Coolier - 新生・東方創想話

ガマチル~大ガマといたずら妖精~

2006/02/28 08:14:12
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 吾輩は幻想郷のとある沼に棲む大ガマである。名は…別段必要ではないので持っていない。
 齢数百年を数える吾輩は、普段は住処の穴で一日中ぼんやりしたり、たまに他の妖怪と茶飲み話しをしたりしてのんびりと静かに過ごしていた。そしてこれからもずっとそうやって過ごしていくつもりであった。
 しかし、最近どうにもそうはいかなくなってきたようなのだ。



 その原因はチルノなる名の妖精だった。その妖精が来たことで少々吾輩の周囲が少々騒がしくなってきたのである。





 吾輩の棲む沼にその妖精がやってきたのはつい最近の話だ、奴は吾輩の沼で蛙たちを凍らせて遊んでいたらしい。
 まぁ古来より妖精とはいたずら好きなものだしたいして悪気はないのだろう。しかし吾輩の沼で好き勝手されては困る。そして何より、自分の楽しみのためだけに精一杯生きている命を奪うことは許されることではない。
 毎日毎日そういった行為を繰り返しているとその報いは己にかえってくる、そういうことは今のあの妖精にはわかるまい。

 友人からその話を聞いた吾輩は、しばしの間思考し、そして独語した。

「ふむ…幼年者を導くのは老人の義務か」

 



 翌日、目を覚ました吾輩はのっそり動き出した、あの妖精を少し教育してやろう。住処から出て一旦水中に入ると泥が舞い上がり辺りが暗くなる、吾輩はそれにかまわずゆっくりと水をかき分け目的地を目指した。





 さて、しばしの時が過ぎ目指す場所にたどり着いた、聞いたところによるとこのあたりにあの妖精がよく出るらしい。吾輩が目指したのはその近くにある蒲の群生地、ここならば身を隠してあの妖精を待てよう。
 水面に目だけ出して辺りをうかがう、妖精はまだいないようだ。吾輩は慎重に前進し、蒲の中へと身を隠した。








 日が高く昇り、そろそろ正午になろうかという時だった。

「チっチルノちゃん!やめようよ~」
「これはしゅこーなのよ、しゅこー…あれ?」
「修行だよ…チルノちゃん」
「うっうるさいなぁ、そんなのどっちでもいいでしょ!湖の蛙がみんな用心深くなってるからわざわざこっちまで出てきたのに…蛙凍らせるの位いいじゃない別に!」
「もう!そんなことばっかりしてると、そのうち手痛いしっぺ返しをくらうよ!」
「しっぺ蛙だかなんだか知らないけどそんなのみんな凍らせてやるわ!」
「あ~もうっ!ホントに知らないんだからね!!」



 飛来してきた騒々しい妖精二人組…たぶんチルノとかいうのはあの二人うちのどちらかだろう。ふむ、一人抜けた…



「もう、大ちゃんもやってみれば面白いのに…」

 ぶつぶつ呟きながらもう一人の妖精が降りてくる…多分こちらがチルノだろう。見るからに子どもっぽい外見の妖精、まぁ言動行動ともやんちゃないたずら坊主…いやおてんば娘といったところか。

「よ~し、あっ発見!」

 早速目の前にいた蛙を凍らせている妖精…間に合わなかったか、しかし吾輩は素早く長距離を移動することはできない。あの妖精が近づいてくるのを待つことにしよう…





 しばらく飛び回って蛙を凍らせていた妖精は、やがて疲れたのか水面に浮かぶ蓮の葉の上に腰をおろした。吾輩がひそむ蒲の群生地付近である。

「へっへ~大漁大漁」 
 葉の上に凍った蛙を置いてはしゃぐ妖精、表情に陰湿な影はない、悪いことと知ってやっているのではないのだろうがだからこそたちが悪いとも言えるな。早めにそのことを教えてやらないと本人のためにもなるまい。



「さてと、未熟な妖精を教育してやるか」
 吾輩はのっそりと動きだし妖精の背後に回る、妖精は凍った蛙を見るのに夢中で吾輩に気付く様子はない。妖精を完全に射程に捉えた吾輩は、一瞬停止し…

カプ!

一気にとびつきその上半身をくわえた。



「~!?」じたばた

 妖精が口の中で暴れている。半分は外に出ているが…両足がじたばたしているな、まぁ普通はそうするか。

「~!!!」じたじたばたばた

 もう少し懲らしめたら放してやるとするか、吾輩がそう思った時だった。

「~~~~~!!!」

「むっ!?」

 口の中に冷気を感じた吾輩は、驚いて妖精を吐き出した。



「ふんぎゃ~!」
 大砲から打ち出されたかのように吹っ飛んでいった妖精は、放物線をえがいて森の方へと落ちていった。





「驚いたな、氷精だったのか。やれやれ、まぁこれで少しは懲りるとよいのだが」
 さて、妖精を吐き出し、吾輩がそう独語したときだった。



「こんにちわー!私は幻想郷一早くて確かな『文々。新聞』の記者、射命丸文と申します!!」
 突然吾輩の前に舞い降りたのは見るからに明るい一人の少女、はて…会ったことはないが何の用だろうか?
「ふむ、何の用かな?」
 別段敵意も感じないので吾輩は話しかけてきた目的を聞く。そんな吾輩に、彼女はなにやらメモを取り出し口を開いた。
「はい!先程妖精をぱっくんと食べていましたが、何がどうしてああなったのかお聞きしたいと思いまして」
「ああ、あれはあの妖精が吾輩の沼で蛙を凍らせるいたずらをしていると聞いてな、ちと懲らしめてやろうと考えたのだよ」 
 隠すことでもないので吾輩はそう答える、彼女はこくこくと頷きながら次の質問に移った。てきぱきしてなかなか感じのいい少女だ。
「はーなるほど、で、吐き出したのは一体?」
「ああ、口の中で突然冷気を発せられてな、驚いて吐き出してしまったのだ」
「大丈夫だったんですか?」
「うむ、大したことは無かった。少々驚いただけだよ」
「なるほどなるほど、では新聞ができましたらお届けに参上いたします!それではっ!!」
「ふむ、それでは」



 吾輩が言い終えるやいなや、少女は天高く舞い上がり飛び去っていった。いろいろとせわしないが…新聞記者とはあのようなものなのか。
 吾輩はあまり世事には関心を示さず生きてきたものだから、新聞記者なる種族と関わりを持つことはなかった。少々騒がしかったが…まぁ不快ではなかった、たまにはこんなことがあってもよいだろう。

 こうして騒々しかったその日は終わり、吾輩は住処へと戻った。







翌日
 どうにも上の方が騒がしく目が覚めた。あの妖精が暴れているらしい、やれやれ懲りていなかったか。
 吾輩はふたたび水面から目だけ出して辺りをうかがった、すると…



「でてこーい!大ガマ!!」
「チルノちゃん!やめよーよ!!」

 再び昨日の二人組が水面上で争っている、どうやらチルノなる妖精のことをもう一人が止めようとしているらしいな。チルノの腕をもう片方が引っ張っている。

「うるさいなー、昨日の大ガマをこんどこそやっつけてやるのよ!昨日は油断してたからああなっちゃったけど今日は…」
「そんなこと言ってるとまた妖精大砲にされちゃうよ!今度はケガしても知らないんだからね!」
「妖精大砲ってねーあれは油断してたからよ!あたいが本気を出せば…」
「油断油断って…そもそもあんないたずらばっかりしているからあんなめに遭うんだよ!もうやめなよ」
「大丈夫よ!今度はあの大ガマを氷漬けにしてやるんだから!!」
「チルノちゃんのばか!もう知らない!!」
「え…ちょっ!?」



 やれやれ、忠告してくれる友人ほど大切な存在はないというに…もう片方の妖精は怒り心頭に発したのかそのままぱたぱたと飛んでいってしまった。



「もう…いいもん、あたい一人であの大ガマなんてけちょんけちょんに…」
 空中で氷を蹴っている妖精、器用な真似をする。



「友人の忠告のありがたみもわからぬお主にはできるまい」
 吾輩は浮上し、妖精に言った。

「あっ!?大ガマ!?」
「左様、大ガマだ」
 こちらを指さし叫ぶ妖精に吾輩は応える、一方妖精は自信満々とばかりに胸をそらし言った。
「へっへーいい度胸じゃない!この氷精チルノさまにケンカを売るなんて…」
 やはりこの娘がチルノか。ふぅ、それにしても幼さゆえの自信…いや過信か。確かに吾輩はスペルカードの一枚も持たない『ただの妖怪』だが…
「ふむ、どちらがいい度胸なのかな。今のお主では吾輩には勝てんよ」
 吾輩はゆっくりと言った、一方妖精のほうは挑発と受け取ったのか早口で言い返す。
「む!あんたなんてスペルカードもない口と体がでかいだけが取り柄のカエルじゃない!あんたなんかに負けないよっ!!」
 やれやれ、散々な言われようだな。
「アイシクルフォール!!」
  氷撃か、あんなのに当たれば吾輩は即時昇天だろうが…

 吾輩はすぐに水中に潜り攻撃から待避する、あの妖精の氷撃も水中までは届かない。

  

「あっ!?この!水中に潜るなんて…あたいのアイシクルフォールに恐れをなしたのね!いくら口が大きくたって口ほどにもないわ」



 水面の上ではあの妖精が勝ち誇っているが…やれやれ、『過信』と『油断』について教育してやろう。
 吾輩は水中を慎重に進み、妖精の背後にまわる。



「へっへー、あたいってば最強ね!」



 勝ち誇っている妖精の背後に吾輩は浮上する、妖精が気付く様子は全くない。

 一撃必中を期した吾輩は、完全に無警戒な妖精の背後から水弾を発射した。


「ふぎゃっ!?」
 一瞬おいて、水と、吾輩の粘液が混ざった水弾は狙い違わず妖精に命中した。妖精は粘液で羽根を動かせなくなったのか、水面に落下して水柱をたてる。

「ちょっ!何こ…べとべとして泳げ…」

 吾輩は、ばしゃばしゃとやっている妖精に近づくと、直下に潜り込み背中に乗せた。





「これで懲りたか?」
 吾輩は、しばらくしてどうにか背の上で一息ついた妖精に聞いた。
「なっこんな事で…今回は油断しただけよっ!!」
 全く反省の気配がない妖精。やれやれ、助けられてもここまで強情を張るというのはある意味賞賛に値するが…
「ふぅ、だが友人の忠告は聞くべきだぞ。特に厳しい事を言ってくれる友人は貴重だ、本当にその人の事を思って言ってくれているのだからな」
「ん…まぁその事だけは受け取るわ。でもあんたなんか次に会った時にはカチンコチンにしてやるんだから!!」
 あくまで非を認めんか…だが『友人の忠告は聞くべき』の部分で目をそらしているのは罪悪感は感じているのだろう、見込みは…少しはあるか。
「別にできるものならかまわん」
「へ?」
 吾輩の言葉に目を丸くする妖精、そんな妖精に吾輩は言葉を重ねた。
「だが抵抗もできないようなカエルを凍らせて遊ぶのはやめておけ、自分より弱いものをいじめて喜ぶのは情けないだけだ。それに、そのうちにその行為は自分にかえってくるぞ」
「む…」
 口をへの字に結んで考え込む妖精、少しは吾輩の言葉を理解してくれたのだろうか?
「岸だ、ほら、あの友人が心配してぱたぱた飛んでいるぞ」
 なんだかんだ言って、この妖精のことを不安に思っていたのだろう。もう一人の妖精が空から不安そうにこちらを見ていた。
「あっ、大ちゃん…」
 チルノとかいう妖精はぴょんと岸に飛び移ると、もう一人の妖精の側に寄っていった。



「だ…大丈夫?」
 降下してきたもう一人の妖精に、チルノなる妖精は目をそらしながら言った。
「うん…ありがと」
「え…?(チルノちゃんが今『ありがと』って…)」
 そんな妖精を見て、もう片方の妖精は戸惑っているようだった。

 ふむ…よくも悪くも素直な『子ども』なわけか。
 


「こ…今度会った時には思い知らせてやるんだからね!」 
 吾輩が一瞬感心したのも束の間、妖精はこちらに『アッカンベー』をしている。やれやれ。
「ちょ…チルノちゃん!?」
「今日のところはこれで帰ってやるわ!!覚えておきなさいよっ!!!」
 そう言うやいなや、まだ飛べないのか走って森の中に消えていく妖精。
「チっチルノちゃん待ってよ、もう!」
 もう片方の妖精は、こちらとあちらに視線をいったりきたりさせながら妖精を追いかけていった。



 ふむ、強情なのは変わらずか…しかし、静かに暮らしてこのまま朽ちてゆくつもりだった吾輩が、どうしてここまであの妖精にかまうことになったのやら、やれやれ。まぁ乗りかかった舟だ、吾輩ができる事はやっておくことにしよう。



 吾輩はまたぶくぶくと水中に沈んでいった。







 そして翌日
「大ガマっ!勝負よ!!」
「チルノちゃん!もう!!」

 また水面の上で争っている二人、やれやれ懲りないな。それにしてもチルノなる妖精の友人はずいぶんと面倒見のいいことだ。
 吾輩は二人の前にゆっくりと浮上した。



「やれやれ、また来たのか?」
「あっ大ガマ!?私の前に堂々と出てくるなんていいどきょーじゃない!」
「ふむ、敗北を重ねている側のセリフではないような気がするのだがな」
「ですよね」
「うるさーい!って大ちゃんまで!?」
「だってあの新聞で『負け妖精』の名が幻想郷中に広まってるよ?」
「う…あのバカ天狗めー!!」
 そういえば昨日吾輩の住処の前に置いてあった『文々。新聞』なる紙には、吾輩に半分呑み込まれているこの妖精の写真が写っていたな。あれが幻想郷中に配られていたのか…地団駄を踏む気持ちは少々理解できるが、それにしても空中で地団駄を踏むとはなかなか器用な…
「でもチルノちゃん、本当にやめよーよ。大ガマさんも迷惑してるよ?」
 ふむ、こちらの妖精はなかなか賢明だな。これだけの気遣いができればよいお嫁さんになれようぞ。
「おっ女にはやらなきゃいけない時があるのよ!大ちゃんどいて、あたいはこいつを倒さなきゃいけないのよ!」
 はぁ、こちらはまだまだ無理だな。吾輩は、じたばたとしながら胸を張る器用な妖精を見てそう思う。
「チルノちゃん…何処で覚えたのよ、そんなセリフ」
 そしてチルノなる妖精の言葉に、もう片方の妖精はあきれ顔であった。 
「いいじゃない、ともかく勝負よ!大ガマ!!」
 ふむ、仕方がないか。吾輩は、ばーんとばかりに指を突きつける妖精を見て言った。

「よろしい」

「えっ!?あの…」
 吾輩の言葉にもう片方の妖精が何か言いたそうな雰囲気だったが…
「大したことにはならんよ、下がっていなさい」
「え…あ、はい」
 吾輩が言葉を重ねると心配そうに下がっていった。



「へっへー、今度こそあんたを凍らせてやるんだから!」
「ふむ、それは無理だろう」
「口が大きいのは顔だけにしときなさいよ!前は油断してたからああなったのよ!!正面きって勝負すればあんたなんかに負けないよっ!!」
 大口をたたくなと言いたいのか…ふむ、もう片方の妖精が何かつっこみたそうにしているな…
「勝負よ!アイシクルフォール!!」
 
 

 吾輩が一瞬考えたその時、妖精はスペルカードを発動させた。
 凍結魔法か、吾輩は水弾を発射すると水中に潜る。あの妖精程度の力ならば水面が少々凍結するだけだろう、学習能力がないな。

 そして吾輩が水中に潜った直後…



「ふぎゃん!?」

「チっチルノちゃん!?」



 蛙を踏みつぶしたような悲鳴…ふむ、われながら嫌な表現だが…を発した妖精が水面に落下してきた。

 吾輩が放った水弾には殺傷能力はない、しかしあの妖精の凍結魔法の中を通過した水弾は『氷弾』に姿を変え、攻撃直後の隙をついて妖精に命中したわけだ。
 まぁ吾輩の放つ水弾程度では、多分少々痛いくらいですむだろう。これで懲りてくれるとよいのだが…



 吾輩は例の妖精の下に浮上し、気絶した妖精を背中にのせて岸辺へと向かった。



「あ…あの…」
 岸辺に向かって泳ぐ吾輩に、もう片方の妖精がおずおずと近づいてくる。背中にのっている妖精が心配なのだろう。
「安心してもよいよ、気を失っているだけだ。傷も残らないだろう」
「あ…はい、ごめんなさい」
 一瞬ほっとしたような表情をしたその妖精は、すぐにすまなそうに言った。いたずら者が多い妖精にしては珍しいな。
「ふむ、お主が謝る理由はあるまいて。まぁ吾輩にしてもそんな迷惑をしているわけではないし、そこまで怒っていたりするわけではないのだ。ただ少々懲らしめてやろうと手を出したらひくにひけなくなったという所かな、まぁ老蛙の暇つぶし程度に思っていればよろしい」

 言い終わると吾輩は大口を開けて笑った。実際の所、最初の一回で『懲らしめる』には十分だったのだろうが、やっている内に少々楽しくなってきたというのが正直な所なのだ。

 吾輩が笑い終えると、妖精が心底心配そうに言った。
「…えっと、でもチルノちゃんはいっつも無茶をするから…そのうち酷いめに遭わないかって心配なんです。この前も博麗の巫女に手を出してけちょんけちょんにされましたし…」
「なんと、無茶なことをする」
 強力な戦闘力を誇る博麗の巫女に戦いを挑むなど無茶もいいところだ、まぁあの巫女が相手ならば殺されることはないだろうが…
「はい、幸い大したケガはなかったんですけど…今後が不安なんです」
 心配そうにため息をつく妖精、本当にチルノなる妖精の事を心配しているのだろうな。そんな妖精に吾輩は言った。
「ふむ、確かにな…弱い者をいじめている者は、そのうちにより強い者に痛めつけられる。あの妖精にはそれがまだわからぬようだな」
「はい…」
「まぁこの妖精もお主には心を許しているのだろう、素直な心を持っていればいつかはお主の忠告に気付くだろうて」
 吾輩はそう言うと岸に上がった。





「あの、色々とご迷惑をおかけしました。よく言い聞かせておきますので」
 気絶したままのチルノなる妖精の側に寄り添ったもう片方の妖精…大妖精…が言う、あれからしばらく雑談し、話した妖精の名が『大妖精』であるいうことを知った。
「ふむ、大妖精よ、お主も苦労が絶えないな。まぁそちらの妖精が目を覚ますとまた騒がしくなるだろうから吾輩はこれで失礼するよ。それでは達者でな」
「はい、それでは」



 前半の言葉に苦笑している大妖精を後目に、吾輩はゆっくりと水中に沈んでいった。







 翌日、吾輩は凄まじい轟音で眠りから醒めた。爆発音らしいが…

 ひとまず吾輩は住処から抜け出し、音のした方に向かった。
  




 どこぞの妖怪が暴れているのかもしれんと、吾輩は水面ぎりぎりで目だけ出し、警戒しながら進む。その時。



「あっ大ガマさん!」
 吾輩の目の前に現れたのは大妖精だった、それにしてもずいぶん慌てている上にあちこちに傷が見える…一体どうしたのか?
 だが、吾輩が聞こうとした時に大妖精の方が先に口を開く。
「チっチルノちゃんが紅魔館の吸血鬼に手を出して…大変なんです!!」
「なんと!?」
 紅魔館の吸血鬼…レミリアと言ったか…は、交友範囲が狭い吾輩でも知っている有名な妖怪だ。最近よく出歩くようになったと聞いたのだが…
「やれやれ、それであの妖精は?」
 吾輩はため息をつきながら大妖精に尋ねる。あの妖精程度の相手に、幻想郷中にその名を知られる吸血鬼が全力戦闘を挑むとも思えんが…
「あの…あそこに」
「む?」

 大妖精が指さした空を見ると、二人の少女…おそらくレミリアとその従者であろう…の弾幕を必死に避けている妖精の姿が見えた。良好な旋回性能と、小さな体型が幸いしてまだ被弾はしていないようだ。

「やれやれ、あの妖精をこちらに呼べるか?」
「え…はい」
 心配そうにこちらを見る大妖精。それはそうだろう、正面からの弾幕勝負では吾輩の戦闘力はあの妖精にすら遠く及ばないのだ。ましてあの吸血鬼相手には…といったところだろう。
「大丈夫だ、大したことにはならんよ」
 そんな大妖精に吾輩は言った。まぁ大したことになるかもしれんが、この際「大したことにはならんよ」と断言しておいたほうが大妖精の精神衛生上よいだろう。
「は…はい!」

 躊躇せずに土砂降りの弾雨の中に突っ込んでいく大妖精、あの傷も助けを求めに付近を飛び回っていた時にできたのだろう。ふむ、その友情は尊敬に値するな。

 

 なんとかチルノ付近に達した大妖精、直後に二人は急降下すると、森の木々に触れんばかりの低高度、かつ高速でこちらに向かってきた。どうやら吾輩の言葉を聞いてくれたようだな、それにしてもあの弾幕の中一気に急降下してこちらに向かってくるとはなかなかよい度胸だな。吾輩に対するその信頼に応えよう。



 吾輩は水面ぎりぎりの深度を保ち二人を待ち受ける。



「咲夜、逃げたわ。追いましょう」
「はい、お嬢様」

 二言三言会話した吸血鬼とその従者がこちらに向かってくる。やれやれ、ここで引きあげてくれるとありがたかったのだが…そううまくはいかんか。



「ねぇ大ちゃん!こっちに逃げてきてどうするの?」
「大ガマさんがこっちに来いって言ってたの!」
「げ、あんな奴の言うこと信じたの!?」
「もう!そんな事言うものじゃないよ!!このままなら確実にやられるんだから!!」
「ま…まぁそうだけど」

 何やら言い争いながらも二人が近づいてくる、そして吾輩の上空を通過する。



「ちょ…大ガマの奴何処にいるの!?いないじゃない!」
「え…あれ?」
「うきーっ!騙されたっ!!」
「あ…でも!」



 大妖精たち二人が吾輩の上空を通過したあと数秒おいて、今度は吸血鬼たちが吾輩の上空を通過する。刹那、吾輩は急浮上して吸血鬼に水弾を放った。



「えっ!?」
「お嬢様!?」

 大妖精たちに気をとられていたのだろう、後方警戒を怠っていた吸血鬼に水弾が直撃し、吸血鬼はたちまちよろめき高度を下げる。
 吸血鬼が弱いものは色々あるが…その中に『水』というのが含まれていたはずだ。長く生きていると役に立たない知識だけ増えると思っていたが…案外役に立ったりするものだな。

「大丈夫ですか!?お嬢様!!」

 従者が吸血鬼の手を取り支えると、同時に急回頭してこちらを向いた。

「やってくださいますね」
 瀟洒にこちらに言葉を投げかける従者に吾輩はこう返した。
「ふむ、すまんな。大した縁ではないが、知り合いが窮地に陥っているのを見過ごすわけにもいかんのだ」
 吾輩は言い終えると、大妖精達をちらりと見たあと従者に向けて水弾をはなつ。



「あら、私には水は効きま…」
 余裕の表情でこちらを見る従者、しかし



「パーフェクトフリーズ!!」

「え!?」



 まともな動きがとれない吸血鬼をかばい『まぁ水に濡れる位なら…』と甘くみていたのであろう従者に、吾輩の水弾と妖精の凍結魔法が同時弾着する。



「つっ!」
 直後、従者の身体は凍りつき、動きがとれなくなっていた。



「ふむ、成功させる自信は三割もなかったのだが…学習能力はしっかりあったか、お主」
 妖精の方を向いて言った吾輩に、妖精は自信たっぷりにこう答えた。
「へっへー、なんてったってあたいは最強の氷精チルノ様よ!同じ失敗は二度と繰り返さないんだから!!」



「チルノちゃん…」
 一瞬の間をおいて大妖精があきれたように言った。
「やれやれ」
 本当にこの自信はどこから来るのやら…吾輩には不思議でならない。
 そんな吾輩の気持ちを知ってか知らずか、妖精はこちらに手をさしのべながらこう言った。
「大ガマ、あんたもけっこーやるじゃない。どう?あたいと組まない?あたい達が組めばどんな敵だって骸骨一触よ!!」
「鎧袖一触だよチルノちゃん…」
 つっこみ所はそこだけなのか?まぁそれは置いておこう。
「ふむ、ありがたいが遠慮しておくよ、吾輩はあまりこの沼から動きたくはないのでな」
「む…しょうがないわね。そんなに引きこもってばかりだとどっかの紫もやしみたくなっちゃうわよ」
 どっかの紫もやしというのが誰を指すのかわからんが…それはさておき
「早く逃げた方がよいぞ、お主ら」
「へ?」
「はい?」
 きょとんとする二人に、吾輩は背後を指し示して言った。
「あの二人があれしきの事でやられるわけがなかろう。さきほどのでも少々時間稼ぎができただけだ。奇襲は二度はきかん、正面から戦っては勝ち目がないのはさきほどの勝負で身にしみただろう」
 背後の吸血鬼主従はまもなく行動の自由を取り戻すだろう。そうなれば今度は勝負になるまい。
「あ…でも大ガマさんは?」
「そーよ、あたいもなしであんた一人じゃ勝負にならないじゃない!」
 ふむ、他人に気をつかえるようになったのは進歩だな。自信過剰は相変わらずのようだが。
「問題ない、吸血鬼と人間が相手ならば沼に潜っていれば手出しはされんよ。だからお主らはとっとと逃げろ」
「あ…ありがとうございます!行こう、チルノちゃん!!」



 袖を引く大妖精と吾輩との間で視線を行ったり来たりさせていた妖精は、しばしためらってこう言った。
「あ…ありがとう、それからあたいはお主じゃなくてチルノだからね!」
「うむ、チルノに大妖精よ、気を付けてな」
「あんたもねっ!」
「大ガマさんも!!」



 二人はパタパタと舞い上がり、空へと消えていった。





「ふむ、もう動けるのだろう?」
 チルノと大妖精が飛び去ったのを確認した吾輩は、振り向いて言った。
「ええ、あの程度の攻撃など大したことはありませんわ」
 と従者。
「こっちは結構効いたわよ、まったく」
 とは吸血鬼。

 そんな二人に吾輩は言った。
「ふむ、すまない事をしたな」
「まったくよ、私があんな小物妖精本気で倒そうとするわけないじゃない」
 だろうな、この吸血鬼の実力ならばその気になればチルノなど一瞬で溶解させることだってできるだろうに。
「あの妖精が館から買い物に出すメイドにちょこちょこちょっかい出してるって聞いたから、暇つぶしも兼ねて咲夜と一緒に懲らしめにきたのよ。まさか水浴びさせられるなんて思いもよらなかったわ」
 プンプンという表現が似合うような表情で吸血鬼は言う。それに対して従者のほうは笑いながらこう言った。
「ですがびしょ濡れのお嬢様も素敵でしたわ」
「殺すわよ咲夜」
「あら、こわい」
 じゃれあう二人。ふむ…話に聞いていた『紅い悪魔』のイメージとは全く異なるな、館に二人の人間が突入して以来性格が少々まるくなったとは聞いていたが…



「今回は見逃してあげるけど、次にうちのメイドに手出ししたら今度は本気で殺すからねとあの妖精に伝えておきなさい、あなたもよ」
 しばらくじゃれあっていた主従は、気がついたように最後にこう言って去っていった。やれやれ…


 

 


 翌日、吾輩の住処にチルノと大妖精がやってきた。穴の入り口で二人の声がする。
「こんにちわ、大ガマさんいますかー?」
「いるかいないかなんて入ってみればわかるじゃない」
「え…ちょっと勝手にはいるのは…チルノちゃん!」
「いいのよ!とっしーん!ふぎゃ!?」
「チっチルノちゃん!?」





「やれやれ、他人の家に入るのに挨拶もせんとは」
 吾輩は腹の下でじたばたしているチルノに言った。
「うるさいわねー!どきなさいよっ!わざわざ心配して来てやったのになんなのよ!!」
「ふむ、まぁそれもそうか」
 吾輩はのそりとチルノの上から降りた。





「よかった、大ガマさんもご無事だったんですね」
「うむ、お主らも無事で何よりだ」
「今無事じゃなくなったわよ!」
 腕をぶんぶんと振り回すチルノ、それだけ動ければ十分無事だろうに…
「さて、チルノよ。お主もこれで少しは懲りたかな?今度からはあまり他人にちょっかいを出さないようにな」
 吾輩はゆっくりと言った。


 チルノはしばし黙ったあとこう言った。
「む…わ、わかったわよ」
「チルノちゃん…」
 不承不承といった雰囲気ながらも頷くチルノを見て、感激したらしい大妖精は目元をぬぐっている。気持ちはわからんでもないが…
「今度からちょっかい出すときには相手を選んでやるわよ!紅魔館のメイドには手出ししないわ」

 わかったと言って…カケラもわかっていなかったか…

「チルノちゃん…」
 今度は膝をついて再び目元をぬぐう大妖精。気持ちはよくわかるぞ、お主も苦労が絶えないな。



「さぁ、大ちゃんとっとと出かけよう、こんないい天気なのにこんな穴蔵に閉じこもっているなんて不健康だって!ほら、大ガマあんたも来なさいよ!!」
 沈黙した吾輩達に何やら業を煮やしたらしいチルノが言った。
「え…あ、うん」
 思わず返事をした大妖精がこちらを向く。
「ふむ、一理あるな、出かけるか」
「あんたも案外話がわかるじゃない大ガマ、じゃあ行こっ、ほら…据え善急がぬは男の恥…だっけ?」
「チルノちゃん…もうどこからつっこめばいのかわからないよ…」
 呆れている大妖精を見ながら吾輩は思った、これからは国語の授業でもしてやるか。

 

「さて、外に出たがこれからどうするのだ?」
 穴から出た吾輩は言った。
「ん、いいじゃないどこでも、てきとーに動いていれば楽しいわよ。こんなに天気もいいんだから」
 やれやれ、まぁそれもよいか。



 見上げれば青い空が何処までも広がっている…吾輩は飛べないが、この空の下適当に動き回るのは案外楽しいかもしれんな。最近は過去何十年分かに匹敵するほど住処から出ているがなかなかに楽しかった、これはもしかするとチルノと大妖精のおかげやもしれんな。

 吾輩はチルノに手を引かれながらそう思った。



「遅いよっ大ガマ!」
「チルノちゃん、待ってあげよーよ!!」
 既に外に出ている二人を見て吾輩は独語した。
「やれやれ、しかし若いのの相手は、この老骨にはちと厳しいな」







 その後、この小さな沼では二人の妖精と遊ぶ大ガマの姿がたまに見かけられるようになったそうな。

 そして、チルノが蛙を凍らせているのは『あまり』見かけられなくなったそうである。



『おしまい』






追記
○月○日○曜日の文々。新聞紙面より
『幻想郷の大ガマ陣地!?大ガマ・チルノ連合部隊紅魔館主従を撃退す!!』
 ○月○日午前10時頃、紅魔館のレミリア(吸血鬼)と咲夜(人間)が、チルノ(妖精)を攻撃中に、大ガマ(妖怪)の水弾を受け一時行動不能になるという事件が起きた。
 奇襲で、さらに吸血鬼の弱点である水による攻撃だったとはいえ、名もなき妖怪と妖精に、名高い紅魔館主従が一時身動きできなくなったという事件はまさに珍事といえよう。なお、紅魔館主従と大ガマにはケガはなかったが、チルノと、その側にいた大妖精(妖精)が軽傷を負ったとのことである。
 詳しい状況は不明だが、以前からチルノは外出中の紅魔館のメイドに手を出しており、それを聞いた紅魔館主従が懲らしめに来たというところであろう。しかし、なぜチルノを大ガマが助けたのかは想像がつかない。
 ただ、結果的にはチルノが以後紅魔館のメイドに手出しをすることがなくなったということから、紅魔館主従の目的は達せられたものと思われる。
 この事件は、悪戯をしている者はやがて痛い目に遭うことと、いかに実力差があろうとも、油断しているとやはり痛い目に遭うということを私たちに教えてくれるよい教訓といえよう。(射命丸文) 

 ここまで読んでいただきましてまことにありがとうございます!読み終えて、ほんの少しでもほんわかした気持ちになっていただければ嬉しいな、と思っているアッザム・de・ロイヤルです。

 さて、今回のお話は『東方文花帖(本)』で、大ガマとチルノのお話を読んで思いつきました。自分の沼で蛙を凍らせている妖精が居ると聞いて懲らしめてやろうと思った大ガマ、というのが、何か子どもたちの成長を見守るご隠居さんのように思えてきてこのキャラクターになりました。
 ただ、チルノが「あたい」と言っているのは花映塚によります。花映塚の「あたいったら最強ね」のセリフがチルノらしくて好きだったので…

 で、毎度毎度厚かましいのですが、何かご意見ご感想などがありましたら何とぞよろしくお願いします。アッザム・de・ロイヤルは、皆さまのご意見、ご感想を動力源に物語を創っておりますので…
 尚、作中でレミリアが水弾にやられるというのは、前回翔菜様から頂いたご指摘がヒントになっています。今回の物語ができたのは、あのご指摘があったおかげです。翔菜様、ありがとうございました。



9月2日大ガマもの新作の投稿に合わせ、チルノ→大妖精の呼称を『大ちゃん』に改正。他微修正。三人目の名前が無い程度の能力様、ご助言ありがとうございました。
 
アッザム・de・ロイヤル
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コメント



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2.70名前が無い程度の能力削除
なるほどだなぁ、と思いました
それにしても大がま渋いw
4.50名前が無い程度の能力削除
楽しませてもらいました。
ただ最後の記事はちょっと文にしては迂闊だったのでは…立場の為に紅魔館は大ガマを倒さざるを得ないなんて展開になるのでは、と心配しました。そして終わって安堵。
20.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
 ご意見ご感想ありがとうございました!
>名前が無い程度の能力様
 そう言っていただけて、きっと大ガマも喜んでいると思います♪ちなみに、作者はもっと喜んでいます。

>二人目の名前が無い程度の能力様
 楽しんでいただけて何よりです。 
 >立場の為に紅魔館は大ガマを倒さざるを得ない
 うむむ…成程、確かに迂闊でした。レミリアと咲夜は大してこだわらないだろうなぁなどと甘く考えていたのですが、『紅魔館の立場』という所までは考慮していませんでした、ご指摘ごもっともです。以後はもっとよく考えて書こうと思います、ありがとうございました。
21.70名前が無い程度の能力削除
チルノ→大妖精の呼び方について考えてみた。
「大妖精」って響きがちょっと硬いので「ちゃん」と合わないと思う。
何というか呼びにくそうに思える。
ちゃん付けでいくなら「大ちゃん」とか、
そうでないなら呼び捨てで「大妖精」とか。
23.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
ご指摘ありがとうございました!
>三人目の名前が無い程度の能力様
 >「大妖精」って響きがちょっと硬いので「ちゃん」と合わないと思う。
 なるほど、確かに呼びにくいですね(実際に口に出してみました)。「大ちゃん」と言うととても自然で、かつチルノらしいく感じたので、次の登場からは「大ちゃん」にしようと思います。
 ご意見とても参考になりました、ありがとうございます。
30.無評価a削除
(・@D)臆