私…こと上白沢慧音は悩んでいた。いや、いつも悩んでいるから髪が白いんだとか悩まない慧音なんて慧音じゃないとか言うのはやめてくれ。
確かに苦労はいつも『させられて』いるのだが…
さて、今回の悩みの原因は目の前にいる少女だった…
「ふむ、わかったわかった、前向きに善処する。だからひとまず茶でも飲め」
私は目の前の少女にお茶をすすめる。彼女は一口すするなりいつものとは全然違うと文句を言った。
それはそうだろう、今までのは緑茶で今日のは紅茶だ。
「いや…そのな、これはあいつの趣味で…」
私がそう言いかけると、彼女はまた腕をぶんぶんふりまわし怒りはじめる。
やれやれ、一体どうしたものか…
「わかった、わかったから屋内でスペルカードは勘弁してくれ」
私は、彼女が懐からスペルカードを取り出そうとするのを慌てて阻止する。宿無しになるのは避けたいのだ。
しばらくして彼女が落ち着くと、私は再び辛抱強く説得を続ける。
「うんわかった、その点については…いや、それは無理だ。…スペルカードはしまっておいてくれ、な。うむ、かわりにこの条件で…いやそれはちょっと、わかったわかった、それでいいそれで」
私は、ことある事にスペルカードを取り出そうとする彼女をなだめながら交渉を続ける。
彼女との交渉には辛抱が必要だというのは今までの経験でわかっていた。もし辛抱できなければ私の家を中心とした一里四方が焦土と化すのは目に見えているのだから…
「うんわかった言っておく、だからここや里で弾幕勝負はやめてくれ」
さて、彼女が来てから半刻ほどが過ぎただろうか?粘り強い交渉の末、どうにか交渉も峠を越えてきた感があった。
ちょうどそんな時だった。
「ふむ、今回の件の発端を知りたい?それはいいが長く…構わない?わかった、では茶菓子でも食べながら話すとしようか。これはあいつらから聞いた話も混じっているから少々わかりにくいかもしれんがな。…そう、あの事件が起きたのはこないだの満月の日だった…」
彼女からの要望を受けて、私は一口茶をすすると話し始めた…
ある夏の日、博麗神社
「今日もお賽銭なしかぁ。十五日前に四十五円、八日前に十五円、過去一ヶ月の合計収入しめて八十七円…このままだと来月はまた三食うっすーいお粥に…」
ミーンミーンという蝉時雨が降り注ぐ境内で、うらめしそうに賽銭箱をのぞき込み嘆く少女、彼女はこの神社の巫女博麗霊夢である。
幻想郷の数々の怪事件を解決してきた彼女であるが、さしあたってのお賽銭獲得作戦には妙案を出すことができなかった…
さて、ただでさえ少なかった博麗神社のお賽銭は、ここ一ヶ月、気温が急上昇するのと反比例し右肩下がりとなっていた。その結果、彼女のエンゲル係数はほぼ…いや完全に100%に達し、食料のほとんどを狩猟採集によってまかなうという縄文時代並の生活になってしまったのである。
「かくなるうえは…『お賽銭を入れなければ里を攻撃する』とかなんとか…」
しばらくして物騒な事をふと呟いた霊夢だが…
「(いやいや、何を考えてる私。まがいなりにも幻想郷の平和を守るべき博麗の巫女が…うん、今の冗談)」
さすがにすぐさま思い直す。
しかし、霊夢が頭の中でこの問題を冗談として解決したとき(ほんの僅かだが本気が混じっていたのは否定できない)、境内で彼女の言葉を聞いていた者がいた。
「ふむふむ、『博麗の巫女が里襲撃を計画?』明日の朝刊の見出しはこれで確定ね。物証があれば完璧なんだけど…」
最近の栄養不足で注意散漫になっていた霊夢は、社の裏でメモを取る某新聞記者を発見する事ができなかった。
おそらくは彼女の最も強力な力であろう『勘』、その能力が低下したというのは、ナイフを持っていない咲夜、箒を持っていない魔理沙と何ら変わらなかった。
そして、このことが翌日彼女に巨大な災難を降らせることになる。
「ま、悩んでいてもお賽銭が増えるわけでもなし…今夜のおかずでも採ってくるかな。あ~あ、万が一お賽銭箱に紙のお金を入れてくれる人が居たら、私にできることならなんでもしてあげるのに…」
霊夢はぶつぶつと呟くと山の方へと立ち去っていく…
ころりん…
霊夢は懐から何かを落としたが、それに気づく事はなかった。
彼女は今夜の晩ご飯を『確保』する事に頭がいってしまい、ただでさえ低下している注意力をさらに下げることになってしまったのである。
その日の夜…博麗神社本殿前
ひらっ
賽銭箱に舞いおりる『紙』
「どうか…が…できま…うに」
すべてが宵闇に包まれている境内で、必死に何かを祈る少女がいた。
「どうか…」
彼女は祈りを終えると、周囲を気にしながら足早に去っていった。かくて翌日の幻想郷を揺るがす大事件の舞台は整ったのである。
翌朝、博麗神社
「う…う…嘘っ!?」
博麗神社境内に霊夢の叫び声がこだました。
「せ…せんえんさつ、かみの…おかね」
昼前、かすかな望みを抱き賽銭箱をのぞき込んだ彼女が目にしたのは、何年かぶりに見た紙幣であった。
「妖気も何も感じない、ということは葉っぱじゃない」
今まで葉っぱのお金でぬか喜びをさせられていた霊夢は、お札を手に取ってみてみたが妖気は感じられない。
ちなみに、その犯人,犯妖達は霊夢に散々な目に遭わされたのは言うまでもないが、それはこの際余計な事であろう。
「本物…」
一瞬の静寂の後、霊夢の歓喜の叫びが境内に響き渡った。
「やったー!どこのどなたか知らないけれど、これで今夜は白くて歯ごたえのあるご飯が食べられるわ…うう、やはり私の日々の努力は見ている人は見ているのね。と言うわけでお米を買ってこよ~っと」
箒を持ってくるくると回りながら里を目指す霊夢、しかしその背後で不気味な音が聞こえ始めていた。
ぐぐっぐっ
昨日霊夢の懐から落ちた陰陽玉が巨大化しはじめる。直径1メートル…2メートル…3…5…10…計測不能。
ミシ…バキバキバキ…
神社の境内いっぱいに巨大化した陰陽玉は、博麗神社の本殿を圧し潰し、ゆっくりと前へと進み始める…
ごろごろごろごろ…
まるで霊夢の後を追うかのように進み始める巨大陰陽玉。
「何の音?」
背後で何かが押し潰されるような音を聞いた霊夢が振り返ったとき、彼女の目に飛び込んできたのは、無惨に押し潰された我が家とその犯人…いや犯玉だった。
「は?え…何これ?」
呆然とする霊夢の真下を、巨大陰陽玉が前進する。
「なっ!?まずい、ともかく止めなきゃ。夢想封印 集!!」
何がなんだか分からないが、ひとまず放って置いてはいけないと感じた霊夢は直ちに攻撃に移る。
直後、轟音とともに土煙が上がり、一瞬巨大陰陽玉を覆い隠した。
「止めた?」
霊夢の弾幕の直撃を受けた巨大陰陽玉、しかし舞い上がる土埃の中から傷一つなく出現する。
ごろごろ
「嘘~!!!」
霊夢の弾幕をものともせず前進し続ける巨大陰陽玉。
「それにしてもあの陰陽玉どっかで見たような…」
大きさはともかく、記憶のどこかに引っ掛かる何かがあった霊夢は、悪い予感がしてごそごそと懐をあさった…そして
「一個足りない…」
そう、いつも使っている陰陽玉が一つ足りないのである。
「まずいわね、癪だけど魔理沙に手伝ってもらうしかないか…」
霊夢は、しばし思考した後そう呟いた。自分の(おそらく)陰陽玉が原因で幻想郷に異変が起こるなどということは絶対に避けなければならない、博麗の巫女の名にかけて。
しかも、自分が原因でこんな騒ぎが起きたとあっては、ますます参拝客が減ってしまう。まぁ減りようがないぎりぎりまで低下しているのではあるが…
霊夢は急上昇し、出しうる限りの全速で魔理紗の家を目指して飛行していった。
巨大陰陽玉はその間にも進み続ける…
ちなみに、この出来事を間近で見ていた者がもう一人だけいた。永遠亭の兎詐欺師である。
「しめしめ、なんか面白いことに『できそう』だわー♪」
何かを思いついたらしい彼女は、霊夢が飛び去ったのを確認すると里に向けて走り始めた。
少女飛行中…
霧雨邸
どーん!
深くて暗い森の中にある霧雨邸、多重結界で巧みに防御されたその家に、天地が砕けるかのごとき轟音が響き、たちまち壁が吹き飛ばされた。
「なっ何事っ!?」
この時、霧雨魔理沙は二階でのんびりと昼寝を楽しんでいたのだが、突如起こった衝撃にとるものもとりあえず音のした部屋へと駆け下りていった。
「魔理沙!大事件よ!!」
壁の残骸とともに室内へ突入してきた霊夢は、魔理沙を見つけると大声で急を告げる。
「ああ、大事件だぜ、私の家に頭が春な巫女が突入してきやがった。ご丁寧に結界まで吹き飛ばしやがって…部屋の中が滅茶苦茶だぜ」
一方、魔理沙の方は散々な状況にある室内を見て、臨戦態勢に突入していた。
普段から滅茶苦茶な魔理沙の部屋ではあるが、その室内に瓦礫やら何やらがまき散らされ、凄まじい状況になっているのだ。
「あ、や、これはちょっと焦ってたせいで…」
そんな魔理沙を見て慌てて弁解する霊夢。確かに結界が邪魔だったもので、夢想封印で吹き飛ばしたのである。
しかし、慌てて力の調節を間違え、家の壁まで粉砕してしまっていたのだ。
「奇襲攻撃なんて霊夢らしくないが、そっちがやる気ならこっちだって容赦しないぜ」
「わー違う違う!弾幕勝負しに来たんじゃないって!!外見て外!!」
霊夢の言葉も聞かず、懐からスペルカードを取り出そうとする魔理沙を見て、体全体で『そうじゃない』と表現する霊夢、そして霊夢の指さした方向を見た魔理沙は唖然とした。
魔理紗の視線の先には、森の外縁部の木々を圧し潰しながら悠然と進む巨大な陰陽玉があった。
「…何なんだあの巨大ごろごろは?」
たっぷり一分の沈黙の後、魔理沙の口から出た言葉はきわめて自然な質問だった。
「多分私の陰陽玉」
それに対して、きわめて自然に返す霊夢。
それを聞いた魔理沙は、しばし思考し…言った。
「なるほど、読めたぞ、最近賽銭が少ないのに業を煮やした霊夢が、あのごろごろで里を脅迫…」
「するかっ!」
「何だ、ちがうのか。私はてっきり…」
みなまで言わせず否定する霊夢と、それに対して真顔で返す魔理沙。一方霊夢のほうはあきれ顔である。
「あのねー、あんた私をどういう目で見てるのよ」
「幻想郷に厄介事を振りまく赤貧巫女だろ」
「幻想郷の厄介事を解決する素敵巫女よ」
しばしの沈黙…微妙に存在する緊張感を壊し、先に口を開いたのは魔理沙だった。
「自分で言ってりゃ世話無いぜ。霊夢、おまえ今朝の『文々。新聞』読んでないのか?」
魔理沙は呆れたように言った。
「読むわけないじゃん、あんなでたらめ新聞。時間の無駄よ」
「その言葉はまったくもってその通りだ、私だって今日はたまたまさっと読んだだけだしな。だけど今日の記事は案外でたらめともいいきれないぜ?」
そう言うと『文々。新聞』を霊夢に投げ渡す魔理沙。
~文々。新聞…○月×日△曜日~
『博麗の巫女が里襲撃を計画?』
昨日、本紙記者が博麗神社で偶然耳にした情報から、『楽園の素敵な巫女』こと博麗霊夢氏(人間)が、里に対し何らかの攻撃を加えることで賽銭の提供を強要する計画を立てている事が判明した。博麗神社の賽銭収入は明らかにされてはいないが、参拝客が皆無に等しいことと、霊夢氏が日々雑草粥で過ごしていることなどから、極めて少ないものと考えられる。しかし、本来幻想郷の平和を守るべき博麗の巫女が、私利私欲のために、よりにもよって里を脅迫する事は許されることではなく、本紙は霊夢氏に翻意と猛省を促すものである。また、万一の事態に備え、里は警戒態勢の強化を行うべきであろう。しかし、強力な戦闘力を誇る霊夢氏に対し、里の防御態勢は極めて貧弱であるため、同里在住の上白沢慧音氏(半獣)ら里の防衛担当者がどう対応するのかが気になるところだ。なにはともあれ、霊夢氏がこの計画の不正義に気づき、計画の実行を中止するのが最善であろう。(射命丸文)
「なっ何よこれ~!!!!」
新聞を読み終えた霊夢の叫びが、霧雨邸に響き渡った。
「はぁ、霊夢が里を脅迫とはな、博麗の巫女も墜ちたものだぜ」
それに対して『やれやれだぜ』とリアクション付きで言う魔理沙。
「ちっ違う!出鱈目よ~!!あの鴉天狗め、次に会ったらヴァルハラに送ってやる~」
歯ぎしりして、色々な意味で巫女にあるまじき発言をする霊夢。魔理沙はそんな霊夢をにやけながら見ていたが、やがて口を開いた。
「で、これからどうするつもりなんだ恐喝犯?」
「誰が恐喝犯よ~!!」
霊夢の空しい叫びは夏の青空へと吸い込まれていったのだった…
かくて、物語の序章は終わり、私のところへと話はうつる。
里
霊夢が魔理沙邸に突入した頃、里では『文々。新聞』を読んだ里の者達が慧音の家に使者を送り、この件について相談させていた。
『文々。新聞』を配る射命丸文は妖怪だが、慧音は里に危害を加えるつもりのない妖怪には手を出さないし、里の方でも、「暇つぶしにはなるだろう」と新聞の配達をする文には手を出していない。もっとも、『新聞』にも手を出していない者がほとんどなのだが、今回は記事が記事だけに、たまたま読んだ者が里長に届けでたのである。
慧音邸
「慧音様、この記事は本物でしょうか?」
心配そうに言う目の前の若者に、私は自信をもって答える。
「いや、この新聞は誤報が多いからな。今回も出鱈目だろう。あの巫女はこのような事をするような者ではないよ」
私は、博麗の巫女とは何度か会っている。最初に会った時には、私の誤解で戦闘になってしまったが、その後何度か会う内にその誤解も解けていた。
と、すると、この新聞のほうが怪しくなってくる。故意ではないのだろうがこの新聞は誤報が多く、里の者と、そして私もずいぶんと振り回されてしまっていたのだ。
「ええ、私もそう思います。里長もきっと出鱈目だろうと…」
きっぱりと断言した私を見て、若者はほっとしたように言った。
「それにしても博麗の巫女、そんなに困窮しているのか…」
茶をまた一口すすると、私はふと呟いた。最近里の方の事でいろいろと忙しく、おかげで私は博麗神社から足が遠のいていたのだ。
「ええ、神社まで行くのは道中が危険ですからね。最近は神社が妖怪のたまり場になっているという噂も聞きますし…賽銭などほとんどないでしょう」
「ふむ」
若者の正直な言葉を聞き、今度差し入れにでも行こうか、と考えつつ私はまた茶をすすった。
妖怪のたまり場になっていると聞けば、参拝に行く人間などはそうそういないだろう。そうなると霊夢の収入など皆無に等しくなる。物々交換しようにも交換するようなものがあるとは思えんしな。
「まぁ万一何かあれば私に言ってくれ、どうにかしよう」
しばらくして私は言った。まさかとは思うが万一ということもあるし、何より里の者の不安は少しでも取り除いておかねばならない。
「ありがとうございます慧音様」
案の定ほっとしたように言う若者に、私は言った。
「いやいや、そういえば里長はご健勝か?最近ちとご無沙汰しているのだが」
里長とは最近会っていなかったので心配になっていたのだ。里長も人間の寿命では相当な年齢、もしかしたらということもあるし…
「ええ、さすがに慧音様の家までは無理ですが、よく畑に出ていますよ。よろしく伝えておいてくれとの事でした」
若者の言葉によるとどうやら健康なようだ、里長とは彼が幼い頃からの付き合いだった。私と彼とは、妖怪と人間との種族の違いを越えて友情を育んできていた。
この先もずっと共に歩くことはできないだろうが、それでもできるだけ長く共に生きていたいと思うのは人情だろう。
「そうか、それはよかった、今度里に行ったら伺ってみよう。それで学校の補修の件なのだが…」
若者の言葉を聞いて安心した私は、次の話題へと移った。
私は最近里の子ども達に読み書きや歴史などを教えている。最近忙しい理由はそれである。
私は、「けーねせんせー」とよびかけてくる子ども達の笑顔を思い出して思わず顔をとろけさせてしまった。
「けーねせんせーかぁ」
やはりあの子たちはかわいい…今度お菓子を作って持っていこう、喜んでくれるだろうか?ああそうだ、こないだ薄皮饅頭を持っていった時の素直な喜び方、喜色満面の笑みとはあんな感じの顔を言うのだろう。
うむ、今度は大福餅にでもしようか…
「ええ、教室は大方終わりまして次は…慧音様?どうかなさいましたか?」
気づくと、そんな私を不思議そうな目で若者が見つめていた。
「ごほっ!げほっ!げふん!いや、なんでもない。里は私が守るからおまえ達は安心して農作業にいそしんでくれ。あと、子ども達に宿題はちゃんとやるようにと伝えてほしい」
怪訝そうにしている若者の表情を見て、私は飲んでいたお茶を気管に吸い込みむせかえってしまった。いかんいかん、自分で言うのも何だが、一人にやにやしながら何か呟いているのは相当不気味だろう。
私はすぐに誤魔化し…いやいや、威厳をもって言った。
ちょっとわざとらしかったかもしれないが…
「はい、子ども達も学校を楽しみにしていますので、次もよろしくお願いします慧音様」 そんな私を見て、不思議そうにしながらも若者は言った。
「ああ、わかっている」
私は子ども達の笑顔を思い浮かべ、『里は私が守る』という覚悟を一層深めた。あの子たちの笑顔は、例え何が起ころうとも…誰が相手であっても守り抜いてみせる。
そしてもう一つ、『新聞を使った授業』の計画は中止にしよう…色々な事を知って学ぶのはよいことなのだが、元があれではどうしようもない。
トントン
「慧音様」
その時、扉を叩く音と、私を呼ぶ声がした。
「ん、どうした?入っても構わないぞ」
「慧音様、この妖怪兎が慧音様に伝えたい事があると…」
そう言って入ってきたのは、よく見知った里の者と、永遠亭の兎…てゐと言ったか…であった。
そういえば確かこいつは…
「お前は永遠亭の嘘つき兎、いったい何の用だ?」
開口一番、私は先制の一撃を放つ。
最近あちこちで悪さをしているという話が私の元に届いていた。いずれもとるに足らない嘘ではあるし、里の者が騙されたという話は聞いていないので放って置いたのだが、そうやって放って置いたら、先日は妹紅が「嘘つき兎に騙された~」と泣きながら私の家にやって来た。
なんでも、「この先には美味しい柿がなってるわー」と、とんでもない渋柿を食べさせられたらしい。あまりに他愛のない…というより、こんな事で騙される妹紅の方がどうかと思うので、やっぱり放って置いたのだが…
「あ、それについては否定しないけど今回は違うわー。ね、私の能力知っているでしょ、『人を幸せにする程度の能力』。私は貴方に大切な情報を知らせに来たのよ」
「嘘つき兎の言う事なんて信用できないな」
真剣そうに言うてゐにあっさり返す。正直、こういう人妖の場合、真剣そうに言っている時の方がいろいろと企んでいる場合が多いのだ。ましててゐが私を手助けする理由がわからない。
この一言であきらめるかと思いきや、てゐは引かなかった。
「まぁまぁ、話だけ聞いてみても損はしないわ。里の存続にも関わる重要な情報なの」
『里の存続に関わる情報』ときたか、こうなると、私の方も笑って聞き流す訳にはいかなくなった。
例えほんの少しであろうとも里に危険が及ぶかもしれないというのなら、話だけでも聞かねばならない。
事の真偽を確かめるのは話を聞いてからでもできるのだから…
「どういうことだ?先に言っておくが、嘘だったらただではおかないぞ」
凄む私だったが、てゐは平然としていた。
「勿論嘘なんかじゃないわー。ねぇ、霊夢が里を攻撃するっていう話は聞いてるでしょ」
「ああ、あの馬鹿げた噂か」
里の存続に関わる情報…と聞いて一瞬焦ったが、どうやらあの新聞の件らしい。私はほっと胸をなでおろした。
しかし、てゐは噂を一笑に付した私に対し、真剣な顔でこう言った。
「違うの、あれは本当の話よ。霊夢は巨大なごろごろで里を襲う気よ」
「巨大なごろごろ?」
思わず問い返す、一体どんなものなのか想像がつかない。一方てゐのほうもうまく説明できないようで身振り手振りを交えながら言った。
「えっと、ほら、あの霊夢がいつも持っている玉」
「陰陽玉か?」
霊夢がいつも持っている玉といえばそれしかあるまい。しかし、陰陽玉は巨大どころか掌の中におさまる程度の大きさしかなかったと思うのだが…
「そう、多分それ。あれが巨大化して神社のほうから里に向かってきてるの」
「そんな馬鹿な、あの巫女がそんな…たちの悪い冗談はよせ」
いくらなんでも馬鹿げた噂にすぎる。とてもではないが信じる気はおきなかった。
しかし、丁度その時、里の者が息せき切って駆け込んできた。
「慧音様!大変です!!里に…里に向かって巨大なごろごろが!!!」
「何!?」
私は愕然とした。まさか…本当のことだったのか?
「ね、私は本当の事を言っていたでしょ」
「馬鹿な…」
真剣に言うてゐに、私は呆然としてそう返すしかなかった。
「それにほら、これは霊夢が神社で書いてた脅迫文なんだけど、隙をついて私が無断で拝借してきたの」
何やら紙を差し出すてゐ。その紙を読んで私はますます唖然とした。
警告する
長年幻想郷…ひいては里の平穏に尽くしてきた我が博麗神社に対し、里の者は何をしてくれたのか?近年賽銭や御神酒の奉納は皆無であり、里から参拝に訪れる者は絶えて久しい。里の者が博麗神社に対する感謝と尊敬の念を取り戻さない限り、里は神罰を受けるであろう。
「慧音様!いかがいたしましょう!!」
いつの間にか我が家に集まっていた里の者が言った。
その声でやっと私は我にかえった。
「博麗の巫女…ここまで追いつめられていたとはな。だが、例えどんな理由があろうとも里に手出しはさせない!!私が博麗の巫女の真意を問いただす、皆はあのごろごろの進路上から避難するんだ!!そうだ、あと念のため…」
私は里の者に今後の指示を出すと、急いで立ち上がる。
「はい、慧音様!」
里の者の返事を背中で聞き、家を飛び出す…と
「きゃっ!?」
「うわっ!」
「ふきゃん!?」
複数の小さな悲鳴と軽い衝撃が身体に伝わる。
「何だ…お前達か。大丈夫か?ケガはないか?」
目の前で転がっていたのは、私が勉強を教えている里の子ども達…瑞穂と不二と桜だった。
私は慌てて子ども達の手を取り助け起こす、と、子ども達が泣きそうな声で話しかけてきた。
「けーねせんせー!お家なくなっちゃうの?」
「学校もつぶされちゃうのか?」
「里には住めなくなっちゃうの?」
「お前達…大丈夫、そんな事は私がさせない。絶対に里は守ってみせる」
口々に不安を訴える子ども達に、私は優しい声で諭した。里の者達…この子達の住む場所は守ってみせるという決意をこめながら…
しかし子ども達の表情は晴れない。
「けーねせんせー危ないよ!」
「でもあのごろごろ大きかったぜ!遠くからでもよく見えたもん!けーねせんせーが潰されちゃうのいやだ!!」
「悪い巫女は強いって言ってたよ!けーねせんせー死んじゃいやなの!!」
「お前達…」
私は呆然とした…この子達は私のことを心配してくれている…半獣の私を…
「大丈夫、私は負けない。里は守ってみせるしちゃんとお前達の元に戻ってくる。だから皆は大人達の言うことをよく聞いて待っているんだ」
しばらくして私は力強く言った。
「本当?けーねせんせー戻ってきてくれる?」
「ああ、約束だ。私は必ず戻ってくるよ」
私はそう言うと再び駆けだした。敵が誰であろうと絶対に負けるわけにはいかないな、と思いながら…
さて、その頃霊夢達は空中からごろごろを眺めていたのだが…
ごろごろ上空
「おいおい、本当にどうしたんだコレ?」
「私に聞かないでよ!突然巨大化して私の家を押し潰したあげく里に向かっていったのよ!!」
ごろごろ転がる巨大陰陽玉を指さし言う魔理沙に、霊夢は言い返した。
「んなこと言ったって霊夢の陰陽玉だろ。霊夢に聞くのが一番じゃないか」
「それはそうなんだけど…私にも何が何やらさっぱりなのよ」
『お手上げ』のポーズをとる霊夢。
「ん、まぁ悩んでいても仕方ないか。いくぜ!」
「は…ちょ、魔理沙!」
それを見た魔理沙は、懐からスペルカードを取り出した。嫌な予感がした霊夢がそれを止めようとしたが…
「マスタースパーク!!」
霊夢の言葉を馬耳東風で聞き流した魔理沙は、いきなりマスタースパークをごろごろに直撃させる。
たちまち周囲は土煙に覆われ、何も見えなくなった。
「へっ、楽勝だぜ」
だが、マスタースパークを放ち、余裕の表情でいた魔理沙の前に現れたのは、若干後退したが、相も変わらず平然と突き進む巨大なごろごろだった
さしもの魔理沙も呆然とし、しばらくしてこう言うのが精一杯だった。
「おいおい、冗談だろ…」
「だから言ったでしょ、一人じゃどうにもならないから二人で…」
「まだだぜ、まだアレがある!」
だが魔理沙は、呆れている霊夢の言葉を遮った。
なにやらやる気をかきたてられたらしい魔理沙は、懐からあるスペルカードを取り出し、目を爛々と輝かせて言った。
「これでどうだっ!ファイナルマスタースパーク!!!」
魔理沙から延びた巨大な光の槍は、辺りの木々を薙ぎ払い巨大陰陽玉に突き刺さった。
直後に、大音響と共に霊夢の視界が真っ白になった。
「ちょ…周りのこと考えなさーい!!」
爆煙が収まる頃、どうにか視界を回復した霊夢が文句をつけたが、魔理沙の方はどこ吹く風で言った。
「ま、これであのごろごろもきれいさっぱりなくなったぜ。感謝しな」
確かにごろごろはさっきあった場所から消えてなくなっていた。もっとも周辺の森もきれいさっぱり無くなっていたのだが…
「さて、礼には何をもらおうか。魔導書なんて霊夢は持ってないだろうし…そうだな、いっそ今月は私の召使いになってもらおうか」
霊夢は魔理沙にどんな無理難題をつきつけられるかと呆然と突っ立って(空中だが)いるようだった。
「お、嬉しくて声も出ないのか?」
魔理沙がからかう…が
「あ、あれ」
霊夢は魔理沙の背後を指さしガタガタ震えていた。
「は?」
魔理沙も振り向く、そして言った。
「嘘だろ…」
ごろごろごろ
そう、ごろごろはかなり押し戻されていたが、爆煙の向こうから無傷で前進してきていた。
「ごろごろを止める手立てなしだぜ…」
唖然として呟く魔理沙。
「ちょ、何なのよアレ」
自分の陰陽玉なのにも関わらずそんなことを言う霊夢に対し、魔理沙はさらっと言った。
「ごろごろだろ」
「それはわかってる!」
「あー、ひとまずそんなこと考えてるよりも、あのごろごろを止める方が先決だぜ」
叫ぶ霊夢に、再び冷静に返す魔理沙。人は、他人が慌てているのを見ると落ち着くという…
「それは確かにそうね。どうする?」
一方、それを聞いた霊夢もすぐに落ち着きを取り戻した。どんなときでも慌てないようにというのをモットーにしている霊夢だが、今回はあまりに予想外な出来事が、多分だが自分が原因で起こっているせいか慌ててばかりだ。
まぁ、ついでに言うとカルシウムを始めとする諸栄養素が足りていないのも大きな要因となっているのかもしれない…
そして、その霊夢の言葉に魔理沙は即答した。
「どうしようもない」
「あのね…」
断言する魔理沙と呆れる霊夢、その時、霊夢の頭の中では『頼る人間間違えたかしら』という考えが頭をもたげていた。
「まぁ待て、『どうしようもない』というのは現状でだ。こういう時には誰か対策知ってそうな奴を…」
その時、二人に接近する人影があった、慧音である。
ちょっとだけ時間を巻き戻す。
里の上空
里を飛び出し、上空へと上がった私の目に映ったのは、紛れもなく巨大な陰陽玉であった。
空に上がるまでは誤報であることを祈っていたのだが、小山よりも大きいであろうごろごろは、間違いなく里を目指していた。
ごろごろの下では、次々と木々が押し潰されて鳥たちがバタバタと舞い上がっている。
こんなものが里に突入してきたら…
その惨状を想像した私はさらに増速した。里は一昨年の凶作から立ち直ったばかりなのだ。そんなところにあんなものが来たらどうしようもない。
私は全速でごろごろに向かう。
少女飛行中…
「お前達だな!里を襲おうとしている奴は!!」
私はごろごろ上空に達した。私の視界に入ってきたのは見間違いようのない二人の人影、残念だが、あの兎の言う事を信じざるをえないようだ。
しかも、博麗の巫女ばかりか霧雨魔理沙とかいう魔法使いもいる。
極めて強力な戦闘力を誇る二人、しかし負けるわけにはいかない。
しかし、立ちふさがった私に対して、どうも二人の様子がおかしい。
「あ、知ってそうな奴発見」
「同じく」
ナイスタイミングとばかりに手を叩く二人。一体何を知ってそうだというのか…そもそも脅迫に来たにしては緊張感がない。
「何を言っているのか分からないが里に手出しはさせない!しかしまさか本当にお前が賽銭目当てに里を襲うとは…見損なったぞ博麗の巫女!!」
しかし、それはともかく二人が里に危害を加えるつもりなのならば、なんとしてでもここを守り抜かねばならない。
私は強い意志を込めて博麗の巫女を睨んだ。
「ちょっと待った!アレは確かに私の陰陽玉だと思うけど…」
「やはりか…今の今まで嘘であることを祈っていたのだが。しかも魔理沙、お前も加担しているのか?」
どうやらてゐの言ったことに嘘はなかったようだ。非常に残念だが、かくなる上はここを固守するよりほか無いだろう。
しかし、そう思って言った私に返ってきたのは少々予想外の返事だった。
「それは違うぜ。確かに霊夢は貧乏でよく厄介事を起こす幻想郷のトラブルメーカーだけど、今回のは多分誤解だ。さっきまで二人して必死に止めようとしてたんだぜ、見ろよあの痕」
そう言うと、森に残る無惨な痕跡を指さす魔理沙。これほどの破壊力があるのはファイナルマスタースパーク程度であろう。
と、すると…?
「そうそう、私にも何がなんだか分からないのよ!魔理沙に協力を頼んであるんだけど、誓って犯人は私じゃないわ。ついでに魔理沙、覚えときなさいよ」
「おいおい、弁護してやったんだぜ?」
「余計なことを言い過ぎなのよ、あんたは」
考え込む私を後目に、お馬鹿な口げんかをはじめた二人、何やら博麗の巫女による里脅迫説に疑問が湧く。
さっきはごろごろを見た驚きで思わず信じ込んでしまったものの、落ち着いて考えてみるとやはりおかしい。
「…こんなのが来たんだが」
私は、懐からてゐが持ってきた紙を取り出して博麗の巫女に見せる。
「は?」
不思議そうな表情でそれを手に取った博麗の巫女は、それを読み終えると顔を真っ赤にし…
「出鱈目よっ!!」
と叫んだ。
「おーおーワルだな、霊夢」
「あんたは黙ってなさい」
博麗の巫女は、手紙を覗き込みからかう魔理沙を一喝すると私の方に向き直った。
「ちょっと、これ誰が届けたの?」
こめかみをピクピクさせながら言う博麗の巫女、これは…本気で怒っているな。
「永遠亭の嘘つき兎だよ」
「は?あのねー、あんな奴の言う事信じないでよ。そもそもこの手紙はあからさまに私の筆跡じゃないわ」
私が言うと、博麗の巫女は怒るというよりも呆れたようにため息をつく。
「あー、残念ながらその通りだ」
そして、その言葉に魔理沙が重ねた。
どうやら私の誤解だったようだ、やれやれ、焦るとろくなことにならないな。
私は自分の非を認め、素直に謝る。
「すまない、朝から新聞やら兎情報やらがきて、とどめにこのごろごろ出現だ。少し冷静さを欠いていたのかもしれない」
「ん、まぁわかればいいのよ」
博麗の巫女は目をそらしながら言う、反応に困っているのか?
察するに、おそらく周囲には素直に謝りそうな人妖がいないので、こういう素直な謝り方をされると反応に困るのであろう。彼女の周りにいるのは一癖も二癖もある連中ばかりだからな。
「それで、この巨大ごろごろ出現について何か心当たりはあるのか?」
一瞬置いて私は尋ねる。博麗の巫女の仕業でないことは分かったが、このごろごろが里に向かっていることには違いはない。
しかし、博麗の巫女は怪訝そうにこう言った。
「それがまったく…強いて言えば今朝お賽銭箱に千円札が入っていた位かな」
「…それは一大事だぜ、博麗神社の賽銭に千円札を入れるようなやつがまともなはずはない。これは怪しすぎるぜ」
「あのねー」
断言する魔理沙をジト目で睨む博麗の巫女。
「確かに怪しいな、そいつに心当たりは?」
「慧音…あんたまで」
ブルータスよお前もか、という表情をしながら私を見る博麗の巫女。
おそらく、今彼女は「私の神社ってそんなに御利益なさそうに見えるのかしら」とか考えているのだろう。
そんな彼女に私は言った。
「いや、違うんだ。タイミングがよすぎだろう。普段からそんなに大金(?)を入れてくれる奴はいるのか」
そう、重要なのは『普段とは違う出来事が起きた』という点なのだ。博麗神社の賽銭箱にいくら大金を投じられようが気にしないが、『陰陽玉が巨大化した時に』それが入っていたというのが重要なのである。
「いたらあんな貧しい生活してないわよ!」
一方、博麗の巫女の方は逆切れ気味である。よほど困窮しているのか…
やはり今度差し入れでも持っていくことにしよう。
「ふむ、とするとやはりその『誰か』の願いを聞いた陰陽玉が、巨大化してその願いをかなえようとしていると考えるのが筋だろうな。巨大化できたのは…大方千円札を見つけた博麗の巫女が驚喜した瞬間、その霊力を吸い取ったからだろう」
じーっと私は博麗の巫女を見つめた。隣で魔理沙も見つめている。
「な…何よ、何が言いたいのよ!」
無言の圧力に耐えきれなくなったのだろう、博麗の巫女は大声で言った。それに対して私は答える。
「つまりだ、博麗の巫女の賽銭への執着と、何者かの強い願いが合してあのごろごろが存在するわけだ。これは手強いぞ」
今までの様子を見る限り、博麗の巫女は相当追い詰められているようだ。
そんな精神状態の所に現れたお賽銭、喜怒哀楽の感情はそれぞれ力を生む源になる。お賽銭が投下され、彼女が驚喜した時に瞬間的に発生した博麗の巫女の巨大な力と、何者かわからないが蓄積された『願い』の力、そして陰陽玉が本来持つ力が合し、あのような巨大化現象を発生させたのであろう。
「そうだな、霊夢の賽銭への執着は最強だ。道理でファイナルマスタースパークも通用しないはずだぜ」
そして、私に続く魔理沙だがおまえは面白がっていないか?
「あのねー、二人して私を守銭奴みたいに…」
渋面を作る博麗の巫女、そんな彼女にかまわず魔理沙は続ける。
「慧音、気をつけろよ。霊夢の奴、そのうち本当に賽銭目当てで里を襲いかねないぞ」
「ああ、陰陽玉をあそこまで巨大化できるとは思いもよらなんだ。おそるべきは賽銭への執着心だな」
「全くだぜ」
正直、あれほどの力が発生するとは想像以上だった。博麗の巫女が持つ賽銭への執着心を甘く見ていたか…
容赦のない私達の言葉に、ついに博麗の巫女は半泣きになった。
「う…私だって…私だってお賽銭に執着なんかしたくないわよ!だけど…だけど仕方ないじゃない!いくら迷惑な妖怪退治を頑張っても毎日毎日雑草粥ばかり、ここ一ヶ月なんてついにお米の代わりに粟とか稗が入ってきて、二,三日前からはおが屑が20パーセント混じりだしたのよ!食物繊維は体にいいぞなんて言ってられないのよ!!わーん」
最後は言っていることが支離滅裂になり大泣きする博麗の巫女。滅多に泣かない彼女が本気で泣き出したので、私はさすがに良心がとがめた。
分析して、そのまま言ってしまう時があるのは私の悪い癖だ、特に里の事がからむと軽率な行動が多くなってしまう。
「む、すまない、言い過ぎた。そんな生活をしているなどとは思いもよらなんだ。一昨年の飢饉の時ですら、里の者はもっとよい食事をしていたというに…」
一昨年の飢饉の時には、米の代わりに雑穀が入るようになったが、さすがにおが屑までは混じらなかった。
里には飢饉に備えた倉庫があるので、それでしのぎきれたのだ。
「ああ、悪かったぜ。まさか霊夢がそんな社会権どころか生存権まで脅かされるような生活をしていただなんて…友人として差し入れの一つぐらいしておくべきだった。反省している」
魔理沙の方も良心がとがめたのだろう、そう言って慰める。
憐憫の情を視線に込めて送り出す私達。
「う…何か皮肉が多分に含まれている気がするんだけどもういいわ。はやくあのごろごろを止めないと里が危ない」
私は別に皮肉など込めていないのだが…しかし里の者にも似たような事をたまに言われる。私の言葉は皮肉に聞こえるのだろうか?
「慧音、あんたの『歴史を食べる程度の能力』でどうにかなんないの」
さて、そんな私に博麗の巫女は言った。私は言われずともそのつもりである。
博麗の巫女の妨害が心配であったのだが、しかしそれが誤解であったということが分かった今、何ら問題はない。
「ああ、勿論そのつもりだ。とっととやってしまおう。あのごろごろをなかったことにしてやる!!」
そう言うと、私は能力を発動させた。
私の『歴史を食べる程度の能力』は、人や物の『記憶』を操作する能力だ。
つまりあのごろごろが『巨大化した歴史』を食べればあのごろごろは元の大きさに戻るというわけだ。
…しばらくたって
「なくならないぜ」
「なくならないわね」
「なくならないな」
私達の声がそろった、あの巨大ごろごろは尚も私達の眼下を進み続けている。
「どういうことなんだ?歴史を食べたんじゃなかったのか?」
そう言った魔理沙に私は答えた。
「そのはずだ…だが陰陽玉に込められた願いが強すぎたらしい。それにあれは博麗の陰陽玉、私の能力を無効化する何かがあるのかもしれない」
予想以上に強力な陰陽玉に、私の能力は通用しなかった。まして博麗の陰陽玉だ、何か未知の力がある事も考えられる。
試しに陰陽玉の歴史を見ようともしてみたが、やはり私の能力が通用しない。非常にまずい状況だ。
「里を隠すのは?」
博麗の巫女が言うが…
「私の能力はその人間や物の『記憶』や『意識』を操作するのだ、だから里を見えなくしたところで里はそこに存在する。それでは意味がない」
あのごろごろから里を見えなくしたところで(そもそも見えているかどうかは疑問だが)里はそこにあるのだから危険は回避できない。
「なあなあ、里の人間を逃がして里はその後再建ってのは?『里が破壊された歴史』を食べてしまえば万事解決じゃないか」
名案とばかりに言う魔理沙に、私は思わず怒鳴ってしまった。
「馬鹿な事を言うな!」
「おわっ!?」
私の剣幕に驚いたのだろう、彼女は思わず文字通り飛び退いた。
「あ、いや、すまない。だが里には皆の思い出が詰まっている、最初に里に住み着いた者から受け継がれている想いが…だから仮に私が里を元に戻し、皆の歴史を食べてしまったら、それは偽物の里になってしまうんだ。人間達の里ではない『上白沢慧音の里』になってしまうんだ…」
そう、あの里は人間達が何十年…何百年とかけて育ててきた。魔理沙の言いたいことはよくわかるし、それが最善の策なのだろうが、それをやってしまうと里は里ではなくなってしまうのだ…
ばかげた理想論なのかもしれないが、私にはその手段を取ることはできなかった。
「あ…その、すまん」
「いや、こちらこそすまない」
素直に謝る魔理沙に私も謝る。むしろ魔理沙の好意に我が侭を言ってしまったのは私なのだ。
一瞬の沈黙、それを破って私は言った。
「どうしたものか…」
全く妙案は浮かばない、今の私の能力ではこれが精一杯なのだ。
せめて今晩…満月の晩の私の力ならどうにかできるのかもしれないが、まだ太陽は中天にすらなく、ごろごろの里突入までに間に合いそうもない。
おそらく持ってあと二刻と少し、それが過ぎれば里はごろごろに蹂躙されてしまうだろう…
足止めしたところで、夜までは到底持ちそうになかった…
「霊夢…お前とんでもないことを」
「う…そんなこと言ったって…どうしようもないじゃない。私のせいじゃ…」
そんな私を見ておろおろする二人、だがおろおろしたいのは私も一緒だった。
「せめて夜だったら…」
私は呟いた。今日は満月だ、満月の時の私の力ならばどうにかできるのだが…
「満月を呼べれば万事解決なのにな」
魔理沙が言ったが、私はすぐにつっこんだ。
「そんなに都合よく満月が呼べるわけなかろう」
「そうだよな」
そう、満月に『今日はちょっと早く出てきてくれないか?』などと言っても聞いてくれるわけがない。
外の世界の伝説に、時の権力者が沈みゆく太陽を扇で呼び戻したという話があったが、現実にはそんなことはあり得ないのだ。
ん?
頭のどこかで何かがひっかかる。外の世界…外の世界…
「そうだっ!」
私の頭の中で、何かがかちりという音を立ててはまった。
「わっ!?」
「どうしたのよ!?急に!?」
急に私が叫んだので、二人は驚きの視線でこっちを見る。その二人に私は説明した。
「この幻想郷は、古くに外の世界の日本という地域から切り離され、結界により遮断された。しかし時の流れは変わらず、また『日本』の位置に…次元は異なれども…存在することは間違いない」
二人は目が点だ、少々わかりにくかったか…まぁ別に分からなくてもいいのだが。
「そして外の世界…地球という星には『時差』というものが存在する。地球上の土地土地では一日が始まり…終わるのに順序がある。その時差を利用すれば…異なる空間に幻想郷の空をつなげることができれば満月を早く呼び寄せることができるはずだ」
ここまで言うと私は二人を見る。様々な書物や他の人妖から得た知識から導き出した結論…そう、知識とは時に強力な武器になりうるのだ。
言い終わった私を見て、二人は頭の中で色々と整理しているようだが、しばしの沈黙ののちに魔理沙が口を開いた。
「あーつまりだ、世界には幻想郷よりも早く今日の『夜』…つまり満月の晩が来るところがあるんだな」
「適切な要約だ」
大筋を分かりやすくまとめた魔理沙に私は言った。少々強引だが、こういう場合にはその性格は役立つ。
「それはわかったがここは幻想郷だぜ?違う土地でいくら夜になったって全然意味がないだろ?」
「その疑問はもっともだ…だがその『夜』の空を幻想郷につなぐことができたら?」
『意味がわからん』という語句を顔一杯に張り付けている魔理沙に私は言って反応をうかがう…と
「永琳!?」
先にわかったのは博麗の巫女のようだった。
「永琳か!」
「あんた遅いわよ!」
数秒遅れて魔理沙が続き、博麗の巫女につっこみを入れられていた。
「ああ、永夜事件の時に永琳は空間を操作していた。彼女の能力があれば…ごろごろの到達前に満月が呼べるかもしれない」
そう、彼女ならば満月を幻想郷に早着させることが可能なのだ。結界により月よりの使者が進入できないことももう知っている今、私の申し出を『拒否せざるをえない』理由はないはずだ。
「しかし問題は永琳が私の頼みを聞く義理はないということだ…私は永琳の主人である輝夜と殺し合いばかりしている妹紅の保護者(?)でもあるしな、仲がいいとは決して言えない。会ったことはないからそれ以上は何も言えないのだが…」
問題はそこだ、私の頼みを『受け入れざるをえない』理由だって存在しないのだ。
真剣に私が悩んでいる間に、魔理沙は業を煮やしたのかこんな事を言いだした。
「なーに、言うこと聞かなきゃマスタースパークでぶっ飛ばすと…」
「あんたはなんでそう単純なのよ!!」
物騒なことを言い出した魔理沙に霊夢が再びつっこむ。
「いや、奴らとて鬼ではないだろう。誠心誠意頼めば…」
正直あまり自信はないのだが…
そして私は一瞬悩み、あることを思い出した。
「そうだ、嘘つき兎が里にいるはずだから…というよりやっぱり何か怪しかったので、念のため身柄を確保しておいたから奴に仲介を頼もう」
そう、どうにもあの兎を信じ切れなかった私は、念のため村人に拘束するように頼んで老いたのだ。
そして私は魔理沙の方を向き言った。
「魔理沙、里まで送ってくれ、この中ではお前が一番速いだろう」
「任せられたぜ」
私の頼みを快く聞き入れてくれた魔理沙、私は高速をもってその名を知られる彼女…の箒にまたがり、魔理沙の腰に手を回す。
「私は?」
その時博麗の巫女が自分を指さしながら言ってきたのだが…
「すまないな、お前が今里に来ると、いろいろと厄介な事になりそうだからここで待っていてくれ」
そう、あの調子ではいまだ誤解されたままだろう。その誤解を解いていると、先にごろごろが里に到着してしまう。
「う…万事片づいたら誤解は解いてよね。これじゃあ私完全に悪役だわ」
渋面を作り言う博麗の巫女…すまないな。
しかし、一方の魔理沙は楽しそうに言った。
「妥当な配役だぜ」
「魔理沙!あんたねー」
博麗の巫女の抗議を無視して、魔理沙は里に針路を向けた。
「フルパワーだぜ!!」
「くっ!?」
箒の発進加速は凄まじく、たちまち風が頬を叩く。そしてさらにぐいぐいと加速していく。話には聞いていたが本当に凄いな、息を吸うのさえ困難なほどだ…
少女飛行中…
ほとんど何も考えるまもなく、箒は我が家の上空に達し、急制動と急降下を同時にかけて我が家の玄関に達した、噂以上の快速だ。
「皆!避難状況は?」
「慧音様!?全員山へ避難しました!!」
私は屋内に駆け込むなり聞く、里人は驚きながらも答えた。妖怪の襲撃に備え、里の近くの山には小さな砦が築いてあった。皆、無事にそこに避難したようだ。
「よし」
だが喜んでいる暇はない。
「永遠亭の嘘つき兎は?」
「はい、仰られた通り閉じこめておきましたが…今度のは嘘ではなかったのでは?」
「いや、嘘だったよ。あの脅迫文は偽物だ」
不思議そうに尋ねる里人に私は答える、あの兎をうかつに信じた私が愚かであった。
「え…では…」
「ああ、博麗の巫女の仕業ではなかったよ。少なくとも故意ではない」
不思議そうに尋ねる里人に私は言明した。
「それでは一体誰が…」
「わからない、だが今はともかくあのごろごろを何とかするのが先決だ。それで、あの兎を連れてきてくれ」
「はい」
しばらくして…
「ちょっと、せっかく危機を知らせてあげた私に、なんて扱いをしてくれるのよー」
さて、ぐるぐる巻きに縛られたてゐが連れてこられた。てゐは不満そうに文句を言っている。
「てゐ、失礼を許してほしい。そして頼みがあるのだ」
てゐを縛る縄をほどきながら私は言った。
「あのねー、こんな真似しておいて今更…」
ふくれっつらのてゐが言いかけたが、私が
「博麗の巫女に会ってきたのだが…」
と言うと途端に焦り出した。
「え、まさか…あの強欲巫女の言うことを信じたんじゃないわよね。ねぇ、あんな奴の言うこと信じたらひどい目に…」
「霊夢はお前の事を待っているらしいぜ。会うのを楽しみにしてるってさ」
今度はてゐの言葉を遮って、室内に入ってきた魔理沙が言った。てゐの顔はみるみる青ざめる。
「え…あの…あうう」
「兎鍋が食べたいとかなんとか…」
「えあうえー」
とどめの一言で真っ青になるてゐ、言い逃れができない事が分かったらしい。
「てゐ、私の頼みを聞いてくれたら霊夢は私がなんとかする。だから頼む、この通りだ」
私は額を地面につけて頼む、里のため…なりふりなどにはかまっていられないのだ。
「おっおい!」
「慧音様!」
魔理沙や里の者は驚いているようだが…てゐは…?頼む!
「な…何よ、頼み事如何によっては聞いてあげてもいいわ」
てゐは横を向きながらそう言った。大方、この兎は他人にいたずらを仕掛けることでコミュニケーションをとりたいのだろう。
子どもが好きな子をわざといじめるのと一緒で、性格はひねくれていても性質は寂しがりやなだけで真っ直ぐなのだろうな。今はこの兎に頼るしかない…
「…と、いう事なんだ。永琳に頼んで満月を呼んで欲しい、頼む」
私は、時差についての説明をした後そう言った。
「えっ、あの術…かなり大がかりなのに…今からで間に合うかどうか…」
自信なさげなてゐ、しかし今はそれに頼るしかないのだ。私は言った。
「構わない、やるだけやって欲しい」
「わ…わかったわ」
「いいのか慧音、こんな奴の事信じて…」
魔理沙が言うが私はこの兎を信じる、こんな時に嘘を言うような奴ではないはずだ。
「ああ、大丈夫だろう。この兎、心底悪い奴じゃないさ。永遠亭まで送ってやってくれるか?送り終わったらまたごろごろまで来てくれ」
「やれやれ私はタクシーじゃないってのに…兎、とっとと乗りな。永遠亭行き特別急行だぜ!」
「ちょっと… 私にはてゐっていうかわいい…」
玄関に出て、二人は箒にまたがる。てゐは『兎』の呼び名に文句を付けるが…
「…名前があぁぁぁぁー!!」
彼女が乗るやいなや、魔理沙は急速発進する。カタパルトにでも載っていたかと思うばかりの加速、てゐの声が尾を引いていく。
「出発進行だぜ!!」
「それは出発する前に言ってー!!」
魔理沙は、雲を引いて永遠亭に向かっていった。
「ふむ、私も急がねば…」
「慧音様、どうかご無理は…」
呟く私に不安そうな里人が声をかける。
「大丈夫だ、心配ない。あの子らの笑顔をもう一度見たいからな」
そう、あの子達のために負けるわけにはいかないのだ。
「行って来る」
「慧音様、ご無事で」
里人の声を背中に受け、私はごろごろへ向け発進した。
少女飛行中…
ごろごろ上空
「あっ!来た!!」
私を見て博麗の巫女が叫ぶ。
「ごろごろは…かなり進んだな」
さっき見たときからはあまり進んでいない巨大陰陽玉であったが、それでも神社から見るとかなりの距離を進んでいた。
「ええ、里まで持ってあと二刻ってとこね。永遠亭の方は?」
「わからない、だがあの兎は頼みを聞いてくれたよ」
私は言った。一方博麗の巫女の方は『当然』と言った表情をしている。
「当たり前よ、あれで聞いてなかったら私が天誅を下してやるわ。今夜の晩ご飯は兎鍋、久しぶりのご馳走よ…ちょっと惜しかったかも」
本気で悔しそうだな…止めておかないと永遠亭に兎狩りに行きかねない。
「はぁ、あの兎には頼みを聞いたら霊夢の方はなんとかしてやると約束したんだ。この事件が解決したら、私が好きなものを食べさせてやるからそれで勘弁してやってくれ」
「え、本当に?私遠慮しないわよ、白いお米のご飯、みそ汁付き、漬け物に…目玉焼きだってつけてもらうわよ!?いいの?あ…野菜炒めも…それはさすがに欲張りすぎかなぁ、ううん、やっぱり野菜炒めもつけてもらうわよ!?いいの?本当にいいの?」
私の言葉に、私を食べかねないくらい威勢良くくいつく博麗の巫女。私は身の危険を感じて一瞬後退した。
目を爛々と輝かせ、必死に言う彼女の姿に、私は自分の記憶にある目玉焼きや野菜炒めが、彼女の言う目玉焼きや野菜炒めとは全く別な物ではないかと悩んだが、結論はどう考えても同じものだった。
「それぐらいならいくらでも奢ってやる。いつでもうちに来い」
「いいのっ?本当にいいのねっ!?武士に二言はないのよっ!?嘘ついたら百代先まで祟るからね!!」
「ああ、武士ではないが嘘はつかない」
今のこいつならやるだろうなぁ、そう思った私は言明する。まぁそうじゃなくても嘘をつく気はないが…
「ありがとー慧音っ!この恩は一生忘れないわっ!!」
「おっおい、よせ!」
途端に抱きつかれた、私の両手を握った博麗の巫女はるんたったと踊り出した。
と…
「何やってんだお前ら?」
「魔理沙か」
「魔理沙ね」
私が冷たい視線を感じ振り向くと、そこに居たのは永遠亭から急行してきた魔理沙だった。
「ああ、純度100%の魔理沙だぜ。お高いぜ?」
「そんなのどうでもいいのよ。今の私は、めくるめく豪華なディナーを想像して喜んでいたの、はぁ」
うっとりする博麗の巫女。そんなを彼女を見て魔理沙がこっそりと聞いてきた。
「おいおい、どういう事なんだ」
「ああ、あの兎を見逃す代わりに好きな物を食べさせる約束をしたんだ」
「へぇ、あのみっともない喜び方…約束したのは満漢全席か?」
私の言葉を聞いて笑って言う魔理沙。
「いや、ご飯とみそ汁と漬け物。目玉焼きと野菜炒め付きだ」
一瞬の沈黙
「え…あの、え、そんなんで?」
そして目を白黒させる魔理沙。『今聞いた献立では、どう頑張っても『ディナー』というよりは『朝ご飯』じゃないか?』とか考えているのだろう。
「ああ」
そんな魔理沙に、私は切ない声で答えた。何だろう、この頬を伝う暖かい水滴は?
「…今度神社に差し入れでも持っていくぜ」
「ああ、私もそうするよ」
一瞬の沈黙ののち、彼女はうるんだ瞳でそう言った。今私達の心は通じ合った…
「ちょっと魔理沙!奢って貰うのは私だけだからね!分け前が少なくなるのよっ!!」
そしてそんな私達を見てあらぬ不安に駆られたのか、博麗の巫女がが無理矢理話に割り込んできた。目がぎらぎらと輝いている…あのいつも泰然としている博麗の巫女は一体どこにいってしまったのだろうか…?
「ああ、思う存分食べろよ霊夢。それくらいきっと神様も許してくれるぜ」
そんな彼女に涙ながらに言う魔理沙。
「ああ、誰も邪魔はしないだろう」
そして私も同じく涙ながらに言った。彼女はそんな私達を不思議そうに見つめると…
「なんか分からないけど、私のディナーを邪魔しないのならまあいいわ。それで、永遠亭の方はどうなったの?」
話を元に戻した。
「ああ、それについてだが…」
魔理沙の話した所によると、てゐの言葉で永琳はあっさり説得されたらしい。「交換条件に今夜は永琳と一緒の布団で寝ることになったのー。きっと寂しいんだねー」てゐ談、らしいが…
ちなみに、てゐの隣で永琳が何やら鼻血を拭いていたのと、後ろで心配そうに見つめる鈴仙&面白そうに見つめる輝夜の姿が印象的だったとかなんとか…
「とまぁ術の方はなんとかなりそうだ…もっとも発動まで二刻以上かかるらしいが…」
そこで巨大陰陽玉を見る魔理沙。
「間に合わないぜ…」
そう、とても二刻は持ちそうにない。ごろごろはなおも前進を続けている。
「どうすんのよ~私のディナーが…」
もはや里より食事の方が先に来ている博麗の巫女…こらこら。
「むむむ、まずいぜ」
魔理沙もうなる、だがまだ手立てはある。
「二刻と少しならなんとかできるかもしれない。二人とも力を貸してくれるか?」
「乗りかかった船だぜ!つきあうさ」
「勿論よ!私の輝かしいディナーのために!!」
そんな私の言葉にすぐさま返答する二人、頼もしい。まぁ二人目のやる気の要因には少々疑問を感じるが…
さて、そんな二人に私は言った。
「ありがとう、ならばまず魔理沙、マスタースパークは何発撃てる?」
「四発はいけるぜ」
「なるほど…それから博麗の巫女、夢想天生は何発か撃てるか?」
「あれは消耗が激しいからなんとも言えないけど…二発、やってみるわ」
「なるほど、ぎりぎりだがなんとかできるかもしれない。博麗の巫女、ごろごろの進路上に夢想天生を撃ち込んでくれ」
「なるほど、対ごろごろ落とし穴ってやつね。わかったわ」
そう、私の計画はまさに落とし穴、博麗の巫女の夢想天生でごろごろの進路上に巨大な穴を作り、そこにごろごろを落下させるのだ。
しばらくたてば上がってくるだろうが、そこに魔理沙のマスタースパークを命中させれば再び穴に押し戻せる。
「夢想天生!」
大音響とともに、狙い違わずごろごろの手前に穴があいた。だがこの程度の穴ではすぐに上がってこられてしまうだろう。
「やはり深さが足りないな、連続して頼む」
「わかったわ、夢想天生!!」
先ほど命中した地点に寸分違わず命中する第二撃、すばらしい命中精度だ。
ごろごろの前面には巨大な穴が出現した。
「はぁ、疲れた。これでいいの?」
「十分だ、ありがとう」
私は器用にも空中で座り込む博麗の巫女をねぎらう。その時魔理沙が尋ねてきた。
「で、私はどうするんだ?」
「魔理沙、おそらくあのごろごろは、あの程度の傾斜ならば時間はかかるが登ってくるだろう。奴が頭を出したら直上から攻撃をかけてくれ、正面からだと土砂も一緒に吹き飛ばして穴が浅くなる」
「わかったぜ」
ごろごろ…
ごろごろはしばらく経つと、少しずつ滑り落ちながらも坂を登ってきた。それを見た私は魔理沙に言った。
「魔理沙、出番だ」
「おうとも!マスタースパーク!!」
ごろろん…
マスタースパークは見事にごろごろに直撃し、ごろごろは穴の底へと滑り落ちた。
ごろごろ…
「魔理沙、出番よ!」
「人使い荒いぜ、マスタースパーク!」
今度は霊夢の声で魔理沙から光線が放たれる。
ごろろん
少女奮闘中…
「はぁ、こっちはもう限界だぜ」
「だらしないわねぇ、魔理沙」
「お前だってへろへろだろうが、霊夢」
そして時が過ぎ…もはや魔理沙は限界に達してしまったようだ。
「まだなのか…?」
魔理沙が呟く、もはや二刻は過ぎた…
だが日はまだ高く、ごろごろが里に突入するまで日は暮れそうにない。
ごろ…ごろごろ…ごろごろごろ…
私は後のために今力を使うわけにはいかない、魔理沙はもはや限界のようだ。
そして…ごろごろは少し登っては滑り落ちながらも、徐々に穴を登っていく。
ごろん
ついにごろごろは落とし穴から脱出し、里に向け前進を再開した。ここから里までは半刻とかからないだろう、だが、私にはこれ以上時間を稼ぐする手立てはなかった。
「あとは永遠亭の薬師に期待するしかないか…頼むぞ」
私は、永遠亭の方を向いて言った…
その頃…
里の者が避難した砦
「おい、ごろごろが来るぞ」
「くそっ、一時は大丈夫かと思ったのに…」
「ああ、慧音様達だろうな、落とし穴に落としてこれで大丈夫かと思ったのだが…」
「無理…だったか、慧音様の力でも」
「里もこれまでか」
山上からごろごろを眺めた里人達の間には諦めの雰囲気が漂いはじめていた。
続けざまに起きた大爆発の後、巨大陰陽玉の動きが止まったのを見て一時は安心と思ったのだが、それすらも突破されてしまった今、里の命運は尽きたかに思われた。
「慧音様が時間を稼いでくれたおかげで、家財道具は大半が持ち出せた。命あらばいかようにもできよう」
「ですが里長様、家屋敷はともかく、今年の収穫がなくては…」
里長の言葉に若者が反駁する。一昨年の飢饉で里の備蓄米は底をついていた、今年の収穫がなくしては来年の食料は期待できない。
「うむぅ」
里長も言葉に窮する。あのような巨大ごろごろに押し潰されれば、家屋敷は勿論のこと田畑の復旧までは余程の時間がかかるであろう。そして、当然今年の収穫は期待できない。
だがその中でまだ諦めていない者達もいた、慧音に読み書きを教えて貰っている子ども達である。
「けーねせんせーがなんとかしてくれるよ!」
「うん、けーねせんせーつよいもん!」
この状況でなおも慧音の勝利を確信する子ども達。その願いがとどいたのかどうか…
巨大陰陽玉上空
「くしゅん!」
む…かぜでもひいたかな。
突然出たくしゃみに私は思った、しかし今は風邪なんかを気にしている場合ではなかった。
と、
「どうした慧音?風邪か?お前は霊夢じゃないからな、風邪の可能性は否定できないぜ」
「どういう意味よ」
魔理沙の心配(慧音宛)&皮肉(霊夢宛)に博麗の巫女がかみついた。
「そういう意味だぜ」
「あんたねー」
「いや、大丈夫だ、風邪ではない。それに夏風邪はバカが引くという諺もあるしな、風邪の可能性は否定したい」
うむ、所詮諺だがあまりいい気はしないのだ。
「成程、風邪には気をつけろよ、霊夢」
「だからどういう意味よ!」
いつもの調子を取り戻している博麗の巫女と魔理紗。しかしごろごろはその間にも里に迫りつつあった。
しばらくたって…
「もう、ぎりぎりだぜ」
「そうね、そろそろ危ないわ」
「…」
ごろごろは里と外部との境界線に達していた。あと四半刻もしないうちに里の田畑、家屋敷はごろごろに押し潰されるだろう…。
「く…」
これまでか…だが万策尽きたかと思われたその時、にわかに空が暗くなったかと思うとやがて地上を照らす満月が現れた。
「見て!満月よ!!」
「ああ、やってくれるぜ薬師!」
「永琳、やってくれたか…これならば…やれる」
そう、身体中に力がみなぎる…今の私の力ならば…やれるはずだ!
「おー強そうだぜ」
「人面犬とか人面岩になるんじゃないのね…やっぱり紫の言うことはあてにならないわ。って一回見てるけど」
隣で好き勝手を言っている二人の声が聞こえるが、そんなことにはかまっていられない。
「巨大化の歴史をなかったことにしてやる!!」
私は力を全解放した…
ごろごろは巨大化の記憶を失い、元の大きさに戻った。
小さくなったごろごろ…いや陰陽玉は、ころころ転がりながら里を通過していくがもう問題はないだろう。
「ふう」
私は安堵のため息をつく、と…
「「「けーねせんせー!!」」」
私は身体に軽い衝撃を感じて下を見た…
「お前達!?」
視界に入ってきたのは里の子ども達だった。なんでこの子たちがここに…皆と一緒に避難しているはずでは…?
「ありがとーけーねせんせー!!学校もお家も無事だったよー!!」
「あのねーあのねー、逃げてる間に宿題終わらせちゃったんだ」
「もうあのごろごろはいなくなっちゃったんだねーなの!安心なの!」
次々と話しかけてくる子ども達に、私は尋ねた。
「お前達…私の今の姿が怖くないのか?」
そう、私は今妖怪の姿だ。しかし子ども達は気にかける様子もない。
「だってけーねせんせーはけーねせんせーだよ?」
「角触らせてーけいねせんせー!」
「ずるいー私先なのー!!」
無邪気に私の角に触りはじめる子ども達。
「はは…ははは、そうか。これだから私は…」
私は…泣いた。
「けーねせんせーどうしたの!?」
「怪我したの?」
「痛いの痛いのとんでけーなの」
そんな私を心配してくれる子ども達。
だから私は…私は人間が好きなんだ。守りたいんだ…
「いや、大丈夫、目にゴミが入っただけだ。大丈夫」
私は言った。子ども達はすぐに笑顔を取り戻す。
「やれやれ、強がっちゃって」
「まぁいいんじゃない?こういうのも」
そんな私を見て、離れたところで博麗の巫女と魔理沙が話していた。
…と、子ども達が博麗の巫女を見て固まる。
「どうしたの?」
彼女が不思議そうに言った瞬間…
「悪い巫女だー!!」
「やっちゃえやっちゃえー!!」
「やっつけるのー!!」
「は!?え…」
「このー!」
「やっけてやるー!!」
「なのー!!」
子ども達に襲われる博麗の巫女、そういえば子ども達はこの一件はまだ彼女のせいだと思って…
「わっ!ちょ…誤解だってば!!やめてー!髪引っ張らないで~!!!慧音何とかして~」
子ども達にまとわりつかれている博麗の巫女、私はどうにかして子ども達を止めようとするが…
「こら!お前達!!やめなさい!!!その巫女は悪い巫女じゃ…ないとも言い切れないが、今回の事件とは全く関係ない…とも言い切れないな」
うむむ…どういう言葉で止めるべきか、適切な語句を使わないと子ども達の教育上よろしくないしな…
「わっ、慧音!悩んでないで止めて~!!魔理沙でもいいから」
「おい、その巫女は悪い巫女だぜ。放っておくと里が食べられちゃうぞ」
ところが、魔理沙は子ども達を止めるどころか、ここぞとばかりに煽り立てた。
それを聞いた子ども達はさらに張り切る。
「やっぱりー!」
「そうなんだ!!」
「悪いのダメなのー!!」
「バカ魔理沙~!!覚えてなさい!!」
魔理沙を責める間にも、子ども達の包囲はさらに狭まる…そして
「きゃ~ストップ!やめて…やめ…やめないとぶっとばすわよ~!!!!」
いかん、少々悩んでいたら、博麗の巫女の我慢が限界に達したらしい。
「怖い~」
「わ~悪巫女が怒った~!!」
「けーねせんせー!助けてなのー!!」
子ども達はあっという間に私の後ろに隠れる。
「あのね~、はぁ酷い目にあったわ。慧音、誤解は解いておいてよね」
ぼろぼろになった博麗の巫女、服のあちこちに小さな足跡がついているのはご愛嬌か。
「ああすまない。お前達、この巫女は里を襲いに来たんじゃない、守りに来たんだよ。ほら、謝りなさい」
私は子ども達を優しく諭した。
「ごめんなさーい」
「ごめんね」
「ごめんねなのー」
「う…そんなに素直に謝られると怒れないじゃない…こうなったらこの落とし前は犯人とデタラメ新聞記者にまとめて…」
素直に謝る子ども達は責められないのだろうな、その鬱憤は見知らぬ犯人と新聞記者に向いている。
ちなみに、私の周りでは…
「ねーねー、けーねせんせー。あの巫女さんホントにいい人なの?なんか怖いなのー」
「しー、そういうことは黙って居るんだ。そうしないと食べられちゃうぞ」
「はいなのー」
という会話がかわされていたのだが、これは博麗の巫女にとっては知らぬが仏というやつだろう。
「さて、里も無事だったことだしとっとと帰るか」
私が、子ども達を「ほら、お母さん達が心配しているぞ」と言って帰したあと魔理沙が言った。
だが…
「ちょっと待って、犯人探しどうすんのよ?」
「あーもういいだろ、里も守ったし」
解散に反対する博麗の巫女と、とっとと帰ろうとする魔理沙。
「そういうわけにはいかないのよ!突然陰陽玉が巨大化するなんて…それに私の神社を圧壊(?)させてくれたお礼はしっかりさせてもらうわ」
博麗の巫女に言われた魔理沙は、あっさり前言を翻した。
「んーまあいっか、暇だし」
と言うと博麗の巫女に続く。私は…もう犯人がわかっているのだが…この連中を放っておくと何が起こるか分からないな。
「私も行こう」
そう言うと、私も彼女達に続いた。
「よ~し、あの陰陽玉を追うわよ」
復讐に燃える霊夢に続き、私達はころころ転がる陰陽玉を追っていった…
さて、満月が呼ばれる少し前まで時間を戻そう。
里から数里程の所にある針葉樹の森の中にある一軒家、そこではとある少女が人形の製作にいそしんでいた。
「はぁ、今日で来客なしは35日目かぁ」
ちくちくと針を操る少女…アリス・マーガトロイドは手を止めた。カレンダーには『×』印のついた数字が35個並んでいる。ちなみに、36日前に訪れたのはどこで住所を知ったのか新聞勧誘に来た射命丸であった。
窓から木漏れ日が差し込んでくる窓辺、そこで物憂げに外を見る少女というのはなかなか絵になる場面であったが…
「ねぇ上海、私ってそんなに影薄いのかな?」
「…」
そこで物言わぬ人形に話しかける少女…というのは少しこわかった。
「…まあいいわ、私は都会派魔法使い。ドライな人間関係が基本よ!」
勝手に落ち込み勝手に復活するアリス…「このままだと精神病院送りだぞ~」とか、「ドライどころか人間関係自体がないじゃないか」というつっこみはしないであげよう。
と、その時…
がしゃん!
「なっ何!?」
誰かの攻撃かしら?と身構えるアリスだが、第二撃は来ない…
そして、アリスの視線の先でふわっと浮かんだものがあった。
「陰陽玉?」
そう、これは確か霊夢が持っている陰陽玉…でもなぜ?
首を傾げるアリス…と
「…モダチ」
「え…」
「トモダチ、ジブントモダチ」
「陰陽玉が…意識を持ったの?」
陰陽玉が言葉を発している…アリスは戸惑った。
「トモダチニナル、ネガイカナエル」
「…そっか、私の願いに応えてここまで来たのね。これじゃ怒るに怒れないわ」
全てを察してくすりと笑うアリス、とまぁここで終わればそれなりにきれいな話になったのだが…
その時アリス邸に迫る三人の人影があった。そう、慧音、霊夢、魔理沙の三人である。
アリス邸手前
陰陽玉を追っていた私達はとある家の前まで来て立ち止まっていた。こんな所に家があるとは知らなかったが…一体何者の家なのか。
少なくともさっき陰陽玉が飛び込んでいったということは事件の犯人の家である可能性が高い。
「あの家の奴が犯人か?」
魔理沙の言葉に博麗の巫女は反応した。
「あの家に向かう!!」
ああ…怒っているな、犯人には少々同情する。
バキッ!
「あのごろごろはあんたが原因だったのね」
扉を蹴破るなり博麗の巫女が言った。もうちょっとましな入り方はできなかったのか?一方、相手の方は驚きの表情を浮かべて言った。
「霊夢!それに魔理沙と…慧音?」
ふむ、確か永夜事件の時に魔理沙とコンビを組んでいた…アリスか。
「…それがどうして、遊びに来たの?」
期待の視線で私達を見るアリス、扉を蹴破って遊びに来る奴はいないと思うが…
そんな彼女に博麗の巫女は無情な言葉を発した。
「誰があんたみたいな見知らぬ七色魔法莫迦の所に遊びに来なきゃならないのよ!」
「旧友に会ったのに挨拶はそれ?」
「だからあんたなんか知らないって言ってるでしょ」
「う…」
かけらも覚えていない霊夢。
続いて魔理沙が首を傾げながら言う。
「っていうかお前誰だ?ん、どっかで会ったような…?」
「な…魔理沙、あんたとは永夜事件の時にコンビを組んだでしょうが!」
「あー思い出したぜ。カリウスだっけ?いやハリス?」
「アリスよ!」
ほとんど覚えていない魔理沙。
「ま、まああんた達に覚えてもらってなくても、『全っ然』問題はないんですけどね」
強がるアリス、だが目が潤んでいるぞ?
「永夜事件の時に会ったな、上白沢慧音だ」
「そうね」
私の言葉にアリスは言った、念のため付け加えておこう。
「ちなみに私も遊びに来たわけではないぞ」
「わ…わかってるわよ!」
少々可哀想になってきた…
「じゃああんた達は一体何をしに…」
勝手に友達だと思っていた二人に、友達どころか存在すら忘れられていた事にショックを受けたのだろう、アリスはやけになったように言った。
「ふふ…それはね」
その瞬間凄惨な笑いをする博麗の巫女…『楽園の素敵な巫女』と言うよりは、もはや『地獄の不敵な処刑人』といった表情だ。
「~!?」
恐怖に心臓を鷲掴みにされたのか、アリスは後ずさった。が、博麗の巫女はその分前進して…言った。
「私の神社を潰してくれたお礼をする為よ!夢想天生!!」
ここに来るまでの間に、幾分復活した博麗の巫女が放つ一撃、それは見事にアリスを吹き飛ばした。
「きゃっ~!!」
動力なしで空を舞うアリス、そこへ…
「私の家のお礼もさせて貰うぜ(犯人霊夢)!ファイナルマスタースパーク!!」
「きゃうっ!!」
アリスは見事なコンボでお空の向こうへと吹き飛ばされていった。哀れな…
「せいせいしたぜ!!」
「そうね、あ、慧音、約束は忘れないでね!絶対よ!!」
それを見てすっきりした表情で言う魔理沙と、しっかり食事の催促をする博麗の巫女、彼女の顔つきは真剣そのものである。
「ああ、いつでも来い。約束は守る」
「ありがとー慧音っ!明日でもいい?」
素晴らしい笑顔で私に抱きつく博麗の巫女。後ろではそっと魔理沙が目元をぬぐっている。
「ああ、構わないぞ」
「やった~、明日はごちそうよっ!!じゃあまた明日~♪」
彼女は踊りながら去っていった。
「じゃあな」
「ああ、協力感謝するよ」
「気にするなって」
そして少し照れた表情で去っていく魔理沙。
あの二人には世話になった。博麗の巫女には責任の一端がある気がするが…魔理沙には今度礼をせねばならないな。
「さてと…」
二人を見送ると私は歩き出す。
「う…何よ、私が何をしたっていうの…」
あきほどの場所からかなり離れた丘の上で、アリスはぼろぼろになって座り込んでいた。
訳のわからないうちに心身共に痛めつけられ、家の遥か彼方にまで飛ばされたのだ、ぼやきたくもなろう。
「痛っ!」
立ち上がろうとして激痛に悲鳴を上げ、再び座り込むアリス。
「くっ、参ったなぁ」
そんな彼女に、後ろから近づいた私は声をかけた。
「大丈夫か?」
「え…あんたは…」
私を見て戸惑った表情を浮かべるアリス、まぁ当然の反応だろうが…
そんな彼女に私は言葉を重ねた。
「やれやれ、あの二人は手加減なしだな。ほら、傷口を見せろ」
「え…ええ」
アリスは、呆然としたまま傷を見せる。
「やれやれ、酷いな」
傷口を見た私は、そう言うと早速応急措置をはじめた。某友人は論外として、子ども達が遊び回ってよくケガをするので救急セットは常に持っている。
「上手ね、応急措置」
応急措置をする私を見て、アリスは感心したように言った。
「ああ、知り合いがいつも怪我してくるからな。子ども達に至っては怪我をしない日などはない位だ」
そう言って私は苦笑する。
「成程、あなたが『人間好きの妖怪』だったのね。でもなぜ私まで助けるの?」
そんな私に、彼女は疑問をぶつけてきた。なぜさっきまで博麗の巫女や魔理沙と一緒にいた私がなぜ自分に気を遣ってくれるのかわからないのだろう。そのアリスの疑問に対して、私は言った。
「ん、まぁ何だ、友人の居ない寂しさは判るつもりだ。それに里も無事だったんだ、これ以上何かする必要もないだろう」
「なっ!私は…」
思わず首をふって否定するアリス、だが…
「神頼みする位だ、否定はできまい?」
「~!!!」
今の私はたぶんいたずらな笑顔をしているのだろうな。私はごろごろが巨大化した歴史を食べた…そう、アリスが友達を欲しがるあまり神頼みに走った歴史を…
アリスは真っ赤になって沈黙した。
「私も…妹紅や里の皆に会うまでは孤独だった。半獣…いつの時代も中途半端な存在というものは両方から嫌われるものだ」
「あなたは…」
私の言葉に、アリスは何か言いかけて…やめた。
「いたっ!?」
「よしっ、終わりだ」
私は、アリスの身体中(本当に傷だらけだった)の傷口を消毒&薬を塗り&包帯を巻き終えると、包帯の巻いたところをポンッと叩き立ち上がった。
「あのねー、最後のは余計よ」
渋面を作り文句を付けるアリス、だが
「里を危険に晒した罰さ、そしてこれで罰は終わりだ」
私はのんびりと言った。彼女は調子を狂わされたかのような表情になる。
「…はぁ、どうやらあなたにはかなわないみたいね。治療してくれたことには一応お礼を言っておくわ。ありがとう」
顔を赤らめ視線を外しながらも礼を言うアリス。素直じゃないな、まったく。
「まぁいいさ、私の家まで連れて行くよ。傷が癒えるまでいるといい、お前の家は吹き飛ばされただろう?」
そう、手加減なしのあの二人が室内で思いっきりスペルカードを使ったものだからアリスの家は全壊、今やただの瓦礫の山になっているのだ。
「大丈夫よ、まだ地下室があるし、そこまで厄介にはなれないわ」
強がる表情の影に、寂しそうな垣間見させるアリス、仕方がないな…
「そうなのか?私は話し相手がいると気が紛れるから構わないのだが…」
「そうなの?ええ、それじゃあ仕方ないわね。私が行ってあげるわ」
私の言葉を聞くなり、渋々といった表情の影に楽しげな表情を見せるアリス。やれやれ、本当に素直じゃないな。どうしてこんなにひねくれたんだか。
「ありがとう…」
「ん?」
「何でもないわ、行きましょう」
私はアリスを背負い家路を急ぐ。満月の下、私の足音だけがペタペタと聞こえていた…
数日後…
慧音の家
「何でまだあんたがここにいるのよ!」
「あら?私はあなたの家来ではないの、どこにいたって構わないでしょう?」
「む…慧音ー、この莫迦とっとと追っ払っちゃいなさいよ!あとおかわり!!」
「博麗の巫女、そんなにかっこむと腹を壊すぞ」
アリスと口げんかしながらも、猛然とごはんをかっこむ博麗の巫女、器用だな、そしておかわりはこれで三杯めだ。そろそろお櫃その一が空になる、その二を用意しなければ…
「大丈夫よ、それに白いご飯なんて滅多に食べられないからここで食いだめを…うっ」
「やれやれやっぱりな、ここんとこ毎日食べてるだろうが」
そう言うなり彼女は腹を押さえてうずくまった。そんな彼女を見て皮肉っぽく言葉を発するアリス。
「所詮巫女は二色、その知能と品性は私の…」
「うるさい、だ・ま・れ」
「はぁ」
あれから数日、博麗の巫女は食事時になると決まって我が家を襲撃し、アリスの方もここから出ていく気配がない…というより、純和風だった我が家は、徐々に西洋…というよりアリスに浸食され、緑茶の代わりに紅茶が、卓袱台の代わりにテーブルセットが…と徐々に変えられていった。
私は、アリスはこの家に住み着くつもりではないかと疑っている。
「慧音、食事の後はティータイムね。優雅におしゃべりをたのしみましょう」
「勘弁してくれ…」
そう、アリスの『おしゃべり』は夕飯時まで続くのだ。私は他人と話すのは嫌いではないが、それでもこれが連日続いてはかなわない。
「ティータイム!?お茶菓子出るの?私も参加するわ!!」
そして、もはや食の亡者と化している博麗の巫女。衣食足りて礼節を知るとはよく言ったものだ。
「あら、あなたはお呼びではないわ。『優雅に』っていうのが聞こえませんでした?」 「この性悪七色魔法莫迦!」
「はぁ」
私は思った、我ながら軽率な同情をしてしまったのかもしれない…と。
だが明るい家に響く明るい声、こんなほんわかした日常が、多分一番大切なのだろうと私は思う。
「という訳で今に至るわけだ、わかってくれたか?」
話し終えると、私は目の前の少女…妹紅に語りかけた。
「わかった、つまりあのお邪魔虫を追っ払えば万事解決なのね」
全然わかってない…っていうか『わかった』が指し示す語句が異なっている気がするぞ?
そう、アリスが我が家に住み着くようになってから、どうやら妹紅が私をアリスに『取られた』と勘違いしたらしく、連日連夜アリスに攻撃を仕掛けに来る。
さらにその場に博麗の巫女がいようものなら、食事を固守しようとする彼女と、アリス妹紅の三つどもえの弾幕決戦が行われ、周囲は焦土と化してしまうのだ。
おかげで里の者達は巻き添えを恐れて我が家に近づかなくなるし、周囲の森に火の手がまわらぬように私がかけずり回る羽目になっているのだ。
戦闘が外で行われるのがせめてもの救いで、我が家は少し焦げたくらいで持ちこたえている。もっとも…それもいつまで持つかわからないが…
という訳で、丁度アリスが家…の跡に色々と取りに行っている今日、妹紅を呼んで説得を行うことにしたのだ。
「慧音~あの莫迦二人とっとと出入り禁止にしちゃいなさいよ」
と、妹紅は言うが、そんなことをしたら博麗の巫女は「約束を違えたわねっ!」とか言って怒り狂い、アリスは「と…友達だと思っていたのに」とか言って泣き伏すのが目に見えているので、間違ってもそんなことはできないのだ。
私は、三人が仲良く友達になってくれれば非常にありがたいのだが…そうそううまくはいかないのだ。
あと、妹紅が『私の友達は慧音だけ、慧音の友達も私だけ』とか思っているのもまずい、そういう見方をされても困るのだが…
「慧音~」
猫なで声を出して私に抱きついてくる妹紅に、私は
「妹紅、もうちょっと大人になれ。あの二人を追い出すのは少々可哀想だか…」
らお前も仲良くしてやってくれ、と言おうとしたのだが…そこまで言った瞬間妹紅の動きが止まった。
「妹紅…?」
一瞬沈黙が室内を包む。
そして次の瞬間妹紅が叫んだ。
「私よりあの二人の方が大切なのね!慧音のばかー!!!」
「おわっ!?」
妹紅はそう言うなり、炎の翼をひろげて空へと舞い上がっていった…屋根を燃やして。
「はぁ」
今日は屋根の修理で一日つぶれるな、延焼しなかったのがせめてもの救いだ。
あと妹紅、せめて森の上を『火の鳥』になって飛んでいくのはやめてくれ…火の粉が降っているから…
「はぁ」
私はもう一度ため息をついた。後で妹紅の誤解をどうにか解かないと…しかしあまり妹紅に構ってばかりだとアリスが…
ああ、学校を休む訳にはいかないし…そもそもあの子達に会って心を休ませないと私の精神が持たない、それにしてもなぜ私の周りにはこんなに問題児が集まってくるのだろうか?その内気苦労のあまり、白髪どころか禿げてくるんじゃないかと、私は自分の髪の毛が心配になってきた。
問題児ズが発生させる悩みの完全包囲下に置かれた私、頼むから皆これ以上悩みを増やさないでくれよ?私は思った。
その日の晩
博麗神社本殿前
「慧音が…また…しと…遊んで…ように」
歴史は繰り返す。
『おしまい』
ご指摘ありがとうございました、仰るとおりです。直ちに訂正いたしました。
今後はもっと丁寧に見直しをしたいと思います。申し訳ありませんでした。
中盤、落とし穴とか満月とかの辺りをもうちょい書いてもらいたかったかな
>ぐい井戸・御簾田様
「あのねー、朝起きたら隣で永琳さま鼻血一杯出して寝てた(気絶していた?)の。チョコ食べ過ぎたのかな?」(てゐ談)だそうです。『今回は』無事だったようですよ?背後では鈴仙がほっと胸をなでおろし、輝夜が「ちっ」と言っていたとかいなかったとか。
>二人目の名前が無い程度の能力様
いつもは歯ごたえどころか色がほとんどないそうで…ご飯スープ?
>三人目の名前が無い程度の能力様
楽しんでいただけて本当に嬉しいです。私の頭の中ではどんどん霊夢がこんなキャラに…
>落とし穴とか満月とかの辺りをもうちょい書いてもらいたかったかな
アドバイス本当にありがとうございます。あちこちで描写不足になるのは友人にも指摘されている私の欠点です…今後は、もっとバランスよく物語を組み立てられるように頑張りますので、何卒これからも見守ってやって下さい。
が、
ファイナルマスタースパークと夢想天生は自分の中じゃ切り札中の切り札という位置付けなのでポンポン出されて少し違和感を感じました。
まぁでも、自分の中での位置付けだしどうだっていいんですけどね。w
次回作にも期待させてもらいますねっ
ご意見ご感想ありがとうございます!そう言っていただけると本当に嬉しいです。
>ファイナルマスタースパークと夢想天生は自分の中じゃ切り札中の切り札という位置付けなのでポンポン出されて少し違和感を感じました。
白状しますと、改訂前にはもっと乱発させていたのを、友人から同様の指摘を受けて(これでも)減らした経緯があります。やはり人の忠告は聞くものですね…後悔&反省。
そして適切なアドバイスありがとうございます、次回作以降に役立てます。とても次回作を期待してください…と言える技量はありませんが、皆さんのご感想を励みに全力をもって頑張りますので、どうか見守ってやってください。
色々描きましたがアッザム氏の作品は投稿ごとに面白くなっているので次も期待しております。
ご意見ご感想ありがとうございました。楽しんでいただけて光栄です。
>地の文がただ淡々と描写をしている感が強く、また詰め込みすぎたのか展開が急
この二つは一番直したいと思っている欠点なのですが、なかなかうまく書けません。ですが、お言葉を肝に銘じてもっと上手い作品をお届けできるように努力いたしますので、これからもどうかよろしくお願いします。
>色々描きましたがアッザム氏の作品は投稿ごとに面白くなっているので次も期待しております。
ありがとうございます、そう言っていただけると本当に嬉しいです。私は、『面白かった』はもちろん、『~を直した方がいいよ』とかの言葉をいただくととても喜ぶ人間です、次回作を頑張ろうという気持ちに直結しますし…。
色々と至らない所ばかりですが、これからも『ここは…』という点があればどんどん言って下さい。とても助かりますしとても嬉しいです。
長くなってしまいましたが今後もどうかよろしくお願いします。
続編があったら是非見さして欲しいです。
かなり面白かった。
ご感想ありがとうございます!楽しんでいただけたようでとても嬉しいです。
>続編があったら是非見さして欲しいです。
続編の計画は今の所ないのですが、同じ作品集の上の方に外伝を出しています、もしよろしければこちらも読んでいただければ嬉しいです。
面白かったです!
気になったんで指摘をば
>まして博麗の陰明玉だ
>試しに陰明玉の歴史を見ようともしてみたが
>六人目の名前が無い程度の能力様
そうなんですよ、どうしても慧音は苦労人な印象がw
>七人目の名前が無い程度の能力様
ご連絡ありがとうございましたw久々にくるくると回っていて慌てましたorz
投稿直後から数えると一年半以上にわたって誤字を放置していた計算に…