今回も犯人を隠す意図は全くありません。気ままに読んでください。
犯人は既に紅魔館地下図書館にいた。しかし当該犯人が紅魔館地下図書館に潜伏していることなどごく当たり前のことだった。
犯人は1人立ち並ぶ本棚の一角にいた。今しがた選んだ本をつまみ取った直後、ふと思い立って周囲を見渡し、まだ誰にも見つかっていないことを確認した。
息を沈ませ、落ち着いた足取りで音の出ないように、つまみ取った本を小脇に抱えながら通路を進んだ。犯人は決して息を殺さなかった。
音の出ないよう無理に息を止めてしまう方がかえってデメリットを誘発する。
これに関して経験豊富だった犯人は、多少の物音の発生は覚悟の上で、平常心を保ち、代わりに過剰に大きな音を絶対に発生させないよう努める方が、監視者から隠れ通す戦略として現実的であることを知っていた。
しかし犯人はある所で突然棚に背を預け立ち止まった。背後に誰かがいる。犯人は空間察知魔法でそこを感じ取った。
地下図書館中央の重厚な書斎机の安楽椅子に深く腰を掛けた魔女が頬杖を突きながらぶ厚い魔導書を読みふけっている。犯人は身を隠した、犯人にとって今その魔女と接触し、その目的を察知されることは必ずしも都合のいいことではない。どうにか魔女に見つかることなくこの場を通り過ぎる策を犯人は考えなければならなかった。策を考えながら、犯人は知らぬ間に図書館内に歯ぎしりを響かせていた。
犯人は悔しかった。この図書館に自分以外の魔女がいることがどうしても許せなかった。本来この図書館を自由に使い、いくらでも好きな本を読めるのは自分だけのはずなのに、自分以外の魔女がそこにいて、我が物顔で所有者専用の書斎机を占領し、大切な本を自分の許可なく好き勝手に、次から次へとべたべためくり流されることが、犯人にとっては、はらわたが煮えくり返るほどに耐え難い不名誉だった。
犯人は歯ぎしりをしながら今自分が置かれている状況を整理した。現在地は紅魔館地下図書館最下階の中心付近、中央通路沿い本棚の一角。背後の書斎机を陣取って1人の魔女が本を読み漁っている。目的地は図書館最下階の正面入り口、そこへ到達するには背後にいる魔女の脇を通過する必要がある。図書館壁面付近まで本棚を回り込んでやり過ごすことも可能ではあるが、そのためには相当量の距離を移動せねばならず現実的な選択とは言えなかった。幸い地下図書館の司書は現在化粧室に行っていて館内におらず、しばらく帰ってこないために今は魔女に見つからないことだけを警戒すればよかった。
犯人が思いついた最初の策は魔女を始末することだった。今魔女の背後から強力な攻撃魔法でも浴びせれば、殺すことはできずとも無力化する事なら可能なはずだった。しかしそんなことをすると、いつか自分の手に戻って来るはずのお気に入りの安楽椅子や魔導書に傷が付きかねなかったため、犯人は出来ることならその策には出たくはなかった。
移転魔法は有効だろうか?犯人はもう1つの案を導き出した。空間移転魔法で魔女を飛び越した2つ向こうの本棚の先まで自分自身をワープさせる。しかしその実現は現状では不可能だった。陣を作る余裕もなければ詠唱のために声を出せるはずもない、魔法陣なし無詠唱、せいぜい手刀で念ずるだけで移動できる空間距離なんて、今犯人が背を預ける本棚1枚の厚さ分だけであった。それでは魔女の真横に出て見つかってしまうに違いない、犯人は何か打開策はないかと更に考え、さらに激しく歯ぎしりを響かせた。
その時突然魔女が立ち上がった。犯人はそれを察知して本棚裏に貼り付きながらに身構えて、息を殺した。
安楽椅子から離れて振り返ると、魔女はまっすぐ犯人の方へと接近した。これは危機的状況だった。本棚を挟んだ1枚向こうにもう魔女がいる、今この魔女には見つかりたくない。どうしていきなり近づいてきたと犯人は歯を食いしばって魔女を呪った。
その時犯人は気が付いた。自分が歯を食いしばっていたことに。今しがたまで歯ぎしりをしていたに違いないことに。恐らくそのせいだった。物音の一つも立たないような図書館の中で頻りに歯ぎしりを鳴らしていたために魔女に自身の潜伏を察知されたに違いなかった。犯人は無意識とはいえ自分の過ちを悔やみ魔女のことをさらに呪った。
しかしこれが危機的状況であると同時にチャンスであることも犯人は気付いていた。
魔女が犯人の身の寄せる本棚に手を掛けてその反対側を覗き込もうと身を倒す。
その瞬間、犯人は手刀をかかげ強く念じ、無陣、無詠唱で空間移転魔法を発動させた。本棚のすぐ向こう側、上半身を反対に運んだ魔女のすぐ横に犯人はワープした。成功を知った犯人は息吐く暇もなく図書館正面入り口へ向かって走り、向かい側の本棚の目の前で再び空間移転魔法を発動させ、その本棚の裏へワープした。
覗き込んだ先に誰もいないことを知った魔女は不思議そうにあたりを見回したが、周囲には本棚が並んでいるばかりで誰の姿も見られなかった。犯人の目論見は成功した。
図書館最大の十字通路より1本正面入り口側の通路の一角で、犯人は荒げた息を整えていた。短時間とはいえ激しく動いたため流石に疲れた。軽く咳き込みそうなのを堪えながら、犯人は平常心を取り戻そうとゆっくりと呼吸した。しばし休んで、落ち着きを取り戻したところで犯人は立ち直り、通路に出て魔女に見つからないよう、本棚の間をワープしながら正面入口へ向かって行った。
紅魔館地下図書館正面入り口の木製扉のすぐ脇に、下段の板が薄い2段構造の黒い手押しワゴンが1台置かれていた。犯人は目的地まで辿り着き、目的の品が乗るそのワゴンの前に立った。
レースで縁取られた真っ白なクロスが天板に敷かれ、その上に2人分のティーセットと何らかのプレートを覆っているのだろう白いテーブルリネンが置かれている。犯人はゆっくりとリネン布の両端を指でつまみ、恐る恐るとそれを引き上げた。
テーブルリネンの下にはティーセットと同じデザインの中皿があった。皿の上にはバニラフレーバーのビスケットが整然と並べられていた。数時間先の午後のティータイムのために図書館司書がメイド長からもらったおやつだった。どこかで誰かのお腹の響く音がした。
蒼白い指先でそれを1枚つまみ口元へ運び、ワクワクとゆがめた口を一杯に開けてその3分の1をくわえ、指先とあごの渾身の力で半分に割って、犯人は口の中に入れた半分を咀嚼しようとした。
「つまみ食いか?」
自信有り気な声が背後から聞こえた。
犯人は気付かなかった。普段なら未然に気付いて然るべきだろうに犯行に夢中で気付かなかった。
自分が空間察知魔法を使えるのなら、同じ魔女である相手にも空間察知魔法が使えて当然であることに。
しかもこの魔女は人目を気にするような性格をしていない分、でかでかと魔法陣を書くなり大声で詠唱するなり、いくらでも大胆な方法を選択して、犯人が行ったよりもずっと有効範囲や精度、あるいは威力の高い魔法を行使することができたということに。
そして既に、魔女は何らかの経緯で犯人の潜伏を突き止めて、犯人の背後に辿り着いていたということに。
ただでさえ蒼ざめた肌がさらに蒼ざめて紫色になった。硬直した背筋をぐぐぐとひねって犯人は振り返った。大きく見開いた瞳で魔女を見つめた。
「そんな、馬鹿な。」
ビスケットを噛み砕きながら声を漏らした。一時的な糖分不足の脳をフル回転させて言い訳を考えたが、まともな言葉は1つだって出てこなかった。
だってお腹すいたんだもん。
ティータイムのおやつつまみ食い犯人、パチュリー ノーレッジは彼女の書斎机を占領していた魔女、霧雨 魔理沙に見つかった。
「あ、パチュリーさま~。つまみ食いですかぁ?」
ちょうど化粧室からパタパタと帰った小悪魔が彼女を見つけて首を傾げ、苦く笑いながらパチュリー ノーレッジに問いかけた。それを追うように霧雨 魔理沙も彼女に言った。
「わたしにも分けてくれよ、食いしん坊。」
恥ずかしいところを絶対に見せたくない使い魔に恥ずかしいところを見られ、一番言われたくない言葉を一番度し難い奴に言われて、パチュリー ノーレッジは沸々と湧き上がる複雑な感情を抑えきれなかった。
「むきゅー!!!」
おわり
犯人は既に紅魔館地下図書館にいた。しかし当該犯人が紅魔館地下図書館に潜伏していることなどごく当たり前のことだった。
犯人は1人立ち並ぶ本棚の一角にいた。今しがた選んだ本をつまみ取った直後、ふと思い立って周囲を見渡し、まだ誰にも見つかっていないことを確認した。
息を沈ませ、落ち着いた足取りで音の出ないように、つまみ取った本を小脇に抱えながら通路を進んだ。犯人は決して息を殺さなかった。
音の出ないよう無理に息を止めてしまう方がかえってデメリットを誘発する。
これに関して経験豊富だった犯人は、多少の物音の発生は覚悟の上で、平常心を保ち、代わりに過剰に大きな音を絶対に発生させないよう努める方が、監視者から隠れ通す戦略として現実的であることを知っていた。
しかし犯人はある所で突然棚に背を預け立ち止まった。背後に誰かがいる。犯人は空間察知魔法でそこを感じ取った。
地下図書館中央の重厚な書斎机の安楽椅子に深く腰を掛けた魔女が頬杖を突きながらぶ厚い魔導書を読みふけっている。犯人は身を隠した、犯人にとって今その魔女と接触し、その目的を察知されることは必ずしも都合のいいことではない。どうにか魔女に見つかることなくこの場を通り過ぎる策を犯人は考えなければならなかった。策を考えながら、犯人は知らぬ間に図書館内に歯ぎしりを響かせていた。
犯人は悔しかった。この図書館に自分以外の魔女がいることがどうしても許せなかった。本来この図書館を自由に使い、いくらでも好きな本を読めるのは自分だけのはずなのに、自分以外の魔女がそこにいて、我が物顔で所有者専用の書斎机を占領し、大切な本を自分の許可なく好き勝手に、次から次へとべたべためくり流されることが、犯人にとっては、はらわたが煮えくり返るほどに耐え難い不名誉だった。
犯人は歯ぎしりをしながら今自分が置かれている状況を整理した。現在地は紅魔館地下図書館最下階の中心付近、中央通路沿い本棚の一角。背後の書斎机を陣取って1人の魔女が本を読み漁っている。目的地は図書館最下階の正面入り口、そこへ到達するには背後にいる魔女の脇を通過する必要がある。図書館壁面付近まで本棚を回り込んでやり過ごすことも可能ではあるが、そのためには相当量の距離を移動せねばならず現実的な選択とは言えなかった。幸い地下図書館の司書は現在化粧室に行っていて館内におらず、しばらく帰ってこないために今は魔女に見つからないことだけを警戒すればよかった。
犯人が思いついた最初の策は魔女を始末することだった。今魔女の背後から強力な攻撃魔法でも浴びせれば、殺すことはできずとも無力化する事なら可能なはずだった。しかしそんなことをすると、いつか自分の手に戻って来るはずのお気に入りの安楽椅子や魔導書に傷が付きかねなかったため、犯人は出来ることならその策には出たくはなかった。
移転魔法は有効だろうか?犯人はもう1つの案を導き出した。空間移転魔法で魔女を飛び越した2つ向こうの本棚の先まで自分自身をワープさせる。しかしその実現は現状では不可能だった。陣を作る余裕もなければ詠唱のために声を出せるはずもない、魔法陣なし無詠唱、せいぜい手刀で念ずるだけで移動できる空間距離なんて、今犯人が背を預ける本棚1枚の厚さ分だけであった。それでは魔女の真横に出て見つかってしまうに違いない、犯人は何か打開策はないかと更に考え、さらに激しく歯ぎしりを響かせた。
その時突然魔女が立ち上がった。犯人はそれを察知して本棚裏に貼り付きながらに身構えて、息を殺した。
安楽椅子から離れて振り返ると、魔女はまっすぐ犯人の方へと接近した。これは危機的状況だった。本棚を挟んだ1枚向こうにもう魔女がいる、今この魔女には見つかりたくない。どうしていきなり近づいてきたと犯人は歯を食いしばって魔女を呪った。
その時犯人は気が付いた。自分が歯を食いしばっていたことに。今しがたまで歯ぎしりをしていたに違いないことに。恐らくそのせいだった。物音の一つも立たないような図書館の中で頻りに歯ぎしりを鳴らしていたために魔女に自身の潜伏を察知されたに違いなかった。犯人は無意識とはいえ自分の過ちを悔やみ魔女のことをさらに呪った。
しかしこれが危機的状況であると同時にチャンスであることも犯人は気付いていた。
魔女が犯人の身の寄せる本棚に手を掛けてその反対側を覗き込もうと身を倒す。
その瞬間、犯人は手刀をかかげ強く念じ、無陣、無詠唱で空間移転魔法を発動させた。本棚のすぐ向こう側、上半身を反対に運んだ魔女のすぐ横に犯人はワープした。成功を知った犯人は息吐く暇もなく図書館正面入り口へ向かって走り、向かい側の本棚の目の前で再び空間移転魔法を発動させ、その本棚の裏へワープした。
覗き込んだ先に誰もいないことを知った魔女は不思議そうにあたりを見回したが、周囲には本棚が並んでいるばかりで誰の姿も見られなかった。犯人の目論見は成功した。
図書館最大の十字通路より1本正面入り口側の通路の一角で、犯人は荒げた息を整えていた。短時間とはいえ激しく動いたため流石に疲れた。軽く咳き込みそうなのを堪えながら、犯人は平常心を取り戻そうとゆっくりと呼吸した。しばし休んで、落ち着きを取り戻したところで犯人は立ち直り、通路に出て魔女に見つからないよう、本棚の間をワープしながら正面入口へ向かって行った。
紅魔館地下図書館正面入り口の木製扉のすぐ脇に、下段の板が薄い2段構造の黒い手押しワゴンが1台置かれていた。犯人は目的地まで辿り着き、目的の品が乗るそのワゴンの前に立った。
レースで縁取られた真っ白なクロスが天板に敷かれ、その上に2人分のティーセットと何らかのプレートを覆っているのだろう白いテーブルリネンが置かれている。犯人はゆっくりとリネン布の両端を指でつまみ、恐る恐るとそれを引き上げた。
テーブルリネンの下にはティーセットと同じデザインの中皿があった。皿の上にはバニラフレーバーのビスケットが整然と並べられていた。数時間先の午後のティータイムのために図書館司書がメイド長からもらったおやつだった。どこかで誰かのお腹の響く音がした。
蒼白い指先でそれを1枚つまみ口元へ運び、ワクワクとゆがめた口を一杯に開けてその3分の1をくわえ、指先とあごの渾身の力で半分に割って、犯人は口の中に入れた半分を咀嚼しようとした。
「つまみ食いか?」
自信有り気な声が背後から聞こえた。
犯人は気付かなかった。普段なら未然に気付いて然るべきだろうに犯行に夢中で気付かなかった。
自分が空間察知魔法を使えるのなら、同じ魔女である相手にも空間察知魔法が使えて当然であることに。
しかもこの魔女は人目を気にするような性格をしていない分、でかでかと魔法陣を書くなり大声で詠唱するなり、いくらでも大胆な方法を選択して、犯人が行ったよりもずっと有効範囲や精度、あるいは威力の高い魔法を行使することができたということに。
そして既に、魔女は何らかの経緯で犯人の潜伏を突き止めて、犯人の背後に辿り着いていたということに。
ただでさえ蒼ざめた肌がさらに蒼ざめて紫色になった。硬直した背筋をぐぐぐとひねって犯人は振り返った。大きく見開いた瞳で魔女を見つめた。
「そんな、馬鹿な。」
ビスケットを噛み砕きながら声を漏らした。一時的な糖分不足の脳をフル回転させて言い訳を考えたが、まともな言葉は1つだって出てこなかった。
だってお腹すいたんだもん。
ティータイムのおやつつまみ食い犯人、パチュリー ノーレッジは彼女の書斎机を占領していた魔女、霧雨 魔理沙に見つかった。
「あ、パチュリーさま~。つまみ食いですかぁ?」
ちょうど化粧室からパタパタと帰った小悪魔が彼女を見つけて首を傾げ、苦く笑いながらパチュリー ノーレッジに問いかけた。それを追うように霧雨 魔理沙も彼女に言った。
「わたしにも分けてくれよ、食いしん坊。」
恥ずかしいところを絶対に見せたくない使い魔に恥ずかしいところを見られ、一番言われたくない言葉を一番度し難い奴に言われて、パチュリー ノーレッジは沸々と湧き上がる複雑な感情を抑えきれなかった。
「むきゅー!!!」
おわり