この作品にはオリジナル設定が含まれています。ご了承の上お読みください。
「緊急事態です!メイド長。」
紅魔館、レミリアの部屋のドアが景気よく一人のメイドによって開かれる。その室内にいるのは紅魔館メイド長十六夜咲夜と館の主であるレミリア・スカーレット、ティータイムの真っ最中であった。
「何?騒々しいわね…」
「申し訳ありません、お嬢様。あとでこの者にはよく言っておきますから。で、今日も来たのね?もう緊急でも何でもなくなってきた気がするわ…」
レミリアと咲夜の一日のなかで数少ない安らぎの時間であるティータイムを乱され不機嫌そうにするレミリアに深深と謝ると息を乱しながら入ってきたメイドに向き直りぼやく咲夜。メイドは普段めったに入ることが許されない部屋に大声を出し、ノックもなく入ったことに今更気づきどんな罰があるのかと青ざめていた。
あの霧の事件以来不定期ながらも紅魔館ではこの「緊急事態」が何日も続く日々が訪れるようになっていた。
その頃図書館では激しい爆音と共に声が響いていた。
「悪いな、パチュリー。すこし借りていくぜ!」
手当たり次第に図書館の本を取っていく黒い影。人間の身でありながらも好奇心とすさまじい魔砲で数々の難事件の解決に携わった普通の魔法使い、霧雨 魔理沙である。
あの霧の事件が終わりフランドールの一件以降魔理沙は自分の研究が行き詰まるとここに眠るさまざまな書物を強奪…もとい借りに来ていた。
が、全く返しに来ないため盗難と変わらず止めようとすれば自慢の魔法で館を破壊して逃げていく。そのため紅魔館では『魔理沙の訪問もしくは帰宅』=『緊急事態』という図式が成り立ちつつあった。しかし魔理沙に敵う実力者など紅魔館には門番の美鈴か図書館のパチュリー、メイド長の咲夜か主のレミリアだけだった。そのため『緊急事態』の際には美鈴が、規模によっては咲夜も呼び出されていたわけだが…
長い廊下をカツカツと音を立てながら歩き咲夜はメイドから状況を聞いていく。
「今日は魔理沙が来た、という報告は無かったけどどうして?」
「それが…『今日はフランドールの遊び相手をしに来てやった』と言うものですから。」
「素通りさせてしまったという訳ね。少し前に揺れた感じがしたのはそういう訳。」
小さく溜息をつく咲夜、横のメイドはただオロオロするばかりである。
「まぁ、そこはあなた達に責任は無いわ、遊び相手しにきたという相手に弾幕を張るのは非常識だもの。それで美鈴はどうしたの、もう図書館かしら?」
「いえ、本日門番隊隊長美鈴様は高熱と風邪のため自室でずっと休んでいまして。」
「そう。まったく…一応妖怪なのだからちょっとやそっとで体調を崩してもらっては困るわね。」
責任はない、という言葉に安心したのか落ち着いて美鈴の現状を報告したメイドの言葉に再びぼやく咲夜。一度下を向き再び正面を見て歩を進める。その手の中ではナイフがくるくると弄ばれていた。
咲夜が図書館に駆けつけた時にはもう魔理沙は粗方目当ての本は取り終えさぁ、脱出、というところだった。当然それを、どうぞどうぞと見送る咲夜、いや紅魔館ではない。図書館を普通に出ようとする魔理沙の前に咲夜が立ちはだかる。
「お客様、申し訳ありませんがその本は置いていただけないでしょうか?」
「メイド長自ら出てくるとは精の出ることだな。門番の相手も飽きてはいたがあいつはどうしたんだ?」
お客様、とはとてもいい難い乱暴な客人に咲夜は皮肉をこめて腰を曲げ丁重に言った。が、魔理沙はその言葉、態度を特に気にせず自らの疑問を投げかける。咲夜も当然の結果として受け入れたのか体を起こすと普段の魔理沙に対しての口調で言葉を返した。
「散々美鈴に相手をさせといて結構な言葉ね。美鈴は今風邪で寝込んでいるの、だから今日は私があなたの相手役。美鈴の休暇を妨げる前にその本は置いてお引取り願おうかしら。」
咲夜の手にどこに仕込んであったのか再びナイフが握られる。
「ああ、言われなくても今から出て行くつもりだぜ。ただ…本は借りさせてもらうけどな!」
そう魔理沙は言うと手にもっていた箒で再び図書館上部に昇り一直線に超スピードで出口まで飛ぼうとする。だが咲夜もその直線的な動きを見逃すほど甘くもなければ劣ってもいない。魔理沙に向けてナイフを投げるのではなく魔理沙の進路上にナイフを投げていくのだ。咲夜の投げるナイフは種も仕掛けも無いナイフ、そのはずなのに変幻自在に軌道を替えていく。
「ちっ!これじゃ簡単に外に出さしてもらえそうもなさそうだな…」
なんとか横から飛んでくるナイフを避ける魔理沙だったが進路は見事に出口までの直線からそれてしまった。咲夜は休まずナイフを飛ばしつづけ避ける魔理沙はじわりじわりと出口から遠ざけられつつあった。
「休んでいる暇はないわよ?ほら…あなたの周りはもう私の思うがまま。」
魔理沙にその咲夜の言葉が聞こえたかどうかは解らない。だが魔理沙が周りを見渡せばどこを見ても魔理沙を取り囲むようにナイフが飛び交っている。
「へっ、『プライベートスクエア』でもあるまい。スペルカードのようなものでもなければ打ち破る手立てはあるのさ。」
そう言うと魔理沙は口元をニィっと緩ませ手を上に突き出す。その動作の意味は一瞬咲夜もわからなかったが3秒ほど考えて気が付いた。
「そんな荒技普通思いつくわけ無いじゃないっ。」
誰に言うわけでもなく言葉を放つと瞬時にナイフを魔理沙に向かわせる。が、もう遅かった。魔理沙の手からは光のようなものがしっかりとたまってきている。
「出力は少し抑えたからいつもより早く撃てるんだな、これが。さて、いくぜぇ…マスタァ…スパァァク!」
魔理沙の手元で充電された魔力が円柱状となり一気に上方向に解き放たれる、魔理沙は出力を抑えたとはいったがそれでも咲夜の飛ばしたナイフはマスタースパークに触れてしまう前にその勢いだけで飛ばされてしまい、さらにあっけなく図書館の屋根には人一人通るには十分な穴が出来上がった。
「ふぅ…悪いな。修理は頼んだぜ。」
わかっていた結果とはいえきれいに穴の開いた天井を見て呆気に取られる咲夜にそう言うと魔理沙はその穴をとおり外へ飛び出していった。後に残されたのは力仕事ができる美鈴不在でどうやって早急にこのボロボロになった図書館を直すか頭を抱えて悩む咲夜だけだった。
「少し派手にやりすぎたな、パチュリーと咲夜に悪いことしたなぁ…」
穴の開いた紅魔館を背に魔理沙は呟いてみた。本を半ば強奪ながら借りてもさすがに物を壊してしまうのは彼女だって心が痛む。それは彼女が古道具の蒐集家としての一面もあるからだろう。
「それにしても門番が風邪か…まったくあいつ気が緩んでるんじゃないか?」
普段の相手の不在に不満そうに言い適当にキョロキョロ辺りを見回してみる。
「さて、これからどうしようか。アリスからは昨日本を借りたしな。霊夢のところにでもいってお茶でももらうか。」
一つ小さく頷くと再び超スピードで博麗神社めがけ一直線で飛んでいくのだった。
博麗神社では霊夢がいつものように暇を持て余していた。最初はただごろごろしていた霊夢もさすがに一日中そんなことをしていて身が持つわけでもなくとりあえず外に出て箒を持って石段でも掃除してみる。しかしこの時期枯葉はすっかり散り桜が咲くにはまだ早く石段にはあまり掃除するべきものは無い。
どこかに出かけようかとは考えたが彼女の口元にはマスクが当てられていた。そう、彼女もまた不覚にも風邪をひいてしまっていたのだ。コホ、コホと小さく咳をして空を仰いで見る。
ほんの少し暖かくなってきたこの時期、霊夢は何処へでもいいからなんとなく外に出たかったがこの有様ではあまり楽しくはならなさそうだったのでしかたなく神社にいたがそんな現状が嫌になり溜息も自然と出てしまう。
溜息をつき再び空を見た霊夢は自然と首を傾げていた。今黒い点が見えた気がした、見えた気がしたと思ったら完全に目で捉えてしまっている。そのままぼーっとその点を見ていればひらひらーと手を振り笑いながら立つ魔理沙が目の前にいた。
「よう、遊びに来たぜ。」
自分が風邪を引いて憂鬱な気分の時になぜこんなに変わらないのかと思いながら霊夢は言った。
「いつもあんたは元気ねぇ…。ま、お茶でも出して欲しいでしょうし出してあげる。」
単調な掃除をぶち壊した来訪者に最高のもてなしをするため霊夢は箒を持ち石段を登っていった、そんな霊夢の思いを知らず魔理沙は喜んで
「ああ、そうこなくちゃな。」
等といい霊夢を追いかけるのだった。
「はい、粗茶ですがどーぞ。」
カタン、と小さく音を立てて湯飲みが二つ、真中には煎餅が卓袱台の上に置かれ、霊夢は煎餅を、魔理沙は湯飲みを取りお互い一口食べて、飲んでいた。
「それにしても、お前まで風邪なのか。最近流行ってるのか?」
卓袱台の片隅に置かれたマスクを見て魔理沙が言った。
「ええ、ちょっと喉やられちゃってるみたいなの。流行ってるかどうかは知らないけど…。」
「まったく紅魔館の門番といい少しやわになっているんじゃないか。」
その言葉には特に非難めいた意味もなくただ魔理沙は言ってみる。
「しかたないじゃない。この時期寒くなったり暖かくなったり天気も変わりやすくて風邪くらいひいてしまってもしょうがないと思うけど。昨日慧音が珍しく来て時言ってたけど妹紅も風邪をひいているそうよ。慧音が心配したらうつるといけないって逆に心配されて帰してしまったって。」
「へぇ、不老不死でも風邪はひくのか…。それにしてもやっぱり風邪引きが多すぎるぜ。」
煎餅に手を伸ばしながらなんとなく不満そうに魔理沙は言う。
「この時期こんなものだと思うけど。魔理沙もそんなこといってるけど油断してると風邪ひいたり熱出たりするから気をつけなさい。もう子供じゃないか帰ったら手洗いうがいしろとは言わないけどね。」
「私はそう簡単にやられないさ。」
笑いながら答える魔理沙を見て霊夢もあきれた表情を浮かべながらも笑っていた。どこにも行けず退屈をしていた霊夢にとっては何も持たずに世間話を土産に休憩だけしにきた魔理沙の来訪が最良の薬だったのかもしれない。
「さて、そろそろ私は行くぜ。」
風邪の話から話題は二転三転、2時間ほど話した頃だろうか、魔理沙は横に置いた箒を手にとり立ち上がった。
「そろそろ日が落ちるものね。ありがと、退屈しのぎになったわ。」
「そうかい。まぁ養生するんだな。」
「ええ、さっきもいったけどあんたも気をつけなさいよ。」
霊夢の言葉を背に魔理沙は障子を開ける。日が傾き始め少しひんやりとした空気が漂い始めていた。
「それじゃあな、また来るぜ。」
飛び立つ間際魔理沙はそう言うと再び空に上がった。
日が傾き始め空も冷えていた。
「うー…寒いな。早く帰って暖を取らないと…。」
少し震えながら魔理沙は呟く。と、急に彼女の視界に異常が一瞬だけ起こった。目の前が揺れた、直後に軽い頭痛。
危うく彼女は箒から落ちそうになるが伊達に長く乗っていない、バランスを取り直し頭をフルフルと振る。
「っ!?…な、なんだったんだ?急に空に上がったからかな…。早く帰って休むか。」
すこしズキズキする頭を再び振って魔理沙は再び家まで目指した。
魔理沙が家の前に着いた時すっかり日は沈み気温も低下。肩を小さくしながら魔理沙はドアを開けた。先ほどからの頭痛はさらに酷くなり頭痛の感覚も早くなっている。
「まさか風邪かな。いやたぶん昨日遅くまで調べ物してたから寝不足だな…。明日もこんな風だったら薬でも作って飲むか…。」
はぁ、と小さく溜息をついて着替え始める。外の寒さの割に自分の体が熱いことに嫌な予感を覚える。来ていた衣服は冷たい外の風のおかげで気づかなかったが汗びっしょり、先ほど鏡を見たら少し頬が赤くなっていたのもさらに不安をあおる。
だが彼女は自分が風邪を引いたと次の日まで認めないようにしよう、と意地を貫くことにして薬を飲むのはやめた。
次の日の朝、魔理沙の体調は最悪という言葉しかそぐわないほど酷いものだった。ムクリと起き上がれば頭がガンガンする。ベットから降りて立ち上がると吐き気が同時にこみ上げてくる、体もだるい。
「あー完璧にまずいな、これは永遠亭にでもいかないと。」
と、言おうと思ったが
「あー…」
で止まってしまう。とりあえず着替えたが動く気力もそれ以上出ないほどに彼女はだるかった。が、それも頭痛には敵わなかった。恐ろしいほどに早い感覚で降りてくる痛みが彼女の目をほんの少し覚ましたのだった。猫背で座っていた体をシャンとさせ足に力を入れなんとか立ち上がる。少しグラついたがそれでもドアに向かって歩いていく。目の前がブレていく、次第にブレが歪みになるがそれでも前に進む。
箒をしっかり握り締めドアを開けた。真っ暗な夜の寒さが嘘のように澄み渡ったな青空とポカポカと暖かな陽気が魔理沙の目と体に伝わる。思わず彼女の口から言葉が出ていた。
「ああ…いいてん…き…だ…。」
空を見上げ言葉と同時にベシャっと音を立て魔理沙は倒れていた。
「ん…」
魔理沙が目を開けたとき彼女はまず不思議に思った。なぜ外に出たはずの自分が寝ているのだろう。そもそもなぜ外に出ようと思ったのか記憶が曖昧だ。それにここはどこなのか、とあたりをぐるりと見回すと彼女の見知った顔が入ってくる。
「ああ、起きたのね。具合はどう?」
八意 永琳、不老不死の薬なんてものを作ってしまうほどの天才でありまた一流の薬師の彼女が薬を数種、盆に置いて入ってきた。
「…お前がいるということはここは…」
「そう、永遠亭ね。」
「ああそうか。私は熱っぽいからここに来ようと思って…思って…」
その後何をしたのか魔理沙は首を傾げた。永琳はあきれた顔をして薬を調合しながら言う。
「倒れたのよ。熱っぽいじゃなくて立派な高熱でね。あの人形遣いの子に後でお礼を言いなさい。人形数体に助けられながらあなたをここまで運んできてくれたんだから。」
「アリスが…、そうか。あいつに今度本返してやるかな。」
バツが悪そうにいう魔理沙。薬の調合をさらに進め永琳は再び口を開く。
「で、具合はどうなの、すこしは楽になった?」
「ん、ああ。バッチリだ。頭痛とかは綺麗サッパリないからな。」
「そう、それはよかった。でもそれも一時的なものだからとりあえず薬飲みなさい。帰り際に薬あげるけど。」
ずいっと水が入った器と粉末の薬が置かれた盆が魔理沙の前に出される。少し薬をじっと見てそのまま水を使わず魔理沙は粉末を口に入れた。
「あら、あなた水なしで飲めるのね。」
「子供じゃないんだからそういわれたって何もでないぜ。まぁキノコとかから薬作ったりすることがあるからな。粉末とかは慣れてるんだ。」
彼女にとってごく当然のことに少しといえど驚かれ先ほどとは逆に魔理沙は表面には出さずとも呆れ気味に言った。
「そうなの。ああ、後もう一種類薬があるから取ってくるわ。少し待ってて。」
ハっと気が付いたようで永琳はゆっくり立ち上がったものの少し急ぎ気味で部屋を出た。魔理沙はその背中に向けて頷いた。
一人になった部屋で天井を見上げフーッと長く息を吐く。
「はぁ…まったく霊夢にあれだけ強いこと言っちゃってその後これじゃあ情けないな…。少し風邪ってやつを舐めていたか。これからは気をつけないと…」
そんなことをぼやきながら外に目をやる。強くもなく、弱くも無い風が永遠亭を囲む竹を揺らしている。永遠亭に永琳達が住み着いてから植えられたであろう薬剤用の植物も、鑑賞するために植えられたものもすっかり色とりどりの花を咲かせている。
蝶が魔理沙の目の前を横切った。
「まったく…この陽気に油断させられたのかね。」
なんとなくおかしそうに魔理沙は一人笑った。と、永琳が帰ってきた。なにやらカチャカチャと音を立てている。
「ごめんなさい。すこし手間取ってしまって…。」
「ああ、別に問題ないぜ。」
「それじゃ打つから腕捲って。」
当然のように永琳が言う。
「は?」
予想外のことを言われ魔理沙は固まった。
「注射、打つって言ってるの。ああ、ひょっとして初めて?みんな最初は慣れないけど少し痛いだけだから…」
初めてでなく二度目だったのだが魔理沙が完璧に固まる。そう、魔理沙の医療は基本的に薬を飲むことで今まで行われていた。
永琳という医療方面のスペシャリストが来てから注射、という幻想郷ではあまり使われなかったものも使われるようになってはいたが魔理沙はこの注射だけはダメだった。生まれてこのかた調合した薬を飲むという身近な医療手段に特別頼っていた彼女はどうしても受け入れられず認められなかった。
だがそんな思いを永琳が知るはずもなく痺れを切らして腕を捲る。
「な、なぁ永琳。この薬これ以外に摂取手段ないのか?」
「ごめんなさい、悪いけど飲み薬用のものは子供に優先的に回してしまったの。というか今更往生際が悪い。一瞬で終わるんだから…」
「やっ、やめっ…」
針が魔理沙に少しだけ入り幻想郷に魔理沙の声無き叫びが響き渡った。
彼女はそれから風邪だけには特別気を使ったとか。
「緊急事態です!メイド長。」
紅魔館、レミリアの部屋のドアが景気よく一人のメイドによって開かれる。その室内にいるのは紅魔館メイド長十六夜咲夜と館の主であるレミリア・スカーレット、ティータイムの真っ最中であった。
「何?騒々しいわね…」
「申し訳ありません、お嬢様。あとでこの者にはよく言っておきますから。で、今日も来たのね?もう緊急でも何でもなくなってきた気がするわ…」
レミリアと咲夜の一日のなかで数少ない安らぎの時間であるティータイムを乱され不機嫌そうにするレミリアに深深と謝ると息を乱しながら入ってきたメイドに向き直りぼやく咲夜。メイドは普段めったに入ることが許されない部屋に大声を出し、ノックもなく入ったことに今更気づきどんな罰があるのかと青ざめていた。
あの霧の事件以来不定期ながらも紅魔館ではこの「緊急事態」が何日も続く日々が訪れるようになっていた。
その頃図書館では激しい爆音と共に声が響いていた。
「悪いな、パチュリー。すこし借りていくぜ!」
手当たり次第に図書館の本を取っていく黒い影。人間の身でありながらも好奇心とすさまじい魔砲で数々の難事件の解決に携わった普通の魔法使い、霧雨 魔理沙である。
あの霧の事件が終わりフランドールの一件以降魔理沙は自分の研究が行き詰まるとここに眠るさまざまな書物を強奪…もとい借りに来ていた。
が、全く返しに来ないため盗難と変わらず止めようとすれば自慢の魔法で館を破壊して逃げていく。そのため紅魔館では『魔理沙の訪問もしくは帰宅』=『緊急事態』という図式が成り立ちつつあった。しかし魔理沙に敵う実力者など紅魔館には門番の美鈴か図書館のパチュリー、メイド長の咲夜か主のレミリアだけだった。そのため『緊急事態』の際には美鈴が、規模によっては咲夜も呼び出されていたわけだが…
長い廊下をカツカツと音を立てながら歩き咲夜はメイドから状況を聞いていく。
「今日は魔理沙が来た、という報告は無かったけどどうして?」
「それが…『今日はフランドールの遊び相手をしに来てやった』と言うものですから。」
「素通りさせてしまったという訳ね。少し前に揺れた感じがしたのはそういう訳。」
小さく溜息をつく咲夜、横のメイドはただオロオロするばかりである。
「まぁ、そこはあなた達に責任は無いわ、遊び相手しにきたという相手に弾幕を張るのは非常識だもの。それで美鈴はどうしたの、もう図書館かしら?」
「いえ、本日門番隊隊長美鈴様は高熱と風邪のため自室でずっと休んでいまして。」
「そう。まったく…一応妖怪なのだからちょっとやそっとで体調を崩してもらっては困るわね。」
責任はない、という言葉に安心したのか落ち着いて美鈴の現状を報告したメイドの言葉に再びぼやく咲夜。一度下を向き再び正面を見て歩を進める。その手の中ではナイフがくるくると弄ばれていた。
咲夜が図書館に駆けつけた時にはもう魔理沙は粗方目当ての本は取り終えさぁ、脱出、というところだった。当然それを、どうぞどうぞと見送る咲夜、いや紅魔館ではない。図書館を普通に出ようとする魔理沙の前に咲夜が立ちはだかる。
「お客様、申し訳ありませんがその本は置いていただけないでしょうか?」
「メイド長自ら出てくるとは精の出ることだな。門番の相手も飽きてはいたがあいつはどうしたんだ?」
お客様、とはとてもいい難い乱暴な客人に咲夜は皮肉をこめて腰を曲げ丁重に言った。が、魔理沙はその言葉、態度を特に気にせず自らの疑問を投げかける。咲夜も当然の結果として受け入れたのか体を起こすと普段の魔理沙に対しての口調で言葉を返した。
「散々美鈴に相手をさせといて結構な言葉ね。美鈴は今風邪で寝込んでいるの、だから今日は私があなたの相手役。美鈴の休暇を妨げる前にその本は置いてお引取り願おうかしら。」
咲夜の手にどこに仕込んであったのか再びナイフが握られる。
「ああ、言われなくても今から出て行くつもりだぜ。ただ…本は借りさせてもらうけどな!」
そう魔理沙は言うと手にもっていた箒で再び図書館上部に昇り一直線に超スピードで出口まで飛ぼうとする。だが咲夜もその直線的な動きを見逃すほど甘くもなければ劣ってもいない。魔理沙に向けてナイフを投げるのではなく魔理沙の進路上にナイフを投げていくのだ。咲夜の投げるナイフは種も仕掛けも無いナイフ、そのはずなのに変幻自在に軌道を替えていく。
「ちっ!これじゃ簡単に外に出さしてもらえそうもなさそうだな…」
なんとか横から飛んでくるナイフを避ける魔理沙だったが進路は見事に出口までの直線からそれてしまった。咲夜は休まずナイフを飛ばしつづけ避ける魔理沙はじわりじわりと出口から遠ざけられつつあった。
「休んでいる暇はないわよ?ほら…あなたの周りはもう私の思うがまま。」
魔理沙にその咲夜の言葉が聞こえたかどうかは解らない。だが魔理沙が周りを見渡せばどこを見ても魔理沙を取り囲むようにナイフが飛び交っている。
「へっ、『プライベートスクエア』でもあるまい。スペルカードのようなものでもなければ打ち破る手立てはあるのさ。」
そう言うと魔理沙は口元をニィっと緩ませ手を上に突き出す。その動作の意味は一瞬咲夜もわからなかったが3秒ほど考えて気が付いた。
「そんな荒技普通思いつくわけ無いじゃないっ。」
誰に言うわけでもなく言葉を放つと瞬時にナイフを魔理沙に向かわせる。が、もう遅かった。魔理沙の手からは光のようなものがしっかりとたまってきている。
「出力は少し抑えたからいつもより早く撃てるんだな、これが。さて、いくぜぇ…マスタァ…スパァァク!」
魔理沙の手元で充電された魔力が円柱状となり一気に上方向に解き放たれる、魔理沙は出力を抑えたとはいったがそれでも咲夜の飛ばしたナイフはマスタースパークに触れてしまう前にその勢いだけで飛ばされてしまい、さらにあっけなく図書館の屋根には人一人通るには十分な穴が出来上がった。
「ふぅ…悪いな。修理は頼んだぜ。」
わかっていた結果とはいえきれいに穴の開いた天井を見て呆気に取られる咲夜にそう言うと魔理沙はその穴をとおり外へ飛び出していった。後に残されたのは力仕事ができる美鈴不在でどうやって早急にこのボロボロになった図書館を直すか頭を抱えて悩む咲夜だけだった。
「少し派手にやりすぎたな、パチュリーと咲夜に悪いことしたなぁ…」
穴の開いた紅魔館を背に魔理沙は呟いてみた。本を半ば強奪ながら借りてもさすがに物を壊してしまうのは彼女だって心が痛む。それは彼女が古道具の蒐集家としての一面もあるからだろう。
「それにしても門番が風邪か…まったくあいつ気が緩んでるんじゃないか?」
普段の相手の不在に不満そうに言い適当にキョロキョロ辺りを見回してみる。
「さて、これからどうしようか。アリスからは昨日本を借りたしな。霊夢のところにでもいってお茶でももらうか。」
一つ小さく頷くと再び超スピードで博麗神社めがけ一直線で飛んでいくのだった。
博麗神社では霊夢がいつものように暇を持て余していた。最初はただごろごろしていた霊夢もさすがに一日中そんなことをしていて身が持つわけでもなくとりあえず外に出て箒を持って石段でも掃除してみる。しかしこの時期枯葉はすっかり散り桜が咲くにはまだ早く石段にはあまり掃除するべきものは無い。
どこかに出かけようかとは考えたが彼女の口元にはマスクが当てられていた。そう、彼女もまた不覚にも風邪をひいてしまっていたのだ。コホ、コホと小さく咳をして空を仰いで見る。
ほんの少し暖かくなってきたこの時期、霊夢は何処へでもいいからなんとなく外に出たかったがこの有様ではあまり楽しくはならなさそうだったのでしかたなく神社にいたがそんな現状が嫌になり溜息も自然と出てしまう。
溜息をつき再び空を見た霊夢は自然と首を傾げていた。今黒い点が見えた気がした、見えた気がしたと思ったら完全に目で捉えてしまっている。そのままぼーっとその点を見ていればひらひらーと手を振り笑いながら立つ魔理沙が目の前にいた。
「よう、遊びに来たぜ。」
自分が風邪を引いて憂鬱な気分の時になぜこんなに変わらないのかと思いながら霊夢は言った。
「いつもあんたは元気ねぇ…。ま、お茶でも出して欲しいでしょうし出してあげる。」
単調な掃除をぶち壊した来訪者に最高のもてなしをするため霊夢は箒を持ち石段を登っていった、そんな霊夢の思いを知らず魔理沙は喜んで
「ああ、そうこなくちゃな。」
等といい霊夢を追いかけるのだった。
「はい、粗茶ですがどーぞ。」
カタン、と小さく音を立てて湯飲みが二つ、真中には煎餅が卓袱台の上に置かれ、霊夢は煎餅を、魔理沙は湯飲みを取りお互い一口食べて、飲んでいた。
「それにしても、お前まで風邪なのか。最近流行ってるのか?」
卓袱台の片隅に置かれたマスクを見て魔理沙が言った。
「ええ、ちょっと喉やられちゃってるみたいなの。流行ってるかどうかは知らないけど…。」
「まったく紅魔館の門番といい少しやわになっているんじゃないか。」
その言葉には特に非難めいた意味もなくただ魔理沙は言ってみる。
「しかたないじゃない。この時期寒くなったり暖かくなったり天気も変わりやすくて風邪くらいひいてしまってもしょうがないと思うけど。昨日慧音が珍しく来て時言ってたけど妹紅も風邪をひいているそうよ。慧音が心配したらうつるといけないって逆に心配されて帰してしまったって。」
「へぇ、不老不死でも風邪はひくのか…。それにしてもやっぱり風邪引きが多すぎるぜ。」
煎餅に手を伸ばしながらなんとなく不満そうに魔理沙は言う。
「この時期こんなものだと思うけど。魔理沙もそんなこといってるけど油断してると風邪ひいたり熱出たりするから気をつけなさい。もう子供じゃないか帰ったら手洗いうがいしろとは言わないけどね。」
「私はそう簡単にやられないさ。」
笑いながら答える魔理沙を見て霊夢もあきれた表情を浮かべながらも笑っていた。どこにも行けず退屈をしていた霊夢にとっては何も持たずに世間話を土産に休憩だけしにきた魔理沙の来訪が最良の薬だったのかもしれない。
「さて、そろそろ私は行くぜ。」
風邪の話から話題は二転三転、2時間ほど話した頃だろうか、魔理沙は横に置いた箒を手にとり立ち上がった。
「そろそろ日が落ちるものね。ありがと、退屈しのぎになったわ。」
「そうかい。まぁ養生するんだな。」
「ええ、さっきもいったけどあんたも気をつけなさいよ。」
霊夢の言葉を背に魔理沙は障子を開ける。日が傾き始め少しひんやりとした空気が漂い始めていた。
「それじゃあな、また来るぜ。」
飛び立つ間際魔理沙はそう言うと再び空に上がった。
日が傾き始め空も冷えていた。
「うー…寒いな。早く帰って暖を取らないと…。」
少し震えながら魔理沙は呟く。と、急に彼女の視界に異常が一瞬だけ起こった。目の前が揺れた、直後に軽い頭痛。
危うく彼女は箒から落ちそうになるが伊達に長く乗っていない、バランスを取り直し頭をフルフルと振る。
「っ!?…な、なんだったんだ?急に空に上がったからかな…。早く帰って休むか。」
すこしズキズキする頭を再び振って魔理沙は再び家まで目指した。
魔理沙が家の前に着いた時すっかり日は沈み気温も低下。肩を小さくしながら魔理沙はドアを開けた。先ほどからの頭痛はさらに酷くなり頭痛の感覚も早くなっている。
「まさか風邪かな。いやたぶん昨日遅くまで調べ物してたから寝不足だな…。明日もこんな風だったら薬でも作って飲むか…。」
はぁ、と小さく溜息をついて着替え始める。外の寒さの割に自分の体が熱いことに嫌な予感を覚える。来ていた衣服は冷たい外の風のおかげで気づかなかったが汗びっしょり、先ほど鏡を見たら少し頬が赤くなっていたのもさらに不安をあおる。
だが彼女は自分が風邪を引いたと次の日まで認めないようにしよう、と意地を貫くことにして薬を飲むのはやめた。
次の日の朝、魔理沙の体調は最悪という言葉しかそぐわないほど酷いものだった。ムクリと起き上がれば頭がガンガンする。ベットから降りて立ち上がると吐き気が同時にこみ上げてくる、体もだるい。
「あー完璧にまずいな、これは永遠亭にでもいかないと。」
と、言おうと思ったが
「あー…」
で止まってしまう。とりあえず着替えたが動く気力もそれ以上出ないほどに彼女はだるかった。が、それも頭痛には敵わなかった。恐ろしいほどに早い感覚で降りてくる痛みが彼女の目をほんの少し覚ましたのだった。猫背で座っていた体をシャンとさせ足に力を入れなんとか立ち上がる。少しグラついたがそれでもドアに向かって歩いていく。目の前がブレていく、次第にブレが歪みになるがそれでも前に進む。
箒をしっかり握り締めドアを開けた。真っ暗な夜の寒さが嘘のように澄み渡ったな青空とポカポカと暖かな陽気が魔理沙の目と体に伝わる。思わず彼女の口から言葉が出ていた。
「ああ…いいてん…き…だ…。」
空を見上げ言葉と同時にベシャっと音を立て魔理沙は倒れていた。
「ん…」
魔理沙が目を開けたとき彼女はまず不思議に思った。なぜ外に出たはずの自分が寝ているのだろう。そもそもなぜ外に出ようと思ったのか記憶が曖昧だ。それにここはどこなのか、とあたりをぐるりと見回すと彼女の見知った顔が入ってくる。
「ああ、起きたのね。具合はどう?」
八意 永琳、不老不死の薬なんてものを作ってしまうほどの天才でありまた一流の薬師の彼女が薬を数種、盆に置いて入ってきた。
「…お前がいるということはここは…」
「そう、永遠亭ね。」
「ああそうか。私は熱っぽいからここに来ようと思って…思って…」
その後何をしたのか魔理沙は首を傾げた。永琳はあきれた顔をして薬を調合しながら言う。
「倒れたのよ。熱っぽいじゃなくて立派な高熱でね。あの人形遣いの子に後でお礼を言いなさい。人形数体に助けられながらあなたをここまで運んできてくれたんだから。」
「アリスが…、そうか。あいつに今度本返してやるかな。」
バツが悪そうにいう魔理沙。薬の調合をさらに進め永琳は再び口を開く。
「で、具合はどうなの、すこしは楽になった?」
「ん、ああ。バッチリだ。頭痛とかは綺麗サッパリないからな。」
「そう、それはよかった。でもそれも一時的なものだからとりあえず薬飲みなさい。帰り際に薬あげるけど。」
ずいっと水が入った器と粉末の薬が置かれた盆が魔理沙の前に出される。少し薬をじっと見てそのまま水を使わず魔理沙は粉末を口に入れた。
「あら、あなた水なしで飲めるのね。」
「子供じゃないんだからそういわれたって何もでないぜ。まぁキノコとかから薬作ったりすることがあるからな。粉末とかは慣れてるんだ。」
彼女にとってごく当然のことに少しといえど驚かれ先ほどとは逆に魔理沙は表面には出さずとも呆れ気味に言った。
「そうなの。ああ、後もう一種類薬があるから取ってくるわ。少し待ってて。」
ハっと気が付いたようで永琳はゆっくり立ち上がったものの少し急ぎ気味で部屋を出た。魔理沙はその背中に向けて頷いた。
一人になった部屋で天井を見上げフーッと長く息を吐く。
「はぁ…まったく霊夢にあれだけ強いこと言っちゃってその後これじゃあ情けないな…。少し風邪ってやつを舐めていたか。これからは気をつけないと…」
そんなことをぼやきながら外に目をやる。強くもなく、弱くも無い風が永遠亭を囲む竹を揺らしている。永遠亭に永琳達が住み着いてから植えられたであろう薬剤用の植物も、鑑賞するために植えられたものもすっかり色とりどりの花を咲かせている。
蝶が魔理沙の目の前を横切った。
「まったく…この陽気に油断させられたのかね。」
なんとなくおかしそうに魔理沙は一人笑った。と、永琳が帰ってきた。なにやらカチャカチャと音を立てている。
「ごめんなさい。すこし手間取ってしまって…。」
「ああ、別に問題ないぜ。」
「それじゃ打つから腕捲って。」
当然のように永琳が言う。
「は?」
予想外のことを言われ魔理沙は固まった。
「注射、打つって言ってるの。ああ、ひょっとして初めて?みんな最初は慣れないけど少し痛いだけだから…」
初めてでなく二度目だったのだが魔理沙が完璧に固まる。そう、魔理沙の医療は基本的に薬を飲むことで今まで行われていた。
永琳という医療方面のスペシャリストが来てから注射、という幻想郷ではあまり使われなかったものも使われるようになってはいたが魔理沙はこの注射だけはダメだった。生まれてこのかた調合した薬を飲むという身近な医療手段に特別頼っていた彼女はどうしても受け入れられず認められなかった。
だがそんな思いを永琳が知るはずもなく痺れを切らして腕を捲る。
「な、なぁ永琳。この薬これ以外に摂取手段ないのか?」
「ごめんなさい、悪いけど飲み薬用のものは子供に優先的に回してしまったの。というか今更往生際が悪い。一瞬で終わるんだから…」
「やっ、やめっ…」
針が魔理沙に少しだけ入り幻想郷に魔理沙の声無き叫びが響き渡った。
彼女はそれから風邪だけには特別気を使ったとか。