Coolier - 新生・東方創想話

=Marvelous Life= 中編

2006/03/06 06:28:26
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私は、その刀を握り締めていた。
刀である必要はなかったけど。けれど。

「輝夜ァッ!!!」

私は、そいつの名を叫んでいた。
恐らく、私がこの世で最も憎いであろう者の名を。
強く、より力強く、叫んでいた。

そして、そいつは私を見た。
近くに居る女―――永琳を従えて。

「へぇ…威勢のいい、子供ね。」
「黙れッ!私の名は藤原妹紅ッ!貴様のせいで、父上はっ、父上はぁぁぁっ!!!」
「藤原?父上?」

はて、と輝夜は思う。
そして、何かを思い出すかのように手をぽんと叩いた。

「ああ、私が五つの難題を出した時に居たあの藤原の娘か。
 そういやあいつも必死になってたわね。こんな世界で見つかるはずの無い物を探したりなんかして。」
「―――ッッ!!!」

輝夜はそれを思い出して、ケラケラと無邪気に笑う。
心底楽しむような笑いに、妹紅は激情した。

「貴様ァァァァァァァァァッ!!!!!」
「あら…」

慣れない刀を。思い切り振り上げるのだ。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――
自分を侵食し、支配する感情の名は『憎悪』
ただその気持ちだけで、輝夜に斬りかかろうとした。

けれど。
それは、思いだけの物となる。

「覇ッ―――!」
「ッ!」

永琳という名の女が、一発の弾を放つ。
その当時、余りにも普通の人間だった私は―――
その一発すらも、まともに喰らってしまった。
どんな弾幕だろうと、直撃すれば瀕死に追い込まれる。
私は剣を握り締めたまま。
あの美しい黒い髪すらも切り落とす事ができずに、その場に倒れ付した。
私は倒れながらも意識を持っていた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
そしてその状態で、輝夜たちの会話が聞こえてくる。
輝夜ははぁ、とため息をついた。

「永琳。別に手を出さなくてもよかったのよ?
 こんな子供一人…貴方が力を使うまでもなかったわ。」
「姫、御戯れはその辺りで。
 不審を嗅ぎ付けた月の使者が、再びやってくるとも判りません。」

月の使者。
倒れながらもその言葉だけが耳に入る。
そして輝夜は―――私を見下ろしていたのか判らないが。言った。

「永琳。わざと手を抜いたわね?」
「ええ。」
「何故、この子供を殺さなかったのかしら。」

永琳は、ふっと息を吐く。
そして言う。

「このぐらいの小さな子供でございます。いくら憎かろうとはいえ、これから永遠を生きる我々を追いかけるなどは不可能。
 彼女には生命に限りがありますから、後50年もすればこの子供も死んでしまうでしょう。」
「…それで?」
「残りの余命ぐらい、楽しませてやってもよいのでは?」

永琳が言う。

「…そうね。確かに、そうよね。別に私はこの子供が憎いわけじゃないし。」

輝夜が楽しそうに、言う。
―――ふざけるな。
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!
私は貴様が憎い、貴様を今すぐに殺したいッ!
だというのに―――!

身体が―――動いて―――くれない―――

「感謝しなさいな。貴方はこの後の人生もまだ楽しむ事ができるのよ?」

奴は―――恐らく私を見下しながら言っているのだろう。
五月蝿い。やはり奴が憎い。殺したい殺したい殺したいッ!!

けれど、それは叶わぬ物となった。
輝夜と永琳はその場から―――消えたのだ。



ただ一つ。二人の誤算は―――

蓬莱の薬を―――置いていった事だ―――
















=Marvelous Life= 中編
















―――翌日。
空は見事なぐらい晴天だった。
太陽はその全身を見事なまでに曝け出し、まるでその光が肌を焦がすかのようだった。

妹紅は子供たちの中心に位置して、皆のほうを見ていた。
そして子供たちのところに入り混じって慧音も立っていたりする。

「よーしみんな!今日は何して遊ぶー?」
「鬼ごっこしよー!」
「えー、それよりもかくれんぼの方がいいよー。」
「あんまりどっちも変わらないだろそれじゃ。」

妹紅が子供たちの中心となって言う。

「あー、じゃあ最初に鬼ごっこやって、その後にかくれんぼしような。どうだ?」
「もこ姉ちゃんが言うなら、それでもいいや。」
「よーし決定。それじゃあ鬼を決めるか。」

もう完全に妹紅になついた子供たちが、素直に従う。
それを見て慧音が言う。

「…結構、手馴れたものだな。」
「子供は好きだからね。昔から。」

慧音が感心する。
そして妹紅が皆に向かって―――

「うーし、じゃんけんするぞ。負けた奴が鬼だ。みんないいなー?」
「はーい!」
「それじゃ、じゃーんけー」
「ちょっと待て、妹紅。」
「え?」

手を思いっきり振り上げた妹紅に、慧音が声をかけた。
折角振り上げた手がなんとも間抜けだ。そんな姿勢のまま、妹紅は慧音を見る。
子供たちもみんな一斉に慧音を見る。

「今日は、私も一緒にやって構わないか?」
「へ?」
「慧音お姉ちゃん、遊んでくれるの?」
「ああ、たまにはお前たちとも遊んでやらないとな。」
「わーい、慧音お姉ちゃんが遊んでくれるー!」

子供たちが『慧音が一緒に遊んでくれる』ということに非常に素直に喜びだす。
妹紅は慧音に言う。

「ま、また突然だね慧音。」
「ああ、まぁたまにはいいだろう。お前が普段みんなとどんな遊びをしているのか気になるからな。」
「へぇ…」

妹紅は笑顔で慧音を見た。



だが。

その笑顔には、挑発の意味も込められるほどに。

強い何かが、宿っていた。

「手加減は…しないよ?」

対する慧音も同様だった。
妖艶且つ美麗。
そして強き微笑を浮かべている。

「勿論だ…子供たち相手ならまだしも、お前相手に手を抜くものか。」

「…楽しみに、してるよ。」
「…私もだ。」

子供たちが『慧音お姉ちゃんが一緒だわーい』と喜ぶのを尻目に、
慧音と妹紅はもはや両方ともまるで好敵手に出会ったかのような歓喜の笑みを浮かべていた。
いい年した蓬莱人と半人半獣はこれは遊びだということを忘れているんじゃないだろうか。
そして妹紅は子供たちに言う。

「あーいいかみんな。私と慧音でじゃんけんをして、負けたほうが鬼になる。」
「えー、わたしたちはー?」
「じゃんけんしないで、今逃げろ。私たちどっちかが鬼って決まったらすぐに。」
「はーい。」

子供は素直だ。
慧音はそう思う。
純真だからこそ、こうやって妹紅は上手く言えるのだろうか。
そして妹紅と慧音は互いを見つめ合う。

―――風が吹く。
戦いを予感させる、一陣の風。
二人の長い髪がなびき、ゆっくりとそれも収まっていく。

ぐっと。
妹紅は、拳を握り締める。
慧音もその体勢に戸惑うことなく、目を瞑って精神を統一させる。

「最初は…グー!」

妹紅が叫ぶ。
と同時に、二人は握り拳を自分達の目の前に出す。

―――ここからが、勝負の分かれ目だ。
妹紅は再び拳を握り締める。
そして、それを思いっきり振り上げる。
慧音も拳で空気を薙ぐように振るう。

「「じゃんけん…」」

二人の声が、重なる。
見事なまでの同調。
まるで、二人が同じ生物なのではないかと思わせるほどの、動き。

そして―――



「「ポンッ!!」」



妹紅が―――その美しき掌をまるで満開の花のように開き―――

慧音は―――力強く美麗な握り拳を目の前に晒した―――



「いよっしゃぁぁっ!」
「くっ…私の、負けか…」

妹紅は開いた掌を即握り締め、天高く突き上げる。
対する慧音は悔しさの余り、思わず大地に膝を突いてしまう。
お前ら、はたから見たらただの馬鹿だぞ。
そして妹紅は周りを見渡し、子供たち全員に向かって言う。

「じゃあ、慧音が鬼だ。みんな逃げろーっ!終了は太陽が真南にあがるまでッ!
 つまり午三つ刻の鐘がなった時だっ!鐘がなった時に鬼だった奴は罰ゲームッ!では開始ーッ!」
「わーっ!」

妹紅の掛け声とともに、子供たちが一斉に村のあちこちに走り出す。
そして慧音はしゃがみこんで残り時間をカウントし始めた。

「いーち、にーい、さーん、しーい。」
「慧音。」
「…ん?どうした妹紅、何で逃げない?」

慧音が振り返ってみると、妹紅がそこにまだ立っていた。
と、いきなり何かを投げられる。

「おっと…!」

慧音が素晴らしい反射神経且つ動体視力でそれを瞬時に受け取る。
掴んでみて改めて気付くが、それは何か薄い紙のようなものだった。
というか、紙だった。
妹紅が笑顔を見せて、慧音から離れながら言う。

「数かぞえながら、見ておいてねー!」
「お、おい…」

手を伸ばす。
だが、すでに妹紅は手の届くどころか見えないところに行ってしまった。
あいつも二週間程度しかいないはずなのに、結構この村を知り尽くしたのだろうか。

仕方ないので、再びしゃがみこむ。
そして改めてその渡された紙を見た。
それは一枚の紙。そして、はっきりと簡潔に、字が書かれていた。

『彗音さんへ。

 夕日の沈む頃に、村の近くの森の入り口まで来て下さい。
 お話したいことがあります。お願いします。

柊』

(なるほど、こういう事か)

恐らく、慧音に渡してくれるように、柊が妹紅に頼んだのだろう。
普段のあいつからは考えられないことだと、慧音は思う。
しかしそれにしても上手い字だ。
普段から見ている柊の字はこんなに上手くなかった気がしたのだが。やはり恋の力とは偉大なのだろうか。

―――やっぱり、昨日の内に言っておいて貰って助かったな。
改めて思う。
もし言われていなかったら
「何だ?もしかして最近私が勉強を教えていないことに不満があるのか…?」
とか、
「…やはり、人間と妖怪は相成れないものなのか…」
とか思って鬱になっていたかもしれない。
そしていざ行って告白されて衝撃を受けて角が生えていたかもしれない。
そして理性を保てずに竹林で暴れまわるかもしれない。
そしたら私がどう思われるかはともかく、妹紅にも迷惑がかかるだろう。
ああ、言っておいて貰ってよかった。

―――しかし。

あいつの気持ちに応えられないのが、辛い。
それが、あいつの心に傷を残すかもしれない。
それだけが、慧音にとっては嫌だった。

別にこの際私がどう思われようが構わない。
けれど私の我侭で一人の少年を傷つける。
それが、耐えられない。

だから。
せめて、本気であいつの気持ちを受け取ってやろうと。
例えあいつが傷ついても―――本気で想いを大切にしてやろうと。
そう思う。

「…ん?」

ふと思い出す。
今、大体どれぐらい時間が過ぎただろうか。
東の空を見ると、太陽はすでにちょっと南のほうに動いていた。

「…ま、まずいっ!」

慧音は急いで走り出した。
自分の今の役目を。
「鬼」の仕事を全うするために。

そして、手紙を握り締め、思う。



―――柊、私の事を好きでいてくれるなら、せめて名前を間違えないでくれ―――

と。










=====










さて、鬼ごっこはごく普通なものとなっていた。
慧音はその辺りの子供に軽く触れて、鬼を交代すると、子供たちが子供たち同士で熾烈な争いを始める。
妹紅は子供たちの走るスピードにあわせて、子供たちが追いつけそうで追いつけないような速さであえて走る。
はっきり言って、性格が悪い。
慧音はあまりにくそ真面目なのか、たまに悪知恵の働く子供によって鬼になったりする。
だがどうしても妹紅が見つからず、とりあえず少し鬼をやった後にその辺りの子供に適当に触れる。
そんな感じで、鬼ごっこは続いた。

だが。
遂に、戦況が動いた。



「ちっ…ここは…行き止まりかっ!?」
「見つけたぜ、もこ…」
「くっ…」

路地の裏。
妹紅が入った先は、藁やら樽やらが積まれていて、確実に逃げ場はない。
いや、妹紅なら逃げれないこともないが、ちょっと痛かったり子供相手には反則だったりするから、絶対にしない。
そして―――妹紅の目線の先にいるのは、柊。

「流石だよ、柊…私がここに入るのを予測していたね?」
「ああ、今までの鬼ごっこやかくれんぼの経験上、まず間違いなくこの路地に入ると思っていた。
 だからわざわざ10分ぐらいかけてまで、ここに行き止まりを仕掛けておいたんだからな。」

柊は強気な口調で、軽い余裕を見せて言う。
対する妹紅は、表情こそ強気の笑みを浮かべているが、内心は焦っていた。
彼女にとっては前門の柊、後門の封鎖路。
―――さて、突破するならどっちだ?

柊の速さは尋常ではない。
子供ならではの動き、軽い身体を見事なまでに生かしきった反射神経と運動神経を誇る。
そして大体路地の幅は人二人分。
―――まず、通れないと判断して構わないな。
ちなみに妹紅なら通れないこともないが、痛かったり子供相手には(以下略)

ならば、後ろか?
まず、藁や樽が積み上げられているのを吹き飛ばしさえすれば何とかなる。
高さは大体―――1.5mほどだろうか。
だがこれ自体が罠の可能性もある。
これを吹き飛ばした途端に落とし穴が在るなど、今までだったら常識中の常識だ。
寧ろそれで引っかかったら、またぼろくそに言われるだろう。
なんかそれは悔しい。
ちなみに罠に引っかからずに通ることも妹紅にはできるが、痛かったり子供(略)

だが。
柊の横を通るよりも、確実に可能性は高い。
考えは行き着いた。

妹紅は身体を後ろに向ける。
つまり、行き止まりのほうを向いたのだ。
そして、柊を背に回して―――走り出す!

「甘いぜ、もこ!お前だったら予想は付いてるだろ!?」
「ああ、付いてるさ…だから…」

そう。
吹き飛ばしたところに落とし穴か何かの罠があるなら。
吹き飛ばさなければいいのだ。

左足でタイミングを取り―――
ぐっと、右足に力を込める。
そしてそのまま―――右足で、跳んだ!
流石に柊もこれは予想していなかったのか、驚愕の表情を見せる。

「なっ…無茶なっ…!」
「そう思うのが…お前の敗因だっ!」

そう、ただ飛び越えるなら不可能だ。
だが。方法はあるから妹紅は挑戦する。

妹紅は右足でジャンプした後、空中で体勢を上下逆にする。
つまり、天に掲げるようにその両足を突き上げ、両手を下に向ける。
そして右手を積んであった樽の上にやり、力を込める。

―――瞬間、大地が下がる感覚を受ける。
予想は的中。
落とし穴の影響で樽やら藁やらがその穴の中に落ちていったのだ。
柊は勝利を確信する。

しかし。


「…覇ァッ!」


妹紅が、落ちる直前の樽に右手で力を込める。
ひじを思い切り曲げ―――そして、右手をバネの様に一気に伸ばす!
樽がその力を受け、重力の加速度を超える速さで穴の中に落下していくと同時に、
それと同様の力を受けた妹紅は天高く舞い上がった!

「なッ…何ィィィィィッ!!!!」
「甘いぜっ…柊ィィィィッ!!」

逆立ち状態で天高く手を広げて舞い上がる妹紅。
その姿は美しく、まさしく不死鳥(フェニックス)。
そのまま空中で三回転捻りを見せた後、地面に着地する。
ちなみに樽とか藁とかは思いっきり穴の中なのだが、この後どうするのだろう。
そして妹紅は、柊のほうを振り向いて言う。

「今日は、私の勝ちだな。」

人差し指で柊をビシッとさしてやる。
―――勝った。
苦節約二週間。どんなに頑張っても勝てなかった柊に、遂に勝利することができた。
思わず、笑みがこぼれる。
何故かは知らないが、もしかしたら自分は今人生で一番輝いているのかもしれないと思う。
流石にそれはないけど。

しかし。

何故か、柊は何も言わなかった。
何も言わずに、俯いて地面を見ている。

―――だが、妹紅は気付く。
柊は、肩を震わせていることに。
僅かに、小刻みに肩を震わせていた。

「……くっ…く……」

―――まさか、泣いてるのか!?
そう思い、何故か知らないが罪悪感の沸く妹紅。
そして、ついつい謝りたくなってしまう。

「な、なぁ、柊。気に障ったんだったら謝る、だから―――」



ひた。

「え?」

手に、何かが触れる。
暖かくて、小さい物。
そう、何かはすぐにわかった。
けれど、何故なのかが判らなかった。

妹紅が後ろを見る。
すると、そこには妹紅の手を握っている少女がいた―――



「はい、今度はもこお姉ちゃんが鬼ね。」



―――死刑宣告。
死なない妹紅にとって死刑など存在しないのだが、精神的にはまさしく死刑といわれたような気分だった。
見ると、柊は確かに、肩を小刻みに震わせていた。

しかし―――それは、泣いてなどいなかった。

「…く、くっくく…くっはははははははははははっっ!!!」

柊は、腹を抑えて地面にしゃがみこむ。
妹紅は何が起こっているか理解が追いつかなかった。
だが、何となく判る。
それを、できることならば理解したくはなかった。
けれど。

全てを理解させる一言が、彼女を貫いた。
柊はその顔を上げ―――言った。

「残念だったな、もこ。俺は…」






「鬼じゃない。」



―――ああ、そういう事か。
そうだ、理解はしていた。
認めたくなかっただけなんだ。
確かによくよく考えてみれば、柊は私を見つけただけで自分が鬼だなどとは言及していなかった。
それでも、今必死になってああやって罠を抜けて。
初めて、柊に勝ったと思ったんだ。

なのに。
それなのに。



全てを理解する。
したくないものを理解した時―――
理性は、全て吹っ飛ぶのだ。



「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!??!!??」

思わず、叫び声がもれる。
柊や、鬼だった少女も思わず引いてしまう。

「と、とにかく次はもこが鬼だ。ちゃんとやれよー。」
「よー。」

そういって柊と少女はどこかに走り去っていく。
残されたのはしゃがみこんで苦しそうに唸っている妹紅だけだった。

「くそぅ…くそぅ、ひいらぎめぇ…認めたくないものだよ、若さゆえの過ちというものはぁ…」

ついつい訳の判らないことを言ってしまう。
ああ切ない。全戦全敗のショックはこんなにも大きいのか。
しかしこのまま自分が動かなくては何も変わらないことに気付き、ようやく立ち上がる。

しかし。
ふと思い出すのだ。
自分が鬼となることで利点となることがあること。



「…ふふ♪」

妹紅はそれを考えると、先ほどの鬱な気分が全て吹っ飛んだ。
そして、目標の元へ歩き出した。







そしてそのころ慧音は。

「さて、どこにいけばいいものか…」

一人の少女を連れて、彼女は路地を歩いていた。
細い路地が意外に多いこの村では、逃げる場所も結構ある。
しかし、鬼が誰か言及されていない時にはこれほど恐怖のあるものもない。

「慧音お姉ちゃん、今誰が鬼なのかな?」
「さあな…?まぁ、できるだけ気をつけて歩こうな。」
「うんっ。」

少女が明るい笑顔を慧音に向ける。
それを見ると慧音は元気になる気がした。
こうやって、みんなが笑顔なら。

―――私は、それだけで幸せだ。

この人間の里の人々を。
そして何より―――妹紅を。
笑顔でいさせてあげたいと。

―――そう、思うのだ。

「…ん?」

ふと、慧音は気付く。
風が。空気が変わった気がした。
何故だろう。

―――まさかとは思うが。

慧音は、ちょっと強く少女の手を握る。
少女も、それにはちょっとびっくりしたような表情を慧音に向ける。

「け、慧音お姉ちゃん?」
「…気をつけろ。」
「え?」

ヒュウと。一瞬、強い風が吹く。
これは、もはや予感ではない。確信だ。

「来るぞッ!」

慧音は少女を覆い隠すようにしゃがむ。
その確信の元となった存在が―――来た!

ズンッ!

地面が、めり込む。
いくら土とはいえ、そのめり込みようは半端ではない。

その存在は―――膝まで、地面に入っていたのだから。

「…ふふふ、見つけたよ、慧音。」
「やはりお前か…妹紅。」

妹紅は、慧音に鋭い視線をぶつける。
慧音は少女をかくまったまま、妹紅の眼をじっと見据えた。
そして、慧音は少女に言う。

「いいか、ここは私が食い止める。お前は逃げろ。」
「えっ…でも…」
「安心しろ。私は…生き残る。」

少女に微笑を見せて、頭を撫でる。
別に死ぬわけでもないのに、何だこの言葉。
しかし幼い少女はやはり子供。この言葉を真剣に受け止め、妹紅のいる方向とは逆方向に走り出す。
そしてその戦地に赴く兵士とその家族のような会話が終わり、慧音は立ち上がり妹紅のほうを向く。

「あくまで私と一対一の勝負でケリをつける気だね?慧音…」
「ああ。それにお前は…それを望んでいるだろう?」
「よく判ってるじゃないか。流石慧音だよ。」

妹紅は、慧音を見つめる。
最高の。最大の獲物を見つけたときの獣の眼。
しかし足が膝まで埋まっているためにいかんせん上目遣いになっていたのが悲しい限りである。
ちょっと怖さ半減。

慧音が南の空を見る。
―――この太陽の方角ならば―――

「残り…」
「5分ってところかしら。」

慧音が言いたい事を、まるで見抜いていたかのように妹紅が言う。
慧音は肩をすくめ、妹紅を見る。

「悪いが、私は生き延びて見せる。あの子の為にも、鬼にはならない。」
「言ってくれるね、慧音。この5分間…閻魔も知らない地獄を見るよ?」
「ならば…見せてもらおうか。」
「言われなくても…」

慧音が、上空に飛び上がる。
妹紅もそれに続くように、足を地面から抜いて空高く飛び上がる。

トサッと、柔らかい音を立てて二人はある家の屋根の上に立った。

慧音と妹紅は上空を見上げる。



「残り時間は―――」
「4分48秒ッ!」



妹紅が慧音に飛び掛る。
そのスピードは常人ならば捕らえられる筈の無いもはや人間を超えた速さ。
だが、ワーハクタクである慧音にとっては―――

「遅いな―――止まって見えるぞ!」

ブォンッ!

妹紅が慧音を薙ぎ払うように腕を振るう。
だが、それは慧音の胸に僅か届かず、空を斬る。

「まだまだぁっ!」

シュッ!シャッ!バシュッ!シャァッ!

一撃、二撃、三撃、四撃。
連続でその腕が繰り出されるが、その全ては慧音に僅かに届かない。
それも当然だ。
慧音は、妹紅の動きを読んだ上で僅かに自ら外しているのだから。

「どうした?威勢がいいのは口だけかッ!?」
「くッ…このおッ!!」

妹紅とて、ここで触れされる程度の考えはある。
だがそれは―――『弾幕ごっこ』での話だ。
こんな人間の里で弾幕を放っては、間違って人に当たったら大惨事になりかねない。
だからこそ。
身体的に圧倒的に劣ろうとも、わざわざこうやって格闘でやる必要がある。

「慧音、一応ルールを確認しておくよ!」
「ああ、言ってみろ!」
「私の掌が、慧音の身体に触れたら慧音が鬼ッ!」
「了解だッ!」

慧音は、もはや平手ではなく明らかに握り締めているその拳を次々に回避していく。
それに関してのこの会話だ。あまりにも余裕がありすぎる。

「つまりお前の手に触れなければ―――」
「!?」
「私は鬼にはならないということだな!」

今まで距離をとっていた慧音だが、ここで一気に距離を詰める。
妹紅も流石にこの事は予想していなかったのか、少し身体をのけぞらせる。
そこをついて、慧音は体勢を思い切り低くして、回し蹴りを放つ!

ガッ―――!
「うわっ…!」

その回し蹴りは妹紅の右足首を、確実に払った。
バランスを崩し、屋根の上から落ちそうになる妹紅。
その隙を突いて、慧音は妹紅からさらに距離をとる。

「うわっと、ちょ、あぁっ…ッとぉっ!!」

しかし、妹紅はぎりぎりで屋根の上で体勢を取り戻す。
もし落ちたとしても、空を飛べる以上は別になんてことは無いのだが、やはりタイムロスにはなる。
それに慧音を見失ったりでもしたら見つけるのは不可能だろう。
だが、どうにか逃げる慧音を眼で捉えた。

「やってくれるね…でもっ!」

妹紅は走り出す。
屋根の上だからできるだけ静かに、
しかし、それでも普通の少女とは思えない速さで。
そのまま、慧音に追いつく!

「逃がさないよ…慧音ッ!」
「―――!」

その声で一瞬で慧音は妹紅に気付く。
しかし―――

「甘いッ!」
「何ッ!?」

慧音は、瞬時に方向転換する。
そのまま伏せるように体勢を低くして、慧音の上を妹紅の掌が薙ぐ。
そして今まで逃げていたのとは逆の方向に慧音は走り出した。
妹紅はそれを見て、怒りを覚えると同時に―――

―――歓喜に、打ち震えていた。

「…そうだよ慧音、もっともっと逃げろッ!
 久しぶりだよ、こんなに楽しいのは…!」

妹紅は天を仰ぐ。
そこにはほぼ真南にある太陽があった。
しかし、鐘がならないことを見るとまだ12時にはなっていないのだろう。
まぁ、そんなものを聞かなくても大体時間の予想は付く。

「残り…1分55秒だよ…?」

―――逃げられると、思わないでよ?
その言葉を心の奥にしまい、妹紅は歓喜に溢れる笑顔で慧音を追いかけた。







走る。
ただ、走り続ける。
子供たちも一緒に逃げてはいるが、妹紅の事だ。
必ず慧音を捕まえようとするに違いない。
慧音は空を見上げる。
―――残り、1分5秒。
先程から結構走っている気がするのに、全く音沙汰がないのが逆に不気味だった。

―――何処に居る?

もはや、ここまで来ると鬼との駆け引き。
ただ逃げるだけではない、それ以上の何かを求められる。



そして、終了まで残り一分。
その時だった。

「―――!」

空中からの気配。
あまりに異質すぎて、もはや隠れる気など無いようにしか思えなかった。
慧音は、その足を止める。

刹那。



―――ズンッ!

まるで、地面が抉れるかのような音とともに妹紅が地面に着地する。
彼女はポケットに手を突っ込んだまま、顔を上げた。
表情は菩薩、しかしその瞳はまさしく悪鬼羅刹。
殺し合いでも何でも無いこの鬼ごっこで、殺意を剥き出しにして、妹紅は慧音を見ていた。

「もう、逃がさないよ。」
「…それは、どうかな?」

ジリ、と妹紅が慧音ににじり寄る。
それと同時に、慧音も少しずつ後ろに下がる。

それは。
二人にとっては余りにも長すぎる時間だったかもしれない。
彼女たちにとって、この静寂はもはや一時間分にも匹敵するほどであった。
一瞬の気の緩みが、即敗北に繋がる。



残り時間、30秒―――



この瞬間、妹紅が動く。
今までの比ではないほどの動きで一瞬で慧音との距離を詰める。

「羅ァッ!」

妹紅がその高速の右掌を慧音に向けて突き出す!
普通の人間ならば、まともに喰らえば内臓破裂は必至。
それが例え普通の少女の力であろうとも、このスピードの前にはそのような力などいらない。
ただ速さを。速く、より疾く。
そのスピードだけで、全てを貫けるほどであった。

「風ッ―――!」

しかし慧音はそのスピードに圧倒されることは無い。
軽く、息を吐くように自然体で動き、妹紅の掌底を自分の何所にも掠める事無く回避する。
今までに比べてギリギリの回避ではあるが、それですら余裕が垣間見える。

「どうしたッ!?動きが遅いぞッ!」
「まだまだぁッ!」

尋常ではない。
右手から繰り出されるその平手は、紛れも無く高速であった。
加えて無差別乱射。
頭、胴、腕、腰、足。
五体の全てを狙うように、放たれていた。

だがしかし。
その全てを、まるで蝶の様に避ける慧音
普通ならば、確実に一発は当たるであろうその掌に、当たるどころか掠りもせずに避け続ける。
しかも、その全てが妹紅から放たれたのを確認してからの回避。

もはやこれは鬼ごっこではない。そして普通の喧嘩でもない。



―――人間と半獣の、意地の争い。



残り、10秒。
ここで、妹紅が動く。

「…でぇりゃぁっ!!」
「なッ!?」

―――今まで封印してきた左手を、ポケットから抜いた。
その手に握られていたのは―――有り余るほどの小石。
そしてそれを一気に、慧音に向かって放った!

「なんのっ…!」

しかしそれですら回避をする。
流石に全弾回避とまではいかなかったが、それでも2~3発頬を掠める程度。
右拳に比べれば遥かに遅いその小石弾幕程度では、慧音を止める事などできなかった。
そして、最後の一発を確実に避ける!

「どうした妹紅ッ!これがお前の奥の手か…ッ!?」

気付く。
慧音の顔面には、妹紅の右掌が直前にまで迫っていた。
そう、小石弾幕は全てフェイク。
最後に一発放たれたのも、慧音が避けるのを確信した一投だった。

思わず、慧音は身体を仰け反らせる。
しかしこの距離では回避は不可能。あまりにも高速。
そして―――



ガッ―――!



ドサァッ―――!



慧音が、妹紅に押し倒されるようにして倒れる。
その時、妹紅は掌に握る物の確かな感触を感じた。



カラン、カラン―――



そして、終了の鐘がなる。





「…く…くっくくく…」
「…ふふ、ふふふ…。」

仰向けになったまま、堪えきれない笑いを放つ慧音。
同様に押し倒したようになっている妹紅も、笑い始めた。
そして妹紅が上半身を起き上がらせる。


・・
それを握り締めたまま。



「最後の最後に、詰めを誤ったかな―――」

妹紅はその握り締めたそれを見て言った。
そう、彼女が手に取ったものは慧音ではない。



慧音の、帽子だった。



「私の、負けか―――」

言って、妹紅は苦笑する。
ようやく勝ったかと思えば、最後にこんなミスをするなんて。
それでも、不思議と心は和やかだった。

「やれやれ、私も妹紅を甘く見過ぎていたようだ。まさか、ここまでやるとはな。」

そういって、慧音も上半身を起き上がらせる。
まるで妹の成長を喜ぶような口ぶりだった。
そして妹紅の手から帽子をとった。

「くくく…はははははっ…!」
「ふふ…あはははははっ…!」

そして、二人の楽しそうな笑い声が、里に響く。
こうやって、二人で笑い遭える。
こうやって、一緒に遊べる。
こうやって、一緒にいられる。

―――ほんとに、素敵だな。生きるって。
妹紅は、そんな想いを胸に秘めた。

こうしてこの二人の戦いは幕を閉じたのだった。







ちなみに。

「おお妹紅、似合うじゃないか。」
「ちょっと待てぇッ!?今なんかすげーみんな爆笑してたぞッ!?」
「じゃあ次は俺が…ッぷ…」
「笑ってんじゃねぇよくそ柊ッ!?」
「いや何を言っているんだ妹紅…よく似合って…いるぞ…くくくッ…」
「そこっ!?笑いながら目を逸らすな!」

最後に鬼だった妹紅に化せられた罰ゲームは「墨で顔に落書きの刑(期限:今日の遊びが終わるまで)」となった。

「右の頬に『もこスイッチ』って書いてやる。」
「どんなスイッチだ!?しかもご丁寧にボタンまで書いたなてめぇっ!?」










=====










―――楽しい時の流れは速い。
遊んで、遊んで、飯食って、遊んでいるうちにいつの間にか夕方になっていた。

村に、酉三つ刻の鐘が鳴る。

「おっと、もうこんな時間か…」
「今日はこの辺にしとくか?」

妹紅の発言に、子供たちから非難の声が出る。

「えー、もうちょっと遊ぼうよー。」
「また明日もあるだろ?大体暗くなったらお母さんたちが心配するだろう。」
「ええー。」
「ええー。じゃない。早く家に戻りなさい。ついでに笑いを堪えるのをやめなさい。」

まだ妹紅の顔は完全に墨で埋まっていた。
猫の髭だの、極太眉毛だの、泥棒髭だの、『もこスイッチ』が書かれている。
そして、慧音も子供たちに言う。

「今日は家に帰りなさい。また明日も妹紅お姉ちゃんが遊んでくれるからな。」
「ほんとー?」
「ああ本当だ。なぁ妹紅?」
「まぁ、うん。」

少し曖昧な返事を返す。
すると慧音から後頭部を叩かれる。痛い。

「明日も遊んでやるから絶対。」
「約束だよー?」
「ああ約束だ。」

ちょっと棒読みながら、子供と約束を交わす妹紅。
子供はそれを聞いて、安心したように走っていった。

「あの…妹紅さん。白沢様。」
「ん?」

妹紅が、声の聞こえるほうを振り向く。
そこには一人の女性が立っていた。
女性は、妹紅の顔を見るや否や一瞬時が止まるが、すぐに笑いを堪えて話し始める。

「あ、あの…」
「すいません、私後ろ向いてますんで。」
「い、いやっ、決してそういう訳では。」

―――そういうわけじゃなかったら笑う理由がないでしょうが。
妹紅はちょっと鬱を感じながら思う。
まぁ、みんなが笑うぐらいなんだから、別にもういいのだが。

「で、柊のお母さん。どう言う御用件ですか?」
「ああ、はいそうでした。」

つまるところこの女性、柊の母であった。
柊との付き合いもあってか、結構話すようになっていた。
主に息子さんの遊びの強さは何なんですかとか。

「今晩、お食事を一緒になさいませんか?」
「えっ?」

慧音が戸惑う。
―――なんだこれは、新手の勧誘か?
とことんネガティブな方向にベクトルが進む慧音。

「息子達が、是非白沢様や妹紅さんと一緒にお食事をしたいと言っておりまして…
 よろしければ是非、こちらの家でご夕食でもどうかと…」
「あっ、あー。」

そういうことか。と慧音は思う。
大体他に考えが行かないのだろうかこのワーハクタクは。
それはともかく、妹紅が返事をする。

「あ、是非こちらこそ。」
「ほ、本当ですか!?」
「っておい!妹紅!」
「いいじゃんいいじゃん。たまにはこうやって他の人たちと食事をするのもさ。」

妹紅は慧音に顔を見せないようにして言う。
見せた瞬間、真面目な話がギャグになりそうだったからだ。
そして柊母は笑顔で言う。

「それでは是非いらっしゃってください。」
「あ、ああ…」

妹紅が約束したので、慧音も流されるままに返事をする。
―――いいのかおい。
と思いながら。
と、そこで柊母は言う。

「ところで…うちの柊を見ませんでしたか?」
「えっ?」
「柊が戻ってくるはずなのに、そういう気配が全く見えないんですよ。
 全く、あの子はこういうときにいつも…」

柊母は、軽く愚痴を言うように。
しかしそれでも至極明るく、まるで心配なんぞ微塵もないように言った。
その言葉を聞いて、慧音の頬が赤くなる。
そして妹紅がそれを聞いて顔は見せられないがちょっとにやついていた。

「ああ、大丈夫ですよ。すぐ戻ってくるでしょう。」
「それならいいんですけど…それじゃあ、白沢様と妹紅さんだけでもすぐにいらっしゃってくださいな。」
「はい、わかりました。」

柊母は笑顔で言う。
そして妹紅もそれに対して返事をした。
すると、慧音が言う。

「あ、ちょっと済まない。」
「どうしましたか?白沢様。」
「ちょっと…用事が、あるんだ。すぐに戻ってくる。」
「あ、はい、わかりました。」

そういって、慧音は走り出す。
それを柊母はごく普通に見守っていった。
妹紅は顔こそ(以下略)だが、それを見守っていた。

―――頑張れよ、柊、慧音。

「では、妹紅さん…」
「ええ、すぐに行かせて貰います。けど…」
「けど?」

妹紅は、そこで止め。
次の言葉を言った。

「顔拭くの、貸してもらえませんかね。」










=====










―――柊宅。
ぐつぐつと、火鉢の上で鍋が煮え立っている。
床に腰を下ろした妹紅は、柊の妹とじゃれあいながらそれを見ていた。
ちなみに顔はもう元に戻っていた。

「…あの、妹紅さん。」
「はい?」
「二人とも…ちょっと、遅い気がしませんか?」
「…はい。」

実を言うと、今の時刻は酉の四つ。
現代時間に直せば午後六時半。
太陽はほとんど沈み、世界を暗闇が覆おうとしていたところだった。
柊母ははぁ、とため息をつく。

「全く、あの子から妹紅さんたちと一緒に食事をしたいって言ったのに…」
「あ、あいつからですか?」

考えられない。
慧音一人ならともかく、私もだと?
あいつ遂に気が狂ったか。と思ったが流石に実の母親を前にしてそんな事は言えない。

「気でも狂ったのかしらね。」

実の母親が言った。
なんて事だ。
正直子も子だが、親も親だ。
だからあんなに素敵遺伝子が引き継がれたのだろうか。

それはさておき。
妹紅が鍋を見る。
鍋の蓋が一瞬ごとに揺れ動き、そこから匂いが立ち込める。
出そうになるよだれを必死で押さえる。
―――鍋なんて久しく食べてないなぁ。
最近一番豪勢だった食事は猪の丸焼きだった。
量が多くて肉も上手い。ああ素敵。
でも油っぽかったので一緒に近くで栽培していた人参とか菜葉とかも一緒に食べた。



その時。
ぐぅ。と。音が響く。
柊母は、妹紅にじゃれ付いている柊妹に言った。

「こら、妹紅さんが我慢しているんだから。駄目でしょう?」
「わ、わたしじゃないよー。」
「え?」

妹紅が、右手を上げて死ぬほど恥ずかしそうに言った。

「…すいません、今の私です。」
「…あ、ああ…はい。」

気まずかったのか、柊母も眼を逸らす。
だがそれ以上に辛いのは妹紅。
お腹が減って仕方ないが、柊や慧音が帰って来ない手前、流石に先に食べるわけにも行かない。
ぶっちゃけお母さんに申し訳ない。
すると気まずそうにしていた柊ははが妹紅に言った。

「もう、食べてもいいですよ?」
「い、いやいや!まだまだ食べる訳にわッ!」

必死堪えて言う妹紅。
しかし身体は正直だ。
遂に我慢していたよだれが口から流れ出る。
もう一度、腹も鳴る。
妹紅は諦めたようにがっくりと肩を落とす。

「うぅ…」
「で、ですからもう食べても大丈夫です。うちの息子は心配要りませんから。」
「か、忝い…」

まるで武士のような一言を呟くと、柊母は鍋の蓋を取った。
熱く煮えたぎった鍋。
白菜中心に、白瀧入り。
野菜が中心だったが、極一部肉も入っていた。

「あー、おにくー。」
「こら、食べちゃいけません。これは妹紅さんたちが来るから…」
「いや、別にそんな特別扱いはいりませんから。」
「え、でも…」

妹紅は箸を握り、それで肉を取る。
そして、柊の妹の口にそれを持っていった。

「これ、食べたいのか?」
「うんっ!」
「よし、じゃあ口開けろー。」

妹紅が言うと、柊妹はできる限り大きく口を開ける。
妹紅はその中に肉を詰め込む。

「あ、あふっ、あふっっ、あひゅいっ!!」
「あ、ちょっと熱かったか!出せ、出していいから!」

あまりの暑さに苦しむ柊妹。
慌てて妹紅は背中を叩き、柊妹の口から出た肉を手に取る。

「ああっ、熱っ!?何この熱さ!?」
「ちょ、妹紅さん大丈夫ですかっ!?」

急いで空中に肉を放り投げる妹紅。
だがそれを素早い動きで箸でキャッチ!
がっしりと箸に掴まれた肉は、そのまま動く事はなかった。

「やばい…本当に熱かった…」
「だ、大丈夫ですか?」
「ま、まぁなんとか…」

妹紅が額に汗を流しながら応える。
そして。

「それじゃ…ふー…ふー…」

妹紅が、肉に息を吹きかける。
ちょうどいい具合に冷めた頃に、もう一度柊妹に言う。

「ほら、これで大丈夫だ。口を開けな。」
「ん…」

妹紅が、柊妹の口の中に少し冷めた肉を入れる。
口の中に入って、それをゆっくりかみ締める柊妹。

「どうだ、美味いか?」
「うんっ!おいしいっ!」
「そっか。よかったな。」

柊妹の満面の笑みに、思わず妹紅も笑みが零れる。
そして柊妹の頭を撫でてやった。
それを心配そうに見つめる柊母。

「あの…申し訳ありません。」
「何で、謝るんですか。別に私は特別扱いしてもらいたい訳じゃないですから。当然、慧音も。」
「…」
「ほら、肉まだありますよ。どうぞ。」

そういって、妹紅は肉を箸にとり柊母の皿に置く。

「ちょ、ちょっと!?」
「いいっていいって。気にしないで。」

焦る柊母と対照的に、落ち着いて再び鍋に箸を突っ込む妹紅。
そして取り出したのは、白瀧と白菜だった。
それを自分の皿に持って、軽く息を吹きかけた後にほおばる。

「あーっ、美味い!やっぱりこういうのが味を引き立てるんだよ!」
「妹紅さん…」
「ん?」
「もしかして、お肉嫌いとか?」
「いいえ、大好きです。」

物凄い素直に感想を述べる妹紅。
すると柊母が自分の皿に盛られた肉を箸で掴み―――

「いやっ、だからいりませんってば!」
「いいえっ!是非とも食べていただきたいのですっ!折角お連れしたのにまともな食事も与えられないなんて最低ですっ!」
「大丈夫ですってば!?そんな風に思ってませんし!」
「いつもいつもお世話になっているのに何のもてなしもできないなんてっ…!」
「いやいやいやいやっ!?こんなにいい鍋を頂いてもてなしされてない訳が無いでしょう!?」
「お肉はっ!?」
「大好きですが、いりませんっ!どうぞご自分でっ!というか自分こそ嫌いなんじゃないですかっ!?」
「いいえ大好きですっ!」
「じゃあ食べればいいじゃないかー!」
「お客様が来ている前でそんな事ー!」
「いや気にしませんってばー!」

そんな不毛な争いを続ける。
そして二人は遂に争いをやめる。
妹紅が口を開いた。

「私は…これで、幸せなんです。」
「え…?」

柊母が妹紅を見る。
ちょっと悲しげな。それでも笑顔を見せる妹紅がいた。

「こうやって…あなた達に食事に誘ってもらったり。子供たちと遊んでいられるだけで…私は、幸せなんです。
 これ以上の幸せを求めたら、罰が当たるぐらいですから。」

あまりに重く言う妹紅に、柊母は何も言えなかった。
そうして、妹紅はいつもの明るい笑顔を見せた。

「…しんみり、しちゃいましたね。すいません。」
「いえ、気にしないでください。」
「それじゃ、もっと頂きますね!」
「ええ、是非―――」

そう言って、妹紅が箸を鍋に突っ込んだ。
そのときである。





「妹紅姉ちゃんっ!」
「ん?」

一人の少年が、家に駆け込んできた。
相当息を切らしているようだ。
随分と急いできたのだろう。

「どうしたんだ?」
「ひ、柊がっ…!」
「柊が、どうした!?」

その名前が出た時、妹紅の顔つきが真剣なものになる。
無論、母親も。

「村の外れの森に入って行って…それを、慧音お姉ちゃんが追いかけてったんだ!」
「森の中に!?」

柊母が、驚愕の声を上げる。

「あの子…どうして、そんな所に…!」

森には、結界が張られていない。
つまり、そこには夜になれば妖怪が普通に出る場所である。
人間の子供がそんな所に言ったとなれば、間違い無く―――

―――喰われる。



「無事でいて、柊…」

柊母が、祈るように言った。
すると妹紅が、箸を置く。
そして家の入り口に立った。

「なぁ、森の入り口はどこだ?」
「妹紅さん…!?」
「お、おれが案内するよ!」
「ああ、よろしく頼む。」

妹紅はそう言って、柊母のほうを見る。

「あいつは、必ず無事でいます。ご心配なく。」
「ほ、本当ですか…?」
「慧音が付いているんですよ?無事じゃないわけが無い。」

妹紅は、そういって笑顔を見せる。
そして、少年に言った。

「よし、じゃあ森の入り口まで連れて行ってくれ。」
「うん、わかった!」
「その後お前はすぐに帰るんだぞ。いいな?」
「うんっ!」

少年は元気よい返事を言って、走り出す。
そして、妹紅もそれに付いて行った。



―――グツグツと。鍋が音を立てる。
それだけが虚しく響く家で。



ただ―――柊の母は、息子の為を思って祈るしかなかった。











to be continued...
中編です。遼魔です。

ああ長くなりそうなのでまともな事は後編で全部パーッと書きますが。
とりあえず、鬼ごっこ編と言いましょうか。何だそれ。

とりあえず鬼ごっこであそこまで真剣になれる大人はそうそういないと思いました。まる。
遼魔
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