私の―――上半身が、吹き飛んだ。
そう、それは一瞬の出来事。
余りにも人間は脆いものだと。
実感した。
けれど、理解する間も無く―――私は死んだ。
「もっ…妹紅ッ!?」
「あら…一撃、か。もっと耐えるものかと思ったんだけどねぇ…」
奴は―――蓬莱山輝夜は、微笑を浮かべた。
慧音の叫びが、周囲に響く。
そして慧音は―――輝夜を睨みつけた。
「貴様ァッ…よくもッ!!!」
「…ワーハクタク如きが。私に勝てると思っているの?」
「煩いッ!貴様は妹紅を殺した!だからッ!」
「妹紅を…殺した…?」
すると、突然輝夜は笑い出す。
余りにも可笑しくて。余りにも情けなくて。
「…あはっ、あははははははははッッ!!」
「何を…笑っているんだッ!」
「だって、当たり前じゃない。藤原妹紅は―――」
そう言って、奴は私の身体を。
上半身が消し飛んだ、私の身体を指差した。
「死んでいないし…それに、死なないもの。」
「な…に…?」
慧音は、その時何を言われたのか判らなかったようだ。
だが。
私を炎が包んだ。
そう、再生の炎だ。
「も…妹紅?」
そして、炎は私を形作る。
不死鳥の炎が消え去った後、出来上がったのは私。
蓬莱人であり―――決して死ぬ事の無い、藤原妹紅だった。
「ほら、ね?」
「…輝夜…ッ!!」
「全く貴方、まさかそのワーハクタクに自分が蓬莱人であることを告げていないなんて…」
「蓬莱…人…?」
「違うッ!」
私は、否定する。
今まで受け入れられてきた。
普通の人間として生きて、慧音に受け入れられてきた。
けれど。
私が蓬莱人だという事で―――この温もりを、放したくなかった。
「貴方は蓬莱人よ。死ぬ事も、老いる事も無い蓬莱の地に住まう者。」
「違うッ!」
「違わないわ。貴方は蓬莱人。決して死なず、もはや生きているかも曖昧な存在。」
「違うッッ!!!」
「違わない。貴方は蓬莱人。私と同じで―――死を忘れた存在。」
「違…うっ…!!」
もはや、受け入れるしかない。
自分は蓬莱人だと。
それを今まで、慧音に隠して生きてきたと。
結局私は、自分の我侭でこの温もりから手を放すのだ。
そんな時だった。
そっと、背中に温もりを感じる。
―――慧音が、私を抱きしめてくれていた。
「慧…音…?」
「輝夜といったな…月の姫。」
「ええ。」
妹紅を抱きしめながら。
慧音は叫んだ。
「…例え、妹紅が蓬莱人であろうと。
例え永遠を生きる、永遠に死なない存在であろうと!彼女は藤原妹紅だ!」
「慧…音…」
「彼女は間違い無く…私の知っている妹紅だ!それ以上、何の理由も要らない!」
「それは、それは…」
輝夜が、軽く含み笑いをする。
「大丈夫だ、妹紅。」
「慧音は…怖くないの?私が蓬莱人だって知って、どこかに行っちゃうんじゃないの?」
「馬鹿なことを言うな。大体、恐れる理由になるものか。」
「私も妖怪だ―――気にする事は無い。」
なんて奴だ。
妖怪だから?気にする事は無い?
妖怪だからなんなんだ。妖怪は不老不死じゃない。
確かに若い姿のままで人間よりはるかに寿命は長いが―――不死ではない。
妹紅と違い、いずれ死ぬ存在なのだ。
なのに。
それなのに。
彼女は―――私を受け入れた。
私を―――抱いてくれた。
もはや、恐れない。
彼女が居るなら、恐れることなんて無い。
涙が溢れる。
「驚いたわ、妹紅。貴方―――泣けるのね。」
「ああ。自分でも…驚いてる。」
それでも強気に。
私は。背中に世界で最高の、まさに蓬莱の存在ともいうべき温もりを感じながら。
その涙を、堪えようともせずに、叫ぶのだ。
蓬莱『凱風快晴-フジヤマヴォルケイノ-』
まるで、私が全ての侍どもを斬り殺した山の。
大きく天に向かって聳え立つ山の、爆発のように。弾幕を展開する。
そして、輝夜も同様に。
取り出したのは、蓬莱の珠の枝。
呟くのは、言葉。
神宝『蓬莱の珠の枝』
果てしなく、弾幕が広がる。
それは、世界を包み込むほどに。
けれど、負ける気はしない。
私には世界最高の、温もりがついている。
背中に、愛する者が居る。
「蓬莱の歴史から消えて無くなれ、月の姫!」
「永劫の輪廻に苦しむがいいわ、不死鳥の化身!」
二人の叫びが重なって。
この蓬莱の地に、弾幕が広がった―――
=Marvelous Life= 後編
走る。
ただ走り続ける。
疲れなんて感じない。もはやそんな物はどうでもいい。
「くっ…はぁっ…はぁっ…!」
情けない。
情けない情けない情けない情けない。
判っているんだ。
頭の中では判っていても、自分を抑えられない。
―――済まない。私は―――
頭の中に、響く言葉。
もういい。わかってる。
だけどこの気持ちを抑える事なんてできない。
わかってるわかってるわかってるわかってる。
―――お前の気持ちに応える事はできない―――
ああそうだ。
慧音が半人半獣で、妖怪だとわかっている。
それでも好きだった。
―――いや、今でもか。
本気で、彼女に恋をした。
妹紅に後押しされて、踏み切る事ができた。
そして、もし振られても仕方ないと割り切ろうと思った。
―――なのに。
今、俺は何をしている?
ガキみたいに、こうやって先の見えない森の中を彷徨って走っている。
自分がどこを走っているのなんて判らない。判らない―――。
彼女が、自分が妖怪だからという理由で自分を振った。
けど、それだけでは納得できなかった。
できないから。
できなかったから。
こうやって、何も考えずに走り続けている。
妖怪だからって、俺は構わない。
慧音さんは、慧音さんだ。
それ以上の言葉なんて要らない。
―――俺は、慧音さんが好きだ。
走り続ける。
もはや自分にできる最後の抵抗。
無駄だと判っていても、本能は理解しない。
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。
それの、何が悪いんだ。
―――結局、慧音さんは俺を男として見てくれていないんじゃないかっ!
叫んでいた。
そして、走った。
馬鹿だと。愚かだと。
…自分でも、思わずにはいられない。
あの一瞬。
とても悲しげな顔を見せた慧音さんがいたのに。
俺は―――
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
足を、止める。
もう、動けない。
ここがどこだかも、判らない。
ただ、森の中だと。
自分は、単なる馬鹿だ。
自分は前に進んだけれど、結局は恐れた。
妹紅に見下されるのは、間違い無いだろう。
空を見上げる。
夕日はもはや半分が隠れている。
そして東の空はもう真っ暗だった。
「…はぁ…はぁ…」
息は落ち着いてきた。
しかし、心はまだ落ち着かない。
乱される。
何も、考えたくなかった。
でも、思い出されるのは彼女の笑顔。
眩しいぐらい優しくて、みんなを安らげてくれる愛らしい笑顔。
忘れたい。
けど、忘れたら一生後悔する。
忘れたくない。
けど、忘れなければ一生苦悩する。
「くそぉっ…くそぉっ…くそぉっ…!!」
自分に腹が立った。
どうしようもなく、情けない自分に。
そしてそのまま、しゃがみこんで膝を抱えた。
―――もしこのまま自分が死んだら―――
母さんは、悲しむだろう。
妹も、悲しむ。
けど。
慧音さんはどうだろう。
俺を大切にしてくれた。でもそれはあくまで『人間』としての俺かもしれない。
『男』として。俺としての俺は、彼女は見てくれていなかったかもしれない。
だから、悲しんでもらえないかもしれない。
それだけで、嫌だった。
覚えてもらいたい。
一緒にいたい。
ずっと。ずっと。
―――好きだから。
我侭かもしれないけど。―――本当に、好きだから。
―――出てくる涙を、堪える。
情けない。本当に情けない。
そして、そのまま柊は顔を伏せた。
ガサッ―――
「―――!」
草の根を分ける音。
柊は、思わず顔を上げる。
「慧音さん…?」
その女性の名を呟く。
それは、希望に過ぎなかったが。でも。
けれど―――それは、違った。
返事が返ってこないのはともかく―――
それは、彼女のシルエットではない。
「誰だ―――!?」
思わず、立ち上がった。
そして―――
ガサァッ!!
―――それは、姿を現した。
ただの、人間の男のようだった。
年齢は二十歳前後だろうか。
けれど。
柊は恐れを隠さずにはいられない。
歯がガタガタ鳴る。
足は動かない。
もはや―――声は、出てこない。
「―――こんな所に、人間のガキがいるとはな。」
―――その男の爪は、
まるで、刃のようだったから―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
森に、悲鳴が木霊する。
=====
「くっ…柊ッ!どこだっ!?」
慧音は、森を走り続けていた。
柊がここに入っていった時、もはや何も考えられなかった。
ただ柊を守ろうと。その思いだけで走っていった。
―――柊に告白された時、
知らされていたとはいえ、やはり頭は真っ白になった。
けど、答えた。
彼の思いに応えられない事を、告げた。
―――俺の事が、嫌いなのか―――
―――違う―――
―――俺は、慧音さんが好きなんだっ!―――
―――判っている―――
―――結局、慧音さんは俺を男として見てくれていないんじゃないかっ!
―――ッ―――!!―――
その言葉とともに、柊は森の中に走って行った。
頭に、あいつの言葉が響く。
―――私は馬鹿だ。
あいつの気持ちを、理解しても。
あいつの問いに―――答えられなかった。
そうだ。
私が守りたいのはあくまでも『人間』としての柊。
彼に男を意識した事など、一度も無い。
当然だ。
―――私は妖怪だから。
人間と一緒になるなど、あってはならないから。
馬鹿だ。
私は、最低の女だ。
人一人の言葉に答えられなくて、何が守るだ?
結局、私はあいつを傷つけただけだ。
傷つけて―――そして―――何もできなかった。
最低だ。
と、我ながら思う。
それでも、走らずにはいられない。
当然ながら、慧音は夜の森に何が出るかぐらい知っている。
腹を減らした妖怪などに柊が見つかったら、最悪の事態だ。
そこで改めて、自分は最低の女だと思った。
こんな状況において、『人間』としての柊の命を考えている。
『男』としての柊の気持ちなんか、考えていない。
相成れないと判っていても、慧音は人間を守り続けた。
守ることで、人間が安心するなら。
それだけで頑張れた。
しかし、違う。
相成れないと感じていたのは、自分だけだった。
ああやって柊も、里の人間もみんな。
―――そして、妹紅も。
妖怪と知って、受け入れてくれた。
それを知って、柊も私を好きになってくれた。
―――私は自分から、心に壁を作っていた。
その事を今、改めて感じた。
今は思う。
謝りたいと。
ただ一言。柊に謝りたいと。
「柊ッ!どこだっ!私はッ―――!」
叫び続ける。
そして。
聞いた―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ッ!?柊ッ!?」
その絶叫を耳にする。
そして、その場所を声の方向から察知した。
「こっちかっ!」
ただ走り続ける。
彼自身に謝るために。
人間ではなく、彼を彼として守るために。
慧音は、その足を速めた。
=====
シュッ―――!
その腕が振られる度、木が倒れていく。
それも、一瞬でだ。
「うぁ…ぁあ…!」
柊は、ただ恐怖を感じるしかなかった。
その目の前で起きている事実に。
「ほら、もっと逃げろよ人間ッ!」
その両手が空気を薙ぐ。
それだけで、その爪は。刃は木を切り倒すのだ。
男―――いや、その妖怪はもはや目の前の人間を見るのを楽しく感じているようだった。
人間の恐怖を生き甲斐にして、それを見るために今、こうやっている。
だが―――
「いい加減…飽きてきたな。」
「ッ…!?」
その妖怪は、柊を睨みつける。
もう、声も出ない。
身体も動かない。
涙が止め処無く溢れる。
恐怖心―――
妖怪は、その長い爪を構える。
そして、言った。
「喰い易いように、切り刻んでやるぜ。感謝しろ。」
その言葉とともに。
絶叫が。
響く。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
誰か。
助けて―――
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
刹那。
歴史が、動く。
終符『幻想天皇』
何も無い空間から放たれたのは、何百にも瞬く歴史の光。
その全てが刃となり、その妖怪へと放たれる!
「ぐぁっ!?」
突き刺さり、悲鳴を上げて吹っ飛ぶ妖怪。
光り輝く刃は幾多にも突き刺さる。
そして―――
「―――無事だったか、柊。」
「慧音、さん…!」
柊の前には、慧音が立っていた。
スペルカードを握り締めた、その状態で。
そして慧音は、しゃがみこんで柊と目線を合わせた。
柊はびくッと、身体を震わせる。
だが、慧音は服のポケットから一枚の布を取り出し―――
「…大丈夫だったか?怪我はしていないか?」
とても優しい、いつもの笑顔で。
柊の、涙と、鼻水などを拭いた。
柊はその状態に、ただ身を任せるしかなかった。
「慧音さん、どうして…」
「…済まない、柊。」
「え…」
「私が、馬鹿だったから…お前を、傷つける事になってしまって。」
悲しげながらも、必死に笑顔を作って言う。
「そんな事…無い。俺は…俺も…馬鹿だった…から…」
「…優しいんだな、柊は。」
「え…?」
「ありがとう。」
そっと、柊を抱く。
優しく。まるで包み込むように。
「け、慧音さん…?」
柊は、そのまま身を委ねる。
温かいと、思った。
まるで、実の姉のような。
―――優しい、温もりを感じた。
「…やってくれるじゃねぇか。ハクタク女。」
「…ッ。」
慧音と柊が抱き合っていると、慧音の後ろから声がする。
慧音はそれを聞き、柊を放すと立ち上がって妖怪を見た。
「人間の里を守っている、ワーハクタクだな?」
「ああ。それがどうした。」
「お前は邪魔だ。俺が人間の里を襲う際にはな。」
「…ほう。」
ごく普通に、言葉を返す慧音。
もはやその言葉にすら余裕がある。
「だから、ここで消えて貰う。」
「言うな…ただの雑魚が。」
瞬時に。
その腕が放たれる。
そして、爪は慧音を狙い―――!
バシィッ!!
慧音は、その動きを見ずに、止めた。
右手一本で、その瞬速といえる長い爪を。
「この程度か?ならば―――」
慧音は、開いた左手でスペルカードを抜く。
目の前に掲げ、その名を叫ぶ。
野符『GHQクライシス』
世界が。
否、彼女の言葉を言うならば歴史が動く。
幻想郷の歴史を包むように、数多くの弾幕が彼女の周りにはられていく。
当然ながら、それは彼女を守るものではない。
敵を、破壊するためのものだ。
色鮮やかな。血の色に染まった弾幕が。
その妖怪を―――包み込んだ!
「何ッ…!?」
流石にここまでの弾幕は予想していなかったのだろうか。
妖怪は少し驚愕の声を上げる。
そして―――!
ズシャズシャズシャァッッッッッッ!!
「ぐぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!???」
身体を、貫く。
その全てが。
血が吹き出、その世界をも赤く染め上げる。
「柊、眼を瞑っていろ!」
「は、はいっ!」
そして、そんな時にでも決して柊への言葉を忘れない慧音。
言われたとおり、柊は眼を瞑る。
あまりにも子供にとっては残虐な図だ。
(倒したか―――?)
ほとんど、勝利は確信している。
ただの妖怪ならば、この弾幕を食らえばほぼ確実に倒れるだろう。
博麗の巫女でもない限り、この弾幕を完全に避け、無事でいるのは無理だ。
だが―――
「くそっ…このハクタクがぁっ…!」
「ちっ…まだ倒れないか。」
確実に倒したと。思った。
全身が血まみれとはいえ、その妖怪はより殺意を強くして慧音を睨みつけた。
いや、雑魚妖怪とはいえ少し手加減した自分が悪かったのかもしれない。
はっきり言って、先程のスペルカードは全力を出せば確実に敵を潰せた。
だが。
できる事ならば殺したくない事から、手を抜いて放った。
(やはり、最終手段としては―――)
潰すしかないと。
そう考えた。
しかし―――
「テメェは馬鹿だな、ワーハクタク。」
「…何?」
不利なはずの妖怪から、そんな言葉が出る。
慧音は思わず睨みつける。
「その状態の貴様の口から、そんな言葉が出るとはな…」
スペルカードを、再び構える。
今度は、手加減するつもりなど毛頭無い。
確実に柊を。人間の里を守るために、叫ぼうとした。
だが。
妖怪の口から、出た言葉。
「今日が、どういう日か、すっかり忘れてやがるな。」
「何―――それは、どういう―――!?」
刹那。
力が抜ける。
そう。
何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
けれど。
慧音の身体から、戦うための力が。
―――無くなる。
思わず、膝を地面に突く。
それを妖怪は、面白がって見た。
「くくくッ…今日は、何の日だ?」
「まさかっ…くっ…!」
慧音は、力を振り絞って空を見上げる。
―――月が、無い。
そう。
今宵は―――新月だった。
妖怪は、月の力に頼っている。
無論それだけではないが、月の力が妖怪に多大な影響を与えるのは事実だ。
だからこそ、普通月が出る時にしか妖怪は動かない。
特に満月の時は妖怪の世界になるといっても過言ではないだろう。
だが。
その逆に、もし新月だとすれば。
月の力が全く与えられない状態になれば、妖怪の力がなくなるのは必然。
もし太陽が出ているならば、太陽の僅かな力を得られるだろう。
しかし太陽が沈めば―――もはや、妖怪に力を与えるものは何一つ無い。
その状態では、人間より多少強い程度の力しか出なくなる。
「情けねぇな、ワーハクタク。」
「く…そっ…!」
膝どころか―――地面に、手を付いた。
もはや、立ち上がる力すらも出すのが辛くなっている。
「ほらよぉっ!!」
「―――ッ!!!」
妖怪から放たれる、爪とは言いがたい刃。
慧音はそれを避けようとする―――!
が―――
普段なら簡単なはずのそれすらも避けきれず、僅かに、慧音の頬を掠める。
そして、慧音の頬に、赤い筋が浮かんだ。
柊はその様子を見て、思わず駆け出そうとする。
「慧音さんっ!」
「おっとっ!」
「!」
すっと。
一瞬の事であった。
柊の目の前に、妖怪の爪が僅か半寸のところで止まっていた。
柊はただそれだけで、動く事はできなかった。
「お前はこのワーハクタクの調理が済んだら―――ゆっくりと、味わって喰ってやる。」
「それとも―――先に、死ぬか?」
その言葉で、動けなくなる。
こんなにも。
守りたいというのに。
好きだと―――言うのに。
「やめろっ!…柊、私に構うなっ!!!」
「ッ…!!」
「ほう…賢明な判断だな。」
戦意を失ったと判断される。
そして、妖怪は再び慧音にその爪を向けた。
「安心しな。貴様を殺すまで、このガキは生かしておいてやる。」
―――宣告。
この言葉が何を意味するか、柊は理解した。
間違いない。
こいつは間違い無く―――最後の最後まで、慧音をいたぶるつもりだと。
新月の夜は、始まったばかりだった。
=====
妹紅は、その森の中を走っていた。
飛んだら余計に見失う。
そう考えての判断である。
空を見る。
もう、太陽は沈んでいた。
「今日は、新月か―――」
月の出ていない空を見て、ふと呟く。
別に何かを意識していたわけじゃないが、なんとなく口を付いて出た。
「慧音…柊…無事だといいけど。」
柊母にああは言った物の、やはり自分も心配ではあった。
そして、ずっと森の中を駆けて行く。
その時だった。
「…!」
声が聞こえた気がした。
そう、いつも聞いている優しい声。
何かを守るために、必死になる声。
彼女しかいない。
「慧音ッ!」
叫び、走る。
私が蓬莱人であることを、彼女は受け入れてくれた。
その時に彼女がなんていったか。
今でも、覚えている。
―――私も妖怪だ。気にする事は無い。
その時妹紅は思う。
ああ、こいつは最高の馬鹿だと。
不老不死の人間と妖怪なら釣り合う物なのだろうか。
いや、釣り合う筈が無い。
でも。
その言葉とは即ち。
―――私が蓬莱人だという事が、関係ないことだとわかった。
つまるところ、彼女は私が何であろうと気にしなかった。
私が蓬莱人であることに触れもしなかったし、気にも留めなかった。
そりゃ確かにそれを知ったから人間の里に連れて行かないようにしたけど。
―――けど、彼女自身はそれについて触れなかった。
だから。
今まで守ってもらっていたから、守りたい。
慧音の為に、なりたいと。
「慧音ッ…!?」
ようやく慧音を見つける。
だが―――彼女は倒れ付していた。
しかしその倒れ付した状態で、全身から血を流しながらもなお立ち上がろうとしていた。
そして彼女の前にいるのはその尋常ではない爪を持った妖怪らしき男。
無残にも、慧音は彼の前に屈していた。
しかし、解せない。
普段の彼女ならば、通常の妖怪ぐらいならば余裕で勝てるはずだ。
なのに、どうして―――!
そこで、ふと思い出す。
―――いいか、妹紅。
つまり、妖怪は新月では真の力を発揮できない。
寧ろその力は普段と比べると圧倒的に弱まり、もはや人間ランクの力しか出せなくなる。
―――じゃあ、新月の時は慧音も弱くなるの?
―――ああ。
普段の十分の一…いや、もしかしたらその程度も出せなくなるかもしれないな。
そうだ。
今日は新月。
ならば、彼女が負けるのも無理は無いが―――
(何で、あの妖怪は普通に立っていられるんだ―――!?)
そう。
同じ妖怪ならば、新月の影響を受けるのも必然のはずだ。
なのにその妖怪は、あまりにも普通に慧音を見下して立っていた。
だが。
それを考え付く間もなかった。
慧音に―――その爪が、振り下ろされようとしていたのだ。
「慧音ぇぇぇッッ!!!」
もはや、妹紅に自分を抑える事などできなかった。
ただ、彼女の名を叫ぶ。
―――大切な者を守る為に。
=====
「くッ…はぁっ…」
「ほう…ここまでしぶといとはなぁ。」
慧音は、すでにうつ伏せになって倒れていた。
しかし、その意識はいまだ途絶えていない。
その証拠に、その状態でもまだ自分の両腕を使って立ち上がろうとしているのだ。
柊は、ただその姿を見ていた。
「がぁっ…まだだ…まだ…!」
「本当に…しぶとい奴だっ!」
口から血を流し、所々服が破けている。
そしてそこから見える素肌すら、血の色に染まっていた。
それでも妖怪は、その爪を振るう。
ザシュッ!
「がっ…!」
その爪は、慧音の背中の中心を突き刺す。
―――もはや、言葉すら出すのが辛い。
彼女の身体は極限まで追い込まれていた。
指を動かすのが辛い。腕を上げるのが辛い。
もはや、意識など当の昔になくなってもいいはずなのだ。
だが―――
「もう倒れたのか?仕方ない…残りはこのガキだけだな。」
「―――!!」
妖怪の言葉が、そうやって柊に向けられる。
その度、慧音は意識を無くさない様に耐える。
「そいつに―――手を―――出す―――な…」
「…ふん、本当に頑張るなぁ。」
そういって、妖怪はしゃがみこむ。
そして慧音の髪を掴み―――顔を上げさせた。
慧音は意識と保たせるように、目を開いていた。
「いい女だ。殺すのが惜しいぐらいにな。」
「…ッかぁ…」
もはや、そうされても声も出ない。
意識を保とうとするので、精一杯だった。
慧音はもはや、捨てられた犬のように弱い眼を、妖怪に見せた。
「なぁ、俺の女になる気は無いか?そうなれば、あのガキを生かしておいてやる。」
「なッ…」
妖怪の言葉に、思わず耳を疑う。
そんな事、あるものかとも思う。
―――けれど。
柊が生きるためなら。
私は、この身を捧げても―――
「…本当…か…?」
「ああ、俺は嘘は吐かない。」
ならば。と。
慧音は思う。
私がどうなろうとも、柊さえ生き残ってくれれば構わないと。
慧音は―――力弱く、頷く。
そうする事で、柊が助かるなら―――と。
そして妖怪は、にやついて言った。
「賢明な判断だな。ワーハクタク。」
「…だぁ…から…あいつ…には…」
「…ああ、手を出さないで―――」
言った時だった。
「でぇりゃぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「!?」
ガァッ!!
妖怪の後頭部に、太い木の棒がぶつかる。
いや、ぶつかるというよりは―――それで、殴られた。
「ひぃ…ら…ぎ…!?」
「この…クソガキがぁっ!!」
妖怪は、怒り狂い柊を吹き飛ばす。
そのまま、近くの木にぶつかる柊。肺を打ったのか、思わず咳き込む。
「は、話…が…違う…」
「今のは向こうから手を出した。それだけだろう?」
そういって、柊を睨みつける妖怪。
そして柊は、どうにか持ちこたえて言った。
「殺すなら…俺を殺せ。」
「ッ!ひい…らぎ…!!」
突如放たれた言葉。
慧音は、その言葉に衝撃を受けた。
「俺は…慧音さんが好きだっ!俺のせいで、慧音さんが死ぬんだったら…俺を殺せッ!」
「ひぃ…らぎ…やめ…ろ…!」
慧音は、もはや出ない声を必死にひねり出す。
―――朦朧としている意識を保ち、叫び続けようとする。
けれど、柊の耳にその声は届かない。
否、彼はそれを受け入れる事を拒んだ。
彼女を本気で、愛しているから。
それを聞いて、その妖怪はまるで嘲るように笑う。
「くっ…はっはは!人間のガキが、こんなワーハクタクに惚れるか!
だが、所詮この女は妖怪!貴様たち人間が恐れる―――」
「黙れぇッ!」
「なッ…!」
柊が、叫ぶ。
―――もはや、恐怖など無い。
恐れる事など無い。
彼女を守る。
その為ならば―――
「だからどうしたって言うんだ…妖怪だから?人間じゃない?
そんなのは、ただの言い訳だっ!ただの逃げだッ!」
「なん…だと?」
「俺は―――その人が好きだからっ!こうやって守るんだッ!」
―――そうだ。
それ以上の感情はいらない。
守りたいから。好きだから。愛しているから。
全て流れに身を任せた感情で構わない。
それやってでも―――守りたい人が居る。
それが、彼の幸せだった。
「ガキが…守れるほどに強くもねぇ癖に!」
「ぐっ!」
「調子に、乗るんじゃねぇぇぇぇぇッッッ!!!」
そして、それがその妖怪の堪忍袋の尾を切れさせた。
腕を振るい、爪を放つ。
それだけで、子供一人を吹き飛ばすには十分すぎるほどだった。
「がぁっ…!!」
「ひぃら…ぎっ……ッッ!!」
吹き飛ばされ、どさっと言う音と共に、柊が倒れる。
慧音はその姿を見て、思わず叫んだ。
しかし、その今にも消え入りそうな声に反応するものは居なかった。
「気が変わった…」
「な…に…?」
「お前を物にする前に、あのガキを殺してやる。」
「ッ…!!はな…しが…ちが……ッ!!」
倒れている柊を睨みつける妖怪に、慧音が声を詰まらせる。
―――ふざけるな。約束が違う。
言おうとして、言えない。
もはや口には何かの突っかかりでもあるんじゃないかと思うぐらい、何も声がでない。
そして、柊はゆっくりと立ち上がった。
「あのガキも、いい根性だ。だが…不幸だったな。」
「ひぃら……ぎっ…逃げ…ッッッ!」
声が出ない。
出て欲しいのに。
どうして。
「慧音…さんッ!!」
「地獄で後悔しなッ!」
その妖怪が、腕を振り下ろす。
慧音には、止めることなどできない。
できない、はずだと。
その妖怪は確信していた。
けれど。
光が、溢れる。
夜なのに、一瞬だけ大きな光が、世界を包む。
いや―――歴史を。
その歴史を全て曝け出すかのように。
輝いた。
未来『高天原』
慧音が放つ最後のスペルカード
それは過去の歴史を照らしだす未来の光。
包むは邪悪。
歴史を変えるほどの
未来を
作り出す、光。
「なッ…ぐぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
その妖怪を、消し去るほどに強力。
その光はより輝き、新たなる歴史を作ろうとして―――
―――消える。
ここまで来て。
慧音の身体が持たなかった。
もはや限界。
意識を保つのに全力を使うのが、精一杯だった。
もはや、指一本動かせない。
その妖怪は、もはや肌などに焦げ後や傷跡などが多数ついた。
しかし、致命傷となる一発が無い。
放った奴に気付き、思わず慧音を見下ろす。
「テメェか…楽にしていれば、命だけは見逃してやろうと思ったのによ…」
「……ぁ…ひ…ら……ぎ……ぶじ…」
完全に朦朧とした意識。
もはや、何かを理解する事すらできない。
「完全に殺してやるよ。今からな。」
妖怪は、完全に殺気立った瞳で倒れた慧音を見る。
そして、その腕が振り上げられた。
―――ああ、私は死ぬのか。
慧音は思う。
誰一人守れなかった。
誰一人守ってやれなかった。
人間を。
誰よりも愛しているなど。
所詮は。
浅はかな考えなのかと。
身を委ねる。
全てに。
私の知る、
歴史に―――
この身体を―――
意識が消え入りそうになるその時。
声を、聞いた気がした。
力強くて。
優しくて。
誰よりも。
何よりも。
私の。
愛している。
人間の―――
「も…こ……う…?」
その人間の名を呟いて。
慧音は意識を失った。
=====
「…誰だ、お前は。」
「…」
慧音が完全に倒れ伏した時。
慧音とその妖怪の間に入っていったのは、妹紅だった。
「誰だって、聞いてるんだ―――」
「黙れよ。」
一瞬の事。
通常の妖怪にとっては眼にも留まらぬ。
いや、放ったのさえ確認できないほどのスピードの拳をその妖怪の顔面に―――叩き込む。
「がはっぁ!?」
そして、妖怪は吹っ飛ぶ。
妹紅はそれを見るまでも無くしゃがみこんで、慧音を抱き起こした。
その顔はいつもと違って、悲しげで、弱くて、情けなくて―――
見た事の無い、涙すら―――流していた。
「慧音…」
「……も…こぅ…」
慧音は、うわ言のように呟く。
いや実際にうわ言なのだろう。
彼女に、意識は無い。
もはや、そうやって妹紅の名を呟き続けるだけだった。
「柊。」
「な、何だ…?」
「慧音を連れて、急いで村に戻れ。」
妹紅は、いつもと違って冷たい口調で言い放つ。
流石にその言い方に憤りを覚えたのか、柊も言い返す。
「何言ってるんだよ!?もこが、あんな化け物に敵う筈…!」
「だから、お前たちだけでも逃げろって言ってるんだ。」
言う。
―――確かに、柊の力では太刀打ちできない。
そして、慧音はすでに戦う事すらできない。
「私が時間を稼ぐ。逃げろ。」
「でっ…でもっ!」
「煩いッ!慧音の事を好きなら、すぐに慧音を連れて逃げろッ!!」
鬼神のような、表情。
もはやいつもの妹紅ではない。
柊はそれを直感した。
そして柊は妹紅のほうに駆けていった。
「柊…持っていけるか?」
「判らない…けど、やってみる。」
「ああ、その意気だ。…慧音を、任せた。」
「ああっ!」
妹紅は最後に柊に笑顔を見せて、頭に手を置く。
そして柊は、慧音を肩に乗せる形で、引きずりながらゆっくりと妹紅から遠ざかっていく。
「…頼んだぞ。」
呟く。
そして、その声に同調するかのように―――
ヒュッ―――!
妹紅の髪を、切り裂く刃。
髪の一房が、パラパラと空中で舞い、地面に落ちていく。
「なかなか…いい一発だったぜ?」
「それはどうも。」
妹紅はポケットに手を突っ込んで、立ち上がる。
その妖怪の眼を、見る。
―――腐った眼だ。
直感的に、感じる。
こういう眼をした奴に、碌な奴は居ない。
「あのワーハクタクとガキは?」
「私が、逃がした。」
「…やってくれるじゃねえか。」
妖怪が妹紅を睨む。
そして―――
空中を、裂く音。
まるで空気が斬られたかのような音を立てる。
それは即ち、その妖怪が振り下ろした刃の如き爪。
当然ながら、標的は―――妹紅。
だがしかし。
その動きをさも当然の如くかわす妹紅。
この程度で捉えられるほど私は弱くないとでもいいたげな表情。
あまりにも普通すぎる動きで避ける。
「この程度?」
「くッ…なめるなぁっ!」
―――激情。
戦闘では一番合ってはならない感情だと妹紅は思う。
怒りに身を任せるなど、戦い方としては不適。
常に冷静になって、大局を見渡せるほどの力量が必要だと思う。
―――最も、『あいつ』相手じゃ無理だと思うけど。
と、心で付け加える。
「その程度で―――」
「!?」
「私を打ち落とせると、思うなッ!」
ポケットから抜く、両手。
その二つを何かを握り締めるようにして―――放つ。
一発、二発、三発、四発。
ああ、五発目からは数えるのも面倒になった。
その全ては、まるで火の様に。
一撃一撃が、全てを灰へと変える炎のように、放たれる。
当然ながら、一発たりとも外す気は無い。
「ぐぉっ…がはぁっ…!」
「感じろよ…あいつの痛みを…ッ!」
そうだ。
一生忘れないに違いない。
「お前は、私を本気で怒らせたんだッ…!」
いつも、優しくて。
温かくて。
家族のように、接してくれた。
そんな慧音を―――
「慧音を、お前は泣かせたんだッ!!」
思いの丈を、ぶちまける。
もはや自分も冷静じゃないのかもしれない。
けれど、こうせずにはいられない。
慧音を。
誰よりも、私にとって大事な慧音を。
―――こいつは、泣かせた。
それだけでも、十分殴り続ける理由にはなった。
拳を止める。
もはや、これ以上殴り続けても、無駄かもしれない。
そう思った。
だが―――
シュン!シュン!
「…ッ!!!」
油断は、大敵だ。
元気とは言えないが、その妖怪は普通に立ち上がり、その刃を振るった。
そして―――右腕が、吹き飛ばされる。
血が溢れ出る。
痛い。苦しい。
「やって…くれやがったな、テメェぇぇぇぇッッ!!!」
―――激情は限界まで来ると力にもなるのかもしれない。
あくまでも妄想だが。
『窮鼠猫を噛む』という言葉がある。
つまり、私が猫で、こいつが鼠と言う事なのだろうか。
しかしまぁそれでは私が負ける。負ける気は一切無いが。
―――刃
今までのものとは比べ物にならない。
だが、通常ならば確かにこの程度は放てるはずだ。
ただこの妖怪が、腕を振り回せばいいのだから。
しかし―――先程の事について、やはり疑問が残る。
それは、先程の連続拳。
通常、あれだけの連弾を喰らえば、慧音ですらも倒れるはずだ。
しかし、この男は慧音より弱いはずなのに―――倒れない。
いやまずそもそもが可笑しいのだ。
新月の時には、妖怪は真の力を発揮できないんじゃなかったのか?
いや真の力どころか、いつもの十分の一も発揮できないんじゃないのか?
この男―――何者だ?
「うおりゃぁぁぁっ!!」
「ッ!!」
そこで、思考を現実に引き戻す。
―――疾い。
その全てがまるで空間を包み込むように放たれている。
この全てを回避する事は―――不可能。
次は―――左腕を持っていかれる。
肩から下が、切り裂かれた。
これで、両腕を無くした。
それを見て、その妖怪は満足そうに笑う。
「…くっくく…いい姿だな。」
「…」
痛い、痛い、痛い、痛い。
その言葉を胸に抑える。
言ってしまっては、負けのような気がするから。
「折角の容姿が…台無しだな。」
「…あんた。」
「ん?」
妹紅が口を開く。
最高の笑顔を見せて。だ。
「腐った眼をしてるなって思ったけどさ―――ちょっと訂正するわ。
あんた―――心の底から、腐ってる。」
「なん…だと…ッ!?」
怒りに打ち震える。
―――やれやれ、単純だ。
こうやると、すぐに向かってくるなんて何て情けないことか。
そして―――放たれる刃。
「腕が無いからって、弱いと思わないでね?」
「ッ…!?」
妹紅は、それを避けるようにくるっと後ろ宙返りをする。
そして―――重力でポケットから落ちてくる、スペルカード。
それを宙に浮いたまま通常の体勢に戻って、自分の胸元辺りまで蹴り上げる。
そして―――叫ぶ。
不死『徐福時空』
それは、妹紅を包み込む時空。
それは、妹紅から放たれる徐福。
弾幕の中へと、誘う不死。
全てを彼女の作った結界が包み込む。
「しゃら…くせぇっ!!!」
妖怪は、それを物ともせずに妹紅に刃を放つ。
だが―――
シュボゥッ―――!
その弾幕に触れる度。
まるで。
全身か焼けるかのような炎が、肉体を包む。
「なッ…」
「ここで死ぬのが、一番の幸福かもよ?」
妹紅は諭すように言う。
燃える時空。
それは余りにも儚いけれど、死なない物。
それは消えない悲しき定めとも言うべし物。
徐福―――
与えるは紅に染まる者。
そして、妹紅は叫ぶ。
「諦める気は…無いみたいだねっ!」
「…諦めるだぁっ?」
その妖怪は、宙に浮かぶ妹紅を睨みつける。
「この程度で…死ねるかよッ!!」
刃を、放つ。
それこそ、無尽蔵にだ。
その時だった。
「この結界は―――」
「ッ!?」
「邪魔だぁッ!!!」
刃を振るう。
しかし、対象は妹紅ではない。
妹紅を包み込む―――その時空そのもの。
弾ける。
空間が弾けて、元の夜となる。
月の出ない夜に。
(…どうして、こんなに力を出せるッ!?)
妹紅は落ち着きながらも、考える。
そう、新月だ。
何度も思っているように、新月の時にこんなに力を出せる妖怪なんかいないはずなのだ。
なのに。
なのにどうして。
―――その状況で、私の作る結界を破る事ができる!?
そうまで考えた。
だが。
「―――はぁっッッ!!!!!」
「―――ッッッ!!!!」
理解するのが、一瞬遅れた。
妹紅の首筋にまで、刃は迫っていた。
この距離から避けるのは、不可能だ。
(拙いッ―――!)
思ったときには、もう遅かった。
妹紅の首は、綺麗な放物線を描き。
月の出ていない夜空に、舞った。
=====
死ぬ時は、いつもこうだ。
真っ暗で、何も見えないときから始まる。
そして―――生まれるのだ。
今は亡き、母さんと、父さんの顔。
けど、私は望まれた子供じゃなかったらしい。
だから、父さんは私が生まれた事を隠した。
そんなに力を入れて育てる事も―――しなかった。
それでも、遊ぶ時はちゃんと遊んでくれた。
母さんも一緒に。だ。
そうやって、屋敷の中で隠れて暮らす生活だったけど。
―――楽しかった。
そして、ある日に景色は移る。
父さんが、あの女に求婚をした日だ。
父さんは、赤っ恥を掻かされて帰ってきた。
そして、藤原一族の中で、父さんの評価は最悪な物となった。
その日以来―――私はあの女を。輝夜を憎いと思った。
そして次の景色だ。
輝夜を迎えに、月の使者が来たという。
わざわざ輝夜を守るために、帝は千の兵を集めたという。馬鹿みたいだ。
そしていざ月の使者が来ると―――あっという間に、ばったばったと倒れていく。
このまま、輝夜は月に帰るものかと思った。
けれど、予想とは違っていた。
月の使者の一人―――永琳と名乗る女が、他の月の使者を殺し始めたのだ。
全員だ。
月からの使者は、永琳一人しかいなくなった。
輝夜は永琳に連れて行かれそうになった。
だから私は飛び出した。
自分に似つかわしくないほど大きい刀を持って。
けど、勝負は一瞬でついた。
永琳の放った弾幕が―――私を捉えたのだ。
あいつは私を殺そうとしなかった。
輝夜はそれを不満そうに思っていたが、永琳はどうにかなだめた。
そして永琳は、壷に入った薬を残して、輝夜と共にどこかに消えた。
そして―――
富士の山。何故か薬を貰った人間たちは、
ここの噴火口に薬を捨てようとしたのだ。
何を考えている。馬鹿らしい。
口止め料として折角貰ったものを、自ら捨てる馬鹿がいるものか。
私は刀を握り、その連中に斬りかかった。
そこにいた者は全て。一人残らず、斬り殺した。
いや―――斬り殺すことができたといったほうが正しいかもしれない。
なぜなら、私も斬られ返されたからだ。
しかし、最初の飲んでおいた薬のおかげで、死ぬ事は無かった。
その事が誰にも知られないように、私はそこにいる全員を斬り殺すことができた。
帝も含めて、だ。
さらに、景色は移り変わる。
どこだかわからないところを、私は歩いていた。
そう、かれこれ七百年程だ。
誰にも触れられないように。たった一人で生きてきた。
その方法は勿論窃盗だのなんだの。
けれど、ある日だった。
へんちくりんな帽子をかぶった人間に会った。
よくそんなものを頭に乗せて歩けるね。とか思った。
そいつは私に優しく語りかけてきた。
みずぼらしい服装だったから、きっと気の毒に思ったんだろうと思った。
別に、人間の施しは受けたくなかった。
だからそこで拒否した。
けど、何故かそいつは私にまとわりついてきた。
―――違う。
私が、纏わりつかれるのが嫌じゃなかったからだ。
数百年間一人で生きてきた。
寂しかった。けど涙なんて流さなかった。
一人で生きていけると、思っていたからだ。
けど、そんなのは所詮理想に過ぎなかった。
私はやはり人間だと、思った。一人で生きていける事の無いのが、人間だと。
そいつに抱きしめられた時、涙が止まらなかった。
私を気にかけてくれる人がいる。
私の事をこうして抱きしめてくれる人がいる。
それだけで―――幸せを感じた。
そして、私は蓬莱人になって初めて―――泣いた。
その人間は―――上白沢慧音と、名乗った。
そして―――しばらく経った日だ。
まだ、慧音には自分が蓬莱人であることを明かしていなかった。
そんな日に、見知った顔の奴を見た。
蓬莱山、輝夜―――
私は自分を抑えきれず、輝夜へと向かった。
しかし。
一瞬で、消された。
だが、私は蓬莱人だ。
消されようと、燃やされようと、地獄の底に落とされようと。
現世に戻ってくる、蓬莱人だ。
慧音は、初め驚いた表情をしていた。
私は、嫌われても仕方ないとも思った。
けど、やっぱり慧音は私を受け入れた。
蓬莱人であることを知っても、私を抱きしめてくれた。
私は、また泣いた。
慧音の胸で。大きな声で泣いた。
こうやって本当に私を愛してくれる事に、本当に幸せを感じた。
ああそうだ。
死ぬときはいつもこうだ。
死んだ時に、こうやって輪廻を繰り返す。
記憶の輪廻。
一生纏わり付くのかも知れない、地獄のような輪廻。
この記憶が消える事は無いだろうと、自分でも思う。
そして、無くしたくないとも、思う。
そして、輪廻を繰り返し。
私はまた―――生きる。
死んでも死なず、死のうとしても死ねず。
死んで死に死に死に死んで死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死んで
生きて生き生き生き生きて生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き生きて
もはや何度死んで、何度生きただろう?
―――数えるのも億劫になった。
私は、死んでいるのだろうか、生きているのだろうか?
―――自分の存在さえ、わからなくなってくる。
それでも、また私は生き返る。
けれども思う。
死んでいない人間は、生きているのだろうか?
そして、生きていない人間は―――死んでいるのだろうか。
私はその中間にいる。
死んでもいない、生きてもいない人の形をした何か。
蓬莱人とは、そのような者ではないかと、思うのだ。
この記憶の輪廻を繰り返し。
再び生き返るのは果たして本当に藤原妹紅だろうか?
藤原妹紅と全く同じ記憶と同じ姿を持った別の者ではないのだろうか?
心の輪廻を繰り返す。
生死。
実に曖昧な境界だと思う。
それでも、思うのだ。
この記憶の輪廻を経て、私は何度でも思う。
蓬莱山輝夜が憎いと。
蓬莱人として生きるのは辛いと。
そして何より。
自分を受け入れてくれた慧音への―――想い。
生き返ろう。
何度でも輪廻を繰り返そう。
私を想っている彼女がいる。
私が愛してやまない―――彼女がいる。
今はまだ―――死ねても、死にたくない。
彼女を、悲しませたくないから。
だから。
輪廻を経て―――不死鳥のように―――
私は、何度でも―――蘇るのだ。
=====
ドサッ、と。
妹紅の首が地面に落ちる。
「手間を…かけさせやがって…」
その妖怪は呟く。
そして、その首に背を向けて歩き出した。
「これで、ようやく人間の里に向かえるな。」
そう思った。
だが。
―――世界を照らす、炎。
一面は紅く輝き、この世界を燃やし尽くすかのようだった。
そう、それは比喩ではない。
事実、その紅い炎は燃やし尽くしているものがあった。
吹き飛ばされた、妹紅の両腕と―――胴体。
その全てを灰に変える。
だがしかし、その首だけは燃える事が無かった。
いや、首が燃えなかったのは寧ろ当然なのかもしれない。
その首は妹紅を象徴するもの。
胴体よりも優先すべきものだと、その紅い炎は感じたのかもしれない。
「な…に…?」
その妖怪も、驚きを隠すことはできなかった。
やがて、妹紅の首が動き始める。
そして―――炎が首を包む。
しかし燃えることは無い。
いや寧ろ―――形作っている。
妹紅の―――今までの肉体を。
再生―――というには、余りにも似つかわしくない光景。
肉体が復活しているというのに、何故なのだろう。
その様子は、再生というよりは寧ろ―――
―――蘇生という言葉が、似合っていた。
―――リザレクション―――
輪廻を超えた転生による、蘇生。
今再び、妹紅には命の灯火が灯された。
永遠の命を司る不死の炎鳥によって。
当然ながら、吹き飛ばされた両腕も完全に完治していた。
妹紅は、ニィ、と歯を見せて笑う。
「…さぁて、試合再開と行こうか?」
「…くっくく…テメェ、まさか…蓬莱人か。」
その妖怪は、狡猾な笑みを浮かべる。
まるで、今までの人生の中で最高の標的を見つけたような―――笑み。
「蓬莱人の生き肝は―――喰った奴を、不老不死にするって言うな。」
「ああ…そうだね。それで?」
「食わせてもらおうか―――テメェの生き肝をよォッ!」
そういって、腕を振るう。
だが―――
すっと。
妹紅はその場から姿を消した。
「何ッ…!」
流石に消える事までは予想していなかったのだろう。
焦りの表情が見える。
「くッ…どこだ!どこに―――!」
その時。
不死鳥の翼が開かれる。
その―――妖怪に。
『パゼストバイフェニックス』
そう、呟く声が聞こえた。
不死鳥の翼―――
それは、全ての再生となり、全ての破壊となる翼。
『その翼は―――不死鳥の翼。』
「ッ、蓬莱人!どこに居やがるッ!」
『―――なぁに、心配する事はないよ。何せお前は死ぬんだから。』
「なんだと―――!?」
声はすれども姿は見えず。
まさしく今の状況を表すもの。
けれど。
更に妹紅は、言うのだ。
『その不死鳥の翼が―――お前に呪いをかけてくれる。』
同時に。
その妖怪の腕が、燃える。
余りにも、突然に。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
もはや、妖怪すら何が起こったのかわからない。
いや、わかるはずがない。
自分に付きまとう、その不死鳥の翼が腕を灰に変えようとしているなど。
誰が思うだろうか?
―――いや、思うはずがない。
『次は―――足かな?』
まるで、幼子の様に無邪気な声で呟く妹紅。
その言葉に反応するかのように―――その妖怪の足が、燃えた。
更に次は、胴体だった。
燃えていく。
肉体が、全てが。
先程妹紅を包んだ再生の炎とは違う、対なる存在である破滅の炎。
『これで最後かな―――私がさっき跳ね飛ばされたところ。』
そう、首だ。
その妖怪の首を。炎が包む。
これで、彼は全身が炎に包まれた。
「がぁっ…くはぁっ……!!!」
完全に、燃やし尽くす不死鳥の翼。
そして、音が鳴る。
見えない世界での妹紅が指を鳴らす。
瞬時に、不死鳥の翼と妖怪を包む炎は消え去った。
そして妹紅が姿を現し、宙から地面に降りてくる。
「どう?これでもまだやめる気にならない?」
妹紅が言う。
正直な所、それなりに全力で戦っている。
だが、本気を出してしまえばそれなりに負担もかかる。
慧音を泣かした事は、憎い。
柊を傷つけたのも、当然憎い。
まぁ、やはり最終的には殺すのだろう。
それまでの過程の問題だ。
やめるなら、こっちが楽に殺せるという程度。
けれど。
やはりその妖怪の行動は、予想と反していた。
シュバァッッ―――!!!
「!!」
刃。
今までよりも遥かに速かった。
完全に避ける事はできず、その刃は胸の近くを切り裂いた。
「チッ…外したか。」
「…やめる気は、ないみたいだね。」
「当然じゃねぇか。不老不死になるための存在が目の前にいる。それを逃がしてどうすんだよ?」
そういって、全身を焼け焦がれながらも突撃を仕掛けてくる。
―――疾い。
今までより、少し速い気がする。
もしかしたら純粋に私が疲れているだけかもしれないけれど。
けれど、いくらなんでも尋常じゃない。
これではまるで、満月の時の、真の力を発揮した状態みたいじゃないか。
その時、気付いた。
シャラン―――
「!」
その妖怪の胸で、揺れ動く何か。
それに妹紅は、ようやく気付いた。
―――間違い無い。
確信する。
あれが―――この妖怪に力を与えている。
シュッ!!
思考をしていたせいで、反応が一瞬遅れた。
刃が頬を掠め、赤い一筋の線が浮かび上がる。
「くそッ…!」
妹紅はその状態で、地面に足をつけた。
そして、妖怪と対峙して睨みあう。
(…ちょっと、危険な賭けかもしれないけど)
そうは思う。
けれど、それしか方法は無い。
こんな化け物。いや、化け物には化け物足りえる理由がある。
それを破壊すれば、こっちの勝ちだ。
まぁ、仕方ないと。
別に死んでももう一回機会はあるわけだし。と軽々しく思う。
まだ、体力の限界というほどではない。
右の拳を、構える。
そして、じっと妖怪を睨みつけた。
その妖怪が、先手を打つ。
―――腕を振るい、刃を放つ。
やれやれ、この程度の芸当しかできないのかと、ちょっと呆れる。
もう少し技を身につけなければ生きていけませんよ。
そう思いながら、一直線にその妖怪へと足を運ぶ。
そして、リーチの届く範囲。
そこで―――右の拳を振るう!
「甘いぜッ!」
だが、妖怪はそれに気付く。
瞬時に振り下ろされた腕で、右腕が吹き飛ばされる。
回転しながら放物線を描いて右腕が宙に舞った。
「その程度で、俺を殺そうなど―――!」
思ってなんか、いないよ。
そう僅かに呟き―――左手を広げる。
そう、右手は完全なるフェイク。
敵をひき付ける為のただの囮に過ぎなかった。
―――右腕一本犠牲にして勝てるなら安いものだよ!―――
そして―――!
ブチィッ!!!
妖怪の胸元にあるそれを、引きちぎる。
一瞬の出来事だった。
その瞬間、妖怪が崩れ落ちる。
まるで全く力の与えられていないように。
―――通常、新月の夜に妖怪が見せる姿。
「くはぁっ…あぁっ…がっ!!!」
「…やっぱり、これがあんたにとっての力の源だったみたいだね。」
妹紅が、それを妖怪に見せるように言う。
そう、それは満月の形をしたペンダント。
恐らくはマジックアイテムなのだろう。
「こんなもので騙されてたとは…私も慧音も、まだまだだね。」
「か…返し…やがれ…!」
妹紅はその姿を余りにも冷酷な瞳で見つめる。
―――必死になる姿、お似合いだよ。
そんな事を考えながら。
「そうだ…最後にいいことを教えてあげよう。」
そう言って、妹紅はマジックアイテムをその辺に放り投げる。
そして、妖怪の首根っこを掴んで、持ち上げた。
「あんたも、やっぱり不老不死になりたいって思うのか?」
「くはぁっ…!」
「やめといたほうがいい。こんな肉体はもはや呪いにしか過ぎない。」
ゆっくりと、諭していく。
それは、本当に死と生の苦しみを知る人間だから。
蓬莱人だから。
「それでも、お前がさっき言ったようにこの蓬莱の力を求めるならば―――」
妹紅は、その妖怪を持ち上げながら。
そっと呟いた。
『蓬莱人形』
蓬莱の地とは、このような物を言うのかもしれない。
輪廻転生、全てを繰り返す世界。
生きる事は、死ぬ事。
まるで蓬莱人とは、人の姿を模したただの物。
世界を―――弾幕が、包む。
「蓬莱の呪いをその身に感じて―――消えろ。」
妹紅が呟く。
それと同時に、その妖怪は消し飛んだ。
まるで、初めから存在していなかったかのように。
完全に、消えた。
「ふぅ…」
妹紅は、いつもの調子に戻って息を吐く。
上に掲げた左腕が、なんだか物悲しい。
それを下ろすと、近くに放り投げたあの満月のペンダントを拾った。
また誰かに悪用されると面倒だからだ。
―――戦いが終わる。
新月の夜はまだ終わりを見せないが、それでも。
妹紅は吹き飛んだ右腕の痕を切なく思いながら。
ゆっくりと、里への道を歩き始めた。
=====
―――世界が、暗い。
ああ、私は殺されたのだったか。
もはや、何も見えない。
何一つ―――映らない。
顔に、ひんやりとした感触が当たる。
ああ、気持ちいい。これが俗に言う血の池地獄の血と言う奴だろうか。
いやちょっと待て、血の池地獄は熱い筈だ。
じゃあこれは針の山の針か?きっと針だから金属なのだろう。じゃあ冷たい。
けれど、普通だったら身体に針が刺さって痛い筈だ。
じゃあ、これは一体何なんだ?
―――私の意識が、戻る。
重かった瞼が開いて、世界が私の眼に映る。
そして、僅かな声を聞いた。
「……ん…………け……ぃ……!」
「…も…こう…?」
ふと、私はその名を呼んでいた。
何故だろう。
でも、あの子の名前だけは普通に出てきた。
「慧音さん…慧音さんっ!」
「…柊…か…?」
完全に、私は意識を取り戻した。
しかし、力が入らない。上半身を起き上がらせる事で精一杯だった。
ジャラ、と音を立てて、何かが私の頭から落ちる。
氷のうだ。先程の冷たい感触はこれだったらしい。
どうにかその力を振り絞って、上半身を起き上がらせる。
にしても億劫過ぎる。何があったのか―――
「慧音さんっ…!」
「柊…ここは…?」
「…人間の里です。」
「村…長…?」
後ろを見ると、里の人間が集まっていた。
そして声をかけてきた村長に問いかけようとするが、声が出ない。
そこで村長が言う。
「傷ついた慧音さんを…柊がここまで連れて来たのです。」
「柊が…そうか…」
ようやく、思い出してくる。
柊を追いかけて、森の中へ入って。
そして、そこで妖怪と戦って。
―――ああそうだ、新月なのか。
力が出ないわけが判った。しかもいつの間にか血まみれになっているじゃないか。
そして、あの時―――
ハッとする。
慧音は柊の肩をつかんだ。
「も、妹紅はっ!?」
「えっ!?」
「妹紅は、どうしたんだ!あいつは確かにあの時―――!」
柊が、俯く。
あの時、何もできなかった自分に不甲斐なさを感じているのかもしれない。
そして、口を開こうとした。
その時だった。
ザッ、ザッ、と。
土を踏みしめて歩く音が聞こえる。
そう、それは里の中から聞こえるものではない。
里の入り口から―――聞こえてくる、歩行音。
それは確かに。
いつもの彼女だった。
長い、地面にまで届くような髪を揺らし。
優しい、童女のような微笑を浮かべ。
「…ただいま。」
帰ってくるのだ。
「…妹紅…」
「もこっ!」
柊が、駆け寄る。
それと同時に、子供たちも寄ってきた。
「柊、ご苦労さん。」
「もこ…お前、右手…!」
「ああ?気にするなよ。この程度かすり傷だ。」
そう言って、妹紅は無くなった右腕の方を見る。
子供たちも、心配そうにそれを見つめていた。
そして妹紅は、まだ存在する自分の左手を、柊の頭に乗せる。
「あっ…」
「右腕一本犠牲にしただけで…お前と慧音を、救えたんだから。」
そして、頭を撫でてやった。
所詮、彼女にとっては右腕一本。
生きる者の命の重さに比べれば、こんなものは髪の毛ほどの価値も無いのだろう。
「ありがとうな、柊。」
「…ッん!」
言葉など、要らないけど。
その最高の笑顔を、妹紅に見せる。
妹紅もそれと同様の笑みで、柊を迎えた。
そして、慧音が歩いてきた。
妹紅はその姿を見て、辛く思う。
いつもの強気で、偉そうな慧音の姿はそこには―――無かった。
けど、いつものように言おうと思った。
「ただいま、慧音…」
「…」
慧音は、何も言わなかった。
俯いて、地面を見る。
その瞬間だった。
パァンッ!!!
「―――ッ!」
妹紅の頬が、吹き飛ばされる感覚を受ける。
実際に吹き飛ばされているわけではない。
けれど、その力は今までよりも強く。新月の出る夜だというのに。
慧音は―――妹紅の頬を、力一杯叩いていた。
「お前はっ…!そうやって、また無茶をしてっ…!」
「慧音…」
妹紅は、自分の頬をさすりながら、慧音を見る。
―――泣いていた。
今再び、彼女は妹紅の前で、泣いていた。
「お前はッ、自分勝手すぎる!
そうやっていつもいつも自分一人で行って―――私が背中についているのも忘れて―――ッ!」
「…慧音。」
「私はお前と一緒だ!自分の我侭で他人を悲しませて!
―――相手が、どれだけ自分を想っているかも気付いていない、ただの大馬鹿者だっ!!」
慧音は叫ぶ。
今までと違う。自分の想いを隠す事無く曝け出している。
涙を流して―――自分の想いを、ぶちまけている。
弱い慧音だった。
妹紅は、そんな慧音に近づいて―――
そして、抱き留めた。
「…妹紅ッ…!」
「泣かないの。折角の慕われるお姉ちゃんが台無しだよ?」
「知らないッ…そんなのっ!今は、妹紅が生きてくれてるから…」
「何を言ってるのさ。私が死ぬわけが無いでしょ?慧音はそれを一番よく知ってるくせに…」
「ぐっ…ひぐっ…!」
「…やれやれ。」
ぎゅっと。
より強く抱きしめた。
彼女の想いを受け取って。より強く。より強く。
―――今だけは、こうやって泣かせてあげてもいいかな。
抱きしめながら思う。
しがみついて離れず、ずっと泣きじゃくる彼女を。
こうやってぎゅっと。抱きしめるのが新鮮で。
ちょっと温かいと思う。
慧音の温もりを、感じている。
言葉なんて要らない。
今の時間に、言葉なんて。
必要ないのだ。
新月の夜。
半獣の少女の流す大粒の涙が。
その声が里に響いて―――
そして―――新たな、朝を迎えるのだ。
=====
―――数日後。
「…あの時の返事、もう少し考えたが…やはり、私は…」
「…いや、気にしなくていいです。」
村の外れの方で。
慧音と柊が話をしていた。
議題は、『新月の日の告白について』
別に議題というわけでもないような気がするが。
「だから―――ちょっと、未練を残すかもしれないが。」
「え…?」
慧音は、柊の肩を抱く。
そして、自分へと近づけていき―――
互いの唇を―――重ねた。
「―――――ッッ☆○×♪@Ψ£―――ッ!!!」
「今生の別れという訳でもないが―――せめて、最後に―――な?」
慧音は、頬を赤らめて言う。
対する柊は、もはや今何が起こったのかさっぱりわからず、頭から煙を出してそのまま竦んでいる。
そして―――
「…若菜、今見たな?」
「うん、慧音お姉ちゃんが柊兄ちゃんにちゅーしてたー。」
「…ッ、ちょっと待てぇっ!?お前ら何でそこにいるっ!?」
慧音と柊の決定的瞬間を間近の茂みで目撃していたのが、妹紅とある少女、若菜。
「よし、私が許可する。言ってくるぞ。」
「はーい!」
「ッてぇおいコラァッ!?何をしておるか貴様等はぁぁぁぁッッ!!??」
慧音が、顔を真っ赤にして逃げる若菜と妹紅を追いかける。
残された柊は一人、慧音の唇の余韻を楽しむのであった。
そして日常が過ぎていく。
「えー、つまりだ。幻想郷の歴史は数百年以上に及ぶ。
その中でも魔術師一族として栄えているのはどこの家系だ。はい妹紅。」
「ぐっ、いきなり当てられた…」
「初歩の初歩だ。答えられないはずがないよな?」
慧音が里で行う授業。
妹紅が来てからは一切やっていなかったが、久々に今日開かれた。
「子供たちの手前、間違えられんだろう?」
「ああ…そんな問題、簡単に解いてやるっ!」
「がんばれー!もこ姉ちゃんー!」
「おうよっ!」
男らしい返事をする妹紅。
「博麗だっ!」
「お前それは巫女の一族だろうが。」
一瞬で返される。
楽しすぎるほどの日常。
「いやーすいませんねまた食事をご馳走になっちゃって。」
「いえいえ、前回は大したもてなしもできないままになってしまいましたから仕方ないですよ。」
「…別に今日はもこを呼んだ訳じゃねーんだけど。」
「こら、柊!」
柊宅での食事。
今日はごく普通に慧音も柊もいた。
「ほう、そんな事言っていいのかね柊君。」
「なんか秘策でもあるのかよ。」
「奥さん知ってますか。最近柊君が白沢様に接吻を」
「すいませんでした妹紅お姉様。私が悪かったです。何卒そのお話はやめていただくようお願い申し上げる所存でございます。」
「早いな。」
妹紅も呆れ帰るほどのスピードで土下座する柊。
しかも初めて妹紅って呼びやがったな。ついでに言うなら私は山百合会か。
「あら、何があったのかしらねぇ、白沢様。」
「…さ、さぁ…な。」
「あら、お顔が赤いですよ?風邪でも引きましたか?」
「いや、その…別に、そういう…訳では。」
当事者であるために、本気で恥ずかしがる慧音だった。
日常は、楽しいものだ。
けれど、その終わりは唐突にやってくる。
予想はしていたけれど。
楽しいときだけは、あっという間に過ぎるものなのだ。
妹紅は、それを知っていた。
そして楽しい日常の―――終わり。
「なぁもこ。」
「ん?」
「もう…会えないのか?」
里の入り口。
夕暮れ時に、二人の少女のシルエット。
慧音と―――妹紅だった。
「ああ、満月の日までって…決めてたんだよ。」
「何でだよっ!みんなで一緒に…暮らせるじゃないかよッ!」
柊の言葉が、胸を打つ。
蓬莱人だということは、当たり前だが告げてはいない。
―――私は、ここに居てはいけないのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
「ごめんな、柊。」
「―――ッ!」
柊は、里の方に駆け出した。
妹紅は悲しげな表情でそれを黙って見つめていた。
「…私が言うのもなんだが。良いのか?」
「うん。だって、最初から決められてた事だったし。」
蓬莱人の宿命だ。
同じところに。特に人間の住むところにずっと留まってはいけない。
一生歳を取らずに若いままの姿は、誰しもが疑う。
そうなれば、蓬莱人だということがわかるだろう。
妹紅も、その事は理解していた。
だから。
「…行こう、慧音。」
「…ああ。」
里から、出て行く。
もう二度と。
この地を踏む事は無いと、思って。
月が出た。
今宵は―――満月だ。
「ふっ―――ハァッッ!!!」
軽く、息をついて―――
慧音の髪の色が、服の色が緑へと変わっていく。
そして帽子を取り―――角が生える。
「おおー、相変わらずの満月変化。」
「人の存在を曲芸みたいに言うな。」
笑いながら拍手をする妹紅に怒った口調で反論する慧音。
そう、彼女は満月になると変身をする。
このように角が生えて、どことなく優しい雰囲気こそ残っているものの、近寄りがたくなるのは事実だ。
「…さて、戻ろうか。早く私たちの塒に。」
「…」
「どうしたの?慧音。」
慧音は、その状態で押し黙る。
対して妹紅は、ごく自然な笑顔だった。
「早く帰ろうよ。今日のご飯は何かな、蝗の佃煮?」
「…なぁ妹紅。」
「何?」
「お前、本当に良いのか…あれで。」
慧音が、寂しそうに言う。
「何が?」
「里の皆との別れだ。皆に…何一つ告げないで、ああやって…」
「別に、平気だよ。」
「じゃあっ!」
ガッと。慧音は妹紅の肩を掴む。
身体を動かせないように、両肩をがっしりと。
「何でお前は今―――泣いているんだッ!?」
「…」
妹紅は、確かに涙を流していた。
けれど、その眼に悲しみなどは見せない。
見せなくても。どうして。
―――こんなにも、涙が溢れるのだろうか。
「慧音…私さ。」
「…」
「すっごく。楽しかった。この一月の間。」
涙は止まらない。
けれど、妹紅は最高の笑顔で言うのだ。
この、人生の最高の楽しみを。
「でもさ…皆の前に言ったら私…こうやって、泣いちゃいそうだったからさ…だから…」
「…妹紅。」
「…だから…ひぐ…えぐぅっ……!!」
「…もう、何も言うな、妹紅。」
「うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんっっ!!!」
―――大声で、泣いた。
そして、慧音にすがりついた。
その姿は惨めで、情けなくて、どうにも仕様がなかったけど。
慧音は―――妹紅を、抱きしめた。
それが、彼女なりの愛情だった。
少女の泣く声が響く満月の夜―――。
ずっと、ずっと。
それが終わる事はなかった。
after 50 years ...
「妹紅、人間の里に行くぞ。」
「は?」
慧音からいきなり訳の分からない言葉が出る。
―――何を言い出すんだこの半獣娘は。
とか今日の朝飯である魚を丸焼きにしながら思う。
大体あの時の一月だけだといったのはお前じゃないか。
とか考える。
ちなみに妹紅の右腕は、あの後一回慧音に殺される事でリザレクションを行い、完治した。
というわけで、今は両手が存在する。
慧音も妹紅を殺すのはちょっと躊躇ったが、ちゃんと幻想郷伝説を撃った。
殺される瞬間『それはやり過ぎじゃないか』とか思ったが、生き返ったのでよし。
それはそうと、人間の里に行けるのだ。
「ほ、本当なの?」
「ああ。…もはや、あそこにお前を覚えている人間などほとんどいないだろうからな。」
「ああ…そっか。」
口に出すと、寂しい。
あれから、50年もの歳月が流れたというのだ。
50年間も会っていない、しかも一ヶ月程度会っただけの少女の事を覚えていられるものなどそうそう居ない。
大人ならまだしも、50歳を超えればもはや死ぬのも無理はない年代だ。
覚えている人間が居ないのも、無理はない。
だからこそ、慧音もこの話題を切り出した。
まぁもし覚えている人間がいれば、私がその歴史を喰えばいいのだ。
そのように慧音は考えた。
「まぁ、ゼロというわけではないが。…まず、どうだろうな。」
「ま、それはいいよ。」
「妹紅…」
妹紅は笑みを見せる。
50年前と全く変わらない、童女のような微笑だ。
「もう一度…人間の里に行けるんでしょ?」
「…ああ。」
「それじゃ…行こうッ!」
明るい笑顔で。
何時もの様に、妹紅は言った。
「わーい、慧音お姉ちゃんだー!」
「ねーねー慧音お姉ちゃん、そこのお姉ちゃん誰ー?」
「私か?私の名前は妹紅って言うんだ。」
「もこ?」
「も・こ・う。」
「もこ姉ちゃん、よろしくー。」
「だからも・こ・う!!もこじゃないッ!ってああ怒ってない怒ってないから泣かないでってばぁぁぁ!?」
「あー、もこが泣かしたー。」
「いじめっ子だもこー。」
「うぁぁぁぁ!!??これはデジャヴュか!?デジャヴュって奴か!?」
妹紅が頭を抑えて叫びだす。
―――馬鹿かお前は。
傍からそんな目で慧音は見る。
そうしていると、妙齢の女性が近寄ってくる。
そして、慧音に話しかけた。
「白沢様。」
「どうした?」
「村長が―――白沢様と、お客様をお呼びです。」
村長の家。
どことなく、妹紅は見覚えがあった。
来た事があるというか―――懐かしいのだ。
「村長。呼んだか。」
いつものように高飛車な口調で言う慧音。
―――何か、本当に偉そうだな。
横で聞きながら、妹紅は思う。
でもまぁ実際に人間の里を結界で包んだりして守って、偉い人だから仕方ないかもしれない。
具体的には人じゃないけど。
そこで、改めて妹紅は村長の姿を見る。
―――弱々しい。
仕方ないかもしれないけど。もはや齢60以上だと言う。
普通だったら寿命って言うのは結構短いものだ。60過ぎれば長生きだろう。
村長は横に二人のお付―――らしき人を従えて、言った。
「よく来て下さいました、白沢様…そして、御客人。」
「は、はい…」
妹紅は、そこで頭を下げる。
久し振りかも知れない。頭を下げるなんて行為をするのは。
最近間違って慧音の料理に虫が入っているのに気付かないで食べさせてしまい、失神させた時以来だ。
その時、ふと思う。
どうしてだろう。
初めて会った気がするのに、この懐かしい気持ちを感じるのは。
それを思い出させるかのようだった。
妹紅が頭を上げ、村長の顔を見た時。
村長が、眼を見開くようにして、自分を見ているのに気付いた。
「あ、あの…?」
思わず、妹紅は呟いてしまう。
そして。
「…どこかで、お会いした事はありませんか?」
「え…?」
「…も…こ…?」
「…ッ!?」
ああそうか。
懐かしい気がするのは、そういう事だったのか。
彼の口から放たれた言葉は、そういう事を意味しているのか。
『うるさいな、もこはもこでいいんだよ。俺が決めた。』
そうだ。
私がよく遊んでやった、あの少年だ。
あいつが村長などと―――世の中、狂っているんじゃないか?
そう、思った。
『甘いぜ、もこ!お前だったら予想は付いてるだろ!?』
思いながらも。
涙が。
溢れていた。
俯いて。
誰にも知られないように。
ただ、涙が落ちた。
『判らない…けど、やってみる。』
―――自分に蘇る、あいつとの記憶。言葉。
今すぐに、彼を抱きしめてやりたい。
懐かしく、余りにも久しぶりに会った彼の頭を、昔みたいに撫でてやりたい。
『何でだよっ!みんなで一緒に…暮らせるじゃないかよッ!』
けれど。
それは叶わぬものだと、知っているから。
妹紅は立ち上がる。
そのまま家を出て行こうとした。
そして、家の入り口で。
こう―――言うのだ。
「…きっと、他人の空似ですよ。」
溢れる涙を堪えながら。
―――じゃあな、柊。
あの時、余りに辛くて言えなかった一言を心の中で呟いて。
彼女は―――彼の記憶から、消えるのだ。
and now ...
三日月が、夜空を煌々と照らす。
妹紅は、洞穴の入り口で愛する者の帰りを待っていた。
そして、そんな彼女に近づく人影。
「慧音、お帰りッ!」
「ああ、ただいま妹紅。」
慧音がいつもどおり人間の里に行って、今日も帰って来る。
何時も通りの日々だ。
何も変わりの無い、楽しい日々だ。
まぁ最近何か変化があったといえば、慧音が満月の夜にボロボロになって帰ってきた事ぐらいか。
どうもいきなりやって来た人妖に弾幕ごっこを挑まれたらしい。
いや、具体的にはこっちかららしいが。じゃあ自業自得。
「結局さぁ、その人妖は何だったの?」
「ああ、どうやらあの偽の満月を直しに行ったそうだ。」
「ふーん。」
確かに、あの満月の夜は異常だった。
何せ、満月だというのに慧音に角が生えなかった。在り得ない。
○リーマンの靴紐が切れるぐらい在り得ない。
そんな感じだったから、人妖どもも怪しく思ったのだろうか。
「ところでさぁ、次に人間の里に行けるのっていつだっけ。」
「後…36年後だな。」
「ああ、そのぐらいか。」
普通36年といったら結構長い時間だ。
けれど、蓬莱人や妖怪にとっては別段何てこと無い時間だろう。
まぁ、個人的にはそんなことどうでもいい。
こうやって慧音が帰ってきたのだ。
これ以上嬉しい事が他にあるだろうか。
ぎゅっと、慧音を抱きしめる。
「お、おい妹紅…」
「いいでしょ、別に。もういつもの事だし。」
やれやれ、といった表情で慧音は笑顔を浮かべる。
そして、妹紅は慧音から離れ―――走り出して、すぐ止まる。
「ねぇ慧音!」
「何だ?」
「私、やっぱり思うんだ!」
ここは、きっと有名な蓬莱の地なのだろう。
手を広げてて、空を見る。
月が美しい。
その輝きにも勝るぐらいの輝きで、私は今生きている。
そうだ。
私は生きているのだと。
やはり実感する。
両手をいっぱいに広げて、大きな夜空を見上げる。
まるで今の彼女は、美しく輝く不死鳥のよう。
生きて、
生きて、
生きる―――
輝夜と殺し合い。
馬鹿みたいに騒いで。
一日一日を、楽しんで過ごす。
そして何よりも。
慧音が―――一緒に居るのだ。
誰よりも自分が愛している少女が。
だから彼女は思う。
そして、叫ばずには居られないのだ。
心から思う、彼女の本心を。
「生きているって、何て素晴らしいんだろう!」
... to be
continued?
そう、それは一瞬の出来事。
余りにも人間は脆いものだと。
実感した。
けれど、理解する間も無く―――私は死んだ。
「もっ…妹紅ッ!?」
「あら…一撃、か。もっと耐えるものかと思ったんだけどねぇ…」
奴は―――蓬莱山輝夜は、微笑を浮かべた。
慧音の叫びが、周囲に響く。
そして慧音は―――輝夜を睨みつけた。
「貴様ァッ…よくもッ!!!」
「…ワーハクタク如きが。私に勝てると思っているの?」
「煩いッ!貴様は妹紅を殺した!だからッ!」
「妹紅を…殺した…?」
すると、突然輝夜は笑い出す。
余りにも可笑しくて。余りにも情けなくて。
「…あはっ、あははははははははッッ!!」
「何を…笑っているんだッ!」
「だって、当たり前じゃない。藤原妹紅は―――」
そう言って、奴は私の身体を。
上半身が消し飛んだ、私の身体を指差した。
「死んでいないし…それに、死なないもの。」
「な…に…?」
慧音は、その時何を言われたのか判らなかったようだ。
だが。
私を炎が包んだ。
そう、再生の炎だ。
「も…妹紅?」
そして、炎は私を形作る。
不死鳥の炎が消え去った後、出来上がったのは私。
蓬莱人であり―――決して死ぬ事の無い、藤原妹紅だった。
「ほら、ね?」
「…輝夜…ッ!!」
「全く貴方、まさかそのワーハクタクに自分が蓬莱人であることを告げていないなんて…」
「蓬莱…人…?」
「違うッ!」
私は、否定する。
今まで受け入れられてきた。
普通の人間として生きて、慧音に受け入れられてきた。
けれど。
私が蓬莱人だという事で―――この温もりを、放したくなかった。
「貴方は蓬莱人よ。死ぬ事も、老いる事も無い蓬莱の地に住まう者。」
「違うッ!」
「違わないわ。貴方は蓬莱人。決して死なず、もはや生きているかも曖昧な存在。」
「違うッッ!!!」
「違わない。貴方は蓬莱人。私と同じで―――死を忘れた存在。」
「違…うっ…!!」
もはや、受け入れるしかない。
自分は蓬莱人だと。
それを今まで、慧音に隠して生きてきたと。
結局私は、自分の我侭でこの温もりから手を放すのだ。
そんな時だった。
そっと、背中に温もりを感じる。
―――慧音が、私を抱きしめてくれていた。
「慧…音…?」
「輝夜といったな…月の姫。」
「ええ。」
妹紅を抱きしめながら。
慧音は叫んだ。
「…例え、妹紅が蓬莱人であろうと。
例え永遠を生きる、永遠に死なない存在であろうと!彼女は藤原妹紅だ!」
「慧…音…」
「彼女は間違い無く…私の知っている妹紅だ!それ以上、何の理由も要らない!」
「それは、それは…」
輝夜が、軽く含み笑いをする。
「大丈夫だ、妹紅。」
「慧音は…怖くないの?私が蓬莱人だって知って、どこかに行っちゃうんじゃないの?」
「馬鹿なことを言うな。大体、恐れる理由になるものか。」
「私も妖怪だ―――気にする事は無い。」
なんて奴だ。
妖怪だから?気にする事は無い?
妖怪だからなんなんだ。妖怪は不老不死じゃない。
確かに若い姿のままで人間よりはるかに寿命は長いが―――不死ではない。
妹紅と違い、いずれ死ぬ存在なのだ。
なのに。
それなのに。
彼女は―――私を受け入れた。
私を―――抱いてくれた。
もはや、恐れない。
彼女が居るなら、恐れることなんて無い。
涙が溢れる。
「驚いたわ、妹紅。貴方―――泣けるのね。」
「ああ。自分でも…驚いてる。」
それでも強気に。
私は。背中に世界で最高の、まさに蓬莱の存在ともいうべき温もりを感じながら。
その涙を、堪えようともせずに、叫ぶのだ。
蓬莱『凱風快晴-フジヤマヴォルケイノ-』
まるで、私が全ての侍どもを斬り殺した山の。
大きく天に向かって聳え立つ山の、爆発のように。弾幕を展開する。
そして、輝夜も同様に。
取り出したのは、蓬莱の珠の枝。
呟くのは、言葉。
神宝『蓬莱の珠の枝』
果てしなく、弾幕が広がる。
それは、世界を包み込むほどに。
けれど、負ける気はしない。
私には世界最高の、温もりがついている。
背中に、愛する者が居る。
「蓬莱の歴史から消えて無くなれ、月の姫!」
「永劫の輪廻に苦しむがいいわ、不死鳥の化身!」
二人の叫びが重なって。
この蓬莱の地に、弾幕が広がった―――
=Marvelous Life= 後編
走る。
ただ走り続ける。
疲れなんて感じない。もはやそんな物はどうでもいい。
「くっ…はぁっ…はぁっ…!」
情けない。
情けない情けない情けない情けない。
判っているんだ。
頭の中では判っていても、自分を抑えられない。
―――済まない。私は―――
頭の中に、響く言葉。
もういい。わかってる。
だけどこの気持ちを抑える事なんてできない。
わかってるわかってるわかってるわかってる。
―――お前の気持ちに応える事はできない―――
ああそうだ。
慧音が半人半獣で、妖怪だとわかっている。
それでも好きだった。
―――いや、今でもか。
本気で、彼女に恋をした。
妹紅に後押しされて、踏み切る事ができた。
そして、もし振られても仕方ないと割り切ろうと思った。
―――なのに。
今、俺は何をしている?
ガキみたいに、こうやって先の見えない森の中を彷徨って走っている。
自分がどこを走っているのなんて判らない。判らない―――。
彼女が、自分が妖怪だからという理由で自分を振った。
けど、それだけでは納得できなかった。
できないから。
できなかったから。
こうやって、何も考えずに走り続けている。
妖怪だからって、俺は構わない。
慧音さんは、慧音さんだ。
それ以上の言葉なんて要らない。
―――俺は、慧音さんが好きだ。
走り続ける。
もはや自分にできる最後の抵抗。
無駄だと判っていても、本能は理解しない。
好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。
それの、何が悪いんだ。
―――結局、慧音さんは俺を男として見てくれていないんじゃないかっ!
叫んでいた。
そして、走った。
馬鹿だと。愚かだと。
…自分でも、思わずにはいられない。
あの一瞬。
とても悲しげな顔を見せた慧音さんがいたのに。
俺は―――
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
足を、止める。
もう、動けない。
ここがどこだかも、判らない。
ただ、森の中だと。
自分は、単なる馬鹿だ。
自分は前に進んだけれど、結局は恐れた。
妹紅に見下されるのは、間違い無いだろう。
空を見上げる。
夕日はもはや半分が隠れている。
そして東の空はもう真っ暗だった。
「…はぁ…はぁ…」
息は落ち着いてきた。
しかし、心はまだ落ち着かない。
乱される。
何も、考えたくなかった。
でも、思い出されるのは彼女の笑顔。
眩しいぐらい優しくて、みんなを安らげてくれる愛らしい笑顔。
忘れたい。
けど、忘れたら一生後悔する。
忘れたくない。
けど、忘れなければ一生苦悩する。
「くそぉっ…くそぉっ…くそぉっ…!!」
自分に腹が立った。
どうしようもなく、情けない自分に。
そしてそのまま、しゃがみこんで膝を抱えた。
―――もしこのまま自分が死んだら―――
母さんは、悲しむだろう。
妹も、悲しむ。
けど。
慧音さんはどうだろう。
俺を大切にしてくれた。でもそれはあくまで『人間』としての俺かもしれない。
『男』として。俺としての俺は、彼女は見てくれていなかったかもしれない。
だから、悲しんでもらえないかもしれない。
それだけで、嫌だった。
覚えてもらいたい。
一緒にいたい。
ずっと。ずっと。
―――好きだから。
我侭かもしれないけど。―――本当に、好きだから。
―――出てくる涙を、堪える。
情けない。本当に情けない。
そして、そのまま柊は顔を伏せた。
ガサッ―――
「―――!」
草の根を分ける音。
柊は、思わず顔を上げる。
「慧音さん…?」
その女性の名を呟く。
それは、希望に過ぎなかったが。でも。
けれど―――それは、違った。
返事が返ってこないのはともかく―――
それは、彼女のシルエットではない。
「誰だ―――!?」
思わず、立ち上がった。
そして―――
ガサァッ!!
―――それは、姿を現した。
ただの、人間の男のようだった。
年齢は二十歳前後だろうか。
けれど。
柊は恐れを隠さずにはいられない。
歯がガタガタ鳴る。
足は動かない。
もはや―――声は、出てこない。
「―――こんな所に、人間のガキがいるとはな。」
―――その男の爪は、
まるで、刃のようだったから―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
森に、悲鳴が木霊する。
=====
「くっ…柊ッ!どこだっ!?」
慧音は、森を走り続けていた。
柊がここに入っていった時、もはや何も考えられなかった。
ただ柊を守ろうと。その思いだけで走っていった。
―――柊に告白された時、
知らされていたとはいえ、やはり頭は真っ白になった。
けど、答えた。
彼の思いに応えられない事を、告げた。
―――俺の事が、嫌いなのか―――
―――違う―――
―――俺は、慧音さんが好きなんだっ!―――
―――判っている―――
―――結局、慧音さんは俺を男として見てくれていないんじゃないかっ!
―――ッ―――!!―――
その言葉とともに、柊は森の中に走って行った。
頭に、あいつの言葉が響く。
―――私は馬鹿だ。
あいつの気持ちを、理解しても。
あいつの問いに―――答えられなかった。
そうだ。
私が守りたいのはあくまでも『人間』としての柊。
彼に男を意識した事など、一度も無い。
当然だ。
―――私は妖怪だから。
人間と一緒になるなど、あってはならないから。
馬鹿だ。
私は、最低の女だ。
人一人の言葉に答えられなくて、何が守るだ?
結局、私はあいつを傷つけただけだ。
傷つけて―――そして―――何もできなかった。
最低だ。
と、我ながら思う。
それでも、走らずにはいられない。
当然ながら、慧音は夜の森に何が出るかぐらい知っている。
腹を減らした妖怪などに柊が見つかったら、最悪の事態だ。
そこで改めて、自分は最低の女だと思った。
こんな状況において、『人間』としての柊の命を考えている。
『男』としての柊の気持ちなんか、考えていない。
相成れないと判っていても、慧音は人間を守り続けた。
守ることで、人間が安心するなら。
それだけで頑張れた。
しかし、違う。
相成れないと感じていたのは、自分だけだった。
ああやって柊も、里の人間もみんな。
―――そして、妹紅も。
妖怪と知って、受け入れてくれた。
それを知って、柊も私を好きになってくれた。
―――私は自分から、心に壁を作っていた。
その事を今、改めて感じた。
今は思う。
謝りたいと。
ただ一言。柊に謝りたいと。
「柊ッ!どこだっ!私はッ―――!」
叫び続ける。
そして。
聞いた―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ッ!?柊ッ!?」
その絶叫を耳にする。
そして、その場所を声の方向から察知した。
「こっちかっ!」
ただ走り続ける。
彼自身に謝るために。
人間ではなく、彼を彼として守るために。
慧音は、その足を速めた。
=====
シュッ―――!
その腕が振られる度、木が倒れていく。
それも、一瞬でだ。
「うぁ…ぁあ…!」
柊は、ただ恐怖を感じるしかなかった。
その目の前で起きている事実に。
「ほら、もっと逃げろよ人間ッ!」
その両手が空気を薙ぐ。
それだけで、その爪は。刃は木を切り倒すのだ。
男―――いや、その妖怪はもはや目の前の人間を見るのを楽しく感じているようだった。
人間の恐怖を生き甲斐にして、それを見るために今、こうやっている。
だが―――
「いい加減…飽きてきたな。」
「ッ…!?」
その妖怪は、柊を睨みつける。
もう、声も出ない。
身体も動かない。
涙が止め処無く溢れる。
恐怖心―――
妖怪は、その長い爪を構える。
そして、言った。
「喰い易いように、切り刻んでやるぜ。感謝しろ。」
その言葉とともに。
絶叫が。
響く。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
誰か。
助けて―――
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
刹那。
歴史が、動く。
終符『幻想天皇』
何も無い空間から放たれたのは、何百にも瞬く歴史の光。
その全てが刃となり、その妖怪へと放たれる!
「ぐぁっ!?」
突き刺さり、悲鳴を上げて吹っ飛ぶ妖怪。
光り輝く刃は幾多にも突き刺さる。
そして―――
「―――無事だったか、柊。」
「慧音、さん…!」
柊の前には、慧音が立っていた。
スペルカードを握り締めた、その状態で。
そして慧音は、しゃがみこんで柊と目線を合わせた。
柊はびくッと、身体を震わせる。
だが、慧音は服のポケットから一枚の布を取り出し―――
「…大丈夫だったか?怪我はしていないか?」
とても優しい、いつもの笑顔で。
柊の、涙と、鼻水などを拭いた。
柊はその状態に、ただ身を任せるしかなかった。
「慧音さん、どうして…」
「…済まない、柊。」
「え…」
「私が、馬鹿だったから…お前を、傷つける事になってしまって。」
悲しげながらも、必死に笑顔を作って言う。
「そんな事…無い。俺は…俺も…馬鹿だった…から…」
「…優しいんだな、柊は。」
「え…?」
「ありがとう。」
そっと、柊を抱く。
優しく。まるで包み込むように。
「け、慧音さん…?」
柊は、そのまま身を委ねる。
温かいと、思った。
まるで、実の姉のような。
―――優しい、温もりを感じた。
「…やってくれるじゃねぇか。ハクタク女。」
「…ッ。」
慧音と柊が抱き合っていると、慧音の後ろから声がする。
慧音はそれを聞き、柊を放すと立ち上がって妖怪を見た。
「人間の里を守っている、ワーハクタクだな?」
「ああ。それがどうした。」
「お前は邪魔だ。俺が人間の里を襲う際にはな。」
「…ほう。」
ごく普通に、言葉を返す慧音。
もはやその言葉にすら余裕がある。
「だから、ここで消えて貰う。」
「言うな…ただの雑魚が。」
瞬時に。
その腕が放たれる。
そして、爪は慧音を狙い―――!
バシィッ!!
慧音は、その動きを見ずに、止めた。
右手一本で、その瞬速といえる長い爪を。
「この程度か?ならば―――」
慧音は、開いた左手でスペルカードを抜く。
目の前に掲げ、その名を叫ぶ。
野符『GHQクライシス』
世界が。
否、彼女の言葉を言うならば歴史が動く。
幻想郷の歴史を包むように、数多くの弾幕が彼女の周りにはられていく。
当然ながら、それは彼女を守るものではない。
敵を、破壊するためのものだ。
色鮮やかな。血の色に染まった弾幕が。
その妖怪を―――包み込んだ!
「何ッ…!?」
流石にここまでの弾幕は予想していなかったのだろうか。
妖怪は少し驚愕の声を上げる。
そして―――!
ズシャズシャズシャァッッッッッッ!!
「ぐぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!???」
身体を、貫く。
その全てが。
血が吹き出、その世界をも赤く染め上げる。
「柊、眼を瞑っていろ!」
「は、はいっ!」
そして、そんな時にでも決して柊への言葉を忘れない慧音。
言われたとおり、柊は眼を瞑る。
あまりにも子供にとっては残虐な図だ。
(倒したか―――?)
ほとんど、勝利は確信している。
ただの妖怪ならば、この弾幕を食らえばほぼ確実に倒れるだろう。
博麗の巫女でもない限り、この弾幕を完全に避け、無事でいるのは無理だ。
だが―――
「くそっ…このハクタクがぁっ…!」
「ちっ…まだ倒れないか。」
確実に倒したと。思った。
全身が血まみれとはいえ、その妖怪はより殺意を強くして慧音を睨みつけた。
いや、雑魚妖怪とはいえ少し手加減した自分が悪かったのかもしれない。
はっきり言って、先程のスペルカードは全力を出せば確実に敵を潰せた。
だが。
できる事ならば殺したくない事から、手を抜いて放った。
(やはり、最終手段としては―――)
潰すしかないと。
そう考えた。
しかし―――
「テメェは馬鹿だな、ワーハクタク。」
「…何?」
不利なはずの妖怪から、そんな言葉が出る。
慧音は思わず睨みつける。
「その状態の貴様の口から、そんな言葉が出るとはな…」
スペルカードを、再び構える。
今度は、手加減するつもりなど毛頭無い。
確実に柊を。人間の里を守るために、叫ぼうとした。
だが。
妖怪の口から、出た言葉。
「今日が、どういう日か、すっかり忘れてやがるな。」
「何―――それは、どういう―――!?」
刹那。
力が抜ける。
そう。
何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
けれど。
慧音の身体から、戦うための力が。
―――無くなる。
思わず、膝を地面に突く。
それを妖怪は、面白がって見た。
「くくくッ…今日は、何の日だ?」
「まさかっ…くっ…!」
慧音は、力を振り絞って空を見上げる。
―――月が、無い。
そう。
今宵は―――新月だった。
妖怪は、月の力に頼っている。
無論それだけではないが、月の力が妖怪に多大な影響を与えるのは事実だ。
だからこそ、普通月が出る時にしか妖怪は動かない。
特に満月の時は妖怪の世界になるといっても過言ではないだろう。
だが。
その逆に、もし新月だとすれば。
月の力が全く与えられない状態になれば、妖怪の力がなくなるのは必然。
もし太陽が出ているならば、太陽の僅かな力を得られるだろう。
しかし太陽が沈めば―――もはや、妖怪に力を与えるものは何一つ無い。
その状態では、人間より多少強い程度の力しか出なくなる。
「情けねぇな、ワーハクタク。」
「く…そっ…!」
膝どころか―――地面に、手を付いた。
もはや、立ち上がる力すらも出すのが辛くなっている。
「ほらよぉっ!!」
「―――ッ!!!」
妖怪から放たれる、爪とは言いがたい刃。
慧音はそれを避けようとする―――!
が―――
普段なら簡単なはずのそれすらも避けきれず、僅かに、慧音の頬を掠める。
そして、慧音の頬に、赤い筋が浮かんだ。
柊はその様子を見て、思わず駆け出そうとする。
「慧音さんっ!」
「おっとっ!」
「!」
すっと。
一瞬の事であった。
柊の目の前に、妖怪の爪が僅か半寸のところで止まっていた。
柊はただそれだけで、動く事はできなかった。
「お前はこのワーハクタクの調理が済んだら―――ゆっくりと、味わって喰ってやる。」
「それとも―――先に、死ぬか?」
その言葉で、動けなくなる。
こんなにも。
守りたいというのに。
好きだと―――言うのに。
「やめろっ!…柊、私に構うなっ!!!」
「ッ…!!」
「ほう…賢明な判断だな。」
戦意を失ったと判断される。
そして、妖怪は再び慧音にその爪を向けた。
「安心しな。貴様を殺すまで、このガキは生かしておいてやる。」
―――宣告。
この言葉が何を意味するか、柊は理解した。
間違いない。
こいつは間違い無く―――最後の最後まで、慧音をいたぶるつもりだと。
新月の夜は、始まったばかりだった。
=====
妹紅は、その森の中を走っていた。
飛んだら余計に見失う。
そう考えての判断である。
空を見る。
もう、太陽は沈んでいた。
「今日は、新月か―――」
月の出ていない空を見て、ふと呟く。
別に何かを意識していたわけじゃないが、なんとなく口を付いて出た。
「慧音…柊…無事だといいけど。」
柊母にああは言った物の、やはり自分も心配ではあった。
そして、ずっと森の中を駆けて行く。
その時だった。
「…!」
声が聞こえた気がした。
そう、いつも聞いている優しい声。
何かを守るために、必死になる声。
彼女しかいない。
「慧音ッ!」
叫び、走る。
私が蓬莱人であることを、彼女は受け入れてくれた。
その時に彼女がなんていったか。
今でも、覚えている。
―――私も妖怪だ。気にする事は無い。
その時妹紅は思う。
ああ、こいつは最高の馬鹿だと。
不老不死の人間と妖怪なら釣り合う物なのだろうか。
いや、釣り合う筈が無い。
でも。
その言葉とは即ち。
―――私が蓬莱人だという事が、関係ないことだとわかった。
つまるところ、彼女は私が何であろうと気にしなかった。
私が蓬莱人であることに触れもしなかったし、気にも留めなかった。
そりゃ確かにそれを知ったから人間の里に連れて行かないようにしたけど。
―――けど、彼女自身はそれについて触れなかった。
だから。
今まで守ってもらっていたから、守りたい。
慧音の為に、なりたいと。
「慧音ッ…!?」
ようやく慧音を見つける。
だが―――彼女は倒れ付していた。
しかしその倒れ付した状態で、全身から血を流しながらもなお立ち上がろうとしていた。
そして彼女の前にいるのはその尋常ではない爪を持った妖怪らしき男。
無残にも、慧音は彼の前に屈していた。
しかし、解せない。
普段の彼女ならば、通常の妖怪ぐらいならば余裕で勝てるはずだ。
なのに、どうして―――!
そこで、ふと思い出す。
―――いいか、妹紅。
つまり、妖怪は新月では真の力を発揮できない。
寧ろその力は普段と比べると圧倒的に弱まり、もはや人間ランクの力しか出せなくなる。
―――じゃあ、新月の時は慧音も弱くなるの?
―――ああ。
普段の十分の一…いや、もしかしたらその程度も出せなくなるかもしれないな。
そうだ。
今日は新月。
ならば、彼女が負けるのも無理は無いが―――
(何で、あの妖怪は普通に立っていられるんだ―――!?)
そう。
同じ妖怪ならば、新月の影響を受けるのも必然のはずだ。
なのにその妖怪は、あまりにも普通に慧音を見下して立っていた。
だが。
それを考え付く間もなかった。
慧音に―――その爪が、振り下ろされようとしていたのだ。
「慧音ぇぇぇッッ!!!」
もはや、妹紅に自分を抑える事などできなかった。
ただ、彼女の名を叫ぶ。
―――大切な者を守る為に。
=====
「くッ…はぁっ…」
「ほう…ここまでしぶといとはなぁ。」
慧音は、すでにうつ伏せになって倒れていた。
しかし、その意識はいまだ途絶えていない。
その証拠に、その状態でもまだ自分の両腕を使って立ち上がろうとしているのだ。
柊は、ただその姿を見ていた。
「がぁっ…まだだ…まだ…!」
「本当に…しぶとい奴だっ!」
口から血を流し、所々服が破けている。
そしてそこから見える素肌すら、血の色に染まっていた。
それでも妖怪は、その爪を振るう。
ザシュッ!
「がっ…!」
その爪は、慧音の背中の中心を突き刺す。
―――もはや、言葉すら出すのが辛い。
彼女の身体は極限まで追い込まれていた。
指を動かすのが辛い。腕を上げるのが辛い。
もはや、意識など当の昔になくなってもいいはずなのだ。
だが―――
「もう倒れたのか?仕方ない…残りはこのガキだけだな。」
「―――!!」
妖怪の言葉が、そうやって柊に向けられる。
その度、慧音は意識を無くさない様に耐える。
「そいつに―――手を―――出す―――な…」
「…ふん、本当に頑張るなぁ。」
そういって、妖怪はしゃがみこむ。
そして慧音の髪を掴み―――顔を上げさせた。
慧音は意識と保たせるように、目を開いていた。
「いい女だ。殺すのが惜しいぐらいにな。」
「…ッかぁ…」
もはや、そうされても声も出ない。
意識を保とうとするので、精一杯だった。
慧音はもはや、捨てられた犬のように弱い眼を、妖怪に見せた。
「なぁ、俺の女になる気は無いか?そうなれば、あのガキを生かしておいてやる。」
「なッ…」
妖怪の言葉に、思わず耳を疑う。
そんな事、あるものかとも思う。
―――けれど。
柊が生きるためなら。
私は、この身を捧げても―――
「…本当…か…?」
「ああ、俺は嘘は吐かない。」
ならば。と。
慧音は思う。
私がどうなろうとも、柊さえ生き残ってくれれば構わないと。
慧音は―――力弱く、頷く。
そうする事で、柊が助かるなら―――と。
そして妖怪は、にやついて言った。
「賢明な判断だな。ワーハクタク。」
「…だぁ…から…あいつ…には…」
「…ああ、手を出さないで―――」
言った時だった。
「でぇりゃぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「!?」
ガァッ!!
妖怪の後頭部に、太い木の棒がぶつかる。
いや、ぶつかるというよりは―――それで、殴られた。
「ひぃ…ら…ぎ…!?」
「この…クソガキがぁっ!!」
妖怪は、怒り狂い柊を吹き飛ばす。
そのまま、近くの木にぶつかる柊。肺を打ったのか、思わず咳き込む。
「は、話…が…違う…」
「今のは向こうから手を出した。それだけだろう?」
そういって、柊を睨みつける妖怪。
そして柊は、どうにか持ちこたえて言った。
「殺すなら…俺を殺せ。」
「ッ!ひい…らぎ…!!」
突如放たれた言葉。
慧音は、その言葉に衝撃を受けた。
「俺は…慧音さんが好きだっ!俺のせいで、慧音さんが死ぬんだったら…俺を殺せッ!」
「ひぃ…らぎ…やめ…ろ…!」
慧音は、もはや出ない声を必死にひねり出す。
―――朦朧としている意識を保ち、叫び続けようとする。
けれど、柊の耳にその声は届かない。
否、彼はそれを受け入れる事を拒んだ。
彼女を本気で、愛しているから。
それを聞いて、その妖怪はまるで嘲るように笑う。
「くっ…はっはは!人間のガキが、こんなワーハクタクに惚れるか!
だが、所詮この女は妖怪!貴様たち人間が恐れる―――」
「黙れぇッ!」
「なッ…!」
柊が、叫ぶ。
―――もはや、恐怖など無い。
恐れる事など無い。
彼女を守る。
その為ならば―――
「だからどうしたって言うんだ…妖怪だから?人間じゃない?
そんなのは、ただの言い訳だっ!ただの逃げだッ!」
「なん…だと?」
「俺は―――その人が好きだからっ!こうやって守るんだッ!」
―――そうだ。
それ以上の感情はいらない。
守りたいから。好きだから。愛しているから。
全て流れに身を任せた感情で構わない。
それやってでも―――守りたい人が居る。
それが、彼の幸せだった。
「ガキが…守れるほどに強くもねぇ癖に!」
「ぐっ!」
「調子に、乗るんじゃねぇぇぇぇぇッッッ!!!」
そして、それがその妖怪の堪忍袋の尾を切れさせた。
腕を振るい、爪を放つ。
それだけで、子供一人を吹き飛ばすには十分すぎるほどだった。
「がぁっ…!!」
「ひぃら…ぎっ……ッッ!!」
吹き飛ばされ、どさっと言う音と共に、柊が倒れる。
慧音はその姿を見て、思わず叫んだ。
しかし、その今にも消え入りそうな声に反応するものは居なかった。
「気が変わった…」
「な…に…?」
「お前を物にする前に、あのガキを殺してやる。」
「ッ…!!はな…しが…ちが……ッ!!」
倒れている柊を睨みつける妖怪に、慧音が声を詰まらせる。
―――ふざけるな。約束が違う。
言おうとして、言えない。
もはや口には何かの突っかかりでもあるんじゃないかと思うぐらい、何も声がでない。
そして、柊はゆっくりと立ち上がった。
「あのガキも、いい根性だ。だが…不幸だったな。」
「ひぃら……ぎっ…逃げ…ッッッ!」
声が出ない。
出て欲しいのに。
どうして。
「慧音…さんッ!!」
「地獄で後悔しなッ!」
その妖怪が、腕を振り下ろす。
慧音には、止めることなどできない。
できない、はずだと。
その妖怪は確信していた。
けれど。
光が、溢れる。
夜なのに、一瞬だけ大きな光が、世界を包む。
いや―――歴史を。
その歴史を全て曝け出すかのように。
輝いた。
未来『高天原』
慧音が放つ最後のスペルカード
それは過去の歴史を照らしだす未来の光。
包むは邪悪。
歴史を変えるほどの
未来を
作り出す、光。
「なッ…ぐぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
その妖怪を、消し去るほどに強力。
その光はより輝き、新たなる歴史を作ろうとして―――
―――消える。
ここまで来て。
慧音の身体が持たなかった。
もはや限界。
意識を保つのに全力を使うのが、精一杯だった。
もはや、指一本動かせない。
その妖怪は、もはや肌などに焦げ後や傷跡などが多数ついた。
しかし、致命傷となる一発が無い。
放った奴に気付き、思わず慧音を見下ろす。
「テメェか…楽にしていれば、命だけは見逃してやろうと思ったのによ…」
「……ぁ…ひ…ら……ぎ……ぶじ…」
完全に朦朧とした意識。
もはや、何かを理解する事すらできない。
「完全に殺してやるよ。今からな。」
妖怪は、完全に殺気立った瞳で倒れた慧音を見る。
そして、その腕が振り上げられた。
―――ああ、私は死ぬのか。
慧音は思う。
誰一人守れなかった。
誰一人守ってやれなかった。
人間を。
誰よりも愛しているなど。
所詮は。
浅はかな考えなのかと。
身を委ねる。
全てに。
私の知る、
歴史に―――
この身体を―――
意識が消え入りそうになるその時。
声を、聞いた気がした。
力強くて。
優しくて。
誰よりも。
何よりも。
私の。
愛している。
人間の―――
「も…こ……う…?」
その人間の名を呟いて。
慧音は意識を失った。
=====
「…誰だ、お前は。」
「…」
慧音が完全に倒れ伏した時。
慧音とその妖怪の間に入っていったのは、妹紅だった。
「誰だって、聞いてるんだ―――」
「黙れよ。」
一瞬の事。
通常の妖怪にとっては眼にも留まらぬ。
いや、放ったのさえ確認できないほどのスピードの拳をその妖怪の顔面に―――叩き込む。
「がはっぁ!?」
そして、妖怪は吹っ飛ぶ。
妹紅はそれを見るまでも無くしゃがみこんで、慧音を抱き起こした。
その顔はいつもと違って、悲しげで、弱くて、情けなくて―――
見た事の無い、涙すら―――流していた。
「慧音…」
「……も…こぅ…」
慧音は、うわ言のように呟く。
いや実際にうわ言なのだろう。
彼女に、意識は無い。
もはや、そうやって妹紅の名を呟き続けるだけだった。
「柊。」
「な、何だ…?」
「慧音を連れて、急いで村に戻れ。」
妹紅は、いつもと違って冷たい口調で言い放つ。
流石にその言い方に憤りを覚えたのか、柊も言い返す。
「何言ってるんだよ!?もこが、あんな化け物に敵う筈…!」
「だから、お前たちだけでも逃げろって言ってるんだ。」
言う。
―――確かに、柊の力では太刀打ちできない。
そして、慧音はすでに戦う事すらできない。
「私が時間を稼ぐ。逃げろ。」
「でっ…でもっ!」
「煩いッ!慧音の事を好きなら、すぐに慧音を連れて逃げろッ!!」
鬼神のような、表情。
もはやいつもの妹紅ではない。
柊はそれを直感した。
そして柊は妹紅のほうに駆けていった。
「柊…持っていけるか?」
「判らない…けど、やってみる。」
「ああ、その意気だ。…慧音を、任せた。」
「ああっ!」
妹紅は最後に柊に笑顔を見せて、頭に手を置く。
そして柊は、慧音を肩に乗せる形で、引きずりながらゆっくりと妹紅から遠ざかっていく。
「…頼んだぞ。」
呟く。
そして、その声に同調するかのように―――
ヒュッ―――!
妹紅の髪を、切り裂く刃。
髪の一房が、パラパラと空中で舞い、地面に落ちていく。
「なかなか…いい一発だったぜ?」
「それはどうも。」
妹紅はポケットに手を突っ込んで、立ち上がる。
その妖怪の眼を、見る。
―――腐った眼だ。
直感的に、感じる。
こういう眼をした奴に、碌な奴は居ない。
「あのワーハクタクとガキは?」
「私が、逃がした。」
「…やってくれるじゃねえか。」
妖怪が妹紅を睨む。
そして―――
空中を、裂く音。
まるで空気が斬られたかのような音を立てる。
それは即ち、その妖怪が振り下ろした刃の如き爪。
当然ながら、標的は―――妹紅。
だがしかし。
その動きをさも当然の如くかわす妹紅。
この程度で捉えられるほど私は弱くないとでもいいたげな表情。
あまりにも普通すぎる動きで避ける。
「この程度?」
「くッ…なめるなぁっ!」
―――激情。
戦闘では一番合ってはならない感情だと妹紅は思う。
怒りに身を任せるなど、戦い方としては不適。
常に冷静になって、大局を見渡せるほどの力量が必要だと思う。
―――最も、『あいつ』相手じゃ無理だと思うけど。
と、心で付け加える。
「その程度で―――」
「!?」
「私を打ち落とせると、思うなッ!」
ポケットから抜く、両手。
その二つを何かを握り締めるようにして―――放つ。
一発、二発、三発、四発。
ああ、五発目からは数えるのも面倒になった。
その全ては、まるで火の様に。
一撃一撃が、全てを灰へと変える炎のように、放たれる。
当然ながら、一発たりとも外す気は無い。
「ぐぉっ…がはぁっ…!」
「感じろよ…あいつの痛みを…ッ!」
そうだ。
一生忘れないに違いない。
「お前は、私を本気で怒らせたんだッ…!」
いつも、優しくて。
温かくて。
家族のように、接してくれた。
そんな慧音を―――
「慧音を、お前は泣かせたんだッ!!」
思いの丈を、ぶちまける。
もはや自分も冷静じゃないのかもしれない。
けれど、こうせずにはいられない。
慧音を。
誰よりも、私にとって大事な慧音を。
―――こいつは、泣かせた。
それだけでも、十分殴り続ける理由にはなった。
拳を止める。
もはや、これ以上殴り続けても、無駄かもしれない。
そう思った。
だが―――
シュン!シュン!
「…ッ!!!」
油断は、大敵だ。
元気とは言えないが、その妖怪は普通に立ち上がり、その刃を振るった。
そして―――右腕が、吹き飛ばされる。
血が溢れ出る。
痛い。苦しい。
「やって…くれやがったな、テメェぇぇぇぇッッ!!!」
―――激情は限界まで来ると力にもなるのかもしれない。
あくまでも妄想だが。
『窮鼠猫を噛む』という言葉がある。
つまり、私が猫で、こいつが鼠と言う事なのだろうか。
しかしまぁそれでは私が負ける。負ける気は一切無いが。
―――刃
今までのものとは比べ物にならない。
だが、通常ならば確かにこの程度は放てるはずだ。
ただこの妖怪が、腕を振り回せばいいのだから。
しかし―――先程の事について、やはり疑問が残る。
それは、先程の連続拳。
通常、あれだけの連弾を喰らえば、慧音ですらも倒れるはずだ。
しかし、この男は慧音より弱いはずなのに―――倒れない。
いやまずそもそもが可笑しいのだ。
新月の時には、妖怪は真の力を発揮できないんじゃなかったのか?
いや真の力どころか、いつもの十分の一も発揮できないんじゃないのか?
この男―――何者だ?
「うおりゃぁぁぁっ!!」
「ッ!!」
そこで、思考を現実に引き戻す。
―――疾い。
その全てがまるで空間を包み込むように放たれている。
この全てを回避する事は―――不可能。
次は―――左腕を持っていかれる。
肩から下が、切り裂かれた。
これで、両腕を無くした。
それを見て、その妖怪は満足そうに笑う。
「…くっくく…いい姿だな。」
「…」
痛い、痛い、痛い、痛い。
その言葉を胸に抑える。
言ってしまっては、負けのような気がするから。
「折角の容姿が…台無しだな。」
「…あんた。」
「ん?」
妹紅が口を開く。
最高の笑顔を見せて。だ。
「腐った眼をしてるなって思ったけどさ―――ちょっと訂正するわ。
あんた―――心の底から、腐ってる。」
「なん…だと…ッ!?」
怒りに打ち震える。
―――やれやれ、単純だ。
こうやると、すぐに向かってくるなんて何て情けないことか。
そして―――放たれる刃。
「腕が無いからって、弱いと思わないでね?」
「ッ…!?」
妹紅は、それを避けるようにくるっと後ろ宙返りをする。
そして―――重力でポケットから落ちてくる、スペルカード。
それを宙に浮いたまま通常の体勢に戻って、自分の胸元辺りまで蹴り上げる。
そして―――叫ぶ。
不死『徐福時空』
それは、妹紅を包み込む時空。
それは、妹紅から放たれる徐福。
弾幕の中へと、誘う不死。
全てを彼女の作った結界が包み込む。
「しゃら…くせぇっ!!!」
妖怪は、それを物ともせずに妹紅に刃を放つ。
だが―――
シュボゥッ―――!
その弾幕に触れる度。
まるで。
全身か焼けるかのような炎が、肉体を包む。
「なッ…」
「ここで死ぬのが、一番の幸福かもよ?」
妹紅は諭すように言う。
燃える時空。
それは余りにも儚いけれど、死なない物。
それは消えない悲しき定めとも言うべし物。
徐福―――
与えるは紅に染まる者。
そして、妹紅は叫ぶ。
「諦める気は…無いみたいだねっ!」
「…諦めるだぁっ?」
その妖怪は、宙に浮かぶ妹紅を睨みつける。
「この程度で…死ねるかよッ!!」
刃を、放つ。
それこそ、無尽蔵にだ。
その時だった。
「この結界は―――」
「ッ!?」
「邪魔だぁッ!!!」
刃を振るう。
しかし、対象は妹紅ではない。
妹紅を包み込む―――その時空そのもの。
弾ける。
空間が弾けて、元の夜となる。
月の出ない夜に。
(…どうして、こんなに力を出せるッ!?)
妹紅は落ち着きながらも、考える。
そう、新月だ。
何度も思っているように、新月の時にこんなに力を出せる妖怪なんかいないはずなのだ。
なのに。
なのにどうして。
―――その状況で、私の作る結界を破る事ができる!?
そうまで考えた。
だが。
「―――はぁっッッ!!!!!」
「―――ッッッ!!!!」
理解するのが、一瞬遅れた。
妹紅の首筋にまで、刃は迫っていた。
この距離から避けるのは、不可能だ。
(拙いッ―――!)
思ったときには、もう遅かった。
妹紅の首は、綺麗な放物線を描き。
月の出ていない夜空に、舞った。
=====
死ぬ時は、いつもこうだ。
真っ暗で、何も見えないときから始まる。
そして―――生まれるのだ。
今は亡き、母さんと、父さんの顔。
けど、私は望まれた子供じゃなかったらしい。
だから、父さんは私が生まれた事を隠した。
そんなに力を入れて育てる事も―――しなかった。
それでも、遊ぶ時はちゃんと遊んでくれた。
母さんも一緒に。だ。
そうやって、屋敷の中で隠れて暮らす生活だったけど。
―――楽しかった。
そして、ある日に景色は移る。
父さんが、あの女に求婚をした日だ。
父さんは、赤っ恥を掻かされて帰ってきた。
そして、藤原一族の中で、父さんの評価は最悪な物となった。
その日以来―――私はあの女を。輝夜を憎いと思った。
そして次の景色だ。
輝夜を迎えに、月の使者が来たという。
わざわざ輝夜を守るために、帝は千の兵を集めたという。馬鹿みたいだ。
そしていざ月の使者が来ると―――あっという間に、ばったばったと倒れていく。
このまま、輝夜は月に帰るものかと思った。
けれど、予想とは違っていた。
月の使者の一人―――永琳と名乗る女が、他の月の使者を殺し始めたのだ。
全員だ。
月からの使者は、永琳一人しかいなくなった。
輝夜は永琳に連れて行かれそうになった。
だから私は飛び出した。
自分に似つかわしくないほど大きい刀を持って。
けど、勝負は一瞬でついた。
永琳の放った弾幕が―――私を捉えたのだ。
あいつは私を殺そうとしなかった。
輝夜はそれを不満そうに思っていたが、永琳はどうにかなだめた。
そして永琳は、壷に入った薬を残して、輝夜と共にどこかに消えた。
そして―――
富士の山。何故か薬を貰った人間たちは、
ここの噴火口に薬を捨てようとしたのだ。
何を考えている。馬鹿らしい。
口止め料として折角貰ったものを、自ら捨てる馬鹿がいるものか。
私は刀を握り、その連中に斬りかかった。
そこにいた者は全て。一人残らず、斬り殺した。
いや―――斬り殺すことができたといったほうが正しいかもしれない。
なぜなら、私も斬られ返されたからだ。
しかし、最初の飲んでおいた薬のおかげで、死ぬ事は無かった。
その事が誰にも知られないように、私はそこにいる全員を斬り殺すことができた。
帝も含めて、だ。
さらに、景色は移り変わる。
どこだかわからないところを、私は歩いていた。
そう、かれこれ七百年程だ。
誰にも触れられないように。たった一人で生きてきた。
その方法は勿論窃盗だのなんだの。
けれど、ある日だった。
へんちくりんな帽子をかぶった人間に会った。
よくそんなものを頭に乗せて歩けるね。とか思った。
そいつは私に優しく語りかけてきた。
みずぼらしい服装だったから、きっと気の毒に思ったんだろうと思った。
別に、人間の施しは受けたくなかった。
だからそこで拒否した。
けど、何故かそいつは私にまとわりついてきた。
―――違う。
私が、纏わりつかれるのが嫌じゃなかったからだ。
数百年間一人で生きてきた。
寂しかった。けど涙なんて流さなかった。
一人で生きていけると、思っていたからだ。
けど、そんなのは所詮理想に過ぎなかった。
私はやはり人間だと、思った。一人で生きていける事の無いのが、人間だと。
そいつに抱きしめられた時、涙が止まらなかった。
私を気にかけてくれる人がいる。
私の事をこうして抱きしめてくれる人がいる。
それだけで―――幸せを感じた。
そして、私は蓬莱人になって初めて―――泣いた。
その人間は―――上白沢慧音と、名乗った。
そして―――しばらく経った日だ。
まだ、慧音には自分が蓬莱人であることを明かしていなかった。
そんな日に、見知った顔の奴を見た。
蓬莱山、輝夜―――
私は自分を抑えきれず、輝夜へと向かった。
しかし。
一瞬で、消された。
だが、私は蓬莱人だ。
消されようと、燃やされようと、地獄の底に落とされようと。
現世に戻ってくる、蓬莱人だ。
慧音は、初め驚いた表情をしていた。
私は、嫌われても仕方ないとも思った。
けど、やっぱり慧音は私を受け入れた。
蓬莱人であることを知っても、私を抱きしめてくれた。
私は、また泣いた。
慧音の胸で。大きな声で泣いた。
こうやって本当に私を愛してくれる事に、本当に幸せを感じた。
ああそうだ。
死ぬときはいつもこうだ。
死んだ時に、こうやって輪廻を繰り返す。
記憶の輪廻。
一生纏わり付くのかも知れない、地獄のような輪廻。
この記憶が消える事は無いだろうと、自分でも思う。
そして、無くしたくないとも、思う。
そして、輪廻を繰り返し。
私はまた―――生きる。
死んでも死なず、死のうとしても死ねず。
死んで死に死に死に死んで死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死んで
生きて生き生き生き生きて生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き生きて
もはや何度死んで、何度生きただろう?
―――数えるのも億劫になった。
私は、死んでいるのだろうか、生きているのだろうか?
―――自分の存在さえ、わからなくなってくる。
それでも、また私は生き返る。
けれども思う。
死んでいない人間は、生きているのだろうか?
そして、生きていない人間は―――死んでいるのだろうか。
私はその中間にいる。
死んでもいない、生きてもいない人の形をした何か。
蓬莱人とは、そのような者ではないかと、思うのだ。
この記憶の輪廻を繰り返し。
再び生き返るのは果たして本当に藤原妹紅だろうか?
藤原妹紅と全く同じ記憶と同じ姿を持った別の者ではないのだろうか?
心の輪廻を繰り返す。
生死。
実に曖昧な境界だと思う。
それでも、思うのだ。
この記憶の輪廻を経て、私は何度でも思う。
蓬莱山輝夜が憎いと。
蓬莱人として生きるのは辛いと。
そして何より。
自分を受け入れてくれた慧音への―――想い。
生き返ろう。
何度でも輪廻を繰り返そう。
私を想っている彼女がいる。
私が愛してやまない―――彼女がいる。
今はまだ―――死ねても、死にたくない。
彼女を、悲しませたくないから。
だから。
輪廻を経て―――不死鳥のように―――
私は、何度でも―――蘇るのだ。
=====
ドサッ、と。
妹紅の首が地面に落ちる。
「手間を…かけさせやがって…」
その妖怪は呟く。
そして、その首に背を向けて歩き出した。
「これで、ようやく人間の里に向かえるな。」
そう思った。
だが。
―――世界を照らす、炎。
一面は紅く輝き、この世界を燃やし尽くすかのようだった。
そう、それは比喩ではない。
事実、その紅い炎は燃やし尽くしているものがあった。
吹き飛ばされた、妹紅の両腕と―――胴体。
その全てを灰に変える。
だがしかし、その首だけは燃える事が無かった。
いや、首が燃えなかったのは寧ろ当然なのかもしれない。
その首は妹紅を象徴するもの。
胴体よりも優先すべきものだと、その紅い炎は感じたのかもしれない。
「な…に…?」
その妖怪も、驚きを隠すことはできなかった。
やがて、妹紅の首が動き始める。
そして―――炎が首を包む。
しかし燃えることは無い。
いや寧ろ―――形作っている。
妹紅の―――今までの肉体を。
再生―――というには、余りにも似つかわしくない光景。
肉体が復活しているというのに、何故なのだろう。
その様子は、再生というよりは寧ろ―――
―――蘇生という言葉が、似合っていた。
―――リザレクション―――
輪廻を超えた転生による、蘇生。
今再び、妹紅には命の灯火が灯された。
永遠の命を司る不死の炎鳥によって。
当然ながら、吹き飛ばされた両腕も完全に完治していた。
妹紅は、ニィ、と歯を見せて笑う。
「…さぁて、試合再開と行こうか?」
「…くっくく…テメェ、まさか…蓬莱人か。」
その妖怪は、狡猾な笑みを浮かべる。
まるで、今までの人生の中で最高の標的を見つけたような―――笑み。
「蓬莱人の生き肝は―――喰った奴を、不老不死にするって言うな。」
「ああ…そうだね。それで?」
「食わせてもらおうか―――テメェの生き肝をよォッ!」
そういって、腕を振るう。
だが―――
すっと。
妹紅はその場から姿を消した。
「何ッ…!」
流石に消える事までは予想していなかったのだろう。
焦りの表情が見える。
「くッ…どこだ!どこに―――!」
その時。
不死鳥の翼が開かれる。
その―――妖怪に。
『パゼストバイフェニックス』
そう、呟く声が聞こえた。
不死鳥の翼―――
それは、全ての再生となり、全ての破壊となる翼。
『その翼は―――不死鳥の翼。』
「ッ、蓬莱人!どこに居やがるッ!」
『―――なぁに、心配する事はないよ。何せお前は死ぬんだから。』
「なんだと―――!?」
声はすれども姿は見えず。
まさしく今の状況を表すもの。
けれど。
更に妹紅は、言うのだ。
『その不死鳥の翼が―――お前に呪いをかけてくれる。』
同時に。
その妖怪の腕が、燃える。
余りにも、突然に。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
もはや、妖怪すら何が起こったのかわからない。
いや、わかるはずがない。
自分に付きまとう、その不死鳥の翼が腕を灰に変えようとしているなど。
誰が思うだろうか?
―――いや、思うはずがない。
『次は―――足かな?』
まるで、幼子の様に無邪気な声で呟く妹紅。
その言葉に反応するかのように―――その妖怪の足が、燃えた。
更に次は、胴体だった。
燃えていく。
肉体が、全てが。
先程妹紅を包んだ再生の炎とは違う、対なる存在である破滅の炎。
『これで最後かな―――私がさっき跳ね飛ばされたところ。』
そう、首だ。
その妖怪の首を。炎が包む。
これで、彼は全身が炎に包まれた。
「がぁっ…くはぁっ……!!!」
完全に、燃やし尽くす不死鳥の翼。
そして、音が鳴る。
見えない世界での妹紅が指を鳴らす。
瞬時に、不死鳥の翼と妖怪を包む炎は消え去った。
そして妹紅が姿を現し、宙から地面に降りてくる。
「どう?これでもまだやめる気にならない?」
妹紅が言う。
正直な所、それなりに全力で戦っている。
だが、本気を出してしまえばそれなりに負担もかかる。
慧音を泣かした事は、憎い。
柊を傷つけたのも、当然憎い。
まぁ、やはり最終的には殺すのだろう。
それまでの過程の問題だ。
やめるなら、こっちが楽に殺せるという程度。
けれど。
やはりその妖怪の行動は、予想と反していた。
シュバァッッ―――!!!
「!!」
刃。
今までよりも遥かに速かった。
完全に避ける事はできず、その刃は胸の近くを切り裂いた。
「チッ…外したか。」
「…やめる気は、ないみたいだね。」
「当然じゃねぇか。不老不死になるための存在が目の前にいる。それを逃がしてどうすんだよ?」
そういって、全身を焼け焦がれながらも突撃を仕掛けてくる。
―――疾い。
今までより、少し速い気がする。
もしかしたら純粋に私が疲れているだけかもしれないけれど。
けれど、いくらなんでも尋常じゃない。
これではまるで、満月の時の、真の力を発揮した状態みたいじゃないか。
その時、気付いた。
シャラン―――
「!」
その妖怪の胸で、揺れ動く何か。
それに妹紅は、ようやく気付いた。
―――間違い無い。
確信する。
あれが―――この妖怪に力を与えている。
シュッ!!
思考をしていたせいで、反応が一瞬遅れた。
刃が頬を掠め、赤い一筋の線が浮かび上がる。
「くそッ…!」
妹紅はその状態で、地面に足をつけた。
そして、妖怪と対峙して睨みあう。
(…ちょっと、危険な賭けかもしれないけど)
そうは思う。
けれど、それしか方法は無い。
こんな化け物。いや、化け物には化け物足りえる理由がある。
それを破壊すれば、こっちの勝ちだ。
まぁ、仕方ないと。
別に死んでももう一回機会はあるわけだし。と軽々しく思う。
まだ、体力の限界というほどではない。
右の拳を、構える。
そして、じっと妖怪を睨みつけた。
その妖怪が、先手を打つ。
―――腕を振るい、刃を放つ。
やれやれ、この程度の芸当しかできないのかと、ちょっと呆れる。
もう少し技を身につけなければ生きていけませんよ。
そう思いながら、一直線にその妖怪へと足を運ぶ。
そして、リーチの届く範囲。
そこで―――右の拳を振るう!
「甘いぜッ!」
だが、妖怪はそれに気付く。
瞬時に振り下ろされた腕で、右腕が吹き飛ばされる。
回転しながら放物線を描いて右腕が宙に舞った。
「その程度で、俺を殺そうなど―――!」
思ってなんか、いないよ。
そう僅かに呟き―――左手を広げる。
そう、右手は完全なるフェイク。
敵をひき付ける為のただの囮に過ぎなかった。
―――右腕一本犠牲にして勝てるなら安いものだよ!―――
そして―――!
ブチィッ!!!
妖怪の胸元にあるそれを、引きちぎる。
一瞬の出来事だった。
その瞬間、妖怪が崩れ落ちる。
まるで全く力の与えられていないように。
―――通常、新月の夜に妖怪が見せる姿。
「くはぁっ…あぁっ…がっ!!!」
「…やっぱり、これがあんたにとっての力の源だったみたいだね。」
妹紅が、それを妖怪に見せるように言う。
そう、それは満月の形をしたペンダント。
恐らくはマジックアイテムなのだろう。
「こんなもので騙されてたとは…私も慧音も、まだまだだね。」
「か…返し…やがれ…!」
妹紅はその姿を余りにも冷酷な瞳で見つめる。
―――必死になる姿、お似合いだよ。
そんな事を考えながら。
「そうだ…最後にいいことを教えてあげよう。」
そう言って、妹紅はマジックアイテムをその辺に放り投げる。
そして、妖怪の首根っこを掴んで、持ち上げた。
「あんたも、やっぱり不老不死になりたいって思うのか?」
「くはぁっ…!」
「やめといたほうがいい。こんな肉体はもはや呪いにしか過ぎない。」
ゆっくりと、諭していく。
それは、本当に死と生の苦しみを知る人間だから。
蓬莱人だから。
「それでも、お前がさっき言ったようにこの蓬莱の力を求めるならば―――」
妹紅は、その妖怪を持ち上げながら。
そっと呟いた。
『蓬莱人形』
蓬莱の地とは、このような物を言うのかもしれない。
輪廻転生、全てを繰り返す世界。
生きる事は、死ぬ事。
まるで蓬莱人とは、人の姿を模したただの物。
世界を―――弾幕が、包む。
「蓬莱の呪いをその身に感じて―――消えろ。」
妹紅が呟く。
それと同時に、その妖怪は消し飛んだ。
まるで、初めから存在していなかったかのように。
完全に、消えた。
「ふぅ…」
妹紅は、いつもの調子に戻って息を吐く。
上に掲げた左腕が、なんだか物悲しい。
それを下ろすと、近くに放り投げたあの満月のペンダントを拾った。
また誰かに悪用されると面倒だからだ。
―――戦いが終わる。
新月の夜はまだ終わりを見せないが、それでも。
妹紅は吹き飛んだ右腕の痕を切なく思いながら。
ゆっくりと、里への道を歩き始めた。
=====
―――世界が、暗い。
ああ、私は殺されたのだったか。
もはや、何も見えない。
何一つ―――映らない。
顔に、ひんやりとした感触が当たる。
ああ、気持ちいい。これが俗に言う血の池地獄の血と言う奴だろうか。
いやちょっと待て、血の池地獄は熱い筈だ。
じゃあこれは針の山の針か?きっと針だから金属なのだろう。じゃあ冷たい。
けれど、普通だったら身体に針が刺さって痛い筈だ。
じゃあ、これは一体何なんだ?
―――私の意識が、戻る。
重かった瞼が開いて、世界が私の眼に映る。
そして、僅かな声を聞いた。
「……ん…………け……ぃ……!」
「…も…こう…?」
ふと、私はその名を呼んでいた。
何故だろう。
でも、あの子の名前だけは普通に出てきた。
「慧音さん…慧音さんっ!」
「…柊…か…?」
完全に、私は意識を取り戻した。
しかし、力が入らない。上半身を起き上がらせる事で精一杯だった。
ジャラ、と音を立てて、何かが私の頭から落ちる。
氷のうだ。先程の冷たい感触はこれだったらしい。
どうにかその力を振り絞って、上半身を起き上がらせる。
にしても億劫過ぎる。何があったのか―――
「慧音さんっ…!」
「柊…ここは…?」
「…人間の里です。」
「村…長…?」
後ろを見ると、里の人間が集まっていた。
そして声をかけてきた村長に問いかけようとするが、声が出ない。
そこで村長が言う。
「傷ついた慧音さんを…柊がここまで連れて来たのです。」
「柊が…そうか…」
ようやく、思い出してくる。
柊を追いかけて、森の中へ入って。
そして、そこで妖怪と戦って。
―――ああそうだ、新月なのか。
力が出ないわけが判った。しかもいつの間にか血まみれになっているじゃないか。
そして、あの時―――
ハッとする。
慧音は柊の肩をつかんだ。
「も、妹紅はっ!?」
「えっ!?」
「妹紅は、どうしたんだ!あいつは確かにあの時―――!」
柊が、俯く。
あの時、何もできなかった自分に不甲斐なさを感じているのかもしれない。
そして、口を開こうとした。
その時だった。
ザッ、ザッ、と。
土を踏みしめて歩く音が聞こえる。
そう、それは里の中から聞こえるものではない。
里の入り口から―――聞こえてくる、歩行音。
それは確かに。
いつもの彼女だった。
長い、地面にまで届くような髪を揺らし。
優しい、童女のような微笑を浮かべ。
「…ただいま。」
帰ってくるのだ。
「…妹紅…」
「もこっ!」
柊が、駆け寄る。
それと同時に、子供たちも寄ってきた。
「柊、ご苦労さん。」
「もこ…お前、右手…!」
「ああ?気にするなよ。この程度かすり傷だ。」
そう言って、妹紅は無くなった右腕の方を見る。
子供たちも、心配そうにそれを見つめていた。
そして妹紅は、まだ存在する自分の左手を、柊の頭に乗せる。
「あっ…」
「右腕一本犠牲にしただけで…お前と慧音を、救えたんだから。」
そして、頭を撫でてやった。
所詮、彼女にとっては右腕一本。
生きる者の命の重さに比べれば、こんなものは髪の毛ほどの価値も無いのだろう。
「ありがとうな、柊。」
「…ッん!」
言葉など、要らないけど。
その最高の笑顔を、妹紅に見せる。
妹紅もそれと同様の笑みで、柊を迎えた。
そして、慧音が歩いてきた。
妹紅はその姿を見て、辛く思う。
いつもの強気で、偉そうな慧音の姿はそこには―――無かった。
けど、いつものように言おうと思った。
「ただいま、慧音…」
「…」
慧音は、何も言わなかった。
俯いて、地面を見る。
その瞬間だった。
パァンッ!!!
「―――ッ!」
妹紅の頬が、吹き飛ばされる感覚を受ける。
実際に吹き飛ばされているわけではない。
けれど、その力は今までよりも強く。新月の出る夜だというのに。
慧音は―――妹紅の頬を、力一杯叩いていた。
「お前はっ…!そうやって、また無茶をしてっ…!」
「慧音…」
妹紅は、自分の頬をさすりながら、慧音を見る。
―――泣いていた。
今再び、彼女は妹紅の前で、泣いていた。
「お前はッ、自分勝手すぎる!
そうやっていつもいつも自分一人で行って―――私が背中についているのも忘れて―――ッ!」
「…慧音。」
「私はお前と一緒だ!自分の我侭で他人を悲しませて!
―――相手が、どれだけ自分を想っているかも気付いていない、ただの大馬鹿者だっ!!」
慧音は叫ぶ。
今までと違う。自分の想いを隠す事無く曝け出している。
涙を流して―――自分の想いを、ぶちまけている。
弱い慧音だった。
妹紅は、そんな慧音に近づいて―――
そして、抱き留めた。
「…妹紅ッ…!」
「泣かないの。折角の慕われるお姉ちゃんが台無しだよ?」
「知らないッ…そんなのっ!今は、妹紅が生きてくれてるから…」
「何を言ってるのさ。私が死ぬわけが無いでしょ?慧音はそれを一番よく知ってるくせに…」
「ぐっ…ひぐっ…!」
「…やれやれ。」
ぎゅっと。
より強く抱きしめた。
彼女の想いを受け取って。より強く。より強く。
―――今だけは、こうやって泣かせてあげてもいいかな。
抱きしめながら思う。
しがみついて離れず、ずっと泣きじゃくる彼女を。
こうやってぎゅっと。抱きしめるのが新鮮で。
ちょっと温かいと思う。
慧音の温もりを、感じている。
言葉なんて要らない。
今の時間に、言葉なんて。
必要ないのだ。
新月の夜。
半獣の少女の流す大粒の涙が。
その声が里に響いて―――
そして―――新たな、朝を迎えるのだ。
=====
―――数日後。
「…あの時の返事、もう少し考えたが…やはり、私は…」
「…いや、気にしなくていいです。」
村の外れの方で。
慧音と柊が話をしていた。
議題は、『新月の日の告白について』
別に議題というわけでもないような気がするが。
「だから―――ちょっと、未練を残すかもしれないが。」
「え…?」
慧音は、柊の肩を抱く。
そして、自分へと近づけていき―――
互いの唇を―――重ねた。
「―――――ッッ☆○×♪@Ψ£―――ッ!!!」
「今生の別れという訳でもないが―――せめて、最後に―――な?」
慧音は、頬を赤らめて言う。
対する柊は、もはや今何が起こったのかさっぱりわからず、頭から煙を出してそのまま竦んでいる。
そして―――
「…若菜、今見たな?」
「うん、慧音お姉ちゃんが柊兄ちゃんにちゅーしてたー。」
「…ッ、ちょっと待てぇっ!?お前ら何でそこにいるっ!?」
慧音と柊の決定的瞬間を間近の茂みで目撃していたのが、妹紅とある少女、若菜。
「よし、私が許可する。言ってくるぞ。」
「はーい!」
「ッてぇおいコラァッ!?何をしておるか貴様等はぁぁぁぁッッ!!??」
慧音が、顔を真っ赤にして逃げる若菜と妹紅を追いかける。
残された柊は一人、慧音の唇の余韻を楽しむのであった。
そして日常が過ぎていく。
「えー、つまりだ。幻想郷の歴史は数百年以上に及ぶ。
その中でも魔術師一族として栄えているのはどこの家系だ。はい妹紅。」
「ぐっ、いきなり当てられた…」
「初歩の初歩だ。答えられないはずがないよな?」
慧音が里で行う授業。
妹紅が来てからは一切やっていなかったが、久々に今日開かれた。
「子供たちの手前、間違えられんだろう?」
「ああ…そんな問題、簡単に解いてやるっ!」
「がんばれー!もこ姉ちゃんー!」
「おうよっ!」
男らしい返事をする妹紅。
「博麗だっ!」
「お前それは巫女の一族だろうが。」
一瞬で返される。
楽しすぎるほどの日常。
「いやーすいませんねまた食事をご馳走になっちゃって。」
「いえいえ、前回は大したもてなしもできないままになってしまいましたから仕方ないですよ。」
「…別に今日はもこを呼んだ訳じゃねーんだけど。」
「こら、柊!」
柊宅での食事。
今日はごく普通に慧音も柊もいた。
「ほう、そんな事言っていいのかね柊君。」
「なんか秘策でもあるのかよ。」
「奥さん知ってますか。最近柊君が白沢様に接吻を」
「すいませんでした妹紅お姉様。私が悪かったです。何卒そのお話はやめていただくようお願い申し上げる所存でございます。」
「早いな。」
妹紅も呆れ帰るほどのスピードで土下座する柊。
しかも初めて妹紅って呼びやがったな。ついでに言うなら私は山百合会か。
「あら、何があったのかしらねぇ、白沢様。」
「…さ、さぁ…な。」
「あら、お顔が赤いですよ?風邪でも引きましたか?」
「いや、その…別に、そういう…訳では。」
当事者であるために、本気で恥ずかしがる慧音だった。
日常は、楽しいものだ。
けれど、その終わりは唐突にやってくる。
予想はしていたけれど。
楽しいときだけは、あっという間に過ぎるものなのだ。
妹紅は、それを知っていた。
そして楽しい日常の―――終わり。
「なぁもこ。」
「ん?」
「もう…会えないのか?」
里の入り口。
夕暮れ時に、二人の少女のシルエット。
慧音と―――妹紅だった。
「ああ、満月の日までって…決めてたんだよ。」
「何でだよっ!みんなで一緒に…暮らせるじゃないかよッ!」
柊の言葉が、胸を打つ。
蓬莱人だということは、当たり前だが告げてはいない。
―――私は、ここに居てはいけないのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
「ごめんな、柊。」
「―――ッ!」
柊は、里の方に駆け出した。
妹紅は悲しげな表情でそれを黙って見つめていた。
「…私が言うのもなんだが。良いのか?」
「うん。だって、最初から決められてた事だったし。」
蓬莱人の宿命だ。
同じところに。特に人間の住むところにずっと留まってはいけない。
一生歳を取らずに若いままの姿は、誰しもが疑う。
そうなれば、蓬莱人だということがわかるだろう。
妹紅も、その事は理解していた。
だから。
「…行こう、慧音。」
「…ああ。」
里から、出て行く。
もう二度と。
この地を踏む事は無いと、思って。
月が出た。
今宵は―――満月だ。
「ふっ―――ハァッッ!!!」
軽く、息をついて―――
慧音の髪の色が、服の色が緑へと変わっていく。
そして帽子を取り―――角が生える。
「おおー、相変わらずの満月変化。」
「人の存在を曲芸みたいに言うな。」
笑いながら拍手をする妹紅に怒った口調で反論する慧音。
そう、彼女は満月になると変身をする。
このように角が生えて、どことなく優しい雰囲気こそ残っているものの、近寄りがたくなるのは事実だ。
「…さて、戻ろうか。早く私たちの塒に。」
「…」
「どうしたの?慧音。」
慧音は、その状態で押し黙る。
対して妹紅は、ごく自然な笑顔だった。
「早く帰ろうよ。今日のご飯は何かな、蝗の佃煮?」
「…なぁ妹紅。」
「何?」
「お前、本当に良いのか…あれで。」
慧音が、寂しそうに言う。
「何が?」
「里の皆との別れだ。皆に…何一つ告げないで、ああやって…」
「別に、平気だよ。」
「じゃあっ!」
ガッと。慧音は妹紅の肩を掴む。
身体を動かせないように、両肩をがっしりと。
「何でお前は今―――泣いているんだッ!?」
「…」
妹紅は、確かに涙を流していた。
けれど、その眼に悲しみなどは見せない。
見せなくても。どうして。
―――こんなにも、涙が溢れるのだろうか。
「慧音…私さ。」
「…」
「すっごく。楽しかった。この一月の間。」
涙は止まらない。
けれど、妹紅は最高の笑顔で言うのだ。
この、人生の最高の楽しみを。
「でもさ…皆の前に言ったら私…こうやって、泣いちゃいそうだったからさ…だから…」
「…妹紅。」
「…だから…ひぐ…えぐぅっ……!!」
「…もう、何も言うな、妹紅。」
「うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんっっ!!!」
―――大声で、泣いた。
そして、慧音にすがりついた。
その姿は惨めで、情けなくて、どうにも仕様がなかったけど。
慧音は―――妹紅を、抱きしめた。
それが、彼女なりの愛情だった。
少女の泣く声が響く満月の夜―――。
ずっと、ずっと。
それが終わる事はなかった。
after 50 years ...
「妹紅、人間の里に行くぞ。」
「は?」
慧音からいきなり訳の分からない言葉が出る。
―――何を言い出すんだこの半獣娘は。
とか今日の朝飯である魚を丸焼きにしながら思う。
大体あの時の一月だけだといったのはお前じゃないか。
とか考える。
ちなみに妹紅の右腕は、あの後一回慧音に殺される事でリザレクションを行い、完治した。
というわけで、今は両手が存在する。
慧音も妹紅を殺すのはちょっと躊躇ったが、ちゃんと幻想郷伝説を撃った。
殺される瞬間『それはやり過ぎじゃないか』とか思ったが、生き返ったのでよし。
それはそうと、人間の里に行けるのだ。
「ほ、本当なの?」
「ああ。…もはや、あそこにお前を覚えている人間などほとんどいないだろうからな。」
「ああ…そっか。」
口に出すと、寂しい。
あれから、50年もの歳月が流れたというのだ。
50年間も会っていない、しかも一ヶ月程度会っただけの少女の事を覚えていられるものなどそうそう居ない。
大人ならまだしも、50歳を超えればもはや死ぬのも無理はない年代だ。
覚えている人間が居ないのも、無理はない。
だからこそ、慧音もこの話題を切り出した。
まぁもし覚えている人間がいれば、私がその歴史を喰えばいいのだ。
そのように慧音は考えた。
「まぁ、ゼロというわけではないが。…まず、どうだろうな。」
「ま、それはいいよ。」
「妹紅…」
妹紅は笑みを見せる。
50年前と全く変わらない、童女のような微笑だ。
「もう一度…人間の里に行けるんでしょ?」
「…ああ。」
「それじゃ…行こうッ!」
明るい笑顔で。
何時もの様に、妹紅は言った。
「わーい、慧音お姉ちゃんだー!」
「ねーねー慧音お姉ちゃん、そこのお姉ちゃん誰ー?」
「私か?私の名前は妹紅って言うんだ。」
「もこ?」
「も・こ・う。」
「もこ姉ちゃん、よろしくー。」
「だからも・こ・う!!もこじゃないッ!ってああ怒ってない怒ってないから泣かないでってばぁぁぁ!?」
「あー、もこが泣かしたー。」
「いじめっ子だもこー。」
「うぁぁぁぁ!!??これはデジャヴュか!?デジャヴュって奴か!?」
妹紅が頭を抑えて叫びだす。
―――馬鹿かお前は。
傍からそんな目で慧音は見る。
そうしていると、妙齢の女性が近寄ってくる。
そして、慧音に話しかけた。
「白沢様。」
「どうした?」
「村長が―――白沢様と、お客様をお呼びです。」
村長の家。
どことなく、妹紅は見覚えがあった。
来た事があるというか―――懐かしいのだ。
「村長。呼んだか。」
いつものように高飛車な口調で言う慧音。
―――何か、本当に偉そうだな。
横で聞きながら、妹紅は思う。
でもまぁ実際に人間の里を結界で包んだりして守って、偉い人だから仕方ないかもしれない。
具体的には人じゃないけど。
そこで、改めて妹紅は村長の姿を見る。
―――弱々しい。
仕方ないかもしれないけど。もはや齢60以上だと言う。
普通だったら寿命って言うのは結構短いものだ。60過ぎれば長生きだろう。
村長は横に二人のお付―――らしき人を従えて、言った。
「よく来て下さいました、白沢様…そして、御客人。」
「は、はい…」
妹紅は、そこで頭を下げる。
久し振りかも知れない。頭を下げるなんて行為をするのは。
最近間違って慧音の料理に虫が入っているのに気付かないで食べさせてしまい、失神させた時以来だ。
その時、ふと思う。
どうしてだろう。
初めて会った気がするのに、この懐かしい気持ちを感じるのは。
それを思い出させるかのようだった。
妹紅が頭を上げ、村長の顔を見た時。
村長が、眼を見開くようにして、自分を見ているのに気付いた。
「あ、あの…?」
思わず、妹紅は呟いてしまう。
そして。
「…どこかで、お会いした事はありませんか?」
「え…?」
「…も…こ…?」
「…ッ!?」
ああそうか。
懐かしい気がするのは、そういう事だったのか。
彼の口から放たれた言葉は、そういう事を意味しているのか。
『うるさいな、もこはもこでいいんだよ。俺が決めた。』
そうだ。
私がよく遊んでやった、あの少年だ。
あいつが村長などと―――世の中、狂っているんじゃないか?
そう、思った。
『甘いぜ、もこ!お前だったら予想は付いてるだろ!?』
思いながらも。
涙が。
溢れていた。
俯いて。
誰にも知られないように。
ただ、涙が落ちた。
『判らない…けど、やってみる。』
―――自分に蘇る、あいつとの記憶。言葉。
今すぐに、彼を抱きしめてやりたい。
懐かしく、余りにも久しぶりに会った彼の頭を、昔みたいに撫でてやりたい。
『何でだよっ!みんなで一緒に…暮らせるじゃないかよッ!』
けれど。
それは叶わぬものだと、知っているから。
妹紅は立ち上がる。
そのまま家を出て行こうとした。
そして、家の入り口で。
こう―――言うのだ。
「…きっと、他人の空似ですよ。」
溢れる涙を堪えながら。
―――じゃあな、柊。
あの時、余りに辛くて言えなかった一言を心の中で呟いて。
彼女は―――彼の記憶から、消えるのだ。
and now ...
三日月が、夜空を煌々と照らす。
妹紅は、洞穴の入り口で愛する者の帰りを待っていた。
そして、そんな彼女に近づく人影。
「慧音、お帰りッ!」
「ああ、ただいま妹紅。」
慧音がいつもどおり人間の里に行って、今日も帰って来る。
何時も通りの日々だ。
何も変わりの無い、楽しい日々だ。
まぁ最近何か変化があったといえば、慧音が満月の夜にボロボロになって帰ってきた事ぐらいか。
どうもいきなりやって来た人妖に弾幕ごっこを挑まれたらしい。
いや、具体的にはこっちかららしいが。じゃあ自業自得。
「結局さぁ、その人妖は何だったの?」
「ああ、どうやらあの偽の満月を直しに行ったそうだ。」
「ふーん。」
確かに、あの満月の夜は異常だった。
何せ、満月だというのに慧音に角が生えなかった。在り得ない。
○リーマンの靴紐が切れるぐらい在り得ない。
そんな感じだったから、人妖どもも怪しく思ったのだろうか。
「ところでさぁ、次に人間の里に行けるのっていつだっけ。」
「後…36年後だな。」
「ああ、そのぐらいか。」
普通36年といったら結構長い時間だ。
けれど、蓬莱人や妖怪にとっては別段何てこと無い時間だろう。
まぁ、個人的にはそんなことどうでもいい。
こうやって慧音が帰ってきたのだ。
これ以上嬉しい事が他にあるだろうか。
ぎゅっと、慧音を抱きしめる。
「お、おい妹紅…」
「いいでしょ、別に。もういつもの事だし。」
やれやれ、といった表情で慧音は笑顔を浮かべる。
そして、妹紅は慧音から離れ―――走り出して、すぐ止まる。
「ねぇ慧音!」
「何だ?」
「私、やっぱり思うんだ!」
ここは、きっと有名な蓬莱の地なのだろう。
手を広げてて、空を見る。
月が美しい。
その輝きにも勝るぐらいの輝きで、私は今生きている。
そうだ。
私は生きているのだと。
やはり実感する。
両手をいっぱいに広げて、大きな夜空を見上げる。
まるで今の彼女は、美しく輝く不死鳥のよう。
生きて、
生きて、
生きる―――
輝夜と殺し合い。
馬鹿みたいに騒いで。
一日一日を、楽しんで過ごす。
そして何よりも。
慧音が―――一緒に居るのだ。
誰よりも自分が愛している少女が。
だから彼女は思う。
そして、叫ばずには居られないのだ。
心から思う、彼女の本心を。
「生きているって、何て素晴らしいんだろう!」
... to be
continued?
ぶっちゃけちょっと違和感を抱いたりするところはあったかなぁ、とも思いましたが。
まぁ、それはそれでと。
とりあえず鬼ごっこに真剣になるもこ落ち着け。
待て、それは幾らなんでも拙い。というかそんなことになれば大騒ぎだ。ファンタジーとして無理がある設定だろう。
もこボタン・・・・押してみてぇー。
>帝も含めて、だ。
やはりこれは少し強引すぎかなと。
富士に合わせるためそうしたのかもしれませんが人物が人物ですので不味いかと思われ。
何はともあれ良いものを読ませていただきました。次回作を期待しています。
人だろうが妖怪だろうが蓬莱人だろうが、色々な「絆」があるからこそ
その生を謳歌できるのだろう、と思います。
そして一度築かれた絆は、彼らがそれを覚えている限り、
場所や時間、そして生死の境界を越えてすら存在し続けるものだと。
だから妹紅が忘れない限り、彼女が結んだ絆は消えない、そう思う。
・・・
ちなみに私も「慧」を「彗」と書いた事があります(苦笑)
誰でも一度くらいは間違えますよね? ・・・そうだと言ってくれ。
東方に、オリジナルキャラ及び男キャラはいらないんだよ??
特に男キャラと恋愛系に発展する話はもっといらないねぇwwww
もうこんなクズ作品投稿するなよ?
わかったか?このクズwwwwwwwwwwwwww