天に夜の黒、地に雪の白。
その境界に、炎の紅が渦を巻いた。
「私が奪ったのよ」
鳥に成り下がった人の形が、そう言った。
「……そう」
灰色の雪が、火に煽られ消えていく。
「おじいさんたちは飲まなかったのね」
目を閉じても、その紅は消えない。
「おじいさんたちは、死んだのね」
竹はひたむきに真っ直ぐに、震えながら立っていた。
―立春―
出会いは、いつのことだったか。
あくびが出た。
まぶたを動かしてもそのままの闇は、何度目かの夜を伝える。
指はかじかみ、胸の前で組んだまま固まっていた。
動くこともできず、丸くなった体。
どのみち首を回す程度の広さしかなかったけれど。
ささやかな抵抗として、溜息を吐いてみた。
再生も赤子の段階で止まったままだ。
何かの術のせいなのか、栄養不足が原因なのかはわからない。
何にせよ、無理に動こうという気も起きない。
土を踏む音が聞こえた。
足音だ。
少しずつ、大きくなる。
止まった。
高く乾いた音がひとつ響き、眼前の闇が割れた。
息を止める。
空気が流れ、冷えた外気と共にわずかな光が漏れてくる。
息を呑む気配は、何者かの驚きだろうか。
おそるおそると、細い何かが伸びてくる。
抵抗する余力はない。
両脇を捕まれ、持ち上げられた。高い高い、という程ではない。
一気に視界が広がり、明順応。
雑多な植物が星明りに照らされていた。見覚えは無い。
やはり、月とは違うらしい。
そして目の前、魔物ではなく人の姿があった。賤しき地上人の男。
さっきの細いものは、ふしくれだった指か。
白髪混じりも相まって、それなりの年を感じさせる。
互いに言葉はなく、視線だけが交わされる。
翁は背の籠から手拭を取り出すと、私に巻きつけた。
土と汗の匂いがする。そのまま、私を胸に抱いて歩き出した。
緩慢ながらも慣れた足取りは、木々を抜けていく。
着いたのは山の麓、朽ちかけた小屋だった。全体として傾いでいる。
少しだけ色褪せた木板を引き、中へ入る。
木の蒸した匂いが広がった。薄暗い。
明かりらしきものはなく、部屋の中央、炉の炭が燻るばかり。
その炉辺には老いた女性。こちらを見ないまま、おかえりと言った。
翁も黙って頷き、荷物を降ろし靴を脱ぐ。
よっこらせと呟き、私を抱えたまま媼の隣に腰を下ろした。
少なくとも、私を食べようという素振りはない。
動きが止まったせいか、急に睡魔が襲ってきた。
傍らで媼が目を丸くしていた。ようやく私に気づいたらしい。
何か言っているが、あいにく意識がもちそうにない。
一瞥して、まぶたの自由落下を許した。
「あんまり静かなものですから、お人形さんかと思いましたよ」
「うむ。わしも腰を抜かすところじゃったよ。
なんせ、竹の中に赤子がおったんじゃからの」
―雨水―
次に目が覚めたときは、寒さに震えずに済んだことを覚えている。
私がもぞもぞと動き出したのをみて、翁は粥を差し出した。
私は口に運ばれるものを黙って咀嚼する。味は薄いが、温かい。
「ほほ、いい食べっぷりですね」
「いいことじゃ。と、そうそう、名前は言えるのかの?」
こくりと頷き、
「カグヤ」
それだけ呟いた。
「カグヤ、カグヤとな」
「不思議な名前ですね」
「どこか気の強そうなところなぞ、ぴったりじゃな」
私が精一杯の眼力で睨むと、おぉこわや、と言って二人は笑った。
なんともやりづらい。
そんなこんなで私は食べ終わると、また眠気に襲われた。
「みなに尋ねてくるよ」
「……もし親御さんが見つかったら、連れていきますか?」
「ふむ」
親など見つかるわけはないのだが。
口を挟むつもりもないので、聞き流す。
「いや、先方が良ければ、引き取らせて貰おうかと考えとる」
「はい」
なるようになればいいと思っていた。
少しの安堵が漏れたのは、さっきの粥が美味しかったからだろう。
数刻たって、翁が戻ってきた。
様子を見るに、それらしき人は見当たらなかったようだ。
「おらなんだ」
「そうですか。あまりがっかりした風ではありませんね?」
「まぁ、の」
翁は落ち着かない様子で、懐から木槌のようなものを出した。
私にそれを握らせると、じっと見ている。
媼はくっくっ、とおかしそうに口を押さえている。
とりあえず叩いてやろうと振り上げると、からからと音がした。
槌が中空で、何か入っているのだろうか。
手首を回してみると、木の硬い音がいくつも響く。
二、三転して、二人が微笑んでいるのに気づいた。
……もしやこれで遊べというつもりだろうか。
私は、まだ小さかった手には余るそれを、渋々くるくると回した。
―清明―
その言葉を聞いたのは、産声をあげるには遅いころだった。
縁側に座り、足をぶらつかせながら陽のぬくもりを感じる。
日が昇り、沈む。ただ眺めているだけで、心が穏やかになる。
彼方の赤から橙、黄に染まる空の色は、月に居たころと同じだ。
「しかし、泣かない子ですねぇ」
「うむ。こうも静かだと、返って寂しいわな」
無害な子供を演じていた私に、突然そんな言葉が掛けられた。
なるほど、まったく泣かない子は地上でも不自然か。
適応力の高い私は、振り返り、愛想笑いをしてみた。
二人がびっくりしたようにあとずさった。
「はぁ、びっくりしました」
「うぅむ……心臓に悪いの」
私を人形か何かだと思っていたんじゃあるまいな。
口の端を吊り上げてから、私は夕焼けに視線を戻した。
まぁ、エサが運ばれてくる間はここにいよう。そう思った。
慣れぬ地上に一人で出て行くこともない。
そのうち、目だけでも笑っていれば、二人の頬が緩むことを発見した。
あまり声を上げて笑う習慣はなかったから、これを採用した。
私は目論見どおり可愛がられ、すくすくと育っていった。
家も裕福になった。
翁の仕事は竹を集めて売ることで、大して儲からない。
そこに私という食い扶持が増えれば、大変になるはずだった。
後になって、どうして私を拾ったりしたのかと尋ねたことがある。
二人は笑って答えた。そんなこと考えもしなかった、と。
そんな二人に届いたのが、天の恵みならぬ月からの差し入れだった。
ある日の日暮れのことだ。翁が金の塊を持って帰ってきた。
曰く、私が降りてきたあたりの竹が光っていて、
その竹を割ってみたところ、中から出てきたそうだ。
「また赤子がおるのかと思っての」
「まったく、おじいさんは欲張りですね」
翁は目を泳がせている。
ともあれ、3人で首を傾げながらも有難くいただくことになった。
翁たちには黙っていたけれど、心当たりはあった。
定位置となった縁側に座り、夜に染まった空を見遣る。
頭と腕はいいのに馬鹿でお節介で心配性な誰か。
余計なことをして立場が悪くなっても知らないから、と思った。
姫の為なら、と笑ってみせるさまが目に浮かんだ。
私は何もできなかった。
月は遠い。
地上から見るとあんなに小さいのに。
月から地上をみていたころ、地上なんてちっぽけな星だと思っていた。
今では立場が逆だ。
しかも紅い。離れてみればよくわかった。
気持ちのいいくらい毒々しい光。よくあんなところに居れたものだ。
そうしていると、また水を差すように声がした。
「そういえば、カグヤとはどういう字なのでしょう?」
「はて、そういえばそうじゃな」
ふるふると首を横に振った。
ここの人間はどうも名前に漢字をあてるらしいのは知っていたが、
月の民である私に、そんなものはない。
「字はわからないのかしらね?」
「ふむ」
失礼な。そうではないと言おうにも、上手い説明は思いつかない。
しばらく唸っていた翁は手を叩くと、
「輝かんばかりに美しい夜、なんぞどうかの」
そんなことを言い出した。
年端もいかぬ幼子に輝くほど美しいだなんて、よく言ったものだ。
これが親馬鹿というものかと思う。
輝夜、輝夜ね……繰り返してみると、そんなに悪い気はしなかった。
それで許そう、そういうつもりで鷹揚に二回頷いた。
そのときから、私は輝夜となり、二人は名付け親となった。
そう、その頃はまだ、ただ世話をしてくれる人でしかなかった。
―小暑―
地上には、妖怪と呼ばれる魔物がいる。
それは具体化された穢れであり、地上人を間引く機構も兼ねていた。
けれどいつしか独り歩きし始め、よくわからないものになっていた。
満月が近づいたある夜、里の人間がいなくなった。
妖怪が近くに出たらしい。退治する人間を呼びにいったそうだが。
夜が更けるにつれ、布団の外で小虫の羽音が煩くなった。
――あぁ、鬱陶しい、眠れない。
すこしだけ宙に浮かび、音を立てず、家を出た。
林の奥へ見当をつけて走る。虫の多い方へ。
夜の林にしては、鴉の影もない。
羽虫の類を払いながら、一本の大樹の下に辿り着いた。
枝や根の陰に無数の蟲が蠢き、中央に人に似た何か。
妖怪が、いた。薄い六翅が振るえていて、蜻蛉のようだ。
触角がこちらを向いた。あまり可愛げはない。
こんなのに拾われなくて良かったと、つくづく思った。
「貴方が虫の親玉ね」
「ほう……食べ応えはなさそうだな」
「そんなこと――」
視線を下げる。起伏のない胸から腰があった。巧妙な罠だった。
「まだ子供なのよ!」
「おかしな人間だ。まぁいい」
本当はこんなんじゃない、という主張は、風を切る音に遮られた。
首筋に衝撃。熱を持った痛みが走り、痺れが広がっていく。
眼を向ければ、人差し指くらいの針が刺さっていた。
抜こう、としても腕はだらりと弛緩している。
毒。
気づけば目前に迫った腕に、私の首は捻られた。
世界が暗転し、明滅し、光が溢れ、私は生き返った。
相手は飛びすさる。
立ち眩みに似たものを感じながら、嫣然と微笑む。
「ただの子供だと思わないことね」
「……それはお前が言ったんだろう」
距離をとった相手は、油断がなくなった。
ぴりぴりとした緊張感に、鼓動が速くなる。
何かするつもりだろうか。
木々の間、飴玉大の光球がぽつぽつと灯る。
ぱらぱらと浮き上がったそれは弧を描いて広がった。
「へぇ、粋ねぇ。蛍を模したのかしら?」
様子をみつつ消耗を狙うといった作戦だろうか。
実に小虫らしい発想だけれど、見栄えは悪くない。
小玉は弾けて、さらに小さい何かを飛ばした。数が多い。
およそ八方から飛んでくる。避けるのは諦め、前へと駆ける。
右脹脛や脇が抉れ、涼しくなった。
だらだらして騒ぎになると厄介。
蘇生がかかる前に、決める。
「舞われ廻れ月灯かり」
生きるための術、殺すだけの夢。前進を止め右手をかざす。
狂気の波を永遠で捕え、須臾にずらして解き放つ。
ばらりと光は位相に別れ、可視においてその数五本、いずれも凶器。
指差すは敵、うねる形は杭にして、その本質は餓えた顎。
「喰らえ暗闇へ落ちるまで」
尖らせた紡錘は、光の速度で軌跡を描く。
妖の四肢と首を貫き、樹に縫いとめて停止した。
「お前、何だ」
磔の昆虫標本が喋った。
おぞましいものを、けがらわしいものを見るような眼。
こんな眼で見られるのは久しぶりだった。懐かしい。
いなくなればいいのにと睨んだら、もう虫の息は絶えていた。
私は何だろう。
あいつは、妖怪は、穢れとは何だろう。
地上の穢れが妖怪なら、月の穢れはどこへ行ったのだろう。
「――っ」
顔を伏せて、多分私は笑っていた。
全身が重く、筋肉痛で息をするのも辛い。
帰ろう、そう呟いても、帰ってはいけない気がした。
なんだか疲れた、今夜はここで眠ろう。膝を抱えてうずくまる。
鈴の鳴るような虫の音が聞こえる。
風が葉を揺らし吹き抜けていく音。鳥が羽を打ち飛び立つ音。
静かで、にぎやかな夜だ。
地面からも微かな音が響いてきた。リズムよく駆けてくる。
雰囲気に添わないアレグロだが、馴染みはある。
誰かなんて決まっていた。
死ぬことはないのに、心配されることはある。
まったく余計なことを。そう思った。
思ったのに、重かった腕は、音の方へ伸びていた。
―白露―
私は家事を手伝うようになった。
それは後々一人で生きることを意識して学んだわけではなく、
二人の子供としてごく自然な成り行きだった。
おばあさんの作る料理は、月でのそれとは異なった。
水を汲み、薪を割り、火を起こし、風を送る。
料理以前のそれは、私には面倒であり楽しかった。
初めて包丁を使おうとしたときは怒られたりもした。
「輝夜輝夜、これを着てみて頂戴」
「これは?」
「その服も小さくなってしまったでしょう」
その嬉々とした様子に、私は気圧されてつい従うものだから、
「ふむ……ちょっと裾が長いかしらね」
着せ替え人形にされることもままあった。
おじいさんと竹を集めにもいった。
竹の他にも食べられる草やきのこがあって。
目の良くないおじいさんより多く見つけられるようになった。
拾った者を見せると、頭を撫でようとしてくるのが難だったが。
子供扱いするなと怒ったりもした。
月を見上げる時間が短くなった。
一年ほど経つ頃には、私は月で暮らしていたときと同じ姿を取り戻した。
そして一つの問題が出てきた。
どこから噂を聞いたのか、男が集まってくるのだ。
私の罪深い美貌に憧れたらしい。当然、門前払いだ。
「輝夜や、せめて会うくらいしてみてはどうかね」
「嫌です」
おじいさんは一瞬動きを止め、額の皺を深める。
睨み合いにも似た沈黙。
おじいさんは、ふ、と吹き出すと、苦笑を浮かべた。
「身寄りのおらぬお前じゃ、わしらが面倒をみられるのもそう永くない。
はやく嫁いで安心させてはくれぬか」
「私は、御二人をこそ家族と思って過ごして参りました」
思わず強い口調になっていた。おじいさんも少し戸惑っている。
確かにこのまま困らせるのも考えものだ。
悩んだ末、男には難題を吹っかけることにした。
大半が諦めたり偽物を持ってきたりで、私は遠慮なく馬鹿にした。
中には本気で探しにいく者もいたようだったけれど。
私は今のままでよかった。
―寒露―
月からの使者。
今更よくもまぁ、のこのこと来れたものだ。
月に帰るつもりなんてさらさらない。
けれど、黙って引き下がるとも思えなかった。
永琳を始め、選りすぐりの月人たちだ。
猶予はほとんどなかった。
縁側に腰掛けながら、くしゃみを一つ。
明日の満月が昇るまでに、決めなければならない。
「輝夜、風邪を引きますよ」
「はーい」
出してくれたお茶を啜って、前振りもなく告げた。
「私、実は妖怪です」
二人は呆気にとられ、こちらを向いたまま止まっている。
「と、言ったらどうしますか?」
怯えてくれるようであれば、それまでのつもりだった。
が、私の気を知ってか知らずか、二人はこともなげに答えた。
「ふむ。どうもせんの」
「輝夜は輝夜ですからね」
私が呆気にとられる番だった。
そういえば、とおじいさんが口を開いた。
「さっき誰か訪ねてきたようじゃが、知り合いかの?」
「えぇ……私を、連れて行きたいと」
「えらく酷い顔で走っとったが、また無理難題を言ったのかい」
少し首を傾け、曖昧な答えを返した。二人も黙る。
私の反応に、いつもと違うことを感じたのだろうか。
なんともいえない沈黙が落ちる。
大きく息を吐くと、少し歩いてきますと告げ、二人から離れた。
風が冷たい。
そこかしこの木は僅かにしなり、染まった葉を散らした。
茜の夕陽に、紅葉の朱と銀杏の黄が映える。
季節を知らない竹は松葉色で、少し合わない。それも味。
山間は陽が傾くにつれ、陰影もまた深くしていく。
ひょろろ、と高い空を影が舞った。鳶だろうか。
彼方の稜線に、くの字型の列になって飛んでいく影も見える。
そういえば、地上にきてから空を飛んでいない。
隣にいたのが歩く人間だったからだ。
月が東から昇ってくる。
遠くまで来たなと思う。
要するに、私は何もわかっていなかった。
死なないからって、今がいつまでも続くわけじゃない。
他の全てが歩き、走り、進んでいく中で、自分だけが立ち止まっている。
気づいてしまえば、居ても立ってもいられなかった。
ちょうど使者たちに永琳がいる。薬をつくらないと。
「姫。私は姫を止めることはしません。
ただ一つ、心に留め置いてください。
この薬は、如何な例外もなく禁忌とされたことを」
勧めも止めもされず。私は結局悩むことになった。
わかっている。自分勝手だとわかっている。
でも、みんな不死になればいいじゃない。
みんなで立ち止まれば、おいていかれずにすむ。
そう自分に言い聞かせた。
これが最後だと思いたくない。
戻ってくることはなくても、希望を持つことはできる。
いつか月も何も関係なくなる日まで。
家に帰り、何もできないまま夜は明けた。
朝一番に話すことにした。
機を逃せば、ずるずるとしてしまいそうだったから。
「これは今までのお礼です。どんな病も治し、長生きできる薬です」
「……輝夜?」
震える手で壷を差し出しながら、唾を飲み込んだ。
自分の言葉はどこか遠くから聞こえた。
「私、月へ帰ります」
月へ帰る気なんてない。帰りたくなんてない。
けれど、使者がくる。もうここにはいられない。
「月って言ったのかい?」
「それは例えではなく、あの空の月という意味ですか?」
二人の問いに、浅く頷く。あっさり信じてくれたようだ。
もともと、こんな私を奇妙にも思わない人たちだったけど。
もっと疑ってもいいのに。
そうしたら、私も嘘ですと言えたかもしれなかったのに。
「そんな、急な……」
「今日の明日のという話ではないのでしょう?」
首を振り、答える。
決心が鈍る前に。
「朝御飯を頂いたら、発ちます」
さっさと出るべきだったかもしれない。
そう思いつつも、私は引き伸ばすような真似をしていた。
立ちすくんでいる二人をおいて、窯に火を起こす。
くべるのは、昨晩のうちに用意をしていたものだ。
ぱちぱちと火のはぜる音に、雲雀の鳴く声が重なる。
いつもと変わらない。
「何か我慢ならないところでもあったのかの? それなら」
「いいえ、そうではありません」
声を遮り、炊き上がった御飯を茶碗に盛る。おかずなんてものはない。
白くもない米が、御馳走になったのはいつからだったろう。
「今朝は栗御飯にしてみました」
「おお……、いつのまに拵えておったんじゃ」
「目が覚めてしまって」
三人で正座し、箸を取る。
「冷めないうちにどうぞ」
「……いただきます」
「いただき、ます」
みなゆっくりと噛んでいるように思えた。
漬物も放り込んで顎を動かしても、何の味もしない。
お茶で流し込もうとして、少しむせた。
二人が慌てて立ち上がり、背中をさすってくれる。
大げさねと思いながら、私は顔を上げられなかった。
無言のまま食事が終わって、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
食べ終わってしまえば、もう出発だ。
さして持っていくものもない。
のろのろと戸を引き、外の光に目が眩んだ。
数歩進んで振り返ると、意を決したようにおじいさんが口を開いた。
「どうしても行かねばならんのかい?」
「はい」
「連絡は、とれんのか?」
「はい」
おじいさんは肩を落とし、唇を噛んでいる。
おばあさんは手で顔を覆っている。
不意に抱きしめたい衝動が沸いて、膝が震えた。
「そうか……病気と怪我には気をつけて」
「はい」
「これも持っていきなさい」
おばあさんが、いっぱいに膨らんだ風呂敷を渡してくれた。
「替えの服と、食べ物くらいしかありませんけれど」
「はい」
なんだか夜逃げするみたいだ。
おかしいけれど、嗄れた声しか出なかった。
「ありがとう」
おばあさんは、へたりと座り込んでしまった。
「輝夜」
声を上擦らせて、おじいさんが言った。
「戻って来たくなったら、いつでも帰っておいで」
二人の睫毛が濡れている。目が赤く腫れている。
ここで頷けば、私はいつか誘惑に負ける。
頼めば待たせることになる。
私は返事の代わりに、笑った。
頬を持ち上げ、眉を下げ、久しぶりに、笑顔をつくった。
私はいつから愛想笑いをやめていたのだろう。
二人の顔を、目に焼き付けようと視る。
二人とも、つられて笑みを浮かべた。ひきつっている。
言葉はなくて、でも伝わってくるものがある。
私の返事は、言わなくてもきっと伝わっているだろう。
だから、私は笑顔を崩さず告げる。
想いとは正反対の言葉を。
「戻りません。薬は、できれば使わないで」
深く深く頭を下げる。そのままさらに深呼吸を二つ。
もう大丈夫だ、まぶたの裏にも二人は映る。
目を閉じたまま上体を起こして、体を百八十度回す。
「さようなら」
息を止めて、振り返らずに飛んだ。上へ、空へ。
服が乱れたけれど、形振りなんてかまわない。
渡しておいて使うな、なんて何がしたかったんだろう。
私は意味もなく叫んでいた。
もう地上人には関わらない。
そう決めた。
―永く遠い須臾―
―冬至―
近頃は追手もなくて、気が緩んでいたのかもしれない。
一人、夜の林へ散歩に出ていた私に、声が届いた。
「こんなところにいたのか――輝夜ァ!」
「何、あなた」
声の方を見れば、もんぺ姿の人間だった。
膝まで届く白い髪には、いくつも札が結び付けてある。
そいつは肩を怒らせて叫んだ。
「藤原妹紅! 藤原の娘よ!」
「ふじわら……まぁいいわ。それが何の用なの?」
「父様の仇」
言うが速いか、殴りかかってくる。
何のことだかわからないが、襲われるのには慣れたものだ。
腰を捻りながら半歩ずれ、追撃の膝をかわし、枝で一刺し。
玉で飾られた枝は、少女の首のやや下を貫いた。
怖気の走る手応えは慣れないが、仕方ない。
引き抜こうとして、
貫いたその体が爆ぜた。
夜が白く染まった。
雪と一緒に吹き飛ばされ、木によりかかりながら立ち上がる。
「変ね。どうして死なないのかしら。そういう妖怪?」
「ふん、お前のおいていった薬じゃないの」
少し首をかしげ、まばたき。
「薬? あぁ……蓬莱の薬? どうして貴方が?」
「奪った」
私は固まった。
真っ白な髪に火の粉がかかる。
宣言は彼女の口から出ていた。
「私が奪ったのよ」
風が黒い髪を揺らした。
溶けた雪が流れ落ちた。
ぽた、と雫が滴った。
「……そう」
ゆっくり、噛むように呟いた。
「おじいさんたちは、飲まなかったのね」
目をつむる。
何かが静まって、平坦になっていく。
「おじいさんたちは、死んだのね」
なんだろう。
ほとんど思い出すこともなかったのに。
襟から入ってくる風が酷く冷たい。
髪が首にへばりついて気持ち悪い。
眼を開けば、雲の中、おぼろな月と目があった。
紅く紅く静かに見ている。
私を見ている。
咎めるように。
いつかのように。
「は」
いつでも帰っておいでって、そう言ったじゃない。
「あはっ」
私はいつか帰ろうと思ってたのかしら?
帰れば、あの日の続きが待っているとでも?
「あは、あははははハハハハハッ」
馬鹿じゃないの。
私は。
私は。
私は。
どうしたら、私は。
「ねぇ!」
妹紅は動かない。
じっと見ている。
紅い眼で。
私を。
月。
「お前……泣いているのか?」
軽蔑でもなく、挑発でもなく。純粋な問いかけだった。
私は顔を洗うように両手を持っていく。
「――私は泣いているの?」
濡れていてわからない。
さっきから雪が酷いから。
――しかし、泣かない子ですねぇ――
――うむ。こうも静かだと、返って寂しいわな――
泣いたことなんて無かったから。
自分が泣いているのかさえ、わからない。
なんだ、と吐き捨てる声。
「お前も同じだわ。ただの人間じゃないの」
人間。
地上で育った人間。地上の人間に育てられた。
人間。
化け物じゃない。
「ぅあ――――――――」
私は。
おじいさん、おばあさん。
私は生まれたことを知りました。
おじいさんとおばあさんが死んで私が生きていたことを知りました。
おじいさんとおばあさんが死んで。
私が。
いまさらになって、やっと。
いまさら。
生きて。
手は真っ白で、唇はからから。
眩しい。眼が痛い。痛い、痛い。苦しい。
嫌だ。嫌だ、こういうのは嫌だ。嫌だいやだいやだ。
「――――――――」
「イライラするなぁ。もう殺しちゃおう」
見れば、また殴りかかってきた。気が短い。速い。
目の前でぐっと曲げられた腕が――
お腹で、何かが折れるような音がした。
私は少し浮いて、ゆっくりと背中から落ちた。痛みが熱が、全身を走る。
げほ、と品もなくむせて、喘ぎながら感嘆をもらした。
すぐ傍で舌打ちが聞こえる。
痛い。これが痛み。これが、生きている証。
私が、いまさらになっても生きている証。
死なない体で。
いつまでも。
「――素敵ね」
「あぁ?」
感想があった。
「生きてるって、素晴らしいわね」
「ちっとも良くないわよ」
うんざりしたような声が返ってきた。
体を起こし、咳を払い、尋ねる。
「貴方は死にたいの?」
「そうだな。お前を殺したら死にたいよ」
なぜだか憐れだと、思った。膝を押さえ立ち上がる。
「ようやく目が覚めたか、お姫様?」
「えぇ、礼を言うわ。二人が薬を飲んでいたら、
貴方みたいになるところだったものね」
肩の雪を払い、目を細める。
相手の瞳孔もすぼまって、空気が澄んでいくのを感じた。
「礼なんていらない――死んでくれればいいよ」
「いいわ。諦めないなら、つきあいましょう」
私はいつしか笑っていた。
拳を握る。
静寂、耳鳴り、そして風花が吹き飛んだ。
「煙になって月まで帰れ、不断の徒夢!」
「貴方が死ぬまで殺してあげる、不協の単音!」
迎えに来た永琳を先に帰らせ、息をつく。
体を動かせばすっきりするなんて考えは浅慮だった。
八つ当たりといわれても仕方ない。
痛みは増えただけだ。治ることはあっても無くなることはない。
火は既に消えていた。
相手がもう起き上がらないのを確認して、後ろへ倒れこむ。
体中が霜焼けになっていきそうだった。
風邪をひくかしら、という発想が浮かび、疑問を感じる。
そんな心配とは無縁の体だ。頭にあまり血が巡っていないらしい。
風につられて竹の葉が擦れ、震えの伝播は林を包む。
どこかで雪の塊が落ちた。
風が止むと、耳の痛い無音が戻ってきた。
なにもかも地上へ降りてくる。白く染まって埋もれていく。
「輝夜」
返事をしようにも、口を開くのも億劫だった。
視線だけ向ければ、妹紅は空を見上げ、白い息をはいた。
熱の残滓に溶けた水が、今は凍ってきらきらしている。
口をあけたまま躊躇うような間があって、ぼそりと言った。
「薬奪ったとき、言ってた。……お願いします、ってさ」
「……そう」
私も息を吐いてみる。
白い靄は、月へ届かずに消えた。
もう一度吐いてみる。
同じだった。
もやもやは幾らでも溢れ出て、何も残さない。
呟いた。
「――そう」
夜はまだ居座っていて、雲だけが流れていく。
林はもう眠っている。
体は冷えて動かない。
眼を閉じても闇。
雪は止む気配を見せず。
ただ足跡を消していく。
足音は、聞こえてこなかった。
――三色竹取物語――
むかしむかし、ある所にお爺さんとお婆さんがおりました。
ある日、二人は竹の中に赤子を見つけます。
子供のいない二人は喜びました。
三人は幸せな日々を過ごします。
けれどあるとき、子供は月に帰ると言い出しました。
二人はその後、子供に会うことはありませんでした。
その境界に、炎の紅が渦を巻いた。
「私が奪ったのよ」
鳥に成り下がった人の形が、そう言った。
「……そう」
灰色の雪が、火に煽られ消えていく。
「おじいさんたちは飲まなかったのね」
目を閉じても、その紅は消えない。
「おじいさんたちは、死んだのね」
竹はひたむきに真っ直ぐに、震えながら立っていた。
―立春―
出会いは、いつのことだったか。
あくびが出た。
まぶたを動かしてもそのままの闇は、何度目かの夜を伝える。
指はかじかみ、胸の前で組んだまま固まっていた。
動くこともできず、丸くなった体。
どのみち首を回す程度の広さしかなかったけれど。
ささやかな抵抗として、溜息を吐いてみた。
再生も赤子の段階で止まったままだ。
何かの術のせいなのか、栄養不足が原因なのかはわからない。
何にせよ、無理に動こうという気も起きない。
土を踏む音が聞こえた。
足音だ。
少しずつ、大きくなる。
止まった。
高く乾いた音がひとつ響き、眼前の闇が割れた。
息を止める。
空気が流れ、冷えた外気と共にわずかな光が漏れてくる。
息を呑む気配は、何者かの驚きだろうか。
おそるおそると、細い何かが伸びてくる。
抵抗する余力はない。
両脇を捕まれ、持ち上げられた。高い高い、という程ではない。
一気に視界が広がり、明順応。
雑多な植物が星明りに照らされていた。見覚えは無い。
やはり、月とは違うらしい。
そして目の前、魔物ではなく人の姿があった。賤しき地上人の男。
さっきの細いものは、ふしくれだった指か。
白髪混じりも相まって、それなりの年を感じさせる。
互いに言葉はなく、視線だけが交わされる。
翁は背の籠から手拭を取り出すと、私に巻きつけた。
土と汗の匂いがする。そのまま、私を胸に抱いて歩き出した。
緩慢ながらも慣れた足取りは、木々を抜けていく。
着いたのは山の麓、朽ちかけた小屋だった。全体として傾いでいる。
少しだけ色褪せた木板を引き、中へ入る。
木の蒸した匂いが広がった。薄暗い。
明かりらしきものはなく、部屋の中央、炉の炭が燻るばかり。
その炉辺には老いた女性。こちらを見ないまま、おかえりと言った。
翁も黙って頷き、荷物を降ろし靴を脱ぐ。
よっこらせと呟き、私を抱えたまま媼の隣に腰を下ろした。
少なくとも、私を食べようという素振りはない。
動きが止まったせいか、急に睡魔が襲ってきた。
傍らで媼が目を丸くしていた。ようやく私に気づいたらしい。
何か言っているが、あいにく意識がもちそうにない。
一瞥して、まぶたの自由落下を許した。
「あんまり静かなものですから、お人形さんかと思いましたよ」
「うむ。わしも腰を抜かすところじゃったよ。
なんせ、竹の中に赤子がおったんじゃからの」
―雨水―
次に目が覚めたときは、寒さに震えずに済んだことを覚えている。
私がもぞもぞと動き出したのをみて、翁は粥を差し出した。
私は口に運ばれるものを黙って咀嚼する。味は薄いが、温かい。
「ほほ、いい食べっぷりですね」
「いいことじゃ。と、そうそう、名前は言えるのかの?」
こくりと頷き、
「カグヤ」
それだけ呟いた。
「カグヤ、カグヤとな」
「不思議な名前ですね」
「どこか気の強そうなところなぞ、ぴったりじゃな」
私が精一杯の眼力で睨むと、おぉこわや、と言って二人は笑った。
なんともやりづらい。
そんなこんなで私は食べ終わると、また眠気に襲われた。
「みなに尋ねてくるよ」
「……もし親御さんが見つかったら、連れていきますか?」
「ふむ」
親など見つかるわけはないのだが。
口を挟むつもりもないので、聞き流す。
「いや、先方が良ければ、引き取らせて貰おうかと考えとる」
「はい」
なるようになればいいと思っていた。
少しの安堵が漏れたのは、さっきの粥が美味しかったからだろう。
数刻たって、翁が戻ってきた。
様子を見るに、それらしき人は見当たらなかったようだ。
「おらなんだ」
「そうですか。あまりがっかりした風ではありませんね?」
「まぁ、の」
翁は落ち着かない様子で、懐から木槌のようなものを出した。
私にそれを握らせると、じっと見ている。
媼はくっくっ、とおかしそうに口を押さえている。
とりあえず叩いてやろうと振り上げると、からからと音がした。
槌が中空で、何か入っているのだろうか。
手首を回してみると、木の硬い音がいくつも響く。
二、三転して、二人が微笑んでいるのに気づいた。
……もしやこれで遊べというつもりだろうか。
私は、まだ小さかった手には余るそれを、渋々くるくると回した。
―清明―
その言葉を聞いたのは、産声をあげるには遅いころだった。
縁側に座り、足をぶらつかせながら陽のぬくもりを感じる。
日が昇り、沈む。ただ眺めているだけで、心が穏やかになる。
彼方の赤から橙、黄に染まる空の色は、月に居たころと同じだ。
「しかし、泣かない子ですねぇ」
「うむ。こうも静かだと、返って寂しいわな」
無害な子供を演じていた私に、突然そんな言葉が掛けられた。
なるほど、まったく泣かない子は地上でも不自然か。
適応力の高い私は、振り返り、愛想笑いをしてみた。
二人がびっくりしたようにあとずさった。
「はぁ、びっくりしました」
「うぅむ……心臓に悪いの」
私を人形か何かだと思っていたんじゃあるまいな。
口の端を吊り上げてから、私は夕焼けに視線を戻した。
まぁ、エサが運ばれてくる間はここにいよう。そう思った。
慣れぬ地上に一人で出て行くこともない。
そのうち、目だけでも笑っていれば、二人の頬が緩むことを発見した。
あまり声を上げて笑う習慣はなかったから、これを採用した。
私は目論見どおり可愛がられ、すくすくと育っていった。
家も裕福になった。
翁の仕事は竹を集めて売ることで、大して儲からない。
そこに私という食い扶持が増えれば、大変になるはずだった。
後になって、どうして私を拾ったりしたのかと尋ねたことがある。
二人は笑って答えた。そんなこと考えもしなかった、と。
そんな二人に届いたのが、天の恵みならぬ月からの差し入れだった。
ある日の日暮れのことだ。翁が金の塊を持って帰ってきた。
曰く、私が降りてきたあたりの竹が光っていて、
その竹を割ってみたところ、中から出てきたそうだ。
「また赤子がおるのかと思っての」
「まったく、おじいさんは欲張りですね」
翁は目を泳がせている。
ともあれ、3人で首を傾げながらも有難くいただくことになった。
翁たちには黙っていたけれど、心当たりはあった。
定位置となった縁側に座り、夜に染まった空を見遣る。
頭と腕はいいのに馬鹿でお節介で心配性な誰か。
余計なことをして立場が悪くなっても知らないから、と思った。
姫の為なら、と笑ってみせるさまが目に浮かんだ。
私は何もできなかった。
月は遠い。
地上から見るとあんなに小さいのに。
月から地上をみていたころ、地上なんてちっぽけな星だと思っていた。
今では立場が逆だ。
しかも紅い。離れてみればよくわかった。
気持ちのいいくらい毒々しい光。よくあんなところに居れたものだ。
そうしていると、また水を差すように声がした。
「そういえば、カグヤとはどういう字なのでしょう?」
「はて、そういえばそうじゃな」
ふるふると首を横に振った。
ここの人間はどうも名前に漢字をあてるらしいのは知っていたが、
月の民である私に、そんなものはない。
「字はわからないのかしらね?」
「ふむ」
失礼な。そうではないと言おうにも、上手い説明は思いつかない。
しばらく唸っていた翁は手を叩くと、
「輝かんばかりに美しい夜、なんぞどうかの」
そんなことを言い出した。
年端もいかぬ幼子に輝くほど美しいだなんて、よく言ったものだ。
これが親馬鹿というものかと思う。
輝夜、輝夜ね……繰り返してみると、そんなに悪い気はしなかった。
それで許そう、そういうつもりで鷹揚に二回頷いた。
そのときから、私は輝夜となり、二人は名付け親となった。
そう、その頃はまだ、ただ世話をしてくれる人でしかなかった。
―小暑―
地上には、妖怪と呼ばれる魔物がいる。
それは具体化された穢れであり、地上人を間引く機構も兼ねていた。
けれどいつしか独り歩きし始め、よくわからないものになっていた。
満月が近づいたある夜、里の人間がいなくなった。
妖怪が近くに出たらしい。退治する人間を呼びにいったそうだが。
夜が更けるにつれ、布団の外で小虫の羽音が煩くなった。
――あぁ、鬱陶しい、眠れない。
すこしだけ宙に浮かび、音を立てず、家を出た。
林の奥へ見当をつけて走る。虫の多い方へ。
夜の林にしては、鴉の影もない。
羽虫の類を払いながら、一本の大樹の下に辿り着いた。
枝や根の陰に無数の蟲が蠢き、中央に人に似た何か。
妖怪が、いた。薄い六翅が振るえていて、蜻蛉のようだ。
触角がこちらを向いた。あまり可愛げはない。
こんなのに拾われなくて良かったと、つくづく思った。
「貴方が虫の親玉ね」
「ほう……食べ応えはなさそうだな」
「そんなこと――」
視線を下げる。起伏のない胸から腰があった。巧妙な罠だった。
「まだ子供なのよ!」
「おかしな人間だ。まぁいい」
本当はこんなんじゃない、という主張は、風を切る音に遮られた。
首筋に衝撃。熱を持った痛みが走り、痺れが広がっていく。
眼を向ければ、人差し指くらいの針が刺さっていた。
抜こう、としても腕はだらりと弛緩している。
毒。
気づけば目前に迫った腕に、私の首は捻られた。
世界が暗転し、明滅し、光が溢れ、私は生き返った。
相手は飛びすさる。
立ち眩みに似たものを感じながら、嫣然と微笑む。
「ただの子供だと思わないことね」
「……それはお前が言ったんだろう」
距離をとった相手は、油断がなくなった。
ぴりぴりとした緊張感に、鼓動が速くなる。
何かするつもりだろうか。
木々の間、飴玉大の光球がぽつぽつと灯る。
ぱらぱらと浮き上がったそれは弧を描いて広がった。
「へぇ、粋ねぇ。蛍を模したのかしら?」
様子をみつつ消耗を狙うといった作戦だろうか。
実に小虫らしい発想だけれど、見栄えは悪くない。
小玉は弾けて、さらに小さい何かを飛ばした。数が多い。
およそ八方から飛んでくる。避けるのは諦め、前へと駆ける。
右脹脛や脇が抉れ、涼しくなった。
だらだらして騒ぎになると厄介。
蘇生がかかる前に、決める。
「舞われ廻れ月灯かり」
生きるための術、殺すだけの夢。前進を止め右手をかざす。
狂気の波を永遠で捕え、須臾にずらして解き放つ。
ばらりと光は位相に別れ、可視においてその数五本、いずれも凶器。
指差すは敵、うねる形は杭にして、その本質は餓えた顎。
「喰らえ暗闇へ落ちるまで」
尖らせた紡錘は、光の速度で軌跡を描く。
妖の四肢と首を貫き、樹に縫いとめて停止した。
「お前、何だ」
磔の昆虫標本が喋った。
おぞましいものを、けがらわしいものを見るような眼。
こんな眼で見られるのは久しぶりだった。懐かしい。
いなくなればいいのにと睨んだら、もう虫の息は絶えていた。
私は何だろう。
あいつは、妖怪は、穢れとは何だろう。
地上の穢れが妖怪なら、月の穢れはどこへ行ったのだろう。
「――っ」
顔を伏せて、多分私は笑っていた。
全身が重く、筋肉痛で息をするのも辛い。
帰ろう、そう呟いても、帰ってはいけない気がした。
なんだか疲れた、今夜はここで眠ろう。膝を抱えてうずくまる。
鈴の鳴るような虫の音が聞こえる。
風が葉を揺らし吹き抜けていく音。鳥が羽を打ち飛び立つ音。
静かで、にぎやかな夜だ。
地面からも微かな音が響いてきた。リズムよく駆けてくる。
雰囲気に添わないアレグロだが、馴染みはある。
誰かなんて決まっていた。
死ぬことはないのに、心配されることはある。
まったく余計なことを。そう思った。
思ったのに、重かった腕は、音の方へ伸びていた。
―白露―
私は家事を手伝うようになった。
それは後々一人で生きることを意識して学んだわけではなく、
二人の子供としてごく自然な成り行きだった。
おばあさんの作る料理は、月でのそれとは異なった。
水を汲み、薪を割り、火を起こし、風を送る。
料理以前のそれは、私には面倒であり楽しかった。
初めて包丁を使おうとしたときは怒られたりもした。
「輝夜輝夜、これを着てみて頂戴」
「これは?」
「その服も小さくなってしまったでしょう」
その嬉々とした様子に、私は気圧されてつい従うものだから、
「ふむ……ちょっと裾が長いかしらね」
着せ替え人形にされることもままあった。
おじいさんと竹を集めにもいった。
竹の他にも食べられる草やきのこがあって。
目の良くないおじいさんより多く見つけられるようになった。
拾った者を見せると、頭を撫でようとしてくるのが難だったが。
子供扱いするなと怒ったりもした。
月を見上げる時間が短くなった。
一年ほど経つ頃には、私は月で暮らしていたときと同じ姿を取り戻した。
そして一つの問題が出てきた。
どこから噂を聞いたのか、男が集まってくるのだ。
私の罪深い美貌に憧れたらしい。当然、門前払いだ。
「輝夜や、せめて会うくらいしてみてはどうかね」
「嫌です」
おじいさんは一瞬動きを止め、額の皺を深める。
睨み合いにも似た沈黙。
おじいさんは、ふ、と吹き出すと、苦笑を浮かべた。
「身寄りのおらぬお前じゃ、わしらが面倒をみられるのもそう永くない。
はやく嫁いで安心させてはくれぬか」
「私は、御二人をこそ家族と思って過ごして参りました」
思わず強い口調になっていた。おじいさんも少し戸惑っている。
確かにこのまま困らせるのも考えものだ。
悩んだ末、男には難題を吹っかけることにした。
大半が諦めたり偽物を持ってきたりで、私は遠慮なく馬鹿にした。
中には本気で探しにいく者もいたようだったけれど。
私は今のままでよかった。
―寒露―
月からの使者。
今更よくもまぁ、のこのこと来れたものだ。
月に帰るつもりなんてさらさらない。
けれど、黙って引き下がるとも思えなかった。
永琳を始め、選りすぐりの月人たちだ。
猶予はほとんどなかった。
縁側に腰掛けながら、くしゃみを一つ。
明日の満月が昇るまでに、決めなければならない。
「輝夜、風邪を引きますよ」
「はーい」
出してくれたお茶を啜って、前振りもなく告げた。
「私、実は妖怪です」
二人は呆気にとられ、こちらを向いたまま止まっている。
「と、言ったらどうしますか?」
怯えてくれるようであれば、それまでのつもりだった。
が、私の気を知ってか知らずか、二人はこともなげに答えた。
「ふむ。どうもせんの」
「輝夜は輝夜ですからね」
私が呆気にとられる番だった。
そういえば、とおじいさんが口を開いた。
「さっき誰か訪ねてきたようじゃが、知り合いかの?」
「えぇ……私を、連れて行きたいと」
「えらく酷い顔で走っとったが、また無理難題を言ったのかい」
少し首を傾け、曖昧な答えを返した。二人も黙る。
私の反応に、いつもと違うことを感じたのだろうか。
なんともいえない沈黙が落ちる。
大きく息を吐くと、少し歩いてきますと告げ、二人から離れた。
風が冷たい。
そこかしこの木は僅かにしなり、染まった葉を散らした。
茜の夕陽に、紅葉の朱と銀杏の黄が映える。
季節を知らない竹は松葉色で、少し合わない。それも味。
山間は陽が傾くにつれ、陰影もまた深くしていく。
ひょろろ、と高い空を影が舞った。鳶だろうか。
彼方の稜線に、くの字型の列になって飛んでいく影も見える。
そういえば、地上にきてから空を飛んでいない。
隣にいたのが歩く人間だったからだ。
月が東から昇ってくる。
遠くまで来たなと思う。
要するに、私は何もわかっていなかった。
死なないからって、今がいつまでも続くわけじゃない。
他の全てが歩き、走り、進んでいく中で、自分だけが立ち止まっている。
気づいてしまえば、居ても立ってもいられなかった。
ちょうど使者たちに永琳がいる。薬をつくらないと。
「姫。私は姫を止めることはしません。
ただ一つ、心に留め置いてください。
この薬は、如何な例外もなく禁忌とされたことを」
勧めも止めもされず。私は結局悩むことになった。
わかっている。自分勝手だとわかっている。
でも、みんな不死になればいいじゃない。
みんなで立ち止まれば、おいていかれずにすむ。
そう自分に言い聞かせた。
これが最後だと思いたくない。
戻ってくることはなくても、希望を持つことはできる。
いつか月も何も関係なくなる日まで。
家に帰り、何もできないまま夜は明けた。
朝一番に話すことにした。
機を逃せば、ずるずるとしてしまいそうだったから。
「これは今までのお礼です。どんな病も治し、長生きできる薬です」
「……輝夜?」
震える手で壷を差し出しながら、唾を飲み込んだ。
自分の言葉はどこか遠くから聞こえた。
「私、月へ帰ります」
月へ帰る気なんてない。帰りたくなんてない。
けれど、使者がくる。もうここにはいられない。
「月って言ったのかい?」
「それは例えではなく、あの空の月という意味ですか?」
二人の問いに、浅く頷く。あっさり信じてくれたようだ。
もともと、こんな私を奇妙にも思わない人たちだったけど。
もっと疑ってもいいのに。
そうしたら、私も嘘ですと言えたかもしれなかったのに。
「そんな、急な……」
「今日の明日のという話ではないのでしょう?」
首を振り、答える。
決心が鈍る前に。
「朝御飯を頂いたら、発ちます」
さっさと出るべきだったかもしれない。
そう思いつつも、私は引き伸ばすような真似をしていた。
立ちすくんでいる二人をおいて、窯に火を起こす。
くべるのは、昨晩のうちに用意をしていたものだ。
ぱちぱちと火のはぜる音に、雲雀の鳴く声が重なる。
いつもと変わらない。
「何か我慢ならないところでもあったのかの? それなら」
「いいえ、そうではありません」
声を遮り、炊き上がった御飯を茶碗に盛る。おかずなんてものはない。
白くもない米が、御馳走になったのはいつからだったろう。
「今朝は栗御飯にしてみました」
「おお……、いつのまに拵えておったんじゃ」
「目が覚めてしまって」
三人で正座し、箸を取る。
「冷めないうちにどうぞ」
「……いただきます」
「いただき、ます」
みなゆっくりと噛んでいるように思えた。
漬物も放り込んで顎を動かしても、何の味もしない。
お茶で流し込もうとして、少しむせた。
二人が慌てて立ち上がり、背中をさすってくれる。
大げさねと思いながら、私は顔を上げられなかった。
無言のまま食事が終わって、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
食べ終わってしまえば、もう出発だ。
さして持っていくものもない。
のろのろと戸を引き、外の光に目が眩んだ。
数歩進んで振り返ると、意を決したようにおじいさんが口を開いた。
「どうしても行かねばならんのかい?」
「はい」
「連絡は、とれんのか?」
「はい」
おじいさんは肩を落とし、唇を噛んでいる。
おばあさんは手で顔を覆っている。
不意に抱きしめたい衝動が沸いて、膝が震えた。
「そうか……病気と怪我には気をつけて」
「はい」
「これも持っていきなさい」
おばあさんが、いっぱいに膨らんだ風呂敷を渡してくれた。
「替えの服と、食べ物くらいしかありませんけれど」
「はい」
なんだか夜逃げするみたいだ。
おかしいけれど、嗄れた声しか出なかった。
「ありがとう」
おばあさんは、へたりと座り込んでしまった。
「輝夜」
声を上擦らせて、おじいさんが言った。
「戻って来たくなったら、いつでも帰っておいで」
二人の睫毛が濡れている。目が赤く腫れている。
ここで頷けば、私はいつか誘惑に負ける。
頼めば待たせることになる。
私は返事の代わりに、笑った。
頬を持ち上げ、眉を下げ、久しぶりに、笑顔をつくった。
私はいつから愛想笑いをやめていたのだろう。
二人の顔を、目に焼き付けようと視る。
二人とも、つられて笑みを浮かべた。ひきつっている。
言葉はなくて、でも伝わってくるものがある。
私の返事は、言わなくてもきっと伝わっているだろう。
だから、私は笑顔を崩さず告げる。
想いとは正反対の言葉を。
「戻りません。薬は、できれば使わないで」
深く深く頭を下げる。そのままさらに深呼吸を二つ。
もう大丈夫だ、まぶたの裏にも二人は映る。
目を閉じたまま上体を起こして、体を百八十度回す。
「さようなら」
息を止めて、振り返らずに飛んだ。上へ、空へ。
服が乱れたけれど、形振りなんてかまわない。
渡しておいて使うな、なんて何がしたかったんだろう。
私は意味もなく叫んでいた。
もう地上人には関わらない。
そう決めた。
―永く遠い須臾―
―冬至―
近頃は追手もなくて、気が緩んでいたのかもしれない。
一人、夜の林へ散歩に出ていた私に、声が届いた。
「こんなところにいたのか――輝夜ァ!」
「何、あなた」
声の方を見れば、もんぺ姿の人間だった。
膝まで届く白い髪には、いくつも札が結び付けてある。
そいつは肩を怒らせて叫んだ。
「藤原妹紅! 藤原の娘よ!」
「ふじわら……まぁいいわ。それが何の用なの?」
「父様の仇」
言うが速いか、殴りかかってくる。
何のことだかわからないが、襲われるのには慣れたものだ。
腰を捻りながら半歩ずれ、追撃の膝をかわし、枝で一刺し。
玉で飾られた枝は、少女の首のやや下を貫いた。
怖気の走る手応えは慣れないが、仕方ない。
引き抜こうとして、
貫いたその体が爆ぜた。
夜が白く染まった。
雪と一緒に吹き飛ばされ、木によりかかりながら立ち上がる。
「変ね。どうして死なないのかしら。そういう妖怪?」
「ふん、お前のおいていった薬じゃないの」
少し首をかしげ、まばたき。
「薬? あぁ……蓬莱の薬? どうして貴方が?」
「奪った」
私は固まった。
真っ白な髪に火の粉がかかる。
宣言は彼女の口から出ていた。
「私が奪ったのよ」
風が黒い髪を揺らした。
溶けた雪が流れ落ちた。
ぽた、と雫が滴った。
「……そう」
ゆっくり、噛むように呟いた。
「おじいさんたちは、飲まなかったのね」
目をつむる。
何かが静まって、平坦になっていく。
「おじいさんたちは、死んだのね」
なんだろう。
ほとんど思い出すこともなかったのに。
襟から入ってくる風が酷く冷たい。
髪が首にへばりついて気持ち悪い。
眼を開けば、雲の中、おぼろな月と目があった。
紅く紅く静かに見ている。
私を見ている。
咎めるように。
いつかのように。
「は」
いつでも帰っておいでって、そう言ったじゃない。
「あはっ」
私はいつか帰ろうと思ってたのかしら?
帰れば、あの日の続きが待っているとでも?
「あは、あははははハハハハハッ」
馬鹿じゃないの。
私は。
私は。
私は。
どうしたら、私は。
「ねぇ!」
妹紅は動かない。
じっと見ている。
紅い眼で。
私を。
月。
「お前……泣いているのか?」
軽蔑でもなく、挑発でもなく。純粋な問いかけだった。
私は顔を洗うように両手を持っていく。
「――私は泣いているの?」
濡れていてわからない。
さっきから雪が酷いから。
――しかし、泣かない子ですねぇ――
――うむ。こうも静かだと、返って寂しいわな――
泣いたことなんて無かったから。
自分が泣いているのかさえ、わからない。
なんだ、と吐き捨てる声。
「お前も同じだわ。ただの人間じゃないの」
人間。
地上で育った人間。地上の人間に育てられた。
人間。
化け物じゃない。
「ぅあ――――――――」
私は。
おじいさん、おばあさん。
私は生まれたことを知りました。
おじいさんとおばあさんが死んで私が生きていたことを知りました。
おじいさんとおばあさんが死んで。
私が。
いまさらになって、やっと。
いまさら。
生きて。
手は真っ白で、唇はからから。
眩しい。眼が痛い。痛い、痛い。苦しい。
嫌だ。嫌だ、こういうのは嫌だ。嫌だいやだいやだ。
「――――――――」
「イライラするなぁ。もう殺しちゃおう」
見れば、また殴りかかってきた。気が短い。速い。
目の前でぐっと曲げられた腕が――
お腹で、何かが折れるような音がした。
私は少し浮いて、ゆっくりと背中から落ちた。痛みが熱が、全身を走る。
げほ、と品もなくむせて、喘ぎながら感嘆をもらした。
すぐ傍で舌打ちが聞こえる。
痛い。これが痛み。これが、生きている証。
私が、いまさらになっても生きている証。
死なない体で。
いつまでも。
「――素敵ね」
「あぁ?」
感想があった。
「生きてるって、素晴らしいわね」
「ちっとも良くないわよ」
うんざりしたような声が返ってきた。
体を起こし、咳を払い、尋ねる。
「貴方は死にたいの?」
「そうだな。お前を殺したら死にたいよ」
なぜだか憐れだと、思った。膝を押さえ立ち上がる。
「ようやく目が覚めたか、お姫様?」
「えぇ、礼を言うわ。二人が薬を飲んでいたら、
貴方みたいになるところだったものね」
肩の雪を払い、目を細める。
相手の瞳孔もすぼまって、空気が澄んでいくのを感じた。
「礼なんていらない――死んでくれればいいよ」
「いいわ。諦めないなら、つきあいましょう」
私はいつしか笑っていた。
拳を握る。
静寂、耳鳴り、そして風花が吹き飛んだ。
「煙になって月まで帰れ、不断の徒夢!」
「貴方が死ぬまで殺してあげる、不協の単音!」
迎えに来た永琳を先に帰らせ、息をつく。
体を動かせばすっきりするなんて考えは浅慮だった。
八つ当たりといわれても仕方ない。
痛みは増えただけだ。治ることはあっても無くなることはない。
火は既に消えていた。
相手がもう起き上がらないのを確認して、後ろへ倒れこむ。
体中が霜焼けになっていきそうだった。
風邪をひくかしら、という発想が浮かび、疑問を感じる。
そんな心配とは無縁の体だ。頭にあまり血が巡っていないらしい。
風につられて竹の葉が擦れ、震えの伝播は林を包む。
どこかで雪の塊が落ちた。
風が止むと、耳の痛い無音が戻ってきた。
なにもかも地上へ降りてくる。白く染まって埋もれていく。
「輝夜」
返事をしようにも、口を開くのも億劫だった。
視線だけ向ければ、妹紅は空を見上げ、白い息をはいた。
熱の残滓に溶けた水が、今は凍ってきらきらしている。
口をあけたまま躊躇うような間があって、ぼそりと言った。
「薬奪ったとき、言ってた。……お願いします、ってさ」
「……そう」
私も息を吐いてみる。
白い靄は、月へ届かずに消えた。
もう一度吐いてみる。
同じだった。
もやもやは幾らでも溢れ出て、何も残さない。
呟いた。
「――そう」
夜はまだ居座っていて、雲だけが流れていく。
林はもう眠っている。
体は冷えて動かない。
眼を閉じても闇。
雪は止む気配を見せず。
ただ足跡を消していく。
足音は、聞こえてこなかった。
――三色竹取物語――
むかしむかし、ある所にお爺さんとお婆さんがおりました。
ある日、二人は竹の中に赤子を見つけます。
子供のいない二人は喜びました。
三人は幸せな日々を過ごします。
けれどあるとき、子供は月に帰ると言い出しました。
二人はその後、子供に会うことはありませんでした。
構成美と優しさと、素晴らしいお話でした。
永遠の罪人は、人の温かさを知り須臾の罪を背負う。
不死の人形は罪を暴き、救われぬ救いを与える。
私自身、自分なりに考えた永遠亭の過去を心に持っており、今作品とは色々と設定部分で違っていたりします。
それでも感動を受けたのは、真に伝えるべき部分が何か、と魅せられたからである気がします。
・・・慣れない言葉でつらつらと語るのはどうにも気恥ずかしい物です(笑)
なので、この言葉をもって締めとさせて頂きます。
~ Next Night ! ~
東方永夜抄 ~ Imperishable Night.
しかし、締めとあとがきの繋がりにはそれを遥かに越える何かがありました。
何かは自分にもわかりません。ただ、これだけは言えます。
ありがとう。
ああなんとも素敵な狂気だろう。
名もなき老夫婦の不器用な優しさ、それが沁みます。妹紅のぶっきらぼうな
優しさも含めて、春雨さんは本当に優しい人の書き方が上手いなぁ。
ごちそうさまでしたw
とても良い話を読ませて頂きました。GJ!
ありがとうございました。
割れんばかりの、拍手を!
何はともあれ感動しましたっ(T T)っ
人の感情の描写がとてもうまく、いつかこんなものが書ければと思いましたT T
老夫婦は妹紅に殺されるのをなんの恨みもなく受け入れたのでしょうね。
永夜に繋がる竹取の物語、堪能させて頂きました(深礼
点数だけを付ける事になりますが。
いいお話でした。
輝夜の地上の両親に着目したストーリーは斬新な感じがして面白かったです。
それはなんて寂しく、悲しいのか。
東方版竹取物語の真髄、確かに読ませていただきました。
GJです・・。
良いものを読ませていただきました。
しかし、私の脳裏に浮ぶのは『三色竹取物語』
読み聞かせが終わった後。永夜抄で弾幕してきた事は言うまでもありません。
ただ捧げたいのは一つの言葉。
ありがとうございました。
久しぶりに『カグヤ』を見れた。
本当に、本当にありがとうございました。
泣いちゃいました。
素晴らしい作品をありがとう!
一人ひとりがそれぞれ抱く心の痛みがすべて伝わってくる、だからこそこの物語はすごく優しいんだと思う。
本当に素晴らしい竹取物語です。
古の日本に引き込まれるような情景描写、そして含蓄深い後書きも含めて、本当にお見事でした。
嘆息。ただ唸りました@三ヶ月遅れ
すばらしいお話でした。