「ふぅ……」
霧雨魔理沙、いささか疲れてきた。
プロの弾幕作家になって五年半が経つ。
自己顕示欲がホウキに乗って空を飛んでいるような女が霧雨魔理沙だ。一度は『クリエイター』を名乗ってみたかった。
初めての確定申告の際には「あの、クリエイターをやってるんだけど、記入欄について質問があるだぜ」などと小っ恥ずかしいこともしでかした。係員だってそんな有象無象の弱小クリエイターなんぞ見慣れているだろうに、これは自身の欲を満たすだけのアホ行動である。
さらには聞かれてもいないのに「この前、確定申告に行ってきた。マッタク個人事業主はつらいぜ」などと友人に話したこともあった。
相手の東風谷早苗は気が良いフリをして「へぇ、何やってるんです?」などと聞いてくるものだから、魔理沙は「クリエイター」などとクソみたいなドヤ顔をしたこともあった。
「そりゃすごいですねぇ!」などと良いリアクションを返されたので「まず経費として計上するのはだなぁ…」などと浅薄極まりないペラペラの税の知識をペラペラと話してしまったのだが、よく考えてみりゃ木っ端や芥のような自称クリエイター風情がマヌケ面をして話しているのを早苗は酒のツマミにして楽しんでいたのだろう。そういう女だ、東風谷早苗は。
とはいえ、所詮はまだ副業レベル。
月に数万円の稼ぎが限度。
昼は本業であるパン屋で粉塵を肺に溜め込みながら、夜には弾幕作家としての仕事をこなす。リラクゼーションチェアなど買う余裕など無いのでベッドに毛布を丸めて、横たわり、身体をいたわり、日課として創作活動を続けている。
「バズれよ、バカ」
新作弾幕の売上を確認しながら呟く。人間性は地に落ちてゆく。確実に性格が悪くなっているのを感じる。
何十時間かけて作ったか分からない新作の売れ行きはイマイチ。『ちいかわ』にライバル意識を燃やしても蟻と巨象。映画も観に行った。くやしかったが面白かった。しかし、そのくやしさは年々薄れているような気もする。
「モモンガちゃん叩かないで、魔理沙」
「おおっ、悪い悪い」
嫁であるアリス・マーガトロイドも、近頃はすっかり魔理沙への扱いが悪くなってきた。モモンガぬいぐるみを我が子のようにナデナデするばかりで魔理沙のことなど足であしらう。
アリスもまた自己顕示欲の塊みたいな女で「クリエイターなのよ、うちの魔理沙は」などと他所でドヤ顔しながら話していたようだ。
魔理沙が嫌悪感を覚えたのはそれだ。(うわっクソほど恥ずかしいなコレ)などと耐えきれない羞恥により、もう二度と魔理沙はクリエイターを名乗らなくなった。
結婚をして、しばらく経つと、何かが蒸発して消えてゆく。それは恋色というキラキラ成分ではなかろうか。
さて、蒸発して何が残るかが肝心なのだ。アリスは以前に自身の小便を見せてきたことがあった。紙コップに注がれた尿を見せつけられ「これ血尿じゃない?血尿じゃない?」などと意味不明なことを言われ、これには魔理沙もギョッとした。寝起きでいきなりのことにビビり散らかし、「蒸発させればいいんじゃないか?」などと訳のわからぬことを発したことがある。
アリスは以前から精神の不安定なところがあるが、悪い時にはここまで乱れる。常に何かの健康不安を抱えて、食品表示をずっと眺めていることもあれば、便秘気味ゆえにコーラックをオーバードーズしたこともある。最近ではその美しい金髪に白髪が少し混ざっている。
「モモンガかわいいよな」
「キラッキラッ♪」
「…………」
これ以上、考えるのはやめよう。現実から目を背けるようにしてスマホの画面に目を移した。
蒸発して残ったのは、『妖怪』との同居生活だった。
さて、そんな弱小自称クリエイターの魔理沙である。五年半の活動の間には色々あった。
AIの台頭により冷や汗は流したものの、むしろ弾幕の挿絵として商業利用する倫理観の無さを発揮。
金の亡者の如くpixivなども使い貪欲に宣伝活動を繰り返した結果、業者認定され検索からBANされるという末路を辿ったこともあった。
魔理沙は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の運営を倒さねばならぬ。
「あなたそのまんま業者よ」という妖怪、否、魔法使いアリスのツッコミにより正気は取り戻したが、理性では分かっていても腹の虫は治らなかった。
そんな腐敗した魔理沙である。
すでに人間性は妖怪以下。
金が絡むとヒトはこうもアホになるのだ。元々は弾幕の幾何学的な美しさに惹かれたのではなかったのか。それは純情な感情。1/3も伝わらなくてもいい。この純弾幕を広めるための一助として創作活動をしていたというのに、目先の金とちっぽけな名誉に眩んで、少女のハラワタはウジャウジャと細菌で満ちてゆく。
「覚えてても、忘れそうでさ♪書いとこ、こわいから♪」
そして現在、部屋には人形師アリスの歌が響く。今は躁の時期。コイツは躁のときならば真夜中でも突然ギターを弾き始めて全力でストロークしながら歌い始めるという、鬼も妖怪もビックリの愉快な奇行に及ぶことがある。
なんでも人形を操る糸はギターの弦に似ているらしいが何を言っているのか理解しかねる。そして近所迷惑という概念は頭の中から消し飛ぶらしい。
魔理沙は、そんな歌を聞き流しながら作業することができる。慣れとは狂気とお友達になることである。
「ひひひ、売れた売れた」
同人弾幕が売れると魔理沙の自尊心は一時的に満たされる。かつては、一次創作の弾幕が売れないとなんだか悔しくて仕方なかったが、今は二次創作の弾幕が売れるだけでヒヒヒと笑いが止まらない。
はたから見れば、なんとカオスな部屋なのだろう。ハンパな自称クリエイターの魔理沙と、精神が不安定な躁状態のアリス。
「単価上げなさいよ、魔理沙」
「ヤダよ。そんなに高値で売れるもんじゃない」
「イーヤー♪ヤダヤダ♪」
「…………」
なんだか近頃は意思疎通もちょっと怪しくなっているアリスである。付き合い始めた頃は金髪美少女のアリスちゃんであったのに、今は「ヤダヤダ♪」などと尻を振っているのだから奇妙な感心すらしてしまう。感心というのは、この環境に適応している自分自身に対してだ。
「ベースやって」
「…………?」
「魔理沙がベース」
「…………?」
何度聞いてもよく理解できない。日本語であるのに言葉が脳の表面をすべってゆく、そんな不思議体験。
「私はベーシストじゃないぜ?」
「いいから。私はギターなんだから、中古屋でベース買ってきて。ハードオフ」
ふぅん。よく分からない。
ホウキに乗る魔法使いのパン屋がベースを弾いてクリエイター活動しながら確定申告。こんな文脈の散らかったプロンプトを組んだらAIもさぞかし混乱するだろう。アリスはいつも魔理沙に混沌をもたらしてくれる。
そしてAIが人間に追いつけない理由がここにある。人工知能からはこの乱脈は決して出力されないであろう。
「それはFコード、それはGコード、それはDコード……」
なるほど。始めて音楽を学んだが意外にも性に合った。理路が整っている。天才肌の博麗霊夢と違い魔理沙は理屈派なのだ。
「GからCmに行くなら短3度の通過音……」
リズム&ミュージック。きちんと音楽理論を学ぶと実に心地が良い。掘り進めるとさらに高度な理論がそこにあり、おお、ついつい夢中になってしまうではないか。
「なんだ、もう朝かと♪ひとり〜ご〜つ♪」
躁状態のアリスと共に奏でる深夜のセッション。アリスが笑っている。ひさしく見ていないあの頃の笑顔だった。
近所迷惑などという常識は魔理沙からも失せてゆき、しかし同時に、深夜の作業時間も失せてゆき、そして新作の制作は滞ってゆくのであった……。
「さっきのジュース、グレープフルーツ入ってた?」
「うーん?」
「どうしよう、グレープフルーツ入ってたら、どうしよう」
「入ってないぜ、たぶん」
「柑橘系はダメなの柑橘系は」
「オレンジジュースは飲むじゃないか」
「違うの、柑橘系はダメなんだってば」
「オレンジも柑橘系だぜ」
「違うの、違うの、どうしよう、どうしよう、柑橘系飲んじゃった、飲んじゃった、魔理沙、柑橘系だよ、グレープフルーツなんだよ、」
金も無いのにスタジオで練習していたところ、ギターボーカルのアリス・マーガトロイドがパニック症状を起こし倒れてしまった。ベースの魔理沙はビニール袋を用意して口元に当ててやる。鬱期のアリスにはありがちなことなのだ。
「すーは、すーは、すーは、」
「どうどう」
「すーは、すーは、すーは、」
「パンクな格好してなくて良かったよ。アンパンと誤解されちまうぜ」
「すーは、すーは、すーは、な、なにそれ」
「バンドマンがスタジオでシンナー吸引してるみたいに見られるってこと」
「すーは、すーは、ふふっ、あはは、」
頓服を飲ませてアリスを横にさせる。そしてベースラインをなぞりながら鏡に映った自分を見ると、魔理沙はなんだかヘンテコな人生を歩んでる自分に気付いてしまう。
この幻想郷第二スタジオの鏡を今すぐにベースで叩き割ったらどうなるだろうか?
この憂鬱は少しは晴れるだろうか。管理人の河城にとりにボコられて、追い出されて、そして、それから、どうなる。私は明日もパン屋で小麦を吸引し、夜になればベースを弾き、pixivに文句を言い、来年の確定申告に向けて、あれれ、私ってどうなってるんだっけ。
「私って、なんだっけ」
ベンベンと重低音が響き理路整然とした音符が並ぶ♪♪♪♪。すべて蒸発して残ったものは、この音くらいしかないのか。
「ごめんね、魔理沙」
「いいよ。コンビニ寄って良かったぜ。袋がすぐに手に入った。あとで成分表示を見てGeminiさんに相談してみるといいぜ」
「ううん、ベースやらせてごめんね」
「わりと気に入ってるぜ」
「弾幕、してないでしょ」
「…………うん」
あれほど好きだった弾幕の創作も、今ではやめている。色んな名義で発表したっけ。楽しかったけれど、あんなもん、手を出すべきじゃなかった。クリエイターなんて、クソだ。
「私、魔理沙の弾幕好きだな」
「ありがとな」
「でも、今は何か苦しそう」
「そりゃな」
「ねぇ、魔理沙。商業用の弾幕なんて一旦やめてみたら?好きなものを好きなだけ創作して」
「そんなの、無理だぜ。『好きなものを好きなだけ』だなんて、そんなやり方でヒットするのは余程の奇跡だね。偶然、チューニングが世間に噛み合った神懸かり的なミラクルだ」
「ヒットとか、もういいから」
「商業じゃなく発表しようとも『いいね』や『ポイント』で評価が可視化される時代だぜ。数字に縛られるなら商業みたいなもんだ」
荒んだ理屈を自身にベッタリと塗り付けるかのような魔理沙の自嘲。いつからか、すっかり板についたその姿勢は数字を追い続けて情熱が擦り切れた末路。
「サブスクもやった。あれはつらかった。コンスタントに数字は積み上がるが早く次を作らなきゃって締切に追われている感覚だ。メンタルがやられる。受注で創作したこともある。一番キツかった。こんなもん作りたくもないって気持ちで弾幕を作り上げるのはストレスがマッハでやってくる。だから企業案件とかやってる奴らはもうアーティストじゃねぇ。ありゃサラリーマンだ」
「そんなひと昔以上のバンドマンみたいなこと言わないで」
「イェア」
「はい、って言いなさい」
「はい」
ようやく色を取り戻したアリスの顔に、一瞬だけかつての面影が見えた気がした。まるであの頃と同じ牧歌の聞こえる幻想郷の風景のような。
「ベースを触ってるときの魔理沙の眼、輝いてたわよ」
「そうかぁ?」
「そうよ。だからスタジオまで借りたんだから」
「そうかぁ」
「好きなものに夢中になってる魔理沙が好きなの。ベースをいじってるあなたも好きだけど、やっぱり弾幕を作ってるあなたが、一番好き。だから数字なんて気にしないで、自分の好きを追ってみて」
「……イェア」
「はい、って言いなさい」
「はい」
「魔理沙さんクリエイター業はお休みですか?」
「何でお前が知ってるんだよ」
「好きだったのに。追ってましたよ、あの弾幕」
「あんなのヒット狙った『濃口らあめん』だよ」
「ラーメン発見伝」
「そう、芹沢さん」
早苗が買うのは8枚切りのパンドミ。
諏訪子の好きな厚さらしい。
「なんか憑き物が落ちた顔してますねぇ。確定申告とかドヤりながら言ってる魔理沙さんじゃない」
「うざってぇ女だなぁ」
「ま、生きてれば何度か迷走は経験しますよ。人間ですから。私も黒歴史ありましたし。おっと、私、現人神だった」
「うざってぇ女だなぁ」
ひらひらと手を振り去っていった早苗。何だかんだ言いながら弾幕過去作には律儀にコメントを残しており、応援してくれているのだろうけれど、魔理沙が痛いムーブをすれば容赦無くからかって楽しむ。
そういう女なのだ、東風谷早苗は。
「この飲むヨーグルト、ビフィズス菌が表示されてる」
「ん?」
「パッケージに表示されてるから良い商品」
「うーん、よく分からんけど飲んどけ」
「キラッキラッ♪」
アリスはまたも混沌の世界に入り込んでいた。すっかり不思議の国のほうのアリスである。躁状態はモモンガのマネをしながら『なりたいやつがいるんじゃあ』などと言っていたが、それは山姥だ。
「魔理沙の弾幕、見たけどビックリするほど評価されてないわね」
「いいんだよ。アカウントを作り直してゼロの状態から始めてるんだから、あの名義ならあんなもんだろ」
「強がり」
「そりゃポイント欲しいぜ?でも、ウケを狙わず好き勝手にやりゃそうなる。それくらいは理解してるぜ私だって。伝わらないマニアックなサンプリングをどれだけ散りばめてると思ってんだ」
「何かの間違いでバズったら?」
「名義を本名に変えてクソほどドヤ顔するぜ」
「このサラダ、柚子胡椒ドレッシングって書いてあるけど食べて大丈夫かな?食べて死なない?」
「冷蔵庫のやつ使うといいぜ」
相変わらずの乱脈にも慣れてきた。アリスは時折妖怪モードになるが笑顔が多い。慣れるとは、妖怪と同居することである。
「覚えてても、忘れそうでさ♪書いとこ、こわいから♪」
今日も部屋にはギターとベースが響く。
相変わらず魔理沙の生活は混沌と混乱に満ちているが、アリスと共に奏でるこの音だけは間違いなく調和している。蒸発して残ったものはこれなのかもしれない。
ベースを、さする。
霧雨魔理沙、いささか疲れてきた。
プロの弾幕作家になって五年半が経つ。
自己顕示欲がホウキに乗って空を飛んでいるような女が霧雨魔理沙だ。一度は『クリエイター』を名乗ってみたかった。
初めての確定申告の際には「あの、クリエイターをやってるんだけど、記入欄について質問があるだぜ」などと小っ恥ずかしいこともしでかした。係員だってそんな有象無象の弱小クリエイターなんぞ見慣れているだろうに、これは自身の欲を満たすだけのアホ行動である。
さらには聞かれてもいないのに「この前、確定申告に行ってきた。マッタク個人事業主はつらいぜ」などと友人に話したこともあった。
相手の東風谷早苗は気が良いフリをして「へぇ、何やってるんです?」などと聞いてくるものだから、魔理沙は「クリエイター」などとクソみたいなドヤ顔をしたこともあった。
「そりゃすごいですねぇ!」などと良いリアクションを返されたので「まず経費として計上するのはだなぁ…」などと浅薄極まりないペラペラの税の知識をペラペラと話してしまったのだが、よく考えてみりゃ木っ端や芥のような自称クリエイター風情がマヌケ面をして話しているのを早苗は酒のツマミにして楽しんでいたのだろう。そういう女だ、東風谷早苗は。
とはいえ、所詮はまだ副業レベル。
月に数万円の稼ぎが限度。
昼は本業であるパン屋で粉塵を肺に溜め込みながら、夜には弾幕作家としての仕事をこなす。リラクゼーションチェアなど買う余裕など無いのでベッドに毛布を丸めて、横たわり、身体をいたわり、日課として創作活動を続けている。
「バズれよ、バカ」
新作弾幕の売上を確認しながら呟く。人間性は地に落ちてゆく。確実に性格が悪くなっているのを感じる。
何十時間かけて作ったか分からない新作の売れ行きはイマイチ。『ちいかわ』にライバル意識を燃やしても蟻と巨象。映画も観に行った。くやしかったが面白かった。しかし、そのくやしさは年々薄れているような気もする。
「モモンガちゃん叩かないで、魔理沙」
「おおっ、悪い悪い」
嫁であるアリス・マーガトロイドも、近頃はすっかり魔理沙への扱いが悪くなってきた。モモンガぬいぐるみを我が子のようにナデナデするばかりで魔理沙のことなど足であしらう。
アリスもまた自己顕示欲の塊みたいな女で「クリエイターなのよ、うちの魔理沙は」などと他所でドヤ顔しながら話していたようだ。
魔理沙が嫌悪感を覚えたのはそれだ。(うわっクソほど恥ずかしいなコレ)などと耐えきれない羞恥により、もう二度と魔理沙はクリエイターを名乗らなくなった。
結婚をして、しばらく経つと、何かが蒸発して消えてゆく。それは恋色というキラキラ成分ではなかろうか。
さて、蒸発して何が残るかが肝心なのだ。アリスは以前に自身の小便を見せてきたことがあった。紙コップに注がれた尿を見せつけられ「これ血尿じゃない?血尿じゃない?」などと意味不明なことを言われ、これには魔理沙もギョッとした。寝起きでいきなりのことにビビり散らかし、「蒸発させればいいんじゃないか?」などと訳のわからぬことを発したことがある。
アリスは以前から精神の不安定なところがあるが、悪い時にはここまで乱れる。常に何かの健康不安を抱えて、食品表示をずっと眺めていることもあれば、便秘気味ゆえにコーラックをオーバードーズしたこともある。最近ではその美しい金髪に白髪が少し混ざっている。
「モモンガかわいいよな」
「キラッキラッ♪」
「…………」
これ以上、考えるのはやめよう。現実から目を背けるようにしてスマホの画面に目を移した。
蒸発して残ったのは、『妖怪』との同居生活だった。
さて、そんな弱小自称クリエイターの魔理沙である。五年半の活動の間には色々あった。
AIの台頭により冷や汗は流したものの、むしろ弾幕の挿絵として商業利用する倫理観の無さを発揮。
金の亡者の如くpixivなども使い貪欲に宣伝活動を繰り返した結果、業者認定され検索からBANされるという末路を辿ったこともあった。
魔理沙は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の運営を倒さねばならぬ。
「あなたそのまんま業者よ」という妖怪、否、魔法使いアリスのツッコミにより正気は取り戻したが、理性では分かっていても腹の虫は治らなかった。
そんな腐敗した魔理沙である。
すでに人間性は妖怪以下。
金が絡むとヒトはこうもアホになるのだ。元々は弾幕の幾何学的な美しさに惹かれたのではなかったのか。それは純情な感情。1/3も伝わらなくてもいい。この純弾幕を広めるための一助として創作活動をしていたというのに、目先の金とちっぽけな名誉に眩んで、少女のハラワタはウジャウジャと細菌で満ちてゆく。
「覚えてても、忘れそうでさ♪書いとこ、こわいから♪」
そして現在、部屋には人形師アリスの歌が響く。今は躁の時期。コイツは躁のときならば真夜中でも突然ギターを弾き始めて全力でストロークしながら歌い始めるという、鬼も妖怪もビックリの愉快な奇行に及ぶことがある。
なんでも人形を操る糸はギターの弦に似ているらしいが何を言っているのか理解しかねる。そして近所迷惑という概念は頭の中から消し飛ぶらしい。
魔理沙は、そんな歌を聞き流しながら作業することができる。慣れとは狂気とお友達になることである。
「ひひひ、売れた売れた」
同人弾幕が売れると魔理沙の自尊心は一時的に満たされる。かつては、一次創作の弾幕が売れないとなんだか悔しくて仕方なかったが、今は二次創作の弾幕が売れるだけでヒヒヒと笑いが止まらない。
はたから見れば、なんとカオスな部屋なのだろう。ハンパな自称クリエイターの魔理沙と、精神が不安定な躁状態のアリス。
「単価上げなさいよ、魔理沙」
「ヤダよ。そんなに高値で売れるもんじゃない」
「イーヤー♪ヤダヤダ♪」
「…………」
なんだか近頃は意思疎通もちょっと怪しくなっているアリスである。付き合い始めた頃は金髪美少女のアリスちゃんであったのに、今は「ヤダヤダ♪」などと尻を振っているのだから奇妙な感心すらしてしまう。感心というのは、この環境に適応している自分自身に対してだ。
「ベースやって」
「…………?」
「魔理沙がベース」
「…………?」
何度聞いてもよく理解できない。日本語であるのに言葉が脳の表面をすべってゆく、そんな不思議体験。
「私はベーシストじゃないぜ?」
「いいから。私はギターなんだから、中古屋でベース買ってきて。ハードオフ」
ふぅん。よく分からない。
ホウキに乗る魔法使いのパン屋がベースを弾いてクリエイター活動しながら確定申告。こんな文脈の散らかったプロンプトを組んだらAIもさぞかし混乱するだろう。アリスはいつも魔理沙に混沌をもたらしてくれる。
そしてAIが人間に追いつけない理由がここにある。人工知能からはこの乱脈は決して出力されないであろう。
「それはFコード、それはGコード、それはDコード……」
なるほど。始めて音楽を学んだが意外にも性に合った。理路が整っている。天才肌の博麗霊夢と違い魔理沙は理屈派なのだ。
「GからCmに行くなら短3度の通過音……」
リズム&ミュージック。きちんと音楽理論を学ぶと実に心地が良い。掘り進めるとさらに高度な理論がそこにあり、おお、ついつい夢中になってしまうではないか。
「なんだ、もう朝かと♪ひとり〜ご〜つ♪」
躁状態のアリスと共に奏でる深夜のセッション。アリスが笑っている。ひさしく見ていないあの頃の笑顔だった。
近所迷惑などという常識は魔理沙からも失せてゆき、しかし同時に、深夜の作業時間も失せてゆき、そして新作の制作は滞ってゆくのであった……。
「さっきのジュース、グレープフルーツ入ってた?」
「うーん?」
「どうしよう、グレープフルーツ入ってたら、どうしよう」
「入ってないぜ、たぶん」
「柑橘系はダメなの柑橘系は」
「オレンジジュースは飲むじゃないか」
「違うの、柑橘系はダメなんだってば」
「オレンジも柑橘系だぜ」
「違うの、違うの、どうしよう、どうしよう、柑橘系飲んじゃった、飲んじゃった、魔理沙、柑橘系だよ、グレープフルーツなんだよ、」
金も無いのにスタジオで練習していたところ、ギターボーカルのアリス・マーガトロイドがパニック症状を起こし倒れてしまった。ベースの魔理沙はビニール袋を用意して口元に当ててやる。鬱期のアリスにはありがちなことなのだ。
「すーは、すーは、すーは、」
「どうどう」
「すーは、すーは、すーは、」
「パンクな格好してなくて良かったよ。アンパンと誤解されちまうぜ」
「すーは、すーは、すーは、な、なにそれ」
「バンドマンがスタジオでシンナー吸引してるみたいに見られるってこと」
「すーは、すーは、ふふっ、あはは、」
頓服を飲ませてアリスを横にさせる。そしてベースラインをなぞりながら鏡に映った自分を見ると、魔理沙はなんだかヘンテコな人生を歩んでる自分に気付いてしまう。
この幻想郷第二スタジオの鏡を今すぐにベースで叩き割ったらどうなるだろうか?
この憂鬱は少しは晴れるだろうか。管理人の河城にとりにボコられて、追い出されて、そして、それから、どうなる。私は明日もパン屋で小麦を吸引し、夜になればベースを弾き、pixivに文句を言い、来年の確定申告に向けて、あれれ、私ってどうなってるんだっけ。
「私って、なんだっけ」
ベンベンと重低音が響き理路整然とした音符が並ぶ♪♪♪♪。すべて蒸発して残ったものは、この音くらいしかないのか。
「ごめんね、魔理沙」
「いいよ。コンビニ寄って良かったぜ。袋がすぐに手に入った。あとで成分表示を見てGeminiさんに相談してみるといいぜ」
「ううん、ベースやらせてごめんね」
「わりと気に入ってるぜ」
「弾幕、してないでしょ」
「…………うん」
あれほど好きだった弾幕の創作も、今ではやめている。色んな名義で発表したっけ。楽しかったけれど、あんなもん、手を出すべきじゃなかった。クリエイターなんて、クソだ。
「私、魔理沙の弾幕好きだな」
「ありがとな」
「でも、今は何か苦しそう」
「そりゃな」
「ねぇ、魔理沙。商業用の弾幕なんて一旦やめてみたら?好きなものを好きなだけ創作して」
「そんなの、無理だぜ。『好きなものを好きなだけ』だなんて、そんなやり方でヒットするのは余程の奇跡だね。偶然、チューニングが世間に噛み合った神懸かり的なミラクルだ」
「ヒットとか、もういいから」
「商業じゃなく発表しようとも『いいね』や『ポイント』で評価が可視化される時代だぜ。数字に縛られるなら商業みたいなもんだ」
荒んだ理屈を自身にベッタリと塗り付けるかのような魔理沙の自嘲。いつからか、すっかり板についたその姿勢は数字を追い続けて情熱が擦り切れた末路。
「サブスクもやった。あれはつらかった。コンスタントに数字は積み上がるが早く次を作らなきゃって締切に追われている感覚だ。メンタルがやられる。受注で創作したこともある。一番キツかった。こんなもん作りたくもないって気持ちで弾幕を作り上げるのはストレスがマッハでやってくる。だから企業案件とかやってる奴らはもうアーティストじゃねぇ。ありゃサラリーマンだ」
「そんなひと昔以上のバンドマンみたいなこと言わないで」
「イェア」
「はい、って言いなさい」
「はい」
ようやく色を取り戻したアリスの顔に、一瞬だけかつての面影が見えた気がした。まるであの頃と同じ牧歌の聞こえる幻想郷の風景のような。
「ベースを触ってるときの魔理沙の眼、輝いてたわよ」
「そうかぁ?」
「そうよ。だからスタジオまで借りたんだから」
「そうかぁ」
「好きなものに夢中になってる魔理沙が好きなの。ベースをいじってるあなたも好きだけど、やっぱり弾幕を作ってるあなたが、一番好き。だから数字なんて気にしないで、自分の好きを追ってみて」
「……イェア」
「はい、って言いなさい」
「はい」
「魔理沙さんクリエイター業はお休みですか?」
「何でお前が知ってるんだよ」
「好きだったのに。追ってましたよ、あの弾幕」
「あんなのヒット狙った『濃口らあめん』だよ」
「ラーメン発見伝」
「そう、芹沢さん」
早苗が買うのは8枚切りのパンドミ。
諏訪子の好きな厚さらしい。
「なんか憑き物が落ちた顔してますねぇ。確定申告とかドヤりながら言ってる魔理沙さんじゃない」
「うざってぇ女だなぁ」
「ま、生きてれば何度か迷走は経験しますよ。人間ですから。私も黒歴史ありましたし。おっと、私、現人神だった」
「うざってぇ女だなぁ」
ひらひらと手を振り去っていった早苗。何だかんだ言いながら弾幕過去作には律儀にコメントを残しており、応援してくれているのだろうけれど、魔理沙が痛いムーブをすれば容赦無くからかって楽しむ。
そういう女なのだ、東風谷早苗は。
「この飲むヨーグルト、ビフィズス菌が表示されてる」
「ん?」
「パッケージに表示されてるから良い商品」
「うーん、よく分からんけど飲んどけ」
「キラッキラッ♪」
アリスはまたも混沌の世界に入り込んでいた。すっかり不思議の国のほうのアリスである。躁状態はモモンガのマネをしながら『なりたいやつがいるんじゃあ』などと言っていたが、それは山姥だ。
「魔理沙の弾幕、見たけどビックリするほど評価されてないわね」
「いいんだよ。アカウントを作り直してゼロの状態から始めてるんだから、あの名義ならあんなもんだろ」
「強がり」
「そりゃポイント欲しいぜ?でも、ウケを狙わず好き勝手にやりゃそうなる。それくらいは理解してるぜ私だって。伝わらないマニアックなサンプリングをどれだけ散りばめてると思ってんだ」
「何かの間違いでバズったら?」
「名義を本名に変えてクソほどドヤ顔するぜ」
「このサラダ、柚子胡椒ドレッシングって書いてあるけど食べて大丈夫かな?食べて死なない?」
「冷蔵庫のやつ使うといいぜ」
相変わらずの乱脈にも慣れてきた。アリスは時折妖怪モードになるが笑顔が多い。慣れるとは、妖怪と同居することである。
「覚えてても、忘れそうでさ♪書いとこ、こわいから♪」
今日も部屋にはギターとベースが響く。
相変わらず魔理沙の生活は混沌と混乱に満ちているが、アリスと共に奏でるこの音だけは間違いなく調和している。蒸発して残ったものはこれなのかもしれない。
ベースを、さする。
クリエイターは結婚するならパートナーはちゃんと選べ、結婚したなら後悔はするんじゃない。でもそんなアリスに寄り添って、創作をやめずに生きていく魔理沙はかっこいいんだと思います。
早苗めっちゃいい友達じゃん。癒されました。
全体的にポップでコメディな感じなのに拭い去れない悲壮感が常ににじみ出ていて怖かったです
妖怪状態のアリスも怖かったです
早苗だけが友達でした