Coolier - 新生・東方創想話

すべてを残す事はできない

2026/07/10 08:48:13
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 その人の名は稗田阿余。

 不満の冬は作付けの時期になっても終わっていない。馬上から身を揺すって日の光を仰ぎ見ても、視線の先にあるものは冬の太陽に近い、妙な縁遠さがあった。
(もう五月だぞ)
 その人の歪んだ背中がひきつり痛むのは、縮こまりたくなるような寒気のためだ。痩せ馬は、もはやようように主を乗せて歩くばかりだが、それでも、乗せられておけば徒歩よりよほど威厳がありそうには見える――たとえ高い場所から田畑を見下ろすだけだったとしても。どうせどの民も、その人よりもひどいくらいやせっぽちだ。
 稗田屋敷に着くと、馬から降りる時はいつものように難儀した。左腕が萎えているので支えがきかず、無様に足を馬の尻から越して、くるりとなかば落下するように着地。曲芸のような動きだが、体が覚えている。
 足を引きずりながら――強い脊柱側彎によって骨盤まで歪んでいて、その人は両足の長さが違った――馬を厩に回させて、母屋のある方へと歩んでいくが、その途上、離れの持仏堂から、称名を唱える念仏の声が、ぶつぶつぶつぶつと聞こえた。
(念仏をやったところで――)と、その家人の声を聞きながら思いかけたが、その人は少し皮肉げに肩をすくめて、ふたたび青白い日の光を見上げた。(……といって、もう他にやれる事もないか。裏作で消耗した地力はなるべく回復させたし、苗付けは慎重にやった。やれるだけの事はした。それで状況が最悪なら、それだけの事よな)
 それに、その声を咎められる立場ではない。念仏にすがっているのは稗田家の主人の母であり、阿余その人にとっては継母にあたる人だった。
 阿余は稗田家の主ではない。この屋敷の主人でもない。
 母屋に至ると、主人の居場所を家人に尋ねたが、当の弟は郷の現状を陳情するに国府をはじめとした各所を回っているところから戻ってきていない。
(……だが陳情とは言っても、別に深刻な顔でお上に上訴するばかりでないからな)
 と、その人自身はよくわかっているのだが、どうも周囲には遊び惚けているように見られているふしがある、そういう弟だった。
(一言くらい言っておいてやった方がいいのかもな)
 別にそれくらいの注意や指摘はできる間柄だ。もちろん言い方には気をつけなければいけないが、この郷の外に小さな領地を持って分家してからも、ごくごく仲の良い異母兄弟だった。
 が、この時は言ってやれる当人がいない。この家の甥っ子姪っ子と遊びながら待っていても、すぐに帰ってはこないだろう。また後日出直す事にして、それを相手の家人にも言伝しておいてもらい、屋敷を出て、庄の田畑の間を、自分の下人を引き連れながら、馬でのろのろ歩み始めた。
(なによりあいつは、なにが起ころうとしているのか、わかっちゃいない)
 その人はため息をついた。
(しょうがない事でもあるが)
 弟は三十年前に何が起きたのかを知らない。生まれてもいなかった。
 あの時は、ちょうど今と同じように――その動静のなにもかもが同様だったわけではないが、結局のところ起きた事態は一緒だ――天候不順からの飢餓の真っ最中だった。
(普通なら、己だってそれを覚えてもいない側なのだが――)
だが、その人は四番目の人だった。あの時の有り様――寛喜の飢饉として歴史に残っている天災が、この土地の農業生産にも深刻な打撃を与えた事、幼少時の慢性的に劣悪な栄養状態もあってその人の体が成長するにしたがってひどく歪んでしまった事、その人の生母も出産時の産褥から回復しきらないまま死んだ事、最終的には全国的に人身売買さえ公認されるほどの凄惨な有り様になった事など、多くを覚えている。
 継母は、こうした状況で困窮しながらも、そのくせ格と対面だけは御立派な家から、鄙びた田舎だがまだ多少はましな食糧状況の稗田家へ、売り捨てられるように後妻として嫁いできた人だった。
 そして、この女性が弟を産む頃には、幾ばくか状況は回復している(が、この全国的な農地経営の破綻は十年近く慢性的に続いた)。そうして産まれた弟が稗田家の嫡子と見做され、家督継承者として扱われるようになった事について、その人は文句のひとつも言わない。
(どうせ言える立場でもなし。それに継母は困窮して身売り同然にやってきたとはいえ、あれはあれで由緒のある人だ)と納得していた。
 ただ、そのために胸の内に秘めておかなければならない事実を抱えてもいる。
(己が阿一、阿爾、阿未に続く四番目の人だという事、これは墓まで持っていっておいた方がいいだろう。話がややこしくなる)
 そのように納得している。
(阿一、阿爾、阿未――三人とも決まって稗田の惣領だったように思われるが、別にただそういう転生が続いた時、なりゆきでその座に就いたのが慣例化してしまった、というのが正しい。別に、己自身は稗田惣領にならなければならないわけではない。四代目の稗田阿余の代は、なにをするでもなく、凡人の弟を立ててやって、己は庶流の、別流の、分家を立てて。それでいい)
 家祖稗田阿一からの――阿礼が再発見され、御阿礼の子が再定義されるには、まだ数百年下った阿七の代を待たなければならない――天才の転生伝説に、どこまでの正統性があるかはわからないが、ともかく今はそんなものが持ち上がってしまっても混乱の元だろう。
(そうでなくとも継母は己をあやしみおそれているのだ)
 とはいっても、別に仲の悪い継母子ではなく、むしろ継母側は、こちらの身の上にかなり気をつかってくれているような小心なところがあり、それだけに今回の危機の予感にも神仏にすがり、そのつもりは無くとも結果的に稗田家を乗っ取ってしまった当時の負い目を思い出してしまっているのかもしれない。
(なんにせよ難しい話よな)とその人は思う。(それに己たちが仲良くしても、お互い妻も子もいる身だ。分家して当代の争いは凌いだとしても、今後どこかで何かしらは起こるだろうし、それを食い止める方法を己は知らん。なるようになれだ――だがしかし、分かれた両家をどこかで合流させる必要はあるかもしれないな)
 痩せ馬を流すように歩ませて、そうした思案をぼんやりしているだけでも、この初夏に似つかわしくない肌寒さが多少はまぎれた。
 だが、やがてはそうしたもの思いも、鏡のような田地の向こうからやってきた輿の存在に断ち切られた。
(めんどうくさいやつに会った)
 が、ひらけた場所なのもあって、露骨に避けて道を変える事はできず、その人はのろのろと馬を進めるしかない。
 道行きをやってきた博麗の巫女は、この鄙びた郷にいながら、斎王のような風情で輿の上にいる。その周りを犬が固めていた。犬とは言うものの種族は人間で、いわゆる神社に仕える神人だった。それが輿を担いでいる。当代の巫女はもうけっして幼くはないが、下にも置かぬ扱いが行き過ぎて、地面に一度も足をつけた事がないような女性。
 馬と輿が行き合った時、お互いの馬と輿を止めさせて、少し世間話をした。そうすると、その人に従う下人たちや、博麗の犬どもは、路端に腰かけるなどしてくつろぐが、お互いに世間話などして交わるといった事はしない。犬は犬だし、下人は下人だ。
「どうも今年はよろしくありませんね」という世間話を、その人はうすら白い陽を直に見つめながら巫女に話した。「まあ、たまにある事です。お上にも色々、免税その他の便宜や緩和なんか取り計らってもらう必要が出てきますし、それでも冬はちょっと厳しい事になるかもしれない」
 そう言って巫女に視線をやってみると、相手は興味深そうな顔をして、その人を見つめている。この女は、祭事の祭文など以外には、言葉を発する事も稀だった。
「……たとえば三十年近く前。この郷は、こういう稲作にあまり熱心ではなかった。普段はもっと別の商品作物の方が、よりよい効率で銭になるからですね。もちろん自分たちが食っていくくらいのものは作っていましたが、天候不順からの不作で米の値が釣り上げられた時、この郷は食えもしない銭を抱えたまま飢えた。……そういった経緯もあって、今年はもうちょっと真面目にやっておこうという事です――ここいらの田には早稲を選びましたね。で、あちらの面は遅稲。三十年前の飢饉の時にも実入りがあった寒さに強いらしい苗が北陸で育てられていると聞いたので、それを買いつけに行って……」
 別に説明しなくてもいい事だが、早口に言った。巫女の、まじまじとした視線が気色悪かったから。
(このガキじみた女は、己が四番目の人だと気がついている)
 たぶん、おそらく。
(だが、それは当代の稗田家にとっていらない話だ。たとえなにか感じるものがあるのだとしても、黙ってろ)
 別に彼女を威嚇するつもりはないが、言外にそういう眼差しで見ている。
「ま、とにかく。我々だって来たるかもしれない状況を、ただ手をこまねいて見ているわけじゃない。それに」
 弟はお上へ伺っていて……と言いかけた時、口が止まった。
 巫女も、その人の視線が自分の肩越しに避けていったのを感じて、振り返る。
 馬が――稗田本家の郎党が乗った早馬が、自分たちさえほとんど無視して、泡を食って稗田屋敷の方へと駆け下っていく。道端で休んでいた自分の下人や、博麗の犬たちも、その馬と郎党の背中を、首をもたげて見送った。
 その人は「なにかあったのか?」とその郎党を呼び止めて尋ねる事ができたのかもしれないが、そうする気にはなれず、むしろ目を逸らすように巫女の方に視線を戻すと、彼女は黒目がちの瞳をまんまるに大きく見開き、おそれるように鼻をひくひくさせていた。
 それから一日、稗田屋敷は門を固く閉ざしたままだ。
(なにが起きたのか)
 と、その人は郷外れの自邸に戻ったあと考えた。
(あいつが国府から戻ってきていないのだけは確実だが……いっそ、そちらに家人をやって探りを入れさせるか……)
 と考えたところで、なにか陰謀めいた事を考えている自分を恥じもした。
(なに考えてるんだ己は)
 しかし、明け方頃になって、のろのろとした集団が稗田屋敷の方に列を作り、なにか棺桶のようなものを担いで戻ってきたのを、目撃した者が出てきた。
(死んだのか)
 だとすれば急死だった。余計なお世話で、そうした話を噂として持ってきてくれる輩もいる。話の裏は取れてしまった。弟は国府の方に出向いて、今年の雑公事などに関わるなんやかんやの賦課を調整してもらう運動を行っていて、そうして開かれた宴の場で卒倒して、そのまま。
(最悪)
 と内心で吐き捨てはしたものの、別に頭を抱えるわけではない。最悪だが、稗田家のためにも、かねてから考えている事がないわけではなかった。
(弟の死が好都合とは思っていないが、稗田家のため、やっておいた方がいい事はある。己がそれをやれないわけではないが、やる事を思うと最悪の気分だ)
 いやなのは、それから一日も置いているのに、稗田本家から訃報やその後の事の段取りが、その人のもとにいっさいやってこない事だった。
(己は実家におそれられているわけだ)
 そう思いながらごく少ない供回りを連れて、稗田屋敷の方へと向かい、しかしその生け垣の間から視線を感じつつも、それを通り過ぎた。
 博麗神社のお宮の前には、巫女に仕える犬たちの粗末な住居がいくつか並んでいて、その人はそこで下馬を要求されたので、歪んだ体を傾けて馬からずり落ち、取り次ぎの犬に巫女へのお目通りを願い出る。
 きざはしをのぼって、境内を通った本殿の奥で、巫女はぼんやり、おはじき遊びをしていた。それくらいしかする事がないのだ。しかもそれを退屈とも思っていないらしい。
(こんな足りなさそうな女にすがる羽目になるのもおかしいがな)
 そう思いつつも、その人は巫女への礼を忘れることなく、ひとまず挨拶を述べた。
「稗田の本家の方で、なにかがあったようです」
 という言葉も、本当は巫女に対して発したものではない。取り次ぎ役の犬はこの場にまでついてきていたが、ここまでの短い道行きの中で、簡単ではあるが互いの情報交換を行っていた。
 彼らも稗田の家に起きている事を察している。
「このような肌寒さですが、夏は夏です。早いところ、しかるべき事をしなければならないが、どうもこちらはそうした事から除かれているようで」不満というより、しょうがない事よな、という苦笑いを含ませて言った。「別にこちらはどうしようという気持ちもないのに」
(うそ)
 その人は内心舌を出したい気分だった。
(やりたくはないし、本家の人たちが憎いわけではないが、己はそれをずっと想定していたし、やる必要があるならやれる人間だった。稗田家のためならな)
「……弟の立場を慮って明かすつもりもありませんでしたが、己は稗田阿余――阿一、阿爾、阿未に続く、四番目の人です」
 取り次ぎ役の犬の方は、その言葉の意味を咄嗟にはかりかねているようで、しばらく眉をひそめていたが、巫女自身は、うるみがちの瞳を、その人から外す事はしなかった。
 その人は言葉を続けた。
「博麗の巫女にはそれを――己の立場を保証して欲しい。……これは、この郷に起こる混乱を未然に防ぐためでもあります。そうでなくても、遠くない将来には飢餓が待っている。この郷を救うには――少なくとも当面は――強い指導者が必要です。稗田の家がお家騒動などやっている場合ではない」
 それだというのに、ああ。と、その人は少し芝居がかった嘆息さえした。
「本家の人々も人が悪い。惣領の死はたしかに不幸だが、だからといって家を割るような事を起こす必要はない。それはいらん事です」
(ただ……継母のおそれは結局当たっていたわけなんだよな)
 舌を回しながらその人は思った。
(己は、弟の死を利用して、稗田家を乗っ取り返そうとしているんだからな)
 博麗の巫女は牛のような目でその人を眺めている。
 やがてその口が動いた。本来は犬たちが協議の末に決定するような事柄で、巫女の口が先に動くなど、普通ならありえないのに。
 その人は満足げに頷いた。
(……しかし、こいつの承認を得たところで、それは稗田の子としての正統性を担保してもらったにすぎない。弟が、生前の父から領地と財産の多くを譲られているという法的根拠は強い。この障壁をどう越えるか)
 しかし立ちはだかるのが法ならば、そこを乗り越えるのもまた法に則ればよかった。式目――御成敗式目の精神の根幹は道理にある。ためにそのありようは法的であっても単純素朴で、情緒は排されていても道徳的だ。そのようにその人は理解していた。
(そのために、条文によっては財産領地を譲られた側よりも、譲った側――多くの場合は先主である父親――の権利が優越する場合がある。それは忠孝を尊ぶ事でもあるし、式目の精神としては美しいが、純粋に法家的ではない。やりようによってはつけ込む隙を生むだろう)
 その人は神社からの帰り、本家の稗田屋敷に頭をめぐらせて思った。
(弟は譲状を受けていたが、それを覆す事は可能だ。紙切れは紙切れでしかないから)
 結局、その人は弟の死に顔を見る事もできないまま、死人は川の辺の下流にある河原で――ここは、現在の人里でも焼き場として使われている――荼毘に付された。
 その人は葬式にも呼ばれなかった。
(ま、物事が悪い方に流れれば、そうなるよな)
 本家の警戒ももっともだと、他ならぬその人自身がそう思ってしまった。この三十年、目を逸らし続けていたが、そういう事が起こる下地はできてしまっていた。しょうがない事とはいえ、後妻にやってきた女の息子が嫡子になり、もといた庶長子が脇に追いやられてしまった。
(しかし、神仏に誓って、弟の死と己とはかかわりないぜ)
 その人がそう思ってしまったのは、郷の中にまで不穏の噂が飛び交い始めていたからだ。そもそも、最初から、なんらかの陰謀があったのではないかという空気がある。
(これも予想できた事だし、慎重に動いていたつもりだが、それでも藪蚊のようにうるさい)
 と、さすがに顔をしかめるしかなかった。
 その間にも、稗田阿余が四番目の人であり、稗田の後継者であるべき事を、博麗神社が稗田本家に対して布告していた。
(しかしこれだけでは本家は納得すまい)
 実際に彼らはしなかった。あくまで法的には、稗田本家は依然として稗田の惣領でありえた。
(だが、しょせん紙切れから出てきているにすぎないもの、紙切れをぶつければ事足りる)
 という事で、その人は第三者を介して博麗神社に――なによりその神前に――集めた一族の会合の中で、一葉の文書を提出している。「弟が亡父からこの郷の管理について譲状を受けた時、同時に己はこの置文を貰っていた」と。
 そのような主張と共に公開した文書中には、あくまで譲状の補足となる文書だった。稗田の家に困難が予想される場合、家人は最善を選び、それがかなわなければ次善を敷いて、阿一・阿爾・阿未に続く四番目の人のために家を絶やす事が無いよう。そうした事が書かれていた。読みようによっては、稗田家惣領以上にそうした転生の人の意思を優越させて、稗田家を動かしていけと、そう述べているようにも読める。
(父の筆跡は完全におぼえているからな)
 偽文だった。
(だが、この偽造文書でその気になればできた事――弟を稗田の嫡系から蹴落とすような真似はやれなかった。死人に鞭打つような真似をしなくてもいいだろ)
「……弟の存命中にこの文書を公開しなかった事、おのれが四番目の人だという事を公表しなかった事については、ただそれで家に混乱が起きる事を憂いただけだ」
 これも嘘ではなかった。
「別に家を取るつもりもない。……ただ、これからこの郷は少々難しい事になるのも確かだろう」その人は宙に目をやって、相変わらずうそ寒く、妙に遠くに見える太陽を示唆した。「またあの頃のような飢餓がやってくるおそれがある」
 結局、ぼそりと発したその言葉が決め手になってしまった気がする。一族の中からもぽつぽつと今この状況でお家騒動を起こしている場合ではないという意見が大方を占めて、決議を取るまでもなかった。
 ただ、その人は家督を簒奪するまではしていない。あくまで惣領職は弟の子に譲る事として、それでいて転生してきた稗田の子という存在に、それ以上の権威化をはかり、未熟な甥御の後見人に立っただけだ。
(しかしそれはあいつの――甥っ子の顔を潰した事にもなる。少なくとも、言外に「お前は頼りないから引っ込んでいろ」と言ったようなものだ)
 そうした機微を読み取れない人ではなかったが、その人は無視した。
 それどころではなかった。その年は冷夏に加えて晩夏に大風が相次いでやってきて、全国的な大凶作が発生した。
「……ですが、この郷の被害はまだ少ない方です。幸いにも」
 その人がそう述べたのは、明けて正月、博麗神社に挨拶に出向いてだった。
(死ぬような深傷と死なない程度の深傷を比べるようなものだがな)
 と暗澹な思いになりがちなのは、近頃体を悪くしているからなのもあるだろう。元々ひどかった側彎が更に進行していて、片方の肺臓や胃の腑を圧し潰すような形になってきていた。
(己も長くはないかもな)そんなふうに思い、また忌中にある本家の事を――その人は、あくまで新家の主として神社に詣でている――考えた。
 忌中というのはもちろん弟の事もあるが、継母も先だってに死んでいた。持仏堂で仏に縋るように身罷っていたというが、それも自害同然の餓死だったとか、誰かの指金による監禁行為があったとか、妙な噂になりつつある。
(俺はなにもしていないからな、本当に)
 そう思いながら、飢饉の真っただ中とはいえ少しは正月気分を装っている郷の中を、自分の屋敷へ戻りつつある。
(あいつには――甥っ子には、ちいっとは良い状態でこの状況を受け渡してやらなきゃな)
 馬上でそう思う。むろん、その人にも稗田の家を割ってしまうつもりはなかった。
(うちの娘でもあいつに嫁がせて、ひとまずは分かれかけた二統を合流させるのがいいだろう。その後でいいようになるかどうかは、もう賭けでしかない。人間、なにもかも操ろうとしたってできるものではないからな)
 この直後に稗田阿余は死ぬ。
 道端の繫みの中から、乗馬の脚に目がけて薙刀がはらわれ、それを合図に包むように襲撃が行われた。もちろん、その人の供回りも少なからずいたが、襲撃者の人数の方が多い。すぐに乱戦になった。
 その人は馬から転げ落ちていた。襲撃に際して、従者の一人が乗馬の尻に鞭つけて乱闘場から主人を離脱させようとしたのが、かえってよくなかった。手負いの馬は二、三歩駆け出したところで傷ついた脚をくじかせて、横転した。普段なら不自由な体なりに器用に着地できていたその人も、馬の下敷きになっている。
(ま、こういう事もあるか)
 その人はぼんやり、潰れているらしい腰から下の事はあまり考えようとせず思った。
(……人間、なにもかも操ろうとしたってできるものではないが、やれるだけの事はやっとかんとな)
 ふと、博麗の巫女の事を考えた。
「……長生きしろよ」
 正月挨拶のついで、その人は巫女に対して、そんな私事を一言だけ言っていた。別に謀略や策略の底意があるわけではなく、単純素朴な意味で。
(あいつが長生きしてくれんと大変な事になる気がする)

 結果として、稗田阿余はこの時の戦い――どう考えても泥臭い襲撃事件の様相だが、稗田の歴史的にはさも合戦などがあったかのように伝えられている――で敗死し、その甥が稗田家の主導権を取り返した。また阿余の娘を襲うように娶った事で、分かれかけた二家は合流する事になる。結局、その人が思い描いていた絵図と大差はなかったわけだ。
 こうした騒動はその後も稗田家中で頻発したが、この代の博麗の巫女は、相変わらず地面に足がつかない、浮いた立場からそれを傍観して、必要があればその始末を見届けて、現状を追認した。
 この巫女は非常に長命で、五人目の人――稗田阿悟が生誕するまで生き長らえていたという。
だいたい『リチャード三世』です。

Q.そういえば今回妖怪のよの字も出てきませんでしたね。
A.なんかもう……そういうのいらんかなって……。
かはつるみ
https://twitter.com/kahatsurumi
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コメント



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2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです