ある日、幽霊自販機が人里の一角に突如出現した。
言葉通りの機械である。お金を入れてボタンを押すと幽霊が入った瓶が出てくる。幽霊の種類を選ぶ機能はなくお金の投入口の横にボタンが一個、その下に商品の取り出し口があるという外見だから、自動販売機よりガシャポンの方が近いのかもしれない。
里の住民は自販機に馴染みがなかったので正しい使い方が見つかるまでにも少し時間がかかった。お金を入れるところに文字通り「お金」と書いてあるのでお金を入れて使うのだろうと大半の人は素直に従ったが、紙幣の大きさに切った紙切れやオモチャの金貨を入れて使おうとするケチな人間も現れた。しかしお金以外のものが入れられると機械は返金口から入れられたものを吐き出した。驚くべきことに化け狸が使ったときにも贋金に反応して木の葉と子狸を出力した。草木も眠る丑三つ時の出来事だったので丸眼鏡を掛けた令嬢が実は狸だったというバレにはならなかったのは残念がるべきか安堵すべきか。
逆にお金であれば、真ん中に穴が空けられた銅銭から外の世界から幻想入りした肖像画の描かれた紙幣にまで、何でも受け入れた。今度は自販機側がケチなことにお釣りは一切でなかった。それに、入れた金額に応じて幽霊の質や量が変わるということもなく常に小さめの金魚鉢ほどの大きさの瓶一個分が商品だった。一度青年が自身の月給の半分を投じたときも同じだった。大損したことと、どうして自販機にそんな大金を入れたのかという尤もな疑問を説明するために生まれた「あいつは抱くための美女の幽霊が出てくることを期待してたんだ」という噂へのダメージから青年は数日寝込むこととなった。
ともあれ大金は入れるだけ無駄というのを経験則で学んだ人々は、幽霊の価値に妥当するかそれよりいくらか少ないと思われる金額をめいめい判断して自販機に入れるようになった。
自販機の出自も謎だった。大方こういうのを作って置くのは河童だと当然真っ先に疑いの目が向いたが、当の河童は人里に小物を売りに行ったら謎の大型機械の出現に目玉を飛び出させる側だった。河童の側はこんなこすい金稼ぎを思い出すのは猿の仕業だろうと、河童技術の窃盗と機械設置について山童の襟首を掴んで問い詰めたが、山童は、お前ら両生類と違って人里には行かないからそんなの初耳だと容疑を否認した。
瓶には幽霊の脱走を防ぐための御札が貼られていた。こういう御札を作れる場所はという推理でまた守矢かと呆れた人もいたが、神社の祭神達にもなんら関係ない出来事だったので彼女達は早合点する村人に呆れた。こんな頭の良い金儲けをするはずがないから違うだろうなと、全く期待を込められることなく一応博麗神社との関係性も調べられたが、案の定関与しておらず巫女は少し悔しがっていた。貼られている御札のデザインは、幻想郷内の宗教勢力が使用しているもののうちどれとも一致していなかった。
かように、自販機の動作原理も誰が設置したのかも人里の住民には謎ばかりだった(当然、電源なしでどうやって動いているのかというのもこの一つである)。しかし幽霊の使用用途についてだけは一瞬にして理解した。というより大半が元々知っていた。幽霊は涼をとるためのもの。幽霊がいる空間は気温が数度下がるから暑い夏でも快適。丁度そういう季節に自販機が出現したのは僥倖だった。
もっとも、自販機以前から幽霊を使っていた人は少なかった。幽霊を逃さず置いておく技術を持つ人が少ないという点において、経済力がないと使えない氷式冷蔵庫とは別の意味で限られた冷たさだった。経済的裕福さとは無縁の博麗神社や、宗教権力を振りかざすことがない守矢神社が人々から恨まれることがあるのだとすれば、幽霊の保存方法を彼女らが専有しているという点においてであっただろう。
しかし今や幽霊は開かれた商品となった。小銭一枚から涼が手に入るようになり神社勢力への嫉妬も消えた。ある意味里の平和に貢献したとも言える。
良心的な人は原価が回収できているかも怪しい薄利で大丈夫なのかと顔も分からぬ自販機設置者を心配したが大丈夫だった。おっちょこちょいな人が幽霊瓶をうっかり割ってしまうというのは少なくとも週に数度はあったから、全員ないし全世帯に一個ずつ行き渡ってそれで終わりとはならなかった。
それに幽霊は新たな需要も生んだ。
一人の若者がふざけて幽霊の踊り食いを試みたのが発端である。蓋を開けると幽霊が逃げるが、瓶の口の角度を調整して底を勢いよく叩くと驚いた幽霊が瓶底の反対方向へと直線上に逃げるので喉を通る。幽霊とはあらゆる物をすり抜けるから体には入らないが、幽霊の喉越しだけは楽しむことができる。
変なことをする馬鹿が現れるというのは世の常だが、馬鹿の奇行をお金儲けに結びつけようとする小賢しいのが現れるのもまた世の常である。幽霊の喉越しを売りにした麦酒が作られた。幽霊瓶の七割ほどに麦酒が詰められている。喉越しはさておき幽霊効果で酒がぬるくならないので好評だった。麦酒だと子供の口に合わないのでラムネも作られてこれも良く売れた。幽霊飲料が売れるのと同じ数だけ自販機の幽霊も売れる。道徳心から心配された幽霊自販機の利益問題は少し不道徳な形で解決に至ったのである。
***
涼を得た人々が退廃していく中、渋い顔で里を歩く者が一人いた。冥界の庭師、魂魄妖夢。
彼女は昨今の幽霊騒ぎを苦々しく見ていた。幽霊が便利な道具やおもちゃ扱いにされているのは冥界の住人として単純に面白くない。しかし奇妙なことに冥界もとい自分のボスである西行寺幽々子も、彼岸どころか楽園一の厳格で知られる四季映姫・ヤマザナドゥも、幽霊自販機に対しては、幽霊の問題であるにも関わらず、さして関心を払っている様子がなかった。今里を歩いているのは調査のためだが、これも誰かから命じられたからではなく、買い出しのような他の命令のついでに自主的にやっているのである。
幽々子様と映姫様はこの件について何かを知っている。妖夢はそう考えていた。ひょっとして黒幕なんじゃなかろうか。元々の怒りに緊張感が合わさってより顔が引き締まる。これは内部告発でもあるのだ。二人、少なくとも幽々子の方は最近帰りが遅くなったことから妖夢が勝手に調査していることを察していて、それでもなお泳がせている、つまり知ったところで大したことではないというのが真相だが、そんなことには妖夢は気が付かない。
妖夢は裏路地に入りそこで漂う幽霊を一体見つけた。飲み物から脱出した奴か何かだろう。幽霊飲料に幽霊が入っているかどうかは皆気にするが、飲んだあと瓶から出ていった幽霊がどうなるかは誰も気に留めやしないのだった。
「……」
「麦酒漬けになって。それは大変でしたね……。えっ? 瓶から出た後に日本酒を盗み飲んだらそっちの方が美味しくて、どうせなら日本酒漬けになりたかったと思った? 知りませんよそんなの」
幽霊は喋ることができず、「死人に口なし」とは幻想郷においてはその様からできた言葉だが、言葉を発さないのと意思疎通をはかれないのとはイコールではなく、幽霊同士、ないし妖夢のような半人半霊と幽霊とでは会話が可能である。もっとも人同士のそれと同じように、会話が可能かどうかと話が噛み合うかはまた別問題ではある。妖夢は話の噛み合わない面倒な奴を捕まえてしまったと早速後悔した。
「私が聞きたいのは貴方がどういう経緯で瓶詰めにされたかということなんですが……。経緯もなにも物心ついた頃には瓶の中だったって、そんなわけないでしょ。その前ですよその前」
幽霊の返答を聞き、妖夢は眉間を手でおさえた。
「お前だって母親の子宮にいたころの記憶はもしかしたらあるかもしれないけれどその前の記憶はないだろう、って……。それじゃあ貴方はあの箱から産まれたことになるじゃないですか。その通り……。ああそうなんでしょうね、貴方の中では」
妖夢はこれは想像以上に闇の深い話だと思った。他にも何体か幽霊を見つけて事情聴取するも、やはり箱の中で瓶詰めされていた、が一番古い記憶だ。
本当にこれらの幽霊の言うように箱から産まれるなんてのは道理が通らない。だからどこかから箱に詰め込まれていて、箱以前の記憶がないということはそれは消されている。箱はただの無人売店ではなく洗脳装置でもあるという可能性が出てきた。妖夢はそう分析した。
しかし妖夢は機械工ではなく庭師なので自販機を調べても証拠をつかむことはできなかった。単に自分の身長よりも高い金属製の箱であることに吃驚するばかりだった。あるいは斬れば分かったかもしれないがそれは器物損壊である。
代わりに妖夢は帰り道に彼岸に寄った。小町が彼岸花の群生地で昼寝をしていた。サボり魔の厄介なことは仕事中だから職場に行けば会えるとは限らないことだが、今回は運良く職場にはいた。
「お休みのところ失礼します」
「んあっ!? なんだ、妖夢か」
「なんだとは随分な言い方ですね。私でご不満なら閻魔様でも呼んできましょうか」
「おお殺生な。謝るからそれだけは簡便してくれ」
「冗談ですよ。それにしてもだいぶ暇そうですね」
「皮肉かい?」
「半分は」
妖夢は軽蔑の目を一瞬小町に向けたが、すぐに神妙な面持ちとなった。
「もう半分、懸念があるのです。人里に無人の幽霊販売所ができたのはご存知ですか?」
「らしいね。あたいも事情はよく知らないが、中々うまい商売をするものだと感心したね」
「んな暢気なこと言っている場合ですか。幽霊があの箱に閉じ込められているってことはそれだけあの世に行ける幽霊が減ってしまうということですよ。仕事が暇な理由はあの箱のせいじゃないですか?」
「お前は思い違いをしているな? 暇になったんじゃなくて、元々あたいが運ばないといけない幽霊なんてたいした人数ではないんだ。元からこんなもの。あとあたいが昼寝をするのは仕事中の休みを定めていないお上への対抗で、いわゆるワークライフバランスってやつだよ」
「貴方はもうちょっとワークの方にバランスを傾けてください。にしても現に閉じ込められている幽霊がいるのにこっちに来る幽霊の数は変わらないなんて、そんなの道理が通らない」
「あたいは外野だから事情は知らなくて推測になるが、その箱で売られているのは死者の幽霊じゃなくて最初から幽霊として生まれた霊なんじゃないか? 野良幽霊なら元々墓場とか廃屋とかにたむろしていて稀に彼岸や冥界に来るって割合だからあっちで売り物にされててもあたいの仕事量には影響しないね」
「なるほど。気質としての幽霊ならそちらの管轄ではない……。いやおかしい。死者の霊だろうが生まれながらの幽霊だろうが幻想郷の魂の総数には影響するんだから、そのバランスを崩すことに是非曲直庁が無関係なはずは」
「それを現場の一労働者でしかないあたいに聞かれても困るんだけれどねえ」
現場の一休養者は欠伸をした。それを見た妖夢がものすごく険しい顔をしたのは言うまでもない。が、この休養者は労働意欲以外の面では真面目でしかも頭の回転が早いので、割とすぐに妥当そうな仮説を思いついた。
「幽霊が三途の川を渡って関で振り分ける側で何も起きてないんだから、逆に彼岸なり冥界なりから現世に魂を運ぶ側で何かがおきているんじゃないかな。おっと、あたいはこれ以上首を突っ込まないよ。ただでさえ休みがカツカツなのに面倒事を増やしたくはないからね」
妖夢は、こいつは一度斬った方が是非曲直庁のためになるのではないかと思った。が、それで斬るのは蛮族だという弁えはあったので礼を言って別れた(十年前なら斬っていただろう。つい最近まで妖夢は蛮族だった)。
***
翌日妖夢はまた彼岸に寄った。とはいえ今回の目的は小町ではなく、彼岸にある関である。
高麗門の様式で建築された門の鏡柱にはこの門の門番、庭渡久侘歌がもたれかかっていた。こうして彼女は無限に続く社畜生活の中に僅かながらの小康を得ていたのだが、この聖域すらも今や脅かされつつあった。地平線の果てより抜刀して迫ってくる半人半霊を見つけてしまったためである。
「たのもー!!」
久侘歌は道場破りとは門と破ろうとする人さえあれば成立するのだと悟った。道場破りの最低要件に道場は不要だった。
「なんなんですか!!」
久侘歌からしてみれば破られる筋合いはない。そもそも道場ですらないのだから。とはいえ無抵抗で倒されようものなら晩にはこの半人半霊の主の食卓にカロリーたっぷりのフライドチキンとなって並びかねないので戦わざるを得ない。
「間違えました!! 尋ねよー?」
「いよいよなんなんですか!!」
なるほど、今の妖夢は確かに考えもなしに斬りかかる蛮族ではなくなった。しかし、六秒くらい考えてアンガーマネジメントされた斬撃を見舞ってくることはあるし、六秒如きで妖夢が必ずまともな思考に到達するかどうかはまた別の話である。
妖夢は里にある幽霊を出す箱について聞きたいと言い始めた。じゃあ斬るのを止めて普通に問えばいいではないかと久侘歌は正論を述べたが、曰く斬れば分かると思ったと、この傷害の現行犯は全く救いようがない。
久侘歌は今度は疲労を原因として鏡柱にもたれかかった。半人半霊の辻斬りのせいで体も服もボロボロだが、死すらも労働を止める理由として認められないこの職場においては門番の仕事は何があろうと定時までは続く。
「どちらにせよ無駄骨ではありましたね。私も知らないのですから」
「知らない、ということは是非曲直庁の仕業ではない、と?」
「そうだったとしても我々下っ端は知る由もない、という意味での知らないです。少なくとも私の仕事には何一つ影響していません」
久侘歌は頭を振った。
この態度に面食らったのは妖夢である。小町の発言を信用するならば、あの世からこの世に行く霊、つまりこの関を内から外に出ようとする霊が増えていてその分久侘歌は業務に忙殺されるのが道理だ。ところが現実は真逆。斬り掛かってから今に至るまでの時間で一体の霊も関には、内からも外からも来てないのがその証拠だった。幻想郷は今日も平和だ。
「じゃあ、あの霊はあの世産ではないということになりますね」
「そうなんじゃないですか?」
「とはいえ仮に現世の霊を捕まえて瓶詰めしてるとして、誰が何のためにという疑問は残りますね」
「誰かはともかく何のためにというのは明らかでしょう。お金をとっているんですから」
その誰かが問題なのですよと妖夢は問い詰めたが久侘歌はなおも知らないの一点張り。ついに妖夢が根負けして帰らされることとなった。
哀愁漂う妖夢の背中を久侘歌はじっと見つめている。罪悪感はない。知らないのは事実なのだ。より正確には覚えていない。鳥頭なのだから。
「定時連絡しませんとね。本日も至って平和です。『何も、問題はありません』」
不都合なことなど、何一つ久侘歌の脳内には残っていない。
***
お盆が終わる頃、幽霊自販機は突然姿を消した。
里の人々は残念がったが、それは「今まであったものがなくなった」ことに対する漠然とした喪失感であって、具体的に何か困るというのではなかった。めいめいが自分用の幽霊を既に持っていたし、夏の暑さも怪談話に花を咲かせる時期も終わりつつあるとなっては幽霊も旬が過ぎて有難がられなくなるというものだ。月が変わると村人達は幽霊自販機の消失を惜しんだということも忘れたし幽霊瓶も大抵は戸棚の最下段奥とかで埃を被り始めていた。
しかし里を歩くもので二人だけ幽霊自販機のことを覚えている者がいた。うち一人はそもそも忘れるという頭の機能を有さない御阿礼の子だが、もう一人は愚直にこの件を覚え続けていて、問題がなくなった後も頻繁に里に来てはその調査を続けていた。妖夢である。
言い方を変えると盆が終わり彼岸が近づいている中なお解決に至っていないということであり悲しむべき進捗の悪さだった。山で迷った人の如く、同じ場所を巡る循環、幽霊小町久侘歌の三点の循環を延々続けるに終止していたためである。
とはいえ元々閃きにより一度に解を出すよりは雨垂れで石を穿つ性分であるから、その愚直さによって遅ればせながら真実に到達しつつはあった。
妖夢は小町や久侘歌ではなく映姫の方に会うべく彼岸に向かった。
「ええ、景気はぼちぼちですよ」
普段は天気の話から始めるか前置きを全部飛ばして最初から本題に入るかのどちらかしか会話の構築を持たない妖夢が経済の話をしだした。あるいは、経済の話こそが本題なのかもしれないが。映姫は性格は別として思考においては愚直さのない典型的な直感型だから既に警戒していた。
「そうですか……。制服のボタンの艶がいつもよりよい気が」
「変わりませんよ。私は常に身だしなみには気を遣っていますから。変わったのは貴方の私を見る目です」
映姫は妖夢の桁外れの愚鈍さに当初の警戒はすぐに解いたが、あまりにも愚鈍故に別種の危惧を覚えざるを得なくなった。このまま目的の方を誤認されてはいつまでも姑のように贅沢(に妖夢から見えるもの)に口を挟まれかねない。
「まあ、景気は上向きましたよ。結構なことではないですか」
「ではあれは……」
映姫は妖夢を制止した。
「金そのものが悪ではないのです。むしろ社会において金という交換価値は必要なもの。金は衣食住を満たしたりサービスを得たりするのに用いられるという点でそれらと等価と言えますが、食べ物や住む場所がまるで不要という人はいないでしょう? 悪いのは金を貪ることです。不必要に使う、不必要に貯める。その点我々はきちんと霊に還元していますから」
問答が多少続いたが、舌戦で妖夢如きが閻魔に勝てるわけもなく、かといって決闘に万一持ち込めたところでそっちでも分が悪いから、妖夢は不満顔で丸め込まれるしかなかったのだった。
とぼとぼと妖夢は白玉楼の階段を登る。今回妖夢が最終的に得た唯一のものは、一連の出来事の真相らしきものだった。
つまりは福利厚生に還元するための税という名目で、幽霊は生まれ出るにも金が必要ということになったのだろう。この世だけでなく、あの世も随分と世知辛くなってしまったものだ。
帰った妖夢は最後一個の西瓜を切った。大半は主に供するためのものだが、いくらかは取り分けて自分で食べることとした。
冥界の西瓜はその空気により常に多少冷えている。その冷たさが、今の妖夢には味気なかった。
言葉通りの機械である。お金を入れてボタンを押すと幽霊が入った瓶が出てくる。幽霊の種類を選ぶ機能はなくお金の投入口の横にボタンが一個、その下に商品の取り出し口があるという外見だから、自動販売機よりガシャポンの方が近いのかもしれない。
里の住民は自販機に馴染みがなかったので正しい使い方が見つかるまでにも少し時間がかかった。お金を入れるところに文字通り「お金」と書いてあるのでお金を入れて使うのだろうと大半の人は素直に従ったが、紙幣の大きさに切った紙切れやオモチャの金貨を入れて使おうとするケチな人間も現れた。しかしお金以外のものが入れられると機械は返金口から入れられたものを吐き出した。驚くべきことに化け狸が使ったときにも贋金に反応して木の葉と子狸を出力した。草木も眠る丑三つ時の出来事だったので丸眼鏡を掛けた令嬢が実は狸だったというバレにはならなかったのは残念がるべきか安堵すべきか。
逆にお金であれば、真ん中に穴が空けられた銅銭から外の世界から幻想入りした肖像画の描かれた紙幣にまで、何でも受け入れた。今度は自販機側がケチなことにお釣りは一切でなかった。それに、入れた金額に応じて幽霊の質や量が変わるということもなく常に小さめの金魚鉢ほどの大きさの瓶一個分が商品だった。一度青年が自身の月給の半分を投じたときも同じだった。大損したことと、どうして自販機にそんな大金を入れたのかという尤もな疑問を説明するために生まれた「あいつは抱くための美女の幽霊が出てくることを期待してたんだ」という噂へのダメージから青年は数日寝込むこととなった。
ともあれ大金は入れるだけ無駄というのを経験則で学んだ人々は、幽霊の価値に妥当するかそれよりいくらか少ないと思われる金額をめいめい判断して自販機に入れるようになった。
自販機の出自も謎だった。大方こういうのを作って置くのは河童だと当然真っ先に疑いの目が向いたが、当の河童は人里に小物を売りに行ったら謎の大型機械の出現に目玉を飛び出させる側だった。河童の側はこんなこすい金稼ぎを思い出すのは猿の仕業だろうと、河童技術の窃盗と機械設置について山童の襟首を掴んで問い詰めたが、山童は、お前ら両生類と違って人里には行かないからそんなの初耳だと容疑を否認した。
瓶には幽霊の脱走を防ぐための御札が貼られていた。こういう御札を作れる場所はという推理でまた守矢かと呆れた人もいたが、神社の祭神達にもなんら関係ない出来事だったので彼女達は早合点する村人に呆れた。こんな頭の良い金儲けをするはずがないから違うだろうなと、全く期待を込められることなく一応博麗神社との関係性も調べられたが、案の定関与しておらず巫女は少し悔しがっていた。貼られている御札のデザインは、幻想郷内の宗教勢力が使用しているもののうちどれとも一致していなかった。
かように、自販機の動作原理も誰が設置したのかも人里の住民には謎ばかりだった(当然、電源なしでどうやって動いているのかというのもこの一つである)。しかし幽霊の使用用途についてだけは一瞬にして理解した。というより大半が元々知っていた。幽霊は涼をとるためのもの。幽霊がいる空間は気温が数度下がるから暑い夏でも快適。丁度そういう季節に自販機が出現したのは僥倖だった。
もっとも、自販機以前から幽霊を使っていた人は少なかった。幽霊を逃さず置いておく技術を持つ人が少ないという点において、経済力がないと使えない氷式冷蔵庫とは別の意味で限られた冷たさだった。経済的裕福さとは無縁の博麗神社や、宗教権力を振りかざすことがない守矢神社が人々から恨まれることがあるのだとすれば、幽霊の保存方法を彼女らが専有しているという点においてであっただろう。
しかし今や幽霊は開かれた商品となった。小銭一枚から涼が手に入るようになり神社勢力への嫉妬も消えた。ある意味里の平和に貢献したとも言える。
良心的な人は原価が回収できているかも怪しい薄利で大丈夫なのかと顔も分からぬ自販機設置者を心配したが大丈夫だった。おっちょこちょいな人が幽霊瓶をうっかり割ってしまうというのは少なくとも週に数度はあったから、全員ないし全世帯に一個ずつ行き渡ってそれで終わりとはならなかった。
それに幽霊は新たな需要も生んだ。
一人の若者がふざけて幽霊の踊り食いを試みたのが発端である。蓋を開けると幽霊が逃げるが、瓶の口の角度を調整して底を勢いよく叩くと驚いた幽霊が瓶底の反対方向へと直線上に逃げるので喉を通る。幽霊とはあらゆる物をすり抜けるから体には入らないが、幽霊の喉越しだけは楽しむことができる。
変なことをする馬鹿が現れるというのは世の常だが、馬鹿の奇行をお金儲けに結びつけようとする小賢しいのが現れるのもまた世の常である。幽霊の喉越しを売りにした麦酒が作られた。幽霊瓶の七割ほどに麦酒が詰められている。喉越しはさておき幽霊効果で酒がぬるくならないので好評だった。麦酒だと子供の口に合わないのでラムネも作られてこれも良く売れた。幽霊飲料が売れるのと同じ数だけ自販機の幽霊も売れる。道徳心から心配された幽霊自販機の利益問題は少し不道徳な形で解決に至ったのである。
***
涼を得た人々が退廃していく中、渋い顔で里を歩く者が一人いた。冥界の庭師、魂魄妖夢。
彼女は昨今の幽霊騒ぎを苦々しく見ていた。幽霊が便利な道具やおもちゃ扱いにされているのは冥界の住人として単純に面白くない。しかし奇妙なことに冥界もとい自分のボスである西行寺幽々子も、彼岸どころか楽園一の厳格で知られる四季映姫・ヤマザナドゥも、幽霊自販機に対しては、幽霊の問題であるにも関わらず、さして関心を払っている様子がなかった。今里を歩いているのは調査のためだが、これも誰かから命じられたからではなく、買い出しのような他の命令のついでに自主的にやっているのである。
幽々子様と映姫様はこの件について何かを知っている。妖夢はそう考えていた。ひょっとして黒幕なんじゃなかろうか。元々の怒りに緊張感が合わさってより顔が引き締まる。これは内部告発でもあるのだ。二人、少なくとも幽々子の方は最近帰りが遅くなったことから妖夢が勝手に調査していることを察していて、それでもなお泳がせている、つまり知ったところで大したことではないというのが真相だが、そんなことには妖夢は気が付かない。
妖夢は裏路地に入りそこで漂う幽霊を一体見つけた。飲み物から脱出した奴か何かだろう。幽霊飲料に幽霊が入っているかどうかは皆気にするが、飲んだあと瓶から出ていった幽霊がどうなるかは誰も気に留めやしないのだった。
「……」
「麦酒漬けになって。それは大変でしたね……。えっ? 瓶から出た後に日本酒を盗み飲んだらそっちの方が美味しくて、どうせなら日本酒漬けになりたかったと思った? 知りませんよそんなの」
幽霊は喋ることができず、「死人に口なし」とは幻想郷においてはその様からできた言葉だが、言葉を発さないのと意思疎通をはかれないのとはイコールではなく、幽霊同士、ないし妖夢のような半人半霊と幽霊とでは会話が可能である。もっとも人同士のそれと同じように、会話が可能かどうかと話が噛み合うかはまた別問題ではある。妖夢は話の噛み合わない面倒な奴を捕まえてしまったと早速後悔した。
「私が聞きたいのは貴方がどういう経緯で瓶詰めにされたかということなんですが……。経緯もなにも物心ついた頃には瓶の中だったって、そんなわけないでしょ。その前ですよその前」
幽霊の返答を聞き、妖夢は眉間を手でおさえた。
「お前だって母親の子宮にいたころの記憶はもしかしたらあるかもしれないけれどその前の記憶はないだろう、って……。それじゃあ貴方はあの箱から産まれたことになるじゃないですか。その通り……。ああそうなんでしょうね、貴方の中では」
妖夢はこれは想像以上に闇の深い話だと思った。他にも何体か幽霊を見つけて事情聴取するも、やはり箱の中で瓶詰めされていた、が一番古い記憶だ。
本当にこれらの幽霊の言うように箱から産まれるなんてのは道理が通らない。だからどこかから箱に詰め込まれていて、箱以前の記憶がないということはそれは消されている。箱はただの無人売店ではなく洗脳装置でもあるという可能性が出てきた。妖夢はそう分析した。
しかし妖夢は機械工ではなく庭師なので自販機を調べても証拠をつかむことはできなかった。単に自分の身長よりも高い金属製の箱であることに吃驚するばかりだった。あるいは斬れば分かったかもしれないがそれは器物損壊である。
代わりに妖夢は帰り道に彼岸に寄った。小町が彼岸花の群生地で昼寝をしていた。サボり魔の厄介なことは仕事中だから職場に行けば会えるとは限らないことだが、今回は運良く職場にはいた。
「お休みのところ失礼します」
「んあっ!? なんだ、妖夢か」
「なんだとは随分な言い方ですね。私でご不満なら閻魔様でも呼んできましょうか」
「おお殺生な。謝るからそれだけは簡便してくれ」
「冗談ですよ。それにしてもだいぶ暇そうですね」
「皮肉かい?」
「半分は」
妖夢は軽蔑の目を一瞬小町に向けたが、すぐに神妙な面持ちとなった。
「もう半分、懸念があるのです。人里に無人の幽霊販売所ができたのはご存知ですか?」
「らしいね。あたいも事情はよく知らないが、中々うまい商売をするものだと感心したね」
「んな暢気なこと言っている場合ですか。幽霊があの箱に閉じ込められているってことはそれだけあの世に行ける幽霊が減ってしまうということですよ。仕事が暇な理由はあの箱のせいじゃないですか?」
「お前は思い違いをしているな? 暇になったんじゃなくて、元々あたいが運ばないといけない幽霊なんてたいした人数ではないんだ。元からこんなもの。あとあたいが昼寝をするのは仕事中の休みを定めていないお上への対抗で、いわゆるワークライフバランスってやつだよ」
「貴方はもうちょっとワークの方にバランスを傾けてください。にしても現に閉じ込められている幽霊がいるのにこっちに来る幽霊の数は変わらないなんて、そんなの道理が通らない」
「あたいは外野だから事情は知らなくて推測になるが、その箱で売られているのは死者の幽霊じゃなくて最初から幽霊として生まれた霊なんじゃないか? 野良幽霊なら元々墓場とか廃屋とかにたむろしていて稀に彼岸や冥界に来るって割合だからあっちで売り物にされててもあたいの仕事量には影響しないね」
「なるほど。気質としての幽霊ならそちらの管轄ではない……。いやおかしい。死者の霊だろうが生まれながらの幽霊だろうが幻想郷の魂の総数には影響するんだから、そのバランスを崩すことに是非曲直庁が無関係なはずは」
「それを現場の一労働者でしかないあたいに聞かれても困るんだけれどねえ」
現場の一休養者は欠伸をした。それを見た妖夢がものすごく険しい顔をしたのは言うまでもない。が、この休養者は労働意欲以外の面では真面目でしかも頭の回転が早いので、割とすぐに妥当そうな仮説を思いついた。
「幽霊が三途の川を渡って関で振り分ける側で何も起きてないんだから、逆に彼岸なり冥界なりから現世に魂を運ぶ側で何かがおきているんじゃないかな。おっと、あたいはこれ以上首を突っ込まないよ。ただでさえ休みがカツカツなのに面倒事を増やしたくはないからね」
妖夢は、こいつは一度斬った方が是非曲直庁のためになるのではないかと思った。が、それで斬るのは蛮族だという弁えはあったので礼を言って別れた(十年前なら斬っていただろう。つい最近まで妖夢は蛮族だった)。
***
翌日妖夢はまた彼岸に寄った。とはいえ今回の目的は小町ではなく、彼岸にある関である。
高麗門の様式で建築された門の鏡柱にはこの門の門番、庭渡久侘歌がもたれかかっていた。こうして彼女は無限に続く社畜生活の中に僅かながらの小康を得ていたのだが、この聖域すらも今や脅かされつつあった。地平線の果てより抜刀して迫ってくる半人半霊を見つけてしまったためである。
「たのもー!!」
久侘歌は道場破りとは門と破ろうとする人さえあれば成立するのだと悟った。道場破りの最低要件に道場は不要だった。
「なんなんですか!!」
久侘歌からしてみれば破られる筋合いはない。そもそも道場ですらないのだから。とはいえ無抵抗で倒されようものなら晩にはこの半人半霊の主の食卓にカロリーたっぷりのフライドチキンとなって並びかねないので戦わざるを得ない。
「間違えました!! 尋ねよー?」
「いよいよなんなんですか!!」
なるほど、今の妖夢は確かに考えもなしに斬りかかる蛮族ではなくなった。しかし、六秒くらい考えてアンガーマネジメントされた斬撃を見舞ってくることはあるし、六秒如きで妖夢が必ずまともな思考に到達するかどうかはまた別の話である。
妖夢は里にある幽霊を出す箱について聞きたいと言い始めた。じゃあ斬るのを止めて普通に問えばいいではないかと久侘歌は正論を述べたが、曰く斬れば分かると思ったと、この傷害の現行犯は全く救いようがない。
久侘歌は今度は疲労を原因として鏡柱にもたれかかった。半人半霊の辻斬りのせいで体も服もボロボロだが、死すらも労働を止める理由として認められないこの職場においては門番の仕事は何があろうと定時までは続く。
「どちらにせよ無駄骨ではありましたね。私も知らないのですから」
「知らない、ということは是非曲直庁の仕業ではない、と?」
「そうだったとしても我々下っ端は知る由もない、という意味での知らないです。少なくとも私の仕事には何一つ影響していません」
久侘歌は頭を振った。
この態度に面食らったのは妖夢である。小町の発言を信用するならば、あの世からこの世に行く霊、つまりこの関を内から外に出ようとする霊が増えていてその分久侘歌は業務に忙殺されるのが道理だ。ところが現実は真逆。斬り掛かってから今に至るまでの時間で一体の霊も関には、内からも外からも来てないのがその証拠だった。幻想郷は今日も平和だ。
「じゃあ、あの霊はあの世産ではないということになりますね」
「そうなんじゃないですか?」
「とはいえ仮に現世の霊を捕まえて瓶詰めしてるとして、誰が何のためにという疑問は残りますね」
「誰かはともかく何のためにというのは明らかでしょう。お金をとっているんですから」
その誰かが問題なのですよと妖夢は問い詰めたが久侘歌はなおも知らないの一点張り。ついに妖夢が根負けして帰らされることとなった。
哀愁漂う妖夢の背中を久侘歌はじっと見つめている。罪悪感はない。知らないのは事実なのだ。より正確には覚えていない。鳥頭なのだから。
「定時連絡しませんとね。本日も至って平和です。『何も、問題はありません』」
不都合なことなど、何一つ久侘歌の脳内には残っていない。
***
お盆が終わる頃、幽霊自販機は突然姿を消した。
里の人々は残念がったが、それは「今まであったものがなくなった」ことに対する漠然とした喪失感であって、具体的に何か困るというのではなかった。めいめいが自分用の幽霊を既に持っていたし、夏の暑さも怪談話に花を咲かせる時期も終わりつつあるとなっては幽霊も旬が過ぎて有難がられなくなるというものだ。月が変わると村人達は幽霊自販機の消失を惜しんだということも忘れたし幽霊瓶も大抵は戸棚の最下段奥とかで埃を被り始めていた。
しかし里を歩くもので二人だけ幽霊自販機のことを覚えている者がいた。うち一人はそもそも忘れるという頭の機能を有さない御阿礼の子だが、もう一人は愚直にこの件を覚え続けていて、問題がなくなった後も頻繁に里に来てはその調査を続けていた。妖夢である。
言い方を変えると盆が終わり彼岸が近づいている中なお解決に至っていないということであり悲しむべき進捗の悪さだった。山で迷った人の如く、同じ場所を巡る循環、幽霊小町久侘歌の三点の循環を延々続けるに終止していたためである。
とはいえ元々閃きにより一度に解を出すよりは雨垂れで石を穿つ性分であるから、その愚直さによって遅ればせながら真実に到達しつつはあった。
妖夢は小町や久侘歌ではなく映姫の方に会うべく彼岸に向かった。
「ええ、景気はぼちぼちですよ」
普段は天気の話から始めるか前置きを全部飛ばして最初から本題に入るかのどちらかしか会話の構築を持たない妖夢が経済の話をしだした。あるいは、経済の話こそが本題なのかもしれないが。映姫は性格は別として思考においては愚直さのない典型的な直感型だから既に警戒していた。
「そうですか……。制服のボタンの艶がいつもよりよい気が」
「変わりませんよ。私は常に身だしなみには気を遣っていますから。変わったのは貴方の私を見る目です」
映姫は妖夢の桁外れの愚鈍さに当初の警戒はすぐに解いたが、あまりにも愚鈍故に別種の危惧を覚えざるを得なくなった。このまま目的の方を誤認されてはいつまでも姑のように贅沢(に妖夢から見えるもの)に口を挟まれかねない。
「まあ、景気は上向きましたよ。結構なことではないですか」
「ではあれは……」
映姫は妖夢を制止した。
「金そのものが悪ではないのです。むしろ社会において金という交換価値は必要なもの。金は衣食住を満たしたりサービスを得たりするのに用いられるという点でそれらと等価と言えますが、食べ物や住む場所がまるで不要という人はいないでしょう? 悪いのは金を貪ることです。不必要に使う、不必要に貯める。その点我々はきちんと霊に還元していますから」
問答が多少続いたが、舌戦で妖夢如きが閻魔に勝てるわけもなく、かといって決闘に万一持ち込めたところでそっちでも分が悪いから、妖夢は不満顔で丸め込まれるしかなかったのだった。
とぼとぼと妖夢は白玉楼の階段を登る。今回妖夢が最終的に得た唯一のものは、一連の出来事の真相らしきものだった。
つまりは福利厚生に還元するための税という名目で、幽霊は生まれ出るにも金が必要ということになったのだろう。この世だけでなく、あの世も随分と世知辛くなってしまったものだ。
帰った妖夢は最後一個の西瓜を切った。大半は主に供するためのものだが、いくらかは取り分けて自分で食べることとした。
冥界の西瓜はその空気により常に多少冷えている。その冷たさが、今の妖夢には味気なかった。