「も、申し訳ございません、お嬢様……ごほっ、ごほっ!」
「無理するものじゃないわ。咲夜、あなたは人間なんだから」
とある日のこと。十六夜咲夜は体調を崩して寝込んでいた。人間なのだから年に一度や二度あってもおかしくはないのだが、瀟洒で完璧なメイドを自称する咲夜にとってはあってはならぬ失態なのだ。
とはいえ、こんな状態で働かれても効率がいいわけがない。むしろ周りが重荷になるのは目に見えている。
「とにかく! 主として命じるわ。咲夜、あなたは今から1週間は休養をとりなさい。たとえ治っても働かないこと。わかったわね?」
「……はい」
不承不承だが頷く咲夜。1日を完全に休養にあてれば3日もあれば全快する自信はあったが、レミリアの命令とあれば従わないわけにはいかない。
「とにかく、今はしっかり休みなさい。後でメイドの誰かに食事を作らせてくるから」
「お心遣い感謝します」
咲夜の声を聞いて、レミリアはドアを閉めた。ほどなく咲夜も眠りについた。
「……さて、どうしたものかしら」
咲夜の部屋から自室へ戻る途中で、レミリアは足を止めた。腕を組んで考える。
咲夜にはああ言ったものの、実際問題として1週間戦列を離れられるのは中々痛いものがある。裏を返せば、それほど紅魔館において咲夜のポジションは重要であったともいえる。レミリアの世話は言うに及ばず、炊事・洗濯・食事等の仕事も自ら率先して行っているのだから、その仕事っぷりは驚嘆に値するものだ。
「手っ取り早いのは……人員の補充かしら」
今いるメイド達に文句があるわけではない。咲夜と比較するのはそれこそ不憫だ。メイドの仕事、と言う意味では咲夜に大きく遅れを取っているわけではないのだが、いざレミリアの護衛やらフランドールの抑制となると話は違ってくる。その役割に抜擢できるのはせいぜい門番の美鈴くらいだろう。
「駄目でもともと、と言う言葉もあるし。試して見るとしましょうか」
ひとまず考えがまとまったところで、レミリアは自室に戻ることにした。そういえば紅茶は誰に頼もうかしら、などと頭の中ではすでに別のことを考えながら。
「で、何であんたがこんなところにいるの?」
博麗神社は基本的に霊夢1人しかいないのだが、何故か毎日のように誰かが押し寄せてくる。魔理沙を筆頭に紫だったりアリスだったりレミリアだったりするが、今日の客人は珍しい人物だった。
「ん~……まあ、気にしないでくれ。ちょっと小休止しに来ただけだからさ」
縁側でくつろいでいるのは三途の川の渡り守―――小野塚小町だった。いつもどおりの青い服に2つに縛った髪。愛用の鎌は傍に立て掛けてある。
「そりゃ私も別に厄介ごとを引き込まないのならいいんだけど……」
「もしかして四季様のことかい? それなら平気だよ。今日は珍しく朝からたくさんの霊を彼岸へ送ったからね」
小町の仕事のサボりっぷりは実は結構有名だったりする。以前起きたとある事件が起因しているのだが、小町自身に反省の色は欠片も見えない。今でも、あれは完全にオーバーワークなのだから仕方がなかった、と言い張っている。もっともそれを映姫の前で言う度胸はないようだが。
「あら、あなたにしては仕事熱心じゃない。だから午後になって少し小休止ってこと?」
ほう、と感心するように、霊夢。だが、小町はちっちっち、と指を振って言葉を紡ぐ。
「違う違う。あらかじめ運んだ霊達に言っておいたのさ。彼岸に渡った後は5時間かけて己の生前の行為を振り返っておくこと。それから閻魔様の裁判に望めって。だからちょうど今頃から四季様の裁判が始まってる頃かね」
「……呆れた。仕事をサボるためにはとんだ悪知恵が働くものね」
「知略に優れている、と言っておくれ」
ひらひらと手を振る小町。ついでにお茶を一口。出涸らしが出されているのはいささか問題なような気もするが、博麗神社の経済状況を鑑みればいさ仕方ない。
そもそも霊夢が小町をくつろがせているのも、小町が賽銭を放り込んだからだ。まともな賽銭はいつ以来だったかなあ、という霊夢の言葉が、顕著に実態を物語っている。
「ところで、その手に持っているのは何だい?」
霊夢が握っている紙が気になったのか、小町が言う。
「ん? これ? さっき誰かが配ってたものだけど、見る? つまんない内容だけど」
「ああ。どれどれ……」
ぽい、と霊夢から渡されたものを、縁側にうつ伏せで寝そべったまま目を通そうとする小町。
と、いきなり影が出来た。ちょうど小町を覆うように立っている人物がいることになる。その人物は底冷えするような声で話しかけてきた。
「こ~ま~ち~……」
心臓が跳ね上がる錯覚を覚える小町。この場所で聞くことは100%ありえないと思っていた人物の声。小町は嫌な汗がだらだら流れるのを感じたが、一縷の望みに掛けてころん、と転がって仰向けになって見た。見上げる人物は、当たってほしくない予想通りの人物だった。
「あ、あはは。四季様。奇遇ですね……」
「ええ、本当に」
無理やり作り笑いを浮かべる小町だが、それはもはや蛇に睨まれた蛙が見せる最後の抵抗といってよい。実際映姫の眼光は鋭いことこのうえないし、卒塔婆をぱしぱし鳴らせているのがより恐怖感を深めている。
「そ、そういえば今日は裁きが早いですね。あたい結構な数の霊を彼岸へ渡したんですけど……」
「でたらめな情報を流して待ち惚けさせて、ですね?」
「げ!?」
「なるほど、今ので確信しました。やはりあなたが犯人だったのですね」
こめかみに血管が浮き上がったのが見えた気がした。小町の策も映姫の前では無力、いやむしろ逆効果だったようだ。
「集団で固まって何か物思いに没頭している霊がいると聞いて行ってみれば……全く、通りがかりの霊が通報してくれたのが幸いでした」
なんて余計なことする霊だ、と小町は心中で罵った。
「小町。まずはそこに直りなさい」
「は、はい!」
仰向けの体勢から瞬時に正座へと移行する小町。よろしい、と映姫が呟く。
「さて、重ねて問いましょう。こんな所で何をしているのかしら?」
「あ、その……仕事においてもっとも重要なのは、効率です。だから午前中に働いたことで足りなくなった仕事への英気を養うためにも休養を……」
「ろくに仕事もしないで英気を養うも何もないでしょうに!」
一際大きく卒塔婆を鳴らす。びくっと小町の身体が震える。
「い、いやそれは……そう! たまには四季様にも休養を取って英気を養ってもらおうと。それにほら、四季映姫様だけに英気を養うなんちゃって……」
「言い訳兼駄洒落は犯罪です。というわけで『タン・オブ・ウルフ!』」
「四季様!? いきなりスペルカードはやりすぎ……うきゃああぁぁぁぁ」
問答無用の一撃に、完全に白目をむいて気絶している小町。映姫はお仕置きを済ませてひとまず落ち着いたのか、傍で呆然とその状況を見つめていた霊夢に挨拶をした。
「この度はこの子が迷惑を掛けて申し訳なかったですね」
「いや、別に……」
むしろあなたのスペルカードでの被害のほうが大きいんですけど、と言ってやりたかったが、一応抑えておくことにした。相手は仮にも閻魔だし、余計なことを言って説教されては面倒なことこのうえない。
「全く、小町にも困ったものですね。もう少し労働という意味を考えて……」
何故か当人の小町ではなく霊夢に向けて話し始める映姫。余計なことを言わなくても結局とばっちりが来たとも言える。
「……ああ、それならそのチラシでも参考にしてみれば」
「チラシ?」
どうでもいい説法を聞かされどこか疲れきった表情で霊夢が言い、講釈を続けていた映姫が話すのを止めて尋ねた。そこの死神が持っているもの、と霊夢が指をさすと、映姫は静かに文面を眺めた。
じっと目を通したまま数分。映姫の表情が突如明るくなった。
「…………これだわ!」
くしゃっと紙を握り締め、ガッツポーズをとる映姫。自分で扇動しておきながら、霊夢はそれを見てぼんやりと思った。ご愁傷様、死神さん、と。
「う~ん……ここは……」
「目が覚めましたか、小町。ではこれより開廷します。罪人、小野塚小町。前へ」
「へ?」
自分が倒れていた場所。それはある意味見慣れているところ。四季映姫が裁きを下す場―――法廷だった。
「ちょ、四季様。これはいったい……」
「あなたに発言する機会は与えていません」
「も、申し訳ありません」
なんともいえない妙な雰囲気に、つい謝ってしまう小町。
そもそも、何がどうしてこういう事態になったのかがさっぱりわからない。仕事をサボったことに対する処遇というのなら多少合点はいくが、いくらなんでもここまでするものだろうか。
となると他に考えられることといえば、この場をもって何かしらの重大事項を伝えようとすること。即ち―――
(ま、まさか……クビとか)
ありえなくはない。今までは映姫の温情で事なきを得ていたことが幾度となくあった。だが、それにも大概我慢ができなくなったのかもしれない。
「さて、小町」
「は、はい!」
思わず直立不動の姿勢になる。完全無欠に手遅れかもしれないが、それでも最大限の誠意を見せれば情状酌量があるかもしれない。
一縷の望みを胸に抱いて、小町は映姫を見つめた。映姫は小町のその態度を、人の話を聞く姿勢が整ったと判断し、話し始めた。
「あなたはもっと労働と言うものを考える必要があります。そしてそれを仕事に反映させること。それがあなたにできる善行です」
「いや、あたいは死神だから善行を積んでも天国に行くわけじゃないし……あ、いや……」
反射的に意見を述べてしまった。すぐに愚行だとわかったが、もはや手遅れだった。
「反論しましたね? 罪状がグレードアップです」
「う……で、でも今のは正当な抗弁じゃ……」
「本来なら減給、労働に対する取り組み方のレポート10枚提出及び1日3回の法廷の掃除……」
(それで十分地獄のフルコースですよ……)
全く聞く耳を持たない映姫に心中で反論する小町。そんな小町の心境など全く考えず、映姫の言葉は続く。
「加えてもう1つ。あなたはもっと様々な方面で労働を知るべきです。よって、これから下界へ行って労働にその身を置きなさい」
「へ?」
予想外の展開に思わず間の抜けた声を出してしまう小町。
「それって……下界で働けってことですか?」
「そうです。これを見なさい」
映姫が取り出したのは1枚の紙。博麗神社で霊夢から貰ったものだ。
「なんですか、それ?」
「幻想郷に紅魔館という館があるのを知っていますか?」
「はあ……まああそこはいろんな意味で有名ですから」
いろんな意味、というのが多少引っかかるが、映姫は続けた。
「そうです。そこでちょうどメイドの募集があるようです。これは天啓ともいえます。まさしく神の啓示!」
段々テンションがあがっていく映姫。小町はどう口を挟んでいいのかわからず、とりあえず黙って聞くことを選んだ。賢明な判断といえる。
「期間も1週間程度とのこと。あなたの有給休暇を全て申請しておきましたから、仕事にも支障が出ません。安心です」
「全部!? あ、あたいのなけなしの休暇が……」
涙目になって崩れ落ちる小町。河渡しという職業上、滅多なことでは休みなどない。貴重とも言える休みが完全になくなってしまった。小町ならずとも涙するのは仕方ないだろう。
「ただ、私とて鬼ではありません。閻魔ですから。ここは情状酌量も認めなくてはならないでしょう」
「ほ、本当ですか!」
復活する小町。全部とは言わない。せめて一日だけでも休みをくれるというのを期待して眼差しを映姫に向ける。
「小町の自堕落っぷりを放置していたのは、監督不行き届き、といえなくもありません。ですから、ここは私も同行しましょう」
「………………………………は?」
期待していた言葉とは欠片も繋がりがない。膨らんでいた希望が音を立てて崩れると同時に、小町の中である1つの懸念が浮かんだ。
「……あの、四季様。もしかして最初からそのつもりで……」
「何か言ったかしら、小町?」
「……い、いえ! 何でもないです!」
笑顔のうちから滲み出る言いようのないオーラを受けて、小町は全力で否定した。首の筋を痛めるのではないかと思うほど左右に振りまくって。
「ではこれで閉廷とします。ああ、そうそう。そのメイド募集は人数が集まり次第募集締め切りと言うことらしいから、1時間後に出発します。準備をしておくように」
「…………はい」
もはや反論する気力も失せていたので、小町は素直に従うことにした。これからしばらくは激動な日々が続きそうだなあ、と遠い目をして思いつつ。
「うふふ。ああ言っておけば違和感も何もない。まさに完璧な計画ですね」
映姫の自室。そこで映姫は浮かれまくっていた。思わずその場で回転をしながら鼻歌を歌い、フィギィアスケートよろしくトリプルアクセルを決めてしまいそうになるほどハイテンションだった。
そもそも今回の裁判と言う名の行動。これは全て映姫の目論見だった。
小町が仕事をサボることなど常日頃の行動といってもよい。もちろん仕事に支障をきたすという意味では決して看過出来るものではないのだが、今回はそれを逆手に取ったのだ。
小町以上にないと言っていい、なけなしの休暇をあててまで取った作戦だ。失敗は許されない。
閻魔、という仕事柄、どうしても相手に対し見下ろし、高圧的な態度になってしまうのはいさ仕方ない。いわば職業病ともいえる。映姫の象徴とも言える説教癖もその1つだ。
だからこそ、なのか、それとも潜在的にそういう衝動を持っていたのか、映姫は最近逆に人に仕えてみる、ということに興味を持っていたのだ。そこへきて今回の期間限定メイド募集のチラシ。これを利用しない手はないと考えたのだ。
「場所が紅魔館、というのが少々問題はあるけど、まあ些細なことですね。別に相手が吸血鬼とはいえ血を吸われるわけでもないし」
無縁塚まで名が響き渡るというのはさすが紅魔館、といったところか。もっとも威厳や風格以外にも名を知らしめている要素はあるのだが、映姫はそのことを知らない。世の中には知らないほうが幸せ、ということが多々あるものだ。
閻魔の帽子を取り、正装を解けば、普通の少女と変わらない映姫である。これならまさか地獄の閻魔とは誰も思わないだろうし、場所が場所だけに別にばれてもそう痛手にはならない。どうせ以前知り合ったメイドを伝手に知れ渡っていることだろう。
怪しまれる可能性は否定できないが、そこで小町が役に立つ、というわけである。
「ああ、楽しみ……」
ハイテンション真っ只中な映姫。だから、だろうか。普段なら即座に気づくであろう、外の気配に気づかなかったのは。
「……こ、これは一大スクープですね」
そんな映姫を盗み見ている人物がいた。単語から推測は簡単であろう、幻想郷のブン屋射命丸文だ。
そもそもは文花帖で散々撃墜されたリベンジをしに来ただけだったのだが、思わぬ事態に遭遇してしまっていた。だが、おかげで最高のネタを仕入れることができたのも事実だ。
「『四季映姫ヤマザナドゥ、閻魔からメイドへ! 実は奉仕癖が!?』 う~ん、アルファベットを使ってもっと直球なタイトルも付けられますけど、それは倫理的問題がありますし……」
すでに文の頭の中では新聞の一面が構成されつつあった。見出しも特大フォントで紙面を飾っている。
「まあ、これは家に帰ってゆっくり考えるとしましょう。しかし、今回こそは今までで最高の部数を売り上げることができそうですね。棚からぼた餅というか、災い転じて福となすというか……」
「そうね。だけどこの場合は、一寸先は闇、が一番正しい言葉遣いですよ、射命丸文さん?」
時が止まったと思った。いきなり背後から声を掛けられれば誰だってそう思うだろう。
後ろを振り向くな。振り向いては駄目だ。天狗の神速をもってこの場から離脱しろ。文の脳が全身全霊をもって警告を鳴らす。その警告に従い、地を蹴り出そうと足に力を入れる。
全てはほんの一瞬。だが、それを許すほど背後の人物は甘くなかった。ぽん、と肩に手を置かれてしまった。背筋に嫌なものが走った。
恐る恐る振り向くと、そこには天使のような笑顔で、悪魔のような雰囲気を醸し出すという器用なことをしている映姫の姿があった。
「さて、射命丸文さん。他人のプライベートを覗き見することはギルティオワノットギルティ?」
「あ……あ……」
笑顔で脅迫する、ということはこの世で最も恐ろしいということを文は学んだ。そんなこと知らなくてもいい知識ではあるが。
「ふふふ。さて、知ってしまった以上は仕方ありません。取るべき道は1つですね」
「ま、待って下さい。私には幻想郷に真実の報道を行うという崇高な目的が……」
「問答無用。というわけで……」
すっと手を上げる映姫。文にはそれが死刑宣告につながるものにしか見えなかった。
(ああ……せめて一度くらい、新聞完売、とか、増刷をお願いしますとか聞いてみたかったなぁ……)
夢見心地に妄想に浸る文。走馬灯も走っていたことだろう。それほど追い詰められているはずだった。
だが、映姫から飛び出した言葉は意外なものだった。
「あなたにも同行してもらいましょうか」
「あはは、どうこうですか~………………は? ど、同行?」
思わず聞き返してしまう。同行とは行動を共にすること。つまりは映姫がこれからしようとすることを共にしろと言うこと。ということは導き出される結論は1つ。
「わ、私もメイドになれと!?」
「そうすればネタにすることもないでしょう。それにあなたは日々自由に生きているのですから、時にはこういうことを体験するのもいいことです。人生経験です」
「そ、そんな……突然そんなことを言われても……」
「あ、ちなみに拒否権はありませんから。断ったら最後、先ほどの言葉をスペルカードで具現するだけなので」
顔は笑っているが目は真剣そのもの。つまり冗談ではない。否定すれば最後本当にやるだろう。それだけの雰囲気を今の映姫は醸し出していた。
もはや文に選択肢は残されていなかった。
「……はい。謹んでその話受諾させていただきます」
涙ながらに用件をのむ文。断ればその場で人生を終了させられそうだったので止むを得ない。風と共に疾り、自由をモットーとしている文にしてみれば、メイドをするということは拷問に近いものがあるだろう。
そんな文にさらなる追い討ちは続く。
「それから念の為そのカメラも一時徴収します」
「そ、そんな!? それはもはや私の身体の一部……」
「何か文句でも?」
笑顔で胸の前に卒塔婆を構える映姫。これでは発言できたものではない。
「ううう……わかりました。本当に一時的に預けるだけですよ?」
「当然です。私を誰だと思っているのですか? 嘘とは無縁の閻魔ですよ」
別に閻魔と嘘が無縁と言うことはないのでは、と訊ねたいところだったが、余計な質問は状況を悪化させるだけと悟り、文は肩を落とすのだった。
小町は法廷で待ちぼうけていた。準備といってもこれといってすることもないので、自室に戻って着替えてきただけだ。
「四季様。準備はできましたか……ってあれ? そこの天狗は……」
「小町。同行者が1人増えました。特に問題はありませんね?」
「いや、あたいは構いませんけど。……なんか泣いてないですか、そいつ」
「歓喜の涙でしょう。やはりこういった仕事は年頃の少女の憧れの職業の1つですから」
「………………そういうものですか」
「そういうものです」
いろいろツッコミどころは満載なのだが、小町は敢えて黙っておくことにした。下手に突っ込もうものなら命に関わってくるからだ。
「さあ、小町。あなたの能力の出番ですよ」
「へ? 何でですか?」
「もちろん、時間が惜しいからです。遅れを取って募集が打ち切られてしまったら本末転倒です。私達には一刻の猶予もないのです」
「でもあんな館のメイドになりたいと思う人物なんてそうはいないと思いますけど……」
「善は急げともいいます。つまりこれは善行なのです!」
意味不明なことを言っているが、言い切られてしまうと何故か正当なように聞こえてしまう。小町は渋々自らの能力―――距離を操る程度の能力を発動させて、無縁塚と紅魔館までの距離を短縮させたのだった。
「はあ、退屈ですね」
紅魔館の門番の紅美鈴はぼんやり空を見ながら溜息をついた。空はいい天気だが、美鈴の心中は曇り空が広がっている。どんより、といった感じだ。
「そもそも、こんなのに応募してくる人なんているんですかね」
ピラっと紙を見る。それはメイド募集のチラシだった。
実は今日の美鈴は門番であって門番ではない。レミリアに認定されて、ここでメイド募集の試験官をしているのだった。つまるところ、人事採用の責任者ということだ。
最初はどうして門番の私がそんな大層なことを、とレミリアに質問したものだが、別に大したことじゃないでしょ、というレミリアの簡潔極まりない説明に渋々納得した、というより納得させられたということである。
確かに募集の内容には一般的な家事全般に加えて、戦闘経験者だの特筆すべき能力の持ち主優遇だの物騒な文面が踊っているので、ある程度実力のあるものでないとそれを見切れないという意図もあった。ちなみに、そんな文面を臆面もなくメイドの1人に書かせたもの当然レミリアである。
「まあいいですけどね。どうせ誰も応募してこないで終了になるのがオチですから……」
「あ~い、到着しましたよ。吸血鬼の住まう館へ」
「ええ、見ればわかります」
「はあ、来ちゃいましたね」
三者三様の意見を言う3人。言わずもがな、小町に映姫に文だ。そんな3人を見て、美鈴はヘタっていた気合を入れなおす。
「……紅魔館に何か用ですか?」
そしてさすがに身構える美鈴。本来の仕事も忘れるわけにはいかない。
どう考えてもまともな用件があるとは思えないので、実力に訴えてお帰りを願うしかない、と思っていた美鈴だったが、映姫の口から発せられた言葉は予想外のものだった。
「メイド募集に応募に来ました」
「…………………………は?」
思わず呆けた声を出してしまう美鈴。
「ええと、あなたたちって……閻魔に死神にブン屋ですよね……ギャグですか?」
「至って真面目です」
真剣な眼差しで映姫は言う。その目が嘘を言っている目とは真逆であると美鈴にもわかってしまうだけに、余計に混乱が深まっていく。
「あ~……ちょっとお待ちいただけますか?」
美鈴はもう自分で判断できる領域を超えている、と感じてしまい、主であるレミリアに相談に行くのだった。
レミリアは目の前にいる面々を見てどうしたものか、と頭を悩ませていた。
「あなたたち、本気?」
「もちろん本気ですよ。わざわざこんなところまで来て冗談は言いません」
「まあ、確かに文面にある条件は満たしているけど……あなたはどう思う?」
「ええと……実力という意味では全く問題はないでしょうけど、肝心のメイドとしての技量は未知数だろうと……」
美鈴の分析は正しい。強さという意味合いならこれ以上適任はいないといっていいほど完璧なのだが、メイドの技量ばかりは外見から判断するのは難しい。そして3人の肩書きからすればメイドに適しているとはとても言い難い。
が、レミリアの判断は早かった。
「わかったわ、採用」
「え、え?」
美鈴は困惑した声を出す。そんなあっさりでいいんですか、と目が訴えているが、レミリアは別に構わないでしょ、と小声で漏らすだけ。
「ありがとうございます。短い間ですが懇切丁寧に尽くさせていただきます」
「え~と、まあそういうわけでよろしく」
「よろしくお願いします」
意気揚々と頭を下げる映姫に、渋々ながらの小町と文。
「それじゃ早速中に入って。その格好じゃ働きにくいだろうし、うちは使用人は基本的にメイド服着用が義務だから」
「あら、意外と似合うわね」
レミリアの素直な感想。何故かたまたま近くにいた小悪魔に着付けを手伝ってもらい、3人は見事にメイド服へと変身を遂げていた。その際に、映姫には服が大きすぎるとか、逆に小町には一部分が小さすぎて苦しいとか、足が拘束されてるようで動けないので裾切っていいですか、と言う文の意見があったりしたが、概ね然したる問題はなかった。
「レミィもまたずいぶんと思い切ったことをしたものね」
3人が着替えをしている間、これまた珍しく図書館から出てきていたパチュリーとレミリアは紅茶の相手をしていた。
「そうかしら? まあ退屈凌ぎと実用を兼ねてだったんだけど、なかなか面白そうじゃない。なんならパチェのところに1人回してあげようかしら?」
「いいわ。小悪魔だけでとりあえずは大丈夫だから」
「そう。まあ、必要があったら言ってちょうだい。いつでもレンタルしてあげるわ」
そう言って紅茶を飲み終えたレミリアは自室に戻った。パチュリーは他のメイドから仕事の説明を受けている3人を見ながら、ふと思った。
(しかしまあ、子供にたゆんにアクティブ……多種多様なメイドが集まったことで)
まあどうでもいいけど、と言い残してパチュリーは図書館へ戻った。自分には関係ないから、ということで。
正式採用ということになり、3人はそれぞれの配置についた。大まかな仕事配分としては、映姫が主にレミリアの世話、文がそのスピードを買われて買出し等の外回り業務。そして名目上仕事の意義を学びに来ている小町はもっとも基本的な家事の『さしすせそ』を全てやる予定だったが、裁縫、躾、炊事、洗濯、掃除のうち躾にあたるフランドールの世話だけは全力で拒否していた。結局それは受け入れられたが、その分掃除の量が追加されたのは言うまでもない。
期間は今日から5日間となっていた。予想より短かったですね、と映姫は思っていた。ちなみに有給は2人とも一週間で申請していた。よって2日間自由な日ができたと言うことで小町が喜んだのは言うまでもない。
そういうわけで早速仕事と相成った。文は外壁の補強、小町はスタンダードに廊下の掃除。そして映姫はレミリアの傍についた。
「それじゃ早速だけど、紅茶をお願いね」
「はい」
レミリアに命令されてから数分後、映姫はポットとティーカップを入れて戻ってきた。そしてテーブルで待っているレミリアにそっと差し出した。レミリアはそれを静かに口へ運んだ。
「あら、意外と美味いじゃない。素材の味を殺さないで、かつほのかな甘味を加える。並みの技術ではないわね」
「お褒めに預かり光栄です」
長い年月を生きてきた映姫にとって、一般的な家事などお茶の子さいさいだった。とりわけ食事関連は日頃のストレス発散のためにも凝っていた時期があり、そこそこ自信を持っていた。
「ふ~ん……閻魔と言う割には礼儀を心得ているじゃない」
「当然です。今の私は閻魔である前に1人のメイドですから」
「閻魔を解雇されたら家に来てもいいわよ。厚遇してあげるから」
「考えておきます」
言葉を濁す映姫。そうは言っても回答は出ているが。
「それじゃ私は寝るから。後のことはよろしく」
「はい、お休みなさいませ」
そう言って映姫は扉を閉めた。極力音を立てないように。
レミリアが眠った後、映姫は通常の業務に戻っていた。現在は皿洗いの真っ最中である。
(ああ~、たまにはこういう労働もよいものです。……なんか癖になりそうですね)
映姫のなかでもう1人の自分が芽吹きそうになっていたが、そこは頭をぶんぶんと振って自らを諫めた。あくまでもこれは実験的なことであって、メイドへ就職するわけではない。
無論、自らの職業に嫌気がさしたわけでもない。むしろ誇りに思っているくらいだ。ただ、毎日毎日同じような日々が続けば、時には違ったことをしてみたくなる、というだけのこと。
(でも……ちょっと楽しいかも)
たまには小町あたりの家に行って、家事でもしてあげようかしら、なんてことを映姫は考えたりしていた。無論、食器を洗う手は休めずに。
「ちょ、ちょっと待っとくれ。これ全部掃除するの?」
当然よ、と一般メイドに言われ絶句する小町。それもそのはず、紅魔館の廊下は空間をいじられているせいでむやみやたらに広い。外見からはとても想像できないほどに。
窓はほとんどないと言っていいほどなので、基本的には床清掃だけでいいのだが、それにしても範囲が広すぎる。小町は掃除を始める前からどっと疲れが出ていた。
(あんの犬メイド、毎日こんなことやってんのかい。あたいだったら3日で逃げ出すけどね)
ぼうっとしていても仕事が進むわけではないので、渋々ながら小町はモップを水に浸した。まずは床を磨くことからだ。
「あ~、もう駄目」
が、わずか10分後、小町はヘタっていた。労働意欲もここまでなければ逆に清清しくさえ見える。
「だいたい几帳面すぎるんだよな、ここのメイドは。あたいだったらこんなところは3日に一度、いや、1週間に一度掃除すれば十分だと思うけどなぁ」
壁に寄りかかるように座りながら、一服する小町。
(……待てよ)
ふと、小町は閃いた。
「そっか、試して見る価値はありそうだね」
すっくと立ち上がると、床に置いてあったモップを持ち地面に当てる。そのまま能力を開放した。小町の能力―――距離を操る能力を。
小町が思いついた妙案とは、この果てしなく長い廊下の距離を縮めることで、その分だけ清掃して終わった後で戻せば廊下全体が清掃されているのではないか、という考えだ。無論失敗に終わる可能性はあるが、試して見る価値はある、と判断した。
「おし、これくらいなら」
小町の能力によって端から端が見えるくらいまで廊下は縮められていた。俄然やる気が出て小町はさっさと清掃を終わらせた。
「さ~て、頼むよ」
そして能力を解除した。予定ではこれで廊下全体が磨かれているはずだったが、こういう場合、得てして期待は裏切られるものだ。
「…………やっぱ駄目か」
元に戻って見れば、そうそう都合のいいことはなかった。10数メートル先は全く手入れをされていない。
「しゃあない。真面目に働きましょうかね」
これ以上サボってると後々の仕事に支障が出てくる。それが映姫に知られようものならどんな懲罰を受けるかわかったものではない。小町はなけなしの気合を入れて掃除を再開させた。
2日目
この日、映姫と文は2人で買出しに行くことになっていた。もともとは紅茶が切れかけていたのでそれを映姫が購入してくるはずだったのだが、たまたま要件が重なった文も同行することになったということだ。ちなみに小町は1人黙々と掃除に明け暮れている。
そういうわけで訪れたのは比較的近い人里。ここにはかなり良質な紅茶を取り揃えていることで、咲夜が御用達にしている店があった。
文は一足先に食料品やら消耗品やらを購入するために別の店へと行ってしまった。今ここにいるのは映姫1人だけだ。
「すみません。紅茶を頂きたいのですが」
「いらっしゃい。おやお嬢ちゃん、買い物かい?」
「お嬢ちゃん……」
店のおっちゃんに言われ、押し黙る。映姫は周囲の女性と比べると小柄である。だから年相応に見られることはあまりないのは事実だが、いくらなんでもここまで子供扱いされるのは珍しい。
(落ち着くのよ私。相手はただの人間。ムキになっては負け……)
心を落ち着かせて、軽く笑顔を向けて訂正する。もっとも、顔の筋肉が突っ張ってしまっていて、引き攣ってしまっているが。
「はい。ダージリンにアールグレイ、それにオレンジペコを……」
ぐつぐつ煮え立つはらわたを何とか押さえ込み、引き攣った笑みを浮かべながらも買い物だけはきちんとこなす。
「映姫さん~、終わりましたか~」
と、そこへ買出しを終えた文が戻って来た。両手に結構な量の荷物を抱えている。
「お、ほら、お姉ちゃんが来たみたいだよ。あ、それともお母さんかな」
(どつき倒す!)
店のおっちゃんの一言に、我慢と言う名の防波堤はあっさり決壊し、感情の赴くままにスペルカードを取り出す映姫。
「わわわ! ちょっと映姫さん! こんな人里の真ん中でスペルカードなんて取り出しちゃ駄目ですよ」
「ええい放しなさい射命丸文! 泰広王、初江王、栄帝王、五官王、変成王、泰山王、平等王、都市王、五道転輪王の分まで閻魔大王たる私が受け持つ新十王裁判の刑に処さねば気が済みません!」
「そんなこと聞かされてはますます放せませんよ。お願いですから大人しく……あ、暴れないで~」
どたんばたんぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる2人。ちなみに当事者のおっちゃんは早々に避難してしまっていた。
「……何をしているんだ、お前達」
そんな騒動を嗅ぎつけたのか、呆れた顔でやってきたのは慧音だった。
「あ、慧音さん」
「メイド服を着た少女2人が騒いでいる、と聞いて紅魔館のメイドが何かやらかしているのかと思って慌てて来て見れば……射命丸文、だったか。いつからメイドになったんだ?」
「そ、その話は後でしますので今は映姫さんを……」
文は映姫を後ろから羽交い絞めにしているが、映姫は子供のように足をじたばたさせて抵抗している。
「そこのあなたも邪魔をしますか! ならまとめてラストジャッジメントで……」
「てい!」
「はう」
慧音は計ったように映姫の首筋に1つ手刀を入れた。さすがにこんな攻撃が来るとは予想していなかった映姫はあっさり気絶する。
崩れ落ちそうになる映姫を文が何とか支えた。それからゆっくり慧音の方を向いて礼を言う。
「た、助かりました」
「全く人里で騒ぎを起こされてはたまらんな。で、こんなところでいったい何を?」
「え~と……それには複雑な事情がありまして……」
正直に映姫に脅迫されて紅魔館で滅私奉公しています、と言ってもいいのだが、そうすると映姫の素性やらそこに至る顛末などを話さなければならなくなり些か面倒だ。文は何とか上手く掻い摘んで話せないものかと思案していると、慧音の方から話しかけてきた。
「ああ、別に無理に聞きはしないよ」
「え?」
意表をつかれる文。自分で質問してきてこう言われるとは思わなかった。
「もちろん誰かに話したりはしないさ。どんな事情があるか知らんが、風と共に生きている烏天狗が誰かに仕えるなんて笑い話にしかならないだろう」
「……面目ないです」
頭を下げる文。知識人であると同時に、慧音さんは大人ですね、と感心する文。どこか非常識的な人間や妖怪が多い幻想郷において慧音のような常識人は貴重とも言える。
(いつか特集を組んでみましょうかね。本人の賛同が得られたらですが)
そんなことを文は思う。
「人が集まってくるな。面倒なことにならないうちに帰ったほうがいい」
「はい、そうさせていただきます」
最後にもう一度頭を下げて、文は逃げるようにその場から走り去った。さすがにこの場で飛ぶわけにはいかないので。そして結局荷物は文が1人で全部運ぶこととなった。当然、気絶している映姫という荷物も含めて。
3日目
このころになると、3人とも仕事はそつなくこなせるようになっていた。相変わらず小町は時折サボり癖を覗かせているが、そこはタイミングを見計らったかのように現れる映姫によって大事には至ってない。
とりわけ映姫の仕事っぷりは見事なものだった。もともとそれが目的で紅魔館にやってきたわけだからモチベーションという観点からも他の2人よりは遥かに高いのだが、長年の努力のせいなのか、天性のものなのかはわからないが、洗練されたものがそこにあった。
「……大したものね」
感嘆の声を漏らしたのは咲夜だった。こじらせていた風邪もすっかり全快し、今では仕事に着手しても問題ない状態になっている。
「十六夜咲夜? そういえばここへ来てからあなたの姿を見ていないと思っていましたが」
「お嬢様から療養兼休暇を頂いているのよ。だから仕事は一切していないわけ」
「そうですか。もしかしてこの短期メイド募集の告知が出たのは……」
「そういうことみたいね。もっとも私もついさっき知ったばかりだけど。お嬢様も他人を雇うくらいなら私に言ってくれればすぐにでも現場に復帰するのに……」
どこかつまらなそうに咲夜が言う。
「でも、まあこれなら心配はなさそうね」
「それは私の仕事を認めてくれると言うことでいいのかしら?」
「そうね。他の2人はともかく、あなたならここのメイド達にも遅れは取らないみたいね。どう、本気でここで働く?」
「同じことレミリアお嬢様にも言われました。が、それはそれ、これはこれ。本業を捨てるはありませんので」
「残念ね」
本気で咲夜はそう思った。メイドとしての技量も、強さという点でも及第点を上げられるような人材はそうはいないからだ。
「それでは。そろそろレミリアお嬢様が起きてくる時間なので、紅茶の準備もしなければならないので」
一礼をして映姫は行ってしまった。そんな姿を見て咲夜は思った。
(この短期間でお嬢様の生活スタイルを把握するとはね。本当に惜しいわね)
4日目
この日は真昼間になって食事をしていると、いきなり警報が鳴り響いた。
「はあ、また来たわけ」
3人と共に食事を共にしていた咲夜が溜息をついた。警報の意味を知らない3人は首を傾げる。
「誰が来たと言うのです?」
「魔理沙よ。霧雨魔理沙」
映姫の問いに嘆息交じりに、咲夜。
「あいつは家の図書館をいたくお気に入りみたいでね。時折やってきては本を借りていくの。もっとも、借りると言う名の強奪だけど」
「ははは、あの白黒魔法使いらしいな」
小町が笑って言う。文も変な意味で納得している。
「でも何で警報なの? 普通に応対してあげればいいのでは?」
「客人として招くのならそうなんだけどね。さっきも言ったけど、あいつの場合は客人というよりは強盗に近いから問答無用でお帰りを願う存在なの。もっとも、こっちがそういう態度に出るからあいつも問答無用で扉をぶち破って進入してくるんだけどね」
「それはまあ……ん? そんな相手を美鈴だけで撃退出来るのかい?」
「……まあせいぜい10回に1回か2回くらいはね」
「よく見積もって勝率2割ですか。それは分の悪い賭けですね」
「分の悪いどころじゃないわよ。おかげでここのところ修繕費が跳ね上がったことだし」
「……もしかして、それは後日私が修理しなくてはならないのですか?」
「被害の状況にもよるけど、ね」
あっさりと咲夜が言う。文にしてみれば明日で最後だと言うのに、余計な仕事を抱え込みたくはない。
「仕方がありませんね。少々手助けしましょうか」
昼食もそこそこにすっくと立ち上がる文。そこへ咲夜が口を挟む。
「手助けしてくれるならありがたいけど、あなた、その格好で魔理沙の前に出ても大丈夫なの?」
「あ……」
そうである。今の文はこれでもか、というほどメイドをしている。こんな姿を魔理沙に見られようものなら、幻想郷中に知れ渡ってしまうのは目に見えている。かといって姿が見えないくらい遠くからちびちび援護射撃を加えても、魔理沙ほどの実力者ともなれば大した意味合いはなさない。
「映姫さん、小町さん。何かいい考えないですか?」
隣で何事もないように昼食を口にしていた2人に助けを求める。もっとも小町は早々にあきらめろ~、と白旗を上げている。別に小町はメイドをしていることがバレても大して痛手にはならないが、以前やりあってまともな勝負では少々分が悪いということを自覚しているため乗り気ではなかった。霊夢並に面倒なことは嫌いだからだ。
「はあ……仕方ないですね。私がちょっと加勢しましょう」
そう言ったのは映姫だった。意外そうな顔をする小町に咲夜。
「四季様、どういう風の吹き回しで?」
「当然私だってあんな口が軽そうなのに見つかってあることないこと吹聴されたくはありません。でも姿を見せたくはない。ですから、今回はこれを使いましょう」
映姫が取り出したのは1枚のスペルカード。小町も見たことがないようで、首をかしげている。ただ1人、見たことがあるというよりそれと直面したことのある文を除いては。
「あ、それは……」
文がなるほど、と納得する。映姫が取り出したスペルカード。そこには『浄頗梨審判―霧雨魔理沙―』と書かれていた。
「いきますよ! 華符『彩光蓮華掌!』」
「お、新しいスペルを身に付けたのか」
「私だって毎日を無駄に過ごしているわけではありません! 初見で見切れるかしら!」
美鈴を中心に蓮の花のように弾幕が散らばっていく。周囲全体をカバーでき、かつ相手に迫るその弾幕も緩急がついていて初見で避けきるのは容易ではない。
だが、魔理沙は慌てない。今まで培ってきた弾幕ごっこの中にはもっとやっかいなものもあった。落ち着いて隙間をぬって行く。
「もらったぜ!」
「く!」
美鈴の背後を取り、すかさずマジックミサイルを放とうと腕を振り上げる魔理沙。だが、唐突に感じた嫌な予感に、猛スピードでその場から上空へ退避した。
その判断は大正解だった。一瞬前まで魔理沙がいたところに集約された弾幕が襲い掛かったからだ。それも馴染みの深い星弾。
「な、なんだこりゃ!?」
魔理沙が驚くのも無理はない。魔理沙の前にいるのは、自分と同じ存在―――霧雨魔理沙そのものだからだ。
どこか無表情ではあるが、紛れもなく目の前の存在はこちらを敵視している。
「ちっ。何だかわからないがやっかいだぜ」
様々な強敵と弾幕ごっこを繰り広げてきた魔理沙だが、さすがに自分自身とやりあったことなどあるはずもない。幻想郷いちのスピードを誇る、と自称しているだけに、自分と互角のスピードを持つものとの勝負には慣れていないのだ。
「どういう手品かスペルか知らないが、オリジナルを甘く見るな、だぜ」
魔理沙は相手を試すように散発的に弾幕を撒き散らす。だが、相手もそれを難なく避け、同じように弾幕を放ってくる。
(ちっ、こりゃ思ったよりやっかいだぜ)
先ほどから普通の攻撃しかしてこないところを見ると、スペルのような複雑なことまでは出来ないようだ。そこに付け入る隙はありそうだが、そううまくもいかない。
(マスタースパークでも使えれば倒せそうだが、あれほどの速さじゃスペルを唱えきれないぜ。となると、何とか動きまくって掻き乱して隙を作るしか……)
「油断、大敵ですよ!」
「なに!?」
魔理沙の下にいつの間にか美鈴の姿があった。鏡の自分に集中しすぎてしまい、美鈴の存在を疎かにしてしまっていた。
好機とばかりに美鈴は狙った。魔理沙本人ではなく、その行動力の源―――箒を。
魔理沙も美鈴の狙いを読んで緊急回避を試みるが、絶対的にタイミングが遅れていた。
バキイ!
「あ~! わ、私の箒が……」
美鈴の跳び蹴りによって魔理沙の箒はぽっきりと折れてしまった。魔理沙の高速移動には欠かせない重要アイテムなのは承知の上。つまりこれにより魔理沙の戦力は大幅に減退したということだ。
「まだ、やりますか?」
「……いんや、今日は大人しく退散するぜ」
さばさばと、魔理沙。魔理沙は直情型だが無鉄砲というわけではない。現状が把握できないほど愚かではないので、今日のところは素直に引き下がることにした。
「ところでさっきのあれは、お前さんの仕業なのかい?」
「それは言えないわね。自分で考えれば?」
いかにも含みのあるように美鈴は言う。魔理沙も最初から答えが得られるとは思っていなかったが。
「また来るぜ」
折れた箒を手に持ち、魔理沙は帰っていった。一応姿が見えなくなるまで警戒を解かなかった美鈴だが、完全に姿が見えなくなったことを確認すると、肩から力を抜いた。
「……っぷはあぁ。助かりました」
地上に戻ると、そこにいたのは臨時メイド3人組。咲夜はどちらが勝とうとどうでもよかったのか、この場には姿を現していない。
「凄かったですね、今の技。誰の技なんですか?」
「まあそれはそれとして。貸し1つ、ということでいいかしら?」
美鈴の質問をさらにとスルーして、逆に質問する映姫。
「あはは、そうですね。今度暇があったら何か手伝いますよ」
言ってしまった。それこそが映姫の真の狙いであったとは露知らずに。
「それじゃ、今日のフランお嬢様の遊び相手は美鈴で決まりですね」
「は!? 何ですかそれは!?」
唐突過ぎる映姫の言葉に顔色が青くなる美鈴。そういうことか、と小町は後ろで納得していた。
「何ですか、じゃないですよ。あなたの仕事への助力に対する正当な対価です。こちらの仕事も手伝ってもらわないと割に合わないじゃないですか」
「そ、それなら掃除とか洗濯とか食事とか……」
「生憎と全て終わってますから。十六夜咲夜が構ってくれないから欲求不満らしいので私たちでは手を付けられないのです。それでは後はよろしく」
すたすたと踵を返す映姫。それに続くように小町と文も去っていく。頑張れよ、ご愁傷様です、と言葉を残して。
「鬼ですかあなたたちはあああぁぁぁ!!!」
「閻魔よ」
「死神だな」
「天狗です」
律儀にどうでもいい返答をする3人。その後も泣き叫び抗議をする美鈴だったが、映姫たちはもちろん素知らぬ顔でスルーしたのだった。そしてその日の夜、地下のほうから美鈴の悲鳴が紅魔館に響き渡った、とか。
5日目
今日でメイド仕事も最終日。3人とも業務はこれといった問題もなく終了していた。
「ふう……」
紅魔館の大浴場。現在そこを使っているのは咲夜1人。熱もとっくに下がっていたのでたまには、と昼間からゆっくりお風呂に入っているのだった。もっとも、普段から夜型のレミリアに生活を合わせているため、昼間に湯浴みをするのは特別なことではなかったが。
(……もうちょっと成長してくれないかしら)
ふと、眼下を眺めてそんなことを思う。
咲夜は決してスタイルが悪いということはない。確かにややスレンダーに寄りすぎるきらいはあるものの、咲夜のスタイルは決して見劣りするものではない。ただ、幻想郷はあまりにも極端なプロポーションを持つものが多いため、どうしても意識してしまうのだ。スタイルに固執するのは女性であれば止むを得ないことでもある。概ね、劣等感を抱くものほど、その確執も大きい。
「おや、先客ですか」
「四季映姫?」
考え事をしている途中で話しかけてきたのは、映姫だった。衣服を纏っていない姿を見ると、やはり子供だ、これが地獄の閻魔などと誰が信じるだろう、などと咲夜は思う。
「十六夜咲夜? 珍しいですね。こんな時間から湯浴みとは」
「あなたたちが私の仕事を全てやってしまっているからでしょう? それにお嬢様からこの期間だけは仕事をするなと厳命されているし。それを破るほど私は愚かではないわ」
「なるほど。だから持て余している時間でこういった行動に出ている、と」
「それはちょっと違うわね。今までの生活が生活だからかしら。暇な時間なんてそうあったものじゃないから、何をしていいのかいまいちわからないの。ならいっその事、いつでも元の鞘に戻れるようにしておかなくちゃ、って思っただけよ」
そうですか、と映姫は一言。別に興味がある話でもないので、映姫はさっさと椅子に座り、シャワーの蛇口を捻った。
そんなお湯を浴びている映姫を見て、咲夜はふと思った。そして思ったままに聞いてみた。
「……にしても、あなた閻魔よね?」
「そうですが、何か?」
「私のような人間と違って、相当な時間を生きているんでしょう?」
「その通りです。比較するのも馬鹿馬鹿しいくらい、あなたとはかけ離れてますよ」
「その割には……」
視線を下へずらす。疑問に思い、咲夜の視線を追うように自分の視線も下へ向ける。そこにあるのは変わりない自らの持つ大平原。
「ど、どこを見ているのです!」
思わずタオルで隠す映姫。咲夜は大げさに悲しむ振りをして言う。どこか意地悪そうに。
「だって年齢の割には成長がなさすぎるから。ちょっと不憫に思って……」
「だ、黙りなさい! 50歩100歩のくせに……」
「あら失礼ね。私はあなたよりは十分足りてるわよ」
「……十六夜咲夜。閻魔侮辱罪により地獄行き内定……」
どこからか取り出した閻魔帳につらつらと書き綴る映姫。
「そういうのは職権乱用って言わないのかしら? そもそもそんな罪聞いたことないし」
「私がたった今作りました。閻魔の裁きは絶対です!」
壮絶なまでに自己中心的な意見をいけしゃあしゃあと言う映姫。とうの咲夜は特に気にした風ではないが、外見どおりどこか幼さがあるわね、なんて思ったりしていた。
「あれ? 咲夜さんに……映姫さん?」
「あなた、小悪魔?」
顔を覗かせたのは小悪魔だった。背中の羽と尻尾が特徴的なので、咲夜はすぐにわかった。もっとも、ここに数日いる映姫もすぐにわかったが。
「奇遇ですね、こんなところで」
先ほどまでの話題の余韻が残っているのか、寄ってくる小悪魔に映姫はふと思うことがあった。すたすたと小悪魔に近づくと、躊躇いもなく小悪魔の胸部に手を当てた。
「ひゃ!? ちょ、映姫さん、どこ触ってるんですか!」
「……ま、負けた」
がくっと頭を垂れる映姫。ああ、そういうこと、と納得の咲夜。
「え? え? え?」
困ったのが小悪魔だ。この状況においていったいどういう行動を取ればいいのだろう。
「あ、あの映姫さん。なんだかわからないですけど、元気出してください」
結局小悪魔は一番無難であろうと思われる言葉を口にした。が、それは逆効果以外のなにものでもなかった。
「あなた! いったいどういう手法でここを成長させたのです!」
鬼気迫る表情で小悪魔に詰め寄る映姫。それとは対照的におろおろする小悪魔。
「え、う~ん……特別これといったことはしてないですけど……」
「くっ! これが悪魔の魅力というやつなの」
全く見当はずれの見解を述べる映姫。普段ならここで咲夜が間違いに突っ込むのだが、そんなことをして映姫に咲夜と小悪魔のそれとを比較されては敗北が濃厚なので何も言わないでおいた。
「何やら騒がしいですね」
再び扉が開かれた。肩に水が苦手なはずの烏がいる。ということは入ってきた人物は自ずと知れる。
「ああ! 文さん! 助けてください~!」
小悪魔が映姫の詰問から逃れるように救いの手を求める。もっとも映姫はすでに半分ノックアウトされているから、逃れるのは簡単である。
「何かネタになるようなことでもあったのですか?」
「……まあ、ネタといえばネタといえなくもないけど、ネタにしたら明日の太陽が拝めなくなるような話よ」
にっこりと笑顔を向けて言う咲夜。文は以前映姫にこの笑顔を浮かべるものほど怖いものはない、と意識の深遠に叩き込まれているので、これ以上追求するのは止めた。
「あ、あはは……ええと、私もお風呂に入ってもいいのでしょうか?」
「別に構わないわよ。みんなそのつもりでここへ来ているのだか……ら…………」
突如咲夜の声が小さくなる。それを不審に思ってか、立ち直りかけていた映姫が咲夜の視線を追うと、そこは文の身体の一部分。つられる様に小悪魔もそれを追う。
じぃ~っと文の一点に目を向ける少女3人。そしておもむろに自らの眼下を見つめる。咲夜、映姫は言うに及ばず、小悪魔も視線をそらした。映姫に至っては負のオーラが包み込んでいるようにも見える。
「え~と……いったい何が……」
「ふ、ふふ。射命丸文、見事です。紅魔館の強敵を圧倒したことには素直に敬意を表しましょう。まさか着痩せという特殊能力を備えていたとは……」
「はあ……」
いきなりそんなことを言われても皆目見当のつかないこの状況で、どう答えればいいというのだろう。とりあえず文は適当に相槌を打っておくことにした。
「どうです、十六夜咲夜。所詮紅魔館のレベルなど大したことじゃないということが証明されましたね」
「ぐ……」
いつの間に紅魔館を巻き込んだ勝負に発展したのかは定かではないが、たとえどんな勝負であろうと紅魔館の名に泥を塗るわけにはいかない。咲夜は瞬時に打開策を模索する。
(このままでは敗北は濃厚……逆の勝負ならお嬢様と妹様を擁する紅魔館が敗北することは皆無なのに。あれに対抗できる存在といえば……そういえば未知数のパチュリー様は……)
もともと喘息持ちで病弱のパチュリーと入浴を共にしたことは一度もない。そもそも、メイドという立場から主やその客人と入浴を共にするという行動自体がほとんどないと言っていい。
(いや、今ここで必要なのは絶対の証明。不確定要素のパチュリー様を引き合いに出すわけにはいかない。なら……)
と、またしてもがらっと扉が開いた。また誰かが入ってきたようだ。
「あれ、咲夜さんじゃないですか。風邪はもう大丈夫なんですか?」
入ってきたのは紅魔館の門番こと紅美鈴だった。大方、交代の時間になり、休息の時間を利用して湯浴みに来たというところだろう。
「そうよ! 家には最大のリーサルウェポンを持つあなたがいたじゃない!」
美鈴に飛び掛るように移動して、咲夜。形相は真剣そのままだが、言っていることは来たばかりの美鈴にとって意味不明だ。
「は? リーサルウェポンって何の話です?」
何の話か皆目見当がつかないから状況を説明してくださいよ、と言う間もなく、咲夜は行動に出ていた。
「いいから! 早くそれを取りなさい!」
「ちょ、咲夜さ……」
いきなりの出来事だった。近距離における危機に対する対応には自信のある美鈴だったが、さすがにこの場で身内に襲われるとは想定していなかったので、対応し切れなかった。美鈴の纏っていたバスタオルは地に落ちた。
『な!!!!!?????』
驚愕の表情でそれを見つめる映姫と文。そしてがっくりと倒れるように膝と手を地面につけた。
勝算など欠片もない。酒に例えるなら、美鈴が一見さんはお断りしている高級レストランでしか飲めない年代物の高級ワインなら、映姫はどこのコンビニにでも置いてあるような手ごろな価格の缶チューハイといったところだ。
「ふふふ、これが紅魔館の真の実力よ。あなた達は所詮臨時雇いのメイド。到底追いつけるものではないわ」
「くっ! 私達の健闘もこれまでだというの……」
敗北は確実で勝負あり、と思われたが、事態はさらに一変することになる。
「たび~ゆ~けば~っと」
江戸っ子気質な歌と共に、がらぁっと扉が開いた。今日の浴場は本当に千客万来だ。
「ありゃ、四季様に文に……ありゃりゃ、咲夜に美鈴に小悪魔まで。ずいぶんな面子だねこりゃ」
入ってきたのはもちろん小町だ。髪を下ろしているので普段目にしない容姿になってはいるが。
「何やってるんですか、四季様?」
何があったのか知らないが、絶対的な勝者と敗者の差がはっきりと出ているようだ。もちろん勝者が映姫を見下ろしている咲夜で、敗者が映姫だ。
小町の言葉も耳に入らないくらいショックな状態にいるようなので、小町は諦めてそれ以上追求するのは止めた。
「じょ、女性の価値はそれだけでは!」
「あっ」
咲夜たちとすれ違う瞬間、映姫が跳ね上がった。その弾みで小町とぶつかってしまい、はらり、と小町の身体に巻かれているものが落ちた。
――――――時が止まった。
少なくとも、小町以外の面子は確かに体感時間が停止したのを認識していた。1人小町だけが周りを見てきょとんとしている。
「ぶ、ブレストミサイル標準装備!?」
一番最初に覚醒したのは咲夜だ。さすがに時間を操るのはお手のものだが、ショックのあまり地に倒れ伏した。あれは反則だ、勝ち目などない、紅魔館ここに墜つ、などとぶつぶつ呟きながら。
ただ、被害が出たのは紅魔館の住人だけではなかった。臨時雇い組にも甚大な被害が出ていた。
「い、勇み足ですよ、小町……み、味方にまで甚大な被害を与えて……」
「へ?」
咲夜達だけでなく映姫も文も地に伏して涙を流している。一体全体何が何だかわからない小町は、その散々たる状況の中、呆然と途方にくれるしかなかった。
先ほどの浴場での女のプライドをかけた大激闘のあと、咲夜から自室に来るように言われていた。今は咲夜がメイド長と言うわけではないのだから従わなくても特に問題はないのだが、メイドの真髄を見せてあげる、といわれては足を運ばないわけにはいかない。
(大方、先ほどのリベンジでも考えているのでしょうけど。いいでしょう。どんな技を見せてくれるのかしら)
期待半分、不安半分といったところか。映姫は己を落ち着かせながら、ゆっくりと歩を進めた。
数分は歩いただろうか。いくつも並んだ無機質な扉。その1つが咲夜が使用している部屋だ。メイド長と立場ではあるが、部屋に関しては普通のメイドと大差はない。内装までは定かではないが、咲夜の性格上さほど気にはしていないだろう。
(一応、ノックくらいはするべきですね)
扉の前でそう思い、手の甲を扉に向ける。そして軽く扉を叩こうとした刹那、中から声がした。
「あぅ……あ、あぁ!」
聞いた覚えのある声だ。確か先ほど浴場で湯浴みを共にした美鈴とか言う門番の声だ。
だが、問題なのはそこではない。どう聞いても今の声は普段聞くような声ではない。
(なに? 中でいったい何が……)
映姫は急に不安に駆られた。迂闊にノックをしていいものだろうか。
数秒悩んだ末、映姫は扉に耳を当ててみることにした。閻魔だけに地獄耳、と都合よくは出来ていない。もっとも、とりわけ扉が厚いわけでもないので、中の声はある程度聞こえてきた。
「あ……咲夜さん、そこ……もっとぉ……」
「そこってどこよ、この辺、かしら……」
「うぁああ! そ、そこ! い、いいですぅ!」
「ふぅん。じゃあもっとシテあげる」
「ああぁぁ!!!」
茫然自失。誰かが今の映姫を見たらそう言うだろう。それほど今の映姫は放心状態である。
幻聴であってもらいたい。空耳であって欲しい。映姫の脳はすっかりオーバーヒートして錯乱状態になっている。
が、そんな映姫の心境を他所に、中から聞こえる声はヒートアップしてきた。
「い、痛い! 痛いです、咲夜さん……」
「当たり前でしょ、そうしてるんだから」
「ふぁ、だ、駄目。そんなに強く……」
「ここをこんなに硬くして……気持ちいいんでしょ?」
「そ、それは咲夜さんのせい……あああ!!!」
一際大きい美鈴の声が響く。ドアから耳を離しても聞こえそうなほどだ。
映姫とて見かけは少々幼く見えても、実年齢はそんじょそこらの妖怪などとは比べ物にならないほど長く生きている。無論その大半は閻魔としての役割を従事してきたわけだが、だからといって世間の常識や良識を知らないわけではない。
非生産的で常識とかけ離れている行為であるが、そういった趣向の持ち主がいることもまた事実。それが中で行われているとしか考えられない。
(な、なにこれは? もしかして……あの2人、女同士でするなんてありえない、そう、花に例えるなら百合……)
「あれ、四季様? 何してるんですか?」
「ひやああぁぁぁ!?」
突然背後から掛けられた声に、映姫は飛び上がった。そしてわき目も振らずに駆け出してしまった。
声を掛けた人物―――小町はそれをあっけに取られて見ていたが、まあいいか、と思って扉に向かった。トントン、と控えめにノックをする。
「ちわ~、お待たせしました」
まるで出前をお持ちしました的な表現をする小町。実際に紅茶と少々の洋菓子を持ってきたのだから、表現的に間違っているわけではないのだが。
「ああ、ありがと。そこのテーブルに置いといて」
咲夜が至って平然と切り返す。咲夜の前にいるのは椅子に座っている美鈴。
「何してるんすか?」
「見ての通り、肩揉みよ。はい、終わり」
咲夜はぐいっと美鈴の肩に置いた指に力を入れた。痛たたた、と美鈴が悲鳴を上げるが、その後腕をぶんぶん回しているところを見ると、効果はあったようだ。
「全く酷い肩凝りね、美鈴。妖怪なのにどうしてこんなになるのかしら?」
「門番の仕事と言うのもありますけど。何より……咲夜さんから無理難題を押し付けられて、失敗するたびにナイフで串刺しにされるから、自然と失敗しないように肩に力も入りますよ」
「……悪かったわね。だからこうして肩を揉んであげてるんじゃない」
明日からはまた通常の仕事に戻るにあたって、咲夜は最後の退屈な時間を使って美鈴の肩を揉んでいた。
「へえ~、あんた肩揉むの上手いんだ」
「まあ、これくらいメイドの嗜みよ。なんならあなたにもしてあげましょうか?」
「そりゃ有難い話だ。それじゃひとつお願いするよ」
遠慮なく小町は話に乗った。
「にしても、赤の他人のあたいにこんなサービスなんてどういう風の吹き回しだい?」
「別に大した理由はないわ。暇だからかしら? ああ、強いて言うなら、一応この数日間紅魔館で働いてくれたお礼とでも言うところかしら」
「そんなに大したことはしてないけどね。礼なら四季様にいっとくれ……おお! 効く~」
「……本当に変わった死神ね。……そういえば、四季映姫はどうしたのかしら?」
呼んでおいたはずなのにいつまでたっても姿を見せない映姫のことをふと思ったが、来なければこないで別にいいか、と割り切ることにした。
(メイドの真髄のひとつ、マッサージの極意を披露してあげようと思ったんだけど)
「う~ん……残すはこの辺りですか」
規定の職務を終えた文は現在、紅魔館の地下を散策していた。
文も転んでもただでは起きない性格なので、たとえメイドとして強制的に連れて来られたにしろ、何か新聞のネタになりそうなものを持って帰らなければ、と意気込んでいた。ところが紅魔館の内情はその轟かせる名前とは裏腹に然したる秘密はなかった。ごく普通の館といっても過言ではない。もちろん、通常ではありえない空間操作のされた廊下やら大図書館やら通常では見受けられないものはあるが、新聞のネタにするにはインパクトも話題性も足りない。何か決定的なものが欲しい、と文は考えていた。
今は紅魔館で働くメイドなのだからこそこそする必要はないのだが、新聞記者としての経歴がそうさせてしまうのか、静かに静かに歩を進めていた。
「転んでもただで起きては記者失格ですから……ね!?」
どがっ!
いきなり後ろから体当たりをくらった。思わず頭から倒れて地面にキスをしてしまう。
「しゃ、射命丸文?」
ぶつかってきたのは咲夜の部屋の前から逃げ出してきた映姫だった。肩で息をしているところを見ると、結構な時間走り続けたのだろう。
顔面を強打して痛みで叫びたい文だったが、場所が場所だけに我慢した。加えて、自分にぶつかってきた映姫の口を咄嗟にふさいで小声で話す。
「ちょ、静かにしてくださいよ。ここには重大な秘密があるんですよ…………たぶん」
「むぐむぐ……わ、わかったからその手を放しなさい」
ようやく落ち着きを取り戻してきた映姫を開放すると、文はさらに歩を進めた。映姫もついて行く必要はないのだが、なんとなく文の後について行った。あんなことがあった後なので、1人でいるのが少々怖かったという理由もある。
「ん? これは何でしょう?」
ひたすら地下に降りていくこと数分。何やら厳重に封印されている扉を見つけた。結界レベルといっても過言ではない。
「これを破るのはちょっと無理ですね。私の勘ですとここに紅魔館最大の秘密が眠っていそうなんですが」
中からは気配が感じられる。誰かがいるということだ。
声も微かに聞こえてくる。文は不審に思って耳を扉に当ててみた。となりでは映姫も同じようにしていた。
「フラン、まったく……こんなになるまで溜め込んでたの?」
(あれ、レミリアさん? それに……そういえば、このあたりはフランドールさんの部屋でしたっけ)
聞いた覚えのある言葉に、文はメモとペンを持つ手に力を入れる。何か知られざる秘密がこの中にありそうな気がして。
「だ、だってぇ~……」
「こんなにパンパンじゃない」
「さ、触っちゃ駄目~」
「何言ってるの。出してすっきりしたほうが気持ちいいでしょう?」
「そ、そうだけど……」
中から聞こえてくる言葉に呆気に取られてしまう文と映姫。
「な、なんか中から不穏当な言葉が聞こえてくるんですけど?」
「…………」
文の質問に映姫は答えられない。先ほど咲夜の自室で繰り広げられていた光景が蘇って来る。完全無欠に勘違いなのだが。
中ではなおも姉妹の会話が続く。
「いいわ。今日は私も手伝ってあげるから」
「だ、大丈夫だよ。1人でできるから……」
「いいから任せなさい。咲夜に少し手解きされたことがあるから、あなたよりは詳しいわ」
「で、でも……ちょっと恥ずかしい……」
「何をいまさら。前にもシテあげたことはあるでしょう? それとも、私がするのはイヤ?」
「イヤじゃないけど……やっぱり恥ずかしいよぉ」
呆然とする文は唾を飲んで落ち着こうとするが、そうそううまくはいかない。心拍音が聞こえるほど心臓が高鳴ってしまっている。
(……中でいったい何が……)
文も映姫も動けない。取り付かれたように中の様子を探るのに神経を使っているから仕方がないが。
「ほらフラン見てみなさい、こんなにびしょ濡れじゃない」
「い、いや、見ないでぇ」
姿は見えないが、涙目になりながら懇願するフランドールの様子が浮かぶ。文も映姫も会話から何が起きているのか理解できないほど子供でも無知でもない。
「あぅ……お姉さま、家のメイドもこんなことしてるの?」
「当然でしょう。毎日やっているわ」
(ま、毎日!?)
レミリアの言葉に、映姫は先ほどまでの予感を確信に変えた。間違いなく、咲夜は私をそちらの世界へ引きずり込もうとした、いやもしかしたら、紅魔館全体がそういう趣味の持ち主で構成されているとか考えてしまう。ついには、メイドという職業に携わると、遅かれ早かれそっちの世界へ突入してしまうものなのか、とあらぬ想像が泡のように膨れ上がっていく。
そう思った後の映姫の行動は早かった。文のことなど完全無視して地下から地上へ駆け上がっていってしまった。静寂だったその場においてその音は一際大きく響いた。
慌てて文が制しようとしたが、時すでに遅し。後ろから声がかけられた。
「そんなところで何してるの?」
びくぅ!!!
一瞬映姫に視線をそらした隙に、扉が開いていて中からレミリアとフランドールが出てきていた。
「あ、あの……ちょっと道に迷ってしまって……」
「……そう。なら中でのことを聞いていたってことかしら?」
終わった。文の心中はまさにその一言に尽きていた。天下に名だたるスカーレット姉妹の秘密を知ってしまった以上、口封じは免れまい。
わずか数日の間に二度も走馬灯が駆け巡る文。全然羨ましくない体験だが。
せめて苦しまないように一思いにお願いします、と文が遺言の代わりに懇願しようとしたその時、別の声が聞こえた。
「あら、お嬢様と文。珍しい組み合わせですね」
咲夜だった。いつまで経っても映姫が姿を見せないので、ここしばらく来ていなかったフランドールの部屋の要件を先に済ませようと思ったからだ。
「ちょうどいいわ。咲夜、明日これ洗ってちょうだい」
レミリアはそういって手に持っていたものを咲夜に渡した。小さく折りたたまれたそれは、元は白かったのだろうがわずかに赤く染まっていた。しかも濡れている。
「これは?」
「フランったら紅茶をこぼしてびしょ濡れになった新品のナプキンをゴミ箱に入れてたの。洗濯すればまだまだ使えるのに」
「だって、咲夜に見つかったら怒られると思ったから」
「……は?」
他愛のない会話の中に、先ほど聞こえてきたフレーズが現れる。違和感はものすごく感じるが。
「それと天狗。これはあなたに処分は任せるわ」
レミリアから渡される半透明のビニール袋。中には明らかに不必要なものがたくさん詰まっている。
「え~と……ゴミ袋?」
「そうよ。それ以外に何に見える?」
何を聞く必要があるの、といった顔で文を見るレミリア。
「フランの部屋のゴミ箱がゴミでパンパンだったの。咲夜に任せっきりだったら失念してたわ。それで見に行ったら、分別もされずに詰め込んであるんだもの。ああ、さっきのナプキンもそのとき見つけたんだけど」
「ぶ~、だって面倒だよ~」
「面倒でもそれくらいはしなさい。毎日咲夜に分別させるのは悪いし、手間だわ」
「お嬢様、そんなこと気を使われなくても結構ですのに」
「いいの。飴と鞭は使い分けないと」
お姉さま厳しいよ~、と頬を膨らませて言うフランドールに、微笑を浮かべる咲夜。取り残された文は頭の中で先ほどの出来事の整理でいっぱいいっぱいだった。
(え~と……つまるところ、さっきの一連の会話はゴミ処理の際の会話だったということですか)
張り詰めていた空気やら緊張感やらがどっと抜けた。思わずその場に倒れこみたいくらいだ。
とはいえ、立場上今の文はいちメイド。ネタにはならないわね、という脱力感と共に、渡されたゴミを処分しに行くのだった。
こうして、異色3人組のメイド生活は終了することとなった。
後日談。
無縁塚はいつものとおりの日常に戻っていた。
あの後、映姫はその日の夜のうちに紅魔館から逃げ出していたので、映姫の分の給金は小町に渡されていた。その後、映姫がいないのをいいことに一部を着服しようとした小町だったが、文の通報であっさりばれることとなり、法廷の掃除にトイレ掃除がプラスされることとなった。
それからさらに数日が経ったある日のこと。裁きを終えたばかりの映姫のもとに、小町が1枚の紙を持ってやってきた。
「四季様~! なんかまた募集のチラシが来てますよ~。永遠亭でお手伝いさんの募集……」
「ぜっっっっっっっっっったいに行きません!!!!! 即刻燃やしなさい!」
「へ?」
最後まで喋る間もなく全力で否定される。あまりの出来事に思わず呆けてしまう。
「で、でも四季様、メイド仕事に興味があったのでは……」
「自らに与えられた職を全うすること。それが最大の善行なのです! わかったら返事!」
「は、はい!」
鬼のような形相で言ってくる映姫に恐怖を覚え、踵を返して法廷から出て行く小町。はあはあと肩で息をする映姫は以前に思ったことを再認識し、決意を固めるため声に出した。
「金輪際メイドなんてするもんですかーーー!!!」
映姫様は表は威風堂々立派に閻魔様を勤めていますけど、女は二つの顔を持つ、とも言いますし。たまにはこんな閻魔様もいいかな、と。もちろんカッコいい閻魔様もいいですけどね。
5日目以降はちょっと冒険でした。ああいった微エロちっくなのを書いたのは初めてだったので。ちょっと強引だったかな、と思ったりもしてます。たぶんもうやらないです。あと、文が着痩せというのは今回限りの仕様です。胸の大小ランキングは……本当のところはどうなんでしょうね。個人的にはトップは永琳か小町だと思ってますけど。
では、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
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これは間違いないです。
……えぇ、小町には負けませんえーりんは。
大きすぎず、小さすぎず。
着痩せっっつ!
この程度の能力が、もあべたぁ♪
なんの、慧音先生も負けてはおりませんよ。
攻撃範囲を考えないと!
後はゆかりん、えーりん、先生、幽々子、小町の順で
そしてダークホースは藤原妹紅と。
拙者の幻想郷におけるきょぬー群は以上であります。
5日目以降を笑いながら読んでいました。
胸の勝負は,妖々夢組が最強でしょう。紫・幽々子,そして藍がダークホースだと思ったり。
ちなみに美鈴>永琳≧紫≧幽々子≧小町>慧音な感じかなぁと。
けーねは大きいけどこのメンバーじゃあ小さいかなぁと。
・・・・・藍はどうなんだろ?
ちっさい胸には大きな夢がある
胸……頑張れ、映姫! いつか花は咲く!
最後の所がメインですかそうですか。
微エロってか・・・山田さんさいこおおおぉぉぉぉぉぉおお!!!!
輝夜<永琳
映姫<小町
部下の方がスタイルがいいのは、ラスボスの宿命です。諦めて下さい、えーきさま。
ん? 妖々夢?
幽々子>妖夢
紫>藍
……あれ?
性格とか…そのいろんな所のバランスが。