静謐の竹林。
深閑たる静寂に包まれたその空間は昼なお暗く、外から入ってくるものを拒む悠久の牢獄と言い換えても相違ない空間である。静かな場所故に、音がよく響く。風が竹の間を渡る、さやさやという音や、生き物が大地を踏みしめる音。
そうした、有機物的な無機物の音に混じってにぎやかな声が響くところがある。
平安時代の和風建築を思わせるような佇まいのそれの名前は、永遠亭。
名前通り、そこにおける時間は止まっている。無限という名の円環によって形成されたその世界は、今も昔も、そして未来に至るまで、このまま悠久の時を過ごすのだ。
そう。
ずっと――。
「いやぁぁぁぁぁ! またこのオチがぁぁぁぁぁぁ!」
まぁ、そういう重苦しい話題はさておいて。
今日は、そんな永遠亭に起きた、とんでもない騒ぎのお話をしようじゃないか、ベイビー。
「永琳さま、永琳さま、永琳さまーっ!」
「もう。何事? てゐ。ばたばたしちゃって。ダメじゃない」
めっ、と言わんばかりに目の前のウサ耳少女を叱りつける女性。彼女の名前は八意永琳。この永遠亭で、ここに住まうものみんなのお母さん、といった感じの気高くも優しい女性である。そんな彼女の言葉に、肩を上下させ、息を切らした少女――てゐが、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよあんた、という視線を向けてくる。
「た、大変です! 大変なんです! ま、また鈴仙さまが『あの日』です!」
「何ですって!? どうしてそんな大変なことをさっさと言わないの!」
「いやだから言ったじゃないですか」
「反論は無用! すぐに案内しなさい!」
片手に愛用の弓をひっつかみ、いざという時のためにスペルカードを、その豊満かつ絶対の胸部に挿入し、いざ準備万端整えり勝利は我のためにあり、といった感じの戦闘態勢を整える永琳を連れて、てゐが廊下をひた走る。
そしてやってくるのは、障子の前。ここです、と戦慄するてゐが、一気に障子を開いた。
「いやぁぁぁぁぁ! 鈴仙さま、お戯れをぉぉぉぉぉ!」
「あはははは! さあ、私と一緒にレッツ桃源郷! 今日も明日も明後日も! ついでに言うならこれから一生、つがいとして暮らしていく覚悟で三つ指でもつきましょうかぁ!」
「いやーっ! 私には心に決めた人がー!」
「頑張れ! あなたが頑張れば、私たちは助かるのよ!」
「てめえこら! 私を見捨てるのかぁっ!」
「見捨ててなどいないわ! 単に生け贄にしただけよっ!」
「同じじゃボケぇっ!
いやだからそこ触っちゃダメ鈴仙さま耳は弱いのお願いぃぃぃぃぃっ!」
「いやいや、耳なんて触らないわよ。触るのはあなたの心の琴線であって、具体的に言うと体内部分!」
「むしろそっちの方が悪いような気がするんですがって下着に手が! 手がぁぁぁぁっ!」
「白より黒の方が好きなんですよ私はねでも白の清純さもいいと思うのだがどうだろう諸君」
「はい。白はいいと思います」
「ふわりと舞い上がるスカートの裾から覗く、純白の桃源郷」
「まさに、花が咲いたようよね」
「あんたらなぁぁぁぁっ!」
――という有様である。
具体的にどういう状況なのかというと、鈴仙が目を血走らせっていうか、まぁ、元から目が赤いため血走っているのか素なのかよくわからないが、普段の彼女の状況を考えるなら間違いなく血走っているのだろうと、ここでは仮定しよう。んでもって、うら若きうさぎの乙女を床の上に組み敷いてスカートまくりあげて成人指定のあれやこれやの暴挙に及ぼうとしているところを見学しつつも、次なる獲物が自分たちにならないよう、鈴仙をたきつける複数の少女達がやいのやいのと囃し立てるというよくわからない状態。
結論から言うと、犯罪の匂いがぷんぷんというわけだ。
「ウドンゲ!」
「あ、師匠。こんばんは」
「はいこんばんは……って、そうじゃなくて。何をやってるの、何を!」
「見ればわかるじゃないですか。お肌とお肌の触れあい通信後のとっても気持ちがよくてセンシティブでアバンギャルドでヒップホップな行為ですよ」
「ええ、それは見ればわかるわ」
「見てないで助けてくださいよっ!」
当然と言えば当然の抗議の声を上げてくるうさぎ少女。なお、彼女の見た目の年齢は十五歳ほどなので、このまま行為が継続すると条例で規制されてしまうと言うゆゆしき事態である。
「ともあれ! そのままそういうことをされると色々困るのよ!」
「困って当然! 困らせるためにやってます!」
「うわ開き直った」
てゐが思わず呻く。
「ふふふ……邪魔をするのですか? 師匠」
ゆらり、と立ち上がる鈴仙。なお、その手には目の前の少女からはぎ取った純白の布があったりするのだがそれはさておき。
「邪魔をするのでしたら、師匠とはいえ許しません! 狂乱の地獄の前に、美しくも妖艶にかつ官能的にむせび泣く女性の魅力を麗しく存分に発揮するような姿にさせてあげます!」
あ、それは少し見てみたいかも、とその場にいる全員が思ったのは言うまでもない。
ともあれ、鈴仙が永琳に向かって攻撃を仕掛けた。
あの、永琳を師と仰ぎ、絶対の信頼と全幅の思いを寄せている彼女がだ。まるで想像できないその光景に、皆が息を飲む。
「てぇぇぇぇぇいっ! 秘奥義、純白プレェェェェェスッ!」
「ぐはぁぁぁっ!」
ばさっ、とその限界ぎりぎりのスカートをまくり、真っ白かつ最終奥義的なヒップアタックを喰らわす鈴仙。その攻撃は永琳の顔面を直撃すると同時に素晴らしき柔らかさと絶対の祝福を与え、彼女を空中で三回転半のきりもみ回転をさせながら永遠亭の中庭に頭から突き刺さるという結末を与えた。
「ふふふ……。奥義と言うからには体も使え! それを教えてくれたのは、師匠、あなたです!」
「いや鈴仙さま、それ絶対意味違うしっていうか今のはちょっとくらってみたかったかなぁ……」
ぼそりとつぶやくてゐ。大きな声で言わないのは、次の標的にされるのが怖かったからだ。何か、永琳の首から『ぼきん』という鈍い音が聞こえてきたことだし。
「うふふふふ……」
「……はっ」
ぐるり、と鈴仙の視線がてゐを向く。
目がぎらぎらと光っていた。ちなみに現在は夜。まるで夜道を歩く獣のごとく、赤々と、爛々と輝くその瞳は、まさに肉食獣の瞳。獲物発見、頂きます、っていうかこれ全部食べちゃっていいよね色々と、と露骨に目が語っている。
ぞわっ、と全身の気を総毛立たせ、てゐが後ろに足を引く。
「うふふ……てゐちゃ~ん、あなたって、本当に美味しそうねぇ」
「ち、ちょっと、鈴仙さま!? 冗談やめてよ! 私に手を出したら、鈴仙さま、本格的に発禁だよ!? 二度とお日様の下を歩けなくなるよ!? そうなったら、次回東方シリーズからも漏れて主にエロゲー系の登場キャラ扱いされちゃうよ!?」
「そうなったら私が主役になっててゐちゃん食うから問題なし」
「うわ言い切りましたねこの野郎」
どうやら、道はないようである。
退路はない。さりとて進むことも出来ない。このままでは、選択肢は二つ。
すなわち。
殺るか。殺られるか。
「……鈴仙さまが悪いんだよ。私を怒らせたりするからっ!」
「あら、そう。そういうことを言うの。悪い子ね、てゐちゃんは。お仕置きしないとねぇ。主に下半身に重点的に」
「そんなことをしたら、鈴仙さまに『幼女趣味』のレッテルを貼り付けてやるからね!」
「大丈夫。この幻想郷、やけに幼女が多いから。むしろそっちの趣味じゃないと問題あり? みたいな~」
「……うわ、言い返せない」
確かにそっちの方が真理っぽくて、むしろ真っ当な感覚を抱いている方が、この幻想郷においては異端者扱いされてもおかしくない現状、てゐには何も言い返すことは出来なかった。
ゆらりゆらりとゆらめきながら鈴仙が歩み寄ってくる。そこから感じるのは恐怖と絶望。一見して隙だらけに見える鈴仙だが、その実、全くつけいる隙がない。一歩でも動けばヤられる。カタカナなのは伊達じゃない。
くっ、とてゐが歯がみをした瞬間。ぎりっ、とその小さな口から音が鳴った刹那に鈴仙が動いた。
「もらったぁぁぁぁぁっ!」
それはまさに、光のごとく。
てゐの瞳を持ってしても、鈴仙の動きを捉えることは出来なかった。一瞬にして、幻想郷最速の領域へとたどり着いた鈴仙の両手が翻り、身を固くしたてゐの体をかすめて通り過ぎる。
「うっ……くっ……」
次に襲って来るであろう衝撃に備えて、身構えていたてゐだが、意に反して特に何かが起きる様子もないことに気づくと、うっすらと目を開けて。
そして、見た。
「ふふふ……てゐちゃん。大人びるのは勝手だけど、もう少し、年齢相応になろうね?」
「はっ!?」
鈴仙が持っているそれは。
「なっ……い、いつのまにっ!?」
ぱたぱたとスカートの上から、主にお尻の辺りをまさぐるてゐ。
ない。その先に感覚がない。
やはり、あれは――。
「黒は、まだまだてゐちゃんの年じゃ、ねぇ?」
まさか、とてゐは戦慄する。
彼女の両足は床に着いていた。にも拘わらず、鈴仙の脱がしテクは彼女のお尻を包み込む可憐な布をはぎ取っていたのだ。この方法を世の中の人間が知るとえらいことになりそうなので、あえてその内容は割愛するが、ともあれ抜き取ったそれを、鈴仙はぽいと後ろに放り投げる。
「さぁて、それじゃ、スカートめくりの用意完成……」
「そ、そんなことされたら……!」
晴れてX-RATEDの称号ゲットだ。次回東方は十八禁だ。そしたらいつも以上に大きなお友達の購買層が増えて、ユーザーの枠が広がってうはうは? いやでも待て、そんなことになれば、小さなお友達が手に入れられなくなって涙を呑むのではないか? でも、そもそも同人ゲームって、並んでいるところがアレな売り場だから問題ないのかな、と混乱した頭で考えるてゐには『反撃する』という選択肢が欠如していた。今のこの瞬間なら、彼女の持てる実力の全てを叩きつけた最大級の弾幕を放つことで鈴仙の暴虐非道を止めることが出来ただろう。それが思いつかなかったのは、どうにもすーすーするお尻のせいではないはずだ。
「そしてその後は、押し倒して隅々まで、微に入り細に入り、詳しく徹底的に……うふ、うふふふふ……」
「……くっ!」
ダメだ、やられる。やはり自分では、この狂気を止めることはかなわなかったのだ。
天国のおとーさんおかーさんごめんなさい。てゐは、やっぱり汚れうさぎみたいです。
と、何かよくわからない辞世の句を紡ごうとして、短冊取り出した彼女へと鈴仙が飛びかかる――その瞬間。
「八意流格闘術、奥義!」
「はっ!?」
その鈴仙の背後から響く、たくましくも艶やかな声。
「月波出手射流火ぁーっ!」
「し、しまったぁぁぁぁぁぁっ!?」
背負った弓から、真っ白な閃光がほとばしり、どこぞの衛星砲よろしく鈴仙を背後から貫いた。その一撃をもろにくらった彼女は廊下の向こう側へと吹き飛ばされ、どすんごんがんごろごろごろがつんっ、という痛そうな音を立てて動かなくなった。
「ふぅ……危うく、このお話が表側で公開できなくなるところだったわ」
「……あの、永琳さま。首が……」
「あら、てゐ。何で横向きなの?」
曲がってるのはあなたの首です、と言ってやりたかったが、首が九十度折れ曲がっているのに全く気づいてない永琳にんなことを言うよりは、とりあえず実力行使がいいかなと思って、てゐが永琳に全力首ひねりをかましたことで視界が元に戻った彼女は、すぐさま、鈴仙の元へと走っていく。
「てゐ、この子を居間の床柱に荒縄で縛り付けておきなさい。縛り付ける時は、縄の跡が肌に残らないように、あと、バストを強調するように、よ!」
「はい!」
と、返事をするが、何でそう言うめんどくさくてえろい要求なんですかあんたは、と内心でツッコミを入れるのを忘れない。永琳は、何かを思い立ったかのように、永遠亭の床を蹴り、夜空の彼方へと飛翔していく。その後ろ姿を見送りながら、てゐはため息をついた。
「……とりあえず、ぱんつ、ぱんつ、っと」
「……で。何で私が?」
いい夜を堪能し、水で二百倍に薄めた日本酒をあおっていた博麗神社の巫女は、あからさまに嫌そうな、めんどくさそうな視線を永琳へと注いだ。
あの後、永琳は神社の縁側で『気分さえあれば水であろうとも酔うことが出来る!』を実践した数少ない人物である博麗霊夢を連れて永遠亭へと戻ってきたのだ。その間の時間、わずか二十分。
「まぁ、まずはこちらに」
「用件も聞かさずに連れてきて。これで下らないことだったら夢想封印よ」
「話を聞いてくれるだけで米俵を一俵あげるわ」
「どんと任せなさい」
ぐるりと掌を百八十度返す霊夢。これも貧乏が悪いのよ、とは後の彼女の言葉である。
静まりかえった永遠亭の廊下を進み、その先にある襖の前に立つ。
「これからあなたに見せるのは、とてもショッキングな光景よ。でも、自分をしっかり持ってね」
「……何があったの?」
「……開けるわ」
戦慄する霊夢。
あの永琳がこんな事を言うなんてよほどのこと。彼女の頭はそのように判断したらしい。
すっ、と開かれる襖の向こう。その先の光景は――。
「あーん、こんな風に縛られて、鈴仙困っちゃう~。あんっ、縄が食い込むのが、痛いのもたまにはいいかな~なんて。ねぇ、てゐちゃ~ん、ほどいてよ~」
「ダメですっ! っていうか、ほどいたら私に襲いかかるくせに! よだれ垂らしまくりで服がえろいことになってますよっ!」
「だってだって~。どうせなら、荒縄なんかできつく縛るよりも、優しくてゐちゃんの体で縛ってくれればよかったのに~」
「断固お断りです! 同意のない行為に及ぶほど、私は安くない!」
「一回五万」
「……うっ」
ぴしゃっ。
容赦なく、霊夢は襖を閉めた。
「どうしたのよ」
「どうしたもこうしたもあるかっ! 私は帰る!」
「米俵にプラスして、日本酒一升」
「ぐっ……!」
「さらに、あなたさえよければ、お茶っ葉もプレゼントしてあげるわ」
「うぐぐっ……!」
すぐさま踵を返して帰りたい。帰ってお布団にくるまって、今の悪夢を忘れたい。
だが、だがしかしっ!
「……あれは一体、何なの」
やっぱり貧乏と目の前にぶら下げられた美味しいえさの誘惑には勝てなかった。
結局、逃げるタイミングを逸した霊夢に、永琳は沈痛な表情でつぶやく。
「見ての通りよ」
「……何か、えらい変わったわね。ウドンゲも」
「ええ……でも、聞いて。霊夢。これはあの子のために必要なことなの」
「なるべく聞きたくないし忘れたいけど、仕方ないから聞いてあげるわ」
「そう。じゃ、とりあえずてゐを連れて」
再び開かれた襖の向こうでは、鈴仙があられもないピンク色の声を上げながらてゐを誘っているというお子様禁止な光景があり、とりあえず霊夢はお払い棒の先端で彼女のみぞおちどついて黙らせる。
なかなかに過激な物理的攻撃にあっさりと鈴仙は失神し、晴れて状況的に解放されたてゐを連れ、二人はそのすぐそばの部屋へと移動し、卓の周りに腰を下ろした。
「てゐ、お茶を」
「はーい」
不満たらたら、立ち上がったてゐが障子の向こうに消える。
「……んで? どうしてウドンゲはあんなピンクになってるの」
「話せば長くなるわ……」
ふぅ、と息をついて、永琳。
てゐがお茶を持ってくるのを待って、彼女の口から惨劇の始まりが語られる。
「そう……。霊夢、あの子は……ウドンゲは、いい子でしょう?」
「は?」
「そう。いい子なのよ。
かわいいし、色んな所によく気がつくし、周りの面倒見もいいし、お姉さん気質で頼りがいもあるし、性格もいいし、もうどこへ出しても恥ずかしくない私の弟子っていうか娘だし、でも時々、私に甘えてくるところもかわいいのが最高よね!?」
「わかったから鼻血ふけ! あと、のろけはいらん!」
「何よ、つれないわね」
話の腰を折りまくる霊夢に不満たらたらの永琳は、ティッシュを鼻に詰めてから、ずず~、とお茶をすする。
「それでね。あの子は真面目だから……基本的に、愚痴とか文句を、一切、誰にも言わないの。それだからかしら。いつもいつも、色んな思いを胸の中に抱えていたのでしょうね……」
「そりゃまぁ、師匠がこんな奴だしねぇ……」
「あ、わかる?」
「そりゃもう」
「ある時……そう、あれはいつだったかしら」
自分にとって都合の悪いことは華麗に聞き流して、永琳は手にした湯飲みを卓の上に戻す。
「ある時、ついにウドンゲも爆発してしまったのね。
それまでためにためこんだ、世の中への不満とか鬱憤とかいうものが」
「だから、あんな春爛漫になったわけ?」
「そうなのよ」
「……よくわからないわねぇ。そういうのなら、むしろテロリズムとか、そっちの方に走りそうなものだけど」
「時期的にやばいじゃない」
確かに。
思わず納得する。
「それに、ほら。女なら、月に一度、『あの日』があるでしょう?」
俗に言う、ブルーデーというやつだ。
無論、霊夢もそれの経験者。と言うか、経験しなくなったら何かと問題であるし、そもそも『少女』であるのが東方の出演条件に近いものがあるので、この真実を捨て去ると言うことは東方シリーズからドロップアウトすることでもある。
まぁ、それはさておき。
「ウドンゲは、その日が、ため込んだものを爆発させてしまう日になってしまってね」
「ついでに言うと、鈴仙さまは、ちょうどその日が発情期の時期と重なるみたいで、おかしくなる前も結構大変だったんだよね」
「そうね。私の布団に『師匠……』って顔を赤くしてやってきて、ああもうこれを食わずに何を食えというのか据え膳食わぬは女の恥ってことで美味しく頂いていたのが悪かったのかしら……」
「あんたが原因かよ、結局は」
さすがに聞き逃せずにツッコミ入れる霊夢。
しかし、永琳はいやいやをするようにかぶりを振ると、悲劇のヒロイン的口調と身振りを伴いつつ、口を開く。
「それで、結局、ウドンゲはあんなどこかのふんどし野郎も真っ青なピンク脳の春うさぎになってしまったの……。おかげで、永遠亭のあちこちで、若いうさぎ達が美味しく頂かれてしまって……。私が目をつけていたのまで先にお手つきになっちゃって、永琳ショック……」
「……」
急に見捨てて帰りたくなってきた。と言うか、プレゼントと言っていたからには、この永遠亭のどこかにあるであろう食料が備蓄された蔵でも襲撃して中身を強奪してからおさらばというのも悪くないわねと言う完全犯罪を考えている霊夢の前に、ずいっと永琳が顔を近づけてくる。
「近っ! ちょっと、顔近すぎ!」
「それで、霊夢にあの子を何とかして欲しいの!」
「どうしてそこでそうやって話が飛ぶのよ。っていうか、そう言う要素があるんなら、むしろ相手してやればいいじゃない」
「何言ってるのよ!」
いきなり、横からてゐが声を上げた。
「あんたは……あんたは知らないのよ! あの状態の鈴仙さまがどれだけすごいか! ティッシュ箱何個空っぽになると思ってるの!? 一晩中、寝かせてもらえないのがどれだけ辛いか、わかって言ってるの!? 翌日、シーツを何度洗濯しなきゃいけないか、わかってないんでしょ! 腰が痛くて動けないのよ!?」
「……あー……えっと……。ごめん、私が悪かった」
鬼気迫る形相で、半泣き――というか全泣きで迫ってくるてゐに、容赦なく懺悔の思いがわき上がり、気がつけば、霊夢はその場に土下座していた。
「あれは確かにすごいわ。私でも、さすがに大変だったもの。まぁ、いつもより当社比三十パーセント増しで美味しく食べさせてもらってるけど」
「ぅおいこら」
「けれど、そろそろ限界よ。このままじゃ、永遠亭の子供達にもよくない影響が出始めるわ。何とかしてウドンゲの暴走を止めなきゃ」
「……そういえば、輝夜はどこ行ったのよ。あいつがここの主人でしょ? こういう時は……」
「姫様なら、妹紅の庵よ」
「は?」
確か、その娘と彼女はいがみ合っているのではなかったか? 顔をつきあわせれば殺し合い、の毎日じゃなかったのか? それなのに、何でその仇敵の所へ? あれか? 意趣返しというやつか?
霊夢の視線を受けて、永琳は、ふぅ、とため息をついて、どこか遠くへ視線をやる。
「……いや実は、姫もあの状態のウドンゲに襲われた口で……」
「イナバ怖いイナバ怖いイナバ怖いイナバ怖い、ってしばらく部屋に閉じこもってましたよね……」
「……」
……まぁ、何となくわからないでもないか。
お茶をすすり、それが空っぽになっていたことに気づいた霊夢は、何ともいたたまれない表情で湯飲みの中を漂っていたお茶の葉の欠片を舌先でぺろりとなめとる。
「まぁ、それはともあれよ!
どうにかしないといけないの!」
「どうにか、って言われても……。とりあえず、何日、症状は続くの?」
「一日だけよ。発病したら、その日に、もうそれは所構わず桃色オーラを」
「コンクリ漬けにして大阪港に沈めたくなるわね」
「大阪港?」
「こっちの話」
あさっての方向向きつつ、霊夢。
「まぁ、一日だけなら、私の二重結界辺りで部屋の中に閉じこめておけばいいんだろうけど……。さすがに、毎月毎月、ってなると……」
「ええ。しかも、あのままですむとは思えないわ。もしかしたら、将来、もっと大変なことになってしまうかも……。ただでさえ、うさぎは繁殖意欲が旺盛なのに」
「子供が増えすぎたら財政が傾く、って?」
「ウドンゲがお腹に宿すのは私の子だけと、時空が始まったその時から決まってるのよ」
「まずこいつにとどめ刺してもいい?」
「無理。生き返るし」
「ちっ」
半ば本気で針弾投げつけようとした霊夢は、露骨に舌打ちしてそれを巫女服の裾にしまう。
永琳は、ごそごそと、突然、腰元に下げたポーチを探る。そしてその中から、小さな――掌に入るくらいの何かを取り出す。
「それは?」
卓の上に置かれたのは、小さなカプセルだった。それの口を開け、さらりと、その中の粉末を広げる。
「これは、ウドンゲへの特効薬よ」
「……んなものあるなら最初から使えよ」
「これは、これまでずっと、ウドンゲに対する人体実験の結果、効果が証明された、まさにあの子のためだけの薬……」
色々とツッコミを入れたいところはあったのだが、ぐっと黙っておく。
「これをあの子に使えば、多分、あの子は大人しくなってくれるはずよ」
「じゃ、それでいいじゃない。カプセルって事は、経口摂取でしょ? 水か、もしくは食べ物にでも混ぜて……」
「症状が出ている時にしか、効果は発揮しないようなの」
「……ふぅん」
まぁ、そう言う類の薬もあるのだろう。事、こういう事に関して永琳に口出しすることが出来る知識を、霊夢は持ってない。だから、専門家のやることには口を出さないように、彼女は意見をつぐんだ。
「だから、今がチャンスよ」
「まぁ、それはそうね」
「と言うわけだから、霊夢。あの子を何とかするためにも力を貸してちょうだい」
元々の原因を作った人物が何言ってるんだこのバカ、と言ってやりたいところだったが、過程はともあれ、現状、あの鈴仙をほったらかしにしておいていい道理はないだろう。それに、永琳の、この弟子を思う気持ちは本物だ。なら、そういう、色んな意味で『やっちゃった』ことは水に流しても構わないのではないか。
そう考え、霊夢は、仕方ないわね、と口に出そうとして。
「とりあえず、霊夢とてゐにはあの子を押さえつけておいて欲しいの」
「は?」
思わず、別の言葉が口をついて出てくる。
押さえつける? なぜ?
いや、確かに怪しい薬を飲ませられることには変わりないから、さすがの鈴仙と言えども暴れるだろうが、しかし、あんな風に床柱に縛り付けられていたら普通は身動きできるはずもない。なら、別段、そんなことは必要ないはずなのだが……。
「あなた達があの子を押さえつけた後、私が可及的速やかにウドンゲを押し倒し、下着をずり降ろすから」
「待て待て待て待て」
何やら不穏当な話になってきた。
霊夢が永琳のさりげない言葉にツッコミ入れる。
「何で下着を降ろす必要があんのよ。それカプセルでしょうが」
「はっ! 何を言ってるのかしら、この春巫女は。医学の『い』の字も知らないくせに、私に口出ししようと言うの?」
「い、いや、それは……」
「これはね、経口摂取じゃないわ。身体への投与によって効果を発揮するのよ」
「だから、それで何で下着を……」
「これはね」
彼女はそれを指先でつまみ、
「まず、こう持つでしょ?」
「……ええ」
「そして、その後、限りなく全力、しかし優しさを持って」
「……うん」
「えぐりこむように」
「……」
「ねじりこむように」
「……あー……」
「全力で押し込むべし!」
「待てぇぇぇぇぇっ!」
もういい。そこまで言えばいい。わかった。何をどうするかと言うことが。よくわかった。
「あんた、何考えてるのよ! んなことしたらどうなるかわかってるの!?」
「気持ちいい?」
「んなの特殊な趣味持ってる奴以外には当てはまらんわっ!
っていうか、他人様のサイトにP○Aが完全武装して押し寄せるようなことをすなっ!」
「何を言っているの! (ぴー!)への薬の投与は、非常に体内への吸収率が高いって、医学的にも証明されてるのよ!」
「だからって、それが問題なのよ! それが!」
「菊の紋所が目に入らないというの!?」
「直接的過ぎるわぁっ!」
あんまりと言えばあんまりな発言に、思わず夢想封印展開し、永琳に向かってそれを放つのだが、見事にそれを回避した永琳のせいで行き場を失った輝く弾幕は襖を破壊し、ちょうどその向こうで何やら怪しい叫び声を上げていた鈴仙を直撃して問答無用で黙らせる。
「ああっ、ウドンゲ! あなた、私のウドンゲになんてことを!」
「そこだけ取り出したらまともなこと言うなっ! あんたこそ、とんでもないことやろうとしてたでしょうが! ともかくそれは却下!」
「……ちぇっ。なら、仕方ないわね。経口摂取にするわよ」
「出来るんなら最初っからそうしてろっ!」
何やらめちゃめちゃ残念そうに怪しげなカプセルを取り出す永琳。
そして、その視線を。
「じゃ、てゐ。お願いね」
「はい!?」
一人、我関せずにお茶を飲んでいたてゐに向けてんな爆弾発言をする。
「え? ええっ!? あの、何で私なんですか!?」
「何となく」
「何となくで私に押し付けないでくださいよ!」
「それにほら。もしも何かあったら、私たちが後ろから援護するから」
「……うう……おとーさん、おかーさん、ごめんなさい。死んでも私は天国に行けないかもしれません……」
泣きながら、永琳からそのカプセルを受け取って鈴仙の元へ向かうてゐ。その姿を、まるで死地に向かう戦士のようだった、と後に霊夢は語っている。
彼女はそれを手に、鈴仙の傍らに腰を下ろした。真っ黒に焦げて目を回している鈴仙をそっと抱き上げ、彼女の口を押し開こうとするのだが――、
「な、何で頑なに拒みますか!?」
意識でもあるかのように、がっしりと歯を食いしばる鈴仙。無意識のうちに、自分の身に危険が迫っていると感じたが故の生物の防衛反応かもしれなかった。っていうか、普通なら、得体の知れない薬を無理矢理飲ませられそうになったら全力で抵抗するだろう。
「……永琳さま、どうしたら……」
「強制的に」
「……強制的に、って」
どうしろというのか。
歯の一本でもへし折って、その隙間からカプセルを投入するか? それとも、腹を切り裂いて、内臓に直接投与? いや、それは明らかにやばいから別の手段を……。
などなど、考えても手段など模索できるはずもない。
どうしたらいいものかと考えていった結果、仕方ないかなぁ、とその考えに辿り着くてゐ。
「鈴仙さま、鈴仙さま」
ぺしぺしと、そのほっぺたを叩くてゐ。
しばらくして、身じろぎして鈴仙がうっすらと目を開ける――と同時に。
「あ~ん、まいすいーとはーと、てゐちゅわ~ん」
「むぐぅっ!?」
いきなり身を起こして鈴仙が抱きつくと同時、熱烈な接吻をかましてきた。
ある意味、予想通りだったとはいえ、その熱烈ぶりにはさすがのてゐも目を白黒させる。何やら、ちゅうちゅうというよくわからない音が響き渡り、永琳が『きゃ~』と年に不相応な声を上げたため、霊夢がお払い棒でどつき倒したというエピソードもあったりするのだが、それは当事者二人には関係ないのでさておこう。
「うふふ……てゐちゃんのくち……び……はぅっ」
どさっ。
にたぁ~、と怪しくも美しい笑みを浮かべる鈴仙が、突然、目を白目にして後ろ向きにぶっ倒れた。
「よくやったわ、てゐ! 成功したのね!」
「これで成功なんですか!? 今一瞬、『ああ、ついに私も人殺しになったのね……』って思いましたよ!?」
そう。
皆様の想像通り、これぞてゐの最終奥義、『お薬経口摂取』である。まぁ、要するに口移しということなのだが。
頭の中身が桃色に染まっている今の鈴仙なら、一度、目をつけた相手である自分に対して、色々目も当てられない行為に及んでくるのは想像が出来ていた。だから、あえて、自分の体を囮にすることで鈴仙に薬を飲ませたのだ。
それは成功した。成功したのだが……。
「ええ、大成功よ。これで一日、この子の体は好き放題……」
「陰陽鬼神玉!!」
結局、怪しいのは鈴仙だけじゃなく、永琳もだったため、霊夢にまとめて吹き飛ばされることになったのだった。
その薬が効いたのか、はたまた、その周期を過ぎたためか。
ともかく、その翌日には、鈴仙はいつも通りの鈴仙に戻っていた。暴走していた時の記憶はないのか、次の日には、皆のために献身的に働く彼女の姿が見受けられていたという。
霊夢はそんな話を、風の噂に人のいない神社の境内で聞いた時、「永遠亭も、色んな意味で一枚岩じゃないわねぇ」と語ったと言うが、それは噂の領域を出ないのでさておこう。
――さて。
「霊夢」
「あら、永琳。どうし……って……」
「お願い! 一緒に来て!」
「ちょっと待って! また何かあったわけ!?」
それからしばらく後。
再び、博麗神社を、切羽詰まった顔で訪れる永琳の姿があった。その言葉に霊夢は困惑し、二度とあんな事に関わってたまるか、という意識と『マジかよ』という思いから、思わずそんなことを叫び。
そして、知る。
「ウドンゲは治ったの! ウドンゲは治ったのよ!」
「じゃあ、何が……」
「てゐに感染(うつ)った」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
結局、鈴仙のあれは、精神的な疾患などではなく病気だったらしい。流行性の感冒にも近いものだったそうだ。
その病気の名称は、後に『月兎の思い出病』という、どこぞのゲームの一エピソードに似たものが名付けられることになるのだが――。
「このままほっといたら、私のウドンゲがてゐに汚されちゃうのよぉっ!」
「だから、これ以上、私を巻き込むなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今日も、幻想郷に、全力夢想封印が飛び回る。
深閑たる静寂に包まれたその空間は昼なお暗く、外から入ってくるものを拒む悠久の牢獄と言い換えても相違ない空間である。静かな場所故に、音がよく響く。風が竹の間を渡る、さやさやという音や、生き物が大地を踏みしめる音。
そうした、有機物的な無機物の音に混じってにぎやかな声が響くところがある。
平安時代の和風建築を思わせるような佇まいのそれの名前は、永遠亭。
名前通り、そこにおける時間は止まっている。無限という名の円環によって形成されたその世界は、今も昔も、そして未来に至るまで、このまま悠久の時を過ごすのだ。
そう。
ずっと――。
「いやぁぁぁぁぁ! またこのオチがぁぁぁぁぁぁ!」
まぁ、そういう重苦しい話題はさておいて。
今日は、そんな永遠亭に起きた、とんでもない騒ぎのお話をしようじゃないか、ベイビー。
「永琳さま、永琳さま、永琳さまーっ!」
「もう。何事? てゐ。ばたばたしちゃって。ダメじゃない」
めっ、と言わんばかりに目の前のウサ耳少女を叱りつける女性。彼女の名前は八意永琳。この永遠亭で、ここに住まうものみんなのお母さん、といった感じの気高くも優しい女性である。そんな彼女の言葉に、肩を上下させ、息を切らした少女――てゐが、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよあんた、という視線を向けてくる。
「た、大変です! 大変なんです! ま、また鈴仙さまが『あの日』です!」
「何ですって!? どうしてそんな大変なことをさっさと言わないの!」
「いやだから言ったじゃないですか」
「反論は無用! すぐに案内しなさい!」
片手に愛用の弓をひっつかみ、いざという時のためにスペルカードを、その豊満かつ絶対の胸部に挿入し、いざ準備万端整えり勝利は我のためにあり、といった感じの戦闘態勢を整える永琳を連れて、てゐが廊下をひた走る。
そしてやってくるのは、障子の前。ここです、と戦慄するてゐが、一気に障子を開いた。
「いやぁぁぁぁぁ! 鈴仙さま、お戯れをぉぉぉぉぉ!」
「あはははは! さあ、私と一緒にレッツ桃源郷! 今日も明日も明後日も! ついでに言うならこれから一生、つがいとして暮らしていく覚悟で三つ指でもつきましょうかぁ!」
「いやーっ! 私には心に決めた人がー!」
「頑張れ! あなたが頑張れば、私たちは助かるのよ!」
「てめえこら! 私を見捨てるのかぁっ!」
「見捨ててなどいないわ! 単に生け贄にしただけよっ!」
「同じじゃボケぇっ!
いやだからそこ触っちゃダメ鈴仙さま耳は弱いのお願いぃぃぃぃぃっ!」
「いやいや、耳なんて触らないわよ。触るのはあなたの心の琴線であって、具体的に言うと体内部分!」
「むしろそっちの方が悪いような気がするんですがって下着に手が! 手がぁぁぁぁっ!」
「白より黒の方が好きなんですよ私はねでも白の清純さもいいと思うのだがどうだろう諸君」
「はい。白はいいと思います」
「ふわりと舞い上がるスカートの裾から覗く、純白の桃源郷」
「まさに、花が咲いたようよね」
「あんたらなぁぁぁぁっ!」
――という有様である。
具体的にどういう状況なのかというと、鈴仙が目を血走らせっていうか、まぁ、元から目が赤いため血走っているのか素なのかよくわからないが、普段の彼女の状況を考えるなら間違いなく血走っているのだろうと、ここでは仮定しよう。んでもって、うら若きうさぎの乙女を床の上に組み敷いてスカートまくりあげて成人指定のあれやこれやの暴挙に及ぼうとしているところを見学しつつも、次なる獲物が自分たちにならないよう、鈴仙をたきつける複数の少女達がやいのやいのと囃し立てるというよくわからない状態。
結論から言うと、犯罪の匂いがぷんぷんというわけだ。
「ウドンゲ!」
「あ、師匠。こんばんは」
「はいこんばんは……って、そうじゃなくて。何をやってるの、何を!」
「見ればわかるじゃないですか。お肌とお肌の触れあい通信後のとっても気持ちがよくてセンシティブでアバンギャルドでヒップホップな行為ですよ」
「ええ、それは見ればわかるわ」
「見てないで助けてくださいよっ!」
当然と言えば当然の抗議の声を上げてくるうさぎ少女。なお、彼女の見た目の年齢は十五歳ほどなので、このまま行為が継続すると条例で規制されてしまうと言うゆゆしき事態である。
「ともあれ! そのままそういうことをされると色々困るのよ!」
「困って当然! 困らせるためにやってます!」
「うわ開き直った」
てゐが思わず呻く。
「ふふふ……邪魔をするのですか? 師匠」
ゆらり、と立ち上がる鈴仙。なお、その手には目の前の少女からはぎ取った純白の布があったりするのだがそれはさておき。
「邪魔をするのでしたら、師匠とはいえ許しません! 狂乱の地獄の前に、美しくも妖艶にかつ官能的にむせび泣く女性の魅力を麗しく存分に発揮するような姿にさせてあげます!」
あ、それは少し見てみたいかも、とその場にいる全員が思ったのは言うまでもない。
ともあれ、鈴仙が永琳に向かって攻撃を仕掛けた。
あの、永琳を師と仰ぎ、絶対の信頼と全幅の思いを寄せている彼女がだ。まるで想像できないその光景に、皆が息を飲む。
「てぇぇぇぇぇいっ! 秘奥義、純白プレェェェェェスッ!」
「ぐはぁぁぁっ!」
ばさっ、とその限界ぎりぎりのスカートをまくり、真っ白かつ最終奥義的なヒップアタックを喰らわす鈴仙。その攻撃は永琳の顔面を直撃すると同時に素晴らしき柔らかさと絶対の祝福を与え、彼女を空中で三回転半のきりもみ回転をさせながら永遠亭の中庭に頭から突き刺さるという結末を与えた。
「ふふふ……。奥義と言うからには体も使え! それを教えてくれたのは、師匠、あなたです!」
「いや鈴仙さま、それ絶対意味違うしっていうか今のはちょっとくらってみたかったかなぁ……」
ぼそりとつぶやくてゐ。大きな声で言わないのは、次の標的にされるのが怖かったからだ。何か、永琳の首から『ぼきん』という鈍い音が聞こえてきたことだし。
「うふふふふ……」
「……はっ」
ぐるり、と鈴仙の視線がてゐを向く。
目がぎらぎらと光っていた。ちなみに現在は夜。まるで夜道を歩く獣のごとく、赤々と、爛々と輝くその瞳は、まさに肉食獣の瞳。獲物発見、頂きます、っていうかこれ全部食べちゃっていいよね色々と、と露骨に目が語っている。
ぞわっ、と全身の気を総毛立たせ、てゐが後ろに足を引く。
「うふふ……てゐちゃ~ん、あなたって、本当に美味しそうねぇ」
「ち、ちょっと、鈴仙さま!? 冗談やめてよ! 私に手を出したら、鈴仙さま、本格的に発禁だよ!? 二度とお日様の下を歩けなくなるよ!? そうなったら、次回東方シリーズからも漏れて主にエロゲー系の登場キャラ扱いされちゃうよ!?」
「そうなったら私が主役になっててゐちゃん食うから問題なし」
「うわ言い切りましたねこの野郎」
どうやら、道はないようである。
退路はない。さりとて進むことも出来ない。このままでは、選択肢は二つ。
すなわち。
殺るか。殺られるか。
「……鈴仙さまが悪いんだよ。私を怒らせたりするからっ!」
「あら、そう。そういうことを言うの。悪い子ね、てゐちゃんは。お仕置きしないとねぇ。主に下半身に重点的に」
「そんなことをしたら、鈴仙さまに『幼女趣味』のレッテルを貼り付けてやるからね!」
「大丈夫。この幻想郷、やけに幼女が多いから。むしろそっちの趣味じゃないと問題あり? みたいな~」
「……うわ、言い返せない」
確かにそっちの方が真理っぽくて、むしろ真っ当な感覚を抱いている方が、この幻想郷においては異端者扱いされてもおかしくない現状、てゐには何も言い返すことは出来なかった。
ゆらりゆらりとゆらめきながら鈴仙が歩み寄ってくる。そこから感じるのは恐怖と絶望。一見して隙だらけに見える鈴仙だが、その実、全くつけいる隙がない。一歩でも動けばヤられる。カタカナなのは伊達じゃない。
くっ、とてゐが歯がみをした瞬間。ぎりっ、とその小さな口から音が鳴った刹那に鈴仙が動いた。
「もらったぁぁぁぁぁっ!」
それはまさに、光のごとく。
てゐの瞳を持ってしても、鈴仙の動きを捉えることは出来なかった。一瞬にして、幻想郷最速の領域へとたどり着いた鈴仙の両手が翻り、身を固くしたてゐの体をかすめて通り過ぎる。
「うっ……くっ……」
次に襲って来るであろう衝撃に備えて、身構えていたてゐだが、意に反して特に何かが起きる様子もないことに気づくと、うっすらと目を開けて。
そして、見た。
「ふふふ……てゐちゃん。大人びるのは勝手だけど、もう少し、年齢相応になろうね?」
「はっ!?」
鈴仙が持っているそれは。
「なっ……い、いつのまにっ!?」
ぱたぱたとスカートの上から、主にお尻の辺りをまさぐるてゐ。
ない。その先に感覚がない。
やはり、あれは――。
「黒は、まだまだてゐちゃんの年じゃ、ねぇ?」
まさか、とてゐは戦慄する。
彼女の両足は床に着いていた。にも拘わらず、鈴仙の脱がしテクは彼女のお尻を包み込む可憐な布をはぎ取っていたのだ。この方法を世の中の人間が知るとえらいことになりそうなので、あえてその内容は割愛するが、ともあれ抜き取ったそれを、鈴仙はぽいと後ろに放り投げる。
「さぁて、それじゃ、スカートめくりの用意完成……」
「そ、そんなことされたら……!」
晴れてX-RATEDの称号ゲットだ。次回東方は十八禁だ。そしたらいつも以上に大きなお友達の購買層が増えて、ユーザーの枠が広がってうはうは? いやでも待て、そんなことになれば、小さなお友達が手に入れられなくなって涙を呑むのではないか? でも、そもそも同人ゲームって、並んでいるところがアレな売り場だから問題ないのかな、と混乱した頭で考えるてゐには『反撃する』という選択肢が欠如していた。今のこの瞬間なら、彼女の持てる実力の全てを叩きつけた最大級の弾幕を放つことで鈴仙の暴虐非道を止めることが出来ただろう。それが思いつかなかったのは、どうにもすーすーするお尻のせいではないはずだ。
「そしてその後は、押し倒して隅々まで、微に入り細に入り、詳しく徹底的に……うふ、うふふふふ……」
「……くっ!」
ダメだ、やられる。やはり自分では、この狂気を止めることはかなわなかったのだ。
天国のおとーさんおかーさんごめんなさい。てゐは、やっぱり汚れうさぎみたいです。
と、何かよくわからない辞世の句を紡ごうとして、短冊取り出した彼女へと鈴仙が飛びかかる――その瞬間。
「八意流格闘術、奥義!」
「はっ!?」
その鈴仙の背後から響く、たくましくも艶やかな声。
「月波出手射流火ぁーっ!」
「し、しまったぁぁぁぁぁぁっ!?」
背負った弓から、真っ白な閃光がほとばしり、どこぞの衛星砲よろしく鈴仙を背後から貫いた。その一撃をもろにくらった彼女は廊下の向こう側へと吹き飛ばされ、どすんごんがんごろごろごろがつんっ、という痛そうな音を立てて動かなくなった。
「ふぅ……危うく、このお話が表側で公開できなくなるところだったわ」
「……あの、永琳さま。首が……」
「あら、てゐ。何で横向きなの?」
曲がってるのはあなたの首です、と言ってやりたかったが、首が九十度折れ曲がっているのに全く気づいてない永琳にんなことを言うよりは、とりあえず実力行使がいいかなと思って、てゐが永琳に全力首ひねりをかましたことで視界が元に戻った彼女は、すぐさま、鈴仙の元へと走っていく。
「てゐ、この子を居間の床柱に荒縄で縛り付けておきなさい。縛り付ける時は、縄の跡が肌に残らないように、あと、バストを強調するように、よ!」
「はい!」
と、返事をするが、何でそう言うめんどくさくてえろい要求なんですかあんたは、と内心でツッコミを入れるのを忘れない。永琳は、何かを思い立ったかのように、永遠亭の床を蹴り、夜空の彼方へと飛翔していく。その後ろ姿を見送りながら、てゐはため息をついた。
「……とりあえず、ぱんつ、ぱんつ、っと」
「……で。何で私が?」
いい夜を堪能し、水で二百倍に薄めた日本酒をあおっていた博麗神社の巫女は、あからさまに嫌そうな、めんどくさそうな視線を永琳へと注いだ。
あの後、永琳は神社の縁側で『気分さえあれば水であろうとも酔うことが出来る!』を実践した数少ない人物である博麗霊夢を連れて永遠亭へと戻ってきたのだ。その間の時間、わずか二十分。
「まぁ、まずはこちらに」
「用件も聞かさずに連れてきて。これで下らないことだったら夢想封印よ」
「話を聞いてくれるだけで米俵を一俵あげるわ」
「どんと任せなさい」
ぐるりと掌を百八十度返す霊夢。これも貧乏が悪いのよ、とは後の彼女の言葉である。
静まりかえった永遠亭の廊下を進み、その先にある襖の前に立つ。
「これからあなたに見せるのは、とてもショッキングな光景よ。でも、自分をしっかり持ってね」
「……何があったの?」
「……開けるわ」
戦慄する霊夢。
あの永琳がこんな事を言うなんてよほどのこと。彼女の頭はそのように判断したらしい。
すっ、と開かれる襖の向こう。その先の光景は――。
「あーん、こんな風に縛られて、鈴仙困っちゃう~。あんっ、縄が食い込むのが、痛いのもたまにはいいかな~なんて。ねぇ、てゐちゃ~ん、ほどいてよ~」
「ダメですっ! っていうか、ほどいたら私に襲いかかるくせに! よだれ垂らしまくりで服がえろいことになってますよっ!」
「だってだって~。どうせなら、荒縄なんかできつく縛るよりも、優しくてゐちゃんの体で縛ってくれればよかったのに~」
「断固お断りです! 同意のない行為に及ぶほど、私は安くない!」
「一回五万」
「……うっ」
ぴしゃっ。
容赦なく、霊夢は襖を閉めた。
「どうしたのよ」
「どうしたもこうしたもあるかっ! 私は帰る!」
「米俵にプラスして、日本酒一升」
「ぐっ……!」
「さらに、あなたさえよければ、お茶っ葉もプレゼントしてあげるわ」
「うぐぐっ……!」
すぐさま踵を返して帰りたい。帰ってお布団にくるまって、今の悪夢を忘れたい。
だが、だがしかしっ!
「……あれは一体、何なの」
やっぱり貧乏と目の前にぶら下げられた美味しいえさの誘惑には勝てなかった。
結局、逃げるタイミングを逸した霊夢に、永琳は沈痛な表情でつぶやく。
「見ての通りよ」
「……何か、えらい変わったわね。ウドンゲも」
「ええ……でも、聞いて。霊夢。これはあの子のために必要なことなの」
「なるべく聞きたくないし忘れたいけど、仕方ないから聞いてあげるわ」
「そう。じゃ、とりあえずてゐを連れて」
再び開かれた襖の向こうでは、鈴仙があられもないピンク色の声を上げながらてゐを誘っているというお子様禁止な光景があり、とりあえず霊夢はお払い棒の先端で彼女のみぞおちどついて黙らせる。
なかなかに過激な物理的攻撃にあっさりと鈴仙は失神し、晴れて状況的に解放されたてゐを連れ、二人はそのすぐそばの部屋へと移動し、卓の周りに腰を下ろした。
「てゐ、お茶を」
「はーい」
不満たらたら、立ち上がったてゐが障子の向こうに消える。
「……んで? どうしてウドンゲはあんなピンクになってるの」
「話せば長くなるわ……」
ふぅ、と息をついて、永琳。
てゐがお茶を持ってくるのを待って、彼女の口から惨劇の始まりが語られる。
「そう……。霊夢、あの子は……ウドンゲは、いい子でしょう?」
「は?」
「そう。いい子なのよ。
かわいいし、色んな所によく気がつくし、周りの面倒見もいいし、お姉さん気質で頼りがいもあるし、性格もいいし、もうどこへ出しても恥ずかしくない私の弟子っていうか娘だし、でも時々、私に甘えてくるところもかわいいのが最高よね!?」
「わかったから鼻血ふけ! あと、のろけはいらん!」
「何よ、つれないわね」
話の腰を折りまくる霊夢に不満たらたらの永琳は、ティッシュを鼻に詰めてから、ずず~、とお茶をすする。
「それでね。あの子は真面目だから……基本的に、愚痴とか文句を、一切、誰にも言わないの。それだからかしら。いつもいつも、色んな思いを胸の中に抱えていたのでしょうね……」
「そりゃまぁ、師匠がこんな奴だしねぇ……」
「あ、わかる?」
「そりゃもう」
「ある時……そう、あれはいつだったかしら」
自分にとって都合の悪いことは華麗に聞き流して、永琳は手にした湯飲みを卓の上に戻す。
「ある時、ついにウドンゲも爆発してしまったのね。
それまでためにためこんだ、世の中への不満とか鬱憤とかいうものが」
「だから、あんな春爛漫になったわけ?」
「そうなのよ」
「……よくわからないわねぇ。そういうのなら、むしろテロリズムとか、そっちの方に走りそうなものだけど」
「時期的にやばいじゃない」
確かに。
思わず納得する。
「それに、ほら。女なら、月に一度、『あの日』があるでしょう?」
俗に言う、ブルーデーというやつだ。
無論、霊夢もそれの経験者。と言うか、経験しなくなったら何かと問題であるし、そもそも『少女』であるのが東方の出演条件に近いものがあるので、この真実を捨て去ると言うことは東方シリーズからドロップアウトすることでもある。
まぁ、それはさておき。
「ウドンゲは、その日が、ため込んだものを爆発させてしまう日になってしまってね」
「ついでに言うと、鈴仙さまは、ちょうどその日が発情期の時期と重なるみたいで、おかしくなる前も結構大変だったんだよね」
「そうね。私の布団に『師匠……』って顔を赤くしてやってきて、ああもうこれを食わずに何を食えというのか据え膳食わぬは女の恥ってことで美味しく頂いていたのが悪かったのかしら……」
「あんたが原因かよ、結局は」
さすがに聞き逃せずにツッコミ入れる霊夢。
しかし、永琳はいやいやをするようにかぶりを振ると、悲劇のヒロイン的口調と身振りを伴いつつ、口を開く。
「それで、結局、ウドンゲはあんなどこかのふんどし野郎も真っ青なピンク脳の春うさぎになってしまったの……。おかげで、永遠亭のあちこちで、若いうさぎ達が美味しく頂かれてしまって……。私が目をつけていたのまで先にお手つきになっちゃって、永琳ショック……」
「……」
急に見捨てて帰りたくなってきた。と言うか、プレゼントと言っていたからには、この永遠亭のどこかにあるであろう食料が備蓄された蔵でも襲撃して中身を強奪してからおさらばというのも悪くないわねと言う完全犯罪を考えている霊夢の前に、ずいっと永琳が顔を近づけてくる。
「近っ! ちょっと、顔近すぎ!」
「それで、霊夢にあの子を何とかして欲しいの!」
「どうしてそこでそうやって話が飛ぶのよ。っていうか、そう言う要素があるんなら、むしろ相手してやればいいじゃない」
「何言ってるのよ!」
いきなり、横からてゐが声を上げた。
「あんたは……あんたは知らないのよ! あの状態の鈴仙さまがどれだけすごいか! ティッシュ箱何個空っぽになると思ってるの!? 一晩中、寝かせてもらえないのがどれだけ辛いか、わかって言ってるの!? 翌日、シーツを何度洗濯しなきゃいけないか、わかってないんでしょ! 腰が痛くて動けないのよ!?」
「……あー……えっと……。ごめん、私が悪かった」
鬼気迫る形相で、半泣き――というか全泣きで迫ってくるてゐに、容赦なく懺悔の思いがわき上がり、気がつけば、霊夢はその場に土下座していた。
「あれは確かにすごいわ。私でも、さすがに大変だったもの。まぁ、いつもより当社比三十パーセント増しで美味しく食べさせてもらってるけど」
「ぅおいこら」
「けれど、そろそろ限界よ。このままじゃ、永遠亭の子供達にもよくない影響が出始めるわ。何とかしてウドンゲの暴走を止めなきゃ」
「……そういえば、輝夜はどこ行ったのよ。あいつがここの主人でしょ? こういう時は……」
「姫様なら、妹紅の庵よ」
「は?」
確か、その娘と彼女はいがみ合っているのではなかったか? 顔をつきあわせれば殺し合い、の毎日じゃなかったのか? それなのに、何でその仇敵の所へ? あれか? 意趣返しというやつか?
霊夢の視線を受けて、永琳は、ふぅ、とため息をついて、どこか遠くへ視線をやる。
「……いや実は、姫もあの状態のウドンゲに襲われた口で……」
「イナバ怖いイナバ怖いイナバ怖いイナバ怖い、ってしばらく部屋に閉じこもってましたよね……」
「……」
……まぁ、何となくわからないでもないか。
お茶をすすり、それが空っぽになっていたことに気づいた霊夢は、何ともいたたまれない表情で湯飲みの中を漂っていたお茶の葉の欠片を舌先でぺろりとなめとる。
「まぁ、それはともあれよ!
どうにかしないといけないの!」
「どうにか、って言われても……。とりあえず、何日、症状は続くの?」
「一日だけよ。発病したら、その日に、もうそれは所構わず桃色オーラを」
「コンクリ漬けにして大阪港に沈めたくなるわね」
「大阪港?」
「こっちの話」
あさっての方向向きつつ、霊夢。
「まぁ、一日だけなら、私の二重結界辺りで部屋の中に閉じこめておけばいいんだろうけど……。さすがに、毎月毎月、ってなると……」
「ええ。しかも、あのままですむとは思えないわ。もしかしたら、将来、もっと大変なことになってしまうかも……。ただでさえ、うさぎは繁殖意欲が旺盛なのに」
「子供が増えすぎたら財政が傾く、って?」
「ウドンゲがお腹に宿すのは私の子だけと、時空が始まったその時から決まってるのよ」
「まずこいつにとどめ刺してもいい?」
「無理。生き返るし」
「ちっ」
半ば本気で針弾投げつけようとした霊夢は、露骨に舌打ちしてそれを巫女服の裾にしまう。
永琳は、ごそごそと、突然、腰元に下げたポーチを探る。そしてその中から、小さな――掌に入るくらいの何かを取り出す。
「それは?」
卓の上に置かれたのは、小さなカプセルだった。それの口を開け、さらりと、その中の粉末を広げる。
「これは、ウドンゲへの特効薬よ」
「……んなものあるなら最初から使えよ」
「これは、これまでずっと、ウドンゲに対する人体実験の結果、効果が証明された、まさにあの子のためだけの薬……」
色々とツッコミを入れたいところはあったのだが、ぐっと黙っておく。
「これをあの子に使えば、多分、あの子は大人しくなってくれるはずよ」
「じゃ、それでいいじゃない。カプセルって事は、経口摂取でしょ? 水か、もしくは食べ物にでも混ぜて……」
「症状が出ている時にしか、効果は発揮しないようなの」
「……ふぅん」
まぁ、そう言う類の薬もあるのだろう。事、こういう事に関して永琳に口出しすることが出来る知識を、霊夢は持ってない。だから、専門家のやることには口を出さないように、彼女は意見をつぐんだ。
「だから、今がチャンスよ」
「まぁ、それはそうね」
「と言うわけだから、霊夢。あの子を何とかするためにも力を貸してちょうだい」
元々の原因を作った人物が何言ってるんだこのバカ、と言ってやりたいところだったが、過程はともあれ、現状、あの鈴仙をほったらかしにしておいていい道理はないだろう。それに、永琳の、この弟子を思う気持ちは本物だ。なら、そういう、色んな意味で『やっちゃった』ことは水に流しても構わないのではないか。
そう考え、霊夢は、仕方ないわね、と口に出そうとして。
「とりあえず、霊夢とてゐにはあの子を押さえつけておいて欲しいの」
「は?」
思わず、別の言葉が口をついて出てくる。
押さえつける? なぜ?
いや、確かに怪しい薬を飲ませられることには変わりないから、さすがの鈴仙と言えども暴れるだろうが、しかし、あんな風に床柱に縛り付けられていたら普通は身動きできるはずもない。なら、別段、そんなことは必要ないはずなのだが……。
「あなた達があの子を押さえつけた後、私が可及的速やかにウドンゲを押し倒し、下着をずり降ろすから」
「待て待て待て待て」
何やら不穏当な話になってきた。
霊夢が永琳のさりげない言葉にツッコミ入れる。
「何で下着を降ろす必要があんのよ。それカプセルでしょうが」
「はっ! 何を言ってるのかしら、この春巫女は。医学の『い』の字も知らないくせに、私に口出ししようと言うの?」
「い、いや、それは……」
「これはね、経口摂取じゃないわ。身体への投与によって効果を発揮するのよ」
「だから、それで何で下着を……」
「これはね」
彼女はそれを指先でつまみ、
「まず、こう持つでしょ?」
「……ええ」
「そして、その後、限りなく全力、しかし優しさを持って」
「……うん」
「えぐりこむように」
「……」
「ねじりこむように」
「……あー……」
「全力で押し込むべし!」
「待てぇぇぇぇぇっ!」
もういい。そこまで言えばいい。わかった。何をどうするかと言うことが。よくわかった。
「あんた、何考えてるのよ! んなことしたらどうなるかわかってるの!?」
「気持ちいい?」
「んなの特殊な趣味持ってる奴以外には当てはまらんわっ!
っていうか、他人様のサイトにP○Aが完全武装して押し寄せるようなことをすなっ!」
「何を言っているの! (ぴー!)への薬の投与は、非常に体内への吸収率が高いって、医学的にも証明されてるのよ!」
「だからって、それが問題なのよ! それが!」
「菊の紋所が目に入らないというの!?」
「直接的過ぎるわぁっ!」
あんまりと言えばあんまりな発言に、思わず夢想封印展開し、永琳に向かってそれを放つのだが、見事にそれを回避した永琳のせいで行き場を失った輝く弾幕は襖を破壊し、ちょうどその向こうで何やら怪しい叫び声を上げていた鈴仙を直撃して問答無用で黙らせる。
「ああっ、ウドンゲ! あなた、私のウドンゲになんてことを!」
「そこだけ取り出したらまともなこと言うなっ! あんたこそ、とんでもないことやろうとしてたでしょうが! ともかくそれは却下!」
「……ちぇっ。なら、仕方ないわね。経口摂取にするわよ」
「出来るんなら最初っからそうしてろっ!」
何やらめちゃめちゃ残念そうに怪しげなカプセルを取り出す永琳。
そして、その視線を。
「じゃ、てゐ。お願いね」
「はい!?」
一人、我関せずにお茶を飲んでいたてゐに向けてんな爆弾発言をする。
「え? ええっ!? あの、何で私なんですか!?」
「何となく」
「何となくで私に押し付けないでくださいよ!」
「それにほら。もしも何かあったら、私たちが後ろから援護するから」
「……うう……おとーさん、おかーさん、ごめんなさい。死んでも私は天国に行けないかもしれません……」
泣きながら、永琳からそのカプセルを受け取って鈴仙の元へ向かうてゐ。その姿を、まるで死地に向かう戦士のようだった、と後に霊夢は語っている。
彼女はそれを手に、鈴仙の傍らに腰を下ろした。真っ黒に焦げて目を回している鈴仙をそっと抱き上げ、彼女の口を押し開こうとするのだが――、
「な、何で頑なに拒みますか!?」
意識でもあるかのように、がっしりと歯を食いしばる鈴仙。無意識のうちに、自分の身に危険が迫っていると感じたが故の生物の防衛反応かもしれなかった。っていうか、普通なら、得体の知れない薬を無理矢理飲ませられそうになったら全力で抵抗するだろう。
「……永琳さま、どうしたら……」
「強制的に」
「……強制的に、って」
どうしろというのか。
歯の一本でもへし折って、その隙間からカプセルを投入するか? それとも、腹を切り裂いて、内臓に直接投与? いや、それは明らかにやばいから別の手段を……。
などなど、考えても手段など模索できるはずもない。
どうしたらいいものかと考えていった結果、仕方ないかなぁ、とその考えに辿り着くてゐ。
「鈴仙さま、鈴仙さま」
ぺしぺしと、そのほっぺたを叩くてゐ。
しばらくして、身じろぎして鈴仙がうっすらと目を開ける――と同時に。
「あ~ん、まいすいーとはーと、てゐちゅわ~ん」
「むぐぅっ!?」
いきなり身を起こして鈴仙が抱きつくと同時、熱烈な接吻をかましてきた。
ある意味、予想通りだったとはいえ、その熱烈ぶりにはさすがのてゐも目を白黒させる。何やら、ちゅうちゅうというよくわからない音が響き渡り、永琳が『きゃ~』と年に不相応な声を上げたため、霊夢がお払い棒でどつき倒したというエピソードもあったりするのだが、それは当事者二人には関係ないのでさておこう。
「うふふ……てゐちゃんのくち……び……はぅっ」
どさっ。
にたぁ~、と怪しくも美しい笑みを浮かべる鈴仙が、突然、目を白目にして後ろ向きにぶっ倒れた。
「よくやったわ、てゐ! 成功したのね!」
「これで成功なんですか!? 今一瞬、『ああ、ついに私も人殺しになったのね……』って思いましたよ!?」
そう。
皆様の想像通り、これぞてゐの最終奥義、『お薬経口摂取』である。まぁ、要するに口移しということなのだが。
頭の中身が桃色に染まっている今の鈴仙なら、一度、目をつけた相手である自分に対して、色々目も当てられない行為に及んでくるのは想像が出来ていた。だから、あえて、自分の体を囮にすることで鈴仙に薬を飲ませたのだ。
それは成功した。成功したのだが……。
「ええ、大成功よ。これで一日、この子の体は好き放題……」
「陰陽鬼神玉!!」
結局、怪しいのは鈴仙だけじゃなく、永琳もだったため、霊夢にまとめて吹き飛ばされることになったのだった。
その薬が効いたのか、はたまた、その周期を過ぎたためか。
ともかく、その翌日には、鈴仙はいつも通りの鈴仙に戻っていた。暴走していた時の記憶はないのか、次の日には、皆のために献身的に働く彼女の姿が見受けられていたという。
霊夢はそんな話を、風の噂に人のいない神社の境内で聞いた時、「永遠亭も、色んな意味で一枚岩じゃないわねぇ」と語ったと言うが、それは噂の領域を出ないのでさておこう。
――さて。
「霊夢」
「あら、永琳。どうし……って……」
「お願い! 一緒に来て!」
「ちょっと待って! また何かあったわけ!?」
それからしばらく後。
再び、博麗神社を、切羽詰まった顔で訪れる永琳の姿があった。その言葉に霊夢は困惑し、二度とあんな事に関わってたまるか、という意識と『マジかよ』という思いから、思わずそんなことを叫び。
そして、知る。
「ウドンゲは治ったの! ウドンゲは治ったのよ!」
「じゃあ、何が……」
「てゐに感染(うつ)った」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
結局、鈴仙のあれは、精神的な疾患などではなく病気だったらしい。流行性の感冒にも近いものだったそうだ。
その病気の名称は、後に『月兎の思い出病』という、どこぞのゲームの一エピソードに似たものが名付けられることになるのだが――。
「このままほっといたら、私のウドンゲがてゐに汚されちゃうのよぉっ!」
「だから、これ以上、私を巻き込むなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今日も、幻想郷に、全力夢想封印が飛び回る。
次の感染者は中国でしょうか?
ありがとう!えろい人!w
こんなえrなお話を読ませてくれて有り難う御座います。
御馳走様でした。
ビバエロスw(ダマレヤ
私なんざ比にはなりませんねええ。ドピンクもいいところってーかもう何やってんですかw
鈴仙は白ですか、同意です。しかし、私はその上であえて氏に確認しなければならないことがあります。
鈴仙は ――ひもぱんちゅ ですよね?
つーか永遠亭内においてはゆかりん並の黒幕ですね。師匠。
ってか作者様の頭の中身は常春で蛍光ピンクに光っていていつもいつでも人肌程度に暖かいのでしょうね。
この恐ろしい病がユアキン・スカイ・ウォーカーとか食欲魔幽霊とかに移ってほしいものですが、作中のウドンゲさんの言によりますと、むしろ⑨とかミスチーとか図書館司書とか幼吸血鬼姉妹とかの身辺の誰かが感染するほうがいいみたいですね。
ここでもネチョでもいいからそんな素敵な夢想郷に連れて行ってください作者様。