Coolier - 新生・東方創想話

一九八九年、 ベルリンにて

2026/10/02 15:56:56
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一九八九年十一月。ベルリンの壁は崩壊しもはや東西ドイツの再統一は目前のも のとなっていた。
壁が崩れたあの日から街は騒がしくなった。
窓を閉めても声が聞こえてくるのだから。
ミスティア・ローレライは椅子に座り部屋の机に向かっていた。
机には録音機、東ドイツでは買えなかった最新のピアノ、いくつものカセットテープ、そして古い一枚の譜面。
ローレライ。彼女はそれを昔から知っている。いや知りすぎている。
ライン川に身を投げたあの日から彼女の運命は変わった。船乗りを惑わす妖怪として歌われ続けてきた。
ミスティアは鍵盤に指を置いた。そしてもう片方の手で譜面を二回叩く。
誰から教えられたかなんてもう覚えていない。でも自然としている。
演奏の前に二回叩けば失敗しない。途中から誰かいなくならない。 最後まで続く。 何も根拠のないまじないだ。
ミスティアは思わず笑った。そして録音機のスイッチを押し鍵盤を叩いた。
「Ich weis nicht, was soll es bedeuten......」
妖怪となり翼が生えた彼女。誰もがそんな彼女を受け入れることはなかった。そんな中で彼が来た。
ハインリヒ・ハイネと名乗る若い男はミスティアを強い妖怪として描いた。妖怪というのは人間の恐怖によって生き残ることができる。ローレライという神話は生き続けた。東ドイツという共産主義国家においてもローレライという名前は歌の歌詞になり生き続けていた。
ミスティアはピアノを弾きながら静かに歌う。一九世紀の歌が一九八九年の音へ変わっていった。
何度も録音を繰り返す。納得いくまで彼女は決してやめようとはしなかった。
その度に二回譜面を叩く。このまじないが何のためなのかももう彼女は忘れかけていたのかもしれない。
東ドイツはもはや生命維持装置が外され、今ここに死に絶えようとしている。
国は消えるかもしれない。しかし歌は残り続ける。
ミスティアは最後まで歌い上げると漸く演奏を止めた。
そしてカセットを取り出すと白いラベルにペンを走らせていく。
「NEW CLASSIC」
新しい古典。中々に妙な言葉だ。
新しいものなのか、古いものなのか、よく分からない。
けれど、それでもいいと思った。
古いものを捨てる必要はない。だからといって昔のものにこだわり続ける必要もない。
音というのを変えて、それでもベースは変えず。
ミスティアはカセットをケースに入れた。
そしてまた譜面を二回叩いた。
今度は演奏のためではない。この歌がいつまでも残り続けるように。たとえ翼がもがれようとも未来永劫残り続けるように。
きっと、まじないとはそのようなものなのだろう。
テレビをつけるとベルリンの壁のことがまだ報じられていた。夜明けはもうすぐそこにあった。
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