夢。
その攻撃は、速く、強く、そして終わりが見えなかった。
「KEHHYYYY!食らえ紫ィ!巫女巫女巫女巫女巫女ォォッ!!」
霊夢本人は、なんかいろんな意味で終わっていた。
「紫様ーっ!」
「まいったぜ…あの霊夢は…強すぎる!」
藍が悲痛な叫びを上げ、魔理沙は唇を噛む。
今や紫はただ逃げ回るばかりの状態で、もはやそれを戦闘とは呼べないだろう。
あまりに一方的な展開だった。
「幽々子様、これはもう、紫様の加勢に行くべきでは…」
焦り顔の妖夢が、刀の柄に手をかけながら主の判断を仰ぐ。
「いやいや妖夢。その必要はないわ」
「しかし…」
「いいのよ。あなたたちはまだ、八雲紫の真髄を知らないわ」
仲間全員が霊夢の圧倒的な強さ、そして紫の明らかな劣勢に不安を抱く中、幽々子だけは平然としていた。
それは、夜雀との戦い、その中での幽々子の危機に際して紫が言った言葉と似ていた。
二人の立場がちょうど逆になる形であった。
「それは…どういうことですか?」
「あの子に関しては、絶体絶命の窮地ですら胡散臭いってことかしらねえ」
生前からの紫の親友は、その口元に薄く微笑を浮かべた。
そして、予想以上の霊夢の働きに、手を取り合って喜ぶ兎達。
「やったぁ!あの巫女、完璧にこっちの思惑通りに動いてくれてる!」
「ほんとに、できすぎなくらいね…でも、てゐ」
「なにー?」
「なんか人格まで軽く変わってるけど。どんな暗示をかけたの?」
鈴仙は狂気を操ることができるが、あそこまで「できすぎた」狂い方をさせることは正直難しい。
だからこそ、てゐとのコンビによる催眠戦法は効率が良いといえるのだが…
「えっと『あんたの仲間って金持ち多そうね』と『自分に嘘ついちゃだめだよ』って言っただけ」
「…」
「…」
「なんつーか、苦労してるんだね、あの巫女」
催眠状態の人間にかける暗示。
まことに、思い込みの力と言うのは恐ろしい。
霊夢、悩みは溜め込まないで、誰かに相談しようぜ。
「あ~もうちょこまかと逃げてばっかり!往生際が悪いわねえ~!!」
逃げ回る紫に痺れを切らした霊夢は、攻撃方法を転じる。
「いけっ!博麗座布団!!」
博麗座布団――それは霊夢が通常使用する「ホーミングアミュレット」、つまり札弾の強化版である。
札と同様に、追尾機能を持った攻撃弾であるが、その大きさと攻撃力は札の数倍である。
霊夢の手から放たれた数枚の座布団は、紫の後を追っていく。
「あら霊夢、いまさらそんな物出したところでわたしは捕まらないわよ~」
「どうかしら?」
霊夢はにやりと笑うと、自身の放った座布団――その上に、自ら飛び乗った。
「な なにーっ!!霊夢のヤツ、座布団の上に乗っちまいやがったーっ!!」
「あ、あのまま紫を座布団ごと追いかけていくわー!」
魔理沙と咲夜が驚くのも無理はない。
霊夢は恐るべきバランス感覚で飛行する座布団の上に立ち、針と札を放ちながら紫を追いかけていく。
「なるほど…あれなら自身が標的に高速で接近しつつ、紫を通常弾で攻撃可能ね」
「霊夢の飛行速度の遅さを、座布団ショットのスピードを利用することで補ってるわ」
「あ、あの…みんなで解説してないで、紫様の心配をしてあげてくださいよ…」
腕を組んで厳かに語るレミリアと幽々子は、藍のツッコミにも動じない。
しかし、紫がさらに窮地に追い込まれたのは、紛れもない事実。
「ケヒヒヒヒヒヒ!もぉ~う逃げられないわよぉ~紫ぃ!!観念しやがれっ!!」
「なんの…まだまだ、よ!」
未だに余裕の表情を崩さないが、既に紫の体には札と針による傷がいくつもできている。
正直、霊夢の座布団戦法はかなり功を奏したと言えよう。
「無駄よ無駄!もはやあんたの背後に逃げ場はない…そして地獄の巫女巫女ラッシュで止めを刺す!」
「そんな技持ってたかしら。初耳なんだけど」
霊夢オン座布団に追い掛け回されているうちに、紫は背の高い竹を何本も背負う位置にまで追い詰められたいた。
これ以上は竹が邪魔で逃げられないし、スキマを開くそぶりを見せればすぐに霊夢に気づかれるだろう。
さらに上空へ逃げることも考えたが、これも竹の枝が邪魔していることに気づいた。
まさに、手詰まりであった。
「いくわよ紫!あんたはここで見せ場もないまま再起不能よ!」
「くっ…」
霊夢は距離をつめてくる。
紫は苦し紛れにスキマを開こうとするが、
「遅い!スキマから逃げようって魂胆だろうけど…だめだね」
霊夢の攻撃の手のほうが明らかに速かった。
そして、地獄の巫女巫女ラッシュが始まる。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女!!」
地獄の巫女巫女ラッシュ――それは、握り拳を作り、指の間から針を突出させて相手をひたすら殴る、という極悪技である。
霊夢が「巫女巫女」とヘンな気合いを放っているが、巫女1回につき1発殴っていると思っていただこう。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女生麦生米巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女、」
目の前の敵を、霊夢は殴り続ける。
パンチのスピードと重さは、すべて指の間から突き出た3本の(両手合わせて6本)の針の先に乗ることになる。
たまらぬ貫通力であった。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女」
ちなみに僕(作者)のパソコンでは「みこみこ」と打つと「見込み子」と変換される。
「巫女巫女巫女巫女姉三六角巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女KEHYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女!!」
まさに地獄ともいうべき連打の前に、もはや相手の体は原形をとどめていない。
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女!!」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!」
意味不明な断末魔の叫びをあげる紫(だったと思われるもの)。
霊夢はとどめの一撃を放つ。
「巫女ォオオオオオ!!」
全体重を乗せたパンチ。
もろに食らった相手はそのまま猛然たる勢いで吹っ飛び、竹林を抜けて人里まで飛んでいった。
そして、人間達が利用するゴミの集積場に落下した。
「ふう…『身包み剥いで金目のものを全部巻き上げた後に、神社を隅々まで掃除してもらう』だけって言ったけど…スマンありゃウソだった」
あまりにも圧倒的な勝利だった。
紫が立ち上がってくることはまずないだろう。
霊夢はゆっくりと残った者たちの方を振り向く。
その時だった。
攻撃態勢を解き、無防備になった霊夢の身体に、白い縄のようなものが巻きついたのは。
「な、何!?」
縄は霊夢の全身を縛り上げ、完全に動きを封じた。
彼女の体から伸びる縄、その端を持っている者は――
「うそ…どうして」
「あらあら、わたしが死んだとでも思った?」
「ゆ…」
「紫ーっ!!」
そう、霊夢を縄で拘束している本人は、先ほどの巫女巫女ラッシュで燃えるゴミにされたはずの紫だった。
これには霊夢自身だけでなく、紫の敗北を目にして言葉を失っていた魔理沙たちも大いに驚いた。
「ふふ、さすがは紫ね。あんな力任せの攻撃にやられるはずはないわ」
「幽々子様、あれは一体…紫様はどうして…?」
「それは本人の口から聞けるんじゃないかしら~」
ここに至っても、幽々子だけは眉一つ動かすことはなかった。
「なんで…なんであんたが生きてんのよ!さっき間違いなく…」
「間違いなく、何かしら?」
紫の体にはいくつかの傷があるものの、それは巫女巫女ラッシュによるものではない。
それ以前の攻撃により作られたものである。
「わたしは全部のラッシュを叩き込んだはず…手応えもあったのに…」
霊夢はそう言いながら必死で拘束を解こうとするが、縄は緩まない。
「そうね、合計121発+αの攻撃は、間違いなく命中したわ」
「ならどうして…っ」
「そう、全弾命中のクリティカルヒット。間違いなく再起不能のはずよ…あの子は」
「あの子!?」
霊夢の目が驚愕に見開かれる。
「あの子、ですって?それは一体どういう…」
「お、おい咲夜…」
「何よ?」
「どうしてお前が、アリスを背負ってるんだ?」
いつの間にか、咲夜の背中には未だ意識不明のアリスがおぶさっていた。
それは、ついさっきまで藍の背中にあったものである。
「!?な、なんでわたしが?」
「ちょ、ちょっと待て!それじゃ…」
魔理沙の言葉によって、その場の全員が辺りを見回す。
本来、そこにいるはずの者がいなかった。
「『式は道具』とはよく言ったもの…相変わらず恐いわねぇ、紫」
幽々子の一言が全てを語る。
いつの間にか、藍の姿が消え失せていたのであった。
「ま、まさか…あの時、スキマを開いたのは…」
「鋭いじゃない。そうよ霊夢、あなたの漫画にしたら7ページはとるんじゃないかってくらいの攻撃は、全部藍に食らってもらったわ」
紫は霊夢が巫女巫女ラッシュを始める際、とっさにスキマを開いた。
それは逃げるためではなく、離れたところにある「何か」を取り寄せるため。
即ち、霊夢の怒涛の攻撃を防ぐための盾。
変わり身。
身代わり。
「なるほど…それじゃ『ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!』しながら飛んでったのは…」
「もちろん藍。忠実で従順なわたしのかわいい式神よ」
紫は四肢の自由を奪われた相手に、胡散臭い、そしていつにもまして余裕たっぷりの笑みを向けた。
催眠によって精神のタガが外れた霊夢でも、その笑顔に恐怖を感じずにはいられない。
しかし、縄によって拘束された状態では、逃げるという反応すら許されなかった。
「別にこのままでも十分なんだけど…一応、眠っててもらうわね」
「くっ、何を…」
「結界『破幻の1095日』!」
紫の今まで誰も聞いたことのないスペルカード宣言とともに、霊夢を縛る縄から異様なオーラ立ち上る。
「こ、これは!紫、あんた…」
「もがいても無駄。それは魔力だけでなく、縄という物質的な媒介を用いた強力な結界よ」
「どういうことよ…」
「注連縄みたいなものかしら?実体のない呪術的な結界に、物理的にあなたを囲む『物』としての結界を組み合わせてるわ」
霊夢は既にただならぬ雰囲気を感じ、必死で縄を解こうともがくが、縄が余計に身体に食い込むだけであった。
紫は淡々と話を続ける。
「これによって、結界を操れる博麗の巫女にも破れない強固な結界が実現する。そして!」
「!?」
「もちろん、攻撃力も半端じゃない!霊夢、ちょっと苦しいけど我慢してね!」
紫は縄に魔力を込める。
それは彼女の手元から縄を伝い、霊夢の体を縛る部分にも影響を及ぼす。
「うっ…うあああああああああああああ!!」
想像を絶する苦しみに、悲鳴を上げる霊夢。
しかし、それもやがて静かになる。
「まあ、こんなところかしら?」
気を失い、地に落ちようとする霊夢を受け止めると、紫は息をついた。
藍が吹っ飛ばされた瞬間、当然霊夢が紫を倒したと思い込んでガッツポーズしていた兎コンビは、目の前の事態に大慌てしていた。
「わわわ、どうしよう鈴仙!巫女やられちゃったよ!!」
「落ち着きなさい、あの巫女は未だわたしたちのコントロール下にある…強制的に覚醒させる!」
鈴仙は紫の腕の中の霊夢を見る。
「波動で…巫女の脳に直接語りかける!」
「あれって…人間にも効くの!?」
「たぶん、少しなら!」
鈴仙の耳がぴくり、と震えた。
そこから、目に見えない波動が放たれる。
それは霊夢の脳に干渉し、意識を覚醒させる。
「ん…」
霊夢が目を覚ます。
「あら、起きちゃったの?」
紫は少し驚いた顔をする。
「あの結界の呪縛に当てられたら、三日は意識不明になるんだけど…」
「ゆかり…」
霊夢は紫の手を逃れると、ふわり、と宙に浮かんだ。
既に縄は紫の手によって解かれている。
「どう霊夢、目覚めは?」
しかし、紫は少し驚いただけで、再び戦闘態勢に入ることはなかった。
鈴仙の言葉が真実ならば、この状態は紫にとって窮地の再来なのだが…
「やりぃ!さすが鈴仙、巫女が復活したよっ!!」
「本来は向こうの兎にしか使わないんだけど…物は試しね」
鈴仙とてゐは再び勝利を確信する。
「さあ、巫女!そこの年増妖怪をやっちゃいなさい!」
「今度はしくじんなよー!」
二匹の指示に、巫女の身体がゆっくりと反応する。
「紫…やっちゃっていいのかしら」
「ええ。存分にね」
「そうね…思いっきりやるわ」
霊夢は再び針を取り出す。
そして、目の前の紫へと飛びかか――ることはなく、背後を振り返る。
「うっ?」
「さっ?」
その視線の先には、二匹のウサミミ少女。
「あんたら…よくも好き勝手やってくれたわねえ」
「ええ?鈴仙、こ、これはまさか…」
「ととと、解けてる?催眠が…うそぉ!?」
赤眼催眠により意識の深層にかけられた暗示は、気絶したくらいでは解けないはずだ。
それがなぜ――などと考えている余裕は、今の二匹にはなかった。
「あ、あの、ここは穏便に…」
「ほ、ほら、さっき言った賽銭集めのコツとか教えるから…」
「くだらない催眠術とやらで、この博麗霊夢から『自由』を奪ったあんたらの罪…命乞いしたところで」
だ め だ ね
「巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女巫女オォーッ!!」
「「ぎにィやああ~~~~~~~!!」」
二匹の兎は、二重の意味で目を覚ました霊夢の巫女巫女ラッシュによって、竹林の奥深くへブッ飛ばされた。
「霊夢…もう、催眠術は解けたのか?」
「ええ、お陰様で…みんな、ごめんね。あんな簡単に操られちゃって…」
仲間の元へ戻ってきた霊夢は、攻撃を仕掛けた全員に対して深く頭を下げる。
「何、気にするこたないさ」
「ぐすっ、霊夢…あなたが正気に戻ってくれて、よかった…」
「お嬢様、目薬の瓶が見えてますよ」
霊夢の帰還を喜ぶ仲間達。
そんな彼女達に深い感謝を覚えつつ(しかし抱きついてくるレミリアを手でブロックしつつ)、霊夢は笑った。
それは自由で自然な、いつもの素敵な巫女の笑顔。
先ほどまでの「ケヒヒ」な笑いとは異質なものだった。
「それにしても、どうやって霊夢の目を覚ましたのかしら?ただの結界攻撃で解けるような催眠術じゃなかったでしょう?」
「それはねぇ…霊夢を縛った縄があるでしょう?あれは元々は…」
幽々子の問いに答える紫。
2人の会話が耳に入り、霊夢の顔が曇る。
「うっ…思い出しちゃった…」
「どうした霊夢?」
「それで紫、元々は何なの?あの縄は」
「あれは…」
そこまで言って紫は1度、口をつぐむ。
そして一瞬後に、恐るべきことを口にした。
「あれはわたしの靴下をつなげて作ったものよ!!」
「な なんですってー!?」
「3年間で1度も洗ったことのない、あの靴下の強烈な臭いをかがされて目の覚めない奴なんていないからねぇ!!オホホホ」
結界「破幻の1095日」
洗うことも替えることもなく 身につけ続けた下着が
誰もが生理的に嫌がる臭いを放つようになることは 言うまでもないが
この臭いが神経にもたらす 強烈な刺激に目をつけたのが この特殊な結界である
相手を拘束する縄を作る際 術者は自身が最低3年間身につけ続けた下着を
いくつもつなぎ合わせて縄状にし これを注連縄のような結界とする
全身を 異臭を放つ下着で囲まれた相手は 大抵の場合失神もしくはショック死するが
催眠状態にある場合や 気絶中にこの臭いをかがされれば 一発で正気を取り戻すという
敵を倒す武器にも 味方を覚醒させる気付け薬にもなる 万能の結界である
この気付けの効果から 幻を破る つまり「破幻」の名を冠された
ちなみに これは結界でもなんでもなく ただ臭い下着でびっくりさせてるだけじゃないか
という意見をたまに耳にするが これは正直な話 僕(作者)もそう思うのである
博愛の仏蘭西書院文庫刊 「わたしの足臭おじさん~近所の工事現場にバキュームカーがやって来た!その5~」より
「オホホホじゃないわよ!マジで一瞬お花畑が見えたじゃない!!」
「あら霊夢、だったらあのまま操られたままでよかったの?」
「うぐ、それは…」
結局、霊夢は紫の靴下の臭いで気絶するとともに、そのショックで催眠状態から覚醒したのである。
あの時紫が靴下の縄に魔力を込めたのは、何のことはない、縄がより霊夢の顔に近づくように動かしただけだったのだ。
催眠術が解けるほど臭い靴下って何よ、とか、そもそもそんなものを武器にするのは乙女としてどうよ紫、とか
色々言いたいことはあるが、とにかく霊夢は正気を取り戻し、仲間の元に戻ってきた。
「…とりあえず今回は礼を言っとくわ。操られてる間に、あんたを攻撃しちゃったこともあるしね」
「ふふ、そうそう。よく言えました」
「でもね、紫」
霊夢は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
おそらく先ほどの臭いの記憶が再びフラッシュバックしたのだろう。
「その…たまには、靴下を洗濯したほうがいいわよ」
「そうね、来年の正月にでも」
「すぐしろよ」
靴下を履いたまま寝るのはイクナイ。
万年床で1日12時間睡眠するような人(人じゃないが)は特に。
その頃。
人里の外れにある、ゴミの集積場。
「ゆ…ゆかり、様…幻想郷一硬い盾、御覧に…ゲフッ」
藍、その台詞は微妙にパクリだ。
燃えるゴミは月・水・金 八雲藍 死亡確認
TRY NEXT STAGE→
「それで、さっきの兎どもは結局なんだったんだ?」
「知らないわよ。ただ…」
霊夢たちは、さらに竹林の奥深くへと進んでいた。
先ほどの2匹ほど強力なものはいないが、妖怪兎達の攻撃もさらに激しくなってきている。
「わたしが思うに、あいつらは黒ね」
「黒?ありゃどっちかって言うと白兎って感じじゃなかったか?」
「違うわよ。黒は犯人の黒、今回の異変の真犯人と何か関わりがあるってこと」
霊夢には、確信に近い思いがあった。
ついさっき戦った2匹の兎は、明らかに何らかの意図を持って、攻撃を仕掛けてきた。
それは、異常な夜に混乱した妖精や妖怪たちとは違う、確固たる理由のある行為であった。
そしておそらく、この竹林の中にいる全ての兎が、同様の理由で霊夢たちに戦いを挑んでいる。
その理由が何かは、見当もつかない。
「あら、やっぱりあなたもそう思う?」
咲夜はこの日何本目になるかわからないナイフを敵に放つと、霊夢の言葉に同調する。
「そうね。紫が言った『怪しい気配』ってのが当たってたら、だけど」
「ここの兎達は、『相手を倒す』戦いをしていないものねえ」
「どういう意味だ?」
咲夜の意味深な一言に、魔理沙が疑問符を浮かべる。
「そこいらの妖怪みたく、人間をとって食おうとか、殺してやろうとか言う意志が感じられない。
これはどっちかって言うと…『追い払う』ための攻撃ね」
「よくわかんないぜ」
「あなたがウチの館に来たときの、メイド達の対応を考えてくれればいいわ」
「…なるほど」
最初に出会った蛍の妖怪は、終わらない夜から虫達を救うために、夜を止めるのを力ずくでやめさせようとした。
次に現れた夜雀の怪は、人間がいたからなんとなく襲ってきた。
人里上空で遭遇した半獣は、怪しい妖怪の集団から人間達を守るために戦いを挑んできた。
そして今、四方から襲い掛かる兎の群れは…
「わたしらが竹林の奥へ行こうとするのを、阻むってわけか」
普段から紅魔館に押し入っては、時に図書館の魔導書を好き勝手に持ち出し、時にフランドールとともに屋敷内を暴れまわる魔理沙。
彼女の来訪の度に、門番をはじめとする様々な従者が仕掛けてくる「侵入者撃退」という名目の攻撃(実際にそうなのだが)。
なるほど、今夜の兎達から伝わる雰囲気も、それと同質なものであると言えなくない。
「今は兎鍋を作ってる暇もないのに~」
「ほんとに、うざったいわよねえ」
背後から響く声、そして魔力の満ちる感覚。
いつまでたっても見えない目的地、そして倒しても倒しても出てくる妖怪兎の群れ。
真っ先に痺れを切らしたのは、ワガママお嬢様と、空腹でイライラ気味の亡霊姫――
「わわわ、レミリア、幽々子、ちょっとストップ!!」
「ちょ、待てこの、おいみんな伏せろー!!」
「空中で伏せろってのも変な話ねえ」
「お嬢様、出番がない苦しみはお察ししますが、お外では『うざったい』などと下品な言葉遣いはお控えに…」
「と、とりあえず避けましょう!!」
幽曲 「リポジトリ・オブ・ヒロカワ -神霊-」
獄符 「千本の針の山」
「と、いうわけで…」
竹林の最深部。
そこに、その屋敷はあった。
レミリアと幽々子の無差別攻撃により雑魚を一掃した後、一行はついに異変の犯人の隠れ家に辿り着いたのである。
「ついにここまで来ちゃったってわけね」
「間違いないわ。ここに犯人がいる」
紫は自信満々の言葉とともに、屋敷の門を見つめた。
見た目はごく一般的な日本家屋。
大きさと言う点では全く一般的でない、文句のつけようのない豪邸であったが。
「さて、早速入ろうじゃない」
「なんだよ霊夢、いつになくやる気だな?」
「わたしはさっさと終わらして家に帰りたいだけよ」
門の扉には鍵がかかっていたが、関係ない。門ごと壊して中に入ればいい。
「ま、いいかげん眠くなってきたとこだしな。ふだんならもう明け方じゃないのか?」
「そうねえ…わたしも普段なら寝てる時間ね」
「くすくす、紫はいつでも寝てるでしょうに」
「幽々子様、ご自身の生活も大差ないですよ」
「わたしは眠くならないけど。朝が来ないってのもまた、魅力じゃない?」
「ニッポンの夜明けは近いぜよーっ!アラベスク・オブ・ジャパネスク!これぞ真の革命戦士、ピエール・プテラノドン!!」
「なんで紫は藍じゃなくてこいつ(アリス)を盾にしなかったのかしら…」
「シャンハーイ…」
「ホラーイ…」
竹林の奥、謎の屋敷へ足を踏み入れる少女達。
異変の真相は、すぐそこまで近づいている。
そう。
本当の戦いは、ここから。
長い長い、廊下。
屋敷の入り口からは、その終わりが見えないほどである。
薄暗い通路を挟んで、無数の襖が並ぶ。
しかし、どの部屋からも明かりがもれることさえない。
もちろん、物音も。
そんな静寂の空間に、二つの声が響いた。
「わたしは、ここにいるよ」
「どうして?部屋に戻らないの?」
「うん…だって、あいつらが来るよ。今すぐにでも」
頭の上に人ならぬ耳を持つ、二人の少女。
「じゃあ、わたしも…」
「だめだよ」
決して声を荒げず、しかし強い口調で答えるのは――因幡てゐ。
「さっき外に出たことさえ、鈴仙にとっては危険なのに…今夜は」
「でも…」
「心配しないで」
不安げに顔を曇らせる鈴仙に、てゐは笑みを返す。
「負けないから。ここの兎達も…わたしも」
「……」
有無を言わせない口調と表情。
この状態のてゐには、何を言っても無駄であることを、鈴仙は知っていた。
「…怪我はない?師匠に一度見てもらったら…」
「ないよ。あんな攻撃、蚊に刺されたようなもん」
「そう…でも、絶対に無理はしないで。あなたも、みんなも」
「もちろん。地上の兎の逃げ足は世界一ィィィ!ってね」
いつものようにギャグを飛ばすてゐ。
普段と変わらない悪戯っぽい笑顔に、思わず鈴仙も笑ってしまう。
それは、彼女達が――彼女達の「家族」とともに繰り返してきた日常の姿。
「…っ!?」
「来たか!!」
そんな場面を一瞬でかき消す足音。
やはり、先ほどの集団はここを目指してきた。
「鈴仙、行って!奴らが何者かは知らないけど…ここで食い止める!!」
「てゐ!!」
「いいから速く!」
「そうじゃなくて!!」
鈴仙は廊下を駆け出そうとするてゐを振り向かせる。
そして、自分にできる最高の笑顔を作って、こう言った。
「GOOD LUCK!」
親指を立て、てゐの顔の前に突き出す。
「…バカ!」
てゐは再びきびすを返すと、背後の鈴仙に向け、自分も親指を立ててみせる。
「わたしを誰だと思ってんのさ!!」
その台詞とともに、駆け出す。
同時に、鈴仙もまた、逆方向へ走っていく。
止まってしまった夜。
それでも2匹の兎は、朝の訪れを信じる。
(朝が来るまで――)
(朝が来るまで――)
そう、朝が来るまで。
それまでは、戦うしかない。
「鈴仙は…わたしが守る!」
角を曲がる。
そう、そこには――
「よく来たわね侵入者ども!ここから先は一歩も通さない!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE5 穢き世の美しき檻!!の巻
正面から押し入った屋敷の廊下。
予想通り大挙して攻撃してきた兎達を蹴散らしつつ、霊夢たちは進む。
廊下の突き当たりに差し掛かったところで、行く手をふさぐ一つの影。
「やっぱり関係者だったのね、あんた」
霊夢は目の前に立つ妖怪兎を見ながら言う。
「何の話?」
「とぼけない。満月を隠したのは、ここにいる誰かの仕業…そしてここにいるあんたが、無関係なはずないわよね」
「…ふん、答える義理はないわね。とにかく今夜はお引取り願えるかしら?」
てゐはそこから一歩も動かない、という意志を見せる。
同時に、霊夢たちを先へ進めまいとする意志も。
「そうは行かないぜ。この異常な月が、幻想郷にどんな影響を及ぼしているか、わかってるのか?」
魔理沙はてゐをにらみつける。
相手の事情が何であれ、この状況を見過ごすわけには行かない。
「心配しなくていいわ。朝になったら全て元通りよ」
「今すぐやめてもらえない?この終わらない夜に苦しんでる者たちもいるの」
夜を止めてるのはわたしだけど、と続ける咲夜の脳裏には、虫達を守るために戦う一人の少女の姿。
一刻も早く満月を取り戻し、朝を迎えなければならない。
「無理よ」
「なら、仕方ないな」
博麗神社を飛び立った少女達は、一斉に攻撃態勢を取る。
「力ずくでも、ここから先へ行かせてもらうぜ!」
ここまでくれば、もはや止まっている暇はない。
7対1。これまでのように、正々堂々とタイマンはってる時間はないのだ。
卑怯?そもそもこれまでの戦いがおかしかったのである。
のっけからラストスペル全開×7。これで強行突破。
「面白い!わたしの本当の力、見せてあげるわ!!」
てゐの顔に浮かぶ笑みは、先ほどの竹林よりさらに不敵で――そして、
八雲紫に匹敵するほどに、胡散臭かった。
「みんなーっ、やっちゃってーっ!!」
「神霊 『夢想封い…って、えぇ!?」
「魔砲 『ファイナルスパー、く…?」
「幻葬 『夜霧の幻影殺じn…ちょ、ちょっと!」
「紅魔 『スカーレットデビりゅっ!?」
「人鬼 『未来永劫z…はわっ!?」
「死蝶 『華胥の永み…あら~?」
「境界 『永夜四重けっか…な、何ですって!?」
高らかにラストスペルを宣言しようとした少女達は、不意に視界を暗黒に包まれる。
同時に、耳から頭にかけて響く「ガゴオォン!!」という轟音。
「ななな、何!?何も見えないんだけど!!」
「落ち着け霊夢!とりあえず現状を把握…あれ、なんか踏んだ」
「イタッ!!ちょっと誰よ、わたしの足踏んだの!!」
「咲夜、こんな暗闇でナイフ振り回すのはやめなさい…ひい!顔にかすった!!」
「なんでしょう、この暗闇は…どこかの妖怪が紛れ込みましたか?」
「いやいや妖夢。あれはライダーキックで天の道を行ってるはずよ(詳しくは第1部参照)」
「ふーん…壁かしら、これ…?閉じ込められたってこと?」
突然、謎の暗闇の中に放り込まれ、霊夢たちは混乱する。
ただ1人、紫だけが冷静に状況を判断していた。
「なるほどねえ…結構狭いわ、ここ」
「あら紫、何かわかったの?」
幽々子は姿の見えない親友に向かって問いかける。
「大体だけど…ね。閉じ込められたわ、わたし達」
「閉じ込められた?」
「なんか狭い建物みたいなものの中よ、ここは」
互いの姿が全く確認できない闇の中、声だけでコミュニケーションをとる。
「…わたし達、さっきまで大きなお屋敷の廊下にいた気が…」
「ええ、今もいるわ。床の感触はかわってない…たぶん、この壁と屋根が上から落ちてきたんじゃないかしら?」
「それで閉じ込められちゃったってわけね…」
先ほどの轟音は、この窓のない小屋のようなものが落ちてきた音であろう。
「…あら?」
「どうしたの幽々子?」
「何か上に落ちてきてないかしら?」
幽々子の言うとおり、頭上――おそらく屋根のある辺りから音がしていた。
どん。
どん。
どすん。
どすん。
何か重いものが屋根の上に落ちている音であった。
「何だ…?」
「さあ?」
ようやく落ち着きを取り返した魔理沙達も、見えない頭上を見上げる。
「あっはっは!見事に引っかかってくれちゃったわねえ~」
高笑いするてゐの前には、物置のような小屋が一つ。
もちろんその中には、侵入者が7人まとめて入っている。
この小屋には窓も扉もない。
霊夢たちがスペルカードを発動させようとする瞬間、天井から落ちてきて彼女達を閉じ込めたのだ。
「ほらほらみんな、もっと乗っちゃいなさい~」
『イエッサー!!』
中にいる人間が小屋を動かせないよう、これまた天井裏に隠れていた兎達が次々と屋根に飛び乗り、重しの役割を果たす。
閉じ込められたことに気づいたのか、中からは壁をドンドン、と叩く音がする。
「ふふふ。無駄なことを…その物置小屋は中からは絶対に出れないわよ」
一方小屋の中。
「くそ、やってくれたなあの詐欺兎!最初から戦う気がなかったのか!」
「どうしよっか…これ。出口はないみたいね」
「決まってる!」
魔理沙は手探りで壁に触れると、ミニ八卦炉を取り出す。
「壁に穴を開けて、外に出るだけだ!!みんな下がって――」
「無駄よ」
暗闇の中から、紫の声が響く。
「この小屋の中では魔法は使えないわ」
「なんだって!?」
「わたしもスキマから外に出ようとしたけど…そもそもスキマが開かなかった」
おそらく、この小屋全体が能力封じの結界になっているのだろう。
他の者の能力も、スペルカードはおろか、通常のショットを放つことすらままならない。
そうこうしている間にも、屋根の上に何かが乗る音は続く。
「まずいわね…全員が足止めを食らうなんて…あれ?」
霊夢の脳裏に浮かんだ、一つの疑問。
そもそも自分達は、何人いた?
「咲夜、あなた――」
「何?」
小屋の屋根には、次々に天井から現れた兎が飛び乗っていた。
「さあ、あと何人?奴らが小屋を持ち上げないように、しっかり重しをするのよ~」
「リーダー、因幡漬物石部隊、積載完了しました!!」
小屋の屋根から、一匹の兎が声をかけた。
「ちゃんと99匹乗ったかしら?」
「もちろん!これで完全に敵を閉じ込められます!!」
「よ~し、よくやったわ!」
最後にてゐが屋根に飛び乗り、合計100匹の兎が小屋の屋根に乗っていることになる。
「それじゃみんな、行くわよ!」
『ラジャー!!』
てゐの声に、すべての兎が声をそろえて答える。
物置小屋の屋根の上、100匹の兎達。
てゐは大きく息を吸い込み、高らかな声で叫ぶ。
「やっぱり因幡!!100匹乗っても?」
『ダイジョーブ!!』
規則正しく屋根の上に並んだ兎達が、てゐの後に続ける。
今ここに、脱出不可能の「檻」が完成、侵入者の捕縛に成功した。
能力封じの魔法がかかった小屋で相手を頭上から閉じ込める。
そして、100匹の妖怪兎が屋根に飛び乗り、小屋を下から持ち上げられなくする。
もちろん、100匹分の重量に耐える小屋は、生半可な衝撃では壊れない。
「相手を閉じ込め、戦わずして勝つ!これこそが!」
『永遠亭奥儀 「シンデレラケージ~因幡物置の白兎~」!!』
てゐ率いる、地上の兎部隊。
この屋敷――「永遠亭」というのだが――を守る、鉄壁の守衛部隊である。
作戦の実行、そして台詞の連携(注:『』で囲まれた台詞は、てゐ以外の兎全員が言ってます)も完璧。
「あとは朝までこいつらを閉じ込めとけばいい…鈴仙、もう心配要らないからね…」
「リーダー、こいつらが例の使者なんですか?」
「わからない。ただ、永琳様の術を邪魔しようとする奴らよ。つまり敵」
永琳、とは誰だろう。
てゐの話から判断するに、この永琳という者が満月を隠した真犯人なのだろうか。
「月が沈み始めた…止まっていた時間が、動き始めています!」
「やっぱりこいつらが夜を止めてたのね。これで朝もやってくるってわけか」
能力封じの結界の作用により、咲夜の時間操作も、紫の昼と夜の境界弄りも抑制されていた。
このまま放っておくだけで、歪な月は沈み、やがて朝がやってくるだろう。
「ふふ。これで鈴仙も、わたしに惚れ直すわね…この夜が明けた暁には…」
「まさに暁ですね。でもリーダー、鈴仙様を独り占めしちゃダメですよ」
「なにぃ~?あんたもこの夜に鈴仙をカッコよく守ってフラグ立てようってクチかしら?」
実は、てゐをはじめとする地上の兎達の間では、ファンクラブができるほど鈴仙の人気は高い。
兎達は互いをけん制しあい、常に鈴仙を自分のモノにしようと狙っているのである。
本人の知らない場所で行われる、鈴仙ちゃん争奪戦。
屋敷内での立場が近く、一緒に行動することも多いてゐが、現状では頭一つ抜けている、といったところか。
「甘いわね!ステージ5開始時点の文章を見なさい!既に鈴仙のなかでは『てゐエンド』のフラグが立ってるのよ!」
「…これ、どっちかっつーとリーダーの死亡フラグじゃないですか?」
「そ、そんなことないわよ!現にこうして作戦は成功、敵は手も足も…」
「いえ、やっぱり死亡フラグよ」
「何!?」
不意に、屋根の下から聞きなれない声が響く。
屋根の上の兎達は、ハッとして一斉に床の上に視線を移す。
「あんただけじゃない。ここにいる兎全員の、ね」
そこに立つのは、2体の人形を従えた少女。
青い衣服。
白いケープ。
右手に抱えられた、魔導書。
緩いウェーブのかかった金髪が、肩の辺りで揺れていた。
「歪な月の異変は、あなた達の仕業ってことね…みんなには、借りができちゃったかしら」
七色の人形使い、アリス・マーガトロイド。
一点の曇りもない瞳が、打ち据えるべき敵を捉えていた。
[その頃の物置小屋の中]
霊夢(以下、霊) 「ねえ、アリスってもしかして…」
咲夜(以下、咲)「あ、外に置いてきちゃった」
魔理沙(以下、魔)「なにーっ!!ま、まずくないか、それ!?」
咲 「そうかしら?今のアリスはただの廃人だし、敵もほっとくんじゃない?」
霊 「まあ、意味不明な寝言を発しながら、手足バタバタさせるだけだしねえ」
魔 「ん…そりゃ、そうだけど。もし正気に戻ってたら…」
紫 「だったら尚更、心配ないんじゃない?普段のあの子なら、あの程度の妖怪に遅れはとらないわ」
レミリア(以下、レ)「そうそう。どうでm…問題ないわよ」
魔 「今、どうでもいいって言わなかったか…?」
レ 「気のせい気のせい」
幽々子(以下、幽)「よーむー、暗いわー。オバケが出るわー」
妖夢(以下、妖)「ええ、すでにいますよ。わたしの目の前に。見えませんけど」
さて、懸命な読者諸君はここで疑問を感じるだろう。
一体なぜ、現実から逃げて自分の中に閉じこもったアリスが、まるで何事もなかったかのように復活しているのか?と。
あの、仲間に背負われて電波な寝言を連発していた彼女を現実に引き戻したのは、一体何なのか?
ここで、時間を数分ほどさかのぼるとしよう。
『アリス』
現実世界から逃げ出したアリスの精神は、未だに己の妄想の中を彷徨っていた。
(うふふ…なんて居心地がいいのかしら、ここは…癖になりそう)
そこには、己の心に絶望を与える辛い真実が存在しなかった。
ただ、自分が望むものだけがある世界。
だれも自分を傷つけない。
だれも自分を苦しめない。
あまりにも凄惨な現実が、彼女にこの空間の扉を開かせたのである。
『アリス』
そして、可哀想なアリスはもうここから離れられない。
(もう、あんな光景は見たくない…わたしは、わたしが望むものだけを見ていられるこの世界で…いつまでも…)
そこには家族がいた。
友人がいた。
人形達がいた。
『アリス』
そして、彼女達は皆アリスのことが大好きだった。
だからアリスも、彼女達が大好きだった。
(ここはわたしの世界…一人だけの世界…だけど、誰も言わない。この一瞬が、さもしい一人芝居だなんて、誰も言わない…)
なぜならそれは、彼女達の存在すらが、アリスの一人芝居だから。
一人の女優が、無数の役を演じ続け、作られる空間。
『アリス』
それは、アリスの心の世界。
(なんて、気持ちいい場所)
しかし、そんな世界に――不意に響く、彼女が望まない声。
あるはずのない声。
『アリス』
(誰!?さっきから…)
『アリス…』
(何よ!?ここはわたしの世界…あんた、誰よ!?)
『アリス、目を覚ましてくれ!』
(…!?)
『アリス、幻想郷を救ってほしい…頼む!』
(何なの…あんた、何なのよ…)
正体不明の声。
しかし、アリスには聞き覚えがあった。
あるはずだった。
『アリス…』
(無理よ!わたしはもう…耐えられないの!)
『…アリスの力が、必要なんだ』
(!?)
(いや…)
(いやよ…)
(こんな戦いに巻き込まれたから…蓬莱は!わたしのかわいい人形は!)
アリスの脳裏に蘇る、無残な蓬莱人形の姿。
それは理不尽な犠牲を背負わされた、悲しき玩具。
(蓬莱…一次装甲まで溶かされて…)
『だからこそ…だからこそ!!』
(何を…言って…)
『頼む!!アリス!力を!力を貸してくれ!!』
『わたしの身体を消化してくれやがった亡霊に…大量の小骨を食わせやがった夜雀に!わたしはリベンジしたい!』
(え…)
その瞬間、アリスは気づく。
自分が会話していた、その相手を。
(今までわたしに喋っていたのは、あなたなのね…)
(あなた自身だったのね…蓬莱…)
(わたしと同じ…いえ、わたし以上に…傷ついた、あなたなの……ね…)
気づいたことは、もう一つ。
苦しんでいるのは、自分だけではない。
自分よりも、辛い思いをして…それでも戦い続けてきたモノ達がいる。
なのに…自分は一人で、こんな世界に閉じこもって…。
一番酷いのは、そう、自分自身だ。アリスはそう思った。
あらゆる苦痛から、無念から、絶望から、仲間を放って逃げ出した、アリス・マーガトロイドこそが、最も残酷であったのだ。
(蓬莱…上海…みんな…)
幽々子には、あとで蓬莱に対してきっちりと謝らせる。
でも今は、戦っているであろう彼女と、その仲間達を助けなければいけない。
なぜか。
蓬莱人形の怒りを彼女に伝えるのも…自分の仕事だから。
だから、こんな戦いは一刻も早く終わらせて…幽々子のほっぺたでもつねってやろう。
そのために、自分はこんなところで寝ている場合じゃないと気づいた。
『アリス…行こう、今は…わたし達だけが、希望だ…』
(そう、ね…)
たった一人の世界にひびが入る。
さあ、ろくでもない現実に戻ろうじゃないか。
(わたしは…もう一度だけ…)
崩れていく光景。
都合の良い妄想には、別れを告げて。
(悪夢を…見よう…)
「その小屋の中に、霊夢たちが入ってるってわけね…まとめて閉じ込められるなんて、何と言うか…」
アリスの覚醒の理由は以上である。
某運命の女神様(末っ子)っぽいのは、まあ、あれだ。今更だろう。
では、なぜ小屋の外にいることができたのか?
実は、咲夜はてゐが現れた時点で、戦闘に備え、背負っていたアリスを床に下ろしていた。
そのまま、因幡物置の外に放置されるに至ったのである。
「ふん。なんだ、一人残ってたのね」
「みたいね」
屋根の上からアリスを見下ろすてゐ。
アリスは頭上からの気迫にも全く動じない。
「わたしら百の軍勢を相手に、たった一人で戦うつもり?」
「一人じゃないわ…上海、蓬莱!」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
完全復活した主人の呼びかけに、2体の人形は威勢よく応える。
[その頃の物置小屋の中]
魔 「とにかく、ここから出る方法を考えようぜ」
霊 「う~ん、能力が封じられてるのよね…どうしようかしら」
レ (能力が封じられている…?つまり、今の霊夢は、そこらの無力な人間と同等の力…)
紫 「これは無理じゃないかしら?レミリア、あなたの腕力で壊せる?」
レ 「もちろんよ!魔法が使えなくても、この程度の壁…(そしてこの力があれば、腕ずくで霊夢をテ・ゴ・メ・に!)」
(少女突貫中…)
レ 「だ、だめね。この壁はわたしのパワーでもびくともしないわ(ホントは壊せるけど、このチャンスを逃してなるもんかい!)」
紫 「そう…困ったわね」
幽 「とりあえず、一休みして対策を練らない?みんな疲れてるんじゃないかしら」
レ 「あ、それ名案(ナイス幽々子!さあ霊夢、霊夢はどこ~?)」
咲 「お嬢様、ホントに壊せなかったんですか?」
レ 「ほ、ほんとよ!いやあこの壁いい材質使ってるのねぇ~」
魔 「あー、しかしどうすっかなー」
妖 「あの、わたしの剣で切ってみましょうか?」
幽 「いやいや妖夢。こんな狭い上に目が見えないところで剣を振り回すなんて危ないわ」
妖 「そうですか?」
幽 「そうそう。あなたも一休みしなさい。ほら、座って座って」
霊 「なんかだまされてる気がするけど…ま、いっか」
てゐは現れた敵に向かい、勝ち気な叫びを放つ。
「そんな人形をいくつ用意したところで、何になる!…いいわ、わたしが直々にお相手したげる!」
「ええっ!?リーダー、ここでタイマンはるんですか!?」
部下の兎が驚いた顔でてゐを見つめる。
鈴仙とのコンビによる催眠術や、シンデレラケージなどの「戦わずして勝つ」手段を得意とするてゐ。
詐欺師の名に恥じぬ狡猾なやり口が、多くの作戦を成功させてきた。
彼女を永遠亭の兎達のリーダーたらしめているのは、そんな「策士」としての人間性ならぬ兎性…なのだが、
「まあ、さっきは百の軍勢なんて言っちゃったけど、実際あんたらはここを動くわけにはいかないでしょ?」
「それは…確かに」
「なんだかんだ言って、あの人形使いはそれなりに『できる』やつみたいだし…ここはわたしが」
兎のリーダーは、戦わずして勝つだけではない。
戦っても負けないから、兎のリーダーなのだ!とは、てゐ自身の言葉。
てゐは屋根から飛び降り、アリスの前に立つ。
「リーダー、お気をつけて!」
「言われるまでもない」
幻想郷一の詐欺師に、油断の二文字はない。
目の前の敵は、既に臨戦態勢だ。
「さあ、始めましょうか!」
「生憎だけど、速攻で終わらせてもらうわ…みんなのためにね!」
STAGE5 BOSS BATTLE 1
『七色の人形使い』 アリス・マーガトロイド VS 『地上の兎』 因幡 てゐ
速攻で終わらせる、の言葉通り、先に仕掛けたのはアリスだった。
「行きなさい、上海、蓬莱!」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
二対の人形はてゐの周囲を高速で飛び回り、死角からレーザーを放つ。
アリスの人形が発射する、高威力の貫通レーザー「スペクトルミステリー」。
単体でも強力な武器だが、今回は上海と蓬莱のコンビネーションにより、倍以上の効果を発揮する。
「くっ…こんなもん!」
てゐは交互に発射される2本の光の帯を紙一重でかわしているが、既に防戦一方になりつつある。
「ふふ、初めて使ってみたけど…意外とイケるわね!」
アリスは全精神を集中させ、2体の人形を同時に操る。
レーザーを撃ちまくりながらの人形操作は、魔力を大幅に食うため、通常人形1体で行う。
アリスがよく使用する「弾幕ばら撒き+数でゴリ押し」の戦法とは、正反対のやり方である。
(上海と蓬莱を操る!レーザーの狙いも定める!両方やんなきゃいけないところが…一流魔法使いの辛いところね!)
実際、2体同時のスペクトルミステリーは、アリスの魔力、精神力、体力をかなり削ることになる。
さらに、単体で操っている時よりも、1体あたりの動きの精密性には欠けるのだが…それを考慮してもお釣りが来る攻撃力。
「ダブル…ってのは、なんか魔理沙みたいでイヤね。『ツインスペクトルミステリー』とでも名づけようかしら?」
「知らないわ…よっ!!」
足元を狙って撃たれた上海人形のレーザーを、てゐは上に跳んでかわす。
上空には、至近距離から接近する蓬莱人形。
「邪魔!」
空中で壁を蹴り、てゐは蓬莱に体当たりをかます。
反対側の壁に叩きつけられ、床に落ちる蓬莱。
てゐは着地と同時に今度は床を蹴り、2体の人形から距離をとる。
「やるじゃない」
「そっちも…あれを避けるなんて、大したもんね。でも…」
アリスは上海と蓬莱を呼び戻す。
2人の少女は、7メートルほどの距離を置いて向かい合う。
「…いつまで、避けきれるかしら!?」
再び、人形達がてゐに殺到する。
先ほどよりも、動きにキレがあり、スピードも速い。
「このぉ!兎の反射神経…嘗めるなぁっ!!」
[その頃の物置小屋の中]
幽 「はあー…ここまでずっと急ぎ足で来たから、ホッとするわね~」
妖 (この人、ただここで休みたかっただけなんじゃ…)
紫 「ねえ、みんなお腹空かない?」
霊 「そうねえ…でも、こんな真っ暗じゃ何にも食べられないんじゃ」
紫 「そこで携行食料ですよ」
霊 「携行食糧~?」
(少女配膳中…)
魔 「う~ん、うまいなこれ…お、シャケだな」
幽 「むぐむぐ…わたしのはツナマヨね。これ、紫が作ったの?」
霊 「…携行食糧って、おにぎりじゃない」
紫 「いいじゃない。けっこういけるでしょ?」
霊 「ま、確かにね。手渡しで配れて、こぼれないし…あ、おかかだ」
レ 「ちょっとこれ納豆じゃない!吸血鬼は大豆ダメなのよ」
咲 「お嬢様、わたしの明太子と交換しますか~」
妖 「あの、ここから出る方法は…」
紫 「腹が減っては戦は出来ぬ、よ」
妖 「はあ…(ちなみに妖夢のおにぎりの具は照り焼きチキン)」
「そらっ!そんな一方通行のレーザー…当たらないっての!」
てゐは恐るべき集中力で2体の攻撃を避けながら、反撃のチャンスをうかがう。
しかし、先ほどから狭い空間で必死の回避を繰り返してきたこともあり、その表情には疲労の色が浮かんでいる。
「シャンハーイ!」
「…うぐぅっ!」
上海人形の放ったレーザーが、てゐの肩を掠める。
焼け付くような感触。
「もうバテたのかしら?…わかったわ、楽にしてあげる!!」
アリスはてゐが顔を歪めた瞬間を見逃さず、人形達に指示を出す。
「上海、蓬莱!フォーメーションD!」
事前にそんな名前を考えていたわけではなかったが、なんとなく雰囲気で言ってみる。
そして、人形達はそんなアリスの意思を見事に汲み取る。
「ホラーイ!」
「シャンハーイ!」
人形達はあっという間にてゐを前後に挟み、レーザーを放とうとする。
「食らいなさい!あなたに逃げ場はない!!」
貫通式のレーザーによる挟み撃ち。
(どうする!?)
レーザーの軌道から身体をずらす…この場合、右か左に逃げることだ。
しかし、ここは左右を壁に挟まれた狭い廊下。
人形が少しでもレーザーの発射角度を変えれば――すぐに当たってしまう。
身をかがめるか、上に跳んでかわすか…それも同じ。
避けられない。
仮に避けられても、逃げられない。
(やられる!?…いや!!)
一瞬の判断。
つい最近覚えた術を思い出す。
(間に合うか…間に合えっ!!)
てゐは一瞬で魔力を体内に溜め、放つ。
「二兎追!!」
レーザーが彼女の身体を前後に貫こうとする瞬間。
てゐの周囲を囲むように、人参形の弾幕が発生した。
いや、それは弾幕と呼ぶほどの密度もない、単なる弾の連なり。
「何ですって!?」
しかし、その人参弾は、レーザーを打ち消し、そのまま上海と蓬莱を巻き込んで爆発した。
「ヒデブ!?」
「タワバ!!」
人形達は吹き飛ばされ、床に落ちる。
「上海、蓬莱!」
うろたえるアリス。その隙を突いて、てゐが距離をつめる。
「どう?チャージショットってはじめて見たかしら…っと!!」
「あぐっ!!」
人形操作に気をとられて無防備になったアリスの腹に、前に出る勢いを乗せた拳を叩き込む。
(コルク抜きのイメージで…回転を加える!!)
鳩尾に体重の乗ったコークスクリューパンチがヒットし、勢いよく吹っ飛ばされるアリス。
「はは…こっちも使ったのは初めてよ。ホント、意外とイケるわねぇ」
二兎追。
自分の周囲に人参形の小弾幕を張り巡らせ、至近距離にある敵弾を一掃する技である。
魔力を「溜めて」撃ちだす、スペルカードと通常弾の中間に位置する弾幕「チャージショット」の一つ。
回避不能な弾幕に囲まれた際にその真価を発揮する、起死回生の防御陣であった。
「うっ…ゲホッ、ゲホ…やってくれたじゃない…兎さん…」
「言ったでしょ?兎の反射神経を嘗めるなって」
地に倒れたアリスと、彼女の人形達を見下ろし、てゐは不敵な笑みを浮かべる。
危機を脱するための最善策を瞬時に導く判断力と、それを即座に実行する反応速度。
これが「戦う詐欺師」因幡てゐの真骨頂であった。
[その頃の物置小屋の中]
レ (ああ、霊夢…今すぐあなたを抱きしめたい!でも…なんで)
霊 「んー、お茶がほしいとこだけど…」
魔 「さすがにそれは無理だろ」
レ (なんで!なんで気配が完全に消えてるのよ!声も聞こえてるのに…位置を特定できない!?)
幽 「ふう。ごちそうさま~。流石は紫ね」
紫 「お粗末様。お茶も持ってくればよかったかしら」
咲 「紅茶で良ければ、ポットで持ってきてますわ。もちろん、カップも」
魔 「おお、流石は完全で瀟洒なメイド!GJ!」
霊 「暗いから、こぼさないようにね」
レ (うう~!これじゃ霊夢に抱きついてスリスリできないじゃない!)
幽 「はあ~。にぎやかな宴会もいいけど、たまにはみんなでまったりするのもいいわね~」
妖 「なんかもう、どうでもいいや」
アリスは地面に手をつきながら、てゐを睨みつけた。
「今のパンチは結構効いたわ…もちろん」
「あら?」
「倒れないけどね。わたしも、このコ達も…」
腹を押さえて立ち上がるアリス、上海、蓬莱。
「今までグッスリ寝てたから…気力・体力ともに十分なの」
「シャン…ハーイ」
「ホラーイ…」
負けられない。ただのお荷物になっていた自分を、ここまで連れてきてくれた仲間のためにも。
「ふーん…ま、いいけど。悪いけどもうそのレーザーは無駄よ?二兎追は何発でも撃てるから」
「そうね…そもそもこの戦い方はわたしの性には合わないの。こっからが本番よ」
「はいはい、負け惜しみ」
てゐは、口ぶりと裏腹に余裕のなくなったアリスの表情を見て、自分の優勢を確信する。
間違いなく、さっきの攻撃(必殺パンチ:通称『ロイヤル・イナバ・シード』)は効いている。
「負け惜しみを言うのはあんたの方!このわたしの真髄を見せてあげる!!」
ダメージを隠し、アリスは魔力を集中させる。
そのまま高密度・広範囲な弾幕を展開。
赤、青、緑、3色の弾がアリスを中心に広がっていく。
「ふん!何かと思えばただのばら撒き弾じゃない!気合いで避けてやる!!」
言葉通り、襲い来る弾を避けながら、再びアリスに近づいていくてゐ。
「あんたは接近戦には弱いみたいね!今度こそ、わたしのパンチで壁を突き破ってお帰り!!」
「どこのドイツ人かしらね」
やがて、てゐは通常弾の嵐を抜け、アリスの前に出る。
「どーよ!これがあんたの真髄?」
「ええ…そうよ」
勝利を確信したてゐに向かって、意味ありげな笑みを浮かべるアリス。
彼女の横では2体の人形が、主を守るべく身構えていた。
「はっ、勝負を捨てたか!!とどめくらえ、ロイヤル・イナバ・シーどぼぉっ!?」
必殺ブローを放とうとしたてゐの横っ面に、何かが高速で激突する。
そのままぶっ飛び、壁にぶち当たるてゐ。
「な…なにごと…?」
アリスはそこで立ったまま。
さっきの人形達も、彼女の横に浮いており、何かした様子はない。
「やっぱり、大規模戦闘は人形繰りの醍醐味よね」
「何ですって…?」
「まわりを見てみなさい。”The paradise was already Alice's playground(そこは既に、わたしの遊び場の中…).”」
てゐは周囲を見渡し、己の目を疑った。
(これは…何!?)
[その頃の物置小屋の中]
魔 「紫から始まるー!?」
他全員 『イエーイ!!』
魔 「パチュリー・ノーレッジゲーム!!」
他全員 『イエーイ!!』
注:「パチュリー・ノーレッジゲーム」
まず 複数(できれば五人以上)で車座になって座る
そして 最初の一人は 誰でもいいので 他の一人を 「パチュリー!」と言って指差す
指差された者は 今度はまた別の者を 「ノーレッジ!」と言って指差す
そして 指差された者の 両脇に座っている二人が 両手を挙げ「ぱちぇもえ!」と言うゲーム
シンプルだが スピードを上げるにつれて ミス(指された者が『ぱちぇもえ!』と言ってしまう、両脇のものが反応できないなど)が増え
ミスした者に対しての 罰ゲームなどを設けて行うと かなり白熱する お手軽で楽しいパーティーゲームである
早い話が「せんだみ○おゲーム」であるということは 懸命な読者諸君のお察しの通りである
鬼の縞パン出版刊 「萃まれ!宴会を盛り上げる素敵なゲーム100選・幻想郷編」より
霊 「…てゆーかこれ、真っ暗な場所じゃできなくない?」
魔 「…」
他全員(以下、他) 『…』
魔 「…S!O!S!O!」
他 『エスオーエスオーそ・そ・う!そ・そ・う!』
全 『そ・そ・う!そ・そ・う!』
霊 「え?ちょ、何!?なんでわたしが粗相したことになってんの!」
魔 「罰ゲーム!罰ゲーム!」
他 『罰ゲーム!罰ゲーム!!』
霊 「ちょっと待ってよおおおお!!」
屋敷の廊下を埋め尽くすように浮かんだ、無数の――藁人形。
神社の裏の木なんかに打ち付けて、呪いをかけるあれだ。
それらが、原色の黄色い弾の尾を引きながら、高速で飛び交っている。
人形も弾も、アリスの至近距離を猛スピードで飛びながら、彼女の髪にすら触れることはない。
まさにそこは、七色の人形使いが支配する、呪われた人形の世界。
「呪符 『ストロードールカミカゼ』…あなたは、いつまで逃げられるかしら?」
先ほどと同様、藁人形の群れは一斉にてゐに襲い掛かる。
藁人形達は上海・蓬莱のような細かい動きはできない。
飛び回る軌道上に弾を垂れ流しながら、アリスが定めた目標に向かって直線的に移動するだけである。
しかし、単純な動きゆえに、大量に、そして高速で操ることが可能。
スペクトルミステリーが「威力重視・少数精鋭」のピンポイント攻撃ならば、こちらは質より量の力押しである。
「くそっ!!『二兎追』!!」
襲い来る藁人形を人参弾で撃ち落とすも、すぐに次の人形が突撃してくる。
逃げても逃げても、人形は次々に飛んできた。
疾風のごとき速さで敵をどこまでも追いつめる…まさに、神風である。
「うあああっ!!」
それほど時間をおかず、てゐに人形の突撃が当たり始める。
「ふふふ…どうしたのかしら?そんな遠くじゃ、さっきの必殺パンチも当たらないわよ?」
「シャンハーイ(←アリスの逆転劇を喜ぶ一方、少し自分の存在意義を疑い始めている)」
「ホラーイ(←スペクトルミステリーは所詮ショットだから、自分達もスペカなら負けてないから、と上海を慰めている)」
「リーダー!!」
藁人形の激突をかわせず、次々と攻撃を食らうてゐ。
そんな彼女を見て、屋根の上の兎達は悲痛な叫び声をあげる。
「こうなったら、わたしらも…」
「だめだ!」
てゐは床に這いつくばりながらも、気丈な声で部下を制する。
「あんたらの敵う相手じゃない!」
「しかし、このままじゃリーダーも…」
「わたしは大丈夫!それよりあんたら…自分達の任務を忘れちゃいないか!?」
「!!」
任務。
その言葉を耳にした瞬間、部下達の動きと言葉が止まる。
「あんたらは因幡漬物石部隊、違う?」
「い、いえ…その通りです」
「だったらそこで、うまい漬物を作ってりゃいいのよ」
てゐは立ち上がり、次の攻撃に備えて身構える。
「リーダー…」
部下の兎達は、再び屋根の上に留まった。
そうだ。
今、わたしたちがここにいなければ、小屋が持ち上げられ、敵に逃げられてしまう。
それが意味するものは、ただでさえ強力な目の前の敵に対する加勢。
どうあっても、小屋の中の敵は外に出してはならない。
「よし!みんな、どうあってもこの場を守るよ!」
『おーう!!』
これは、彼女達のリーダー…頼れる詐欺師、因幡てゐが彼女達に託した使命。
作戦が終了するまで、自分達は不動の漬物石であらなければならない。
それすなわち、重力と重量による完全な封印。
(だからリーダー…頑張って!!)
さあ、小屋の中の敵たちよ、存分にあがくがいい!
このシンデレラケージからは、蟻一匹逃がしはしない!
[その頃の物置小屋の中]
幽 「みんな、お漬物は何が一番好きかしら?」
霊 「わたしはカブ漬けかしら。お酒にあうのよねえ」
紫 「そうなの…?今度試してみようかしら」
咲 「わたしはキムチね、やっぱ」
妖 「きむち?」
咲 「あ、知らない?キムチってのは大陸伝来の唐辛子漬けで…」
(少女談義中…)
魔 「おいみんな、なんか忘れてないか?」
霊 「何よ」
魔 「お前のことだぜ。まださっきの罰ゲームやってないだろ?」
咲 「あら、漬物トークに夢中ですっかり忘れてたわ」
霊 「ちっ…このまま流そうと思ってたのに…」
魔 「霊夢、罰ゲームとして何か一発芸をやってもらうぜ」
霊 「一発芸~?」
紫 「あら、面白そうね」
レ 「ふ~ん。霊夢の一発芸ね…興味あるわ」
霊 「そんな、急に言われたって…ん~、まあ、あれかなぁ…」
魔 「ネタはあるみたいだな。よし!それじゃみんな静粛に!!いまから霊夢が超面白い一発芸をやるぜ」
霊 「ちょ、超面白いって…煽んないでよ、魔理沙!!」
魔 「あー?宴会芸の基本だぜ」
霊 「うう…一気にプレッシャーがかかったわよ。まるで頭の上に漬物石が乗ってるような…」
笑える場面も盛り沢山ですが、何だかてゐが格好良過ぎて惚れそうです。
でも、何故に必殺ブローが仏蘭西代表? そのマニアックさにシビれる! あこがれるゥ!
さて、休みも入れずに、このまま一気に後半も読ませて戴くとしましょうか……――!
あの漫画は私も好きでした