春。
花達が咲き乱れ、長い眠りから生き物達が目覚め、妖精達は意味もなく飛び回る。
そんな誰しもが陽気になってしまう季節、もちろん人間や妖怪も例外ではなく皆浮かれ放題。あちらこちらで色々な騒動や出来事が起こされていた。
花見に託けて連日宴会を行ったり、氷精が大ガマに手を出して食べられたり…。
そして、一人の妖怪の手により、また新しく一つの騒動が起こされようとしていた。
異様な程に咲き誇る向日葵畑の中心に寝そべり、太陽の光を一身に浴びる緑髪の少女…
四季のフラワーマスター、風見幽香。
彼女は幻想郷の妖怪にしては珍しく、自らが最強の妖怪だと自負し日々戦闘に明け暮れる非常に好戦的な性格である。
「はーっ、暇ねえ。」
そうため息と共に幽香は言葉を洩らすと、ごろんと寝返りを打った。
「この間の異変騒ぎは楽しかったけど…皆、すぐに異変の原因に気付いてしまったのよね。」
彼女がそう呟いた、「この間の異変」…。四季の花全てが、一斉に咲き出したあの異変の事である。
幽香はふと目に止まった向日葵の花弁を指で愛でながら、何か考え事をしているかの様な表情を浮かべる。
「そういえば、久々に会った魔理沙は…程好く強くなってたわねぇ。」
花の異常開花の原因を探しに何時もの様に魔理沙が暴れていた所に、幽香は久しぶりに出くわしていた。
魔理沙は彼女の事を昔から知っていたので、当然この事件の原因として怪し過ぎる幽香を放っておくはずがなかった。
久々の旧友との弾幕ごっこ…その時の愉悦を思い出し幽香はくすり、と笑った。
と、同時に何かを閃いたかの様に急に向日葵の花弁を愛でる指が止まった。
「…そうだわ。暇なら誰か、私と遊んでくれる…そう、戦ってくれる相手を探せばいいのよ。」
何とも滅茶苦茶な事を言っているが、彼女の考え的にはまったく正常な普通の事。
でも、ただ単にその辺の連中と遊んでも面白くはない…。
弾幕ごっこをしていて胸が躍る様な、そんな強い相手とじゃなければ。
幽香は立ち上がり体中に付いた花弁をパッパッと払う。
この広い幻想郷…まだまだ幽香の知らない強者が居るはず。
「それじゃあ行くとしますか。」
愛用の傘を手に持ち、この春に親しんだ向日葵畑に一瞥し一時、別れを告げると…
大空へと飛び立った。
…向日葵畑を離れて以来、行く宛もなく飛び続けている幽香。
しかし、ある深い竹林を見つけるとその中へと入っていった。
背の高い竹に囲まれた林の中、そこに藤原妹紅は住んでいた。
彼女は死ぬに死ねない人間、蓬莱人。
普通の人間と同じ様に生活する事など出来ないし、する気もない。
人目のつかぬ所で、誰にも見つからずにひっそりと暮らすのが一番。
そういう意味では今のこの住居は彼女が住むには御誂え向きで、彼女がある相手と喧嘩をしに出かけたりある相手から刺客が送られて来たりする以外は至って平和であった。
ここには凶暴な妖怪も多々潜んでいるが、彼女には決して襲い掛かる事は無い。
前にここに住むと決めた時に、「力の差」という物を散々教えてやったからだ。
しかし初めて訪れる者には容赦無く襲い掛かる為、今や彼女にとっては煩わしい来訪者を追い払ってくれるボディーガードみたいな物になっていた。
…そんな静かな竹林。しかし、そんな静寂もある来訪者によって破られた。
妖怪達が騒いでいる。何者かがこの竹林に入ってきたのだ。
湖で洗濯をしていた妹紅は、この異変に気付く。そして妖怪達の騒ぐ声がする方をじっと見つめる。
時が経つ程静かになっていく妖怪達の声。思案する妹紅。
(…来訪者が妖怪達に食われて死んだ?それとも…)
妹紅は洗濯物を籠に入れると、声のしていた方角へと飛び立った。
ある程度進んだ所で、妹紅は来訪者と出くわした。
緑髪で傘を持って佇む少女。こちらを見つけるとにこりと笑った。
「どうも、初めまして。見た所は人間の様だけど…貴方はこの竹林の住人かしら?」
笑顔のまま柔らかな物腰で妹紅に会釈をする少女。
「…ええ、そうよ。確かに私はここに住んでいる…人間。」
警戒しつつ応対する妹紅。相手は優しい笑みを浮かべているが何処と無く危険な威圧感を微かに感じる。
長年、様々な妖怪達と向き合った妹紅でも感じた事の無い感覚。
目の前のこの女は危険だ。妹紅の勘がそう告げていた。
「まあ、驚いた。こんな妖怪だらけの竹林に住む人間が居るなんて…。何か特別な事情がおありで?」
相も変わらず笑みを浮かべて妹紅に問い掛けをしてくる少女。
「まぁ特別な事情があると言えばあるけど…私は騒がしいのが嫌いでね。…あんたは一体何で此処に来た?」
「それを話す前に私の自己紹介をしておきましょう。私の名前は風見 幽香。趣味は強いお人と戯れる事ですの。」
そう言い放った少女―――、幽香の表情は先程と変わらず笑みを浮かべたまま。…しかし、目はもう笑っていなかった。危険な威圧感が増す。
「そう、ここは凶暴な妖怪が屯する竹林。そんな所に平然と住んでいる人間…。普通の人間な訳が無いわよね?」
ぴりぴりと張り詰める空気。妹紅には幽香がこちらを見つめる目付きがまるで獲物を目の前にした肉食獣の様に感じられた。
「先程私に襲い掛かってきた身の程知らずな妖怪達は前菜にもならなかった。貴方は私を満足させて頂戴ね?」
ニヤリと口を歪めて笑う少女、抑え付けられていた凶暴な本質が見て取れる。傘の先端を妹紅に向ける。
「ふん、今時珍しいタイプね。戦うのが大好きだなんて妖怪は。」
「…でもね、私も嫌いじゃないわ、こういうの。」
そう妹紅が言い終ると同時に妹紅の背から炎が噴出し、翼を形どる。これが戦闘開始の合図となった。
小手調べと言わんばかりに傘を振り回しその先端から魔力の結晶弾を繰り出す幽香。振り終えると同時に自らの繰り出した結晶弾と一緒に突っ込む。
当然の如く結晶弾を回避する妹紅であったが、その後に猛スピードで突っ込んでくる幽香には対応できなかった。
弾を避け終えると同時に頭部に強い衝撃を受け、後方に吹き飛び木々に激突する妹紅。彼女愛用の傘で思いっきりブン殴られたのであった。朦朧とする意識。
そんな隙を幽香が見逃してくれる筈も無い。妹紅を妹紅を殴り付けた傘をそのまま銃の様に構え、倒れている妹紅へと照準を付ける。
「―――Fire!」
倒れた妹紅に先程と同じ結晶弾が雨の様に降り注ぐ。砂埃が立ち篭る。
妹紅の気配が途絶えたのを不思議に思う幽香。
「…あら、まさかこんな物で死んじゃったのかしら。」
忌々しげに呟く。
すると突如途絶えた妹紅の気配が復活し、倒れ折れた木々の中から妹紅がゆっくりと立ち上がる。徐々に砂埃が晴れていく。
誰の目から見ても相当な重傷である事は明らかだが不思議な事に徐々に傷が引いていく。
「あぁ驚いた…もう1回死んじゃったじゃない。」
そう喋りながら額から流れてくる血を舌でぺろり、と舐め取る妹紅。
「貴方…どうやら普通の人間じゃないみたいね。」
幽香が目を丸くしながら妹紅を見る。
「そう、私は死ぬに死ねない蓬莱人。どれだけ攻撃を繰り出そうと無駄よ。」
喋っている最中にもどんどんと傷が引いていき、完全に回復してしまった。
「さて…今度はこちらの番ね!」
身体の修復が終わると同時にそう宣言すると妹紅の手に炎が集まり始め…。
「不尽の火から生まれるは、何度でも甦る不死の鳥。」
徐々に炎が鳥を形どり…。
「甦るたびに強くなる伝説の火の鳥。今宵の弾は、お嬢ちゃんのトラウマになるよ!」
伝説の不死鳥、鳳凰の形の弾となる!
「火の鳥…鳳翼天翔!!」
鳳凰は優雅に羽ばたきながら幽香に向かい飛んでいく。
それを惚けた様に見ながら呟く幽香。
「ふふ…死なない人間…ね。いいわ、そういう輩こそ私の相手に相応しい!楽しいわね!」
そう呟き終わると目をカッと見開きどんどんと飛来する火の鳥達を避け始める。
凄まじい反射神経で弾幕を避けつつも妹紅の方へと飛ぶ幽香。
「さあ…もう一度その頭、吹き飛ばして差し上げるわ!」
妹紅の居る地点へと到達すると傘をバットの様に妹紅の頭目掛けてフルスイングする。
が…妹紅の頭へは到達しなかった。全力で振り回したはずの傘を手で掴まれたのだった。
先程の妹紅の反応速度から考えると、とても反応しきれない一撃だったはずなのに。
「そうそう、言い忘れたけど…。」
もう片方の手で拳を作りぎゅっ、と握り締める妹紅。
「私、スロースターターなのよ。」
驚く幽香をさっきのお返しとばかりに思いっきり殴り付ける。
「が…がはっ!」
幽香は痛みに苛まれる意識の中、更に驚いた。
先程の妹紅の一撃はとても人間の拳とは思えない、あまりにも重い一撃だったのである。
「戦闘が始まっても何回かは死なないと最初は身体が反応してくれなくてね。でも…もう、あんな無造作な攻撃は私には通用しない。」
そう言いながら吹っ飛ぶ幽香に更なる追撃を与えようと妹紅が動き出す。
このまま何時までも無様に吹き飛んでいる訳には行かない。
幽香はそう思いつつ地に手を着け、身体をくるっと反転させ体勢を持ち直す。
すかさず辺りの様子を見渡す。すると、妹紅がこちらに追撃を加えようと迫ってくるのが見えた。
「調子に…乗るんじゃあないっ!!」
忌々しげに向かってくる妹紅に傘を向ける。
が、しかし…視線と傘の先に居たはずの妹紅は消えていた。
と、同時に自分の背後から気配がする。咄嗟に振り向く幽香。
妹紅の炎を纏った強力な足蹴りが振り下ろされんとしている所であった。
何とかギリギリで振り下ろされる蹴りを防ぐ傘で幽香だが、あまりの強烈な衝撃に傘を持つ手が痺れる。が、ぼやぼやしている暇は無い。
次の攻撃が繰り出される前に後ろへ跳んで距離を取る。
(この力や速度…人間の物とは思えない!)
妖怪であるはずの自分より速く動き、力で勝るのだ。驚嘆する幽香。
「貴方のその動き…本当に人間の物なの?」
「ふん。この幻想郷では妖怪より良く動く人間なんて珍しい物じゃないでしょう?」
確かにその通り。
だが、妹紅の体捌きは明らかに他の人間の物とは一線を引いている。
霊夢の様に天性の技術で身体能力の差を補っている訳でもない。
かと言って魔理沙の様に魔力で身体能力を強化しているだけではこんな動きは絶対に出来ない。
「随分不思議そうね…。ま、タネを教えてあげるわ。」
幽香が怪訝そうな表情で悩んでいるのを見て、妹紅が喋り出す。
「私達人間って言うのはどんなに自分が本気で動こうと思っても、脳が勝手に身体にセーブをかけてしまうの。100%の力なんか出して動いたら、身体が壊れてしまうからね。」
「だから人間は普通、本来の力の20~30%ぐらいしか出せないで生きているのよ。不便な話よね?」
「でもね…私は長年生きる事で自分で好きな様にその制限を解く事が出来る様になった。」
「勿論、そんな状態で動けば私の身体はダメージを受ける。でもね、私にそんな物は関係ない。」
「何故なら私は蓬莱人!どんなに身体が壊れようとも…瞬時に再生してしまう、死ぬに死ねない蓬莱人だからね!」
「なるほど…ご教授有難う。面白かったわ。」
妹紅が話し終わると幽香がぱち、ぱちと拍手を仕出す。
「さ…タネ明かしもこんなモンでいいでしょう?さっきの続きを始めましょう!」
そう言いながら構える妹紅。
「ふふ、そうね。貴方が色々と面白い物を見せてくれたお礼に…私もとっておきを見せてあげるわ。」
傘を開く幽香。すると中央に光が集まり始め…。
妹紅に嫌な予感が走った。この感じ…前にも受けた様な…。
(―――とにかく、あの光は危険だ!撃たせてはいけない!)
そう思い立った妹紅は幽香に向かって突っ込む。
が、もう遅かった。
過剰なまでに集まったエネルギーに大地が震える。
傘の中央から極大の光の砲が放たれる!
「こ、これは――――!!」
驚愕する妹紅。この技には見覚えがあった。
あの忌々しい輝夜の使いが私に向かって放った、とびっきり強烈な光の魔砲…
M a s t e r S p a r k ! !
「あ…あ…あああああああーっ!!」
巨大な光の柱は全てを飲み込み―――。
大地にごろんと転がる妹紅。
身体中が痛くてもう動く気もしない。
「あらあら、大丈夫?いくら死なないって言っても、過度のダメージを受けると戦闘不能にはなるのね。」
魔砲により吹き飛んだ妹紅を追いかけて、幽香が飛んで追いかけてきたのだ。
寝そべる妹紅の元へとふわりと着地し、心配そうに妹紅の顔を覗き込む。
自分がやった癖に。内心毒づく妹紅。
「う、うぅ~…あんたが何でマスタースパークを使えるのよぅ。」
「マスタースパーク?…あぁ、あの子は勝手にそんな名前を付けているのね。これは元々私が元祖の技よ。」
元祖、と聞いてこの破壊力にも納得した妹紅。
あの黒い魔法使いの奴も半端じゃない威力だったが、こちらは更に比べ物にならない。
強靭な体力を持つ妹紅をあの一発でダウンさせてしまったのだ。
「ま、ともかく…。これで勝敗は決まりね。久々に楽しかったわ。ありがとね。」
そう言って立ち去ろうとする幽香を、妹紅が呼び止める!
「ま、待ちなさい!今日は負けてしまったけれど…私は永遠に力の衰えず、永遠に物事を学び続ける人間。今度会う時には…負けないわよ!」
「あらそう。まあ、楽しみにはしておくけど何回やっても私が勝つ事には変わりはないわよ。」
こちらを振り向いて、幽香はまるで向日葵の様な満面の笑みを見せてこう言った。
「だって…私は最強だもの。」
そう言うと、幽香はそれっきりこちらを見ずに飛び去って行ってしまった。
動けない身体で思案する妹紅。
(あ、あの野郎…良くあんな事があんな顔で平然と言えるわね…。)
苦々しく思う妹紅。
(でも…ああ思えるからこそ…あいつは強いのかもな…。)
(風見 幽香…その名前、覚えておくわ。)
徐々に遠ざかる意識。きっと目が覚めれば傷は癒えて動ける様になっているはず。
(…しかし、こんな姿…輝夜に見られたら…何て思われるか…な…。)
とうとう妹紅は気絶した。
「―――さて!次は何処へ行こうかしら…?」
竹林を抜け、また宛ての無い空の旅に出る幽香。
次はどんな強い奴らが待っているのか…などと、期待に胸を膨らませながら。
花達が咲き乱れ、長い眠りから生き物達が目覚め、妖精達は意味もなく飛び回る。
そんな誰しもが陽気になってしまう季節、もちろん人間や妖怪も例外ではなく皆浮かれ放題。あちらこちらで色々な騒動や出来事が起こされていた。
花見に託けて連日宴会を行ったり、氷精が大ガマに手を出して食べられたり…。
そして、一人の妖怪の手により、また新しく一つの騒動が起こされようとしていた。
異様な程に咲き誇る向日葵畑の中心に寝そべり、太陽の光を一身に浴びる緑髪の少女…
四季のフラワーマスター、風見幽香。
彼女は幻想郷の妖怪にしては珍しく、自らが最強の妖怪だと自負し日々戦闘に明け暮れる非常に好戦的な性格である。
「はーっ、暇ねえ。」
そうため息と共に幽香は言葉を洩らすと、ごろんと寝返りを打った。
「この間の異変騒ぎは楽しかったけど…皆、すぐに異変の原因に気付いてしまったのよね。」
彼女がそう呟いた、「この間の異変」…。四季の花全てが、一斉に咲き出したあの異変の事である。
幽香はふと目に止まった向日葵の花弁を指で愛でながら、何か考え事をしているかの様な表情を浮かべる。
「そういえば、久々に会った魔理沙は…程好く強くなってたわねぇ。」
花の異常開花の原因を探しに何時もの様に魔理沙が暴れていた所に、幽香は久しぶりに出くわしていた。
魔理沙は彼女の事を昔から知っていたので、当然この事件の原因として怪し過ぎる幽香を放っておくはずがなかった。
久々の旧友との弾幕ごっこ…その時の愉悦を思い出し幽香はくすり、と笑った。
と、同時に何かを閃いたかの様に急に向日葵の花弁を愛でる指が止まった。
「…そうだわ。暇なら誰か、私と遊んでくれる…そう、戦ってくれる相手を探せばいいのよ。」
何とも滅茶苦茶な事を言っているが、彼女の考え的にはまったく正常な普通の事。
でも、ただ単にその辺の連中と遊んでも面白くはない…。
弾幕ごっこをしていて胸が躍る様な、そんな強い相手とじゃなければ。
幽香は立ち上がり体中に付いた花弁をパッパッと払う。
この広い幻想郷…まだまだ幽香の知らない強者が居るはず。
「それじゃあ行くとしますか。」
愛用の傘を手に持ち、この春に親しんだ向日葵畑に一瞥し一時、別れを告げると…
大空へと飛び立った。
…向日葵畑を離れて以来、行く宛もなく飛び続けている幽香。
しかし、ある深い竹林を見つけるとその中へと入っていった。
背の高い竹に囲まれた林の中、そこに藤原妹紅は住んでいた。
彼女は死ぬに死ねない人間、蓬莱人。
普通の人間と同じ様に生活する事など出来ないし、する気もない。
人目のつかぬ所で、誰にも見つからずにひっそりと暮らすのが一番。
そういう意味では今のこの住居は彼女が住むには御誂え向きで、彼女がある相手と喧嘩をしに出かけたりある相手から刺客が送られて来たりする以外は至って平和であった。
ここには凶暴な妖怪も多々潜んでいるが、彼女には決して襲い掛かる事は無い。
前にここに住むと決めた時に、「力の差」という物を散々教えてやったからだ。
しかし初めて訪れる者には容赦無く襲い掛かる為、今や彼女にとっては煩わしい来訪者を追い払ってくれるボディーガードみたいな物になっていた。
…そんな静かな竹林。しかし、そんな静寂もある来訪者によって破られた。
妖怪達が騒いでいる。何者かがこの竹林に入ってきたのだ。
湖で洗濯をしていた妹紅は、この異変に気付く。そして妖怪達の騒ぐ声がする方をじっと見つめる。
時が経つ程静かになっていく妖怪達の声。思案する妹紅。
(…来訪者が妖怪達に食われて死んだ?それとも…)
妹紅は洗濯物を籠に入れると、声のしていた方角へと飛び立った。
ある程度進んだ所で、妹紅は来訪者と出くわした。
緑髪で傘を持って佇む少女。こちらを見つけるとにこりと笑った。
「どうも、初めまして。見た所は人間の様だけど…貴方はこの竹林の住人かしら?」
笑顔のまま柔らかな物腰で妹紅に会釈をする少女。
「…ええ、そうよ。確かに私はここに住んでいる…人間。」
警戒しつつ応対する妹紅。相手は優しい笑みを浮かべているが何処と無く危険な威圧感を微かに感じる。
長年、様々な妖怪達と向き合った妹紅でも感じた事の無い感覚。
目の前のこの女は危険だ。妹紅の勘がそう告げていた。
「まあ、驚いた。こんな妖怪だらけの竹林に住む人間が居るなんて…。何か特別な事情がおありで?」
相も変わらず笑みを浮かべて妹紅に問い掛けをしてくる少女。
「まぁ特別な事情があると言えばあるけど…私は騒がしいのが嫌いでね。…あんたは一体何で此処に来た?」
「それを話す前に私の自己紹介をしておきましょう。私の名前は風見 幽香。趣味は強いお人と戯れる事ですの。」
そう言い放った少女―――、幽香の表情は先程と変わらず笑みを浮かべたまま。…しかし、目はもう笑っていなかった。危険な威圧感が増す。
「そう、ここは凶暴な妖怪が屯する竹林。そんな所に平然と住んでいる人間…。普通の人間な訳が無いわよね?」
ぴりぴりと張り詰める空気。妹紅には幽香がこちらを見つめる目付きがまるで獲物を目の前にした肉食獣の様に感じられた。
「先程私に襲い掛かってきた身の程知らずな妖怪達は前菜にもならなかった。貴方は私を満足させて頂戴ね?」
ニヤリと口を歪めて笑う少女、抑え付けられていた凶暴な本質が見て取れる。傘の先端を妹紅に向ける。
「ふん、今時珍しいタイプね。戦うのが大好きだなんて妖怪は。」
「…でもね、私も嫌いじゃないわ、こういうの。」
そう妹紅が言い終ると同時に妹紅の背から炎が噴出し、翼を形どる。これが戦闘開始の合図となった。
小手調べと言わんばかりに傘を振り回しその先端から魔力の結晶弾を繰り出す幽香。振り終えると同時に自らの繰り出した結晶弾と一緒に突っ込む。
当然の如く結晶弾を回避する妹紅であったが、その後に猛スピードで突っ込んでくる幽香には対応できなかった。
弾を避け終えると同時に頭部に強い衝撃を受け、後方に吹き飛び木々に激突する妹紅。彼女愛用の傘で思いっきりブン殴られたのであった。朦朧とする意識。
そんな隙を幽香が見逃してくれる筈も無い。妹紅を妹紅を殴り付けた傘をそのまま銃の様に構え、倒れている妹紅へと照準を付ける。
「―――Fire!」
倒れた妹紅に先程と同じ結晶弾が雨の様に降り注ぐ。砂埃が立ち篭る。
妹紅の気配が途絶えたのを不思議に思う幽香。
「…あら、まさかこんな物で死んじゃったのかしら。」
忌々しげに呟く。
すると突如途絶えた妹紅の気配が復活し、倒れ折れた木々の中から妹紅がゆっくりと立ち上がる。徐々に砂埃が晴れていく。
誰の目から見ても相当な重傷である事は明らかだが不思議な事に徐々に傷が引いていく。
「あぁ驚いた…もう1回死んじゃったじゃない。」
そう喋りながら額から流れてくる血を舌でぺろり、と舐め取る妹紅。
「貴方…どうやら普通の人間じゃないみたいね。」
幽香が目を丸くしながら妹紅を見る。
「そう、私は死ぬに死ねない蓬莱人。どれだけ攻撃を繰り出そうと無駄よ。」
喋っている最中にもどんどんと傷が引いていき、完全に回復してしまった。
「さて…今度はこちらの番ね!」
身体の修復が終わると同時にそう宣言すると妹紅の手に炎が集まり始め…。
「不尽の火から生まれるは、何度でも甦る不死の鳥。」
徐々に炎が鳥を形どり…。
「甦るたびに強くなる伝説の火の鳥。今宵の弾は、お嬢ちゃんのトラウマになるよ!」
伝説の不死鳥、鳳凰の形の弾となる!
「火の鳥…鳳翼天翔!!」
鳳凰は優雅に羽ばたきながら幽香に向かい飛んでいく。
それを惚けた様に見ながら呟く幽香。
「ふふ…死なない人間…ね。いいわ、そういう輩こそ私の相手に相応しい!楽しいわね!」
そう呟き終わると目をカッと見開きどんどんと飛来する火の鳥達を避け始める。
凄まじい反射神経で弾幕を避けつつも妹紅の方へと飛ぶ幽香。
「さあ…もう一度その頭、吹き飛ばして差し上げるわ!」
妹紅の居る地点へと到達すると傘をバットの様に妹紅の頭目掛けてフルスイングする。
が…妹紅の頭へは到達しなかった。全力で振り回したはずの傘を手で掴まれたのだった。
先程の妹紅の反応速度から考えると、とても反応しきれない一撃だったはずなのに。
「そうそう、言い忘れたけど…。」
もう片方の手で拳を作りぎゅっ、と握り締める妹紅。
「私、スロースターターなのよ。」
驚く幽香をさっきのお返しとばかりに思いっきり殴り付ける。
「が…がはっ!」
幽香は痛みに苛まれる意識の中、更に驚いた。
先程の妹紅の一撃はとても人間の拳とは思えない、あまりにも重い一撃だったのである。
「戦闘が始まっても何回かは死なないと最初は身体が反応してくれなくてね。でも…もう、あんな無造作な攻撃は私には通用しない。」
そう言いながら吹っ飛ぶ幽香に更なる追撃を与えようと妹紅が動き出す。
このまま何時までも無様に吹き飛んでいる訳には行かない。
幽香はそう思いつつ地に手を着け、身体をくるっと反転させ体勢を持ち直す。
すかさず辺りの様子を見渡す。すると、妹紅がこちらに追撃を加えようと迫ってくるのが見えた。
「調子に…乗るんじゃあないっ!!」
忌々しげに向かってくる妹紅に傘を向ける。
が、しかし…視線と傘の先に居たはずの妹紅は消えていた。
と、同時に自分の背後から気配がする。咄嗟に振り向く幽香。
妹紅の炎を纏った強力な足蹴りが振り下ろされんとしている所であった。
何とかギリギリで振り下ろされる蹴りを防ぐ傘で幽香だが、あまりの強烈な衝撃に傘を持つ手が痺れる。が、ぼやぼやしている暇は無い。
次の攻撃が繰り出される前に後ろへ跳んで距離を取る。
(この力や速度…人間の物とは思えない!)
妖怪であるはずの自分より速く動き、力で勝るのだ。驚嘆する幽香。
「貴方のその動き…本当に人間の物なの?」
「ふん。この幻想郷では妖怪より良く動く人間なんて珍しい物じゃないでしょう?」
確かにその通り。
だが、妹紅の体捌きは明らかに他の人間の物とは一線を引いている。
霊夢の様に天性の技術で身体能力の差を補っている訳でもない。
かと言って魔理沙の様に魔力で身体能力を強化しているだけではこんな動きは絶対に出来ない。
「随分不思議そうね…。ま、タネを教えてあげるわ。」
幽香が怪訝そうな表情で悩んでいるのを見て、妹紅が喋り出す。
「私達人間って言うのはどんなに自分が本気で動こうと思っても、脳が勝手に身体にセーブをかけてしまうの。100%の力なんか出して動いたら、身体が壊れてしまうからね。」
「だから人間は普通、本来の力の20~30%ぐらいしか出せないで生きているのよ。不便な話よね?」
「でもね…私は長年生きる事で自分で好きな様にその制限を解く事が出来る様になった。」
「勿論、そんな状態で動けば私の身体はダメージを受ける。でもね、私にそんな物は関係ない。」
「何故なら私は蓬莱人!どんなに身体が壊れようとも…瞬時に再生してしまう、死ぬに死ねない蓬莱人だからね!」
「なるほど…ご教授有難う。面白かったわ。」
妹紅が話し終わると幽香がぱち、ぱちと拍手を仕出す。
「さ…タネ明かしもこんなモンでいいでしょう?さっきの続きを始めましょう!」
そう言いながら構える妹紅。
「ふふ、そうね。貴方が色々と面白い物を見せてくれたお礼に…私もとっておきを見せてあげるわ。」
傘を開く幽香。すると中央に光が集まり始め…。
妹紅に嫌な予感が走った。この感じ…前にも受けた様な…。
(―――とにかく、あの光は危険だ!撃たせてはいけない!)
そう思い立った妹紅は幽香に向かって突っ込む。
が、もう遅かった。
過剰なまでに集まったエネルギーに大地が震える。
傘の中央から極大の光の砲が放たれる!
「こ、これは――――!!」
驚愕する妹紅。この技には見覚えがあった。
あの忌々しい輝夜の使いが私に向かって放った、とびっきり強烈な光の魔砲…
M a s t e r S p a r k ! !
「あ…あ…あああああああーっ!!」
巨大な光の柱は全てを飲み込み―――。
大地にごろんと転がる妹紅。
身体中が痛くてもう動く気もしない。
「あらあら、大丈夫?いくら死なないって言っても、過度のダメージを受けると戦闘不能にはなるのね。」
魔砲により吹き飛んだ妹紅を追いかけて、幽香が飛んで追いかけてきたのだ。
寝そべる妹紅の元へとふわりと着地し、心配そうに妹紅の顔を覗き込む。
自分がやった癖に。内心毒づく妹紅。
「う、うぅ~…あんたが何でマスタースパークを使えるのよぅ。」
「マスタースパーク?…あぁ、あの子は勝手にそんな名前を付けているのね。これは元々私が元祖の技よ。」
元祖、と聞いてこの破壊力にも納得した妹紅。
あの黒い魔法使いの奴も半端じゃない威力だったが、こちらは更に比べ物にならない。
強靭な体力を持つ妹紅をあの一発でダウンさせてしまったのだ。
「ま、ともかく…。これで勝敗は決まりね。久々に楽しかったわ。ありがとね。」
そう言って立ち去ろうとする幽香を、妹紅が呼び止める!
「ま、待ちなさい!今日は負けてしまったけれど…私は永遠に力の衰えず、永遠に物事を学び続ける人間。今度会う時には…負けないわよ!」
「あらそう。まあ、楽しみにはしておくけど何回やっても私が勝つ事には変わりはないわよ。」
こちらを振り向いて、幽香はまるで向日葵の様な満面の笑みを見せてこう言った。
「だって…私は最強だもの。」
そう言うと、幽香はそれっきりこちらを見ずに飛び去って行ってしまった。
動けない身体で思案する妹紅。
(あ、あの野郎…良くあんな事があんな顔で平然と言えるわね…。)
苦々しく思う妹紅。
(でも…ああ思えるからこそ…あいつは強いのかもな…。)
(風見 幽香…その名前、覚えておくわ。)
徐々に遠ざかる意識。きっと目が覚めれば傷は癒えて動ける様になっているはず。
(…しかし、こんな姿…輝夜に見られたら…何て思われるか…な…。)
とうとう妹紅は気絶した。
「―――さて!次は何処へ行こうかしら…?」
竹林を抜け、また宛ての無い空の旅に出る幽香。
次はどんな強い奴らが待っているのか…などと、期待に胸を膨らませながら。
……は置いといて、ゆうかりん最強モノとして楽しませてもらいました。
他に最強クラス……といっても、対抗できるのいるのだろうか(汗