Coolier - 新生・東方創想話

宵闇のつまみ食い

2026/03/18 21:27:51
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 夜の紅魔館、ただでさえ少ない窓のうち明かりの灯ったヶ所はまばらで、満面の月明かりだけが赤レンガ壁とスタッフォードシャーの青瓦を薄く照らしていた。あまりにも暗く時計塔の文字盤を判読できない。重厚な鐘の音が2度、前触れもなく響き渡った。

 犯人は屋根から侵入した。ふわりふわりと星もまばらな夜の空を飛び、霧に覆われた表門と庭先を超えて三角形の切妻屋根に着陸した。周囲には角柱型の煙突が等間隔に生えている、屋根に降りた犯人は周囲を見回し、近くにあった1つを選んでその中を覗き込んだ。
 ところがその煙突は使用中だった。夜闇と同じ真っ黒な煙に頭から突っ込んだ犯人はゴホゴホと咳き込んで身をのけぞらせ、バランスを崩して斜面から滑り、真っ逆さまに紅魔館の頂上から転落した。
 ドン、鈍い音がした。しばらくして犯人が屋根の上に戻ると、その左腕がおかしな位置で屈曲していた。しかし犯人はそれを気にしていないようだった。
 暗闇で物にぶつかって怪我をすることくらい、犯人には日常茶飯事だった。骨折や裂傷なんてよくあることで、常人なら即時の対応を要する致命傷だって、犯人には何度も経験があったし、そのいずれの負傷も放置し続けた上で生き抜いてきた。
 犯人は医療機関に受診した経験など1度もなかった。怪我や病気を治療するという概念がなければ、薬を買う金や、金を得るような仕事すら犯人は持っていなかった。
 そもそも人間同士の稲作や家内制手工業、河童の作る機械製品の流通だけで十分に成り立っている幻想郷の小さな経済環境に、碌に言うことも聞かないぐーたら妖怪が介入できる余地など残っていない。
 犯人のようなその日暮らしの野良妖怪なんかを受け入れてくれるような雇用先なんて、幻想郷には1軒たりとも存在していなかった。犯人のような人里にも妖怪同士の社会にも馴染めなかった野良妖怪が誰の社会保障も受けずにサバイバル生活を送ることなど、幻想郷ではよくある光景だった。
 どんな感染すら即座に鎮圧させる異常な免疫と、骨折くらい少しも気にならない鈍すぎる痛覚、どんな致命傷も最後には修復させる人外だからこその生命力が今まで犯人のことを救い続けて、山野の動植物や忍び込んだ先の食糧と、洗われた試しもないボロボロに傷んだ薄っぺらい衣服、そして時の運だけが今まで犯人のことを生かし続けてきた。

 もう一度煙の溢れる煙突の側に立ち、咳き込みながらその中を覗き込む。そして犯人は意を決してその中へ飛び込んだ。犯人は深い理由もなく1番最初に見つけた煙突に固執して、他の煙突を探す発想よりも先に体が動き、迷うことなく中へ飛び込むタイプの気ままな妖怪だった。
 犯人がジタバタジタバタと全身で跳ね回りながら暖炉の炎を叩き消した。全身に燃え移った火もゴロゴロと内壁に打ち回るうちに無事に消えた。そのことに気付いた犯人はハァハァと息を切らしながら暖炉の中から這い出して、舞い上がる灰に咳き込みながら立ち上がった。煤と灰にまみれた衣服も気にかけず、犯人はふわふわと浮かんでその部屋を横切った。
 ゴシック アンド ネオクラシカルの内装、幅の狭い2枚の窓には厚いレッドカーテンが隙間なくかけられ、室内の光源といえば炭化した薪火の消え残りが数本あるだけだった。
 2つある本棚の1つには棚の半分を埋める程度の本がジャンルごとに選ばれて各段の左右に寄せ揃えられている。
 もう1つの本棚は足元3分の1が両開き戸、その上の右側には何もなく、左側には2色リボン式の重厚な洋文タイプライターが深い黒の表面処理を艶やかせ、その傍らの木製プレートに1本のスタンプと3分の1程使用済みの深紅のワックスが置かれている。
 本棚にはそれらの上にまだ2段ある。中段の右側には2、3枚のspレコードがペーパーバックに収めて立てかけられ、左側にはカーボン紙とエアメール便箋、封筒の束が横並びに寝かせられている。最上段にはガラス細工の置物や小型の2眼レフカメラ、手のひら大のマッチロック式マスケット等が緻密に調整された間合いで等間隔に並べられていた。
 ソファーの前に長机が1台、そのほかに4つ脚の正方卓と1本脚の円卓が小さな肘掛け椅子を挟むように部屋の中央に置かれていた。
 正方卓には赤ワインの入ったデキャンタボトルが置かれている。円卓の隅には黒のインク瓶が蝶番で本体と繋がった蓋を垂直に開いたまま置かれており、円卓の中央ではカーボンシェラック製のレコード盤を乗せたゼンマイ仕掛けの蓄音機が、実際よりやや遅い再生速度、若干くぐもった音質でパッヘルベルのカノンを奏でていた。
 紅魔館1階の15畳あまりの個室、椅子の上で組み上げた腿に皮革貼りの下敷き板と便箋を乗せ、ひじ掛けに立てた右手で1本のガチョウの羽と右こめかみを抱えながら、レミリア スカーレットが左指先でワイングラスの首元を振り交ぜていた。
 彼女の目の前を犯人が横切り、扉を開いて出て行った。レミリア スカーレットは犯人が暖炉を消火しながら現れて扉を開けて出て行くまでの一部始終を見届けると、グラスをゆっくりと唇に当ててワインをひと含みした。
「閉めなさいよ。」
 グラスから口を話し、ひと言つぶやくとレミリア スカーレットは右手に持ちやすいよう上端以外のほとんどの羽毛を除去したガチョウ羽のペン端をインク瓶に付け入れ、ボトルネックで余分なインクを除去して書きかけの便箋の1点に乗せた。しかしそこで羽ペンは止まり、彼女はペン先を数秒凝視すると再びつぶやいた。
「暗いわね。」

 犯人はレミリア スカーレットの部屋を出て廊下を進んだ、まばらな窓からの月明かりしか採光がない。特に秀でた能力のないごく普通の人間ならば、その視界はほとんどないに等しいが、それでも窓からの月明かりくらいは常人でも見ることができた。しかし犯人の目には何も見えず、その視界は完璧に真っ暗だった。
 犯人の周囲だけ一縷の光も通さない闇が覆い尽くしている。これは犯人が意図的に行っていることであった。理由は分からない、犯人にはなぜか周囲が少しでも明るいと感じると半ば脊髄反射的に周囲を真っ暗にする習性と能力があった。真っ暗で何も見えず、盗品を探すことも追っ手から隠れることもままならないという、泥棒に忍び込んだ犯人にとっては明らかに致命的な弊害があったが、犯人は月明かりの挿す廊下を見た途端迷うことなくその周辺を真っ暗な闇に染め上げ廊下を進んだのだった。
 しかしこの選択には他にも弊害があった。犯人は周囲を闇に包んで移動し始めて間もなく正面の壁にぶつかった。何も見えないため館内の地形が分からなかった。
 そこで犯人は、恐らく一計を案じた訳でもなかった。地形が分からなくて壁にぶつかるなら、壁にぶつかり続けて地形を知ればいい。犯人は壁にぶつかるたびにすぐに方向転換して別の方角へ再び壁にぶつかるまで直進するといった具合に、壁にぶつかりながら紅魔館の通路を移動し続けることで、視界不良で移動できないという問題に対処した。最初期のお掃除ロボットと大して変わらない挙動である。
 3秒に1発、4秒に1発といった頻度で壁にぶつかっていた犯人は10秒、20秒と衝突までの間隔を広げ、そのうちに、まるで見えているかのように、壁から突出した柱さえも寸でのところで除けて移動できるように。お掃除ロボットと同じく犯人もある程度学習するらしい。
 それでも犯人は突き当りの曲がり角だけは認識できず、どの曲がり角でも必ず壁にぶつかった。何度目の衝突からか、犯人はその潜入経路にぽたぽたと床に血痕を残しながら移動するようになった。治療の概念がない犯人に鼻に詰め物をするという発想などあるはずがなかった。

 真夜中だというのに妖精メイドや野良妖精が何匹かうろついていてその辺で遊んでいる。
 しかし犯人は妖精に見つかって騒がれると都合が悪いことになんか気づいていなかった。それどころか視界が真っ暗なせいで妖精の存在にすら気づいておらず、彼女らを前にして犯人は隠れることもなく堂々とその姿を現した。
 月明かりが挿しこむ廊下は目が慣れれば何も見えないとまでは行かない。しかし犯人は今廊下の薄暗さよりもよっぽど真っ暗な闇に包まれており、傍から見れば直径2m程度の真っ黒な球体が空中浮遊しているように見える。
 言いつけを破って真夜中2時に部屋の外で遊んでいた妖精たちは、ジグザグと壁にぶつかりながらこちらに接近する正体不明の真っ黒な「丸」に遭遇した。碌に働かなくてもある程度の給料をもらえる温室育ちの妖精たちがその「何か」に対して抱いた感情は「驚き」でも「警戒」でもなく、「恐怖」だった。
「キャーーーーーーーーーーー!!!!」
 妖精たちはほぼ同時に断末魔の叫びをあげて蜘蛛の子を散らすように飛び去って行く。
 侵入者発生!魔物が出た!これは異変だ!この世の終わりだ!
 この妖精たちを起点に周囲の就寝中の妖精たちに犯人の侵入が次から次へと知らされた。この世の終わりを知った妖精たちは洩れなくパニックに陥り紅魔館中を妖精とその弾幕が覆い尽くした。
 しかしそんな中でも十六夜 咲夜は眠っていた。事態の収束を図るため、異変の発生を知らせようとある妖精メイドが彼女の寝室を撃ち破るとそこにはナイトキャップと羽根布団を被った十六夜 咲夜がぐっすりすやすやと眠っていた。妖精メイドは引き下がらず彼女を必死に揺さぶったが、十六夜 咲夜は眠りながらにその妖精メイドを始末することによって事態を収束し、その安眠を継続させた。
 同じようにレミリア スカーレットの元に駆け付けた妖精メイドもレミリア スカーレットによって始末され、図書館に逃げた妖精は軽く事情を言わされた後に具体性の無い理由を付けられて小悪魔によって追い返され、諦めて戻った先で誰か妖精の放った弾幕の流れ弾を全身に浴びて始末された。
 地下巨大空間に逃げた妖精メイドは2度と戻って来なかった。

 闇の中周囲を妖精と弾幕と断末魔に覆い尽くされても犯人は一切ひるまず、突き当りを壁にぶつかりながら紅魔館を進み続けた。しばらくすると妖精メイドも絶滅して弾幕や絶叫を浴びることもなくなった。
 犯人は見るからにどこへ向かおうというのでもなくただ廊下を浮遊し続けた。時折り気まぐれに個室へ入ったかと思うとブロック崩しで隙間に入ったボールのように激しく室内を跳ね回った後、ヨレヨレになって廊下へ戻り、扉が朽ちていたために、そこから戦後のパーティーホールへと入り込んで、幾百ものどうせ後で生き返る亡骸の山と彼女らの一部を踏み潰したシャンデリアの上空を、その存在にすら気付かずに素通りした後、ほぼ奇跡的に反対側の扉があった穴へとノーバウンドで到達して、また次の廊下を跳ね回らなかった。
 壁の目前まで達し、犯人は突然静止した。そしてまるで手を当てるように壁を沿って移動し、次の柱に激突した。しかしそんなことも気にせず柱を伝い超えてまた壁を沿って浮かび、次の扉に入ろうと少し開けるが、そこには入らずに、すぐ次の壁を伝って歩き、次の地階へ続く階段の壁に手を掛けて見えない視界で中を覗き込むが、少し調べた後そこも通り過ぎ壁を伝い、次の扉に手を掛けた。
 夜行性動物や極端な暗所を生息域とする動物は大抵の場合、その限られた視界を補うために、犬や猫のように何らかの方法で夜間視力を極端に向上させるか、またはコウモリやモグラのように視覚以外の別の感覚器官を極端に発達させるといった形の進化を選択する。
 そして犯人が発達させたのは嗅覚だった。犯人はモグラと同じタイプの生物だった。
 犯人が当てもなく建物内を飛んでいると突然ジューシーな食べ物の匂いを感じ取った。その瞬間、犯人の建物に入った犯行目的が「たぶんこの近くにある食べ物を食べること。」に決定した。迷いなくその匂いの強まる方向へ進み、少しでも匂いの弱まるなら別の方向を選び、そしてその扉のノブを握ったのだった。

 犯人が扉を開き顔を押し込む、部屋一杯に肉汁やハードチーズの匂いが充満し、瞬く間にそれらは犯人の鼻腔になだれ込んだ。闇の中で犯人の瞳が輝いた。扉を跳ね飛ばしながら部屋の中へと駆け込んだ。しかし犯人は間もなく部屋の中央に置かれた作業机の角にみぞおちを深く食い込ませ、一瞬固まった後、横に崩れながら床に倒れた。
 目の前には食べ物が山ほどあるはずなのに真っ暗で何も見えなければ食べれない。
 犯人は自身を包む闇を小さく薄く縮めて、最後には消滅させた。常人にはほぼ真っ暗、犯人にとっては眩しいくらいの月明かりが目の前に広がった。そこは紅魔館の厨房だった。犯人の目が更にぎらぎら輝いた。
 犯人は扉も閉めずに戸棚、引き出し、樽の蓋へと飛び込んだ。瓶詰めピクルス、塩漬けキャビア、20連結のブラッドソーセージを喉に流し込んだ。木編みのバスケットに顔を押し付け、スライスの干し肉やノーカットのゴーダチーズに噛り付き、3分の1残されたスペイン生ハムを迷うことなく食いちぎった。犯人は食べた。鼻に付き、目に付いた食べ物を手当たり次第に、ひと呼吸の休みすらなく食べて食べて食べまくった。
 そして幸せそうに笑っていた。
「つまみ食いですか?」
 突然、宵闇の中で閃光が走った。犯人の目の前で誰かがマッチを擦った。

 犯人は気付かなかった。食事に夢中になりすぎて、目の前まで誰かが歩いて来たということに。そいつがこの館の住人であり、侵入者を捕まえる役目を担った門番であることに。そもそもこの建物が館であり、今も誰かが住んでいるということに。そして何より、勝手に他人の家に侵入してその家の食糧を無断で食べたりしたら、その家の住人に迷惑がかかるということに。

 マッチ棒の先端で轟轟と爆ぜる炎に照らされ、その光があまりにも耐えがたかったため、犯人は口に咥えた熟成サラミを掴まない方の、変な位置で折れ曲がった腕で咄嗟に視界を遮って、恐る恐ると彼女を見上げた。
 紅魔館とその食糧備蓄を半壊させたつまみ食い犯人、ルーミアは彼女のことを八の字に釣り上げた眉で見つめる紅 美鈴を見上げて、きょとんと首を傾げて言った。
「そうだよ、どうかしたの?」
「およしなさい、命がもたないから。」
 その後ルーミアは紅 美鈴により手当てされた後に紅魔館からつまみ出され、彼女と一緒にイノシシを狩って牡丹鍋をご馳走になった。

 おわり
前々回が霊夢さんだったのをルーミアを犯人にするとどう変わるのかと思い作りました。
あとただただルーミアをめでて欲しいと思って書きました。
いっぱい食べて頭が弱くて2秒前のことも忘れて思いついたらすぐ走り回って免疫が強い生き物ってかわいいよねと思って。
それから美鈴さんに幸あれと思って。
くろあり
https://www.youtube.com/watch?v=YS96NY0MKcM
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コメント



0.簡易評価なし
1.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。霊夢のときより諸々穏やかな気がします。
2.90夏後冬前削除
ルーミア=ダチョウ説はあまりに斬新でした
3.100南条削除
面白かったです
ダチョウって肉食動物に襲われると地面のくぼみとかに頭を突っ込むらしいですね
それで全身隠れたつもりになるとかなんとか

ルーミアになんかやさしい美鈴がとてもよかったです