※なんか咲夜×中国だから気を付けて。それと、ちょっとキャラ違ってる?
※前半は創想話の作品集24にあります。
前回のあらすじ。
胸を大きくしたい咲夜は幻想郷を飛び回り、知識人達に話を仰ぐ。
しかし彼女たちは概して胸が大きく、しかも役に立つ返答は得られなかった。
そして揺れる巨乳に我慢の限界を超えた咲夜は偶々出会った小町に怒りをぶつけ、収穫無しで帰っていく。
一方、紅魔館で頭にナイフを刺したままの美鈴は、絆創膏を取りに館内に入ってレミリアにお茶に誘われる。
彼女はそこでヒートアップするレミリアに、咲夜は美鈴に対して恋愛感情があるようにしか見えないという話を聞かされる。
さて、なんだかんだで実はお互いが好きの様な彼女たちの行動は?
「咲夜さんが、私を、好き」
紅い紅い廊下の中を、惚けた美鈴がふらふら歩く。
頭の中では、今までただ懐いていたり遊んでいるだけだと思っていた猫のようなあの娘の挙動が走馬燈のように駆けめぐる。
――えー?咲夜さん、いきなりキスとかしますよね。
抱きついてくるとか日常茶飯事だし、人が寝てると勝手にベッドに入ってくるし、お風呂に入ってる時だって――
あれは咲夜なりのアプローチだったのだろうか。
そんな風に思考が巡ってくると、今度はそれを否定する意見が頭をもたげ出した。
――でも、ナイフ刺すし。
私が抱きつこうとしたら刺すし、キスしかえそうとしたら刺すし、お風呂に一緒にって言っても刺すし――
訥々と零れ出る記憶と脳みその思い出。
彼女の性格の原因は主に前頭葉を傷つけられまくっているからであろうか。
いかに妖怪といえど、脳が削れると辛いのかも知れない。
ロビーまで辿り着いて思考の淵に溺れていた美鈴が周囲の様子に気づいた頃、館の門がわずかに開いて、ただいま、とどこか満足げな咲夜が帰ってきた。
すると周りからはメイド達の黄色い囁きがきゃあきゃあ聞こえてくる。
何事かと咲夜が見回せば、メイド達は身を隠し、彼女の前にはどうしようかと思い悩んでいるように見える美鈴だけが残った。
美鈴の方はと言えばやっぱり見たまんまにどうしようかと思い悩んでおり、とりあえず彼女は絞り出すように、咲夜さん、お帰りなさい、とだけ呟く。
周りからは、好きなんでしょ!とか、ほらそこでぎゅーっとするのよぎゅーっと!とか、いやいっそ押し倒して!!等という熱量の籠もり倒した囁きが飛び交い、耳の早い小悪魔などは記録魔法の掛かった水晶玉か何かを既に用意して物陰で待ちかまえて居る。
この分では例のブン屋が来るのは時間の問題かと言う程にざわめく、ロビーで、咲夜は小さくため息を吐いて美鈴の言葉に改めて、ただいま、とだけ言うと、一瞬にしてその姿を虚空にかき消した。
そして観客からは図々しいブーイングが囁かれ、彼女たちは各々の職場に帰っていく。
だが、美鈴だけは理解していた。
唇に残る、わずかな暖かさを。
紅魔館の人々。 ~胸の話
後編
咲夜は自室で机に突っ伏していた。
――どうやれば胸が育つのか。
既に知識人は全滅、というか彼女たちにそれを考える理由はないが故に知らないのも当然。
ならば自分で考えるしかない。
故に彼女は考える。
胸が大きいとは?
胸が小さいとは?
そうこうするうち、ついに彼女はふと、ある共通項に辿り着いた。
――銀髪って貧乳?
記憶を手繰る。
銀のおかっぱの半霊の庭師――悲しいほどに。
銀っぽいウェーブヘアの騒霊の次女――確かに見かけ年齢の割に。
多分銀色の髪の冬の妖怪――あれは太ましいだけだ。
銀って言うか白髪の不老不死――永遠の貧乳。
銀というか青というか黒というか判別の尽きがたい自らの主――まぁ、見かけもあってツルペタストーン。
そして、彼女自身は――なにをかいわんや。
そう、銀の髪をしている存在はまず例外なく貧乳。
しかし彼女の思考はその結論への反証を導き出す。
あの薬屋は?――は豊かな銀の髪を柔らかく編んで垂らし、豊かな胸を柔らかく垂らさずに主張させる。
しかし、胸の話をされて慌てていた。
つまり、胸に何かやましい過去がある。
――やはり豊胸手術か!
彼女以外の永遠の命を持つ者達は例外なく貧乳であるという事実もふまえ、彼女も基本としては貧乳であると断定する。
では里を護る半獣――は銀の地に青メッシュ、だが巨乳。
いやまて。彼女がワーハクタクとして獣化した際、あの青メッシュは緑になった。
それは即ちあの青の部分が本来の体のパーツと言う事を示しているのでは?
大体ハクタクを牛とするならば、牛には青毛とかいう色の牛が居たはずだし、地毛が青くてもいいかも知れない。
ならばあの白い部分は、染めている?――いや、白髪だ。
嗚呼。
完成してしまった。
即ち銀髪の持ち主は貧乳であると言う理論。
ならば彼女はこの髪の色である限り胸を育てることなど敵わぬと言うのか。
――じゃあ、巨乳しか居ない髪の色は?
それは、赤い髪。
それが彼女の頭によぎる答えである。
門番――よぉく知った巨乳ぶり。
小悪魔――見事に裏切ってくれた隠れ巨乳。
彼女が沈めた三途の川の渡し――ええ、そりゃもうでかかった。
ついでに言うならあの冥界の姫の髪はピンクっぽいが、あれを赤系と見るなら、彼女はやはり巨乳。
――そう、髪が赤ければ胸は大きい!
しかして脳の煮えた彼女は立ち上がる。
己の説の正しさを信じ、己の得た結論の意味を信じて彼女は行く。
先程まで使い魔となんかやってたむらさきもやしの所へ。
部下達に留守を詫びて門前に立つ美鈴。
木枯らしが吹き身が切れるように冷えても、あの唇の熱が消えない。
熱に浮かされた心持ちで、彼女はじっと立ちつくす。
言われてしまえばもう確信するしかない――咲夜は、美鈴に対して並々ならぬ感情を抱いている。
しかし、いくら好きだからと言って唐突に唇を奪っていく事などあるだろうか。
……そんなラテンの生き物ではあるまいし。
いや、人間的常識に当てはまらない性格をした彼女のことだ、あり得ない話ではない。
思い返してみれば最初に出会ったあの日、彼女は傷ついて怯えた獣の目を、とても寂しい目をしていた。
つまり彼女は愛情に飢え、それを経験することのない生き方をしてきたのだ。
ならば尚のこと常識的手順など知らずに先走った行動に出ることも考え得る。
ぐるぐる回る思考の果てに、咲夜はやっぱり美鈴に並々ならぬ感情を抱き、求めているという所に辿り着く。
これがこんがらがった彼女の結論であった。
と、彼女がそんな風にぼんやり突っ立っていると、屋敷の中から何らかの罵声が聞こえてきた。
弾かれたように意識を取り戻して振り返った彼女は、それが自分への物であった事を知る。
それは即ち、門番働け。
彼女がぼーっとしている間にどこぞのバカが当たり前のように門を通って中に入ってしまったらしく、あっという間に撃退された物の、もちろん彼女には罵声が飛ぶ。
そう言うバカを入れないのが彼女の仕事であり、彼女は職務を怠ったのであるから。
美鈴は頭の中でしまったと呟き、そして四枚目の絆創膏の存在を思わず確かめた。
――ああ、でも足りないかも。
そして、それは彼女の思った通りに登場する。
「――よほど外で寝たいらしいわね」
それは刃が如く冷たく研ぎ澄ませた声。
首筋に当てられた刃先の感触。
振り向いた彼女の――赤い髪。
「あれ!?咲夜……さん?」
それは間違いなく十六夜咲夜であった。
しかし、美鈴が知る十六夜咲夜とはある一点が異なっている。
髪が、赤い。
透けるような銀であったはずのそれが、今は血染めのように紅い。
美鈴は生来の暢気さ故か思わず自分の置かれた状況さえも忘れて、どうしたんですか咲夜さん、と、そんな事を訪ねてしまう。
赤い紅い、自分と同じような髪。
すると咲夜は少しだけ恥ずかしそうなそぶりをして、何となくよ、そうしたかっただけ、と答えた。
「咲夜さん、綺麗」
――元が色白の頬が赤に映えて、輪郭がはっきりして、すごく綺麗に見えます。
美鈴は木枯らしに吹かれるその姿を評してそんな風に呟き、優しく撫でるように手を差し出して咲夜の頬から髪を梳く。
少し荒れてゴツゴツした、彼女自身に比して大きめなその手の平は寒空にさらされて冷えた咲夜の頬を優しく撫でていき、撫でられた方はあまりの不意打ちに驚いて動けなくなってしまう。
冷えていた頬は理解した状況に思わず熱くなって、柔らかく引き上げられた視線はそのまま美鈴の瞳と絡み合って――
「わーチューってしちゃうよ、キスするよあれ!」「きゃーあーあーぁー!綺麗って手を添えるってもう女殺しーぃー!」「しーっ!声が大きい!」
――そして二人は正気に返る。
息のあった動きで同時に首が振り向けば、門の裏にはびっしりとメイド。
まるで越冬するテントウムシか何かのように身を寄せ合ってじーーーーーっとこっちを見ている。
そんな状況を見てしまうと熱だって冷める物で、咲夜はこほんと咳払いをした後、ちゃんと働きなさいよ、とだけ言って姿を消した。
後に残された美鈴は、ただぼんやりと虚空を眺める。
――赤い髪……もしかして、お揃い?
止まった時間の中、咲夜はさっさか埃も立てずにゴミを片付けていく。
なにせ3時間程度は外出していたので仕事が立て込んでいるのだ。
そして彼女は掃除の間、しきりに自分の胸を見下ろそうとしたり、触ってみたりしては、毎度小さなため息を吐く。
――いくら何でもそんなに早く効果は出ないわよねぇ。
止まった時間の中、ため息は小さく響く。
頬に掛かった短い三つ編みは、今は色までもが美鈴と揃いで彼女を撫でた。
そういえば、と言った感じで思い起こす記憶は、昔々の出会った頃。
「横の毛ってそのくらいの長さにしてると、気付いたら口に入ってたりしちゃうんですよね」
彼女はそう言って、こうすると邪魔になりませんよ、と咲夜に短な三つ編みを編んで自らのリボンで括り、微笑みかけた。
思えば、彼女にとって初めて心底の笑顔を見せてくれた相手だった。
生みの親でさえあそこまで優しい笑いを見せてくれたことはない。
誰もが自分に怯え、恐怖し、へつらいの笑みだけを浮かべ、そしていつしか怒りと憎しみを向ける。
それが彼女の知る表情の全て。
例外はあの日、運命の主に出会った夜の、女王の美しくも浅ましく、醜くも気高い獣の笑顔ぐらい。
あの微笑みは妖怪である故の微笑みなのだろう、即ちナイフで刺されたくらいのちょっとやそっとでは死なないから、安心して全てに微笑みかけられる。
やはり、彼女は人間の範疇にない。
人とはどうしても異なる者達と出会って初めて満たされたその心に、思い人の笑顔が去来して彼女は自らの髪をつまんだまま立ち止まってしまう。
優しく、暖かく、虹のように鮮やかに。
くるくる変わって、柔らかな笑顔。
そしてふと気が付けば動き出していた時間のただ中、彼女は自らの赤く染まった髪を見つめつつ、にやにやと笑みを浮かべるメイド達に囲まれていた。
――ああ、そう言えばこんな表情も最近見れるようになったわねぇ。
意識を取り戻した彼女は頬に残るわずかな熱を振り払い、ナイフを構えて口を開く。
「あなた達、仕事に行く?それとも、いつぞやのぐうたら渡し守の所に行く?」
蜘蛛の子を散らす、とはまさにこのこと。
「あれ?……咲夜さんだったんですか?」
メイド達が慌てて逃げていくと、軽くため息を吐いた咲夜に不意にさっきまで頭に響いていた声が掛かり、彼女は慌てて振り返る。
ぽつりと美鈴が立っていた。
「みんな慌てて逃げていくから何かあったかと思ったんですけど……どうかしたんですか?」
どうかしたもどうかしてるもなくあんたのせいよ、と脳内で叫んだ咲夜は、仕事はどうしたの?と出来る限りの冷たい目でナイフを突きつける。
「もうシフト交代の時間ですよ?咲夜さんやっぱり何か……」
呟きかけた彼女は、あ、と小さく呟いて口ごもり、まごつくようにうつむいてしまう。
彼女の意識に去来する咲夜にとっての何か――主人の言が正しければ、それは自分ではないのか。
シフト交代の時間と聞いてナイフを仕舞い取り出した時計を見た咲夜は小さく、う、と呟いて動けなくなってしまう。
――うう、意識しちゃうと咲夜さんて――やっぱり可愛い!
そこにいたのはうつむいてもじもじと、恥ずかしげに頬を染めこちらを伺う思い人。
完璧で瀟洒たらんとする彼女の精神を持ってしてもそんな光景に先ほどまでのような怜悧な態度を取り続けられる物ではなく、思わず頬を染めてまごついてしまう。
「ぁ…………」
「ぅ…………」
視線は絡み、立ちすくむは二人。
どちらから声をかけた物か、まず美鈴の脳裏にはこんな事が浮かんでいる。
――あう……咲夜さんはやっぱり綺麗で、でもどこか危なっかしくて見てられなくて……護ってあげたいって言うかぎゅぅっとしたいっていうか……ああ、もしかすると私の方も咲夜さんのことが!?
一方、ライクとラブの境界を目にした美鈴に対面する咲夜の脳裏に浮かぶのはこんな事。
――ああもうそんなに可愛い事しないでよむらむらするって言うか抱きしめて胸に顔をうずめて優しく撫でられたくなるって言うかあぁぁぁでもこっちが向こうをうずめる胸がないのよそれじゃ美鈴を胸にもたせ掛けさせて撫で回すなんて出来ないし抱き合ってキスしたら一方的に胸を押しつけられて溺れかけるじゃない!やっぱり駄目よ!胸が大きくなるまで好きなんて言えない!言いたくてもプライドが許さない!!完璧で瀟洒たること、それが十六夜咲夜と名付けられた私なのだから!!!
「あの……咲夜さ「そう、交代の時間はもう過ぎていたのね。じゃあしっかり休みなさい」あぅぁ……」
意を決してかけようとした美鈴の声は些か上擦った咲夜の声に掻き消され、そして咲夜はつかつかと美鈴の傍らを横切って行ってしまう。
その足取りは湖の氷精をも上回る一杯一杯で、美鈴はそんな彼女の後ろ姿にただ宙を掻くだけだった。
それから、美鈴は咲夜にそれを、彼女の本意への問とわずかに自覚し始めた感情とを告げようと彼女の周りに現れた。
騒がしく湯気を立てる夕餉前の厨房を訪れた咲夜は、メイド達の勤務態度をチェックして振り返る。
「咲夜「どうしたの美鈴。厨房にあなたの仕事はないでしょ。それともつまみ食い?」ぅぁ……」
後にはしょんぼりした門番だけが残った。
夕食前の追い込みのように洗濯物を畳みつつうわさ話の飛び交う洗濯部屋を訪れた咲夜は、そんなメイド達を一喝して不意に振り返る。
「咲「そろそろ夕食よ。食堂に行きなさい」ぁ……」
後には肩を落とす門番だけ。
「さ「食事中は行儀良くなさい」……」
後には門番。
しかして美鈴をかわし、逃げ回り続けるは咲夜。
もそもそと食事を口に運ぶ中国を残して咲夜は一瞬で食事を済ませて消える。
そんな彼女たちを見てひそひそ、と言うか数の上からがやがやになるうわさ話を囁き合うのはメイド達。
話す内容は、咲夜の愛が冷めた、だの、実は美鈴が浮気してるのがばれた、だの、いやいやマンネリ解消のそう言うプレイだ、だの。
館主の趣味により女子ばかりのこの館において、こう言った話はいろんな意味でもっとも美味しい議題である。
変質者も飛び込むメイドの園たる紅魔館は今や二人の話で持ちきりだった。
ちなみに、先ほど叩きのめされた不審者のいまわの言葉は、メイドさんに叩き殺されるなら本望だ!であったそうな。
廊下の隅に気付きもせずよたよた駆けていった咲夜の後ろで、館の主にして彼女の主である小さな影がこれまた小さく微かなため息をついた。
どうした物かと言った顔をするレミリアはこつりこつりと羽根先で床を叩きつつ、傍らにしゃがみ込んで本を読んでいる友人の頭に手を置く。
「……私は髪を染める魔法を聞かれて、かけただけ」
頭の上に柔らかい感触を乗せたパチュリーは分厚い本から、そして友人から僅かに目をそらすようにしてそう呟いた。
するとレミリアはもう一度小さくため息をついて翼を突いてに天井を仰ぎ、腕を組んで誰に言う出もなく唇を開く。
「あれがただの揃いなら、まだ良かったんだけど……」
足を組んで顎に手をやり小さく唸るレミリアに、理由、知っているの?とパチュリーが本から目を離さずに呟けば、彼女はひらひら手を振って、見えたわ、と返した。
「それにしても……人間って変わったことを思いつく物ね」
レミリアは呆れたような感心したような顔で、あれが脳味噌の賜物かしら?と呟いて話を続けていく。
「あの髪はね、どうも豊胸らしいわ」
さらりと言い切る不可解な単語にパチュリーが思わず、豊胸?と聞き返せば、レミリアは、そう、と小さく答えてさらに続ける。
「あの子の知る限り、赤系の髪をしている女性はみんな胸が大きくて、白系の髪をしている女性はみんな胸が小さい。だから髪を赤くすれば、自分も胸が育つんじゃないか、って発想らしいわ」
そして言い終わって思い返したせいか小さく笑うレミリアにパチュリーは、ふぅん、と言葉を返してゆっくり顔を向け、口を開いた。
「まぁ、類感魔術の類と考えればそこまで不自然な発想とは思わないけど……それを言ったなら肉体変形ぐらいかけてあげたのに」
パチュリーは本に栞を理を挟んでゆっくり立ち上がると、でもまぁ、所詮その程度の悩みなんだよ、と傍らの友人と目も合わせることなく零す。
「そうねぇ……そこまで必死になるほどでもない、けど、放っておきたくはない。難しいわね?」
身を起こして翼を纏ったレミリアは、くすくす笑ってそう呟く。
体は静かに黒く紅く砕けて、後には、難しいわよ、レミィ、と口を開く、動かない大図書館が残った。
自室の前まで花瓶などを引っかけつつやっとこさ来た咲夜は、胸を見下ろしため息を吐く。
「……対等……とまでは言わないけど、見劣りはしたくないのよ……」
好きだから、負けたくない。
好きだから、近づきたい。
多分彼女の中に働いているのは、そんな感情。
部屋にも入らずにドアに背を預けてそのままずるずるとへたり込んだ咲夜は、虚空を見つめてふと、美鈴、と呟いた。
「思わず口にするほど好きなら本人の前で思わず口にすればいいじゃない」
不意の声と共に蝙蝠の群が飛び跳ねた咲夜の前に集まり、ばさりと羽を広げてレミリアが降り立つ。
「全く、100年も生きれない癖にそんな理由で自分の取り分を逃すだなんて……本当、脳味噌は私達とは別次元の思考装置ね」
言葉にびくりと反応する咲夜を尻目に、レミリアはそのそう大きくない手の平を咲夜の頬に重ねて紅い髪を梳き、咲夜、と言葉を続ける。
「残念だけど、それじゃ胸は大きくならない――というか、あなたの胸が育つという運命は存在しないわ。私でも作り上げる事は出来ない」
そう、作り上げる気なんて無いもの、と暗に瞳で囁く彼女は、翼を広げて咲夜を包むようにその体を寄せる。
両腕を腰に回して優しく抱きついたレミリアは、頬をゆっくりと胸に寄せ、言葉を繋げた。
「あなたは何故、美鈴が好きなのかしら。綺麗だから?優しいから?確かにそうかも知れない。でも、それだけじゃないでしょう?」
どこか呆然と胸元の主を見下ろしてその言葉を聞く咲夜に、レミリアは軽くつま先を伸ばしてその顔を咲夜の頬に寄せる。
ぱり、と小さな音がしてレミリアは微笑み、がんばりなさい、と呟いくと、咲夜の頬に優しくその唇で触れた。
「……お嬢様……」
静かに回して抱き返そうとした咲夜の腕は宙を掻く。
蝙蝠の群は天井に昇り、「それ」は取っておきなさい、ほら、相手役が来たわ、と優しい少女の声が、そして軽やかな駆け足が廊下に響いた。
「咲夜さんっ!」
駆け込んできた足音は紅い髪を舞い踊らせて急ブレーキを掛け、咲夜の前に止まる。
意を決した目を向けるその姿に、咲夜はその名を呟いた後、思わず視線をそらしてしまった。
「……髪の色、元に戻したんですね」
頬笑んで呟く彼女の声に手を差し伸ばして確かめれば、視界の端に映る色は銀。
おそらくレミリアがあの瞬間「魔法が切れる運命」でも作ったのだろう、咲夜が己の銀の髪を静かに見つめていると、美鈴は静かに頬笑んで、少し照れたように口を開く。
「やっぱり、その色の方が咲夜さんらしいですよ」
咲夜さんらしい――
静かに、声にならないほどの小さな声で、咲夜は無意識にその言葉を繰り返した。
――らしい、ね……そうね、そうだったわ……私がどうして美鈴を好きなのか、やっとわかった……思えばなんて単純で――なんて愛おしい。
そして咲夜はす、と体を滑らせるように美鈴に一歩近づく。
「美鈴」
囁くように、瞳は真っ直ぐに。
「私はあなたのことが好きよ」
ただ素直に、自分のままに。
「あなたはありのままで生きて人の世界に受け入れられなかった私を受け入れて、微笑みかけてくれる」
彼女は受け入れてくれる。
だから私も、私を受け入れる。
「美鈴。愛してるわ!」
そして、銀は紅い影に重なった。
――唐突に告白されて抱きつかれたら戸惑う?そっちの事情なんて知らないわ。だって、私はあなたのことが大好きだもの!!
「「「「「「「「「「うおーーーっきゃーーーきたーーーーーーっっっっ!!!」」」」」」」」」」
「はいはいさっさと持ち場に帰りなさい!!」
廊下の遠い向こう側で黄色い歓声が響き渡り、二人の世界の向こう側をかぶりつきで観測するメイドの山がレミリアの羽根にはじき飛ばされる。
きゃぁきゃぁ悲鳴にも似た声を上げる娘達は名残惜しげにすごすご去って、ゆっくり出てきたパチュリーはそんな背中に口を開いた。
「……レミィ、今日はずいぶんお節介ね」
すると紅い王女は翼を広げ、背を向けたまま、ええ、と言葉を返す。
「命短し恋せよ乙女、って言うでしょう?」
※前半は創想話の作品集24にあります。
前回のあらすじ。
胸を大きくしたい咲夜は幻想郷を飛び回り、知識人達に話を仰ぐ。
しかし彼女たちは概して胸が大きく、しかも役に立つ返答は得られなかった。
そして揺れる巨乳に我慢の限界を超えた咲夜は偶々出会った小町に怒りをぶつけ、収穫無しで帰っていく。
一方、紅魔館で頭にナイフを刺したままの美鈴は、絆創膏を取りに館内に入ってレミリアにお茶に誘われる。
彼女はそこでヒートアップするレミリアに、咲夜は美鈴に対して恋愛感情があるようにしか見えないという話を聞かされる。
さて、なんだかんだで実はお互いが好きの様な彼女たちの行動は?
「咲夜さんが、私を、好き」
紅い紅い廊下の中を、惚けた美鈴がふらふら歩く。
頭の中では、今までただ懐いていたり遊んでいるだけだと思っていた猫のようなあの娘の挙動が走馬燈のように駆けめぐる。
――えー?咲夜さん、いきなりキスとかしますよね。
抱きついてくるとか日常茶飯事だし、人が寝てると勝手にベッドに入ってくるし、お風呂に入ってる時だって――
あれは咲夜なりのアプローチだったのだろうか。
そんな風に思考が巡ってくると、今度はそれを否定する意見が頭をもたげ出した。
――でも、ナイフ刺すし。
私が抱きつこうとしたら刺すし、キスしかえそうとしたら刺すし、お風呂に一緒にって言っても刺すし――
訥々と零れ出る記憶と脳みその思い出。
彼女の性格の原因は主に前頭葉を傷つけられまくっているからであろうか。
いかに妖怪といえど、脳が削れると辛いのかも知れない。
ロビーまで辿り着いて思考の淵に溺れていた美鈴が周囲の様子に気づいた頃、館の門がわずかに開いて、ただいま、とどこか満足げな咲夜が帰ってきた。
すると周りからはメイド達の黄色い囁きがきゃあきゃあ聞こえてくる。
何事かと咲夜が見回せば、メイド達は身を隠し、彼女の前にはどうしようかと思い悩んでいるように見える美鈴だけが残った。
美鈴の方はと言えばやっぱり見たまんまにどうしようかと思い悩んでおり、とりあえず彼女は絞り出すように、咲夜さん、お帰りなさい、とだけ呟く。
周りからは、好きなんでしょ!とか、ほらそこでぎゅーっとするのよぎゅーっと!とか、いやいっそ押し倒して!!等という熱量の籠もり倒した囁きが飛び交い、耳の早い小悪魔などは記録魔法の掛かった水晶玉か何かを既に用意して物陰で待ちかまえて居る。
この分では例のブン屋が来るのは時間の問題かと言う程にざわめく、ロビーで、咲夜は小さくため息を吐いて美鈴の言葉に改めて、ただいま、とだけ言うと、一瞬にしてその姿を虚空にかき消した。
そして観客からは図々しいブーイングが囁かれ、彼女たちは各々の職場に帰っていく。
だが、美鈴だけは理解していた。
唇に残る、わずかな暖かさを。
紅魔館の人々。 ~胸の話
後編
咲夜は自室で机に突っ伏していた。
――どうやれば胸が育つのか。
既に知識人は全滅、というか彼女たちにそれを考える理由はないが故に知らないのも当然。
ならば自分で考えるしかない。
故に彼女は考える。
胸が大きいとは?
胸が小さいとは?
そうこうするうち、ついに彼女はふと、ある共通項に辿り着いた。
――銀髪って貧乳?
記憶を手繰る。
銀のおかっぱの半霊の庭師――悲しいほどに。
銀っぽいウェーブヘアの騒霊の次女――確かに見かけ年齢の割に。
多分銀色の髪の冬の妖怪――あれは太ましいだけだ。
銀って言うか白髪の不老不死――永遠の貧乳。
銀というか青というか黒というか判別の尽きがたい自らの主――まぁ、見かけもあってツルペタストーン。
そして、彼女自身は――なにをかいわんや。
そう、銀の髪をしている存在はまず例外なく貧乳。
しかし彼女の思考はその結論への反証を導き出す。
あの薬屋は?――は豊かな銀の髪を柔らかく編んで垂らし、豊かな胸を柔らかく垂らさずに主張させる。
しかし、胸の話をされて慌てていた。
つまり、胸に何かやましい過去がある。
――やはり豊胸手術か!
彼女以外の永遠の命を持つ者達は例外なく貧乳であるという事実もふまえ、彼女も基本としては貧乳であると断定する。
では里を護る半獣――は銀の地に青メッシュ、だが巨乳。
いやまて。彼女がワーハクタクとして獣化した際、あの青メッシュは緑になった。
それは即ちあの青の部分が本来の体のパーツと言う事を示しているのでは?
大体ハクタクを牛とするならば、牛には青毛とかいう色の牛が居たはずだし、地毛が青くてもいいかも知れない。
ならばあの白い部分は、染めている?――いや、白髪だ。
嗚呼。
完成してしまった。
即ち銀髪の持ち主は貧乳であると言う理論。
ならば彼女はこの髪の色である限り胸を育てることなど敵わぬと言うのか。
――じゃあ、巨乳しか居ない髪の色は?
それは、赤い髪。
それが彼女の頭によぎる答えである。
門番――よぉく知った巨乳ぶり。
小悪魔――見事に裏切ってくれた隠れ巨乳。
彼女が沈めた三途の川の渡し――ええ、そりゃもうでかかった。
ついでに言うならあの冥界の姫の髪はピンクっぽいが、あれを赤系と見るなら、彼女はやはり巨乳。
――そう、髪が赤ければ胸は大きい!
しかして脳の煮えた彼女は立ち上がる。
己の説の正しさを信じ、己の得た結論の意味を信じて彼女は行く。
先程まで使い魔となんかやってたむらさきもやしの所へ。
部下達に留守を詫びて門前に立つ美鈴。
木枯らしが吹き身が切れるように冷えても、あの唇の熱が消えない。
熱に浮かされた心持ちで、彼女はじっと立ちつくす。
言われてしまえばもう確信するしかない――咲夜は、美鈴に対して並々ならぬ感情を抱いている。
しかし、いくら好きだからと言って唐突に唇を奪っていく事などあるだろうか。
……そんなラテンの生き物ではあるまいし。
いや、人間的常識に当てはまらない性格をした彼女のことだ、あり得ない話ではない。
思い返してみれば最初に出会ったあの日、彼女は傷ついて怯えた獣の目を、とても寂しい目をしていた。
つまり彼女は愛情に飢え、それを経験することのない生き方をしてきたのだ。
ならば尚のこと常識的手順など知らずに先走った行動に出ることも考え得る。
ぐるぐる回る思考の果てに、咲夜はやっぱり美鈴に並々ならぬ感情を抱き、求めているという所に辿り着く。
これがこんがらがった彼女の結論であった。
と、彼女がそんな風にぼんやり突っ立っていると、屋敷の中から何らかの罵声が聞こえてきた。
弾かれたように意識を取り戻して振り返った彼女は、それが自分への物であった事を知る。
それは即ち、門番働け。
彼女がぼーっとしている間にどこぞのバカが当たり前のように門を通って中に入ってしまったらしく、あっという間に撃退された物の、もちろん彼女には罵声が飛ぶ。
そう言うバカを入れないのが彼女の仕事であり、彼女は職務を怠ったのであるから。
美鈴は頭の中でしまったと呟き、そして四枚目の絆創膏の存在を思わず確かめた。
――ああ、でも足りないかも。
そして、それは彼女の思った通りに登場する。
「――よほど外で寝たいらしいわね」
それは刃が如く冷たく研ぎ澄ませた声。
首筋に当てられた刃先の感触。
振り向いた彼女の――赤い髪。
「あれ!?咲夜……さん?」
それは間違いなく十六夜咲夜であった。
しかし、美鈴が知る十六夜咲夜とはある一点が異なっている。
髪が、赤い。
透けるような銀であったはずのそれが、今は血染めのように紅い。
美鈴は生来の暢気さ故か思わず自分の置かれた状況さえも忘れて、どうしたんですか咲夜さん、と、そんな事を訪ねてしまう。
赤い紅い、自分と同じような髪。
すると咲夜は少しだけ恥ずかしそうなそぶりをして、何となくよ、そうしたかっただけ、と答えた。
「咲夜さん、綺麗」
――元が色白の頬が赤に映えて、輪郭がはっきりして、すごく綺麗に見えます。
美鈴は木枯らしに吹かれるその姿を評してそんな風に呟き、優しく撫でるように手を差し出して咲夜の頬から髪を梳く。
少し荒れてゴツゴツした、彼女自身に比して大きめなその手の平は寒空にさらされて冷えた咲夜の頬を優しく撫でていき、撫でられた方はあまりの不意打ちに驚いて動けなくなってしまう。
冷えていた頬は理解した状況に思わず熱くなって、柔らかく引き上げられた視線はそのまま美鈴の瞳と絡み合って――
「わーチューってしちゃうよ、キスするよあれ!」「きゃーあーあーぁー!綺麗って手を添えるってもう女殺しーぃー!」「しーっ!声が大きい!」
――そして二人は正気に返る。
息のあった動きで同時に首が振り向けば、門の裏にはびっしりとメイド。
まるで越冬するテントウムシか何かのように身を寄せ合ってじーーーーーっとこっちを見ている。
そんな状況を見てしまうと熱だって冷める物で、咲夜はこほんと咳払いをした後、ちゃんと働きなさいよ、とだけ言って姿を消した。
後に残された美鈴は、ただぼんやりと虚空を眺める。
――赤い髪……もしかして、お揃い?
止まった時間の中、咲夜はさっさか埃も立てずにゴミを片付けていく。
なにせ3時間程度は外出していたので仕事が立て込んでいるのだ。
そして彼女は掃除の間、しきりに自分の胸を見下ろそうとしたり、触ってみたりしては、毎度小さなため息を吐く。
――いくら何でもそんなに早く効果は出ないわよねぇ。
止まった時間の中、ため息は小さく響く。
頬に掛かった短い三つ編みは、今は色までもが美鈴と揃いで彼女を撫でた。
そういえば、と言った感じで思い起こす記憶は、昔々の出会った頃。
「横の毛ってそのくらいの長さにしてると、気付いたら口に入ってたりしちゃうんですよね」
彼女はそう言って、こうすると邪魔になりませんよ、と咲夜に短な三つ編みを編んで自らのリボンで括り、微笑みかけた。
思えば、彼女にとって初めて心底の笑顔を見せてくれた相手だった。
生みの親でさえあそこまで優しい笑いを見せてくれたことはない。
誰もが自分に怯え、恐怖し、へつらいの笑みだけを浮かべ、そしていつしか怒りと憎しみを向ける。
それが彼女の知る表情の全て。
例外はあの日、運命の主に出会った夜の、女王の美しくも浅ましく、醜くも気高い獣の笑顔ぐらい。
あの微笑みは妖怪である故の微笑みなのだろう、即ちナイフで刺されたくらいのちょっとやそっとでは死なないから、安心して全てに微笑みかけられる。
やはり、彼女は人間の範疇にない。
人とはどうしても異なる者達と出会って初めて満たされたその心に、思い人の笑顔が去来して彼女は自らの髪をつまんだまま立ち止まってしまう。
優しく、暖かく、虹のように鮮やかに。
くるくる変わって、柔らかな笑顔。
そしてふと気が付けば動き出していた時間のただ中、彼女は自らの赤く染まった髪を見つめつつ、にやにやと笑みを浮かべるメイド達に囲まれていた。
――ああ、そう言えばこんな表情も最近見れるようになったわねぇ。
意識を取り戻した彼女は頬に残るわずかな熱を振り払い、ナイフを構えて口を開く。
「あなた達、仕事に行く?それとも、いつぞやのぐうたら渡し守の所に行く?」
蜘蛛の子を散らす、とはまさにこのこと。
「あれ?……咲夜さんだったんですか?」
メイド達が慌てて逃げていくと、軽くため息を吐いた咲夜に不意にさっきまで頭に響いていた声が掛かり、彼女は慌てて振り返る。
ぽつりと美鈴が立っていた。
「みんな慌てて逃げていくから何かあったかと思ったんですけど……どうかしたんですか?」
どうかしたもどうかしてるもなくあんたのせいよ、と脳内で叫んだ咲夜は、仕事はどうしたの?と出来る限りの冷たい目でナイフを突きつける。
「もうシフト交代の時間ですよ?咲夜さんやっぱり何か……」
呟きかけた彼女は、あ、と小さく呟いて口ごもり、まごつくようにうつむいてしまう。
彼女の意識に去来する咲夜にとっての何か――主人の言が正しければ、それは自分ではないのか。
シフト交代の時間と聞いてナイフを仕舞い取り出した時計を見た咲夜は小さく、う、と呟いて動けなくなってしまう。
――うう、意識しちゃうと咲夜さんて――やっぱり可愛い!
そこにいたのはうつむいてもじもじと、恥ずかしげに頬を染めこちらを伺う思い人。
完璧で瀟洒たらんとする彼女の精神を持ってしてもそんな光景に先ほどまでのような怜悧な態度を取り続けられる物ではなく、思わず頬を染めてまごついてしまう。
「ぁ…………」
「ぅ…………」
視線は絡み、立ちすくむは二人。
どちらから声をかけた物か、まず美鈴の脳裏にはこんな事が浮かんでいる。
――あう……咲夜さんはやっぱり綺麗で、でもどこか危なっかしくて見てられなくて……護ってあげたいって言うかぎゅぅっとしたいっていうか……ああ、もしかすると私の方も咲夜さんのことが!?
一方、ライクとラブの境界を目にした美鈴に対面する咲夜の脳裏に浮かぶのはこんな事。
――ああもうそんなに可愛い事しないでよむらむらするって言うか抱きしめて胸に顔をうずめて優しく撫でられたくなるって言うかあぁぁぁでもこっちが向こうをうずめる胸がないのよそれじゃ美鈴を胸にもたせ掛けさせて撫で回すなんて出来ないし抱き合ってキスしたら一方的に胸を押しつけられて溺れかけるじゃない!やっぱり駄目よ!胸が大きくなるまで好きなんて言えない!言いたくてもプライドが許さない!!完璧で瀟洒たること、それが十六夜咲夜と名付けられた私なのだから!!!
「あの……咲夜さ「そう、交代の時間はもう過ぎていたのね。じゃあしっかり休みなさい」あぅぁ……」
意を決してかけようとした美鈴の声は些か上擦った咲夜の声に掻き消され、そして咲夜はつかつかと美鈴の傍らを横切って行ってしまう。
その足取りは湖の氷精をも上回る一杯一杯で、美鈴はそんな彼女の後ろ姿にただ宙を掻くだけだった。
それから、美鈴は咲夜にそれを、彼女の本意への問とわずかに自覚し始めた感情とを告げようと彼女の周りに現れた。
騒がしく湯気を立てる夕餉前の厨房を訪れた咲夜は、メイド達の勤務態度をチェックして振り返る。
「咲夜「どうしたの美鈴。厨房にあなたの仕事はないでしょ。それともつまみ食い?」ぅぁ……」
後にはしょんぼりした門番だけが残った。
夕食前の追い込みのように洗濯物を畳みつつうわさ話の飛び交う洗濯部屋を訪れた咲夜は、そんなメイド達を一喝して不意に振り返る。
「咲「そろそろ夕食よ。食堂に行きなさい」ぁ……」
後には肩を落とす門番だけ。
「さ「食事中は行儀良くなさい」……」
後には門番。
しかして美鈴をかわし、逃げ回り続けるは咲夜。
もそもそと食事を口に運ぶ中国を残して咲夜は一瞬で食事を済ませて消える。
そんな彼女たちを見てひそひそ、と言うか数の上からがやがやになるうわさ話を囁き合うのはメイド達。
話す内容は、咲夜の愛が冷めた、だの、実は美鈴が浮気してるのがばれた、だの、いやいやマンネリ解消のそう言うプレイだ、だの。
館主の趣味により女子ばかりのこの館において、こう言った話はいろんな意味でもっとも美味しい議題である。
変質者も飛び込むメイドの園たる紅魔館は今や二人の話で持ちきりだった。
ちなみに、先ほど叩きのめされた不審者のいまわの言葉は、メイドさんに叩き殺されるなら本望だ!であったそうな。
廊下の隅に気付きもせずよたよた駆けていった咲夜の後ろで、館の主にして彼女の主である小さな影がこれまた小さく微かなため息をついた。
どうした物かと言った顔をするレミリアはこつりこつりと羽根先で床を叩きつつ、傍らにしゃがみ込んで本を読んでいる友人の頭に手を置く。
「……私は髪を染める魔法を聞かれて、かけただけ」
頭の上に柔らかい感触を乗せたパチュリーは分厚い本から、そして友人から僅かに目をそらすようにしてそう呟いた。
するとレミリアはもう一度小さくため息をついて翼を突いてに天井を仰ぎ、腕を組んで誰に言う出もなく唇を開く。
「あれがただの揃いなら、まだ良かったんだけど……」
足を組んで顎に手をやり小さく唸るレミリアに、理由、知っているの?とパチュリーが本から目を離さずに呟けば、彼女はひらひら手を振って、見えたわ、と返した。
「それにしても……人間って変わったことを思いつく物ね」
レミリアは呆れたような感心したような顔で、あれが脳味噌の賜物かしら?と呟いて話を続けていく。
「あの髪はね、どうも豊胸らしいわ」
さらりと言い切る不可解な単語にパチュリーが思わず、豊胸?と聞き返せば、レミリアは、そう、と小さく答えてさらに続ける。
「あの子の知る限り、赤系の髪をしている女性はみんな胸が大きくて、白系の髪をしている女性はみんな胸が小さい。だから髪を赤くすれば、自分も胸が育つんじゃないか、って発想らしいわ」
そして言い終わって思い返したせいか小さく笑うレミリアにパチュリーは、ふぅん、と言葉を返してゆっくり顔を向け、口を開いた。
「まぁ、類感魔術の類と考えればそこまで不自然な発想とは思わないけど……それを言ったなら肉体変形ぐらいかけてあげたのに」
パチュリーは本に栞を理を挟んでゆっくり立ち上がると、でもまぁ、所詮その程度の悩みなんだよ、と傍らの友人と目も合わせることなく零す。
「そうねぇ……そこまで必死になるほどでもない、けど、放っておきたくはない。難しいわね?」
身を起こして翼を纏ったレミリアは、くすくす笑ってそう呟く。
体は静かに黒く紅く砕けて、後には、難しいわよ、レミィ、と口を開く、動かない大図書館が残った。
自室の前まで花瓶などを引っかけつつやっとこさ来た咲夜は、胸を見下ろしため息を吐く。
「……対等……とまでは言わないけど、見劣りはしたくないのよ……」
好きだから、負けたくない。
好きだから、近づきたい。
多分彼女の中に働いているのは、そんな感情。
部屋にも入らずにドアに背を預けてそのままずるずるとへたり込んだ咲夜は、虚空を見つめてふと、美鈴、と呟いた。
「思わず口にするほど好きなら本人の前で思わず口にすればいいじゃない」
不意の声と共に蝙蝠の群が飛び跳ねた咲夜の前に集まり、ばさりと羽を広げてレミリアが降り立つ。
「全く、100年も生きれない癖にそんな理由で自分の取り分を逃すだなんて……本当、脳味噌は私達とは別次元の思考装置ね」
言葉にびくりと反応する咲夜を尻目に、レミリアはそのそう大きくない手の平を咲夜の頬に重ねて紅い髪を梳き、咲夜、と言葉を続ける。
「残念だけど、それじゃ胸は大きくならない――というか、あなたの胸が育つという運命は存在しないわ。私でも作り上げる事は出来ない」
そう、作り上げる気なんて無いもの、と暗に瞳で囁く彼女は、翼を広げて咲夜を包むようにその体を寄せる。
両腕を腰に回して優しく抱きついたレミリアは、頬をゆっくりと胸に寄せ、言葉を繋げた。
「あなたは何故、美鈴が好きなのかしら。綺麗だから?優しいから?確かにそうかも知れない。でも、それだけじゃないでしょう?」
どこか呆然と胸元の主を見下ろしてその言葉を聞く咲夜に、レミリアは軽くつま先を伸ばしてその顔を咲夜の頬に寄せる。
ぱり、と小さな音がしてレミリアは微笑み、がんばりなさい、と呟いくと、咲夜の頬に優しくその唇で触れた。
「……お嬢様……」
静かに回して抱き返そうとした咲夜の腕は宙を掻く。
蝙蝠の群は天井に昇り、「それ」は取っておきなさい、ほら、相手役が来たわ、と優しい少女の声が、そして軽やかな駆け足が廊下に響いた。
「咲夜さんっ!」
駆け込んできた足音は紅い髪を舞い踊らせて急ブレーキを掛け、咲夜の前に止まる。
意を決した目を向けるその姿に、咲夜はその名を呟いた後、思わず視線をそらしてしまった。
「……髪の色、元に戻したんですね」
頬笑んで呟く彼女の声に手を差し伸ばして確かめれば、視界の端に映る色は銀。
おそらくレミリアがあの瞬間「魔法が切れる運命」でも作ったのだろう、咲夜が己の銀の髪を静かに見つめていると、美鈴は静かに頬笑んで、少し照れたように口を開く。
「やっぱり、その色の方が咲夜さんらしいですよ」
咲夜さんらしい――
静かに、声にならないほどの小さな声で、咲夜は無意識にその言葉を繰り返した。
――らしい、ね……そうね、そうだったわ……私がどうして美鈴を好きなのか、やっとわかった……思えばなんて単純で――なんて愛おしい。
そして咲夜はす、と体を滑らせるように美鈴に一歩近づく。
「美鈴」
囁くように、瞳は真っ直ぐに。
「私はあなたのことが好きよ」
ただ素直に、自分のままに。
「あなたはありのままで生きて人の世界に受け入れられなかった私を受け入れて、微笑みかけてくれる」
彼女は受け入れてくれる。
だから私も、私を受け入れる。
「美鈴。愛してるわ!」
そして、銀は紅い影に重なった。
――唐突に告白されて抱きつかれたら戸惑う?そっちの事情なんて知らないわ。だって、私はあなたのことが大好きだもの!!
「「「「「「「「「「うおーーーっきゃーーーきたーーーーーーっっっっ!!!」」」」」」」」」」
「はいはいさっさと持ち場に帰りなさい!!」
廊下の遠い向こう側で黄色い歓声が響き渡り、二人の世界の向こう側をかぶりつきで観測するメイドの山がレミリアの羽根にはじき飛ばされる。
きゃぁきゃぁ悲鳴にも似た声を上げる娘達は名残惜しげにすごすご去って、ゆっくり出てきたパチュリーはそんな背中に口を開いた。
「……レミィ、今日はずいぶんお節介ね」
すると紅い王女は翼を広げ、背を向けたまま、ええ、と言葉を返す。
「命短し恋せよ乙女、って言うでしょう?」
何がいいって咲×めー好きな私にとって何よりもいいってことで。うん。
ぐっじょぶです。
次は是非とも、ラブコメ編、みたいなものを10個くらい連作で……え、ダメ?
ともあれ、ナイスらぶらぶでした。
それにしても甘い…
二人の時間だとかなりデレデレなのかなぁ。
・・・・・こ、小悪魔様!お願い見s
たのむ!みせてくれ!
れみりゃをころしてでも、けんぶつする <]
お幸せに~