(注) 作品集27『白玉楼の悪魔様』の続編です。
まさに直結してますので、この話から読み始めても意味不明な可能性が高いです。
あらかじめご了承下さいませ。
「レボリューショォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
十六夜咲夜という名の嵐は去った。
革命を口にしつつ、実行動は全力での逃亡。
加えて、涙とも汗とも鼻水とも鼻血とも付かない液体を振り飛ばしながらの疾走である。
精神的余裕が完全に失われた証拠と言えよう。
そんな影が消え去って行った先を見つめる二人の少女。
「本当に良かったんですか?」
少し不安気な面持ちで問いかけるのは、メイド服に身を包んだ小柄な少女、魂魄妖夢。
「いいの。むしろあれくらいショックを受けてくれないとお仕置きの意味が無いわ」
満足気に答えたのは、ここ紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
「はあ、そういうものですか」
「アイデンティティの欠落によって、ゲシュタルト崩壊を起こしただけよ。
きっとお腹が空いたら帰って来るでしょう」
「まさか、い……」
妖夢は、犬じゃあるまいし、と言いかけて止める。
流石に肯定するつもりはないが、完全否定するには躊躇われる事象だったからだ。
恐るべき刷り込みの力である。
「さて、それよりも貴方よ」
「はい?」
「はい? じゃないでしょ。
これからしばらく侍従長をやって貰うのは、冗談でも何でも無いんだからね」
「……そうですね。まさか私もこうも早く実現するとは思ってませんでしたけど」
言いながら、昨晩の会話を思い返す。
『もしも、ここを出るような事態に遭遇したら、紅魔館に来なさい。
特別に面接無しで雇ってあげるわ』
交わした時点では、お互いに冗談のようなものと認識していた筈である。
が、それは直後に発生した一大イベントを機に、紛うことなき現実として目の前に現れたのだ。
それもこれも、全ては二人の変態が原因である。
「何よ、いきなり弱気発言?
こっちとしても貴方には頑張ってもらわないと困るんだけど」
「まさか。覚悟が出来ているからこそ、私は仕官を望んだんです。
少なくとも、レミリア様が咲夜を許すまでは、私もアレを許すつもりはありません」
覚悟の程は、呼称の変動からも良く分かる。
つい昨日までご主人様と慕っていた人物が、早くもアレに格下げだ。
某IT株とて、こうも急落はしまい。
「そう。……っと、丁度その覚悟とやらを示す相手が来たようね」
言葉の示す通り、朝でありながら薄暗い廊下の先から、一人の少女が歩み寄ってくるのが見えた。
廊下に勝るとも劣らないほど暗い表情に、開場を拒否して久しかろう瞼。
それが眠いだけなのか素なのかは判断に苦しむ所ではある。
「おはよう、パチェ」
「あら、おはようレミィ。まだ起きているだなんんて珍しいわね」
「少しばかり事情があってね」
レミリアは、くい、と顎をしゃくっては、隣の妖夢の存在を示唆する。
「細かい理由は省くとして、今日から新しくこの娘がメイド長になったから」
「へぇ、そう」
「(……って、それだけ?)」
僅か四文字の感想には、妖夢は戸惑いを覚えた。
レミリアとフランクに会話している事から察するに、紅魔館でもかなり格の高い人物であるのは間違いないだろう。
が、これまでの経験から言って、そういう輩は得てして変わり者であると第六感が知らせてくれている。
もっとも今回の場合は一目で気付いたが。
「私、魂魄妖夢と申します。
今だ若輩の身ではありますが、どうぞ宜しくお願いします」
ともあれ、まずは挨拶から始めよう。
それが妖夢の結論だった。
「……」
返答は無い。
というか、何一つとして反応が無かった。
聞こえていたのかどうかすら怪しいものである。
「あ、あの?」
「……」
「もしもし?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
パチュリーは黙して語らない。
ただ一心に、独特の上目使いで見据えるのみである。
自然、睨まれる形となった妖夢も言葉を失う。
かといって、魂的に負けた気分になるという理由から、視線を逸らす事も出来ない。
そういう訳で、早朝の廊下でガンを付け合う少女二人という、何ともシュールな光景が展開されていた。
介入すべき立場のレミリアが、何も言わないというのが、また問題ではあるのだが。
「……18点ね」
「は?」
「今、私独自の調査方法で貴方の猫度を判定していたの。
それにしても、これはひどい」
「……はあ」
「いい? ああいう状況では気紛れに目を逸らして欠伸をしたり、
相手の背後に見えない筈の物を見てしまったような仕草を取ったりしなければいけないのよ。
でなければ、猫を自認するなど夢のまた夢……そう、それよ。間違っても1すすめるカードは捨てないで」
「……はあ」
この時点で、妖夢のパチュリーに対する評価は、変人の二文字で確定された。
挨拶をしたというのに、突然押し黙る。
口を開いたかと思ったら、飛び出したのは意味不明な言動の数々。
そもそも妖夢には、猫を自認した記憶など一度も無い。
この評価もむべなるかな。
が、そんな心情など知ったことではないとばかりに、パチュリーの妄言は勢いを増す一方であった。
「しかし、諦めるにはまだ早いわ。
何の因果か、貴方にはツリ目に銀のおかっぱ頭という外見的な特徴が残されているの。
これを有効に活用すれば、猫への道はワールドカップ優勝への道と等しいくらい近いものなのよ!」
「……はあ、果てしなく遠そうですね。せめてWBCにはなりませんか」
「と、いう訳で、お近づきの印に素晴らしいアイテムをプレゼントしましょう。
受けとってくれないと泣いて暴れて提訴するわよ」
まったく会話になっていなかった。
パチュリーがずい、と突き出してきたものは、どこかデジャヴを感じる一品。
世間的にはカチューシャと呼ばれる物だが、二箇所ほど不自然な突起がくっ付いている。
言うまでもなく、猫耳だ。
ここで、ふざけるなと投げ返すなりでもすれば、運命は大きく変えられたであろう。
だが、パチュリー時空に完全に飲み込まれていた妖夢は、その運命から抗う事が出来なかった。
「はあ……ありがとうございます」
要するに、訳の分からないままにそれを受け取り、あまつさえ装着したのである。
「「オォーウ……」」
パチュリーとレミリアの声がハモる。
何故か二人ともアメリカン感嘆であったが、不思議なまでに違和感が無かった。
「良いわね……これは非常にグッドなチョイスよ。
クイーンオブ無駄知識の名は伊達じゃないわね」
「無駄というのが余計だけどありがとう。
そもそも、その日本語と英語の入り混じった二つ名は、レミィ以外に誰も活用してないわ」
「そんなに褒めないでよ」
流石は不夜城レッドだ。
皮肉を言われてもなんともないぜ。
「……でも、まだ足りないわ」
「はい?」
「それだけでは不完全だと言いたいのよ。
完全な猫となる為には、もう一つ肝心なものが必要なの」
「はあ……というか、何時の間に私は猫を目指す事に……」
「シャラップ! 猫にもネコにも受けにも口答えは不要!
貴方は黙ってこれを装着すれば良いの!」
パチュリーは勢い込んで言うと、何やら細長い物体を取り出しては妖夢へと突きつける。
猫で耳と来たのだから、次に何が来るかは自明の理である。
「尻尾……ですか?」
「他の何かに見える?」
「い、いえ、そうではなくて、何か動いてませんかそれ」
「当たり前でしょう。動かない尻尾はただの尻尾よ」
「それこそ当たり前では……じゃなくて、ど、どうやってそれを付けろと?」
「どうやって、ですって? ……ふふ、嬉しい事言ってくれるじゃないの」
ジュルリ、と危険な効果音が聞こえた。
そして、恐らくそれは気のせいではない。
パチュリーの瞳が、明らかに危険な光を宿し始めていたからだ。
ならこれまでは正常だったのかと言われると、非常にコメントに困るのだが、
そこは知識人の懐の深さに免じて許して頂きたい。
実は胸の谷間もかなり深いのだが、それは服の上からでは分からないし、何より今は関係無い。
「お、落ち着きましょう。どうか冷静に。
わ、私はただ侍従長に就くに当たって、ご挨拶を申し述べたかっただけでして、
猫とかそういう物には興味が……」
「安心して、痛いのは最初だけよ。その内、自分から求めるようになるわ」
「聞いてない!? というか飛躍してる!?」
拙い。
色々と拙い。
このままでは、表に出せない音やら台詞やらが飛び交いかねない。
そんな素敵な未来予想図を思い浮かべた妖夢は、助けを求めるようにレミリアへと視線を送る。
「……くー……」
「って、寝てる!?」
考えてみれば、夜行性である吸血鬼が、昨朝から行動しっぱなしだったのだ。
眠いのも当然だろう。
……と、無理やりに自分を納得させようと試みたが、流石に状況的に不自然過ぎる。
ここは狸寝入りと見るのが常道である。
もしや、昨日からの一連の出来事は、すべて自分を贄にするための演技だったのではないか。
そんな被害妄想すら浮かぶ始末であった。
「(ど、どうしよう、このままじゃ開幕から数分で貞操が……)」
開幕という言葉が些か理解不能だが、ともかく妖夢は精神的にも肉体的にも追い詰められた。
実際の所、得意の腹パンチでもブチかませば切り抜けられもしたろうが、悲しいかなそれが頭に浮かんでくれないのだ。
そんな妖夢に、うぃんうぃんと唸りを上げる尻尾……のような何かを手にしたパチュリーが迫る。
「自分でやるのが嫌なら、私が付けてあげましょう。
こう、抉り込むように……ゴファ」
刹那、それこそ抉り込まれたかのような断末魔が発せられた。
豪快に喀血しつつ倒れこむパチュリー。
「もう……どうして寝起きは無駄にテンション高いんだろ」
いかにも困りました。といった趣の呟きを漏らしつつ、一人の少女が姿を見せた。
その手には、随分と年季の入った鍬。
先端部から血が滴り落ちている事から、この鍬で後頭部を一撃したと推測されよう。
どこに出しても恥ずかしくない、立派な殺人現場の誕生だ。
「ええと、大丈夫でしたか?」
「え、は、はい。あと数秒という所でしたが何とか」
「それは良かったです」
ああ、この館にもまだ、まともな輩が存在したのか。
……そう思いたい所であったが、血で染まった鍬の存在のせいで台無しだった。
しかも性質の悪い事に、花が咲いたような笑顔である。
正に小悪魔と称するに相応しい諸行と言えよう。
「あ、名乗るの忘れてましたね。パチュリー様の使い魔をさせて頂いてる……、
ええと、本名は諸般の事情で言えませんので、小悪魔と呼んで下さい」
「って、まんまかい!」
「はい?」
「し、失礼しました。
私、此度侍従長の役に任ぜられました魂魄妖夢と申します。以後、お見知りおきを」
「用務さんですね。こちらこそ宜しくお願いします」
「いえ、用務ではなく妖夢です」
「え? 用務?」
「いや、だから妖夢……」
微妙すぎるニュアンスの違いは、時として二人の間に深い溝を作った。
もっとも、字面だけだと分からないのだが。
「あー、もう用務員でも臭作でも何でもいいです。
それよりも、助けていただいた私が言うのも何ですが、ご主人様にそんな事しちゃて大丈夫なんですか?
そもそも、それ生きてます?」
「へっちゃらですよ。この方、病弱極まりない癖に怪我には強い特異体質ですから」
「はあ……多村みたいな人ですね。いつもこんな感じなんですか?」
「方向性は大体こんなものですけど、いつもと言うには少し御幣がありますね。
今のは多分、寝起きでハイになっていたのに加えて、初対面で緊張していたからだと思います」
「き、緊張、ですか?」
「はい。割と人見知りなさる方ですから。
ただ、少しばかり思考回路が常人から外れてるので、照れ隠しでああいった行動に出てしまうんです」
「(……私は照れ隠しで人生の危機を迎えさせられたのか……)」
人知れず戦慄を覚えた妖夢を余所に、小悪魔は血の海に沈んだままのパチュリーへと歩み寄る。
「ほら、パチュリー様。こんな所で二度寝だなんて行儀が悪いですよ。お部屋に戻りましょう」
「ララァ……光が見えるよ……」
「朝ですから、日光くらい見えますよ」
「私の母親になってくれる人だったのだ……」
「ならパチュリー様は父親になって下さいねー」
寝言とも憑依とも付かない呻き声を上げるパチュリーを、
小悪魔はまったく動じること無しに切り返しながら、背に負ぶる。
一連の動作から、手馴れているのは明白であった。
「普段、私は大体畑……じゃなくて図書館にいますので、
機会がありましたら、またお話しましょう」
「あ、はい、是非」
「では、失礼しますね」
「やらせはせんよ……やらせは……」
今だ続く妄言をBGMに、二人は元来た道を戻って行く。
微笑ましい光景と言えないこともないのだが、過程がアレでは無理な相談だ。
「(……世間は広いなぁ)」
点々と続く血の跡を眺めては、そんな感想を抱く妖夢であった。
『レミリア様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
「って、今度は何!?」
素っ頓狂な叫び声が響き渡る。
その声の主は、小悪魔達が去っていった方向から、砂煙を上げて猛然と突っ走ってきた。
屋内で砂煙とはどうしたことか、との突っ込みがあるかもしれないが、
事実として発生しているのだから認めざるを得ないのだ。
「……んー? 誰か呼んだ?」
「本当に寝てたんですか……」
「仕方ないでしょ、吸血鬼は夜行性なのよ……で、呼んだ?」
「いえ、私ではなく、アレが」
妖夢の言うところのアレが、ドップラー効果を実証しつつ、一瞬の内に二人の前へと滑り込んだ。
その人影……いや、誰であるかは説明するまでもないだろう。
紅美鈴さんです、はい。
「れ、れ、れ、れ、れ!」
「って、中国じゃない。箒が欲しいの?」
「違います! れ、れ、レミリア様! い、い、い、一体、ど、ど、ど、どういう事ですかっ!
今しがた咲夜さんが、涙と鼻血を振りまきつつジルバのリズムでイナバウアーを繰り出しながら、
陽気かつ悲壮感たっぷりに時速480キロで明日に向かってブーストジャンプしていったんですよ!」
「それはまた想像に苦しむ光景ね……」
「茶化さないで下さい!」
「いや、どう考えてもあんたのほうが茶化してる気がするんだけど」
「と、ともかく、何があったのか説明を求めます!
これは決して私的な興味ではなく、門番長の任を勤めるに当たって必要不可欠な情報……」
「あーもう、やかましいわね。メイド長から降ろすって言い渡したら、勝手に飛び出して行っただけの事よ」
まるで当然の事かの如く、あっさりと口にするレミリア。
「……マジっスか?」
「一々聞き返すな。私は眠いのよ」
「そ、そんな、咲夜さんが一体何を……」
そこで美鈴の言葉が途切れる。
それどころか、身体の動きそのものが停止していた。
静と動が凄まじく極端だ。
「どうしちゃったんですか? この人」
「さあね。大方、咲夜が『何を』仕出かしたのかを妄想しているんじゃないの?」
「……なるほど」
恐らくは、思い至る節が溢れるくらいあるのだろう。
先程のパチュリー達との会話を振り返るにつけ、紅魔館は相当な変人揃いであると想像が付く。
が、そんな連中を従えるレミリアですら我慢ならなかったのだから、咲夜の日頃の行動が窺い知れようものだ。
知りたくは無いが。
「……ええと、お騒がせして済みませんでした。大体理解しましたので」
ようやく我に返ったか、美鈴がレミリアに向けてぺこりと頭を下げる。
「そう、どんな想像かは知らないけど、大体合ってる筈よ」
「さいですか……ところで、その娘は何者ですか?」
「それくらい流れから察しなさい。咲夜の代わりにメイド長をやって貰う娘よ」
「は?」
またしても絶句し、立ち尽くす美鈴。
が、その表情が、次第に剣呑なものへと変貌して行く。
「(……これが咲夜さんの代わり? 冗談にも程があるでしょ?)」
実際、そういった感想を浮かべるのも仕方ない事だったりする。
何しろ、今の妖夢の姿を客観的に述べるなら、
猫耳カチューシャを付けたメイド服姿の侍風味幼女である。
これを見て、そうか彼女ならば大丈夫だ。と思う輩には、精神科に行くのをお薦めしたいところだ。
咲夜は紛う事無き変態だが、完全で瀟洒なメイドという二つ名もまた真実なのである。
「ええと、アメリカンジョークですよね?」
「さっきからくどいわね。眠いんだって言ってるでしょう。
わざわざ法螺を吹くほど私は暇じゃないのよ」
「ですが……」
「デスもデジョンも無い。それとも何? お前は私の決定事項にケチを付けるつもりか?」
それまで投げやりだったレミリアの視線が、途端に鋭さを湛え出す。
何しろ彼女の沸点の低さは折り紙つき……というのは関係なく、眠いだけだったりする。
「そ、そういう訳ではありませんが、その……」
一瞬、怯んだ様子を見せた美鈴であったが、それでもなお食い下がる姿勢を見せる。
もう面倒だからドラキュラクレイドルで早朝の流星にしてやろうか。
等とレミリアが物騒な事を考え始めた矢先。
「中国だったか。その辺にしておけ。
文句があるのなら、私に直接言ったらどう?」
それまで黙っていた妖夢が、初めて口を開いたのだ。
「私は中国じゃなくて紅……」
「名前なんてどうでもいい。さっさと用件に入って」
「……分かったわ。
単刀直入に言って、あんたに咲夜さんの代理が務まるとは思えないの。
門番長を任せられる身としては、はいそうですかと受け入れる訳には行かないわ」
「何故だ? 私が子供だからか?」
「そう受け取って貰っても構わないわ」
「……そうか」
本当の所、その猫耳は何のつもりだ。やら、というかあんた誰? やら、色々と疑問はあったのだが、
話がややこしくなりそうなので、あえて言わずにおいたものである。
が、返ってそれが妖夢の逆鱗に触れた。
「人を外見で判断するとは、門番長とやらが聞いて呆れるな」
まるで吐き捨てるかのように呟くと、一呼吸置いて隣のレミリアへと顔を向ける。
「レミリア様。二つほど質問を宜しいでしょうか」
「いいけど、手短にね」
「ありがとうございます。では、まず一つ。
中国とやらとはコレで話を付けたいのですが、許可を頂けますか」
言いながらに、背中の楼観剣に手を掛ける。
即ち、力ずくで服従させるとの意思表示であろう。
「……」
レミリアは答える代わりに、美鈴へと視線を送る。
その意図を悟ったのか、美鈴は間を置くことなく即答した。
「私は構いません。他に納得できそうなものもありませんから」
「……だそうよ。好きになさい」
「ありがとうございます。……ではもう一つ」
そこで、これまで硬質だった妖夢の表情が大きく変化した。
ニヤリという音がピッタリの笑みへと。
「あの人、身体は丈夫ですか?」
「(……何だか、大事になっちゃったわね……)」
美鈴は心の中でため息を吐いた。
やり合う事自体は構わない。どうせ自分にはそれ以外の判断基準が無いのだから。
しかし、だからと言ってもだ。
『おせんにキャラメルいかがっすかー』
『さぁ張った張った! 一攫千金狙うなら、3分以内の決着が高配当間違い無しよ!』
『こちら紅魔館正門前は興奮の坩堝と化しております。さて解説のタザハマさん、この対戦どう見ますか?』
『いやぁ、今日はレジェンドがバカに良く見えますねぇ。ライアン!』
何も、住人総出で見物に来る事は無いのではないか。
というか一部住人じゃないのも混じっている気がしてならないし、ライアンも走ってない。
それでいて、もう待てない程に眠かったのか、それとも見るまでも無いと判別したのか、
肝心のレミリアがこの場にいなかったりするのが、見世物臭をより一層強くする原因となっていた。
「(……それにしても)」
そんな周囲の雑音を遮断して、眼前の相手へと意識を集中する。
まだ子供と呼んで良いくらいの小柄な少女。
しかし、その手に握られているのは、紛れも無い業物の日本刀である。
立ち居振る舞い、そして雰囲気から、相当に手馴れている事は一目で理解できた。
「(得物持ちとは……ちと厄介ね)」
美鈴の得意とする戦法は、肉体を武器とする格闘戦にある。
それは、いわゆる弾幕ごっこというカテゴリーにおいて、かなり特殊な部類に入るものだ。
故に、自分の領域に引っ張り込むことが出来れば、元の実力差とは無関係に逆転出来る余地があったのだ。
が、どうやらこの相手には、そのメリットは無い。
むしろ丸腰である分、不利のほうが大きいだろう。
もっとも、楽な戦いになるとは最初から思ってはいない。
何しろ、レミリアが直々に推薦するような相手だ。
勝てればそれで良し。
仮に負けたとしても、それは紅魔館にとって不利益では無いだろう。
兎にも角にも、こうなった以上は、全力でぶつかるのみだ。
「準備は出来たのか?」
「ええ、いつでも結構よ」
二人は自然に距離を取ると、図ったように同時に向かい合う。
そして、ゴングが鳴らされた。
なお、比喩ではなく、本当に鳴らされたということをお伝えしておきたい。
それが紅魔館クオリティだ。
「(さて、どう出る……っ!?)」
独特の構えと共に前方へ視線を向けた瞬間だった。
「しっ!」
剣を腰溜めに構えつつ、妖夢が猛然と突進して来ていたのだ。
その速度たるや尋常なものではなく、優に30メートルはあったはずの距離が一瞬にして詰められる。
……しかし、それだけだ。
決して反応出来ないものではなかったし、何よりも馬鹿正直に直線的に突っ込んでくるだけ。
ならば、その勢いを直接返してやれば良い。
「なめるなっ!」
美鈴は引いた左腕に気を集中すると、目前まで迫ってきた妖夢へと狙いを定める。
が、二人が交錯すると思われた瞬間。
「って、え?」
妖夢は、ふわりと宙に舞っていた。
当然、その軌道は美鈴を飛び越えるような形を描く。
「(そんなもので背後が取れるかっ!)」
美鈴の判断は早かった。
流れるような動きで方向転換すると、妖夢が着地するよりも先に、その左拳を解放する。
「……がっ……」
直後。
呻き声を上げたのは、美鈴の方だった。
「(く、後ろ?)」
背中への衝撃に、本能的に背後を振り返る。
今、頭上を飛び越えた筈の相手が、そこにいた。
「え!?」
驚きもそのままに、再び後ろを見やる。
そこには、すとんと着地しては剣を振り被る妖夢の姿。
「(って、どう言う事……まさか!?)」
ここに来て、ようやく事態を理解する美鈴。
自分を飛び越えたのも、そして斬りつけたのも確かに妖夢である。
ならば答えは簡単。
どういうカラクリかは分からないが、両方とも本物なのだ。
だが、その思考が、致命的な隙を生んだのは皮肉と言うべきか。
「せいっ!!」
「ぐ……!」
妖夢はその隙を見逃す事無く、弧を描くように長刀を叩きつける。
重すぎる一撃は美鈴の身体を宙へと舞わせるには容易だった。
そして、無防備となったところに更なる追い討ちが襲い掛かった。
「くっ……あっ……がっ……!」
先程の突進がスローモーションに映るかのような、超高速の斬撃。
正面から、背後から、下方から、そして頭上から。
容赦の欠片も見当たらない、問答無用の連続攻撃に、美鈴はただ打ち据えられる以外の術を持たかった。
「ぜい、やっ!」
そして、止めとばかりに繰り出される振り下ろしの一撃。
「かふっ……!」
美鈴は文字通り地面へと叩き落された。
「(くぅ……痛ったぁ……何だってのよこいつ……!)」
痛みに顔を顰めつつ、状況認識に頭を回転させ始める美鈴。
普通なら命も軽く飛ばされたであろう乱舞であったが、そこは天下無双の耐久力の持ち主。
まだ意識は残っていたし、辛うじて身体も動く。
……が、その頑丈さが、が更なる不幸を呼んだ。
「はあっ……!」
顔を上げた美鈴が見たものは、ひらひらと宙を舞う一枚のスペルカード。
そして、気合の一声と共に長刀を振り上げる妖夢の姿であった。
視神経がやられていないのなら、その剣はオーラのようなものを纏い、本来の数倍にも膨れ上がっているように見えた。
これは、洒落にならない。
無事とはいえ、今の美鈴は満身創痍。
到底、回避など出来るような状態では無い。
そんな所に、イデオンソードの如き一撃を加えられれば、いくら頑強であろうと結果は一つ。
死にます。
「ちょ、ちょい待った!」
故に美鈴は動かした。
足は無理だったので、代わりに口を。
「ま、参った、私は参ったわ。だからここは冷静に話し合いましょう。
というか普通こういう対決の場って、お互いの技量を認め合って友好を深めるワンシーンだと……」
「うるさい」
弁明の声は、無常な一声と共に振り下ろされた一撃により、強制的に途切れさせられた。
「……三枚で二十秒か。丈夫ってのは本当みたいね」
しゃきんという音を立て、楼観剣が鞘へと収められる。
眼前には、見るも無残な姿となった、美鈴と呼ばれていた筈の何か。
と言っても、レミリアの言を信じるならば、数分もすれば復活することだろう。
「「「「「……」」」」」
何時の間にか、周囲はしんと静まり返っていた。
そんな中、妖夢は観衆を見渡すかのように、ゆっくりと視線を送る。
「丁度良い。野次馬するくらい暇なお前達に、少し挨拶しておこうか。
既に知っている事と思うが、この度、十六夜咲夜に代わって侍従長を任された魂魄妖夢だ。
突然の辞令につき、皆も動揺しているものと思う。
だが、この件に関して、一切の詮索は無用だ。
お前達はこれまでと変わりなく、レミリア様の僕として精進すれば良い」
外見からは想像も付かないような、重く鋭い声が響き渡る。
「だが一つだけ、前もって言っておきたいことがある。
……これから先、紅魔館内において一切の変態的行動を禁ずる!
盗撮をするな! 風呂を覗くな! 箪笥を物色するな! 天井裏に忍び込むな!
まかり間違っても苦悩する同僚の姿を見て、愉悦を覚えたりするな!
もしこの禁を破る輩がいようなら……」
妖夢は、視線をある一点へと動かす。
そこには、今だピクリとも動かない美鈴の姿。
「三つの選択肢から選んで貰う事になるだろう。
三枚になるか、千六本になるか、タタキになるかの何れかをな」
何故例えが料理なのか。
そう突っ込める輩は、この場には存在しなかった。
「……以上だ。諸君等のこれまで以上の忠節を期待する」
短い演説は終わった。
気丈高かつ傲慢な物言いであり、なおかつ理不尽な上に恫喝に満ち溢れている代物である。
当然の如く群集からは非難の声が……と言いたい所だが、反応は皆無だった。
美鈴の惨状から、恫喝の内容が事実であると分かったからというのもあるが、
それに加えて、殆どの者が、この辞令に隠された秘密を探り当てていたというのが大きい。
即ち、『ああ……咲夜さん、ついにやっちゃったのか』というものだ。
故に、驚きも何も無い。
見ず知らずの、しかもまだ子供とも呼べるような少女が、
侍従長の座に就くという点に関しては、多少の疑問の余地はあったが、
そこは我々の関与すべき点では無いというのが大方の結論である。
これもレミリアのカリスマの賜物と言うべきか。
「ぼさっとするな! 理解したならさっさと持ち場に戻れ!」
怒声が響き渡ると同時に、蜘蛛の子を散らすかの如く、逃げるように去って行くメイド衆。
結局のところ、誰だって食材になるのは御免なのだ。
「……はぁ」
殆ど人気が無くなった事を確認すると、妖夢は小さくため息を着いた。
なお、この場合、読み仮名は『ひとけ』である。
間違っても『にんき』等と呼んではいけない。
そんな呼び方をしてしまったが最後、少なくとも八名程の人妖が闇討ちされる危険性があるのだ。
ついこの間までは一人で済んだのだが……。
閑話休題。
妖夢は自らの頭をぽんと軽く叩く仕草を取ると、視界の前方にそびえ立つ洋館を見渡す。
「……紅魔館、か」
妖夢の。そして、紅の住人達の新たな日常は、こうして幕を開けた。
「ふぅ~……今日も良い天気……」
美鈴は大きく伸びをしつつ、誰とも無しに一人呟いた。
彼女の現在位置は、紅魔館の中庭。
某死神の如くサボりを入れているという訳ではなく、単なる昼の休憩時間である。
突然の侍従長交代劇より早三日。
紅魔館は意外な程に平穏な空気に包まれていた。
先日の一件以来、美鈴は世の不条理さを憂い、反抗の徒となった。
すなわち、グレたのだ。
グレた輩が行う事と言えば、まず飲酒と喫煙である。
という訳で、お約束に従って酒を浴びるように飲んでみたのだが、
まったく酔えなかった上に、それは別に珍しい事でも何でもないと気づいた為に終了。
次に喫煙も行ってみたのだが、普通に吸うだけでは余りにインパクトが薄かった為に、
まとめて120本吸い込むという万国びっくりショーの如き一幕を演じて見せたのだが、
それですら同僚達からは普段通りの対応を取られる始末であった。
普段、自分がどういう目で見られているか分かったのは収穫だったが。
一応、約三名ほど変わった反応を見せたものもいた。
一人目である野菜籠を背負った少女は、そんな吸い方は環境に良くないと叱責してきた。
二人目である通りすがりの兎さんは、そんな吸い方は健康に良くないと進言してきた。
三人目のどこかで見たメイドさんは、無言で刀を振り下ろしてきた。
そんな訳で、彼女の放蕩は半日と持たなかった。
元々そういうキャラじゃなかったのよ、とは本人の談だ。
「少しお昼寝でも……あれ?」
何気に視線を動かしてみると、そこに珍しい人影がある事に気が付いた。
珍しいというのは存在が、ではない。
この場所で出会う事に対してのものである。
「侍従長……よね?」
あの血の惨劇とも言えるファーストコンタクトは、美鈴にとって妖夢という人物を印象付けるに鮮烈に過ぎた。
従って、見間違いという線は有り得ない。
だが、それならば何故このような場所に?
美鈴の知る限りでは、妖夢がここで働き始めてから数日間、仕事以外の場で姿を見かけた記憶は無い。
それこそ、偉そうに言うだけではない、と示すかの如き勤労っぷりであった。
が、今視界に捉えられている妖夢からは、そういった印象がまったく伺えなかった。
動きが鈍重。
目が虚ろ。
口が半開き。
オマケとばかりに半霊が地を這いずっている。
威厳の欠片も感じられない姿である。
『……っ!』
ついには、僅かな段差に蹴躓いて、すっ転ぶ始末である。
「……どうしちゃったんだろ?」
声を掛けてみるべきか否か。
僅かに考えを巡らせ始めた美鈴であったが、直ぐにその思考は無駄なものとなった。
あろう事か、転んだ妖夢がそのままピクリとも動かなくなったのだ。
「ち、ちょっと!?」
「……ぅー……」
慌てて駆け寄った美鈴であったが、妖夢からの反応は無い。
はしたなくも地面との抱擁を交わしたまま、呻き声を漏らすのみであった。
美鈴は妖夢を館内の医務室へと運び込んだ。
常駐の者は不在であったが、それは毎度の事だったりするので動揺には値しない。
大方、適当なメイドを捕まえては、何処の暗がりへでもシケ込んでいるのだろう。
変態的行為は禁止されていても、合意の上ならば何ら問題は無い……筈だ。
「つくづく、ここって変人揃いよねぇ」
ため息混じりにごちると、妖夢をベッドへと寝かせる。
「……さて、と。大事でも無さそうだし、戻るとしますか」
美鈴は言い訳をするように呟きつつ、入り口へと足を向ける。
ここで目覚められては、何を言われるか分かったものではない。という弱気な発想からだ。
が、その弱気が伝わってしまったのか、扉へと手を掛けた辺りで、背後から何者かが起き上がる気配が感じられた。
こうなっては、黙って出て行く訳にも行かず、止むを得ず180度方向転換。
見れば、ベッドから身を起こし、どこか不思議そうに視線を送る妖夢の姿があった。
「あー、気が付きましたか、侍従長殿」
「……」
「中庭で突然倒れたんですよ。覚えてますか?」
「……」
妖夢は返事の代わりに、ふるふると首を振って返す。
「そうですか。……うーん、少し気の流れが乱れてるようですね。何か持病でもお持ちですか?」
「……あの、美鈴さん」
「へ?」
美鈴は驚いたかのように顔を上げると、きょろきょろと周囲を見渡す。
が、今掛けられた声が、妖夢のものであると気付くまで、そう時間は要さなかった。
「ここまで連れてきて下さったんですね、ありがとうございます」
「い、いえ……って、え? あれ?」
「?」
「(ちょ、ちょっと、どーなってんのよ!? まるっきり別人じゃないの!?)」
口に出なかった辺り、まだ多少の余裕があったのだろう。
とはいえ、予期せぬ状況に動揺している事には変わりはない。
今の今まで美鈴が妖夢に持っていた印象は、正に鬼軍曹。
行動がシンプルな癖に、妙に理知的な面も見えたりする辺り、妹様より性質が悪い。といったものである。
故に、仕事の面では認めはしても、人間的に相容れる存在とは到底思ってはいなかった。
が、ならばこの、丁寧な口調で礼を述べる少女は誰なのか。
夢を見ているとするには、余りにも五感がはっきりしすぎている。
幻覚という訳でもない、クスリは遥か昔に止めたのだ。
……そんな思考を経て美鈴が出した答えは、直接確かめるという分かりやすいものだった。
「貴方、名前は?」
「へ? 言いませんでしたっけ。魂魄妖夢ですけど」
「そ、そうよね。実は双子だったなんてオチ、今時漫画でも無いものね……」
「あのぅ、さっきから何を……あ!」
そこで妖夢が、何かに気が付いたかのような驚きの声を上げる。
「……ご苦労だった門番長。
もう大丈夫だから、お前は仕事場に戻れ……と言っても、はいそうですかとは行きませんよね?」
「そりゃ、まぁ」
「……はぁ……分かりました。事情、という程のものでもありませんが、お話します」
妖夢は、大袈裟過ぎるくらいのため息を付くと、ぽつりぽつりと語り出した。
……
………
…………
「要するに、二重人格に等しい暗示を自分で掛けていたってこと?」
「多分、そうなるんだと思います。私自身はスイッチを切り替えるという表現をしてますけど」
「ふぅん……という事は、今のも、鬼軍曹モードも同じ意識下って訳ね……」
とりあえず合点は行った。
が、それ以上に疑問点は増えていたりする。
「んー、どうしてわざわざ……あ、やっぱ敬語使ったほうが良い?」
「いえ、構いませんよ」
「そ、なら遠慮なく。で、何でそんな難儀な事してるわけ?」
「難儀、ですか?」
「うん。現に倒れたりしてる訳じゃない。
こんな胃薬なんて持ち歩いてるくらいだし、余程ストレス溜め込んでたんじゃないの?」
そう言うと、美鈴は手に持った小さな包みをひらひらと振る。
恐らくは、倒れた時に零れ落ちたのだろう。
「……確かに一因ではあるかもしれません。
けれども私には、こうする以外に上手い立ち回りの方法が見当たらなかったんです」
「立ち回り?」
「紅魔館の侍従長として働く事に際してです。
これまで私は、とある場所で侍従に近いような仕事に就いてはいましたが、
実際のところ、部下を持った試しは一度も無かったんです」
「……あー、何となく分かってきたわ」
「はい。だからこの任に際しては、私自身が気持ちを切り替える必要があると思ったんです」
「切り替える、か。まぁ、言葉通りではあるけど」
いくらなんでも極端過ぎはしないか。
そう美鈴が思ったのも不思議ではないだろう。
「でも結局こうして迷惑かけちゃってるんだから、どうしようもないですね……」
「……」
自虐を述べる妖夢を、美鈴はどこか重さの見える表情で見つめる。
早い話、あまり面白くない状況だったのだ。
「それと、一つだけ言っておきたい事があります」
「ん、何?」
「この間の戦闘ですが……」
「……あー、アレね」
流石に良い思い出とは言い難い出来事だが、別段それに対してのわだかまりは無かった。
自身の楽観と実力不足が招いた結果であるし、
情け無い事に、暴虐の目に合うのも慣れていたからだ。
「……ごめんなさい」
「へ?」
「この短期で、住人皆に私の存在を認識させるには、あれ以外の方法は見付かりませんでした。
……でも、巻き込まれた美鈴さんにとっては迷惑以外の何物でも無かったで……いたっ」
ぺちん、と小さな音。
涙目になった妖夢が額を押さえつつ恐る恐る顔を上げると、
呆れたような表情で手を伸ばしている美鈴の姿が見えた。
いわゆるデコピンというものだ。
「本当に難儀な性格してるのね。
そんな風に謝られたら、ボコボコに負けた私が益々馬鹿みたいじゃない」
「そ、その、済みません……」
「だから謝るんじゃないってば。
客観的に見て、あんたは難癖付けてきた生意気な部下にお灸を据えてやっただけでしょ。
下手に出る必要が何処にあるのよ」
「……」
「納得行かないって顔ね。
……んじゃま、一つ、こっちから聞いてあげるわ」
「え?」
「私って、そんなに弱かった?」
「……」
そこで妖夢は口を閉ざす。
言葉に詰まったというよりは、回答を選別しているという所か。
「……いえ、そんな事は無いと思います。
そう思ったからこそ、私は今の自分に出来る最大級の連撃を使いました。
結果的に早期に決着はしましたが、もしも凌がれていたならば、展開は大きく変わっていたでしょう」
「そっか。まぁそれでも私が勝てたとは思わないけど、少し安心したわ」
「……」
「で、あんたはそんな強い門番長を捻じ伏せた、侍従長様よね?」
「……一応」
「一応じゃなくて、そうなの。
どんな事情があってここに来たのかは知らないけど、
一度決めた以上は、やっぱり止めますって訳には行かないのよ」
「……はい」
「……っと、仮にも部下の私が説教するのはよろしくないわね。
あー、私が言いたいのは、もう少し気楽にやってみても良いんじゃないかって事よ。
その年で、胃薬が手放せないような状況って、やっぱり拙いと思うし……」
「い、いえ、これは別に今になって必要になったわけでは……」
「……苦労してんのねぇ。
ま、ともかく、無理して気を張らないでも何とかなっちゃうから安心していいわよ。
こう言っちゃなんだけど、うちの連中って上層部とは違って、しっかりし過ぎるくらいしっかりしてるから、
貴方一人が迷惑かけた所で、誰も気になんてしないわよ。
だから、偉そうにしたければそうすればいいし、謙虚にしたかったらそれでも良い。
要は無理して自分を作る必要なんて無いって事」
「……はあ。それはそれで複雑なんですが」
「いいから! というか、そうしてくれないと私も困……あ」
失言に気付いた時には、もう遅かった。
妖夢の目が、某知識人級に細められていたのだ。
「……成る程、それが本音ですか」
「あ、いえ、ね。あのモードが苦手とかそういう訳じゃ……」
「少し勘違いがあるようだが、これも私が意識してやっている事だぞ?」
「く、口調が変わって……ますよ?」
「変わってるんじゃない、変えたんだ」
「や、止めませんか? ほ、ほら、私の事強いって言ってくれたじゃありませんか」
「ならば自らで証明してみてはどうだ」
妖夢改め、鬼軍曹がニヤリと笑みを見せる。
いいぞベイべー!
逃げる奴は中国だ!!
逃げない奴はよく訓練された中国だ!!
ホント紅魔館は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!
そんな幻聴すら聞こえてくる始末である。
「(嗚呼、私の運命は上司が代わったくらいでは動かないのね……)」
美鈴は、じきに襲い来るであろう悲劇に対し、密かに覚悟を決めると目を閉じた。
逃げるやら、抵抗するやらといった考えが浮かばない辺りに、
普段の彼女がどういう境遇にあるのかが容易に想像できよう。
「……ん?」
が、いつまでたっても、衝撃が感じられない事を訝しんだ美鈴は、
瞼を開くと、恐る恐る顔を上げる。
そこには、満面の笑みを浮かべた妖夢の姿が見えた。
先程までの残忍なものではない、素の笑顔である。
「ほんの冗談です。言われっぱなしでは悔しいので、少し仕返しをしてみました」
「……はは……左様で」
安心すると同時に、被虐思考に固まっていた己の精神に軽くため息を着く。
「(……ま、良いか)」
自分がそういう役どころに落ち着く事で、この娘の立ち位置とやらが確保されるのなら、
それは決して悲しむような事では無いだろう。
妖夢にどういう理由があってここに来ることになったのか、そして何故咲夜は戻ってこないのか、
そういった事情は殆ど知らされてはいない。
ならば……いや、だからこそ、自分は普段通りでなくてはならないのだ。
紅美鈴の望みは、紅魔館の皆が平穏に過ごせる事以外に無いのだから。
「先輩からの忠告、心に留めさせていただきます。
私は不器用ですので、直ぐに変えられるという訳ではありませんが」
「……うん。それくらいで良いんじゃないかな」
要は気の持ちようだと締めくくると、美鈴はそっと手を差し出す。
一瞬、呆けた感のあった妖夢も、その意に気付き、対称となる手を伸ばした。
「どれ程の期間になるかは分かりませんが……宜しくお願いします。美鈴さん」
「こちらこそ。侍従長殿」
こうして三日の遅れを経て、美鈴の望んでいた一場面は展開されたのだった。
「せっかく和んだ空気の所を済まないんだけど、入るわよ」
二人は瞬間的に、声の方向へと顔を向ける。
そこには、いかにも不機嫌といった様子のレミリアの姿があった。
「れ、レミリア様、申し訳ありませんでした。このような失態を……」
「あー、いいのいいの。あんたの不器用さはもう嫌というほど理解してたから。
胃痛で倒れるくらいは織り込み済みよ」
「は、はぁ。面目ありません」
「そんな事よりも、私達にとって心躍るニュースが飛び込んできたの」
とは言うが、苦虫を噛み潰したような表情では、心躍る等と言われても説得力に欠けた。
言外に、ロクな知らせじゃないと示しているようなものである。
「あの、私は席を外したほうが良いですか?」
そこで美鈴が、気を使う程度の能力をフルに発動させて口を出す。
むしろ、余り関わりたくないなあ。と直感していたのかも知れない。
果たしてそれは正解なのだが、現時点でその事実を知るものは誰もいない。
「いいわよ別に。どうせあんたも嫌というほど関わってくるんだろうし」
「……はあ」
まったく嬉しくなかった。
「「な、なんだってーーーーーーーーーーーーーーー!?」」
数十秒の後。
図らずも、妖夢と美鈴の声が同時に室内に響き渡った。
果たして、レミリアの語った内容とは何であったのか。
事の真相は、前日のヴワル魔法図書館まで遡る……。
ああ すごくいい
”あぁ、咲夜さんとうとう・・・・”
・・・・・・ブツ(腹筋の切れる音)
咲夜さん、本っつ当に高くついてしまったネ。
ちょwwww
それやばいっすよ、妖夢さん
せめて大貫で
それ意味が違うからw
どこまでも突き進んでください。
次も期待します。
正直、あそこで登場するとは思いませんでした。
鬼軍曹妖夢は、まだネコミミ着用中でしょうか?
鬼軍曹妖夢と美鈴の関係が良い感じでした~
続きも楽しみにしてます(礼
O川さん! 「一日の全レースを的中させる程度の能力」のO川さんじゃないか!
あと鬼軍曹モードでも可愛いよ妖夢w
続き楽しみにしてます
YDS様の紅白合戦ネタはいつも安定していて、それでいて目新しいのが凄い。
>逃げない奴はよく訓練された中国だ!!
軍曹フレーズで爆笑した
ここで激しく吹いた(w
つーかネタが古いw