さて、めでたく梅雨入りした幻想郷。地上には毎日のように、雨がしとしと降り注ぎ、文字通りむしむしと湿度の高い日が続いています。
ご存知、秋姉妹の家も、例外なく湿気におおわれ、二人は心底うんざりとしていました。
「うーこりゃまいった……」
「本当、ひどい湿気ねー」
「まったく、なんで梅雨ってこんなに蒸し暑いのよー」
「本当、イヤんなっちゃうわー」
「……ところで、アンタいつからいたのよ?」
「え? ずっといたけど……」
湿気にやられて寝そべっている穣子が、ジト目を向けるその先にいるのは、姉の静葉……ではなく、なんと、だらしなく床に寝そべる依神紫苑。
ちなみに静葉は朝から出かけていません。大方、文のところにでも行ったのでしょう。
「アンタここの住人じゃないでしょーが。何さも当たり前のように振る舞ってるのよ!」
「そんな冷たいこと言わないでよーお芋さーん」
「いやまあ、別にいいんだけどさぁ……?」
「わーい。やっぱりお芋さんは温かかった!」
「ちょっと、だからってひっつかないでよ!? 暑苦しいでしょ!」
穣子は、どさくさに紛れてくっつこうとする紫苑を引っ剥がすと、床に大の字になります。
「あー……。動くとあちぃ……」
紫苑は、生ぬるい眼差しで穣子を見つめながら尋ねます。
「……ねえねえ。お芋さん。こういう時って何食べればおいしいのかなー?」
「……ちょっとそんな目つきで見ないでよ」
「仕方ないでしょ。元々こういう目つきなんだから」
「はぁ……。その目見てると、なんか余計に蒸し暑くなってくるわ」
「仕方ないでしょ。元々こういう目つきなんだから」
「いやニ度も同じ事言わなくていいから」
「大事なことだからニ度――」
「大事でも何でもないでしょーが! アンタの目つきなんて」
穣子のツッコミもどこ吹く風。楽しげな様子で、うっすら笑みをすら浮かべる紫苑。
穣子は思わずため息を一つつくと尋ねました。
「……で、なに。こういう時食べるものだって?」
「あ、私の話ちゃんと聞いててくれたんだね! お芋さん大好き!」
「そりゃやっぱ、さっぱりしたものがいいんじゃないの? 知らないけど。あと何度も言うけど、そのお芋さんってのやめてね。私はこれでも豊穣神なんだから」
「さっぱりしたものっていうと……。冷やし大学いもとか、さつまいものジェラートとか?」
「……いやそこは別にイモじゃなくてもいいでしょ。普通にかき氷とか」
「あ、いいね。さつまいも味のシロップかけて」
「だから、サツマイモじゃなくていいでしょって! 私の話聞いてた?」
「えー。だってサツマイモ美味しいじゃん。いっぱい食べたいよ。おイモ、おイモ、サツマイモー」
「……何よ、アンタ、イモ中毒にでもなっちゃったの?」
「そうかもー……?」
そう言って、ぬるりとした笑みを浮かべる紫苑に、穣子は再びため息をつくと告げます。
「……ま、そんなに冷たいイモをご所望なら……。アレがいいか」
「アレってー?」
「ま、待ってなさいな」
「はーい」
穣子は重い腰を上げると台所へと姿を消します。
紫苑はゆるゆると手を振って穣子を見送ると、視線を縁側の方へと向けました。
外は相変わらず、しとしとと雨が降り続いています。
「止まない雨ねー……」
紫苑は飽きることなく降り続ける雨を、口をぽかんと開けて、ぼーっと眺めていましたが、変わらない景色に飽きたのか、家の方に顔を向けます。ところが室内にこもった湿気が鼻を貫き、思わず彼女は、むせ込んでしまいました。
「げほげほっ……! うぇえ……湿気くさーい」
紫苑は気を紛らわすために、ごろんと寝返りを打ち、天井を見つめるとボソリと呟きました。
「あーあ……。床からきのこでも生えてこないかなー。別に柱からでもいいけどー……」
「ちょっと! 滅多な事言わないでよね!?」
驚いて振り返ると、そこには口をへの字にさせた穣子の姿。
「うわ!? お芋さんいつの間に!?」
「今の間よ。それより、家の中にきのこなんか生えたら困るなんてもんじゃないでしょ!」
「なんでー? 貴重な食料だよ? カロリーないけど」
「そうじゃなくて、きのこの菌で材が腐っちゃうでしょ! 家の」
「……あ、そっか!? そしたらこの家なくなっちゃう! 私の貴重な居場所が!」
「いや、流石になくなりはしないけど。っつーか、他にも作りなさいよ自分の居場所くらい」
「いやーそんなのムリだよー」
「なんで即答なのよ」
「だってここ、居心地良すぎるし」
「……あら、うれしい事言って……。いや、貧乏神に言われても、やっぱうれしくないわ。それ……」
複雑そうな様子の穣子に、紫苑がすり寄って尋ねます。
「……と こ ろ で、お芋さーん。何作ってたのー?」
「んー? ひみつ。まだ出来てないし。ってわざわざひっつかなくていいんだからね?」
「えー何も分からないよーそれじゃー」
ぶーたれる紫苑に、穣子はニヤリと笑みを浮かべて告げます。
「ま、そのうちわかるってば。とりあえず大人しく待ってなさい」
「……はぁーい」
□
しとしとと鬱陶しい雨は、午後になっても変わらずで、梅雨の長雨とはよく言ったものだと感心すらしながら二人は、暇を持て余していました。
「タロイモ」
「も……。モロヘイア!」
「……それ、モロヘイアじゃなくてモロヘイヤじゃなかった?」
「あ、んじゃ、モロヘイヤ!」
「……別にいいけどさ。じゃ、薬味」
「み! みっみっ……みかん! あ、違う! みかん寒天! あーっ!?」
「はい、私の勝ちー」
「うわあぁぁーん! やられたー!」
「これで私の四勝ね。……アンタ、どんだけ弱いのよ? しりとり」
「うぇーん。女苑にも同じ事言われたしー」
思わず涙目で床に、ぬめぬめとのたうちまわる紫苑。まるでナメクジのようです。
穣子は、あきれた様子で塩をまく素振りを交えながら紫苑に告げます。
「いやさあ。私だって、いーっつも姉さんに負けてんのよ……? まったく、上には上がいるもんだわ。いや、下には下か。この場合」
「うわぁーん。ひどい言われようだぁー!」
「事実だもん。しょーがないでしょ?」
穣子は姉譲りのニヤリ顔で紫苑に告げると、おもむろに立ち上がりました。
「……ん、どうしたの? お芋さん」
「そろそろ頃合いってやつよ」
穣子は、キョトンとしている紫苑を残して上機嫌そうに台所へと姿を消します。
ほどなくして帰ってきた彼女が持っていたのは……。
「あ!? 焼き芋だ! おいしそー!」
「ただの焼き芋じゃないわよ」
「……そうなの?」
不思議そうに紫苑は、焼き芋を手にとりました。すると……
「わっ!? つめたっ!?」
焼き芋のひんやりとした触感に驚く紫苑。得意げに穣子は告げます。
「どーよ。秋神特製冷やし焼き芋よ!」
「冷やし焼き芋……! 焼き芋なのに冷たい! わーい! 冷たくて気持ちいいー! わーい!」
紫苑は冷やし焼き芋を頬に当てて、まるで子供のように騒ぎ立てます。
「冷たいのは触感だけじゃないわよ。食べる方の食感だって今の時期にぴったりなんだから」
「え、これ食べれるの?」
焼き芋を抱えたまま目を丸くさせる紫苑に、穣子はあきれた様子で言い返します。
「何言ってんの当たり前でしょ! 冷たくたって焼き芋よ? 食べられないわけないでしょ!」
「てっきり体冷やすだけなのかと思ってた」
「あのねぇ……。氷柱じゃないんだからさー……」
「ほら、溶けない氷柱的な?」
「……どーいう事よそれ」
「……うーん。自分で言ってても分からなくなってきた」
「いいから早く食べてみなさいよ!」
「はーい」
穣子に促されるまま紫苑は、芋を口に運びました。すると……。
「わっ!? 冷たっ!? 甘っ!?」
思わず口元をおさえて驚き顔の紫苑に、穣子はドヤ顔で言い放ちます。
「どーよ! できたての焼き芋を瞬時に冷やすことで、甘みと旨味を凝縮させて、より濃厚な味わいに仕上がってるのよ! 言っとくけど、ただ冷やしただけじゃこの味は再現できないのよ。秘密は……」
「あーおいしかったー! ごちそうさまー!」
「って、もう食べちゃったの!?」
「うんっ! おかわりある?」
「いや、あるけど……」
「わーい! いただきまーす!」
穣子の話はそっちのけで、冷やし芋にがっつく紫苑。
「ったく。少しは私の話聞きなさいよね……」
不満げにジト目をおくる穣子に、紫苑が言いました。
「ふぁいふぉうふ! ふぉいおふぁんふぉふぁふぃふぃふぉふぁ――」
「とりあえず、口の中を空っぽにしてからしゃべりなさいよ!」
紫苑は急いで噛んでごくんと飲み込むと、再び穣子に告げます。
「……大丈夫! お芋さんの焼き芋は――」
「私の焼き芋は……なによ?」
「……うーん。何言おうとしたか忘れちゃった」
「がくっ……なにそれ!?」
思わずよろける穣子に、紫苑が苦笑しながら告げます。
「いやー。だって、とっても美味しかったんだもん。冷やし焼き芋。あまりにも美味しくて、夢中で食べてたら言いたいこと忘れちゃった」
「はぁ……。ま、いいわ。満足してもらえたようで何よりよ」
そう言って穣子は、まんざらでもない表情を浮かべます。
「ふぁああ……。食べたらなんか眠くなっちゃった。ねえ、横になってもいい?」
「別にいいけど……。先に言っとくけど、ひっつかないでよ? 暑苦しいから」
「はぁーい」
紫苑はあくびをすると、穣子の脇で横になりそのまま、すうすうと眠り込んでしまいました。
「……えっ。もう寝たの……!?」
穣子は紫苑の寝付きのよさに、驚きつつも呆れながら、彼女の幸せそうな寝顔を見て、思わず苦笑いを浮かべるのでした。
□
さて、日がとっぷりと暮れた頃、家に静葉が帰ってきました。
「穣子。ただいま……あら」
静葉は、夜になっても家が開けっ放しになっているのに気づきます。
「……もう。穣子ったら、また雨戸閉めないままで」
あきれた様子で廊下の方へ行くと。
「あら……」
そこには、お互いひっついて気持ちよさそうに寝ている穣子と紫苑の姿が。
「……まったく。仲の良いことね」
そうつぶやくと、静葉は呆れつつも微笑ましそうな表情で二人を見つめました。
いつの間にか外の雨は止み、湿度が高いのは相変わらずでしたが、水気を含んだ水無月の夜風が、三人をしっとりと、優しく静かに包みこんでいました。