Coolier - 新生・東方創想話

モノクロの抒情詩

2026/06/12 21:30:53
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 初夏のある日のこと。
 空はからりと晴れ、微風が肌を撫でる感覚がなんとも心地良い。

「みんなありがとー! 今度のライブにも絶対来てねー!」
 
 最後の曲を終え、ウインクとともに精一杯の大声で観客に呼びかける。
 すると客席からは間髪入れずに歓声が上がり、アンコールを求める声も聞こえてくる。
 
 横では愛用のキーボードが降り注ぐ陽光に赤いボディを輝かせ、白い羽根をぱたぱたと動かしている。 
 ふふ、あんたも楽しそうじゃん。
 でもアンコールはだめ、今日はただの突発だから全然用意してないし。
 
 霧の湖から少し離れた草地での、即興のライブ。
 元々は一人で練習していた日に、近くを通行する人達が寄ってきたのが始まりだった。
 それからというもの、気が向いた時に同じような場所と時間帯で音を奏でていると自然に観客が集まってくるようになった。
 
 来てくれるのは人間だけでなくそれに擬態した妖怪、時には妖精もいた。
 勿論聴き手がいる方が嬉しいし、モチベーションにもつながるので私にとってもいいことだ。
 
 鍵盤の縁に軽く指を滑らせると、キーボードが音もなくその姿を消した。
 そのまま手振りで軽い謝意を示しつつ、一言。

「ごめんね、また次のライブまで楽しみに待っててー!」
 
 みんな名残惜しそうにしているけど、大きく悲観した様子はない。
 毎回のことだし今日の来客の半分ぐらいはファンクラブの会員だから、
これも半ば暗黙の了解、お約束のやり取りになっている。
 
 そうして私が帰り支度を始めると、ファンも少しずつ各々が帰路につく。
 その足取りが軽いことを確認すると、自然と頬が緩む。
 私の音で少しでも楽しい気持ちになってくれるなら、これほど嬉しいことはない。
 
 聴者の心を動かせない音は、音楽じゃない。
 言葉は姉さんの受け売りだけど、私自身も常にそう心掛けて演奏に取り組んでいる。
 
 さて、もうみんな帰ったかな。
 一応落とし物、忘れ物をした人がいないか辺りを見渡してみる。
 すると、見覚えのない人影が視界の端に映る。
 
 一瞬、それが自分の知人だとは認識できなかった。
 しかし、スッと伸びた背筋に堂々とした佇まい。
 何より、艶のある緑髪の持ち主を私は数人しか知らない。 
 
 幻想郷を担当する閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥ。
 視線が合うと、彼女の方から真っすぐにこちらに近付いて来た。
 
 今日は豪奢な装飾が特徴的な帽子も、何かの文字が刻まれた笏も持っていない。
 真っ白なカッターシャツに黒のロングスカート。
 普段の姿が強く印象に残っているせいですぐには気付くことが出来なかった。 
 
 あと十歩ほどというところで彼女は一度足を止め、会釈とともに挨拶してきた。
 ほとんど口を開いていないのに、不思議とよく通る凛とした声。

「久しぶりですね、リリカ・プリズムリバー」

「あ……えっと、久しぶり?」

「最後にお会いしたのは昨年の夏、人間の里でした」

「あ、そうだった……」

 思わず適当に答えてしまう。
 そうだったっけ、いや、合ってる。
 去年の人里の夏祭りに姉さんたちと参加したとき、すれ違ったんだった。
 
 一言二言挨拶しただけだったはずだけど、よく覚えているものだ。
 記憶の想起を終え、ようやく思考が追い付いてくる。
 彼女とは四季折々の様々な花が咲き乱れる異変で関わった、というか戦ったのが知り合ったきっかけだった。
 
 あの時、私はただ新しい音を求めて幻想郷の各地を巡っていた。
 異変だ、大変だと騒ぐ人妖もいたようだけど、異変解決は私達騒霊の仕事じゃないし。
 そうしていたらいつの間にか彼岸の閻魔と戦うことになっちゃってて、それで。

「どうしました?」

 彼女の落ち着いた丸い声が私の思考を静かに打ち切る。
 私より頭一つ分は高い身長も相まって、なにかに圧迫されるような感覚に陥りつつあるのをはっきりと認識した。
 つい、返す言も抑揚が小さくなる。 

「ううん、なんでもない」

 気付けば、無意識のうちに私の足は半歩後ずさっていた。
 そうだ、あの花の異変の時も。
 いつの間にか隠れて着いてきていた姉さんの後ろに下がりたくなった、あの感覚。
 
 初対面なのに彼女は明らかに知っていた。
 私達姉妹以外誰も知らないはずのあのことを。
 当時はその衝撃と恐怖が私の足を微かに竦ませた。
 あの時は姉さん達が一緒だったし、お説教なんか聞き流してすぐに弾幕ごっこに移ったけど。
 
 考えてみれば、一人で彼女と対峙するのは今日が初めてだ。
 それを意識した途端、今の自分が微かに落ち着きをなくし浮足立っているのが嫌でも分かる。
 
 そんな私の内心を知ってか知らずか、彼女の態度はどこまでも平坦だった。
 映姫はほんの僅かに目元を細め、白い歯をちらりと見せながら言った。

「いい演奏でした」

「え?」

「どうしました?」

「え、えっと……ありがと」

 動悸が徐々に高まっているのが肌で感じられる。
 予想に反して、というか自分が何を予想していたのかと言われても応えられないけど。
 初めて見る服装からして、今日はオフであろう映姫の言葉は至って普通、決して警戒すべきものではなかった。
 私が辛うじて返事をすると、彼女が先程よりもゆっくりな口調で続けた。

「私は音楽に関しては素人なので、月並みな感想しか述べられませんが」

 直後、私の口は反射的に彼女に物問いをした。

「……聞かないの?」

 背筋に冷たいものが走る。
 吐いた言葉は戻せない。
 当たり前のことだと分かっていながらも、私はそれを手で掴んで飲み込んでしまいたい気持ちでいっぱいだった。
 無論、映姫が聞き逃すはずもなく、簡潔な言葉で問いかけてくる。

「何をですか?」 

 これまでにも、姉さん達と一緒の時に映姫と顔を合わせたことは何度かある。
 その中で私達の大切なあの子に関わる事柄が再び話題になったことは一度もない。
 
 私は勿論、ルナ姉とメル姉だって家族以外にこの話をすることはまずない。 
 だから今もいつものように、触れる必要などない。
 それなのに何故、今日に限って自分から問いかけてしまったのか。
 
 青黒色の瞳が不動のまま、私をじっと見つめている。
 決して相手を責め苛みはしない、でも嘘は絶対に許さない。
 彼女の強く揺るぎない信念がそこにはっきりと宿っている。
 
 そうだ、いつもは姉さん達が一緒だったから。
 困ったら後ろに下がればよかった。
 今はそれが出来ない。
 
 私は意を決して口を開いた。
 彼女は何も言わず、待っていてくれた。

「……初めて会った時、私達に言ったよね。私達の拠り所はもういない。
自己が曖昧な私達はいずれ暴走するか、消えてしまう。
だから、自分の存在理由を考え直せ、って」
 
 言った。
 言ってしまった。
 私達三人が、普段は決して口にしないことを。
 映姫は顔色一つ変えることなく応えた。

「そうですね、言いました」 

「……わざわざ私が一人のところに来たのは、また何か言いにきたんじゃないかと思ってさ」
 
 あの子が天寿を全うしてからもずっと、私達は消えていない。
 だが、不安は常に心の奥底に巣くっている。
 
 私達が騒霊として存在し続けられる理由はどこにある?
 それは幻想郷の住民が私達の音に耳を傾けてくれているから?
 では、もしも興味を持ってくれる者がいなくなったら?
 一切関心を向けられなくなり、存在すら忘れられてしまったら?
 
 本当は映姫に問われるまでもなく、あの異変が起きる前から何度もその理由は考え続けていた。
 それでも、明確な答えなんか出なかった。
 いや、正確には姉さん達と色々話して、一応の答えは出している。

『はっきりした答えが出そうにないものをこれ以上考えてもしようがないし、
今は一人でも多くの人妖に音を届けるためにも演奏を精一杯頑張ろう。きっとあの子もそれを望んでいるはず』と。

 それ以来、姉さん達とこの話をすることはほとんどなくなった。
 でも、それでも。
 どんなに音楽に熱中している時でも、心中の黒い影は決して消えない。
 ただ、見えないフリをしているだけ。
 
 一度でも立ち止まったら。
 鍵盤を叩く指を止めてしまったら。
 二度と動けなくなってしまうかもしれない。
 
 オフの日が続いた時、作曲がスムーズに進まない時。
 焦りと不快感に苛まれたのは一度や二度じゃない。
 
 今日ここに映姫が現れたということは、何か良くないことが起きているんじゃないか。
 真実を知りたい気持ちと、今からでも誤魔化してこの場をやり過ごし逃げ出したい気持ち。 
 僅かな差で前者が上回り、私は彼女の双眸を見返した。

「幻想郷の住民に忠告をする時、私は必ず仕事着で訪れることにしています。
ですが本日は見ての通りです、納得していただけましたか」
 
 本当に、という言葉が喉まで出かかったのを一度はなんとか飲み込む。
 でも、もう私の心にそれ以上のブレーキはかからなかった。
 堰を切ったように言葉が溢れ出す。

「……じゃあ今日ここに来て私と会ったのは偶然ってこと?」

「そうです」

「本当に?」

「オフの日でも嘘は嫌いです」

 それにしては先程の観客の一団の中に彼女の姿はなかった。
 ステージから見えない位置、申し訳程度に整地された草道の反対側にでもいたのだろうか。 
 いや、駄目だ。
 
 演奏を聴いてくれた相手をこれ以上疑うなんて。
 私は思わず、先程よりも小さめの声で言った。

「……もっと近くで聴いてくれたらよかったのに」

「近くを通りがかった時、既に貴女の正面は人妖で溢れていましたから。
それにこの服装とはいえ、閻魔の私が急に現れたら顔を知る他の来客が驚くかもしれないと思いまして」

 対する映姫の返答は、やはり淀みない。
 私は意を決して言った。

「今日、オフって言ったよね」

「はい、本日は非番ですから」

「じゃあもし、閻魔としての映姫が今ここにいたら?」

 一瞬、彼女の細い眉がぴくりと動いた。
 だが、それはほんの僅かな時間のことで彼女はすぐにいつもの落ち着き払った態度を取り戻し言った。

「同じですね」

「……何も言わないってこと?」

「言う必要がありませんから」

 元々自分が理解し切れるような相手じゃないとは前から思っていたけど、いよいよそれが極まりつつある。
 それでも今この機を逃したらいつか後悔するような気がして、私は彼女に再度問いかけた。

「……どういうこと?」

「私は理由もないのに忠告、説教はしません。ただそれだけです」

 何度思い返しても、初対面のあの日以来私達が自分の存在理由について考え直したことに関する話を彼女にしたことはない。
 そう、映姫は何も関知していないはずなのだ。
 気付けば、彼女は踵を返してこの場を立ち去ろうとしている。

「では、失礼します」

「待って!」

 私は思わず声を上げて呼び止めた。
 映姫が足を止め、振り返る。
 彼女が何か言う前に、一息にまくし立てる。

「教えて、私達色々考えたの。映姫が異変の時に言った、自分達の存在する理由について。
……それでも、分からなかった。騒霊は音を出して、騒いでこその存在だからこれからも音楽に全力で打ち込むとか。
私達の演奏をいつも喜んで聴いてくれてたあの子もそれを望んでいるはずだとか。
今のところ、私達は消えずに過ごせているけど……それでも」

 途中で言葉が詰まる。
 どれも想像、希望的観測でしかないのかもしれない。
 それでも、決して今日まで怠惰な時間を過ごしてきたつもりはない。
 
映姫は私の言葉が止まったのを確認すると、急ににこりと表情を緩めた。
 同性なのに、思わず見とれそうになる。
 普段の厳顔とは全く違う、温かい微笑みがそこにはあった。

「それでいいんですよ」

「……え?」

「大切なのは、考えることです。自分の存在理由、そして貴女の、大切な人との思い出。
思考することを止めない限り、霊も人も妖怪も、如何様にも変わることが出来るのですから。」

「今のままでいい、ってこと?」

「今日の演奏の後、去りゆく観客の足取り、顔を見て嬉しそうにしていましたね。
騒霊として演奏に本気で取り組んでいるだけでなく、聴き手の気持ちも丁寧に慮る貴女の姿は素敵でした」
 
 こんな風に改まった言葉で賞賛されるのなんて、いつぶりだろう。
 なんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまう。
 映姫はさらに続けた。

「これからも家族を、貴女を支えてくれる人達を大切にすること。
考えることを決して止めないこと。それが貴女に出来る善行です」
 
 彼女がそこまで言い終えたところで、急に突風が吹きこんできた。
 思わず反射的に目を細め、顔を庇う。

「っ!」

 楽士帽が飛びそうになったのを手で押さえると、急に風が止んだ。
 面を上げると彼女が風上に向けて立ち、翳していた手をそっと下ろしていた。
 
 辺りは水を打ったように静かになり、舞っていた木の葉がはらはらと舞い落ちる。
 そのままこちらに半歩近付き、その掌を頭に乗せる。

「失礼」

 私が驚きながらもされるがままにしていると、彼女はその手をすぐに離した。
 指先から青緑色の若葉がふわりと落ちる。

「……ありがとう」

「では、私はこれで」

「映姫」

「なんですか?」

「……ごめん、なんでもない」

「……そうですか、では」

 途中で言葉を詰まらせたのを最後に、映姫は今度こそ草道に沿って人里の方角に歩み始めた。
 私はその場を一歩も動くことなく、その後姿が視界から消えるまで見続けていた。

 同夜、私は布団の中で眸を閉じたまま日中の出来事を追想していた。
 今日が良い日だったか、そうでなかったかと問われると間違いなく前者だと思う。 
 でも、姉さん達との夕食の席では結局口にしなかった。
 
 彼女の、映姫の姿と言葉がはっきりと私の中にある。
 今までは得体の知れない、自分の理解の領域を越えた存在だと思っていた、彼岸の閻魔。
 上手く言葉に出来ないけど、今日の彼女は今までで一番自分の近くに居たように思えた。















 それから一週間後、私は先日と同じ場所に足を運んでいた。
 違うのは家を出たのが四十分ほど遅いこと。
 
 上空から少しずつ高度を下げていくと予想通り、そこには数人のファンらしき人間達が暇を持て余していた。
 その様子は切株に腰かけて本を読んでいる人、複数人で何やら談笑している集団等様々だ。

 私は即座に心のスイッチをオンにし、キュロットスカートの裾を抑えながら勢いよく定位置に着地した。
 その場に居合わせていた人達が一斉にこちらを注目する。
 
 そのまま間髪入れずに魔力を込めた指で空中に弧を描き、愛用のキーボードの霊を呼び出す。
 キーボードは両端の二寸ほどの小さな白い羽根をばたつかせ、私の周囲を忙しなく飛び回り始める。

「みんなおはよー! いきなりだけど騒霊キーボーディスト、リリカの突発ソロライブ、始めちゃいまーす!」

「リリカー!」 

「リリカちゃん今日もかわいいぞー!」

「こっち向いてー!」

 送られてくる沢山の声援。
 その一つ一つに、笑顔や身振り手振りで応えていく。
 姉さん達との大型のライブだとこうして一人一人に反応を返すことは出来ないから、これも貴重な機会だ。
 
 そうして最初の曲に入るタイミングを窺っていると、客の数は最初の三倍ほどに増えていた。
 ファンの一人一人と目線を合わせながらも、注意深く辺りを見回す。
 居た。

 鮮やかな緑色の髪に乳白色の上衣、黒のロングスカート。
 思い返してみると、紅魔館の司書が似たような恰好をしていた気がする。
 映姫が先日と同じ姿で佇んでいた。

 閻魔の仕事は二交代制できっかり分けられている、というのをどこかで聞いた覚えがある。
 それに、彼女は常に時間に正確な印象があった。
 だから先日より少し遅い時間に始めれば、もしかして開演に間に合うのではという予想は当たっていた。
 
 私はそんな内心をファンに悟られないようほんの一瞬、一秒にも満たないほどの時間でウインクをした。
 今日はもっと近くで、聴いて欲しい。 
 彼女は私のサインに目敏く気付いてくれたのか、視線が合った途端細い眉をぴくりと動かした。
 
 でも、あとは首を小さく振るだけでその場を動こうとはしなかった。
 私はすぐに視線を正面に戻し、ライブの開演を宣言した。

「じゃあ今日の一曲目から、いきなり全力でいっちゃうよー! みんなついてきてねー!」

 そこからの一時間は、あっという間だった。
 最後の曲を終え、握手と軽いお喋りをしたところでライブは無事に締め括られた。
 観客みんなが軽快な足取りで立ち去ったところで、私は呼び掛けた。

「映姫」

「お疲れ様でした、今日は先日よりも遅い始まりだったのですね」

 返事とともに、静かな足取りでこちらに歩み寄って来る。
 相変わらずの、悠然とした仕草。
 私が開始をわざと遅くしたことを察しているのかいないのか、彼女の本心を窺い知ることは出来そうにない。

「今日もオフ?」

「ええ、近頃は以前のように説教、忠言が必要な人達ばかりではなくなりましたから」
 
 いつも説教ばかりしている印象があったので、彼女の言葉は少し意外だった。

「そうなの?」

 映姫は僅かに表情をやわらげ、小さく頷いた。

「ええ、本当です」

「今日の私の曲、どうだった?」

「いい演奏でした」

「……ありがとう」

 この前と一字一句同じ言葉に、少し肩透かしを食らったような気分になる。
 それが顔に出てしまっていたのだろうか。
 彼女も先程の感想が先日と全く同じである点には思うところがあったのか、珍しく苦笑いを浮かべながら応えた。

「すみません、こういった時の適切な表現には自信がなくて」

「……ううん、嬉しいよ。ありがとう」

 私の言葉を聞き、彼女は一呼吸置いてから穏やかな視線を空に向け言った。

「……貴女のように、日々を大切に生きてくれる人が一人でも増えてくれるといいのですが」

「え?」

「いえ、気にしないでください」

「映姫」

「どうしました?」

「教えて、本当は私の様子が気になってたから前の突発ライブにも寄ってくれたんでしょ」
 
 私の言葉に、映姫は明らかに逡巡する様子を見せた。
 多分、初めて見る仕草。
 でもそれはほんの数秒のことで、彼女はやがていつもの調子に戻って答えた。

「……そうですね。あの日は貴女を探していたわけではありませんが、
以前から気になってはいました。今をどのように過ごしているのかを」

 それでそのまま演奏も聴いた、ということか。
 私が黙っていると、少し声を落として続けた。

「嘘を吐いたつもりはありませんが純粋に貴女の演奏を楽しみに来た、とは言えないかもしれません。気を悪くさせたのなら、謝ります」

 私は手を振って否定の意を示しながら言った。

「そんな風には思ってないから、本当に気にしないで。それに……嬉しかったし」

 私の返事に、映姫は少し戸惑った様子を見せた。

「……嬉しかった?」

「私、初めてあの異変で映姫と出会った時はお説教が五月蠅いし偉そうだし、
言われたことも真面目に受け止めてなかったの。
でも、今になってやっと分かった気がする。映姫はただお説教をするだけじゃなくて、
それで相手が変わるかどうかをずっと見守ってくれてたんだ、って」

「……忠言をしたからには、その後のことまで見届けるのが私の責務だと思っています」

 そういう彼女の声色は心なしか少しだけ上がっている。
 でもその面は、顔色一つ変わっていない。
 私の心中に、別の好奇心が生まれつつあるのがはっきりと感じられた。

「ねえ、これからもこっちに来ることってあるの?」

「……そうですね、閻魔としての私と今日のようにオフの日の私と、どちらかは分かりませんが。
いずれにせよ、来なくなるということはないでしょう」

「じゃあさ」

 真っすぐに彼女の瞳を見つめる。
 映姫は一瞬だけ視線を斜め上に彷徨わせたが、すぐにそれを私に戻した。

 不思議だ。
 前に会った時は、こうして向かい合ってるだけで何かに追い詰められている感覚に陥ったのに。

 今は違う。
 この誰もいない、つい先刻までライブの熱に満ちていた場所。
 そこに二人でいるだけで、なんだか気分が落ち着いていく。
 心地良いやすらぎが、再び私の中のスイッチを切り替える。

「私、新しい目標決めちゃった。いつか映姫のこと、私のファンにしてあげる」

 私の言葉に、今度ははっきりと彼女の声色が裏返った。

「……は?」

「ファンって言ったらファンなの。見届けるとかお説教とか、閻魔としての映姫じゃなくて、
服装も気持ちも全部オフの日の映姫が私のところに来るの!」

「……言っている意味が分かりません」

「分からなくてもいいの、いつか映姫が自分から客席の前の方まで来たくなるようにさせてみせるんだから!」
 
 いつの間にか頬が少し火照ってしまっていることに気付き、一度言葉を切る。
 直後、映姫は自分の髪を軽く撫で、そのまま顔の半分を掌で遮りながら踵を返した。
 
「……これからも善行を積むんですよ」

「あっ、待って!」

 一瞬、気のせいかその白い頬がほんの僅かにほんのり紅くなっていたような気がした。
 そのまま肩越しに声が聞こえてくる。

「また会いましょう、リリカ」

「あ……」

 去り際の言葉に不意を突かれ呆気に取られていると、くすぐるような涼風が頬を撫でた。
 数瞬、それに気を取られていると既に彼女の姿はそこになかった。
 
 ……今日はいつになく、楽しい音が見つけられる気がする。
 私は地面を蹴り、勢いよく飛び上がった。
 そこには真っ青な天空が乳白色の雲とともに、果てしなく広がっていた。
二十三作目の投稿になります、ローファルです。

今回は初めて映姫-リリカのペアでお話を書きました。

花映塚ではリリカルートで直接関わることもあり、ずっと書いてみたかった組み合わせの一つなので楽しく書けました。
(いつもと違って一人でいる、というだけで道中何度も迷子扱いされるリリカがかわいい)

作品を読んでくださる方、コメントをくださる方、本当にありがとうございます。
精進しながら今後も少しずつ投稿していきます。

少しでも楽しんでもらえたらとても嬉しいです。
ここまで読了いただき、ありがとうございました。
ローファル
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