Coolier - 新生・東方創想話

アリスとお土産のカニ

2026/06/22 19:22:02
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 アリスはお土産に剣を構えた人形を向けた。
 アリスとてそんな無礼なことをしたくはなかったが、お土産の木箱から多脚で巨大な鋏を持つ地球外生命体みたいな物体が生きたまま這い出てくれば、有難がるよりも先に臨戦態勢に入ろうというものである。
 子供の頃、魔界郊外の川に遊びに行って網を振るったことがあった。今でも時々魔法の森の小川に食材探しに行くことがある。それでサワガニまでは見たことがあるが、サワガニの姿、饅頭に勾玉みたいな短い鋏が二個ついたそれと今蠢いている生物の姿がどうしても結びつかなかった。
 アリスは海を知らない。ズワイガニも見たことがなかった。


***


 カニはアリスに鋏を向けた。
 カニとてそんな無益な殺生はしたくはなかったが、お土産の木箱から脱出した瞬間怯え半分殺意半分で剣を向けてくる少女がいたら、最終目標たる海への帰還より先に外敵の排除を考えようというものである。
 子供の頃よりカニは生存競争に揉まれてきた。成長した後も、殻をも砕く強靭な顎、あるいはこちらをも丸呑みにできる巨大な口、そういうものを持った天敵に食われる危険は何度もあった。だが、金属製の刃物を有した天敵はいなかった。
 カニは剣を知らない。知らないが、本能的に「これで斬られれば自分は死ぬ」と分かった。


***


 アリスとカニは互いに得物を向け対峙を続けていた。
 この時間はカニにとって不利だった。なぜならばカニは本質的にエラ呼吸であり、時間が経てば口の周りが乾いて窒息する運命にあったからである。
 カニは突然動き、アリスが一瞬怯み反応が遅れるという可能性に賭けた。果たして賭けには勝ち、アリスの人形が突いたのはカニが自身の右側に残した残像だった。
 しかし、カニにとっては嬉しくない勝利だった。想像以上に少女、あるいは少女が操る配下は素早い! カニは一秒時間を稼ぎ、十分の一秒の差で攻撃を躱したに過ぎない。これは一手差だけでは素の動きの速さで斬られるということである。常に二手先の動きをせねば逃げ切れない。
 カニにとって好材料なのは「カニを斬ったときに何が起こるか」をアリスの側が知らなく警戒しているということであり、おかげで互いに動かず緊張が保たれている間は攻撃されるリスクは相当低かった。無論前述の通り不動を貫くだけではその先は窒息だし、そうでなくても無策だとそのうちこの金髪の少女は手下に「剣で甲羅に触れよ」と命じてから徐々に自分の身に刃を侵入させていくに違いない。ただ、なんらかの死が確定するまでの間に周囲の環境を観察するくらいの時間はあった。
 すると、僥倖、カニは流しで蛇口の水を受けている鍋を発見した。これは箱に「食品・要冷凍」と書かれていたのを見て大方冷凍肉だろうと早合点したアリスが流水解凍用に用意していた鍋なのだが、その食い意地を知る由もなく、逆に生命線とカニは判断した。ここに到達しさえすればまさに水を得た魚(水中にいる生き物が魚ならカニもまた魚のうちだ)。この少女を煮るも焼くも思いのままだ。なんなら生還さえすれば殺害の理由も失うと窓をかち割っての脱出で話を終わりにしてもいい。
 ただ、この到達しさえすればというのに大きな壁があった。流しは当然流しであるが故に、今カニがいる床からはいささか高い位置にあり(しかも流しの底に行けばいいというのではなくこれまた当然それなりの高さを有する鍋に上から入らねばならない)、それには生まれてこの方一度もこのカニがしたことのない動作、跳躍をせねばならなかった。
 カニは足の片側半分に力を込めた。数ミリ身体が傾き、その動きを自動的に検知したかのように数寸先まで人形の剣の切っ先が殻に近づいた。
 よくない。本来は剣を近づける隙さえ見せたくはなかった。が、今更平凡な横移動に切り替えたところで、先程よりも近くにある剣から逃れられもするまい。であるなら、やはり、「自分ですら可能かどうか分からないのだから向こうはそもそもこの重厚な殻の塊が飛ぶなど思いもしないだろう」というのに賭けるしかあるまい。
 カニは跳ねた。死線と可能性を何度も乗り越えついに何の因果か幻想郷に持ち込まれたこの日本海深海産のタラバガニは常識も物理も超越した軌道を描き、鍋に側面からダイブした。


***


 アリスは硬直していた。今起こった状況を納得するのに更に数秒の時間が必要だった。本当は理解までしたかったがそれは永劫に不可能だろう。とりあえず、現状をありのままに受け入れるならばこういうことだ。「巨大カニは大ジャンプして鍋にホールインワンした」。
「……鍋を包囲しなさい」
 アリスは鍋の縁を囲むように人形で円陣を組んだ。何本もの剣が鍋の円の中心点を指向していていたが、剣は関係なしにカニは鍋から出ないらしかった。水中で機を狙っているか壁面に引っかかって脱出できなくなったかのどちらかだろう。
 アリスは顔と声だけは平静を装いつつ人形に続けて指示を飛ばした。包囲網は維持しつつ力持ちの人形に取っ手を持たせて焜炉の上まで移動させる。そして焜炉に着火。
 カニは最後まで逃げなかった。「茹でがえるの理論」そのままになったということかもしれないし、やはり壁面に引っかかっていたのかもしれない。いずれにせよアリスと緊張感ある立ち合いを演じたこの巨大カニは、その途中までの経過からすればあまりにもあっけなく絶命して化け物から食べ物となった。


***


 ママはお土産選びのセンスがない。アリスはそう思った。
 鍋は湯気が上がってくるくらいになったから湯の量を調整した上で一部の野菜とキノコを入れ始めている。それとカニとの戦闘の後始末(大半はカニの大ジャンプにより鍋から溢れて床を濡らした水の処理だった)を終えての一服をしているときに、これまた母親、もとい創造主たる神綺からの土産である煙草の箱を見つけての感想である。
 土産に煙草一箱とはしけてる、というのではなく、「懐かしい味でしょ」という触れ込みでこれが選ばれたのが問題だ。アリスが魔界で暮らしていたのは幼少期の頃だから「大人のもの」である煙草に手をつけることはついぞなかった。だからこれは懐かしいどころか知らない味なのだ。
「火を」
 アリスは箱から一本取り出した。貰って活用しているのだから完全に要らないとは言えないが、やはり、だからこそ釈然としないズレを神綺の心意気からはアリスは感じていた。
 食べ物にしても、お土産という名目で異物を送ってきたのは今回が初ではない。前回のそういうのは「輪切り人間のソルベ」だった。例え「アリスちゃんもたまには人間を食べないと駄目よ」という優しさからだったとしても、なんかこう、他のものはなかったのかしら?
 煙と一緒に心もモヤモヤさせていると水晶が鳴った。魔界で流通している通信機、原理をさておくならば電話と同じものである。
「お土産は届いたかしら?」
「届いてないわ」
「あらまあ。外の世界とのポータルを作ったから日帰り観光でフクイの漁港に行って買ってきたカニなんだけれど。民間物流は当てにならないわねえ」
「訂正。私はあれをお土産だとは思いませんでした」
 アリスはため息をついた。
「えー。カニ、美味しいわよ」
「見た目が食べ物じゃなくてクリーチャーなのよ。大体『要冷凍』って書いてたのに凍ってなかったから箱から出るなり元気に蠢くし」
「生きたまま運べるならその方が新鮮じゃない。それより子供の頃は無邪気にデーモングソクムシのフライを食べてたあのアリスちゃんがねえ」
「そんな過去は、ありません。まあ、カニはなんだかんだで鍋にしてるけどね」
「美味しい?」
「まだ食べてないけど、とりあえずは煙いわね」
「???」
 神綺が水晶玉の向こうで首を傾げているのを完全に無視してアリスは通信を切って窓を換気した。ニコチンの臭いが走り去っていく後ろから磯の香り、アリスには嗅ぎなじみのない匂いがやってきた。アリスは残りの具材の投入を人形に指令した。
 後はしばらく置いて完成のはずだったが、その後の配膳にどうにも人形達が手間取っているようで、アリスは様子を見にいかなければならなかった。
 カニは茹で上がったことで身体を茶が混じった色から真っ赤に変色させていたが、その身体の大きさは一ミリたりとも縮ませることなく鍋を占領し続けていた。裁ち鋏か何かで解体せねばならない。死してなおこのカニはアリスに歯向かい続ける気概のようだった。
「さて……」
 アリスは器から吸血鬼の槍みたいな赤く長いカニの脚を一本持ち上げた。ここから中身の身を取り出すのにも鋏による解体を要する。つくづく甲斐のない食べ物である。
「……毎度、食べると美味しいんだけれどね……」
 アリスはそれだけ呟いて無言となった。カニを食べるときは誰もが沈黙する。その理由は人によりけりだが、彼女の場合はどこか心の中に納得いかないという感情が残り続けているからなのだった。
どうでもいい用語解説
輪切り人間のソルベ:サ〇レレモン的なシャーベット
デーモングソクムシ:魔界に生息するグソクムシの一種。淡水生なのでアリスが海を見たことがないこととも矛盾はしない
東ノ目
https://x.com/Shino_eyes
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コメント



0.簡易評価なし
1.100ひょうすべ削除
魔界は結構郊外が近いのかな…ずっとふふってなってたら終わっていました。ありがとうございます
2.100ローファル削除
面白かったです。
「……毎度、食べると美味しいんだけどね……」
なんだかんだで毎回のお土産の中身に少し期待してそうなアリスがかわいかったです。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.80名前が無い程度の能力削除
カニス
アリスは真面目にすっとんきょうなことするのが大変似合いますね
面白かったです