前回(作品集27)のストーリーダイジェスト:
紅魔館の従者である十六夜咲夜と、度々館へ訪れては勝手に本を盗っていく霧雨魔理沙。
仲が良いのか悪いのか分からない二人は、パチュリーにお使いを命じられた。
射命丸文への窓ガラス代弁償請求。
刻限は日没までだったが、それは意外なほど異常に早く終わってしまう。
拍子抜けしつつ館へ戻ろうとする魔理沙だったが、咲夜は「遊びに行きましょう」と言い出した。
「それなら、場所は私に選ばせてもらうぜ」
咲夜を箒に乗せ、やって来たのは――――
第2話「束の間の逢瀬」
乱雑な幻想郷の中で、珍しく整然と町並みを作っている土地。
木造の家々が並ぶそこは、人里だった。
「……甲斐性無し」
「あー? 何か言ったか?」
「何でもないわよ」
頻繁に外に出ている魔理沙なら、面白い場所――例えば、自分の知らない何処かへ連れて行ってくれるだろうという期待が裏切られ、咲夜は肩を落とした。咲夜も人里にはよく出入りしている。紅魔館で使っている道具には人間の作ったものも多く、それらはここで買ってきたものだ。
「さて、何か面白い店は無いかなーっと」
「……はぁ」
しかし魔理沙は楽しげにステップを刻みつつ前を進んでいくという始末だ。
溜め息を吐く。
どうしてこう、こいつは空気を読んでくれないのか。
「――あ」
しかしそこへ、一つの店が目に入った。
【マーガトロイド洋服店 人里支店】
どこかで聞いたような名前だったが、今はさして問題ではない。
咲夜は、はた、と立ち止まり、店と魔理沙を見比べた。
「どうしたんだよ」
「そうね、二人で来ることに意味があるのね。さすが魔理沙だわ」
「お? あ、あぁ、いや、それほどでもないぜ」
半歩後ずさる魔理沙の手を取って、店へと向かった。
「それじゃあ魔理沙、これとこれと……しかし、これも捨て難いわね」
「メイド……もう勘弁してくれ……」
楽しそうに咲夜の選んでいる服は、すべて魔理沙が着るためのものだった。
もはや着せ替え人形と化している魔理沙の格好は今のところ、フリル満載、ピンクでミニスカートのドレスで、履いているのは膝まで届く編み上げブーツ。
頭はというと、髪は後ろで2つに分けて結わえられ、帽子は奪われ、猫なのか犬なのか分からない獣耳の付いたカチューシャへ置き換わっているといった様子だ。
この服のセンスについて良し悪しを問われれば「どちらとも言えない」と言ったところだが、およそ他の誰が見ても魔理沙とは信じてもらえないだろう。いや、見て欲しくない光景だった。
「てゆーか何で私に着せてんだよ。自分で着るの選べよ」
「うちは制服制だもの。給仕服以外に必要な服なんてないわ」
「むぅ」
「ごてごてした服にも飽きちゃったわねぇ」
「もう何でもいいから早く終わってくれ……」
「あ、こんなのもいいかも」
魔理沙の不満と物凄く迷惑そうな店員を他所に、咲夜は次なる衣装を選定した。
手に取ったそれは動きやすさを重視したフォルムに、白と青のみを使った淡白な配色。
量産性に優れながら、一般社会では幻想のものとなりつつあるそれはシンプルにしてディープ――
「体操着(ブルマー)来たこれ」
時間が止まる。
能力は使っていない。
「何でもよくねぇー!!?」
「ほら魔理沙、活動的なあなたにぴったりよ」
「何マニアックな方向に走ってるんだ! って嬉しそうに走って来るな!! 死んでも嫌だぞ私はー!!」
鼻栓をして駆け寄るメイド
掲げられた服は白にして暗黒の世界
悪寒、冷や汗、背骨につらら
魔理沙は気が遠のくのを必死に堪え逃げ出そうとしたが
瞬間
何故か急に身が軽くなっているのを感じた。
このときの二人の様子を、居合わせた店員はこう語っている。
「あ……ありのまま起こったことを話すぜ!
『客は奴の前で着ないと宣言していたと思ったらいつの間にかブルマを穿いていた』
な……何を言ってるのか分からねーと思うが私も何をしたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだった。作者の妄想だとかご都合主義だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
「時間を止めて勝手に着替えさすなー!!」
「あなたのSサイズも私のもの」
その言葉に、ついに心情の沸点を越えたのか、魔理沙は急に俯いて静かに震え出した。
「くっ……お、お前は……」
「――?」
「もー怒った! お前も着替えろー!!」
叫び、奇襲的に咲夜に飛びついて試着室の奥へ位置を入れ替えた。
右肩で押し付けつつ、左手でカーテンを閉めるまでおよそ一秒かからない。
「ちょっと何するのよ、この強姦魔ー!!」
「うっさい! 私だけこんな恰好じゃ不公平だ!」
「大体、着替える服が無いでしょう!」
「そう言いつつお前も脱がそうとするなー!!」
わーわー、ぎゃーぎゃー。
狭い試着室の中でもみくちゃと行われる、相手の服の脱がしあい。
それは幻想郷史上、もっとも斬新且つシンプル且つ淫靡で淫猥な決闘だった。
「ちょっとちょっと! 何やってるんですかお客さーん!?」
華の洋服店も、この二人にかかれば阿鼻叫喚の様相となってしまうのか。
昼間の活気付いた町中の道を、一人の少女が歩いていた。
心地良い風が吹き抜ける。
清楚な青のスカートがひらひらとたわみ、透き通るような銀の髪がさらさらと流れ、頭の――
――――何なんだ、コレは。
プリーズワンモアチャンス。
昼間の活気付いた町中の道を、一人の少女が歩いていた。
心地良い風が吹き抜ける。
清楚な青のスカートがひらひらとたわみ、透き通るような銀の髪がさらさらと流れ、頭の弁当箱がゆらゆらと揺れる。
「帽子だ」
さいでっか。
【マーガトロイド洋服店 人里支店】
上白沢慧音はその店の前にいた。
辿り着く少し前、遠目だがいつかの人間達二人が入って行くのが見えた。
一緒に服を買いに来たのだろうか。
どちらとも永夜の事件以来何度か顔を会わせていたが、その二人が一緒に行動しているのは初めて見る。意外に仲が良いのかもしれない。
そんなことを考えながら、慧音は洋服店の扉を開いた。
「大体、着替える服が無いでしょう!」
「そう言いつつお前も脱がそうとするなー!!」
「ちょっとちょっと! 何やってるんですかお客さーん!?」
わーわー、ぎゃーぎゃー。
前言撤回。そんな四文字熟語が頭をよぎる。
いやしかし、彼女達の『仲が良い』とはこういうものなのかもしれないな――
そう考えて苦笑いを浮かべながら、慧音は阿鼻叫喚と化している試着室へと歩を進めた。
慧音はいわゆるお節介だった。微笑ましく思っても、やはり店に迷惑を掛けるというのはいただけない。
「あ……ちょ、お客さん、今はちょっと開けない方が」
「ガーターとは生意気な!」
「そういうあなたこそ紐だなんて――」
店員が何か言った気がするが、試着室がうるさくて聞こえない。
慧音はそのカーテンを開け、注意を
「おいおい、何やってるんだお前達。店の中で騒がしくしては――」
しようとして、すぐに閉めた。
「「あ」」
「う、あ……いや、その……すまない」
顔を真っ赤にしながら、逆に謝ってしまった。
ところで、体操着でツインテールのネコ耳少女は誰なのだろう。部下のメイドだろうか。魔理沙だと思ったのは、見間違いだったかな――
混乱した思考の一部分で、そんなことを考えた。
空も赤く染まり始めた頃、三人は洋服店を後にした。
慧音は頼んでいた服を取りに来たらしい。それは結構な量で、持参した風呂敷に包んで肩に担いでいた。
「しかし珍しい組み合わせだな」
「服のことかしら?」
「ははは。まぁ、服もそうだったけど」
「……もう、お嫁に行けない……」
「大袈裟ねぇ」
傾きの強くなった日の光が、三人の影を長く伸ばす。
しかしさめざめとセンチメンタルな魔理沙の影が平行線を一つ退いているのは、体格差だけのせいでは無いだろうが。
咲夜と慧音はすでに調子を取り戻して談笑していたが、魔理沙は体操着姿+αを見られたことがよほどショックだったようだ。
「えっと、似合ってたことは似合ってたと思うぞ、私は」
気まずい当の目撃者は、謝罪の意味も込めて何とか元気を出してもらおうとする。
「……あんましフォローになってない……」
逆効果。
「それにしても今日は町が変わった様子ね。何かみんな忙しそうだし」
「知らなかったのか?」
町ではそこかしこで人が集まって何かを作っていたり、骨格にビニールを張った屋根が点在していたりした。
慧音は、ほら、と広場に立っている笹竹を指差す。
中央にそびえ立つそれは5メートル程にもなる大きなもので、夕日をバックに、その存在感を如何なく発揮していた。
「七夕祭りだよ。みんな準備で忙しいのさ」
「む。そうだったのか、今日来といてよかったぜ」
祭りと聞いて、賑やか好きの魔理沙は幾分調子を取り戻したようだ。
「メイド、お前はどうだ?」
「多分……無理ね」
魔理沙の問いは一緒に来るだろ? という意味だったが、それに対して咲夜は難色を示した。
「七夕だもの、またパチュリー様がお嬢様に要らぬことを吹き込んで変な催し物をやるに決まってるわ。巫女のアミュレットよろしく短冊を一番ぶつけた奴の願いが叶うとか、笹カマをぶつけ合うとか」
「笹カマというのは分からんが、お前らぶつけることしか考えが無いのか」
「まぁ、祭りは数日続く。暇があったら来ればいいさ」
「そうさせてもらうわ。……っと、あれは」
「あっ、やっと来た! ちょっと、慧音ー!」
「待ってよ、もこ姉ー」
歩いていた先の庵の前に、見覚えのあるもんぺ袴の少女が立っていた。
慧音の姿を確認した途端怒鳴りながら駆け寄って来たのは、藤原妹紅だった。さらにその後を、小さな子供が付いてくる。
「どうした妹紅、慌しいな」
「どうしたじゃないわよー、何この配役。炎を操る不死鳥たる私は、正義の味方が適役だとは思わないの?」
「駄目だってば。もこ姉ってばいっつもポケットに手ぇ突っ込んで煙草吹かしてどう見ても不良少女です。本当にありがとうございました」
「黙れ、人質役」
ごん、と子供の頭を殴る。
「痛ーっ」
「こら妹紅、そんな暴力的なことで正義の味方を騙れると思っているのか」
「……はぁ。まぁ、いいんだけどね。他でもない慧音からの滅多にない頼みだし」
三人のその楽しげな様子に、いつの間にか蚊帳の外だった咲夜と魔理沙も口を開いた。
「お子さんですか?」
「何だお前ら、いつの間にそんな仲になったんだ。結婚式には呼べと言ったじゃないか」
「「ちっがーーーう!!!!」」
二人の必死の否定の叫び声。その完璧なタイミングでのハモり具合に、子供は愉快に笑った。
「仲いいよね、もこ姉とけー姉ちゃん」
「こ、こいつは……」
妹紅は諦めた様子でため息を吐いてぼりぼり頭を掻くと、改めて魔理沙と咲夜の二人に視線を移した。
慧音は顔が真っ赤になって微動だにしなくなっているが、
『お帰りなさい、慧音』
『ただいま、妹紅』
『ご飯にする? お風呂が先?
それとも――caved?』
『モッコーゥ!!!!』
何を妄想しているのか分からないのでこの際放っておくことにする。
「人間同士とはいえ、珍しい組み合わせだねぇ」
「服のことかしら?」
「……それ人間同士と関係ないし、もう着てないし、思い出させるのはやめてくれ……」
「背中を向けて体育座りして土弄りを始める魔理沙はもっと珍しいわね。何があった……いや、聞かないでおいてあげるか」
「そうしてやってちょうだい」
そして回り込んできた子供に、「頑張ってお姉ちゃん、生きてればきっといいことあるよ」と言って飴を手渡された魔理沙は余計に惨めな思いをするのだった。純粋無垢な子供はかくも残酷である。
「話から察するに、あなた達は演劇でもやるのかしら?」
「ああ、そうだよ。この衣装もそれに使うものでな」
いつの間にか白昼夢から戻ってきた慧音は、自分の背負っている風呂敷を指差した。その大きさから、それなりに大掛かりなものをやるのだろうということが予想できる。
「お前らがか? そりゃまた意外だぜ」
片頬が膨らんでいる魔理沙が聞いた。糖分を摂取して幾分調子を取り戻したらしい。
「ふふん、その昔、女滝廉太郎と呼ばれたほどの私の演技力に悶絶するがいいよ」
「色んな意味で歴史を捏造しないでくれ妹紅」
一頻り談笑した後、親が子供を迎えに来て、魔理沙と咲夜もお暇することにした。
慧音は夕食を馳走すると言ったが、今日は刻限があるのだ。
「すっかり長居してしまったな。まぁ、貸し出し券にはまだ間に合うか」
「……やっぱりご馳走になればよかったかしら」
「霧雨魔法店の信用に関わるぜ」
夕焼け空と蜩の鳴き声のせいだろうか。
昼間とは対照的に空は寂しげで、二人は言葉少なく紅魔館へ向かって飛んでいた。
「あーあ、それにしても今日は散々だったぜ」
「! ……そう」
この程度の軽口は瀟洒に流されることを予想していたが、咲夜は妙にしおらしい反応を見せた。
一番の違和感は、答える直前に見せた表情。驚きの中に見て取れた、悲壮な感情に魔理沙は面食らう。
「悪乗りが過ぎたかしら」
すぐにいつも通りの様子に戻るが、咲夜はやはりどこか寂しげな口調で言葉を紡いだ。
「別に、そんなことは無いと、思うが」
「魔理沙は……つまらなかった? 今日は」
「む」
それで気づいた。
一緒にいた時間の中で、私が楽しかったかつまらなかったか。
そんなことが、こいつにとって重要な問題だったのか――
そう考えて、魔理沙は苦笑を浮かべた。
だから俯いているのか。
下向いてやがるもんだから、こっちが今笑ってることにも気付きやしない。
『つまらなかった? 今日は』
まったく勘違いも甚だしい。
――でも、言ってやらない。
――その、恥ずかしいから。
だから、何でもないかのように口を開いた。
「おいおい、らしくないぜ」
「そ、そうかしら」
そう笑い掛けて魔理沙は、速度を上げて咲夜の前に先行する。
そして、すぅっ、と息を吸い込んだ。
逢瀬の終わりにこんな雰囲気ではいただけないぜと魔理沙がこれから声にするのは、やはりいつも通りで。
「自称完全で瀟洒な従者は、いつだって偉そうにしてナイフ振り回してりゃいいんだー!!!」
夕日に向かって、高らかな罵声が轟く。
そしてそのまま、少しだけ速度を上げてそそくさと逃げ出した。
その様子を咲夜は、きょとん、と一瞬見送り。
「ふっ――あはは。それは、あんまりな言い草ね!」
笑って、追いかけつつアナザーマーダーを繰り出した。
それを魔理沙は下に滑空しながら避け、宙返りしてまた咲夜のすぐ横へと戻る。
「だからってほんとにナイフぶん投げることは無いと思うけどなー」
「魔理沙」
「ん?」
「また……乗せてってよ」
「――ああ、いいぜ」
箒の先に寄る。
二つの影はまた、一つになった。
昼間の時と違い、今度はそれほど速度を出さない。
それでも律儀に掴まっている咲夜の体温を感じながら、魔理沙は再び同じ軽口を繰り返した。
「あーあ、それにしても今日は散々だったぜ」
「そう? 私はとても楽しかったわ」
「はは、そう来なくっちゃな」
既に寂寥さを感じさせる雰囲気は消え、その表情にはたおやかな微笑みが戻っている。
それが少し赤らめて見えるのは、夕日の紅のせいだろうか。
「もう何度でも行きたいくらい」
「洋服店は勘弁だぜ。世の中にはもっと、いろんな楽しい場所があるんだ」
「それはぜひ連れて行って欲しいわね」
「もちろん、何処へだって連れて行ってやるさ」
もうそろそろ紅魔館が見える頃だろう。
今の状態を館の連中に見つかったら大変なことになる。いつまでも二人くっついてはいられない。
「お前とだったら、きっと何処へ行っても楽しいぜ」
「あなたとだったら、何処へ行っても楽しめそうね」
離れる前に、二人は一度だけ言葉を交わした。
紅魔館の従者である十六夜咲夜と、度々館へ訪れては勝手に本を盗っていく霧雨魔理沙。
仲が良いのか悪いのか分からない二人は、パチュリーにお使いを命じられた。
射命丸文への窓ガラス代弁償請求。
刻限は日没までだったが、それは意外なほど異常に早く終わってしまう。
拍子抜けしつつ館へ戻ろうとする魔理沙だったが、咲夜は「遊びに行きましょう」と言い出した。
「それなら、場所は私に選ばせてもらうぜ」
咲夜を箒に乗せ、やって来たのは――――
第2話「束の間の逢瀬」
乱雑な幻想郷の中で、珍しく整然と町並みを作っている土地。
木造の家々が並ぶそこは、人里だった。
「……甲斐性無し」
「あー? 何か言ったか?」
「何でもないわよ」
頻繁に外に出ている魔理沙なら、面白い場所――例えば、自分の知らない何処かへ連れて行ってくれるだろうという期待が裏切られ、咲夜は肩を落とした。咲夜も人里にはよく出入りしている。紅魔館で使っている道具には人間の作ったものも多く、それらはここで買ってきたものだ。
「さて、何か面白い店は無いかなーっと」
「……はぁ」
しかし魔理沙は楽しげにステップを刻みつつ前を進んでいくという始末だ。
溜め息を吐く。
どうしてこう、こいつは空気を読んでくれないのか。
「――あ」
しかしそこへ、一つの店が目に入った。
【マーガトロイド洋服店 人里支店】
どこかで聞いたような名前だったが、今はさして問題ではない。
咲夜は、はた、と立ち止まり、店と魔理沙を見比べた。
「どうしたんだよ」
「そうね、二人で来ることに意味があるのね。さすが魔理沙だわ」
「お? あ、あぁ、いや、それほどでもないぜ」
半歩後ずさる魔理沙の手を取って、店へと向かった。
「それじゃあ魔理沙、これとこれと……しかし、これも捨て難いわね」
「メイド……もう勘弁してくれ……」
楽しそうに咲夜の選んでいる服は、すべて魔理沙が着るためのものだった。
もはや着せ替え人形と化している魔理沙の格好は今のところ、フリル満載、ピンクでミニスカートのドレスで、履いているのは膝まで届く編み上げブーツ。
頭はというと、髪は後ろで2つに分けて結わえられ、帽子は奪われ、猫なのか犬なのか分からない獣耳の付いたカチューシャへ置き換わっているといった様子だ。
この服のセンスについて良し悪しを問われれば「どちらとも言えない」と言ったところだが、およそ他の誰が見ても魔理沙とは信じてもらえないだろう。いや、見て欲しくない光景だった。
「てゆーか何で私に着せてんだよ。自分で着るの選べよ」
「うちは制服制だもの。給仕服以外に必要な服なんてないわ」
「むぅ」
「ごてごてした服にも飽きちゃったわねぇ」
「もう何でもいいから早く終わってくれ……」
「あ、こんなのもいいかも」
魔理沙の不満と物凄く迷惑そうな店員を他所に、咲夜は次なる衣装を選定した。
手に取ったそれは動きやすさを重視したフォルムに、白と青のみを使った淡白な配色。
量産性に優れながら、一般社会では幻想のものとなりつつあるそれはシンプルにしてディープ――
「体操着(ブルマー)来たこれ」
時間が止まる。
能力は使っていない。
「何でもよくねぇー!!?」
「ほら魔理沙、活動的なあなたにぴったりよ」
「何マニアックな方向に走ってるんだ! って嬉しそうに走って来るな!! 死んでも嫌だぞ私はー!!」
鼻栓をして駆け寄るメイド
掲げられた服は白にして暗黒の世界
悪寒、冷や汗、背骨につらら
魔理沙は気が遠のくのを必死に堪え逃げ出そうとしたが
瞬間
何故か急に身が軽くなっているのを感じた。
このときの二人の様子を、居合わせた店員はこう語っている。
「あ……ありのまま起こったことを話すぜ!
『客は奴の前で着ないと宣言していたと思ったらいつの間にかブルマを穿いていた』
な……何を言ってるのか分からねーと思うが私も何をしたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだった。作者の妄想だとかご都合主義だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
「時間を止めて勝手に着替えさすなー!!」
「あなたのSサイズも私のもの」
その言葉に、ついに心情の沸点を越えたのか、魔理沙は急に俯いて静かに震え出した。
「くっ……お、お前は……」
「――?」
「もー怒った! お前も着替えろー!!」
叫び、奇襲的に咲夜に飛びついて試着室の奥へ位置を入れ替えた。
右肩で押し付けつつ、左手でカーテンを閉めるまでおよそ一秒かからない。
「ちょっと何するのよ、この強姦魔ー!!」
「うっさい! 私だけこんな恰好じゃ不公平だ!」
「大体、着替える服が無いでしょう!」
「そう言いつつお前も脱がそうとするなー!!」
わーわー、ぎゃーぎゃー。
狭い試着室の中でもみくちゃと行われる、相手の服の脱がしあい。
それは幻想郷史上、もっとも斬新且つシンプル且つ淫靡で淫猥な決闘だった。
「ちょっとちょっと! 何やってるんですかお客さーん!?」
華の洋服店も、この二人にかかれば阿鼻叫喚の様相となってしまうのか。
昼間の活気付いた町中の道を、一人の少女が歩いていた。
心地良い風が吹き抜ける。
清楚な青のスカートがひらひらとたわみ、透き通るような銀の髪がさらさらと流れ、頭の――
――――何なんだ、コレは。
プリーズワンモアチャンス。
昼間の活気付いた町中の道を、一人の少女が歩いていた。
心地良い風が吹き抜ける。
清楚な青のスカートがひらひらとたわみ、透き通るような銀の髪がさらさらと流れ、頭の弁当箱がゆらゆらと揺れる。
「帽子だ」
さいでっか。
【マーガトロイド洋服店 人里支店】
上白沢慧音はその店の前にいた。
辿り着く少し前、遠目だがいつかの人間達二人が入って行くのが見えた。
一緒に服を買いに来たのだろうか。
どちらとも永夜の事件以来何度か顔を会わせていたが、その二人が一緒に行動しているのは初めて見る。意外に仲が良いのかもしれない。
そんなことを考えながら、慧音は洋服店の扉を開いた。
「大体、着替える服が無いでしょう!」
「そう言いつつお前も脱がそうとするなー!!」
「ちょっとちょっと! 何やってるんですかお客さーん!?」
わーわー、ぎゃーぎゃー。
前言撤回。そんな四文字熟語が頭をよぎる。
いやしかし、彼女達の『仲が良い』とはこういうものなのかもしれないな――
そう考えて苦笑いを浮かべながら、慧音は阿鼻叫喚と化している試着室へと歩を進めた。
慧音はいわゆるお節介だった。微笑ましく思っても、やはり店に迷惑を掛けるというのはいただけない。
「あ……ちょ、お客さん、今はちょっと開けない方が」
「ガーターとは生意気な!」
「そういうあなたこそ紐だなんて――」
店員が何か言った気がするが、試着室がうるさくて聞こえない。
慧音はそのカーテンを開け、注意を
「おいおい、何やってるんだお前達。店の中で騒がしくしては――」
しようとして、すぐに閉めた。
「「あ」」
「う、あ……いや、その……すまない」
顔を真っ赤にしながら、逆に謝ってしまった。
ところで、体操着でツインテールのネコ耳少女は誰なのだろう。部下のメイドだろうか。魔理沙だと思ったのは、見間違いだったかな――
混乱した思考の一部分で、そんなことを考えた。
空も赤く染まり始めた頃、三人は洋服店を後にした。
慧音は頼んでいた服を取りに来たらしい。それは結構な量で、持参した風呂敷に包んで肩に担いでいた。
「しかし珍しい組み合わせだな」
「服のことかしら?」
「ははは。まぁ、服もそうだったけど」
「……もう、お嫁に行けない……」
「大袈裟ねぇ」
傾きの強くなった日の光が、三人の影を長く伸ばす。
しかしさめざめとセンチメンタルな魔理沙の影が平行線を一つ退いているのは、体格差だけのせいでは無いだろうが。
咲夜と慧音はすでに調子を取り戻して談笑していたが、魔理沙は体操着姿+αを見られたことがよほどショックだったようだ。
「えっと、似合ってたことは似合ってたと思うぞ、私は」
気まずい当の目撃者は、謝罪の意味も込めて何とか元気を出してもらおうとする。
「……あんましフォローになってない……」
逆効果。
「それにしても今日は町が変わった様子ね。何かみんな忙しそうだし」
「知らなかったのか?」
町ではそこかしこで人が集まって何かを作っていたり、骨格にビニールを張った屋根が点在していたりした。
慧音は、ほら、と広場に立っている笹竹を指差す。
中央にそびえ立つそれは5メートル程にもなる大きなもので、夕日をバックに、その存在感を如何なく発揮していた。
「七夕祭りだよ。みんな準備で忙しいのさ」
「む。そうだったのか、今日来といてよかったぜ」
祭りと聞いて、賑やか好きの魔理沙は幾分調子を取り戻したようだ。
「メイド、お前はどうだ?」
「多分……無理ね」
魔理沙の問いは一緒に来るだろ? という意味だったが、それに対して咲夜は難色を示した。
「七夕だもの、またパチュリー様がお嬢様に要らぬことを吹き込んで変な催し物をやるに決まってるわ。巫女のアミュレットよろしく短冊を一番ぶつけた奴の願いが叶うとか、笹カマをぶつけ合うとか」
「笹カマというのは分からんが、お前らぶつけることしか考えが無いのか」
「まぁ、祭りは数日続く。暇があったら来ればいいさ」
「そうさせてもらうわ。……っと、あれは」
「あっ、やっと来た! ちょっと、慧音ー!」
「待ってよ、もこ姉ー」
歩いていた先の庵の前に、見覚えのあるもんぺ袴の少女が立っていた。
慧音の姿を確認した途端怒鳴りながら駆け寄って来たのは、藤原妹紅だった。さらにその後を、小さな子供が付いてくる。
「どうした妹紅、慌しいな」
「どうしたじゃないわよー、何この配役。炎を操る不死鳥たる私は、正義の味方が適役だとは思わないの?」
「駄目だってば。もこ姉ってばいっつもポケットに手ぇ突っ込んで煙草吹かしてどう見ても不良少女です。本当にありがとうございました」
「黙れ、人質役」
ごん、と子供の頭を殴る。
「痛ーっ」
「こら妹紅、そんな暴力的なことで正義の味方を騙れると思っているのか」
「……はぁ。まぁ、いいんだけどね。他でもない慧音からの滅多にない頼みだし」
三人のその楽しげな様子に、いつの間にか蚊帳の外だった咲夜と魔理沙も口を開いた。
「お子さんですか?」
「何だお前ら、いつの間にそんな仲になったんだ。結婚式には呼べと言ったじゃないか」
「「ちっがーーーう!!!!」」
二人の必死の否定の叫び声。その完璧なタイミングでのハモり具合に、子供は愉快に笑った。
「仲いいよね、もこ姉とけー姉ちゃん」
「こ、こいつは……」
妹紅は諦めた様子でため息を吐いてぼりぼり頭を掻くと、改めて魔理沙と咲夜の二人に視線を移した。
慧音は顔が真っ赤になって微動だにしなくなっているが、
『お帰りなさい、慧音』
『ただいま、妹紅』
『ご飯にする? お風呂が先?
それとも――caved?』
『モッコーゥ!!!!』
何を妄想しているのか分からないのでこの際放っておくことにする。
「人間同士とはいえ、珍しい組み合わせだねぇ」
「服のことかしら?」
「……それ人間同士と関係ないし、もう着てないし、思い出させるのはやめてくれ……」
「背中を向けて体育座りして土弄りを始める魔理沙はもっと珍しいわね。何があった……いや、聞かないでおいてあげるか」
「そうしてやってちょうだい」
そして回り込んできた子供に、「頑張ってお姉ちゃん、生きてればきっといいことあるよ」と言って飴を手渡された魔理沙は余計に惨めな思いをするのだった。純粋無垢な子供はかくも残酷である。
「話から察するに、あなた達は演劇でもやるのかしら?」
「ああ、そうだよ。この衣装もそれに使うものでな」
いつの間にか白昼夢から戻ってきた慧音は、自分の背負っている風呂敷を指差した。その大きさから、それなりに大掛かりなものをやるのだろうということが予想できる。
「お前らがか? そりゃまた意外だぜ」
片頬が膨らんでいる魔理沙が聞いた。糖分を摂取して幾分調子を取り戻したらしい。
「ふふん、その昔、女滝廉太郎と呼ばれたほどの私の演技力に悶絶するがいいよ」
「色んな意味で歴史を捏造しないでくれ妹紅」
一頻り談笑した後、親が子供を迎えに来て、魔理沙と咲夜もお暇することにした。
慧音は夕食を馳走すると言ったが、今日は刻限があるのだ。
「すっかり長居してしまったな。まぁ、貸し出し券にはまだ間に合うか」
「……やっぱりご馳走になればよかったかしら」
「霧雨魔法店の信用に関わるぜ」
夕焼け空と蜩の鳴き声のせいだろうか。
昼間とは対照的に空は寂しげで、二人は言葉少なく紅魔館へ向かって飛んでいた。
「あーあ、それにしても今日は散々だったぜ」
「! ……そう」
この程度の軽口は瀟洒に流されることを予想していたが、咲夜は妙にしおらしい反応を見せた。
一番の違和感は、答える直前に見せた表情。驚きの中に見て取れた、悲壮な感情に魔理沙は面食らう。
「悪乗りが過ぎたかしら」
すぐにいつも通りの様子に戻るが、咲夜はやはりどこか寂しげな口調で言葉を紡いだ。
「別に、そんなことは無いと、思うが」
「魔理沙は……つまらなかった? 今日は」
「む」
それで気づいた。
一緒にいた時間の中で、私が楽しかったかつまらなかったか。
そんなことが、こいつにとって重要な問題だったのか――
そう考えて、魔理沙は苦笑を浮かべた。
だから俯いているのか。
下向いてやがるもんだから、こっちが今笑ってることにも気付きやしない。
『つまらなかった? 今日は』
まったく勘違いも甚だしい。
――でも、言ってやらない。
――その、恥ずかしいから。
だから、何でもないかのように口を開いた。
「おいおい、らしくないぜ」
「そ、そうかしら」
そう笑い掛けて魔理沙は、速度を上げて咲夜の前に先行する。
そして、すぅっ、と息を吸い込んだ。
逢瀬の終わりにこんな雰囲気ではいただけないぜと魔理沙がこれから声にするのは、やはりいつも通りで。
「自称完全で瀟洒な従者は、いつだって偉そうにしてナイフ振り回してりゃいいんだー!!!」
夕日に向かって、高らかな罵声が轟く。
そしてそのまま、少しだけ速度を上げてそそくさと逃げ出した。
その様子を咲夜は、きょとん、と一瞬見送り。
「ふっ――あはは。それは、あんまりな言い草ね!」
笑って、追いかけつつアナザーマーダーを繰り出した。
それを魔理沙は下に滑空しながら避け、宙返りしてまた咲夜のすぐ横へと戻る。
「だからってほんとにナイフぶん投げることは無いと思うけどなー」
「魔理沙」
「ん?」
「また……乗せてってよ」
「――ああ、いいぜ」
箒の先に寄る。
二つの影はまた、一つになった。
昼間の時と違い、今度はそれほど速度を出さない。
それでも律儀に掴まっている咲夜の体温を感じながら、魔理沙は再び同じ軽口を繰り返した。
「あーあ、それにしても今日は散々だったぜ」
「そう? 私はとても楽しかったわ」
「はは、そう来なくっちゃな」
既に寂寥さを感じさせる雰囲気は消え、その表情にはたおやかな微笑みが戻っている。
それが少し赤らめて見えるのは、夕日の紅のせいだろうか。
「もう何度でも行きたいくらい」
「洋服店は勘弁だぜ。世の中にはもっと、いろんな楽しい場所があるんだ」
「それはぜひ連れて行って欲しいわね」
「もちろん、何処へだって連れて行ってやるさ」
もうそろそろ紅魔館が見える頃だろう。
今の状態を館の連中に見つかったら大変なことになる。いつまでも二人くっついてはいられない。
「お前とだったら、きっと何処へ行っても楽しいぜ」
「あなたとだったら、何処へ行っても楽しめそうね」
離れる前に、二人は一度だけ言葉を交わした。
さくまり!さくまり! まさくり!まさくり!
本当は500点いれたいんだけど いれれないので気持ちだけ500点でw
けーねともこたんのコンビも良い感じに描かれてて良かったでつ。
あと、妹紅のいろんな意味での捏造っぷりも好きだ
さくまり!
さくまり!
さくまり!
さくまり!
さくまり!
さくまり!