注意!このお話はパロディ系のギャグ満載のドタバタSSです。
その辺覚悟なさった上でお読みになるか、お帰りになるかしてね!
幻想郷と外の世界をつなぐ境界の上。
そこに、博麗神社はあった。
「ふう…もう夏も終わりかしらね」
神社の巫女、博麗霊夢はいつものように縁側に座り、ぼんやりと月を眺めていた。
夜である。
昼間では未だ厳しい残暑がなりを潜め、涼しい風が吹いていた。
庭の草叢から響く虫の歌声も、夏の盛りのものとは違って聞こえた。
「きれいな満月…」
言いながら見上げるのは、夜空の中心に浮かんだ丸い月。
どこにも欠けたところのないように見える真円は、晩夏の夜を青白く照らしていた。
「ふふ、満月ですって?」
「えっ?」
どこからともなく響いた声に驚き、霊夢は辺りを見回す。
「甘い…甘いわよ霊夢。ジュース飲みながらタクアン食べるくらい甘いわ」
「いや、その甘さはよくわからん…じゃなくて!」
霊夢は声がした方向に向かって針を投げる。
ぐさっ。
「痛いわねえ」
「いつもいつも突然現れんじゃないわよ」
庭の暗がりから姿を現したのは、額から20センチほどの針を生やした金髪の女性。
「だからって頭に針なんか刺さなくていいのに。ああもう、痕が残ったらどうするの」
「教え子にでも見せびらかしたら?ゆかr」
「待ちなさい」
「何よ?」
女性は霊夢の言葉を手と言葉でさえぎった。
「まず言わせなさい」
「何をよ」
金髪の女性は大きく息を吸い込むと、頭に血管が浮かび上がるほど険しい表情で声を轟かせた。
「わたしがスキマ妖怪・八雲紫である!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編 第1部 炎ノ時来タレ!!―
「…知ってるけど」
あくまで冷静に返す霊夢。
「まあ、いいじゃないの。儀式みたいなものよ」
「何のよ…で、今日は何しに来たの?悪いけどお茶は出ないわよ」
「あら、これでも客人のつもりなんだけど」
「ないものは出せないの。茶葉は今晩のおかずに使った分で最後」
「ふつう夕飯のおかずに茶葉は食べないわよ、霊夢…」
言葉の節々から感じられる霊夢の貧困ぶりに、思わず涙ぐむ紫。
「同情するなら賽銭入れてけ。てゆーか、何しに来たのよ?」
「ハッ!!そうそう霊夢、大変なのよ」
「大変?」
「あの月をご覧なさい」
「きれいな満月ね」
「甘い!甘いわ霊夢!給食のヨーグルトサラダのキャベツの芯くらい甘いわ!」
「あまりありがたくない甘さね、てゆーか何よさっきから?」
いつまでたっても本題に入らない紫の態度に、霊夢は苛立ちを見せ始める。
「はあ…あなたほどの者なら、人間の目でも気付くと思ったんだけどね」
「どういうこと?」
「いい、霊夢。よく聞いてね。あの満月は…」
紫は空に浮かんだ月を指差す。
「満月じゃないの」
「あ、そうなの?じゃあ明日の夜当たりかしらね、満月は」
「そうじゃなくて~」
紫はあの月が満月ではない、ということは、「まだ満月ではない」ということではないと言う。
「あの月は、満月にならないのよ。どんなに時間がたっても」
「満月にならない?」
「そう。本来なら今夜、あの空にかかる月は満月でなければならない。だけど、あの月はほんのわずかに欠けているの」
「欠けてる?」
「妖怪の目でも気付くのが難しいほど、小さな欠けだけどね」
「それって…」
「お察しの通り。あの月は偽物よ。に・せ・も・の」
霊夢はここにきて、事の重大さを理解した。
彼女のような「人間」は、満月が欠けようが膨れようが、自分の生活に大した支障はない(と、思う)。
だが紫をはじめとして、ここ幻想郷に多く生息する妖怪の中には、月の満ち欠けの影響を強く受けるものが少なくない。
たとえば、湖の畔に建てられた洋館の主たる吸血鬼などは、満月時にその力が最大限に発揮される一方、
逆に新月時には力が大きく制限され、肉体・精神ともに幼児退行するなど、その在り様を月に大きく左右される。
満月が「欠けている」などという状況にあっては、自身の能力に少なからず悪影響の出ている妖怪も多いだろう。
「なるほどね…それで?」
「幻想郷から満月が消え去る、これはまさに一大事」
「そうね」
「というわけで、一緒に満月を取り返しましょう」
「…は?」
霊夢は素で聞き返してしまう。
「だから、わたしと一緒に…」
「なんでわたしが行かなきゃなんないのよ!」
ことの重大さはわかったが、だからといって自分にどうこうできる問題ではない。
自分は空を飛ぶことはできるが、月に手が届くほど高いところまでは行けない。
「月の満ち欠けなんて、一匹や二匹の人間や妖怪にどうこうできるもんじゃないでしょ」
「そうね、普通ならそうよね」
「普通なら?」
紫の意味ありげな言い回し。
「いるのよ、今現在、満月をどうこうして隠してしまった者が」
「うそ!?一体誰よ?」
「知らないわ」
それでも、と紫は言葉を続ける。
「確かにいるの。あの欠けた月…偽物の月は、故意に作られたものよ」
「根拠は?」
「見たらわかる。わからないのは人間か、レベルの低い妖怪だけ」
こうして話している間も、紫の顔にはトレードマークともいうべき胡散臭い笑顔が張り付いていた。
この話も、どこまで信用できるかわかったものではない。
だが、霊夢は紫の言葉を信じた。
紫の声は、いつもより1%ほど真剣さを帯びて聞こえたから。
怪しさが服を着て歩いているようなこの妖怪に、1%でも真剣さを与えたのだ。
この事件は、思いのほか深刻なものなのだろう。
「なるほどね…それで、犯人のアテはあるの?知らないなら知らないなりに、調べる手掛かりでもあるんでしょ?」
「ふふ、そうね。これだけの大掛かりな術を操れる者もそういないわ。…ノッて来た?」
「ほっとくわけにもいかないでしょ。あんたの言うことをそっくり信用するのもなんかアレだけど」
「うんうん、よきかなよきかな。それでこそ幻想郷のトラブルハンター、博麗霊夢」
「今回だけよ。あんたなんかと組むのは」
とにかく霊夢は、この異常な(自分にはわからないが)月を満月とすりかえた張本人を探すことに同意した。
今は月の光の影響を受ける妖怪だけにとどまっている問題も、いずれはその他の人間や妖怪に関わってくるのだろう。
なぜならここは幻想郷だから。
「で?とりあえず怪しいヤツから洗ってく?レミリアとか、幽々子とか」
霊夢はとりあえず、これまで大掛かりな異変を起こしてきた者達の名前を挙げてみた。
こんなことをする理由がさっぱり思いつかないが、理由も思いつかないようなことをやるのが彼女達でもある。
「その必要はないわ。わたし自身、何人かに心当たりがないか聞いてみたし…ていうか」
「ゆかりー?いつまで待たせるのー?」
紫が現れた辺りの庭の暗がりから、今までここにはなかった声がした。
「えっ?なによ紫、あんた他に誰か…って、あ、あんた達はーーっ!!!」
声のしたほうを振り返った霊夢の表情が驚愕のものに変わる。
「もう。紫が待たせるからお腹が空いちゃったじゃないの」
「幽々子様、さっき夕飯を食べたばかりじゃないですか」
「のど渇いた。霊夢、お茶くれお茶」
「あら、わたしもいただこうかしら。霊夢、血くれ血」
「お嬢様、話し方が途中からおかしいですよ」
「そういうあんたはなに『かわりにわたしの血をいくらでも』と言わんばかりに襟元をはだけてるのよ」
そこには6人の少女が立っており、いずれも霊夢の知った顔だった。
(↓以下、名前が出た者から順に顔がアップになるイメージでお読みください)
西行寺家当主、西行寺幽々子!!
西行寺家庭師、魂魄妖夢!!
魔法の森の魔法使い、霧雨魔理沙!!
同上、アリス・マーガトロイド!!
紅魔館館主、レミリア・スカーレット!!
紅魔館メイド長、十六夜咲夜!!
(ありがとうございました。ここからは普通に読んでくださって結構です)
「こ、これは一体どうなってるの!?」
宴会のときを除き、閑古鳥も寄り付かないのが基本の神社にこれだけ多くの人妖が集まっていることも含め、
うろたえる霊夢。
「フフッ、驚くことはないでしょ」
レミリアがにこやかに語りかける。
「昨日の敵は今日の夕飯(とも)って言葉もあるわ、ねえ妖夢?」
「空腹で錯乱してるのか、本当にそう思っているのか。両方なんでしょうね」
幽々子と妖夢も後に続く。
「幻想郷の一大事を見逃すわけにはいかないぜ」
「あんたは魔導書につられてついて来ただけでしょ…」
以前の異変で何度か行動を共にした魔法使いは、霊夢と同じく異変にすぐには気付かなかったようだ。
それを気付かせ、さらにここまで引っ張ってきたのは、横にいる人形使いだろう。
「なんだか大変なことになってるみたいね。お嬢様を一人にしないで正解だったわ」
未だ夜空に輝く欠けた月を見上げながら、瀟洒なメイドが言った。
「あ、あんた達…」
「驚いた?まあ、みんな考えることは同じってことかしら」
人間は二人ともよくわかってないみたいだけど、と続けながら微笑む紫。
「あんたが…みんなを連れてきたの?」
「さあ、どうかしらね」
霊夢はここに集まった面子を眺めた。
いずれも幻想郷で5本の指に入る(5人以上いるが)実力者。
これだけの強者が集まれば、満月を隠すような術者にも十分対抗できるだろう。
「幽々子…」
「霊夢…地獄から舞い戻ったわ!」
「いや、わたしは成仏まではさせなかったわよ」
「妖夢…」
「混乱した妖怪が冥界にみょんな影響を及ぼしかねない。協力するわ」
「そうね、困るわね、みょんな影響は…」
「魔理沙…」
「何だよ今更。わたしと霊夢の仲だろう?」
「4面はどうするのかしら」
「何の話だ?」
「いや別に」
「…」
「…」
「ア、アリス」
「そんな自信なさげに名前呼ぶなよ!素で忘れてたのかよ!!」
「レミリア…」
「霊夢…」
霊夢の震える首筋にレミリアの細い腕が巻きつき、そのままゆっくりと二人の顔が近づk
「って、なにやってんのよ」
「ちっ」
「咲夜…」
「時間がかかりそうね。わたしの能力なら、夜を止めて犯人を捜せるわ」
「助かるわ。欠けた月が見えるうちに、犯人を見つけたい」
「どうせなら新月になるまで欠ければよかったのに」
「なにゆえ」
「紫…」
「これだけの面子を集めれば、どんな強敵が出てきても対抗できる。そう思わない?」
「むしろこの集団で動くことに骨が折れそうね」
「あら、目的が一致してるんだもの。みんな団結力抜群よ」
「だといいんだけど」
何はともあれ、ここ博麗神社に集った8人の弾幕使い。
彼女達の目的はただ一つ。
「永遠の満月を取り戻すこと!」
「「「「「「「永遠はつかねーよ!!」」」」」」」
7人から一度にツッコミを入れられ、さすがの紅い悪魔もたじろぐ。
「ま、それはともかくとして…」
紫はそこに集まった全員を見渡していった。
「今から、明日の晩の出陣に向けて結団式をやるわよ!」
「結団式!?てゆーかなんで明日の晩に出陣なのよ!すぐ行けよ!!」
「大丈夫よ。咲夜を呼んだのはそのためだし、わたしも昼と夜の境界を弄れるわ」
「だからって…」
憤る霊夢を手で制して、紫はスキマから何かを取り出す。
「古今東西、女同士が気持ちを一つにするのに一番手っ取り早いのはこれよね」
「そ、それはまさか…」
結局、紫が提案した「結団式」という名の宴会は本当に次の晩まで続いた。
マヨヒガからスキマを通じて送られてくる酒とつまみは尽きることなく、少女達は大いに盛り上がり、団結を強めあった。
途中、酒の匂いにつられてやってきた鬼が参加したり、
死地へ赴く娘を見送りに歩いてきた神が追い返されたり、
一方その頃紅魔館では、鬼のいぬ間に洗濯とばかりに門番が羽を伸ばしたり、
同様に姉のいぬ間に羽を伸ばしていた吸血鬼の破壊活動に巻き込まれて丸こげになったりした。
とにかく。
神社の庭の上に、欠けた月が再び昇るころ。
「う~頭痛い…みんなあ~、そろそろ出発するわよ~」
「お~!あらら~、紫が二人いるわよ妖夢~」
「ちがひますよゆゆさま~、まだ酔ってらっしゃるんですかぁ~」
「ん~…あれ?なんだまだ夜じゃないか…もっかい寝よ」
「もう、だらしないわねどいつもこいつも…うっ、おぷ」
「さくやー、アリスの口から極彩颱風がでてるわ。きれいね、イヒ、イヒヒヒヒ」
「ええいあ、アリスからもらいゲロ…」
「おまえら全員やる気ねえだろォォォォォッ!!」
仲間のあまりのダメッぷりに一気に酔いがさめた霊夢の怒号がこだました。
「で、出発したはいいけれど…」
人里へ続く一本道、その上空。
博麗神社を飛び立って数刻、霊夢達はとりあえず先頭を行く紫についてここまでやって来た。
「これからどこに行くのよ?」
紫は、ここまで「ついて来なさい」と言ったきり何も言わない。
当然何か理由があってのことだろうが、霊夢は自分達の進んでいる方角がどうにも気になったのでたずねてみた。
まさか、人里に住む者の仕業ではあるまい。
「さあ」
「さあって…」
「なんとなくあっちから怪しげな気配がするのよ。とりあえずそこを目指すの」
「そんな適当でいいの?夜を止めてられるのだって限界があるのに…」
紫の返答にいまいち信用性がない上、さっきから欠けた月の影響でパニックになった妖精や毛玉が攻撃をしかけてきていた。
まあ、こちらも腕利きの弾幕使いが8人もそろっているので、とくに問題にはならなかったが。
それでも霊夢は、まだ異常の影響を(妖怪ほどには)実感として認識できないこともあり、内心あせっていた。
「まあまあ、落ち着きなさい。夜はまだ始まったばかりよ」
「そうだぜ霊夢、こんな夜は楽しまなきゃ」
上空から襲ってきた毛玉をミサイルで打ち落としながら、魔理沙が声をかける。
「とりあえず、今はわたしのカンを信じなさいな」
「あんただから信用できないのよ…」
ぼやきながら肩の辺りを掻く霊夢。
もう夏も終わりだというのに、今夜はやたらと蚊が多かった。
「!?みんな、ちょっと待って!!」
一団の後方から響く声。
しんがりを勤めていた(というか、まだ完全に酔いがさめていなかったため、あまり早く飛べなかった)アリスの声である。
「何かいるわ…」
「そりゃ、何かいるわよ。今に始まったことじゃなし」
「違う。さっきまでの雑魚より…強い妖気を感じる!」
アリスが指差す先、夜空の一部分がぼぉーっ…と光り始めた。
星の光とは異質な、有機質な発光。
「これは…蛍!?」
「いやいや妖夢。蛍はこんなに大きくないわ」
そう答えた幽々子に向けられた、一つの声。
「あら、あながち間違いじゃないわよ」
薄い緑色の光の中に浮かび上がったのは、一人の少女。
白いシャツに短いズボンを合わせた服装は、短い髪と相まって少年のようにも見える。
そして、その頭からは昆虫のような二本の触覚が伸びていた。
二股に分かれた黒いマントも,甲虫類の羽根を思わせた。
「…怪しい気配ってこいつ?」
「たぶん違うわね」
霊夢と紫は挿して驚く風もなく、現れた妖怪を眺めた。
触覚少女(少年?)は先頭の紫を指差すと、非難する口調で話しかけた。
「ずいぶん虫達が騒いでると思ったら、あなた達の仕業?」
「どうかしら。何に騒いでるかによるわね」
「昨日からいつまでたっても朝にならない。松虫は鳴き疲れて倒れ、蛍の光は風前の灯」
「やめればいいじゃない、鳴くのも光るのも」
「それは無理。夜が続く限り、虫たちは己の天命に従い、鳴き続け、光り続ける」
「ご苦労様」
「夜を止めているのがあんた達なら、今すぐやめてもらう。このままじゃ、夜の虫はみんな過労死してしまうわ」
「困ったわね。あなた達の苦労はお察しするけど、今は夜を進めるわけには行かないの」
紫の言葉に、妖蟲の目がすっと細まる。
「どうしてもやめないなら…力ずくでも、夜を元に戻してもらう」
「やれやれ、所詮低級の妖怪には、この異変の正体は理解できないのかしらね…」
両者の間に緊張が流れる。
「待ちなさい」
紫と妖蟲のやりとりを黙って見ていた7人の中から、一人の人間が歩み出た。
「咲夜?」
「今は急ぐのでしょう?虫一匹倒すのに、貴重な時間を費やすことはないわ」
瀟洒なメイドが両手を握って開くと、そこにはいつの間にか数本のナイフが握られている。
「虫一匹…なめてると、痛い目じゃすまないわよ、人間」
「ふふ、そいつは楽しみね」
「咲夜、遊んでる暇はないのよ。速攻で倒しなさい」
「かしこまりました。お嬢様の大切なお時間、コンマ1秒以下ですら無駄にいたしませんわ」
背後の主に向け、背中越しに笑みを返す。
「さあ、始めましょうか」
「ふん、あんたを片付けた後で、そこのお嬢様とやらをもらっていくとするか!!」
妖蟲の黒いマントが翻り、それが始まりの合図となった。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE1 蛍火の行方!!の巻
「まず名前を聞いとこうかしら。どーせ忘れるんだけどね」
「相手にに名前を聞くときは自分から名乗ったらどう?」
挨拶がてらに咲夜が放ったナイフを軽くかわしつつ、妖蟲が言葉を返す。
「これはこれはわたしとしたことが…十六夜咲夜よ。以後お見知りおきを」
「ふん、人間の名前なんざ覚える価値もない!わたしはリグル・ナイトバグ!幻想郷の全ての虫を統べるもの!!」
妖蟲―リグルは叫びながら咲夜を指差す。
「あんたなんかにスペルカードを使う必要もない!この一撃で…墜ちろっ」
リグルは空中で飛び蹴りの体勢を取ると、一直線に咲夜めがけて突撃した。
十分な距離を置いてさえ、常人ならばその蹴りをかわすことはできないだろう。
それほどに速い飛び込みと、蹴りであった。
しかし。
「え…?」
目の前の人間の身体を一撃の下に吹き飛ばすと思われた蹴りは、空を切っていた。
そのまま勢いに任せて飛んでいきそうなところを、慌ててブレーキをかける。
「そんな!?まともな人間に見切れるはずが…」
「残念ねぇ」
リグルの背後、それも息が耳にかかるほど近くから声が響く。
ばかな!?
いつの間に回りこまれた!?
彼女の疑問に答えることなく、背後の声は話を続ける。
「まともな人間は、もう随分昔にやめちゃったの。それはもう、遠い昔にね」
「…っ」
怯んだら負けだ、近くにいるならこちらにとっても好都合――
一瞬の狼狽を振り切り、リグルは背後の敵に向け裏拳を繰り出す。
「もうちょっと遊んであげてもいいんだけどね」
「!?」
至近距離で当たれば首ごと吹き飛ばせる裏拳打ちも、見事にスカをくらう。
「お嬢様を待たせるわけにはいかないの…だから」
「このっ…」
「さよならね」
次の瞬間、声がした方を振り向いたリグルを上下左右前後、あらゆる方向から銀のナイフが襲った。
「きゃあああああああああ!!」
白刃と鮮血の嵐の中から、妖蟲の断末魔の声が響く。
「酔い覚ましにもならなかったわね…退屈」
咲夜のつぶやきは、あくまで瀟洒に夜空に溶けていった。
「や やったーっ!!あれは咲夜の十八番、時間停止能力だーっ!!」
「あれだけのナイフに刺されたら、あの蛍もひとたまりもないわね」
魔理沙と霊夢は、かつて咲夜の能力――時間をとめて放たれるナイフに大いに苦しめられた経験がある。
しかし、今はそれが自分達の味方のものであるからには、これ以上ありがたいことはなかった。
「おーい咲夜、早く戻って来いよ!!」
「先は長いの、さっさと行くわよ!!」
が、そんな二人の言葉を耳にしても、未だ咲夜はその場を動かない。
「むぅ…あの妖怪、ただのムシケラかと思っていたら…やるわね」
「な、なに!?ちょっと待てよレミリア、あの虫はさっき咲夜のナイフにやられて…」
「よくご覧なさい。やはりアリスが感じた妖気の大きさは気のせいではなかった」
「なんだって!?」
全てのナイフが地に落ちて行った後に、地に落ちることのない人影が一つ。
「ぐ…こ、の…人間、の、くせに…」
「あらあら。あれだけのナイフを食らってまだ立ってるなんて。すごい生命力」
「はあっ…一寸の、虫にも、五分の、魂…」
リグルは咲夜が放ったナイフのほぼ全てを直撃で食らいながらも、かろうじて意識を保っていた。
咲夜の言うとおり、恐るべき生命力である。
「さすがに恐竜時代から生きてる台所のアイドルね」
「ゴキ…ブリ…じゃ、な、いっての…」
それでもリグルのダメージは相当なものがあり、これ以上戦闘を続けるのが難しいのは明白だった。
仮にダメージが軽くても、咲夜の時間を操る能力に対し、彼女にはなす術がないだろう。
「ここを通してくれたら命はとらないわ。おとなしく帰って朝を待っててもらえる?」
「ふざけるな、待つっていつまでだ…今にも倒れそうな虫たちが、必死で鳴いて、いや、泣いてるんだ…」
リグルは両手を広げ、咲夜の前に立ちはだかる。
「立派ね…でもわたしたちも、この場を譲るわけには行かないの」
「なら、どうするの」
「虫たちを守ろうとするあなたの姿勢は気に入ったわ。だから殺さない。朝が来るまでちょっと眠っててもらう」
咲夜は再びナイフを取り出すと、時間をとめるべく精神を集中させる。
「人間の言うことなんか…信用できるか!」
そう言いながら、リグルは懐に手を入れた。
「な、なんだーっ!?あの虫野郎、変なベルトのようなものを取り出して腰に巻きやがったーっ!!」
「あ、あれを一体どう使うっていうのー!?」
魔理沙の言うとおり、リグルが取り出したのは奇怪な形状のベルトであった。
「何のまね?」
「ふん、あんたの能力はさっきで見切ったわ!今度はそうは行かないわよ!」
バッ!!
リグルは片手を天に向け、高らかに叫んだ。
「変態!!」
『Hen Tai』
リグルの叫びに呼応するかのように、腰のベルトから謎の声が響く。
と、どこからともなく大きな赤い蛍が飛んできて、ベルトのバックルに止まった。
「な なんだってー!?」
「たしかに咲夜はペドフィリアの変tあべし!」
咲夜が後ろ手に放ったナイフが霊夢の喉笛に突き刺さる。いや、致命傷にならない程度にね。
「何をする気…?」
呆気にとられる咲夜の前で、変態を宣言したリグルは…
口から糸を吐き出していた。
「…キモッ」
「キモイいうなー!!」
この会話の間にも、リグルが吐き出した糸は彼女の身体を覆っていく。
「わたしが望めばみさえすれば…運命は絶えずわたしに味方する!」
「こっちに運命を操れるお方がいらっしゃるんだけど」
ついに、リグルの全身は糸で覆われた。
凝縮した糸は硬い殻を形成し、まるで甲冑のように彼女を包んでいる。
一言で言えば、昆虫のさなぎである。
「リグル・マスクドフォーム!!」
「いや、それ…身動き取れなくない?」
どこぞの天の道を行き総てを司る人とは違い、普通にさなぎ状態のリグル。
手足を縮めた状態で甲殻に入っているため、クナイガンを振り回すこともあたわない。
クナイガンが何かについては聞かないように。
「はあ…なんかシリアスな雰囲気が台無しね。もういいや、消えなさい」
時間をとめる必要もなし、とばかりに咲夜はナイフを放つ。
若干やる気が感じられないスピードだが、必殺の威力を持った一撃であった。
身動きの取れないリグルに、これをかわす術はない――そう、なかった。
避ける必要は、なかったのだ。
「35年の重み…これしきのことで破れるもんかぁっ!!」
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
「うそっ!?」
硬度を増したリグルの甲殻に、咲夜のナイフはすべて弾かれた。
「見たか人間!!昆虫のあくなき魅力、思い知るがいい!!」
「むう…」
一連の光景を見ていた紫が、思わず喉の奥でうなった。
「あれはまさしく大陸の方術で言う『魔巣喰道(ますくどう)』」
「し 知っているのか紫ーっ!?」
同じくリグルの変貌に呆気にとられていた魔理沙が尋ねた。
一般に 幼虫から蛹、成虫へと変態する昆虫の成長過程は 良く知られるところであるが
この昆虫の変態機構を修行によって体得し 己の身体能力を 段階的に向上させる術を考案・体系化したものが
大陸由来の方術の中でも 特に奇怪・面妖なものとして名高い 魔巣喰道である
この術を使いこなすためには 類まれなる天性と 想像を絶する荒行が必要とされるため
発祥の地である中国・黒雲省に棲む妖怪の中でも、実際に体得できたのは 一部の妖蟲だけであると言われている
余談だが、宇宙生物に対抗して 日本のとある地下組織が作り上げた
「マスクドライダーシステム」は、この魔巣喰道の歴史において最大の天才と呼ばれた
来 陀足(らい だあし)、嵩 帝武(すう ていむ)の名にちなんでいることは 言うまでもない
武輪流魔法書院刊 『ZECT~その起源は蟲使いにありき~』より
「さあどうした人間!自慢のナイフもこうなっちゃただのペーパーナイフね!」
完全にテンションが戻ったリグルから、これまでにない殺気が放たれる。
「くっ…」
咲夜のナイフが常に百発百中、一撃必殺の能力を持つのは、
時間をとめる能力により100%のスキを作った状態で敵を攻撃するからである。
が、全身360度を硬質の外骨格で隙間なく覆った――人間のまとう甲冑にすらある「関節の間隙」すらない
――昆虫の甲殻には、そもそも時間によるスキをつくることができない。
石のスキをつくことができるか。
できない。
山のスキをつくことができるか。
できない。
今、咲夜の目の前にいるのは、そういう敵であった。
(まずい…ナイフの貫通力の範囲を超えるとなると…)
正直、正攻法では勝てる見込みがない。
他の者に交代するという手は――己のプライドが許さない。
さて、どうするか。
「考えてる暇なんかあると思ってるの!?」
「しまっ…」
これまで遭遇したことのない敵に逡巡している間、リグルは攻撃の準備を整えていた。
「いくよ!その単眼飛び出させないことね!!」
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
「…え?」
「ふふっ、驚いた!?これでさらに1段階硬くなったわ!あんたのナイフは完璧に弾かれる!」
「あー…そ、そう…」
「そして…行くわよ!!こいつが本命!!」
「!?」
再び身構える咲夜。
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
「どう、これで今のわたしはオリハルコン並の強度!世界はわたしを中心に回っている!」
「まあ…そうね。これはお嬢様の神槍でも…むずかしいわね…」
「参った!?」
「ん…わたしのナイフじゃ、もう無理かな」
「じゃ、わたしの勝ちね!」
「いや、それは違うでしょ」
「何!?往生際が悪いわねえ!!だったらとどめに、これ食らいなさい!!」
てきの リグルの(以下略)
ガ(ry
てきの リ(
「……(殻の中で右手を天に差し向けている)」
「あんたさあ」
「何よ?」
「『かたくなる』しか使えないんでしょ?」
「ひぇ?」
「技コマンドが『かたくなる』しかないんでしょ?」
咲夜はぶっちゃけ1回目のかたくなるで薄々気付いていたことを告げた。
「そ」
「そ?」
「そそそそそそそんなわけないじゃない!マスクドフォームよ!!パワー重視型よ!!」
「ならそのパワーを生かしてなんかやってみなさいよ」
「え、あの、それは…」
「どうしたの?」
「えと、えーっと、そ、それっ!!」
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
てきの「回数使い切って『わるあがき(注1)』はなしね」
「あう…」
これで完全にわかった。リグル・マスクドフォーム(さなぎ状態)は「かたくなる」ことしかできない。
「全く、ナイフが効かないからちょっとビビッちゃったじゃない。種がばれてみればなんてことないわね」
「ひ…ひえぇ~」
殻の中のリグルの弱りきった顔が、目に浮かぶようであった。
(注1:わるあがき…すべての技ポイントを使い切り、行動が選択できなくなった時に出る技。
相手に与えたダメージの何割かが自分に帰ってくる)
「じゃ、そういうことで」
「へ?」
咲夜はリグルのさなぎへ近づくと、
どんっ
勢いをつけて思い切り突き飛ばした。
空中に浮いているだけで精一杯だったさなぎは、そのままあさっての方向へ飛んでいく。
「ちょっとまってよぉぉぉ…」
殻の中から響く悲鳴は、尾を引くように遠ざかり、やがて小さくなって消えた。
「……」
「「「「「「「……」」」」」」」
咲夜は何も言わなかった。
仲間たち7人も、何も言わなかった。
「先、急ごうか」
「そうね…」
とりあえず霊夢が沈黙を破り、紫がそれに答える。
「咲夜、行くわよ」
「…はい」
今度は咲夜も、言われたとおり仲間の元へ戻ってきた。
STAGE1 BOSS リグル・ナイトバグ 死亡確認
「って、死んでねえええ!!」
咲夜によりどこへともなく弾き飛ばされたリグルは、さなぎ状態のままどこかの森に落下していた。
上空から地面に叩きつけられても傷一つ負わないマスクドフォームの耐久力、恐るべし。
「ああ、今すぐにでもあいつらを追いかけないと…よし、力も溜まったし、ここからは…」
殻の中のリグルはなにやらごそごそと蠢き始める。
と、そこに人影が一つ。
「わ…でっかいさなぎがごろごろしてる…」
「ひぇ!?だ、誰よ!!」
その場にしゃがみこんで、横たわるリグルの甲殻をつついているのは、宵闇の妖怪、ルーミア。
「うーん…硬くて食べれなそう。残念」
「食うな!!…ああもうこんなことしてる場合じゃない!!あの人間に昆虫の真の力、見せてあげるわ!」
そもそも、リグルは何故このような手足の自由すら利かない状態を取ったのか!?
咲夜のナイフ攻撃を防ぐため。それもあるだろう。
しかし、今のように吹っ飛ばされてしまえばそれで終わりという、実に融通のきかない形態である。
それではなぜか?
実はこの「マスクドフォーム」は、リグルの真の戦闘形態「ライダーフォーム」への変態に必要な力を溜めるための形態だったのだ!
「そーなのかー」
うむ。嬉しいリアクションありがとう。
「でもそれってイナズm」
うっせえ。
リグルは当初、ひたすら硬くなることで相手の攻撃を完全に防ぎつつ、力を溜める時間を稼ぐつもりであった。
しかし、予定よりも早く、すなわち十分な力が溜まる前に、咲夜がマスクドフォームの弱点に気付いてしまったのである。
その結果、身動きが取れない状態でぶっ飛ばされたリグルは、どことも知れない森の中でごろごろする羽目になったのだが…
「力は溜まった!ライダーフォームなら今からでも…奴らに余裕で追いつける!」
リグルはベルトにとまった赤い蛍に触れ、叫んだ。
「キャストオフ!」
『Cast off』
その瞬間、リグルを包んでいた甲殻が弾け、周囲に飛び散った。
「うわああああっ!?」
至近距離にいたルーミアはその勢いで数メートルほど吹き飛ばされる。
『Change firefly』
ベルトから響く謎の声とともに、リグルの姿――真の戦闘形態「ライダーフォーム」が現れる。
短い触角は頭上から腰の辺りまで伸張し、通常時の数倍の感受性を持つに至っていた。
また、ボロ布のようだったマントは硬質化し、鈍い光を放ち始める。
そして全身を黒い甲殻が――今度は四肢の動きを制約しない完全な「甲冑」の形で――覆っていた。
「…ゴキ?」
「蛍よ!!」
「いや、だって、黒光りしてるし、触角長いし」
「うっさい!蛍ったら蛍なの!!」
吹っ飛ばされた状態で地面に寝転がるルーミアを一喝すると、リグルは夜空を見上げる。
「十六夜咲夜…全ての虫たちの安らぎのため…わたしはあんたを倒す!」
再びベルトの蛍に触れ、
「クロックアッp」
「ねえねえ」
「だああああああああああああああ!!」
唐突に声をかけられ、またも大声を上げるリグル。
「何よあんた!わたしは忙しいの!邪魔しないでくれる!!」
「そーなのかー…でも、一つ聞かせて」
「何!?」
「あなたは、食べてもいい虫?」
ルーミアの声のトーンが先ほどよりも低くなった。
リグルを見つめる瞳から伝わってくるのは…飢え。
そして、獲物を見つけたことから来る、たまらない喜悦。
「ふう…」
リグルはため息をついた。
どうやら今夜はとことん運が悪いらしい。
「人気者はつらいわね…飯を食ってる暇もない」
「違うわ…あなたがご飯なのよ、わたしのね」
にやり、と笑い、ルーミアがリグルの背後に回りこむ。
今にも飛び掛らんとする殺気。
『One Two Three』
リグルのベルトから、三たび謎の声が響く。
「ゴキ丸かぶり定食…いただくわ!!」
背後から襲い掛かる捕食者、そして――
「ライダー…キック」
『Rider Kick』
リグルの足元から紫色の稲妻がほとばしった。
「!?」
ルーミアの背筋をぞくり、と戦慄が走り抜ける。
しかし、そこは既にリグルの制空圏――必殺の間合い。
自分の方を振り向いた蟲と、一瞬視線がかち合う。
「しまっ――」
た、と言うだけの時間すら、彼女に残されていただろうか。
紫電を帯びた神速の回し蹴りが、リグルの足元から跳ね上がった。
「ねえ、なんか今聞こえなかった?」
先を急ぐ霊夢達。
森の奥から聞こえた音に気付いたのは、またしてもアリスだった。
「なんかって?」
「んー…たぶんあっちの方…かな。悲鳴みたいな声が」
「気のせいじゃないか?わたしは何も聞こえなかったぜ」
「あら、わたしは聞こえたわよ?」
今度は幽々子も気付いていたようである。
「なんて言ってんだ?その声は」
「うーん…よくは聞き取れなかったけど『世界はゴキを中心に回っているのかそーなのかー』…とか」
「わたしは『てゆーかぶっ飛ばされて回っているのはわたしなのかそーなのかー』って聞こえたわよ~」
「何だそれ?」
「知らないわ。あら?みんなあれ見て!流れ星よ!!」
幽々子が空を指差す。
「おお、綺麗だな」
「お嬢様、流れ星が消えるまでに願い事を3回すると叶うんですよ」
「本当!?霊夢がわたしのものになりますように霊夢がわたしのものに(ry」
「(幽々子様がもう少しでいいから小食になってくれますように…×3)」
「みんな呑気ねえ、こんな時に」
「そういうアリスはさっきものすごい早口で『この機会にみんなと友d』」
「わーっ!わーっ!れれ霊夢、ほら先を急ぎましょう!!」
「うちの藍でよければ紹介するわよ~」
「それ、遠まわしに自分がなるのはイヤだって言ってませんかねぇ!?」
天の道を行くルーミア 死亡確認
TRY NEXT STAGE→
「相変わらず雑魚が多いな。いいかげん相手すんのも疲れてきたぜ」
「ホントね…偽の満月のせいで混乱してる妖精の多いこと」
「異変の犯人を見つけたらナイフの替えを請求しようかしら」
依然、犯人の姿らしきものは見えない。
そろそろ人里の近くに差し掛かろうとする辺りで、不意にアリスが動きを止めた。
「…みんな、ちょっと静かにして」
「なんだ、またなんか聞こえたの?」
霊夢は聞き返すが、すぐに自分自身でその答えに気付いた。
歌。
どこからともなく、歌が聞こえてくるのである。
「さっきの悲鳴のヤツか…?」
「違う…これは…この歌は…」
「夜雀ですね」
辺りを見回しながら妖夢が言った。
「夜雀?」
「はい。闇夜に出没し、歌で人間を惑わす鳥の妖怪」
「別に狂ってないんだけど」
今ではここにいる全員が歌を聞いているが、人間は3.5人ともとくに異常はない。
「今は歌に霊力を込めていないからでしょう…ただ歌っているだけでは害はありません」
「まあ、つまり無視して素通りすれば問題ないわね」
「そうも行かないみたいよ」
紫が指差す先、次第に近づいてくる歌声と、その発生源。
「ミスティアの~ミスせんずれば若き血潮~♪」
「どんな辞世の句よ」
霊夢たちの前に姿を現したのは、翼を持つ少女。
闇夜に歌う、夜雀の怪であった。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE2 人間の消える道!!の巻
「み~すてぃあ~が見ぃつけた♪小さい人間見~つけた♪」
「なるほど、あんたミスティアってゆーのね」
霊夢は一歩前に出ると、楽しげに歌う夜雀に話しかけた。
「わたしたちは急いでるの。ここを通してくれない?」
「やだ」
「なんでよ?」
どうみてもこの妖怪は異変の犯人に関係があるとは思えない。
先ほどの蛍に時間を割いてしまったため、無意味な戦いは避けたいところだった。
「知りたい?」
「別に」
「それはね~」
会話が成立していないように思えるのは気のせいか。
「そこに~人間が~いるから~♪」
また歌い始める。
「はあ…また邪魔が入るわけね」
霊夢はため息をついた。
目の前の妖怪は頭は悪そうだが、妖気はなかなか強いものを放っている。
またしても骨が折れそうだが、話し合いが通じないならば、力づくで通してもらうしかない。
「わたしの歌で人間は鳥目になる。何にも見えない人間は木の枝にごっつんこ」
相手も既に戦闘態勢。
ここは――
「「仕方ないわね(な)、速攻でどいてもらうわ(ぜ)」」
「「ん?」」
霊夢と魔理沙の台詞は、多少の違いはあったがぴったり被った。
「魔理沙…今は急ぐの。ここはわたしにまかせてくれない?」
「こっちの台詞だぜ。霊夢のスピードじゃ朝になっても戦闘が終わんない」
どうやら互いに出るタイミングが一致してしまったようだ。
こういう時、変に譲らないのがこの二人なワケで、
「あんたが魔砲をぶっ放すだけで無駄な被害が増えるのよ!」
「何ぃ!?鈍足巫女よかマシだろうが!!」
「わたしは人間だったら二人一緒でいいよ~♪」
「「うるさい!!」」
「はい…」
ミスティア放置プレイ。
しかし、出番をめぐるいがみ合いは、意外な人物によって断ち切られる。
「まったく…年頃のお嬢さんがそんなことでケンカしちゃダメよ~」
「え?」
つかみ合いになりかけていた2人の間に、やんわりと割って入ったのは――
「「ゆ 幽々子ーっ!!」」
「ちょっと小腹が空いてきたの。そこの鳥肉はわたしに譲ってくれない?」
優雅な、いや、幽雅な仕草で扇子を広げ、ミスティアを見据える。
「ふざけないで、こいつはわたしが―」
「違う!わたしだ!」
「はいはい。ほら、ちょっとこの子を見て」
言いながら妖夢を引っ張ってくる。
霊夢と魔理沙は言われたとおり妖夢を見るが、別段何の変化もない。
「幽々子様…?」
「ちょっと、妖夢がどうかしたの?」
霊夢は幽々子の方へ向き直るが、そこには――
「あれ?いない?」
「お、おい霊夢!!」
魔理沙が慌てた様子で霊夢の袖を引っ張る。
「何よ…ってああっ!?いつの間にあんなところに!!」
「くそっ、獲物をとられちまったか!!」
霊夢と魔理沙がちょっと目を放した隙に、幽々子は既にミスティアと向かい合っていた。
「優雅にして華麗、それでいて恐ろしい程に強い…あの子を相手にしたらわたしでも危ないわね」
「我が主ながら…いえ、なればこそ、最も戦いたくない相手です」
幽々子を良く知る2人は、静かに戦いの始まりを見つめていた。
「はじめまして。わたしは西行寺幽々子」
「ミスティア・ローレライよ。う~ん、亡霊なんかからかっても面白くないなぁ」
ミスティアは相手が人間でないとわかると若干落胆したが、
「ま、超一流の歌い手は長州を選ばないって言うからね♪」
「聴衆よ、鳥頭さん」
「うるさい!鳥を馬鹿にするな!」
既にミスティアの周囲には、夜雀――彼女とは違う、小鳥の姿をしたものだが――が大勢集まっている。
彼女の怒りに呼応するように、一斉に幽々子に向かって囃し立てる。
「あらあら、切れさせちゃったかしら~」
「切れてない!わたしを切れさせたら大したもんよ!!」
ミスティアは歌い始める。
先ほどまでの遊びの歌ではない。
闇夜に人の視力を奪い、大勢の鳥を操る魔性の歌。
「な なにーっ!?ヤツの歌に合わせて周りの鳥が一斉に幽々子を取り囲んだーっ!!」
「あ あれを食らったらいくら幽々子でもただじゃ済まないわーっ!!」
思わず頭を抱える魔理沙と、身を乗り出す霊夢。
「紫!!あそこまで囲まれちゃ幽々子避けらんないわよ!!」
「そうねぇ…」
四方八方から迫る夜雀に囲まれて窮地の幽々子を見ても、紫は眉一つ動かさない。
「そうねぇって、ピンチなのよ!なんでそんな落ち着いていられるのよ!」
思わず食って掛かる霊夢だが、
「甘いわね」
「え?」
「甘いわ霊夢。プリンのカップの底の方にこびりついた茶色い部分くらい甘い」
「あれ、スプーンだと取りにくくていやよねえ…じゃなくて!どういうことよ!!」
「あなたはまだ、西行寺幽々子という亡霊の真の恐ろしさを知らない」
「真の恐ろしさ…?」
「ま、黙って見てなさい」
「ないとおぶふぁいや~♪っと、どうよ!あんたにこれをかわせる!?」
「う~ん、ちょっと無理っぽいかしら。」
幽々子の周囲には、ミスティアの歌で操られたたくさんの夜雀が目に攻撃色をたたえ、命令を待っていた。
目の前の獲物に飛び掛り、その柔らかそうな肉を鋭い嘴でついばめという命令を。
「ふん、無理して余裕ぶっこいちゃって。鳥を馬鹿にした罰よ!」
ミスティアは幽々子を指差すと、
「行けぇ、我がケンゾー君!そこの亡霊を穴だらけにしちゃえ!!」
「『眷属』って言いたいのかしらね」
夜雀たちはあらゆる方向から幽々子に飛び掛る。
が、幽々子はその場から一歩も動かず、避けるそぶりすら見せない。
ただ広げた扇子で顔の下半分を隠し、ミスティアを眺めていた。
「食らいなさい亡霊!わたしの鎮魂歌で安らかに成仏することね!」
「そうね…それじゃ」
「食 ら う と し ま し ょ う か」
ミスティアが見た限りで、幽々子がとった動作は、たったの二つ。
顔の半分――具体的には口――を隠していた扇子を畳んだ。
そして、何か言おうとするかのように口をあけた。
ただそれだけであった。
なのに。
なのになぜ。
「いな…い…わたしの…鳥たち…どこに?」
ミスティアの命令どおりに幽々子に襲い掛かった夜雀の大群は、一瞬のうちに消えてしまっていた。
幽々子は鳥達を攻撃したり、防御したりするそぶりは見せなかったはずだ。
「あ…あんた!鳥達をどこへやったのよ!!」
「もぼへ?」
「一体何をしたの!?そもそもなんで無傷…」
「んん…もごめがもぼむべ…」
「話を聞けーっ!!てゆーか食べるか喋るかどっちかにしろーっ!!」
と、ここに至ってミスティアは得体の知れない違和感を感じた。
何だ?
何かがおかしい。
何かが、さっきまでと違うような…
「むぐむぐむぐ…ごくん」
ごくん?
ああ、飲み込んだのね。
何を?
さっきまで食べてたものを。
別に不思議なことはない。
いや。
待て。
食べていた?
何を?
「まさか…」
何をって、それは…答えは一つしかない。
「ふう…ようむ~、お茶…じゃない、今は戦闘中だったわね」
「あ、あんたまさか…」
「ごちそうさま。ちょっと小骨が多かったけど、なかなかイケてたわよ」
「食ったのかぁぁぁぁぁ!?わたしの仲間をぉぉぉぉぉっ!!」
そう、幽々子を襲った鳥達は、既に彼女のお腹の中へと消えてしまっていた。
ミスティアの命令の元、幽々子に向けて鳥達が殺到した瞬間。
幽々子は口をあけ、軽く息を吸い込んだ。
それだけで、その場に巨大かつ強力な気流が生じた。
気流はあらゆる方向から、ある一点に吹き込んでいた。
それすなわち、幽々子のお口。いや、奥地と言うべきか。
風に乗り飛行していた鳥達は、一匹残らず強い気流に巻き込まれた。
その結果。
襲い掛かってくる鳥達は、すべて幽々子の口の中へと吸い込まれていったのである。
「えーと…紫」
「何かしら?」
「わたしには、幽々子が周りの鳥を全部吸い込んじゃったように見えたんだけど」
「あら、さすがは博麗の巫女ね。常人には何が起こったのかもわからないもんだけど」
「ええ。大した動体視力です」
妖夢も若干驚いた顔で霊夢に応じる。
「いや、明らかに幽々子の体の何十倍の物量がいたでしょうが!どうやって食うのよ!!」
「よく噛んで食べてるのよ、あの子は」
「そういう問題じゃないでしょう!!」
「幽々子様は消化がお速いお方ですので」
「速いにも程があるわよ!」
霊夢にとって全く信じられない話だったが、紫と妖夢の言ったことに間違いはない。
幽々子は口の中へ食物が入ってくると、すぐさま咀嚼を始める。
1秒間に6000回の開閉を行う顎の力によって、食物は瞬時に液体に近い状態にまで噛み砕かれ、飲み込まれる。
この時点で3分の1程度が消化され、残り3分の2は消化管内で消化・吸収される。
最初に口の中に入ってきた食物が、以上の過程で幽々子の血肉となるのにかかる時間、0.2秒。
ミスティアが夜雀の群れを幽々子に襲い掛からせてから、最後の夜雀が消えるまでかかった時間、約30秒。
つまり、幽々子は概算で150羽近い夜雀を摂食したことになる。
「あ、ありえない…」
ブクブクと泡を吹いて倒れる霊夢。それでも空に浮いた状態を保つ辺り、さすが博麗神社の巫女さん。
「妖夢も大変ね。1日3食、あの胃袋の相手をするのは」
「5食です…」
白玉桜の支出に占める食費の割合及び、この半人半霊の苦労はもはや説明の必要はないだろう。
背後で泣き崩れる従者を振り返ることもなく、幽々子は呆然とするミスティアに声をかける。
「さあ、次は…メインディッシュね」
「うひいぃっ!?」
鳥頭のミスティアも、幽々子の言わんとするところは理解できた。
すなわち、次の獲物は――自分。
「うふふ…お肉が柔らかそうね。ちょうど食べごろかしら」
「やめてー!!わ、わたしは食べてもおいしくないよー!!」
背中を見せて逃げ回るミスティア。
しかし、幽々子はその先に回りこむ。
「逃がさないわよ~」
「ぎゃあああああ!?」
「大丈夫…やさしく食べてあげるから…お姉さんにまかせて、ね?」
「やさしくない!食べるとか言う時点で全くやさしくない!!」
幽々子の腕はミスティアの腰に回され、指ががっちりロックされた。
哀れなミスティアにもはや逃げ場はない。
「それじゃ、いただきま~、す…!?」
「ふえぇ…あれ?」
頭からミスティアにかぶりつこうとした幽々子が、突然その動きを止めた。
「やっ…な、なに、これ…」
ミスティアから手を離し、幽々子は腹を押さえる。
どこか痛いのか、その顔は苦しそうにゆがんでいる。
「よ…よかった。やっと…効いてきたみたいね」
一方自由になったミスティアは、一息ついて意味ありげな言葉を吐く。
「ど どうしたの幽々子ーっ!?」
「きゅ 急に腹を押さえてうずくまっちまったぞー!!」
例によって驚きつつ思わず解説する霊夢と魔理沙。
「幽々子様…!?」
さすがの妖夢もこの事態だけは予想できなかったようだ。
「まさか…あの幽々子が!」
「幽々子様が…ドリアを皮をむかずに食べ、アナコンダの身体を内側から食い尽くし、
ハサミに本棚、石灯籠に蓬莱人形、ダルマストーブに果てはお寺の釣鐘まで食っても顔色一つ変えなかった幽々子様が…お腹を痛めるなんて!!」
「いや、普段から何食べてんのよ…」
「ててててゆーか明らかに食べちゃまずいもんが混じってるでしょー!どうりで最近見ないと思ってたのよー!」
呆れて物も言えない咲夜、錯乱するアリス。
「あの鳥娘…なにやら仕組んでたみたいね」
「そうね、でなきゃ幽々子があんなことになるなんて考えられないわ」
この場で一番冷静に状況を判断しているレミリアと紫。
「ああああああホライホライわたしのかわいいホライ…幽々子のばかー!!返せぇぇぇぇぇ!!」
アリスは錯乱し続けている。
「あなた…何を…」
「ふふ、お腹が痛い?そうね、それも当然の話!その痛みは…夜雀たちの怨念よ!」
「怨念…?」
未だに苦悶の表情を浮かべる幽々子に対し、ミスティアは得意気に告げる。
「そう…あんたに食われた鳥達のね」
「どう…いう…こと…ううっ」
「あはは、痛い?そうよ、でもあのコ達はもっと痛かったんだからね」
幽々子を見下ろしつつ、話し始める。
「あんたのお腹ん中では今、夜雀たちの小骨が暴れ狂ってるのさ」
「小骨…?」
幽々子は信じられない、と言う顔をした。
馬鹿な。自分の胃は、マンモスの化石さえ消化出来るのだ。
夜雀程度の、しかもよく噛んで飲み込んだ小骨がささるはずなど――
「ちゃんと噛んで食べたのに、って?甘いわね」
「いい?あんたが食べたのは、そこらを飛んでる普通の雀じゃあない。姿かたちこそ普通だが、
霊力のある、れっきとした妖怪鳥なの。彼らは死に際――特に敵に食われるときに、
相手への怨念によって最後の抵抗をするのさ」
「最後の…抵抗?」
「そう。彼らは、肉体を失った魂の力を総動員して、自分達の肉体の一部を蘇らせることができる。
力を使い果たした魂は、そこで消滅してしまうけどね」
「その…いち、ぶ、が」
「そう、あんたの腹にチクチク刺さってる小骨。一度に100羽以上も食べたんだから、小骨の量もそれぐらいね。
普通の人間なら痛みでショック死する量なんだけど。あんたもう死んじゃってるんだっけ?」
なんと、幽々子の腹を痛めているのは、一度は完全に消化された夜雀の小骨であった。
理不尽な死を迎えた妖怪鳥達の、捕食者への最後の抵抗手段。
「己の命と引き換えに、怨念の力によって発現する能力…名づけて!」
ミスティアはビシッ!と指を幽々子に突きつけた。
「大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)!」
「な なんだってー!?大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)!?」
「なんて強引な当て字なのー!?」
思わずそのネーミングはどうよと言わんばかりに驚く魔女と巫女。
「むう…まさかあんな夜雀風情があの術を体得しているなんて…」
「し 知っているのか妖夢ー!?」
大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)…
和洋中華あらゆる料理において 鳥の骨を腹に入れることは
大変危険なこととされている
鳥の骨は 魚のそれよりも太く 硬いため
そのまま食べてしまえば 胃をはじめとする消化管壁に刺さる危険があるからである
これに目をつけたのが 鳥から変化した妖怪たちの聖地と呼ばれる
餓鬼憑火寺(がきつかじ)・五代目大僧正、充 師茉(じゅう しまつ)である
彼は鳥が捕食者に襲われ 哀れにも食べられてしまったとき
力の弱い妖鳥の最後の抵抗として この術を編み出した
これは前述したように 硬く鋭い鳥の小骨を 敵の胃壁に突き刺し
内側から相手に苦痛を与え そのまま消化器系を破壊し 死に至らしめる恐るべき術である
食べられて消化されてしまった鳥は 捕食者に対する死の間際の怨念によって
噛み砕かれた小骨を 相手の腹の中で再びこの世に顕現させるのである
この術を体得できたのは 数ある鳥妖怪の中でも ごく一部の上級妖怪だけであり
さらにその発現には 食われた相手に対する強い怨念がなければ 小骨を蘇らせることはできず
術を完全に成功させられる例は 実に稀であったと言われる
ちなみに 近年イタリアのあるギャング団の抗争中にこれと似たような超能力を使うものを見たというが
この噂あるいは都市伝説と この術との関連は 明らかではない
武輪流魔法書院刊 『怪鳥 鳥耕作~第5部 黄金のやらないか~』より
「どう亡霊?わたしら鳥を馬鹿にすると、こうなるんだからね!」
「くっ…」
「そして、わたしがあのコ達にした命令を覚えてるかしら?」
「『そこの石に手をついて』…だった、かしら、ね」
「んなこと一言も言ってねえだろ!何その混浴温泉で2人きりの新婚夫婦の会話」
「…たくましい想像力ね」
発言の余裕と裏腹に、幽々子の顔は未だ苦痛にゆがんでいる。
「わたしの命令は…『穴だらけにしちゃえ』よ!今からあんたは」
「!?」
「何百本もの小骨に内側から刺されて…穴だらけになっちゃえ!!」
ミスティアの言葉に呼応するかのように、幽々子の腹の中で何かが蠢く。
「ぐっ…く」
「食い意地が張った罰よ!いますぐ泣いて謝ったらゆるしてあげなくもない」
「くっ…く、うう…」
「さあどうなの!?」
「くく…うっく…」
「痛くて言葉も出ないみたいね~♪」
「くく…くくく…うふ、うふふふ」
勝利を確信し鼻歌を歌っていたミスティアは、幽々子が笑っていることに気付く。
「な、何がおかしいのよ!内側から攻めるこの術から逃げられるわけ…」
「うふふ、そうね。普段のわたしだったら危なかったわ」
「何!?そんな…小骨は!?」
「今見せてあげるわ」
幽々子は自分の腹をぽん、と軽く叩く。
と、何かが腹の中でもぞり、と動いた。
「な…何!?あれは…小骨じゃ、ない…」
腹の中にあった「なにか」は、幽々子の身体を上に登っているようだった。
胃から食道、さらに口腔内へと――そして。
にゅる
という音とともに、幽々子の口の中から何かがまろび出た。
「……(魔理沙)」
「……(霊夢)」
「……(紫)」
「……(咲夜)」
「……(レミリア)」
「……(アリス)」
「……(妖夢)」
辺りを静寂が包んだ。
ちなみに咲夜は時を止めていない。
「……(ミスティア)」
幽々子を除く全員が、見た。
彼女の口元からはみ出している、
小さな、
人間の、
手を。
「ぎ…」
『ぎゃあああああああああああっ!!!!』
「てててってて、手が!!口から、小さな子供の手がぁ!!」
「子供と言うよりあの大きさは胎j」
「それ以上言うなー!!」
「ななななに!?あれは一体何ーっ!!!」
「夢…そう、これはきっと夢よアハハ」
「お、お嬢様ー!?お気を確かにー!!」
「わたし、あの子の友達やめようかな…」
「ああっ紫様!!それはあんまりですー!!」
一同はパニックに陥る。
中には人間を食べて生きてるような者もいるのだが、さすがに腹の中から人間が「出てくる」ような光景は見ていて気分の良いものではない。
それはミスティアも同じだった。
「ああああんた、い、一体何をしたの…」
「べふにー」
口の中に物を詰め込み、頬を膨らませた幽々子が答える。
その拍子に、口からはみ出していた手がさらに外に出た。
「うひいい!?」
再び驚くミスティア。
「…イ」
そして、幽々子の口の中から彼女のものとは違う声が、ほんのかすかにだが、聞こえた。
「もごほもぼほにべはばっへむみはみめ」
「な…なにを言ってるのかわかんないわよ!」
全身に走る悪寒を必死で抑え、幽々子に対峙するミスティア。
「…ーイ」
「はひはひ、ちょっと待ってね」
謎の声は先ほどよりはっきり響いた。
そして、その声に聞き覚えのある人物が一人。
「え…?」
「ど…どうしたアリス?」
なんとかパニック状態を脱した魔理沙が尋ねる。
「うそ…そんな、だって…」
半信半疑、といった表情で、幽々子を見つめる。
「…ラーイ」
「あなたなの…?」
謎の声は今や、誰の耳にも鮮明に聞こえるほどになっていた。
その発生源と思しき小さな手も、幽々子の口から出ようともがいている。
「…ホラーイ」
「やっぱり…やっぱりそうだ…」
「お、おいアリス!」
アリスはある確信とともに、幽々子に駆け寄る。
「ホライ!!あなたなんでしょ!?わたしの蓬莱人形!生きてたのね!!」
「シャンハーイ!!」
アリスと、彼女が連れていた上海人形(いつからいた?最初からいたのだ。喋んなかっただけ)は、
今や肩の辺りまで見えている人形の腕に向かって話しかける。
「あ…あの…」
「いひからあなたはちょっと黙ってなさい。もがもが」
「あ、はい…」
またも放置プレイを食らうミスティアの横で、今、感動の再会が繰り広げられていた。
「…なんで蓬莱人形が幽々子の口の中から出て来るんだ?」
「さあ。さっき食べたとか言ってたけど…」
遠巻きにしてアリスと人形達の再会劇を見守る面々。
必死で幽々子の口の中へ呼びかけるアリスと上海。
そして外の世界へ這い出そうとする蓬莱。
当人達は真剣なのだろうが、端で見ているとかなり前衛的な光景だ。
「…なんであれだけ消化されてないんだ?」
「さあ」
そして今、哀れな人形は恐ろしい亡霊の口の中から解き放たれ、愛する主人と対面する瞬間を迎えようとしていた。
「さあ…わたしの蓬莱…」
両手を広げ、蓬莱を受け止めようとするアリス。
「ホラーイ…」
ずるり
ずるり
一歩一歩、外界へ向かって這って来る蓬莱人形。
(うわ…)
横で見ていたミスティアは、幽々子の口から這い出す人形をじっと見ていたが、
(キモイって!この再会は感動以前にキモイから!)
ぶっちゃけドン引きだった。
蓬莱の両手が外に出、つづいて顔が――
「ホライ、その可愛いお顔を見せて――って」
「シャンハーイ…ッテ」
2人(1人と1体)の顔が引きつった。
「ホラーイ」
(うげ…)
ミスティアの顔も引きつった。
先に説明しておこう。
幽々子は実は、ミスティアが使った「大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)」のことを知っていた。
よって、いつか自分が鳥を食べる際、この術を使われたときのための備えとして、腹の中に使い魔を飼うことにしたのである。
そのことを考え付いたとき、偶然近くを飛んでいた蓬莱人形が、ちょうどいい大きさで出来も精巧だったため、
まあ、つまり、丸呑みした。
その後、蓬莱人形は幽々子の胃の中に留まり、来るべき日に備え眠っていた。
その間に、なぜ蓬莱は消化されなかったのか?
一言で言えば、
幽々子の胃は自由自在だから…ということになろうか。
「なんでも消化できると言うことは、なんでも消化せずにいられるのよ」
以前、幽々子はそんなことを庭師にこぼしていたらしいが、その能力の詳細はよくわかっていない。
とにかく、蓬莱人形は幽々子の腹の中で生きていたのである。
が、何だかんだ言ってそこは西行寺幽々子の腹の中。
全く無傷、どこも消化されずそのまんまなんて話は、虫が良すぎるわけで。
「ほ、ホライの顔が…顔その他色々も…」
「シャンハーイ…」
愕然とするアリス&上海。
「と…と…」
「溶けてんじゃねえかあっ!!」
そう、鉄をも溶かす幽々子の胃液に触れて、人形が無事でいられるはずがない。
蓬莱人形は全身ところどころが溶解され、衣服はボロボロ、身体はドロドロ、その姿はまさに
「呪詛『死霊のゾンビ人形』って感じね」
「溶かした本人が言うなー!!」
マイケル・ジャクソンの後ろで踊ってそうな見掛けになってしまった蓬莱人形は、上海人形と抱き合って再会を喜び合っている。
上海の体が小刻みに震えているのは、嬉しくて泣いているからだ。うんきっとそうだ。
「うう…帰ったら修理したげないと…」
泣きながら蓬莱を回収するアリス。
さて、とりあえず一連の騒ぎが収まったところで。
「ってちょっと待て!わたしの鳥達の小骨はどうなったのよ!!」
「ああ、あれ?」
涼しい顔の幽々子。
「まあ、上に説明もあるとおり、あのコのお陰で助かったわ」
「どういうこと!?あれだけの骨を…」
「それはね…アリス」
「何よ?」
幽々子の胃液にまみれた蓬莱の身体を拭いていたアリスが振り向く。
「ちょっとその子の背中を叩いてみて」
「はあ…もう、一体何なのよ…」
アリスはしぶしぶ言われたとおりにする。
「ホ…」
不意に、蓬莱人形の様子がおかしくなった。
「蓬莱?どうしたの?」
「ホラアアアアアアアアアイ!!!!」
この後の光景は、後日、その場にいた全員の夢の中で鮮明にリプレイされ、それぞれに最悪の目覚めを提供したと言う。
アリスの腕の中に抱かれた蓬莱は、突然口をあけたかと思うと、
その口の中から、
山のような量の、
鳥の小骨を、
吐き出した。
おお神よ、あなたはなぜ我々にこのような光景を見せたもうか。
全身がドロドロに溶け、かろうじて原形を保っている人形の口から、滝のように吐き出される、骨、骨、骨。
どこにこんなに入っていたと言わんばかりの量であった。
「ホラアアアアアアアアアイ!!ホラホラホラアアアアアアアアアイ!!」
上海人形は空中で痙攣し、今にも墜落しそうになっている。
周囲で見ている者達(幽々子以外)は必死の表情で目をつぶり、耳をふさいでいる。
そしてアリスは。
絶叫しながら骨を吐き続ける蓬莱人形を抱えたアリスは、ショックのあまり意識が飛んだ。
幻想と現実の境界を飛び越え、心を閉ざしてしまったのだ。
そしてちょっとでも蓬莱のことを考えると、今この場で起こっている地獄のような光景を思い出すので、
――そのうちアリスは、考えるのをやめた。
アリス・マーガトロイド 死亡確認
「あ、あの…」
「何かしら?」
蓬莱が最後の一本を吐き出すまで、1人涼しい顔をしていた幽々子に、顔面蒼白のミスティアが話しかけた。
「ちょっと今日、気分が優れないので…帰っていいですかね?」
「あら、大丈夫?お母さんに迎えに来てもらう?」
「あ、それはいいです。家まで飛んで行くくらいはできるんで」
「そう…それじゃ、お大事にね」
「はい。どうも、ご迷惑おかけしました」
「いやいや」
STAGE2 BOSS ミスティア・ローレライ 早退
TRY NEXT STAGE→
「で、とりあえずここまで来たわけだが…」
「そうね…にしても」
霊夢たちは、人里のちょうど真上辺りに差し掛かっていた。
しかし、なにやら様子がおかしい。
いくら異変が起こっているとはいえ、人間達の姿はおろか、集落の影すら見えないのである。
「なんで誰もいないの?」
「夜が終わらないのにビビッて、どっかに隠れてんじゃないか?」
「家ごと?いや、そんなもんじゃないわ。村一つ分、消えてるなんて…」
「おい…その前に…一つ聞かせてくれないか」
霊夢と魔理沙は、それまで一団の中になかった声に振り返る。
「なんでわたしが…この人形使いを背負ってなきゃいけないんだ!」
声の主は、精神崩壊したアリスを背負っていた。
二股に分かれたトンガリ帽子に、豊かな毛並みを誇る9本の尻尾。
紫の式、八雲藍であった。
「仕方ないじゃない藍。色々あったのよ、彼女も」
「だから何故わたしがそれを運ばなきゃいけないんですか~!」
ミスティアが去った後、藍は紫によってスキマから急遽呼び出された。
そしてここまで、瞳から光が消えたアリスをおんぶしてここまで飛んできたのである。
「わたし達は度重なる戦闘で疲弊してるのよ。ボス級の妖怪と戦ったものもいるし、雑魚を相手にするのも骨が折れるわ」
そういう紫自身は、雑魚との戦闘すら他人任せで何もしていないのだが。
「わかりましたよ…こいつが目を覚ましたら帰りますからね!」
「助かるわ~」
その光景を見ながら、ひそひそと話す魔理沙、霊夢、レミリア。
(…そもそもアリスを置いて行くっていう選択肢はなかったのか?)
(いや、さすがに出番があれだけってのは不憫でしょう)
(わたしは今のところそのアリスより影が薄い気がするんだけど)
人里上空、相変わらず賑やかな少女達。
そこに、例によって行く手をふさぐ強敵が現れる。
「動くな妖怪ども!人間達には指一本触れさせん!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE3 歴史喰いの懐郷!!の巻
その少女は、奇妙に人目を引いた。
青と白の二色が織り成す長く美しい髪。
濃い青色が気品と落ち着きを感じさせる、裾の広いワンピース。
意志の強そうな、それでいて理知的な視線。
しかし、それら少女を彩る要素の何より、人目を引くのは、
「あのさ」
「何?」
「あいつの帽子…」
「しっ 聞こえるわよ…」
頭の上の弁当b…帽子であった。
かぶる、と言うより乗せていると言うべき、背が高く径の小さな帽子。
そして、少女はここまで飛んできたわけだが、どういうわけかその帽子は落ちるどころかズレもしない。
ゴムや紐でとめている様子もない。
「何を人の頭をじろじろ見ている!この帽子がおかしいか!?」
少女は高圧的な声を放つ。
そして、その声を受けた霊夢達は
(((((((((おかしいです)))))))))
心の声で綺麗なユニゾンを形成するのだった。
それはともかく。
「この終わらない夜の原因は貴様らだな!?」
「…またか」
少女の敵意に満ちた視線と口調で薄々気付いてはいたが、やはりこの異常な夜に対し過敏になっている者のようだ。
この少女――人間だろうか――は月を隠した者とはおそらく関わりがないだろう。
霊夢はもう無駄な時間を過ごしたくなかったので、友好的に話しかける。
「そう、夜をとめているのはわたし達。だけどk」
「やはりそうか!妖怪の跋扈する夜を長引かせ、人間を襲う気だな!」
「ちょ、ちが」
「言い訳など聞かん!言い訳をするものは罪を認めたものだ!!」
「うわ、完全に聞く耳なし…」
「てゆーか、それはわたしの台詞だった気がするんだけど」
ぼそりとつぶやく幽々子。
「この異常な夜と、貴様ら妖怪から、わたしが人間を守る!」
少女はもはや霊夢達を完全に敵とみなした。
まあ、こんな異常な夜に、巨大な妖気を放つ妖怪や亡霊や人間やそれらが混じったのやらが集団になって飛んでいたら、誰でも警戒するだろう。
(それにしたってもうちょっと話を聞いてくれてもいいのに。そもそもわたしも人間なんだけど)
思わずため息が出そうになる。どうやらまた足止めを食らうことになりそうだ。
霊夢は今度こそ自分の手でさっさと相手を追い払おうかと思ったとき、
「やれやれだ、融通の利かないやつってのはホントに困るぜ」
そう言って一同の中から進み出たのは、お馴染み普通の黒魔術少女、霧雨魔理沙。
「おい、そこの人間っぽいの」
「なんだ」
「いちいち事情を説明するのは無駄みたいだな。だから省く」
「何が言いたい!?」
「言いたいことは一つさ。『わたしらの邪魔すんな。痛い目にあいたくなきゃそこをどけ!』おっとこれじゃ二つか?」
不敵な笑みを浮かべながら、少女と退治する魔理沙。
この時点で、目の前の敵に応対する者が決まったことを、仲間全員が理解する。
(はあ…なんか魔理沙までかっこよく決めてるし。つまり今度はわたしが1人で驚き&解説役なのね)
ついでに霊夢は、この物語における自分の役割も薄々理解し始めていた。
「ふん…本来なら里を隠した時点でわたしの仕事は終わりなんだがな。まあいい、お相手しよう」
「あー、やっぱ人里がなくなったのはお前のせいか」
苦笑する魔理沙。どうやら悪人ではない様だ。
が、どうあってもこちらの邪魔をするという姿勢は…いただけない。
口で言ってわからないなら、パワーでねじ伏せるしかない。
そう、弾幕はパワー。それが魔理沙の信条。
この話弾幕のだの字も出てこねえじゃねえかとか突っ込まないように。
「わたしの名は上白沢慧音。こんないかれた夜など――」
「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。こんないかした夜だから――」
少女―慧音と魔理沙の間で、空気が張り詰める。戦いの始まりの合図。
「なかったことにしてくれる!」
「朝になるまで動いてやるぜ!」
始まった。
例によって少し離れたところから仲間の戦いを見守る少女達。
「魔理沙、大丈夫かしらね」
「心配ないわ。なんだかんだ言って、ここにいる全員があの子の魔砲の恐ろしさを知ってる」
不安げな霊夢の肩に手を置き、微笑む紫。
「毎度毎度、館の壁に穴開けていくのはやめてほしいけど。直すほうの立場も考えてほしいわ」
「あら、いいじゃない?壁一枚でフランの遊び相手になってくれるんなら、安いもんよ」
紅魔館の住人達にとって、魔理沙は最も頻繁に館を訪れる客である。
そして、ある意味では魔理沙ともっとも身近な人物(人でないが)、ご近所さんの彼女は、
「キィィィィィ!骨が、骨が襲ってきましゅう!!溶けた骨略してトケホネが、窓を叩く音だdあだrだポオオオオオオオオ!!」
「わあっ!こ、こら暴れるな!!妖夢、ちょっと手伝って…」
「は、はい!」
「あらあら、トラウマ抱えちゃってるわね~」
「「トラウマ植えつけた張本人が何を言いますか幽々子様ァ!!」」
未だに現実に戻ってこれないでいた。
朝になるまで動いてやる、の言葉通り、魔理沙は縦横無尽に飛び回り、慧音を翻弄する。
慧音はスペルカードを発動する暇も与えられず、矢継ぎ早に飛んでくるマジックミサイルを回避するので手一杯だった。
「どうした!逃げてばっかじゃ勝負になんないぜ!」
「くっ…」
魔理沙は常に慧音の背後に回りこむように移動して攻撃している。
戦闘においてごく基本的な手段であるが、幻想郷で2番目の超高速でこれをやられると、かなり辛い。
既に慧音の身体はあちこちにミサイルのかすった痕があり、血が滲んでいる箇所もいくつかある。
このままの流れで進めば、勝負は間違いなく魔理沙の圧倒的な勝利で終わるだろう。
「へっ、なんか手応えのない相手だったが…まあいいか!急いでるんでな!」
勝利を確信した魔理沙は、懐からミニ八卦炉を取り出す。
「なんか、威勢よく登場した割に、あっけなかったわね、あの人間」
「ふふふ…しつこいようだけど甘いわね霊夢」
「何よ?」
相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべる紫。
「これだけ甘いと、ホントに食べちゃいたくなるわね。舐めていい?」
「いろんな意味でお断りね。で、今度は何?」
「そうねえ、まずあの子は人間じゃないわ。…まあ、半分は人間だけど」
「半分だけ?何それ、妖夢みたいな?」
霊夢は暴れるアリスを、藍と2人がかりで抑えつけている庭師を見やる。
「そう。妖夢は半人半霊だけど、あの子は半分が獣――ハクタクという妖怪ね」
「ふーん。でも、それが勝負と何の関係があるのよ?」
「ハクタクは歴史に干渉する力を持つ。里が見えなくなったのもあの子が人里の歴史を食べたせいね」
「歴史…?」
「そう、それは弾幕の1つや2つで覆せる力じゃない。あの慧音って子がその力をまだ温存しているとしたら…」
紫は八卦炉に魔力を込めている魔理沙に目を向ける。
「この勝負、わからないわ」
「そんな…」
霊夢は不安に駆られた目で魔理沙を見つめた。
「おい、そこの…慧音、つったか?」
「何だ」
「もう勝敗は見えただろう?手荒なまねはしたくない。降参しろ」
「馬鹿なことを言うな。わたしは一歩も退かん」
慧音の身体には先ほどよりもさらに傷が増えていた。
未だその目は強い意思をたたえて輝くが、疲労の色が濃いのも事実。
対する魔理沙は、ほとんど傷を負っていない。
戦力の差は歴然に見えた。
「そうかい…だったら!」
ミニ八卦炉、魔力充填120%。
「わたしが退かせてやる!一度に百歩の大サービスだ!!」
「…来るか!」
「くらってくたばれ!恋符『マスタースパーク』!!」
八卦炉が輝き、強烈な光線が放たれる。
光線は一直線に慧音の方向へ進み、やがて彼女の身体を包み込む。
すでに3戦目にして、この物語で最初の(もしかしたら最後の)スペルカード宣言。
戦闘開始からあまり時間が経っていなかったにもかかわらず、慧音は著しく体力を消耗していた。
その状態で、超広範囲に放たれた魔砲を避けるだけの余裕が、彼女にはなかった。
「あんまし圧勝ってのもつまんないな…おっと、こりゃアリスの考え方か?」
八卦炉をしまう魔理沙。慧音は跡形もなく消え…はしないだろうが、どこかに吹っ飛んでいっただろう。
マスタースパークの威力は仲間の誰もが知るところである。
魔理沙の勝利を疑うものはいなかった。
しかし!
こういう展開ではだいたい敵の逆転劇があるのである!
あ、知ってますか。
『久々にベタベタ展開
こういう状況での逆転劇にマジで驚いてたのが昔の読者なんだよな今の読者は
その後の展開を普通に先読みしちゃうから困る』(H・Rさん)
『全然読めないんだけど
こういうのが少年マンガの王道なのか?
正直魔理沙が勝ったと思っただろ』(S・Tさん)
AA略。
ああいかん、話がそれた。
「魔理沙、大丈夫だったみたいね」
「うーん、ハクタクの力を買いかぶってたかしら?」
自分たちのほうを向いてVサインをする魔理沙を見ながら、紫は首をかしげる。
「いや…違う!志m…じゃない!魔理沙、後ろ!!」
咲夜が指差す先、そこには――
「ああ?後ろに何が…っげ!?」
「ふ…ふふ…捕まえたぞぉ!!」
誰もが己の目を疑った。
メイドが指差した先、そこにあった光景。
驚愕に目を見開く魔女の腰にしがみつく、ボロボロの衣服をまとった半人半獣。
「うそだろおい…マスタースパークの直撃を食らって、なんで生きてんだよ!?」
「気合いだ」
「気合い!?」
よく見ると慧音の身体はところどころ焦げ、綺麗だった長い髪はすすけたり縮れている。
まるでドリフの爆発コントのような有様である。
「くっくっく…ウソだ。見よ!これがお前の魔砲が焼いたものの正体だ!」
そういうと慧音は何か薄いぼろきれのようなものを取り出した。
「こ…これは!?」
「皮だ。わたしのな」
「皮!?」
「そう…貴様の魔砲がわたしに向けられた瞬間、咄嗟に脱ぎ捨てたわたしの外皮!」
確かに、その皮を広げてみると慧音の身体のフォルムに見えなくもない。
「お、おまえ、その…だ、脱皮するのか!?」
「そう!名づけて、ハクタク奥義『SEPE(Skin Peel-off effect:皮革剥離効果)』!」
「な 何ですってー!?」
「むう…あれが世に聞く質量のある残像…」
「し 知っているの藍ー!?」
SEPE(Skin Peel-off effect:皮革剥離効果)…
数あるハクタクの超自然的な力のうち
その奇抜な発想と 斬新な着眼点で知られる奥義
鹿をはじめ 角を持った動物には
成長に伴い 角の表面が脱皮するものがいるが
同様に角を持つハクタクが この脱皮にヒントを得
長い年月をかけた研究と 苛烈な修行の結果
自らの意思で 角はおろか 全身の表皮を脱皮できるようにした
これがSEPEの発祥と言われている
この術は 主に戦闘時 とくにピンチになった時に用いられ
相手の攻撃が当たる瞬間 瞬時に脱皮を行うことで
その場に ある程度の質量と 自分そっくりの形を持った残像を残すのである
相手はその残像を攻撃し 倒したと思い込むので
その隙を突いて 逃げたり 相手を攻撃したりする必殺の奥義である
ハクタクがあらゆる力のリミッターを外す 満月の夜には
この脱皮による残像を いくつも作ることが出来るようになり
まるで分身しているように見えるという
山田閻魔帳文庫刊 『機動先生 ハクタクF91』より
「あれはテンコーの源流とも言われている」
「…あんたも脱皮すんの?」
「するわけないだろう」
「2人ともそんな話をしてる場合じゃないわ。魔理沙がピンチよ」
紫の視線の先、もつれあう2人の少女。
「つ…つまりお前は…分身(のようなもの)してマスタースパークから逃れたと言うのか!?」
「そうだ。満月が不完全なせいで本来の力が発揮できず、少し食らってしまったがな」
こうして不敵な笑みを浮かべる間も、慧音は魔理沙の腰を掴んで離さない。
「このぉ!離せ!!」
「ふ…貴様は今やわたしの術中にはまった!その歴史、食らい尽くしてくれる!」
慧音は満月が偽物であることに気付いていた。
それどころか、実は月を隠した者のことも知っているのである。
しかし、この状況で妖怪がいきり立っている現在、まずは人間を守ることを優先した。
月を隠した犯人も知らない顔ではない。
十分に里の防衛体制を整えた上で、詳細を聞きにいってもいいだろうと考えたのだ。
そこに現れたのが、強力な妖怪を含む一団。
偽の満月では本来の力を引き出すことはできないが、ないよりはマシである。
そして今、慧音の不完全ながらも強力な力が魔理沙を襲おうとしていた。
「さあ、貴様の歴史を頂こうか!」
「や、やめろーっ!」
慧音の目が怪しく輝く。
その瞬間、魔理沙の身体にあてられた慧音の手のひらが鈍い光を放ち始めた。
ジ
ジジ
ジジジ
ジジジジ
ジジジジジジ
奇妙な音。
誰も耳にしたことのない音だった。
しかし、当事者たち――魔理沙と慧音にだけは、この音の正体がわかった。
「く…くく…これが、貴様の、歴史か…」
「ぐあ…な、何…これ」
慧音は、手のひらから魔理沙の歴史を読み取っているのだった。
その音であった。
やがては、同じ場所から「食われる」のだろう。
これが、歴史を操るハクタクの力であった。
ジジジジジジジ
ジジジジジジジジジ
…チーン!
(チーン!?)
自分の歴史が今にも食われそうという抜き差しならない状況にあっても、謎の効果音にツッコまずにいられない魔理沙。
「はっはっは!貴様の歴史は今や全てわたしの手中にある!子供の頃から旧作時代に至るまで、余すところなく!」
「何だって!?きゅ、旧作時代も!?」
自分の中で文字通り黒歴史化していた過去を知られたとあっては、魔理沙もだまってはいられない。
「この野郎、もう一回マスタースパーク食らうか!?」
「おおっと、いいのか?そんなことを言って」
ニヤリと笑う慧音。
「お前の歴史は我が手中にあると言ったろう?」
「だからなんだ!この至近距離なら今度は外さないぞ!」
「ふん、わかってないな。いいか?わたしは歴史を操ることができる。満月が不完全なため、多少は不完全だが…」
鼻先にミニ八卦炉を突きつけられても、慧音は動じない。
「魔理沙!どうしたの!?」
離れて見ていた霊夢たちも、慧音が発するただならぬ雰囲気に気付いた。
「まずい…やはりあの半獣、歴史喰いだったのね…」
「歴史喰い!?」
慄然たる表情で息を呑む紫に詰め寄る霊夢。
「ハクタクは人や場所の歴史を自在に知ることができ、それを『食べる』ことで歴史を消し去ったり、書き換える力を持つ…」
「そんな…それじゃ、魔理沙は、魔理沙の歴史は!?」
当の慧音は、相変わらず魔理沙の腰にしがみついた状態のまま話し続けていた。
「お前の歴史を、わたしは好きなように書き換えることもできる。どうだ、恐れ入ったか?」
「けっ、誰がびびるか!」
啖呵を切る魔理沙。が、その顔には焦燥の色も見て取れる。
歴史を喰う、という得体の知れない能力に自分が捕まったという事実は、少なからず彼女を動揺させていた。
「ふふ、まだわたしの能力の恐ろしさをわかっていないと見える。ならば見るがいい!」
「何!?」
驚く魔理沙から離れると、慧音は――
口の中から紙を吐き出した。
「ってまたこんな展開かよ!」
慧音の口からは、スーパーのレシートのように細い紙が長々と吐き出されていた。
カタカタ…カタカタ…チーン!
「また!?」
謎の効果音とともに、慧音の口から吐き出された紙が切れる。
「ふふふ…見るがいい」
「いや、あんまし…」
慧音は長い紙を魔理沙に差し出す。何か文字が書かれているようだった。
相手の口の中から出てきた紙など、読むどころかあまり触りたくなかったが、魔理沙はしぶしぶそれを受け取る。
「こ…これは…!?」
「そう!見たか、怪しい人間よ!それはわたしがこれから手を加えようとしている貴様の歴史の改訂案の1つ!
己の歴史をそのように書き換えられるのがイヤなら、素直に降参するがいい!!」
魔理沙の手の中にある紙。
それに記された文章は、こんな言葉で始められていた。
「新霧雨魔理沙史~ネクストヒストリー~(パイロット版)」
零歳 魔理沙、誕生
(魔理沙、生まれる)
壱歳 巫女、襲来
(この頃、同い年の博麗霊夢と出会う)
弐歳 見知らぬ、天丼
(何を揚げたものか最後までわからなかったという)
参歳 やらないか、ウホッ
(父親の書斎で見つけた漫画)
四歳 亀、逃げ出した後
(玄爺はこのとき自暴自棄になっていたらしい。理由不明)
伍歳 レイム、心のバフンウニ
(トゲトゲしていた)
六歳 決戦、第3博麗神社
(魔理沙、はじめての弾幕ごっこ。霊夢にコテンパンにやられる)
七歳 腋で造りしもの
(魔理沙、霊夢が持ってきた野菜がどこで栽培されたかを聞き大いに驚く)
八歳 アリス、来日
(実は魔理沙とアリスはこのとき既に出会っていた!後に裏山の木の下で再会した二人は、
太陽の泉を守るためにプリキュ(以下検閲削除))
九歳 ビン・カン、ペットボトル、まとめて
(魔理沙、ゴミを出す)
拾歳 スキマダイバー
(魔理沙、スキマに落っこちて突如1945年1月のポーランドに出現。
バルト海にミニ八卦炉を隠し、同年ベルリン攻防戦に参加。5月7日、
ノルラント師団を離れ、フランスへ。そしてバルト海の中で眠りにつく)
拾壱歳 分離した神のアホ毛
(たくましいなw)
拾弐歳 お金で買えない価値は
(買える物はマスタースパーク)
拾参歳 魔理沙、弟子入り
(悪霊・魅魔と出会い、魔法を学ぶようになる)
拾四歳 ルーミア、魂の座
(それはほおずきみたいに紅かった)
拾伍歳 巫女と人形師
(魔理沙、この年にして修羅場を経験)
拾六歳 死を操る霊、そして
(魔理沙、幽々子に食われる)
拾七歳 四人目の魔理沙
(赤毛魔理沙、白魔理沙、黒白魔理沙に続き、金色の着物を着てチョンマゲを結った『暴れん坊魔理沙』が登場)
拾八歳 靴下の洗濯を
(手洗いで紫の靴下を洗っていた橙が昏睡状態に陥り、大騒ぎに)
拾九歳 漢の戦い
(香霖堂店主、逮捕される)
弐拾歳 瀟洒のかたち 胸のかたち
(魔理沙、ここにきてようやく紅魔館のメイド長の胸の大きさが日によって違うことに気付く)
弐拾壱歳 レティ、誕生
(文字通り幻想郷の大地を揺るがす真の黒幕)
弐拾弐歳 せめて、式神らしく
(魔理沙、テンコーに興味を持ち始める)
弐拾参歳 褌
(香霖堂店主、再逮捕)
弐拾四歳 最後のシ書
(度重なる魔理沙の蔵書強奪に業を煮やしたパチュリー、頼りにならない司書の小悪魔をクビに)
弐拾伍歳 潰れる屋台
(魔理沙、夜雀の屋台で酒を呑んで大暴れ。店主ともどもマスタースパークで灰に)
弐拾六歳 幻想郷の中心でシンジツを叫んだ門番
(己の命を犠牲にしてでもメイド長の真実を僕達に伝えた紅美鈴。僕達は彼女の勇気を決して忘れない)
弐拾七歳 Mima
(魅魔目覚める。地球時2187年。再び宇宙へ)
弐拾八歳 政所を、北に
(魔理沙、天下統一を果たし太閤となる。同年結婚。娘『チルノ』生まれる。
そしてまた人類は新たな進化を始めていく…)
「って、何じゃこりゃあああああああ!?」
「歴史だ。お前のな」
「意味わかんないし!そもそも亀とかアホ毛とかわたしに関係ないし!こーりん捕まってるし!
なんかサンバとか踊ってそうなのいるし!チルノがわたしの娘だし!こーりんまた捕まってるし!
てゆーかこの他色々とツッコミどころ満載だし!」
一気にまくし立てる魔理沙。
そんな魔理沙を見ても、慧音は眉一つ動かさない。
「わたしがちょっと能力を使うだけで、そのツッコミどころ満載の歴史がおまえの人生そのものとなるのだ」
「冗談じゃない!しかもなんで十年以上先まで決まってんだ!!」
「くくく…どうだ、恐ろしいか?おとなしく家に帰ればこの歴史はなかったことにしてやるぞ」
実際には、慧音の能力では魔理沙の未来までも決めることはできない。
歴史とはあくまで「あったこと」であるからだ。
よって、上記の歴史の(ピー)歳以降はハッタリのでたらめである。
しかし、このハッタリも、気が動転している魔理沙には見破れない。
「ちくしょう…」
「おまえ…魔理沙、とか言ったか?なあ…魔理沙よ」
慧音はこう言いながら魔理沙に近づくと、耳元に口を寄せた。
「お前の仲間に向かって『帰ろう』と言え…」
「!?」
仲間達の目には、明らかに魔理沙の劣勢が写っていた。
「魔理沙…一体どうしたのよ!!大丈夫!?」
「やはり…歴史に対しての干渉を受けているのね」
声を荒げる霊夢、歯噛みする紫。
「お嬢様の力で、魔理沙の歴史を修復できないのですか?」
「それは無理よ咲夜。わたしが操るのは運命、言わば現在と未来…対して、
あの半獣が操る歴史は過去。どうにもならないわ」
悔しそうに告げるレミリア。
そんな彼女に、霊夢は食って掛かる。
「そんな…それじゃ、魔理沙は…歴史を書き換えられた魔理沙はどうなっちゃうの!?」
「わからない。ただひとつ言えること…それは」
「それは!?」
「歴史が変わってしまえば…そこにはもう、今のわたしたちが知っている魔理沙はいない…」
レミリアは思わず目を伏せながら、霊夢に言葉を返す。
「うそ…そんな、ことって…魔理沙!!」
絶望的なほど静まり返った夜空に、巫女の悲痛な叫び声が響く。
「『わたしの負けだ。帰ろう』って叫べ…おまえの歴史はそのままの形で残してある。
先ほども言ったが、おとなしく降参すれば何もしない。お前の歴史が変われば、
今の人格そのものも大きく変わる可能性がある。仲間が悲しむんじゃないか?」
「くっ…」
魔理沙は至近距離にいる慧音に対し、打つ手がないまま唇を噛む。
もしも歴史が変わってしまえば、自分はどうなってしまうのだろう。
今まで生きてきた思い出や経験の全てが、失われてしまうのだろうか。
そして、先ほどの歴史改訂案の中には、自分と親しい者達の名もあった。
彼女達――かけがえのない仲間達に対する想いすら、消えてしまうのか。
嫌だった。
自分が変わってしまうことより、彼女達を今と同じように感じられなくなる、それがたまらなく嫌だった。
ついさっき、自分の名を叫ぶ声を聞いた。
霊夢の声だった。
とても不安げに、必死で「魔理沙!!」と叫んでいた。
それは、今ここにいる自分の名だ。
生まれてから、今この瞬間に至るまで、1分1秒たりとも逃さずに生きてきた、自分の名だ。
誰のものでもない、自分だけの歴史。それを象徴する言葉だ。
その言葉を叫ぶ彼女もまた、魔理沙の歴史の一部だった。
大切な友達。
自惚れでなく、自分を心配してくれていることがわかる。
たったひとつでも欠けてはならない、己の人生の大切なひとかけら。
それらを全部、まるごと投げ出すなど、どうしてできよう。
「こ…このまま引き下がれば…後ろを向いて退却すれば…」
考えろ、霧雨魔理沙。おまえの守りたいものとはなんだ?
「ほんとに…わたしの歴史…は…返してくれるのか?」
「ああ。約束する」
慧音は澄んだ目をしていた。
嘘をついている目ではない。
「わたしは人間を傷つけたくはない…降参してくれ。頼む」
慧音は魔理沙の正面に立つと、頭を下げる。
(やれやれ…悪いやつじゃないみたいだな。こんな状況じゃなきゃ、仲良く慣れたかもな)
深くお辞儀した慧音の頭を見つめながら、魔理沙は思う。
これだけ頭を傾けても落ちない帽子のことが気になったが、まあそれは置いといて。
「おい…頭を上げてくれ」
わかったよ、霊夢。みんな。
ま…とりあえず、先に謝っとくぜ。
「最後にもう一回確認だ。ホントにわたしの歴史を返してくれるんだな?」
「わたしは嘘はつかん」
「そうか…だが断る!」
「何!?」
もはや完全に魔理沙の降伏を確信していた慧音の顔が、驚愕に強張る。
「この霧雨魔理沙が最も好きなことの一つは、変な帽子かぶってるやつに『NO』と断ってやることだ!」
悪いなみんな。
心配してくれるのは嬉しいが、わたしらには目的があるだろ?
「へ…変な帽子!?帽子は関係ないだろう!傷ついた、先生深く傷ついた!」
そして涙目の慧音先生。ちょっとかわいい。
「…本人もちょっと気にしてたみたいね」
「まあ、お辞儀のシーンでツッコまなかった魔理沙もよく堪えたわ」
「あの、そんなこと言ってる場合では…魔理沙の歴史は」
1人冷静、と見えて、次は自分の帽子にツッコミが入らないか不安で仕方ない藍。
「許さないからね!おまえの歴史を完璧メチャクチャに書き換えてやるんだから!」
「なんかキャラ違くない?帽子の話はそんなにタブーだったのかよ…」
再びピンチに陥る魔理沙。
慧音はえぐえぐ泣きながら魔理沙を指差す。
「もこたんもかわいいって言ってくれたのに!」
「誰だよそれ…」
魔理沙は呆れ顔の裏で、慧音の周囲に巨大な力が満ちていくのを感じていた。
(やれやれだ…かっこつけて窮地に舞い戻ったんじゃ世話ねえぜ)
頭の中で現在の状況を整理。
現在、慧音と自分は約3メートルの間隔を置いて空中で対峙。
自分の歴史は「食われ」て慧音の手中にある。
自分にダメージはない。
相手のダメージはやや深刻。
(さあて…)
もう一発マスタースパークを直撃させれば、問答無用で相手を吹っ飛ばせる。
が、八卦炉に魔力を込めている間に歴史攻撃を食らうだろう。
その他のスペルも似たような理由で無理。
かといって、生半可な通常弾では、先ほどの質量のある残像とやらでかわされる。
ブレイジングスター…近すぎ。ダメ。
打つ手無しか。
(こんな歴史になっちまうのか…笑うに笑えないな)
慧音に渡された紙を見る。
そこには…
(ああ、魅魔さまんとこは変わんないのか)
(魅魔さまね…)
(魅魔さま…)
そうか。
あったぜ。
打つ手が。
しかも…おお、おあつらえ向きの相手じゃないか。
「きさまの全てをなかったことに!新しい歴史を置き換える!」
「させねえっ!!」
両手を天に掲げ、高らかに叫ぶ慧音。
対して魔理沙は…一気に慧音との距離をつめた!
「遅い!いまさら接近戦に持ち込んだところで、わたしの能力は止まらん!」
歴史操作能力は、慧音の身体に何が起こっても影響を受けることはない。
それは精神の力。
彼女の集中力が途切れない限り、その力の流れは乱れず、途切れない。
そして、怒りに燃える半獣の心は、どんな痛みにも揺らぐことはない。
しかし魔理沙は、この絶望的状況下で、ニヤリと笑った。
「どうかな」
/////////////////////////////
『魔理沙…ここまでよく頑張ったね』
『もう、あんたに教えることは何もない』
あれは、いつだったか。
『…おおっと、免許皆伝にはまだ速い。教えることが尽きたってだけよ』
『あんたが、わたしの教えたことを、教えたとおりに使えてはじめて、修行は終わるのさ』
懐かしい、声。
あれは誰だ?
考えるまでもない。
「魅魔さま…だけど、どうやって」
『簡単よ』
『あんたがここまで習った魔法で…わたしを倒してみな』
「えっ?魅魔さまを?」
『できるはず。あんたが…わたしの言うことをちゃんと聞いて、真面目に修行してたんならね』
そんな、無茶な。
勝てる気がしなかった。
修行は精一杯、真面目に取り組んできたつもり。
教えられた魔法も、使いこなせている…と思った。
それでも、目の前の女性――魅魔に敵うはずはない。そう感じていた。
『それとも、ここで尻尾巻いて実家に帰るかい?未熟者の半人前、として』
「…っ」
退けなかった。
家を飛び出してきたのは何のためだ?
霧雨家を見返すためだ。
かび臭い伝統やしきたりに自分を縛り付けようとしたた大人たちに、目に物見せてやるためじゃないか。
自分で選び、自分で手に入れた力で。
後一歩だ。
そこで全てを水泡に帰すことなど…できるはずもない。
『ほらあ、遅い遅い!わたしはそんなトロい動きを教えたつもりはないよ!』
「くっ…」
『もう一発!』
「あああっ!!!」
師は、強かった。
何度も自分の魔砲はかわされ、弾幕をすり抜けられた。
反対に、師の攻撃は次々と自分に当たった。
的確に。
そして深く。
『もう終わり!?』
「まだまだぁ!」
『よーし、それでこそ我が弟子!』
本気だったのか、手加減していたのか。
それでも、師が自分を真剣勝負で相手してくれていることが、嬉しかった。
しかし、否、だからこそ、悔しかった。
届かないことが。
追いつけないことが。
「当たらない…!?いや、そんなはずは、ないっ!!」
己の修行の日々。
それが意味を持つことを信じ、弾を放つ。
避けられる。
また弾を放つ。
また避けられる。
その繰り返しだった。
『攻撃が単調になってきたねぇ!そんなんじゃ、毛玉の一つも落とせやしない!!』
『戦いの基本を忘れちまったかい!?』
ああそうだ、戦いの基本。
なんだっけ。
あれ。
ん~と。
あれだ、あれ。「敵の注意をそらす」だっけか。
つってもなあ。
『がむしゃらに撃てばいいってもんじゃない!やれやれ、あんたもまだお子様だったか!』
またお子様って言う。
まあ、久遠の夢の中を生きて(?)きた魅魔さまに比べりゃ、そりゃ子供だけども。
背もそんなに高くないし、その…胸も、あまり、大きいほうでは、ないし。
これこそ魅魔さまと比べられちゃ仕方ない。
魅魔さまと…
『ボーっとしない!』
「わっ」
危ない!
いかんいかん。集中集中。
ボーっとしない。
敵の注意をそらす。
敵は魅魔さま。
わたしはお子様。これは関係ない。
胸は大きくない。いやこれも関係ない。
魅魔さま胸はボーっと注意をそらす。混ぜてどうする。
『避けてみな!』
ん?
(おおっと魅魔さまそいつは随分濃い弾幕)
んと、ちょっと待てよ。
(隙間を見つけろ!そして照準をしぼる!針に糸を通すように…回避!)
隙間えーと、つまりあれが照準こうなってしぼる。回避。
(たとえこの密度でも!魅魔さまの策にはまるとしても!とりあえず今は避けに集中!!)
照準た しぼるとえ注意をそらすでも!魅魔さまボーっとさせ策にその隙に中。
(当たったら終わり!負けたら終わり!全部水の泡!わたしはこの先を…わたしのこの先を見てみたいから…負けない!!)
照準た しぼるとえ注意をそらすでも!魅魔さまボーっとさせ策にその隙に中。考えがループ?
魅魔さま わたしは 見てみたい この先 に 集中意をそらす みた か し も ープ?
(注意をそらせ!)
魅魔さま しは 見てみたい おと、感情が思考に追いついたか。 に 集中意 ら みた か も
そうだ、注意をそらせ。
どうやって?
結論。
思考と感情がシンクロ。情報整理。当然無意識。
結論。
完了。全部無意識。
(これか!?)
これだ。
(いける!?)
さあ。
(…まあいいか)
まあいいさ。
(他にないし)
他にないし。
『よく避けた!さあ、ここからどうする!?』
「魅魔さまぁっ!!」
(近づけ!弾幕を抜けた今なら…)
そう、いける。
(つかめ、勝利を!)
その手に。
///////////////////////////////
「どうもこうもない!そのにやついた笑み、消し去ってくれる!!」
(ここにきて…)
慧音の周囲に、魔力が満ちたのがわかった。
準備完了。
書き換えの準備ができました。
これらのファイルを歴史に書き込みますか?
(魔理沙…)
魔理沙の頭の中。
ささやくのは、あの日の自分だ。
(両手でこう…)
真っ白の頭の中に、修行を終えた日の魔理沙がいた。
その姿が次第に薄れていく。
歴史に触れられている。故に自身の記憶の中の過去も消える。
(牛の乳を搾るように…)
消えかけた過去が、ある手つきをとって示す。
「勝…」
ムニッ
魔理沙は、両手で、つかんだ。
勝った、と言いかけた慧音の――よく発達した、形の良い、胸を。
ぞく
慧音の背筋を戦慄が走りぬける。
遅れて、その数百倍の快らk
[作者脳内会議]
拳法家:こっから先、まずくない?創想話でやんの。
生徒会長:俺もそう思う。ぶっちゃけ表と裏の境界越えてるだろ。
ベーシスト:これ、あれだろ。関係ない人が殴られるやつ。
大学生:そうそう。
ボクサー:カットしたがよくね?
外交官:しよしよ。
拳法家:じゃ、この先700テラバイトほどカットで。
全員:異議なーし。
[脳内会議終了]
(以下↓、お話の続きをお楽しみください)
搾 乳 完 了
「あ…ま、魔理沙、おかえり」
「おう!いやあ、手強い相手だったぜ」
「そ、そう…」
無事に帰ってきた魔理沙を出迎える仲間達は、みな一向に頬を染め、顔を伏せるばかり。
「なんだぁ?みんなして黙り込んで」
そう言って首をかしげる魔理沙の顔は、妙にツヤがよかったとかなんとか。
「うっうっ…妹紅…わたし、汚されちゃった…ううう…ぐすっ」
STAGE3 BOSS 上白沢慧音 死亡確認
(補足説明…まあ、どんな痛みにも耐える慧音先生の精神力は、痛みと逆ベクトルの刺激には弱かったということです。
故に、歴史を操る能力もそれによって乱れてしまったというわけですね。本当に、慧音先生はかわいいですね。)
///////////////////////////////
『魔理沙…』
「み、魅魔、さま…」
『ふふふ…わたしの、負けね…』
「その…だ、大丈夫、ですか…?」
『大丈夫。そんなヤワな鍛え方はしてないよ…っと、あれ?』
「まだ、立たない方が…」
『そうみたいね。…まあ、いいか。このままで』
「…」
『魔理沙、一つだけ、聞いて』
「はい」
『誰があんな戦い方教えたこのバカ弟子があああああ!!!』
「ひっ!!い、いきなり耳元で大声出さないでくださいよ!」
『戦闘中にいきなり人の胸揉んでくるやつが言うなぁああ!!』
「あれしか思いつかなかったんですよう」
『普段どんなこと考えて生きてんのよ…』
「でもまあ実際、それで魅魔さまの注意そらして勝てたし、結果オーライですよね♪」
『笑顔で言うなバカ』
「そういう魅魔さまだって、満更でもない顔してたくせに」
『うぐっ…な、なんのことかしら』
「潤んだ目で『やぁ、らめえ』なんて言っちゃったりして、ホント可愛いんだから」
『う、うるさいうるさいうるさい!弟子のくせにわたしをからかうな!師匠だぞ!偉いんだぞ!!』
「でも、勝っちゃったから今日で卒業だしー」
『な…』
「つーわけで魅魔さま」
『何よ』
「わたしと魅魔さまの間には、もう師弟関係はないってことなわけで」
『そ、それが…どうしたのさ』
「だから…もう、いいですよね」
『ああ。あんたは免許皆伝だよ。ホントに釈然としないけどね』
「違いますよ」
『え?』
「もう、いいんですよね…魅魔さまを…師匠ではなく、1人の女性として見ても!」
『いっ!?』
「ずっと我慢してたんです…魅魔さまの顔、声、髪、身体…いつも、わたしの心を狂わせて…」
『ちょ、ちょっと魔理沙』
「だけど、わたしは必死で自分を抑えてきた…だって、魅魔さまは、わたしの、師匠だったから…
弟子が師匠にそんな感情を抱いちゃいけないって、自分に言い聞かせて…」
『えと、その、あの、話がよく見えなく…』
「でも、もう我慢しなくていいんです!だってわたしは…魅魔さまの弟子を卒業したから!」
ねえ、魅魔さま!!」
『は、はい!?』
「わたしのこと…嫌いですか?」
『そんなわけないだろう。あんたは大切な…』
「じゃあ、好きなんですか!?」
『そりゃ…当然…でも魔理沙、それは弟子としてでねって聞いてる?』
「よかった…わたしも、出会った時からずっと…」
『にゃーっ!だだだ抱きついてくるな!ひ、ひとが足腰立たなくなってるのをいいことに…』
「大丈夫。わたしが、連れて帰ってあげます。魅魔さま…いや」
『な、何?』
「連れて帰ってやるぜ、魅魔…お姫様抱っこでな」
『ド、ドキーン!!!!!!』
「でも、その前に…さっきの続きだな」
『あう…ま、魔理沙』
「ん?」
『や、やさしく…してね』
「ああ。わたしは優しいぜ」
その日を境に男言葉を使うようになった魔法少女と、彼女を育てた悪霊がその後どうなったか。
それは、自身の白濁液ならぬハクタク液にまみれ、さめざめと泣き続ける半獣だけが知っている…
TRY NEXT STAGE→
人里を抜けると、竹林が見えてきた。
「あらあら、やっと着いたのね」
「着いた?じゃあ紫、それって…」
「ええ。ここまで辿ってきた気配は、この竹林の中からしてたものよ」
そう、霊夢たちはついに、この満月を隠した犯人の潜む場所へ辿り着いたのである。
「この中に…今回の異変の犯人の隠れ家が!」
竹林の奥、何者かが潜む闇を見つめ、拳を握り締める霊夢。
「ふふ、随分と邪魔が入ったけどね」
お馴染みの、怪しい笑顔を浮かべる紫。
「急ぎましょう。夜を止めるのも、いいかげん飽きてきたわ」
ため息をつきながら、偽の月光をナイフに映す咲夜。
「そろそろ一暴れしたいとこね…ふふ、わたしもあの子の姉ってことなのかしら」
柄にもなくうずく己の身体を思い、苦笑するレミリア。
「妖夢、お弁当にしましょう」
1人、我関せずとばかりに腹の虫を鳴かせる幽々子。
「幽々子様、深夜にものを食べると太りますよ」
時間的には今は昼間なのかもしれませんが、とつぶやく妖夢。
「さーて、何が出るかな?」
箒の上でニヤリと笑う魔理沙。
そして――
「お…おい…いいかげんに…こいつを…なんとか、しろ」
もはや泣きそうな顔になっている藍と、
「さすが水陸両用符『鋼鉄のゴッグ人形』!レーヴァテインでもなんともないぜ!あひゃらららら」
藍に背負われ、未だに現実世界に戻ってこれないアリス。
「シャンハーイ」
心配そうに主人の周りを飛ぶ上海人形。
「ホラーイ」
とりあえず応急処置で包帯ぐるぐる巻きの蓬莱人形。
月を隠した者の真相に近づいた少女達は、さらに恐るべき戦いの渦に巻き込まれていく。
そして、幻想郷全体を混乱に陥れた異能の犯罪者が潜む竹林に乗り込んだ霊夢たちは、
千年前から続く月と地上の因縁を知る。
彼女たちは種族の壁を超えた結束を力にして、全米川下り選手権に出場する。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編 第1部 炎ノ時来タレ!!―
完
TO BE CONTINUED…
その辺覚悟なさった上でお読みになるか、お帰りになるかしてね!
幻想郷と外の世界をつなぐ境界の上。
そこに、博麗神社はあった。
「ふう…もう夏も終わりかしらね」
神社の巫女、博麗霊夢はいつものように縁側に座り、ぼんやりと月を眺めていた。
夜である。
昼間では未だ厳しい残暑がなりを潜め、涼しい風が吹いていた。
庭の草叢から響く虫の歌声も、夏の盛りのものとは違って聞こえた。
「きれいな満月…」
言いながら見上げるのは、夜空の中心に浮かんだ丸い月。
どこにも欠けたところのないように見える真円は、晩夏の夜を青白く照らしていた。
「ふふ、満月ですって?」
「えっ?」
どこからともなく響いた声に驚き、霊夢は辺りを見回す。
「甘い…甘いわよ霊夢。ジュース飲みながらタクアン食べるくらい甘いわ」
「いや、その甘さはよくわからん…じゃなくて!」
霊夢は声がした方向に向かって針を投げる。
ぐさっ。
「痛いわねえ」
「いつもいつも突然現れんじゃないわよ」
庭の暗がりから姿を現したのは、額から20センチほどの針を生やした金髪の女性。
「だからって頭に針なんか刺さなくていいのに。ああもう、痕が残ったらどうするの」
「教え子にでも見せびらかしたら?ゆかr」
「待ちなさい」
「何よ?」
女性は霊夢の言葉を手と言葉でさえぎった。
「まず言わせなさい」
「何をよ」
金髪の女性は大きく息を吸い込むと、頭に血管が浮かび上がるほど険しい表情で声を轟かせた。
「わたしがスキマ妖怪・八雲紫である!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編 第1部 炎ノ時来タレ!!―
「…知ってるけど」
あくまで冷静に返す霊夢。
「まあ、いいじゃないの。儀式みたいなものよ」
「何のよ…で、今日は何しに来たの?悪いけどお茶は出ないわよ」
「あら、これでも客人のつもりなんだけど」
「ないものは出せないの。茶葉は今晩のおかずに使った分で最後」
「ふつう夕飯のおかずに茶葉は食べないわよ、霊夢…」
言葉の節々から感じられる霊夢の貧困ぶりに、思わず涙ぐむ紫。
「同情するなら賽銭入れてけ。てゆーか、何しに来たのよ?」
「ハッ!!そうそう霊夢、大変なのよ」
「大変?」
「あの月をご覧なさい」
「きれいな満月ね」
「甘い!甘いわ霊夢!給食のヨーグルトサラダのキャベツの芯くらい甘いわ!」
「あまりありがたくない甘さね、てゆーか何よさっきから?」
いつまでたっても本題に入らない紫の態度に、霊夢は苛立ちを見せ始める。
「はあ…あなたほどの者なら、人間の目でも気付くと思ったんだけどね」
「どういうこと?」
「いい、霊夢。よく聞いてね。あの満月は…」
紫は空に浮かんだ月を指差す。
「満月じゃないの」
「あ、そうなの?じゃあ明日の夜当たりかしらね、満月は」
「そうじゃなくて~」
紫はあの月が満月ではない、ということは、「まだ満月ではない」ということではないと言う。
「あの月は、満月にならないのよ。どんなに時間がたっても」
「満月にならない?」
「そう。本来なら今夜、あの空にかかる月は満月でなければならない。だけど、あの月はほんのわずかに欠けているの」
「欠けてる?」
「妖怪の目でも気付くのが難しいほど、小さな欠けだけどね」
「それって…」
「お察しの通り。あの月は偽物よ。に・せ・も・の」
霊夢はここにきて、事の重大さを理解した。
彼女のような「人間」は、満月が欠けようが膨れようが、自分の生活に大した支障はない(と、思う)。
だが紫をはじめとして、ここ幻想郷に多く生息する妖怪の中には、月の満ち欠けの影響を強く受けるものが少なくない。
たとえば、湖の畔に建てられた洋館の主たる吸血鬼などは、満月時にその力が最大限に発揮される一方、
逆に新月時には力が大きく制限され、肉体・精神ともに幼児退行するなど、その在り様を月に大きく左右される。
満月が「欠けている」などという状況にあっては、自身の能力に少なからず悪影響の出ている妖怪も多いだろう。
「なるほどね…それで?」
「幻想郷から満月が消え去る、これはまさに一大事」
「そうね」
「というわけで、一緒に満月を取り返しましょう」
「…は?」
霊夢は素で聞き返してしまう。
「だから、わたしと一緒に…」
「なんでわたしが行かなきゃなんないのよ!」
ことの重大さはわかったが、だからといって自分にどうこうできる問題ではない。
自分は空を飛ぶことはできるが、月に手が届くほど高いところまでは行けない。
「月の満ち欠けなんて、一匹や二匹の人間や妖怪にどうこうできるもんじゃないでしょ」
「そうね、普通ならそうよね」
「普通なら?」
紫の意味ありげな言い回し。
「いるのよ、今現在、満月をどうこうして隠してしまった者が」
「うそ!?一体誰よ?」
「知らないわ」
それでも、と紫は言葉を続ける。
「確かにいるの。あの欠けた月…偽物の月は、故意に作られたものよ」
「根拠は?」
「見たらわかる。わからないのは人間か、レベルの低い妖怪だけ」
こうして話している間も、紫の顔にはトレードマークともいうべき胡散臭い笑顔が張り付いていた。
この話も、どこまで信用できるかわかったものではない。
だが、霊夢は紫の言葉を信じた。
紫の声は、いつもより1%ほど真剣さを帯びて聞こえたから。
怪しさが服を着て歩いているようなこの妖怪に、1%でも真剣さを与えたのだ。
この事件は、思いのほか深刻なものなのだろう。
「なるほどね…それで、犯人のアテはあるの?知らないなら知らないなりに、調べる手掛かりでもあるんでしょ?」
「ふふ、そうね。これだけの大掛かりな術を操れる者もそういないわ。…ノッて来た?」
「ほっとくわけにもいかないでしょ。あんたの言うことをそっくり信用するのもなんかアレだけど」
「うんうん、よきかなよきかな。それでこそ幻想郷のトラブルハンター、博麗霊夢」
「今回だけよ。あんたなんかと組むのは」
とにかく霊夢は、この異常な(自分にはわからないが)月を満月とすりかえた張本人を探すことに同意した。
今は月の光の影響を受ける妖怪だけにとどまっている問題も、いずれはその他の人間や妖怪に関わってくるのだろう。
なぜならここは幻想郷だから。
「で?とりあえず怪しいヤツから洗ってく?レミリアとか、幽々子とか」
霊夢はとりあえず、これまで大掛かりな異変を起こしてきた者達の名前を挙げてみた。
こんなことをする理由がさっぱり思いつかないが、理由も思いつかないようなことをやるのが彼女達でもある。
「その必要はないわ。わたし自身、何人かに心当たりがないか聞いてみたし…ていうか」
「ゆかりー?いつまで待たせるのー?」
紫が現れた辺りの庭の暗がりから、今までここにはなかった声がした。
「えっ?なによ紫、あんた他に誰か…って、あ、あんた達はーーっ!!!」
声のしたほうを振り返った霊夢の表情が驚愕のものに変わる。
「もう。紫が待たせるからお腹が空いちゃったじゃないの」
「幽々子様、さっき夕飯を食べたばかりじゃないですか」
「のど渇いた。霊夢、お茶くれお茶」
「あら、わたしもいただこうかしら。霊夢、血くれ血」
「お嬢様、話し方が途中からおかしいですよ」
「そういうあんたはなに『かわりにわたしの血をいくらでも』と言わんばかりに襟元をはだけてるのよ」
そこには6人の少女が立っており、いずれも霊夢の知った顔だった。
(↓以下、名前が出た者から順に顔がアップになるイメージでお読みください)
西行寺家当主、西行寺幽々子!!
西行寺家庭師、魂魄妖夢!!
魔法の森の魔法使い、霧雨魔理沙!!
同上、アリス・マーガトロイド!!
紅魔館館主、レミリア・スカーレット!!
紅魔館メイド長、十六夜咲夜!!
(ありがとうございました。ここからは普通に読んでくださって結構です)
「こ、これは一体どうなってるの!?」
宴会のときを除き、閑古鳥も寄り付かないのが基本の神社にこれだけ多くの人妖が集まっていることも含め、
うろたえる霊夢。
「フフッ、驚くことはないでしょ」
レミリアがにこやかに語りかける。
「昨日の敵は今日の夕飯(とも)って言葉もあるわ、ねえ妖夢?」
「空腹で錯乱してるのか、本当にそう思っているのか。両方なんでしょうね」
幽々子と妖夢も後に続く。
「幻想郷の一大事を見逃すわけにはいかないぜ」
「あんたは魔導書につられてついて来ただけでしょ…」
以前の異変で何度か行動を共にした魔法使いは、霊夢と同じく異変にすぐには気付かなかったようだ。
それを気付かせ、さらにここまで引っ張ってきたのは、横にいる人形使いだろう。
「なんだか大変なことになってるみたいね。お嬢様を一人にしないで正解だったわ」
未だ夜空に輝く欠けた月を見上げながら、瀟洒なメイドが言った。
「あ、あんた達…」
「驚いた?まあ、みんな考えることは同じってことかしら」
人間は二人ともよくわかってないみたいだけど、と続けながら微笑む紫。
「あんたが…みんなを連れてきたの?」
「さあ、どうかしらね」
霊夢はここに集まった面子を眺めた。
いずれも幻想郷で5本の指に入る(5人以上いるが)実力者。
これだけの強者が集まれば、満月を隠すような術者にも十分対抗できるだろう。
「幽々子…」
「霊夢…地獄から舞い戻ったわ!」
「いや、わたしは成仏まではさせなかったわよ」
「妖夢…」
「混乱した妖怪が冥界にみょんな影響を及ぼしかねない。協力するわ」
「そうね、困るわね、みょんな影響は…」
「魔理沙…」
「何だよ今更。わたしと霊夢の仲だろう?」
「4面はどうするのかしら」
「何の話だ?」
「いや別に」
「…」
「…」
「ア、アリス」
「そんな自信なさげに名前呼ぶなよ!素で忘れてたのかよ!!」
「レミリア…」
「霊夢…」
霊夢の震える首筋にレミリアの細い腕が巻きつき、そのままゆっくりと二人の顔が近づk
「って、なにやってんのよ」
「ちっ」
「咲夜…」
「時間がかかりそうね。わたしの能力なら、夜を止めて犯人を捜せるわ」
「助かるわ。欠けた月が見えるうちに、犯人を見つけたい」
「どうせなら新月になるまで欠ければよかったのに」
「なにゆえ」
「紫…」
「これだけの面子を集めれば、どんな強敵が出てきても対抗できる。そう思わない?」
「むしろこの集団で動くことに骨が折れそうね」
「あら、目的が一致してるんだもの。みんな団結力抜群よ」
「だといいんだけど」
何はともあれ、ここ博麗神社に集った8人の弾幕使い。
彼女達の目的はただ一つ。
「永遠の満月を取り戻すこと!」
「「「「「「「永遠はつかねーよ!!」」」」」」」
7人から一度にツッコミを入れられ、さすがの紅い悪魔もたじろぐ。
「ま、それはともかくとして…」
紫はそこに集まった全員を見渡していった。
「今から、明日の晩の出陣に向けて結団式をやるわよ!」
「結団式!?てゆーかなんで明日の晩に出陣なのよ!すぐ行けよ!!」
「大丈夫よ。咲夜を呼んだのはそのためだし、わたしも昼と夜の境界を弄れるわ」
「だからって…」
憤る霊夢を手で制して、紫はスキマから何かを取り出す。
「古今東西、女同士が気持ちを一つにするのに一番手っ取り早いのはこれよね」
「そ、それはまさか…」
結局、紫が提案した「結団式」という名の宴会は本当に次の晩まで続いた。
マヨヒガからスキマを通じて送られてくる酒とつまみは尽きることなく、少女達は大いに盛り上がり、団結を強めあった。
途中、酒の匂いにつられてやってきた鬼が参加したり、
死地へ赴く娘を見送りに歩いてきた神が追い返されたり、
一方その頃紅魔館では、鬼のいぬ間に洗濯とばかりに門番が羽を伸ばしたり、
同様に姉のいぬ間に羽を伸ばしていた吸血鬼の破壊活動に巻き込まれて丸こげになったりした。
とにかく。
神社の庭の上に、欠けた月が再び昇るころ。
「う~頭痛い…みんなあ~、そろそろ出発するわよ~」
「お~!あらら~、紫が二人いるわよ妖夢~」
「ちがひますよゆゆさま~、まだ酔ってらっしゃるんですかぁ~」
「ん~…あれ?なんだまだ夜じゃないか…もっかい寝よ」
「もう、だらしないわねどいつもこいつも…うっ、おぷ」
「さくやー、アリスの口から極彩颱風がでてるわ。きれいね、イヒ、イヒヒヒヒ」
「ええいあ、アリスからもらいゲロ…」
「おまえら全員やる気ねえだろォォォォォッ!!」
仲間のあまりのダメッぷりに一気に酔いがさめた霊夢の怒号がこだました。
「で、出発したはいいけれど…」
人里へ続く一本道、その上空。
博麗神社を飛び立って数刻、霊夢達はとりあえず先頭を行く紫についてここまでやって来た。
「これからどこに行くのよ?」
紫は、ここまで「ついて来なさい」と言ったきり何も言わない。
当然何か理由があってのことだろうが、霊夢は自分達の進んでいる方角がどうにも気になったのでたずねてみた。
まさか、人里に住む者の仕業ではあるまい。
「さあ」
「さあって…」
「なんとなくあっちから怪しげな気配がするのよ。とりあえずそこを目指すの」
「そんな適当でいいの?夜を止めてられるのだって限界があるのに…」
紫の返答にいまいち信用性がない上、さっきから欠けた月の影響でパニックになった妖精や毛玉が攻撃をしかけてきていた。
まあ、こちらも腕利きの弾幕使いが8人もそろっているので、とくに問題にはならなかったが。
それでも霊夢は、まだ異常の影響を(妖怪ほどには)実感として認識できないこともあり、内心あせっていた。
「まあまあ、落ち着きなさい。夜はまだ始まったばかりよ」
「そうだぜ霊夢、こんな夜は楽しまなきゃ」
上空から襲ってきた毛玉をミサイルで打ち落としながら、魔理沙が声をかける。
「とりあえず、今はわたしのカンを信じなさいな」
「あんただから信用できないのよ…」
ぼやきながら肩の辺りを掻く霊夢。
もう夏も終わりだというのに、今夜はやたらと蚊が多かった。
「!?みんな、ちょっと待って!!」
一団の後方から響く声。
しんがりを勤めていた(というか、まだ完全に酔いがさめていなかったため、あまり早く飛べなかった)アリスの声である。
「何かいるわ…」
「そりゃ、何かいるわよ。今に始まったことじゃなし」
「違う。さっきまでの雑魚より…強い妖気を感じる!」
アリスが指差す先、夜空の一部分がぼぉーっ…と光り始めた。
星の光とは異質な、有機質な発光。
「これは…蛍!?」
「いやいや妖夢。蛍はこんなに大きくないわ」
そう答えた幽々子に向けられた、一つの声。
「あら、あながち間違いじゃないわよ」
薄い緑色の光の中に浮かび上がったのは、一人の少女。
白いシャツに短いズボンを合わせた服装は、短い髪と相まって少年のようにも見える。
そして、その頭からは昆虫のような二本の触覚が伸びていた。
二股に分かれた黒いマントも,甲虫類の羽根を思わせた。
「…怪しい気配ってこいつ?」
「たぶん違うわね」
霊夢と紫は挿して驚く風もなく、現れた妖怪を眺めた。
触覚少女(少年?)は先頭の紫を指差すと、非難する口調で話しかけた。
「ずいぶん虫達が騒いでると思ったら、あなた達の仕業?」
「どうかしら。何に騒いでるかによるわね」
「昨日からいつまでたっても朝にならない。松虫は鳴き疲れて倒れ、蛍の光は風前の灯」
「やめればいいじゃない、鳴くのも光るのも」
「それは無理。夜が続く限り、虫たちは己の天命に従い、鳴き続け、光り続ける」
「ご苦労様」
「夜を止めているのがあんた達なら、今すぐやめてもらう。このままじゃ、夜の虫はみんな過労死してしまうわ」
「困ったわね。あなた達の苦労はお察しするけど、今は夜を進めるわけには行かないの」
紫の言葉に、妖蟲の目がすっと細まる。
「どうしてもやめないなら…力ずくでも、夜を元に戻してもらう」
「やれやれ、所詮低級の妖怪には、この異変の正体は理解できないのかしらね…」
両者の間に緊張が流れる。
「待ちなさい」
紫と妖蟲のやりとりを黙って見ていた7人の中から、一人の人間が歩み出た。
「咲夜?」
「今は急ぐのでしょう?虫一匹倒すのに、貴重な時間を費やすことはないわ」
瀟洒なメイドが両手を握って開くと、そこにはいつの間にか数本のナイフが握られている。
「虫一匹…なめてると、痛い目じゃすまないわよ、人間」
「ふふ、そいつは楽しみね」
「咲夜、遊んでる暇はないのよ。速攻で倒しなさい」
「かしこまりました。お嬢様の大切なお時間、コンマ1秒以下ですら無駄にいたしませんわ」
背後の主に向け、背中越しに笑みを返す。
「さあ、始めましょうか」
「ふん、あんたを片付けた後で、そこのお嬢様とやらをもらっていくとするか!!」
妖蟲の黒いマントが翻り、それが始まりの合図となった。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE1 蛍火の行方!!の巻
「まず名前を聞いとこうかしら。どーせ忘れるんだけどね」
「相手にに名前を聞くときは自分から名乗ったらどう?」
挨拶がてらに咲夜が放ったナイフを軽くかわしつつ、妖蟲が言葉を返す。
「これはこれはわたしとしたことが…十六夜咲夜よ。以後お見知りおきを」
「ふん、人間の名前なんざ覚える価値もない!わたしはリグル・ナイトバグ!幻想郷の全ての虫を統べるもの!!」
妖蟲―リグルは叫びながら咲夜を指差す。
「あんたなんかにスペルカードを使う必要もない!この一撃で…墜ちろっ」
リグルは空中で飛び蹴りの体勢を取ると、一直線に咲夜めがけて突撃した。
十分な距離を置いてさえ、常人ならばその蹴りをかわすことはできないだろう。
それほどに速い飛び込みと、蹴りであった。
しかし。
「え…?」
目の前の人間の身体を一撃の下に吹き飛ばすと思われた蹴りは、空を切っていた。
そのまま勢いに任せて飛んでいきそうなところを、慌ててブレーキをかける。
「そんな!?まともな人間に見切れるはずが…」
「残念ねぇ」
リグルの背後、それも息が耳にかかるほど近くから声が響く。
ばかな!?
いつの間に回りこまれた!?
彼女の疑問に答えることなく、背後の声は話を続ける。
「まともな人間は、もう随分昔にやめちゃったの。それはもう、遠い昔にね」
「…っ」
怯んだら負けだ、近くにいるならこちらにとっても好都合――
一瞬の狼狽を振り切り、リグルは背後の敵に向け裏拳を繰り出す。
「もうちょっと遊んであげてもいいんだけどね」
「!?」
至近距離で当たれば首ごと吹き飛ばせる裏拳打ちも、見事にスカをくらう。
「お嬢様を待たせるわけにはいかないの…だから」
「このっ…」
「さよならね」
次の瞬間、声がした方を振り向いたリグルを上下左右前後、あらゆる方向から銀のナイフが襲った。
「きゃあああああああああ!!」
白刃と鮮血の嵐の中から、妖蟲の断末魔の声が響く。
「酔い覚ましにもならなかったわね…退屈」
咲夜のつぶやきは、あくまで瀟洒に夜空に溶けていった。
「や やったーっ!!あれは咲夜の十八番、時間停止能力だーっ!!」
「あれだけのナイフに刺されたら、あの蛍もひとたまりもないわね」
魔理沙と霊夢は、かつて咲夜の能力――時間をとめて放たれるナイフに大いに苦しめられた経験がある。
しかし、今はそれが自分達の味方のものであるからには、これ以上ありがたいことはなかった。
「おーい咲夜、早く戻って来いよ!!」
「先は長いの、さっさと行くわよ!!」
が、そんな二人の言葉を耳にしても、未だ咲夜はその場を動かない。
「むぅ…あの妖怪、ただのムシケラかと思っていたら…やるわね」
「な、なに!?ちょっと待てよレミリア、あの虫はさっき咲夜のナイフにやられて…」
「よくご覧なさい。やはりアリスが感じた妖気の大きさは気のせいではなかった」
「なんだって!?」
全てのナイフが地に落ちて行った後に、地に落ちることのない人影が一つ。
「ぐ…こ、の…人間、の、くせに…」
「あらあら。あれだけのナイフを食らってまだ立ってるなんて。すごい生命力」
「はあっ…一寸の、虫にも、五分の、魂…」
リグルは咲夜が放ったナイフのほぼ全てを直撃で食らいながらも、かろうじて意識を保っていた。
咲夜の言うとおり、恐るべき生命力である。
「さすがに恐竜時代から生きてる台所のアイドルね」
「ゴキ…ブリ…じゃ、な、いっての…」
それでもリグルのダメージは相当なものがあり、これ以上戦闘を続けるのが難しいのは明白だった。
仮にダメージが軽くても、咲夜の時間を操る能力に対し、彼女にはなす術がないだろう。
「ここを通してくれたら命はとらないわ。おとなしく帰って朝を待っててもらえる?」
「ふざけるな、待つっていつまでだ…今にも倒れそうな虫たちが、必死で鳴いて、いや、泣いてるんだ…」
リグルは両手を広げ、咲夜の前に立ちはだかる。
「立派ね…でもわたしたちも、この場を譲るわけには行かないの」
「なら、どうするの」
「虫たちを守ろうとするあなたの姿勢は気に入ったわ。だから殺さない。朝が来るまでちょっと眠っててもらう」
咲夜は再びナイフを取り出すと、時間をとめるべく精神を集中させる。
「人間の言うことなんか…信用できるか!」
そう言いながら、リグルは懐に手を入れた。
「な、なんだーっ!?あの虫野郎、変なベルトのようなものを取り出して腰に巻きやがったーっ!!」
「あ、あれを一体どう使うっていうのー!?」
魔理沙の言うとおり、リグルが取り出したのは奇怪な形状のベルトであった。
「何のまね?」
「ふん、あんたの能力はさっきで見切ったわ!今度はそうは行かないわよ!」
バッ!!
リグルは片手を天に向け、高らかに叫んだ。
「変態!!」
『Hen Tai』
リグルの叫びに呼応するかのように、腰のベルトから謎の声が響く。
と、どこからともなく大きな赤い蛍が飛んできて、ベルトのバックルに止まった。
「な なんだってー!?」
「たしかに咲夜はペドフィリアの変tあべし!」
咲夜が後ろ手に放ったナイフが霊夢の喉笛に突き刺さる。いや、致命傷にならない程度にね。
「何をする気…?」
呆気にとられる咲夜の前で、変態を宣言したリグルは…
口から糸を吐き出していた。
「…キモッ」
「キモイいうなー!!」
この会話の間にも、リグルが吐き出した糸は彼女の身体を覆っていく。
「わたしが望めばみさえすれば…運命は絶えずわたしに味方する!」
「こっちに運命を操れるお方がいらっしゃるんだけど」
ついに、リグルの全身は糸で覆われた。
凝縮した糸は硬い殻を形成し、まるで甲冑のように彼女を包んでいる。
一言で言えば、昆虫のさなぎである。
「リグル・マスクドフォーム!!」
「いや、それ…身動き取れなくない?」
どこぞの天の道を行き総てを司る人とは違い、普通にさなぎ状態のリグル。
手足を縮めた状態で甲殻に入っているため、クナイガンを振り回すこともあたわない。
クナイガンが何かについては聞かないように。
「はあ…なんかシリアスな雰囲気が台無しね。もういいや、消えなさい」
時間をとめる必要もなし、とばかりに咲夜はナイフを放つ。
若干やる気が感じられないスピードだが、必殺の威力を持った一撃であった。
身動きの取れないリグルに、これをかわす術はない――そう、なかった。
避ける必要は、なかったのだ。
「35年の重み…これしきのことで破れるもんかぁっ!!」
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
「うそっ!?」
硬度を増したリグルの甲殻に、咲夜のナイフはすべて弾かれた。
「見たか人間!!昆虫のあくなき魅力、思い知るがいい!!」
「むう…」
一連の光景を見ていた紫が、思わず喉の奥でうなった。
「あれはまさしく大陸の方術で言う『魔巣喰道(ますくどう)』」
「し 知っているのか紫ーっ!?」
同じくリグルの変貌に呆気にとられていた魔理沙が尋ねた。
一般に 幼虫から蛹、成虫へと変態する昆虫の成長過程は 良く知られるところであるが
この昆虫の変態機構を修行によって体得し 己の身体能力を 段階的に向上させる術を考案・体系化したものが
大陸由来の方術の中でも 特に奇怪・面妖なものとして名高い 魔巣喰道である
この術を使いこなすためには 類まれなる天性と 想像を絶する荒行が必要とされるため
発祥の地である中国・黒雲省に棲む妖怪の中でも、実際に体得できたのは 一部の妖蟲だけであると言われている
余談だが、宇宙生物に対抗して 日本のとある地下組織が作り上げた
「マスクドライダーシステム」は、この魔巣喰道の歴史において最大の天才と呼ばれた
来 陀足(らい だあし)、嵩 帝武(すう ていむ)の名にちなんでいることは 言うまでもない
武輪流魔法書院刊 『ZECT~その起源は蟲使いにありき~』より
「さあどうした人間!自慢のナイフもこうなっちゃただのペーパーナイフね!」
完全にテンションが戻ったリグルから、これまでにない殺気が放たれる。
「くっ…」
咲夜のナイフが常に百発百中、一撃必殺の能力を持つのは、
時間をとめる能力により100%のスキを作った状態で敵を攻撃するからである。
が、全身360度を硬質の外骨格で隙間なく覆った――人間のまとう甲冑にすらある「関節の間隙」すらない
――昆虫の甲殻には、そもそも時間によるスキをつくることができない。
石のスキをつくことができるか。
できない。
山のスキをつくことができるか。
できない。
今、咲夜の目の前にいるのは、そういう敵であった。
(まずい…ナイフの貫通力の範囲を超えるとなると…)
正直、正攻法では勝てる見込みがない。
他の者に交代するという手は――己のプライドが許さない。
さて、どうするか。
「考えてる暇なんかあると思ってるの!?」
「しまっ…」
これまで遭遇したことのない敵に逡巡している間、リグルは攻撃の準備を整えていた。
「いくよ!その単眼飛び出させないことね!!」
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
「…え?」
「ふふっ、驚いた!?これでさらに1段階硬くなったわ!あんたのナイフは完璧に弾かれる!」
「あー…そ、そう…」
「そして…行くわよ!!こいつが本命!!」
「!?」
再び身構える咲夜。
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
「どう、これで今のわたしはオリハルコン並の強度!世界はわたしを中心に回っている!」
「まあ…そうね。これはお嬢様の神槍でも…むずかしいわね…」
「参った!?」
「ん…わたしのナイフじゃ、もう無理かな」
「じゃ、わたしの勝ちね!」
「いや、それは違うでしょ」
「何!?往生際が悪いわねえ!!だったらとどめに、これ食らいなさい!!」
てきの リグルの(以下略)
ガ(ry
てきの リ(
「……(殻の中で右手を天に差し向けている)」
「あんたさあ」
「何よ?」
「『かたくなる』しか使えないんでしょ?」
「ひぇ?」
「技コマンドが『かたくなる』しかないんでしょ?」
咲夜はぶっちゃけ1回目のかたくなるで薄々気付いていたことを告げた。
「そ」
「そ?」
「そそそそそそそんなわけないじゃない!マスクドフォームよ!!パワー重視型よ!!」
「ならそのパワーを生かしてなんかやってみなさいよ」
「え、あの、それは…」
「どうしたの?」
「えと、えーっと、そ、それっ!!」
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
てきの リグルの かたくなるこうげき!
ガゴッ
てきの リグルの ぼうぎょりょくが あがった!
てきの「回数使い切って『わるあがき(注1)』はなしね」
「あう…」
これで完全にわかった。リグル・マスクドフォーム(さなぎ状態)は「かたくなる」ことしかできない。
「全く、ナイフが効かないからちょっとビビッちゃったじゃない。種がばれてみればなんてことないわね」
「ひ…ひえぇ~」
殻の中のリグルの弱りきった顔が、目に浮かぶようであった。
(注1:わるあがき…すべての技ポイントを使い切り、行動が選択できなくなった時に出る技。
相手に与えたダメージの何割かが自分に帰ってくる)
「じゃ、そういうことで」
「へ?」
咲夜はリグルのさなぎへ近づくと、
どんっ
勢いをつけて思い切り突き飛ばした。
空中に浮いているだけで精一杯だったさなぎは、そのままあさっての方向へ飛んでいく。
「ちょっとまってよぉぉぉ…」
殻の中から響く悲鳴は、尾を引くように遠ざかり、やがて小さくなって消えた。
「……」
「「「「「「「……」」」」」」」
咲夜は何も言わなかった。
仲間たち7人も、何も言わなかった。
「先、急ごうか」
「そうね…」
とりあえず霊夢が沈黙を破り、紫がそれに答える。
「咲夜、行くわよ」
「…はい」
今度は咲夜も、言われたとおり仲間の元へ戻ってきた。
STAGE1 BOSS リグル・ナイトバグ 死亡確認
「って、死んでねえええ!!」
咲夜によりどこへともなく弾き飛ばされたリグルは、さなぎ状態のままどこかの森に落下していた。
上空から地面に叩きつけられても傷一つ負わないマスクドフォームの耐久力、恐るべし。
「ああ、今すぐにでもあいつらを追いかけないと…よし、力も溜まったし、ここからは…」
殻の中のリグルはなにやらごそごそと蠢き始める。
と、そこに人影が一つ。
「わ…でっかいさなぎがごろごろしてる…」
「ひぇ!?だ、誰よ!!」
その場にしゃがみこんで、横たわるリグルの甲殻をつついているのは、宵闇の妖怪、ルーミア。
「うーん…硬くて食べれなそう。残念」
「食うな!!…ああもうこんなことしてる場合じゃない!!あの人間に昆虫の真の力、見せてあげるわ!」
そもそも、リグルは何故このような手足の自由すら利かない状態を取ったのか!?
咲夜のナイフ攻撃を防ぐため。それもあるだろう。
しかし、今のように吹っ飛ばされてしまえばそれで終わりという、実に融通のきかない形態である。
それではなぜか?
実はこの「マスクドフォーム」は、リグルの真の戦闘形態「ライダーフォーム」への変態に必要な力を溜めるための形態だったのだ!
「そーなのかー」
うむ。嬉しいリアクションありがとう。
「でもそれってイナズm」
うっせえ。
リグルは当初、ひたすら硬くなることで相手の攻撃を完全に防ぎつつ、力を溜める時間を稼ぐつもりであった。
しかし、予定よりも早く、すなわち十分な力が溜まる前に、咲夜がマスクドフォームの弱点に気付いてしまったのである。
その結果、身動きが取れない状態でぶっ飛ばされたリグルは、どことも知れない森の中でごろごろする羽目になったのだが…
「力は溜まった!ライダーフォームなら今からでも…奴らに余裕で追いつける!」
リグルはベルトにとまった赤い蛍に触れ、叫んだ。
「キャストオフ!」
『Cast off』
その瞬間、リグルを包んでいた甲殻が弾け、周囲に飛び散った。
「うわああああっ!?」
至近距離にいたルーミアはその勢いで数メートルほど吹き飛ばされる。
『Change firefly』
ベルトから響く謎の声とともに、リグルの姿――真の戦闘形態「ライダーフォーム」が現れる。
短い触角は頭上から腰の辺りまで伸張し、通常時の数倍の感受性を持つに至っていた。
また、ボロ布のようだったマントは硬質化し、鈍い光を放ち始める。
そして全身を黒い甲殻が――今度は四肢の動きを制約しない完全な「甲冑」の形で――覆っていた。
「…ゴキ?」
「蛍よ!!」
「いや、だって、黒光りしてるし、触角長いし」
「うっさい!蛍ったら蛍なの!!」
吹っ飛ばされた状態で地面に寝転がるルーミアを一喝すると、リグルは夜空を見上げる。
「十六夜咲夜…全ての虫たちの安らぎのため…わたしはあんたを倒す!」
再びベルトの蛍に触れ、
「クロックアッp」
「ねえねえ」
「だああああああああああああああ!!」
唐突に声をかけられ、またも大声を上げるリグル。
「何よあんた!わたしは忙しいの!邪魔しないでくれる!!」
「そーなのかー…でも、一つ聞かせて」
「何!?」
「あなたは、食べてもいい虫?」
ルーミアの声のトーンが先ほどよりも低くなった。
リグルを見つめる瞳から伝わってくるのは…飢え。
そして、獲物を見つけたことから来る、たまらない喜悦。
「ふう…」
リグルはため息をついた。
どうやら今夜はとことん運が悪いらしい。
「人気者はつらいわね…飯を食ってる暇もない」
「違うわ…あなたがご飯なのよ、わたしのね」
にやり、と笑い、ルーミアがリグルの背後に回りこむ。
今にも飛び掛らんとする殺気。
『One Two Three』
リグルのベルトから、三たび謎の声が響く。
「ゴキ丸かぶり定食…いただくわ!!」
背後から襲い掛かる捕食者、そして――
「ライダー…キック」
『Rider Kick』
リグルの足元から紫色の稲妻がほとばしった。
「!?」
ルーミアの背筋をぞくり、と戦慄が走り抜ける。
しかし、そこは既にリグルの制空圏――必殺の間合い。
自分の方を振り向いた蟲と、一瞬視線がかち合う。
「しまっ――」
た、と言うだけの時間すら、彼女に残されていただろうか。
紫電を帯びた神速の回し蹴りが、リグルの足元から跳ね上がった。
「ねえ、なんか今聞こえなかった?」
先を急ぐ霊夢達。
森の奥から聞こえた音に気付いたのは、またしてもアリスだった。
「なんかって?」
「んー…たぶんあっちの方…かな。悲鳴みたいな声が」
「気のせいじゃないか?わたしは何も聞こえなかったぜ」
「あら、わたしは聞こえたわよ?」
今度は幽々子も気付いていたようである。
「なんて言ってんだ?その声は」
「うーん…よくは聞き取れなかったけど『世界はゴキを中心に回っているのかそーなのかー』…とか」
「わたしは『てゆーかぶっ飛ばされて回っているのはわたしなのかそーなのかー』って聞こえたわよ~」
「何だそれ?」
「知らないわ。あら?みんなあれ見て!流れ星よ!!」
幽々子が空を指差す。
「おお、綺麗だな」
「お嬢様、流れ星が消えるまでに願い事を3回すると叶うんですよ」
「本当!?霊夢がわたしのものになりますように霊夢がわたしのものに(ry」
「(幽々子様がもう少しでいいから小食になってくれますように…×3)」
「みんな呑気ねえ、こんな時に」
「そういうアリスはさっきものすごい早口で『この機会にみんなと友d』」
「わーっ!わーっ!れれ霊夢、ほら先を急ぎましょう!!」
「うちの藍でよければ紹介するわよ~」
「それ、遠まわしに自分がなるのはイヤだって言ってませんかねぇ!?」
天の道を行くルーミア 死亡確認
TRY NEXT STAGE→
「相変わらず雑魚が多いな。いいかげん相手すんのも疲れてきたぜ」
「ホントね…偽の満月のせいで混乱してる妖精の多いこと」
「異変の犯人を見つけたらナイフの替えを請求しようかしら」
依然、犯人の姿らしきものは見えない。
そろそろ人里の近くに差し掛かろうとする辺りで、不意にアリスが動きを止めた。
「…みんな、ちょっと静かにして」
「なんだ、またなんか聞こえたの?」
霊夢は聞き返すが、すぐに自分自身でその答えに気付いた。
歌。
どこからともなく、歌が聞こえてくるのである。
「さっきの悲鳴のヤツか…?」
「違う…これは…この歌は…」
「夜雀ですね」
辺りを見回しながら妖夢が言った。
「夜雀?」
「はい。闇夜に出没し、歌で人間を惑わす鳥の妖怪」
「別に狂ってないんだけど」
今ではここにいる全員が歌を聞いているが、人間は3.5人ともとくに異常はない。
「今は歌に霊力を込めていないからでしょう…ただ歌っているだけでは害はありません」
「まあ、つまり無視して素通りすれば問題ないわね」
「そうも行かないみたいよ」
紫が指差す先、次第に近づいてくる歌声と、その発生源。
「ミスティアの~ミスせんずれば若き血潮~♪」
「どんな辞世の句よ」
霊夢たちの前に姿を現したのは、翼を持つ少女。
闇夜に歌う、夜雀の怪であった。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE2 人間の消える道!!の巻
「み~すてぃあ~が見ぃつけた♪小さい人間見~つけた♪」
「なるほど、あんたミスティアってゆーのね」
霊夢は一歩前に出ると、楽しげに歌う夜雀に話しかけた。
「わたしたちは急いでるの。ここを通してくれない?」
「やだ」
「なんでよ?」
どうみてもこの妖怪は異変の犯人に関係があるとは思えない。
先ほどの蛍に時間を割いてしまったため、無意味な戦いは避けたいところだった。
「知りたい?」
「別に」
「それはね~」
会話が成立していないように思えるのは気のせいか。
「そこに~人間が~いるから~♪」
また歌い始める。
「はあ…また邪魔が入るわけね」
霊夢はため息をついた。
目の前の妖怪は頭は悪そうだが、妖気はなかなか強いものを放っている。
またしても骨が折れそうだが、話し合いが通じないならば、力づくで通してもらうしかない。
「わたしの歌で人間は鳥目になる。何にも見えない人間は木の枝にごっつんこ」
相手も既に戦闘態勢。
ここは――
「「仕方ないわね(な)、速攻でどいてもらうわ(ぜ)」」
「「ん?」」
霊夢と魔理沙の台詞は、多少の違いはあったがぴったり被った。
「魔理沙…今は急ぐの。ここはわたしにまかせてくれない?」
「こっちの台詞だぜ。霊夢のスピードじゃ朝になっても戦闘が終わんない」
どうやら互いに出るタイミングが一致してしまったようだ。
こういう時、変に譲らないのがこの二人なワケで、
「あんたが魔砲をぶっ放すだけで無駄な被害が増えるのよ!」
「何ぃ!?鈍足巫女よかマシだろうが!!」
「わたしは人間だったら二人一緒でいいよ~♪」
「「うるさい!!」」
「はい…」
ミスティア放置プレイ。
しかし、出番をめぐるいがみ合いは、意外な人物によって断ち切られる。
「まったく…年頃のお嬢さんがそんなことでケンカしちゃダメよ~」
「え?」
つかみ合いになりかけていた2人の間に、やんわりと割って入ったのは――
「「ゆ 幽々子ーっ!!」」
「ちょっと小腹が空いてきたの。そこの鳥肉はわたしに譲ってくれない?」
優雅な、いや、幽雅な仕草で扇子を広げ、ミスティアを見据える。
「ふざけないで、こいつはわたしが―」
「違う!わたしだ!」
「はいはい。ほら、ちょっとこの子を見て」
言いながら妖夢を引っ張ってくる。
霊夢と魔理沙は言われたとおり妖夢を見るが、別段何の変化もない。
「幽々子様…?」
「ちょっと、妖夢がどうかしたの?」
霊夢は幽々子の方へ向き直るが、そこには――
「あれ?いない?」
「お、おい霊夢!!」
魔理沙が慌てた様子で霊夢の袖を引っ張る。
「何よ…ってああっ!?いつの間にあんなところに!!」
「くそっ、獲物をとられちまったか!!」
霊夢と魔理沙がちょっと目を放した隙に、幽々子は既にミスティアと向かい合っていた。
「優雅にして華麗、それでいて恐ろしい程に強い…あの子を相手にしたらわたしでも危ないわね」
「我が主ながら…いえ、なればこそ、最も戦いたくない相手です」
幽々子を良く知る2人は、静かに戦いの始まりを見つめていた。
「はじめまして。わたしは西行寺幽々子」
「ミスティア・ローレライよ。う~ん、亡霊なんかからかっても面白くないなぁ」
ミスティアは相手が人間でないとわかると若干落胆したが、
「ま、超一流の歌い手は長州を選ばないって言うからね♪」
「聴衆よ、鳥頭さん」
「うるさい!鳥を馬鹿にするな!」
既にミスティアの周囲には、夜雀――彼女とは違う、小鳥の姿をしたものだが――が大勢集まっている。
彼女の怒りに呼応するように、一斉に幽々子に向かって囃し立てる。
「あらあら、切れさせちゃったかしら~」
「切れてない!わたしを切れさせたら大したもんよ!!」
ミスティアは歌い始める。
先ほどまでの遊びの歌ではない。
闇夜に人の視力を奪い、大勢の鳥を操る魔性の歌。
「な なにーっ!?ヤツの歌に合わせて周りの鳥が一斉に幽々子を取り囲んだーっ!!」
「あ あれを食らったらいくら幽々子でもただじゃ済まないわーっ!!」
思わず頭を抱える魔理沙と、身を乗り出す霊夢。
「紫!!あそこまで囲まれちゃ幽々子避けらんないわよ!!」
「そうねぇ…」
四方八方から迫る夜雀に囲まれて窮地の幽々子を見ても、紫は眉一つ動かさない。
「そうねぇって、ピンチなのよ!なんでそんな落ち着いていられるのよ!」
思わず食って掛かる霊夢だが、
「甘いわね」
「え?」
「甘いわ霊夢。プリンのカップの底の方にこびりついた茶色い部分くらい甘い」
「あれ、スプーンだと取りにくくていやよねえ…じゃなくて!どういうことよ!!」
「あなたはまだ、西行寺幽々子という亡霊の真の恐ろしさを知らない」
「真の恐ろしさ…?」
「ま、黙って見てなさい」
「ないとおぶふぁいや~♪っと、どうよ!あんたにこれをかわせる!?」
「う~ん、ちょっと無理っぽいかしら。」
幽々子の周囲には、ミスティアの歌で操られたたくさんの夜雀が目に攻撃色をたたえ、命令を待っていた。
目の前の獲物に飛び掛り、その柔らかそうな肉を鋭い嘴でついばめという命令を。
「ふん、無理して余裕ぶっこいちゃって。鳥を馬鹿にした罰よ!」
ミスティアは幽々子を指差すと、
「行けぇ、我がケンゾー君!そこの亡霊を穴だらけにしちゃえ!!」
「『眷属』って言いたいのかしらね」
夜雀たちはあらゆる方向から幽々子に飛び掛る。
が、幽々子はその場から一歩も動かず、避けるそぶりすら見せない。
ただ広げた扇子で顔の下半分を隠し、ミスティアを眺めていた。
「食らいなさい亡霊!わたしの鎮魂歌で安らかに成仏することね!」
「そうね…それじゃ」
「食 ら う と し ま し ょ う か」
ミスティアが見た限りで、幽々子がとった動作は、たったの二つ。
顔の半分――具体的には口――を隠していた扇子を畳んだ。
そして、何か言おうとするかのように口をあけた。
ただそれだけであった。
なのに。
なのになぜ。
「いな…い…わたしの…鳥たち…どこに?」
ミスティアの命令どおりに幽々子に襲い掛かった夜雀の大群は、一瞬のうちに消えてしまっていた。
幽々子は鳥達を攻撃したり、防御したりするそぶりは見せなかったはずだ。
「あ…あんた!鳥達をどこへやったのよ!!」
「もぼへ?」
「一体何をしたの!?そもそもなんで無傷…」
「んん…もごめがもぼむべ…」
「話を聞けーっ!!てゆーか食べるか喋るかどっちかにしろーっ!!」
と、ここに至ってミスティアは得体の知れない違和感を感じた。
何だ?
何かがおかしい。
何かが、さっきまでと違うような…
「むぐむぐむぐ…ごくん」
ごくん?
ああ、飲み込んだのね。
何を?
さっきまで食べてたものを。
別に不思議なことはない。
いや。
待て。
食べていた?
何を?
「まさか…」
何をって、それは…答えは一つしかない。
「ふう…ようむ~、お茶…じゃない、今は戦闘中だったわね」
「あ、あんたまさか…」
「ごちそうさま。ちょっと小骨が多かったけど、なかなかイケてたわよ」
「食ったのかぁぁぁぁぁ!?わたしの仲間をぉぉぉぉぉっ!!」
そう、幽々子を襲った鳥達は、既に彼女のお腹の中へと消えてしまっていた。
ミスティアの命令の元、幽々子に向けて鳥達が殺到した瞬間。
幽々子は口をあけ、軽く息を吸い込んだ。
それだけで、その場に巨大かつ強力な気流が生じた。
気流はあらゆる方向から、ある一点に吹き込んでいた。
それすなわち、幽々子のお口。いや、奥地と言うべきか。
風に乗り飛行していた鳥達は、一匹残らず強い気流に巻き込まれた。
その結果。
襲い掛かってくる鳥達は、すべて幽々子の口の中へと吸い込まれていったのである。
「えーと…紫」
「何かしら?」
「わたしには、幽々子が周りの鳥を全部吸い込んじゃったように見えたんだけど」
「あら、さすがは博麗の巫女ね。常人には何が起こったのかもわからないもんだけど」
「ええ。大した動体視力です」
妖夢も若干驚いた顔で霊夢に応じる。
「いや、明らかに幽々子の体の何十倍の物量がいたでしょうが!どうやって食うのよ!!」
「よく噛んで食べてるのよ、あの子は」
「そういう問題じゃないでしょう!!」
「幽々子様は消化がお速いお方ですので」
「速いにも程があるわよ!」
霊夢にとって全く信じられない話だったが、紫と妖夢の言ったことに間違いはない。
幽々子は口の中へ食物が入ってくると、すぐさま咀嚼を始める。
1秒間に6000回の開閉を行う顎の力によって、食物は瞬時に液体に近い状態にまで噛み砕かれ、飲み込まれる。
この時点で3分の1程度が消化され、残り3分の2は消化管内で消化・吸収される。
最初に口の中に入ってきた食物が、以上の過程で幽々子の血肉となるのにかかる時間、0.2秒。
ミスティアが夜雀の群れを幽々子に襲い掛からせてから、最後の夜雀が消えるまでかかった時間、約30秒。
つまり、幽々子は概算で150羽近い夜雀を摂食したことになる。
「あ、ありえない…」
ブクブクと泡を吹いて倒れる霊夢。それでも空に浮いた状態を保つ辺り、さすが博麗神社の巫女さん。
「妖夢も大変ね。1日3食、あの胃袋の相手をするのは」
「5食です…」
白玉桜の支出に占める食費の割合及び、この半人半霊の苦労はもはや説明の必要はないだろう。
背後で泣き崩れる従者を振り返ることもなく、幽々子は呆然とするミスティアに声をかける。
「さあ、次は…メインディッシュね」
「うひいぃっ!?」
鳥頭のミスティアも、幽々子の言わんとするところは理解できた。
すなわち、次の獲物は――自分。
「うふふ…お肉が柔らかそうね。ちょうど食べごろかしら」
「やめてー!!わ、わたしは食べてもおいしくないよー!!」
背中を見せて逃げ回るミスティア。
しかし、幽々子はその先に回りこむ。
「逃がさないわよ~」
「ぎゃあああああ!?」
「大丈夫…やさしく食べてあげるから…お姉さんにまかせて、ね?」
「やさしくない!食べるとか言う時点で全くやさしくない!!」
幽々子の腕はミスティアの腰に回され、指ががっちりロックされた。
哀れなミスティアにもはや逃げ場はない。
「それじゃ、いただきま~、す…!?」
「ふえぇ…あれ?」
頭からミスティアにかぶりつこうとした幽々子が、突然その動きを止めた。
「やっ…な、なに、これ…」
ミスティアから手を離し、幽々子は腹を押さえる。
どこか痛いのか、その顔は苦しそうにゆがんでいる。
「よ…よかった。やっと…効いてきたみたいね」
一方自由になったミスティアは、一息ついて意味ありげな言葉を吐く。
「ど どうしたの幽々子ーっ!?」
「きゅ 急に腹を押さえてうずくまっちまったぞー!!」
例によって驚きつつ思わず解説する霊夢と魔理沙。
「幽々子様…!?」
さすがの妖夢もこの事態だけは予想できなかったようだ。
「まさか…あの幽々子が!」
「幽々子様が…ドリアを皮をむかずに食べ、アナコンダの身体を内側から食い尽くし、
ハサミに本棚、石灯籠に蓬莱人形、ダルマストーブに果てはお寺の釣鐘まで食っても顔色一つ変えなかった幽々子様が…お腹を痛めるなんて!!」
「いや、普段から何食べてんのよ…」
「ててててゆーか明らかに食べちゃまずいもんが混じってるでしょー!どうりで最近見ないと思ってたのよー!」
呆れて物も言えない咲夜、錯乱するアリス。
「あの鳥娘…なにやら仕組んでたみたいね」
「そうね、でなきゃ幽々子があんなことになるなんて考えられないわ」
この場で一番冷静に状況を判断しているレミリアと紫。
「ああああああホライホライわたしのかわいいホライ…幽々子のばかー!!返せぇぇぇぇぇ!!」
アリスは錯乱し続けている。
「あなた…何を…」
「ふふ、お腹が痛い?そうね、それも当然の話!その痛みは…夜雀たちの怨念よ!」
「怨念…?」
未だに苦悶の表情を浮かべる幽々子に対し、ミスティアは得意気に告げる。
「そう…あんたに食われた鳥達のね」
「どう…いう…こと…ううっ」
「あはは、痛い?そうよ、でもあのコ達はもっと痛かったんだからね」
幽々子を見下ろしつつ、話し始める。
「あんたのお腹ん中では今、夜雀たちの小骨が暴れ狂ってるのさ」
「小骨…?」
幽々子は信じられない、と言う顔をした。
馬鹿な。自分の胃は、マンモスの化石さえ消化出来るのだ。
夜雀程度の、しかもよく噛んで飲み込んだ小骨がささるはずなど――
「ちゃんと噛んで食べたのに、って?甘いわね」
「いい?あんたが食べたのは、そこらを飛んでる普通の雀じゃあない。姿かたちこそ普通だが、
霊力のある、れっきとした妖怪鳥なの。彼らは死に際――特に敵に食われるときに、
相手への怨念によって最後の抵抗をするのさ」
「最後の…抵抗?」
「そう。彼らは、肉体を失った魂の力を総動員して、自分達の肉体の一部を蘇らせることができる。
力を使い果たした魂は、そこで消滅してしまうけどね」
「その…いち、ぶ、が」
「そう、あんたの腹にチクチク刺さってる小骨。一度に100羽以上も食べたんだから、小骨の量もそれぐらいね。
普通の人間なら痛みでショック死する量なんだけど。あんたもう死んじゃってるんだっけ?」
なんと、幽々子の腹を痛めているのは、一度は完全に消化された夜雀の小骨であった。
理不尽な死を迎えた妖怪鳥達の、捕食者への最後の抵抗手段。
「己の命と引き換えに、怨念の力によって発現する能力…名づけて!」
ミスティアはビシッ!と指を幽々子に突きつけた。
「大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)!」
「な なんだってー!?大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)!?」
「なんて強引な当て字なのー!?」
思わずそのネーミングはどうよと言わんばかりに驚く魔女と巫女。
「むう…まさかあんな夜雀風情があの術を体得しているなんて…」
「し 知っているのか妖夢ー!?」
大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)…
和洋中華あらゆる料理において 鳥の骨を腹に入れることは
大変危険なこととされている
鳥の骨は 魚のそれよりも太く 硬いため
そのまま食べてしまえば 胃をはじめとする消化管壁に刺さる危険があるからである
これに目をつけたのが 鳥から変化した妖怪たちの聖地と呼ばれる
餓鬼憑火寺(がきつかじ)・五代目大僧正、充 師茉(じゅう しまつ)である
彼は鳥が捕食者に襲われ 哀れにも食べられてしまったとき
力の弱い妖鳥の最後の抵抗として この術を編み出した
これは前述したように 硬く鋭い鳥の小骨を 敵の胃壁に突き刺し
内側から相手に苦痛を与え そのまま消化器系を破壊し 死に至らしめる恐るべき術である
食べられて消化されてしまった鳥は 捕食者に対する死の間際の怨念によって
噛み砕かれた小骨を 相手の腹の中で再びこの世に顕現させるのである
この術を体得できたのは 数ある鳥妖怪の中でも ごく一部の上級妖怪だけであり
さらにその発現には 食われた相手に対する強い怨念がなければ 小骨を蘇らせることはできず
術を完全に成功させられる例は 実に稀であったと言われる
ちなみに 近年イタリアのあるギャング団の抗争中にこれと似たような超能力を使うものを見たというが
この噂あるいは都市伝説と この術との関連は 明らかではない
武輪流魔法書院刊 『怪鳥 鳥耕作~第5部 黄金のやらないか~』より
「どう亡霊?わたしら鳥を馬鹿にすると、こうなるんだからね!」
「くっ…」
「そして、わたしがあのコ達にした命令を覚えてるかしら?」
「『そこの石に手をついて』…だった、かしら、ね」
「んなこと一言も言ってねえだろ!何その混浴温泉で2人きりの新婚夫婦の会話」
「…たくましい想像力ね」
発言の余裕と裏腹に、幽々子の顔は未だ苦痛にゆがんでいる。
「わたしの命令は…『穴だらけにしちゃえ』よ!今からあんたは」
「!?」
「何百本もの小骨に内側から刺されて…穴だらけになっちゃえ!!」
ミスティアの言葉に呼応するかのように、幽々子の腹の中で何かが蠢く。
「ぐっ…く」
「食い意地が張った罰よ!いますぐ泣いて謝ったらゆるしてあげなくもない」
「くっ…く、うう…」
「さあどうなの!?」
「くく…うっく…」
「痛くて言葉も出ないみたいね~♪」
「くく…くくく…うふ、うふふふ」
勝利を確信し鼻歌を歌っていたミスティアは、幽々子が笑っていることに気付く。
「な、何がおかしいのよ!内側から攻めるこの術から逃げられるわけ…」
「うふふ、そうね。普段のわたしだったら危なかったわ」
「何!?そんな…小骨は!?」
「今見せてあげるわ」
幽々子は自分の腹をぽん、と軽く叩く。
と、何かが腹の中でもぞり、と動いた。
「な…何!?あれは…小骨じゃ、ない…」
腹の中にあった「なにか」は、幽々子の身体を上に登っているようだった。
胃から食道、さらに口腔内へと――そして。
にゅる
という音とともに、幽々子の口の中から何かがまろび出た。
「……(魔理沙)」
「……(霊夢)」
「……(紫)」
「……(咲夜)」
「……(レミリア)」
「……(アリス)」
「……(妖夢)」
辺りを静寂が包んだ。
ちなみに咲夜は時を止めていない。
「……(ミスティア)」
幽々子を除く全員が、見た。
彼女の口元からはみ出している、
小さな、
人間の、
手を。
「ぎ…」
『ぎゃあああああああああああっ!!!!』
「てててってて、手が!!口から、小さな子供の手がぁ!!」
「子供と言うよりあの大きさは胎j」
「それ以上言うなー!!」
「ななななに!?あれは一体何ーっ!!!」
「夢…そう、これはきっと夢よアハハ」
「お、お嬢様ー!?お気を確かにー!!」
「わたし、あの子の友達やめようかな…」
「ああっ紫様!!それはあんまりですー!!」
一同はパニックに陥る。
中には人間を食べて生きてるような者もいるのだが、さすがに腹の中から人間が「出てくる」ような光景は見ていて気分の良いものではない。
それはミスティアも同じだった。
「ああああんた、い、一体何をしたの…」
「べふにー」
口の中に物を詰め込み、頬を膨らませた幽々子が答える。
その拍子に、口からはみ出していた手がさらに外に出た。
「うひいい!?」
再び驚くミスティア。
「…イ」
そして、幽々子の口の中から彼女のものとは違う声が、ほんのかすかにだが、聞こえた。
「もごほもぼほにべはばっへむみはみめ」
「な…なにを言ってるのかわかんないわよ!」
全身に走る悪寒を必死で抑え、幽々子に対峙するミスティア。
「…ーイ」
「はひはひ、ちょっと待ってね」
謎の声は先ほどよりはっきり響いた。
そして、その声に聞き覚えのある人物が一人。
「え…?」
「ど…どうしたアリス?」
なんとかパニック状態を脱した魔理沙が尋ねる。
「うそ…そんな、だって…」
半信半疑、といった表情で、幽々子を見つめる。
「…ラーイ」
「あなたなの…?」
謎の声は今や、誰の耳にも鮮明に聞こえるほどになっていた。
その発生源と思しき小さな手も、幽々子の口から出ようともがいている。
「…ホラーイ」
「やっぱり…やっぱりそうだ…」
「お、おいアリス!」
アリスはある確信とともに、幽々子に駆け寄る。
「ホライ!!あなたなんでしょ!?わたしの蓬莱人形!生きてたのね!!」
「シャンハーイ!!」
アリスと、彼女が連れていた上海人形(いつからいた?最初からいたのだ。喋んなかっただけ)は、
今や肩の辺りまで見えている人形の腕に向かって話しかける。
「あ…あの…」
「いひからあなたはちょっと黙ってなさい。もがもが」
「あ、はい…」
またも放置プレイを食らうミスティアの横で、今、感動の再会が繰り広げられていた。
「…なんで蓬莱人形が幽々子の口の中から出て来るんだ?」
「さあ。さっき食べたとか言ってたけど…」
遠巻きにしてアリスと人形達の再会劇を見守る面々。
必死で幽々子の口の中へ呼びかけるアリスと上海。
そして外の世界へ這い出そうとする蓬莱。
当人達は真剣なのだろうが、端で見ているとかなり前衛的な光景だ。
「…なんであれだけ消化されてないんだ?」
「さあ」
そして今、哀れな人形は恐ろしい亡霊の口の中から解き放たれ、愛する主人と対面する瞬間を迎えようとしていた。
「さあ…わたしの蓬莱…」
両手を広げ、蓬莱を受け止めようとするアリス。
「ホラーイ…」
ずるり
ずるり
一歩一歩、外界へ向かって這って来る蓬莱人形。
(うわ…)
横で見ていたミスティアは、幽々子の口から這い出す人形をじっと見ていたが、
(キモイって!この再会は感動以前にキモイから!)
ぶっちゃけドン引きだった。
蓬莱の両手が外に出、つづいて顔が――
「ホライ、その可愛いお顔を見せて――って」
「シャンハーイ…ッテ」
2人(1人と1体)の顔が引きつった。
「ホラーイ」
(うげ…)
ミスティアの顔も引きつった。
先に説明しておこう。
幽々子は実は、ミスティアが使った「大野鳥肉(別名 ノトーリにく・B・I・G)」のことを知っていた。
よって、いつか自分が鳥を食べる際、この術を使われたときのための備えとして、腹の中に使い魔を飼うことにしたのである。
そのことを考え付いたとき、偶然近くを飛んでいた蓬莱人形が、ちょうどいい大きさで出来も精巧だったため、
まあ、つまり、丸呑みした。
その後、蓬莱人形は幽々子の胃の中に留まり、来るべき日に備え眠っていた。
その間に、なぜ蓬莱は消化されなかったのか?
一言で言えば、
幽々子の胃は自由自在だから…ということになろうか。
「なんでも消化できると言うことは、なんでも消化せずにいられるのよ」
以前、幽々子はそんなことを庭師にこぼしていたらしいが、その能力の詳細はよくわかっていない。
とにかく、蓬莱人形は幽々子の腹の中で生きていたのである。
が、何だかんだ言ってそこは西行寺幽々子の腹の中。
全く無傷、どこも消化されずそのまんまなんて話は、虫が良すぎるわけで。
「ほ、ホライの顔が…顔その他色々も…」
「シャンハーイ…」
愕然とするアリス&上海。
「と…と…」
「溶けてんじゃねえかあっ!!」
そう、鉄をも溶かす幽々子の胃液に触れて、人形が無事でいられるはずがない。
蓬莱人形は全身ところどころが溶解され、衣服はボロボロ、身体はドロドロ、その姿はまさに
「呪詛『死霊のゾンビ人形』って感じね」
「溶かした本人が言うなー!!」
マイケル・ジャクソンの後ろで踊ってそうな見掛けになってしまった蓬莱人形は、上海人形と抱き合って再会を喜び合っている。
上海の体が小刻みに震えているのは、嬉しくて泣いているからだ。うんきっとそうだ。
「うう…帰ったら修理したげないと…」
泣きながら蓬莱を回収するアリス。
さて、とりあえず一連の騒ぎが収まったところで。
「ってちょっと待て!わたしの鳥達の小骨はどうなったのよ!!」
「ああ、あれ?」
涼しい顔の幽々子。
「まあ、上に説明もあるとおり、あのコのお陰で助かったわ」
「どういうこと!?あれだけの骨を…」
「それはね…アリス」
「何よ?」
幽々子の胃液にまみれた蓬莱の身体を拭いていたアリスが振り向く。
「ちょっとその子の背中を叩いてみて」
「はあ…もう、一体何なのよ…」
アリスはしぶしぶ言われたとおりにする。
「ホ…」
不意に、蓬莱人形の様子がおかしくなった。
「蓬莱?どうしたの?」
「ホラアアアアアアアアアイ!!!!」
この後の光景は、後日、その場にいた全員の夢の中で鮮明にリプレイされ、それぞれに最悪の目覚めを提供したと言う。
アリスの腕の中に抱かれた蓬莱は、突然口をあけたかと思うと、
その口の中から、
山のような量の、
鳥の小骨を、
吐き出した。
おお神よ、あなたはなぜ我々にこのような光景を見せたもうか。
全身がドロドロに溶け、かろうじて原形を保っている人形の口から、滝のように吐き出される、骨、骨、骨。
どこにこんなに入っていたと言わんばかりの量であった。
「ホラアアアアアアアアアイ!!ホラホラホラアアアアアアアアアイ!!」
上海人形は空中で痙攣し、今にも墜落しそうになっている。
周囲で見ている者達(幽々子以外)は必死の表情で目をつぶり、耳をふさいでいる。
そしてアリスは。
絶叫しながら骨を吐き続ける蓬莱人形を抱えたアリスは、ショックのあまり意識が飛んだ。
幻想と現実の境界を飛び越え、心を閉ざしてしまったのだ。
そしてちょっとでも蓬莱のことを考えると、今この場で起こっている地獄のような光景を思い出すので、
――そのうちアリスは、考えるのをやめた。
アリス・マーガトロイド 死亡確認
「あ、あの…」
「何かしら?」
蓬莱が最後の一本を吐き出すまで、1人涼しい顔をしていた幽々子に、顔面蒼白のミスティアが話しかけた。
「ちょっと今日、気分が優れないので…帰っていいですかね?」
「あら、大丈夫?お母さんに迎えに来てもらう?」
「あ、それはいいです。家まで飛んで行くくらいはできるんで」
「そう…それじゃ、お大事にね」
「はい。どうも、ご迷惑おかけしました」
「いやいや」
STAGE2 BOSS ミスティア・ローレライ 早退
TRY NEXT STAGE→
「で、とりあえずここまで来たわけだが…」
「そうね…にしても」
霊夢たちは、人里のちょうど真上辺りに差し掛かっていた。
しかし、なにやら様子がおかしい。
いくら異変が起こっているとはいえ、人間達の姿はおろか、集落の影すら見えないのである。
「なんで誰もいないの?」
「夜が終わらないのにビビッて、どっかに隠れてんじゃないか?」
「家ごと?いや、そんなもんじゃないわ。村一つ分、消えてるなんて…」
「おい…その前に…一つ聞かせてくれないか」
霊夢と魔理沙は、それまで一団の中になかった声に振り返る。
「なんでわたしが…この人形使いを背負ってなきゃいけないんだ!」
声の主は、精神崩壊したアリスを背負っていた。
二股に分かれたトンガリ帽子に、豊かな毛並みを誇る9本の尻尾。
紫の式、八雲藍であった。
「仕方ないじゃない藍。色々あったのよ、彼女も」
「だから何故わたしがそれを運ばなきゃいけないんですか~!」
ミスティアが去った後、藍は紫によってスキマから急遽呼び出された。
そしてここまで、瞳から光が消えたアリスをおんぶしてここまで飛んできたのである。
「わたし達は度重なる戦闘で疲弊してるのよ。ボス級の妖怪と戦ったものもいるし、雑魚を相手にするのも骨が折れるわ」
そういう紫自身は、雑魚との戦闘すら他人任せで何もしていないのだが。
「わかりましたよ…こいつが目を覚ましたら帰りますからね!」
「助かるわ~」
その光景を見ながら、ひそひそと話す魔理沙、霊夢、レミリア。
(…そもそもアリスを置いて行くっていう選択肢はなかったのか?)
(いや、さすがに出番があれだけってのは不憫でしょう)
(わたしは今のところそのアリスより影が薄い気がするんだけど)
人里上空、相変わらず賑やかな少女達。
そこに、例によって行く手をふさぐ強敵が現れる。
「動くな妖怪ども!人間達には指一本触れさせん!!」
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編―
STAGE3 歴史喰いの懐郷!!の巻
その少女は、奇妙に人目を引いた。
青と白の二色が織り成す長く美しい髪。
濃い青色が気品と落ち着きを感じさせる、裾の広いワンピース。
意志の強そうな、それでいて理知的な視線。
しかし、それら少女を彩る要素の何より、人目を引くのは、
「あのさ」
「何?」
「あいつの帽子…」
「しっ 聞こえるわよ…」
頭の上の弁当b…帽子であった。
かぶる、と言うより乗せていると言うべき、背が高く径の小さな帽子。
そして、少女はここまで飛んできたわけだが、どういうわけかその帽子は落ちるどころかズレもしない。
ゴムや紐でとめている様子もない。
「何を人の頭をじろじろ見ている!この帽子がおかしいか!?」
少女は高圧的な声を放つ。
そして、その声を受けた霊夢達は
(((((((((おかしいです)))))))))
心の声で綺麗なユニゾンを形成するのだった。
それはともかく。
「この終わらない夜の原因は貴様らだな!?」
「…またか」
少女の敵意に満ちた視線と口調で薄々気付いてはいたが、やはりこの異常な夜に対し過敏になっている者のようだ。
この少女――人間だろうか――は月を隠した者とはおそらく関わりがないだろう。
霊夢はもう無駄な時間を過ごしたくなかったので、友好的に話しかける。
「そう、夜をとめているのはわたし達。だけどk」
「やはりそうか!妖怪の跋扈する夜を長引かせ、人間を襲う気だな!」
「ちょ、ちが」
「言い訳など聞かん!言い訳をするものは罪を認めたものだ!!」
「うわ、完全に聞く耳なし…」
「てゆーか、それはわたしの台詞だった気がするんだけど」
ぼそりとつぶやく幽々子。
「この異常な夜と、貴様ら妖怪から、わたしが人間を守る!」
少女はもはや霊夢達を完全に敵とみなした。
まあ、こんな異常な夜に、巨大な妖気を放つ妖怪や亡霊や人間やそれらが混じったのやらが集団になって飛んでいたら、誰でも警戒するだろう。
(それにしたってもうちょっと話を聞いてくれてもいいのに。そもそもわたしも人間なんだけど)
思わずため息が出そうになる。どうやらまた足止めを食らうことになりそうだ。
霊夢は今度こそ自分の手でさっさと相手を追い払おうかと思ったとき、
「やれやれだ、融通の利かないやつってのはホントに困るぜ」
そう言って一同の中から進み出たのは、お馴染み普通の黒魔術少女、霧雨魔理沙。
「おい、そこの人間っぽいの」
「なんだ」
「いちいち事情を説明するのは無駄みたいだな。だから省く」
「何が言いたい!?」
「言いたいことは一つさ。『わたしらの邪魔すんな。痛い目にあいたくなきゃそこをどけ!』おっとこれじゃ二つか?」
不敵な笑みを浮かべながら、少女と退治する魔理沙。
この時点で、目の前の敵に応対する者が決まったことを、仲間全員が理解する。
(はあ…なんか魔理沙までかっこよく決めてるし。つまり今度はわたしが1人で驚き&解説役なのね)
ついでに霊夢は、この物語における自分の役割も薄々理解し始めていた。
「ふん…本来なら里を隠した時点でわたしの仕事は終わりなんだがな。まあいい、お相手しよう」
「あー、やっぱ人里がなくなったのはお前のせいか」
苦笑する魔理沙。どうやら悪人ではない様だ。
が、どうあってもこちらの邪魔をするという姿勢は…いただけない。
口で言ってわからないなら、パワーでねじ伏せるしかない。
そう、弾幕はパワー。それが魔理沙の信条。
この話弾幕のだの字も出てこねえじゃねえかとか突っ込まないように。
「わたしの名は上白沢慧音。こんないかれた夜など――」
「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。こんないかした夜だから――」
少女―慧音と魔理沙の間で、空気が張り詰める。戦いの始まりの合図。
「なかったことにしてくれる!」
「朝になるまで動いてやるぜ!」
始まった。
例によって少し離れたところから仲間の戦いを見守る少女達。
「魔理沙、大丈夫かしらね」
「心配ないわ。なんだかんだ言って、ここにいる全員があの子の魔砲の恐ろしさを知ってる」
不安げな霊夢の肩に手を置き、微笑む紫。
「毎度毎度、館の壁に穴開けていくのはやめてほしいけど。直すほうの立場も考えてほしいわ」
「あら、いいじゃない?壁一枚でフランの遊び相手になってくれるんなら、安いもんよ」
紅魔館の住人達にとって、魔理沙は最も頻繁に館を訪れる客である。
そして、ある意味では魔理沙ともっとも身近な人物(人でないが)、ご近所さんの彼女は、
「キィィィィィ!骨が、骨が襲ってきましゅう!!溶けた骨略してトケホネが、窓を叩く音だdあだrだポオオオオオオオオ!!」
「わあっ!こ、こら暴れるな!!妖夢、ちょっと手伝って…」
「は、はい!」
「あらあら、トラウマ抱えちゃってるわね~」
「「トラウマ植えつけた張本人が何を言いますか幽々子様ァ!!」」
未だに現実に戻ってこれないでいた。
朝になるまで動いてやる、の言葉通り、魔理沙は縦横無尽に飛び回り、慧音を翻弄する。
慧音はスペルカードを発動する暇も与えられず、矢継ぎ早に飛んでくるマジックミサイルを回避するので手一杯だった。
「どうした!逃げてばっかじゃ勝負になんないぜ!」
「くっ…」
魔理沙は常に慧音の背後に回りこむように移動して攻撃している。
戦闘においてごく基本的な手段であるが、幻想郷で2番目の超高速でこれをやられると、かなり辛い。
既に慧音の身体はあちこちにミサイルのかすった痕があり、血が滲んでいる箇所もいくつかある。
このままの流れで進めば、勝負は間違いなく魔理沙の圧倒的な勝利で終わるだろう。
「へっ、なんか手応えのない相手だったが…まあいいか!急いでるんでな!」
勝利を確信した魔理沙は、懐からミニ八卦炉を取り出す。
「なんか、威勢よく登場した割に、あっけなかったわね、あの人間」
「ふふふ…しつこいようだけど甘いわね霊夢」
「何よ?」
相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべる紫。
「これだけ甘いと、ホントに食べちゃいたくなるわね。舐めていい?」
「いろんな意味でお断りね。で、今度は何?」
「そうねえ、まずあの子は人間じゃないわ。…まあ、半分は人間だけど」
「半分だけ?何それ、妖夢みたいな?」
霊夢は暴れるアリスを、藍と2人がかりで抑えつけている庭師を見やる。
「そう。妖夢は半人半霊だけど、あの子は半分が獣――ハクタクという妖怪ね」
「ふーん。でも、それが勝負と何の関係があるのよ?」
「ハクタクは歴史に干渉する力を持つ。里が見えなくなったのもあの子が人里の歴史を食べたせいね」
「歴史…?」
「そう、それは弾幕の1つや2つで覆せる力じゃない。あの慧音って子がその力をまだ温存しているとしたら…」
紫は八卦炉に魔力を込めている魔理沙に目を向ける。
「この勝負、わからないわ」
「そんな…」
霊夢は不安に駆られた目で魔理沙を見つめた。
「おい、そこの…慧音、つったか?」
「何だ」
「もう勝敗は見えただろう?手荒なまねはしたくない。降参しろ」
「馬鹿なことを言うな。わたしは一歩も退かん」
慧音の身体には先ほどよりもさらに傷が増えていた。
未だその目は強い意思をたたえて輝くが、疲労の色が濃いのも事実。
対する魔理沙は、ほとんど傷を負っていない。
戦力の差は歴然に見えた。
「そうかい…だったら!」
ミニ八卦炉、魔力充填120%。
「わたしが退かせてやる!一度に百歩の大サービスだ!!」
「…来るか!」
「くらってくたばれ!恋符『マスタースパーク』!!」
八卦炉が輝き、強烈な光線が放たれる。
光線は一直線に慧音の方向へ進み、やがて彼女の身体を包み込む。
すでに3戦目にして、この物語で最初の(もしかしたら最後の)スペルカード宣言。
戦闘開始からあまり時間が経っていなかったにもかかわらず、慧音は著しく体力を消耗していた。
その状態で、超広範囲に放たれた魔砲を避けるだけの余裕が、彼女にはなかった。
「あんまし圧勝ってのもつまんないな…おっと、こりゃアリスの考え方か?」
八卦炉をしまう魔理沙。慧音は跡形もなく消え…はしないだろうが、どこかに吹っ飛んでいっただろう。
マスタースパークの威力は仲間の誰もが知るところである。
魔理沙の勝利を疑うものはいなかった。
しかし!
こういう展開ではだいたい敵の逆転劇があるのである!
あ、知ってますか。
『久々にベタベタ展開
こういう状況での逆転劇にマジで驚いてたのが昔の読者なんだよな今の読者は
その後の展開を普通に先読みしちゃうから困る』(H・Rさん)
『全然読めないんだけど
こういうのが少年マンガの王道なのか?
正直魔理沙が勝ったと思っただろ』(S・Tさん)
AA略。
ああいかん、話がそれた。
「魔理沙、大丈夫だったみたいね」
「うーん、ハクタクの力を買いかぶってたかしら?」
自分たちのほうを向いてVサインをする魔理沙を見ながら、紫は首をかしげる。
「いや…違う!志m…じゃない!魔理沙、後ろ!!」
咲夜が指差す先、そこには――
「ああ?後ろに何が…っげ!?」
「ふ…ふふ…捕まえたぞぉ!!」
誰もが己の目を疑った。
メイドが指差した先、そこにあった光景。
驚愕に目を見開く魔女の腰にしがみつく、ボロボロの衣服をまとった半人半獣。
「うそだろおい…マスタースパークの直撃を食らって、なんで生きてんだよ!?」
「気合いだ」
「気合い!?」
よく見ると慧音の身体はところどころ焦げ、綺麗だった長い髪はすすけたり縮れている。
まるでドリフの爆発コントのような有様である。
「くっくっく…ウソだ。見よ!これがお前の魔砲が焼いたものの正体だ!」
そういうと慧音は何か薄いぼろきれのようなものを取り出した。
「こ…これは!?」
「皮だ。わたしのな」
「皮!?」
「そう…貴様の魔砲がわたしに向けられた瞬間、咄嗟に脱ぎ捨てたわたしの外皮!」
確かに、その皮を広げてみると慧音の身体のフォルムに見えなくもない。
「お、おまえ、その…だ、脱皮するのか!?」
「そう!名づけて、ハクタク奥義『SEPE(Skin Peel-off effect:皮革剥離効果)』!」
「な 何ですってー!?」
「むう…あれが世に聞く質量のある残像…」
「し 知っているの藍ー!?」
SEPE(Skin Peel-off effect:皮革剥離効果)…
数あるハクタクの超自然的な力のうち
その奇抜な発想と 斬新な着眼点で知られる奥義
鹿をはじめ 角を持った動物には
成長に伴い 角の表面が脱皮するものがいるが
同様に角を持つハクタクが この脱皮にヒントを得
長い年月をかけた研究と 苛烈な修行の結果
自らの意思で 角はおろか 全身の表皮を脱皮できるようにした
これがSEPEの発祥と言われている
この術は 主に戦闘時 とくにピンチになった時に用いられ
相手の攻撃が当たる瞬間 瞬時に脱皮を行うことで
その場に ある程度の質量と 自分そっくりの形を持った残像を残すのである
相手はその残像を攻撃し 倒したと思い込むので
その隙を突いて 逃げたり 相手を攻撃したりする必殺の奥義である
ハクタクがあらゆる力のリミッターを外す 満月の夜には
この脱皮による残像を いくつも作ることが出来るようになり
まるで分身しているように見えるという
山田閻魔帳文庫刊 『機動先生 ハクタクF91』より
「あれはテンコーの源流とも言われている」
「…あんたも脱皮すんの?」
「するわけないだろう」
「2人ともそんな話をしてる場合じゃないわ。魔理沙がピンチよ」
紫の視線の先、もつれあう2人の少女。
「つ…つまりお前は…分身(のようなもの)してマスタースパークから逃れたと言うのか!?」
「そうだ。満月が不完全なせいで本来の力が発揮できず、少し食らってしまったがな」
こうして不敵な笑みを浮かべる間も、慧音は魔理沙の腰を掴んで離さない。
「このぉ!離せ!!」
「ふ…貴様は今やわたしの術中にはまった!その歴史、食らい尽くしてくれる!」
慧音は満月が偽物であることに気付いていた。
それどころか、実は月を隠した者のことも知っているのである。
しかし、この状況で妖怪がいきり立っている現在、まずは人間を守ることを優先した。
月を隠した犯人も知らない顔ではない。
十分に里の防衛体制を整えた上で、詳細を聞きにいってもいいだろうと考えたのだ。
そこに現れたのが、強力な妖怪を含む一団。
偽の満月では本来の力を引き出すことはできないが、ないよりはマシである。
そして今、慧音の不完全ながらも強力な力が魔理沙を襲おうとしていた。
「さあ、貴様の歴史を頂こうか!」
「や、やめろーっ!」
慧音の目が怪しく輝く。
その瞬間、魔理沙の身体にあてられた慧音の手のひらが鈍い光を放ち始めた。
ジ
ジジ
ジジジ
ジジジジ
ジジジジジジ
奇妙な音。
誰も耳にしたことのない音だった。
しかし、当事者たち――魔理沙と慧音にだけは、この音の正体がわかった。
「く…くく…これが、貴様の、歴史か…」
「ぐあ…な、何…これ」
慧音は、手のひらから魔理沙の歴史を読み取っているのだった。
その音であった。
やがては、同じ場所から「食われる」のだろう。
これが、歴史を操るハクタクの力であった。
ジジジジジジジ
ジジジジジジジジジ
…チーン!
(チーン!?)
自分の歴史が今にも食われそうという抜き差しならない状況にあっても、謎の効果音にツッコまずにいられない魔理沙。
「はっはっは!貴様の歴史は今や全てわたしの手中にある!子供の頃から旧作時代に至るまで、余すところなく!」
「何だって!?きゅ、旧作時代も!?」
自分の中で文字通り黒歴史化していた過去を知られたとあっては、魔理沙もだまってはいられない。
「この野郎、もう一回マスタースパーク食らうか!?」
「おおっと、いいのか?そんなことを言って」
ニヤリと笑う慧音。
「お前の歴史は我が手中にあると言ったろう?」
「だからなんだ!この至近距離なら今度は外さないぞ!」
「ふん、わかってないな。いいか?わたしは歴史を操ることができる。満月が不完全なため、多少は不完全だが…」
鼻先にミニ八卦炉を突きつけられても、慧音は動じない。
「魔理沙!どうしたの!?」
離れて見ていた霊夢たちも、慧音が発するただならぬ雰囲気に気付いた。
「まずい…やはりあの半獣、歴史喰いだったのね…」
「歴史喰い!?」
慄然たる表情で息を呑む紫に詰め寄る霊夢。
「ハクタクは人や場所の歴史を自在に知ることができ、それを『食べる』ことで歴史を消し去ったり、書き換える力を持つ…」
「そんな…それじゃ、魔理沙は、魔理沙の歴史は!?」
当の慧音は、相変わらず魔理沙の腰にしがみついた状態のまま話し続けていた。
「お前の歴史を、わたしは好きなように書き換えることもできる。どうだ、恐れ入ったか?」
「けっ、誰がびびるか!」
啖呵を切る魔理沙。が、その顔には焦燥の色も見て取れる。
歴史を喰う、という得体の知れない能力に自分が捕まったという事実は、少なからず彼女を動揺させていた。
「ふふ、まだわたしの能力の恐ろしさをわかっていないと見える。ならば見るがいい!」
「何!?」
驚く魔理沙から離れると、慧音は――
口の中から紙を吐き出した。
「ってまたこんな展開かよ!」
慧音の口からは、スーパーのレシートのように細い紙が長々と吐き出されていた。
カタカタ…カタカタ…チーン!
「また!?」
謎の効果音とともに、慧音の口から吐き出された紙が切れる。
「ふふふ…見るがいい」
「いや、あんまし…」
慧音は長い紙を魔理沙に差し出す。何か文字が書かれているようだった。
相手の口の中から出てきた紙など、読むどころかあまり触りたくなかったが、魔理沙はしぶしぶそれを受け取る。
「こ…これは…!?」
「そう!見たか、怪しい人間よ!それはわたしがこれから手を加えようとしている貴様の歴史の改訂案の1つ!
己の歴史をそのように書き換えられるのがイヤなら、素直に降参するがいい!!」
魔理沙の手の中にある紙。
それに記された文章は、こんな言葉で始められていた。
「新霧雨魔理沙史~ネクストヒストリー~(パイロット版)」
零歳 魔理沙、誕生
(魔理沙、生まれる)
壱歳 巫女、襲来
(この頃、同い年の博麗霊夢と出会う)
弐歳 見知らぬ、天丼
(何を揚げたものか最後までわからなかったという)
参歳 やらないか、ウホッ
(父親の書斎で見つけた漫画)
四歳 亀、逃げ出した後
(玄爺はこのとき自暴自棄になっていたらしい。理由不明)
伍歳 レイム、心のバフンウニ
(トゲトゲしていた)
六歳 決戦、第3博麗神社
(魔理沙、はじめての弾幕ごっこ。霊夢にコテンパンにやられる)
七歳 腋で造りしもの
(魔理沙、霊夢が持ってきた野菜がどこで栽培されたかを聞き大いに驚く)
八歳 アリス、来日
(実は魔理沙とアリスはこのとき既に出会っていた!後に裏山の木の下で再会した二人は、
太陽の泉を守るためにプリキュ(以下検閲削除))
九歳 ビン・カン、ペットボトル、まとめて
(魔理沙、ゴミを出す)
拾歳 スキマダイバー
(魔理沙、スキマに落っこちて突如1945年1月のポーランドに出現。
バルト海にミニ八卦炉を隠し、同年ベルリン攻防戦に参加。5月7日、
ノルラント師団を離れ、フランスへ。そしてバルト海の中で眠りにつく)
拾壱歳 分離した神のアホ毛
(たくましいなw)
拾弐歳 お金で買えない価値は
(買える物はマスタースパーク)
拾参歳 魔理沙、弟子入り
(悪霊・魅魔と出会い、魔法を学ぶようになる)
拾四歳 ルーミア、魂の座
(それはほおずきみたいに紅かった)
拾伍歳 巫女と人形師
(魔理沙、この年にして修羅場を経験)
拾六歳 死を操る霊、そして
(魔理沙、幽々子に食われる)
拾七歳 四人目の魔理沙
(赤毛魔理沙、白魔理沙、黒白魔理沙に続き、金色の着物を着てチョンマゲを結った『暴れん坊魔理沙』が登場)
拾八歳 靴下の洗濯を
(手洗いで紫の靴下を洗っていた橙が昏睡状態に陥り、大騒ぎに)
拾九歳 漢の戦い
(香霖堂店主、逮捕される)
弐拾歳 瀟洒のかたち 胸のかたち
(魔理沙、ここにきてようやく紅魔館のメイド長の胸の大きさが日によって違うことに気付く)
弐拾壱歳 レティ、誕生
(文字通り幻想郷の大地を揺るがす真の黒幕)
弐拾弐歳 せめて、式神らしく
(魔理沙、テンコーに興味を持ち始める)
弐拾参歳 褌
(香霖堂店主、再逮捕)
弐拾四歳 最後のシ書
(度重なる魔理沙の蔵書強奪に業を煮やしたパチュリー、頼りにならない司書の小悪魔をクビに)
弐拾伍歳 潰れる屋台
(魔理沙、夜雀の屋台で酒を呑んで大暴れ。店主ともどもマスタースパークで灰に)
弐拾六歳 幻想郷の中心でシンジツを叫んだ門番
(己の命を犠牲にしてでもメイド長の真実を僕達に伝えた紅美鈴。僕達は彼女の勇気を決して忘れない)
弐拾七歳 Mima
(魅魔目覚める。地球時2187年。再び宇宙へ)
弐拾八歳 政所を、北に
(魔理沙、天下統一を果たし太閤となる。同年結婚。娘『チルノ』生まれる。
そしてまた人類は新たな進化を始めていく…)
「って、何じゃこりゃあああああああ!?」
「歴史だ。お前のな」
「意味わかんないし!そもそも亀とかアホ毛とかわたしに関係ないし!こーりん捕まってるし!
なんかサンバとか踊ってそうなのいるし!チルノがわたしの娘だし!こーりんまた捕まってるし!
てゆーかこの他色々とツッコミどころ満載だし!」
一気にまくし立てる魔理沙。
そんな魔理沙を見ても、慧音は眉一つ動かさない。
「わたしがちょっと能力を使うだけで、そのツッコミどころ満載の歴史がおまえの人生そのものとなるのだ」
「冗談じゃない!しかもなんで十年以上先まで決まってんだ!!」
「くくく…どうだ、恐ろしいか?おとなしく家に帰ればこの歴史はなかったことにしてやるぞ」
実際には、慧音の能力では魔理沙の未来までも決めることはできない。
歴史とはあくまで「あったこと」であるからだ。
よって、上記の歴史の(ピー)歳以降はハッタリのでたらめである。
しかし、このハッタリも、気が動転している魔理沙には見破れない。
「ちくしょう…」
「おまえ…魔理沙、とか言ったか?なあ…魔理沙よ」
慧音はこう言いながら魔理沙に近づくと、耳元に口を寄せた。
「お前の仲間に向かって『帰ろう』と言え…」
「!?」
仲間達の目には、明らかに魔理沙の劣勢が写っていた。
「魔理沙…一体どうしたのよ!!大丈夫!?」
「やはり…歴史に対しての干渉を受けているのね」
声を荒げる霊夢、歯噛みする紫。
「お嬢様の力で、魔理沙の歴史を修復できないのですか?」
「それは無理よ咲夜。わたしが操るのは運命、言わば現在と未来…対して、
あの半獣が操る歴史は過去。どうにもならないわ」
悔しそうに告げるレミリア。
そんな彼女に、霊夢は食って掛かる。
「そんな…それじゃ、魔理沙は…歴史を書き換えられた魔理沙はどうなっちゃうの!?」
「わからない。ただひとつ言えること…それは」
「それは!?」
「歴史が変わってしまえば…そこにはもう、今のわたしたちが知っている魔理沙はいない…」
レミリアは思わず目を伏せながら、霊夢に言葉を返す。
「うそ…そんな、ことって…魔理沙!!」
絶望的なほど静まり返った夜空に、巫女の悲痛な叫び声が響く。
「『わたしの負けだ。帰ろう』って叫べ…おまえの歴史はそのままの形で残してある。
先ほども言ったが、おとなしく降参すれば何もしない。お前の歴史が変われば、
今の人格そのものも大きく変わる可能性がある。仲間が悲しむんじゃないか?」
「くっ…」
魔理沙は至近距離にいる慧音に対し、打つ手がないまま唇を噛む。
もしも歴史が変わってしまえば、自分はどうなってしまうのだろう。
今まで生きてきた思い出や経験の全てが、失われてしまうのだろうか。
そして、先ほどの歴史改訂案の中には、自分と親しい者達の名もあった。
彼女達――かけがえのない仲間達に対する想いすら、消えてしまうのか。
嫌だった。
自分が変わってしまうことより、彼女達を今と同じように感じられなくなる、それがたまらなく嫌だった。
ついさっき、自分の名を叫ぶ声を聞いた。
霊夢の声だった。
とても不安げに、必死で「魔理沙!!」と叫んでいた。
それは、今ここにいる自分の名だ。
生まれてから、今この瞬間に至るまで、1分1秒たりとも逃さずに生きてきた、自分の名だ。
誰のものでもない、自分だけの歴史。それを象徴する言葉だ。
その言葉を叫ぶ彼女もまた、魔理沙の歴史の一部だった。
大切な友達。
自惚れでなく、自分を心配してくれていることがわかる。
たったひとつでも欠けてはならない、己の人生の大切なひとかけら。
それらを全部、まるごと投げ出すなど、どうしてできよう。
「こ…このまま引き下がれば…後ろを向いて退却すれば…」
考えろ、霧雨魔理沙。おまえの守りたいものとはなんだ?
「ほんとに…わたしの歴史…は…返してくれるのか?」
「ああ。約束する」
慧音は澄んだ目をしていた。
嘘をついている目ではない。
「わたしは人間を傷つけたくはない…降参してくれ。頼む」
慧音は魔理沙の正面に立つと、頭を下げる。
(やれやれ…悪いやつじゃないみたいだな。こんな状況じゃなきゃ、仲良く慣れたかもな)
深くお辞儀した慧音の頭を見つめながら、魔理沙は思う。
これだけ頭を傾けても落ちない帽子のことが気になったが、まあそれは置いといて。
「おい…頭を上げてくれ」
わかったよ、霊夢。みんな。
ま…とりあえず、先に謝っとくぜ。
「最後にもう一回確認だ。ホントにわたしの歴史を返してくれるんだな?」
「わたしは嘘はつかん」
「そうか…だが断る!」
「何!?」
もはや完全に魔理沙の降伏を確信していた慧音の顔が、驚愕に強張る。
「この霧雨魔理沙が最も好きなことの一つは、変な帽子かぶってるやつに『NO』と断ってやることだ!」
悪いなみんな。
心配してくれるのは嬉しいが、わたしらには目的があるだろ?
「へ…変な帽子!?帽子は関係ないだろう!傷ついた、先生深く傷ついた!」
そして涙目の慧音先生。ちょっとかわいい。
「…本人もちょっと気にしてたみたいね」
「まあ、お辞儀のシーンでツッコまなかった魔理沙もよく堪えたわ」
「あの、そんなこと言ってる場合では…魔理沙の歴史は」
1人冷静、と見えて、次は自分の帽子にツッコミが入らないか不安で仕方ない藍。
「許さないからね!おまえの歴史を完璧メチャクチャに書き換えてやるんだから!」
「なんかキャラ違くない?帽子の話はそんなにタブーだったのかよ…」
再びピンチに陥る魔理沙。
慧音はえぐえぐ泣きながら魔理沙を指差す。
「もこたんもかわいいって言ってくれたのに!」
「誰だよそれ…」
魔理沙は呆れ顔の裏で、慧音の周囲に巨大な力が満ちていくのを感じていた。
(やれやれだ…かっこつけて窮地に舞い戻ったんじゃ世話ねえぜ)
頭の中で現在の状況を整理。
現在、慧音と自分は約3メートルの間隔を置いて空中で対峙。
自分の歴史は「食われ」て慧音の手中にある。
自分にダメージはない。
相手のダメージはやや深刻。
(さあて…)
もう一発マスタースパークを直撃させれば、問答無用で相手を吹っ飛ばせる。
が、八卦炉に魔力を込めている間に歴史攻撃を食らうだろう。
その他のスペルも似たような理由で無理。
かといって、生半可な通常弾では、先ほどの質量のある残像とやらでかわされる。
ブレイジングスター…近すぎ。ダメ。
打つ手無しか。
(こんな歴史になっちまうのか…笑うに笑えないな)
慧音に渡された紙を見る。
そこには…
(ああ、魅魔さまんとこは変わんないのか)
(魅魔さまね…)
(魅魔さま…)
そうか。
あったぜ。
打つ手が。
しかも…おお、おあつらえ向きの相手じゃないか。
「きさまの全てをなかったことに!新しい歴史を置き換える!」
「させねえっ!!」
両手を天に掲げ、高らかに叫ぶ慧音。
対して魔理沙は…一気に慧音との距離をつめた!
「遅い!いまさら接近戦に持ち込んだところで、わたしの能力は止まらん!」
歴史操作能力は、慧音の身体に何が起こっても影響を受けることはない。
それは精神の力。
彼女の集中力が途切れない限り、その力の流れは乱れず、途切れない。
そして、怒りに燃える半獣の心は、どんな痛みにも揺らぐことはない。
しかし魔理沙は、この絶望的状況下で、ニヤリと笑った。
「どうかな」
/////////////////////////////
『魔理沙…ここまでよく頑張ったね』
『もう、あんたに教えることは何もない』
あれは、いつだったか。
『…おおっと、免許皆伝にはまだ速い。教えることが尽きたってだけよ』
『あんたが、わたしの教えたことを、教えたとおりに使えてはじめて、修行は終わるのさ』
懐かしい、声。
あれは誰だ?
考えるまでもない。
「魅魔さま…だけど、どうやって」
『簡単よ』
『あんたがここまで習った魔法で…わたしを倒してみな』
「えっ?魅魔さまを?」
『できるはず。あんたが…わたしの言うことをちゃんと聞いて、真面目に修行してたんならね』
そんな、無茶な。
勝てる気がしなかった。
修行は精一杯、真面目に取り組んできたつもり。
教えられた魔法も、使いこなせている…と思った。
それでも、目の前の女性――魅魔に敵うはずはない。そう感じていた。
『それとも、ここで尻尾巻いて実家に帰るかい?未熟者の半人前、として』
「…っ」
退けなかった。
家を飛び出してきたのは何のためだ?
霧雨家を見返すためだ。
かび臭い伝統やしきたりに自分を縛り付けようとしたた大人たちに、目に物見せてやるためじゃないか。
自分で選び、自分で手に入れた力で。
後一歩だ。
そこで全てを水泡に帰すことなど…できるはずもない。
『ほらあ、遅い遅い!わたしはそんなトロい動きを教えたつもりはないよ!』
「くっ…」
『もう一発!』
「あああっ!!!」
師は、強かった。
何度も自分の魔砲はかわされ、弾幕をすり抜けられた。
反対に、師の攻撃は次々と自分に当たった。
的確に。
そして深く。
『もう終わり!?』
「まだまだぁ!」
『よーし、それでこそ我が弟子!』
本気だったのか、手加減していたのか。
それでも、師が自分を真剣勝負で相手してくれていることが、嬉しかった。
しかし、否、だからこそ、悔しかった。
届かないことが。
追いつけないことが。
「当たらない…!?いや、そんなはずは、ないっ!!」
己の修行の日々。
それが意味を持つことを信じ、弾を放つ。
避けられる。
また弾を放つ。
また避けられる。
その繰り返しだった。
『攻撃が単調になってきたねぇ!そんなんじゃ、毛玉の一つも落とせやしない!!』
『戦いの基本を忘れちまったかい!?』
ああそうだ、戦いの基本。
なんだっけ。
あれ。
ん~と。
あれだ、あれ。「敵の注意をそらす」だっけか。
つってもなあ。
『がむしゃらに撃てばいいってもんじゃない!やれやれ、あんたもまだお子様だったか!』
またお子様って言う。
まあ、久遠の夢の中を生きて(?)きた魅魔さまに比べりゃ、そりゃ子供だけども。
背もそんなに高くないし、その…胸も、あまり、大きいほうでは、ないし。
これこそ魅魔さまと比べられちゃ仕方ない。
魅魔さまと…
『ボーっとしない!』
「わっ」
危ない!
いかんいかん。集中集中。
ボーっとしない。
敵の注意をそらす。
敵は魅魔さま。
わたしはお子様。これは関係ない。
胸は大きくない。いやこれも関係ない。
魅魔さま胸はボーっと注意をそらす。混ぜてどうする。
『避けてみな!』
ん?
(おおっと魅魔さまそいつは随分濃い弾幕)
んと、ちょっと待てよ。
(隙間を見つけろ!そして照準をしぼる!針に糸を通すように…回避!)
隙間えーと、つまりあれが照準こうなってしぼる。回避。
(たとえこの密度でも!魅魔さまの策にはまるとしても!とりあえず今は避けに集中!!)
照準た しぼるとえ注意をそらすでも!魅魔さまボーっとさせ策にその隙に中。
(当たったら終わり!負けたら終わり!全部水の泡!わたしはこの先を…わたしのこの先を見てみたいから…負けない!!)
照準た しぼるとえ注意をそらすでも!魅魔さまボーっとさせ策にその隙に中。考えがループ?
魅魔さま わたしは 見てみたい この先 に 集中意をそらす みた か し も ープ?
(注意をそらせ!)
魅魔さま しは 見てみたい おと、感情が思考に追いついたか。 に 集中意 ら みた か も
そうだ、注意をそらせ。
どうやって?
結論。
思考と感情がシンクロ。情報整理。当然無意識。
結論。
完了。全部無意識。
(これか!?)
これだ。
(いける!?)
さあ。
(…まあいいか)
まあいいさ。
(他にないし)
他にないし。
『よく避けた!さあ、ここからどうする!?』
「魅魔さまぁっ!!」
(近づけ!弾幕を抜けた今なら…)
そう、いける。
(つかめ、勝利を!)
その手に。
///////////////////////////////
「どうもこうもない!そのにやついた笑み、消し去ってくれる!!」
(ここにきて…)
慧音の周囲に、魔力が満ちたのがわかった。
準備完了。
書き換えの準備ができました。
これらのファイルを歴史に書き込みますか?
(魔理沙…)
魔理沙の頭の中。
ささやくのは、あの日の自分だ。
(両手でこう…)
真っ白の頭の中に、修行を終えた日の魔理沙がいた。
その姿が次第に薄れていく。
歴史に触れられている。故に自身の記憶の中の過去も消える。
(牛の乳を搾るように…)
消えかけた過去が、ある手つきをとって示す。
「勝…」
ムニッ
魔理沙は、両手で、つかんだ。
勝った、と言いかけた慧音の――よく発達した、形の良い、胸を。
ぞく
慧音の背筋を戦慄が走りぬける。
遅れて、その数百倍の快らk
[作者脳内会議]
拳法家:こっから先、まずくない?創想話でやんの。
生徒会長:俺もそう思う。ぶっちゃけ表と裏の境界越えてるだろ。
ベーシスト:これ、あれだろ。関係ない人が殴られるやつ。
大学生:そうそう。
ボクサー:カットしたがよくね?
外交官:しよしよ。
拳法家:じゃ、この先700テラバイトほどカットで。
全員:異議なーし。
[脳内会議終了]
(以下↓、お話の続きをお楽しみください)
搾 乳 完 了
「あ…ま、魔理沙、おかえり」
「おう!いやあ、手強い相手だったぜ」
「そ、そう…」
無事に帰ってきた魔理沙を出迎える仲間達は、みな一向に頬を染め、顔を伏せるばかり。
「なんだぁ?みんなして黙り込んで」
そう言って首をかしげる魔理沙の顔は、妙にツヤがよかったとかなんとか。
「うっうっ…妹紅…わたし、汚されちゃった…ううう…ぐすっ」
STAGE3 BOSS 上白沢慧音 死亡確認
(補足説明…まあ、どんな痛みにも耐える慧音先生の精神力は、痛みと逆ベクトルの刺激には弱かったということです。
故に、歴史を操る能力もそれによって乱れてしまったというわけですね。本当に、慧音先生はかわいいですね。)
///////////////////////////////
『魔理沙…』
「み、魅魔、さま…」
『ふふふ…わたしの、負けね…』
「その…だ、大丈夫、ですか…?」
『大丈夫。そんなヤワな鍛え方はしてないよ…っと、あれ?』
「まだ、立たない方が…」
『そうみたいね。…まあ、いいか。このままで』
「…」
『魔理沙、一つだけ、聞いて』
「はい」
『誰があんな戦い方教えたこのバカ弟子があああああ!!!』
「ひっ!!い、いきなり耳元で大声出さないでくださいよ!」
『戦闘中にいきなり人の胸揉んでくるやつが言うなぁああ!!』
「あれしか思いつかなかったんですよう」
『普段どんなこと考えて生きてんのよ…』
「でもまあ実際、それで魅魔さまの注意そらして勝てたし、結果オーライですよね♪」
『笑顔で言うなバカ』
「そういう魅魔さまだって、満更でもない顔してたくせに」
『うぐっ…な、なんのことかしら』
「潤んだ目で『やぁ、らめえ』なんて言っちゃったりして、ホント可愛いんだから」
『う、うるさいうるさいうるさい!弟子のくせにわたしをからかうな!師匠だぞ!偉いんだぞ!!』
「でも、勝っちゃったから今日で卒業だしー」
『な…』
「つーわけで魅魔さま」
『何よ』
「わたしと魅魔さまの間には、もう師弟関係はないってことなわけで」
『そ、それが…どうしたのさ』
「だから…もう、いいですよね」
『ああ。あんたは免許皆伝だよ。ホントに釈然としないけどね』
「違いますよ」
『え?』
「もう、いいんですよね…魅魔さまを…師匠ではなく、1人の女性として見ても!」
『いっ!?』
「ずっと我慢してたんです…魅魔さまの顔、声、髪、身体…いつも、わたしの心を狂わせて…」
『ちょ、ちょっと魔理沙』
「だけど、わたしは必死で自分を抑えてきた…だって、魅魔さまは、わたしの、師匠だったから…
弟子が師匠にそんな感情を抱いちゃいけないって、自分に言い聞かせて…」
『えと、その、あの、話がよく見えなく…』
「でも、もう我慢しなくていいんです!だってわたしは…魅魔さまの弟子を卒業したから!」
ねえ、魅魔さま!!」
『は、はい!?』
「わたしのこと…嫌いですか?」
『そんなわけないだろう。あんたは大切な…』
「じゃあ、好きなんですか!?」
『そりゃ…当然…でも魔理沙、それは弟子としてでねって聞いてる?』
「よかった…わたしも、出会った時からずっと…」
『にゃーっ!だだだ抱きついてくるな!ひ、ひとが足腰立たなくなってるのをいいことに…』
「大丈夫。わたしが、連れて帰ってあげます。魅魔さま…いや」
『な、何?』
「連れて帰ってやるぜ、魅魔…お姫様抱っこでな」
『ド、ドキーン!!!!!!』
「でも、その前に…さっきの続きだな」
『あう…ま、魔理沙』
「ん?」
『や、やさしく…してね』
「ああ。わたしは優しいぜ」
その日を境に男言葉を使うようになった魔法少女と、彼女を育てた悪霊がその後どうなったか。
それは、自身の白濁液ならぬハクタク液にまみれ、さめざめと泣き続ける半獣だけが知っている…
TRY NEXT STAGE→
人里を抜けると、竹林が見えてきた。
「あらあら、やっと着いたのね」
「着いた?じゃあ紫、それって…」
「ええ。ここまで辿ってきた気配は、この竹林の中からしてたものよ」
そう、霊夢たちはついに、この満月を隠した犯人の潜む場所へ辿り着いたのである。
「この中に…今回の異変の犯人の隠れ家が!」
竹林の奥、何者かが潜む闇を見つめ、拳を握り締める霊夢。
「ふふ、随分と邪魔が入ったけどね」
お馴染みの、怪しい笑顔を浮かべる紫。
「急ぎましょう。夜を止めるのも、いいかげん飽きてきたわ」
ため息をつきながら、偽の月光をナイフに映す咲夜。
「そろそろ一暴れしたいとこね…ふふ、わたしもあの子の姉ってことなのかしら」
柄にもなくうずく己の身体を思い、苦笑するレミリア。
「妖夢、お弁当にしましょう」
1人、我関せずとばかりに腹の虫を鳴かせる幽々子。
「幽々子様、深夜にものを食べると太りますよ」
時間的には今は昼間なのかもしれませんが、とつぶやく妖夢。
「さーて、何が出るかな?」
箒の上でニヤリと笑う魔理沙。
そして――
「お…おい…いいかげんに…こいつを…なんとか、しろ」
もはや泣きそうな顔になっている藍と、
「さすが水陸両用符『鋼鉄のゴッグ人形』!レーヴァテインでもなんともないぜ!あひゃらららら」
藍に背負われ、未だに現実世界に戻ってこれないアリス。
「シャンハーイ」
心配そうに主人の周りを飛ぶ上海人形。
「ホラーイ」
とりあえず応急処置で包帯ぐるぐる巻きの蓬莱人形。
月を隠した者の真相に近づいた少女達は、さらに恐るべき戦いの渦に巻き込まれていく。
そして、幻想郷全体を混乱に陥れた異能の犯罪者が潜む竹林に乗り込んだ霊夢たちは、
千年前から続く月と地上の因縁を知る。
彼女たちは種族の壁を超えた結束を力にして、全米川下り選手権に出場する。
―魁!!東方塾 永夜大四重凶殺編 第1部 炎ノ時来タレ!!―
完
TO BE CONTINUED…
はッ手が 手が勝手に 100をw
それがイイ!!
まさかこんな人材が隠れていたとは
>名前が無い程度の能力さん
>これはヤバイな まさかこんな人材が隠れていたとは
よろしければ他の作品もご覧になってみて頂けると嬉しいです
>名前が無い程度の能力さん
>あ~なんかおもろい人がきたな
恐縮です…ギャグに頼りすぎかな、この話はw
>月影 夜葬さん
>いろいろとツッコミどころがあるけど……それがイイ!!
自分でもツッコミ切れません。ほとんど夜明けのテンションで書きましたから…
>月影蓮哉さん
>凄いの来た!
詰め込んだネタの数は確かに凄まじいですがw
ちなみに私は超遅筆なので、月影蓮哉さんの筆の速さには憧れます。
>名前が無い程度の能力さん
>一青窈吹いたwwwwwwwwww
あの1行で笑ってくださるとは。感謝!
> 幻想と空想の混ぜ人さん
>|Д゚)ノ◇ 完敗
嬉しいお言葉です。では次回は防衛戦?うう、プレッシャーが!
>SETHさん
>こ これは酷いこんなのには点数はとてもやれん!!!はッ手が 手が勝手に 100をw
よくやった。戻って来い、ピストルズ№5
>アティラリさん
>あなたは私を笑い殺すつもりですか
こまっちゃんに話を通してあるので私の作品でいくら笑っても死にません。
>翔菜さん
>ちょwwwwこれは酷いwwwww
酷い…その言葉が俺を蘇らせる!
>裕さん
>帰って来い!、アリスゥゥゥゥゥゥゥ!!!
第2部ではアリスもかっこよく(?)活躍しますよー
夜が明けてしまう…。
本当にありがとうございま(ry
しかし後半、特に魔理沙の嘘歴史で吹き出してしまいまして。
止めは作者さんの脳内会話。生徒会長ってダレですか(爆笑
そんな訳でこの点数で落ちつきました。続き、楽しみにしてます(礼
永遠亭の連中がどうなるのか楽しみです。
>拾歳 スキマダイバー
「スキマに落っこちて突如1945年1月のポーランドに~…」
ラ、ラキ○ス!?
ちょっと見たいかも
な ん だ こ れ ! ! w
いいぞーもっとやってくれー
ちょっと計算してみたら、幽々子の前歯の開閉距離を3cmとして、1秒間に6000回の開閉を行うわけで、開くのと閉じるのを同じ速度とすると、開くの6000回・閉じるの6000回、つまり3cm×12000回の移動を1秒間の行うわけで。
360m/sって音速かよ。
各面タイトルに「!!」付けただけで凄くそれっぽくなるなぁ、とか、
ジョジョネタはやっぱ良いですよねぇ、とか、
言いたい事が多過ぎてとても書き切れません。
パロネタ以外でも、キャラ壊れが激し過ぎて最初からずっと笑いっぱなし。疲れましたwww
次回がもの凄い楽しみでしょうがないです!
息も吐かせぬこの高速の展開(ヴィジョン)、見逃すな! ついて来れるゥならッ!!
というか幽々子様食いすぎ。てか、何時何処でアナコンダに食われた!?
ともあれワラカしていただきました。
もうけーね可愛いなぁもう。
ゆゆ様何食ってんだwwww
でも貰いゲロはカンベンな。
続編待ってます。
>あいすさん いそいで第2部書くから死なないで!
>Aさん ダッシャァァ。続編があがったときは、いつでも読んでくれ。←これの元ネタって何なんですかね?
>ぱるーさん さらなるすがすさしさを目指します。
>回転式ケルビムさん ホントにそんな事件が!?
>煌庫さん それはもう、慧音先生ですから
>大根大蛇さん 「!!」は自分でも「キタコレ!!!!」なアイディアでした。
実は私は大蛇さんの作品を読んで投稿作家になることを決めた者です♪
>鱸さん つまり、その音速の開閉に耐久できるほどの筋肉と歯がゆゆさまのお口に…
>妄想を具現化する程度の能力さん ショッキングミマー!!
>rockさん ようこそ我が混沌へ。ごいっしょにポテトもいかがですか?
>名前が無い程度の能力さん もっとドタバタする!俺は獣になるぞ
>ぎちょふさん なんでしょうねえ、ホントw
>ループさん 表じゃこれが限界でした! ハッ、背後に気配…
>MIM.Eさん それが夜明けのテンションより生まれしもの…!
>五百小竹さん 実はタイトルもFSSネタだったりします
>変身Dさん 会議に列席しているのは全て作者なんですよ…衝撃の事実!!
>秘密の名無しさん この展開は死海文書に記されている。問題ない。
>TAKさん これぞ永夜返し!?(違
話の展開に追いつけません。(褒め言葉)
アンタは最高だ!! b