今日も今日とてどこかの誰かが食われただの蛙が殺されただの裁かれましただのと、朗らかな話題が絶えない幻想郷。
ここには全幻想郷脇役少女権利向上委員会、略して「名無しっ娘ボンバーズ」という組織がある。
読んで字のごとく、どこぞの巫女や魔法使いやメイドや庭師の影に隠れて冷や飯を喰っている少女達の
社会的救済を目指して日夜活躍している秘密結社である。
その「質より量」を地で行く組織の性質上、まさに雲霞の如き有象無象を擁する名無しっ娘ボンバーズではあるが、
その中でも幾人かは出番および情報量の少なさによるミステリアスさと妄想掻き立て力をフルに発揮して、
いわゆる「主要キャラ」に近しい実力を持つに至ったものも存在する。
それが春を運ぶ妖精・リリーホワイトを筆頭に、ヴワル図書館の司書である小悪魔
湖上のテレポテーションクナイ娘こと大妖精の、カオナシ娘三羽烏。
豊臣秀吉もびっくりなその出世っぷりと脚光の浴びっぷりに、
他の名も無き妖精や毛玉達からの羨望と嫉妬の視線が絶える事は無い。
だがそんな人も羨み花も恥らう華麗で可憐な彼女達にも、やはり悩みというものはあった。
「……そしたらパチュリー様ってば、魔理沙さんが寝てるのをいい事にパイプオルガンで因果地平に一直線ですよ?
しかも後始末はいつもの如くに私の仕事、もう最近いっそ実家に帰っちゃおうかって思い始めました。
どうせ魔力尽くで従わされてるだけの関係ですし……ああ、あの時パチュリー様に悪戯を見つかりさえしなければなぁ……」
「へー、チュッパチャップスが冥王星宙域から横四方固め? すごいねぇ、やっぱり頭のいい人はやる事が違うねー」
「違いすぎて困りますよ。この間なんか夢枕に相対性理論の神が立ったって訳の分からない事を言いながら
私の太ももを黒板代わりにしてフェルマーの最終定理を解き始めたりしたんですから」
「大変だねー。チルノちゃんは氷精の癖に頭のあったかい子だからそういう心配がなくてよかったよー」
「でもそれだとまた別の問題が発生するんじゃないですか? 例えば夢枕に惨たらしく殺害された蛙のお化けが立つとか」
「うーん、そう言われてみればなきにしもあらずだねー」
燦々と輝く太陽の下、紅魔館の湖畔でお喋りに興じる小悪魔と大妖精。
それはこうして悩みを打ち明けあう事で、同志との心の絆と団結を深め合う為の大切な時間。
いつの日か、名前が無い少女達に明るい光が差すように。
いつの日か、顔グラフィックの無い私達にも明るい未来が訪れるように。
って言うかそもそも顔グラフィックって何? という瑣末な疑問を打ち捨てて、
輝く明日へと踏み出すための生きる力を養うのだ。
「ケキャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「きゃああああああああああああ!?」
「チュパァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
しかしその優しい時間は、突如空から降ってきたリリーホワイトの奇声によって完膚なきまでにぶっ壊された。
更には大地を穿つ為の白い弾丸と化したリリーが小岩に座って向かい合っている二人の目の前に墜落し、
たまたま落下地点に転がっていた罪も無き毛玉を押しつぶして危うくリリーレッドへとトランスフォームしかけた挙句、
地面で盛大に跳ねて華麗に転がり、そのまま美しい清水を湛えた紅魔湖に頭から突っ込んで動かなくなった。
「な……なんだ、どこの魑魅魍魎かと思ったらリリーさんじゃないですか」
「ブゥワッシュゥ! ええい、クソがッ! この私ともあろう者が
あの程度のダウンバースト如きに翼の自由を奪われるとは何たる失態!
これもきっとアイツが私に妙ちくりんな呪いでも掛けているからに相違ありません!
おのれ許すまじ宿敵! くらえ必殺ビストリブチルスズオキスドボンバァァァァァァァァァァァァ!」
「あ、あの……リリーさん?」
肩甲骨を中心に回転しながら、何処からともなく取り出した二股大根を振り回しつつ踊り狂って絶叫するリリーホワイト。
普段の能天気極まる彼女からは想像も出来ない痴態に、流石の小悪魔の顔にもありありと困惑の色が浮かんでいる。
春を伝える妖精であるリリーの変調を受けてか、三人のすぐ側に立つ木の小さく可憐な若芽が根こそぎ腐ってぽろりともげた。
「うーん、リリーちゃんがこんなに荒れるなんて珍しいねぇ。変なものでも食べたのかな?」
「まあ、詳細は分かりませんが、おおかたくだらない原因でしょうね。
取り返しの付かないことをしでかす前に自首させましょうか」
「はれっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ! 確かにいささか平常心を失ってはいましたが
事件の背後関係も調べず逮捕だなんてそんな、無残極まり目も当てられないとっても素敵なセントクリストファーネイビス!」
「ああ、ついに脳にまで何らかの障害が発生したようですね。手遅れでしたか」
「そうだね、これだと先行き暗いから一思いにケリつけてあげよっかー」
「大妖精さん!?」
「冗談だよぉ」
想像を絶する衝撃発言に震えるリリーに向けられた大妖精のうすら寒い微笑みは、まるで向日葵の如し。
向日葵と言っても種を火縄銃の様に吐き散らし道行く人を無差別に撃ち殺す悪魔の向日葵だが。
「で、どーしたの? まさかホントに拾い食いでもしたの?」
「違います! 最近出てきたアイツがむかくんですよぉぉ!」
「あいつ? 誰のことですか?」
「あンのリリーブラックっていうビーチフラッグみたいな名前の奴ですよぉぉ!
イケシャーシャーと私の2Pキャラみたいな面して出てきなさってからにぃぃぃぃ! ああああああ!!」
咆哮と共に色鮮やかな弾幕がほとばしる。
その流れ弾がたまたま近くを通り掛かった別の毛玉に直撃して大輪の薔薇を咲かせた。
そう、どこぞの七色人形師など及びも付かない程に悩みなどなさそうなリリーホワイトをここまで悩ませるもの。
それはある日突然幻想郷に現れた謎の妖精、リリーブラックに他ならない。
目撃者の話では、ブロッコリーみたいな色の髪を風に遊ばせる説教臭い閻魔と弾幕(や)っている時に何処からともなく現われ、
そのまま本家リリーホワイトと同じく空気を読まずに撃つだけ撃ってトンズラこくという、ミステリアスの見本みたいな美少女だと言うのだ。
既にこの時点でリリーホワイトはキャラ被りも甚だしいその妖精に対していい感情を抱いていなかったのだが、
そんな彼女に更に追い討ちをかける衝撃の新事実が発覚したのだ。
リリーホワイトにそっくりな容姿および行動、そして黒い服を着ている事から、その妖精に付いた呼称はなんと「リリーブラック」。
よりにもよってリリーブラック、言うに事欠いてリリーブラック。
もはやリリーホワイトの堪忍袋の緒は引きちぎれんばかりに軋んでいた。
これではどうみてもリリーホワイトの2Pキャラ、一歩間違えれば普段は抑圧されている第二の人格の顕現ではないか。
本当に勘弁してくださいと伝えようにも、相手はリリーホワイトにも勝る神出鬼没さと出番の少なさを誇る、まさに謎の妖精。
閻魔に弾幕勝負を挑めば会えるという噂があるものの、何処の誰がそんな不確かな情報をアテにして
死後の世界の裁判長にケンカを売りに行くと言うのか。
博麗の巫女や黒白の魔法使いの様な実力者ならともかく、それなりの力を持っているとはいえ
単なる妖精に過ぎないリリーにとっては自殺行為である。
結果、リリーホワイトの心の中で燃え出した自分の貴重な出番を奪ったリリーブラックに対する憎しみの炎は、
熱く滾る灼熱の魔手を伸ばす先を見つけられずにくすぶり続る羽目になった。
燃え盛る憎悪はいつしか己をも蝕み、心を、そして身体をじわじわと憎しみに染め上げていく。
それが限界を超えてぶちまけられたのが、先程の猛禽類の断末魔みたいな叫び声と言う訳である。
「私は戦わねばならないのです! 生き残りを掛けて、どちらが真の1Pキャラか証明する為に……」
「何言ってるんです? 向こうが本物、つまり1Pキャラじゃないですか」
「はっ!?」
「えせリリーちゃん、冗談もほどほどにしなよぉ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
しかしそんな乙女の切ない悩みと苦しみは、時空の彼方のゴミ箱めがけてあっさりキッパリ一蹴された。
そしてまもなく滴る悲しみの雫、その名も偉大な乙女の涙。
リリーホワイトが、無二の親友と信じていた二人の思い掛けない裏切りに涙する。
ほとばしる涙の軌跡はまさに悲しみの奔流と表するのが相応しいほど詩的にして優美、そして純粋。
舞い散る飛沫が陽光を孕み、虚空に七彩の架け橋が煌いた。
「泣かないでくださいリリーさん、冗談ですから」
「冗談だよぉ」
「うう……ひどいです、お二人とも! この世紀の美少女がこんなにも悩み煩悶し思い煩っていると言うのに
デリカシイの欠片も無いその仕打ち! 時代が時代なら市中引き回しの刑に処されている所ですよ!」
「そんな時代あるわけねぇだろ、この戯けが」
「大妖精さん!?」
「冗談だよぉ」
じゃあいちいち真顔になるの止めてくださいよ、との言葉を飲み込むリリーホワイト。
言っても無駄な気がしたのと、もしかすると冗談なのはそれが冗談であるという事もかもしれないという杞憂に囚われたからだ。
「それより、白ちゃんと黒ちゃんって別人だったんだね。てっきり同一人物だと思ってたんだけど」
「何をそんな馬鹿な事を! どこからどうみても別人じゃないですか! 私はリリーホワイトでアイツはリリーブラック!
黒と白は対極なんです! よって私達は決して相容れることの無い存在なんです! ねじれの位置なんです!」
「色という観点から見れば似たようなものだと思いますがねえ」
「違いますー! 断固として違うんですー! ムキィィィィィィィィィィィィ!」
リリーホワイトがじたばたと暴れ、至極のんきな大妖精と冷静な小悪魔に対して目も当てられない艶姿を惜しげもなく披露する。
さりげなく、そして無闇に豊満な胸部が体の動きに追従して跳ね回る様子は、
艶かしいとかいやらしい等という表現など及びも付かない程に芸術的であった。
ルネッサンスという言葉の真の意味が垣間見える、学術的にも非常に価値のある貴重なワンシーンだ。
「でも、相容れることの無い二人が同時に存在してるってのも変な話だよー」
「だからそれがこの幻想郷の困ったところなんですよぅ!
幻想郷はすべてを受け入れるだなんてキャパシティ広いにも程があります!
きっと胸の小さな人ばかりが集まってるから総容量に余裕があるんですね!
そうに違いありません!」
「その代わりと言っちゃあなんだけど、リリーちゃんの心の容量は少なそうだねー」
「まったくです。自分と違うものを認めず、恐れ、そして排撃する。愚劣極まる外道の所業ですね。
ただ本能に従うしか能の無い畜生でもあるまいし、そういう考えが不要な対立の原因となり
何の実入りも無い争いを引き起こすと何故気付かないんですか」
「じゃあ聞きますけどね。お二方とも、もしある日突然大悪魔とか小妖精とかいう奴が出てきたらどうします?」
「それはまあ臨機応変に後ろからバッサリと」
「この地球ごと吹っ飛ばしちゃうよー」
清々しいほどに、迷わず恐れずためらわず言い放つ大小の悪鬼。
思わず拉致したくなるほどに少女的で可愛らしいその微笑みの裏に
如何なる感情が隠されているのかと思うと、うすら寒いを通り越して興奮するほどに神秘的で扇情的である。
同時に結局みんな自分がよければそれでいいのかよ、ケッ! と言いたくなるような、現実の厳しさがものの見事に表現された
幻想郷の歴史上でも屈指の薄っぺらい教訓シーンであるとも言えよう。
「そうら見たことか! それが何をしたり顔で愚劣極まる外道の所業などと!」
「それはそれとして、一回くらいの出番逸失なら別にいいじゃないですか。
ブラックさんがホワイトさんの立場を乗っ取ろうとしている訳でもないんでしょう?」
「駄目です! スペルカードも顔グラフィックも無い私にとって
たとえ僅かでも出番が減ると言うことはすなわち生命の灯火が消えるのと同義!
これくらいなら大丈夫だろう、なんてのは先の見えない愚者が持つ考えですよ!」
「ねー、ところでカオグラフィックって何? どこかのスープレックスでノックアウトするトータルファイターの画像って意味?」
「え? いや、私もカオグラフィックというものが明確にどんな存在なのかは分からないんですけど
何と言いますか、こう……世知辛い世の寒風に消し飛ばされたとても大事な心の中の何かというか、
とにかく幻想郷で生きるうえでのアイデンティティ確立に非常に重要なウェイトを占める何かなんです!」
掴み所の無い話を力説する。
あまりにもアンビバレンツ極まるその行為に、リリーホワイトも自分が何を言いたいのかよく分からなくなったが、
握り締めた手のひらに喰い込む爪の痛みで辛うじて意識を正常に保った。
「でもそれを言ったら私達なんか顔もカードも名前も無い上に一回しか出てませんよ。
あ、いえ、私だってちゃんとした名前があるんですよ? だけど何故かそれを語る事は許されないと言うか、
何やら得体の知れない不特定多数の意思が干渉しているようなしていないような、そんな感じなんです。
まあ確かに悪魔全体で見ると私は小さい、というか若いですから小悪魔でも間違ってはいないんですけど」
「私もいつの間にか大妖精なんて呼ばれるようになっちゃったしねー。
確かにそんじょそこらの有象無象の導火線シスターズよりかは
体も大きいしおっぱいも大きいし力も強いから大妖精で間違ってないんだけど」
「ああ……言われてみれば大きいですよね、胸。
だからどうしたって話でもないんで今まで気にした事無かったですけど」
大妖精の胸元に蒸着された、リリーホワイトに勝るとも劣らない母性の象徴たる二連装夕張メロンをまじまじと見つめる。
反重力安全装置でもくっ付いてないと説明出来ない、必要以上に形のよろしいその椀型フォルムには
手を伸ばしたくなる衝動を掻き立てるのには十分すぎる威力がある。
あいにく、痩せても枯れても悪魔である小悪魔にはその程度のセックスアピールは効かなかった様ではあるが。
「そもそも哺乳類でもないどころか子供すら生まない私達にとっちゃ単なる飾りだからねー」
「確かに。いやしかし、そう考えると内臓があるかどうかも怪しいですよね」
「うん、リリーちゃんなんかお腹の中にどんなおぞましい変異生物を住まわせてるか分かったもんじゃないよー」
「そうなんですか? 大変ですねリリーさん、いい虫下しありますよ。原料はパチュリー様のおへそ汁ですけど」
「へそ汁!? い、いや、やめてくださいよ、虫ってそんな人を寄生虫に操られて水辺へ導かれる哀れなカマキリみたいに!」
「白とか黒とか出番とか、そんな瑣末事に囚われて物事の本質を見定めようともしない貴様の方が哀れだと思うがな」
「大妖精さん!?」
「冗談だよぉ」
いつぞやの宴会騒ぎの際にどこぞのメイド長が着けていたと言われるパッドの先端部よりも鋭い言葉に、
例によって例のごとく冗談に聞こえないんですよという言葉を飲み込んだリリーホワイトの背に冷たいものが流れる。
同時になるべくこの人には逆らわないようにしよう、とめずらしく謙虚な想いが胸に去来するのを感じつつ、
なんとか気を取り直して小悪魔の方へと向き直った。
「で、まあ、リリーさんの言い分も一理ありますけど……そんなに深刻な話ですかねぇ、たかが一回くらい」
「なっ……ああ、もう! なんで分かりやがらないんですかぁぁ!」
しかし、振り向いた先に待っていたのはこの期に及んで何とも脳天気極まりない、危機感の欠片もない戯言。
もはやリリーホワイトの怒りは激情に任せてミサイルをぶっ放しかねないまでに煮え滾っていた。
堪忍袋の緒は切れた、後はひたすら燃えるだけ。
臨界突破のメルトダウンでギリギリCHOPのK点越えである。
「奪われる出番の無い人にはこの苦しみは分からないでしょうね!
確かに私の出番が一回減るだけなら大した影響はないかもしれません!
しかしそれはリリーブラックの出番が一回しかない事と表裏にして一体!
そして一回しか出てないなら逆にそれがセールスポイントになるんですよ!
貴方達も、いえ、貴方達だからこそよく分かっている筈です!
何事も連発するほど良さが薄れていくってよく言うじゃないですか!
でも私はもう後には退けないんです!
ここまでやっちゃったからには出ずっぱりになる方向に進むしかないんです!」
あらん限りの声を振り絞って発された、可憐な少女の悲痛な叫び。
そう、いつかの花の異変の際、その場のテンションに任せてTPOなどクソくらえだと言わんばかりの勢いで
あちこちしゃしゃり出まくったリリーホワイトには、もはや希少価値、俗に言うレアさを売りにする道は絶たれているのだ。
何とかして少しでも多くの活躍を誰に見せるでもなく見せ、その中で自分の魅力をアピールしていくしかない。
戦わなければ生き残れない。
ならば、戦う。
そして生きる。
それがこの世に生を受けた者の義務にして本能だから。
これは生存競争。
さあ、かかって来い宿敵よ。
リリーの名を冠する者として、汝の存在を全身全霊にて受け止めよう。
互いの生きる力を真正面からぶつけ合い、生き残った方が真のリリーとして君臨するのだ。
言い分が果てしなく一方的かつ自分勝手なのはこの際置いておくとしても、
とりあえずリリーホワイトの瞳に燃える炎にはかすかの翳りも無かった。
「……分かりました。そこまで思いつめているのならもう止めません。
微力ながら私も助太刀させていただきましょう」
「私も協力するよー。
実はこんな事もあろうかと……ほら、これ。チルノちゃんからこっそりかっぱらったスペルカード。
これの有効範囲内に足を踏み入れた瞬間、どこからともなく氷柱が瀑布の如く降り注ぎ
ブラックちゃんの穢れの無い肢体をド派手に貫く勇気に満ち溢れたガジェットツールだよー」
「こ、小悪魔さん……大妖精さん!」
二人がリリーホワイトの目をまっすぐに見つめ、真摯な表情で言葉を紡ぐ。
何だかんだ言っても、やはり彼女達は名無しキャラなのだ。
出番が無くなると言うことの恐ろしさと辛さ、悲しさは誰よりもよく知っている。
その彼女達が、手を伸ばせば届くところで出番減少につきそのままフェードアウトという
即死コンボをブチ込まれそうになっている友を黙って見過ごす事が出来ようか、いや出来ない。
実際にはどう考えてもそんな展開にはならないだろと思っていても、ここの所刺激に飢えていた彼女達にとっては
そんなもん魔理沙の耳毛の本数の七億倍くらいどうでもいい事である。
二人とも腐っても妖精、腐っても悪魔。
とにかく、適当な理由をでっち上げて楽しく騒げればそれでいいのだ。
だがそんな事にも気付かないリリーホワイトは、もはや感動で溢れ出す涙を抑えきれなくなっていた。
「あ……ありがとうございます! ついさっきまではこいつら人の話真面目に聞いてるのかとか
名前の無い奴は理解が遅くて嫌だとか思ってましたけど、でもそうじゃありませんでした!
やはり持つべきものは志を同じくする友ですね! 貴女方の存在が今はこんなにも心強い!
今ならもう二度と恋なんてしないなんて言わないと誓えますよ!!」
「いいって事ですよ、私達の仲じゃないですか」
「さ、いつものアレやろうよ! 名無しっ娘ボンバーズ、ふぁいや──────!」
「「ファイヤ────────────!!」」
雄叫びと共に燃え上がる炎、闘志、そして勇気ある誓い。
もはや彼女達には自分と仲間以外のものは視界に入らなくなっていた。
いや、入れる必要が無いのだ。
この結束と覇気を持ってすれば、何処の誰が相手であろうと物の数ではない。
行く手に立ち塞がる者は、誰であろうと蹴散らすのみ。
そこのけそこのけ名無しが通る、巫女も庭師も何するものぞ。
万が一にも本人達の前でそんな事を言ったが最後、お札だらけのナイフだらけの
星屑だらけの斬殺死体と化しそうな気もするが、強きに媚びて出番を掠め取り
弱きをぶっ潰して自分達の出番を増やす、というのがモットーの彼女達が
その様な愚かしい真似をする筈は無いので、当面のところは何の問題も無い。
「私の出番の為に! ファイヤ────────────!!」
「リリーさんの我侭の為に! ファイヤ────────────!!」
「私の暇つぶしの為にー、ふぁいや~」
「ファイヤ────────────!! あの、ところで誰をぶっ飛ばすんですか?」
「えっ? そりゃ勿論あのにっくき宿敵リリーブラックに決まってるじゃないですか」
「あら、それは奇遇ですね。実は私も幻想郷の皆様方にリリーブラックって呼ばれているんですよ」
「へえ、それは何とも凄い確率で……って、ああああああああああああああああああ!」
昼下がりの幻想郷に、突如として響き渡る絶叫。
その天をも砕かんばかりの大音声は遠く空の下、竹薮の中に隠れた永遠亭にまで届き
丁度風邪を引いた弟子の尻に座薬を挿入しようとしていた某天才薬師の手元をこれでもかと狂わせ、
和風情緒あふるる畳敷きの寝室に艶やかな嬌声を響かせた。
ちなみにそれによって永遠亭中の兎の性欲が刺激され、まだそんな季節でもないのに発情期に突入してしまい
目どころか色々と当てられない事態になってしまったのだがこの際それは関係ない。
閑話休題。
「なっ……こ、これは……」
「あれ~?」
先程までいい感じに盛り上がっていたのも今は昔。
やはり人生と言うのはそうそういい事ばかりが続くものではない。
人生万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し。
よりにもよってこのタイミング、よりにもよってこのシチュエーションで、まさに燃ゆる闘志に水を差すような、
空気を読めていないにも程があるハプニングが勃発したのだ。
それは突然の闖入者。
その頭には一歩間違えればメガホンに見えてしまいそうなフォルムの三角帽子。
さわやかに揺れて春風の通り道を描く美しい金髪。
上下一体型の、黒くて可愛らしいワンピース。
背中でぱたぱたとはためく、天使と見紛わんばかりに優美な翼。
ここまでくれば、その正体はみなまで言う必要などない。
「あ、あ、あ、貴方はリリーブラック!? な、なんでどーして貴方がここに一体全体いつの間にぃぃ!?」
「あ、それは……」
「ブラックちゃんも名無しっ子ボンバーズに入ってもらおうと思って、私が呼んでおいたのー」
「大妖精さん!? ちょ、貴方、な、何してくれやがるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思わず涙するリリーホワイト。
しかしそれも無理は無い。
この犯罪計画相談現場を他人に見られたと言うだけでも不味いのに、
その原因が心から信頼している友人であり、挙句の果てにその侵入者が
心から憎んでいるあのリリーブラックであるとくれば平静を保っていろと言うのが無理な話だ。
内心舌打ちする。
周囲の事が目に入らないほど興奮していたのがまずかった。
いつの間にかその場にいる面子が一人増えた事に気付かないばかりか、
それがあれほど憎んでいた宿敵である事にすら気付けないとは、と心の中で逆立ちしながら嘆き悲しんだ。
「だって……ホワイトちゃんがブラックちゃんを嫌ってるなんて今日始めて知ったんだもん。仕方ないじゃない」
「そ、それは確かに……って言うか貴方さっき私とこの子が同一人物だと思ってたって言ってたじゃないですか!!」
「この私が貴様如きに本心を明かすと思っていたのか? 毎度の事ながらお目出度い奴だな、貴様は」
「大妖精さん!?」
「冗談だよぉ」
再び咲く悪魔の向日葵。
その裏に悪鬼羅刹の如きドス黒い感情が隠されていると推し量るには
十分過ぎるほど素敵な笑顔に、リリーホワイトは体の震えが止まらなくなった。
「い、いや、しかしこれは考えようによってはまたとないチャンス!
ここでリリーブラックを仕留めてしまえばもう私の立場が脅かされる事は無くなるはず!
そういう訳でリリーブラック! 私は貴方に決闘を申し込みま……」
「待ってください、お義姉さま! 私は、お義姉さまとは戦いたくありません!」
「おねっ……ブジャアァァァァァァァ!」
あまりの衝撃にうっかり足を滑らせてすっ転び、続けて地面にぶつけた尻まで滑らせて
そのまま緑の湖畔を優美に滑っていき紅魔湖に突っ込むリリーホワイト。
落ちた瞬間、いっそこのまま湖の底まで沈んでしまえば楽になれるかもと甘き死の誘惑に負けかけたが、
宿敵に止めを刺すまでは負けられぬ、と嫌々ながらも現実に戻ってきた。
「けほっ……ちょ、待、お、お、お、おね、おねおねおねおね、お義姉さまぁぁぁぁぁぁ!?」
「はい! お義姉さま!お会いしとうございました(はぁと)!」
「な、何が……何を……ああ、もう、 な、何なんですか、これは!?
夢ですか!? 夢ですよね!? 嘘でもいいからそうだと言って!」
リリーブラックの澄んだ瞳に輝く夜空の星のように煌びやかな光を、まるで今にも獲物を仕留めんとして
火を噴き出しそうな猟銃の銃口の様に感じながら鼓膜にべったりこびり付いた「お義姉さま」という単語が
寒気を伴って全身を駆け巡るのになんとか耐え、余力を振り絞って宿敵の眼前へとに詰め寄るも
追撃の(はぁと)攻撃によってあえなくその意気は殺がれてしまう。
寒気と怒りとその他諸々が織り交ざった訳の分からない感覚に、笑う膝を抑えるだけで精一杯になるリリーホワイト。
「まあ、リリーさんはあちこち飛び回ってますからねぇ。
本人の与り知らぬ所でファンが出来ていてもおかしくないですね」
「そうだねー、でももうちょっと血生臭い展開になるかと思ってたのにー」
「確かに、あまりツンツンした雰囲気は感じられませんね。
まあ、お義姉さまとか言ってる時点で推して知るべしだとは思いますが」
「うん、ホワイトちゃんが一方的に嫌ってるだけみたいだよー」
「しかしそれも妙ですね。私の情報網によるとリリーブラックさんは俗に言うツンデレだった筈なんですけど……」
「おっぱいが小さいのは情報どおりだけどねー」
そして混乱の渦中にいる友を尻目に、うまいこと蚊帳の外へ逃げ出せたのを幸いに好き放題言いまくる薄情な二人組。
いつもならここで見てないで助けてください、とのSOSがかっ飛んで来るところなのだが、生憎今のリリーホワイトには
第三者に助けを求めるだけの余裕すらなくなっていた。
「今日お尋ねしたのは他でもありません。実は私、どうしてもお義姉さまに伝えたい事があるんです!」
「ふ……ふん! 何だかんだ言ってもどうせ私の事が好きだとか抱いてくださいとか、そのパターンでしょう?
しかし残念でしたね、私は腐っても春を運ぶ妖精ですからその程度の桃色発言では痛くもかゆくも」
「私のお腹には、お義姉さまの赤ちゃんがいるんです!!」
「「「ベッビャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」
その言の葉は、まさに青天の霹靂。
先程の「お義姉さま」など比べ物にならないほどの衝撃に、リリーホワイトのみならず
傍観を決め込んでいた小悪魔と大妖精までもが鼻血を噴出しながらひっくり返った。
そして斯様な大事に際してはどうでもいい事かもしれないが、リリーブラックのツンデレ疑惑もこれによって氷解する。
つまり何の事はない、ただ単に今がツンとデレのうち「デレ」の状態に当たると、そういう訳だ。
何が「そういう訳」なのかよく分からないが、その辺りに突っ込みだすとキリが無いので止めておく。
「す、すみません、取り乱しました。いや、でも、これはまた何とも意外と言うか衝撃と言うかあり得ないと言うか……」
「ホワイトちゃん、カワイイ顔して手が早いんだねぇ」
「へっ!? そ、そんな違いますよ! これは嘘ですよ! 罠ですよ! 悪い冗談ですよぉ!
だ、第一女同士で一体どうやれば子供が出来るって言うんですかぁぁ!!」
「あれは忘れもしないとある春の日、いつもの様にひまわりを抱いて楽しく飛び回っていた私のお腹にお義姉さまが放った弾幕が……」
「貴方は黙っててくださいって言うかひまわり妖精だったんですかって言うかそもそも妖精の生殖の仕組みって弾幕だったんですか!?」
「いえ、これでお義姉さまの子供が出来たらいいのにと日夜考えていたらその通りになりました」
「想像妊娠!?」
「そんな妄想だなんて、酷いですお義姉さま! 私はお腹の赤ちゃんを父無子にしない為に、
いつまで経っても距離的に近づけないものだからせめてイメージだけでもお義姉さまに近付こうと、
髪まで金髪に染めてお義姉さまのコスプレをして追いかけてきたと言うのに!」
「コスプレ!? だ、大体子供だなんてそんな、結論を下すにはあまりにも証拠が少なすぎます!
弾幕で子供が出来るんだったらどこぞの神社や悪魔の館は見る見るうちに大家族になっちゃいますよ!」
「確かに物的証拠はありませんけど、あの日お姉さまに弾幕を賜った直後からお腹が壊れそうに痛いんです!
これは新たな命が生まれ出ようとして懸命にもがいているからに違いありません!」
「誰だって腹に弾幕喰らえば痛いに決まってますよ!
むしろそれはお腹の子供が死ぬような大惨事じゃないですか!」
「違います! 愛ある弾幕が肉体の限界を超えたんです!」
「いや、超えてますけど! 確かに色々と超えてはいますけどねぇぇ!」
話がッ! 通じないッ! というショックと悲しみに、リリーホワイトが恥も外聞も無く滂沱する。
普段空気を読まないツケが回ってきたのかしらん? などと悔やんでも見てももはや後の祭り。
厳格にして厳粛な裁きの神は、どんな小さな悪事すらも見逃さずに罰を与えるのだ。
天網恢恢疎にして漏らさずとはよく言ったものである。
「さあ、名残惜しいですがお喋りはここまでです! 認知してください、お姉さま! 私ではなくこの子の為に!」
「そんな血走った目で言われても説得力ありません! その前に貴方の頭がおかしい事を認知してください!」
「大丈夫です! 最初はいやいやと言っていてもすぐに気持ちよくなりますから! さあ、痛くないから力を抜いて!!」
「ちょ、それ明らかにお腹の子の認知を求める時に吐く台詞じゃありませんよね!?
むしろ何も知らないいたいけな少女をだまくらかしてお腹に子を宿させようとする時の台詞ですよね!?」
じわじわとにじり寄るリリーブラックから、じりじりと後ずさるリリーホワイト。
しかし直に踵に感じた、文字通り地に足の着かない感覚に背後を振り返り、更なる恐怖に包まれた。
そこにあったのは、視界一面に広がる蒼く澄んだ紅魔湖の偉容。
この風情、まさに万事休す、まさに絶体絶命、まさに前門の変態に後門の水浸しにつきローション要らずプレイ。
もはや肉体がこの状況からの脱出を諦めてしまったのか、足がすくんで動かないどころか冷や汗すらも出てこない。
二度ある事は三度ある、という先人の格言を噛み締めるリリーホワイトに、漆黒の魔手が伸びる。
その様は、糸で雁字搦めにされた美しきモンシロチョウへと迫り行く女郎蜘蛛の姿にも似て。
「つべこべ言わずに責任を取ってくださいませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ! だ、誰かぁ! 誰かたちゅけてガババゴブゴボハバババブシュゥゥゥゥゥゥ!!」
乙女の助けを求める声を、無残に掻き消す水柱。
そして飛沫の隙間から垣間見えた、憧れのお義姉さまをその腕に抱いたリリーブラックの顔に浮かぶ晴れやかな笑顔。
肌を刺す冷たい水さえも、自分とお義姉さまの愛の雫と思えばむしろ愛おしい。
妊婦のお腹を冷水につけるというのは一歩間違えると胎児の命の灯火を思い切り吹き消しかねない
あまりにも危険な行為なのだが、愛ある弾幕で肉体の限界を超えることが出来る彼女にはそんな一般常識など当てはまらない。
たとえそれが単なる妄想だとしても、とにかく当てはまらない。
湖の中、彼女はまもなく自身の羊水の池から光に満ち溢れた外の世界へと船出するであろう赤子に自分達を重ね、
いつまでも、いつまでも仲睦まじく乳繰り合っていた……。
「綺麗にまとめようとしないでくださブジャジャジャジャジャジャガボボボゲバァァァァァァ!」
ご愁傷様です。
§ § §
一方その頃。
白黒二人の痴態を見るだけ見てから帰路についていた大小コンビはと言うと。
「うーん、やっぱり春を運ぶ妖精はやる事のスケールが違うよー」
「そうですねぇ。まあ、これでリリーさんも懲りたでしょうし、暫くは私達の天下ですね。」
「うん、これでリリーちゃんの出番が減れば、その分私にスポットが当たる事になるからねー」
「まったくそのと……って……”私”?」
「うふふ……ねえ小悪魔ちゃん、こんな言葉知ってる? 『テイクノープリズナー』、捕虜は取るな……って」
「なっ……!?」
大妖精の顔に、普段のすっ呆けたツラからは想像も出来ない妖艶な笑みが浮かぶ。
両の手に翳された刃の煌きは、氷の様に蒼く、焔の様に紅く。
「ちょ、なんでそんな物騒なもの……って、ま、まさか大妖精さん、貴方は……!」
「いやぁ、まさか私もこんなにうまく行くなんて思わなかったよぉ。
とりあえずホワイトちゃんだけ何とか出来ればいいかな、って考えてたけど
まさかブラックちゃんまで一網打尽に出来るなんてねぇ……アハハハ!」
ニイと歪められた両の眼は、氷の様に冷たく、闇の様に深く。
下弦の月のように開いた唇から零れる言葉は、小悪魔の四肢を楔の様に貫き、その場に縛り付けた。
「ちょ……あの、待、あの、だ、大妖精、じ、冗談はよし……」
「冗談じゃないよぉ」
びっちゃら!
[ おしまい ]
壊れたリリーもさることながら時折見せる大妖精の真っ黒さが素敵だw
大妖精のイメージが180度変わった、どうしてくれますかww
冗談だよぉ。
そしてリリーホワイトも…ぶっ壊れ街道もれなく爆進中ですな。
あと小悪魔のふとももにはまだフェルマーの最終定理が書いてるんでしょうか。
責任とってください!
トータルファイターデラックスボンボン吹いたwww
そうか解った! 時代が求めた英雄とは大妖精さんだったんだ!
あー……お腹痛いw
「そんな血走った目で言われても説得力ありません! その前に貴方の頭がおかしい事を認知してください!」
「大丈夫です! 最初はいやいやと言っていてもすぐに気持ちよくなりますから! さあ、痛くないから力を抜いて!!」
「ちょ、それ明らかにお腹の子の認知を求める時に吐く台詞じゃありませんよね!?
むしろ何も知らないいたいけな少女をだまくらかしてお腹に子を宿させようとする時の台詞ですよね!?」
この辺でもう、
何 か き た
これが脳内で音声付で再生されるようになりました ノ
怖っすぎる!
そして大妖精…
nice daichan.