Coolier - 新生・東方創想話

すべてを残す事はできない

2026/04/17 21:52:23
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 その人の名は稗田阿爾。

 その人が神社の巫女に手をつけたという咎で、郷党の大人たちからお仕置きを受けて殺されかけたのは、その人がまだ十二、三の頃だったのではないかと思われる。正確な年齢はわかっていない。記録が残っていない。残すつもりもなかっただろうが。
(扱いがなってねえのさ、大人たちは)
 桑の木にしばりつけられ、木の幹のごつごつとした樹皮を肌に感じながら、別のもの――もっと柔らかい感触の記憶を思い出して、気を紛らわせている。ぶん殴られた痛みや鼻の奥の血のにおいや味だって、もっと強い感覚の記憶で塗りつぶす事はできる。
(あのばばあが求めているものをあげただけなのによ)
 ばばあという表現には親しみを込めての事もあったが、現時点で歳が二倍か三倍も離れていれば、無理なからぬ話だとも思われる。
 とにかく、その人は罰を受けている。それ自体はしょうがない。その人自身は、神社に使える神人の一味であって、それ以上ではない。そこはわきまえているし、承知の上で巫女に手を出した。
(ああいう年頃のばばあってもんは、ちょっと持て余すものらしい)
 という事を知っていたから。
 数ヵ月ほど前。山麓の――この郷の近くには、少し目立つ峰があった――小さな畑にて、その人は紅花摘みをしていた。正確には神社の領地の畑で、その人が生まれるよりもっと前に起きた噴火によって、ほとんど灰に埋もれてしまっている。しかし、今でも小さな小屋を建てて、どうにか残った狭い田畑を管理し、神事に使う作物を、大量ではないが、ちょっとずつ、細々育てている土地だった。
 それらの田畑を管理する一族が、その人の家だった。しかし別にえらいものではなく、神社に仕える神人の、うちひとつにすぎない。百何十年も前、畿内から下向してきた一族というのも今は昔、彼らもまたこの郷の土着の人々に成り果てている。
 その人自身は、別にそれを嘆くふうもなかった。(どこでどう生きようと吾が吾じゃんね)と、表面上は一族の零落など気にも留めていない――が、知ってはいる。かつて起きた事をおぼえてもいる。その人は、百何十年前も前に畿内から下向してきた遠い昔の祖先(百何十年はとても遠い昔だ)の、誰かさんの生まれ変わりであるらしい事を、こっそり自覚していた。
(だからなんだという話でもある)
 という感想をその人は持っていた。
(吾は吾よ)
 紅花から加工した紅餅を携えて、郷の神社まで歩く。郷に行くには、噴火から再生しつつある天然林を抜けなければならない。一人だったが、迷子になる心配だけはなかった。稗田の輩の物覚えの良さは郷党内でも有名だった。
 噴火後の数十年、山麓の原野には木々が戻りつつあるが、まだそこまでの鬱蒼とした景色ではない。その人は、用心しつつも子供らしく、そのあたりでいい感じの細枝を拾うと、鞭のようにひゅんひゅんと振りながら、気ままに歩いた。
 行きはよいよい、何事もなく神社にたどり着いて、調進物を神社の管理者におさめる。その時、巫女の姿も見かけた。
(いつ見ても若々しくあられる)とその女に対してはかねてから思っていた。身の回りにいた、廿つや丗つになる大人たちの方が、歳相応の老け方だからだろう。もっとも近頃は(……いや、この方は単にこころばせが幼いだけなのかもしれない)とも考えを変えていたが。その人は彼女に話しかけられる事が多かった。また、これは完全に邪推からなるものだが、同い年の友達がいないのだろう、とひどい認識もしていた。
 今回も、なぜか巫女に呼び止められる。
「なにか?」
 と尋ねかけながら、歳のころが二倍か三倍も離れている女のつらを、まじまじ見返す。
 手を出せと、女に言われてその通りにすると、手の上になにか重いものをずしりと手渡される。一見するとただの石のようでもある、ごつごつとした冷たい塊だったが、一瞬、女の手のぬくもりの残りが塊からわずかに伝わってきて、すぐに消える。
 なんだと思う? と尋ねられたが、その人にはわからない――というより、断定できない。手にしたものの目方を即座に言い当てる事ができるという、その人の異様な特技(簡単な事だ。基準となるものの重さを、定量的におぼえておけばいい)は郷の中でも有名だったが、物質の名まで言い当てる事はできない。
 もちろん、多少の推理をして、あてずっぽうを述べる事はできる。
「くろがねですね」
 巫女は頷き、山から産したものだと言った。あのあたりで鉄を産する事は、その人も知ってはいる。しかし彼らの一族が担当している領分でもない。
 興味深いでしょ、と巫女はほのめかすように続けて、しかしそれだけだった。
(考えている事はよくわからんが、あすこの鉱山はうちらとはまた違う山の民が領有している。それを獲る事でも考えているのか)
 家族が住む山麓の社領に帰る道すがら、その人は思った。
(連中が鐵を売りつけに来たと言っていたな。「地得ぬ玉作」の末裔――)
 そうした人々が、いくめいりびこいさちのみこと(垂仁天皇)の御代にこの土地に下ってきたらしい、という事もその人は知っていた。
(玉作を職能としていた部民がこんな場所に追われて潜んでいたとはね)
 というおどろきが無いわけではなかったが、そこは稗田の家だって一緒だ。百何十年前に、どういうわけか下向してきた、なにかよくわからない人々。
(色々なものがこの郷には――この山には、いる)
 そう思ったのは、視界の端、若い木々の間に、ちらりと人影を見たからだった。
(森の女だ)
 ぼんやり、おそれもせず、その人影を見つめる。それは明らかに常世の人々とは違うなりをして、長い手足の、ゆったりとしているくせにやけに素早い動きでするする近づいてきたが、その人は慌てなかった。ただ、家に帰るのが少々遅れてしまう心配だけがある。
 女は、少年のその人を見下ろすような上背だ。それに手を引かれて、道になっていない若木の森を行かされる。このあたりはすぐに様子が変わるから、帰り道をおぼえておかなきゃ……と思いつつ、連れ込まれた場所はその人も知っている洞窟のひとつだったので、少しだけ安心する。
(なんでかわからんけど年上に好かれるらしい)
 着ているものをはだけさせられて、その肌で相手のじかのぬくもりを感じながら、その人は冷静に思った。
 抱きしめてくれる女の長い腕をようやく解いて洞窟を這い出た頃には夕暮れ時で、いささか焦ったものの、その人はどちらかといえば想像と連想ができる器用なたちだったので、夕暮れ時のぼんやりした様子にも戸惑う事はなく、山麓の農場に帰る事ができた。
 帰ったところで、妹に叱られた。この妹は父母が物故した後から、ずっと稗田家中を切り盛りしてくれていて、その人もさすがに頭が上がらない。
「ごめんて」
 妹に小突き回されながら飯を――稗の炊いたのに、刻んだ塩菜の切れ端を混ぜ込んだだけのもの。ろくな汁物もなく、それだけをたらふく――食べて、それが終わるとさっさと兄妹や他の幼い者たちとで、身を寄せ合って眠った。
 翌朝。
 目覚めてぼんやり考える事は、妹の少女くささと、それとはまた違う年上の女たちのにおいだったが、さすがにそれだけの妄想でぽーっとしているわけにもいかないので、わずかばかりの畑を見回るついでに、朝起きの空気を吸いに行った。
 五穀、紅花、藍、大麻など、ちまちま育てている畑の土の湿り具合を見て回り、その人はふと、山の方を眺める――山肌は朝靄に隠れていて、そのくるぶしのあたりほどしか見えなかったが、どのみち鉱山の坑道が見えるような位置ではなかった。
(あそこでなにやらしている連中も、別になんの権利があってやっているわけでもあるまい)
 とその人は思った。言ってしまえば違法な採掘者たちだったが、法の違反者たちに採掘の権利が無いのと同じくらい、法に則ってそれを取り締まる側だって、もはやその実権力を有していないだろう。
 その人はわずかばかりの記憶――前世の記憶を――思い出し、今を見つめる。あれから百何十年、この郷はなにもかもが変わっていた。度重なる天災とそれにともなう村落の消滅によって、戸籍制度は完全に破綻していた。多くの農民が戸籍を離れて浪人と化し、社会はすべてが流動的だ。曲がりなりにもすべての人民が国家の管理下にあった、かつての姿はもう無くなってしまっている。
(どうしてそうなったのか、なんて、そういうものなのだろうけど、百年というのは長い月日なのだよな)と、その人は物事の善し悪しなど気にもかけず、しみじみ、それだけを思った。
 自分たちにしたところで、完全に存在を把握されているのかどうか。神社に雇われ、一度は火山灰の下に埋もれてしまったわずかな田畑を耕作する事で、かろうじて神人としての立場を担保されている。もっとも、神社に仕える一介の神賎にすぎなかった立場じたいは百年前も一緒だったに違いないが、今はその立場の足元すらあやしい。
 歴史的には九世紀中葉、いわゆる律令制の崩壊と呼ばれる現象はとめどなく、ついにこんな辺鄙な山間まで侵そうとしていた。
 しかしその人は幼いながらも賢い頭で(このままなにもかもが曖昧になり、おのれらを保証し保障するものが無くなってしまったら、おのれらはどうなるのか)といった懸念を、ちらりと思いはしても、すぐさま結論を出してしまってもいる。
(吾は吾よ)
 それだけだろう。
 家屋に戻って、朝からなにやら忙しく立ち働いてくれている妹を見て、言った。
「……ちょっと行ってくるわ」
 どこに? と叫ぶように尋ねてくる妹を無視してしまって、その人の足は神社へと向かっている。
 森を歩いていると、昨日の女が、木々にまじるようにぼんやり突っ立っている。乳房をはだけて、着物の裾をまくって露出していたが、今はそういう誘惑に応えてやる気分ではない。しっしと手で追い払っておいた。
 神社に行ってみると、巫女は神事を執り行っていた――神域を祓い清める行、要するに境内のお掃除だったが、そういうところはまめなのだなという思いと、他にやる事もないのだろうなという思いとが交錯する。神社の実務のほとんどは郷の有力な者が取り仕切っていた。
 その人はじっと待ち、訝しく思った巫女が仕事の手を止めるまで、じっとその場に立ち尽くしていた。
 それから続ける。「先日話していた鐵の鉱山、やりようによっては我々のものにできるかもしれません」
 と。
(はかりごとの大略は非常に単純。この国の政治中枢は既に行政の執行能力を失っていて、徴税能力もほとんどなく、地方の国司や郡司にその負担を押しつけつつある。しかしながら地方行政も土地の者に近いぶん、わかりやすく強権を振るう事はできず――それをしてしまえば、民はまた逃散して浪人と化すまでだ――徴税使などを送り込むにも気を使わざるを得ない。だがこれは、彼らにしてみれば顔色をうかがう相手が、お上から下々へと変わってしまっただけであって、中央の強力な権威や、土地に根付いている豪族や顔役といったものの協力を取りつけねば、彼らは最初からなにもできない存在だ。ならば、自分たちがそれになってしまえばいい)
 と、その人は巫女に、流れるように滔々と弁じた。十ばかりの子供が、歳が二倍か三倍も離れている女に対して。それでも、巫女はおかしみを感じているような含み笑い、苦笑いを見せたり、そっぽを向くような事はせず、じっと、その言葉を聞いた。
 注目すべきは、寺社があくまで公的なものであるという建前から発生して、古くから有している免税の権利だと、その人は言う。それを餌にして、この土地のばらばらとした勢力をみな神社の傘下に結び付けてしまえばいいのではないか。免税権といえど、実際のところは取るものは取られていくのが実際と現実だが、それでもこの郷の納税体制を神社に集約すれば、各々やらなければならない余計な手続きや手間が減る。地方行政が派遣してくる徴税使も、神社を介して税を徴収する事で実績を稼げる。
「そしてあなたは――」
 と言いかけたところを、身振りで制された。ニコニコ笑いながら、巫女は、今はそれ以上はいい、と言った――それと、その目論みは私ではなくお前の野望であろう、とも付け加えてくる。
(……まあ、言ってしまえばそうなのだよな)
 その人は、自分の転生の理由を、おそらく稗田の家の再興のためだろう、と思っている。というより、それよりほかにやれそうな事が思い浮かばない。
(百何十年前、この土地に下ってきたご先祖様は、なかなかえらく頭の良いやつだったと聞き伝わっている。稗田の家だって、この神社に仕えていただろうが、田畑を耕すだけのような端っこの家ではなかった)
 ふっと、その人はほほえむ。
 その意味深長なほほえみに、なにか感じるところがあったのかもしれない。巫女は、明日から話し相手になりに来いと言った。
 ――で、その後なんやかんやがあって、その人はお仕置きを受けて、ざらざらとした桑の木にくくられながら、相変わらず巫女の汗ばんで吸いつくような肌を思い出している。
(とはいえ、あれを廿や丗まで放置しているのはそっちのほうが呆けだろ……)
 と思わなくもないのだが、とりあえず悪い事をしたという自覚はある。
 話し相手になってから、巫女とは様々な事を話した。過去・現在・未来の話――すなわち、神社の巫女に代々伝えられていた稗田の家に関する奇妙な伝説・閨の睦言・自分たちがこの郷を“獲る”方法について、など。
 その人は、稗田の家の転生の伝説が実際に残されている事におどろき、またなんだか、どこか陳腐なものを聞く気分にもなった。
「たしかにそのご先祖様はえらく賢かったんだろうな」とその人はしみじみ頷きながら、巫女のそばに寄り添う。
「でも、吾は吾だよ」
 その人は巫女の中にもぐりこみながら言った(ちなみに、その人は直接の祖先である稗田阿一の存在はなんとなく知っていたが、それ以上遡った稗田阿礼の名と事績は知らない。それだけでなく、歴史的にはもっとも有名に違いないこの人物の事は、この後、何代にもわたって無視され続けた。ここより数百年間、転生を繰り返す稗田家当主の異常な天才性の根拠は、あくまで稗田阿一であった)。
 その人が知らない話も教えてくれた。巫女の家と稗田の家は、共に同時期に中央から下向した一族で、特に稗田阿一は神社に仕えつつ、優秀な能力で稗田家を栄えさせ、この土地に土着していた有象無象ども――どこか言葉にとげがあった――をまとめあげた。神社の神人といえど、巫女とはほとんど対等な関係だったといえる。
(それがかつての稗田だったとして、どうして吾の代はこうなっているのか)
 と、少し不満でもあったが、それはそういうものだと思うしかなかろう、とも思い直す。百何十年は長い時間だ。
(しかも巫女の方にそういう話が残っているというのは――)
 など、つらつら、あれこれと考えて動きを鈍らせていると、巫女の唇が耳元に、よからぬ言葉を流し込んできた。
 この土地の土着の者たちは、おそらく人間ではない、と。
(……そんな事を言いだせば、吾らだってあやしいものだがな)
 と、その人は桑の木の下で思い返しているが、巫女はどうやら思い込みが激しいたちらしく、自分の事を連中とは違う、と固く信じているらしい。
(いや、本当のところ事実関係はどうでもよくて、単に信念の問題なのだろう)
 とも思い直し、同時に、森の女のどこか懐かしい乳臭さをつい思い出してしまう。
(吾はああいう連中と交わって、それでいいと思っている。これだって単に信念の問題だ)
 やがて夜になった。さすがに夕暮れ頃には解放されるだろうと思っていたので、さすがに焦りが生じてきた。豺や野干などはそこらの野にひそんでいる。
(殺す気か)とは最初から薄々感じていたが、それでも本気の殺意を向けられていると思うと、少し戸惑う。その人も同じような“処刑”の方法を見た事があり、例によって誰よりもその様子を覚えていた。流れ者の盗賊を同じように木に縛りつけ、そのまま野生動物に齧られたり突かれたりに任せるだけの、素朴な処刑方法。運が良くても生きていれば御の字、明日の朝までには手足の二、三本もぎ取られて虫の息になっているだろう。実際に獣の気配は次第に濃くなり、木の周囲の茂みを取り巻きつつあった。
(こんな事に相成ってしまって、なんのために転生したのだよ、稗田阿一)
 と八つ当たりしたくもなったが、常々そこから目を逸らして「吾は吾だ」と言い張ってきたための、自業自得のような気もする。
(結局、吾は爾でもあれという事か)
 のちにその人はこれを戒めとして稗田吾爾――さらに稗田の通り字の阿の字を受け継ぐ事で、転じて稗田阿爾と名乗るようになる、ともかく今はそれどころではなく、そうした妙な達観をおぼえるのも混乱の一種だった。
 その人を縛めている縄はほどけない――結び目は水で濡らされて、かたく結ばれていた。
(ちょっと今までのんきにしすぎていたかな)
 とも思いつつ、どのみち自分でどうのこうのとできる領域はとうに過ぎ去っているのだから、しょうがない話でもある。
(ああ、目だ)
 人の目ではそれくらいしかわからないが、暗い野に獣が満ちようとしている。その人は身をすくめて、待った。
 遠吠えが聞こえた。それも獣のものではなく、女の狗吠――邪を払うための呪術的な遠吠えだ。獣たちの目がその異様な音声に逸らされたのを、なんとなくの影の雰囲気で感じもした。
(吾はああいう連中と交わって、それでいいと思っている)
 茂みの中で、獣たちが追い払われているようだった。森の女はその長い手足の、妙にのんびり見える動作でやってきて、その人の縛めを解いた。
(しかし、この調子だとどうもしばらく家には帰れんだろうな。山の中にでも潜むか、里の外に逃散するか……)
 と考えながら、一日中拘束されていた体を動かして、のんきに大きく伸びをしていると、どうものんきすぎたらしく、救助に来てくれた女にどつき回されて、頭がくらくらした。
 気がつくと、女に抱えられて、森の中を連れられている。
「待って、待って」
 慌てて言って「一度、山麓の畑にいる妹たちのもとに帰してくれ」と頼んだが、無視された。妹たちは日中のうちに山麓の農場小屋を離れて、洞窟に避難しているのだという。なにが起きたのだと問いただしたかったが、聞かずとも明白である。農場は襲撃を受けていた。
 そうした目に遭いかけた家族を救ってくれたのが、あの玉作の人々――近頃巫女との仲介に立って、繁く交流を始めていた人――だった事の方が意外だ。
(ものの売り買いで言えば、とんでもない恩を買ってしまったな)と思いつつ、そうした勘定は心の脇に置いておく。避難所は彼らが鉱山採掘している坑道の一つだった。
 妹には泣かれた。
(まあ、巫女に手を出して死にかけたというのは、こいつからしてみればなにやってんのという話だしな)
 そう思って気を落ち着かせようとするものの、自分が殺されるのはともかく、家族や農場が里の郷党によって襲撃を受けたという事実には、さすがに戸惑うしかない。
(あるいは、最初からそういうものだった)とも思った。最初というのは、その人以前の、最初から。(吾が――稗田阿一が百何十年前に没した後、稗田の家が衰微したのは、単に年月のせいだけではなかっただろうから。代々そうだったのだろう。一方で巫女たちはこの土地の者たちに利用価値も認められていて、ために生かされた。それだけの存在だ)
「この土地の土着の者たちは、おそらく人間ではない」
 その人はぽつりと呟きながら、巫女の言い様を思い返した。あの女はわかっていた――わかりすぎていた。
「博麗の巫女を頼れ」妹たちにはそうした指示をする。「彼女の庇護におれば、郷党の連中といえどおおっぴらに手出しはできないだろ」
 言った後で、ふと思う。(ここ百年ほど、いつ根絶やしにされてもおかしくなかった吾の一族は、きっと、こうする事で細々と命脈を繋いできたに違いない)と。
「……そしてこれは重要な事だが」その人は言い添えた。「お前たちが守られるだけじゃなく、彼女を守りもするんだ。わかるか?」
 同時に、巫女に対する言づても妹に頼んだ。
「焦るな。時機を待て」と。「吾は戻ってくる――たぶん、何百年も待たなくていいと思う」
 慌てて言い添えたのは、彼女が知る自分なら、そういう文脈にもなりかねないという事に思い至ったからだった。
 その人自身は一旦身を隠す事として、鉱山労働者たちの一部に従って郷を離れた。彼らは血縁にせよ擬制的なものにせよ、強い紐帯を有する技術者集団だったが、その行動は小さな班に分かれて活動しているようだった。
 森の女には、その夜一晩じゅう、たんまりお礼をする羽目になった。

 この時期、戸籍から逃亡した農民は全国的に発生していて、その浮浪の混乱の中で才覚を発揮した、“富豪の輩”と呼ばれる富裕層が出現していた。稗田阿爾はそうした富豪の輩の一人と推測されるが、ある時期配下の浪人どもを従えて幻想郷に出現し、当時の税制改革――人頭税から地税への転換――を巧みに利用して、幻想郷の土地支配を博麗神社の下に集約して“獲った”人物として伝わる。
 しかしながら、不明の多い彼の前半生において、まったく幻想郷と無縁の人物だったとも思えない。前提として、この人は稗田阿一に繋がる二番目の人に違いないからだ。
 稗田阿爾は幻想郷稗田氏の再興者になった――二代目で再興と言ってしまうとえらく気の早い話に思えるが、百年というのは長い月日だ。
実は前作を削除した上でそこに本稿を付け加えて作品を“転生”させてみるのも面白いかなとも思ったのですが私が面白いだけで普通に迷惑だよなと思ったのでやめました。
かはつるみ
https://twitter.com/kahatsurumi
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コメント



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よかったです
2.100ヘンプ削除
面白かったです。生き汚いけどそれがいいのかなと思いました。
3.100南条削除
面白かったです
話はまだまだ始まったばかり
飄々としてる阿爾もすべては残せなくても何かを残すのだと思いました
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
6.80名前が無い程度の能力削除
とても良かったです