Coolier - 新生・東方創想話

セミファイナルスパーク

2026/04/28 17:11:34
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 気が狂いそうなくらい大量の蝉が鳴いていた。それまでどこにいたというのか明らかに音程を外した甲高い奴が増えている。当然昨日までは何ともなかった、夜風を浴びながら眠っていた筈がどうしてこう叩き起こされなければならないのか。窓を閉め切ってやり過ごそうにも今度は蒸し暑くてしょうがない、結局僕は店から飛び出すことにした。
 離れれば離れるほど鳴き声が小さく、低くなっていく。どうやらアイツ等は僕の店の周りにいるようだ。さて、どう駆除してやったものか……。
 
「それで何で俺が死ななきゃなんねぇんだよ」
 はぁ、と息を吐きながら親父さんは竹箒を修理している。
「つまりこういうことか? 今朝になって香霖堂の周りにやたら蝉がいるっていうんで胸騒ぎがしたと。そういうの虫の知らせっていうんだっけ?」
「ええ、本来は『三尸』と呼ばれる虫の能力です」
 僕はこれまでの道中で行き着いた考察結果について説明した。
「三尸とは普段は頭・腹・足の3点に潜み、60日に一度訪れる庚申の日に天へと昇ってその者の悪行を密告する閻魔大王のスパイです。その目的は現世における寿命の短縮――生者にとっては明らかな害虫と言えるでしょう。しかしここで重要なことは、蝉も地獄から送られてくる魂の入れ物と言われていることなのです。不思議に思いませんでしたか? なぜ彼らは7年ほど地中にいたかと思えば突然空に飛び出しては7日で死んでいくのか……地中は地獄、地上は現世、これは蝉が罪を清算した罪人の転生前最後の姿であるからだ。だとすれば蝉が三尸と同じスパイの役割を持ち虫の知らせを使えても何もおかしくはない。もっと言えば、彼らが残り短い余生を使ってまで知らせることなら、今日明日の命を左右する話なのかもしれないじゃないか。しかも今回僕が店を出るように仕向けられていたとすれば、行ける場所は此処に限られていて」
「はいはい、見ての通り無病息災、商売繁盛」
 無駄口動かしている暇あったら手伝えよ――親父さんは店先の方に顎をしゃくった。
 土間の向こうで人里の人間たちが右往左往と店内を見て回っている。桶と柄杓を見て結局小さな桶を買っていった向かいの蕎麦屋、替え刃が必要な程刃こぼれした包丁を研がせにきた主婦、そんなことは知らず商品の鞠を突き出す娘さん、それは嬢ちゃんにやるから奥さん新しいのをお買い求めになって下さいと従業員。
 変わらんね香霖――そういう親父さんは背が縮んだような気がする。

 人里大手の霧雨店。僕がこの道具屋で修行させてもらっていたのはもう十数年以上も前の話だ。その後独立してからというもの霧雨の親父さんに会うのもやはり十年以上前。
「じゃあ魔理沙はあれから一度も帰ってないんですか」
「娘ならとっくに死んだよ」
「やはり蝉のせいだ、駆除しなければ」
「いや蝉じゃねーよ。お前一旦蝉から離れろ」
 修理途中の竹箒に払われながら僕の足がチクチクと小突かれる。その道具は塵をはき寄せるための道具で人に向けるものではない。
「いてて、分かりませんね親父さん」
「何がだよ」
「勘当っていうけど霧雨父娘の仲が険悪とは思っていなかった。僕がいない間に何があったんだよ」
「そんなこと聞きに顔出したのお前?」
「十年以上経つんだからもう時効でしょう? 魔理沙は何も言わないし親父さんだって」
「俺だって、なんだ」
「……永くないじゃないか」

 低いうねり声のような音が聞こえる。
「……これ蝉の声なんだってな」
「……ええ、森の蝉です」
 残り7日の虫の知らせが僕と親父さんの場を繋いでくれている。
 結局のところ蝉が鳴いても鳴かなくても親父さんは老いていく。鳴いても鳴かなくても僕は親父さんともう一度話がしてみたいと思っていて、泣いても笑ってもいつか最後の日がやってくる。考察の余地もない自然の摂理を今更確かめたところで、やっぱり楽しくはないもんだ。
 はぁ、と息を吐きながら親父さんは竹箒を手渡す。修理が終わったらしい。
「香霖、何に使う道具か分かるか」
「竹箒ですか? 塵をはくための道具ですが」
「アイツ曰く「空を飛ぶための道具」なんだとさ」
 親父さんは僕から竹箒を受け取ると、年甲斐もなく股の間に竹箒を挟むとぴょんぴょんと軽くジャンプをし始めた。そのまま客間中を走り回って袴の裾からやせ細った足が見え隠れする、もういつ転んでもおかしくない。
「つまりさ、馬鹿なんだよ馬鹿! 道具屋の娘に生まれて、道具の使い方も、間違えるんじゃ、勘当も、当然ってもんだろ――」
「分かった! 分かったから親父さん、座ってくれよ」
 はぁ、はぁ、息を切らして親父さんは、息を整えて親父さんは、まぁ今すぐ死にはしない位は元気だ。僕は背中をさすってその鼓動を確かに感じた。
「ホント、人里の人間が空なんか飛んでどうするってんだか。妖怪にでもなろうっていうのかね? それこそ博麗の巫女様に退治されて蝉のような一生じゃあねぇの」
「霊夢は魔理沙の友人です。そう無情にはなりません」
 あの方はだからこそだろ――背中が丸くなるといよいよ親父さんの背は縮んでいく。店の方から従業員が大丈夫ですか、と様子を見に来るとこれはいよいよ大事なのだろうかと感じる。
「すまんすまん、騒がせて悪かった」
 親父さんはすぐに朗らかな顔を作って掌を見せると部屋の中は一旦の静寂を取り戻した。
「……正直羨ましいぜ」
「え?」
「俺だって空飛びてぇよ。もう死ぬんならさ」
「……」
「帰ったら蝉娘に伝えてくれよ香霖。俺も来世は蝉になるぞってな――」

「ということだそうだ蝉娘」
「誰が蝉娘だよ」
「……親父さんは元気だったよ? 多分」
「……蝉が五月蝿すぎてよく聞き取れないぜ」
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