Coolier - 新生・東方創想話

『価値を認めるという事』 ~啓蟄の午後~

2006/03/11 06:46:09
最終更新
サイズ
22.69KB
ページ数
1
閲覧数
879
評価数
2/47
POINT
2090
Rate
8.81



※今作は作品集その25『暇で在る事 ~或る日の夕暮れ~』からの続き物っぽいお話です。
 そちらを先に読んでいただけると、楽しみが増すかもしれません。






「……え、今なんて言った?」
「ですからね。賽銭にこだわる理由は何なのかという事ですよ。」
唐突な質問に、ズレた会話に慣れた霊夢も思わず聞き返していた。
季節はもうすぐ春。外の世界でも『春一番が吹いた』と報じられる頃だろう。



相変わらず怠惰の具現と化した博麗神社の空気。
その流れを乱すのは大体が黒き疾風だが、今日は同じ黒でも烈風の方。
最近やたらと騒がしい幻想郷のマスコミ代表、射命丸 文はある特集記事を組むため、辺境の寂れた神社に馳せ参じていた。
愛用の赤いネタ帳を左手に、マイク代わりのボールペンを右手で突き出しながら、天狗は巫女に訊ねていた。
「いつかの紙面にも載せましたが、そもそも貴方は賽銭を入れてもらう以前に、ここに人間が訪れる環境すら整えようとしない。なのに賽銭箱が空だとか嘆いたり、賽銭詐欺に目くじらを立てたりする、というのもおかしな話じゃないですか。」
「……別に、人間なら来るでしょ。そいつらが入れればいいのよ。」
「まさか黒いのとかメイドとか半霊とか違う星の方々が人間に分類されるとお思いですか?」
びしっ。という効果音が似合う勢いで、ペンで霊夢の鼻先を差す。
彼女はうっ、と一歩後退りながら、
「…………否定できないのが悔しいわね。」
すかさず、
「ほら、また悔しがる。そこが理解できないのです。第一、賽銭なんて無くても生活できているんですから、問題無いじゃないですか。」
それに、と付け加える。
「貴方がどう思っているかまでは図りかねますが、その人間以外の方々はちゃんとお布施してると思いますよ?」
「――そうかしら……。」
うーん、と本当に解っていなさそうな様子で首を傾げている。
(……やれやれ。やはりここを最後にして正解でした。)
取材の順番を3日かけて考え、さらに3日かけて幻想郷中を走り回った甲斐があった。
人間の里の守護者であり、歴史学者でもある上白沢 慧音からの言伝を説得力あるものとするための今回の記事。その総仕上げとして、ここまで訊き回ってきた人妖達の言葉をまずはこの幻想郷の本来の管理人に聞かせなければ。
それがマスコミとしての自分の使命であり、
「いいですか? 貴方にお金で買えない、本当の『価値あるもの』というものが何か、説明して差し上げます。」
風を操る天狗としての宿命なのだから。








「あら……珍しい組み合わせね。」
「自分で言わないで下さい。というか春には少し早くありません?」
「確かに、まだ啓蟄も過ぎていない。……まあそれよりも、いらっしゃいませ、かな?」
魔法の森の入り口にある古道具屋、香霖堂。最初に訪れたそこには、最後から二番目くらいを予定していた彼女も居た。
「あ、どうも。今日は仕事の方です。」
「仕事……取材か。まあ、新聞をただ投げ込まれるよりかはマシかな。」
「ああ、あの時はちょっとストレス解消も兼ねていたもので……すみません。」
天狗の新聞大会で優勝できなかった腹いせ(兼、次の大会の布石)に号外をそこら中に投げ込みまくっていた時の事である。完全にこちらに非があるので、素直に謝っておく。
「で、何の取材かしらね。」
「何で貴方が受ける気満々なんですか。後で聞きますから、待ってて下さい。」
きまぐれなスキマ妖怪はひとまず放っておき、店主である森近 霖之助に話を伺う事にする。
「実は、とある方からの依頼で特集記事を出す事になりまして。それについて一言質問するだけですので、お時間は……。」
「ああ、時間なら気にしなくていいよ。僕は大体暇だから。」
店を構える者としてその発言はどうかと思ったが、それについては何度も言及するたびに答えが変わるので気にしない事にする。
「では、お聞きします。貴方にとって『価値』あるものとはどういうものを差しますか?」
「『価値』……ね。物のとか、人のだとかにこだわらない、価値観そのものについてかな?」
はい、と頷く。横のスキマが興味深そうな目でこちらを見ていると見せかけて壁に掛かった刀らしきものを観察しているのを無視。
そうだね……と霖之助は間を置いた後、
「あるものに対して『価値』があるかどうかは、見る者次第で変わる。だが、誰彼を問わず広く『価値』を認められるものには、一つの共通点がある。
それは――それが他の誰にとっても有用であると思えるかどうかだ。」
「自分が、ではないのですか?」
「主観的に見てしまっては物が見えていないのと同じだよ。あくまで他者の観点から見て、その上で素晴らしいと思えれば、それは大体誰にとっても『価値』あるものだろう。」
美味しい食べ物とかね、と彼は付け加えた。
「なるほど、解りました。……では、紫さんはどうですか?」
「私は簡単ね。自分の存在よ。」
こちらノ視線を合わせず、店内の陳列物を物色しながら、ただ一言だけ答えた。
「……つまり、自分本位ですか?」
「相変わらず鈍いわね。そこの彼が言った事と基本的に同じよ。」
「同じではない気がするが……紫、説明くらいするべきじゃないのかな?」
ため息混じりの霖之助の言葉に、しようがないわねぇ、と漏らし、
「自分の価値を認めずして、他者の価値を認める事なんて出来ないでしょう? 自分が味音痴でまずいものを美味しいって言ってからでないと、他の人がまずいって言ってもそう自覚できないのと同じ事。」
よく新聞記者が務まるわね、と何度も聞いたフレーズで締められた。
(……うーん、相変わらずキツイ。)
最初の取材の時に比べれば優しいが、彼女の論は難解だ。
が、今回はそれぞれ違う答えこそを期待しているので、深く追求しないでおく。
「――解りました。ご協力、有難う御座います。」
メモを取り終え、店を後にしようとする。
「いや、こちらこそ。紫が居なければお茶くらいは出したんだけどね。」
「あら、その言い方は酷いですわね。うふふ。」
妖しい笑顔をやはり見せず、ただ物色するだけの彼女の言葉はやはり無視し、お辞儀だけは忘れなかった。
――日は、まだ昇りきっていない。






「私は壊せるか壊せないか、かなー。もちろん、壊せない方が壊し甲斐があっていいけど、あんまりしぶといのはやね。」
「……あの、貴方に、とって、しぶといの、基準って……。」
何ですか、と言えるだけの酸素が残っていない。――あー、深呼吸してもダメっぽいですね、これは。
過剰な運動による呼吸困難一歩手前で文がうずくまっているのは、悪魔が棲む紅魔館においても魔境と言われる、紅の吸血鬼の妹、その居室である。
館の主な住人からは聞き取りを終え、次に行き先へ発とうとしていた矢先、ここの主人から『妹には聞かないの?』という聞きたくない台詞が耳に入りかけた瞬間に足を動かしていたが遅かった。
(……うう、何で今日に限って魔理沙さんは来ないんですか。気付いた瞬間にレーヴァテイン構えられてても困りますって。しかも4人で。)
最初からまともに弾幕する気無いですね? というツッコミすら無視して、無造作に振り回される灼熱の刃を凌ぐだけで今日の取材に使うべきエネルギーの7割を消費してしまった。ああ、こんな事なら最初から準備しておけば良かった。
「……貴方も一コインの価値が解る妖怪みたいねー。」
唐突な質問に、まだ整わない息のまま、
「……あの、それ、どういう……。」
「あー、ゴメンゴメン。喋んなくていーから聞いててよ。」
ケラケラと笑いながら、心底楽しそうな口調でフランドールは語り出す。
「私にとって物を壊すなんて簡単な事。まあ、この間まではそれがどれだけ危ないか意識しない事にしてたから、こんな所に閉じこもってたんだけどー。」
壊れた笑顔のまま、
「でも、形も見た事の無い人間がさ。触っただけで壊れるような、脆い体のくせして、私を見ても壊れなかったのよ。その瞬間、びびっと来た訳よ。ああ、コレはきっと、壊す事ができないものなんだな、って。」
嬉しそうな調子で、
「いや、パチュリーに言わせれば、壊れやすいからこそ価値がある、っていうのかな? 私やお姉様はずーっと丈夫なまんまだけど、人間とか獣とかは生きながらにして壊れていってるのよね。だから、自壊を認めはしても、他者による破壊を望まないのね、きっと。」
「…………。」
無邪気で、子供っぽい見かけからは想像もつかない事を話す彼女は、やはり幼くとも永くを生きる者なのだなと実感した。
「でも、結局は壊れちゃうんだから、身を委ねちゃってもいいと思うんだけどなー。」
「いや、貴方の破壊はちょっと理不尽過ぎますから。」
そうかなー? と首を傾げる悪魔の妹の仕草は、やはり見かけ相応であった。
――日は、既に落ち。
――月が、その光を受け継ぎ示す。






「食べ物。」
「幽々子様です。」
「裁きを受け、反省を実行しようとする気持ちこそ、貴いものです。」
「……やっぱ、楽できる時間かなぁ。」
「それはいつもだと思うのですが。」
共に頷く閻魔と庭師。まあ、気持ちは解ります。妖夢さんが頷いてるのは私にじゃなくて小町さんに対してのような気もしますが。
冥界、白玉楼。生を終えた魂が安らぎ(と騒がしさ)を享受する、ある意味では最高の楽園である。
その場所に最も縁のある客人が、しかし揃って座敷に座っている姿は、かなり貴重であろう。
いや、間違いなくレアだ。どこかの究極竜のカードばりに激レアだ。……ちょっと表現が古いか。
「ところで、どうしてお二人はここに?」
「ああ、ちょっと手違いがあってさ。四季様が珍しく判決を間違えたのさ。」
「あれは昨日、小町が酒を無理やり呑ませるから……。」
「珍しく非を認められるんですね。という事は、その幽霊を連れ戻しに来た訳ですね?」
普通の裁判のやり直しは珍しくないが、地獄の裁判が改めて行われるというのはこれまた珍事。うーん、これも記事になりそう。
「……貴方が来るなんて、全く予想外でしたよ……。」
顔を覆う仕草を見るに、自分の事が書かれるのは既に承知したようで。さすが閻魔様、潔いですね。
「で、幽々子さんは今の答えで本気でよろしいので?」
「勿論よ。ねぇ、妖夢?」
「……はいはい、何か軽くつまめるものを用意してきます。」
諦めを含みつつも慣れた動きが、どこか物悲しさを誘う。でも、お昼過ぎたばかりなのにもう空腹だなんて、どれだけ消化が早いんでしょうか?
「ま、そういう訳なんで探させてもらっていいですかね?」
「どうぞ。今日の分はまだ斬ってない筈だから、大丈夫よ。」
「お手数掛けてすんませんね。じゃあ四季様、ちょっと待ってて下さいね。」
「早く済ませるのよ。貴方も私もまだ仕事があるんだから。」
分かってますって、とサボり癖のある死神は部屋を出て行った。
お偉い方二人だけが残ったところで、改めて聞いてみる事にする。
「幽々子さんは食べ物でいいとして……閻魔様は、己を省みる心にこそ価値を認める、という事でいいんですね?」
「生者も死者も、と付け加えておいて下さいね。それも、裁きを恐れるが故に反省するのではなく、善行を積む努力の一つとして、そうして気持ちを持つ事が大事であると。」
貴方なら解るでしょう、と地獄の裁判官は説く。……まあ、一度説教された身であるし、もし解らなくても解らないとは言えない。それに、
「では、閻魔様も今回の事は相当に反省されてるんですね?」
「……もうその事は言わないで下さい……。」
項垂れた彼女を見て、これ以上からかうと後が怖いなと思い、記事にするのも控えようかと検討を考えていると、
「ああ、他にもあったわ。価値あるもの。」
「お、何ですか?」
のんびり屋の死人嬢が真面目な顔をするので、これは期待できるかと身を乗り出す。
不滅のカリスマはゆっくりと口を開き、
「――それはやはり、『滅びる』事でしょう。」
「滅び、ですか。」
いかにも亡霊らしい言葉に、ペンを握る手にも力が入る。
幽々子は訥々と、しかし饒舌に、
「いつか滅びが訪れるからこそ、命は儚く、美しい。肉体が滅び、輪廻に移る事で魂が洗い流され、転生の時を迎えた命は眩いばかりの輝きを放つ。だからこそ、滅びの無い命はもはや命とは言えず、ただ肉も心も穢れていくのみ。」
「つまり、蓬莱とはただ輪廻を捨てるだけでなく、穢れを持ち続ける――いえ、穢れそのものになるという事なんですね。」
こちらの台詞に、その通りよ、と笑顔で頷く亡霊姫。
正面に座る閻魔が真剣な表情で補足する。
「善人も裁きを逃れる事が出来ないのは、そういう意味もあるのですよ。例え無罪でも、無罪だという証拠を示せなければ有罪と同じなのですから。」
「極論を言えば、生まれた事こそが罪であると自覚せよ、ですね?」
「それは極端過ぎますね。生きるという事が咎を孕んでいるのだと考えるべきでしょう。」
なるほど、それは新聞がその中に事実を曲げる因子を含む事と似ている。
つまり、自分では罪と意識していなくとも、他者にとっては罪であると思われるのと同じように、輪廻に還らぬ事は、本来廻るべき体と魂を己が独占するという事だから、やはり重い罪であるのだ。
「有難う御座いました。やはり、お二方の話は重みがあります。」
何の飾りもなくそう言うと、
「それはまあ、死後の世界の管理者と、」
「善と悪を分かつ裁定者ですから。」
事も無げに言い放つ両者の姿に、改めて貫禄を感じさせられた瞬間であった。
――八つ時には、少し早い。






「それで、嫌味を言いに来た訳ね。」
「いや、そんなつもりは無いですけど。仕事ですってば。」
「そもそも貴方の家はここじゃないね。私は酒が呑める所ならどこでも良いけど~。」
「つうか、その台詞は私のだろうが。勝手に取るな。」
「というか、何でこんなに物騒なのばっかり集まってるのよ~。」
それはこちらも同意見。どうしてこんなに取材の相手が固まっているのでしょうか?
幻想郷の中で、妖怪が人間を襲う確率が最も高い(らしい)、とある獣道。
故に普通の人間が立ち寄らない道無き道の一角に、最近流行りの屋台がある。
赤提灯に『八目鰻』の文字が書かれたそこは、夜雀が経営する焼き八目鰻屋だ。
今日辺りに鬼である伊吹 萃香が来るだろうと思い、一杯やりながら話を聞こうと思っていたのだが……。
「まあ、幽香さんはいいとしても、何で妹紅さんまでここに居るんですか?」
「いや、良い店があるって慧音に言われて来ただけよ。こんなに客が居るなんて聞いてないぞ。」
「良い店なんだから客は居て当然よ。ねえ、店長さん?」
「貴方は自分の酒かっくらってるだけじゃないのよ~。つまみが欲しくて来てるんじゃないの?」
ミスティアのもっともな指摘も、のん兵衛には無意味。
「椅子が欲しいだけ。」
「だったら持ってけー! 貴方が居ると歌えないから嫌なのよ~!!」
「静かにして頂戴。……酒がまずくなるわ。」
口調は相変わらずだが妖気は抑えているので、今夜は弾幕抜きで来ているのだろう。最強を自称する花の妖怪は、若干不機嫌そうな顔で、
「折角一人で飲もうと思ったのに、騒がしいったらありゃしない。」
「いや、ここ静かに呑む店じゃないですから。それに店に来る時点で一人じゃないですし。」
「店主を追い出せば一人よ。」
「貴方が出て行きなさいよー! 全く、鳥目に縁が無い連中ばっかり来ても商売にならないじゃないの。」
ブツブツ言いながらも、一応こちらと妹紅はまともな客なので無下に追い返す事も出来ず(そもそも物理的に不可能だが)、串揚げやら蒲焼やらをせっせと作っている。
さて、酒が入る前に訊いておかないと。
「皆さんにとって、『価値』あるものとは何ですか?」
事前説明は終えているので、全員に対して質問を切り出す。皆は口々に、
「人生。」
「呑む時間ね~。」
「……咲き誇る事、かしら。」
「歌う事よ。」
二人からはとても深い、二人からはやや(片方は凄く)浅い回答を戴いた。
「えーと、まずミスティアさんから。歌そのものではなく、歌うという行為に価値を見出すのですね?」
「うーん、まあ、どっちも大事よ? やっぱり心を打つ歌でないと歌ってても面白くないし、歌う側も心を動かす事を自覚しないといけないしね。まあ、実際歌う時はあんまり深い事考えてないけど。」
「……説得力に欠けまくりですね。」
やっぱり雀は所詮雀か。料理出来るだけでも大したものだとは思うが。というか、今さらながらどうやって店を開いたのだろうか? 開いたきっかけ自体は記事にもしたので解ってるんですけどね……。
「次は妹紅さん。さっきあんな話をしてさらに言うのもなんですが、もう人としての生を全うする事は出来ない気がするのですが。」
「全う出来なくても、人には違いないじゃないか。人間じゃあないけどね。問題は穢れた者なりにそれを常に自覚して在る事だと思うよ。」
「要は生を全うするというより、存在を貫くと……。」
「脳が成長しなけりゃあ、楽なんだけどね。」
確かに。記憶だけは永遠に刻み続けられるから、そうでなかった時を忘れる事も出来ない。彼女の場合は今の方が楽しそうなので問題なさそうだが。
「萃香さんは……もう訊く前から予想できてましたが……。」
「楽しく生きるのが一番よ。不死身もそうでないのも、今はこの一瞬しかないんだからね~。いくら萃められる私でも、過去と未来まで萃めるのは無理だし。」
「要約すると、宵越しの金は持たないって事でしょうか。」
「私の場合、宵を越しても酒は無限に湧くけどね~。」
既に(というかずっと昔から)酒が入った彼女だからこそ言える言葉だろう。楽しい時も辛い時も一瞬だから、その一瞬こそを大切にしようと言いたいのだ……と思いたい。
「最後に幽香さん。表現は他にもありますけど、羽ばたくとか、輝くとか……。」
「違うわよ。羽ばたきも輝きも一瞬でしょう? ただ咲くだけならやはり一瞬だけれど、花というのは咲き誇る事によって、見た者の目にその姿が一生焼きつく事になるのよ。」
「ふむ……言われてみれば、花が鮮やかに咲く姿というのは思い返すほどに美しく感じられます。それだけ強い印象を残す事で、己の価値が生まれると仰りたい訳ですね?」
「自分もそうだし、そうやって愛でる心がある者にも価値を認めてやれるわね。」
以前に、本当に綺麗で大事だと思うものは、カメラでなく脳のシャッターを切れ、と聞いた事がある。記録を残す事よりも、記憶に刻み込んだ方がより鮮明にイメージを抱き続ける事が出来るからだと。
なるほど、言っている事は違うようでいて、本質的には同じかもしれない。
「有難う御座います。これは良い記事が書けそうです。」
「良い記事ねぇ。山火事の原因が焼き鳥で済む新聞だから、たかが知れてるんだろうけど。」
「む。あれは妹紅さんがごまかすからいけないんでしょう。」
「ごまかしちゃいないよ。本当の事じゃないか。」
まあ、確かに嘘を言ってない事は追跡調査で確認済みですが。
「いいから呑もうよ。何となく、貴方達とは気が合いそうな予感がするし。」
「どういう意味なのかしらね?」
「まあ、深く追求しないでおきましょうよ。」
この御三方の共通点といえば、仲間外れという事だろうか。一人は人間でなくなった人間、一輪(ひとり)は妖怪にすら忌避された妖怪、独りは社会から離れた幻想の中の幻想。
その事を掘り下げない方が、恐らく彼女らのためでもあろう。
「そうそう、飲んで食って騒いで歌って、楽しむが吉よ~。はい、串揚げと蒲焼お待ち。」
「歌は……無くてもいいけど。」
「私は凶なのよ~♪」
「歌うな!」
「狂か叫の間違いね。」
「言葉だけだと違いが解りませんねぇ……。」
そして、全員がのん兵衛になっていく。
――夜は、まだまだ長い。








「――さて、ここまで聞いてどう思いました?」
3日間にわたる取材で得た、それぞれの『価値』あるもの。その全てに通ずるものを既に悟っていた文は、霊夢の答えを待たず捲し立てる。
「誰も彼も、貴方が関わってきた人妖達です。その皆さんが解っている事が、貴方に解らない筈は無いと思うのですが、どうです?」
さあ、とペンを強く突き出し、回答を迫る。
(ここまで話して解らなければ……本気で頭が春ですよ、貴方は。)
左手の指運一つで空白のページを開き、いつでも彼女の言葉を書き留められる態勢で待つ。
しばらく霊夢は唸っていた後、やや自信無さげな顔で、
「……要は、何に価値を見出すかはそれぞれだけど……、どうせ使いもしない金にこだわる私には、賽銭をもらう価値なんて無い、って事?」
「やっと解ったんですね? そうです、その通りですよ!」
そうだ。詐欺を働いた白兎ですら言っていたではないか。
『ご利益の無い神社に賽銭を納める意味なんて無い』、と。
神が宿り、願いが叶う事を祈願して、賽銭というのは奉納されるのだ。
神どころか神主すら不在、その上人を食らう妖怪の集会場と化した社になど、人が足を運ぶ義理すら見当たらない。
巫女自身がそういう事態を招いているだけならまだしも、そんな状況でも生活できているのなら、もう賽銭箱に何の価値があろうか。
「賽銭なんて無くても貴方はこうして生きていられるんです。その事をもっと喜びましょうよ!」
「いや、喜びたくはないけど……認めざるを得ないのは確かね。」
「いいえ、喜ぶべきなんです! だって、貴方は――」
まだ納得のいかない顔をした霊夢に、止めの一言を放つ。


「――お金よりも大切なものを、望まずして得られる人間なんですから!!」


「…………。」
呆けた顔でこちらを見る、博麗の巫女。こちらが言った言葉の真意を図りかねているのだろう。
だから、改めて言ってやらねば。それが正義のマスコミ、射命丸 文の責務なのだから。
「確かに、貴方は人間には存在すら知られていないような、異常な人間です。」
「異常とはお言葉ね……。」
「黙って聞いて下さい。けれど貴方は紛れもなくこの世界の和を保ち続けている。それは賽銭などで測れる価値で言い表せるものではありません。」
そう、そしてその恩恵は間違いなく里に住まう人間達にも与えられているし、むしろ、
「この神社に妖怪が集まるという事は、即ち他の場所で人間が襲われる危険性が相当減っている事の裏返しでもあるのです。」
「でも、ゼロじゃないわ。貴方や紫みたいに、私でも下手すれば止めきれない連中ほど人を食ってるし。」
「心外ですね。私達ほど強い妖怪であれば、幻想郷の人間には決して手出ししませんよ。そんな事をすれば、バランスが崩れるのは明白ですから。」
そのための神隠しなのだ。考えている事は読めないが、間違った事だけはしないのがあのスキマのポリシーであるのだし。
「人妖達がむやみに殺しあわないのも、世界の存続を鑑みてなのです。しかし、その根底にある指針が生まれたきっかけが何なのか……貴方なら、解る筈です。
いえ、――本当は、貴方だけが解っているべきなのですよ。」
「――。」
そこで、ようやく。
我が意を得たという顔をした霊夢は、いつもの自信満々な笑みで、


「――そうね。私が最強だからよね。」


やっと、結論に達した。
「……全く。気付くのが遅すぎますよ。」
こちらもようやく肩の荷が下り、ほっと一息。

そうだ。博麗の巫女は幻想郷で最強の存在でなければならない。
そして最強であるという事は、孤独であると同時に、
「貴方が意識していないつもりでも、他の皆さんは色々と献上せざるを得ないのです。だから、貴方には賽銭――いえ、お金など必要無い。それこそかっぱらっても本気で文句を言う者などいない筈ですよ?」
「あー……確かに。」
色々と思い当たる節があるのだろう、今までの出来事を指折り数え始め、
「……きりが無いわね。」
すぐに止めた。
(……本当の正義は、ここでこの巨悪を滅ぼすべきなんでしょうかねぇ。)
などと物騒な考えも浮かぶが、すぐに消える。何故なら、
(それらの行為が許されるのは、畏怖だけでなく……誰もが彼女を認めているからでしょうから。)
そう、それこそが彼女にとって一番『価値』あるもの。
(自分自身を己ですら『憎めない存在』として在る事……それが、彼女の最大の『価値』。)
それすらも意識しないんでしょうね、と独りごちる。
上機嫌になった紅白はこちらのペンを突き出した手を握り、
「ありがと。そんな深刻でもないけど大事な悩みが一つ消えたわ。」
「どういたしまして。私は当然の事をしたまでですよ。」
そう返し、帰るための風を呼ぶ。
境内を吹き荒れる烈風に顔を覆う霊夢を地上に見ながら、文は最後にこう言った。
「これからも胡散臭い、――しかし誰もが真似できない武勇伝をお願いしますよ。」








『幻想郷最凶の座はやはり巫女!!』


3日間に渡る幻想郷内の有識者(実力者)調査により、幻想郷の覇者というべき存在は、博麗大結界を管理する博麗神社の巫女、博麗 霊夢(人間)である事が大筋で認められた。

里に住まう人間達の間では『神社は妖怪に占拠された』と専らの噂だが、実は妖怪達は、最凶の存在である霊夢に脅され、日夜食糧や日用品などを献上するために参上しているだけだと解った。同じ人間で彼女の側近と名高い霧雨 魔理沙(人間)が、各地で略奪行為を働きながら、誰もそれを止めないのも、その背後に居る霊夢の報復を恐れているからだと推察出来る。

典型的な例として、神隠しの主犯と呼ばれる実力者、八雲 紫(妖怪)が頻繁に神社を訪れては、珍しい外の世界の物品を惜しげも無く差し出している場面が何度となく目撃されている。(これを含めた数々の証拠写真は2面を参照して頂きたい。)

ともあれ、神社が妖怪に占拠されているというのは全くの出鱈目。
勇気のある人間の方は、妖怪が一人の人間に土下座する光景を覗きがてら、『妖怪に襲われなくなる』というご利益を得るために、神社に足を運んでみてはいかがだろうか。(射命丸 文)


※注:神社から帰る妖怪は総じて不機嫌なので、道中の安全のために力のある人妖と同行する事をお勧めする。
万が一襲われても、こちらでは責任を負いかねるのでご了承願いたい。






「……こんな感じでどうでしょう?」
「うむ。まあ、あまり期待は出来ないが、無防備に妖怪の住処に立ち入る人間が少しでも減ればいいのだけどね。」
半人半妖ながら、人里の守護者として尽力する慧音は、新聞の出来をそれなりに満足げに感じていた。
(私を無視してまで神社に行こうとするほど、愚かでもないだろうしな……。)
物思いに耽る慧音に、苦笑を浮かべた文が、
「まさか、歴史を既に創造済みだったとは思いませんでしたよ。」
「ああ……そうでもしないと、貴方にいらぬ苦労を掛けると思ってね。」
「そうですか……4連殺も、予定調和だったとは……。」
項垂れる天狗に、慧音は少しだけ罪悪感を抱いた。
(……あれは、ちょっとやり過ぎだったか。)
だが、あれくらい暴れてからでないと、良いコメントがもらえなかっただろう。
「その点は謝ろう。……すまない。」
「いえいえ、それ以外は文句無しでしたから。」
笑顔でそういう文に、嘘は感じられなかった。
(――そうだな。彼女にしてみれば、今回の取材そのものが『価値』あるものだろうし。)
本当のマスコミとは、単純に事実を伝えるだけでなく、現場で見た真実に嘘を含んででも、正しく求められる事実として、他者と自分に理解させる事こそが本分だ。
(それは、私にも通ずる事だしな。)
歴史の伝聞もそうだ。そこで起きた事に対する真実は、現場に居た人の数だけ存在する。だが、本当に歴史として刻まれるのは、『物事が起きた』という事実のみ。
その違いを正しく理解した上で伝えなければ、歴史学者として失格だ。
「お互いに、色々『価値』あるものを得たようだね。」
「ええ、とても充実した時間でした。」
言って、笑い合う。


――ああ、本当に。
――こんな穏やかな、何よりも代え難い『価値』ある時間が、ずっと続けばいいのに。


おわり
懲りずに浸りな話をお届けします、Zug-Guyです。
まずこの場を借りて、前作についてのお詫びを。


――申し訳ありませんでした。


読んでない方は聞き流していただければ結構です。
御指摘もあった通り、途中から明らかに『あっち側』に偏ってしまいましたからね。
改めて、本当に済みませんでした。


では、気を取り直して今回の話について。
1作目『暇で在る事 ~或る日の夕暮れ~』の続編であり、区切りとも言えるのが本作です。
賽銭箱から始まった、本来はお気楽路線を予定していたものですが(全然違いますけど:笑)、
幻想のマスコミ・文の視点から主要キャラの持つ価値観を見直す事で、霊夢があらゆる物事に対して『無価値・無関心』を貫きながらも、何故あれほど心豊かに生きていられるのか……というのを考えてみたのですが。どうでしょうかね。
この話単体で見ると、文が四季様に説教されて、本当に正義のマスコミになったらどうなるか――というコンセプトも含んでます。
本当に正義感に目覚めたら、滅するべきは紅白と白黒だというのは一目瞭然ですからね(爆)


さて、これでしばらく投稿は一休みになりそうです。
すぐに忘れられない事を願いつつ(笑)、草葉の陰から良い作品を覗き見するチャンスがある事を信じて。
最後まで読んで頂き、有難う御座いました。


(3月12日追記、冒頭に前作との関連を追加しました。ご指摘感謝します。)

……草葉の陰に居る筈なのに音速が早いというツッコミは無しの方向で(笑)
作品投稿の機会がほぼ無くなるということで、そう記述しただけでして。
このコメントも偶然です(爆)
Zug-Guy
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1910簡易評価
6.無評価反魂削除
あんなに沢山のマイナス点をもらっても、削除なさらず次の作品をこうして発表される。
芯の通った強い気持ちがないと出来ない、本当に素晴らしいことだと思います。
これからも東方を愛好する限り、誇りを持ってZug-Guyさんの物語を生み出していって下さい。応援しています。
そして…言いづらいんですが…最後に一つだけ。


>>草葉の陰から良い作品を覗き見するチャンスが
死んどるやんけ!!
12.80名前が無い程度の名前削除
一人一人の掲げる「価値」ついて考えながら、何度も読み返しました。
単純に面白く、考える事ができました。
わたしが文に問われたら、答える事ができるのだろうか……?

続編との事ですが、前作の存在を頭につけた方がいいかも知れません。
28.100名前が無い程度の能力削除
これは面白い解釈だ。やられた。