「まったく。この雨はいつになったら止むのかしら」
梅雨も終わろうとしていた、ある日のこと。
その日は梅雨の総仕上げとばかりに朝から生ぬるい雨がザーザー降り続け、蒸し暑さもひときわ増していた。
そんな中、穣子は妖怪の山へと足を伸ばしていた。
この空模様の中、わざわざ山へ繰り出した彼女の狙いは――。
「……ん! あそこ怪しいわね」
穣子がぬかるんだ山道の脇をかき分けると、そこにあったのは細く曲がった筍。
「あったあった! これこれ、ネマガリ!」
この筍こそ彼女の狙いであるネマガリこと、チシマザサだった。
チシマザサは、春先からこの頃くらいまで生える細い筍で、よく冬の雪の重みで曲がってしまうことから、ネマガリとも呼ばれている山菜だ。
穣子がそのネマガリをポキポキと小気味よい音を立てながら根本から折り、持ってきた麻袋の中に手早く入れていくと、程なくして袋は一杯になる。
「よーし! いっちょうあがり!」
さて、目的を果たした彼女は、次にこの獲物をどう調理するかということで頭がいっぱいだった。
それがいけなかった。この、ほんの少しの気の緩みが、この後のゴタゴタに彼女が巻き込まれる結果的な要因となってしまったのである。
雨の中、麻袋を背負って機嫌よくわざわざ山を下りていた穣子は、山道に何かが落ちているのに気づく。
それは赤いドレスをまとった人形に見えた。それこそ雨の降る山には似つかわしくもないような紅のドレスだ。
(人形? なんでこんなところに人形が……?)
いつもの彼女なら、何かを察して見て見ぬふりしていくところだっただろう。しかし、あいにく今、彼女はすこぶる機嫌良く、気が大きくなっていたため、その人形を「これはいいお土産ができた」と、ばかりに拾うと、麻袋に入れてそのまま家に持って帰ってしまった。
□
さて、家に帰った穣子は、さっそく姉の静葉に人形を見せようとしたが、これまた運悪く、彼女は家を留守にしていた。そのかわりに、なぜか家の中にいたのが……。
「あ、おかえりー」
「ちょっと! にとり!? アンタ何してんのよ!? っていうか姉さんは?」
「さあ? 私が来たときにはもう誰もいなかったよ」
「そういうアンタはいつ来たのよ?」
「ついさっきさ。誰もいなかったから勝手に上がってくつろいでたよ」
などと言いながら、囲炉裏のそばで寝転んでキュウリなどをバリボリかじる彼女。穣子は怒りを通り越して、思わずため息をついてしまう。
「……ところでさ。さっきからなんかタダならぬ気配を感じるんだけど、いったい何持って帰ってきたの?」
キュウリをくわえたまま、いぶかしげな顔したにとりに、穣子は「これよ」と、例の人形を袋から出して見せる。
その姿を見るなり、にとりは思わず、すっとんきょうな声を上げて飛び上がる。
「うっひゃああっ!? コイツってもしかして!?」
「えっ!? なになになに!? なんかヤバいのコレ? もしかして呪いの人形!?」
「いや、呪いっつうか、どちらかというと毒人形っていうか……」
「えっ? 毒……?」
と、そのときだ。
「……うぅー……ん」
人形の目がゆっくりと開いた。
「あ」
「あ」
二人の視線は自然にその人形に。
「……ん?」
人形は思わず目をパチクリさせて、二人に目を合わせたかと思うやいなや。
「きゃあああああっ!!? アナタたち誰!?」
「うわー!!? 人形が喋ったぁぁ!?」
「うわあああ!! 目覚めちまったぁ!?」
それぞれ三者三様の叫び声を上げると、人形はすかさず縁側に飛び退き、穣子は思わずその場に尻餅をつき、そしてにとりは素早くリュックを背負うと一目散に逃げ出そうとした。
「あ、こら!? 待て! この腐れ河童!」
穣子は逃げようとするにとりに向かって、とっさに弾幕をぶっ放す。
「うわー!? なぁーにすんだぁー!?」
まさか、いきなり弾幕をぶっ放されるとは思いもしなかったにとりは、まともに受けてあえなく撃沈。そのまま家の床板とともに地に沈んだ。
「いてて……。おいこらイモ! いきなりひどいじゃないか!?」
床にぽっかりあいた穴からのろのろ顔を出したにとりに、穣子はしれっと言い放つ。
「なによキュウリ! 一人で逃げようとするのが悪いのよ! それよりあの人形のこと知ってるんなら、少しくらい教えてくれてもいいでしょ!? 教えないと今後一切出禁にするわよ!?」
出禁はたまらんとばかりに、にとりは渋々と語り出す。
「やれやれ……。わかった、教えるよ。あの人形は世にも珍しい、スズランの毒で動く人形なんだ。名前は……。えーと、確かメルランだっけ?」
「メルラン? それはピンクのラッパ吹きじゃないの? どう見ても違うでしょ?」
「あ。そうか。……あ! そうだ! よし、今度こそ思い出したぞ。そうそう! メロディオンだ!」
「めろでぃおん……? ずいぶん変わった名前ねぇ?」
首をかしげる穣子に、にとりが平然と言い放つ。
「なーにをいまさら。幻想郷なんて変な名前の見本市だろ」
「アンタを筆頭に?」
「だーれが変な名前の筆頭株主だ!? だいたい、河城にとりのどこが変なんだよ!?」
「じゅーぶん変でしょ。よりどりにとりみたいな名前して」
「あ、言ったなぁ? お前だっていもりこみたいな名前してるくせに!?」
「くぉら!? 誰がいもりこよ!?」
「お前だよ。オ マ エ !」
「なによこの! お値段以下!」
「へーんだ! このタロイモ大明神!」
などと二人がその場で、情けない口喧嘩をおっ始めたので、たまらず人形が。
「こらーーーっ!! 人を無視してケンカするんじゃないわよ!!」
その大喝一声に思わず二人はびっくり仰天。たちまち大人しくなってしまう。しかし人形の怒りはそれでもおさまらず。
「だいたいねっ! 人の名前間違えるなんて失礼すぎると思わないのっ!? アナタいったいどういう教育受けてきたのよ!? いい? 私の名前はメディスン! メディスン・メランコリーよ! メルランでも、めろでぃおんでも、ましてやメリーゴーランドでもないわ!!」
「ア、ハイ。スイマセン、ゴメンナサイ……」
それこそ呪いの人形かというくらい髪の毛が逆立ちそうな形相で、まくし立てるメディスンに思わず平身低頭、平謝りのにとり。
それを脇で見ていた穣子は、ようやく自分が相当な厄介者を引き連れてきてしまったと、気づくのだが、時すでに遅しなのであった。
□
「……ふーん。そっちの神様が穣子で、そっちの失礼な河童がにとりね。あらためて私は小さなスイートポイズンこと、メディスン・メランコリーよ。よろしくね!」
「あ、いえいえこちらこそ……」
「失礼な河童とは失礼だな……!」
「現に失礼だったでしょーが」
「う、うるさいやい。仕方ないだろ。人の名前って覚えにくいし……」
などと、ブツブツ言っているにとりはさておき、なぜ毒の人形なんかが、雨の降りしきる山の中に倒れていたのか穣子が尋ねると彼女の答えはこうだった。
「毒の研究のために、山に生えてる毒草を探しに来たのよ。そしたら道に迷っちゃって……」
「毒の研究……?」と、二人が更に尋ねてみると。
「そうよ! 人間に効く毒よ! 私は人間が嫌いなの。だから毒を使って人間を苦しめたいのよ。いつもはスズランの毒を使ってるんだけど、それ以外の毒も取り入れてみようと思って。なにやら山にはもっとすごい毒の植物があるって聞いたから」
などとニコニコしながら答えるメディスン。
なるほど、こいつぁなかなか穏やかじゃないな。と、二人は思わず真顔になってしまう。
「……しかし、なんだ。その。山の毒草っていうと例えば何があんのさ?」
「なんで私に聞くのよ? 悪いけど野草は専門外なんだけど……?」
「あ、そっか。イモ神だもんね」
「イモ神言うな!? それはそうと、私の知ってる限りじゃ……まあ、月並みだけどトリカブトとかじゃないの?」
「あー。トリカブトね。確かにあれはスゴい毒だって聞くよね。うんうん」
「そーそー。なんてったってトリのカブトだもんね。そりゃ猛毒の一つくらいあるわよね」
と、ニ人がテキトーなことを宣っていると、鼻息荒くしてメディスンが間に割り込んでくる。
「トリカブト! 知ってるわよ! わずか微量でも人を死に至らしめる猛毒の植物よね! 確か神経系の毒だったはず! 草全体が猛毒だけど、根っこの部分が特に猛毒なのよ! 前読んだ文献によると昔、外の世界でこの毒を使った殺人事件があったんだって! なんでもホケンキン目当て? とかいう目的だったらしいわよ!」
「へ、へえ。そりゃまたブッソウなシロモノで……」
「そう! 毒好きなら誰もが一度は憧れるブッソウこの上ない、素敵な毒草よ!」
引き気味のにとりを尻目に、メディスンは目を宝石のように輝かせて言い放つ。すると穣子が。
「……ま、トリカブトなんてフツーに山で見るけどねー?」
などと、うっかりつぶやいてしまったものだから
「本当!? 欲しい欲しい! 山のどこに生えてるの!? 教えて! ねえ教えてよ!」
言うまでもなく、興味津々なメディスンは顔をずずいと近づけて穣子に圧をかけながら尋ねてくる。
「ちょっ! そんな興奮しないで離れなさいよ! ……教えてもいいけど、アンタ一人で取りに行きなさいよ?」
「えー! なんでよー! 穣子のケチー!」
唇をとがらせるメディスンに、穣子はにとりの方をチラッと見て告げる。
「だって、私さっき山行って来たばっかだし。かわりに、そこのいかにもヒマそーな河童なら付き合ってくれるかもよ?」
「ハァ!? なんで私が毒草探しなんか付き合わないといけないんだよ!?」
「だって今外、雨でしょ? 私は濡れたくないけど、河童はいくら濡れても平気じゃない」
と、穣子が不敵な笑みを浮かべて言い放つと、すかさずにとりは平然と言い返す。
「外? 雨ならもうやんだよ。すっかり晴れてるし」
「……は?」
慌てて穣子が外を見ると、彼女の言う通り、さっきまであれだけ降ってたはずの雨はすっかりあがり、むしろ雲の隙間から青空なんかが覗いている始末。
「……う、ウソでしょ? 私、雨ん中わざわざ、ネマガリ取りに山行ったのよ!? なんで勝手に晴れてんのよ……? いったいどういう天気してんのよ!?」
などと、穣子が空に向かってわめいていると。
「……いやぁー。これまたよく晴れちまったもんだなぁ。こりゃー外なんかに出たらあっという間に干からびちゃいそうだなぁ。ほら、私、河童だしなー」
と、にとりはわざとらしくつぶやくと、頭を触りながらメディスンの方を見やる。すると
「そう! それじゃ仕方ないわね。じゃあ、やっぱりアナタにエスコートしてもらうことにするわ! 穣子!」
そう言ってメディスンは穣子の手を力強く掴む。
「えー……!? ……ったく、わかったわよ! 道案内するだけだからね?」
こうして、にとりにも天気にも裏切られてしまった穣子は、ここでメディスンの機嫌損ねて毒をばらまかれても困るので、渋々山へと向かったのだった。
ちなみにとってきたネマガリは、メディスンの毒にやられてすっかり傷んでしまっていた。
□
さて、穣子がメディスンを連れて再び山に訪れると、さっきまでとは打って変わって、うだるような蒸し暑さになっていた。
それこそ、実はあの雨で本当に梅雨が明けたのではないかと思うくらいだ。
「うぇー。なんか蒸し暑いんだけどー……」
「そうね! いい天気だわ!」
「うぇー。早く帰りたいんだけどー……」
「じゃあ、早く案内してよ!」
「うぇー。そんな急かさなくったってトリカブトは逃げないってば……。カブトムシじゃあるまいし」
すでにへばり気味な穣子とは逆に、これでもかというくらい生き生きしているメディスン。
二人が山の奥地へずんずんと入っていくと、やがてうっそうとした木々の生い茂る所へとたどり着く。
そこは木々によって日差しがさえぎられ、さっきより幾分か涼しいが、沢が近いのかジメジメとした空気が辺りを漂い、むしろさっきより不快指数は高いのでは、と、思うくらいだった。
「なんか淋しい所ねー……」
メディスンは辺りを見回しながら、ポツリと呟くが、それに続いた言葉が
「いかにも毒草が生えてるって感じよね! わくわくするわ!」
だったので、穣子は呆れて尋ねる。
「アンタ、本当に毒好きなのねえ……? なんでそんな毒にこだわるの?」
メディスンは笑顔で答える。
「当たり前よ! 私は毒の力で動いてる人形だもの」
「あーそういや、さっきあの腐れ河童が言ってたわね。スズランだっけ?」
「そう! スズランよ!」
「スズランって。なんかアレだっけ? よく人間が食べられる草と間違えて食べちゃうとか」
「らしいわね! まったく、浅ましいというか、さもしいというか。本当、人間って愚かよね!」
あざ笑うように吐き捨てるメディスンに、思わず穣子は問いかけた。
「……アンタさぁ。なんでそんなに人間のことが嫌いなのよ? あ、別に答えたくなきゃ答えなくてもいいけど」
するとメディスンは急にうつむいて答える。
「……本当、人間って身勝手よね。手に入れたときは、あれだけ可愛がってたくせにさ。いらなくなった途端にゴミ同然なんだもの」
「ふーん……。なるほどね」
穣子はそれ以上は何も喋らず、ひたすらに歩く。
やがて穣子は立ち止まると、道の脇の方を指さしてメディスンに告げた。
「ほら、これよ」
その先には青々とした若葉が。それを見て思わず目を輝かせるメディスン。
「わあ! これがあのトリカブトなのね!」
「ま、好きなだけ持っていきなさいな」
「ほんとう!? 穣子ったら太っ腹!」
「いや、別に私が育ててるわけじゃないし……?」
思わず苦笑いを浮かべる穣子を尻目にメディスンは、その若葉を根っこごと引っこ抜き、「ありがとう穣子!」と、礼を告げると、そのまま嬉々とした様子で帰っていった。
□
それからしばらく経ったある日のこと。
夏の暑さにすっかりやられて床に寝そべりながら、干し芋をかじっていた穣子の元にメディスンがやってくる。何やら怒っている様子だ。
「ねえねえねえ! 穣子! 穣子!!」
「なによー……。いきなり来るなり大声出して。暑いんだから騒がないでよー……?」
「あのさ! 前にもらったトリカブトなんだけどさっ!」
「あー……あれ? あれがどうかした?」
「あれトリカブトじゃないって言われたよ!? 穣子のウソつき!」
「え?」
「あれはニリンソウだって! 穣子のウソつき!」
「あー……混じって生えてたのね。そりゃ悪かったわ。でもニリンソウなら食べられるんじゃなかったっけ?」
「そうみたいだけど、私が欲しいのは美味しい山菜なんかじゃなくて、猛毒のトリカブトなの! 穣子のウソつき!」
「……あー。わかった、わかった。そんじゃあ、あれよ。秋になったらまた来なさい」
「秋に? なんでよ!?」
「だって暑いし、動きたくないし、暑いし」
「はあー? どういう理由よ!? ほんっとう、やる気のない神様ね!」
と、いかにも不満げにむすっとした表情をしていたメディスンだったが、まったく動こうともしない穣子の様子を見て、大きくため息をついて告げた。
「……わかったわよ! じゃ、また紅葉が色づく頃来るからね! 覚えてなさいよ!」
そう言い残して、メディスンはきびすを返して去っていく。
「やれやれ……。まったく、ブッソウなお人形さんだわ……」
穣子はあきれた様子で彼女を見送ると、おもむろに干し芋をかじった。
□
それからさらにしばらくして、夏の暑さもようやく収まり、木々が少しずつ色づいてきた頃。
穣子が縁側で外の景色を見ながら焼き芋をかじっていると……。
「穣子、穣子! 穣子!! 約束通り来たわよ!!」
「んー……? 約束? ……なんだっけ?」
「忘れたとは言わせないわよ!」
「いや、マジ、本当にわかんないんだけど……!?」
「さあ、山行くわよ!」
「はあ!? ちょ、ちょっとー!?」
メディスンは穣子の腕を強引につかむと無理やり山へと向かった。
□
「あー! 完全に思い出したわ! トリカブトね。そういえばそんな話したっけ」
「そーよ! ずっと楽しみにしてたんだからね!?」
はやる気持ちを抑えられない様子のメディスンは、どんどん山奥へ向かっていく。それを穣子は慌てて追いかける。
やがて二人が例の所へとやってくると、そこには。
「うわあー! きれーい!!」
思わず驚きの声を上げるメディスン。それもそのはずで彼女の目の前には一面、紫色の花畑が広がっていた。
「ねえねえ、穣子。これってもしかして……」
「そ。これがトリカブトの花よ。これなら間違えないでしょ?」
「ああ! あのとき秋になったらって言ってたの、そういうことだったのね! てっきり秋になったら本気出すみたいな意味かと思ってたわ!」
「まさかーそんなわけないでしょー? (……ま、少しはそういう意味もあったけど)」
メディスンはうれしそうな様子で、トリカブトの花畑に寝っ転がる。
「あー……スーさんとは違う感じー」
そう言って寝っ転がったまま深呼吸するメディスンに、すかさず穣子が尋ねる。
「スーさんって?」
「スズランのことよ」
「あーそういう? じゃあ、スズランでスーさんなら、トリカブトなのでトーさん?」
「……それなんかヤダ」
「んじゃ別名で附子(ぶす)らしいからブーさん?」
「もっとヤダっ!」
「ほんと、わがままねー」
「トリカブトなんだから、トリさんでいいでしょ!」
「トリさん? なんかどこかに飛んでいっちゃいそうな……」
「ある意味トべるわよ?」
そう言って空を指さすメディスンに、思わず穣子は苦笑いを浮かべてしまう。
「さてと。それじゃありがたく頂くわね!」
メディスンはトリカブトの株を引っこ抜き、根茎を確かめるとにっこりと笑みを浮かべる。
ふと、穣子が話しかける。
「そうだ。そういやさ」
「……何よ?」
「アンタさ、トリカブトの花言葉って知ってる?」
「……知らないわ。どんなのなの?」
きょとんとした様子のメディスンに、穣子は平然と告げる。
「そ。じゃ自分で調べてみて」
「えっ教えてくれないの? 穣子のケチ!」
「まあまあ、アンタにぴったりだからさ」
意味ありげな笑みを浮かべる穣子に、メディスンはしばらく唇をとがらせていたが、やがて諦めたように告げる。
「……わかったわよ。そこまで言うなら自分で調べてみるわ。じゃ、世話になったわね! 穣子!」
「いえいえ、こちらこそー」
「それじゃね!」
「はーい。お達者でー」
メディスンは一礼するとトリカブトを携えてその場を去っていく。
穣子は、やれやれといった様子で、一息をつくと彼女を見送った。
□
それから少し経ち、すっかり秋も深まり、木々の紅葉も色濃くなった頃。
山から帰って来た穣子は、家の入口に何やら包み紙が置いてあるのを見つける。
穣子がその包み紙を開くと、中にはスズランの花とともに手紙が入っていた。手紙にはきれいな文字でこう書かれていた。
秋が好きな穣子へ
トリカブトの花言葉調べてみたわ!お返しにこれあげる。きっと今のアナタにぴったりよ!
人嫌いのメディスン・メランコリーより
穣子は、その季節外れのスズランの花を手に取り、澄み渡った秋の空を見上げる。
「……粋なことしてくれるじゃない」
そうつぶやくと穣子は、清々しい表情を浮べ、懐から焼き芋を取り出すと、おもむろにかじった。
梅雨も終わろうとしていた、ある日のこと。
その日は梅雨の総仕上げとばかりに朝から生ぬるい雨がザーザー降り続け、蒸し暑さもひときわ増していた。
そんな中、穣子は妖怪の山へと足を伸ばしていた。
この空模様の中、わざわざ山へ繰り出した彼女の狙いは――。
「……ん! あそこ怪しいわね」
穣子がぬかるんだ山道の脇をかき分けると、そこにあったのは細く曲がった筍。
「あったあった! これこれ、ネマガリ!」
この筍こそ彼女の狙いであるネマガリこと、チシマザサだった。
チシマザサは、春先からこの頃くらいまで生える細い筍で、よく冬の雪の重みで曲がってしまうことから、ネマガリとも呼ばれている山菜だ。
穣子がそのネマガリをポキポキと小気味よい音を立てながら根本から折り、持ってきた麻袋の中に手早く入れていくと、程なくして袋は一杯になる。
「よーし! いっちょうあがり!」
さて、目的を果たした彼女は、次にこの獲物をどう調理するかということで頭がいっぱいだった。
それがいけなかった。この、ほんの少しの気の緩みが、この後のゴタゴタに彼女が巻き込まれる結果的な要因となってしまったのである。
雨の中、麻袋を背負って機嫌よくわざわざ山を下りていた穣子は、山道に何かが落ちているのに気づく。
それは赤いドレスをまとった人形に見えた。それこそ雨の降る山には似つかわしくもないような紅のドレスだ。
(人形? なんでこんなところに人形が……?)
いつもの彼女なら、何かを察して見て見ぬふりしていくところだっただろう。しかし、あいにく今、彼女はすこぶる機嫌良く、気が大きくなっていたため、その人形を「これはいいお土産ができた」と、ばかりに拾うと、麻袋に入れてそのまま家に持って帰ってしまった。
□
さて、家に帰った穣子は、さっそく姉の静葉に人形を見せようとしたが、これまた運悪く、彼女は家を留守にしていた。そのかわりに、なぜか家の中にいたのが……。
「あ、おかえりー」
「ちょっと! にとり!? アンタ何してんのよ!? っていうか姉さんは?」
「さあ? 私が来たときにはもう誰もいなかったよ」
「そういうアンタはいつ来たのよ?」
「ついさっきさ。誰もいなかったから勝手に上がってくつろいでたよ」
などと言いながら、囲炉裏のそばで寝転んでキュウリなどをバリボリかじる彼女。穣子は怒りを通り越して、思わずため息をついてしまう。
「……ところでさ。さっきからなんかタダならぬ気配を感じるんだけど、いったい何持って帰ってきたの?」
キュウリをくわえたまま、いぶかしげな顔したにとりに、穣子は「これよ」と、例の人形を袋から出して見せる。
その姿を見るなり、にとりは思わず、すっとんきょうな声を上げて飛び上がる。
「うっひゃああっ!? コイツってもしかして!?」
「えっ!? なになになに!? なんかヤバいのコレ? もしかして呪いの人形!?」
「いや、呪いっつうか、どちらかというと毒人形っていうか……」
「えっ? 毒……?」
と、そのときだ。
「……うぅー……ん」
人形の目がゆっくりと開いた。
「あ」
「あ」
二人の視線は自然にその人形に。
「……ん?」
人形は思わず目をパチクリさせて、二人に目を合わせたかと思うやいなや。
「きゃあああああっ!!? アナタたち誰!?」
「うわー!!? 人形が喋ったぁぁ!?」
「うわあああ!! 目覚めちまったぁ!?」
それぞれ三者三様の叫び声を上げると、人形はすかさず縁側に飛び退き、穣子は思わずその場に尻餅をつき、そしてにとりは素早くリュックを背負うと一目散に逃げ出そうとした。
「あ、こら!? 待て! この腐れ河童!」
穣子は逃げようとするにとりに向かって、とっさに弾幕をぶっ放す。
「うわー!? なぁーにすんだぁー!?」
まさか、いきなり弾幕をぶっ放されるとは思いもしなかったにとりは、まともに受けてあえなく撃沈。そのまま家の床板とともに地に沈んだ。
「いてて……。おいこらイモ! いきなりひどいじゃないか!?」
床にぽっかりあいた穴からのろのろ顔を出したにとりに、穣子はしれっと言い放つ。
「なによキュウリ! 一人で逃げようとするのが悪いのよ! それよりあの人形のこと知ってるんなら、少しくらい教えてくれてもいいでしょ!? 教えないと今後一切出禁にするわよ!?」
出禁はたまらんとばかりに、にとりは渋々と語り出す。
「やれやれ……。わかった、教えるよ。あの人形は世にも珍しい、スズランの毒で動く人形なんだ。名前は……。えーと、確かメルランだっけ?」
「メルラン? それはピンクのラッパ吹きじゃないの? どう見ても違うでしょ?」
「あ。そうか。……あ! そうだ! よし、今度こそ思い出したぞ。そうそう! メロディオンだ!」
「めろでぃおん……? ずいぶん変わった名前ねぇ?」
首をかしげる穣子に、にとりが平然と言い放つ。
「なーにをいまさら。幻想郷なんて変な名前の見本市だろ」
「アンタを筆頭に?」
「だーれが変な名前の筆頭株主だ!? だいたい、河城にとりのどこが変なんだよ!?」
「じゅーぶん変でしょ。よりどりにとりみたいな名前して」
「あ、言ったなぁ? お前だっていもりこみたいな名前してるくせに!?」
「くぉら!? 誰がいもりこよ!?」
「お前だよ。オ マ エ !」
「なによこの! お値段以下!」
「へーんだ! このタロイモ大明神!」
などと二人がその場で、情けない口喧嘩をおっ始めたので、たまらず人形が。
「こらーーーっ!! 人を無視してケンカするんじゃないわよ!!」
その大喝一声に思わず二人はびっくり仰天。たちまち大人しくなってしまう。しかし人形の怒りはそれでもおさまらず。
「だいたいねっ! 人の名前間違えるなんて失礼すぎると思わないのっ!? アナタいったいどういう教育受けてきたのよ!? いい? 私の名前はメディスン! メディスン・メランコリーよ! メルランでも、めろでぃおんでも、ましてやメリーゴーランドでもないわ!!」
「ア、ハイ。スイマセン、ゴメンナサイ……」
それこそ呪いの人形かというくらい髪の毛が逆立ちそうな形相で、まくし立てるメディスンに思わず平身低頭、平謝りのにとり。
それを脇で見ていた穣子は、ようやく自分が相当な厄介者を引き連れてきてしまったと、気づくのだが、時すでに遅しなのであった。
□
「……ふーん。そっちの神様が穣子で、そっちの失礼な河童がにとりね。あらためて私は小さなスイートポイズンこと、メディスン・メランコリーよ。よろしくね!」
「あ、いえいえこちらこそ……」
「失礼な河童とは失礼だな……!」
「現に失礼だったでしょーが」
「う、うるさいやい。仕方ないだろ。人の名前って覚えにくいし……」
などと、ブツブツ言っているにとりはさておき、なぜ毒の人形なんかが、雨の降りしきる山の中に倒れていたのか穣子が尋ねると彼女の答えはこうだった。
「毒の研究のために、山に生えてる毒草を探しに来たのよ。そしたら道に迷っちゃって……」
「毒の研究……?」と、二人が更に尋ねてみると。
「そうよ! 人間に効く毒よ! 私は人間が嫌いなの。だから毒を使って人間を苦しめたいのよ。いつもはスズランの毒を使ってるんだけど、それ以外の毒も取り入れてみようと思って。なにやら山にはもっとすごい毒の植物があるって聞いたから」
などとニコニコしながら答えるメディスン。
なるほど、こいつぁなかなか穏やかじゃないな。と、二人は思わず真顔になってしまう。
「……しかし、なんだ。その。山の毒草っていうと例えば何があんのさ?」
「なんで私に聞くのよ? 悪いけど野草は専門外なんだけど……?」
「あ、そっか。イモ神だもんね」
「イモ神言うな!? それはそうと、私の知ってる限りじゃ……まあ、月並みだけどトリカブトとかじゃないの?」
「あー。トリカブトね。確かにあれはスゴい毒だって聞くよね。うんうん」
「そーそー。なんてったってトリのカブトだもんね。そりゃ猛毒の一つくらいあるわよね」
と、ニ人がテキトーなことを宣っていると、鼻息荒くしてメディスンが間に割り込んでくる。
「トリカブト! 知ってるわよ! わずか微量でも人を死に至らしめる猛毒の植物よね! 確か神経系の毒だったはず! 草全体が猛毒だけど、根っこの部分が特に猛毒なのよ! 前読んだ文献によると昔、外の世界でこの毒を使った殺人事件があったんだって! なんでもホケンキン目当て? とかいう目的だったらしいわよ!」
「へ、へえ。そりゃまたブッソウなシロモノで……」
「そう! 毒好きなら誰もが一度は憧れるブッソウこの上ない、素敵な毒草よ!」
引き気味のにとりを尻目に、メディスンは目を宝石のように輝かせて言い放つ。すると穣子が。
「……ま、トリカブトなんてフツーに山で見るけどねー?」
などと、うっかりつぶやいてしまったものだから
「本当!? 欲しい欲しい! 山のどこに生えてるの!? 教えて! ねえ教えてよ!」
言うまでもなく、興味津々なメディスンは顔をずずいと近づけて穣子に圧をかけながら尋ねてくる。
「ちょっ! そんな興奮しないで離れなさいよ! ……教えてもいいけど、アンタ一人で取りに行きなさいよ?」
「えー! なんでよー! 穣子のケチー!」
唇をとがらせるメディスンに、穣子はにとりの方をチラッと見て告げる。
「だって、私さっき山行って来たばっかだし。かわりに、そこのいかにもヒマそーな河童なら付き合ってくれるかもよ?」
「ハァ!? なんで私が毒草探しなんか付き合わないといけないんだよ!?」
「だって今外、雨でしょ? 私は濡れたくないけど、河童はいくら濡れても平気じゃない」
と、穣子が不敵な笑みを浮かべて言い放つと、すかさずにとりは平然と言い返す。
「外? 雨ならもうやんだよ。すっかり晴れてるし」
「……は?」
慌てて穣子が外を見ると、彼女の言う通り、さっきまであれだけ降ってたはずの雨はすっかりあがり、むしろ雲の隙間から青空なんかが覗いている始末。
「……う、ウソでしょ? 私、雨ん中わざわざ、ネマガリ取りに山行ったのよ!? なんで勝手に晴れてんのよ……? いったいどういう天気してんのよ!?」
などと、穣子が空に向かってわめいていると。
「……いやぁー。これまたよく晴れちまったもんだなぁ。こりゃー外なんかに出たらあっという間に干からびちゃいそうだなぁ。ほら、私、河童だしなー」
と、にとりはわざとらしくつぶやくと、頭を触りながらメディスンの方を見やる。すると
「そう! それじゃ仕方ないわね。じゃあ、やっぱりアナタにエスコートしてもらうことにするわ! 穣子!」
そう言ってメディスンは穣子の手を力強く掴む。
「えー……!? ……ったく、わかったわよ! 道案内するだけだからね?」
こうして、にとりにも天気にも裏切られてしまった穣子は、ここでメディスンの機嫌損ねて毒をばらまかれても困るので、渋々山へと向かったのだった。
ちなみにとってきたネマガリは、メディスンの毒にやられてすっかり傷んでしまっていた。
□
さて、穣子がメディスンを連れて再び山に訪れると、さっきまでとは打って変わって、うだるような蒸し暑さになっていた。
それこそ、実はあの雨で本当に梅雨が明けたのではないかと思うくらいだ。
「うぇー。なんか蒸し暑いんだけどー……」
「そうね! いい天気だわ!」
「うぇー。早く帰りたいんだけどー……」
「じゃあ、早く案内してよ!」
「うぇー。そんな急かさなくったってトリカブトは逃げないってば……。カブトムシじゃあるまいし」
すでにへばり気味な穣子とは逆に、これでもかというくらい生き生きしているメディスン。
二人が山の奥地へずんずんと入っていくと、やがてうっそうとした木々の生い茂る所へとたどり着く。
そこは木々によって日差しがさえぎられ、さっきより幾分か涼しいが、沢が近いのかジメジメとした空気が辺りを漂い、むしろさっきより不快指数は高いのでは、と、思うくらいだった。
「なんか淋しい所ねー……」
メディスンは辺りを見回しながら、ポツリと呟くが、それに続いた言葉が
「いかにも毒草が生えてるって感じよね! わくわくするわ!」
だったので、穣子は呆れて尋ねる。
「アンタ、本当に毒好きなのねえ……? なんでそんな毒にこだわるの?」
メディスンは笑顔で答える。
「当たり前よ! 私は毒の力で動いてる人形だもの」
「あーそういや、さっきあの腐れ河童が言ってたわね。スズランだっけ?」
「そう! スズランよ!」
「スズランって。なんかアレだっけ? よく人間が食べられる草と間違えて食べちゃうとか」
「らしいわね! まったく、浅ましいというか、さもしいというか。本当、人間って愚かよね!」
あざ笑うように吐き捨てるメディスンに、思わず穣子は問いかけた。
「……アンタさぁ。なんでそんなに人間のことが嫌いなのよ? あ、別に答えたくなきゃ答えなくてもいいけど」
するとメディスンは急にうつむいて答える。
「……本当、人間って身勝手よね。手に入れたときは、あれだけ可愛がってたくせにさ。いらなくなった途端にゴミ同然なんだもの」
「ふーん……。なるほどね」
穣子はそれ以上は何も喋らず、ひたすらに歩く。
やがて穣子は立ち止まると、道の脇の方を指さしてメディスンに告げた。
「ほら、これよ」
その先には青々とした若葉が。それを見て思わず目を輝かせるメディスン。
「わあ! これがあのトリカブトなのね!」
「ま、好きなだけ持っていきなさいな」
「ほんとう!? 穣子ったら太っ腹!」
「いや、別に私が育ててるわけじゃないし……?」
思わず苦笑いを浮かべる穣子を尻目にメディスンは、その若葉を根っこごと引っこ抜き、「ありがとう穣子!」と、礼を告げると、そのまま嬉々とした様子で帰っていった。
□
それからしばらく経ったある日のこと。
夏の暑さにすっかりやられて床に寝そべりながら、干し芋をかじっていた穣子の元にメディスンがやってくる。何やら怒っている様子だ。
「ねえねえねえ! 穣子! 穣子!!」
「なによー……。いきなり来るなり大声出して。暑いんだから騒がないでよー……?」
「あのさ! 前にもらったトリカブトなんだけどさっ!」
「あー……あれ? あれがどうかした?」
「あれトリカブトじゃないって言われたよ!? 穣子のウソつき!」
「え?」
「あれはニリンソウだって! 穣子のウソつき!」
「あー……混じって生えてたのね。そりゃ悪かったわ。でもニリンソウなら食べられるんじゃなかったっけ?」
「そうみたいだけど、私が欲しいのは美味しい山菜なんかじゃなくて、猛毒のトリカブトなの! 穣子のウソつき!」
「……あー。わかった、わかった。そんじゃあ、あれよ。秋になったらまた来なさい」
「秋に? なんでよ!?」
「だって暑いし、動きたくないし、暑いし」
「はあー? どういう理由よ!? ほんっとう、やる気のない神様ね!」
と、いかにも不満げにむすっとした表情をしていたメディスンだったが、まったく動こうともしない穣子の様子を見て、大きくため息をついて告げた。
「……わかったわよ! じゃ、また紅葉が色づく頃来るからね! 覚えてなさいよ!」
そう言い残して、メディスンはきびすを返して去っていく。
「やれやれ……。まったく、ブッソウなお人形さんだわ……」
穣子はあきれた様子で彼女を見送ると、おもむろに干し芋をかじった。
□
それからさらにしばらくして、夏の暑さもようやく収まり、木々が少しずつ色づいてきた頃。
穣子が縁側で外の景色を見ながら焼き芋をかじっていると……。
「穣子、穣子! 穣子!! 約束通り来たわよ!!」
「んー……? 約束? ……なんだっけ?」
「忘れたとは言わせないわよ!」
「いや、マジ、本当にわかんないんだけど……!?」
「さあ、山行くわよ!」
「はあ!? ちょ、ちょっとー!?」
メディスンは穣子の腕を強引につかむと無理やり山へと向かった。
□
「あー! 完全に思い出したわ! トリカブトね。そういえばそんな話したっけ」
「そーよ! ずっと楽しみにしてたんだからね!?」
はやる気持ちを抑えられない様子のメディスンは、どんどん山奥へ向かっていく。それを穣子は慌てて追いかける。
やがて二人が例の所へとやってくると、そこには。
「うわあー! きれーい!!」
思わず驚きの声を上げるメディスン。それもそのはずで彼女の目の前には一面、紫色の花畑が広がっていた。
「ねえねえ、穣子。これってもしかして……」
「そ。これがトリカブトの花よ。これなら間違えないでしょ?」
「ああ! あのとき秋になったらって言ってたの、そういうことだったのね! てっきり秋になったら本気出すみたいな意味かと思ってたわ!」
「まさかーそんなわけないでしょー? (……ま、少しはそういう意味もあったけど)」
メディスンはうれしそうな様子で、トリカブトの花畑に寝っ転がる。
「あー……スーさんとは違う感じー」
そう言って寝っ転がったまま深呼吸するメディスンに、すかさず穣子が尋ねる。
「スーさんって?」
「スズランのことよ」
「あーそういう? じゃあ、スズランでスーさんなら、トリカブトなのでトーさん?」
「……それなんかヤダ」
「んじゃ別名で附子(ぶす)らしいからブーさん?」
「もっとヤダっ!」
「ほんと、わがままねー」
「トリカブトなんだから、トリさんでいいでしょ!」
「トリさん? なんかどこかに飛んでいっちゃいそうな……」
「ある意味トべるわよ?」
そう言って空を指さすメディスンに、思わず穣子は苦笑いを浮かべてしまう。
「さてと。それじゃありがたく頂くわね!」
メディスンはトリカブトの株を引っこ抜き、根茎を確かめるとにっこりと笑みを浮かべる。
ふと、穣子が話しかける。
「そうだ。そういやさ」
「……何よ?」
「アンタさ、トリカブトの花言葉って知ってる?」
「……知らないわ。どんなのなの?」
きょとんとした様子のメディスンに、穣子は平然と告げる。
「そ。じゃ自分で調べてみて」
「えっ教えてくれないの? 穣子のケチ!」
「まあまあ、アンタにぴったりだからさ」
意味ありげな笑みを浮かべる穣子に、メディスンはしばらく唇をとがらせていたが、やがて諦めたように告げる。
「……わかったわよ。そこまで言うなら自分で調べてみるわ。じゃ、世話になったわね! 穣子!」
「いえいえ、こちらこそー」
「それじゃね!」
「はーい。お達者でー」
メディスンは一礼するとトリカブトを携えてその場を去っていく。
穣子は、やれやれといった様子で、一息をつくと彼女を見送った。
□
それから少し経ち、すっかり秋も深まり、木々の紅葉も色濃くなった頃。
山から帰って来た穣子は、家の入口に何やら包み紙が置いてあるのを見つける。
穣子がその包み紙を開くと、中にはスズランの花とともに手紙が入っていた。手紙にはきれいな文字でこう書かれていた。
秋が好きな穣子へ
トリカブトの花言葉調べてみたわ!お返しにこれあげる。きっと今のアナタにぴったりよ!
人嫌いのメディスン・メランコリーより
穣子は、その季節外れのスズランの花を手に取り、澄み渡った秋の空を見上げる。
「……粋なことしてくれるじゃない」
そうつぶやくと穣子は、清々しい表情を浮べ、懐から焼き芋を取り出すと、おもむろにかじった。
字面はひたすら物騒なのに絵面がどうしてもかわいらしかったです
花言葉で会話するのいいね!