ふわり、ふわりと間断無く落ちてくるそれは、時折風を孕んで舞い踊る。
まるで粉雪のようだ。
こうして真下から見上げると、澄み渡る青空を埋め尽くすかのようで、余計にそう見える。
だが今は冬のように、身を刺すような冷たさはない。
まだ少し肌寒さは感じるが、日差しも暖かく、柔らかに凪ぐ風も生温くて心地良いので、気にならない。
まさに絶好の昼寝日和と言えよう。
こうして目を閉じると、限り無く穏やかな夢を視られる気がする。
無心に、無邪気に、幸福だけを追いかけていた幼い頃のような夢を。
そう思って、そっと瞳を閉じる。
だが、目を閉じても、たった先刻までの光景が瞼に焼き付いて…離れない。
暫くそうしてから、薄らと半目を開けた。
相変わらずの光景。
ひらり・・・ひら・・・・・・
一枚、また一枚と体の上に降り積もるそれ。
ここでようやく、ひっきりなしに降ってくるそれを捕らえてみたいという欲求が湧き上がってきた。
地面に預けていた手を億劫そうに上げて、それを何とかして掴もうとする。
懸命にやるのだけど、手を、指を動かす度に、その所為で起こる小さな風に流され、すり抜けていってしまう。
無理に掴もうとすると、掴めないもの。
そんなことは分かっている。
でも今は、無性にそうしたかった。
この狭い狭い手のひらの中に、捕らえてみたかった。
そう意地になる性質なので、当然悪戦苦闘する他はない。
結果、どうやっても掴めず、諦め半分で手を止めた時、掌に微かな感触を感じ、反射的に握りしめた。
気の所為かもしれないと思ったが、拳をそろそろと解いてもう片方の手の指でその隙間を探る。
―――――と、確かに有った。
薄紅色をした一枚の桜の花びらが、確かに。
そのまま親指と人差し指で挟んで光に透かしてみせると、この中に含まれている水分が細胞ごとに区切られて見えるような気がした。
確かめてから、もう一度利き手の手のひらに閉じ込め、きつく握りしめて、再び目を閉じる。
儚くて、儚くて、今にも消えてしまいそうなそれ。
こうして握りしめても雪のように体温ですぐ溶けて無くなりはしないのに。
雪よりも遙かに儚いと思わせるのは、きっと、雪のように、溶ける…つまり死に至る…風化する瞬間を、誰にも看取られることが無いからかも知れない。
そのとき、ざぁっと辺りに暖かい一陣の風が吹き抜け、体の上に積もっていた花びらを総て浚っていった。
只一枚、利き手に閉じ込めたそれを残して。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目を開けなくても分かる、慣れ親しんだ気配。どうやら絶句しているらしい。
呆然とした相手の顔を想像するだけで可笑しくて、大声で笑いたい気持ちになる。
「映姫様がサボりとは・・・・・・今日は幻想郷最期の日ですかぁ?・・・あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そ・ん・な・の・嫌ぁ―――――――!!!!!!!!!!!!!お願いあたいこんなアコギな商売してるけどまだ死にたくないんですあともうちょっとだけ死神ライフを満喫したいんですどうかどうかどうかどうか神様仏様ZUN様閻魔様――――――――――――」
「うるさい」
すこん。
寝たまま標的を見ずに投げた笏は狙いを違わず小町の額を捉えたようで、小気味良い命中音とそれに続くおぞましい悲鳴を聞いて満足してから、映姫はゆっくりと上半身を起こし、桜の幹に背を預けた。
相も変わらず、桜花は降り続けている。
「・・・映姫様ぁ・・・いきなりなんて酷いじゃないですか―・・・うう・・・・・・あたい、今日はなんか魔が差したんで珍しく真面目にやってたんですよ?なのに映姫様が居ないんでとんだ無駄骨・・・」
いちいち馬鹿馬鹿しいツッコミをする気の無い映姫は、何時もの彼女らしい口調で小町にこう返す。
「・・・あら、それは残念だったわ。あと1日遅ければ珍しくきちんと働く貴方が見られたのですね?」
「そ・・・そうですよぉ?」
「でも貴方の働きは無駄ではないでしょう。一度三途の川を渡ってしまった霊は自力で戻ることは出来ませんから。当然法廷の待合室に待たせているのでしょうね?まぁ法廷を出てしまったとしても貴方の名前を使えば直ぐに召喚出来ますから問題ありませんね。私の法廷にも久々に活気が宿りそうで腕が鳴るわ」
「すいません嘘ですやっぱ今日もサボってましたごめんなさい許して下さい」
「全く、私に嘘は無駄だと何度言えば分かるのですか・・・」
ガクガク震えながら土下座する小町を見て映姫は嘆息する。
「でも、そうですね。貴方も少しは捜す方の気持ちを味わった方がいい」
「・・・・・・すいません」
二度目の謝罪には、彼女の本心からの響きが感じられた。
ふわり、ふわり。
風が止み、再び穏やかに降り出す花片。
「・・・こんな所で、一人で花見ですか?」
「私だって、偶にはそんな気分になることだってありますよ」
「言って下されば、こういう事なら何時でもお供しますから」
「・・・・・・・・・そうね ・・・良いかもしれないわね・・・ 偶には」
気の遠くなる年月に更に60年を加え自然が新生した後、初めての春。
生まれ変わった大地は、何千何億もの瑞々しい生命の迸りで溢れていた。
だからこそ、私は自然と考えてしまう。
それこそ、普段考えないようなそんな事を。
「・・・仕事に、戻らないんで?」
「戻りますよ・・・でも、もう少し楽しんでいたいのです。貴方も、少しお座りなさい」
「・・・んじゃ、失礼して」
隣に腰を下ろす感覚。なぜか心安らぐこの気配。
失いたくない、と思っては、振り払ってきた考え。
「綺麗ですね・・・」
空を仰ぐ横顔が、このまま桜花に埋もれて光になって消えてしまいそうで。
「そうね・・・・・・・・・」
こてん
「!・・・映姫様?」
「暫くこのままじっとしていること。それが今の貴方に積める善行よ。小町」
頭を、彼女の肩に凭れさせ。今の私に出来る最大の、拘束。
「・・・はいはい。敵わないなぁもぉ・・・」
小町。
私が生きている限り、許さないわ。
私の目の届かない所で逝くなんて、決して。
逝く時は、貴方の魂が迷わないよう。
迷わず私の元へと辿り着けるよう。
雪のように跡形もなく自然に同化する事も、桜花のように私の手をすり抜けて独り朽ち果てる事も。
許しはしない。
離しはしない。
だけど万が一、そんな事になったら。
「絶対、地獄行きですからね・・・・・・・・・」
「へ!?・・・じ、地獄行き?・・・ね、寝言ですかー?怖い寝言言わないで下さいよー?寿命が縮みますから・・・
ってえーき様―、本当に寝ちゃったんですか?・・・ぉーぃ」
END
まるで粉雪のようだ。
こうして真下から見上げると、澄み渡る青空を埋め尽くすかのようで、余計にそう見える。
だが今は冬のように、身を刺すような冷たさはない。
まだ少し肌寒さは感じるが、日差しも暖かく、柔らかに凪ぐ風も生温くて心地良いので、気にならない。
まさに絶好の昼寝日和と言えよう。
こうして目を閉じると、限り無く穏やかな夢を視られる気がする。
無心に、無邪気に、幸福だけを追いかけていた幼い頃のような夢を。
そう思って、そっと瞳を閉じる。
だが、目を閉じても、たった先刻までの光景が瞼に焼き付いて…離れない。
暫くそうしてから、薄らと半目を開けた。
相変わらずの光景。
ひらり・・・ひら・・・・・・
一枚、また一枚と体の上に降り積もるそれ。
ここでようやく、ひっきりなしに降ってくるそれを捕らえてみたいという欲求が湧き上がってきた。
地面に預けていた手を億劫そうに上げて、それを何とかして掴もうとする。
懸命にやるのだけど、手を、指を動かす度に、その所為で起こる小さな風に流され、すり抜けていってしまう。
無理に掴もうとすると、掴めないもの。
そんなことは分かっている。
でも今は、無性にそうしたかった。
この狭い狭い手のひらの中に、捕らえてみたかった。
そう意地になる性質なので、当然悪戦苦闘する他はない。
結果、どうやっても掴めず、諦め半分で手を止めた時、掌に微かな感触を感じ、反射的に握りしめた。
気の所為かもしれないと思ったが、拳をそろそろと解いてもう片方の手の指でその隙間を探る。
―――――と、確かに有った。
薄紅色をした一枚の桜の花びらが、確かに。
そのまま親指と人差し指で挟んで光に透かしてみせると、この中に含まれている水分が細胞ごとに区切られて見えるような気がした。
確かめてから、もう一度利き手の手のひらに閉じ込め、きつく握りしめて、再び目を閉じる。
儚くて、儚くて、今にも消えてしまいそうなそれ。
こうして握りしめても雪のように体温ですぐ溶けて無くなりはしないのに。
雪よりも遙かに儚いと思わせるのは、きっと、雪のように、溶ける…つまり死に至る…風化する瞬間を、誰にも看取られることが無いからかも知れない。
そのとき、ざぁっと辺りに暖かい一陣の風が吹き抜け、体の上に積もっていた花びらを総て浚っていった。
只一枚、利き手に閉じ込めたそれを残して。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目を開けなくても分かる、慣れ親しんだ気配。どうやら絶句しているらしい。
呆然とした相手の顔を想像するだけで可笑しくて、大声で笑いたい気持ちになる。
「映姫様がサボりとは・・・・・・今日は幻想郷最期の日ですかぁ?・・・あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そ・ん・な・の・嫌ぁ―――――――!!!!!!!!!!!!!お願いあたいこんなアコギな商売してるけどまだ死にたくないんですあともうちょっとだけ死神ライフを満喫したいんですどうかどうかどうかどうか神様仏様ZUN様閻魔様――――――――――――」
「うるさい」
すこん。
寝たまま標的を見ずに投げた笏は狙いを違わず小町の額を捉えたようで、小気味良い命中音とそれに続くおぞましい悲鳴を聞いて満足してから、映姫はゆっくりと上半身を起こし、桜の幹に背を預けた。
相も変わらず、桜花は降り続けている。
「・・・映姫様ぁ・・・いきなりなんて酷いじゃないですか―・・・うう・・・・・・あたい、今日はなんか魔が差したんで珍しく真面目にやってたんですよ?なのに映姫様が居ないんでとんだ無駄骨・・・」
いちいち馬鹿馬鹿しいツッコミをする気の無い映姫は、何時もの彼女らしい口調で小町にこう返す。
「・・・あら、それは残念だったわ。あと1日遅ければ珍しくきちんと働く貴方が見られたのですね?」
「そ・・・そうですよぉ?」
「でも貴方の働きは無駄ではないでしょう。一度三途の川を渡ってしまった霊は自力で戻ることは出来ませんから。当然法廷の待合室に待たせているのでしょうね?まぁ法廷を出てしまったとしても貴方の名前を使えば直ぐに召喚出来ますから問題ありませんね。私の法廷にも久々に活気が宿りそうで腕が鳴るわ」
「すいません嘘ですやっぱ今日もサボってましたごめんなさい許して下さい」
「全く、私に嘘は無駄だと何度言えば分かるのですか・・・」
ガクガク震えながら土下座する小町を見て映姫は嘆息する。
「でも、そうですね。貴方も少しは捜す方の気持ちを味わった方がいい」
「・・・・・・すいません」
二度目の謝罪には、彼女の本心からの響きが感じられた。
ふわり、ふわり。
風が止み、再び穏やかに降り出す花片。
「・・・こんな所で、一人で花見ですか?」
「私だって、偶にはそんな気分になることだってありますよ」
「言って下されば、こういう事なら何時でもお供しますから」
「・・・・・・・・・そうね ・・・良いかもしれないわね・・・ 偶には」
気の遠くなる年月に更に60年を加え自然が新生した後、初めての春。
生まれ変わった大地は、何千何億もの瑞々しい生命の迸りで溢れていた。
だからこそ、私は自然と考えてしまう。
それこそ、普段考えないようなそんな事を。
「・・・仕事に、戻らないんで?」
「戻りますよ・・・でも、もう少し楽しんでいたいのです。貴方も、少しお座りなさい」
「・・・んじゃ、失礼して」
隣に腰を下ろす感覚。なぜか心安らぐこの気配。
失いたくない、と思っては、振り払ってきた考え。
「綺麗ですね・・・」
空を仰ぐ横顔が、このまま桜花に埋もれて光になって消えてしまいそうで。
「そうね・・・・・・・・・」
こてん
「!・・・映姫様?」
「暫くこのままじっとしていること。それが今の貴方に積める善行よ。小町」
頭を、彼女の肩に凭れさせ。今の私に出来る最大の、拘束。
「・・・はいはい。敵わないなぁもぉ・・・」
小町。
私が生きている限り、許さないわ。
私の目の届かない所で逝くなんて、決して。
逝く時は、貴方の魂が迷わないよう。
迷わず私の元へと辿り着けるよう。
雪のように跡形もなく自然に同化する事も、桜花のように私の手をすり抜けて独り朽ち果てる事も。
許しはしない。
離しはしない。
だけど万が一、そんな事になったら。
「絶対、地獄行きですからね・・・・・・・・・」
「へ!?・・・じ、地獄行き?・・・ね、寝言ですかー?怖い寝言言わないで下さいよー?寿命が縮みますから・・・
ってえーき様―、本当に寝ちゃったんですか?・・・ぉーぃ」
END
それは正しい。具体的に言うと正義。
ん~、マッタリ
幻想郷は今日も平和でしたか。
ラストの温かな触れ合いはさだまさしの『木根川橋』みたいで、
言葉以上の温もりを感じました。
やや結末が急展開だったので、願わくば映姫の想いを増幅させるようなあと一押しの描写があれば、
雰囲気も盛り上がって尚良かったと思いました。
ほんわかした中にもカリスマのある閻魔様、綺麗な物語でした。
>反魂さん
話が急ぎすぎるきらいがあるというのは、自分が小説を書く上でしばしば感じる点なので、具体的に指摘していただけると反省点として活かせるので大変嬉しいです。ありがとうございます。