向こう側から静かに開けられた扉の隙間から、オイルランプを持つ手がスッと音もなく飛び出して、真っ暗だった寝室の中を明るく照らした。続いて扉の影から火焔猫 燐がぴょこりと顔を覗かせて、室内の様子を右から左へぐるりと1度見回した。
火焔猫 燐は扉を大きく開くと寝室内へ歩み入りオイルランプを低く掲げ、赤地に花唐草のひしめくペルシアン カーペットを照らして見回した。金、紺、アイボリーの踊る絨毯の表面には、今は何も散乱していない。
部屋の奥を見て、そこにあるベッドの表面を手でなぞる。パンパンに膨らんだ枕を包むリネンカバー、マットレス一面を覆うガチョウ羽の掛布団には、どこを探してもシワがなく、そこには誰もいなかった。
ベッドサイドに小卓がある。クロスの敷かれた円形の天板上にはしましま模様のパジャマの上下と、1枚のナイトキャップが綺麗に畳まれており、誰かが触れた形跡はない。
小卓の脇に立つローズウッド材のコートスタンドへランプを向ける。艶やかな4本アームの先端から、足元に伸びる4つ脚の爪先まで光を当てたが、誰もそこに衣服を掛けてはいなかった。
「まだみたいね。」
ささやくように言うと火焔猫 燐は部屋を後にして、扉を閉めた。
寝室は再び、真っ暗になった。
しばらくして、向こう側からバタンと開けられた扉から、オイルランプを握った古明地 こいしが飛び出して、真っ暗だった寝室の中を明るく照らした。
彼女は入室ざま勢いよく扉を閉めると、その施錠もしないままベッドへと駆け出し、円卓の上のパジャマの上にランプを置いた。
次に古明地 こいしは明日の天気を占う要領で両足の革ローファーを高く蹴り投げて、ブラウスを脱ぎ捨て、スカートを脱ぎ捨て、靴下等を脱ぎ捨て、最後に銀緑色のショートボブの上に乗せられた、黒いダービー風のつば広帽を、その歪曲した厚いつばの部分を右手の親と人差し指でくいとつまみ上げて、あさっての方向めがけてジェームズ ボンドよろしく投げ飛ばした。
壁や天井を滅茶苦茶に跳ね回り墜落へ向かうダービー風つば広帽の行く末を見届けず、スプリング入り馬毛マットのシングルベッドへ向かってその中央へ照準を合わせると、古明地 こいしはふかふかの羽毛掛布団めがけてルパン三世が如く放物線を描いてダイブした。
古明地 こいしはバコンとワンバウンドし無事に寝床に着き、そのままピクリとも動かなくなった。あまりの衝撃にベッド脇のランプがぐらぐらと揺れたが、幸運にもそれは倒れなかった。
古明地 こいしの眠る寝室はしばらくの間、パジャマの上で光るオイルランプによってこうこうと照らし続けられていた。
しばらくすると、向こう側から扉が少し開けられて一瞬止まり、その隙間から火焔猫 燐が勢いよく顔を出した。すると彼女はパジャマの上で光るランプを見つけて目を丸めた。
火焔猫 燐は扉の影から勢いよく飛び出し、ランプめがけて駆け出した。しかし彼女は床に転がるローファーに躓きバランスを崩し、危うく盛大に転びかけた。
これが火焔猫 燐でなかったなら、誰であれ間違いなくその場で盛大に転び、腹部、胸部、そして顔面をその絨毯へと盛大に叩き付け、床一面の花唐草を真っ赤に染めていたことだろう。そしてその手から放り投げられたオイルランプが、コットンウール交織のペルシアン カーペットの中央で砕け散り、瞬く間に寝室中を火の海に変えていたことだろう。
しかし彼女は転ばなかった。盛大に転びかけた火焔猫 燐は前回り受け身と同じ動作で全運動エネルギーを肩、背面、腰へと受け流し、転倒方向へ1回転して右手、右ひざ、左足の3点で着地した。
無事に着地した火焔猫 燐は両目をひし形にして、肩で上下する呼吸を自分の胸に手を当てながら整えた。
少し落ち着くと彼女は左手に持っていたランプを見つめ、そのどこにも異常がなく、今も寝室を燃やさずに済んでいることを確認した。
今度はそのランプを低く掲げ、ペルシアン カーペットの一面を照らして見回した。寝室の足元には衣類や帽子やローファーや靴下等がそこら中に撒き散らされ、掛布団の上には古明地 こいしが横たわり、やはりコートスタンドには何も掛かっていなかった。
見回し終えると火焔猫 燐はすぐさま立ち上がり、円卓の傍へ歩み寄った。彼女はパジャマの上に乗って今も炎を焚き続けるオイルランプを慎重に持ち上げて、すぐその横へと置き直すと、火力調節ダイヤルを最小へ回して小さな炎を消灯させた。
自身の持つランプの明かりでランプを照らし、中にあった炎が完全に消えたことを、よく目を凝らして確認すると、火焔猫 燐は「にゃぁ」と深く息をついた。
ひと息ついた火焔猫 燐は視線を移し、上まぶたを半分閉じて両目を細めベッドの上を見つめた。手元のランプを円卓に置いてベッドサイドに陣取って、両手を腰に当てて再び掛布団の上を見つめると、口を堅くωに閉じながら身をかがめた。
古明地 こいしは今もこちらに背を向けて眠っている。火焔猫 燐は彼女の肩甲骨と腰のあたりに手を当てて前へ後ろへとゆっくり揺さぶり、彼女のことを揺り起こした。
「こいし様、いけませんよ、こいし様。」
「うぅ~ん。」
唸り声をあげて、片眼をこすりながら古明地 こいしは身を起こした。
「こいし様、いつも申しておりますように、おやすみになられる時はランプをパジャマの上に置いてはいけません。机の上のような、もっと硬くて平らで、安定した所に置いて、そして火を消さなくてはなりません。そうしなければ大火事になってしまいますよ。」
火焔猫 燐は彼女の目の前に天井へ差した右手人差し指をかざし、その指を今度は円卓に乗った2つのオイルランプに差し向けて叱りつけた。
そして今度はオイルランプの横に畳まれたパジャマの上着を手に取り、古明地 こいしへ広げて見せた。
「それからちゃんとパジャマを着て、お布団の上ではなく、お布団の中でお眠りください。こいし様が風邪をひいてしまいます。」
古明地 こいしは目をこする手を太腿に乗せると、ベッドサイドに座り直しながら火焔猫 燐へ笑いかけた。
「はーい。」
古明地 こいしの笑顔を見て、火焔猫 燐は唇を少し尖らせ口をつぐんだ。そして手に広げたパジャマの上着を彼女の腕に通してやり、次に彼女をベッドから立たせてパジャマのズボンを履かせてやった。古明地 こいしが上着のボタンを留め終える間にズボンを腰まで履かせきってやり、ナイトキャップを彼女の頭に被せ、ガチョウ羽掛布団をめくりあげてやった。
ボタンの留め終えた古明地 こいしを布団のめくられたマットレスの中に寝かせ入れると、火焔猫 燐は彼女の頭が枕の上に乗っていることを確認して、最後に布団を掛けてやった。
布団にくるまれると古明地 こいしは掛布団の端を鷲掴みにしてその胸元へと引き込んで、それを両腕で抱き締めた。そして自身の頭を大きな枕の内側へ、より深くへとめり込ませようと、すりすり、すりすりと試みると、彼女はにっこりと笑って目を閉じた。
「おやすみなさい、こいし様。」
再びベッドサイドへ陣取り、深くかがんで、古明地 こいしの頬にそっと口付けすると、火焔猫 燐は自身のランプを円卓から取って振り返り、ベッドの脇を離れようとした。しかし何かに引っ張られてその歩みは阻まれたため、火焔猫 燐は再びベッドの上を見下ろした。
見ると彼女のワンピースのスカート端を古明地 こいしが指でつまんでおり、ベッドを離れることを阻んでいた。
火焔猫 燐はランプを円卓に戻し、古明地 こいしに顔を近付けるように身をかがませ、彼女に問いかけた。
「どうかされましたか?こいし様。」
「お話して?」
古明地 こいしは火焔猫 燐を見上げ、まばたきを2回した。火焔猫 燐はにこりと笑うと、両膝をついて答えた。
「仕方ありませんね。私は猫ですから、ご本を読んだりお話をするのは得意ではないのですが。さて、どんなお話をしましょうか。」
「なんでもいい。楽しいお話。」
古明地 こいしは火焔猫 燐をまっすぐ見つめていた。その瞳はランプの明かりで輝いていた。
火焔猫 燐は頭をかき、顎に手を乗せて少し考えると、彼女は古明地 こいしへ向き直った。
「それでは、楽しい夢のようなお話をしましょう。」
「うん。」
火焔猫 燐はマットレスに両腕を乗せて話し始めた。
「むかしむかしあるところに、野原を駆け回って遊ぶのが大好きな、とっても元気な女の子がおりました。女の子には沢山のご本を読むのが大好きな、とっても頭が良いお姉さんがおり、2人はとっても仲良しでした。」
古明地 こいしの見つめる瞳をそっと撫でて閉じさせると、火焔猫 燐はマットレスに乗せた両腕の片方で頬杖をついた。
「ある日、女の子はお姉さんから、これはきっとあなたの大好きなご本だから、どうぞ大切にしてお読みなさいと言われて、とっても大きなご本をプレゼントしてもらいました。女の子はご本を貰うと喜んでご本を、、、」
急に話が止まり、古明地 こいしはパッと目を開けた。火焔猫 燐は頬を突いていた指先を口元に当て、コートスタンドから天井へ、反対の壁へと視線を巡らせて、何やら考えているようだった。しかし、眼差しに気付くと彼女は再び笑顔を見せて頬杖をつき、途切れた話を再開させた。
「女の子はご本を貰うと、喜んでお屋敷から飛び出して、ご本を抱えたまま芝生を駆け、ご本と一緒に森の中を大冒険して、ご本と一緒におままごとをしました。そしてご本と一緒に草原でお休みして、女の子がとうとう、ご本を読んでみようと表紙を開いた時、遠くから眼鏡を掛けて服を着た白い兎が、、、」
そこまで話して、火焔猫 燐は話を止めた。彼女の目の前で古明地 こいしは全ての目を閉じ、安らかな寝息を立てて眠っていた。
火焔猫 燐は少し微笑み、彼女の頭にぽんぽんと手を乗せ、すりすりと撫でてやり、再びその頬に口付けした。
「おやすみなさい、こいし様。」
火焔猫 燐はベッドサイドを立つと、肩近くまでめくれた羽毛布団を古明地 こいしの首元まで掛け直してやり、そこを離れた。
その後、火焔猫 燐は寝室内を片付けた。ブラウス、スカートをハンガーに取り付け、ダービー風のつば広帽と共にコートスタンドに掛けると、ローファーを拾ってベッドサイドに並べ直した。
引き出しチェストから新しい下着類を取り出して円卓上にふわりと乗せて、ペルシアン カーペットに未だ散らかる靴下等の下着類を拾い集めて部屋の片付けを締め括り、室内を軽く見回した後、円卓上に光るオイルランプを持って、火焔猫 燐は扉へ歩いた。
「それではこいし様、おやすみなさい。」
ささやくように言うと火焔猫 燐は部屋を後にして、扉を閉めた。
寝室は再び、真っ暗になった。
おわり
火焔猫 燐は扉を大きく開くと寝室内へ歩み入りオイルランプを低く掲げ、赤地に花唐草のひしめくペルシアン カーペットを照らして見回した。金、紺、アイボリーの踊る絨毯の表面には、今は何も散乱していない。
部屋の奥を見て、そこにあるベッドの表面を手でなぞる。パンパンに膨らんだ枕を包むリネンカバー、マットレス一面を覆うガチョウ羽の掛布団には、どこを探してもシワがなく、そこには誰もいなかった。
ベッドサイドに小卓がある。クロスの敷かれた円形の天板上にはしましま模様のパジャマの上下と、1枚のナイトキャップが綺麗に畳まれており、誰かが触れた形跡はない。
小卓の脇に立つローズウッド材のコートスタンドへランプを向ける。艶やかな4本アームの先端から、足元に伸びる4つ脚の爪先まで光を当てたが、誰もそこに衣服を掛けてはいなかった。
「まだみたいね。」
ささやくように言うと火焔猫 燐は部屋を後にして、扉を閉めた。
寝室は再び、真っ暗になった。
しばらくして、向こう側からバタンと開けられた扉から、オイルランプを握った古明地 こいしが飛び出して、真っ暗だった寝室の中を明るく照らした。
彼女は入室ざま勢いよく扉を閉めると、その施錠もしないままベッドへと駆け出し、円卓の上のパジャマの上にランプを置いた。
次に古明地 こいしは明日の天気を占う要領で両足の革ローファーを高く蹴り投げて、ブラウスを脱ぎ捨て、スカートを脱ぎ捨て、靴下等を脱ぎ捨て、最後に銀緑色のショートボブの上に乗せられた、黒いダービー風のつば広帽を、その歪曲した厚いつばの部分を右手の親と人差し指でくいとつまみ上げて、あさっての方向めがけてジェームズ ボンドよろしく投げ飛ばした。
壁や天井を滅茶苦茶に跳ね回り墜落へ向かうダービー風つば広帽の行く末を見届けず、スプリング入り馬毛マットのシングルベッドへ向かってその中央へ照準を合わせると、古明地 こいしはふかふかの羽毛掛布団めがけてルパン三世が如く放物線を描いてダイブした。
古明地 こいしはバコンとワンバウンドし無事に寝床に着き、そのままピクリとも動かなくなった。あまりの衝撃にベッド脇のランプがぐらぐらと揺れたが、幸運にもそれは倒れなかった。
古明地 こいしの眠る寝室はしばらくの間、パジャマの上で光るオイルランプによってこうこうと照らし続けられていた。
しばらくすると、向こう側から扉が少し開けられて一瞬止まり、その隙間から火焔猫 燐が勢いよく顔を出した。すると彼女はパジャマの上で光るランプを見つけて目を丸めた。
火焔猫 燐は扉の影から勢いよく飛び出し、ランプめがけて駆け出した。しかし彼女は床に転がるローファーに躓きバランスを崩し、危うく盛大に転びかけた。
これが火焔猫 燐でなかったなら、誰であれ間違いなくその場で盛大に転び、腹部、胸部、そして顔面をその絨毯へと盛大に叩き付け、床一面の花唐草を真っ赤に染めていたことだろう。そしてその手から放り投げられたオイルランプが、コットンウール交織のペルシアン カーペットの中央で砕け散り、瞬く間に寝室中を火の海に変えていたことだろう。
しかし彼女は転ばなかった。盛大に転びかけた火焔猫 燐は前回り受け身と同じ動作で全運動エネルギーを肩、背面、腰へと受け流し、転倒方向へ1回転して右手、右ひざ、左足の3点で着地した。
無事に着地した火焔猫 燐は両目をひし形にして、肩で上下する呼吸を自分の胸に手を当てながら整えた。
少し落ち着くと彼女は左手に持っていたランプを見つめ、そのどこにも異常がなく、今も寝室を燃やさずに済んでいることを確認した。
今度はそのランプを低く掲げ、ペルシアン カーペットの一面を照らして見回した。寝室の足元には衣類や帽子やローファーや靴下等がそこら中に撒き散らされ、掛布団の上には古明地 こいしが横たわり、やはりコートスタンドには何も掛かっていなかった。
見回し終えると火焔猫 燐はすぐさま立ち上がり、円卓の傍へ歩み寄った。彼女はパジャマの上に乗って今も炎を焚き続けるオイルランプを慎重に持ち上げて、すぐその横へと置き直すと、火力調節ダイヤルを最小へ回して小さな炎を消灯させた。
自身の持つランプの明かりでランプを照らし、中にあった炎が完全に消えたことを、よく目を凝らして確認すると、火焔猫 燐は「にゃぁ」と深く息をついた。
ひと息ついた火焔猫 燐は視線を移し、上まぶたを半分閉じて両目を細めベッドの上を見つめた。手元のランプを円卓に置いてベッドサイドに陣取って、両手を腰に当てて再び掛布団の上を見つめると、口を堅くωに閉じながら身をかがめた。
古明地 こいしは今もこちらに背を向けて眠っている。火焔猫 燐は彼女の肩甲骨と腰のあたりに手を当てて前へ後ろへとゆっくり揺さぶり、彼女のことを揺り起こした。
「こいし様、いけませんよ、こいし様。」
「うぅ~ん。」
唸り声をあげて、片眼をこすりながら古明地 こいしは身を起こした。
「こいし様、いつも申しておりますように、おやすみになられる時はランプをパジャマの上に置いてはいけません。机の上のような、もっと硬くて平らで、安定した所に置いて、そして火を消さなくてはなりません。そうしなければ大火事になってしまいますよ。」
火焔猫 燐は彼女の目の前に天井へ差した右手人差し指をかざし、その指を今度は円卓に乗った2つのオイルランプに差し向けて叱りつけた。
そして今度はオイルランプの横に畳まれたパジャマの上着を手に取り、古明地 こいしへ広げて見せた。
「それからちゃんとパジャマを着て、お布団の上ではなく、お布団の中でお眠りください。こいし様が風邪をひいてしまいます。」
古明地 こいしは目をこする手を太腿に乗せると、ベッドサイドに座り直しながら火焔猫 燐へ笑いかけた。
「はーい。」
古明地 こいしの笑顔を見て、火焔猫 燐は唇を少し尖らせ口をつぐんだ。そして手に広げたパジャマの上着を彼女の腕に通してやり、次に彼女をベッドから立たせてパジャマのズボンを履かせてやった。古明地 こいしが上着のボタンを留め終える間にズボンを腰まで履かせきってやり、ナイトキャップを彼女の頭に被せ、ガチョウ羽掛布団をめくりあげてやった。
ボタンの留め終えた古明地 こいしを布団のめくられたマットレスの中に寝かせ入れると、火焔猫 燐は彼女の頭が枕の上に乗っていることを確認して、最後に布団を掛けてやった。
布団にくるまれると古明地 こいしは掛布団の端を鷲掴みにしてその胸元へと引き込んで、それを両腕で抱き締めた。そして自身の頭を大きな枕の内側へ、より深くへとめり込ませようと、すりすり、すりすりと試みると、彼女はにっこりと笑って目を閉じた。
「おやすみなさい、こいし様。」
再びベッドサイドへ陣取り、深くかがんで、古明地 こいしの頬にそっと口付けすると、火焔猫 燐は自身のランプを円卓から取って振り返り、ベッドの脇を離れようとした。しかし何かに引っ張られてその歩みは阻まれたため、火焔猫 燐は再びベッドの上を見下ろした。
見ると彼女のワンピースのスカート端を古明地 こいしが指でつまんでおり、ベッドを離れることを阻んでいた。
火焔猫 燐はランプを円卓に戻し、古明地 こいしに顔を近付けるように身をかがませ、彼女に問いかけた。
「どうかされましたか?こいし様。」
「お話して?」
古明地 こいしは火焔猫 燐を見上げ、まばたきを2回した。火焔猫 燐はにこりと笑うと、両膝をついて答えた。
「仕方ありませんね。私は猫ですから、ご本を読んだりお話をするのは得意ではないのですが。さて、どんなお話をしましょうか。」
「なんでもいい。楽しいお話。」
古明地 こいしは火焔猫 燐をまっすぐ見つめていた。その瞳はランプの明かりで輝いていた。
火焔猫 燐は頭をかき、顎に手を乗せて少し考えると、彼女は古明地 こいしへ向き直った。
「それでは、楽しい夢のようなお話をしましょう。」
「うん。」
火焔猫 燐はマットレスに両腕を乗せて話し始めた。
「むかしむかしあるところに、野原を駆け回って遊ぶのが大好きな、とっても元気な女の子がおりました。女の子には沢山のご本を読むのが大好きな、とっても頭が良いお姉さんがおり、2人はとっても仲良しでした。」
古明地 こいしの見つめる瞳をそっと撫でて閉じさせると、火焔猫 燐はマットレスに乗せた両腕の片方で頬杖をついた。
「ある日、女の子はお姉さんから、これはきっとあなたの大好きなご本だから、どうぞ大切にしてお読みなさいと言われて、とっても大きなご本をプレゼントしてもらいました。女の子はご本を貰うと喜んでご本を、、、」
急に話が止まり、古明地 こいしはパッと目を開けた。火焔猫 燐は頬を突いていた指先を口元に当て、コートスタンドから天井へ、反対の壁へと視線を巡らせて、何やら考えているようだった。しかし、眼差しに気付くと彼女は再び笑顔を見せて頬杖をつき、途切れた話を再開させた。
「女の子はご本を貰うと、喜んでお屋敷から飛び出して、ご本を抱えたまま芝生を駆け、ご本と一緒に森の中を大冒険して、ご本と一緒におままごとをしました。そしてご本と一緒に草原でお休みして、女の子がとうとう、ご本を読んでみようと表紙を開いた時、遠くから眼鏡を掛けて服を着た白い兎が、、、」
そこまで話して、火焔猫 燐は話を止めた。彼女の目の前で古明地 こいしは全ての目を閉じ、安らかな寝息を立てて眠っていた。
火焔猫 燐は少し微笑み、彼女の頭にぽんぽんと手を乗せ、すりすりと撫でてやり、再びその頬に口付けした。
「おやすみなさい、こいし様。」
火焔猫 燐はベッドサイドを立つと、肩近くまでめくれた羽毛布団を古明地 こいしの首元まで掛け直してやり、そこを離れた。
その後、火焔猫 燐は寝室内を片付けた。ブラウス、スカートをハンガーに取り付け、ダービー風のつば広帽と共にコートスタンドに掛けると、ローファーを拾ってベッドサイドに並べ直した。
引き出しチェストから新しい下着類を取り出して円卓上にふわりと乗せて、ペルシアン カーペットに未だ散らかる靴下等の下着類を拾い集めて部屋の片付けを締め括り、室内を軽く見回した後、円卓上に光るオイルランプを持って、火焔猫 燐は扉へ歩いた。
「それではこいし様、おやすみなさい。」
ささやくように言うと火焔猫 燐は部屋を後にして、扉を閉めた。
寝室は再び、真っ暗になった。
おわり