最初は憧れだった。
強くて。
綺麗で。
優しくて。
ほんの少しだけ──寂しげで。
気付いたら、特別になっていた。
でも相手は神様。
「隠し通せる」なんて最初から思ってない。
阿梨夜は多分知ってる。
でも言わない。
だから私も言わない。
そういう絶妙な均衡で何千年もやってきたのだ。
それなのに──
「ちなみに……どっちがどっちに、とかは……?」
「だから違うって言ってるでしょ!?」
雲ひとつ無い秋空の下の守矢神社に、少女たちの声が響く。
そこでは未だ、ユイマンが「誤解」に対して抵抗を続けていた。
「こらっ、早苗」
「続けて続けて」
踏み込み過ぎですよ──と、言外に釘を刺す神奈子に対して、諏訪子は完全に楽しんでいる。
「……?」
渦中の阿梨夜は、いまひとつ話の核を分かっていなさそうな顔で首をかしげている。
「どっちが、というか……」
(待って)
嫌な予感が、する──
「交代で込めていましたが」
「「「「……」」」」
『ふふっ、阿梨夜にも分かるかな』
『「これ」にはまだ、貴方の温度が残ってる』
『今度は阿梨夜が私に──ね?』
「ひぇえええええっ」
早苗の妄想劇場は、更なる進化を遂げてしまった。
「ぷっ……くくく」
「……はぁ」
そして程度の差はあれ、他の者達の脳裏に浮かんだ光景も、似たり寄ったりのものであった。
「もーーーーーー!!!」
「……ユイマン? 早苗?」
──その火種を放り込んだ当人を除けば。
守矢神社から、神域に帰る道すがら──
夕日に照らされながら、ふたりは無言で歩く。
彼女としては珍しく、ユイマンは口を閉ざしてうつむいていた。
「しかし」
不意に、阿梨夜がその沈黙を破る。
「貴方はあれだけ真摯に私を手助けしてくれたのに……」
「どうしてあんなに慌てていたのですか?」
「えっ」
思わず阿梨夜へ振り返る。
その顔は、ただただ不思議そうだった。
「いやだから!」
「あの人達が変な意味に取ったからでしょ!?」
「変な意味……?」
通じてない。
「だからその……!」
「私達が、その……!」
「そういう関係だと思われたの!!」
言いながら、自分にも謎のダメージが入っていく。
けれどそれに対する反応は──
「?」
「ああもう! 知らないっ!」
残りの帰り道、足早に進むユイマンの後を、阿梨夜は黙って付いて行った。
何とも言えない空気の中、ようやく辿り着いた神域。
そこに足を踏み入れた途端──ユイマンの羞恥と狼狽と、ある種の映像が、阿梨夜の頭に流れ込み──
「ああ」
数秒の沈黙。
「……なるほど」
「ぅぅ……」
ユイマンは、ただ頭を抱える。
(伝わらないのも困るけど)
(伝わり過ぎるのも嫌……!)
阿梨夜は少し考えた後、
「ですが」
「貴方が私を助けてくれたこと自体は事実でしょう?」
「そういう話じゃないのー!!」
阿梨夜は、身悶えするユイマンを本当に不思議そうな顔で見ていた。
──しばらくの沈黙の後、ようやく阿梨夜が口を開く。
「……あの言葉が、そういう受け止め方をされるのですね」
最悪だ。
頭の隅に追いやっていたはずの映像が、今さらのように脳裏によみがえる。
「うわあああああああ!!!」
地下深くの神域に、ユイマンの絶叫が響き渡る。
だが、その声が何かを打ち消してくれることはなかった。
「阿梨夜はさぁ……」
「私と、その……」
「……そういう関係だと思われても、平気なの……?」
顔を真っ赤にして縮こまっていたユイマンが、やっとのことで切り出した。
言葉を出すまでに一拍、二拍と間が空く。
視線は阿梨夜に向けることができず、斜め下へと逃がされている。
「……?」
阿梨夜は、質問の意図を測るようにしばらく黙る。
神域なら、ユイマンの心の揺れも伝わってくる。
恥ずかしさ。
不安。
少しの期待。
そして──もし嫌だと思われていたら、という恐れ。
(そんなふうに、思っているのか)
その「声にならない理解」だけが、静かに流れる。
「平気、というより」
阿梨夜は静かに首を傾げる。
「私はあまり、困っていませんでしたね」
「そ、そうなんだ……」
何とも言えない答えに、ユイマンの力が少し抜ける。
だが、その次の言葉で空気が変わる。
「事実、私は貴方を大切に思っていますし」
「……」
「傍に居たいとも思っています」
「ちょっと待って」
即座に遮るように声が出る。
「そういうことを平然と言うのやめて」
「どうして?」
本気で分かっていない。
しばらく、沈黙が続く。
「いや、その……」
「皆が思ってるのは、もっと別の意味というか……」
「ええ」
「ええ、じゃなくて」
阿梨夜は少し考え込む。
「私は、人が何を想像するかまでは止められません」
「ですが」
眼差しが、真っすぐユイマンへ向けられる。
「貴方と親しいと思われること自体は、嫌ではありません」
「むしろ」
その瞳が、柔らかに細められる。
「そう見えるほど、私達は長く一緒に居たのでしょう」
「……」
この神様は本当に──ずるい神だ。
「そういうところなんだよなぁ……」
ユイマンの顔は、未だ赤い。
けれどその理由は、先程までとは少し違ったものだった。
神域に戻って、ようやく静かになったはずの空間で。
阿梨夜はほんの少しだけ目を伏せる。
ユイマンの心は、まだ少し騒がしいままだった。
慌てていて、恥ずかしくて、逃げたくて。
それなのに、その奥底にはどうしようもなく優しいものがあって──
──阿梨夜が、笑ってくれてよかった。
──あの神様の心が、少しでも軽くなってくれたならよかった。
「……」
阿梨夜は、しばらく黙ったままその感情を「見て」いる。
言葉にすれば軽くなるようなものを、わざわざ言葉にせずに持っている。
そういう種類のものだと分かってしまうから。
「ユイマン」
ぽつりと呼ぶ。
返事はない。
いや、返事はある。心のほうに。
(なに?)
(まだ引きずってるんだけど……)
少しだけ拗ねた気配。
「貴方は」
言いかけて、やめる。
『どうしてそんなふうに思えるのですか』
なんて聞いたら、この人はまた困る。
だから代わりに、ほんの少しだけ柔らかく言う。
「……優しいですね」
「はぁ!?」
即座に、跳ねるように反応が飛んでくる。
(やめてそういうの!! 今そういうのいらないから!!)
「事実です」
「事実とかじゃなくて!!」
神域に、いつもの騒がしさが戻ってくる。
さっきまでの沈黙が嘘みたいに。
けれど阿梨夜は、ふっと息を吐いて──
(そういうのは、ずるい)
その言葉の意味を、今度はちゃんと理解していた。
ずるいのは、言葉じゃない。
その奥にあるもののほうだ。
「……私は」
続く声は、何処にも届かないくらいにそっと零れた。
「貴方に、よくしてもらい過ぎてるのかもしれないわね」
そして少しだけ間を置いてから、いつもの調子に戻す。
「ですが安心してください。私はそれを嫌だとは思いません」
「だから!! そういう言い方が!!」
(もーーー!! ほんとに!!)
叫びが神域に響いているのを聞きながら、阿梨夜は静かに口元を緩める。
実直すぎる石の心と、色彩うつろう少女の心。
どちらが支えているのかなんて、もうとっくに分からないまま──
それでも、均衡だけは壊れずに続いていく。
強くて。
綺麗で。
優しくて。
ほんの少しだけ──寂しげで。
気付いたら、特別になっていた。
でも相手は神様。
「隠し通せる」なんて最初から思ってない。
阿梨夜は多分知ってる。
でも言わない。
だから私も言わない。
そういう絶妙な均衡で何千年もやってきたのだ。
それなのに──
「ちなみに……どっちがどっちに、とかは……?」
「だから違うって言ってるでしょ!?」
雲ひとつ無い秋空の下の守矢神社に、少女たちの声が響く。
そこでは未だ、ユイマンが「誤解」に対して抵抗を続けていた。
「こらっ、早苗」
「続けて続けて」
踏み込み過ぎですよ──と、言外に釘を刺す神奈子に対して、諏訪子は完全に楽しんでいる。
「……?」
渦中の阿梨夜は、いまひとつ話の核を分かっていなさそうな顔で首をかしげている。
「どっちが、というか……」
(待って)
嫌な予感が、する──
「交代で込めていましたが」
「「「「……」」」」
『ふふっ、阿梨夜にも分かるかな』
『「これ」にはまだ、貴方の温度が残ってる』
『今度は阿梨夜が私に──ね?』
「ひぇえええええっ」
早苗の妄想劇場は、更なる進化を遂げてしまった。
「ぷっ……くくく」
「……はぁ」
そして程度の差はあれ、他の者達の脳裏に浮かんだ光景も、似たり寄ったりのものであった。
「もーーーーーー!!!」
「……ユイマン? 早苗?」
──その火種を放り込んだ当人を除けば。
守矢神社から、神域に帰る道すがら──
夕日に照らされながら、ふたりは無言で歩く。
彼女としては珍しく、ユイマンは口を閉ざしてうつむいていた。
「しかし」
不意に、阿梨夜がその沈黙を破る。
「貴方はあれだけ真摯に私を手助けしてくれたのに……」
「どうしてあんなに慌てていたのですか?」
「えっ」
思わず阿梨夜へ振り返る。
その顔は、ただただ不思議そうだった。
「いやだから!」
「あの人達が変な意味に取ったからでしょ!?」
「変な意味……?」
通じてない。
「だからその……!」
「私達が、その……!」
「そういう関係だと思われたの!!」
言いながら、自分にも謎のダメージが入っていく。
けれどそれに対する反応は──
「?」
「ああもう! 知らないっ!」
残りの帰り道、足早に進むユイマンの後を、阿梨夜は黙って付いて行った。
何とも言えない空気の中、ようやく辿り着いた神域。
そこに足を踏み入れた途端──ユイマンの羞恥と狼狽と、ある種の映像が、阿梨夜の頭に流れ込み──
「ああ」
数秒の沈黙。
「……なるほど」
「ぅぅ……」
ユイマンは、ただ頭を抱える。
(伝わらないのも困るけど)
(伝わり過ぎるのも嫌……!)
阿梨夜は少し考えた後、
「ですが」
「貴方が私を助けてくれたこと自体は事実でしょう?」
「そういう話じゃないのー!!」
阿梨夜は、身悶えするユイマンを本当に不思議そうな顔で見ていた。
──しばらくの沈黙の後、ようやく阿梨夜が口を開く。
「……あの言葉が、そういう受け止め方をされるのですね」
最悪だ。
頭の隅に追いやっていたはずの映像が、今さらのように脳裏によみがえる。
「うわあああああああ!!!」
地下深くの神域に、ユイマンの絶叫が響き渡る。
だが、その声が何かを打ち消してくれることはなかった。
「阿梨夜はさぁ……」
「私と、その……」
「……そういう関係だと思われても、平気なの……?」
顔を真っ赤にして縮こまっていたユイマンが、やっとのことで切り出した。
言葉を出すまでに一拍、二拍と間が空く。
視線は阿梨夜に向けることができず、斜め下へと逃がされている。
「……?」
阿梨夜は、質問の意図を測るようにしばらく黙る。
神域なら、ユイマンの心の揺れも伝わってくる。
恥ずかしさ。
不安。
少しの期待。
そして──もし嫌だと思われていたら、という恐れ。
(そんなふうに、思っているのか)
その「声にならない理解」だけが、静かに流れる。
「平気、というより」
阿梨夜は静かに首を傾げる。
「私はあまり、困っていませんでしたね」
「そ、そうなんだ……」
何とも言えない答えに、ユイマンの力が少し抜ける。
だが、その次の言葉で空気が変わる。
「事実、私は貴方を大切に思っていますし」
「……」
「傍に居たいとも思っています」
「ちょっと待って」
即座に遮るように声が出る。
「そういうことを平然と言うのやめて」
「どうして?」
本気で分かっていない。
しばらく、沈黙が続く。
「いや、その……」
「皆が思ってるのは、もっと別の意味というか……」
「ええ」
「ええ、じゃなくて」
阿梨夜は少し考え込む。
「私は、人が何を想像するかまでは止められません」
「ですが」
眼差しが、真っすぐユイマンへ向けられる。
「貴方と親しいと思われること自体は、嫌ではありません」
「むしろ」
その瞳が、柔らかに細められる。
「そう見えるほど、私達は長く一緒に居たのでしょう」
「……」
この神様は本当に──ずるい神だ。
「そういうところなんだよなぁ……」
ユイマンの顔は、未だ赤い。
けれどその理由は、先程までとは少し違ったものだった。
神域に戻って、ようやく静かになったはずの空間で。
阿梨夜はほんの少しだけ目を伏せる。
ユイマンの心は、まだ少し騒がしいままだった。
慌てていて、恥ずかしくて、逃げたくて。
それなのに、その奥底にはどうしようもなく優しいものがあって──
──阿梨夜が、笑ってくれてよかった。
──あの神様の心が、少しでも軽くなってくれたならよかった。
「……」
阿梨夜は、しばらく黙ったままその感情を「見て」いる。
言葉にすれば軽くなるようなものを、わざわざ言葉にせずに持っている。
そういう種類のものだと分かってしまうから。
「ユイマン」
ぽつりと呼ぶ。
返事はない。
いや、返事はある。心のほうに。
(なに?)
(まだ引きずってるんだけど……)
少しだけ拗ねた気配。
「貴方は」
言いかけて、やめる。
『どうしてそんなふうに思えるのですか』
なんて聞いたら、この人はまた困る。
だから代わりに、ほんの少しだけ柔らかく言う。
「……優しいですね」
「はぁ!?」
即座に、跳ねるように反応が飛んでくる。
(やめてそういうの!! 今そういうのいらないから!!)
「事実です」
「事実とかじゃなくて!!」
神域に、いつもの騒がしさが戻ってくる。
さっきまでの沈黙が嘘みたいに。
けれど阿梨夜は、ふっと息を吐いて──
(そういうのは、ずるい)
その言葉の意味を、今度はちゃんと理解していた。
ずるいのは、言葉じゃない。
その奥にあるもののほうだ。
「……私は」
続く声は、何処にも届かないくらいにそっと零れた。
「貴方に、よくしてもらい過ぎてるのかもしれないわね」
そして少しだけ間を置いてから、いつもの調子に戻す。
「ですが安心してください。私はそれを嫌だとは思いません」
「だから!! そういう言い方が!!」
(もーーー!! ほんとに!!)
叫びが神域に響いているのを聞きながら、阿梨夜は静かに口元を緩める。
実直すぎる石の心と、色彩うつろう少女の心。
どちらが支えているのかなんて、もうとっくに分からないまま──
それでも、均衡だけは壊れずに続いていく。
よくわかってない阿梨夜がかわいらしかったです