Coolier - 新生・東方創想話

『東方朱月譚』 第二章 ~英雄の助言~

2006/02/26 08:22:30
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幻想郷が人知れず存在出来るのは、科学に溺れた俗人では解けぬ結界、博麗大結界に護られているからである。
その結界は非常に強固であるが、幻想郷に住む一部の者にとっては、綻びを作るくらいは容易い。
食糧である人間を取り入れるためには、ある程度の融通が利かないと不便だからだ。
そして妖怪達は楽園である幻想郷を隠れ里であらしめるために、人狩りの対象とタイミングを慎重に選んでいる。
その役目は、主として外の事情にも精通している、境界を操る妖怪である。

しかし、時に自らの意思で境界を潜り抜ける者が現れる事がある。
それが意識を持った上の行動であるか無意識の願望であるかは別として、
何らかの事情を以って俗世で生きる事が出来なくなった者が大半を占める。と言っても、その数自体が極少数ではあるのだが。
そしてそれらの流浪の人間は、(喰われる事さえなければ)例外無く幻想郷に住み着く事となる。
一番解り易い例が、皆も良く知る紅魔の僕たる侍従長であろう。
そしてもう一つの例が、
―――そもそも俗世に生きる資格を持たぬ、貴き姫とその従者達。
そしてもう一つの例が、
―――輪廻に在る事を棄てた、下賎で穢れた蓬莱の人の形。
そのいずれにも当て嵌まる符合は、遥かなる天より全地を見下ろす、一枚の丸鏡。
時には青く蒼く輝き、時には紅く朱く光る、
妖しくも美しい満月に魅入られた者だという事だ。



「説明か……どこからすればいいもんだろうな。」
歩きながら、うーむと小さく唸る黒い魔女、霧雨 魔理沙。
よく見ると完全に真っ黒という訳ではなく、アクセントとしての白や他の色も交じっており、黒白と言うのが正しいかもしれない。
そんな事を考えながら、並んで歩く朱色の制服の少女―――天沢 郁未(あまさわ いくみ)は右の人差し指を立て、こう言った。
「まず、ここがどういう所なのか。ルーミアから聞いた分だけじゃ情報が足りないわね。」
「幻想郷、っていうのは聞いたんだな?」
ええ、と頷く。ちなみにその単語を最初に教えてくれた(ついでに一戦交えた)ルーミアはと言うと、
「もっと弱い人間を探さないとー!」
などと、妖怪にあるまじき発言を残して去ってしまっていた。
今は取り敢えず魔理沙に付き添う形で森(魔法の森と言うらしい)を歩いているが、どこに向かっているのかも解らない状況だ。
「妖怪がうようよしてて、人間がちょっとしか居ないって聞いたけど。」
「あー、それは事実だぜ。ここで生活してる私みたいな人間にとっては、それが普通だがな。」
どうやら、非常識が常識である事は間違い無いようだ。そして、非常識が続けばそれが常識と化す事も郁未は知っている。なので今更驚く必要も無く、
「つまり、人間側も妖怪に対する自衛手段が確立してるのね。道理でルーミアがあっさり引き下がった訳だ。」
「まあそういう事だが……えらく自然に受け入れるんだな、郁未よ。」
「そう?」
幻想と隣り合わせに生きる彼女ですら、私に疑問を持つのか。とすれば―――
(……いけない、また思考が沈んでる。)
考え過ぎないようにしよう、と己を諌める。その一瞬の沈黙を埋めるように、魔理沙は続けた。
「まあいいか。ともあれ、郁未達が居た世界とここは結界によって隔絶されてる。一応、日本の……東北地方? その辺にあったって昔聞いた記憶があるな。」
「東北……陸奥(みちのく)の郷、ね。」
人の手が及ばぬ異郷とあれば、成る程それは理に叶っている。つまりは、手付かずの自然が残る場所に迂闊に踏み込んでしまうと、ここに迷い込む可能性が充分にあり得るという事だろう。その思考は自然に口を突いて出て来る。
「富士の樹海に飛び込んだ私がここに着いても、何の不自然も無い訳か。つまり、必然なのね、この状況は。」
「……お前、やけに頭の回転が速いな。私が知ってる奴らの中でも一、二を争うぞ。」
「それって褒め言葉と受け取っていいのかしら?」
「私が他人を褒めるのはよっぽどの事だ。」
「つまり、褒めてるのね。……ありがと。」
素直に礼を述べると、金髪の魔女は照れたように苦笑いし、
「初対面の相手に礼を言う奴に至っては初めてだぜ。」
そう言って、顔を背けた。
男言葉だけにその仕草が妙に可愛く感じられ、悪戯心が刺激されるが、今はそんな場合じゃないと我慢する。まずは、今を乗り切るための情報を仕入れるのが先だ。
「幻想郷の事自体は大体解ったわ。それで、自衛手段についてだけど―――」
「ああ、妖怪から身を守る方法は2種類あってな。」
表情を戻した魔理沙が、この幻想の郷で生きる術を語り始めた。



魔理沙の説明を要約するとこうだ。
まず前提として、幻想郷の成り立ちを聞かされた。
山に潜み人を喰らう妖怪達が人間の領域を侵さぬよう、対抗出来る力を持った者達がその近くで見張っていたのだが、文明が急速に進み始めた明治の初頭に、その勇敢な者達ごと結界で封印してしまったのがこの異界だという。
魔理沙自身もその当時に居た訳ではないので、伝聞に拠る所が大きいがな、と付け加えていた。
そして、ここに暮らす人間には2種類おり、それがそのまま自衛手段の違いだと魔女は述べた。
勇敢で力ある者達の子孫であるとは言え、その力を引き継いで来た者は少なく、大多数の人間達は集団で生活する事で、妖怪の手から自分達の身を守っているとの事だ。
一方、力を引き継いだ者達は、それぞれ個性的な業を以って妖怪に相対し、前者の力を持たない人間を守ったり守らなかったり、かなり気まぐれに過ごしているらしい。らしい、というのは魔理沙が明言を避けたのでそう推察するしかないという所だ。
長い前置きはここまでで、いよいよ本題に入る。



「で、だ。最近の兆候として、妖怪が喰うためだけに人を襲う事は滅多に無い。そして人間の方もむやみに妖怪退治なんぞしない。そういう意味じゃ平和だが、小競り合いみたいな事はよく起きるもんでな。」
「小競り合いね。それで?」
聞いた話を頭の中で情報から知識、そして知恵へと昇華させながら、郁未は先を促す。
「その小競り合い……喧嘩とか決闘って言った方が解り易いか。その方法として主流となってるのが、『弾幕ごっこ』だ。」
「『弾幕ごっこ』? 弾幕は解るけど、ごっこって何?」
「つまり、コミュニケーションとか遊びの一種と考えればいい。ただ、往々にして命がけだがな。」
「成る程……ごっこ遊びだけど真剣勝負って訳ね。」
言われてみると、先刻のルーミアとの闘いは命の駆け引きではあったが、後腐れの無い心地良いゲームのようでもあった。無論、生き残れたから言える話だが。
「じゃあ、さっき言ってた『スペルカード』っていうのは?」
「ズバリ、切り札だ。妖怪も力ある人間も固有の能力というか、特性みたいなものを持っててな。その特性の事を、私達は一般的に『~出来る程度の能力』なんて表現する。『スペルカード』はその能力を最大限に活かした強力な攻撃手段、と考えればいい。」
「ふうん……じゃあ、さしずめルーミアは『闇を操る程度の能力』って所?」
そうなるな、と頷く魔理沙。その表情は真剣で、言葉遣いと併せると趣味を熱心に語る少年のようだ。
……何となく、彼女は『弾幕ごっこ』に並々ならぬ情熱を持っているように思えた。
「闇を操る力とは即ち陰の力。だから、あいつは月を冠するスペルも使えるんだな。」
「それで納得ね。じゃあ、魔理沙はどんな能力を持っているの?」
尋ねると、彼女は一瞬のタメの後、応えた。
「私は……『魔法を使う程度の能力』かな。」
その姿に相応しい能力に、郁未は感心したように息を吐き、
「伊達に魔女魔女しい恰好してないわね。」
「おい、それどういう意味だ。」
「褒めてない事だけは確かね。」
「……初対面でけなす奴はゴロゴロ居るが、そこまでストレートに言う奴は人間だけだ。」
先程とは違う意味で顔を背ける魔理沙に、心の中だけで呟く。
(……けなしてもいないんだけどね。)
言っても言い訳にしかならないだろうと思い、郁未はただ微笑するだけにした。



薄暗がりの森の中、しばらく沈黙のまま歩を進め、再び口を開いたのは魔理沙。
「あー……ところで、郁未?」
「何?」
声音にわずかな躊躇いを感じたが、敢えて取り質さず続きを促す。
魔理沙は何か難しい顔をしていたが、覚悟を決めたようにこちらに顔を向け、
「あのさ。……外れたって、どういう意味なんだ?」
「―――。」
その表情と言葉で郁未は理解した。
先刻、魔理沙が彼女の異様なまでに『慣れた』動きを問い質そうとして、言葉を止めた理由を。
(……見ず知らずの私に、気を遣ってくれたんだ。)
そう思うと、込み上げて来る気持ちが抑えられず、思わず足を止めて、
「―――ありがとう。」
頭を下げていた。
予想外の動きだったのだろう、正面に立つ魔理沙からは焦りの色が感じられ、
「お、おいおい。いきなり礼を言われても困る。何が何だか解らんぞ。」
「気にしないで。……ただ、言っておかないといけないと思っただけだから。」
そう言って、すぐに頭を上げた。
見えた顔はまだ戸惑いを隠せないようであったが、首を左右に振る事で惑いを消去。
若干困惑の残る口調で話を戻す。
「……えーと。何か気が抜けたけど、聞いてもいいんだな?」
「……ええ。あなたになら、話しても大丈夫だと思う。」
ルーミアに脅し代わりに言おうと思ったときとは違う、自然な気持ちで。
この短時間で、天沢 郁未は霧雨 魔理沙が信用に足る人間だと判断するに至っていた。
「ちょっと、長くなるわよ―――。」
そして、郁未は語り始める。浮世にありながら幻想を体験した過去を。



「確かこの辺だったような……。」
ちょうどその頃、博麗の巫女は先程まで『弾幕ごっこ』が行なわれていた現場に到着していた。
『主に空を飛ぶ程度の能力』を持つ彼女は、唯一規律に縛られる身にありながら、それ以外の事に関しては一切の束縛を受けないという特性―――むしろ、性格の持ち主であった。
常人ならば己の位置を見誤るという『縛り』を持つ魔法の森において、唯一空中から思いのままに探索出来る人間、それが霊夢である。
……まあ、森の中の好きな所へ行けるというだけであって、森から出て行く場合は誰でも飛んで行って問題は無いのだが。
ともかく、草木が薙ぎ払われた惨状を見て、霊夢はスペルカードを用いた『弾幕ごっこ』があったのだと判断。
出発した時に一瞬だけ見えた暗闇と、その後飛び去った金髪黒衣の姿から察するに、
「ルーミアね。地上で『ムーンライトレイ』なんて、随分過激な事をするじゃない。」
真昼間から月の狂気にでも侵されたか、と独りごち、
「―――月、か。」
そういえば、と霊夢は思い出す。
去年の春に百花繚乱となった幻想郷を元に戻すため、当て所無くふらふらと飛び回っている際、月の兎―――鈴仙・優曇華院・イナバとも弾幕を張りあった。
彼女の主と師匠が住む竹林の奥にある屋敷、永遠亭の中での出来事であったのにも係わらず、当の主人達は文句一つ言ってこなかった。霊夢の弾幕はホーミングなのであまり屋敷を傷付けなかったのもあるだろうが、それにしても無反応過ぎた気がする。
魔理沙なら侵入するだけで嫌がられるだろうに、と思考が逸れたのも束の間。
「まさか、あいつらが何か企んでるとか……。」
月の民は地上の民とは思考回路からして違う。ある意味では妖怪より危険な連中と言っても過言ではないだろう。
だが、月符というだけでそこまで考えるのは飛躍し過ぎな気もする。
「ま、行けば解るわよね。」
相変わらずの場当たり的思考を以って、霊夢は行き先を決定。
ルーミアが誰と『弾幕ごっこ』をしたのかという根本的な部分を見過ごしながら、一路竹林へと向かっていった。



魔理沙は郁未の口から紡がれる過去(ものがたり)を無言で聞いていた。
―――母との一度目の別れ。己の心に潜む闇の発現。
いや、何も言えなかったと言った方が正しい。
―――母との再会。そして、二度目(えいえん)の別れ。
それほどまでに郁未の話は酷過ぎた。
―――母を、自分を狂わせた組織への潜入。そこで出会う、己とは違う重荷を背負う仲間。
訥々と話す郁未の表情は無という訳ではない。
―――精神の乖離。己自身に突きつけられる、もはや贖えぬ咎。
だが、そこに感情が浮かぶからこそ……尚の事言葉が出て来ない。
―――苦しみ。足掻き。叫び。哀しみ。
むしろ、何の気持ちも篭めずに話してくれる方が良かった。
―――そして、人に在らざる、恐怖。
そうしてくれれば、途中で止める事も出来ただろうに。
―――そして、今も己に根付く、異形の残滓。
そうしてくれれば、いつもの自分のように二枚舌でごまかせただろうに。
―――全ては、彼女が歩んできた、現実だった。



「……と、これで今までの私の話はお終い。馬鹿みたいな話でしょ?」
「…………。」
郁未が話している間中、魔理沙はずっと無言だった。
その沈黙が何を意味するにせよ、彼女の中で天沢 郁未という人間に対する無知を悔いている事だけは確かな事実であろう。
そこからどんな結論をもたらすかまでは知る由も無いけれど。
「でも、これが私の現実。外で話しても決して受け入れられる事なんて無い、妄想じみた、ね。」
努めて感情を乗せないようにして、締める。
「そういう訳だから、付き合いきれないと思ったらいつでも放っぽり出してね?」
その方が気楽だから、と告げた。その直後。
「―――すまん!!」
魔理沙が土下座していた。ぬかるんだ地面で服が汚れるのにも構わず、顔までも地面に擦り付ける勢いで。
「……魔理沙。」
今度は、こちらが戸惑う番だった。
「私とした事が、無神経にも程があるぜ……! 言いにくい事の一つや二つは誰にでもあるなんて、そんな簡単に考えてた自分が恥ずかしい!!」
まるで自分が悪いかのように憤る魔理沙。それを否定しようと、
「魔理沙が謝る必要なんて無いわ。」
「いや、私が訊かなければ―――」
「訊かれなくてもいずれは話す事だし。それに、私がここにずっと居るって決まった訳でもないんだから―――」
自分でも解るくらい冷静過ぎる口調で、告げる。
「―――そう。魔理沙が謝る『意味』が無いのよ。」
「……!」
魔理沙の身が強張ったのが目に見えて解った。
自分でも何て冷たい事を言うんだろうと思ったが、事実なのだから仕方ない。
むしろ、無駄に情を持たせるような事を言って気を惹く方が残酷なんだというのは、身を以って知っていたから。
―――だから、願うのはただ一つ。
「……ほら、立って。汚れが目立たないっていっても、汚い事に変わりないんだから。」
顔を伏せたままの魔理沙に手を差し伸べる。が、
「―――ダメだ。」
「え?」
怒気を孕んだ呟き。その有無を言わせぬ迫力に、思わず息を呑む。
「私は頭を上げてやらん。」
「……どうして? 魔理沙は何も悪くな―――」
「私が悪いんだっっ!!!」
ビリビリと、森全体に響くような叫び。それと同時に感じた、彼女が持つ力の鼓動。
(これが……魔力……!)
身を縮め、弾けんばかりの力の波動に耐えながら、郁未は魔女の存在を改めて認識した。
怒りに震える英雄の末裔は、顔を上げぬまま哮る。
「謝る意味が無いだって? そんな訳無いだろうが! 一生付き合おうが一瞬で別れようが、出会った事には必ず意味がある! それを『どうせすぐに会わなくなるから関係無い』だと!? なら、お前が出会った仲間も無意味な存在だって言うのかよっ!!」
「―――!」
言われて、気付く。
(……そうか、私は何て勘違いをしてたんだろう。)
人との出会いが無意味であれば、生まれた瞬間から既に無意味という事になる。命である以上、母と出会わなければ生まれる事すら出来ぬのだから。
そして人は『人間』である以上、人と人の間に在って初めて意味を為す生物なのだから。
(……それに、母親でなくても命を生み出す事は出来る。)
他の人間の命を救うという事は、即ち失われた筈の命を再生させたのと同じ事。
その事を何度となく自身で体験しながら、郁未は本質を忘れていた。
(……ごめん。私はアンタに生んでもらった命なのに。)
身を許し、心も許し、授かった命と力。それを否定する事は、自分と『自分』、そして彼の三人を否定するという事。そんな権利は、少なくとも自分には無い。
「……魔理沙。」
改めて、目の前の少女に声をかける。
信用に足るなんて考えておきながら、その存在を軽視し、しかしそんな自分を気遣い、大事な事を思い出させてくれた人。その小柄な黒白の魔女に、もう一度手を伸ばす。
「解った。もう無意味だなんて言わない。だから……顔を上げて?」
ね、と促すが、魔理沙は頑として譲らず、
「ダメだ。お前が『私が悪い』って言うまでは謝り続けてやるからな。」
しかし、もう怒気の感じられない声音で、そう言った。
その様子を見て、郁未は心の中で呟く。
(……この人は、他人を放って置けないんだろうな。)
見ず知らずの相手を褒めたり、事情を知ってる筈も無いのに身の上話を聞いて謝ったり、明らかにこちらが悪いのに自分を責めたり。
人間と接するのと変わらぬ姿勢で妖怪と話が出来るのも、こういう環境だから、という単純な理由では説明出来まい。
それは、彼女の冗談めいた口調の裏に隠された、紛う事無き真剣な心の顕れ。
(……ありがとう、魔理沙。)
胸の内だけで礼を言い、郁未は彼女の要求に応えた。
「そうね。魔理沙は無神経過ぎるわ。」
自然に笑みが出る。そう、それも事実なのだから、仕方ない。
「全くだ。弁解の余地も無いぜ。」
「ええ、ゼロね。だから……。」
―――そう、願うのはたった一つの事。
「……妖怪より危ない私と、友達になってくれる?」
―――情も何も関係無く、対等に接して欲しい。ただ、それだけ。
「……何言ってるんだ、郁未。」
「―――え?」
―――そんな当たり前の願いなんて、
「もう私達、名前で呼び合うような仲じゃないか。」
「……あ。」
―――願うまでもなく叶うのが当然なのだ。



「…………。」
青く澄み切った湖の真ん中に、仲間外れのような紅い大きな館がポツンと存在した。
紅魔館。その主たる吸血鬼、レミリア・スカーレットは珍しく早起きであった。
いつもならば日の沈む頃に目を覚まし、日が昇る頃に眠りに就くのが習慣であるのに、今日に限っては昼下がりの中途半端な時間に目が開いてしまった。
もっとも、予定がある日(主に神社に押し掛ける時など)は朝から活動する事だってあるので、日中に起きている事自体が珍事という訳ではない。
しかし、何の予定も無いのに、こんな昼間に目覚めるのは極めて稀であった。
こういう場合、往々にして機嫌が悪いのがこのお嬢様のセオリーであるが、
「……妙な、夢。」
ぼう、と。焦点の定まらぬ紅眼を瞬かせ、頭を軽く振る。
調子の良くなさそうな仕草は、彼女の500年という歴史の中でも一度あったか無かったかという状況であった。
「あれは……紅じゃない。もっと昏い……朱い、月。」
豪奢なベッドから身を起こし、それに見合うだけの極上の掛け布団が幼い身体を寝巻き越しに滑るのを感じながら、血を吸う姫はまだうまく開かぬ目を擦る。
「―――咲夜?」
虚空に呟くと、誰も居なかった筈の寝台の傍らに、
「お呼びですか、お嬢様?」
最初から居たような口振りで、瀟洒なメイドが立っていた。
銀髪に青が目立つ装いの給仕服姿。十六夜 咲夜は相変わらず平然とした様子で、
「こんな時間にお目覚めなんて……飴でも降りますわ。」
「冬場に雨が降るもんか。いや、降るかもしれないけど、そんなの珍しくも何ともない。」
「そうですね。では訂正して、……槍でも降りますわ。」
常人には理解しがたい主従の会話。お互いにだけ伝わる意思の遣り取りがそこにあった。
「まあ降りたければ勝手に降ればいいわよ。……で、用件だけど。」
「はい。何なりと仰って下さい。」
サバサバした関係だが、そこはやはり主人と従者。完璧を自負するだけあって、弁えるべきはちゃんと弁えている。その事に少しだけ感心したレミリアは、要点だけ申し付ける。
「人形遣いの家に行って来なさい。そこに妙なのが居る筈だから。」
「その妙なのをこちらに? 急ぎですか?」
「見れば解る。」
素っ気無く告げて、ベッドから降りる。どうやら、寝ていられる時間もないようだ。
「かしこまりました。では―――。」
一礼し、咲夜は姿を消した。
その事を確認し、自分の姿を見てみれば、既に着替えは完了している。
恐らく食堂には、自分用の食事も用意されている事だろう。
一流のメイドにして奇術師である己の僕の早業は、何度見ても(見えてはいないが)飽きない。
「急げ、って言ってるでしょうに。」
苦笑混じりに漏らし、寝室の扉を開けた。



「ウドンゲ、お遣いに行ってらっしゃい。」
突然の言葉に、鈴仙は驚きを隠せなかった。
永遠亭、八意 永琳の書斎。研究室も兼ねており、屋敷の中でも一、二を争う広さの部屋で自身の知識を高めていた月の兎は、師匠である白髪の女性からの申し付けに動きを止めていた。
「……あのー、師匠。『行って来て欲しい』なら解るんですが、『行ってらっしゃい』ってどういう事でしょうか?」
「口答えする気なのね。」
「いや、そういうつもりじゃないですけど。」
兎である事を示す2本の白く長い耳をへたらせつつ、鈴仙は師匠からの申し付け……いや、むしろ命令か……を受けざるを得ない事を悟っていた。
「行きますよ。行きますけど、目的とか目的地とかが解らない事には何とも……。」
読み進めていた本に栞を挟み、両手でそっと閉じつつ、当然の疑問を口にする。
「口で言わなくても解るでしょう? その耳は飾りなのね。」
全く不甲斐ない、とジト目で言われると、こっちが悪い気がしてくるから不思議だ。
「いいから『聴いて』ご覧なさい。私には耳なんてなくても感じるわよ。」
「はぁ……。」
仕方なく、鈴仙は言われた通りにする。
いつもは折れたままの耳をピンと伸ばし、ありとあらゆる全ての波を逃さず『聴き』取ろうとする。
―――しばらくそうしていた、次の瞬間。
「―――!?」
鈴仙は、在り得ざるものを幻視していた。
そう、それは彼女の仕える主人達が遥か昔に葬り去った筈の過去。
彼女自身は知らない、しかし決して見えてはならない―――朱い、月を。
「―――師匠、これは。」
「本当は貴女が最初に気付くべきなのに。早くしないと、姫が勘付いてしまう。」
真剣な表情で言葉を作る永琳。それを見て、鈴仙は思わず、
「―――申し訳ありません、師匠。」
頭を下げる。その後頭部に、そっと乗せられる掌の感触。
「貴女が悪い訳ではないわ。……これは、私の不始末の結果。でも、気付かないのは貴女の責任だから、相殺ね。」
促され、顔を上げる。そこには、いつもの微笑を浮かべた全能の薬師の姿があった。
「あちらの目的は解らないわ。けれど、一人である以上、―――いえ、独りで然るべきだけど、今の内に済ませないといけない。解るわね?」
「……はい。」
頷く。
「ここに連れて来なさい。手段は問わないから。」
「……それは、つまり。」
生死も厭わないという事か。いや、自分達の境遇を考えれば、それは必定だろう。
「分かりました。すぐにお連れします。」
疑問を差し挟んでいる余裕は無い。即座に行動に移ろうとして、
「てゐに防衛線を敷かせなさい。余計なのも来そうだけど、それは通していいわ。」
「……言う事聞きますかね、てゐ。」
「私から言っておくわ。」
つまり私では説得不可という事か。まあ、それは今に始まった事でもないので、特に落ち込む必要も無いが。……無いよな、多分。
「では、言って参ります。」
「……気を付けてね。」
珍しく心配顔の永琳。それを見て、鈴仙は気を張って言った。
「大丈夫ですよ。だって、―――私は師匠の弟子ですよ?」



―――役者は揃い始めている。
―――あと、足りないものといえば、何だろうか?
―――その答えは、誰も知らない。
―――たった一人、始まりを見届けた彼女を除いては。


To be continued…
郁未:「一応人間って何よ。」(←前回のあとがきを受けての発言と思われます)
作者:「いやあ、既に人間じゃないでしょう、君は。」
郁未:「否定出来ない所が悔しいわね……でも、何であんなすんなり受け入れる訳?」
作者:「それは郁未自身が良く解ってる筈。脳みそも二つあるようなもんだし。」
郁未:「……やな表現だなぁ、それ。」




変化球でどうでしょうか、Zug-Guyです。
実地でのいきなりの体験入学(『弾幕ごっこ』)の後は、魔理沙先生による『なぜなに幻想郷』のコーナーです。
どちらも優秀な成績を修めた彼女をこの後待ち受けるものは何か……。
まあ、勘が良い人なら既に先は読める気もしますが(苦笑)

しかし、黒歴史なんて考えていたのは私だけのようで。いや、面目ないです。
あーぱーの方も出せば問題無くイケるでしょうが、彼女は多分遠慮無く妖怪達を屠る気がするので、別の意味で黒歴史が始まりますね(苦笑)
個人的には空っぽの着物美人の方が(完全に弾幕じゃなくなります:爆)

今回は弾幕も無く、平和な『伏線ごっこ』です。
またまた『力』を発動してませんが、今回に関してはその必要が無いのと、最初の発動タイミングは彼女の前と決めていますので。ええ、嫉妬に狂う彼女です(ぉ

何だか魔理沙と急速に打ち解けてますが、本当の所はどうなんでしょうね。
二人ともムードメーカーで意地っ張り、そして冷静なようで激情家。似た者同士は合わないと言いますし、潜入する前の彼女とだと絶対に反りは合わない気がします。

かなりノリの部分が大きい今作、とりあえず東方っぽく収められそうな目星がつきそうです。東方の範疇というか、竹取物語の拡大解釈と言うべきかは微妙ですが……。
ではでは、三章でお会いしましょう。


(3月5日追記)
なかなかネットを自由に繋げる環境でないので、コメントは音速が遅いです。
すみません。

>カタパルト~
うむ? 私の知識では返答できかねますなぁ。
すみませぬ。

>必ずしも能力を使うわけでは~
ごもっとも。ですが、幻想郷を知らない彼女に対する説明としては、
こまごまとした解説は望ましくないと思いましたので。
魔理沙はほぼすべて魔法の枠内ですし。

>正統派純文学の~
そうでも無い気が(自分で言うか)
ただ、表現が貧相なだけですよ。

>誤字指摘、「飴でも~
わざとです(笑)
お互いにそこまで解った上で話してますので、傍から見れば本気で意味不明です。

>空っぽ~のほうが東方ぽく~
はい、確実にそうなる気がします。
弾幕ゼロですが。

あと、現時点で既に書きあがって一気にアップしてるので解ると思いますけど、
――あーぱーは出ませんからね?(念のため)
なかなか読めませんが、コメントは頂けると嬉しいです。はい。
ではでは。

Zug-Guy
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コメント



0.370簡易評価
3.80ぐい井戸・御簾田削除
カタパルトはまだか!?
4.無評価名前が無い程度の能力削除
スペルカードについての説明が間違っています
>能力を最大限に活かした強力な攻撃手段
例 運命を操る、死を操る、人間を幸運にする、あらゆる薬を作る
能力を使用している者が多いだけで、必ずしも能力を使うわけではありません

10.80月影蓮哉削除
幻想郷外観表現、魔理沙と郁未の会話によるこの世界の流れ…。
動き出す何かを感じ取るように、各勢力が動き出す。
正統派純文学の流れが生き生きとして良いと思います。

あーぱーの方はどうなんでしょうね(笑
スペック的に見れば………彼女と互角に戦えるのは誰なのだろうか。
11.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字指摘です。

>「こんな時間にお目覚めなんて……飴でも降りますわ。」
>「冬場に雨が降るもんか。いや、降るかもしれないけど、そんなの珍しくも何ともない。」

飴が降るのは珍しいですわ。
13.80名前が無い程度の能力削除
あーぱーの方より、空っぽの着物美人と人形師兼魔術師の人、フランスの詩人みたいな名前の人とその妹の方が、東方ぽくなる気がしますよ?


弾幕にはならないでしょうけど。