※この作品は秘封倶楽部とクトゥルフ神話とのクロスオーバーSSとなります。苦手な方はブラウザで戻りましょう※
※クトゥルフ神話についての知識があるとより一層お楽しみいただけます※
『
親愛なる宇佐見蓮子様へ
私はいま非常に危険な状態に陥っています。
つい何時もの癖で結界を見つけ、中に入ったらこの様です。
頼みの綱はあなただけです。
私を見つけてください
マエリベリー・ハーン 』
秘封倶楽部のメールボックスに入っていたメリーからの手紙。
誰かの悪戯だろうか。蓮子はそう思う。
メール全盛のこの時代。レトロにも手紙を書く事がまずありえない。
そして、普段のメリーの態度からはかけ離れた雰囲気を持つ文章。
部室にあったメリーのノートを開いて筆跡を比べる。明らかにメリーの文字ではない。
だが、この手紙がメリーのものであるという決定的にしている文がある。それはメリーの特殊能力。
結界の隙間から別の世界を見ることができるというメリーの能力は、蓮子の知っている限りでは自分独り。メリーの親兄弟という可能性もあるが蓮子はメリーの家族構成についてはまったく知らない。家族だとしても、これは性質が悪すぎる。
こうなれば、残る可能性は悪戯か、本当にメリーからの手紙かの二つ。
悪戯ならいい。だが、もし本当にメリーが助けを求めているならば……!
「ったく仕方が無いわね」
壁にかけてあった帽子を被る。
メリーが行きそうな場所を頭にリストアップ。
「オーケー、まずはいつもの喫茶店から行きましょうか」
そして部室を飛び出した。
それから数時間。ひたすら街を走り回った。
行き着けの喫茶店。本屋。繁華街。
メリーのマンションにも行ってみたが予想通り留守。さすがに合鍵までは持っていない。
再び大学に戻り、メリーと同じ研究室の生徒に聞いてみるが、やはり昨日の昼頃から姿を見ていないという。
時刻はそろそろ夕方になろうかという時間。
公園のベンチに腰掛けて溜息。メリーは一体何処へ行ってしまったのだろうか。
サークルで動く時意外はインドア派なメリーに早々行くところなどない。
「待って、サークル活動?」
以前メリーの結界を見れる能力を使い、不思議な世界へ行ったことがある。
赤い屋敷に竹林に燃える人。そして博麗神社。
「そうよ! きっとメリーはまたあの世界へ行って戻って来れなくなったのよ! でもあたしだけでどうやって行けばいいのかしら」
あの時はメリーの結界を見る能力があったからこそ行けた。だから、自分一人では行くことができない。
「ええー! 悩んでいても仕方が無いわ! 考えるより行動! 博麗神社へ行って見ましょう!」
思いついたら即行動が蓮子の信条。その足で電車に飛び乗る。
電車に揺られ数時間。
夕闇に染まりかける山道を駆け、博麗神社へたどり着く。
前回、結界の有った場所へ行き、目を凝らす。
しかし、能力もないのに見えるはずもない。
その場所を行ったり来たり這い蹲ったり。しかし、何の変化も訪れない。
「ちくしょー!! 開きなさいってのよー! この! この!」
虚空に蹴りをかましても何も起こらない。
気が付けば辺りは暗闇。夕焼けの光も消えかかっている。
幾らなんでもこんな山の中、尚且つ人の居ない廃神社で一人で過ごすほど無謀ではない。
慌てて駅に向かう蓮子だが、頭の中はどうやってメリーのいる世界へ行くかで頭がいっぱいであった。
田舎の終電は早い。
蓮子が駅につく頃にはすでに終電は行った後であった。
仕方なく駅舎の待合室で夜を明かす事にする。
冬ではないとはいえ、田舎の夜は寒い。部屋の中央でストーブを焚いているものの独りきりであるという事実が余計寂しさを募らせる。
「メリー……いったい何処へ行っちゃったのよ」
風が窓を揺らし、隙間風が蓮子の体を冷やす。
「寒っ。コーヒーでも買ってこよ……」
外の自販機に小銭を入れる。点灯するボタン。
コーヒー意外にも緑茶や紅茶。果てはコーンスープからぜんざいまで。
田舎の割りに種類豊富な自販機である。
「うーん。どれにしよっかなー」
「ぜんざいがいいわね」
「あー、メリーはそういうの好きよねぇ……ってメリー!?」
あまりに聞き覚えのある声に慌てて振り返るがメリーはいない。
代わりにいたのは紺色のドレスと蝙蝠傘を差した少女。
「えっ? あ、あれ? ……えーっと。お嬢ちゃん誰?」
が、その少女は蓮子の言葉を無視し、ボタンが点灯しっぱなしの自販機のぜんざいのボタンを押す。
音を立てて出てきたぜんざいの缶を取り出し頬に当てる。
「は~、温かいわね」
呆気に取られる蓮子。
「寒いし、中で話さない? きっと貴方の知りたい事を私は知ってるわ」
そう言って駅舎の中へ軽やかにステップして消えていく少女。
「なんなのよー。いったい……」
自分の分のコーヒーを買い、蓮子も駅舎へ戻る。
頼りない電球と電気ストーブ。一体何十年前の駅舎かと考える。
今が冬でなくてよかったと心底思う。
手の中の缶コーヒーの温度が唯一暖めてくれる。
「うーん。やっぱりお椀のでないと風情がないわねぇ」
隣の少女は缶入りぜんざいをそう評する。そして蓮子のもそれには同意であった。
いったいこの少女は何者なのだろうか。メリーの居る場所を知っているような口振りであったが、 それについては話そうともしない。この近くに民家は無い。そもそもこんな時間に子供が一人でうろついている事のほうが不思議だ。
被っている帽子といい、緩くウェーブの掛かった髪といい、メリーとどこか似通っている。しかし、のほほんとした雰囲気のメリーとは違い、この少女の持つ雰囲気は独特というか胡散臭い。
いまだにぜんざいをちびちびやっている姿をみて、愛用のmp3プレイヤーを取り出す。
「あら、それは何かしら?」
ぜんざいを脇に置き、興味津々の体で身を乗り出して来る。
「何って。知らないの?」
蓮子の持っているのはmp3プレイヤーが出始めた頃の旧式である。とはいえ、最新型の物とそう形が変わっているわけではない。容量は10倍違うが。
だからといってmp3プレイヤーを知らないのはおかしい。いまや誰もが持っているといっても過言ではないほど普及しているコレ。幾ら幼いと言っても知らないはずがないのだ。
「へぇ。音楽が聞こえる式なのね。あらいい曲ねこれ」
試しに貸してみれば、知らない割りに手馴れた操作で音楽を聴く少女。中に入っているのはただの流行のPOPSなのだが。
「うふふ。これ気に入ったわ。どうかしら。これ譲ってもらえない?」
とんでもない事を言う。
確かに旧式ではあるが、それは蓮子が父親から譲ってもらった大切な品なのだ。そんなほいほいとあげられるようなものじゃない。
そう蓮子は説明する。
「そう残念。じゃ取引といきましょう。私はあなたの探している人物が何処にいるか知ってるわ。 そこに貴方を連れて行ってあげるし、見つけたあとのフォローもしてあげる。代わりにこれ……アイなんだったかしら。まぁこれをもらえるかしら?」
「あなた本当にメリーの居場所を知ってるの!?」
「ええ。でも説明しても信じてもらえるかどうかはわからないから説明はしないわ。でも、今のままじゃ永遠に見つけられない。それだけは確かよ」
「それって、この前行った竹林や紅い屋敷のある世界のこと?」
「紅い……ああ『幻想郷』とは違うわ。幻想郷よりももっと危険。そして異質なところよ。人はそこを夢の国と呼ぶわ」
ここに来てさすがの蓮子にも事情が飲み込める。
予想通りメリーは結界を越え、別の世界へ行ってしまったのだ。
じっと手の中のプレイヤーを見つめる。
「……その取引に乗るわ! だからメリーを助けて!」
「交渉成立ね。でも、助けるのは私じゃない。あなたよ」
「それってどういうこと?」
「私は夢の国への入り口まで案内するだけ。本人はあなたが探すのよ。見つけたら連絡なさい。 帰り道を準備してあげるわ」
「わかったわ。メリーは必ず連れて帰る」
「いい覚悟ね。じゃ道を開くわ」
そういうと駅舎の扉を少し開く。そして少女がその隙間に手を入れ扉を開けると。そこは漆黒の異空間。
「さ、入り口はここよ。……ああ自己紹介を忘れていたわね。ゆかり、八雲紫よ」
そうして差し出された手を。
「蓮子。宇佐見 蓮子よ」
蓮子は握り返す。
「さぁ行きましょう。異質なる異界へ。あなたの友人。そして私の『端末』を探しに」
入り口の先は下へ続く階段。明かりもないまま少女――紫の手に引かれながら下る。
70段ほど降りたところで踊り場らしきところに出る。
「さて、ここからは人外の領域。まともな人間は狂っていなければ入れない場所。まともに目で見ていてはあなたも狂ってしまうわ。」
そういって、蓮子に布が渡される。
「目を閉じてその上から巻きなさい。そうすれば万一にも目を開けることは無いでしょう」
「でも、目を開けないとまともに歩けないんだけど」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと貴方には一時的にだけど、新しい感覚器を着けてあげる」
そういうと蓮子の頭に差すような痛み。が、それはすぐに収まる。
何が起こったのかと頭を触ればふわりとした毛の感触。慌ててまさぐれば何か動物の毛が生えた平べったいものが頭から二本生えている。
「何コレー! 気持ち悪い~~!」
「あら、結構似合っているわよ。可愛いわねぇ」
「しくしくしく」
そうして、目を閉じその上から目隠しをする。
するとどうだろう。目は閉じているはずなのに目の前の景色が映っているではないか。
視点がやや高いのは頭の上の感覚器からの情報であることの証。
「すごいこれ。なに? これはアンテナで網膜に直接照射してるのかしら」
「……まぁそんな感じね。アンテナというよりは触覚なのだけど。さ、入り口はまだ先よ。行きましょう」
そうして更に階段を降りる事10分。暇つぶしに階段の数を数えたのだが500を越えたところで諦めた。
ようやくアンテナの感触にも慣れてきた頃、目の前に大きな緑の扉が現れる。
「さ、この先が夢の国よ。私が行けるのはここまで。あとは貴方の力だけでなんとかなさい。……そうね、3時間したら迎えに来るわ。きっちり3時間よ。5分過ぎたら見捨てるわ。」
「随分冷たいわね。私、結構時間にルーズなんだけど」
「それほど常人には厳しいところなの。決して油断しちゃダメよ?」
「……わかったわ」
真面目な顔で念を押され、気を引き締める。
「じゃ行ってくるわ。おみやげ期待しててね?」
扉に手をかけ、押し開く。思ったよりも軽い感触。
「期待しないで待ってるわ。あの子をよろしくね」
扉を開け、外に出るとそこは森だった。
気づけば背後に扉は無く、3時間のタイムリミットを否が応にも意識させられる。
しかし、どうやってメリーを探そうか。
何気に携帯を見ると、デジタル時計の表示が88:88。日付も同様に表示が狂っている。
とりあえずタイマーを3時間にセット。表示が2時間59分59秒に変わる。これで時間はわかるはずだ。
辺りを見渡せば、木々の向こうに白い尖塔が見える。近くに街でもあるのだろうか。
なんにせよ動かなければ見つけることはできない。
その尖塔の方向へ向けて歩き出す。
なんせ時間がないのだ。考えるより先に足を動かせ。
蓮子は知らず知らずの内に速度を速めていた。
結構な時間をかけて森を抜けた先にあったのは巨大な城壁と門。そしてそこを行き来する不思議な人々。
耳や鼻の長い人間。目が多かったり少ない人間。そして直立歩行する名状しがたきい動物。
「これじゃまるでファンタジー世界ね」
そして誰も頭からアンテナを生やした蓮子に視線を向けない。この程度は普通なのだろうか。
とりあえず人の流れにそって街の中へ入る。
街は無数の塔が立ち並び、道は瑪瑙色で舗装され、非常に美しい景観である。
おもわず持っていたデジカメで辺りの風景を撮る。
ふと携帯でタイマーを確認すれば残り2時間。あまり観光していられるわけではなさそうだ。
と、同時に携帯に着信。相手を確認する。
メリーからの着信。慌てて電話に出る。
「メリー! あなたなのメリー! 今何処にいるの!?」
「――よかっ――蓮子――ありが――助けに来――」
異界にいるせいだろうか、ノイズが酷く聞き取りにくい。
「メリー、無事なのね?! 今何処? 私は塔がいっぱいある街にいるんだけど!!」
「――携帯が通じ――ことは――近く――塔――てっぺんに丸い――三本――並んで――」
塔の天辺に丸いものがついたのが3本並んでいる?
近くの高台に登り確認する。街の中央にそれらしき塔が見える。
「メリー! その近くにいるのね! 今から向かうから待ってて!」
「蓮――急いで――嫌な――感がす――――――――――――――」
そこで携帯は切れてしまった。
が、何はともあれメリーの居場所は分かったのだ。
中央の塔に向かって駆ける。戻る時間も考えるともう幾らも余裕はなかった。
途中、どこからか単調な太鼓や笛の音が聞こえてくる。
そんな音楽の中をひた走り、三本連なった塔の下へ出る。
「メリーーーーーーー!! どこーーーーーーーーーー!!」
叫ぶ。
返事がなければ場所を変えまた叫ぶ。
しかし返事は返ってこない。
ここら辺りにいるのはずなのだが。
いい加減喉が痛くなってきた。その時。
「蓮子ーーーー!! ここよーーーーーー!」
路地裏の方からメリーの声が聞こえてくる。
「そっちにいるのね、メリー!」
声の下方向の路地裏に入る。薄暗い中を進むと見知った帽子と服。
「蓮子ー! よかった無事だったのね!!」
「メリーこそ大丈夫だった?」
手を取り合って喜ぶ。半日ぶりとはいえ随分長い間会っていなかった気がする。
「蓮子、よくここまでこれたわね。あなたにそんな能力があったなんて」
「いや能力じゃなくてね。なんというか親切な人に助けてもらったというか」
「親切な人? それよりも蓮子あなた可愛いもの付けてるのね。それに何その目隠し」
「あー、目隠しとこのアンテナはその親切な人からもらったの。普通の目で見ると狂うとかなんとか」
「アンテナ? 何行ってるの蓮子。それどう見てもウサミミにしか見えないわよ、ほら」
メリーの差し出した手鏡で自分の頭を確認する。
「な、な、な、なにこれぇえええええ!!」
頭から生えていたのは紛れも無いウサミミ。自分の姿を見ることができないので気にしていなかったのだが。
「ううう、恥ずかしい……」
「えー、こんなに可愛いのにー。それよりもその親切な人って誰?」
「メリーに似た小さい女の子なんだけど。メリー、あなた妹とかいないわよね?」
「いないわよー。でも、蓮子がここにいるのが何よりの証拠ね」
「それよりもどうしてこうなったか説明してもらえる?」
メリー曰く、午前の講義が終わった後あまりにも陽気がいいので大学の中庭のベンチで昼寝をした。
そして、いつものように夢でこの世界に来たのはいいが何をやっても目覚める事ができないと言う。
「それで蓮子が何とかして私を起こしてくれるように祈ってたの」
しかし現実でもメリーは行方不明となり、今に至る。
「私はメリーから助けてっていう手紙を受け取ったからこうして探しに来たんだけど。その様子じゃメリーは手紙なんて出してないようね」
「ええ、出してないわ。一体誰が出したのかしら……」
二人して首を傾げる。
その時蓮子の携帯からアラームが鳴り響く。
慌てて開くと残り1時間の表示。
「やば! メリー急ぐわよ。あと1時間で出口が閉まっちゃう!」
「え? 何それ……って蓮子手ぇ引っ張らないでー」
二人で夕暮れの町の中を駆ける。
残り1時間を切った。だが走ればなんとかぎりぎり間に合うはず。
そう信じて走る足に力を込める。
「ねぇっ……蓮子っ! おかしいと思わない?」
メリーが走りながら問いかけてくる。
「さっきから全然人に会わないのよ! さっきまであれだけ人がいっぱい居たのに!」
そういえばそうだ。来る時はあれほど人にすれ違った。そして同じ道を戻っているのに人っ子一人見当たらない。
おもわず足が止まる。
すると、急に笛と太鼓の音が頭に入ってくるようになる。
さっきからずっと鳴ってはいたのだが、今になって急に意識するようになった。
「何? ……この音」
どこから聞こえてくるのかわからない。そして祭りの演奏といったものではない。
あくまで単調。そしてまったく統制のない音。
蓮子の背筋を何か嫌な感覚が駆け上がる。
「メリー! よくわからないけど何だか嫌な予感がするわ! 急ぎましょう!」
そうしてメリーの手を取って――。
「んぐふ――あるぐふふふふふ――――く-ku-くくくひゅふ!」
響いたのはメリーの声だった。
メリーが焦点の合わぬ目で、口から何かわけのわからない言葉を叫んでいる。
「メリー! メリー! しっかりして! どうしちゃったのよ!!」
肩を掴み揺するがまったく効果は無い。
そうしている間にも嫌な予感は蓮子の中でどんどん大きくなっていく。
今すぐここを離れないとダメダ。離れたい。ハナレタイ。
メリーの手を引っ張り強引に走らせる。
そして大通りから城門を越える。あとは森を突っ切るだけ。
その時だった
「にゃ――しゅたん! にゃる・が――んな! ――る・し――たん! にゃ――ゃんな!!」
メリーがそう叫ぶと同時に空が黒く染まる。
空を見上げると蓮子の視界が閉ざされる。
何事かとアンテナを触れば微細に振動している。
空に向けていた視線を地面に戻すと視界が回復する。
「空の上のは見ちゃダメってことかしら……」
何故そうしたかはわからない。が、手に持っていたデジカメを空に向けシャッターを数度切る。
そして蓮子に走る強烈な嘔吐感。
ここから逃げ出したいという衝動が蓮子を包む。
その衝動を無理矢理押さえつけ、メリーの手を取る。
しかし、座り込んでしまったメリーはブツブツと何かを呟きつつその場から動こうとしない。
そして鳴り響くアラーム。表示が残り30分を切った。
このままじゃ間に合わない。何かないだろうか。
辺りを探す蓮子の視界に馬車が目に入る。
メリーを無理矢理引っ張って馬車まで連れて行き御車代に座らせる。
蓮子はメリーの隣にに飛び乗り、手綱を掴み振るう。
しかし、馬はまったく動こうとしない。まるで何かに怯えるかのように。
「あらあら大変そうね。手伝いましょうか?」
視界が暗くなると同時に後ろから声がかかる。
蓮子は動けない。
声からすれば女性。だが、何故自分達の居る場所が影になっているのだろうか。
影の大きさから判断すれば、身長3mは以上。それ以上に横幅が大きい。というか明らかに人間の体型ではない。声だけが人間そのものなのが恐怖を一層掻き立てる。
「あらあら、そんな目隠ししていては前が見えないでしょう? 解いてあげるわ」
何かが後頭部の結び目を解いている。粘着質のべとついた音がする。
見えない。見ることが出来ない。見たくない。
が、それが指ではないことは何故か確信できた。
はらりと目隠しが膝に落ちる感触で我に帰る。
が、目は決して開かない。
アンテナの視界を頼りに手綱を振るう。
「お願い動いて! お願いだから!!」
何度も何度も手綱を振るう。
すると想いが通じたのか馬が走り出す。
蓮子に馬車を動かす技能なんてない。しかし、森までの道は一直線に伸びている。
ならばこのまま真っ直ぐ走ってくれるだけでいい。
「メリー? 大丈夫?」
一安心したところでメリーに声をかける。
「ん……蓮子? 何これ? 蛸? 烏賊? なにか気持ち悪いのが見えるよ蓮子……っ!」
「メリー! 落ち着いて! もうすぐ出口だから!」
頭を抑えてうずくまるメリーを必死で励ます。
遥か先に緑の門が見えてくる。
これで大丈夫。帰れる。
蓮子が安心した時だった。
「あらあらそんなに急いで何処へ行くのかしら。私とお茶でもいかが?」
蓮子の心が今度こそ凍りつく。
馬車は猛スピードで疾走している。
なのにあの巨体で徒歩で追いつける?
というか足音がまったくしてない?
考えるのを放棄し、嘔吐感と恐怖をねじ伏せ必死で手綱を振るう。
「あらあらそんなに動物を酷使してはだめね。休ませてあげないと」
蓮子の視界の隅に肌色の細長いものが伸びてきて、馬に触れる。
すると馬が泡を吹き出し、足がもつれ、ついには倒れ伏す。
いままで猛スピードで走っていたものが急に止まればどうなるかは自明の理。
牽いていた荷台と共に前方に吹き飛ばされる。
「メリー!」
咄嗟にメリーを抱きかかえる。
衝撃。
数m地面を滑る。
痛みを堪えながらメリーの無事を確認する。巧い事自分の体がクッションになってくれたようだ。
見れば門まであと10mほど。
二時間のアラームが鳴り響く中、腕を使い這って進む。
依然として後ろにはあの女の気配。
あと5m。
「あら?メリーちゃんの頭を忘れているわよ?」
その言葉に思わず腕の中のメリーを確認しようとして。
アンテナではなく、生身の目で、ソレを、凝視して、しまう。
それは異様なまでに膨れ上がった胴体と普通の頭を持った名状しがたき巨大な膨れ女。
体と比べると異様に小さな頭の皺の様な目が釣りあがった瞬間、蓮子は気を失った。
倒れ閉じられる視界の隅に映ったのは、門の前に悠然と立つ紫色のドレスを着、蝙蝠傘を差した女性だった。
蓮子が目を覚ますと見慣れた駅舎であった。
窓から差し込む朝日が目に刺さる。
「……夢、だったの?」
その時、ぽろりと頭から何かが落ちる。
地面に落ちたそれはウサミミ。眠気が吹き飛んだ。
そうあれは夢ではなかったのだ。
ウサミミを拾おうと手を伸ばす。
するとウサミミは左右に振動し分解していく。よくよく見ればそれは巨大な繊毛虫。
思わず腕を引っ込める。そしてその繊毛虫は朝日に溶け消えていった。
もう蓮子には夢と現実の区別が付かない。吐き気がする。頭痛もだ。
頭を抑えると、肩に誰か持たれかかっている。
「……メリー!」
「ん……あ、蓮子おはよ~。ってここどこ~?」
いまだ半分寝ているかのメリーにやっと安心する。
長かった夜がやっと明けた気がした。
帰りの電車の中、いつもの癖でmp3プレイヤーと取り出そうとしてそれが無い事に気が付く。
代わりに入っていたのは一枚の紙。それにはこう書かれていた。
『
最後は危険な目にあわせてしまってごめんなさいね。ちょっとこっちの予想が甘かったみたい。
報酬を受け取るのも気が引けたのだけれど、やっぱり欲しかったのでもらっていきます。
今だから言うとあの手紙を送ったのも私。あなたが本当に『もう一人の私』とうまくやっていけ
るのか試したの。悪く思わないでね。
追伸:これからも隣で寝ている『私』と仲良くしてあげてちょうだいね。
八雲紫 』
隣で寝ているメリーに目をやる。
もしかするとメリーはあの夢の世界の側の住人かもしれない、と思う。
以前からの事といい、今回の事といいメリーには謎が多すぎる。
「でもね、んなぁ事は言われるまでもないってーのよ」
紙を丸めゴミ箱に捨てる。
今までもこれからも宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンの一番の親友。
それに変更はない。
§ §
「あれ紫様。なんですかその奇妙な物体は」
マヨイガ。紫の部屋を掃除しに来た藍が主人に問う。
「これ? 外の世界の式の一種でね。ここから音楽が聞こえてくるのよ。んふふ、なんだか踊りたくなってきちゃったわね」
「はいはい、それはわかりましたから掃除の邪魔なんで博麗神社にでも行っててください」
「ぶー、藍のいけずー」
§ §
数日後、あの夢の世界で撮った写真を現像してみた。
あの出来事から日を経つにつれ、あの時の記憶はどんどん薄れていっている。
なので覚えているうちに、と現像してみたのだった。
しかしそれらはすべて黒くなっており何を撮ったのかすら判別できなかった。
その内最後に撮ったと思われる数枚は見た瞬間から怖気が走り、まともに見ることすらできなかった。
結局写真はすべてゴミになった。
あれからメリーはタコとかイカが苦手になった。
しかし、結界を覗いたり不思議な夢を見たりするのは以前と変わらない。
そして蓮子はあれから時折悪夢に魘される様になった。
内容は覚えていない。しかし起きた時は全身汗だく。それが内容を物語っているようだった。
ただ一つ夢のなかで覚えているものがある。
それは夢の中で必ず聞こえてくる呪文。
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ
るるいえ うが=なぐる ふたぐん
※クトゥルフ神話についての知識があるとより一層お楽しみいただけます※
『
親愛なる宇佐見蓮子様へ
私はいま非常に危険な状態に陥っています。
つい何時もの癖で結界を見つけ、中に入ったらこの様です。
頼みの綱はあなただけです。
私を見つけてください
マエリベリー・ハーン 』
秘封倶楽部のメールボックスに入っていたメリーからの手紙。
誰かの悪戯だろうか。蓮子はそう思う。
メール全盛のこの時代。レトロにも手紙を書く事がまずありえない。
そして、普段のメリーの態度からはかけ離れた雰囲気を持つ文章。
部室にあったメリーのノートを開いて筆跡を比べる。明らかにメリーの文字ではない。
だが、この手紙がメリーのものであるという決定的にしている文がある。それはメリーの特殊能力。
結界の隙間から別の世界を見ることができるというメリーの能力は、蓮子の知っている限りでは自分独り。メリーの親兄弟という可能性もあるが蓮子はメリーの家族構成についてはまったく知らない。家族だとしても、これは性質が悪すぎる。
こうなれば、残る可能性は悪戯か、本当にメリーからの手紙かの二つ。
悪戯ならいい。だが、もし本当にメリーが助けを求めているならば……!
「ったく仕方が無いわね」
壁にかけてあった帽子を被る。
メリーが行きそうな場所を頭にリストアップ。
「オーケー、まずはいつもの喫茶店から行きましょうか」
そして部室を飛び出した。
それから数時間。ひたすら街を走り回った。
行き着けの喫茶店。本屋。繁華街。
メリーのマンションにも行ってみたが予想通り留守。さすがに合鍵までは持っていない。
再び大学に戻り、メリーと同じ研究室の生徒に聞いてみるが、やはり昨日の昼頃から姿を見ていないという。
時刻はそろそろ夕方になろうかという時間。
公園のベンチに腰掛けて溜息。メリーは一体何処へ行ってしまったのだろうか。
サークルで動く時意外はインドア派なメリーに早々行くところなどない。
「待って、サークル活動?」
以前メリーの結界を見れる能力を使い、不思議な世界へ行ったことがある。
赤い屋敷に竹林に燃える人。そして博麗神社。
「そうよ! きっとメリーはまたあの世界へ行って戻って来れなくなったのよ! でもあたしだけでどうやって行けばいいのかしら」
あの時はメリーの結界を見る能力があったからこそ行けた。だから、自分一人では行くことができない。
「ええー! 悩んでいても仕方が無いわ! 考えるより行動! 博麗神社へ行って見ましょう!」
思いついたら即行動が蓮子の信条。その足で電車に飛び乗る。
電車に揺られ数時間。
夕闇に染まりかける山道を駆け、博麗神社へたどり着く。
前回、結界の有った場所へ行き、目を凝らす。
しかし、能力もないのに見えるはずもない。
その場所を行ったり来たり這い蹲ったり。しかし、何の変化も訪れない。
「ちくしょー!! 開きなさいってのよー! この! この!」
虚空に蹴りをかましても何も起こらない。
気が付けば辺りは暗闇。夕焼けの光も消えかかっている。
幾らなんでもこんな山の中、尚且つ人の居ない廃神社で一人で過ごすほど無謀ではない。
慌てて駅に向かう蓮子だが、頭の中はどうやってメリーのいる世界へ行くかで頭がいっぱいであった。
田舎の終電は早い。
蓮子が駅につく頃にはすでに終電は行った後であった。
仕方なく駅舎の待合室で夜を明かす事にする。
冬ではないとはいえ、田舎の夜は寒い。部屋の中央でストーブを焚いているものの独りきりであるという事実が余計寂しさを募らせる。
「メリー……いったい何処へ行っちゃったのよ」
風が窓を揺らし、隙間風が蓮子の体を冷やす。
「寒っ。コーヒーでも買ってこよ……」
外の自販機に小銭を入れる。点灯するボタン。
コーヒー意外にも緑茶や紅茶。果てはコーンスープからぜんざいまで。
田舎の割りに種類豊富な自販機である。
「うーん。どれにしよっかなー」
「ぜんざいがいいわね」
「あー、メリーはそういうの好きよねぇ……ってメリー!?」
あまりに聞き覚えのある声に慌てて振り返るがメリーはいない。
代わりにいたのは紺色のドレスと蝙蝠傘を差した少女。
「えっ? あ、あれ? ……えーっと。お嬢ちゃん誰?」
が、その少女は蓮子の言葉を無視し、ボタンが点灯しっぱなしの自販機のぜんざいのボタンを押す。
音を立てて出てきたぜんざいの缶を取り出し頬に当てる。
「は~、温かいわね」
呆気に取られる蓮子。
「寒いし、中で話さない? きっと貴方の知りたい事を私は知ってるわ」
そう言って駅舎の中へ軽やかにステップして消えていく少女。
「なんなのよー。いったい……」
自分の分のコーヒーを買い、蓮子も駅舎へ戻る。
頼りない電球と電気ストーブ。一体何十年前の駅舎かと考える。
今が冬でなくてよかったと心底思う。
手の中の缶コーヒーの温度が唯一暖めてくれる。
「うーん。やっぱりお椀のでないと風情がないわねぇ」
隣の少女は缶入りぜんざいをそう評する。そして蓮子のもそれには同意であった。
いったいこの少女は何者なのだろうか。メリーの居る場所を知っているような口振りであったが、 それについては話そうともしない。この近くに民家は無い。そもそもこんな時間に子供が一人でうろついている事のほうが不思議だ。
被っている帽子といい、緩くウェーブの掛かった髪といい、メリーとどこか似通っている。しかし、のほほんとした雰囲気のメリーとは違い、この少女の持つ雰囲気は独特というか胡散臭い。
いまだにぜんざいをちびちびやっている姿をみて、愛用のmp3プレイヤーを取り出す。
「あら、それは何かしら?」
ぜんざいを脇に置き、興味津々の体で身を乗り出して来る。
「何って。知らないの?」
蓮子の持っているのはmp3プレイヤーが出始めた頃の旧式である。とはいえ、最新型の物とそう形が変わっているわけではない。容量は10倍違うが。
だからといってmp3プレイヤーを知らないのはおかしい。いまや誰もが持っているといっても過言ではないほど普及しているコレ。幾ら幼いと言っても知らないはずがないのだ。
「へぇ。音楽が聞こえる式なのね。あらいい曲ねこれ」
試しに貸してみれば、知らない割りに手馴れた操作で音楽を聴く少女。中に入っているのはただの流行のPOPSなのだが。
「うふふ。これ気に入ったわ。どうかしら。これ譲ってもらえない?」
とんでもない事を言う。
確かに旧式ではあるが、それは蓮子が父親から譲ってもらった大切な品なのだ。そんなほいほいとあげられるようなものじゃない。
そう蓮子は説明する。
「そう残念。じゃ取引といきましょう。私はあなたの探している人物が何処にいるか知ってるわ。 そこに貴方を連れて行ってあげるし、見つけたあとのフォローもしてあげる。代わりにこれ……アイなんだったかしら。まぁこれをもらえるかしら?」
「あなた本当にメリーの居場所を知ってるの!?」
「ええ。でも説明しても信じてもらえるかどうかはわからないから説明はしないわ。でも、今のままじゃ永遠に見つけられない。それだけは確かよ」
「それって、この前行った竹林や紅い屋敷のある世界のこと?」
「紅い……ああ『幻想郷』とは違うわ。幻想郷よりももっと危険。そして異質なところよ。人はそこを夢の国と呼ぶわ」
ここに来てさすがの蓮子にも事情が飲み込める。
予想通りメリーは結界を越え、別の世界へ行ってしまったのだ。
じっと手の中のプレイヤーを見つめる。
「……その取引に乗るわ! だからメリーを助けて!」
「交渉成立ね。でも、助けるのは私じゃない。あなたよ」
「それってどういうこと?」
「私は夢の国への入り口まで案内するだけ。本人はあなたが探すのよ。見つけたら連絡なさい。 帰り道を準備してあげるわ」
「わかったわ。メリーは必ず連れて帰る」
「いい覚悟ね。じゃ道を開くわ」
そういうと駅舎の扉を少し開く。そして少女がその隙間に手を入れ扉を開けると。そこは漆黒の異空間。
「さ、入り口はここよ。……ああ自己紹介を忘れていたわね。ゆかり、八雲紫よ」
そうして差し出された手を。
「蓮子。宇佐見 蓮子よ」
蓮子は握り返す。
「さぁ行きましょう。異質なる異界へ。あなたの友人。そして私の『端末』を探しに」
入り口の先は下へ続く階段。明かりもないまま少女――紫の手に引かれながら下る。
70段ほど降りたところで踊り場らしきところに出る。
「さて、ここからは人外の領域。まともな人間は狂っていなければ入れない場所。まともに目で見ていてはあなたも狂ってしまうわ。」
そういって、蓮子に布が渡される。
「目を閉じてその上から巻きなさい。そうすれば万一にも目を開けることは無いでしょう」
「でも、目を開けないとまともに歩けないんだけど」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと貴方には一時的にだけど、新しい感覚器を着けてあげる」
そういうと蓮子の頭に差すような痛み。が、それはすぐに収まる。
何が起こったのかと頭を触ればふわりとした毛の感触。慌ててまさぐれば何か動物の毛が生えた平べったいものが頭から二本生えている。
「何コレー! 気持ち悪い~~!」
「あら、結構似合っているわよ。可愛いわねぇ」
「しくしくしく」
そうして、目を閉じその上から目隠しをする。
するとどうだろう。目は閉じているはずなのに目の前の景色が映っているではないか。
視点がやや高いのは頭の上の感覚器からの情報であることの証。
「すごいこれ。なに? これはアンテナで網膜に直接照射してるのかしら」
「……まぁそんな感じね。アンテナというよりは触覚なのだけど。さ、入り口はまだ先よ。行きましょう」
そうして更に階段を降りる事10分。暇つぶしに階段の数を数えたのだが500を越えたところで諦めた。
ようやくアンテナの感触にも慣れてきた頃、目の前に大きな緑の扉が現れる。
「さ、この先が夢の国よ。私が行けるのはここまで。あとは貴方の力だけでなんとかなさい。……そうね、3時間したら迎えに来るわ。きっちり3時間よ。5分過ぎたら見捨てるわ。」
「随分冷たいわね。私、結構時間にルーズなんだけど」
「それほど常人には厳しいところなの。決して油断しちゃダメよ?」
「……わかったわ」
真面目な顔で念を押され、気を引き締める。
「じゃ行ってくるわ。おみやげ期待しててね?」
扉に手をかけ、押し開く。思ったよりも軽い感触。
「期待しないで待ってるわ。あの子をよろしくね」
扉を開け、外に出るとそこは森だった。
気づけば背後に扉は無く、3時間のタイムリミットを否が応にも意識させられる。
しかし、どうやってメリーを探そうか。
何気に携帯を見ると、デジタル時計の表示が88:88。日付も同様に表示が狂っている。
とりあえずタイマーを3時間にセット。表示が2時間59分59秒に変わる。これで時間はわかるはずだ。
辺りを見渡せば、木々の向こうに白い尖塔が見える。近くに街でもあるのだろうか。
なんにせよ動かなければ見つけることはできない。
その尖塔の方向へ向けて歩き出す。
なんせ時間がないのだ。考えるより先に足を動かせ。
蓮子は知らず知らずの内に速度を速めていた。
結構な時間をかけて森を抜けた先にあったのは巨大な城壁と門。そしてそこを行き来する不思議な人々。
耳や鼻の長い人間。目が多かったり少ない人間。そして直立歩行する名状しがたきい動物。
「これじゃまるでファンタジー世界ね」
そして誰も頭からアンテナを生やした蓮子に視線を向けない。この程度は普通なのだろうか。
とりあえず人の流れにそって街の中へ入る。
街は無数の塔が立ち並び、道は瑪瑙色で舗装され、非常に美しい景観である。
おもわず持っていたデジカメで辺りの風景を撮る。
ふと携帯でタイマーを確認すれば残り2時間。あまり観光していられるわけではなさそうだ。
と、同時に携帯に着信。相手を確認する。
メリーからの着信。慌てて電話に出る。
「メリー! あなたなのメリー! 今何処にいるの!?」
「――よかっ――蓮子――ありが――助けに来――」
異界にいるせいだろうか、ノイズが酷く聞き取りにくい。
「メリー、無事なのね?! 今何処? 私は塔がいっぱいある街にいるんだけど!!」
「――携帯が通じ――ことは――近く――塔――てっぺんに丸い――三本――並んで――」
塔の天辺に丸いものがついたのが3本並んでいる?
近くの高台に登り確認する。街の中央にそれらしき塔が見える。
「メリー! その近くにいるのね! 今から向かうから待ってて!」
「蓮――急いで――嫌な――感がす――――――――――――――」
そこで携帯は切れてしまった。
が、何はともあれメリーの居場所は分かったのだ。
中央の塔に向かって駆ける。戻る時間も考えるともう幾らも余裕はなかった。
途中、どこからか単調な太鼓や笛の音が聞こえてくる。
そんな音楽の中をひた走り、三本連なった塔の下へ出る。
「メリーーーーーーー!! どこーーーーーーーーーー!!」
叫ぶ。
返事がなければ場所を変えまた叫ぶ。
しかし返事は返ってこない。
ここら辺りにいるのはずなのだが。
いい加減喉が痛くなってきた。その時。
「蓮子ーーーー!! ここよーーーーーー!」
路地裏の方からメリーの声が聞こえてくる。
「そっちにいるのね、メリー!」
声の下方向の路地裏に入る。薄暗い中を進むと見知った帽子と服。
「蓮子ー! よかった無事だったのね!!」
「メリーこそ大丈夫だった?」
手を取り合って喜ぶ。半日ぶりとはいえ随分長い間会っていなかった気がする。
「蓮子、よくここまでこれたわね。あなたにそんな能力があったなんて」
「いや能力じゃなくてね。なんというか親切な人に助けてもらったというか」
「親切な人? それよりも蓮子あなた可愛いもの付けてるのね。それに何その目隠し」
「あー、目隠しとこのアンテナはその親切な人からもらったの。普通の目で見ると狂うとかなんとか」
「アンテナ? 何行ってるの蓮子。それどう見てもウサミミにしか見えないわよ、ほら」
メリーの差し出した手鏡で自分の頭を確認する。
「な、な、な、なにこれぇえええええ!!」
頭から生えていたのは紛れも無いウサミミ。自分の姿を見ることができないので気にしていなかったのだが。
「ううう、恥ずかしい……」
「えー、こんなに可愛いのにー。それよりもその親切な人って誰?」
「メリーに似た小さい女の子なんだけど。メリー、あなた妹とかいないわよね?」
「いないわよー。でも、蓮子がここにいるのが何よりの証拠ね」
「それよりもどうしてこうなったか説明してもらえる?」
メリー曰く、午前の講義が終わった後あまりにも陽気がいいので大学の中庭のベンチで昼寝をした。
そして、いつものように夢でこの世界に来たのはいいが何をやっても目覚める事ができないと言う。
「それで蓮子が何とかして私を起こしてくれるように祈ってたの」
しかし現実でもメリーは行方不明となり、今に至る。
「私はメリーから助けてっていう手紙を受け取ったからこうして探しに来たんだけど。その様子じゃメリーは手紙なんて出してないようね」
「ええ、出してないわ。一体誰が出したのかしら……」
二人して首を傾げる。
その時蓮子の携帯からアラームが鳴り響く。
慌てて開くと残り1時間の表示。
「やば! メリー急ぐわよ。あと1時間で出口が閉まっちゃう!」
「え? 何それ……って蓮子手ぇ引っ張らないでー」
二人で夕暮れの町の中を駆ける。
残り1時間を切った。だが走ればなんとかぎりぎり間に合うはず。
そう信じて走る足に力を込める。
「ねぇっ……蓮子っ! おかしいと思わない?」
メリーが走りながら問いかけてくる。
「さっきから全然人に会わないのよ! さっきまであれだけ人がいっぱい居たのに!」
そういえばそうだ。来る時はあれほど人にすれ違った。そして同じ道を戻っているのに人っ子一人見当たらない。
おもわず足が止まる。
すると、急に笛と太鼓の音が頭に入ってくるようになる。
さっきからずっと鳴ってはいたのだが、今になって急に意識するようになった。
「何? ……この音」
どこから聞こえてくるのかわからない。そして祭りの演奏といったものではない。
あくまで単調。そしてまったく統制のない音。
蓮子の背筋を何か嫌な感覚が駆け上がる。
「メリー! よくわからないけど何だか嫌な予感がするわ! 急ぎましょう!」
そうしてメリーの手を取って――。
「んぐふ――あるぐふふふふふ――――く-ku-くくくひゅふ!」
響いたのはメリーの声だった。
メリーが焦点の合わぬ目で、口から何かわけのわからない言葉を叫んでいる。
「メリー! メリー! しっかりして! どうしちゃったのよ!!」
肩を掴み揺するがまったく効果は無い。
そうしている間にも嫌な予感は蓮子の中でどんどん大きくなっていく。
今すぐここを離れないとダメダ。離れたい。ハナレタイ。
メリーの手を引っ張り強引に走らせる。
そして大通りから城門を越える。あとは森を突っ切るだけ。
その時だった
「にゃ――しゅたん! にゃる・が――んな! ――る・し――たん! にゃ――ゃんな!!」
メリーがそう叫ぶと同時に空が黒く染まる。
空を見上げると蓮子の視界が閉ざされる。
何事かとアンテナを触れば微細に振動している。
空に向けていた視線を地面に戻すと視界が回復する。
「空の上のは見ちゃダメってことかしら……」
何故そうしたかはわからない。が、手に持っていたデジカメを空に向けシャッターを数度切る。
そして蓮子に走る強烈な嘔吐感。
ここから逃げ出したいという衝動が蓮子を包む。
その衝動を無理矢理押さえつけ、メリーの手を取る。
しかし、座り込んでしまったメリーはブツブツと何かを呟きつつその場から動こうとしない。
そして鳴り響くアラーム。表示が残り30分を切った。
このままじゃ間に合わない。何かないだろうか。
辺りを探す蓮子の視界に馬車が目に入る。
メリーを無理矢理引っ張って馬車まで連れて行き御車代に座らせる。
蓮子はメリーの隣にに飛び乗り、手綱を掴み振るう。
しかし、馬はまったく動こうとしない。まるで何かに怯えるかのように。
「あらあら大変そうね。手伝いましょうか?」
視界が暗くなると同時に後ろから声がかかる。
蓮子は動けない。
声からすれば女性。だが、何故自分達の居る場所が影になっているのだろうか。
影の大きさから判断すれば、身長3mは以上。それ以上に横幅が大きい。というか明らかに人間の体型ではない。声だけが人間そのものなのが恐怖を一層掻き立てる。
「あらあら、そんな目隠ししていては前が見えないでしょう? 解いてあげるわ」
何かが後頭部の結び目を解いている。粘着質のべとついた音がする。
見えない。見ることが出来ない。見たくない。
が、それが指ではないことは何故か確信できた。
はらりと目隠しが膝に落ちる感触で我に帰る。
が、目は決して開かない。
アンテナの視界を頼りに手綱を振るう。
「お願い動いて! お願いだから!!」
何度も何度も手綱を振るう。
すると想いが通じたのか馬が走り出す。
蓮子に馬車を動かす技能なんてない。しかし、森までの道は一直線に伸びている。
ならばこのまま真っ直ぐ走ってくれるだけでいい。
「メリー? 大丈夫?」
一安心したところでメリーに声をかける。
「ん……蓮子? 何これ? 蛸? 烏賊? なにか気持ち悪いのが見えるよ蓮子……っ!」
「メリー! 落ち着いて! もうすぐ出口だから!」
頭を抑えてうずくまるメリーを必死で励ます。
遥か先に緑の門が見えてくる。
これで大丈夫。帰れる。
蓮子が安心した時だった。
「あらあらそんなに急いで何処へ行くのかしら。私とお茶でもいかが?」
蓮子の心が今度こそ凍りつく。
馬車は猛スピードで疾走している。
なのにあの巨体で徒歩で追いつける?
というか足音がまったくしてない?
考えるのを放棄し、嘔吐感と恐怖をねじ伏せ必死で手綱を振るう。
「あらあらそんなに動物を酷使してはだめね。休ませてあげないと」
蓮子の視界の隅に肌色の細長いものが伸びてきて、馬に触れる。
すると馬が泡を吹き出し、足がもつれ、ついには倒れ伏す。
いままで猛スピードで走っていたものが急に止まればどうなるかは自明の理。
牽いていた荷台と共に前方に吹き飛ばされる。
「メリー!」
咄嗟にメリーを抱きかかえる。
衝撃。
数m地面を滑る。
痛みを堪えながらメリーの無事を確認する。巧い事自分の体がクッションになってくれたようだ。
見れば門まであと10mほど。
二時間のアラームが鳴り響く中、腕を使い這って進む。
依然として後ろにはあの女の気配。
あと5m。
「あら?メリーちゃんの頭を忘れているわよ?」
その言葉に思わず腕の中のメリーを確認しようとして。
アンテナではなく、生身の目で、ソレを、凝視して、しまう。
それは異様なまでに膨れ上がった胴体と普通の頭を持った名状しがたき巨大な膨れ女。
体と比べると異様に小さな頭の皺の様な目が釣りあがった瞬間、蓮子は気を失った。
倒れ閉じられる視界の隅に映ったのは、門の前に悠然と立つ紫色のドレスを着、蝙蝠傘を差した女性だった。
蓮子が目を覚ますと見慣れた駅舎であった。
窓から差し込む朝日が目に刺さる。
「……夢、だったの?」
その時、ぽろりと頭から何かが落ちる。
地面に落ちたそれはウサミミ。眠気が吹き飛んだ。
そうあれは夢ではなかったのだ。
ウサミミを拾おうと手を伸ばす。
するとウサミミは左右に振動し分解していく。よくよく見ればそれは巨大な繊毛虫。
思わず腕を引っ込める。そしてその繊毛虫は朝日に溶け消えていった。
もう蓮子には夢と現実の区別が付かない。吐き気がする。頭痛もだ。
頭を抑えると、肩に誰か持たれかかっている。
「……メリー!」
「ん……あ、蓮子おはよ~。ってここどこ~?」
いまだ半分寝ているかのメリーにやっと安心する。
長かった夜がやっと明けた気がした。
帰りの電車の中、いつもの癖でmp3プレイヤーと取り出そうとしてそれが無い事に気が付く。
代わりに入っていたのは一枚の紙。それにはこう書かれていた。
『
最後は危険な目にあわせてしまってごめんなさいね。ちょっとこっちの予想が甘かったみたい。
報酬を受け取るのも気が引けたのだけれど、やっぱり欲しかったのでもらっていきます。
今だから言うとあの手紙を送ったのも私。あなたが本当に『もう一人の私』とうまくやっていけ
るのか試したの。悪く思わないでね。
追伸:これからも隣で寝ている『私』と仲良くしてあげてちょうだいね。
八雲紫 』
隣で寝ているメリーに目をやる。
もしかするとメリーはあの夢の世界の側の住人かもしれない、と思う。
以前からの事といい、今回の事といいメリーには謎が多すぎる。
「でもね、んなぁ事は言われるまでもないってーのよ」
紙を丸めゴミ箱に捨てる。
今までもこれからも宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンの一番の親友。
それに変更はない。
§ §
「あれ紫様。なんですかその奇妙な物体は」
マヨイガ。紫の部屋を掃除しに来た藍が主人に問う。
「これ? 外の世界の式の一種でね。ここから音楽が聞こえてくるのよ。んふふ、なんだか踊りたくなってきちゃったわね」
「はいはい、それはわかりましたから掃除の邪魔なんで博麗神社にでも行っててください」
「ぶー、藍のいけずー」
§ §
数日後、あの夢の世界で撮った写真を現像してみた。
あの出来事から日を経つにつれ、あの時の記憶はどんどん薄れていっている。
なので覚えているうちに、と現像してみたのだった。
しかしそれらはすべて黒くなっており何を撮ったのかすら判別できなかった。
その内最後に撮ったと思われる数枚は見た瞬間から怖気が走り、まともに見ることすらできなかった。
結局写真はすべてゴミになった。
あれからメリーはタコとかイカが苦手になった。
しかし、結界を覗いたり不思議な夢を見たりするのは以前と変わらない。
そして蓮子はあれから時折悪夢に魘される様になった。
内容は覚えていない。しかし起きた時は全身汗だく。それが内容を物語っているようだった。
ただ一つ夢のなかで覚えているものがある。
それは夢の中で必ず聞こえてくる呪文。
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ
るるいえ うが=なぐる ふたぐん
いあ・いあ。
メリーに会った後から更に緊張感を増していく感じが素敵。
>「あら?メリーちゃんの頭を忘れているわよ?」
こんな事を言われたら、嫌でも目を開けちゃいますよ。デッドエンド確定かと思いました。
中盤からじわじわと怖くなってくるところが実にクトゥルー
でもウサミミ蓮子いいなぁw
今日は巫女の日。同時に、ミ=ゴの日。
キーパーをしている身としては失格でしょうか?
優曇華院の耳??!!
あと街の描写がロマールの湿原地帯に建てられた首都を思い起こします。
生きてて良かった。いやホント。
幻想郷には奴らもいるんでしょうかねぇ・・・・。だとしたら・・・・それなりに楽しい世界かも知れない。w
いや、先日ショットガンでクリーチャーの殲滅戦やったもので。w
紫様が門の向こうに居たらと思うとぞっとします
というか、もうちょっと手助けというか援護お願いします紫さま
それでも動ける範囲内だったら相手が何であれ何とかするあたり流石と言うか
まあ、凄いといえば、蓮子はよくやった!!
メリーもよく狂わなかったもんだ